感情を殺し、心を隠し、ただ任務の為だけに生きてきた。
与えられる仕事と目前の障害のみが俺の全てだ。
どのような敵があろうとも、どのような難題をぶつけられようとも、
その全てをこなす為に育て上げられ、生き抜いてきたのだから、
きっとそれこそが俺の生まれた意味だったんだろう。
疑問はない。
だけど、なんなのだろう。
何なのだろう、この、何か忘れてしまっているような、
何か重要な物を見落としてしまっている感覚は。
任務を終え、休息を得ると、俺はいつもこの感覚に頭を傾げることになる。
それが何なのかは分からないが、こう言えることだけはたしかだ。
任務の遂行にはいらないものだ。
―――――与えられる任務と敵こそが、俺の全て。
('A`) ドクオと見えない敵のようです
Phase.2 暗躍者
******
カナソクのゲハ国際空港から出発した旅客機に搭乗し、
2時間ほどが経った頃、ドクオはニューソクのニジ国際空港に到着した。
一般客と全く同じ手順を踏んで搭乗した彼は、
やはり同じように荷物を受け取り、彼らに紛れ込んで空港を後にする。
もし一般客達の中にラドンのテロリストが紛れ込んでいれば、
移動の最中に紛れて襲われる可能性もあるが、
大人数の中でドクオ一人を狙うのは少々酷だ。
だからドクオは、足早にバスに乗り込み、ニジのオフィス街へと向かっていった。
オフィス街にはセキュリティー会社に偽装されたニューソク国防情報局のビルがある。
国民にはもちろん、他機関に一切の情報を公開せず、
秘密裏に行動する第三課の、いわゆる“秘密基地”だ。
一部の政府高官等には知られてこそいるが、
その他の者たちにはそのビルはただのセキュリティー会社のビルでしかない。
大勢の客がいるバス車内の狭いシートに座り、
ドクオは2年ぶりの祖国の街並みを眺める。
道行く人々は長袖のシャツを着て、少し厚着をしていた。
そんな彼らを見て、ドクオは自分の格好を見てみる。
('A`) (向こうとここじゃ、気温が違いすぎるか)
オリーブ色の半袖Tシャツから覗く両の腕は浅黒く焼きあがっており、
2年前の自分とは肌の色が少々変わっていることに、
ドクオは改めて気付かされた。
('A`) (……少し寒い気もするな)
どこかで着替えるか、と考えもするが、
……報告を済ませないとな。
と、仕事を何よりも優先させることにした。
「カラマロス通り5番地、カラマロス通り5番地に到着いたします。お降りの方は―――」
女性の事務的な声が車内に響き、ブザーが軽い音を発てた。
周囲を警戒していたドクオは、
後方の席に座る女性がボタンを押したのだと察する。
カラマロス通り5番地。
国防情報局第三課のビルに近い通りだ。
唯一の荷物であるボストンバッグを肩に背負い、ドクオは席を立つ。
人と衝突しないように出口へと向かい、
運賃を払うと、彼は2年ぶりにカラマロス通りの地面を踏んだ。
そうして足を向ける先は、第三課のある方面だ。
久しぶりに歩く道を懐かしむ心などドクオには無く、
周囲を警戒しながら彼は歩を進めていく。
******
第三課の置かれている、偽装ビルの前にたどり着いたドクオは、
そのまま玄関へと上がっていき、受付まで進んでいく。
防弾ガラス越しのテーブルに向かい、
イスに座る女性と顔を合わせると、ドクオは口を開く。
('A`) 「IDの照会を頼む。403だ」
そう言って右腕を防弾ガラスの隙間へ入れて、受付の女性に見せる。
女性はテーブルの下からバーコードリーダーのような物を取り出して、
ドクオの腕に当てると手首から肘まで、
血管に沿ってかざしていった。
すると、ピーといった高い音が鳴り、
「認証しました、403で間違いありませんね。奥のエレベーターへどうぞ」
女性はドクオが第三課の一員であると認めた。
体内のナノマシンを先程の機械によって読み取ることでIDを照会し、
その者が第三課の機関員であるかどうかを判別したのだ。
口頭で伝えたり、カードを見せて確認するよりも第三者に知れ渡る可能性の低い、
安全な方法であり、諜報部などといった機関でとても重宝されている方法だ。
受付を左に曲がって廊下を少し進んでいくと、
喫煙所とソファーに、自販機の置かれた休憩場所があり、
その傍にエレベーターが設置されていた。
ドクオは、ソファーの後ろを通り過ぎて、
エレベーターへと向かっていく。
壁にあるボタンへと人差し指を突き付け、押そうとすると、
「んぁー、アンタ戻ってきたんだー」
欠伸混じりの声が、彼の背にぶつけられた。
声を返さず、無言で背後へと振り返れば、
ソファーの上にダラしなく寝転がり、
目の下に隈を作った長髪の女性が、片手を向けるだけの挨拶をしていた。
('、`*川 「しばらく見ないうちに焼けたわねー、漁師みたいだわー」
気楽な口調で語りかけるその女性は、
ペニサスという、ドクオと同じく第三課に努める諜報部員だ。
('A`) 「寝ていていいのか?」
無表情にそう言ったドクオは、再びエレベーターへと向かい、
壁に備えられたスイッチを押した。
四角形をしたスイッチが点灯し、
4階に止まっていたエレベーターの表示が、
1階を目指して下りてくる。その間にペニサスの言葉が返り、
('、`*川 「アタシは休憩中、一仕事を終わらせたばっかりでさ。
インターバルってやつ」
('A`) 「良いのか?」
感情の籠らない声で、ドクオはそう返した。
('、`*川 「良いの良いの。今、アンタ達がカナソクでラドンのアジト見っけたことで、
三課の仕事は全部そっち方面に向いてるから。
アタシの仕事は、待機してることだってさ。モララーがそう言ってた」
('、`*川 「つーかアンタ、人が話してる時はこっち向きなさいよ」
('A`) 「寝転がってる奴が言うか」
ボタンの上にある画面の1の数字が点灯し、
降りてきたエレベーターが扉を開く。
ドクオはペニサスに背を向けたまま進んでいき、
操作盤を扱うために振り返ると、
q('、`*川 「ああ言えばこう言う」
親指を地面に向けたペニサスが視界に映った。
('A`) 「………」
彼は、無言のまま扉を閉め、3階へと向かう為に3の数字を押した。
扉が閉ざされ、一人残されたペニサスは寝返りを打ってこう呟いた。
('、`*川 「まだ若いってのに、気の毒なもんね」
最悪な職業病だわ。
そう付け加え、彼女は瞼を閉じていった。
******
私が彼らと初めて出会ったのは、もう12年も昔のことになる。
12年前、まだ、ドクオ君もイヨウ君も幼く、
12歳と11歳だった頃だ。
ドクオ君より1歳、イヨウ君よりは2歳、私はお姉さんだった。
その頃、軍学校“VIP”で毎日過酷な訓練を受け、
ニューソク軍の精鋭兵となるべく、私たちはしごかれ続けていた。
訓練の一環として、実戦を行っている戦場に、
訓練生部隊と名付けられた部隊に私は組み込まれた。
彼らとは、そこで出会った。
内気そうなドクオ君と、活発そうなイヨウ君。
二人に対する私の第一印象は、そんなところだ。
私たち3人は同じ分隊に所属し、
他の分隊と共に小隊を組んでニーソクとニューソクの戦場へと臨んだ。
山岳部での戦闘となり、
私たち訓練生は不慣れな足場に少々手間取りながらも進撃していく。
ニューソク軍の場慣れした兵士達が先導してくれたことが、とても心強く感じられた。
私達だけのことではなく、他の訓練生部隊にも、
ベテランの兵隊達がそれぞれ付き、教官の役割を果たしていた。
彼らがいれば安心だと、そんなことをその時は考えていた。
しかし、
一度戦闘が開始されれば、そんなことは言っていられなくなった。
最初の一撃は、敵の攻撃から始まった。
移動していたら、どこからともなく弾丸が飛んできたのだ。
どこから放たれたのか私には分からなかった。
発砲場所不明の弾丸に、見えない敵に私は焦燥感を覚え、
その場から逃げだしたい衝動に駆られた。
「落ち着け、隠れろ」
だが、兵士の一人が放った、冷静な言葉に正気に立ち戻らされる。
次いで、緊張感のせいで狭くなってしまった視界で、
私は必死に隠れる場所を探し、身を隠せるほどの木を見つける。
緊張をしてはいるものの、その時の私は落ち着いてはいた。
そのはずだった。
「ぐぁ……ッ」
私の頭上、岩場に隠れていた兵士がうめき声を上げたかと思うと、
突然倒れてしまったのだ。
ドス、という地面に体がぶつかる音が妙に生々しく聞こえ、
兵士は頭から血を流して即死していた。
息を詰める私。
そして、訓練生達は動揺していた。
「落ち着け!!」
二度目の落ち着けという声が聞こえてきた。
今度は、こちらに強く呼び掛ける為か、その声には力が籠っていた。
が、そう発した声の兵士は、次の敵の餌食となってしまう。
パニックとなっていく訓練生達。
私は、木の幹に全体重を寄せて、小さく震えて座っていた。
目からは涙が、額からは汗が垂れてきて、
肩に抱えたアサルトライフルを私は強く握る。
……どこからなの!?
恐怖心から、心の内に私は叫んだ。
……は、早く敵を倒さないと、早く、早く!!
でなければ、
……殺されちゃう!!
私の心は、その時の私の心は、完全に恐怖に支配されていた。
「まぐれだッ! 身を低くして身を乗り出さなければ撃たれない!!」
焦燥の籠った兵士の声が、鼓膜に突き刺さり、
私はさらに身を小さくして、木に寄りかかる。
が、
「らあぁぁぁぁぶっ殺してやらぁぁぁぁぁぁッ!! 出てこおぉぉぉいッ!!」
半狂乱となった訓練生の一人が、
私の隣の木から飛び出して行き、銃を乱射しはじめる。
しかし、その照準は定まっておらず、
辺りかまわずに弾丸をぶちまけているだけでしかない。
すると、すぐさま左胸を撃ち抜かれて倒れてしまった。
次いで、同じく別の訓練生が飛び出していこうとする。
それを見た兵士は咄嗟に飛び出していき、取り抑えようとした。
だが間に合わず、訓練生も兵士も、
二人とも殺されてしまうという有り様になってしまう。
「うわあぁぁぁぁぁぁッ!!」
誰かが叫びを上げてこの場から逃げ出そうとした。
もう誰も止める者はおらず、誰にも止められなかった。
―――私も、このまま逃げてしまおうかと思った。
「堪えろ!! 動けばやられるぞッ!!」
兵士が、かろうじで2、3名ほど残った兵士の誰かが、そう叫んだ。
いや、もしかしたら1人だけだったかもしれない。
しかし、その声も恐怖心に負けた訓練生には届かず、
―――私の足は、釣られるように前へと踏み出していき、
踏みとどまった。
一発の銃声が、私の足を止めたのだ。
聞きなれた、訓練でもよく扱われるアサルトライフルの銃声だった。
それを放ったのが、
(・A・) 「じっとしてろ! 敵に位置がバレる!!」
12歳のドクオ君だった。
逃げ出そうとした訓練生を撃ち殺したのが、ドクオ君だった。
その時の彼は、とても冷たい表情をしていた。
機械のように表情のない顔。
ドクオ君は、今も昔も変わらず、そんな顔をしていた。
彼のことを詳しく知っているわけではない。
だが、
この時の彼の頬を涙が蔦っていたのを、私の目は捉えていた。
私は、ドクオ君のことをよく知っているわけではない。
どんな少年だったのかを知っているわけではない。
ただ、この時の彼にはまだ、感情があったというのは確かなことだ。
ドクオ君が逃げ出した訓練生を撃ったのを見て、
兵士は苦い顔をしていたが、さらなる恐怖を植えつけられた訓練生達は、
私も含め、その場から動けなくなった。
結果として、私達は死なずに済んだ。
しかし、生き残り、その後も訓練を続けていけたのは、
ドクオ君とイヨウ君と私だけだった。
味方に撃たれたことにより、トラウマを抱えた訓練生達が立ち直るには、
たくさんの時間が必要だったのだ。
そのトラウマを与えた本人ドクオ君はVIPを退学となったと、
実戦訓練から戻った後に噂で聞いた。
……方法は間違ってたかもしれないけど、助かったのは事実なのに。
納得のいかない処罰の仕方だと、私は少し同情した。
が、後に再会することになった私は、もっと同情することになった。
その実戦訓練があった半年後に、
私とイヨウ君は諜報部に引き抜かれ、訓練キャンプに編成されたのだ、
そこで、私達は彼と再会することになった。
(=゚ω゚)ノ 「いょう、久しぶり、ドクオ」
('A`) 「………」
イヨウ君のあいさつに、ドクオ君は答えなかった。
彼は、感情を失っていたのだ。
初めは苛立ちもし、ドクオ君とイヨウ君は衝突もしたが、
そこで訓練を受けることになると、
私達は、彼を責めることは出来なくなってしまった。
そこでは、任務遂行をするための一つの駒となるべく、
血反吐を吐くような過酷な訓練が行われていたのだ。
VIPも、他国の軍学校に比べればかなりハイレベルな訓練が行われている場所だ。
しかし、そんな訓練も、ここの訓練とは比較するのもはばかれるほど生ぬるい物だった。
私達はそこでの訓練を終えると、様々な人格を演じる為の訓練を叩き込まれた。
心を、私という、自身の人格を取り戻すのには、長い年月がかかった。
私もイヨウ君も、なんとか感情を取り戻し、公私を分けられるように成長出来た。
だが、
彼だけは、ドクオ君だけは人格を取り戻せなかった。
成長してはいるのだけど、彼は人としてではなく、
一つの“兵器”として成長を遂げていったのだ。
******
_
(;゚∀゚) 「あー、しんどー。トソンちゃん、コーヒーでも飲んで一服してからにしねぇ?」
第三課のビルで、私とジョルジュさんは任務の報告を終え、
3階のオフィスで今回の任務の内容を記録していた。
(゚、゚トソン 「そうですね」
(゚、゚トソン 「では、私がコーヒーを淹れてきますので、
ジョルジュさんはその間私の分の書類も処理しておいてください」
自分の席を立ち、ジョルジュさんに背を向けて、
私は給湯室へ向かおうとする。
_
( ゚∀゚) 「いやいや、俺にそんな速記は出来ないよ。
ひとまず休憩にしよーや。だから俺が買ってくるよ。
その方が早いしね」
(゚、゚トソン 「缶コーヒーは太りますよ?」
_
( ゚∀゚) 「無糖なら良いだろ? それに、味変わらね―じゃんそんなに」
(゚、゚トソン 「なら、私が買ってきます。ジョルジュさんは待っていてください」
_
( ゚∀゚) 「あぁ、悪いね。頼むよ」
そう言うと、ジョルジュさんは私に向けて手を差し出し、
500モリタポ硬貨を渡してきた。
_
( ゚∀゚) 「じゃあ、その分俺がおごるよ」
(゚、゚トソン 「ありがとうございます」
500モリタポを受け取った私は、
ジョルジュさんは気前のいい人だと、少し感心したが、
_
( ゚∀゚) 「あ、お釣りはちゃんと返してね」
私は頷かないままオフィスのドアへと向かっていく。
_
(;゚∀゚) 「えっ、ちょっと! ちゃんと返してよお釣り」
焦ったような声が聞こえるが、気にせずにドアを開いて廊下へと出ていく。
ふと、そこで懐かしい顔と再会し、彼がこちらへと向かってきた。
('A`) 「………」
しかし、2年ぶりに会ったドクオ君は、挨拶もせずに私の横を通り過ぎた。
……やっぱり、そうそう治るものじゃありませんか。
振り返り、私は彼に挨拶をする。
(゚、゚トソン 「ドクオ君、久しぶりですね」
ドアノブに手をかけた彼は、こちらへと振り返って、
('A`) 「あぁ……久しぶり」
相変わらずの無機質な瞳で私を見て、そう応じた。
相変わらず。相変わらずだけど、
……また会えて良かった。
私は、再会できたことに心の中で安堵の息を吐いた。
すると、胸の奥に仕舞い込んでいたものが、
じわりと外へと滲み出てきて、
私はそれを彼にぶつけられずにはいられなかった
(゚、゚;トソン 「あの、ドクオ君、知っていますか!?」
('A`) 「……」
首だけ振り返ったドクオ君は、私を再び見る。
相変わらずの無機質な瞳で。
熱く、こみ上げてきたものが、その冷たい瞳で温度を失い、
ほんの少しだけ冷静になった私は、先の言葉を飲み込んだ。
……任務のことは、例え仲間であっても黙秘しなければならない。
(゚、゚;トソン 「あ、いえ……すいません、何でもありません」
私は、彼と視線を逸らしてそう謝った。
ドクオ君は、そんな私を気にも留めずにドアを開けて中へと入っていった。
……きっと、モララー少佐から伝えられるはず。
公と私を切り分ける、冷たい自分を呼び出し、私は感情を押し殺して、
……私から伝える意味はない。
そう自分に言い聞かせた。
******
_,
( -∀-) 「はぁ……」
トソンのいなくなったオフィスで、俺は溜息を吐く。
……昔っからの知り合いだったからなぁ。
彼女の抱えた悲しみが、少々気にかかる。
諜報部員なんて、こんな仕事してるんだ。
みんな覚悟してこの仕事に臨んでいる。
でも、
……やっぱ、残された奴は悲しいっちゃあ悲しいよなぁ。
人間として、感情があれば悲しむこともあるだろう。
それは当然の反応で、それが無い奴は心を持っているだなんて言えないだろう。
だが、
……それが無い奴がいるからなー。
そう思ってると、噂の“奴”がこちらへとやってきた。
どうやら、こいつは無事だったらしい。
しかも無傷での帰還だ。
_
( ゚∀゚) 「よぉ、ドクオ。2年ぶりじゃねーか」
('A`) 「あぁ、そうなるな」
_
( ゚∀゚) 「よーく無事に帰ってきたな。
おまけに無傷かよ、相当ラッキーな野郎だなおまえは」
('A`) 「そうだな」
_
( ゚∀゚) 「まぁ、運だけじゃねーのかもしんねーけどな。
2年もご苦労だったな。どうよ、向こうは暑かったろ?」
('A`) 「ニューソクと違って、かなり暑かった」
_
( ゚∀゚) 「そーだろうよ。おまえ、真っ黒に日に焼けちまってるもんよぉ。
それで仕事じゃなけりゃー楽しめただろうにな」
('A`) 「今も仕事の最中だ」
そう言ったドクオは俺から視線を外して、
少佐の個室へと向かっていく。
_
( ^∀^) 「俺も仕事中だよ」
笑いのこもった声でドクオの背へと語りかけた。
別に、心がなかろうとコミュニケーションが取れないわけじゃないんだ。
根気よく話していりゃ、アイツだってちゃんと受け答えぐらいはする。
長く時間は掛かるが、いずれは戻れるはずなんだ。
俺だって、渋澤さんだって、トソンですら出来たんだから、
コイツだって回りが何かきっかけを与えれば、心を取り戻せるはずなんだ。
だが、
……今はその時じゃねーか。
仕事の邪魔になる。
俺は、先程の言葉を最後に、口を閉ざした。
******
個室に繋がる扉をノックしする。
コンコン、と小気味のいい音が鳴った。
それから一拍の間をおいてから、
「入りたまえ」
扉越しに、男の低い声が入室を許可した。
ドクオは聞き慣れたその声を聞き取ると、
ドアノブを回して中へと入っていく。
その先にいたのは、先程の声の主だ。
カナソクにいた時に何度も通信を行った、
コードネーム“モラル”その人だ。
( ・∀・) 「やぁ、よくぞ無事に帰還してくれたね」
髪をオールバッグに固め、鋭い目つきをした“モラル”は、
呑気な声でドクオにそう語りかけた。
('A`) 「はっ、本日0143に第三課へと帰還いたしました。
現地で得た情報は全て定時報告の通りであります」
背筋を真っ直ぐに伸ばし、
脇も足も揃えて姿勢を正したドクオは、堅い声音で報告を行う。
この“モラル”は、名をモララーと言った。
国防情報局第三課の一人のケースオフィサーであり、
国内、国外を問わずに素質がある物をスパイに育て上げ、
第三課所属のスパイの管理を行うのが、彼の仕事だ。
過去に、VIPで任務中に恐慌状態に陥った仲間を撃ち殺し、
生き残ったドクオを素質があるとして見出したのも彼だ。
感情を殺し、任務の障害となるならば仲間をも殺す。
幼いながらも冷徹な、およそ人情の欠片もないドクオは、
モララーにはダイヤの原石にも思えた。
VIPで見出し、そして訓練キャンプでモララーは彼を徹底的に鍛え抜いた。
ドクオとモララーの付き合いは長く、
感情のないドクオが彼をどう思ってるかは知るよしもないが、
モララーは年の差から親と子、もしくは兄弟のように思っていた。
だが、それ以前に部下と上官でしかないので、
モララーはそれほど感傷に浸ることはなかった。
( ・∀・) 「そうかね、では、今日はもう休んでおくといい。
―――明日の任務で、我々は一つの山場を迎えることとなる」
( ・∀・) 「詳しくは、明日通達する」
('A`) 「了解」
( ・∀・) 「今回の潜入でラドン達のアジトを知れたが、
それにしても、手痛い損害だったね」
オイナリ
( ・∀・) 「391渋澤老哉、404イヨウ=シラネイ、二名のエージェントの死亡。
“IEU”のメンバーが二名も殺害されるとは、思いもよらなかった」
イヨウ=シラネイの死亡。
十年来の仲間の死を伝えられたドクオは、
('A`) 「………」
それでも、機械のような無表情をしていた。
動揺しているような様子は、一切ない。
( ・∀・) 「辛うじて406、ブーンは救出できたのだがね。
生き残ったのは君達二人だけだ」
( ・∀・) 「連絡を受けた時には、404は既に襲われているようだった。
君の長らくの友人を死なせてしまった、トソン君や君には、すまないと思う」
('A`) 「任務中に死亡することは避けられない事態です。
敵の方が一枚上手だった、それだけのことです」
( ・∀・) 「……そういうと、私は思っていたよ。
しかし、まさか391が死亡するとは思わなかった。
偶然、いや、彼がミスをした。それだけなら良い」
しかし、とモララーは続けて、
( ・∀・) 「情報が漏れていた、誰かにリークされていた、その可能性がある」
( ・∀・) 「“IEU”の隊員が、そう易々と殺されるとは思いにくいからね。
君も、気をつけておきたまえ。
――――追跡者がいるかもしれないぞ」
('A`) 「了解」
( ・∀・) 「では、気をつけて家路につきたまえ。
明日に備え、充分な休息をとっておけ。
IEUが出動することになるからね。明日、0900に召集だ」
('A`) 「はっ」
一礼をして、次いで踵を返したドクオは、
モララーの個室から退室していった。
一人となったモララーは、溜息を吐いて、
( -∀-) 「何も、無いといいのだがね」
誰も聞くことのない言葉を漏らした。
******
エレベーターが1階まで下りて行き、到達するとその扉を開いた。
中から出てきたのはオリーブ色の半袖Tシャツを着た、
伸ばし放題の髪に無精ひげを生やした男、ドクオだ。
彼は、目の前にあるソファーの上からペニサスが消えているのを確認し、
視線をすぐに逸らして休憩所の脇を通り抜けていく。
廊下へと進んでいき、玄関へと向かっていくと、
ドクオは一つの気配に気がつく。
それは、敵意を孕んだ、鋭利な気配。
何も写さないドクオの双眸が弓なりに変わっていき、
素早い動きで背後へと振り返る。
川 ゚ -゚)r=「ほう、気づくか」
振り返ったその場所には、黒のセミロングの髪をした、
目つきの鋭い女性が指で銃を形作り、ドクオに突きつけていた。
('A`) 「402」
ID402、素直クールであると理解した彼は、
腰に差したハンドガンに当てていた手を離す。
そして、何もなかったかのように踵を返して、玄関へと再び進んでいく。
川 ゚ -゚) 「そんな格好で寒くはないか?
というか、髭剃って髪切れよ」
('A`) 「家に帰るだけだ、着替える必要はない」
歩きながら、クールのほうへと振り返らずにドクオはそう答える。
すると、クールは彼に並んで歩き始め、
川 ゚ -゚) 「髭と髪は?」
('A`) 「剃らないし切らない。必要がない」
川 ゚ -゚) 「変装する機会でもない限り剃らないつもりか?」
('A`) 「……」
ドクオは、応えるのを止めた。
これ以上会話をする必要はないと、そう判断をしたのだ。
川 ゚ -゚) 「久しぶりだというのに、つまらん男だなお前は」
('A`) 「……悪いか」
川 ゚ -゚) 「悪い、とは言わないが、不潔だな」
('A`) 「任務に支障が無ければ、剃る必要も切る必要もない」
川 ゚ -゚) 「任務がないだろ、今は。
もし任務が永遠に失われてしまったら、
お前はそのままずっと剃らないつもりか?」
('A`) 「………」
川 ゚ -゚) 「任務が出来なくなったら、お前は、どうするつもりなんだ?」
('A`) 「……」
川 ゚ -゚) 「命令を与える誰かが、倒すべき敵がいなかったら。
命令を与えられてもこなせない身体になってしまったら、
倒すべき敵を倒す術を失ってしまったら、
お前に何も出来なくなってしまったとしたら、どうするんだ?」
('A`) 「………」
川 ゚ -゚) 「誰かがいなければ生きられない、
誰かに、誰かの意思に依存しきっているお前はどう生きる?
――――お前の意思は?」
('A`) 「……分からない」
静かな、しかし、力の籠った言葉で、
クールはドクオに語りかける。
いつの間にか、二人の足は止まっていた。
いつの間にか、ドクオの瞳は刃のように鋭くなっていた。
ゆっくりと彼はクールに振り返り、口を開く。
('A`) 「何が言いたいんだ?」
問うが、ドクオはすぐにクールから視線を逸らした。
もう一度彼は歩きだして、そのまま玄関へと向かっていく。
川 ゚ -゚) 「………」
その背を見て、彼女は確信めいた笑みを浮かべて、
川 ゚ ー゚) 「―――やはり」
誰ともなく、そう呟いた。
******
第三課の偽装ビルを出て行き、ドクオは自宅へとその足を向けた。
地下鉄に乗り、カラマロス通り2番地で降りれば、
歩いて5分程で到着する。
住宅街である2番地には数多くの集合住宅が置かれていた。
ドクオの住むアパートも、この中の一つだ。
2年ぶりの我が家を目にした彼は、
川 ゚ -゚) 「ずいぶん寂れたところに住んでいるものだな」
と、率直な感想を呟かれたのを聞いた。
('A`) 「………」
川 ゚ -゚) 「駅が近く、立地条件が良いということで目を瞑れば、充分か。
春とはいえども外に突っ立っているのは辛い、早く中に入ろうか」
('A`) 「どうして付いてきた」
川 ゚ -゚) 「2年ぶりなんだ、酒でも飲んで再会を祝おうじゃないか」
('A`) 「祝う必要がない」
川 ゚ -゚) 「帰ってこれなかった者達がいるにも関わらずに、か?」
('A`) 「……」
川 ゚ -゚) 「無事に帰ってこれたんだ、生きて帰ってこれたのだから、充分めでたい事じゃないか。
ジョルジュもトソンも、お前の生還を喜んでいるはずだ。
時間さえあれば、あいつ等も私と同じことをしようとするだろう」
川 ゚ -゚) 「厚意はしっかりと受けておけ、損はない」
('A`) 「……アンタの仕事は?」
川 ゚ -゚) 「知っているとは思うが、任務の内容については仲間であっても口外できない」
('A`) 「そこまで聞く気はない」
川 ゚ ー゚) 「ふっ、興味を持つようなお前ではないか。
私の任務は、既に終えたよ。長期にわたる任務だったのでな、
完了と共に休暇を貰ったよ。今日はもう私に仕事は残っていない」
('A`) 「そうか」
興味なさげに呟いたドクオは、アパートの一室へと向かう。
錆の浮き始めた階段を上り、コツ、という金属音が一歩ごとに響く。
クールはその後ろを付いて歩き、扉の前までたどり着くが、
ドクオが拒むようなことはなかった。
******
部屋の中は、四畳ほどの広さであった。
一間しかないが、しかし、
家具はベッドと小さなテーブルしか置かれていないので、
それでも部屋は広く見えた。
玄関の居間へと続く扉から部屋を覗くと、
誰も住んでいないのではないか、という印象を受けた。
……無機質。
そんな一語が、ピッタリな部屋だ。
ここに住む者の生活感が一切匂わない、
無人の空虚さが漂う、そんな部屋。
出かける前に掃除でもされたのかゴミの一つもなく、
この部屋の人間味というものが、尚更失われているように思えた。
川 ゚ -゚) 「綺麗な部屋だが、面白味の無い部屋だな」
私は居間へと一歩踏み込んで、そう言った。
('A`) 「……」
部屋の隅に座り込んだドクオは、
その言葉を聞いても何も答えはせず、
ガラス玉のような目で虚空だけを見つめている。
その姿は、まるで病人のように見えた。
川 ゚ -゚) 「さて、何か食べるとするか」
振り返り、私は小さな冷蔵庫を見つけて呟く。
こちらへと視線を向け、何も映ってはいなかったドクオの瞳に私が映るが、
冷蔵庫をあさろうとする私に何も言ってはこない。
……勝手にしろ、ということか。
そう思った私は勝手に冷蔵庫の扉を開いてみせる、が、
川 ゚ -゚) 「何も入っていない……」
振り返り、私はドクオを視界の中央に収める。
視線が絡み合い、向き合う形となって私は口を開く。
川 ゚ -゚) 「昼食は取ったか?」
('A`) 「いや、まだだ」
川 ゚ -゚) 「丁度いい、私もまだだ。何か買いにスーパーへ行こう」
('A`) 「一食ぐらい抜いても問題ない」
川 ゚ -゚) 「どちらにせよ、何も無いのだから買い物に行かないといけないだろ?
だったら、今行っておくことにこしたことはない」
('A`) 「……了解」
納得がいったのか、それとも反論するのが面倒になったのか、
ドクオはすんなりと受け入れた。
いや、もしかしたらここに着く前から買い物に行こうと考えていたのかもしれない。
だとしたら、どうして一旦断ったのだろうか?
もしかして、こいつはやはり―――。
川 ゚ -゚) 「では、早く着替えろ。その格好じゃ寒い」
言った後に私は気付き、
ベッドの下の収納ボックスから服を取り出そうとしているドクオに、
言葉を付け加える。
川 ゚ -゚) 「あ、髭剃るからちょっと髭剃りを貸してくれ」
('A`) 「……アンタが?」
川 ゚ -゚) 「私に髭生えてるように見えるか?」
川 ゚ -゚) 「髪も切らないといけないな……。
ハサミも貸してくれ」
('A`) 「ハサミは無い」
川 ゚ -゚) 「……なら仕方ない」
ハサミを使うのを諦めて、
私はスーツの裾で隠れた腰のホルスターに手を伸ばした。
人を斬るのは得意だが、こっちはどうだろう――――。
******
数十分後、時間は14時半ごろを回っていた。
左腕にはめた銀時計を見ていた私は、視線を外してドクオを見る。
無精髭を剃り、伸び放題だった髪も切ったことで、
随分とスッキリとした雰囲気になった。
よくナイフでうまく髪を切れたものだと思う。
自分のナイフ術に、少し惚れ惚れとするほどだ。
……まあ、扱い方は間違っているのだが。
髪を切ったからといって何かが変わるわけでもなく、
ドクオは特に気にも留めていない様子だ。
ボサボサの長髪から短髪になったドクオは、変わらず無表情だ。
しかし、服はオリーブ色のシャツから黒いスーツに着替えており、
髭を剃ったことも相まって、ガラリと印象が変わっていた。
……ホームレスみたいだったからなぁ。
前を歩くドクオの背を見て、そんな印象は払拭されたと、
私はそう実感しながら近場のスーパーへと辿りついた。
('A`) 「……」
……こいつは普段何を買うんだろう。
少々興味があり、特に何も口を出さずにその後を付いていくと、
彼は買い物かごを取って惣菜コーナーへと向かって行った。
今、目の前にはおにぎりやサンドイッチなどが置かれており、
ドクオはそれらを眺めていた。
この中の何かを買うことには間違いない。
だが、
川 ゚ -゚) 「惣菜はやめておくぞ」
私はここで口を挟んだ。
……自炊なんかするはずないよな、こいつが。
どこか予想通りで、少し落胆した私は野菜のコーナーへ向かう。
('A`) 「俺は何も作れないぞ」
川 ゚ -゚) 「了解だ、全て私に任せておけ」
さて、何を作ろうか。
とりあえず野菜を見に来てはみたものの、
何を作るかは全く考えてはいなかった。
辺りを見回すと、瑞々しい赤いトマトが目に入った。
充分熟れているようで、値札の上には40%引きと書かれている。
……賞味期限が近いのだろうか。
そう思った私は、トマトの袋を手にとって思考する。
数秒ほど頭を働かせていると、空腹感が私を襲い、
脳裏をスパゲティが過ぎってきた。
……トマトソースを作るか。
何を作るか決めた私は、トマトとニンニクにタマネギを手にし、
ドクオが持った買い物かごへと放り込む。
放り込む、というよりは、静かに落とすに近いのだが、
それは些細な表現の違いにしか過ぎない。
トマトが潰れていなければいいのだ。
次に、私は精肉コーナーへと向かって挽き肉を買い物かごに入れる。
その後は麺類を取り扱うコーナーへと向かい、スパゲティの麺を選ぶ。
種類がたくさんあり、どれにしようかと迷うが、結局一番安いものにした。
私に、食に対するこだわりはない。
食べて美味しければそれでいいのだ。
向かいの棚にあったオリーブオイルと調味料を買い、ドリンクコーナーへと進む。
ここからが本番だ。
私は缶ビールやワインなど、目ぼしい物を見つけてはかごに詰めた。
厳選する基準はアルコール度数の高さだ。
アルコールの強い酒でなければ、
薬物やアルコールの耐性を高めるよう訓練された私達は酔えないのだ。
ドクオはどんな酒が好みなのか、どれほど飲むのか、
そもそも飲むのかも知らないが、私は次々に酒を選んでいく。
今まで片手で買い物かごを持っていたドクオだったが、
彼が両手で持ち始めたのを見て、
私はトマトジュースの缶を手にしてから、会計へと向かった。
台の上にかごが載せられると、
内部は膨らみに膨らみ、商品の山が出来上がっていた。
その半数以上は酒のスチール缶と瓶で作られていた。
……少し買いすぎたな。
******
結局、酒は半分ほどの量に減らした。
それでも、ドクオの部屋の、
この小さなテーブルの上を一杯にするだけの量はあるのだが。
ドクオは買い物袋の中から酒の瓶や缶を取り出して、
冷蔵庫の中へとしまいこんでいた。
トマトやオリーブオイル、
挽き肉などが詰め込まれた袋を私は手に取る。
台所の上にそれを置いて、私は台の下に取り付けられている扉を開く。
しんと、冷たい空気の籠っていたそこには、何も入ってはいなかった。
……案の定、だな。
念のためと思い、調理器具を買っておいて良かった。
もう一つの袋を取り寄せて、
私はガスコンロの上にフライパンを乗せる。
次に台の上にまな板を置いて、トマトを洗ってからそこに置いた。
水滴の滴る赤い球が、白の板の上に置かれ、
その下に小さな水溜りを作った。
同じく、ニンニクも洗って置いておく。
半分で良いよな、そんなに量はいらないだろう。
ニンニクを二つに切り分けた後に微塵切りにし、
トマトとタマネギを細かく刻み、コンロに火をつけてフライパンを温める。
ガスによって噴出した青の炎の熱気が、私の肌を淡く刺激した。
次に、オリーブオイルとニンニクをフライパンに乗せ、香りを出す。
充分に香りを引き出したのちにタマネギを投入し、
色が黄色くなるまで、焦がさないように注意して炒めていく。
色が変色し、私の鼻にタマネギの香りが匂ってきた頃、
川 ゚ -゚) 「ドクオ、トマトジュースを取ってくれ」
('A`) 「あぁ……」
冷蔵庫にしまっていたトマトジュースをドクオに取ってもらい、
“リコピンパワー!!”と太い行書体で書かれたスチール缶を受け取る。
キャップを開け、フライパンの中に注ぎ込んでいこうとするが、
……どれほど入れればいいのだろう。
うむ、
……大体でいいか。
決心し、私は迷わずトマトジュースを缶の三分の一ほどまで注いでいく。
そして刻んだトマトをそこに入れ、
買ったばかりの新品のへらで押しつぶしていく。
('A`) 「……」
川 ゚ -゚) 「お前は見ているだけでいいぞ、ゆっくりしていろ」
('A`) 「了解」
少し、堅い口調でドクオは言った。
興味があるのか、ずっと冷蔵庫の前でこちらを窺っていたのだが、
あっさりと彼はベッドの上に座った。
壁の傍にベッドは置かれているので、ドクオは壁に寄りかかって座っている。
その顔に表情は無く、ただ、こちらの様子を見つめているだけだ。
……感情が無い男、か。
果たして、この無表情な男は、
本当に心を持ち合わせていないのだろうか?
私は、そうではないと思う。
恐らく、ドクオはきっと――――
物思いにふけっていると、
鼻腔をくすぐるトマトの香りに気を締めなおされた。
はっとした私はどこかへ飛んで行っていた意識を取り戻し、
いつの間にか作っていたミートボールをその中に入れ、塩と胡椒を振りまく。
よし、では肉を煮込んでいる間に―――
レジ袋から鍋を取り出し、そこに水を注いでいく。
フライパンの隣のコンロに乗せ、強火で点火する。
スパゲティーの袋を次に取り出し、
水がお湯に変化してきた頃合いを見計らって、
時計を確認してから鍋に麺を投入した。
茹であがる頃には、ソースも完成しているだろう。
時間を計りながら、私はじっと鍋の中を見つめ続ける。
******
6分程たった後、クールは出来あがったスパゲティを紙皿に乗せ、
テーブルの上に酒と一緒に配膳した。
ドクオに、そして自分に、一つずつビールの入ったスチール缶を渡し、
飲料水の代わりとする。クールの向かいに座るドクオは、
それに対して何も言わなかった。
彼はビニール袋に入っている、
スーパーでタダで貰ったプラスチック製のフォークを二つ取りだし、
自分の手元に置いて、もう一つをクールに渡した。
川 ゚ -゚) 「ありがとう」
('A`) 「………」
礼を彼女は言うが、ドクオは構わずに食事を取ろうとした。
すると、突如としてフォークの切っ先がドクオの眼前に突きつけられ、
川 ゚ -゚) 「待て、言う事があるだろう」
('A`) 「……」
ドクオは、ほんの少しの間を開けてから、
('A`) 「……いただきます」
そう言った。
川 ゚ ー゚) 「あぁ、どうぞ」
口の端をほんの少し釣りあげ、
頬笑みの形にしたクールは、そう告げた。
突きつけられたフォークが引き下げられ、
その言葉を聞いたドクオはスパゲティーへと自分のフォークを伸ばした。
彼のその姿を見たクールは、自分も遅れてフォークを進めた。
紙皿の上には、トマトソースに絡められた、
ミートボール入りのスパゲティーが乗せられている。
トマトの香りの中にオリーブオイルとニンニクの香りがほのかに匂い、
とても芳醇な香りを編み出していた。
それに食欲をそそられたクールは、フォークに麺を絡めて口へと運ぶと、
……まぁまぁイケるな。
そこそこの出来であると、内心に頷いた。
よく噛んで、飲み込んだ彼女は次にスチール缶へと手を伸ばしていき、
リングプルを人差し指で開けると、小気味のいい金属音が響く。
片手にフォーク、片手にビールを持った彼女は缶を一口あおると、
一息にそのままゴク、ゴクと喉から音を立てて飲みほしていく。
缶を口から離して行った彼女は、
川 ゚ -゚) 「ふー」
豪快にアルコール臭の混じる息を吐いて、缶をテーブルの上に置いた。
中身は既に無くなっており、空となっていた。
その仕草だけを見れば、年を食った中年のオッサンとなんら変わりはない。
川 ゚ -゚) 「ドクオ、もう一本取ってくれ」
('A`) 「……あぁ」
応えた彼の無機質な瞳には、彼と同じくらい無表情のクールが映っていた。
冷蔵庫から近い位置に座るドクオは、すぐに彼女へ新しい酒を渡す。
その新しい酒も2分と掛からずに飲み干してしまい、
新しい酒を要求する彼女に酒を渡し続けなければならず、
ドクオの食事は中々進まなかった。
******
30分後――――
<川*゚ -゚) > シンゴシンゴー
( )
\\
..三 <(゚- ゚*川> シンゴー
三 ( )
三 //
<(゚- ゚*川> 三 ねーシンゴー
( ) 三
\\ 三
\
川/o゚*) シンゴ聞いてるの!?
( /
/ く
( 'A`) 「………」
ノ( ヘヘ
******
川*- -) Zzz
1時間ほどが経つと、外は暗くなっていて、
空き缶と空瓶の山を築いた402は寝息を発てて眠り始めた。
顔は赤く染まりあがっており、息からはアルコールの臭いがする。
俺達はアルコールや薬物に対する耐性を強める訓練を受けており、
ちょっとやそっとでは酔えないはずなのだが、
任務の疲れか、それともあれほど飲めば流石に酔うのか、
彼女は酔いつぶれてしまったようだ。
だらしなく寝転がる402を傍目に、空となった紙皿にその他のゴミを片づける。
とは言っても、ゴミ袋を買うのを忘れていたので、
レジ袋の中に突っ込むほかない。
大量に商品を購入したので、その分大きな袋を貰えたので、
処理するのにそれほど手間はかからなかった。
俺は一つの袋の中に全て突っ込むと、次に台所へと視線をやった。
……ここに着てから、“ここ”が使われたのは初めてのことだな。
訓練キャンプ時代以来、洗い物などをしたことがなかった俺は、
汚れた調理器具で溢れた台所に立つ。
そういえば、という言葉が頭を過ぎり、
……スポンジも洗剤もなかったんだな。
放っておくか。
そう判断し、俺は飲みかけのビールを飲み干して一息を吐いた。
酒ほど自分に無意味な物は無い。
酒は酔ったと偽る為の道具にしか過ぎない。
アルコールなどでは決して酔えない。
血管に注射器を使って直接打ち込まれたとしても、絶対に酔う事は無い。
そのように、人体改造が俺には施されているからだ。
……もっとも、402は違ったようだが。
口に残った無意味な苦みを唾液で流し込みながら、
空となった空き缶をゴミ袋になった袋に突っ込む。
袋の持つところを縛りつければ、臭いが広がることもない。
部屋の隅にその袋を置くと、俺の目はもう一つの袋へと行った。
よく目を凝らせば、まだ中に何かが入っているような膨らみがある。
手に取って探ってみると、その中にはスポンジと洗剤が入っていた。
……買ってあったのか。
俺はその二つを手にとって台所に再び立つ。
スポンジを右手で持ち、洗剤を浴びせ、
蛇口のハンドルを捻って水をかける。
スポンジの柔らかな感触が手に馴染み、久々の感触であると思う。
流れ続ける水をトマトソースまみれのフライパンに注いでいき、
汚れを落としていく。水がステンレスに弾けて飛沫き、
台所に水滴を飛ばした。
ある程度汚れを落とすと、空になった鍋に水をためていき、
その間にフライパンに残った汚れを落としていく。
円を描くようにスポンジで磨いていくと、
磨いた後には泡の軌跡が残る。それがフライパンを埋め尽くした頃に、
蛇口をフライパンへと向けて泡を流し落とした。
俺はフライパンを台の上に裏返して乗せると、
水の溜まった鍋へと手を伸ばした。
鍋の中にスポンジを這わせていき、磨いていく。
それほど汚れてはいないので、これを洗うのはそう時間は掛からなかった。
フライパンと同じように鍋を乗せて、手に付いた泡を流し落とす。
泡を落とした手は、赤くなり体温を失っていた。
服の裾で手を拭い、手を擦って温めながらベッドへと向かった。
マットレスの上に腰を落ち着けた俺は、
スーツに隠れたホルスターへと手を伸ばす。
ホルスターには、ナイフとハンドガンが対となって収められていた。
ハンドガンはカナソクで手に入れたグロック26ではなく、H&K Mk23だ。
グロック26は空港での検査が面倒なので、分解して捨てた。
Mk23を取りだして分解し、ベッドの上に広げ、
ポケットから取り出したハンカチでパーツの一つ一つを磨いていく。
メンテナンスを全て終えると、俺はホルスターへとMk23を収めて、
変わりにナイフを取り出す。サバイバルでも扱え、
殺傷力も充分ある鋭く太い刃を持つナイフだ。
ナイフをハンカチで拭っていく。
川 - -) 「む」
寝息を発てていた402が、声を漏らした。
すると、閉じていた瞼を開いて、
川 ゚ -゚) 「むう」
そう唸って自分の衣服を眺めた。
川 ゚ -゚) 「どうやら、衣服は乱れていないようだな」
('A`) 「……」
無言で俺はサバイバルナイフを磨き続ける。
川 ゚ -゚) 「お前に欲は無いようだな。
まぁ、そのほうが私は安心できるのだが」
('A`) 「……」
川 ゚ -゚) 「どうだ? スパゲティーは美味かったか?」
('A`) 「あぁ……」
******
クールは、内心に「やはり」と呟いた。
確信を得た彼女はドクオを見据えて口を開き、
川 ゚ -゚) 「403、ドクオ。私はな」
静かな口調で、ゆっくりと語り始める。
川 ゚ -゚) 「402というIDを得る前は、お前と同じく訓練キャンプにいた。
お前は12歳で入ったのだったな?
私は君よりももっと若かった、幼かった」
川 ゚ -゚) 「私は幼少の頃から、生まれ落ちたその時から、
スパイとなるべく鍛え上げられていたよ」
('A`) 「……」
川 ゚ -゚) 「私には感情という物が分からなかった、心という物が理解できなかった。
人格は状況によって演じるものだとそう信じていた。
私という個人の人格は、当時存在していなかった」
しかし、と付け加え、
川 ゚ -゚) 「学ぶことは出来た。そして今、私は感情を手にしている。
心という物を持っている。私は私という人格を確立できている」
川 ゚ -゚) 「感情など理解出来るものではないのだ。心など把握出来るものではないのだ。
人の感情は人のものだ。自分の心は自分の物だ。個人の魂は個人にしか宿らない。
感情とは、心とは、意識の外側にあり、眠っているものだ。
それを揺さぶられた時、外にそれを表現できるか、否かの違いでしかない」
川 ゚ -゚) 「では――――お前はどうだろう」
川 ゚ -゚) 「お前に感情はあるのか、無いのか。
心は失われたのか、否か」
('A`) 「……」
言葉に、ドクオは応えない。
ただ、無言でナイフを磨き続けているだけだ。
川 ゚ -゚) 「過酷な訓練と戦場を乗り越える為には、感情を消さなければならない。
その一時だけ心を隠し、無神経にならなければならない。
そうでなくては生き抜けない。あんな狂った場所では人間は生きてはいけない」
川 ゚ -゚) 「感情を、心を、胸の内に秘め続け、無心で戦い続ける必要がある」
川 ゚ -゚) 「これは私の予想なんだが、お前はきっと、
感情をどう表現したらいいのか、分からなくなってしまっているんじゃないか?」
('A`) 「……分からない」
川 ゚ -゚) 「何が、だ?」
('A`) 「………」
川 ゚ -゚) 「………」
クールは、ドクオを真っ直ぐと見据える。
彼の無機質な、何も写さない瞳を。
彼という人間と、一人の人間として対峙するかのように。
押し黙ったドクオは、重い口を開いて、
('A`) 「全部」
短く、そう呟いた。
川 ゚ -゚) 「……そうか」
ふう、と吐息をし、クールは瞼を閉ざして、
数瞬が過ぎると、再び彼を見据える。
川 ゚ -゚) 「403、鬱田ドクオ」
('A`) 「………」
川 ゚ -゚) 「何も恐れる必要はないんだ。思ったままに、感じたままに、
自分の判断を、自分が思い感じたことを、そのまま表現してみろ」
川 ゚ -゚) 「もしお前が、変わりたいとそう願っているのならば、
いや、そんな思いすらもお前は隠してしまっているのかもしれないが、
自信を持って、自分の意思を、外へと表現してみてくれ」
川 ゚ -゚) 「自分を、信じてみろ」
ドクオは、手に持ったナイフをホルスターへしまい、
ハンカチをベッドの端へと無造作に放り捨てる。
そして、彼の双眸は、クールへと視線を移した。
('A`) 「分からないよ、俺には」
そう言って、ドクオは横になった。
クールへと背を向けて、拒絶の姿勢を示すかのように。
すると、クールは黙り込んだ。
それ以上言葉が放たれることは無く、沈黙が二人の間を包み込む。
ドクオは、瞼を閉じて眠ろうとする。
が、背後で、クールが立ちあがる気配を感じた。
次いで、頭に手が乗せられ、言葉が放たれた。
優しく、柔らかい口調で、
川 ゚ -゚) 「私は、お前を信じているよ」
それだけ言うと、彼女はベッドへと上がりこむ。
川 - -) 「いずれ、分かる時が来る。
その時、お前はもっと素晴らしい人間になれる。
もう私は何も言わん―――おやすみ」
クールが寝息を発てるのを聞いたドクオは、
何かがざわめき立つ感覚を覚えた。
不思議な、何かに揺り動かされるような感じ。
彼は、クールの言葉に、不安を覚えていたのだ。
******
翌朝、ドクオが目を覚ました頃には、
クールはいなくなっていた。
どうやら、先に第三課へと向かったらしい。
そう当たりを付けた彼は、自身も第三課の偽装ビルへと赴く。
地下鉄まで10分ほど歩いていき、
階段を下って切符を買い、改札を抜けてホームへと進む。
1分と待たずに列車がやってきて、
朝の込み合った車内にドクオは押し入っていく。
(;'A`) (窮屈だ……)
人と人が密集することで生まれる熱気に、彼は額に汗を流した。
カラマロス通り2番地から5番地へ駆けて行く列車は、
15分程で目的地へと到達した。
人並みに押されながらドクオは列車を降り、
エスカレーターには乗らずに階段を小走りに昇っていく。
改札を抜けたドクオは、地上へ向かうための階段をもう一度登る。
すると、階段の中ほどの辺りで、
(;゚A`) 「……ぐッ」
背中に鋭い衝撃が走り、何かが突き刺さる痛みを彼は感じた。
ナイフで、刺されたようであった。
何者かに刺され、
そのまま、ドクオは膝を突いて倒れて行き――――
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- 2011/10/04(火) 20:54:11|
- 自作品まとめ
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