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从 ゚∀从はヒーローになれなかったようです 第1話 

1 :名も無きAAのようです:2012/03/02(金) 14:06:06 ID:2zOb5sYM0
空を飛び、地を駆け、弱きを守り悪を挫く
ヒーローというものはこの世界に生きる誰もが憧れる存在だ
交通安全運動から他国との戦争まで、ヒーローの果たす役割は非常に大きい
そんなヒーローになるために必要なものは何か
強靭な体?正義の心?どっちもハズレ
断言するね、ヒーローに必要なのは……


2 :名も無きAAのようです:2012/03/02(金) 14:07:36 ID:2zOb5sYM0
相も変わらず、TVでは連日のようにヒーローの活躍が報道されている
今日は何やらヒートとかいう奴が銀行強盗を捕まえたらしい
「人として当然のことをしたまでだ!」だとさ。ご立派ご立派
窓の外では餓鬼共が「ヒートごっこ」をしているようだ。どうりで騒がしいと思った
「俺絶対に将来ヒーローになる!」なんて声が聞こえてくる
夢を見るのは結構なことだ少年。だけど世の中そんなに甘くないぞ
お前等はヒーローになれなかった者の末路を知らないからそんなことが言えるんだ
考えてもみろ、高い戦闘能力を持ち、職にあぶれた者……

( `ハ´) 今回はこの写真の男を殺して欲しいネ

悪人共に目を付けられないはずがないだろ?

从 ゚∀从 また暗殺か

( `ハ´) 暗殺違う。襲撃

从 ゚∀从 ……派手にやれってことか

( `ハ´) 報酬はいつも通り振り込んでおくネ

从 ゚∀从 了解。えーっと標的は……


3 :名も無きAAのようです:2012/03/02(金) 14:08:19 ID:2zOb5sYM0



       「


              ( ゚д゚ )


                         」



从 ゚∀从 ああ見たことあるわ、コッチミルナ……首……相……

从;゚∀从そ 総理大臣じゃねーか!!

コッチミルナ
圧倒的な支持率で長年首相の椅子に座り続ける元ヒーロー
こいつを殺すのが今回の依頼らしい
依頼の難度としては考えるまでもなくSクラス……だが……

( `ハ´) 無理か?

从 ゚∀从 ……いや、やらせてもらうよ

断ったら消されるんだろう
やるしかないさ


4 :名も無きAAのようです:2012/03/02(金) 14:09:01 ID:2zOb5sYM0
【首相官邸】

(警1”д”) 襲撃だ!空から手榴弾が降ってきたぞ!

(警2”д”) くそっ!そんな所にいないで降りてこい!

(警3”д”) 侵入者は1名!飛行能力者の可能性大!至急応援求む!

从 ゚∀从 飛行能力者ねえ……そんな素敵な能力なら良かったんだけど

从 ゚∀从 まあいいや、十分派手にやったし終わらせるか

(警4”д”) 逃げたぞ!追え!

从 ゚∀从 付いてこれるもんならな。えーと、標的はあっちだな

俺は最高速度120キロで飛行することができる
本来の能力を応用した物なので純粋な飛行能力者と比べると随分見劣りする数字だ
まあ、どっちにしろ普通の人間である警備員が追いつけるスピードじゃあない


5 :名も無きAAのようです:2012/03/02(金) 14:11:33 ID:2zOb5sYM0
从 ゚∀从 ……ん?アイツは……

( ,,゚Д゚)  ここから先は通さん

こいつは確かヒーローの……ギコとかいう奴だ
警備にヒーローが付いているとはさすが総理大臣
「パントマイム」なんて呼ばれるこいつの能力は……あ、ヤバ……

三从 ∀(;;|ドグシャァ!!



ドサッ

(警5”д”) 侵入者が落下、確保します!

(警6”д”) 侵入者確保!連行します!

( ,,゚Д゚)  いや、俺が運ぶ。お前等は持ち場に戻っていいぞ

(警6”д”) はっ!ではよろしくお願いします!


6 :名も無きAAのようです:2012/03/02(金) 14:12:28 ID:2zOb5sYM0
……………
………


从 ∀从

从 -∀从 うーん……

从;゚∀从そ ~ッ!!ココは!?

(;;;;;;) 目が覚めたか

从 ゚∀从 お前は……

( ゚д゚ ) はじめまして、お前の標的のコッチミルナだ

从 ゚∀从 ……糞が

8 :名も無きAAのようです:2012/03/02(金) 14:13:39 ID:2zOb5sYM0
从 ゚∀从 任務失敗したヒットマンに総理大臣が何の用だ?

( ゚д゚ ) なに、少し話をしようと思ってな

从 ゚∀从 俺から情報を引き出そうってんなら諦めな。死んでも言わん

从 ゚∀从 いや、「言ったら消される」の方が正しいかね

( ゚д゚ ) ふん。まるで何も言わなきゃ消されないと思っているような口ぶりだ

从 ゚∀从 あ?

( ゚д゚ ) 情報を漏らす可能性があったら消す。言おうが言うまいが関係ない

( ゚д゚ ) 裏の組織ってのはそういう物だ

( ゚д゚ ) お前の失敗を知った時点で奴らは刺客を差し向けるさ

从;゚∀从


9 :名も無きAAのようです:2012/03/02(金) 14:14:22 ID:2zOb5sYM0
( ゚д゚ ) ……だがまあ、生きる道もなくはない

( ゚д゚ ) こちらの要求に応じてくれたら刺客の対処はしてやろう

从 ゚∀从 ……わかったよ、何でも聞いてくれ。全部話してやる

( ゚д゚ ) ……勘違いをしているようだが、お前から情報を得ようという気はない

从 ゚∀从 はぁ?じゃあ要求ってのは何なんだよ

( ゚д゚ ) 単刀直入に言おう

( ゚д゚ ) お前には我が国のエージェントとして働いてもらう

从;゚∀从そ ハァァァァァァァ!?


10 :名も無きAAのようです:2012/03/02(金) 14:15:03 ID:2zOb5sYM0
゚д゚ ) お前について調べてみた

( ゚д゚ ) ハインリッヒ高岡21歳女性

( ゚д゚ ) 両親ともに既に死亡しており現在はヴィップ市に一人で住んでいる

( ゚д゚ ) そして……元ヒーロー志望者

从 ゚∀从 ッ!

( ゚д゚ ) 天涯孤独の「ヒーロー落ち」か。裏の人間に目を付けられるのも当然だな

( ゚д゚ ) 養成所時代の成績は……と……

( ゚д゚ ) 凄いな、知力体力共にトップクラス。現役のヒーロー以上だ

( ゚д゚ ) これだけの資質を持ちながらヒーローにならなかったのはなぜだ?

从 ゚∀从 ならなかったんじゃない。なれなかったんだよ

( ゚д゚ ) ……さて、どういうことだ?

从 ゚∀从 俺は……


11 :>>10コピペミス……修正はしない:2012/03/02(金) 14:16:40 ID:2zOb5sYM0
……………
………


( ゚д゚ ) なるほどな

( ゚д゚ ) しかし……惜しい

从 ゚∀从 ?

( ゚д゚ ) お前ほどの人材を埋もれさせておくのはあまりに惜しい

( ゚д゚ ) よし、もしお前が我が国のエージェントとして任務に成功したら

( ゚д゚ ) その時はお前をヒーローにしてやろう

从;゚∀从 なっ!

( ゚д゚ ) どうだ?刺客の処理、ヒーローになる権利。破格の条件だ

( ゚д゚ ) やるか?それとも獄に入るか?

从 ゚∀从 ……やってやるよ

( ゚д゚ ) よし


12 :名も無きAAのようです:2012/03/02(金) 14:17:32 ID:2zOb5sYM0
从 ゚∀从 それで、任務ってのは何なんだ?

( ゚д゚ ) 最終的な目標はラウンジへの潜入、そして工作活動だ

从 ゚∀从 まあ、そんなとこだろうとは思ったさ

( ゚д゚ ) うむ。知っての通りわがニューソクとラウンジは長期に渡って戦争状態にある

( ゚д゚ ) つい最近そのラウンジが新兵器の開発に成功したという情報があった

从 ゚∀从 それを調査して、あわよくば破壊しろってことか

( ゚д゚ ) まあ、そういうことだ

从 ゚∀从 最終的な目標がそれだとして、短期目標は何だ?

( ゚д゚ ) 一人で行くのは心細いだろう。メンバーを揃えろ

从;゚∀从 揃えろ……って言われてもなあ

( ゚д゚ ) 候補はこちらで絞ってある。お前は口説きに行くだけでいい


13 :名も無きAAのようです:2012/03/02(金) 14:18:15 ID:2zOb5sYM0
( ゚д゚ ) まず口説いて欲しいのが……こいつだ




     「


            ('A`)


                      」



( ゚д゚ ) 通称「リビングデッド」。自爆テロの常習犯だ

从 ゚∀从 ……は?


第2話へ→
目次へ

ξ゚⊿゚)ξは画面の世界の住人のようです その3 

119 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:36:27 ID:K2gJjNsYO
 


 言った瞬間、全身を巨大なプレス機で押しつぶされたかのような錯覚に見舞われた。
 震え、聞こえるかすらわからない程か細い声で、言い切った。
 自分でもよく言えたな、と思った程に、それは苦しい発言だった。

 目に涙が滲んでくる。
 それをぐっと堪え、柄でもなく顔を紅潮させ、ブーンの方をじっと見つめた。

 ブーンはこちらを見つめたまま、口をぽかんと開いて唖然としていた。
 彼が言葉を話せるようになるまで、十秒程を要した。


( ;゚ω゚)「―――、……なに言って……?」

 正座を崩して、四つん這いになりつつもこちらに顔を近づけてきた。
 状況を呑み込めないようだったため、まだ説明しなければならないと思った。

 いや、呑み込めてはいるだろう。
 言ってきた通り、どうしてそんな事を言うのか、がわからなかったように見えた。


川 ゚ -゚)「日頃の……特に、最近のブーンの動向は、目に余る」

川 ゚ -゚)「どうしてもビデオを捨てられないなら……私は、君を見ていられない」

川 ゚ -゚)「それ故の、判断……だ」


.


120 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:38:43 ID:K2gJjNsYO
 


( ;゚ω゚)「……! ばか言うなお……」


 静かに私の言い分を聞いていたブーンが、漸く絞り出した声はそれだった。
 確かに自分でも馬鹿げている、と思っていた。

 だが、もう見ていられなくなったのだ。
 狂ったかのようにビデオに固執する、ブーンの姿を。

 それを丁寧に言っても、ブーンは馬鹿げていると言いたげな顔をしていた。


( ;゚ω゚)「そんな……そんな事を……言われても……」

川 ゚ -゚)「………ブーン、よく聞いてくれ」

( ;゚ω゚)「世間体を気にしてるのかお?
      だったら今度からは絶対に声を出さず、静かに観るお」

川 ゚ -゚)「違うから、聞いてくれ」

( ;゚ω゚)「世間で言う幼女趣味、ロリコンとか言うのが嫌いなのかお?
      僕は現実と画面の世界とはきちんと分別をしっかり弁えてるから、心配しないでお」

川  - )「……聞いて……」

( ;゚ω゚)「電気代かお? 休日出勤でもしてもっと稼いであげるお、だから―――」



 思わず、怒鳴ってしまった。




川  - )「違うから、聞いて!!」

( ;゚ω゚)「―――ッ」



.


121 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:39:46 ID:K2gJjNsYO
 

 私は、滅多な事では感情を表に出さない人間だ。
 辛い、悲しい、寂しい、楽しい――そのどれも、顔や声、態度に出る事はない。

 そんな私が、どうしてここまで感情的になっていたのか。
 のちの私に問えば、返答に詰まる事だろう。

 だが、今は途方にもなく、感情的になっていた。


川 ゚ -゚)「……君がそれらのビデオを観たがる気持ちは、よくわかる」

川 ゚ -゚)「観ていて癒されるのも、活力を分けてもらえるというのもわかる」

川 ゚ -゚)「寧ろ、もっと観ててくれても構わない。ビデオを観るだけ、なら」

川  - )「でもな……」






川  - )「いくらビデオを観ようが、ツンは生き返らないんだぞ!」





.


122 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:41:23 ID:K2gJjNsYO
 


(; ω )「………ッ」



 私の、心の底で巣くっていた澱みが、ついに氾濫してしまった。
 顔に出ない分、そういった感情は一方的に溜まりやすい。

 それが増幅し溢れかえってしまうと、クールだろうが
 ドライだろうが関係なしに、本心を優先させてしまうのだ。


川  - )「生前のツンの姿を観て、あの頃を思い出すのはいいさ」

川  - )「天真爛漫で、じゃじゃ馬で、でも人形のように可愛い。
     そんなツンとの思い出を、振り返るなとは言わない」

川  - )「私だって――時々アルバムを捲っては、
     笑ってるツン、泣いてるツン、怒ってるツンを目で追ってる」

川  - )「でも………でも………」




 ああ、どうして。


.


123 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:42:51 ID:K2gJjNsYO
 



川 ; -;)「ツンは死んでしまったんだ! それくらい、いい加減わかれよ!」



 どうして、私は涙を流しているのか。
 これも、のちの私に問おうが、決して明確な返答はないに違いない。

 涙など、学生時代に先生に怒られようが、世界一怖い
 ジェットコースターに乗ろうが、見せたことがなかった。
 親が逝く時でさえ、声を震わせた程度で終わったというのだ。

 どうしてか、悲しい、怖いという実感が湧かず、
 現実をそれとなく受け流すくらいしか、今までの経験では無かった。

 自分が産声をあげる時以外では、涙は一度しか流したことがなかった。
 その、たった一度の涙を見せたのは、丁度二年前、雨が降っていた日だ。
 その、涙を流した理由というのが、今涙を流している理由と全く同じなのだ。


 どうして、娘が死んだ、ということに関してだけは、涙を流すのだろう。
 どうして、親が死んでも何ともなかった自分が、娘の死去を前に涙するのだろう。
 決して答えが見つからないであろう疑問を、抱えてきた。
 これからも、それは抱えていくのだろう。


.


124 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:44:39 ID:K2gJjNsYO
 


(  ω )「クー……」

川 ; -;)「いつになったら、ツンは死んだのだ、って現実と向き合えるんだよ! なあ!」

(  ω )「………向き合ってるお。それくらい、知ってるお」


 感情がだだ漏れになっている私を前に、ブーンは冷静を取り繕っていた。
 変わらず小さな声で、否定する。

 だが、私の声を小さくするのは、自分では不可能だった。

川 ; -;)「嘘吐け! ビデオを観てる時の君の態度は、そうじゃない!」

川 ; -;)「……まだ生きているのだ、って気になってるじゃないか!」

(  ω )「………」


 横座りの姿勢を崩し膝をついて、ブーンの両肩に手をかえた。
 そのまま座らせて、身体を前後に揺する。
 力なく揺れるブーンの身体、頭を見て、魂ここに在らず、と言った印象を持たされた。


.


125 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:46:19 ID:K2gJjNsYO
 


(  ω )「………」

(  ω )「じゃあ逆に聞くお……」

川 ; -;)「………?」


 意識してではないだろうが、ドスの利いた、非常に低い声でブーンは言った。
 思わず、矢継ぎ早に物言おうとしていた私の口は、閉ざされてしまった。

(  ω )「クーは、ツンを忘れろってのかお?」

(  ω )「ツンが死んだからって、無かったことにしよう、って気なのかお?」

川 ; -;)「ちが―――」



(# ω )「何が違うって言うんだお!!」


 俯いたまま、ブーンは大声を発した。
 決して、私に殴りかかろうなどとする姿勢は窺えない。
 ただ、言葉で私に殴りかかろうとしているのはわかった。

(# ω )「ビデオを観るな、現実を受け止めろって……」

(# ω )「じゃあクーは悲しくないのかお?
       ツンが死んだことが、最愛の娘を喪ったことが!」

川 ; -;)「悲しいさ。でも、それとこれとは……違う」

(# ω )「違わないお!」


.


126 :クーの涙目が半角でした。すみません。:2012/03/23(金) 19:49:38 ID:K2gJjNsYO
 

 再び、ブーンの一喝で私は黙り込んだ。
 彼も私も、娘の死をこの上なく悲しく思っている事に偽りはない。
 一生に流しきるであろう涙を、一晩にして流し終えた程だ。
 死後一週間は、毎日が生きた屍のような心地だった。

 ブーンにとってもそれは変わらないようで、溜まりに
 溜まった有給を全部使い果たして、ずっと鬱ぎ込んでいた。

 どちらも、娘にかける想いは同じくらいに大きいのだ。
 だから、娘の死についての話なんか、したくはなかった。


(  ω )「……ツンは、丁度僕が会社で、平のサラリーマンとして
       ばりばり働いて、もう精神的にダメだった時に産まれてくれたお」

川 ; -;)「………」


.


127 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:51:45 ID:K2gJjNsYO
 

(  ω )「上司から押し付けられる雑務、裏で囁かれる悪口、決して増える事のない給料、
       クーを待たせたくないのにしなければならないサービス残業……」

(  ω )「もう、会社なんかやめちまえ、そんな時に聞いたツンの産声は……
       どんな天使が奏でるどんな管楽にも負けない、素晴らしい音色だったお」

( ^ω^)「地獄に仏どころじゃない……まさに、女神。
      僕にとっての、生の道しるべ」

( ^ω^)「どんなに会社で雑に扱われても、理不尽な目に遭っても。
      『家に帰れば、ツンがいる』――そう思うだけで、不思議とそれらは消えてって」

(  ω )「クーも尋常ない程愛してるけど、ツンにも負けないくらい、与えれる限りの愛を与えて育てたお」

(  ω )「罵倒されても、杜撰に扱われても、幸せだったお。
       笑ってくれた時なんか、このまま死んでもいいって思えたお」

(  ω )「そんなツンの……え、笑顔が……見られなくなるなんて、だお?」


( ;ω;)「…………当時は……か、考えた事すら……なかったんだお………」





.


128 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:52:48 ID:K2gJjNsYO
 








 昼休み、愛妻の手作りの弁当を広げて、合掌した。
 ちいさなハンバーグに豚の生姜焼き、だし巻き玉子、
 サラダに煮物と総菜が選り取り見取りで、早速食欲をそそった。
 敷き詰められた、光沢の栄える白米の上に、申し訳程度の梅干し。

 実に豪華で、外に金を払ってまで食べる定食よりも大変旨そうな弁当だ。
 声にはしないが、心の中で妻の好意に礼を述べ、箸を手に取った。

 まずは、この渇ききった喉を茶で湿らせる。
 一口、二口と喉に運んで一息を吐いた。
 その上で改めて弁当を眺めると、もう一度息を吐きたくなる。


(=゚ω゚)ノ「あ、センパイ今日は愛妻弁当ッスか!」

( ^ω^)「羨ましいかお?」


.


129 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:54:59 ID:K2gJjNsYO
 

 久々の妻の手作りというだけあって、少し僕は浮かれていた。
 部下の伊予にとっても羨ましかったようで、「おお」と感嘆の声を漏らしていた。

 女とは悉く縁がない伊予は、愛妻弁当というものに憧れるのだろう。
 食べさせはしないが、「ほれほれ」と見せるだけ見せびらかした。


(=゚ω゚)ノ「幸せ者ッスね。くぅ~ッ! 羨ましいッス!」

( *^ω^)「そうだお? そうだお?」

(*=゚ω゚)ノ「美人な奥さんと巡り会えて、可憐な娘さんに恵まれて……
      もう羨ましいどころか悔しいッス!」

( *^ω^)「どれ、もっと悔しがるがいい!」

(;=゚ω゚)ノ「くそ~……。自分も早くイイ人見つけて、口説いて……結婚して。
      まだまだやる事が多いなぁ……」

( ^ω^)「……伊予。出逢いってのは、いつどんなタイミングで起こるかわからないもんだお。
      それまで男を磨いておくことだお」

(=゚ω゚)ノ「センパイ、かっこいいように見えて実はそうでもないッス!」

(;^ω^)「やっかましい!」


.


130 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:56:50 ID:K2gJjNsYO
 


 いつもの昼のように、伊予と取り留めのない雑談を交わす。
 普通の社員ならもたもたしていては、昼食難民となりコンビニで済まさざるを
 得なくなるのだが、伊予は「隠れ家」なる料亭を知っているため、こうして呑気に会話ができるという。

 そのため、僕も遠慮なしに会話を進めていくのだ。
 娘の話題を出されると、ついにやにやせざるを得ない。
 すっかり乗せられ、柄でもない事まで言ってしまうという醜態を曝す事になっていた。


( ^ω^)「お?」

 笑っていると、デスクの上に置かれてある電話が鳴った。
 なんだと思って手に取ってみると、僕の顔から笑みが取れる事はなくなっていた。

 どういう事か、娘の声が聞こえてきたのだ。
 反抗期なのか、僕を罵ってばかりの娘から電話が来るまど、ただ事じゃあない。
 すぐさま有頂天になり、鼻息が荒くなった。


(=゚ω゚)ノ「あ、電話スか?」

( *^ω^)「言ってたら娘から電話だお!」

(=゚ω゚)ノ「じゃあ自分はこれくらいで」

( ^ω^)「おう! たんまり飯食ってこいお!」


.


131 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:58:29 ID:K2gJjNsYO
 


 伊予がオフィスを出て行くのを見届ける前に、耳を
 受話器にぴったりと押しつけ、受話音量を最大限に上げた。
 そのせいか、鼻息が荒いのがばれて、開口一番に罵られた。


  『ちょ……キモいんだけど』

( *^ω^)「どうしたお! なにかあったのかお!?」

 娘の通う中学校は、今日は創立記念日と聞かされていた。
 だから、彼女が電話をかけてくる事に違和感は抱かなかった。

 罵倒を天使の囁きのように受け止め、高鳴る胸の鼓動を押さえようともせずに先を促した。
 それも、室内に残っているOL達など気にも留めず、大声で。
 僕が大の親バカだと言うことは皆が知っている事実のため、気にする必要がないのだ。

 娘の口から放たれる可愛らしい声を、いつまでも聞いていたい。
 ある日、それを本人の目の前で言うと張り手されたが、本心だった。

 そんな声が、僕の耳介に吸い込まれてゆく。
 だが、その瞬間僕の視界は真っ白になった。



  『えっと……。か、カレシ、呼んだから』

( ゚ω゚)


.


132 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:59:53 ID:K2gJjNsYO
 


 右手に籠めていた力が抜け、電話を落としてしまった。
 螺旋状のコードが伸びきり、引き出しの前でぶらぶらと揺れる。

 課内に残っていた人たちが、なにがあったのかとこちらを見る。
 はっとして、慌てて受話器を手に取った。


  『もしもし、聞こえてんの!?』

  『大方、ショックを受けたんだろうな』

  『だから言わない方がいいって――』


 受話器の向こうで、妻と娘が呆れ気味に話している。
 どうやら、クールが僕にその事を話すように促したようだった。
 顔面の強張った筋肉は解せないが、僕は漸く言葉を話せた。

.


133 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:01:05 ID:K2gJjNsYO
 


( ゚ω゚)「だめだお」

  『はァ?』

( ゚ω゚)「今すぐ追い返しなさい、今すぐに」


 冷静な口調になって、追い返すよう指示した。
 まだ中学生の娘に彼氏など、決してあってはならない。
 中学生などという、まともな思考が得られ難い時期につくる彼氏など、陸でない場合が多いからだ。

 しかし、その考えを嘲るかのように笑う娘の声が聞こえてきた。
 後ろではクールが微笑を声にしている様子も聞き取れる。


  『残念でしたー! そういうと思って、もうお話終わりましたぁー』

( ゚ω゚)「ッ! ちょ、母さんに代わるお」

  『はいはい』


 呆れ気味に娘が応えると、やや声が上擦ったクールの声が聞こえてきた。
 まるで、最初から代わるよう促されるのが読めていたかのような手早い動作だった。


.


134 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:03:02 ID:K2gJjNsYO
 


( ゚ω゚)「どういう事だお」

  『カレシさん呼ぶなんて言ったら間違いなく飛んできそうに
   思えたから、呼び終えてから知らせる事にしたのさ』


 確かに、飛んでいく。
 そして、彼氏とやらを追い返す。


  『で、今からツンがカレシさんを見送りに行くところ――』

( ゚ω゚)「ッ! まだ野郎はうちにいるのかお!?」

  『げ』

  『ちょ、おかーさん!』


 クールが言葉を詰まらせた。
 図星、という事だろう。
 このチャンスを逃す訳にはいかない。


( ゚ω゚)「今からうちに帰るから、逃がしちゃだめだお。じゃ」

  『ちょっと――』


 そう早口で言って、返答も待たずに受話器を置いた。
 ひそひそと陰口を叩いているOLなど目もくれず、手早く弁当を片づけた。
 食べるのは帰ってからで構わないだろう。

 資料を全て鞄に押し込み、コーヒーもコップの中身を全部呷った。
 それの苦味を味わう暇も出さずに席を立った。
 この間、五秒も掛かってないだろう。


.


135 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:04:52 ID:K2gJjNsYO
 


 鞄をデスクの上に放り出して、部長のデスクに向かった。
 入社当初から「動けるデブ」との異名を持っていた僕の
 今の動きに、驚いた部長は目を丸くして僕を迎え入れた。
 窓の外を眺めるのをやめて、席に座って。

(;`∠´)「なんだ、どうしたんださっきから」

( ^ω^)「会社早退させてくださいお。では」

(`∠´)

(`∠´)「え?」



 踵を返して帰路につこうとすると、当然ながら部長から制止された。
 普段の僕なら「それはそうか」となるのだが、今はそんな常識すら弁えてなかった。
 急ぎ足でデスクの前に立つと、部長は怒るどころか呆れて物も言えない、そんな風に窺えた。


(`∠´)「あのな、何言ってんだお前?」

( `ω´)「何言ってもなにも、そのままですお!」


 部長の鋭い眼光が、目に突き刺さる。
 だが、負けじと僕も睨み返す。


(`∠´)「早退理由は―――まあ、聞くまでもなく娘関連だな」

( `ω´)「そうですお!」

(`∠´)「病気で倒れたとか、産まれたって訳でもないのに早退が許せるか」

( `ω´)「本気ですお! 早くカレシとやらを追い返さないと――」


.


136 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:06:36 ID:K2gJjNsYO
 

 僕とベル部長は、自分で言うのもなんだが仲がいい方だと思っている。
 接待ゴルフで休日を共にする日も多く、信頼関係は築けている方だと実感している。

 だが、僕の娘に関してだけは、よく部長と諍いを交わすのだ。
 娘が試験で高得点をとったから帰る、と言ってぼや騒ぎになった事もある。
 むろん、それらが僕にとっても会社にとっても決して
 いい事ではないとわかっているので、部長も部長なりにそれを許さない。

 そのやり取りを見てきた他の社員たちの間では、それが
 密かな名物と扱われてる事を知ったのは、ずっと先の話だ。


(`∠´)「だめだだめだ。
     娘さんも思春期なんだからな、恋のひとつやふたつ、許してやれ」

( `ω´)「まだ娘は中学生なんですお! だから――」


.


137 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:08:42 ID:K2gJjNsYO
 


 営業課での密かな名物は、部長のデスクに掛かった一本の電話によって遮られた。
 部長は何度か肯いていると、急に虚を衝かれたような顔をして、
 興奮して肩で息をする僕をじろじろ見て、電話を切った。

 先ほどまで威厳に満ちていた部長の顔は、なぜか途端に蒼くなっていた。
 そんな顔色で向かい合われるため、僕も自然と興奮は醒めていった。

 立ち上がってデスクから上体を乗り出しては、脂汗に頬を伝わせながら口を切ってきた。


(;`∠´)「お、お前の娘の名前、ツン?って言うのか?」

( ^ω^)「あ、ツンってのは『ツンツンしてる』ってところから
      僕がつけた愛称ですお。本当はレイって言いますお」


 それを聞いた部長は、がばっと僕の両肩を押さえてきた。
 「今から言う話を、よく聞け」とまで言ってくるので、
 先ほどまでの興奮など、既にどこかに飛んでいっていた。


(;`∠´)「その子が、交通事故に遭って、病院に運ばれた」


( ^ω^)





( ^ω^)「――――え?」


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138 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:09:59 ID:K2gJjNsYO
 


 気が付くと、早退の許しも貰わないまま、その場を駆けだしていた。
 デスクの上に置いていた鞄を乱暴に拾い上げて、社員を退かすように。


(;`∠´)「ヴィップ総合病院だ!」

 去り際に部長のその一言だけを聞いた後は、僕の聴覚は機能していなかった。
 心臓が爆発しそうな程高鳴り、鼓動は決して止むことはない。
 日頃の運動不足が祟って足の節々が悲鳴を上げるが、それ以前に痛覚など存在していなかった。

 エレベーターでは遅い。非常用の階段を四段も五段もとばして駆け下りていく。
 屋外に取り付けられた非常階段を使って初めてわかったのだが、外では雨が降っていた。
 天の神様がバケツの中身でもひっくり返したのか、信じられない程の豪雨だった。

 空は黒い雨雲が覆っており、今が正午などと聞いて誰が信じるものか。
 昼である事すら疑わざるを得ない悪天候が、同じく心の中が悪天候である僕を迎え入れた。



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139 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:11:17 ID:K2gJjNsYO
 


 だが、雹のように強い雨が頭を叩こうが、鞄で雨を避けようなどとは思わなかった。
 せっかく贅沢して買ったスーツは、そんな事など微塵にも思わせない程に雨に濡れてしまっている。

 足場が塗れたせいで、滑りやすくなっている。
 手摺りを掴んで、転ばないように注意しなければならない。
 もし転んだりして、病院への到着が一瞬でも遅れては、元も子もないからだ。

 僕が早くに到着しようが遅くに到着しようが、結果に影響は生じないのに。
 ただ、先を急ごうという考えしか、脳裏には浮かばなかった。


( ;゚ω゚)「ッ! タクシぃぃぃ!」

 エレベーターなんかよりも相当速く下りたであろう僕は、すぐに道路に飛び出した。
 なんの偶然か奇跡か、そこをタクシーが通りかかった。
 先客を送った帰りなのか空いていたため、言うまでもなくそれに食らいつく。

 窓を何度も殴ると、漸く運転手は応じた。


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140 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:13:31 ID:K2gJjNsYO
 


 窓が下りてきて、運転手の声が聞こえる。
 窓を殴られた事で、怒っているようだった。
  _
(#゚∀゚)「なんだよてめぇ! 割れちまうじゃねーか!」

(#゚ω゚)「うっせーお! とっとと乗せろお!」
  _
(#゚∀゚)「まずは詫びれやァァッ! サツ呼ぶぞ!」

(#゚ω゚)「御託はいいからさっさと僕を乗せろお! ヴィップ総合病院だお!」
  _
(#゚∀゚)「……っ、てめ……」


 逆上させてしまい、逃げられるか。
 はっと、そんな思考が浮かんだ時だ。

 運転手は、急に顔から怒りを消して、真面目なそれになった。
 数秒の間、地面を叩きつける音が二人の間を通っていたあと、
 運転手は怒りを鎮めた声で静かに言った。
  _
( ゚∀゚)「……ヴィップ総合病院だと?」

( ゚ω゚)「―――お?」
  _
( ゚∀゚)「…………乗れ」


 僕が答える前に、後部座席の扉を開いた。
 顔を見て、その通りだと判断したのだろう。
 一瞬なにが起こったのか状況判断が追いつかず、ぽかんとしていた。
 運転手の冷静な声が、僕の意識を現実に引き戻してくれた。
  _
( ゚∀゚)「違うのか? じゃあ置いてくぞ?」

( ゚ω゚)「……あ……。あ、ああ……?」


.


141 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:15:49 ID:K2gJjNsYO
 


 僕が答え渋っているうちに、タクシーが引っかかっていた
 信号が青になり、後ろからクラクションが聞こえた。
 それで僕は漸く正気に戻り、急いでタクシーに乗り込んだ。
 雨で全身が濡れていたため、座席が雨水で滲む。

 扉を閉めると同時に、タクシーはゆっくりと動き始めた。
 この運転手は、客がいないと勝手に曲を流すようで、車内はポップソングが流れていた。
 まるで僕が居ないものだと思っているのか、陽気に音楽に合わせて歌ってまでいる。

 メーターは回っていない。

  _
( ゚∀゚)「夢を~乗せてぇ~、走る~車道ぅ~√」

(;^ω^)「お、おい、メーター回ってないお?」
  _
( ゚∀゚)「んだよ。文句あっか?」


 ないわけがない。
 いくらパニックに陥っていようが怒りを垣間見せていようが、
 僕も教育相当の常識は持ち合わせているのだ。


.


142 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:17:38 ID:K2gJjNsYO
 

 二言目を紡ごうとすると、交差点を大きく左に曲がり、僕は遠心力で右に少しとばされた。
 規定速度ぎりぎりまでスピードが出されている。
 僕は訳がわからなくなっていた。

  _
( ゚∀゚)「客に暴言吐いちまったお詫びだよ」

(;^ω^)「で、でも座席濡らしちゃったお。おあいこだお!」

 すると、運転手は溜息を吐いて、「やれやれ」と言った。
 その間にも、ポップソングは流れている。
 聞き覚えがある曲だったが、タイトルまでは知らない。

 その歌が佳境に入ろうとした時、運転手は答えた。


  _
( ゚∀゚)「運ちゃんは運ちゃんらしく、な」

(;^ω^)「お……?」
  _
( ゚∀゚)「十五分もしないうちに着くだろうよ。それまで、服装でも整えてろ」


 はっとしてスーツを見ると、見事なまでに乱れていた。
 襟は折れ、ネクタイはずれている。
 湿ったスーツの肌に抱く嫌悪感に構うことなく、直していった。

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143 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:19:18 ID:K2gJjNsYO
 


 タクシーの窓は、六面全部が雨水で覆われていた。
 ワイパーが拭ってくれるフロントガラスでさえ、辛うじて前方がすぐ見える程度だ。

 ポップソングにも負けないほどの雨音が、鼓膜を刺激する。
 その雨音がリズムを刻む事で、漸く自分の現状を見つめ直せるほどに落ち着けてきた。


( ^ω^)「……」

(  ω )「………ツン……」


 両手の指を絡ませ膝の間に置き、屈んだ。
 目を瞑って、全身に力を籠め、娘の無事を祈った。
 世界で一番愛する娘、レイの、無事を。


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146 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:43:16 ID:K2gJjNsYO
 







 レイの存在は、僕の中に存在する様々な物の中で、一番だった。
 彼女のために仕事も自然と身につき、係長にまで昇進できたと言っても過言ではない。



 レイが小学一年生の時、クールが私事で忙しくてどうしても授業参観に参加できないという事があった。
 慣れてきた学校生活に初めて親が見に来るという、子供にとっては遠足に並ぶ一大行事と見ていいだろう。
 そんな一大行事に母が出られないと知って、レイは顔をしわくちゃにして泣いていた。

 その時、僕はなんの躊躇いもなく会社から休みを貰った。
 かなり強引に言い寄って、馘首に処される覚悟すら持ち合わせて頭を下げた。
 丁度その辺りから、部長は僕のことをある意味において骨のある奴だと見込んでいたらしい。

 そして、クールの代わりに僕が授業参観に出席する事になった。
 小学生のレイが受ける授業は実に初々しくて、見ているだけで頬が緩んだ。
 むろん、他の保護者は全員母だったため、唯一の父だった自分は浮いていた。
 頬を緩めるたびに隣の人に嫌な顔をされたが、別段気にしなかった。

 だが、レイの方はどうだろう。
 女性が集うなかで、自分の保護者だけがこのようなむさ苦しい男だと、苛められやしないか。
 僕が来てしまったせいで、築かれたばかりの友人関係が破綻を迎えるのではないか。
 不安に駆られつつもレイを見守っていると、そのレイは隣の席に座る
 女の子と会話をしては、こちらに振り向いて、恥ずかしげに手を振ってくれた。

 大声で「見てるお、ツン!」と応じたかったが、必死でその衝動を抑えた。
 にこやかに笑み、手首だけでちいさく手を振った。
 自分が来てしまった事にはレイは全く気にかけていない、むしろ心から
 喜んでくれていたようで、僕も心の底から「来てよかった」と思っていた。


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147 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 20:57:38 ID:K2gJjNsYO
 



 レイが小学二年生になって随分経った頃、レイの動きがややおかしくなっていた。
 僕は早くに会社から帰宅すると、真っ先にレイに「ただいま」と言って抱き上げる。
 高く抱き上げられてはしゃぐレイの姿は、幼稚園児の頃から変わらぬ様子で、仕事で疲れた僕を癒してくれるのだ。
 普段ならそれにあわせてレイも「ただいま」と言ってくれて、たまに頬にキスをしてくれる時もあるのだ。
 その直後、視界が真っ白になって倒れ、クールに迷惑をかけたのはいい思い出である。

 そんなレイが、よそよそしくなっていれば、僕もすぐに気が付くだろう。
 「ただいま」と言おうとしても、ちょこまかと走って逃げ出すのだ。
 最初はかくれんぼのつもりかと思って、僕も彼女のスピードに合わせ追いかけていた。

 だが、レイにかくれんぼのつもりなど毛頭なかったようで、捕まえると泣き喚いたのだ。
 僕もびっくりして、慌てて手を離し、謝った。
 だが聞き入れる様子もなく、泣いたまま自分の部屋に帰っていった。

 加齢臭でもするのか、または父を嫌う年頃になったのか。
 とにかく、泣き喚くとは余程僕が嫌だった、ということだ。
 そう思うと、僕はショックで会社も休み寝込んでしまった。

 そろそろ気疲れもひいてきたか。
 レイに嫌われたのは仕方がないとして、明日からは仕事に行こう。
 そう思った日の晩、寝室にレイがやってきた。
 後ろの方では、クールがにやにやとレイを見つめている。

 どうしたのかと思って布団を蹴り上げ上体をがばっと起こすと、レイの両手が背中に回されているのがわかった。
 「どうしたお?」と控えめに聞くと、一メートル程にまでレイ迫ったレイが、色紙を渡してくれた。
 クレヨンで、歪ながらも色彩のきれいな絵が、描かれてあった。
 僕とクールがレイを挟むように手を握った絵だった。

 そして、言われた言葉で僕ははっとカレンダーを見た。
 照れを隠しながら放たれた「……お、お誕生日おめでとう……?」、という。
 聞くと、絵のプレゼントがばれないように、ここ数日は僕を避けて過ごしていたと言うのだ。


 僕が、初めて娘に泣かされてしまった日だった。


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148 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:00:38 ID:K2gJjNsYO
 


 子供の成長は速いようで、五年生になっていたと気づいたのは丁度夏休みになった頃だった。
 僕の中では、まだレイは幼稚園に通っている印象だったというのに。
 それが、すっかり大人びてきて、クールとガールズトークをする日が増えてきていた。

 また同時に、この頃から僕を罵りもし始めた。
 父親を煙たがるというのは思春期特有の思想のため、別段気にしていなかった。
 寧ろ、健全に成長しているとわかり、嬉しく思えた。

 そんなある日だ。
 レイが、母であるクールと喧嘩をした。
 服が欲しいとねだるのを、クールが叱ったのだ。
 服を買っては三日で飽きて、すぐ新しい服を欲する。
 それを叱るのは、親として当然の事だ。

 レイは、部屋でひとり、肩を震わせているらしい。
 事情をクールに聞いたところ、彼女も「言いすぎたかもしれない」とぼやいていた。
 娘を溺愛するばかりに叱れない僕の代わりに、基本的に躾は母のクールがしていた。
 女の子を母親が躾するのはよくある話だが、クールにとってもレイは大切な娘のため、落ち込んでいたようだった。
 ここでほったらかしていては、レイにとっても教育上よくない。

 レイの部屋をノックして、「入るぞ」と一言断ってから入った。
 室内は明かりがひとつもなく、桃色の壁紙やかわいいぬいぐるみはどれも見えなかった。

 部屋の隅で、声を殺して泣いているレイ。
 彼女を見て、少し胸が苦しくなったが、押し堪えて歩み寄った。
 振り向きもせず「出て行って」と言うレイだが、そういうわけには行かない。

 肩に手をおき、話を聞こうとした。
 しかし、〝嫌いな〟父親と話をするのが嫌なようで、レイは喚きだした。
 置いた手を振り払い、逃げようとする。
 ついでに、力なく蹴ってきた。

 その騒動を聞きつけたクールが、廊下を伝ってやってこようとする。
 その前に、僕の怒声がクールを、そしてレイを制止した。


 はじめて、僕がレイを叱った時だった。


 ぼろぼろと泣き出すも、最終的にはレイも反省し、クールに泣いて謝った。
 謝ったのを見て、僕もレイを抱きしめたのを覚えている。
 大声を出してすまなかった、と何度も言ったのを覚えている。


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149 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:03:39 ID:K2gJjNsYO
 


 気が付けば、中学生という、最も大人に近づく歳になっていた。
 僕の脳内のレイがランドセルを背負っている間に、本物のレイはブレザーに身を包み、桜並木を歩いていたのだ。
 僕の後ろでクールとレイが歩いて、中学への緊張を親子揃って顔面一面に張り巡らせている。

 一旦歩みを止めて、写真を撮ることを提案した。
 レイは当然のようにかぶりを振り罵倒するが、土下座をして地面に額を擦り、
 スターバックスのコーヒーを奢ると約束すると、呆れつつも渋々応じてくれた。

 僕に娘に対するプライドなどなく、許容されてはただ気分の昂揚が収まらなかった。
 呑みにいくのを我慢して、こつこつ貯めて買った一眼レフが役に立つ日がきたのだ。

 高ぶる鼓動を宥め、一本の桜の木を背景にレンズを向けると、レイは途端に慌ただしくなった。
 「どうしたお」と問うと、レンズの映す世界から離れて、クールの手をひいてきた。
 戸惑うクールを尻目に、「やっぱ、撮るならおかーさんと一緒に……」と言ってきた。

 クールは微笑するが、まずはレイ一人の写真を撮りたかったので、
 スターバックスのコーヒーに軽食もつけると言って、半ば強制的に撮った。
 桜を背景に、同じく頬も桜のように染めるレイの写真は、今でもアルバムの一ページに収まっている。

 あの時の、恥じらったレイの写真も、大切な宝物だ。


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150 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:07:04 ID:K2gJjNsYO
 


 中学二年生という、中学校生活が最も楽しいであろう年頃に、またも事件が起こった。
 レイは短距離走を専門に、陸上部に所属するのだが、それを辞めたいと言い出したのだ。

 小学生の頃から、運動会には毎年参観に向かっているためわかるのだが、レイは足が速く、運動神経はいい。
 先生の推薦もあって、レイは陸上部に入ったのだ。
 その陸上部での生活は、一年の頃は円満だったようだ。
 好記録も残すし、走るのが楽しい、と毎日の夕食時にクールに言っていたのを覚えている。

 それを辞めたいと言った理由は、ずばりその記録の事だった。
 まわりが徐々にうまくなっていくのだが、自分だけが取り残されていき、ついに記録を抜かされた、と。
 自分が出るはずだった大会を、後輩に奪われた、と。

 クールは学生時代、運動部に入らなかったため、レイの苦痛がわからず、どう慰めればいいかわからなかったらしい。
 仕事から帰ってきた僕は、机の上に置かれた親の判のない退部届を一目見て、どうしてか怒りを感じた。

 僕は中高続けてラグビー部に所属していた。
 練習してもうまくならない自分を嘆き、何度も退部を考えた。
 だが、それを諦めなかったからこそ、大将まで上り詰める事ができた。

 レイが「練習してもうまくならない」だの、「後輩にまで抜かれてしまった」だのと
 遁辞を並べていくため、ネクタイを外すのも忘れ、途端にレイを怒鳴った。
 自分がそうだったから、という我ながら情けない理由でだが、この時は自分を抑えられなかった。

 当然、レイも年頃だし、言い分だってある。
 「親父と一緒にするな」「男と女は違う」などと。
 レイは涙目で、泣き顔で、鼻水だって拭かずに、僕に食いかかってきた。

 レイには譲れない想いっていうのがあるだろうし、
 僕にも譲れない想いっていうのがあるのだ。


 この日は、レイとはじめて、真っ向からぶつかった日だった。


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151 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:08:54 ID:K2gJjNsYO
 







  _
( ゚∀゚)「着いたぜ」

(; ω )「ッ!」


 レイの無事を祈って目を瞑っていると、自分が知る限りのレイの半生を振り返っていた。
 笑っていたレイ、泣きじゃくるレイ、怒っているレイ、照れているレイ。
 目を閉じた僕の、瞼の裏で確かにレイは生きていた。

 彼女はなめらかに動いているし、雨音やポップソングに混じってレイの声が聞こえてくる。
 そんなレイが、自分より先にいなくなるなんて、考えられない。

 そう思っているうちに、ヴィップ総合病院に着いたようだった。
 扉が開いて、豪雨が地面を叩く音が車内に響き渡る。


(; ω )「……ありがとうだお。金だお」
  _
( ゚∀゚)「俺の詫びだっての。金はいいから、行けって」


 運転手の声は、こちらの事情を知ってか知らずか、どことなく曇っている。
 自分で言うのもあれだが、我が家は裕福ではない。
 まけてくれるならその言葉に甘えるのが普通だった。

 だが、今日に限ってはそうではなかった。
 この運転手には、金を払っておきたかったのだ。


(  ω )「そうかお。じゃあお言葉に甘えるお」
  _
( ゚∀゚)「おう」


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152 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:10:32 ID:K2gJjNsYO
 


 そして、タクシーを降りて、去り際に座席の上に札を置いた。
 間髪入れずに、僕は扉を閉める。

 窓の向こうで、運転手が戸惑っているようだった。
 助手席の窓を下ろして、声をかけてきた。

  _
( ゚∀゚)「いいって言ってんだろ?」

(  ω )「それは運賃じゃないお」
  _
( ゚∀゚)「へ?」

(  ω )「………」

( ^ω^)「……ただのお礼、だお」
  _
( ゚∀゚)「あ、ちょ――」


 運転手の制止を聞く前に、僕は礼を言いながらタクシーから逃げるように去った。
 病院の自動扉をこじ開け、濡れたスーツの事など気にも留めず、夢中で駆け出す。
 受付カウンターに向かい、レイの搬送された場所を聞いた。

 受付嬢は戸惑っていたが、全身びしょ濡れの姿、そして
 圧倒されるような僕の眼を見てか、怯えながら答えた。
 集中治療室にいる、と。

 それを聞いた僕は、礼を言って再び駆けだした。
 息が切れる事などない。
 ただ言われるがまま、その部屋まで階段を使って走っていった。


.


153 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:12:21 ID:K2gJjNsYO
 

 言われた階に着くと、その廊下のずっと先に、椅子に座っている女を視認した。
 屈んでいるせいか、濡れそぼった髪が垂れている。
 言うまでもなく、それが妻のクールだ、とすぐにわかった。

 廊下を歩く患者や看護師を突き飛ばすように、走って彼女のもとまで向かった。
 彼女は顔を手で覆っているため、その様子は窺えないが、声を殺して泣いている事はわかった。

 僕と喧嘩した時も、プロポーズしたときも、親が亡くなった時でさえ泣かなかった彼女が、泣いているのだ。
 とうとう、僕も事の重大さを掴めてきていた。

 同時に、今まで無茶して走った分の反動が一気に襲いかかってきた。
 息が切れ、心臓が太鼓のばちで叩かれている。
 肺が破裂しそうな程酸素を吸い込み、血の味を伴いつつ二酸化炭素を吐いた。

 それを三回ほど繰り返して、漸く落ち着けた僕は彼女の隣に座った。
 震わす肩に手をかけ、自分がきた事を伝える。
 はっとした彼女は、顔を手で覆うのをやめ、こちらを見た。
 随分と泣いていたようで、目が真っ赤になり、髪が貼り付いている。


( ^ω^)「……クー」

川 ; -;)「……ッふ……、……ぅ…」


 嗚咽を漏らし、僕に抱きついてきた。
 愛の抱擁ではない。
 今まで、ずっと独りでここにいたため、孤独に耐えられなかったのだ。
 僕も、そっと抱きしめる。彼女の冷ややかな体温が、濡れたスーツ越しに伝わってきた。


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154 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:15:15 ID:K2gJjNsYO
 


 背中をさすり、彼女を宥める。
 普段冷静な彼女が、ここまで取り乱すとは思ってもみなかったのだ。

 数分ほどして、嗚咽は止んだ。
 だが、その後十分程は、ずっと僕を抱きしめていた。


川 ; -;)「……」

( ^ω^)「落ち着いたかお?」


 少しして、クールはゆっくり肯いた。
 震えながら、僕の背中にまわしていた手をひいた。
 話ができるようになったみたいなので、僕も聞きたかった事を尋ねた。

(  ω )「教えてくれお。交通事故って……何があったんだお?」

川 ; -;)「………」

川 ; -;)「電話のあと……ツンが『親父が来る前に早く行こう』って言って……」

川 ; -;)「カレシさんと……二人で手を繋いで家を出て……」


 そこまで言って、口を閉ざした。
 まあ、そこまで聞かされれば自ずと続きは見えてくる。

 走って飛び出したため、自宅前か、近くの交差点かで轢かれた、と。
 事態を聞きつけたクールが、そのレイを見て――



( ^ω^)「わかったお」

川 ; -;)「あ、頭から、ち……血が……」

(  ω )「……わかったから、言わなくていいお」

川 ; -;)「……ん」


.


155 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:16:46 ID:K2gJjNsYO
 


 この時、僕が平常を保っていられたのは、隣に泣きじゃくるクールがいたからだ。
 彼女がいるから、自分まで取り乱してはどうすると思えて、冷静でいられる。
 もしクールがいなかったら、この点滅する赤いランプの下の扉を、叩き破っていただろう。

 それほど、大変な事態だった。



 そのまま、静かな時間が流れた。
 早くレイの無事を確認したいのに、いくら待てど、時計は思っていた分の半分も針は進んでいない。
 じれったく思い歯噛みするも、そのたびに僕の手を握っているクールが、ぎゅっと力を籠める。

 僕も彼女も、気持ちは同じなのだ。
 それを共有しあうことで、なんとか待つ事はできた。
 そろそろか、というタイミングで、僕はある事を思い出した。

 さっと横を向いて、肩に頭を載せるクールを見る。
 随分と疲れたのだろう、このままでは寝かねない勢いだ。
 そんな彼女を起こすのは気が引けたが、肩を揺すって起こした。


川 ゚ -゚)「……なに?」

( ^ω^)「その、ツンのカレシって……事故の際、どうなったんだお?
      ここにいないみたいだけど……」

川  - )「……」


 それを聞くと、クールは目を伏せ、黙った。
 その彼氏とやらも轢かれたのか、と思った時だ。


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156 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:18:54 ID:K2gJjNsYO
 


川  - )「………ツンが轢かれたのを見て……」



川  - )「……逃げた」



( ^ω^)



 僕のなかの何かが、切れた時だ。


 目の前の扉の上に取り付けられていたランプから、赤い明かりが消えた。
 それに気づいたクールが立ち上がると、扉がゆっくり、少しだけ開かれた。

 なかから、緑色の服を纏う女性が現れては、僕の顔を見て


从 ゚∀从「……レイちゃんのお父さん、ですか?」

( ^ω^)「………はい」


 その声色を聞いて、僕の思考回路は鈍りはじめていた。



从 ゚∀从「私たちは、持てる限りの力を尽くしました。
      その甲斐あって、一命は取り留めました」

川 ゚ -゚)「ッ!」


 クールが女性に飛びついた。
 僕も、顔を綻ばせて、立ち上がった。

.


157 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:20:36 ID:K2gJjNsYO
 



 だが



从 ∀从「――取り留めたのですが……」

川 ゚ -゚)「……?」


 クールが、女性に触れた手を引く。
 その手を自身の胸の前に持ってくる。

从 ゚∀从「お母さんの迅速な通報に、応急処置。
      考えられる限り、万全の状態で搬送されました」

从 ゚∀从「ですが……打ち所が非常に悪く、出血の量も洒落じゃない……」

从 ∀从「………生命状態が非常に不安定で……恐らく、保って今日限りの命です……」

从 ∀从「全力は……尽くしたのですが……ッ」


( ^ω^)

川 ; -;)「そ……そんな……ッ!!」


 女性が静かに言い切ると、クールがすがりついた。
 日頃のドライな性格など二の次、自我を崩壊させたクールが、必死に問いかけている。
 「まだなんとかなるのでは」「金ならいくらでも出す」「何年とかかってもいい」などと。
 だが、女性はそれ以上は言わず、駆けつけてきた看護師の人に宥められた。

 僕は、ただ固まっていた。



.


158 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:22:11 ID:K2gJjNsYO
 







 レイの顔は、顔だけは、無傷だった。
 神様がかけてくれた、たった一つの慈悲だったのか。
 静かに目を瞑り、頭の包帯さえなければ、寝息をたてる天使にしか見えない。

 だが、その天使の羽は、もがれたようだった。
 羽をもがれ、墜落し、頭を打った。
 そのせいで、この天使が空を飛ぶことは、なくなった。

 ならば、その羽をもいだのは誰か。
 墜落するきっかけをつくったのは誰か。
 籠の中に入った「ブーン」を見下ろしていると、それがわかった。


川 ; -;)「ツン! ツン! レイっ!!」

( ^ω^)「………」


.


159 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:23:13 ID:K2gJjNsYO
 


( ^ω^)「……僕が」

川 ; -;)「…?」

( ^ω^)「僕が、いけなかったのかお……?」

( ^ω^)「急いで帰るとか……追い返せとか言うから……
      二人は周りを見ずに飛び出して……」

( ^ω^)「それで……轢かれたのかお?」

川 ; -;)「……違う。ブーンは…、悪くない」




( ^ω^)「あの時……素直に、レイの幸せを受け入れてあげていたら……?」

( ^ω^)「僕が……余計なことを…言わなければ……?」

(  ω )「…………僕が……エゴを……見せてなかったら……?」






.


160 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:26:44 ID:K2gJjNsYO
 







 目に溜まってきた涙を拭って、話を続けた。
 長いこと、思考に耽っていたようだった。


( ^ω^)「……そんなツンを……いや」

( ^ω^)「……レイを亡くして……三日三晩、悲しんだお」

( ^ω^)「会社もやめて……自棄になって暮らそうかと思ったとき」


 横目で、ビデオライブラリーに視線を遣る。
 今はクールに根刮ぎリビングに持って行かれ、棚には埃程度しかないが、
 その跡からして数え切れない程のビデオがあったことが、わかるだろう。


( ^ω^)「ふと、ビデオがある事を思い出したお」

( ^ω^)「僕が、執拗に彼女につきまとって撮影した、ビデオを。
      どれほど罵倒されたか……。まあ、あのコの罵倒は言わば天使の囁きだけど」

 軽く苦笑する。
 半ば罵られたくて撮ったようなものなのだ。


( ^ω^)「傷心のまま、何の気なしにビデオを再生した途端――生きる気力が、満ち溢れてきた」

川 ; -;)「……」

( ^ω^)「レイの笑顔。泣き顔。怒声。暴力。照れ隠し。
      そのどれもが、僕に元気を分けてくれた」

( ^ω^)「あの子は、やっぱり凄いお。
      いなくなった後でも、その存在を確かなものにしてるんだから」

川 ぅ -;)「……」

川 ゚ -゚)「………」


.


161 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:28:30 ID:K2gJjNsYO
 


( ^ω^)「どんな栄養剤やマッサージチェア、温泉なんかよりも
      元気を分けてくれる、まさに魔法のようなビデオ」

( ^ω^)「それを、観るなと言われちゃ……」

(  ω )「……もう……僕はおしまいだお」



 最後に、聞こえるか聞こえないか程度の声で、呟いた。
 どれもが本心で、心の澱みを吐ききった気分だった。

 生前のレイの姿に、何度助けられたか。
 四肢の指を全部使っても当然足りやしない。
 それこそ秒単位で元気づけてもらってきたのだから、足りる筈がない。

 涙を拭ったクールは、再び横座りの姿勢になった。
 じっと僕を見つめ、瞳の奥まで見透かしている。


川 ゚ -゚)「………君がビデオに執着する気持ちは、わかると言ったとおりだ」

川 ゚ -゚)「だが、ブーン。君はひとつ勘違いをしている」


(  ω )「………」

( ^ω^)「へ?」


.


162 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:29:39 ID:K2gJjNsYO
 


 虚を衝かれたような顔をして、クールと向き合った。
 何を勘違いしているのか、と思ったのだ。
 僕が先を促すまでもなく、彼女は続けた。

川 ゚ -゚)「私がビデオを極力観ないよう言ったのは、なにもビデオに執着する
     君の姿を見ていられなくなった、だけではないという事だよ」

( ^ω^)「?」


 言っている意味が未だよくわからず、首を傾げる。

 すると、両手を床について、少し身体を寄せてきた。
 その行動を見ても、ますますわからない。


川 ゚ -゚)「……その、なんだ」

( ^ω^)「お?」

川 ゚ -゚)「今日の昼に診てもらってわかったのだが……」

川 ゚ -゚)「………」

( ^ω^)「……」


(;^ω^)「ど、どうしたお?」


.


163 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:30:53 ID:K2gJjNsYO
 


 クールはそれを言ったきり、もじもじとしだした。
 視認するのが難しい程に顔を少し赤らめている。
 視線が俯き気味になって、唇が泳いでいる。

 また少し、こちらに身を寄せてきた。
 吐息がかかりそうな距離で、ぐいっと顔を近づけ、漸くクールは重い口を切った。


川 ゚ -゚)「こ、こういう時は顔を赤らめるべきなのか……?」

( ^ω^)「なにさ」

川 ゚ -゚)「……子供が……だな………」

( ^ω^)「へ?」

川 ゚ -゚)「……」

川  - )「…………」

川* _ )「……だ、だから、子供が……デキたって言ってるんだ!」


 クールが照れながらも言った言葉。
 それは、僕に三度ほど自問させた言葉であった。


( ^ω^)

( ゚ω゚)

( ^ω^)

( ゚ω゚)

( ^ω^)



( *^ω^)「ほ、本当かお!?」


.


164 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:32:38 ID:K2gJjNsYO
 


 両肩に手をかけ、クールの顔を覗き込んだ。
 何を恥じらう必要があったのか、僕にはわからない。

 彼女の細い躯を前後に揺らす。
 恵まれないと思っていた子宝が、漸く恵まれたというのだ。
 すると今の恥じらいはなんだったのか、途端にいつもの
 彼女に戻ったクールは、手を払いのけて続きを言った。


川 ゚ -゚)「というわけだから」

川 ゚ -゚)「いつまでも、過去の悲しみを引きずっているようでは、
     産まれてくる子供に迷惑がかかる。更なる悲しみが生まれる」

川  - )「……だからこそ、執着心が取り払えないようなら――」



 クールは次なる言葉を紡ごうとしたが、それは叶わなかった。
 そうなったのは、彼女の意思ではない。

 嬉しさのあまり、つい彼女の口を口で塞いでしまったのだ。
 しかし、下心など全くない、純粋に愛を伝える接吻だ。

 愛の結晶が、愛を生む。
 それは至極当然の話だ。

 だが、クールにとって僕の行動は意外中の意外だったそうだ。
 顔を真っ赤にして、身をひいてきた。
 まるで汚物を見る目で僕を見ている。



川;*゚д゚)「―――ッ!? っ!?」

( *^ω^)「よくやったお! 諦めなかったのが報われたんだお!」

( #)ω(#)「ふぎゃ!」


.


165 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:34:12 ID:K2gJjNsYO
 


川;*゚ -゚)「い、いきなりなんだ変態!」


 さすがに調子に乗ってしまったのか、クールの鉄拳が顔面に埋まるのはすぐだった。
 痛いが、今はそんなのまるで意に介さない程に、胸中は嬉しさで満ち溢れていた。
 そして、ああ、やっぱりレイの母親だな、と実感した。

 同時に、クールの今までの禁止令の意図も、わかった。
 いつか来るであろうこの日に備えて、の下準備だったというのだ。
 すっかり、天にまで昇る気になっていた。


( *^ω^)「炊事洗濯散歩に掃除、なんでもばっちこいだお!
      クーは赤ちゃんのために身体を休めるお!」

川 ゚ -゚)「そ、そこまで言うならお言葉に甘えて――」


 クールは僕を押し退け、立ち上がった。
 数歩下がって、金具が壊れ凹んでいる扉を指さした。

 ―――? 扉が、壊れている?




.


166 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:36:08 ID:K2gJjNsYO
 


川 ゚ -゚)「これ、自力で修理してください」

( ^ω^)



( ;゚ω゚)「―――ッ!? え、僕知らないお?!
      クーが壊したんじゃないのかお!?」

川 ゚ -゚)「あら、もう約束破るのですか?
     お腹の子に見られないかしら」

( ;゚ω゚)「卑怯だお! せめて修理代は家の方で!」

川 ゚ -゚)「高いんだよな、修理屋さん」

( ;゚ω゚)「じゃあ材料費! それくらいは出してくれお!」

川 ゚ -゚)「毎月のお小遣いから少しずつ減らせば、間に合うでしょう」

( ;゚ω゚)「そ、そんなのって――――」





  「そんなのって、あんまりだおォォォォォォォォォォォォッ!!!」





.


167 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:36:28 ID:K2gJjNsYO
 















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168 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:38:19 ID:K2gJjNsYO
 








 体内時計という、人間のひとりひとりが持つそれは、実に不安定だ。
 心臓の鼓動で発条が巻かれ、それに応じて幾つもの歯車が廻る。
 それらの歯車は完全に不安定なもので、一秒単位で歯が削れ
 示し出される時計が狂うのだから、堪ったもんじゃあない。

 十九年前の悲劇からの二年間は、歯車の表面の油が乾ききり、実に針が進むのが遅い二年間だった。
 発条が巻かれる速度も極端に遅く、おかげで精神的に参ってしまう日が続いていた。

 何度手首を切ろうか、とか。
 何度車にはねられようか、とか。
 今となっては「ばかげている」で一蹴りできそうな思考が、
 当時は真剣な顔をして抱けていたというのだ。

 そんな後ろ向きな思考に終止符をつけたのが、十五年前の日だ。
 その日を境に、喜びという名の潤滑油が全ての歯車の節々に注された。
 心臓の鼓動が速くなり、発条が巻かれる速度も大幅に上がった。

 そのせいか、それからの十五年間は、ジェットコースターの上から
 眺める景色よりも速く見える程、あっという間の十五年間だった。


.


169 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:40:28 ID:K2gJjNsYO
 


 二度と開かれる事はないのではないか。
 そんな風にすら思えていたこの手記だが、
 今では平常通り、このようにペンを滑らせている。

 恐らく、今の私は、世界で一番幸せに近い人間じゃないのか。
 そんな風にすら思えてくる日々なのだ。

 そりゃあ悲しい日もあるし怒る日もある。
 だが、それらを一通り包んでの、幸せなのだ。



 それを気づかせてくれたのは、他でもないレイだ。
 レイが亡くなったのは、未だに悲しい。
 しかし―――いや、だからこそ。

 天国にいるレイでさえ、見ていて噴き出してしまう程の
 可笑しな――それでいて幸せな――毎日を送れたら。

 そう思って、日々を過ごしてきた。
 それは、これからも恐らく、ずっと変わらないだろう。

 ただ、たった一つだけ変わるとすれば。
 そして、たった一つだけ、
 天国で抱腹絶倒しているに違いないレイに知らせる事があれば。





 あなたの妹は、喜び、悲しみ、照れたり、時に怒りも見せ、
 でも笑いながら、無事に、健康に育っていきました。



 そして―――





.


170 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:41:54 ID:K2gJjNsYO
 







 ――そこへ、廊下からリビングに足音が断続的に響いてきたのが聞こえた。
 はっとした私は、そこでペンを置き、手記を隠した。
 手記の事は、家族でもトップシークレットなのだ。

 ワンテンポ遅れてやってきたその子は、顔一面を焦りで埋めていた。



ζ(゚ー゚;ζ「おかーさぁん!」

川 ゚ -゚)「どうした?」

ζ(゚ー゚*ζ「私のカッターシャツ知らない?」

川 ゚ -゚)「カッター……。確か、父さんが持っていってたぞ」

ζ(゚ー゚;ζ「え゙!?」

川 ゚ -゚)「鼻を擦り付けていたから、はやいとこ取り返さないと」

ζ(゚ー゚#ζ「ぎゃああああああッ! あんの糞親父!」



.


171 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:43:28 ID:K2gJjNsYO
 





( ^っ爪c「このシャツは中学から着てるやつかお……。クリーニングに出すお……」

ζ(゚ー゚#ζ「げッ!! なに嗅いでんのよ変態!」

(;^ω^)「はッ! デレ、このカッターシャツはだめだお! 新しいの着なさい!」

ζ(゚ー゚#ζ「なんで替えなくちゃだめなのよ! いいから早く返して!」

(;^ω^)「こんな〝色〟がにおうシャツ、おとーさんは許さないお!」

ζ(゚д゚;ζ「それは体臭――って言わせんなぁぁぁッ!」

( ;゚ω゚)「のわッ! かーさん、デレが反抗期!」

ζ(゚ー゚;ζ「返せ返せ!」

川 ゚ -゚)「朝ごはんできたけど」

(;^ω^)「助け――今朝はなにかお?」

川 ゚ -゚)「小籠包」


.


172 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:45:23 ID:K2gJjNsYO
 


( ^ω^)「え」

( ^ω^)

ζ(゚ー゚*ζ「いただきッ!」

( ^ω^)

(;^ω^)「あ゙! こら、返しなさい!」

ζ(゚ー゚;ζ「誰が返すかターコ!」

ζ(゚ー゚*ζ「おかーさんも、早く着替えて!」

川 ゚ -゚)「はいはい」

(;^ω^)「そのシャツはだめ――僕は?」

ζ(゚ー゚;ζ「だぁーッ! 親父も来たきゃさっさと着替えて!」

川 ゚ -゚)「といっても、もう式まで十五分ないぞ」

ζ(゚ー゚;ζ「ひぇ!? もーだめ、遅刻するぅ!」

  「着替えぇぇぇぇ!!」



川 ゚ -゚)「……行っちゃった」

(;^ω^)「……シャツ……」

( #)ω(#)「ぷぎ!」

川 ゚ -゚)「朝から下品なんだから」

(;^ω^)「だって、あのシャツ着るとけしからん野郎どもが――」

川 ゚ -゚)「ったく、少しくらいおとなしくしてくださいよね」



.


173 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:46:31 ID:K2gJjNsYO
 


川 ゚ -゚)「せっかくの高校入学式なんだから……」

  ζ(゚ー゚;ζ≡「おかーさんこのブレザーってどう着るのぉ!?」

川 ゚ -゚)「はいはい。教えるから走りなさんな」

(;^ω^)「おおう……」






    ―――そして


      あなたがなれなかった、高校生になりました。





.


174 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 21:48:40 ID:K2gJjNsYO
 





   ξ゚⊿゚)ξは画面の世界の住人のようです



           おしまい





.


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ξ゚⊿゚)ξは画面の世界の住人のようです その2 

56 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:26:38 ID:8EOsmnGwO
 







 午後のワイドショーも見終え、洗濯物を取り込んでいた。
 この間まで続いていた梅雨の残り雨が、漸くあがったのだ。
 ためにため込んだ衣類を、毎日洗濯機をフル稼動させて洗ってゆく。
 明日で丁度洗濯物がなくなりそうだ。


川 ゚ -゚)「よし」

 全部取り込み、ふと空を見上げた。
 徐々に茜色に染まりつつある空には、雲一つ無かった。
 私に言わせてみても、これは清々しいことだった。


 私は、雨が嫌いだった。
 特に、梅雨明けに降る雨が。

 嫌な思い出が心の底に巣くっており、雨の度にそれが浮かんでくるのだ。
 だが、今の空を見て、沈んでいた心もすっかり晴れ上がっていた。

.


57 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:28:00 ID:8EOsmnGwO
 

川 ゚ -゚)「早いうちに米を研いでおくか」


 誰に言うでもなく、呟いた。
 最近は歳のせいか独り言が多くなってきつつある。
 孤独を直接真正面から受け入れられず、紛らわすために呟くことが多いのだ。

 今晩は献立を何にしようか。
 米を研ぎながら、考えていた。

 小籠包なら朝にだしたから、これでは芸がない。
 米を研いでいるうちに浮かんでくると思ったが、結局思いつかないまま研ぎ終えた。
 炊飯器にセットして、予約をいれておいた。

 思いつかないなら、仕方ないのだ。


川 ゚ -゚)「困ったな。もう納豆でもいいかな」

.


58 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:31:59 ID:8EOsmnGwO
 


 悩んだ末に、冷蔵庫の中身をもう一度確認しておこうと思った。
 さすがに、仕事帰りに納豆単品ではブーンも怒るだろう。
 前に一度した事があるのだが、ブーンは部屋の隅で体育座りしていた。

 冷蔵庫に手をかけた瞬間、チェストに置いてあったスマートフォンが鳴った。
 けたたましく響く着信音に加え、密着しているチェストのせいでバイブレーションがうるさい。
 それが、メールではなく通話の着信だったため、夕食のことなどすっかり忘れ、慌ててチェストに向かった。

 ブーンからの着信の場合、着信音はデフォルトから変えている。
 鳴ったものはデフォルトのものだったので、他人からだ、とわかった。


川 ゚ -゚)「……ん?」
 
 驚いたのは、画面に映った名前が、高校以来の旧友だったからだ。
 懐かしいものだから、電話に出る際、少しばかり緊張してしまった。
 応答すると、開口一番に、向こうから元気のいい声が飛び込んできた。
 相変わらず、無邪気な可愛らしい声だ。うるさい。


  『もしもし! もしもーし!』

川 ゚ -゚)「ぽーん。この電話は現在使われておりません。
     ぴーっという発信音のあとに、お客様の通帳と印鑑の在処を教えてきりやがれ」

  『長い! ボケが長いよ!』


.


59 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:34:28 ID:8EOsmnGwO
 

川 ゚ -゚)「しぃか、相変わらずうるさい奴だな。久しぶり」

  『先に久しぶりって言ってよ! おひさー』


 旧友のしぃは、もう四十への扉が前方に見えているという歳なのに、中学生のように明るかった。
 彼女の声が耳にきんきんと突き刺さり、受話口から耳を離した。

 そういえば、昔からこんな煩い奴だった。
 崩壊したダムのように、常に最大限放出されるテンションの固まり。
 失恋して、一時期はその可愛らしい声もかなり低くなっていたが。


川 ゚ -゚)「どうした。同窓会に出てほしいのか?」

  『同窓会なんかじゃないよ!
   ただ、久々におしゃべりしないかなー?って!』


 丁度二年ほど前に、高校時代の面々で行う同窓会のお知らせが届いたことはあった。
 しかし、ブーンも私も、全く参加しようと思う気はなかった。
 二年の歳月を経て、再び催促をしてくるのか、と思ったが、違うようだ。


川 ゚ -゚)「いまから?」

  『うん! 積もる話もいっぱいあるしね!』

川 ゚ -゚)「別に無理じゃないけど」


 私がそう言うと、欣々然としてしぃが喜んだ。
 電話越しでは音声が割れて聞こえるほど、高く大きな声だった。
 そのため、以後一分間は電話を切らずに卓上に放置しておいた。

.


60 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:36:03 ID:8EOsmnGwO
 

  『ちょっと! 電話ほったらかしてたでしょ!』

川 ゚ -゚)「わかってるなら聞くな」

  『ひどい!』



 一悶着を終えると、具体的な指示を出してきた。
 近くのビア・ガーデンで、二〇時くらいから騒ごう、ということだ。
 ビア・ガーデンなど、ここ数十年は行ってない。
 ちょっぴり、今夜が楽しみだった。

 だが、同時に懸念事項が浮かんできた。
 夫であるブーンの夕食を、まだ作れていないのだ。
 また、夕食を作ったところで、仕事でくたくたに疲れた夫の
 帰りをほっておくというのは、良妻のとるべき行為ではない。

 旧友との御飯をとるか、夫への尊重をとるか。
 私は、すっかり悩んでいた。
 時間にして、約二秒程。

川 ゚ -゚)「わかった」

  『じゃあ二〇時に駅前ね! ばーい!』


.


61 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:39:26 ID:8EOsmnGwO
 

 悩んだと言えば、一瞬は本気で悩んだ。
 しかし、思い返せば、昨日ブーンは連絡を寄越さずに勝手に呑みに行っていたのだ。
 それを思い出すと、別に行ってもいいやと考え、即座に了承した。

 不思議と罪悪感はまったくしなかった。


川 ゚ -゚)「……さて」

川 ゚ -゚)「良妻は忙しいのだ。次の家事を片づけようぞ」


 電話をきり、ブーンの夕食の献立も決めて、次は風呂を張り始めた。
 最近の浴槽は進化しており、自動的に温度を保てることができるというのだ。

 いつもこなしている家事を、今日もいつも通りこなした。
 平常と違っていたことといえば、久々の、しかも旧友との
 外食ということで、気分がやや昂揚していたことだ。


 彼女は、私と同様に、人を好きになると盲信的に愛してしまう節がみられる人間だった。
 ところが、面白いことに私とは性格が正反対である。
 それ故、当初はそんなに親密な関係ではなかったが、
 仲良くなるのに、思いの外そう時間はかからなかった。



.


62 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:40:43 ID:8EOsmnGwO
 







 結局、誤解を晴らせないままで、今日も一日が終わった。
 誤解のせいで、普段以上に神経をすり減らした。
 ぐったりと疲れてしまい、身体が睡眠を欲している。

( ´ω`)「ツンちゃん……」


 こんな時は、お気に入りのビデオライブラリーから一本、
 無作為に何か選んで、それをじっくり鑑賞するのがいい。
 疲れ切った身体を癒してくれるし、明日も一日頑張ろう、という気力を分けてもらえるのだ。

 だが、今になって漸く自覚したが、自分はビデオに依存しきっている。
 クールが怒るのも無理はなかったと言えるだろう。
 悪いことだ、とは一概には言えないが、良いことだ、と面と向かって言えないのも事実だ。


.


63 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:41:54 ID:8EOsmnGwO
 

 彼女は、僕が依存を振り切れるように、と精一杯のサポートをしてくれているのだろう。
 それを無碍にしないために、僕は応えなければならない。

 僕が、ビデオとの別れを決心した瞬間だった。


( ^ω^)「ただい――」

 ノブを握り、捻ろうとした。
 ここでスムーズに開いて、すぐに玄関マットに腰をかけて鞄を置き、靴を脱いでネクタイを――
 と、毎日のこの一連の行動が、一段階目にして封じられていた。

 鍵が閉まっていたのだ。


(;^ω^)「おー…?」

 時計を見ても、普段通りの時間だった。
 二日連続で帰りが遅れていたなら、鍵の理由にも大方予想ができる。

 が、今日は定刻通りの帰宅だ。
 真っ直ぐ帰り、クールの料理を食べて寝るつもりだった。
 とどのつまり、何故鍵が閉められているのか、全く見当も付かないのだ。


.


64 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:43:42 ID:8EOsmnGwO
 

( ^ω^)「寝ちゃったのかお。仕方ないお」


 クールは早寝だ。たまに、僕が帰るより前に寝ることがある。
 しかし寝るといっても、リビングのダブルサイズのソファーに横になり、
 ブランケットをかぶって仮眠をとっている程度で、熟睡ではない。

 そういう時は、決まって僕は非常用の鍵を使う。
 玄関の隣の樋の中に、非常用の鍵を隠している。
 連日の雨のせいで濡れているが、この鍵は錆びない。
 臭いが気になるが、こればかりは致し方あるまい。
 いつか、別の隠し場所を捜さなければならないだろう。


( ^ω^)「……暗いお」

 玄関に足を踏み入れ、最初の感想がそれだった。
 クールが寝るときでも決まって玄関と廊下、入って左手のリビングの電気は点いているのだ。
 ところが玄関で既に完全に闇に呑まれており、またしんと静まり返っていた。

 浴槽に湯を溜める音、炊飯器が飯を炊く音、
 テレビの向こうの漫才の声、何一つとしてそこになかった。


.


65 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:45:23 ID:8EOsmnGwO
 

( ^ω^)「寝てるわけじゃないお?」

( ^ω^)「おーい」

 靴を脱ぎながら、とりあえず闇に声をかけてみた。
 返事が返ってきたら返ってきたで怖い気もするが、物音一つしなかった。
 泥棒だったら、高校時代に培った、ラグビー部大将譲りのタックルをお見舞いさせてやろう。


( ^ω^)「もしもし」

  『もしもし』


 だが、それですらない、とわかったのは、クールに電話をしながらダイニングに目を遣った時だ。
 メモと椀、発泡スチロールが見え、何だ、と思った。
 メモはクールの書き置きだったようで、丁寧な字が並んでいた。


川 ゚ -゚)〝 勝手に夕飯食べておいてください。〟
 
( ^ω^)




 メモの隣の発泡スチロールだが、これは納豆だ。



.


66 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:46:28 ID:8EOsmnGwO
 


  『友だちとお食事なーう』

( ^ω^)「え」

  『相手はあのしぃだ。一緒に食べるか?』

( ^ω^)「いや、いいよ。んじゃ」

( ^ω^)

( ^ω^)

( ^ω^)「なぜだああああああああああああああああああああああああああああああ」



.


67 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:48:27 ID:8EOsmnGwO
 






川 ゚ -゚)「しぃもお前に会いたがってるぞ」

(;*゚ー゚)「あああ会いたがってない! 会いたがってない!」

川 ゚ -゚)「ほらほら、聞こえるかこのこ――」

川 ゚ -゚)「―――切れてる」

(*゚ー゚)「ほっ」


 しぃは、相変わらずな容姿と性格と声だった。
 出会い頭に抱きついてくる辺り、生活も相変わらずなのだろう。

 ビア・ガーデンはやはりいいもので、室内で食すのとはまた違った。
 忙しなく動き回るウエイターを一人捕まえ、注文をして放す。
 何とも言えない新鮮な光景だが、それだけで酒の肴となっていた。

 その合間に電話をかけたが、しぃの名を口にした途端しぃは手足をじたばたさせた。
 紅潮しきった顔は、酒のせいではないだろうと思うが、気にしない。
 しぃの反応が面白く、あれこれ言ってやろうと思ったが、
 夕食の素っ気なさに呆れたブーンは、足早に電話をきったようだった。


.


68 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:49:35 ID:8EOsmnGwO
 


川 ゚ -゚)「しぃも少しくらい成長したらどうだ」

(;*゚ー゚)「あのね、私の成長期は中二で止まってるの!」

川 ゚ -゚)「身体じゃなくて精神面のことだが」

(*゚ー゚)「え?」

(*゚ー゚)

(;*゚ー゚)「ししし知ってるよバーロィ!」

川 ゚ -゚)「どうだか」


 ジョッキに注がれていたビールは、そろそろ尽きそうだった。
 給仕に注文をしたばかりなので、すぐに来るだろうと思うが、落ち着かない。

 落ち着かないと言えば、しぃの物を噛む動作にも落ち着きがない。
 急いで食べたいのか、将又喋り続けたいのか。


.


69 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:50:34 ID:8EOsmnGwO
 


(*゚ー゚)「そういや、クー子供もってないよね」

川 ゚ -゚)「まあ」


 急に話題が変わるのも、昔はよくあった。
 あまり人と会話しない私は、話題の転換に過剰に反応する節がある。

 しかし、よりにもよってワードが子供、か。
 今、一番聞きたくない言葉だ。
 焦燥を感じていない訳ではないので、聞くだけで不愉快だ。


(*゚ー゚)「まだまだ子供つくれるでしょ」

川 ゚ -゚)「つくる気がしないだけで」

 強ち間違いじゃなかった。
 欲しいと思う気持ちと産みたいと思う気持ちは別なのだ。

 残りのビールを呷り、それでしぃの話を切ろうと思った。
 が、しぃはなかなかしぶとく、食いついてきた。


(*゚ー゚)「もしかしてセックスレス?」

川 ゚ -゚)「まさか。寧ろ暇なときは毎日」

(*゚ー゚)「え?」


.


70 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:51:27 ID:8EOsmnGwO
 


(´・ω・`)「こちらジョッキ生と鳥軟骨です」

川 ゚ -゚)「っしゃー」

(;*゚ー゚)「ねえ、ちょっと待ちなさい!」

川 ゚ -゚)「おーうめー」

(;*゚ー゚)「詳しく!詳しく!」

 我ながらまあ失言をしてしまったものだ。
 しかし別に恥ずかしい話でもない。
 ただ、この女に話すのは恥なのだ。
 理由など何一つないのだが、なぜか負けた気分になる。

 そんな時に、絶好のタイミングで給仕がやってきた。
 なみなみとビールの注がれたジョッキを受け取り、空のジョッキを渡した。


.


71 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:58:29 ID:8EOsmnGwO
 


 テーブルに置かれた鳥軟骨の唐揚げは、まだ油の弾ける音が聞こえてきていた。
 大盛況故、出来上がったらすぐ食べてもらおう、という事には違いなさそうだった。
 だが、それもありがた迷惑。私はすぐに食べたいのだ。

 と文句を並べるも、一口頬張るとそれは自ずと消えていっていた。
 むろん舌は火傷しそうだったが、揚げたてなだけあって、やはり旨いのだ。

 普通の鳥の唐揚げではなく、軟骨のみせる歯応えが、食欲を増幅させるのがそれの最たる理由だ。
 噛めども噛めども、執拗に歯にまとわりついてくる軟骨の食感。
 ただでさえ肉汁が溢れ出てきて唾液が分泌されているのに、そこに
 軟骨を絡ませると、もう一個、もう一個と手が伸びてしまうではないか。

 また、いい油を使っているようで、食べても食べてもしつこさを感じさせないのも高評価だった。
 普通――では困るのだが――生産性を優先させて、油は使い回す事が多い。
 それを拒み、常に新鮮な油でも用いているのか、独特の油っこさは感じられなかった。

 ビールを呷って、口内や食道にある鳥軟骨を包む。
 コクと旨みの混じった液体は、奥の方に流し込まれていった。
 それは、思わず「ぷはぁ」と息を漏らしてしまった程だ。


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72 :名も無きAAのようです:2012/03/22(木) 23:59:33 ID:8EOsmnGwO
 


(*゚ー゚)「ったく……」

川 ゚ -゚)「なんだ、そんなにブーンが好きか」

(;*゚ー゚)「べべべっ――」

川 ゚ -゚)「ブーンは私だけの人だぞ」

(*゚ー゚)「言っておきなさい」

川 ゚ -゚)「ブーンの好物から性感帯まで、何もかも熟知しているぞ」

(*゚ー゚)「じゃあ、ブーンの好きな食べ物は?」

川 ゚ -゚)「私の手料理」

(*゚ー゚)「ブーンの好きな犬の種類」

川 ゚ -゚)「私が買ってきた犬」

(*゚ー゚)「ブーンの性感帯」

川 ゚ -゚)「私が触るところ」

(*゚ー゚)「………ほう」







( ^ω^)「なぜだ……ものすごい悪寒が……」



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73 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:00:31 ID:K2gJjNsYO
 






 散々に呑み続け、結構アルコールが回ってきてしまった。
 話をするのもほどほどに、二時間で切り上げ、その場はお開きにした。

(*゚ー゚)「週末の日曜空いてる?」

 と別れ際に訊かれたが、首を横に振った。
 週末は大事な日なのだ、空けられる訳がない。
 しぃもそれを察したようで、それ以上は訊いてこなかった。


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74 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:01:41 ID:K2gJjNsYO
 


 外の風を浴びて、少しは酔いが醒めたように感じた。
 梅雨明けの風には多少生々しさを感じるが、涼しいことには変わりない。
 一歩一歩を確実に踏み締め、転ばないように気をつけなければならなかった。
 それが、雨で濡れるコンクリートのせいなのか、酔いが醒めていない自分のせいかまでは考える気はしない。

 ただ、漫然と自宅に向かって足を運んでいた。
 自宅に着くと、妙な心地になった。

 平生のまま建っている自宅だが、明かりがないのだ。
 庭に面したリビングは暗く、二階のブーンの部屋も暗かった。
 ブーンの部屋の方は、カーテンまでもが閉められていてる。


川 ゚ -゚)「……寝ちゃったかな」


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75 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:03:43 ID:K2gJjNsYO
 


 ブーンが伊予と呑みに行った時の仕返しとは言え、さすがに私の行動も度が過ぎたのか。
 ブーンに言わせてみれば、帰宅して夕食が納豆と御飯一膳、また無断で私の外食。
 ふてくされたブーンは、独り言で文句をこぼすのもほどほどに、寝てしまったのかもしれない。
 呆れられたか、しかしそうだとしても仕方がないと思った。

 だが、玄関に上がり込んだ時、その考えは真っ向から否定された。
 二階、ちょうど上の方からブーンの喚き声が聞こえてきたのだ。
 苛立ちを抑えきれずに暴れている訳ではなさそうだった。

 というのも


  「おおおおおおおおおおおおおッ!」

川 ゚ -゚)

  「パンチラげぇぇぇぇぇっつ!!」

川 ゚ -゚)

  「そうですブーンは変態な豚ですぅぅぅぅぅぅ!!」

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「……あンにゃろ……」



 ブーンは、毎度のようにこう思っているだろう。
 ヘッドホンをして部屋も暗くしているのに、なぜビデオを観ているのがばれるのだろう、と。

 第三者に言わせてみれば、答えは明白だ。
 ブーンが大声で騒ぐからである。




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77 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:05:24 ID:K2gJjNsYO
 







(;##)ω^)「おはようございますお」

(`∠´)「あ、ああ」


 花の金曜日になって、課の皆が生き生きとしていた。
 今日さえ乗り切れば、ゆっくり休める。

 そう思うと、自然と仕事に打ち込みやすくなるのだ。
 僕だって、普段ならば例外ではない。
 金曜日の仕事が一番楽しいと思えるのだ。

 だが、今日に限っては例外だった。


(`∠´)「その……化粧室いくか?」

(;##)ω^)「青たんはさすがに無理ですお……」

(`∠´)「お面でもつけるか?」

( |::━◎┥)

(;##)ω^)「ほかにお面ないんですかおっ!?」

(`∠´)「息子が好きなアニメのだからな」


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78 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:06:05 ID:K2gJjNsYO
 

 タイムカードを押して、真っ先にベル部長に身を案じられた。
 昨日、クールにしこたま仕置きをされ、さすがに瘤が隠せなくなってきた。
 なぜばれたのか、と聞くと、夫婦の愛の力だと言われた。絶対嘘だ。


 しかし、お面を渡されたとしても尚、誰もこのことは訊かなかった。
 その顔の傷はまた夫婦喧嘩でついたのか、今度の喧嘩の原因はなんだ、と。
 僕のことを気遣ってくれているようで、そこに暖かみを感じることができた。



从'ー'从「また奥さんと喧嘩ですか~?」

(;##)ω^)「(こいつ以外は!)」


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79 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:07:57 ID:K2gJjNsYO
 


 僕がデスクに向かおうとすると、またも部長に止められた。
 今度はなんだと思ったが、どうやら喧嘩の原因でも聞く訳ではないようだ。

(`∠´)「おい、その顔はどうするんだ。
     週末、お得意様との接待ゴルフがあるんだぞ」

(;##)ω^)「週末ですかお……」

(`∠´)「社運にすら関わると言われてるのだからな、せめてひっかき傷くら」

(;##)ω^)「その日はちょっと家内と真剣に話し合うことになりそうなんですお……」

(`∠´)「わかった、なんとか話をつけておこう」

(;##)ω^)「すみませんお…」


从'ー'从「がちなムード嫌い~」

(`∠´)「渡辺、こっちに来い」

从;'ー'从「え!?」



 渡辺と入れ替わりで、早速仕事に取りかかった。
 その間、部長の怒声と啜り泣く渡辺の嗚咽が絶えず聞こえてきたが、仕事には集中できた。

 今日は顔は隠さないことにした。
 寧ろ、こんな傷でさえ、クールのものだと思うと誇らしげに思えたのだ。
 こうして傷をつけられるのも、果たしていつまでなのだろうか。


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80 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:09:16 ID:K2gJjNsYO
 






 昼休みになると、やはり社員の士気は高まるばかりだ。
 各々が食堂に向かったり弁当を広げたりと、午後の週最後の仕事に備えている。
 僕もクールの弁当を広げ、中にぎっしり詰め込まれていた小籠包を食べていた。


(;=゚ω゚)ノ「センパイ、お顔大丈夫ッスか?」

(;##)ω^)「大丈夫だお」

(=゚ω゚)ノ「そうならいいんスが……」

(;##)ω^)「人の心配する前に、自分の心配をするんだお。そろそろ彼女の一人や二人……」

(;=゚ω゚)ノ「き、肝に銘じるッス!」

('、`*川「あら、じゃあ今夜お食事でもどうですか?」

(=゚ω゚)ノ「いいッス」

('、`*川「なんでよー」

(=゚ω゚)ノ「自分はイイ人を捜すために勉強するッス」

('、`*川

(;##)ω^)「(伊予……)」


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81 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:11:45 ID:K2gJjNsYO
 


('、`*川「じゃあ私があれこれ教授してあげるからさ」

(=゚ω゚)ノ「本読んだ方がはやいッス」

('、`*川


 僕は、思わず噴き出した。
 小籠包を食べ終えたあと、トイレで抱腹絶倒したのは言うまでもない。

 そういえば、伊予と同期の伊藤もまだ独身だ。
 まあ、それを言えば渡辺も同期だが、彼女は男には苦労していないようだ。


('、`*川っ「今をときめく美女が教えてやるってのよーありがたく従いなさい」

<;=っ゚ω゚)っ「いいようー! いいようー!」

(;##)ω^)ゞ お前の事は忘れないお……。


 伊予は必死に抵抗したが、結局伊藤に連れ去られてしまった。
 デスクにしがみつき首をぶるんぶるん振ったが、伊藤が
 伊予の鳩尾に一発重いのを入れ、彼は敢え無くダウンしたのだ。

 彼に敬礼を送り、小籠包の最後のひとつを口にした。
 小籠包四つは、いくらお昼だからといってとても食えたものではない。
 とはいえど、一つでも残せば晩にはまた小籠包が出てくるのだ。


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82 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:12:55 ID:K2gJjNsYO
 


从'ー'从「ペニちゃんと伊予クン、早速上下関係ができてきましたね~」

(;##)ω^)「お?」

从'ー'从「なんで伊予クンなんかがいいんだろ…」



 恋と言うものは、本当に些細なところから顔を出すものだ。
 そして、相手を想ったり、結婚を考えたり、時に喧嘩したり。
 そのどれもが愛おしく思える時が一番幸せなんだと気づいたのは、いつの頃か。

 今では、家に帰れば嫁がいると思って当然の日々だ。
 当然、クールがいなくなるなんて、思うこともないのだ。



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83 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:14:27 ID:K2gJjNsYO
 







(=゚ω゚)ノ「センパイ」

(;##)ω^)「お?」

(=゚ω゚)ノ「伊藤クンに妙な質問されたんスが……」

(;##)ω^)「なんだお」


 終鈴が鳴り、重い気分で椅子から立った。
 鞄に帰り支度を整え、浮かない気持ちを振り払おうという時、伊予がそう言った。

 伊予に限って質問とは珍しい。
 右目の上の瘤をさすりながら聞いてみた。


(=゚ω゚)ノ「朝の味噌汁の好きな具はなにって聞かれたんスが……」

(;##)ω^)

(=゚ω゚)ノ「自分、朝はスープ派なんスよ」

(;##)ω^)

(=゚ω゚)ノ「なんて答えたらいいんスかね?」

(;##)ω^)

(;##)ω^)「そのまま答えろよ」

(;=゚ω゚)ノ「そうスね! いやあ、助かったッス! 渡辺ちゃんに聞いても」

(=゚ω゚)ノ「『伊予クンにぶーい』」

(;=゚ω゚)ノ「としか言ってくれないんスから……」

(;##)ω^)「うん、間違ってないよ」


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84 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:16:12 ID:K2gJjNsYO
 


 伊予は礼を言いながら、足早に会社を出て行った。
 どうして急ぐのかと思った次の瞬間、すぐに理由がわかった。
 伊藤が、猛スピードでそのあとを追いかけて行ったのだ。
 胸中で伊予に合掌しつつ、僕も会社をでた。


 外は月の光が射されてなくて、気味の悪い薄暗さが街を支配していた。
 湿気が高く、滲み出る汗と混ざって、不快感を覚える。
 今にでも降り出しそうな程の雨雲が立ちこめていた。
 家に着くまでに降らなければいいが。


(;##)ω^)「(雨は嫌いなんだお……)」

 雨降って固まった地面は、もう一度雨が降れば柔らかくなる。
 また、同時に泥や塵などの汚れが浮かんできて、地表に現れるのだ。
 それは果たして環境だけに関係のある話なのか、と言われると、首を横に降らざるを得ない。

 雨は、少なからずや、人の心の奥底に眠った嫌な記憶までをも呼び起こすものだ。
 恐らく、こんな考えを抱くのはクールも一緒だ。
 いや、クールの方がその度合いは酷いものだろう。


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85 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:17:31 ID:K2gJjNsYO
 


(;##)ω^)「ただーいまー…」


 今日は、家の鍵は開いていた。
 もし開いてなければどうしようか、というのは杞憂で済んだ。

 扉を抜けると、平生と何ら変わらない玄関が、そしてエプロン姿の妻が出迎えてくれた。
 それらの上から柔らかな明かりが僕を包んでくれて、我が家だな、としみじみと思えた。
 彼女はたまたま料理をつくっていたようで、右手には包丁が握られている。
 玉葱でも刻んでいたのか、包丁にはその屑が付いていたし、目には涙が浮かんでいた。


川 ゚ -゚)「おかえりなさい」

(;##)ω^)「今日はハンバーグか何かかお?」

川 ゚ -゚)「そうなんですが困ったことにミンチがありませんの」

(;##)ω^)「じゃあなぜハンバーグにしようと思った」


.


86 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:18:41 ID:K2gJjNsYO
 


川 ゚ -゚)「でもよかった、ちょうどいいところに帰ってきてくれて――」

 彼女は言葉を濁したかと思うと、無表情のまま包丁で僕の腹を指してきた。
 すっかり情けない形状になっている僕の腹は、全て小籠包とビールのせいだ。

 二、三回揺らしてからクールと視線をあわせ、二人同時に笑った。
 ただ「ははは」と声にしただけで、クールは全く笑っていない。



川 ゚ -゚)「―――早速」

(;##)ω;)「このお肉はだめだお! 夢と希望が詰まってるんだお!」


 腹をさすり、どんと突き出して言った。
 さすがにクールもこればかりは可笑しかったらしく、くすっと笑った。
 互いにこの歳になっても、童心を忘れないでいられるのは素晴らしい事だ、と思った。


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87 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:20:36 ID:K2gJjNsYO
 


 元の無表情に戻り、包丁を握った手をぶらんと垂らして彼女は話を切り出した。


川 ゚ -゚)「じゃあなににします?」

(;##)ω^)「小籠包以外なら何でもいいお……。カップラーメンでも何でも……」

川 ゚ -゚)「だめですよ、身体に悪い」


 反論する気にもなれないが、朝だろうと昼だろうと、
 まして晩だろうとお構いなく脂ぎった小籠包を食べる方が健康的ではない。

 それは、彼女と幾十年を共に暮らしてきたなかで培った、ひとつの教訓だった。
 小籠包を無理して食べた後は必ずと言っていい程不快感に苦しむ事になる。
 それにビールが加われば、尚更だ。


(;##)ω^)「その前にお風呂に入りたいお……。外じめじめしてて気分が悪いお」

川 ゚ -゚)「そういうと思ってお風呂は張ってません」

(;##)ω^)「はは、こやつめ」


.


88 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 00:22:10 ID:K2gJjNsYO
 


 今の話の流れからして、恐らく風呂の話もクールのジョークだ。
 僕は笑いながら鞄を預け、靴や畏まった服を脱いで風呂場に向かった。
 結局帰宅の道中で雨が降る事はなかったが、高い湿度が下がる気配を見せる事はなかった。

 だから、溢れかえる湿気が汗と手を組む事になる。
 シャツが肌にひっついてしまい、嫌悪感が半端でない。

 そんな嫌悪感と漸くおさらばできると思い、
 一糸纏わぬ姿になって風呂場に入ると、恐ろしい事がわかった。
 クールは、本当に風呂を張っていなかったのだ。




(;##)ω^)


(;##)ω゚)「うそぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」



.
97 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 18:58:16 ID:K2gJjNsYO
 







 包丁に生ゴミの玉葱の屑を付ける事で、ごまかしは効いただろうか。
 いつ雨が降り出すかわからない天候で、少し気が落ち込んでいたのだ。
 人々の悲しみを溜め込んだ雨雲が、少しでも早く私のもとからどこかへ吹き飛ばされてほしい。
 そう思っているうちに過去の悲劇を思い出して、ふと涙腺が緩んだのだ。
 ブーンに見せる訳にはいかないので、ごまかそうと考えた訳だが。

 夕食は本当は小籠包と言えず、ハンバーグなんて嘘を吐いたが結果的には問題なかった。
 それよりも、風呂を張ってないと言ったのにどうしてブーンは風呂に浸かろうと思ったのか。

 その理由を突き詰めてみると、どうやら風呂の話までジョークだと思われたに違いなかった。
 先ほどの嘘が、全く別の形状を伴って弊害を生むとは思いもしなかった。


 ――尤も、反応が面白そうだから放っておいたのだが。




  「うそぉぉぉぉぉぉぉぉッぉお!?」

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「予想通りすぎて怖い」


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98 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 18:59:48 ID:K2gJjNsYO
 


 彼の悲観の叫びを無視して、味噌汁でもつくろうかと思い厨房に立った。
 彼は薄味の合わせ味噌が好きなので、むろん今宵もそれを作る。
 わかめ、豆腐を用意するだけで、簡単ながらも味噌汁はできる。

 コンロに手をかけ、火を付けようとした時だ。


川 ゚ -゚)「ん?」

 風呂場の方から、シャワーが床を叩く音が耳に入ってきた。
 意地でも身体を洗いたかったようで、やむを得ずシャワーを浴びる事にしたようだった。
 彼は昔から浴槽に張られた湯に浸かるのが好きな分、少し異様な光景のように思えた。


 微笑ましく思っていると、ふとある事が脳裏に浮かんだ。
 確か、今彼の顔は―――


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99 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:00:47 ID:K2gJjNsYO
 



  「あにゃああああああああああああッ!」



川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「顔面にもろに喰らったな……」


 元凶は他でもない私だとして、顔が傷だらけなのを忘れて風呂に入ろうとは、何たる愚行か。
 しかし、ツッコんでやろうとこそ思うが、さすがにこれには同情を隠しきれなかった。

 呆れる素振りだけ見せて、乾燥されたわかめを水でふやかしておく。
 瑞々しい豆腐のパックを見つめていると、風呂場の方から狂気の叫びに近い懇願が聞こえてきた。



  「クー来てくれおォォ! 顔がぁぁ!」

川 ゚ -゚)「ったく……」

川 ゚ -゚)「……着替えでも持っていくか」


 彼の声にかき消されぬよう応答を返して、コンロの火を止めた。
 タンスから着替えを持って、俯き気味な姿勢のままで風呂場に向かった。




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100 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:02:13 ID:K2gJjNsYO
 






( *^ω^)「おっおっ」

 顔が紅潮しているのは、熱いシャワーでとことん身体を温めた
 だけでなく、僕を支配していた嫌悪感を根刮ぎ洗い落とせたからだ。
 決して他意、下心はない。

 一時間ほどかかったのち、風呂から上がってはクールに往復でビンタを喰らった。
 だが、彼女の態度を窺うだけで照れ隠しのビンタだろう、とすぐにわかった。
 そのため僕がにやにやしていると、股間を膝で蹴り上げられ、少しの間悶えていた。

 そして今、冷めぬ温もりを持っているまま、クールに顔の手当をしてもらっていた。
 ラフな恰好で、献身的に消毒液やら絆創膏やら用いて手当に励んでくれている。
 椅子に座っている僕に対し、彼女は立って屈んでいるため、必然と僕の視線は釘付けにされてしまう。
 さっきの今のため、やはりどうしても意識してしまうのが、男としての情けない習性だった。


川 ゚ -゚)「ん?」

( *^ω^)「……」

川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚)「たたないうちに捻り潰すぞ」

( ;ω;)「そういうのは実行する前に言ってぇぇぇぇ!」


 この情けない習性は、おそらくいつの時代でも男が持つ悩みのひとつになっているのだろう。
 それを身を持って痛感した日だった。



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101 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:03:43 ID:K2gJjNsYO
 







 日頃学校や仕事に追われている人は、決まって休日と出勤日とで提げる時計の性能が違うのだ。
 出勤日は六十秒ではなく七十秒程で一分になるのに対し、
 日頃の多忙、喧噪から解き放たれる日は四十秒ほどで一分になる。

 その時計は、世界のどんな時計屋に持っていっても修復不可能な程複雑な仕様の時計である。
 いくつもの歯車、発条が絡み合った時計だけに、
 ひとつの事象が狂うだけで大きな誤差を生み出す。

 その事象というのは、実に様々だ。
 一日の天候、湿度、曜日、蝉の鳴き声から、朝の星占いまで。
 そのどれもが、この世界一安定性のない時計の歯車に加わるのだ。


 発条を回す必要はない。
 自分が生きているだけで、勝手に歯車は回るのだから。

 その時計の枠組みの構造も、至極単純である。
 主成分は、精神のみだ。



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102 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:06:04 ID:K2gJjNsYO
 


( ^ω^)

( ^ω^)「もう土曜日が終わってたなんて……」


 だから、僕は溜息を吐く。
 せっかくの休みが、風のようにどこかへ飛んでいっていたからだ。

 朝の小籠包を食べながら、そう思考に耽っていた。
 一噛みするたびに溢れ出す肉汁が、口内に広がる。
 柔らかな弾力の生地を何度も噛むにつれて、徐々に小籠包はその形をなくす。

 傍らに置かれた椀を手に取る。
 スーパーで買ってきたであろう、安物の即席中華スープを口に含んだ。
 形状をなくした小籠包が、中華スープに包まれて喉の奥へと進んでゆく。

 巧みに隠された化学調味料独特の後味を噛み締め、ふぅ、と溜息を吐いた。
 なにも、この小籠包が絶品すぎて出た、安堵の吐息ではない。

 いや、これでは語弊が生じてしまう。
 決して、この小籠包が不味だという訳ではない。
 寧ろ、小籠包そのものとしては非常に絶品なのだ。
 我が愛妻のクールが作る小籠包は、なぜかそこらの高級中華料理店にも引けを取らない完成度を誇る。


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103 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:09:59 ID:K2gJjNsYO
 


 なにが嫌なのか、原因を模索する必要もなかった。
 単純にして明快、人間の誰しもが抱く感情である。

( ^ω^)「なにが嬉しくて、毎日小籠包を……」


 ここ数日で食した、小籠包以外の食事は伊予と行った居酒屋の料理と納豆だ。
 つまり、この蟠りの主成分は、小籠包ではなく「飽き」だという事だ。
 さすがに、どんな絶品でも飽きには抗えない。

 その証拠に、僕の目の前にある蒸籠には、絶品の小籠包が二つ、まだ存在感を示し付けていた。
 それも、物乞いする老人に差し出せば靴を舐めさせる事くらい容易いであろう程の絶品を。
 もう食べようだなんて到底思えないのだ。


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104 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:11:49 ID:K2gJjNsYO
 


 そもそも、事の発端は朝起きた時だ。
 休みの日は、基本寝たいだけ寝る。
 昼過ぎになろうが、睡眠欲に駆られるがまま横たわるのが僕の信条だ。

 その信条があっさり砕かれたのは、仰向けの僕の腹を、クールが踏みつけたためである。
 それも、優しく、労るような踏み方ではない。
 全体重を踵に籠め、軽く跳ねてからの踏みだ。

 彼女は女子大生並な軽さのため、内臓が破裂する事はなかったが、如何せん痛い。
 それこそ耳元でダイナマイトが爆発したかのように、がばっと僕は上体を起こした。
 そして化粧面の彼女がぐいっと顔を近づける。


川 ゚ -゚)『出掛けてきますから、起きて布団を畳んで着替えて顔洗って歯磨き。
     全部済んだら台所に朝ご飯がありますからそれ食べて。
     それでまだ暇だったらわんわんおとでもじゃれてなさいな』


( ^ω^)

( ^ω^)『もう少し寝た――』



 するとクールは僕の背後にまわり、抱きついてきた。
 いや、これは愛の抱擁ではない。

 四肢を僕の躯に巻き付けた上での、プロレス技だ。


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105 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:14:51 ID:K2gJjNsYO
 


( ;゚ω゚)『あべべべべべべッ?!』

川 ゚ -゚)『伊達に鈍っちゃいませんよ』

( ;゚ω゚)『ロープ! ロープ!』


 首に巻かれた彼女のしなやかな腕を、数回叩いた。
 僕を解放して立ち上がり、去り際に言った。
 まるで今の一連の流れがなかったと思わせるような、自然な動きだった。


川 ゚ -゚)『じゃ、行ってくる』

(;^ω^)『おおぅ……』


 そして、言われた事を全てこなした上でありついた食事が、小籠包だったのだ。
 ここまで来るとお約束すぎて、リアクションに困るだろう。

 一通りの家事をこなせる僕は自前で料理もできるが、
 それがばれると、彼女はお涙頂戴の演技で僕を困らせる。

 そして頭を掻きながら小籠包を二つだけ食べて、現在に至る。

 朝食での飽きとの戦いもも程々に、仕方なしに外に出た。
 まだ午前七時過ぎで、休日にこんな早起きをするのは久しぶりだ。
 嗅ぎ慣れない休日の朝の空気を肺にいっぱい溜め、家の中の古びた空気を吐き出した。
 新鮮な気持ちにはなれたが、やはりもやもやしてしまう。


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106 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:16:38 ID:K2gJjNsYO
 

( ´ω`)「むなしいおー」

(∪^ω^)「わんわんお!」

( ´ω`)「わんわんおはいいおね、気軽で」

(∪^ω^)「わんわんお!」


 どんな因果か、自宅の目の前の電柱の足下に捨て犬がいた。
 丁度二年ほど前で、夫婦揃って傷心状態だった僕らはこの犬を可愛がっていた。

 それを皮切りに、捨て犬は僕に懐くようになり、なぜか顔が頗る似てきた。
 大好物はクールの作る小籠包。


(∪^ω^)「わんわんおっ!」

( ^ω^)「お、小籠包かお? 余ってるからあげるお!」

 一旦自宅に戻り、小籠包を蒸籠からひとつ取り出してはわんわんおにあげた。
 とても旨そうに、幸せそうに食べるため、見ているこちらまで幸せな気分になるのだ。


 昨日の雨雲は、未だにここら一帯を太陽から遠ざけている。
 洗濯物が乾かないとのクールの愚痴も、強ちわからないでもない。

 湿気がひどく、豪雨が降るよりもひどく遣る瀬無い気持ちになる。
 もしこれで晴天なら、フリスビーでも持ってわんわんおと公園に繰り出すのだ。


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107 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:17:34 ID:K2gJjNsYO
 


( ´ω`)「雨は嫌いだお」

(∪´ω`)「くぅ……」


( ゚ω゚)「なにもかも悪いのは社会だお!」

(∪゚ω゚)「お!」


( *^ω^)「だからストレス発散するのも大事だお」

(∪*^ω^)「わんわんお!」


( ^ω^)「というわけでばいぶーだお」

(∪^ω^)

(∪^ω^)「お?」


 僕は、文字通りるんるん気分で家に帰った。
 覚束無いスキップだったため、ご近所さんに見られていたら恥ずかしい。



.


108 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:19:36 ID:K2gJjNsYO
 







 時計を見ると、思っていたよりも広い歩幅で針は進んでいた。
 結婚当初にブーンに買ってもらった銀の時計は、未だに寸分狂わず廻り続けている。
 だが、それすらをも疑わざるを得ない程、時計の針が進むのは速かった。

 着慣れないスーツ姿のため、歩きづらい。
 一向に退散を見せない雨雲は、いよいよ暗さを伴ってきた。

 自然と、自分の歩幅も広くなる。
 大股で歩くと、決まって転んでしまうのだが、今はそれを憂慮している場合ではなかった。
 帰りに買った花は、瑞々しさを失いつつあったからだ。
 転ばないように、でも枯れないように、二つの均衡を保てる速度で歩みを進めていった。


川 ゚ -゚)「いい花をよこせってんだ」

川 ゚ -゚)「……む」


 長らく外出していたため、寂しさを隠すべく独り言を漏らした。
 誰も聞いてないとは思うも、言ってからどこか恥ずかしさを感じる。

 そして自宅を前に立つと、予測しなかった声が発せられた。
 玄関傍のスモークガラスからは明かりは漏れていないのだ。
 というより、一階全域から明かりは視認できなかった。


.


109 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:21:07 ID:K2gJjNsYO
 


 あまりに長時間帰宅しなかったため、彼はゴルフの打ちっ放しにでも行ったのだろうか。
 若しくは、いい加減小籠包にも飽き、洒落た喫茶店で軽食でもつまんでいるのか。

 ダンボール箱に入ったわんわんおの餌箱に、それと
 思わしき残骸があったため、可能性としては大いにあり得た。
 昼食を用意せず出て行き、まして今は午後四時過ぎのため、尚更だ。


川 ゚ -゚)「わんわんおー」

(∪;^ω^)「くぅ……」

川 ゚ -゚)「どうした? おなかが空いたのか?」


 わんわんおの頭をわしゃわしゃと撫でる。
 どういう事か、普段なら千切れんばかりに尻尾を振り飛びついてくるのだが、今日は様子が違った。
 しゅんとした――いや、どこか焦りと不安が感じられる顔色で私を見つめてくる。

 調子が悪いのかと思い手を離すと、背後から物音が聞こえた。

 背後とは、自宅の二階だ。
 タンスが倒れるような音を聞きつけ、はっとして振り返った。


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110 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:22:52 ID:K2gJjNsYO
 


 刹那、その部屋――ブーンの部屋――に明かりが灯された。
 窓越しに人影がぬっと現れては、暴れ回っている。


川;゚ -゚)「ま、まさか―――」


 すぐさま踵を返して扉に向かった。
 玄関の鍵は開いていた。

 ブーンのグロックスは乱れて放置されている。
 その事が、私にあるひとつの事態を危惧させた。



川;゚ -゚)「(強盗――ッ!)」


 ブーンは元ラグビー部主将で、体つきもそれなりな力もある。
 しかしそれは若かりし日の話で、今では冴えない中年だ。
 情けなく蓄えられた腹の脂肪が、それを物語っている。

 ごろごろしていたブーンは、家の鍵をかけ忘れていたのだろうか。
 そして、強盗に狙われたのではないのだろうか。

 様々な推測、不安が交錯して、いよいよ私の緊張感は高まってきた。
 ハイヒールをを脱ぎ捨て、急ぎ足で階段を上っていった。



 直後、この世のものとは思えない叫び声が耳を突き抜けた。


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111 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:24:01 ID:K2gJjNsYO
 



  「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


川 ゚ -゚)


  「ぬおおおおおおおおおっほほほぉぉぉぉぉッぉお!!」


川 ゚ -゚)

川 ゚ -゚) ……。



 駆けていた足は自然と止まって、平生通りの足取りでブーンの部屋に向かった。
 そして躊躇いなく扉を蹴破った。
 比喩ではなく本当に蹴破った。

 そこには、ヘッドホンすら付けていないブーンが、テレビを前にのたうち回る絵図が繰り広げられていた。
 画面にはこの世に存在するとは思えない程の美少女が。

 爆発音とも聞き違える扉の破壊音は、彼の耳には届いてないようだった。


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112 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:26:12 ID:K2gJjNsYO
 


ξ;゚⊿゚)ξ『なにこの白い水着?! こんなの着れっての!?』

( *^ω^)「白スクは天使の神器だおぉぉぉぉぉぉッ!!」

ξ;゚⊿゚)ξ『ばッかじゃないの!?
       水泳の授業にこんなの着ちゃバカ丸出しじゃない、バカ! キモ豚!』

( *^ω^)「ぶふぉぉぉぉぉぉぉッぉお!!
      キモ豚萌え豚ぷぎィィィィィィィ!!」

ξ;゚⊿゚)ξ『涎出すなぁぁぁぁぁっぁあ!』

川 ゚ -゚)『さすがにキモいな』

川 ゚ -゚)「まったくだ」

( *^ω^)「この涎は――」



( ^ω^)「―――ッ」

( ^ω^)


川 ゚ -゚)

( ^ω^)

川 ゚ -゚)

(;^ω^)

川 ゚ -゚)



.


113 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:27:11 ID:K2gJjNsYO
 


( ^ω^)「お帰り! 小籠包一個だけわんわんおにあげたお」

川 ゚ -゚)「そう、美味しそうに食べてたか?」

( ^ω^)「見てるとおなか空いてきたから、僕も残り一個の食べた程だお!」

川 ゚ -゚)「それはよかった。今晩も小籠包にしますね」

( ^ω^)「それは勘弁」

川 ゚ -゚)「ははは」

( ^ω^)「ははは」

川 ゚ -゚)

( ^ω^)

川 ゚ -゚)


( ^ω^)「風呂掃除でもしてくっかぁ……」

川 ゚ -゚)「待て」







  「いやアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッ!!!」


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114 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:28:17 ID:K2gJjNsYO
 


 すぐさまブーンを押し倒して、朝のサブミッションより数段厳しい技を決めた。
 脚でブーンの首を捕らえ、腕で下半身を捻るようにして締める。
 そのまま彼を蝦と真逆の生物にすべく、腰を凄まじく曲げた。

 すぐにブーンはおちて、首に回した脚を叩いた。
 降参の合図ではあるが、彼は決まって技をかけるとすぐに降参に出る。

 解放してすぐに、彼を正座させた。
 むろん私は立って彼を見下ろしている。


川 ゚ -゚)「……」

(; ω )「……」


 静寂が痛い。
 上に立つ私でさえそう感じるのだから、ブーンに至っては尚更だろう。
 たった数秒だけの静寂が、狂った歯車のせいで数時間にも長く感じられた。

 六秒ほどで私の方が耐えきれなくなり、口を切った。
 実際は、まる一日もそのまま過ごしたかのように感じられたのだが。
 あくまで壁にかかっている時計は、六目盛り分しか動いていなかった。


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115 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:29:32 ID:K2gJjNsYO
 


川 ゚ -゚)「どうして観るんだ。あれほど言ったのに」

 一言目が、それだった。
 訊かなくても理由は痛いほどわかるというのに、なぜか訊いてしまう。
 まずは話をしようという空気をつくり出さなければ、私の方が先に折れてしまうのだ。

 その問いかけに対し、ブーンは小さく答えた。


(; ω )「……捨てられないお……」

 小さく、ただそれだけを囁いた。
 痛いほどの静寂だからこそ、それが聞こえた。

 なにを捨てられないのか、聞くまでもない。
 ビデオそのもの、ビデオにかける執着、
 ビデオによって得られる娯楽、至福、その他全部。
 ブーンにとっては、どれも自分という存在を構築するのに欠かせない部品なのだ。

 そういう事は、わかっている。
 わかっているからこそ、彼をその依存から
 断ち切らなければならない気持ちでいっぱいだったのだ。


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116 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:32:14 ID:K2gJjNsYO
 


川 ゚ -゚)「……ブーン」

(; ω )「……」

 返事はない。
 向かいの、カーテンのかかった壁に跳ね返って、自分の声が戻ってきた。

 ひどく低く、恨めしげな声だ。
 仮にブーンと立場が逆転していると、間違いなく恐ろしいあまり泣いてしまう。

 気持ちトーンを上げて、続きを言った。


川 ゚ -゚)「どうしても……捨てられないか?」

(;^ω^)「ッ!」


 「何を」かは、言わなくてもブーンに通じる。
 ビデオの話ではない。かといって、執着でもない。
 もっと、大事なものだ。

 それを知ってか、ブーンはがばっとこちらを見た。
 動揺の色が、顔一面に広がっていた。


(;^ω^)「あたッ、当たり前じゃないかお!」

川 ゚ -゚)「なにも、全て捨てろとは言わん。
     『こんなのもあったな』と懐かしむ程度で、軽い気持ちで――という意味だ」

(;^ω^)「無茶だお! 僕からこれがなくなると、生きる気力すらなくなるお!」


 先ほどまでの静けさとは違い、途端に声が荒くなった。
 日頃の飄々とした態度は、全く見てとれない。

 そして、本当に生死について考える姿勢をとるつもりかのように見えた。


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117 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:33:36 ID:K2gJjNsYO
 


 たかがビデオ如きに――なんて事は言わない。
 「そうか」とだけ言って、私も正座した。
 いや、少し姿勢を崩し、横座りをした。

(;^ω^)「捨てろ、忘れろ―――なんて言うのかお?」

川  _ )「……」


川 ゚ -゚)「程々に、と言ったはずだ」

 少しだけ俯いてから、目を見て言い切った。
 だが、ブーンにとっては程々なんて中途な値は存在しないのだろう。
 そこは、イチかゼロか、の世界のようだ。

(;^ω^)「逆になにが悪いって言うんだお!
      ビデオを観る事くらい……」

川 ゚ -゚)「君の場合はそれだけにとどまっていない。自覚しているだろ」

(;^ω^)「………」


 今度は、ブーンが俯いた。
 私の膝が、ちょうど視界の上に来るように。

 そして、そのままそっと瞼を伏せた。

(; ω )「………」



(; ω )「捨てられなかったら……なんだ、って言うんだお」

川 ゚ -゚)「……」


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118 :名も無きAAのようです:2012/03/23(金) 19:34:36 ID:K2gJjNsYO
 

 またも小さく、ブーンは言った。
 この問いに、私は、しっかりと答えなければならない。
 そのつもりで、この問いを投げかけたのだから。

 いざ言おうとすると、喉が締まる。
 心臓の鼓動が速くなり、全身に汗が滲む。
 視界が暗転し、意識がどこか遠くへ飛んでいってしまいそうな気になった。

 飛ばされないように、気合いで意識を呼び寄せる。
 拳に力を籠め、目を見開いた。

 呼吸を整え、静かにこちらの返答を待つブーンに、それを届けた。


川 ゚ -゚)「……」

川 ゚ -゚)「どうしても、捨てられないと言うなら……」





川  _ )「……わ、私と……別れてくれ」




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