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( ^ω^)ブーンはハゲているようです

1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 06:54:22.61 ID:ThV+6G2J0
ここはとある通勤時間の満員電車内。
どの人もギュウギュウ詰めの中で必死に体勢を維持しようとしていた。
しかし満員電車の中で唯一ガラガラの車両があった。

魔の三号車。

眩しい。その理由だけで、人はギュウギュウ詰めを選んだ。
彼の名はブーン。空翔る天馬のような頭を持つ伝説の男である。

時は二十一世紀。猫に見えない猫型ロボットが、詐欺で捕まったのはつい先日のことだ。

「容疑者は自分は猫だと何度も主張しており、依然として裁判所は
判決を出せずにいるようです」

高等裁判所前でリポーターが必死に状況を説明している。
彼の声は、天翔る天馬のように神々しく、聞くものをほっとさせる響きを伴っていた。
だが彼がリポーターになってからというもの、視聴率は軒並みに下がっていた。
2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 06:57:10.53 ID:ThV+6G2J0
なぜ視聴率があがらないんだ。
悪いのは俺の声か。それとも顔か。
答えはそのどれでもない。
彼がはげていたからである。

「ブーン君は頑張ってると思うけどね。顔もいいし、声も心地良い。
だけど頭がね……」
「そうかお」

その後、地方に出されてニュースを読んだりしていたが、
視聴率は相変わらずだった。

「俺はどうやって生きていけばいいんだお」

ブーンは途方にくれ、めがね橋のふもとでダンボール生活をはじめた。
彼が伝説の男になるのは一年後のことである。
3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 07:00:41.94 ID:ThV+6G2J0
一年後。
ジャヌーズさんというおっさんがブーンのダンボールハウスを訪ねてきた。

「やあ」
「お?誰だお」
「私はジャヌーズさんだ」
「ジャヌーズさん!」

孤児だったブーンの顔と声に目をつけ、養子にしてまでNNKに入れてくれた男。
ブーンの恩人とも言うべき男である。
もっともブーンがNNKを首になってからというもの、いままで音沙汰なしだったが。

「どうかしたかお?俺はジャヌーズさんの期待には添えられなかったお」

ぽん、とブーンの肩に手が置かれる。

「気にするな。お前はがんばったさ。ただはげていただけだ」

ブーンは泣いた。
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 07:05:13.00 ID:ThV+6G2J0
「お前が悪いのはハゲだけだ。つまり、髪を生やせばいいだけだろ?」

ブーンにはジャヌーズさんのその一言が、まるで神のお告げのように聞こえた。

髪を生やせばいいだけ。

髪は昔から神聖なものとして扱われてきた。
呪術や黒魔術にも使われ、身近なところでは近所の神社の御神木に嫌いな人の
わら人形を打ち付ける際にも使用される。

「神」という字が崩れて出来たのが「髪」とジャヌーズさんはいう。

「だけど、生まれつきハゲの俺には髪を生やす方法がないお」

アーポネイチャーにもいった。
だが「毛根がない人は生やせません」と門前払いをくらった。

毛根がない。木に根がなければ倒れてしまう。
その根がないのに、髪が生えるはずがないじゃないか。

「ジャヌーズさん。気持ちだけ、受け取っておきますお」
5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 07:10:05.51 ID:ThV+6G2J0
「ふざけるな!」

ジャヌーズさんの、延髄チョップからはじまる前受身後のローリングデストロイアー
コンボをくらって、ブーンは川に落ちた。
そこでブーンの意識は途絶えた。

そのころおじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に出ていた。
おじいさんはそのまま山で遭難して死ぬのであまり詳しくは描写しないが、
この川へ洗濯に行ったおばあさんが重要人物だ。

なぜなら髪のないブーンを伝説の男へと昇格させたのが彼女だからだ。

彼女……という表現は正確には間違っている。
おばあさんはニューハーフだった。
そのため、彼女とおじいさんの間には子供がいなかった。

おばあさんは長年それが悩みの種だった。

いつおじいさんに打ち明けようか。いや、いっそ死ぬまで黙ってようか。
なかなか言い出せないうちに、おじいさんが遭難して死んでしまった。
おばあさんはいけないと思いつつも、心のどこかでとげが抜けた気がした。
6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 07:12:31.51 ID:ThV+6G2J0
そんな折に川上から流れてきた桃、正確にはブーンのハゲ頭を見つけた。
おばあさんはそれを大事に抱えて家に戻った。

「おじいさん、やっと私たちに息子ができましたよ」

こうしてブーンはおばあさんの庇護の下、健やかに育っていった。

彼が鬼が島を壊滅させたのはわずか五年後のことだった。

つづく
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 07:18:32.85 ID:ThV+6G2J0
人には生まれ持った性格がある。

怒りやすい人。しゃべるのがうまい人。空気が読める人。

彼女にもそんな生まれ持った性格があった。
ツンデレである。
彼女はこの性格のために素直じゃない子だと思われ続けてきた。

こんな自分はいやだ。変わりたい。もっと素直になりたい。

そう思っても、生まれ持った性格は変わることがなかった。
好きな人が出来てもツンツンしてしまう。
友達もいなければ、彼氏もいたことがない。

いるのはストーカーだけ。

ストーカーはうまく尾行を続けていると思う。
夜道を歩いていても物音がしないし、鍵がこじ開けれているわけでもない。
だが確実にパンツとかそんなものが消えていっている。
10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 07:23:35.62 ID:ThV+6G2J0
ツンは、ストーカーがストーキングをしはじめた瞬間に、ストーカーに気づいていた。

「なんか眩しい」

それがきっかけだった。
街中を歩いているときでも、ビルに反射した光がなぜか後方から跳ね返ってきたり、
夜道では、常に後ろから照らされているかのような熱気を感じたり。

確かにストーカーの姿は見えないが、そういった諸々のことから
常に何者かが自分の後ろをつけていることに気づいた。

「気味が悪い」とか「通報しようか」などという庶民的な考えはすぐに捨てた。
いままでツンデレでいきてきたあたしが、こんなストーカーごときで
国家権力に頼ってたまるか。庇護を受けてたまるか。
という熱い思いが常に心の奥底にあった。

そしてそれが日々を重ねていくうちに温かいものに変わっていくことも。

「あたし恋してるの?」
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 07:27:47.46 ID:ThV+6G2J0
恋をしている。
その考えに突き当たって、はじめて自分の心がストーカーさん
の方へ傾いているのに気がついた。

そんなわけないじゃない。あたしはツンデレなんだから。

そう考えても、心のドキドキは治まらない。
授業そっちのけでストーカーさんのことを考えるようにまでなった。

そのころストーカーさんは、隣のビルから双眼鏡でツンを盗み見ながら
「やはりこの子が俺には必要だな」と確信していた。

俺にはでかい使命がある。
いままでついていなかったのも、俺にこの使命があったからだと
思えるまでに心の傷も癒え、俺は旅に出た。
使命を果たす旅。

その旅に必要なのが彼女、ツンだ。
12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 07:32:04.21 ID:ThV+6G2J0
やがて日が暮れ始め、町には学校帰りの学生や、サラリーマンが溢れ出す。
ツンはいつもどおり、寄り道をせずにまっすぐ自分のアパートへと向かっている。

最寄の駅につき、改札を抜ける。
すると寂れた駅前商店街が続いている。
どの店もシャッターが閉まっている。
そんな人通りの少ない道をツンは黙々と歩いていく。
俺は少し足を早めた。
そしてそのままツンの肩に手を置く。

「きゃっ」

いい声だ。興奮しちまうぜ。
おっきしそうな男の象徴から意識をそらし、懸命に真面目そうな顔を作る。

「やあ、君がツンちゃんだね」

完璧だ。俺の美貌と白く輝く歯があれば、女なんて簡単に落とせる。
13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 07:36:00.33 ID:ThV+6G2J0
問題は、俺の髪の毛が毛根すらないってことだけだが、
ツンは気にしていないらしい。

「あなたがストーカーさんね」

と意思の強そうな瞳で見つめてきた。
だが俺はこんな女の瞳にびびるよな生き方はしていない。

なんせアーポネイチャーにすら見放された男だからな。

「気づいていたのか。そうだ。実は俺には重要な使命があってね。
それでぜひ君に力になって欲しいんだ」

女を落とすコツは、君しかいない、もしくは君が必要だと思わせることだ。
とくに漫画や小説の中では、こんな小さな気遣いだけでいちゃいちゃできる。

そして俺はとどめにきびだんごを差し出した。

「俺の力になってください」
14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 07:41:44.84 ID:ThV+6G2J0
こうして俺は一人目の仲間をゲットした。

生まれてきてから今まで、まさに文字通り人生の荒波に揉まれてきた気がする。

眩しいというだけで施設に預けられ、アーポネイチャーに見放され、
NNKを首になり、女にもモテず、友達もできず、あげく、川に流されて
ニューハーフのばばぁに拾われる始末。
その挙句に「お前は大事な使命を背負って生まれてきた」だ。

きびだんごだけ持たされ、家を放り出された俺。
旅の途中で見つけた美人な学生。

彼女はいま横をあるいている。当然サングラスをかけているが、
嫌そうな顔もせずに俺を信じてついてきてくれている。
彼女は言った。

「つらい人生だったんだね。でもこれからはあたしがいるよ。
あなたの心の傷を癒せるかわからないけれど、
あたしだけはあなたを裏切らない」
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 07:44:36.32 ID:ThV+6G2J0
こんな女を危険な旅に連れて行くのは心が痛む。
だが俺には使命がある。
あの天空で輝く星の一つ一つに使命があるように、
俺にもやらなくてはならないことがある。

「世界を救えるのはお前だけだ」

ばばぁは言った。そして「お前ならできる。自分を信じろ」と。

俺はばばぁを力いっぱい抱きしめた。
ありがとう。俺はその言葉だけで癒される。

長くなったが、とりあえず一人目の仲間をゲットした俺は、
鬼が島目指して順調に進んでいった。
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 07:49:34.95 ID:ThV+6G2J0
そのころアンプンマン工場内では、二足歩行のカバが暴れていた。

「おれのジャム子さんはどこだ!」

ジャム子さんとはこのアンプンマン工場で働く女性のことだ。
彼女はその美貌からは想像できないほど良い性格をしていた。
そのため、同じアンプンマン工場に住む
アンプンマン、レレーパン、チョクパンマンとドロドロの四角関係を呈していた。

その中に現れたのが近くの学校に通う鬼、カバ丸である。

カバ丸は一目でジャム子さんに惚れた。
そしてそれからというもの、一日二百件はメールを出していた。
しかし一度も返信されたことはない。

カバ丸はそれが不思議だった。
アンプンマン工場にまつわる伝説、四角関係を知るまでは。

こうしてカバ丸は今アンプンマン工場にいるわけだ。
18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 07:54:53.70 ID:ThV+6G2J0
カバ丸の一撃がアンプンマンを襲った。
アンプンマンは打撃には強い。伊達にバイバイマンのロボの攻撃を
食らっても復活してきただけはある。
だが彼の弱点は水だ。
カバ丸のこぶしについていた汗がアンプンマンの顔につき、アンプンマンは死んだ。

その隙を狙って、レレーパンとチョクパンマンが同時にカバ丸に飛び掛った。
しかしカバ丸のデンプシーロールで、軽く頭を吹き飛ばされてしまった。

「グヘヘ、ジャム子さぁん、おっぱいもませてー」
「いやぁー」
「やめろ!」

危機一髪でカバ丸のいやらしい手を止めた男がいた。
彼こそが二番目の仲間、チーズである。
19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 08:00:27.44 ID:ThV+6G2J0
そのころブーンは回想をはじめていた。

ブーンが目をさましたのは、薄汚い小屋の中だった。
目の前にはばばぁのしわだらけの顔が見える。
ブーンはその顔をみて気絶した。

次にブーンが目を覚ました時にはばばぁはいなかった。
「今がチャンス!」とばかりに布団をはねのけ、出口に向かったところで
影から飛び出してきたばばぁに後ろから抱きつかれた。

無我夢中だったんだと思う。
ブーンは思わずばばぁに向かって肘を出した。
肘は見事な角度でばばぁのあごにあたり、ばばぁは思わず手を離した。

今がチャンスとばかりにばばぁのボディに頭突きをかます。
ばばぁは派手に吹っ飛んだが、空中で体を反転させると、そのまま壁を蹴って
ブーンのほうに飛んできた。

まさに一瞬だった。
ブーンはあっという間に畳の上に頭を押し付けられていた。
21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 08:03:17.65 ID:ThV+6G2J0
「ふへへ、やっぱりねぇ。あんたを川で拾ったときに、キタコレと思ったんだよ」

ばばぁが笑いながら言った。

「どういうことだお」
「おや、あんたは桃太郎をしらないのかい?」
「ももたろう?」

【桃太郎】
川上から流れてきた桃の中から生まれた男の子が、きびだんごをもって
鬼が島に鬼を退治しにいくという童話。

「それがどうかしたのかお!」

ふぇっふぇっふぇ。
不気味な声を出しながら言ったばばぁの言葉が今も忘れられない。
23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 08:09:14.87 ID:ThV+6G2J0
「あんたがその桃太郎なんだよ!」
「!?」

ばばぁの衝撃の発言に、ブーンは言葉を失った。
俺が桃太郎?そんなはずはない。桃太郎は童話だ。

「そんなはずないお。ぼけてるのかお?」
「ひっひっひ、いい度胸だね」

ブーンのほうを軽くにらみながら、ばばぁが続けた。

「最近、なんでか知らないけどここらへんに鬼が出るようになってね。
そんで山の上のアンプンマン工場に調査を依頼したのさ」

アンプンマン工場……どこかで聞いたような名前だ。

「そしたらなんとここから歩いて5日くらいの場所に
鬼が住んでいる島があるってことがわかったんだよ」

この近くに現れた鬼はその島から出てきたらしい。
ばばぁもまるで桃太郎の世界だね、とじじぃと笑ったらしいが、
そのうちに自衛隊でも太刀打ちできないくらい鬼の悪さが目立ってきたらしい。

困り果てた政府はアメリカに核の発射を要請した。
だが鬼が島に核を撃っては、日本まで被害をこうむってしまう。
24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 08:13:43.12 ID:ThV+6G2J0
沖縄から派遣されてきたアメリカの兵隊も壊滅してしまった。
なぜか某国が、鬼が島に向けて奇妙な名前のミサイルを発射してきたが、
近くの海に落ちただけで状況は一向に好転しない。

そうしているうちに、鬼が島から首相宛に手紙が届いた。

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鬼が島を独立国家とせよ。
断れば世界中が阿鼻叫喚の嵐となるだろう
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「そんなときだよ、あんたが流れてきたのは」

ばばぁがため息をついた。

「はじめは桃かと思ったけど、まさかあんたのハゲ頭だったとはね。
まあそんなことは問題じゃない。あんたは間違いなく桃太郎だ。
この日本いや、世界を鬼たちから救えるのはあんたしかいないんだよ」
25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 08:18:51.21 ID:ThV+6G2J0
一時は桃太郎という重いプレッシャーに押し潰されそうになった。
だが、そこまで言われてはやるしかない。
今までは悪い方向にしか働かなかったハゲ頭が、世界を救う鍵になる。

「やるお」

ブーンが呟いた。

「ん?」
「世界を救えるのが俺だけだとしたら……俺がやらなきゃだれがやるんだお」
「あんた……」

ばばぁが頭を抑えていた手をどけた。
そして首根っこを掴まれて無理やり起こされた後、ものすごい力で抱きしめられた。

「それこそあたしの股から生まれてきた子供だよ!
そうだ、あんたがやらなきゃ誰がやるってんだ!
ほら、これを持っていきな!」

ばばぁが胸元からまん丸のだんごを取り出した。

「これは」
「きびだんご。あんたを拾ったときに作っておいたものさ。
本当はあたしが食べる予定だったんだけどね、桃太郎には必需品だろ」
「ばぁちゃん……」
「桃太郎……はじめてあたしをばぁちゃんと呼んでくれたね……」
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 08:24:52.45 ID:ThV+6G2J0
気がついたらもう夜が明けるころだった。
窓から差し込む朝日が、冷たくなったばばぁを照らしている。

ブーンはばばぁを川に流した。
この川が俺とばばぁを結び付けてくれた。
この頭も、今までは邪魔でしかなかった頭も
ばばぁと自分を結びつける役割をはたしてくれた。

はじめて心からこのハゲ頭に感謝できた。
それもこれも、いまは冷たくなったばばぁのおかげだ。

遠く、小さくなっていくばばぁの亡骸を見つめ、そして誓った。

「俺がこの世界を救うお。ばばぁが愛した日本を、
そして世界を、地球を救ってやるお」

硬く握り閉めたこぶしの隙間から流れる血と痛みが
俺の悲しみを癒してくれているような気がした。

つづく
30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 08:29:42.28 ID:ThV+6G2J0
「ねぇ、このまま鬼が島に向かうの?」
「いや、まずはばばぁがいっていたアンプンマン工場に向かうお」
「アンプンマン?どっかで聞いたような名前の工場ね」
「お、ツンもかお?俺も聞いたことがあるような気がするけど
よくは思い出せないんだお」

ツンと雑談しながら山を登っていくと、頂上付近から煙が出ているのが見えた。

「あれ、その工場がある辺りじゃないの?」
「みたいだお。ちょっと急ぐお」

駆け足で登山道を登っていくと、直に開けた場所に出た。
そこの中央には、今はただの黒い塊となった工場の残骸が見える。

「これは……」
「くぅーん」
「あら可愛い」

どこから飛び出してきたのか、小さな犬が
尻尾を振りながらブーンたちの周りを回っている。
33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 08:34:26.44 ID:ThV+6G2J0
「くぅーん、くぅーん」

犬は俺の右手のにおいを嗅いでいるようだ。
俺は右手をひらいた。
手のひらにはばばぁの形見のきびだんごが乗っている。

「これがほしいのかお?」
「くぅーん」

俺がきびだんごを投げてやると、犬が一口で飲み込んでしまった。

「くはぁ、これいつのだよ。なんか腹がいたくなったんですけど」
「あら、この犬しゃべれるのね」
「おいブス、俺の名はチーズってんだ。犬じゃねぇ」
「はぁ?チーズは名前、犬は犬でしょ?これだから犬は困るのよね。
美人とブスの区別もつかないんだから」
「なめやがって。犬が犬ならブスはブスだろ。おいブス、お前いまから俺の散歩係な」
36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 08:41:40.59 ID:ThV+6G2J0
なんだかよくわからないが、三分くらいブスと犬が口げんかしてたようだ。
二人のあまりのハイテンション振りに頭が痛くなってきたので、一人で旅を続けることにする。

例の桃太郎とやらは犬、猫、キジの三匹と一緒に旅をしたようだが、
俺には仲間は必要ない。ただの性奴隷、性欲処理用としてツンを仲間に入れただけだ。
もっぱら戦力としては考えていない。

「桃太郎なら性欲くらい我慢できるはずだお」

その言葉が示すとおり、俺はあの日ばばぁを抱いたとき以来
エッチな行為はしていない。ツンのパンツを盗んだのは出来心だ。

「それにしても、鬼が島までは遠いお」

ばばぁは歩いて5日といっていたが、すでに6日は経過しているはずだ。
なのに鬼が島は見えない。
俺は人のいない海岸に立って、ぼーっと海を見つめていた。

すると沖のほうで何かが動いたような気がした次の瞬間には、
俺は真っ暗闇の中に閉じ込められた。
38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 08:48:03.16 ID:ThV+6G2J0
息が出来ない。体中の酸素が減っていく。
暗闇の中、俺は必死に手足を動かした。
するとボンという大きな音がして、体が海中に投げ出された。

さらに手足を動かして海面まで上昇する。

「ぶはっ……はふっはふっ……一体……何事……」

必死に深呼吸を繰り返している俺の真下を、なにか大きい物体が通り過ぎた。
あわてて海中を覗き込むと、メガロドンを彷彿とさせるような
巨大なさめの尾びれが見えた。

「さ、さめだお!」

さめは巨大な体を優雅に動かしながら、ブーンのほうに迫ってくる。

「あうあう、これはピンチ」と思った瞬間、さめの背びれが股間を直撃した。

俺は海中に種を撒き散らしながら気を失った。
40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 08:57:45.75 ID:ThV+6G2J0
ライフ国務長官が専用の航空機から降りてくるのを見つめながら、
首相はため息をついた。
鬼が島の存在が明らかになってから、今回で十二回目のご登場だ。
彼らアメリカの主張は毎回変わらない。

東京に米軍施設を建設することが鬼が島対策につながり、
しいては世界を救うことになるだろう。

難しいことはよくわからないので、とりあえずやんわりと断っておいたが、
アメリカはこりもせずこうして私に会いにくる。

たしかに東京に米軍施設をおくことは、
鬼が島にプレッシャーをかけるいい策かもしれない。
だが、これ以上大嫌いなアメリカに国をいいようにされるのは、我慢ならない。
そういえば、いつだったか川沿いに住むばばぁから電話があった。

「桃太郎が見つかったよ!」

開口一番そんなことを言ってきた。
とりあえず落ち着かせて詳しく話を聞いてみると、
童話の桃太郎と同じ登場をした若者が家にいるとのこと。

「これだ」と思った。二日後にはライフのやつが性懲りもなく日本にやってくる。
明確な理由もいえずにアメリカの案を退けることが困難ないま、
アメリカから日本を救うにはこれしかない。

首相はため息をつきつつも、心の中でほくそ笑んだ。
41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 09:02:40.58 ID:ThV+6G2J0
うるさい。なぜだか周りが騒がしい。
そりゃ伝説の桃太郎が倒れていれば、人が集まってくるのは当然だろう。
だがさすがにうるさすぎやしないか?

そっと目を開けると、そこは空港近くの道路だった。
目の前には人だかりが出来ている。
隣に寝ているのは、俺の股間を襲ったさめだ。
なぜかひれで俺を抱きしめるようにして寝ている。

「重いお」

そういいながらひれをどかそうとしたら、さめが激しく頭を振りながら顔を近づけてきた。

「できたみたい」

おい、なにが出来たってんだ。なあ、さめ。なんでお前は
そんなつぶらな瞳で俺を見つめているんだ。
ちょっと目が潤んでるぞ。
頬が赤く染まってんのはなんでだ?なあ、俺が気絶している間になにがあったってんだよ。
45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 09:08:40.34 ID:ThV+6G2J0
俺は接吻を試みてくるさめに気を取られていて気づいていなかったが、
人ごみは俺のせいで騒いでいるわけじゃなかったようだ。

金網の向こう側では、日本の首相とライフが握手していた。
シャッターが切られる音が辺りにこだまする。

「さて、首相さん。そろそろ明確な答えをいただけると嬉しいのですが」

マスゴミにマイクを近づけられたライフが笑いながら言った。

「おっと、明確な答えは出したはずですよ。東京に米軍基地を作るのは反対だとね。
それに、これは極秘事項なのですが……わが国が誇る童話の世界から
救世主が現代に抜け出してきたようなのですよ」

この生中継をお茶の間で見ていた主婦たちは、思わずお茶を吹き出した。
首相の発言も衝撃的だったが、その発言を聞いた瞬間のライフの顔が
あまりに面白すぎたためである。
50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 09:13:59.37 ID:ThV+6G2J0
ライフの顔を見た首相は満足げに頷いた。
そして「あと一歩でこの女は落ちる」と確信した。

「ほら、あの人ごみの後ろを見てください。
彼こそが伝説の男、桃太郎の生き返り、ブーンです!」

どっと目の前の人ごみが左右に割れた。
ライフと首相がこちらを振り向く。

首相の勝ち誇ったような顔とライフの唖然とした表情が見えた。
と思ったら、次の瞬間には二人の顔が怪訝そうに歪んだ。

そりゃそうだ。俺はいま、さめと抱き合っている。

これが伝説の男で日本の誇る童話の生まれ変わり
なんて言われても、反応にこまるだけだろう。

俺は必死にさめから遠ざかろうとしたが、成功しなかった。
次々とたかれるシャッターの音を聞きながら、
俺は首相に、そして日本に復讐することを誓った。

つづく
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 09:22:41.68 ID:ThV+6G2J0
ライフが帰国してからもう三日になる。首相は熱を出して寝込んだ。
プッシュはライフの話を聞いて、爆笑したらしい。

「Oh、日本はホントにクレイジーね」

これが後の東洋戦争の引き金になるのだが、それはまた別の話だ。

俺はというと、さめとともに旅に出た。
さめとの衝撃的な婚約会見が某ホテルで開かれ、
翌日の大見出しはどの新聞も

『日本の英雄がさめと結婚』

で埋め尽くされた。
さっそく朝のニュースでオヅラやみのみょんだが色々と言ったらしいが、
怖いのでテレビはつけていない。

NNKでは朝のおはやう日本をやめて、元NNKのアナウンサーつまり俺の
緊急特番をはじめることにしたらしい。

さめが嬉々として話していたが、無視して寝たふりをしていた。

相変わらずブスや犬、そしてさめのせいで鬼が島への旅は進んでいない。
ばばぁがあの世でなんと言っているか……。

俺はばばぁと誓った「鬼を倒す」旅を続けたいと言ったが、
さめは新婚旅行のプラン立てに大忙しだ。
58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 09:28:58.23 ID:ThV+6G2J0
だがここで一気に俺の旅は加速する。

「あなた、新婚旅行は鬼が島にしましょうよ」

とさめが言ったからだ。俺はその案にすぐ飛びついた。
俺の邪魔ばかりする登場人物の中で、唯一このさめだけは
空気というものが読めるらしい。

「愛する人のためなら、鬼くらい倒してあげるわ。
この子を安心して産むためにも、鬼は邪魔な存在だしね」

どんな生物が生まれてくるのか想像したくもないが、旅が進むのは好都合だ。
それにさめは伝説の俺より強い。
鬼が島が壊滅する日もそう遠くないだろう。

俺たちはさっそく鬼が島へと向かった。
ようやく俺の旅が終わろうとしている。
これでばばぁも、安心してあの世でじじぃとイチャイチャできるだろう。

「ばばぁ、俺にできるのはこんなことだけだけど、許してくれお」

腐りかけたきびだんごを握り締め、空に向かって呟いた。
61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 09:34:56.85 ID:ThV+6G2J0
順調に旅が進むはずだった。
なのに、バカのせいで途中までは順調だった旅が中断してしまった。
きっかけは無人島でのこと。

鬼が島は日本海を移動しているらしい。
首相はアメリカの衛星を使って、鬼が島の位置を発見した。
そしてその位置が小型のモニターに表示されている。

ばばぁがくれた最後のきびだんごは、ただのきびだんごではなかった。
マイクロチップと無線LANが内蔵された、ハイテク機器だったのだ。

現在このきびだんごが衛星と直接リンクしており、
そのおかげで旅は順調だった。
そう、順調だったのだ。

鬼が島を目指している途中に無人島があった。
もう丸一日さめの背中に乗っていた俺は、その島で休憩しようといった。
当然、俺にぞっこんのさめは一二もなく賛成した。
62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 09:40:09.04 ID:ThV+6G2J0
だが島で休んでいるときにミラクルが起こった。
腹の減ったさめがきびだんごを食べてしまった。

「あら、これけっこう硬いわね」
「おっおっ」

これほど怒りのパワーが体に滾ったのは久しぶりだ。
ジャヌーズが俺にローリングデストロイアーコンボを
叩き込んだとき以来の激しい怒りが俺を襲った。

「ふざけるなお!」

俺はさめの腹を蹴り続けた。

「やめて、あなた、この中には私たちの赤ちゃんがいるのよ!」
「うるさいお、この魚!魚!おまえらなんか死んじゃえばいいんだお!」
63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 09:45:45.30 ID:ThV+6G2J0
どのくらい蹴り続けていただろうか。
気がついたらすでに日が暮れていた。
足の感覚がなくなっている。
さめはいつからか叫ぶのをやめていた。
ただひれでお腹をかばったまま、涙を流しているだけだった。

「ふーふー」

俺は蹴るのをやめ、浜辺に寝転がった。
「最低だな、俺」と思った。
さめが空腹だということに気づかなかった俺が悪いのだ。
それなのに自分のミスを棚に上げて弱いものを虐げてしまった。

「……ごめんお」
「ひっくひっく」

さめは反応せずに、ただ泣き続けている。
お腹を守っていたひれは傷つき、ところどころが破れて血が流れている。

俺は……最低だ。

辺りが闇につつまれても、さめの泣き声は途絶えることがなかった。
64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 09:52:41.79 ID:ThV+6G2J0
日が昇るとともに、俺はさめにうながされるまま、背に乗った。
さめは何も言わずに日本海を北へ進んでいく。

鬼が島の場所がわかるのか?とは聞かなかった。
たださめの背に体を預け、時々撫でながら進路を見つめていた。

「おっ」

思わず声が出た。前方に三角の影が見えた気がしたのだ。
さめはなにも言わずにそのままのスピードでゆっくりと進んでいく。

いつのまにか本州が見えなくなり、北海道を越えたあたりでさめがゆっくりと止まった。

「ついたわよ」

ぼそりとそれだけいうと、再び島へ向かって泳いでいく。
二時間前ほどから、鬼が島が目で捉えられるほどに大きくなっていた。

「……あれが最終決戦の場かお」

さまざまな思いが頭をよぎった。

ばばぁとの別れ、ツンとの出会い、燃え尽きた工場、犬、そしてさめ。
いま思えば、その全員に世話になっていた気がする。

ツンは無事だろうか。

無性に人肌が恋しくなってきた。

「ツン……会いたいお」
67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 10:02:56.44 ID:ThV+6G2J0
ブーンがまだNNKに所属していたころ、NNKのおはやう日本の
アナウンサーをやっていた女性がいた。

まるで太陽のように明るい性格で、ニュースのときと休憩中では
表情が別人のように可愛くなる人。
何人もの男性職員からアタックされたが「まだ仕事を続けたい」と
断り続け、交通事故にあってあっさりあの世へいってしまった彼女は
ブーンの目にはまるで女神のように映った。

「そういえば、あの人だけだお。俺のことを眩しいとかきめぇと言わずに
普通に接してくれたのは」

そんな記憶があったからだろうか。町で人目見ただけのツンに惹かれ、
思わずストーカー行為までした。
ツンが大学で勉強をしているときも様子を見たくなり、
思わず向かいのビルで清掃員として働いたりした。

ツンとアナウンサーの女性は外見だけでなく、中身までそっくりだった。
だが、いまの俺にはさめがいる。
お腹の中の子供を殺そうとした俺を、さめが許してくれるはずがないのは
わかっているが、どれだけ嫌われても、俺はさめを見守り続けようと決めた。

鬼が島が近づいてくる。不気味な雰囲気をまとったその島は、
童話の中の桃太郎と同じくらい大きく見えた。
68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 10:07:26.07 ID:ThV+6G2J0
上陸した途端に鬼が襲ってくると思っていたが、
予想に反して島は静かなままだった。

俺とさめは静かに上陸した。

相変わらず嫌な雰囲気は消えない。
それどころか、ますます強くなってくるようである。

だがこれくらいでへこたれてはいられない。
死んでしまったツンや犬、ばばぁのためにも、俺は戦わなければならない。
童話の中の桃太郎のように、勇敢でなければならない。

そして無事に鬼を退治することができたら……
……できたらどうするのだろう。

そのまま島に残る?
さめと一緒に海で暮らす?
ばばぁと暮らした家に戻る?

わけのわからない不安が体中を支配する。
71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 10:12:36.04 ID:ThV+6G2J0
俺はなんのために戦うんだっけ。

死んだアナウンサーのため?ツンのため?さめのため?
それとも日本のため?ばばぁのため?

鬼が世界を支配しようと、俺にはなんの関係もないんじゃないか。
鬼は俺から先に手を出さない限り、俺にはなにもしないだろう。
根拠は不明だが、いちおう桃太郎の生き返りだと噂されている俺に
無駄にちょっかいを出すほど鬼が馬鹿とは思えない。

だったら俺はなにをしようとしてるんだ?

さめは言った。
------------------------------------------------------
  愛する人のためなら、鬼くらい倒してあげるわ。
  この子を安心して産むためにも、鬼は邪魔な存在だしね
------------------------------------------------------
だがそれが俺とどんな関係があるんだろう。
どうでもいいような気もするし、よくないような気もする。
73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 10:21:03.71 ID:ThV+6G2J0
それだけ考えて、俺にはなにもないんだなと思った。

ジャヌーズが俺を養子にしたのは、この顔と声があったからだし、
首相もばばぁも俺が桃太郎の生まれ変わりだと信じているからこそ
俺を大事に育て、また力を貸してくれた。

ばばぁだけは違うかもしれないが、そのばばぁももうこの世にはいない。

「どうしたの?鬼は目の前よ」

ぼんやりとさめのほうを見つめた。
さめは破れたひれでお腹をさすりながら、こちらを見つめている。
しらない内にお腹が大きくなったな。

「いや。命を懸けて戦うって言うのに、俺にはなにもないからお」
「な、なにをいってるのよ!世界のため、日本のため、私とあなたのため、
そしてこのお腹の中にいる子供のために戦うんでしょ!」

たしかにさめの言うとおりの理由があったからここまで来たんだろう。
でもめんどくさくなってきた。

「帰るぞ」

そう呟いて、島に背を向けた。
一瞬横目でさめの怪訝そうな顔が見えたが、構わず海水に足をつけた。
74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 10:28:39.44 ID:ThV+6G2J0
海が静かに体を揺する。
心地よい風が体を撫でる。
太陽の日差しが柔らかく降り注ぐ。

なんだ、鬼が島なんていったって、結局はおなじ星にあるただの島じゃないか。

ここにも自然があるし、命もある。

静かな海も、心地よい風も、柔らかな日差しもある。

日本となにも変わらないただの島。それだけじゃないか。

海水でぬれたズボンが水分を吸って重くなる。
体が海に吸い寄せられる。体が重い。
頭が重い。足が重い。腕が重い。目が重い。鼻が。口が。まゆげが。まつげが。

体がなにかに引っ張られて、俺は砂浜に転がっていた。

「はぁはぁ、なにしてんの!死ぬ気なの?」

ああそうだよ。と言おうとして、言えなかった。
口が重い。めんどくさい。まぶたが落ちてくる。光がさえぎられる。
体が熱い。燃えるようだ。砂の感触がない。
体を揺すっていたさめのひれの感触もない。
何も感じない。ただそこには無があった。

俺の体が溶けるように砂浜に消えていった。
83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 10:42:52.36 ID:ThV+6G2J0
「あら、めずらしいわね」
「くぅーん?どうかしたか?」
「うん。あのね、こんな晴天の日に真昼間から流れ星を見るなんてはじめてだからさ」
「流れ星?やっぱお前って頭がおかしいんじゃないのか?」

チーズがツンをからかうように笑う。
だがツンは黙ったまま、雲ひとつない空を見つめている。

「……」

仕方なくチーズも空を見上げた。
本当に雲ひとつない透き通るような空だ。
今日は暑くなるかもしれない。

「あのね」

ツンが突然口を開いた。

「ん?なんだよ。真面目そうな声を出しちゃってさ」
「なんかね、ブーンがずっとこっちを見てる気がするの」
「ああ?」
「あのね」

そういってツンが空を指差しながら続ける。

「空のほうからね、ブーンがこっちを見守ってくれてるような気がするの」
85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 10:51:55.42 ID:ThV+6G2J0
「んー。よくわかんないけど……お前がブーンのことを好きだってのはよくわかった」

ツンが驚いたようにチーズを見つめる。
チーズが口を歪めながら見つめ返す。

「好きなんだろ?まあとっくにわかってたけどよ」
「ちょ、べ、別にあんなやつのことなんか……」
「けっけっけっ。照れんなって」
「あー、ホントだよ!あんなストーカーでガサツで自分勝手で女の子を
こんな凶暴そうな犬と一緒に置き去りにするなんてサイテーな男
だれが好きになるもんですか」
「てめぇ、誰が凶暴だと?」
「工場を全焼させた犬のどこが凶暴じゃないのよ」

そういってツンが笑った。つられてチーズも笑う。

「なんかさ、あたしたちって馬鹿みたいだよね」
「んー?なにがだ?」
「いつまでもあんなやつのことを待ってるなんてさ」

そういってツンがチーズの顔に顔を近づけた。

「ね、あたしたち付き合っちゃおうか?」
「はあああああああああああ?????」
「あはは、照れてる照れてる」
「ばっかじゃねぇの。照れてるわけねぇだろーが」
「あ……」
「ん、どした?」

「いまね、空が笑った気がしたの。でね、ブーンが笑った気がしたの」
86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 10:55:56.47 ID:ThV+6G2J0
「わかったからよ、もう惚気話は聞き飽きましたー」
「もう、なんであんたはそうすぐに人をからかうわけ?」
「しらねーよ。お前がからかわれるようなこと言うからだろ!」

あーあ、あの二人はまだ喧嘩してるのかお。
ま、元気そうだし、俺が消えても問題ないおね。

「お」
「なにごまかしてるの!あんたさっき発言撤回しなさい」
「んー、それはいいけどよ、俺にも見えたぜ」

チーズが空を見上げて言った。

「ん?なにが?」
「ほら、お前が言った、空が笑ったってやつ。恥ずかしいけど、俺も見えたよ」
「ブーンも見えた?」

ツンが身を乗り出して聞いた。

「ああ、見えた」

ツンも急いで空を見上げた。
雲ひとつない空に、また流れ星が見えた気がした。
87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 11:02:04.98 ID:ThV+6G2J0
【三年後】

お元気ですか?私は元気です。いままでお手紙を出さずにいたことをお許しください。
でも私の気持ちもわかってくださいね。だって、あなたに届くかどうかわからない手紙を
だらだら書くほど、私は暇なわけじゃないんですから。

そうでしょう。お腹の子供が外に出てきてから、もう三年も経つんですよ。
あなたにそっくりの、まるであざらしみたいな愛くるしい赤ちゃんでした。

名前は桃太郎。あなたは笑うかもしれませんが、私はこの名前が一番いいと思います。

世界の近況なんかを書こうと思っていましたが、もうあなたには関係がなさそうなので
やめておきます。ただ、鬼が島はいまだに残っています。
あなたと最後に旅したところ、新婚旅行の場所から少しも動いていません。

日本やアメリカと交渉したらしく、現状維持のまま、鬼が島は日本国の一つとして
これからも存在していくそうです。あなたの望んだ世界が出来たんでしょうか。

またお手紙を書きます。
もしこれがあなたに届いたのなら、ぜったい返事をくださいね。
私は鬼が島であなたからの返事を待っています。
88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 11:07:07.67 ID:ThV+6G2J0
「ふひひ」

「ん?どうしたんだい、君の悪い子だねぇ。
そんな紙っ切れを読みながら笑うなんてさ」

「うは、ヒドス。俺の奥さんから手紙が届いたんだお」

「へえ、あんたに奥さんなんていたのかい。
まったく、親の許可も取らないで結婚しちまうなんて嫌な子だよ。
結局あたしとの約束も守らなかったようだしね」

「それは何回も謝ったお。いい加減、機嫌を直して欲しいお」

「へん。まあこうしてまた会えただけでもよしとするかね」

「そうだお。誰も傷つくことなく終わったんだお。平和になったんだお」

「別にあんたがそこまで考えてたわけじゃないだろうに、仕方のない子だね。
そろそろご飯の時間だね。ほら、手伝っておくれ。じぃさんも帰ってくるよ」

「わかったお」
90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/09/13(水) 11:11:19.94 ID:ThV+6G2J0
ツン、俺は元気でやってるよ。

ここに来る前にちらっとそっちを覗いたけど、気がついたかな。
相変わらずだったね。犬も元気そうでなによりだよ。

童話の桃太郎みたいに鬼を退治することはできなかったけど、
いまはこんな終わり方もいいんじゃないかと思ってるんだ。

みんな幸せに暮らせれば一番だよね。

ちょっと寂しいけれど、会うまえに死んでしまったじぃちゃんにも会えたし、
俺は満足してる。ツンも満足してくれてればいいな。

ツンが死んだらまた会えるからね。そしたらまたいっぱいお喋りしようね。

驚くかなぁ。俺はさめと結婚したんだよ。子供までいるらしい。

こっちの生活は思った以上に快適だよ。

はやくツンもおいでよ。またみんなで騒ごう。それじゃ、また会う日まで。

さよなら。