川 ゚ -゚)エゴイストはしがみつくようです
- 2 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:08:06 ID:laD/kKg.
この国の懲役年数が変わってから、数十年が経った。
殺意ある犯罪は減ったが、養ってもらう目的で犯す犯罪は増えた。
国民の血税で囚人達に衣食住を与えるとは如何なものかと問題が起きた。
「死刑制度のハードルを下げたら、一体何人死ぬ事になるんだ……」
その他にも、色々と問題は山積みだ。人の骨の山よりも多い。
問題を解決するのは自分ではないが、その害を被るのは自分だ。
今日もまた、リストラを機に若い女性をホームから突き落とした者が目の前にいる。
殺意はないが、殺意をもって行ったと言う。反省の色はあるが、後悔は見えない。
女性には悪いが、自分はもう生きていけない。迷惑をかける家族もいない。
自殺する勇気がないから、殺してもらうなら法に殺してもらいたいと。
馬鹿馬鹿しい。
- 3 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:08:53 ID:laD/kKg.
┼─────────────┼
冤罪。法の改正は、それに対して最悪の結果を招いた。
当時高校生で、何も知らない高二病まっさかりの俺は、為す術もなく牢に入った。
人を人とは思わないような凶悪な犯罪を犯す少年達にも、同じ刑罰を。
少年法の取り消しを。氏名公開を。罰を。復讐を。彼を全ての第一号に。
そうして俺の顔はマスメディアに晒され、過去は捏造された。
俺は決して犬猫を喜んで殺すような輩じゃなかったし、性行為なんてした覚えもない。
むしろ俺は三次元の女の子とは縁遠い存在で、二次元に憧れるような奴だった。
自分と同じような趣味を持つ奴らと一緒に、教室の隅で談笑してるような奴だったのに。
( ´_ゝ`)「どーしてこんな事になっちまったんだろうねえ」
課せられた刑罰は懲役刑。年数は四百五十年。罪は一家惨殺。
終始虚偽の言動をし、反省の色が見られない事から……だったか。
- 4 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:09:29 ID:laD/kKg.
ここに入った時は、まだピチピチの高校一年生だった俺も今やオッサン。
父者みたくハゲになるかと恐れたりもしたが、その心配は杞憂だった。
だって俺は元から髪ないし。頭頂部にあるのは耳だし。
( ´_ゝ`)「ま、今はどーでもいいんですけどね」
俺らの遺伝子はどこから来たんだろうね。この耳とかさ。
母者にも耳ないし、いや、あの髪の毛の中に埋もれてるだけとか?
しかし、あの鬼のような、鬼そのものである母者に耳は似合わないな。
想像したけど軽く吐きそう。おええ。何この精神的ブラクラ。
初めてグリーン姐さんに引っ掛かった時以上の衝撃だ。
まあ、親の顔は、もうどっちの顔もぼんやりとしか思い出せないんだけど。
( ´_ゝ`)「忘れよう、忘れよう俺」
- 5 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:10:28 ID:laD/kKg.
思考を切り替えて、話を方向転換。そうだ、豚箱の中での話でもしよう。
これは俺自身の傷を抉るけど、抉られる度に湧くものはもう絶望ではないからね。
更生施設とは名ばかりの、ただの地獄だったよあそこは。
思い返すだけで腸が煮え繰り返って発火して、焼死しそうだ。
この炎で、憎い奴らを全員焼き殺せたらいいのにな。
俺の他にも入ってる奴は結構いたよ。
みんな早く出る為に頑張ってるかと思いきや、全然違ったよ。
女の子を殴って拉致って強姦した挙句に絞め殺した後でまた死姦した奴とかは、
俺は悪くないとか本気で言ってて、反省の欠片もなかったよ。後悔もね。
お前ら本当に更生する気あるのかって言う、ね。
更生する気がないからこんな施設にぶち込まれたんだろうけど。
- 6 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:11:54 ID:laD/kKg.
俺は法が変わってからの第一号で、色々と心配があった。
それ以前に冤罪だとか世間の目だとか、もう数えきれないくらいにあった。
青い顔で入ってく俺を気にかけたのか、知らんお姉さんが優しく言ってくれてね。
ここには外の情報が余り来ないから、大丈夫よってね。何で俺は信じたんだろうね。
そこの教官みたいな奴が俺の事を普通にバラしたらしくて、大丈夫じゃなかったよ。
生半可じゃない虐めにあったさ。爪の間にペンや鉛筆突き入れられたり、
わざわざ太陽の光で熱した鉄片を押し当てたり、服で隠れてるとこ殴られたりね。
呻いて腹抱えて座り込んだら、今度は脇腹蹴ってきやがってさ、吐いたよ。
脇腹蹴られても吐けるんだなあとか、蹴られながら考えてたよ、俺は。
健康診断はあったけど、青痣があるのに気付かないフリするんだあの医者。
俺は両脇を警官みたいな奴に抱えられてさ。どこの宇宙人だよ。UMAだよ。
しかも、その医者も囚人らしくてさ。医療ミスの殺人罪と隠蔽罪だって。
- 7 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:13:16 ID:laD/kKg.
寝る時が唯一の安らぎ、だとかって救いもなかった。
俺よりも、いや俺は冤罪だから違うな。本当の犯罪者。
人殺しとか、強姦とか、本当の犯罪をして入れられた奴らと一緒。
そんな状況で寝れるかよ。安心して夢の世界へ旅立てるかよ。
殺人が起きた雪山の山荘で、殺人者が誰かわからない状況より怖い。
最初は一人部屋だったんだけど、一年くらいで攻撃性はないと判断されてさ。
殺人犯と放火魔とカニバ野郎の相部屋になっちゃったんだ。わかる?
就寝時間になると勝手に部屋の電気が消されて真っ暗になって怖かった。
二段ベッドの上段で寝ていても、その向かいには放火魔、下には殺人者。
斜め下に、ファブっても臭い立つような、キツい鉄錆の口臭を放つ奴。
俺と同じく更生で攻撃性はなくなったと判断された奴らで、重罪の奴ら。
- 8 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:14:04 ID:I8MzJWoc
運が悪かったのか、良かったのか、今の俺にもわからないけど。
その施設でかなり強いグループらしくて、俺はそこの四人目になった。
一家惨殺って罪も、そいつらにはよくやったなと褒められた。
その所為かわからないけど、その翌日から俺への虐めはぱったりとなくなった。
どうやら、ここでは自分の犯した罪が一種のステータスになるらしい。
俺はそこの部屋に入れられて初めて知った。
殺した時の感触はどうだった? とか。
嫌いな奴らを殺る時ってすっきりするよな? とか。
人間って結構おいしいよ? と言われた時は三人で引いて。
あの糞教官、いつかこの施設出たら殺してやろうぜと言われ、
俺は真っ青になりながら頷いた。多分、気付かれてはいないと思う。
何故ならその時は就寝時間で、俺達を照らす明りはライターだったから。
それは、殺人犯が隙を見て教官から盗ってきたものだったけど。
- 9 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:14:40 ID:laD/kKg.
いじめっ子達は遠巻きになり、俺はそいつらと連れ立って歩くようになった。
それが救いになったと聞かれたら、俺は迷いなくNOと答える。
あれが救済であってたまるものか、だとしたら、世界はどれだけ狂ってるんだ。
殴られないのはよかったけど、精神的に酷く疲れた。
┼─────────────┼
( ^ω^)「て事はマジでナイフ一本で殺ったのかお? パネェお」
( ´_ゝ`)「寝込みだからなー。途中で起きて来た時は焦ったけど」
( ´∀`)「モナは火をつけただけだから関係ないモナ」
( ゚∀゚ )「豆ウマー」
( ^ω^)「僕は寝込みは襲わないお、寝ながら死ぬとか許さんお」
( ´_ゝ`)「じゃあさ、相手が自然と起きるまで馬乗りで待つってのはどう?
寝苦しさを感じて目覚めたら、ナイフを持ったお前がグッモーニン」
( *^ω^)「それいいおね兄者! 流石だお!」
- 10 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:16:12 ID:laD/kKg.
( ´∀`)「モナの場合は寝てる間にやらないと逃げられてつまらんモナ」
( ´_ゝ`)「モナーの場合はなあ、仕方ないよ」
( ´∀`)「一度火達磨になった人が家から飛び出して来たのは面白かったモナ」
( ^ω^)「それは傑作だお! 僕も見てみたかったおー」
( ´∀`)「そいつがそのまま別の家に飛び込んでその家が燃え出した時は、
笑いが止まらなかったモナ。逃げずに腹抱えて笑っちゃったモナ」
( ´_ゝ`)「もしかしてそれで今捕まってるとか?」
( ´∀`)「モナ」
( ^ω^)「おまwwwwどんだけwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
( ゚∀゚ )「人肉ウマー」
┼─────────────┼
ありもしない感情や、やったこともない行為を考えて言葉にして並べ立て、
あいつを殺した時は気分が晴れた、なんて、これじゃ本当に虚偽の言動だ。
- 11 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:17:06 ID:laD/kKg.
そんなの嘘だとは、やってないとは、
そいつらには、死んでも言えなかった。
- 12 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:17:53 ID:laD/kKg.
そいつらから見放されるのが怖くて、以後それをずっと続けた。
そんな日常の中でも教官の更生と称した虐待は続いていく。
体力をつける為だと、生温く蒸し暑い体育館を幻覚が見えるまで走らされた。
刑務作業では椅子などの家具を作らされ、少しでも間違うと棒で殴られた。
十八歳を越えた時にしたフォークリフトの運転訓練では、教官を轢き殺そうかと思った。
二十歳をこえると溶接訓練が出来ると聞き、気に入らない奴らの殺し方が頭を過ぎった。
教官。いじめっ子。弁護士。お姉さん。近所のおばさん。友人だったもの。かつての家族。
そんなことを考えた自分に真っ白になって、作業の手が止まる。
いつものように、皮膚が裂けて肉が見えるまで叩かれた。
( ´_ゝ`)「痛かった。面白かった。悔しかった。自分がわからなかった。
傷口の皮膚を磨ると、粘つく液体がべたっと手についた。
それが血なのか膿なのかわからないまま、ひたすら舐めた」
絆創膏や包帯なんてものは、したことがなかった。
- 13 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:18:40 ID:laD/kKg.
教官達は、悪い事をしているという気が全くないようだった。
笑いながら、怒りながら、躊躇いなく俺達を叩く。殴る。蹴る。
これは犯した罪に対する罰だ、なんてどっかの台本みたいな事を言いながら。
ちなみにこの怒りは、俺達が更生しない事に対する怒りではない。
作業が円滑に進まず、その日のノルマを達成できない事に対する怒りだ。
青痣を超えて、皮膚が裂けて、痛みに床をのた打ちまわって作業もできない。
早く立てとか言いながら追撃はしないが、作業し始めた手が間違えるとまた叩く。
叩かれて叩かれまくって骨に罅が入っても、間違えると叩く。叩きつける。
一度酷い場所を叩かれたら、その時間はもう終わりだ。叩かれ続ける。
見回っている教官はそいつ一人だけではないので、一人が生贄ってわけでもない。
それに対する周りの反応は様々だ。
ちらちらとそっちを見たり、同情したり、含み笑いを漏らしたり、無関心だったり。
俺は自分がそうなるのがひたすら怖くて、ただ作業台だけを見ていた。
- 14 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:19:47 ID:laD/kKg.
夜になると、じくじく疼く傷口を抑えながら布団の中で考える。
彼らに吐く嘘がバレないように、リアルさと新鮮さを求めて、
自分の供述に矛盾がないかと頭の中で確認して、反芻して、
殺した事もない人達を妄想の中で何度も何度も殺す。
惨殺死体だと聞いたから、考えつく限り惨たらしい方法で。
爪を剥いだり、鼻を削いだり、目を抉ったり、頭皮を剥がしたり。
足の爪先から頭の上まで、五センチ間隔で刺していったり。
その対象が、法廷で見た俺の弁護人と、施設の教官に代わっていった。
殺す対象がそいつらの時、何故か胸は痛まなかった。
罪悪感はなかった。
爽快感だけが残った。
俺は人でなしになった。
- 15 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:20:51 ID:laD/kKg.
そうやって日々を過ごして行く中で、この施設を出る者は何度も見た。
ある奴は泣いて喜びながら、ある奴は家族と抱き合いながら、
ある奴は教官に暴言を投げつけながら、ある奴は中指を立てながら、
あいつは教官をドス黒い目で睨み付けながら。
( ´_ゝ`)「最後にそいつに話かけられましてね、俺はそいつに
『俺の代わりを任していいか』ってね、小声で、耳元で、
そしたらそいつ、俺になんて答えたと思います?」
出て行く奴らの背中を見ながら、その背に自分の姿を投影する。
俺の年数は四百五十年。生きてる間は無理な年数。
もしかしたら墓さえ作られず、骨はどっかで処分されるかもしれない。
それもこれも、冤罪で。奴らの証言で。弁護人の弁護で。社会で。
疑われるのは日頃の行いの所為だと小学校の先生の言葉を思い出して、
全部自業自得と思ってみた。悔しさと虚しさが胸に渦巻く。
- 16 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:22:05 ID:laD/kKg.
長い時間で抑圧された感情と一緒に、涙も込み上げて来た。
今まで自分が過ごした日々を、晩年の老人よりも多く思い返した。
憎しみが胸に到来する。平和だった過去の幻影が瞼に映る。
今と過去の現状の落差は、心臓を手で鷲掴みにされるよう。
息苦しくて仕方ないが、背を擦ってくれる者は誰もいない。
┼─────────────┼
「E-13番、今日から君は……」
┼─────────────┼
二十歳になって、祝われるべき筈の誕生日に、
更生施設から刑務所への移送が決まった。
何もかもがどうでもよくなっていった。
悪い方向への諦めなのかもしれない。
胸の中にある俺の何かが、凍てつくのを感じた。
- 17 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:22:37 ID:laD/kKg.
刑務所での刑務作業はあまり変わらなかった。
更生施設にいた時よりも難しい訓練や作業が増えた、だけ。
ついでに、俺の弁護人が毎日謝りに来る。それだけ。
それから、俺が虐められる対象じゃなくなった。ただそれだけ。
それのお陰で、退屈を退屈と感じる余裕ができたのは、新しい苦痛だった。
俺の他に気の弱そうな奴が虐められていたけど、助ける気は起きなかった。
助ける気はなかったのだけれど、結果的には助けたようになってしまったが。
- 18 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:23:54 ID:laD/kKg.
きっかけは下らないもので、トイレに入った時にハンカチを持ち忘れていて、
たまたまそいつがそこにいて、手を洗って顔をあげたら鏡の中で目があって、
そいつは物凄く怯えた目で俺を見ながら、ハンカチを残して逃げた。
残されたハンカチは使わずポケットの中に押し込んで、手はズボンで拭いた。
ハンカチを貸してくれたことに対する申し訳なさとか、そんな可愛いものではなく、
他人が使ったハンカチを使用するのに躊躇いがあったから使わなかった。
- 19 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:24:36 ID:laD/kKg.
落とし物として届けようと廊下を歩いていたら、そいつとばったり出会い、
届けるよりもそいつに話しかけたほうが早かったから、話しかけた。
話しかけたと言っても、ハンカチありがとうとかそんな台詞ではない。
ほらよとぶっきらぼうに言いながら、そいつの眼前に押し付けた。
驚愕したのか何なのか、そいつは口を馬鹿みたいに開けたまま固まった。
反応がないのでおい、と話しかけると、兎のように跳ねた。
それから、ありがとうございますを連呼して、廊下の奥に消えて行った。
その日からそいつへの虐めはなくなり、俺には腰巾着がついた。
まるで更生施設での自分を見ているようで腹が立ったが、腑には落ちた。
腰巾着と周囲の視線を見て、なんとなく、今の自分を理解した。
- 20 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:25:11 ID:laD/kKg.
毎週とは言わないが、毎月会いに来る元弁護人の言葉は耳に入らなかった。
有り触れた月並みの謝罪の台詞と、彼女の近況と、自分の近況。
生返事をして、自分の近況については普通です、とか、いつも通りと答える。
法廷に立った時は若かった女も、俺が三十路に近くなれば化粧が濃くなった。
それでも客観的に見れば艶のある女だったが、俺はもう興味がない。
常に上から目線で話す口調も、匂い立つ香水も、肌が見えない化粧も。
┼─────────────┼
川 ゚ -゚)「この前の矯正展で兄者の作品を見たが、中々だったぞ」
( ´_ゝ`)「ああ……そう」
川 ゚ -゚)「入場者達からの投票でも、中々好評であった」
( ´_ゝ`)「そう」
川 ゚ -゚)「普通、こんな事を囚人に教えては駄目なんだがな」
( ´_ゝ`)「そう」
- 21 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:25:42 ID:laD/kKg.
川 ゚ -゚)「お前は口が堅そうだから、安心だ」
( ´_ゝ`)「そう」
川 ゚ -゚)「……お前はそれしか言えんのか」
( ´_ゝ`)「そうだ」
川 ゚ -゚)「お前な」
┼─────────────┼
更生施設に入った時に気にしていたゲームや漫画やアニメの続きも、
今では記憶に霞がかかって思い出せない。人の顔も同じように。
ただ、そっちのほうが辛くないんだろうな、と自分で納得した。
彼女の謝罪は消えて、小言と説教になるくらいの変化はあった。
何故か俺の生活や態度は教官か何かを通して向こうへ伝わっているらしく、
それについて説教をし、ここはこう直せだの。普通はこうするだの。
前に私が言った事はちゃんと直したようだな、と頷きながら一人で納得したり。
- 22 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:26:53 ID:laD/kKg.
ただそれはそう変化しただけであって、それ以降の変化はなかった。
この単調な毎日が死ぬまで続くのかと、失望にも似た虚無感に身を委ねて。
腰巾着の言葉に相槌を打ち、周囲を見回して怯えさせて、作業をし。
この単調な毎日が死ぬまで続くのかと、絶望にも似た無気力に身を委ねて。
- 23 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:27:12 ID:laD/kKg.
いつの間にか、自分の『いつも』に組み込まれていた彼女との会話。
それが終わり、彼女の退室を見届け、両手を拘束されながら面会室を出る。
そんなある日。いつもは聞かなかった彼女と看守の会話を聞いた。
┼─────────────┼
(´・ω・`)「プレゼント、差し入れですか?」
川 ゚ -゚)「はい、そうです。彼に渡そうと思って」
(´・ω・`)「なんだか甘い匂いがするね。食べ物のようだけど」
川*゚ -゚)「ええ……」
(´・ω・`)「……ああ、もうそんな日か。ここにいると麻痺するね。
でも、一応中身は調べさせてもらいますよ?」
- 24 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:27:53 ID:laD/kKg.
川 ゚ -゚)「はい、大丈夫です。お願いします」
(´・ω・`)「どれ一つ毒味を、あむ」
川;゚ -゚)「あ、ちょ、ちょっと!」
面会時、いつも淡々としている彼女の見慣れない一面を見て、少し興味がわいた。
袋の中身は何かと考え、今日は何の日だったかとカレンダーを見る。
二月十日。特別な日ではないらしく、赤くも注釈もない。誕生日でもない。
( ´_ゝ`)「…………?」
- 25 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:28:35 ID:laD/kKg.
その次の面会はいつもより早かった。前に会った日からたった四日後。
毎月一度だったのに、何故この月は二度あるのかと考える。
いつのもように淡々と喋り、近況を言って、近況を聞いて、近況を吐いた。
そう言えばいつもいる看守の姿が見えないなと、時間が長いな、と。
そう思った俺に気付いたのか、彼女は鞄の中から書類をばさばさと取り出した。
川 ゚ -゚)「兄者、すまない」
( ´_ゝ`)「?」
前のような謝罪の言葉だろうかと思ったが、全く違った。
川 ゚ -゚)「まず、お前に謝っておく。そしておめでとう、君の冤罪が証明された」
- 26 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:29:31 ID:laD/kKg.
気分が、高揚しない。逆に白けた。
相も変わらず、冷えたままだった。拍子抜けとも言うか。
それが精神的なショックから来る硬直状態と言われればそれまでだが、
俺が固まったのは、次に彼女が続けた言葉の所為だった。
川 ゚ -゚)「実は裁判官へ送る書類に不備があったらしくて、こうなってしまった」
川 ゚ -゚)「裁判所にはこの話を通してある。マスコミは、避けられないかもしれない」
川 ゚ -゚)「すぐには出られないが、今月、遅くても来月中旬には出られるんだ」
川 ゚ -゚)「書類の不備は、私のちょっとした手違いで……────」
それから、彼女は悪びれたふうもなく自分を弁護する言葉を並べ立てた。
あの時は私もマスコミからの追跡で疲れていて、とか、忙しくて、とか。
相変わらず高圧的にも似た態度で、反省も後悔もなく淡々と喋り続ける。
弁護人だから? 自分を弁護するのか? 俺にはしてくれなかったのに?
- 27 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:30:12 ID:laD/kKg.
もう弁護人の言葉は耳に入らない。
耳に入っても、脳が理解を示さない。
それから部屋の外にいた看守から、彼女からだと袋を渡された。
部屋に戻って、中身も確認せずにゴミ箱へ捨てた。
┼─────────────┼
胸ではなく腹の中で、腹の底で、インクよりも黒く、タールのように粘ついたものが蠢く。
溢れるのではなく、蟲のように蠢く。芋虫のように、蜘蛛のように、百足のように。
まるで腹の中が蠱毒にでもなったようだ。我こそが残酷であり惨絶であると。
一番相手に精神的、肉体的苦痛を与えるであろう方法が潰し合っている。
このまま行くと、きっと最後には常人は目を背け損ねて嘔吐するものが出来上がる。
それは長い年月をかけて腹に溜まっていたものだと気づいたのは、面会が終わってから。
俺に対する周りの態度だとか、腰巾着の言動はもう気にならない。
出所までの時間が、以前よりもとてもとても長く感じられた。
- 28 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:30:57 ID:laD/kKg.
途中で男が面会に来た時は、鏡か何かかと勘違いした。
もう冤罪確定だから面倒は手続きはしなくていいと、部屋に通された。
弟者と名乗る人物は、皺一つないぴしっとしたスーツに身を包んでいた。
自分は作業場からそのまま来たから、よれよれの薄汚れた作業着だった。
自分はもういい女性と結婚して子供も二人いて、なんて話をされて。
兄者も冤罪だし顔は悪くないからすぐに嫁は見つかる、とか言われて。
姉者も妹者もいい人を見つけて嫁いで行った、と聞かされて。
普通ならここで祝ってやるべきなんだろうけど、その言葉は心から出なかった。
溢れたのは、蟲。
様々な形の、どす黒い蟲。
ゴキブリのように黒く光って、気持ち悪い蟲。
蝶すらも、その羽に不気味な紋様を描いている。
- 29 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:32:11 ID:laD/kKg.
上辺だけの言葉を彼に返して、頭の中で昔の家族の顔を思い出そうとしていた。
その言葉に、弟者は笑ったような気がする。嘲笑に見えて仕方なかった。
記憶を掘り返そうとして、父者や、母者の顔すら思い出せなかった。
出てくるのは、自分が憎悪を抱く名前と顔と声ばかり。
目の前の男の顔も、そこに追加された。
┼─────────────┼
川 ゚ -゚)「さあ兄者、おめでとう。久し振りの娑婆の空気はどうだ?」
( ´_ゝ`)「普通」
川 ゚ -゚)「少しは私の言動に突っ込んでくれ、つまらん」
手を引かれて塀の外に出る。音を立てて後ろが閉まった。
出入り口には、俺が昔、法廷から出た時よりは少ない人数のマスコミ。
今のお気持ちはなどと聞かれたが、言葉が出てこない。
元々、素直に答えるつもりもない。
- 30 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:33:37 ID:I8MzJWoc
あの時、俺にマイクやカメラを向けた奴らとは違うだろうが、同じマスコミ。
喉元を圧迫されるくらい押し付けられたマイクを奪い取り、地面に叩きつけた。
本当は映像が記憶されるカメラのほうがよかったが、高価そうだ。
弁償しろと言われても、払える金なんてこれっぽっちもない。
弁護人がマスコミと俺に対して喧しく騒いでいるが、気にも留められなかった。
川;゚ -゚)「少しは彼の気持ちも組んであげて下さい! 彼は被害者なのです!
あの時のあなた方の卑劣な報道に、憎しみを覚えないほうが……─」
┼─────────────┼
そこから先は覚えていない。靄がかかったように思い出せない。
記憶の海は白く濁った霞と靄と霧だらけだ。
俺の心のように、一生晴れる事はない。
- 31 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:34:13 ID:laD/kKg.
( ´_ゝ`)「けれど、黒いものは少しでも晴らしたかったんですよ」
実家があった場所は更地になっていた。何の感傷もなかった。
俺が入れられた後、マスコミや嫌がらせが耐えられなかったらしい。
弁護人に案内されて着いた場所は山を越えた盆地の一軒家。
そこに、今は父者と母者だけで住んでいるらしい。
玄関を開けたら、真っ先に筋肉質な女性が飛びついてきた。
まさかこのまま絞め落とされるのかと思ったら、それは俺の母らしい。
その母の後ろに隠れるように、頭部の薄い男がいた。
この冴えない男がお前の父だよと言われたので、俺の父らしい。
本当に久し振りだねえとか、会いに行けなくてすまなかったねえとか。
まるで遠くで話しているかのように、声は小さかった。
- 32 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:34:37 ID:laD/kKg.
( ´_ゝ`)「両親自体は、別に、死んでも死ななくてもいいんだけどね」
もう俺には関係ない存在だった。関心も興味もない。戸籍と血だけの繋がり。
そのまま兄弟達への家へ連れて行かれそうになったが、なんとか拒否した。
もし幸せな家族の団欒でも見せつけられたら、衝動的に殺してしまいそうだ。
( ´_ゝ`)「俺はもう、切羽詰まっていたんだと思うよ」
それから何だかんだあって、弁護人の紹介したアパートに入る事になった。
何故か弁護人が隣の住人で、掃除や料理を理由に部屋に無断で入られた。
買い物の仕方を教える理由に連れられて、泳ぎたくもない人ゴミで酔った。
監視だろうとは思っていた。引っ張られる手を振り払いたくてしょうがなかった。
( ´_ゝ`)「その手を引き千切る妄想だけをしていました」
多分、これは平和で理想的な現実なんだろうけれど、殺意は消えなかった。
- 33 ◆rJ.Y5.t/Zo[それは、いつか夢見た景色にも似ていて。] 2010/07/19(月) 21:35:42 ID:laD/kKg.
時間が忘れさせるとの言葉に危機感を抱き、何度も頭の中で反芻した。
郷愁を誘う過去は無くなって久しく、あるのは憎悪と殺意と執着だけ。
忘れまいと繰り返す内、それは掻き混ぜられて練られて更にどろついた。
( ´_ゝ`)「自分が生きてる間は、もう無理でしょう」
四十路を迎えたある日、買い物に時間がかかり、日が落ちて夜になる。
辺りが暗くなり、人通りもまばらになった。
すぐ近くにホームレスのいない路地裏。横に廃ビル。
近くの民家に明かりなし。人影なし。目の前には彼女一人。
チャンスだと思った。
これ以上ないチャンスと。
- 34 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:36:22 ID:laD/kKg.
荷物持ちとして片手が塞がれているとはいえ、女の柔腕などどうにでもなる。
引っ張られている方の腕に軽く力を入れて、路地裏へ引っ張り込んだ。
女が何か喚こうとしたので、頭を掴んで壁に叩きつける。
額から血が流れたが、加減はしてある。すぐに殺してしまってはつまらない。
袖から取り出したナイフを顎のすく下に当て、喋るなと脅す。
相手はまだ訳が分からないといった表情をしている。
それか、どうしてこんな事を、とでも言いたげな顔。
今ここで懇切丁寧に、更生施設の教官のように教えてやってもいいが、
それだと誰かに見つかる可能性がある。通報されたら全て終わりだ。
幸いにも抵抗が少ないので、髪を引っ掴んで廃ビルの中へ入った。
中には誰もおらず、DQNが遺したカラースプレーの落書きが少々。
( ´_ゝ`)「あの落書き、中々いいセンスをしていると思いません?」
- 35 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:36:44 ID:laD/kKg.
突拍子もない質問に、女が口を開こうとするが、ナイフで邪魔をする。
別に何かの意図があった訳ではない。ただ、女の反応が見たかっただけだ。
川 ; -;)「うう……」
汗と涙で崩れた化粧がどろどろに粘り付いて、お世辞にも綺麗とは言えない。
今の自分は、人質を盾に建物に閉じこもる銀行強盗などではないので、
首筋にナイフを当てる必要はない。そんな事をしたら、叫ばれて終わりだ。
だから、顎の下にナイフを当てて、口を開けば刺さるようにする。
これは忌避しながらも尊敬する、殺人鬼とカニバリストからの助言だ。
そして俺達は、その廃ビルに入って。
┼─────────────┼
こうしてここに居る訳だ。
- 36 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:37:54 ID:laD/kKg.
昔を辿る度、心の昂りが冷えていく。現在になった今、氷のようだ。
自分の中に少しあったおふざけは消えた。綺麗な女の顔も消えた。
そうしないと、多分、自分の心で身も焦がしてしまうから。
川 ; -;)「ずっと……あの日から、私を怨んでいたのか? ずっと……」
( ´_ゝ`)「はい、そうです。そうでした。今思えば、そうだったかもしれません」
泣いている。もう女の涙を見ても、胸が痛まなくなってしまった。
きっと、俺の心は更生施設と刑務所を経て変わったんだろう。
一応、効果はあるのかもしれない。一般人が入れば、悪い方向に。
何故なら、今俺の背筋はこんなにもぞくぞくしている。
ナイフを持つ手が歓喜に震えそう。いっそ声をあげて笑ってしまいたい。
川 ; -;)「すまない……すまない……すまない……ごめんね…………」
( ´_ゝ`)「ええ、もういいんです。多分、この日を、今を、夢見ていました」
笑いを堪えた分、言葉は途切れ途切れになってしまった。
- 37 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:38:27 ID:laD/kKg.
ナイフを握る手から、力を抜く。
余計な力を入れては、いらない事までやりかねない。
深呼吸をすると、夜の冷えた空気が肺に入る。
もう一息と呼吸すると、アンモニア臭が鼻を突き刺す。
何かと思って下を見ると、地面から湯気が立ち昇っている。
正確には、コンクリートの上にある水溜りから。
川 ; -;)「う……ごめんね……ごめんね……」
ごめんとは失禁した事による謝罪なのか、さっきと同じなのか。
涙は羞恥からなのか、さっきと同じものなのか。
どちらなのかはわからない。どちらでもないのかもしれない。
水溜りに顔を押し付けて、踏んでしまいたい衝動に駆られたが、
たまに聞こえるエンジン音が、心身を程良く冷やしてくれる。
- 38 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:39:21 ID:laD/kKg.
川 ; -;)「一つだけ……一つだけ、聞かせ、てくれ」
ここまで来て、まだ何かあるのか。
けどまあ、これが所謂、冥土の土産という奴なのだろう。
そう考えると、悪い気がしてこない。
( ´_ゝ`)「いいですよ、どうぞ」
川 ; -;)「今日の、この日の、為に、ナイ、フを、持って、きたのか?」
泣きじゃくる子供のように、言葉にしゃっくりが混じって聞き取りにくい。
その所為か、質問の内容に拍子抜けはしたが、あの時程ではなかった。
( ´_ゝ`)「いいえ、あなたと外に出掛ける時はいつも持ってました。
ポケットだと気付かれるから、袖の中に仕込んであります。
万が一、誤って手首を切って流血して怪しまれたり、
服を切ったりしないように輪ゴムで固定してあるので大丈夫です」
- 39 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:39:54 ID:laD/kKg.
教えてくれたのは、かつて一緒に過ごしたあの四人の中の殺人犯。
今ここにはいない内藤に、心の中で感謝を伝える。
ありがとう、俺に凶器を教えてくれて。
川 ; -;)「やめろ……やめるんだ兄者、私を殺したら、君の将来は……」
春はとうに過ぎていた。
もう恐れるものは何もない。
- 40 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:40:28 ID:laD/kKg.
┼─────────────┼
兄者はそれから、私が見た事のないような表情を私に見せた。
普段は糸のような目を見開いて、口を三日月のようにして嗤った。
ナイフを構える彼はとても楽しそうで、本当に冤罪なのかと考えてしまう。
どうして、どうしてこうなってしまったんだろう。
何が彼を変えたんだろう。どうしてそこまでいってしまったんだろう。
法廷の前の会議室で出会った彼はまだ幼くて弱くて小さくて、
必ず救うと決心して、その言葉を彼に言ったのに有罪にさせてしまって。
あの時の彼の絶望した表情は、まだ瞼の裏から離れなくて。
しかも、新しい法の第一人者だと、四百五十なんて年数もかけられて。
私の妄言を信じて恨んではいないかと思うと食事も喉を通らなくて。
水を飲んで胃液を吐いて、泣いて、己の若さを憎んで、泣いて。
私か、私が悪いのか、全部。全部。
川 ; -;)「ごめん……ごめんな…………」
- 41 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:41:03 ID:I8MzJWoc
月並みな台詞しか出てこない。頭が回らず語彙が少なくなる。
けど、この言葉しか見つからなかった。見つけられなかった。
この声で、彼の意志が揺るぐことはないだろうけど。
( ´_ゝ`)「ありがとう。聞き飽きました。あなたが毎月来てくれたお陰で、
出てからもずっと言っていてくれたお陰で、投げ掛けてくれたお陰で、
私はもうそのような言葉の類には戸惑わなくなりました。有難う」
揺るぐことはないだろうけど、
少しでも、淡い期待を抱いてしまった自分が恥ずかしい。
やはり、私だ、私が悪いのだ、全部。全部。
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- 42 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:42:38 ID:laD/kKg.
落ちた鞄から沢山の名刺が毀れている。
いつも彼女が持ち歩いていたものだ。
そう言えば、俺は彼女の名前を知らなかった。
遠い昔に聞いたような覚えもあるが、忘れてしまった。
名刺に書かれている文字は 素直 空。
( ´_ゝ`)「さよなら、そら。追いつかれた過去に無様に殺されろ」
一瞬、彼女の瞳が違う色を浮かべたが、振り降ろした手は止まらなかった。
確認しようにも、覗いた目には光も意志も見えない。
- 43 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 21:43:41 ID:laD/kKg.
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- 48 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 22:32:08 ID:laD/kKg.
( ^ω^)「兄者ー人が来そうだからそろそろ行くおー」
( ´_ゝ`)「ああ、今行く」
少しだけ名残惜しいが、持って行く訳にもいかない。
せめて写真に収めようと、携帯のカメラを向ける。
小さな画面に、コンクリートの窪みに溜まった、腐敗物が映った。
( ^ω^)「グロっ!」
( ´_ゝ`)「お前が言うな」
( ^ω^)「新鮮なものだったら見慣れてるけど、腐ったものは見た事ないお」
┼─────────────┼
- 49 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 22:35:47 ID:laD/kKg.
液体は不透明で全体的に赤黒く、得体の知れない黄色い油が浮かんでいる。
多分、これは人の脂肪なのだろう。尿ならば溶けてる筈だ。
その他にも、薄汚れた肉色の物体があちこちで溶けかかっている。
兄者は空いた手でそれを掴み取ると、迷わず口に運んだ。
( li^ω^)「おぶぇ」
殺す事と食す事は、必ずしもイコールで繋がりはしない。
まあ、何をどう取り繕おうが、僕は兄者の行為に吐き気を催した訳だ。
しかし、親友の手前、何があっても最期まで皆で共にするとほざいた手前、
込み上げる嘔吐物を無理矢理飲み下して、兄者に声を掛ける。
( li^ω^)「な、何やってんだお」
( ´_ゝ`)「いや、持って行けないなら、腹に入れて行こうかと」
( ^ω^)「それで排泄物を持ち歩く気かお?」
( ´_ゝ`)「まさかwwwwwwwwwwwwwww」
- 50 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 22:36:17 ID:laD/kKg.
しかし、こんなマトモそうな面した奴がアヒャと同じカニバ野郎だとは。
( ´_ゝ`)「誤解をしてそうだから言っておくが、俺は人肉嗜好じゃないからな」
( ^ω^)「え、それじゃあ何で食ったんだお? お腹すいたのかお?」
( ´_ゝ`)「なんとなく、別に、特に何も考えてないんだお」
( ^ω^)「衝動的に?」
( ´_ゝ`)「……それが一番近いかも」
いやでも……と、俯きながらぶつぶつ何かを唱え始める兄者。
ここで止めなければ、あの水溜りに顔を突っ込んで飲み干しそうだ。
( ^ω^)「取りあえず、お腹壊しそうだからやめようお」
( ´_ゝ`)「だからもう食わんって、何となくだよ、なんとなく」
言って、兄者は携帯でパシャッと一枚。
後で、音が鳴らないよう内部の線を切っといてやろう。
- 51 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 22:38:35 ID:laD/kKg.
( ´∀`)「二人とも早く来るモナ、何やってんだモナ」
( ´_ゝ`)「ミイラ取りがミイラになった」
( ´∀`)「内藤は流されやすいモナ」
( ^ω^)「それよりモナ、人食い野郎が二人になったモナ」
( ;´∀`)「マジかモナ、人を食ったってその脂肪は取れないモナよ?」
( ゚ω゚)「僕じゃねーお!」
( ´∀`)「冗談モナ、冗談」
いつも浮かべている微笑みを更に薄くして、兄者に向ける。
兄者は、それに対して余り見せない笑顔で返した。
嫌が空気が場を流れる。長居はしたくない。
( ^ω^)「モナもミイラになる気かお?」
( ´∀`)「そんなまさかだモナモーナー」
- 52 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 22:42:38 ID:laD/kKg.
ふざけた口調で、ふざけた語尾を付け足すモナー。
相変わらず、何を考えているのかわからない。
ってか、モナーだけではなく、アヒャも兄者もわからない。
( ^ω^)「まあ、僕みたいな一般的な人殺しがわかるはずないお」
目的の為に殺すとか、食材にする為とか、勉強で殺すとか、
病気を治す為の実験台として殺すとか、そういった理由よりは、
遊びで殺すほうがずっと純粋だと思っている。
太陽が暑かったからとか、あいつが嫌いだったからとか、
何でも理由付けをして殺した時点で、そいつは異常者だ。
( ´_ゝ`)「胸焼けする」
( ^ω^)「素直に吐いて来いお」
だから僕は、一般的だと思う。
- 53 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 22:43:34 ID:laD/kKg.
アヒャは、人が食いたいから。
モナーは、人の燃える姿が見たいから。
兄者は、過去の復讐と、快楽から。
みんなみんな、狂っている。
( ´∀`)「二人が来ないから、運転手はモナに決まったモナ!」
( ;^ω^)「やめるお! モナに運転させたら、皆で捕まって銃殺確定だお」
( ´_ゝ`)「俺は運転出来ないよ? 運転はフォークリフトしかやった事ない」
( ^ω^)「もう壁の前に後ろ手組まされて立たされてる気分だお……」
( ゚∀゚ )「あひゃひゃーん」
( ^ω^)「もしそうなったら、お前ら全員道連れだお。一人では死なないお。
みんなで仲良く腕を組んで立つお。絶対に逃がさないお」
- 54 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 22:45:38 ID:laD/kKg.
( ^ω^)「大体、兄者が呑気に人肉を食ってるから遅れたんだお!」
( ゚∀゚ )「アヒャ!?」
( ;´_ゝ`)「ちげーよ! 違くはないけど正確にはちげーよ!
なんでお前は面倒な方向に話を持って行こうとするんだ!」
( ゚∀゚ )「あひゃ、あひゃひゃ?」
( ^ω^)「確かに殺して食ったんだけど、もう腐ってる奴だお」
、 ,
( ゚∀゚ )「ヒャ! アヒャーン! アヒャッヒャ!」
(^ω^ )「腹を壊すからそんな事はしちゃ駄目だって言ってるお」
( ´_ゝ`)「ああ、もう現に壊れかけてるよ……」
( ´∀`)「ケツが壊れかけてるのか、腸なのかで目的地が変わるモナ」
( ^ω^)「運転は僕がやるお、目的地は食べ物買いたいしコンビニで」
( ´∀`)「あの現場を見て食欲がある時点で内藤も中々だモナ」
- 55 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 22:46:14 ID:laD/kKg.
┼─────────────┼
窓を開けて車を飛ばして、雑談に興じる。
刑務所は殆ど閉め切られていたので、こういったものは新鮮だ。
( ´∀`)「モナはAA板にある孤児院から引き取られてこっち来たモナ。
親は何人も孤児院から引き取って育てて、お金を貰ってたモナ」
( ^ω^)「どういう親御さんだったんだお?」
( ´∀`)「子育てが得意だったモナ、モナと同じような子供が何人もいたモナ」
( ´_ゝ`)「それはそれは……幸せなご家庭だな」
全員が、少しだけ笑う。
大口をあけて、息を吐くように笑うやり方など忘れた。
自分の家庭を話す時は、出来るだけ感情が込められないように、
客観的に見て皆に話した。反応は上々。
それぞれが、それなりに異常な環境にいたからだろう。
- 56 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 22:49:45 ID:laD/kKg.
┼─────────────┼
こいつらと出会ったのは、母親と父親が住んでいた家の前。
過去形なのは、俺が両親を殺した後だったから。
そらを殺した後は、当てもなくその辺を彷徨っていた。
彷徨うと言っても、警察に見つからないように気をつけて。
両親のところに行ったのは、帰巣本能と言うやつなのかもしれない。
それか、目的地もなかったから、ただ、なんとなく。
家に着いたのは真昼間だったのだが、中に人気はない。
指名手配犯なのはわかっていたが、自分の中に甘えがあったのかもしれない。
俺は、空いてる家で両親の帰りを待った。
説得されれば、自首しようなどと考えていたわけではない。
本当に、なんとなくなのだ。
- 57 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 22:51:44 ID:laD/kKg.
空を殺して以来、常備するようになったナイフで遊びながら居間で待つ。
この時、玄関の引き戸が開く音はしなかった。
開いてた窓から入ったと考えるのが妥当だろうが、そんな余裕はなかった。
いつの間にか、背後に人がいる。相手は意図的に気配を消している。
俺は追われる身。明日も知れぬ身。両親はきっと、俺に声をかける筈。
最後の考えは、少し幻想を信じたかったのかもしれない。
誰なのかは確認する暇もない。顔も見ずに、ナイフを振るった。
殺意はなく、たまたま殺してしまい、確かめてみたら母親だったという。
まるで、事故だ。後から現れた父も、ついでに殺した。こっちは殺意だ。
白けたと言うか、拍子抜けしたと言うか、意外と何も感じないなとか、
愚考が頭を駆け抜けるが、哀しみとか明確な感情は沸いて来ない。
ただただ空虚なこの感覚。
地面が柔らかくなって、綿でも踏んでいるかのようだった。
- 58 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 22:56:53 ID:laD/kKg.
ふらふらと家を出れば、でかいクラクションが鳴り響く。
何処から俺の個人情報を手に入れたのか、知れ渡っているのか。
懐かしいメンバーが、揃って俺の目の前にいる。ワゴンに乗って。
何でも、俺を探して、行きそうな場所を片っ端から走り回ってたとか。
( ´∀`)「いやー見つかってよかったモナ、ここが最後だったからモナ」
( ^ω^)「ここで見つからなかったら、もうやめようかと思ってたんだおー」
( ゚∀゚ )「あっひゃーん」
( ´_ゝ`)「あー……なんつーか、ありがとな」
聞けば、爆弾魔がぶち込まれ、刑務所を爆破したらしい。
爆発物は事前に没収したそうだが、刑務作業場には色々ある。
そこでお手製の爆弾を作る事なんか、プロには朝飯前だろう。
- 59 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 23:00:49 ID:laD/kKg.
あの刑務所にいるのは、結構な悪人ばかり。
それも、頭の良い馬鹿で、命も惜しくはない類の。
爆風で電気系統が麻痺した時、模範囚以外は全員脱走したらしい。
全員、見つけ次第、射殺してもいいと許可も降りてるとか。
( ^ω^)「射殺許可降りてるのに、戻る奴がいるわきゃねーお」
( ´∀`)「だモナー」
( ゚∀゚ )「あっひゃ、あひゃんひゃ?」
( ^ω^)「ところで、どうやって冤罪にしたのかって聞いてるお。
僕も気になるお。一体どうやったんだお? 金かお?」
冤罪が本当だって言っても、こいつらは信じないに違いない。
それでも冗談でも、本当に冤罪なんだ、なんてほざく気はない。
- 60 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 23:03:36 ID:laD/kKg.
( ´_ゝ`)「それは、禁則事項です」
( ^ω^)「微妙にネタが古いお」
( ´_ゝ`)「うっせ、世間とは隔絶されていたんだよ」
( ´∀`)「これから世間を賑わせていけばいいんだモナー」
( ゚∀゚ )「あひゃひゃん、ヒャヒャ、ヒャッハー!」
( ^ω^)「これからは世間が僕達に追いつく番だってお」
( ´∀`)「だモナ、てか、アヒャって一人称僕だったのかモナ……」
( ´_ゝ`)「はは」
( ^ω^)「兄者も、来るかお?」
( ´_ゝ`)「ああ、うん……」
( ´_ゝ`)「それも、いいかもな」
┼─────────────┼
- 61 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 23:05:20 ID:laD/kKg.
そうして世間を賑わせて、本当の犯罪者になって、こうして牢の中にいる。
前と違って窓が小さく、灰色が多くて、無機質な部屋だ。
トイレは部屋の隅に、ベッドはその反対側に。悪臭など気にしない。
死刑までの日を甘受しようとするが、どうやら死刑じゃないらしい。
食事はドアの下にある新聞入れのようなものから定期的に入れられる。
本もない、TVもない、話し相手も動くものもない。
流石に退屈なので、コンクリートの壁に向かって頭を強く打ちつけてみた。
これなら死ねると思ったが、どうやら自分は気絶しただけのようだ。
頭に包帯を巻かれ、左腕に点滴を刺された状態で目が覚めた。
あの三人がいれば、と、それなりに依存していたらしい。
アヒャは発狂した隊員に銃殺され、モナーは自分の火に自ら飛び込んで、
内藤は警官との取っ組み合いで打ち所が悪くて……。
内藤の名前を知らない事に、今更気付いた。
- 62 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 23:07:30 ID:laD/kKg.
一度頭をぶつけてから、壁は全てクッションのような柔らかいものに変えられた。
ベッドの柱も、床も、ドアも。窓は手の届かない位置へ移動した。
( ´_ゝ`)「……………………………………………………………………」
以前のような作業もなくなり、日がな一日ベッドに腰掛け虚空を見上げる。
部屋からは出されないので、排泄と食事以外殆ど運動する事はない。
体力は確実に衰えてきている。ベッドからトイレまで歩こうとして、転んだ。
死期が近いのはいい事だ。これ以上退屈しない。
出来れば死後の世界が、喜びも哀しみもない無でありますように。
そうやって何かに願いながら、夜は寝る。
- 63 ◆rJ.Y5.t/Zo[sage] 2010/07/19(月) 23:10:19 ID:laD/kKg.
日が昇ってからは、過去の記憶を遡る。
そう言えば、刑務所にいた頃、女から何か貰った事がある。
中身を見ずに捨ててしまったけど、あれには何が入っていたのか。
最近は、そればかり考えている。
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