( <●><●>) 今から一つだけ嘘をつくようです。
- 2 名前:案の定トリが違う…… 投稿日:2010/07/18(日) 04:06:35.37 ID:vWKnMirx0
-
「やあやあ、弁護士さん! ようこそ、どうぞ掛けて下さい! もっとも、ここは僕の部屋でもなんでもないですけど」
――私の姿を見た彼は、立ち上がり、大袈裟なリアクションを取りつつそう言った。
お言葉に甘えて私は会釈をし彼の真正面に腰掛ける。
いや、彼の言う通りここは彼の部屋ではないのだから、「お言葉に甘える」わけではないだろうが。
「御足労痛み入ります」
「御足労、ね……。私は弁護を仕事としているわけだから、それを好意と捉えるのは些かおかしいと思うけど?」
「なるほど、至極もっともな意見ですね! 好感が持てますよ」
自らもパイプ椅子に腰を下ろし、にこやかに微笑む。
さらさらとした黒髪と大きな黒目。好青年という言葉を具現化すると、ちょうどこうなるのではないかという外見だ。
その、人当たりの良さそうな雰囲気故に、彼はこの場所に何処までも似つかわしくなかった。
- 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:09:05.45 ID:vWKnMirx0
- 目の前の彼とは初対面。私は弁護士で、彼は――そのお相手だった。
お相手と言っても、検事や裁判官という類の“相手”でないことは閑散とした室内を見れば明らかだろう。
そういうわけだから、世間話をすることもなく。
私は本題に入ることにした。
「あなたの弁護を担当することになりました、津出です。よろしく」
「よろしくお願いします。僕の名前は……ああ、もうご存知ですよね? なら、いいか」
また、にこやかな笑顔。
今の自分の状況を理解しているのかどうか、怪しくなってくるような顔だ。
「(まあ、どうでもいいか)」
弁護士は慈善事業ではないし、ヒーローなどではない。
心の底からそう思い、私は言葉を発する。
- 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:12:10.79 ID:vWKnMirx0
-
「あなたには現在、殺人の嫌疑が」
「嫌疑じゃないですよ。事実です」
真剣な表情で言葉を遮る。
こうもハッキリ認められてしまうと、弁護する必要がない気がするが、規則なのだから仕方ない。
誰かを庇っている、という可能性もゼロではないだろう。
しかし、そういうことを調べたりするのは私の仕事ではないのもまた事実。
私はこの青年を弁護しに来たのであって、土曜日の夜九時辺りからやっているようなサスペンスの主役を演じに来たのではないのだ。
「……容疑を全面的に認める、ということですか?」
私は訊いた。
彼は「まあまあ」と手を前に出し、私を再び遮る。
「――弁護士さん。僕も、色々考えたんですよね」
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:15:04.01 ID:vWKnMirx0
-
「色々、とは?」
「色々は色々ですよ。人の生きる目的は何かとか、世界は何故悲しみで満ちているのか、とか……」
「……言わせてもらえば、生きる目的があったのかもしれない人を殺して、少なくはない悲しみを作り出したのも、あなたよ?」
「手厳しいことを言いますね。これでも、弟には申し訳ない気持ちで一杯です」
「申し訳ない気持ちを感じるのは、弟さんにだけ?」
問題はそれなんですよ、と青年は苦笑する。
幼馴染。婚約した相手を唐突に――結婚式の日取りを決める段階で殺害した心情。
「結婚に理由が必要なように、殺人にだって理由は必要です」
「…………」
「けれど、国語の成績が酷く悪かった僕です。上手く説明することができません」
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:18:03.05 ID:vWKnMirx0
- プロポーズの時も大変でした。
そう言って、また笑う。
「僕は、今から三つの話をしようと思います。それで――」
「――それで、『理由を感じ取って欲しい』ということかしら?」
「そう! その通りです! いやぁ、弁護士さんとは気が合いますねぇ!!」
手を打ち喜ぶ青年。表情には真剣さの欠片もない。
被害者である彼女の両親が見れば激怒したことだろう。既に他界していて本当に良かった。
「……でも、ただではつまらないでしょう」
「不謹慎だけど……そうね。なんにせよ、動機は聞かなければならないわけだしね」
「そうですよね。だからこうしましょう」
- 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:21:16.63 ID:vWKnMirx0
-
( <●><●>) 今から一つだけ嘘をつくようです。
- 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:24:02.92 ID:vWKnMirx0
-
ひとつめの話。
稀代の嘘吐きが生まれたワケ。
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:27:06.71 ID:vWKnMirx0
-
――人間が歪む理由ってなんでしょうね?
僕はそういう方面に明るくないので分からないんですが、たとえば「PTSD」なんかは、人災や天災が由来でしょう。
あるいはテロ、監禁、虐待、強姦と言った犯罪の類ですかね。
さて、僕が“彼女”を殺害した理由をあえて周囲の所為にするならば……
それは僕の両親の所為に他なりません。
('、`*川
( ゚д゚ )
平たく言うところの虐待を受けていました。
種類はネグレクト。
育児放棄ってやつです。おかげで、炊事洗濯は上手くなりましたよ。
- 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:30:04.35 ID:vWKnMirx0
- とにかく無関心な両親でした。現金だけは与えてくれたので困りませんでしたけど。
彼等、僕が小学生の頃に事故で死にましたが、思い出らしい思い出は本当に一つもありませんでしたね。
( <●><●>)
当然葬式だって泣けない。
近所の人達が「きっと理解が追いつかないんだろう」と同情してくれたのを覚えています。
僕としては、年端のいかない弟をこれからどうしようか、ってのが気にかかってて、彼等が灰になろうが天に昇ろうがどうでも良かったんですが。
ちなみに弟も全然泣いてませんでした。
( ><)
むしろ、「誰が死んだの?」って感じでしたね。
思わず笑えてきましたよ。ホント。
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:33:06.50 ID:vWKnMirx0
-
そんなどうでもいい両親も、金の他に一つだけ、良いことをしてくれました。
( <●><●>)
ここで最初の「PTSD」の話に戻ります。
弁護士さんならご存知でしょうが、そういう凄惨な体験をした人は、多重人格者になりやすいそうです。
多重人格……「解離性同一性障害」ってやつですね。
繰り返される心的外傷を回避する為、防御用の人格を容易する。
「これは僕じゃない。僕じゃない誰かのことなんだ」ってね。
本来、たとえ他人のことでも、傷つくのを知覚するのは嫌なもんなんですがね。おかしいもんです。
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:36:09.35 ID:vWKnMirx0
- ああ、断っておきますが僕は多重人格じゃないですよ?
それを断言はできませんが、少なくとも、“彼女”を殺したのは僕です。
体温や苦しそうな吐息、今際のあの切なそうな表情。
ちゃんと、覚えてますからね。
( <●><●>)
だから、僕が持っているのは――感情を閉じてしまう力です。
自己暗示に近い類の、ね。
辛くなんてない。痛くなんてない。寂しくなんてない。
それを自然に言い聞かせて、そういう風に頭の中を書き換えることができる素敵スキルです。
感情が思考回路に影響を及ぼさないと言いますか。
人間って適当ですから、案外、大丈夫です。
僕が生きていることが何よりの証明でしょう?
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:39:02.85 ID:vWKnMirx0
-
感情を偽れる、ってことは、嘘を吐ける、ってことです。
それもとんでもないレベルでね。もはや無自覚と言っていいほどに。
「嘘吐きは泥棒の始まり」だとか、「嘘を吐くのは簡単だが吐き続けるのは難しい」だとか。
よく言いますよね。
多分、そういうのは罪悪感に起因するもんなんだと思います。
人を傷つけるのと同じく。
でも僕にはそれがない。
あまりにも日常的に嘘を吐き過ぎたんです。
――そんなこんなで。
僕は、やがて結婚詐欺師になりました。
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:42:05.03 ID:vWKnMirx0
-
ふたつめの話。
嘘吐きの漠然とした葛藤。
- 27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:45:06.24 ID:vWKnMirx0
-
( <●><●>)
なんか、バレてないみたいですね、結婚詐欺の方は。
じゃあ言わないほうが良かったかな?
ところで詐欺、というといかにも悪人と言ったニュアンスになってしまいますよね?
僕も詐欺師ですが、まぁ、それには少しだけ傷つきます。
そうそう。
今でこそ詐欺師の僕ですけど、少なくとも高校時代までは人を騙したりはしてなかったんですよ? いや、ホントに。
ただ、「騙したな」という風に罵られることは今より遥かに多かったですが。
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:48:04.21 ID:vWKnMirx0
-
例えば、高校二年生の頃。
当時、僕は結構可愛い感じの同級生と付き合っていました。
ミセ*>ー<)リ
天真爛漫。
彼女は明るくてクラスの人気者だった。
ある日、唐突にそんな子から告白されたんです。
かなり吃驚しましたね。
感情が思考に影響を及ぼさない僕ですけど、泣いたり笑ったりは普通にしていました。愛想笑いと愛想泣き。
彼女は僕の笑顔が好きだったらしいです。
それが本当だったのか方便だったのかは分かりません。もう、長い間会ってないのでね。
- 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:51:09.06 ID:vWKnMirx0
-
ミセ*;ー;)リ
よく泣く子でした。
いや、よく泣いてくれる子だったのかな。
とにかく、そういう子が当時の彼女でした。
- 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:54:07.55 ID:vWKnMirx0
-
ところで、僕はいじめを受けていましてね。
より正確には、あるグループから敵視されていたんです。
( ゚∀゚)
理由は不明です。
自分が嫌われる理由を好き好んで調べる人は中々いないでしょう?
僕も例に漏れないだけ。
ま、ありきたりな嫌がらせの連続です。
先ほど言ったように僕は感情が思考に影響を及ぼさないので別にどうでも良かったんですが。
- 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 04:57:03.85 ID:vWKnMirx0
-
ミセ*^ー^)リ
それで、面白いことに、当時の彼女はリーダー格の幼馴染だったんですよね。
ちょうど、いい加減鬱陶しくなってきたところだったんで、彼の弱みを聞いて、彼には転校してもらいました。
そこまでは良かったんですが……。
ミセ*;ー;)リ
彼女が怒ってしまって。
彼女には、「自分を利用する為だけに告白を受けた」って思えたんでしょう。
- 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 05:00:32.98 ID:vWKnMirx0
- 色々言われました。
騙したとか嘘吐いたとか、色々ね。
「私のことなんてどうでも良かったんでしょ」は流石に傷ついたなぁ……。
僕は、ただ。
( <●><●>)
好きじゃなかったから、利用したんじゃなくて。
――好意という感情と利用価値を、別に考えていただけなのに。
- 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 05:03:05.95 ID:vWKnMirx0
-
最後の話。
嘘吐きの僕と幼馴染。
- 47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 05:06:09.23 ID:vWKnMirx0
-
そういう不毛なやり取りを数回繰り返したのが、僕の高校時代。
大抵最後は破局してたんですけど、その中で唯一、今でも――いや、今の今まで交流があった人がいます。
(*‘ω‘ *)
僕の、幼馴染です。
僕が殺した、僕の初恋の人です。
- 48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 05:09:06.10 ID:vWKnMirx0
- 多分……ええ、そうですね。
僕の人生の中で、僕が一番嘘を吐いた人だと思います。
(*‘ω‘ *)
その度に彼女は笑って。
見切りをつけることもなく、馬鹿みたいに僕の傍にいてくれて。
彼女の言うには、
- 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 05:12:03.68 ID:vWKnMirx0
-
「何十何百何千回騙されても、それでも『好き』って言えるぐらい――私はあなたのことが好き」
- 50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 05:15:08.94 ID:vWKnMirx0
-
……僕が彼女に吐いた最後の嘘は、「一緒に死のう」でした。
包丁を持って、「先に行ってて。すぐに行くから」と。
彼女は――やっぱり笑って。
笑顔で、首肯しました。
嘘だって分かってたでしょうね。
でも。
(* ω *)
銀色のカタマリが彼女の中に沈み込んで、真っ赤な液体が、どろどろと溢れ出てきて、
痛いはずなのに、彼女は切なげに微笑んでいました。
僕の腕の中で、ずっと。
- 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 05:18:44.06 ID:vWKnMirx0
-
「――僕は警察に電話をしました」
これで話は終わりです。
そう言って、青年は両手を広げた。
「さて、弁護士さん。僕が何故彼女を殺したか、そして、今の話の中の嘘は分かりましたか?」
「…………随分簡単なクイズだったわね」
得意げな顔で微笑む彼に、私は言う。
「考えるまでもないことだわ」
- 53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 05:21:16.13 ID:vWKnMirx0
-
「あなたは――本当が欲しかったのよね?」
私は告げる。
この馬鹿な青年の、たった一つの真実を。
「自分を愛しているという彼女の言葉が本当である証拠」
愛は惜しみなく与ふもの。
彼女は、彼に自分の命をも与えた。惜しむことも、躊躇うこともなく。
「そして、自分の彼女への気持ちが本当である、という証拠」
嘘を吐き過ぎた嘘吐きは、自分の気持ちさえも分からなくなってしまっていた。
だから確かめた。
彼女を失った自分が、どうなるのかを。
- 55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 05:25:01.55 ID:vWKnMirx0
-
「お見事です。どこで分かったんですか?」
「分かるも何も……感じたままで、見たままよ」
「見たまま?」
考えるまでもないことだった。
彼が一番嘘を吐いたのは“幼馴染の彼女”ではなく“彼自身”だという、そんな事実と同じく。
嘘を吐かない=罪悪感の為?
……馬鹿らしい。そうじゃない、もっと単純なこと。
嘘を吐くことが出来る自分がいるということは、嘘を吐くことが出来る他人がいるということだ。
日常的に嘘を吐いているのなら、同じように、日常的に嘘を吐かれているのかもしれない。
他人も、自分も、何もかもを信用できなくなる。
人間が嘘を吐かないのは……単に、誰かを信じていたいからだ。
それだけなのだ。
- 56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 05:28:06.47 ID:vWKnMirx0
- そんなことも分からないあなただから、今の自分にも気づかない。
自分の表情すら、気づけない。
「だって――あなた、泣いてるじゃない。今、まさに彼女を想ってね」
驚いた顔で目元を拭う彼を残して、私は席を立つ。
彼の話の中の嘘が分かった以上、ここにいる必要性はない。無駄な時間だ。
「最後に言わせてもらうけど、」
私は自分の見解を述べておくことにした。
どうせ、もう二度と会うことはないのだろうけど。
「……殺人は理由がいるかもしれない。けど、結婚に理由なんて必要ないのよ」
- 57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/07/18(日) 05:31:02.01 ID:vWKnMirx0
-
じゃあ、さようなら。嘘吐きさん。
恨むのなら、こんな当たり前なことを教えてくれなかった両親を恨みなさい。
あるいは。
ξ--)ξ「人が人を好きになること自体に理由がないのだから。理由を探すのなんて――滑稽なのよ」
人を殺してまで証明したいほど愛した人が隣にいたのに、
――そんな当たり前なことに気づけなかった自分を、恨むことね。
END
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