スポンサーサイト |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。 新しい記事を書く事で広告が消せます。
|

( ;゚ω゚)ノ凸スイッチを押すようです |
- 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 20:57:10.43 ID:az4pSrha0
- *説明*
ここは「スイッチ」をテーマにしたオムニバス作品スレです。 これより、数人の異なる作者による投下が始まります。 さて、これからどのようなスイッチが押されるのでしょうか……。
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 20:59:28.56 ID:LhSzlsNz0
- まずは一番手を投下します。
(´・ω・`)Happy Birthday!父親殺しのようです
- 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:00:46.66 ID:LhSzlsNz0
- 「…………」
「――お疲れ」 「……………どう?」 「ああ、無事生まれたよ」 「立派な男の子だ」 「………………そう」
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:02:15.98 ID:LhSzlsNz0
- (`・ω・´)「ショボン」
日が暮れて間もない頃、家に帰って早々に居間のソファーに座っている父さんに呼ばれた。 父さんは持っていた新聞に目を向けていたので、てっきり聞き間違いかと思ったがそうではないようだ。 (´・ω・`)「……何?」 しぶしぶとソファーの元へ行く。 父さんは新聞を畳み、老眼鏡を外す。 (`・ω・´)「……そこに座りなさい」 その顔は神妙な顔つきで、僕はこの間のTOEICの結果だとか、部屋から酒の缶が見つかったのかとか、そういう事を言われるんじゃないかって思った。 また説教かな、僕は嫌いや思いながらも、父さんとテーブルを挟んだ向かいのソファーに腰を掛ける。 (´・ω・`)「……」 (`・ω・´)「……」 下手に用件を聞かない方がいいかもしれない。 自慢ではないが、僕は嘘をつくのが苦手だ。 自分でも口を開けば何を喋るか分かったものじゃない できれば母さんと爺ちゃんが老人ホームから帰ってくる前に済ませてほしいが。 (`・ω・´)「母さんには内緒にしてくれ」 (´・ω・`)「……え?」
- 19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:06:02.29 ID:LhSzlsNz0
- 何だ、どうやら僕への説教ではないようだ。
緊張していた気持ちがすっと消え肩の力が抜けた。 (´・ω・`)「えっと……それは……何のこと?」 (`・ω・´)「……」 それにしても、父さんが母さんに隠し事なんて……珍しい。 息子の僕にだけってのは何か男だけにしか言えない事なのだろうか。 まさか50を超える父さんからそんな話があるのだろうか。 すると、父さんはポケットから何かを取り出した。 それをテーブルに置き、手を引っ込めた。 (´・ω・`)「……?何これ」 それはボタン……いやスイッチと言った方がいいのだろうか。 四角の箱の上に赤いボタンが乗っていた。 まるでクイズ番組に出てくる早押しボタンみたいだ。 (´・ω・`)「どうしたのこれ。ハンズで買ってきたの?」 (`・ω・´)「……それをお前にやる」
- 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:08:02.18 ID:LhSzlsNz0
- 僕は思わず笑ってしまった。
思い出した。 そういえば明日は僕の二十歳の誕生日だったな。 これは父さんなりのジョークだろう。 (´・ω・`)「え?何?この……スイッチを?」 (`・ω・´)「そうだ」 父さんにしてはなかなかいいギャグだ。 いつも堅苦しいイメージを良く活かしている。 僕も本当に騙されちゃったよ。 (´・ω・`)「ああ、そう。でもなんなの?このおもちゃ……」 そのスイッチ(と思われる物)を僕は拾い上げ、赤いボタンに触れてみた。 その瞬間、父さんの表情ががらりと変わった。 (#`・ω・´)「触るな!!」 (;´・ω・`)「!!」 僕は寸前で手を離す。 一体、何故父が怒鳴り声を上げたのかさっぱり分からなかった。 もしかして、まだギャグは続いているのか?
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:10:24.73 ID:LhSzlsNz0
- (`・ω・´)「…………押すのは自由だ……だが話は最後まで聞きなさい」
(;´・ω・`)「……………」 僕はそのスイッチをテーブルの上に戻した。 何も話していないのに怒られるのはとても理不尽だ。 一体何だって言うんだ。 (`・ω・´)「今から言う説明を良く聞きなさい」 (;´・ω・`)「う……うん」 しかし、父さんの様子はどうもおかしい。 たかだかおもちゃに何を真剣になっているのだろうか。 (`・ω・´)「このスイッチはむやみに押してはならない」 (;´・ω・`)「……何で?」 父さんは一間置いた後、こう続けた。 (`・ω・´)「このスイッチを押すと……父さんは死ぬ」
- 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:11:43.54 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「………………」
(`・ω・´)「………………」 (´・ω・`)「……………え?」 僕は聞き取れなかった風を装ってもう一度聞き返した。 はっきりと耳に入った言葉は一つ。 (`・ω・´)「そのスイッチを押すと、父さんは死ぬんだ」 父さんははっきりと同じ言葉を繰り返した。 (´・ω・`)「……なんで」 返す言葉なんてそれぐらいしか思いつかない。 そのスイッチを押すと自分が死にますなんて、どこから探してきたジョークなんだよ。 この話に乗るべきなのか、そろそろ突っ込むべきなのか大きく悩む。 (`・ω・´)「理屈は父さんも分からない……ただ」 (`・ω・´)「このスイッチを押せば必ず私は死ぬことだけは分かっている」
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:13:07.27 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「……父さんが死ぬ?……これを押して?」
(`・ω・´)「ああ。その通りだ」 簡単な事なのに頭が働かない。何故だ。 父さんが真面目な顔を未だに続けていることが原因なのかもしれない。 そして、これは僕の日常に突然入り込んできた非日常だと言うことを、 僕は薄らと感じ取ってしまったのかもしれない。 (´・ω・`)「これ……どうしたの?」 (`・ω・´)「知人に貰ったんだ」 (´・ω・`)「誰?」 (`・ω・´)「それは言えない。広言してはいけない約束なんだ」 ますます、意味が分からない。 僕ははっきりとしない父さんの受け答えに苛立ってしまった。 もう、父さんのドッキリに乗るのに限界が来ている。 (´・ω・`)「あの、父さん。こんな事……」 (`・ω・´)「疑っているのか」 (´・ω・`)「……え?」
- 42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:14:53.67 ID:LhSzlsNz0
- (`・ω・´)「父さんが本当に死ぬのか疑ってるのか」
(´・ω・`)「…………」 まあ、疑っているかどうかで聞かれれば疑っているんだろう。 しかし、今はその段階まで話が進んでいないんだよ。 (´・ω・`)「だから、僕が言いたいのはこんな下らな」 (`・ω・´)「……じゃあ、試しに父さんが押そう」 (´・ω・`)「い事は……え?」 そう言うと、父さんはそのスイッチを拾い上げると何の躊躇いもなく押した。 僕はその瞬間、動くことができなかった。 死ぬと公言していながらも、軽々とスイッチを押した父に対して理解が追いつけなかった。 (;´・ω・`)「え?ちょっと……は?」 (`・ω・´)「………………」 しかし、父さんは特に苦しむ様子など無く、じっとスイッチを見つめていた。 うろたえる僕を無視するかのようにただじっとスイッチを見つめている。 ネタばらしは……しないのか?
- 45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:17:01.22 ID:LhSzlsNz0
- (`・ω・´)「このスイッチはな……」
長い沈黙の後、父さんがやっと口を開いた。 (`・ω・´)「押した本人の父親が死ぬ」 (;´・ω・`)「……え?え?」 (`・ω・´)「つまり……父さんが押せば、父さんの父親……つまりショボンのお爺ちゃんが死ぬことになる」 (;´・ω・`)「爺ちゃんが……?何で……」 (`-ω-´)「仕組みは……父さんにも分からん」 僕は自分の心臓が高鳴っているのを感じた。 まさかこんな非現実的な……それこそデスノートや山田悠介のような話、信じられるわけがない。 なのに……なぜこんなにも僕は不安なのだろう。 (;´・ω・`)「……」 (`-ω-´)「……」 父は目を閉じたまま動かなくなった。 そうだ。彼のせいだ。 僕の父が……ここまで真剣になっているからこそ、不安なんだ。
- 50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:18:29.82 ID:LhSzlsNz0
- 父さんは厳格な人だった。
どんな時でも感情に流されず、僕に勉学やマナー、道徳を教えてきた。 友達と喧嘩をすれば僕が怒られたし、酒を飲んだのがバレて本気で殴られたりもした。 あまり口数の少ない人で、笑うことも少なかったがそれでも僕に対して十分な愛情を注いでくれたと思う。 中高大と私立の学校に入り、馬鹿にならない学費を出してもらった。 欲しいものはだいたい買ってくれたし、小遣いや門限も他の家庭に比べればゆとりのあるものだったと思う。 そんな父が、たった今、こんな意味不明な事を言いだしているのだ。 今まで地中を掘り続けていたモグラが突然空を飛び始めた時、驚かない人がいるだろうか。 (;´・ω・`)「……」 長い沈黙が続く。 どうやら今度はこの沈黙を壊そうとはしないようだ。 聞きたいことはたくさんある。 しかし、僕も思う様に声が出なかった。 (;´・ω・`)「あ、………あの」 その時、テーブルの上に置いてあった電話の子機が音を発した。 僕は驚いて声を引っ込める。 (`・ω・´)「……出なさい」 父さんは一言だけそう言った。 頭がうまく働かないので僕はただ父さんの言葉に従うしかなかった。 子機を充電機から取り外し、通話ボタンを押す。
- 55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:20:29.35 ID:LhSzlsNz0
- 連続して流れ続けた音が止まる。
僕は受話器を耳にあてた。 (;´・ω・`)「はい……もしもし」 ('、`*;川『もしもし?もしもし?ショボン?ショボンなの?』 電話の向こうから、聞きなれた声が聞こえた。 母さんだ。 母さんは息を切らし、泣いているかのような声で僕の名前を尋ねた。 (´・ω・`)「どうしたの。落ち着きなよ」 ('、`*;川『た、大変なの!ホントに!』 (´・ω・`)「え?え?だから落ち着いてって。何があったの?」 ('、`*;川『お義父さんが……お義父さんが……!!』 その時、僕の中で何かが止まった。 僕はゆっくりと父さんの顔を見る。 (;´・ω・`)「……」 (`・ω・´)「……」 父さんは何も語らずただ僕の目を見ていた。
- 60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:22:04.68 ID:LhSzlsNz0
- 嫌な予感が体を伝う。
認めたくはない。 こんなこと……あるわけがない。 そんな僕を裏切るように母さんは荒い呼吸で僕にこう言った。 ('、`*;川『お義父さんが……急に血を吐いて……!!』 その後、僕は母さんの声を全く聞き取れなかった。 それよりも僕の前にいる人間から意識を離すことができなかったからだ。 (;´・ω・`)「……」 (`-ω-´)「……ちょっと早いがショボン」 何だ?何がどうなっている。 父さん……貴方は一体……。 明日の2月27日、僕は20歳になる。 (`・ω・´)「誕生日おめでとう」
- 66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:23:59.62 ID:LhSzlsNz0
-
(´・ω・`)Happy Birthday!父親殺しのようです
- 69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:26:13.38 ID:LhSzlsNz0
- 爺ちゃんの葬儀はテキパキと進み、ただ淡々と時間が過ぎていった。
婆ちゃんが亡くなった時以来の喪服を着て、ネクタイをきつめに締める。 昨日は散々な誕生日を迎えた。 爺ちゃんは帰宅途中、突然大量の血を吐いたらしい。 元々食道が悪く、吐血なんていつもの事ではあったが、 今回はいつものそれとは明らかに同じとは思えない程の量だったとか。 結局、爺ちゃんは病院に運ばれた時には既に手遅れだった。 僕も知らないような親戚が多数集まり、爺ちゃんの周りに一輪ずつ花を添えた。 出棺も簡単に行われ、ただただ淡々とした人の死が僕に押しつけられたような気分だった。 爺ちゃんが箱の中に仕舞われ、数時間後には粕のような真っ白な塊に姿を変えた。 骨を箸で持ち上げた時でも、爺ちゃんの死に対しての実感がわかなかった。 (`・ω・´)「……」 父さんは相変わらずいつも通りの顔で葬儀に参加していた。 それがまた僕には不気味で、それでいてどこか安心するところもあった。 ('、`*川「……ショボン、どこ行くの?」 (´・ω・`)「え、これから何かあるの?」 ('、`*川「……特には無いけれど」 片付けを終え、僕は喪服を着替え、コートを羽織る。 玄関で靴を履いている時に母さんに呼び止められた。 母さんの目の下にはくっきりと涙の痕が残っていた。
- 72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:28:48.60 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「ちょっと人と待ち合わせてて。出かけてくる」
('、`*川「そう……早めに帰るのよ」 (´・ω・`)「うん、じゃあ」 僕はブーツを履き、手袋を着けた右手で玄関のドアを開けた。 ガレッジに入り、自転車を包むシルバーのカバーを広げる。 深緑色の僕の自転車が 鍵を外し、スタンドを蹴る。 少しだけタイヤを転がした後、素早くサドルに飛び乗った。 さあ、急ごう。 あまり人を待たせるのは好きじゃない。 (´・ω・`)「……」 街灯が照らす路地は薄暗く、僕を少しだけ心細くさせた。 肌に触れる冷たい風がさらに追い打ちをかけるようだ。 すれ違う人がどれも無機質な個体にしか見えなくて、まるでこの街には僕しかいないようだった。 本当に爺ちゃんが死んだのは父さんがスイッチを押したせいだったのだろうか。 仮にそうだとして……何故父さんは爺ちゃんを死なせてしまったんだ? 僕を信じさせる為にわざわざ人の命を……ましてや実の父親の命を捨てるなんて。 偶然……とは言い難い。 現に父さんの言った通りになってしまった。 本当に……このスイッチには人を……父親を殺すことができるのか?
- 74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:30:52.54 ID:LhSzlsNz0
- 僕は怖かった。
一刻も早く誰かに相談したかった。 母さんは駄目だ。 父さんに言うなと告げられていたから。 特に制約など無いが、何を考えているのか全く分からない父さんの言いつけを守らないと何かが起こってしまう、そんな気がした。 そして何より、爺ちゃんが死んだ原因の中に自分がいるという事実が何よりも恐ろしかった。 あれこれ考えている間に、目的地が見えた。 町の外れにある小さなお好み焼屋。 あそこに人を一人待たせている。 ハンドルを握り、ペダルを踏んだ。 アイツはもう来ているようだ。
- 75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:32:48.95 ID:LhSzlsNz0
- 外装は民家となんら変わりは無い。
ただ暖簾と看板が立てかけてあるだけ。 このお好み焼屋は、俺達が高校のころから通い詰めた思い入れのある店だ。 僕は入り口の脇に自転車を止め、鍵をかけた。 店の引き戸はカラカラと音を立てながら滑って行く。 小さな店なので、入れば奴が何処にいるのかは直ぐに分かった。 (´・ω・`)「ごめん。遅くなった」 その男は吸殻が山のように積まれた灰皿と半分くらいのビールが入ったジョッキを前にして座っていた。 鉄板から昇る蜃気楼が、奴の体を歪ませた。 爪'ー`)y-「いいや、気にすんな。都合の悪い日だってあるさ」 アッシュに染めた長い髪、垂れた目、シックにきめたハット。 フォックス。 僕の親友であり、小学校からの幼馴染でもある。 彼は彼の伯父が経営している塗装業で勤め、割と自由に暮らしているようだ。 彼は高校時代、羽目をはずしていて……いわゆる暴走族に所属しており、いろいろと遊んでいたらしい。 注意するはずのフォックスの両親は、彼が小学校に入りたての頃に他界した。 危険な事に手を伸ばすことに全くと言っていいほど躊躇いが無いので、彼自身、高校時代を堪能できたのではないだろうか。 フォックス曰く、「花の咲いているうちに死にたい」がモットーで、彼自身文句の無い毎日を過ごしているようだ。
- 81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:35:33.12 ID:LhSzlsNz0
- 僕らの出会いは本当にシンプルだ。
虐められていたフォックスを僕が助けた。 ただそれだけ。 知らない人にこれを話すと疑われる。 そりゃあそうだろう。 今ではフォックスの方が見た目も体格も強そうだ。 しかし、小学校の頃は僕が必死に彼を守り続けた。 学年が上がり、クラスが離れても僕は彼を守り続けた。 時には虐めている奴と喧嘩だってしたことだってある。 もちろん集団相手では勝ちはしなかったが。 そんな訳で今に至る。 中学からは離れてしまったが、気付けばコイツはこんな恰好をし始めた。 まあ、本人がいいならそれでいい。 (´・ω・`)「お前、まだ20歳じゃねえだろ」 爪'ー`)y-「気にすんな。心は二十歳さ」 (´・ω・`)「死ねよ」
- 85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:37:01.63 ID:LhSzlsNz0
- 爪'ー`)y-「それで?葬式の方はもういいのかい?」
(´・ω・`)「ああ。後は父さんと母さんだけで何とかやってくれるよ」 爪'ー`)y-「今年は年賀状は送れそうにないみたいだな」 今までに一度でも年賀状が僕の元に来た事があっただろうか。 こんなにもタイプの違う僕らだが、小学校からの長い時間と物理的に短い距離が僕らをここまで繋いでいたのだろう。 こんな奴でも、心の底から信用している。 (´・ω・`)「そういや、フォックス」 爪'ー`)y-「あん?」 (´・ω・`)「彼女はどうしたんだ?まだ付き合ってんの?」 爪'ー`)y-「あ、ああアイツ?別れた」 (´・ω・`)「またかよ……何人目だ?」 爪'ー`)y-「まあ、いいじゃないか俺の心配は」 (´・ω・`)「お前の事じゃねーよ。元カノの方が可哀想だわ」
- 88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:38:33.77 ID:LhSzlsNz0
- 爪'ー`)y-「この店に来るのも1年ぶりか……」
(´・ω・`)「そうだね……」 爪'ー`)y-「で?話ってのは何だ?」 (´・ω・`)「え?」 爪'ー`)y-「豚玉でも食べながら聞こうじゃないか」 (´・ω・`)「あ、ああ。うん」 爪'ー`)y-「遺産相続にでも巻き込まれたか?」 それならば、どんなに楽だろうか。 (´・ω・`)「実はね……」 僕はゆっくりとポケットの中からスイッチを取り出す。 それはフォックスが胸ポケットから煙草の箱を取り出すのと全くの同時だった。 爪'ー`)y-「……?なんだこりゃ」 まあ、そういう反応だろうな。
- 90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:39:59.36 ID:LhSzlsNz0
- 僕だって最初はそうだった。
しかし、今ではそんな反応も不安の種となっていた。 (´・ω・`)「まあ、聞いてほしいんだ」 僕はフォックスに話した。 3日前、父と話した全ての事を。 最初は灰皿にしか興味がなさそうな様子で聞いていたフォックスだが、祖父の死に繋がったあたりから、真面目に聞いてくれた。 爪'ー`)y-「にわかには信じ難いな……」 (´・ω・`)「ああ、そうだろうねでも……」 僕は見たんだ。 父がスイッチを押して、祖父が死んだその瞬間を……。 爪'ー`)y-「じゃあ、相談することは無いだろ」 (´・ω・`)「え?」 爪'ー`)y-「そいつはホンモノだよ。人を殺せるんだ」 豚玉がゆっくりと焦げていく。
- 95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:41:31.00 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「いや、そんな簡単に……」
爪'ー`)y-「じゃあ試してみるか?」 (´・ω・`)「え?」 爪'ー`)y-「誰かに押してもらうんだ。それで、そいつの親が死ねば確認できるだろ?」 (´・ω・`)「……………は?」 爪'ー`)y-「よし、決まりだな。とりあえず手ごろなガキでも見つけて渡せばいいか……」 (;´・ω・`)「ちょ、ちょっと待って」 爪'ー`)y-「なんだよ」 僕は異様にノリノリなフォックスを口で制す。 一体こいつは何を考えてるんだ。 (;´・ω・`)「なんでそんなに不服そうなんだよ。……じゃなくて、何の話だ?」 爪'ー`)y-「お前はこれがホンモノかどうかを知りたいんだろ?」 (;´・ω・`)「いや、まあそうだけど……」
- 100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:44:36.30 ID:LhSzlsNz0
- 爪'ー`)y-「なら簡単だ。誰かで実験すればいい」
(;´・ω・`)「何言ってんだよ。そんなことをしたら……」 爪'ー`)y-「気にすんなよ。たかだかお前の知らない誰かが死ぬだけだ」 コイツに相談したのが馬鹿だったのか……。 何故そこでそんな発想に行きつくんだ。 爪'ー`)y-「もし、嘘だとしたら気に悩む必要は無い。結局そのボタンには何の効力もないって事だろ」 爪'ー`)y-「でもまあ、もし本当だったらそれはそれでいいじゃないか」 (´・ω・`)「お前……ただ確かめたいだけだろ」 コイツのそういう下らないところが無性に腹が立つ。 面白半分で人の悩みを扱うような所。 信用はしているが、頼りにはしていない。
- 102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:46:40.39 ID:LhSzlsNz0
- 爪'ー`)y-「何だ?無関係の人間が死ぬのは苦しいか?」
(;´・ω・`)「……当たり前だろ?俺のせいで死ぬなんて」 爪'ー`)y-「何言ってんだよ。お前はそのスイッチを子供に渡すだけで済むんだ。それ以外は何もしない」 (;´・ω・`)「お前……」 フォックスは、半分以下になった煙草を灰皿に押し付ける。 爪'ー`)「何だったら俺がやってやるよ。そうすればお前は何も責任を負わなくて済む」 (´・ω・`)「!!」 爪'ー`)「発案は俺。渡すのも俺……なんだったら確認も俺がやって良いぜ」 (´・ω・`)「や……それは僕がやる。それは」 爪'ー`)「じゃあ決まりだな」 (´・ω・`)「……………」 僕らの計画はあっさりと決まってしまった。 とてつもない下種のような計画が。
- 106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:49:14.19 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「でも……どうするんだ?」
爪'ー`)「明日、遊園地にでも行こう。そこで親子連れを探すんだ」 (´・ω・`)「……なるほど」 僕は卑怯者だ。 心の奥で、「俺がやる」という一言を引き出す為にフォックスに相談したのかもしれない。 じんわりと安堵感が全身に染み渡るのを感じた。 爪'ー`)y-「さあ、ひとまずこの話は終わりだ。早く喰わねえと焦げるぜ」 (´・ω・`)「ひっくり返すのは僕がやるよ」 爪'ー`)y-「ああ?俺じゃ不満ですか?」 (´・ω・`)「変にプライド持つんじゃねーよ。下手くそ」 結局、僕らはいつも通りの集まりで、いつも通りのお好み焼きを食べた。 こんなに小さな非日常では、僕らの日常を壊すことはできなかった。 父さん……。あなたは何を考えているんだ?
- 109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:51:28.22 ID:LhSzlsNz0
- 「おっ……目を開けたぞ!」
「綺麗な瞳だな」 「父親似だろ」 「可愛いから母親似でしょ」 「……………」 「重いね」
- 112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:53:48.99 ID:LhSzlsNz0
- 翌日、僕らは都内の遊園地に来た。
平日と言うこともあったが、わりかし客は多くいるようだ。 目的である親子連れも多く、視界から消すことが難しいくらいだ。 (´・ω・`)「なあ……どうするんだよ……」 僕らは入園後、ずっと自動販売機横のベンチに座り込んでいた。 晴れ日とは言え冬だ。 外でじっとするには寒すぎる。 爪'ー`)y-「まあ、待てよ。俺に黙って従え傍観者」 (´・ω・`)「ぼ……」 確かにそう言われても仕方が無い。 僕は今日、決して罪を犯さない、最低な人間になるのだ。 いや、まだこれで死ぬと決まったわけでは無いが。 爪'ー`)y-「よし、あの子にしよう」 すると突然、フォックスが立ち上がり、歩き始めた。 僕もつられてフォックスの後に続く。
- 115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 21:55:40.47 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「おい、誰だよ……ターゲットは」
爪'ー`)y-「ターゲットなんて……ショボンさんも随分とノリノリじゃないすか」 (´・ω・`)「ぶち殺すぞ」 そのうち、俺らの進行方向の先に一人の女の子が見えた。 近くに親がいる気配は無い。 (*゚ー゚)「……」 純粋。 その子を一目見た印象だ。 ポニーテイルの黒髪を華奢な体が精いっぱいに振りながらはしゃいでいる。 小学1,2年生くらいだろうか。 とても小さな体だ。 彼女の眼の先には巨大なアトラクションがあった。 大きなケーキセットのようなアトラクション。 その周りには、ロープで吊るされた椅子が何台もある。 (´・ω・`)「何だこれ……空中ブランコ?」 爪'ー`)y-「まああれだよ。遠心力でブンブン回る奴だな」 なるほど、それは面白そうだ。 しかし、これくらいの巨大なアトラクションでは身長制限がかかるんじゃないか?
- 117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:00:05.80 ID:LhSzlsNz0
- 彼女の視線の先には一人の男がいた。
(,,゚Д゚)「しぃ~!!」 ブランコに体を固定され、キャッキャと手を振る中年男性の姿。 おそらくこの子の父親だろう。 どうやら父親だけでこのアトラクションに乗るようだ。 (´・ω・`)「ん……?お母さんはいないのかな?」 爪'ー`)y-「さあな。いないなら好都合だ」 その時、大きなブザー音が鳴り響いた。 アトラクションが動き始める。 男性の体は宙に浮き、ゆっくりと上昇していく。 爪'ー`)y-「さあ、ショボン始めるぜ」 そう言うと、フォックスは煙草を地面に捨て、靴で踏みつけた。 ただゆっくりと女の子の傍へと近付く。 そういうことか、と僕は関心せざるを得なかった。 (*゚ー゚)「パパー!」 小さな体で目いっぱいの手を振る女の子。 これから何が起きるかも知らずに。
- 122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:01:30.28 ID:LhSzlsNz0
- 爪'ー`)お嬢ちゃん、ちょっと良いかな?」
フォックスが女の子にコンタクトを取った。 女の子は振り返り、フォックスを見る。 (*゚ー゚)「何?」 爪'ー`)「これ、見てくれる?」 そう言うと、フォックスはあのスイッチを女の子に差し出した。 女の子は恐る恐るスイッチを受け取る。 (*゚ー゚)「何これ」 爪'ー`)「さあ、なんでしょう?」 女の子は手にとってじろじろとスイッチを眺める。 それこそ父親のことなんかほっぽって。
- 123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:03:21.45 ID:LhSzlsNz0
- フォックスは押せとも、これはスイッチだとも言わなかった。
ただ少女にそのスイッチを渡した。 おそらくそれだけでいいのだろう。 それだけで、この少女は……。 (*゚ー゚)「ん?何これ。つまんない」 (;´・ω・`)「!!」 爪'ー`)「……ありがとう」 押した。 彼女は確かにスイッチを押し、そのスイッチをフォックスに返した。 僕はそれをしっかりと目に焼き付けた。 それとほぼ同時の出来事だった。 アトラクションの反対側で、大きな音が聞こえた。 僕とフォックス、そして女の子が同時にその方向を見た。 (;´・ω・`)「……………まさか」 爪;'ー`)「…………おいおいマジかよ……」
- 126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:05:31.31 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「父さん」
(`・ω・´)「……ん」 (´・ω・`)「今、いいかな」 その日の夜、僕は父さんの部屋に行った。 父は机に向かって何かを書いていたが、僕が入ってきたことで手を止めた。 僕は握っていたスイッチを前に差し出す。 (`・ω・´)「なんだ」 (´・ω・`)「父さん……あのスイッチの事なんだけど」 (`・ω・´)「………なんだ?」 この時ホッとした事だけはしっかりと覚えている。 もしかして、スイッチの事は僕の夢だったのかも知れなかったから。 しかし、父さんがちゃんと対応してくれたことでこれは現実なんだと判断することが出来たからだ。 (´・ω・`)「やっぱ……これは返すよ」
- 127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:06:38.42 ID:LhSzlsNz0
- (`・ω・´)「……駄目だ」
(´・ω・`)「いや……僕は絶対に押さないし、それに持ってるだけでプレッシャーになる」 (`・ω・´)「持っていなさい」 (´・ω・`)「でも……!」 (`・ω・´)「ショボン!!」 父が強く怒鳴る。 それはスイッチを渡されたあの日を思い出させた。 (`・ω・´)「押す押さないはお前の自由だ。好きにすればいい」 (#´・ω・`)「なっ…」 父のその一言が無性に腹立たしく感じた。 なぜ僕はこんなことを強要されなければならないのか。 (#´・ω・`)「ちょっと待ってよ。なんで僕はこんな物を持ってなきゃいけないの?」 今まで聞くに聞けなかったが、もう限界だ。 何故僕が父さんを殺すスイッチを持っていなきゃならない? 納得のいく理由なんか何処をどう探したって存在しない。
- 131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:08:37.72 ID:LhSzlsNz0
- (#´・ω・`)「なんで父さんは僕にこれを渡したのさ?意味が分からないよ」
(`・ω・´)「……いらないなら捨てればいい」 (#´・ω・`)「何言ってるんだよ!そんな事したら無駄な犠牲を出すじゃないか!」 死ぬ側も殺す側も原因が分からないままの殺人。 その結末がまさか実の子供だなんて知る予知もない。 (´・ω・`)「何?父さんは死にたいの?死にたいから僕に押してほしいの?」 (`・ω・´)「どう考えるのもお前の自由だ」 (#´・ω・`)「何だよ自由って……だったら父さんだって自由に死んでくれよ……それを僕になんか押し付けないでくれ!」 僕はドアを乱暴に開け、部屋を出た。 ホントならスイッチを父さんに投げ付けて去りたかったが、 その衝撃でスイッチが誤作動を起こしかねないと思い、そのままポケットにしまった。 結局、父さんには何も伝えられなかった。
- 135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:09:41.08 ID:LhSzlsNz0
- ('、`*川「ショボン……?」
その時、ドアの前に母が立っていた。 どうやら僕と父さんの声を聞いて来たようだ。 (´・ω・`)「……ごめん。うるさかった?」 ('、`*川「……お父さんと、何か話してたの?」 (´・ω・`)「……」 (´・ω・`)「ちょっとね……」 そう言うと、僕は自分の部屋へと戻った。 母にはまだ言うべきではない。 でも、このままではいけない。 (´・ω・`)「父さん………」 (´ ω `)「何なんだよ一体……」
- 138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:10:52.67 ID:LhSzlsNz0
- 「………重い」
「それが命の重さだよ」 「分かったような口ぶりですね」 「そりゃあ私が産んだもん」 「……本当にありがとう」 「気にしなくていいよ」
- 141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:12:43.22 ID:LhSzlsNz0
- 爪'ー`)y-「あー寒いなー」
(´・ω・`)「……」 爪'ー`)y-「さっき缶コーヒーでも買ってくりゃ良かったな……」 数日後、僕はまたフォックスと会っていた。 公園のベンチ。 寒空の下、男2人で座り込んでいる。 コイツとは暇な時は毎日会うことにしている。 例え相談事なんか無かったとしても、お好み焼き屋が休みだったとしてもだ。 爪'ー`)y-「お前……大学の方はどんな感じよ」 (´・ω・`)「もう授業は終わったよ」 爪'ー`)y-「そうじゃねえよ。友達とかさ?なんかそういう奴とかいねえの?」 (´・ω・`)「いるよ」 爪'ー`)y-「彼女は?」 (´・ω・`)「いる」 爪'ー`)y-「マジかよ……」
- 143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:14:16.63 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「この前話しただろうが」
コイツは定期的に僕の近況を聞きたがる。 何故かは分からないが。 そんなに僕の事が気になるのか? (´・ω・`)「そういうお前こそ……なんで別れたんだよ」 爪'ー`)y-「はあ?」 (´・ω・`)「前の彼女。結構可愛かったのに」 爪'ー`)y-「ああ……あいつな」 そういうとフォックスはまた煙に目を逸らす。 こいつの癖だ。 話したくない事があれば煙草を見る。 まあコイツが自分の話をすることなど滅多に無いのだが。 爪'ー`)y-「まあな……アイツには悪いと思ってるよ……」 お?
- 148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:15:44.07 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「……何かしたのか?」
珍しい。まさかコイツから喋るとは。 爪'ー`)y-「いやあ、な……別れる前にアイツと喧嘩してよ。マジ喧嘩だったなありゃ」 (´・ω・`)「何で?」 爪'ー`)y-「まあ、最近ずっとセックスしかしなかったもんだから……それに辟易としたんじゃねえの?」 爪'ー`)y-「最後の言葉も”私は肉便器か?“だったし」 (´・ω・`)「完全にお前が悪いな」 爪'ー`)y-「そのあと、めんどくさくなったからアイツが失神するまで犯して、アイツの携帯から俺のアドレス消して逃げてきた」 (´・ω・`)「おま……死ねよ」 気付けば、俺の親友はクズに成り下がっていた。 聞けばそれも1ヶ月以上も前の事らしい。
- 152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:17:44.97 ID:LhSzlsNz0
- 爪'ー`)y-「まあそれっきり連絡も無いしな……」
(´・ω・`)「いつからそんなに糞人間になったんだよフォックス……」 爪'ー`)y-「まあ……俺のことだ。気にすんな」 (´・ω・`)「……」 フォックスはそういうと煙草を足元の溝口に捨てた。 その時、スッと俺の顔をまじまじと見出した。 爪'ー`)「あれは……どうした?」 (´・ω・`)「……?あれ?」 爪'ー`)「スイッチ」 (´・ω・`)「あ、ああ……」 爪'ー`)「親父さんに返せたのか?」 (´・ω・`)「いや……まだ」
- 155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:19:01.17 ID:LhSzlsNz0
- 爪'ー`)「そうか……」
(´・ω・`)「……うん」 爪'ー`)「あれ……なんなら俺が預かってやろうか?」 (;´・ω・`)「……………………は?」 僕は思わず立ち上がった。 さっきからフォックスの言葉の一つ一つが飛躍していて、脳が追いついていない。 (;´・ω・`)「な、何言ってんだ?」 爪'ー`)「いや単純にな?お前の精神的な負担を和らげようと思ってな」 (;´・ω・`)「いや、でも何でお前が……」 爪'ー`)「“大学のお友達”に渡すよりかはマシだろ?」 (;´・ω・`)「……分かってたのか」 爪'ー`)「バーカ。俺と会う頻度考えりゃりゃ分かるわそのくらい」
- 156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:19:06.54 ID:az4pSrha0
- フォックスがリアルに犯罪者だったでござる
- 157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:20:02.20 ID:LhSzlsNz0
- どうやらバレていたようだ。
僕は大学の雰囲気に飲み込まれて、まるで友達ができない。 おそらく、クラスと言うコミュニティーにいないと、僕は手も足も出ないようだ。 コイツには恥ずかしいから黙っていたが、結局は気付かれてしまった。 爪'ー`)「まあ俺に任せてくれよ。俺でよければ協力させて貰うぜ」 (;´・ω・`)「…………」 困った。 コイツに任せていいものか。 しかし、僕が感じている以上にコイツの負担はでかい。 机の引き出しに入れているのですらプレッシャーに感じるほどだ。 ここ数日は夢にまで出て来る始末だ。 爪'ー`)「どうする?まあ……どうするかはお前の自由だけどな」 (´・ω・`)「……」 「お前の自由」 。 父にも言われたその言葉。 なんて暴力的な言葉なんだろう。 20歳という線を越えて、僕は自由という言葉に恐怖を抱いてしまう。
- 161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:21:11.96 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「……」
爪'ー`)「どうする?」 (´・ω・`)「……じゃあ……任せるよ」 僕はポケットからスイッチを取り出し、フォックスに手渡した。 爪'ー`)「ああ。安心しな」 確かに、フォックスに渡した瞬間、俺の中で何かが溶け落ちた気がした。 少なくとも、俺が父親を殺すという事は無くなりそうだ。 (´・ω・`)「ありがとう。助かるよ」 爪'ー`)「気にすんなよ……………」 爪'ー`)「……」 爪'ー`)「なあショボン」 (´・ω・`)「……?なんだよ」 爪'ー`)「このスイッチ……押すとそいつの父親が死ぬんだよな」
- 165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:22:17.37 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「……?その通りだろ?」
爪'ー`)「んでさ」 それがどうした、と尋ねる前にフォックスは口を挟んだ。 爪'ー`)「仕組みがわからんから何とも言えないが、押したその瞬間に一番起こり得る原因で死ぬみたいだな」 爪'ー`)「肺が悪かったら肺が、遊園地にいたならアトラクションが……ってな」 (´・ω・`)「……?」 (´・ω・`)「それがどう…………」 僕は言い終える前に気が付いた。 まさかコイツが……。 フォックスが言おうとしているのは……。 (;´・ω・`)「………何に使うつもりだよ」 爪'ー`)「気にすんな。お前には関係ない」
- 167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:23:34.71 ID:LhSzlsNz0
- (;´・ω・`)「!!何考えてんだ!!馬鹿な真似は止めろ!」
爪'ー`)「何言ってんだよ。お前は海外の震災で死んだ人間で悲しむってのか?」 (;´・ω・`)「そういう話じゃないだろ!俺が何でお前に渡したと……」 爪'ー`)「罪の意識から逃げたかったんだろ」 (;´・ω・`)「!!」 爪'ー`)「このスイッチは罪だ。存在するだけで危険な物だ。核と一緒だな」 爪'ー`)「誰かを殺せる兵器を持つのはいい気分じゃないだろ。辛かっただろ」 (;´ ω `)「おい……黙れよ…!!」 爪'ー`)「お前はただ逃げたかっただけだよ。人の命に向き合えない臆病者だ」 (;´ ω `)「それの何が悪いんだよ…!」 爪'ー`)「悪いなんて言ってないさ。ただ断言しよう」 爪'ー`)「人の命から解放されたお前は、絶対にこのスイッチを俺から取り返そうとはしない」
- 172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:26:03.75 ID:LhSzlsNz0
- まさかの事態だ。
いや、きっと僕はコイツにスイッチを渡すときにこうなるだろうと予想していたに違いない。 それにも拘らず、あえて止めなかった。 理由は……全てフォックスが教えてくれた。 (;´・ω・`)「…………誰を殺すつもりなんだ」 爪'ー`)「……長岡って奴を覚えているか?」 (;´・ω・`)「な、長岡……?」 聞いたことがあるような……。 ああ、駄目だ。何も思い出せない。 爪'ー`)「ほら忘れたのか?小学校の5、6年の時の担任の……」 (;´・ω・`)「!!……お前、まだそんな……」 爪'ー`)「俺がいじめられていたのは全てアイツが元凶だ。長岡はゴミだ。クズだ」 爪;'ー`)「課題を忘れただけで教科書を破り捨てる教師がどこにいる?」 爪;'ー`)「クラス全員にゲロと呼ばせる教師が、丸々1ヶ月、机無しで授業させる教師がどこにいる!?」 爪;'ー`)「アイツが……全てあいつが悪いんだよ……アイツのせいで……俺は人に対しての愛が分からなくなった……」
- 174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:27:20.54 ID:LhSzlsNz0
- 僕は唖然とした。
フォックスがまだあの虐めに捕らわれていた事では無く、 そんなことで人を実に下らないように扱う事が出来たことにだ。 元カノも、遊園地の親子も。 結局、僕はフォックスを守ることが出来ていなかったのか。 (;´・ω・`)「お前……だってそんなの昔の事じゃないか……!」 爪;'ー`)「当たり前だろ?俺はずっと過去しか見ていなかったんだよ」 爪;'ー`)「遊園地で人が死んだ時、俺は思ったよ……。奇跡が舞い降りたってね」 爪;'ー`)「このスイッチさえあれば、一番屈辱的な方法で人を殺すことができるからな」 爪;'ー`)「お前が何と言おうと……俺はアイツを殺す」 (;´・ω・`)「フォックス……!!」 僕はそれ以上前に進む事が出来なかった。 彼の言う通りだ。 僕はまた、人の命から逃げようとしている。 爪'-`)「……じゃあな。また今度」 フォックスは振り返り歩き始めた。
- 179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:29:00.55 ID:LhSzlsNz0
- (;´・ω・`)「まっ……」
言葉が出ない。 足が出ない。 手も出ない。 爪'ー`)「……だろうと思ったよ」 (;´ ω `)「う…………あ……」 爪'ー`)「お前とはまだ友達でいたい。だから……」 爪'ー`)「今回の事だけは……見逃してくれ」 (;´ ω `)「……………」 爪'ー`)「明日までに……終わらせるよ」 そう言った彼の姿は、もう見えないほど遠くなっていた。 僕は……結局誰も救えなかった。
- 182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:30:09.89 ID:LhSzlsNz0
- その日、どうやって帰ったのか覚えてない。
全く我ながらおかしい人間だと思う。 一体、誰かもわからない人間の不幸で一喜一憂しているのだ。 自分が気をつければいいだけのスイッチに恐怖しているのだ。 傍から見れば慌てることではないと宥めるだろう。 しかし、僕自身、どういった決断を出せばいいのかすらわからないのだ。 (´・ω・`)「ただいま」 家の中はとても暗かった。 僕は靴を脱ぎ、リビングへと向かう。 ('、`*川「……おかえり」 リビングには母さんが一人静かにテーブルに座っている。 何か本を読んでいるようだ。 (´・ω・`)「……なにそれ」 ('、`*川「ああ、お爺ちゃんの写真を整理していて……」 (´・ω・`)「ああ、そうなんだ」 よくみるとその本には沢山の写真が貼られていた。 そこに写っているのは僕ら家族だった。
- 183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:31:17.74 ID:LhSzlsNz0
- 何故か僕はそのアルバムに興味がわき、母さんの隣に座った。
アルバムには様々な年を過ごした僕ら家族の笑顔が何枚も写っていた。 ('、`*川「ほら、これショボンが2歳の頃よ」 (´・ω・`)「そんなの覚えてないよ」 ('、`*川「ショボンったらお爺ちゃんが抱っこしようとしたら泣き出しちゃって……」 (´・ω・`)「へえ、そうなんだ」 ('、`*川「それで、困ったお爺ちゃんまで泣き出しちゃって……散々だったんだから」 (´・ω・`)「それはそれは……申し訳ないことを」 僕はフォックスの事など忘れるようにアルバムを見た。 家族のアルバムではあるが、大半は一人っ子である僕の写真が写っていた。 一枚一枚に懐かしみ、そしてその時に恋しくなった。 しばらく眺めているうちに僕はある事に気が付いた……。 (´・ω・`)「なんか……父さんとの2ショットが多いね」 僕の写っている写真のほとんどが僕と父さんの写真だ。 その数は全体の3割以上を占めている。
- 184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:32:32.10 ID:LhSzlsNz0
- ('、`*川「それは私が撮るのが好きだからよ」
(´・ω・`)「ああ、そう言えばそうか」 ('、`*川「お爺ちゃんは写真撮られるの好きじゃ無いからねえ……」 (´・ω・`)「……」 そうだ。 僕はずっと父さんの横にいたんだ。 父さんに従い父さんに褒められ父さんに叱られ……。 そうやって育って来たんだ。 その時、僕の記憶が蘇って来た。 僕の幼少の頃の記憶、思春期の頃の記憶。 フォックスと喧嘩した時。 父さんと旅行に行った時。 爺ちゃんと釣りに言った時。 母さんと買い物に行った時。 全てがこの本の中に詰まっていた。
- 186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:35:11.00 ID:LhSzlsNz0
- ('、`*川「……ショボン?」
(´;ω;`)「!!」 気付けば、僕は涙を流していた。 慌てて手で目を擦る。 何故涙が出たんだろう。 僕にはさっぱり分からない。 僕は照れ隠しにもう1ページ、アルバムをめくった。 その時、1枚の写真に目が行った。 (´・ω・`)「……ん?母さん、これ誰?」 ('、`*川「どれ……?」 そこに僕は写っていなかった。 写っていたのは父さんと母さんと知らない男性だった。
- 189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:36:16.67 ID:LhSzlsNz0
- ('、`*川「ああ、それ……私の友達のデミタスさん」
(´・ω・`)「デミタスさん?」 ('、`*川「その写真ね結婚する前に撮ったの」 (´・ω・`)「ふ~ん……」 ('、`*川「そろそろ……ご飯にしようか」 母さんがアルバムを整頓し始めた。 その時、何故かある疑問が込み上がってきた。 僕はその質問を母さんにぶつけずには居られなかった。 (´・ω・`)「あ、母さん……」 ('、`*川「……?どうしたの?」 (´・ω・`)「あのさあ……」 (´・ω・`)「どうして、母さんは父さんと結婚したの?」
- 192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:37:37.92 ID:LhSzlsNz0
- 爪'ー`)「……さて、行くか」
爪'ー`)「…………」 爪'ー`)「悪いな……ショボン」 爪'ー`)「俺は……もうダメ人間なんだよ……」 ガチャ 爪'ー`)「!!」 「何だ……どこかに出かける予定だったか?」 爪;'ー`)「な、何でお前が……」 川 ゚ -゚)「なんだ。元カノはこんなところに来ちゃいけないって言うのか?」
- 194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:38:56.33 ID:LhSzlsNz0
- 爪;'ー`)「何だよ今さら……」
川 ゚ -゚)「いやあな、久しぶりに会おうと思って」 爪;'ー`)「はっ……あんな別れ方してよく会えるな」 川 ゚ -゚)「ああ、その事だ」 爪;'ー`)「あ?……」 川 ゚ -゚)「実はだな……」 川 ゚ -゚)「妊娠……したんだ」
- 196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:40:28.85 ID:LhSzlsNz0
- 爪;'ー`)「…………は?」
川 ゚ -゚)「言った通りだ。もう1ヶ月を超えてる」 爪;'ー`)「嘘……だろ?」 川 ゚ -゚)「嘘じゃない。病院にも行った。何だったら明日にでも行くか?」 爪;'ー`)「何で……そんな……」 川 ゚ -゚)「あんなに盛大に中出しをした奴が良くそんなことを言えるな……」 爪;'ー`)「嘘だ……嘘だと言ってくれよ……」 川 ゚ -゚)「何だ、そんなに怯えなくてもいいじゃないか」 川 ゚ -゚)「パパ」
- 199 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:42:39.60 ID:LhSzlsNz0
- ('、`*川「……何よ急に」
(´・ω・`)「いや、ちょっと気になって」 確かに興味はあった。 どうしたらこんな温厚な母と厳格な父が結婚したのか。 薄らと覚えているのは、父からプロポーズしたと言う事だけだ。 ('、`*川「別に話すことでもないわよー」 (´・ω・`)「いいじゃない。話しても減るもんじゃないんだし」 ('、`*川「いやよー。恥ずかしいもの」 (´・ω・`)「なんでよ。いいじゃん、僕ももう20歳だよ?」 ('、`*川「…………」 僕がしつこくねだり続けた結果、母さんは話してくれた。 ('、`*川「実はね……母さんその時2人の男の人に結婚申し込まれてて」
- 202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:44:00.71 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「え?それは……なんというかすごいね」
('、`*川「でしょ?まあその時の一人がお父さんだったんだけど……」 (´・ω・`)「へえ……じゃあなんでお父さんを選んだの?」 ('、`*川「お父さん……けっこう頑張ってて、結構強引なところあって」 (´・ω・`)「それは意外だね」 ('、`*川「まあ、その男らしいところに惹かれちゃったって言うか……そんな感じよ」 (´・ω・`)「へぇ~……それはそれは……御馳走さまだね」 ('、`*川「もう!だから言いたくなかったのよ!」 そう言うと、母さんはキッチンに行ってしまった。 何か母さんと父さんの意外な一面を見たような気分だ。
- 204 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:45:13.94 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「そうか……そんな事が………」
なんかますます分からなくなった気分だ。 じゃあ、なんで父さんは死のうとなんかしているのだろうか。 むしろ母さんと絶対に離れたくないんじゃないのか? (´・ω・`)「結婚……スイッチ……別れ」 (´・ω・`)「………………」 (;´・ω・`)「………………まさか」 その時、何かが繋がった。 もしかすると………これは……。 (;´・ω・`)「もしかして……父さんは……」
- 207 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:46:34.44 ID:LhSzlsNz0
- 「……ちっちゃい」
「当たり前だろ……赤ちゃんだもん」 「本当に君の子?とても可愛いよ」 「うるせえよ」 「名前……」 「え?」 「名前……どうしようか」
- 211 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:47:56.70 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「父さん、入るよ」
僕はもう一度父さんの部屋へ向かった。 今度こそ、真相を聞きだすんだ。 真相と言っても、このスイッチの入手経路や仕組みなんかじゃない。 父さんが……僕にスイッチを渡した理由だ。 (`・ω・´)「……なんだ?」 (´・ω・`)「今日こそ教えてもらうよ。何故こんなものを僕に渡したのか」 (`・ω・´)「それは……お前の中で好きにイメージしろと言っただろう」 (´・ω・`)「デミタスさん」 (;`・ω・´)「!!」 (´・ω・`)「その人が、大きくかかわってるんでしょ?お父さん」
- 214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:49:35.31 ID:LhSzlsNz0
- (;`・ω・´)「誰から……聞いた?」
(´・ω・`)「母さん。僕が強くねだったら教えてくれた」 (;`・ω・´)「……母さんは全部話したのか?」 (´・ω・`)「いや、僕が聞いたのは、父さんがプロポーズした時もう一人母さんに求婚していた人がいるってことだけだよ」 (´・ω・`)「その人が……デミタスさん」 (;`・ω・´)「……」 (´・ω・`)「父さん……これは僕の勝手な推測だけどさ」 (´・ω・`)「もしかして、デミタスさんと母さんは……交際していたんじゃないの?」
- 216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:51:20.40 ID:LhSzlsNz0
- 母さんのあの時の口ぶりはどう考えても嘘をついていた。
たかが結婚当初の話をにあそこまで燻ぶるだろうか。 それに、デミタスさんの写真を見つけた時、母さんは冷静を装っていたが、 父さんと母さんと一緒に写っているのに私の友達と紹介したり、 見終えた後、直ぐにキッチンに逃げたりと、完全に動揺していた。 そして、父さんが死のうとしている事。 何故死のうとしているのか僕にはさっぱり分からない。 つまり、僕が生きている間に生まれた理由ではないんだ。 僕が生まれる1ページ前……きっと何かがあったんだ。 (´・ω・`)「きっと、父さんは母さんの事が好きだったんだろうね」 (;`・ω・´)「……」 (´・ω・`)「でも、母さんには恋人がいた」 (´・ω・`)「父さんは、その壁に苦しんだんじゃないのかな」
- 219 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:52:31.11 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「母さんも母さんで、父さんから言い寄られているのは満更でもなかったんだろうな」
(´・ω・`)「どっちにしようか迷っててとか言ってたし」 (´・ω・`)「だから、父さんは強行的に母さんを奪ったんだよ」 (´・ω・`)「それは例えば…そう、強姦とかね」 (;`・ω・´)「!!」 その結果、母さんは妊娠してしまった。 そして、生まれたのが僕だったというわけだ。 (´・ω・`)「父さんは……人の彼女を奪ったんだ」 この結論に至ったのはフォックスのせいでもある。 彼が彼女と最低な別れ方をしていなければこんなことは思いつかなかっただろう。 昔の父さんが強引だったと聞いた時、フォックスの顔が浮かんだからだ。
- 224 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:54:11.55 ID:LhSzlsNz0
- (;`・ω・´)「……」
(´・ω・`)「……」 (´・ω・`)「出来れば、もっと反論してほしかった。もっと怒鳴ってほしかった」 (´・ω・`)「違うと否定してほしかった」 (´・ω・`)「それが……僕の父さんだから」 (;`・ω・´)「……間違っていない事を反論するのは好きじゃない」 (;´・ω・`)「じゃあやっぱり……」 父さんは……父さんが僕にスイッチを渡したのは……。 (`-ω-´)「子供は……自分の親を選べない……」 (`-ω-´)「このスイッチは……その親で良かったのかどうかの結果発表の道具かも知れない」
- 225 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:55:12.84 ID:LhSzlsNz0
- つまり、父さんは死ぬのならば僕の手で死にたい。
そう思ってこのスイッチを渡したようだ。 ただ、その背景にはあまりにも複雑な事情があったようだ。 (`・ω・´)「すまない。この20年間、ずっと気がかりだった」 (`・ω・´)「こんな最低な方法で……ショボンを産んですまなかった……」 (´・ω・`)「……なんで言ってくれなかったの?」 (`・ω・´)「……怖かったからだ」 (`・ω・´)「もし、ショボンにこの事を話して、自殺でもされたら……と考えていた」 (`・ω・´)「だから、父さんが死んだ後にでも……知ってくれればよかった、そう考えていた」 ああ、その通りだ。 父さんも、僕も……人の命から逃げて来たんだ……。 僕は……この人の息子なんだ。
- 226 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:56:39.15 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「悪いけど……僕はスイッチを押すことはできないよ」
それに今はフォックスに渡している。 ……とは流石に父さんには言えなかった。 (´・ω・`)「でも、父さんを許すことはできない。命をバカにしすぎだろ」 (;`・ω・´)「返す言葉もない……」 (´・ω・`)「だったら……その命で……」 (´・ω・`)「母さんを大切にしてよ」 (;`・ω・´)「!!」 そう言って僕は部屋を出た。 何か……心は晴れないけど……確かに感じた物はあった。 それが何だかはわからない。 明日、父さんの泣き声が消えたら……聞いてみよう。
- 229 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:58:18.87 ID:LhSzlsNz0
- 1年後
(´・ω・`)「おっす」 爪'ー`)「おお、早いな」 僕らはいつものようにお好み焼屋に集まった。 フォックスが来る前にある程度注文し、既に焼き始めている。 爪'ー`)「いやあ……めんどくさかったわ……婚姻届」 (´・ω・`)「おお、出したんだ。おめでとう」 爪'ー`)「ああ、サンキュー」 フォックスは1年前に彼女と復縁し、結婚することになった。 理由は彼女の妊娠。 まあバカにはいい薬だろう。 そのままあの子をちゃんと幸せにしろ。
- 233 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 22:59:53.48 ID:LhSzlsNz0
- (´・ω・`)「あれ、煙草……やめたのか?」
爪'ー`)「いやあ流石に子供の前では吸えないだろ……」 つい3ヶ月前に、フォックスの子供が生まれた。 立派な男の子だそうだ。 爪'ー`)「まあ……なんだろうな……父親になると……やっぱ世界が変わるわ」 (´・ω・`)「1年前のお前に聞かせてやりたいよその言葉」 まあ奴がパパだろうと、何だろうと僕らの友情にはなんの変りもないだろう。 (´・ω・`)「そう言えば……相談って何よ」 爪'ー`)「あ、ああそれか」 (´・ω・`)「育児についてなら辞めろよ」
- 236 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:01:33.59 ID:LhSzlsNz0
- その時、フォックスはポケットから何か小さな箱のようなものを取り出した。
最初は婚約指輪かと思ったがそうではなさそうだ。 それはとても見覚えのあるものだった。 (´・ω・`)「これ………」 爪'ー`)「悪いな……返すよこれ」 それは僕が散々苦悩したあのスイッチだった。 これを押すと、押した人間の父親が死ぬ。 そういや、コイツに預けたままだったな。 あれからコイツの復縁やら妊娠発覚やら忙しかったもんですっかり忘れていた。 (´・ω・`)「結局……これは使ったのか」 爪'ー`)「使えるわけねえだろ。そんな暇なんざねえよ」 (´・ω・`)「だろうね」
- 238 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:02:56.00 ID:LhSzlsNz0
- 爪'ー`)「やっぱ……子供に殺されるって……辛いもんだね。想像しただけで泣けるわ」
(´・ω・`)「……」 ああ、こいつも立派になったなあと思わずには居られなかった。 たった1年で急成長したような感じだ。 (´・ω・`)「でもお前……遊園地で……」 爪'ー`)「ああ、分かってるよ……」 爪'ー`)「それは……仕方ない。俺達で償おう」 (´・ω・`)「ぶち殺すぞ」 クズの本質的な部分は変わってないようだ。 死ねばいいのに。
- 239 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:04:32.98 ID:LhSzlsNz0
- 爪'ー`)「じゃあ、俺はそろそろ帰るわ」
そう言うと、フォックスはすくっと立ち上がり二〇〇〇円をテーブルに置いた。 (´・ω・`)「ん?何かあんのか?」 爪'ー`)「ああ、アイツだけに育児を任せてらんねーからな」 (´・ω・`)「お前とこうやって集まるのも減るのかな」 爪'ー`)「さあな……。でも」 爪'ー`)「何か困ったことがあれば俺は真っ先にお前に相談するぜ」 爪'ー`)「じゃあな。明日はいい酒持っておまえんちに行くわ」 そう言うと、フォックスは店を出て行った。 その背中はとてもたくましくそして頼れるように感じられた。 (´・ω・`)「……頑張れよー」 僕は小さい声でその背中に向けて声をかけた。
- 242 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:06:14.95 ID:LhSzlsNz0
- 一人残ったお好み焼屋。
アイツ……頼むだけ頼んで帰りやがって……。 これ以上どうやって食べればいいと言うのか。 「ここ……いいかな」 その時、目の前に一人の男が座り込んだ。 あまりに突然のことで僕は驚かずには居られなかった。 (;´・ω・`)「え?………え?」 困ります、と言おうとしたが出来なかった。 何故ならそれは僕の知っている顔だったからだ。 (´・_ゝ・`)「……初めまして。ショボンくん」
- 246 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:08:03.17 ID:LhSzlsNz0
- (;´・ω・`)「デミタスさん……」
(´・_ゝ・`)「おや?知っていてくれたのか……ありがたいね」 デミタスさん……母さんの元恋人。 父に母を取られた男でもある。 (´・_ゝ・`)「この豚玉……もらってもいいかな?」 (;´・ω・`)「あの……何の用ですか?」 何故この人は僕に会いに来たんだろう。 さっぱりわからない。 (´・_ゝ・`)「いいじゃないか。こうやって食事するのが夢だったんだよ」 (;´・ω・`)「ゆ……夢?」 (´・_ゝ・`)「ああ」 (´・_ゝ・`)「自分の息子と……ね」
- 252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:10:09.72 ID:LhSzlsNz0
- (;´・ω・`)「え?………は?」
(´・_ゝ・`)「あれ、知らなかったのかい?てっきり君の母さんが話してると思ったが」 何だ?この男は何を言っている? (´・_ゝ・`)「君は僕の精子から生まれた正真正銘の僕の息子だよ」 (;´・ω・`)「う……嘘だ……!!」 (´・_ゝ・`)「いいや、本当だよ。君は僕の息子だ……まあシャキンの奴は知らないだろうな」 僕が……僕がこの男の……息子? バカな……。 (´・_ゝ・`)「奴が、ペニサスを押し倒した次の日、彼女は俺に相談してきた」 (´・_ゝ・`)「経過はどうであれ、一度他の男に喰われた女などいらない。僕はその日付けで別れたよ」 (´・_ゝ・`)「でも、それだけでは癪だから、少しだけいたずらを加えてみた」
- 253 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:11:42.60 ID:LhSzlsNz0
- (;´ ω `)「い……いたずら?」
(´・_ゝ・`)「ペニサスにアフターピルを飲ませた。これで奴の子供は生まれない」 (´・_ゝ・`)「その後、俺は念入りに彼女を犯したよ。それはもう確実にできるほどに」 頭が………頭がくらくらする。 (;´ ω `)「……」 (´・_ゝ・`)「そして、彼は自分の子供だと思い、ペニサスと結婚、そして出産した」 (´・_ゝ・`)「いい気味だろう?奴は結局僕には勝てなかったんだ」 (´・_ゝ・`)「これから奴は一生俺の子を育てるんだ。ざまあみろだ」 (´・_ゝ・`)「そして……これで後は月日が経てば舞台は整うまでとなった」 (;´ ω `)「どういう……ことだ?」 そう言うと、デミタスはテーブルの上のスイッチを掴んだ。 (´・_ゝ・`)「このスイッチ……シャキンに渡したのは俺なんだ」
- 256 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:13:13.71 ID:LhSzlsNz0
- なるほど……これで合点が行った。
何故、今更になって父さんがあのような行動に出たのかが。 (´・_ゝ・`)「俺が渡せば奴は素直に聞いたよ」 (´・_ゝ・`)「やっぱり人の女を襲ったことを悔やんでいたからな」 (´・_ゝ・`)「これで、君が押せば丸く収まるはずだった……」 (´・_ゝ・`)「でも、君は押さなかった。流石は我が息子だ」 (;´ ω `)「だって……僕が、僕が押したら……」 (´・_ゝ・`)「ああ、僕は死ぬ。そして奴は気付くのさ」 (´・_ゝ・`)「ショボンは自分の息子では無いと」 (´・_ゝ・`)「しかし、その時既に俺は死んでいる。復讐すらすることもできない」 (´・_ゝ・`)「完璧な作戦だったんだけどな……何処で間違えたんだろうか」
- 259 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:14:28.38 ID:LhSzlsNz0
- (´・_ゝ・`)「まあ仕方ないからね。君に八つ当たりすることで解消することにしたよ」
(´・_ゝ・`)「これだけ真実を言えば、僕もまあまあ満足だ」 (;´ ω `)「そんな……」 (´・_ゝ・`)「とにかく、何が言いたいのかって言うと、早くこのスイッチで僕を殺してくれってことだ」 (´・_ゝ・`)「君に殺されるなら本望だね。気持ちよく死ねるよ」 (;´ ω `)「う………………あ…………」 訳が分からない。 でも、でも、でも 僕は……スイッチを手に取った。 取るしかなかった。 だって……だってこれは……。 (´・_ゝ・`)「ああ、そうだ。これだけは言ってから死のう」 (´・_ゝ・`)「まだ早いけどね」 明日の2月27日、僕は21歳になる。
- 264 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:16:31.84 ID:LhSzlsNz0
-
(´・_ゝ・`)「誕生日おめでとう」 (´・ω・`)Happy Birthday!父親殺しのようです
- 268 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:17:46.01 ID:LhSzlsNz0
- 以上です!
よく中二設定で使われる押すと死ぬスイッチ。 これに「家族」というテーマを加えてみました。 目指すところは、「近い人間でも価値観までは理解できない」です。 場面転換に入れていた会話はクーとフォックスの会話です。 もちろんスイッチについては何の説明もありません。 ただ押すと親父が死ぬ、それだけです。 沢山の支援ありがとうございました。 それでは続いての作品をお楽しみください。
- 275 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:20:27.48 ID:o3lJBkPh0
- お疲れ様でした。
とても短い掌編ですが、どうかご容赦のほどを。
- 278 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:22:29.21 ID:o3lJBkPh0
-
貴女はこの広い深い空の いったい何処に 在るのでしょうか? 「伝えるようです」 今日も今日とて丘を行く僕
- 281 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:24:58.55 ID:o3lJBkPh0
- *
チカチカと光る。ブルブルと揺する。ギリギリと唸る。 ライト、枕、スピィカー。 うん、全自動目覚ましベッド(3世)は一週間しても好調みたいだ。 ( ^ω^)「おっおっおっ、このまま永く持ってほしいもんだお」 作ったモノの調子が良ければ、その日一日が楽しくなる。 目覚ましベッド、ガスコンロ。 トースタ、ハムエッグ、フライ返し、ライ麦パン、オレンジジュース。 どれもこれも僕が作った、僕の分身、僕の魂。 今日も今日とてブリキを拾い、新しいナニカを作っていこう。 嗚呼、なんてステキでシアワセな生活だろなんうか。
- 284 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:27:09.36 ID:o3lJBkPh0
- **
天気はイイし、川水はウマいし、風が心地よくて。 さて、今日も整備と回収に向かうとしようか。 ( ^ω^)「きしーんだそーのこーころ~ウォゥ♪ウォゥ♪」 それあーんだすたん。 この前掘り出した円形の記録メディア(CD、と呼ぶらしい)から抜き取った詩 を口ずさみ、おべんとひっさげてウキウキ歩く。 ブリキ我が家から草原を突っ切って歩けば、海を臨み、ゴミに囲まれる小高 い丘。 その、てっぺんにあたりに立っている。 古いふるーい電波塔。 いつから立っているのかわからないけど、きっと僕よりも何倍何倍と長生きな んだろう。 ( ^ω^)「2日来ないだけで塩がまぁ溜まーる溜まる」 ( ^ω^)「まずは掃除するかお」 制御室は吹きっさらしである。 干し草で作ったホウキで何も嵌っていない窓枠から塩をちゃっちゃと落として いく。 あれ、これ結構しつこくね?
- 288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:29:32.83 ID:o3lJBkPh0
- ***
(;^ω^)「グギギギギギ、なんでこんな固まってるんだお……」 ガシガシガリガリゴリゴリ、ブリキ片に持ち替えて削る削る。 (;^ω^)「おーこりゃ肩いたくなるお」 窓枠、操作台、パネル周りと塩やらホコリやらをキレイにし、 ( ^ω^)「さーて、今日は着てるかお?」 どこのだれがいつ作ったのかなんてわからない。 僕がここに流れてきたときには既におんぼろとして在ったし、それでも少し手 を加えてやれば機能を取り戻してくれた。 オカシナなカタチ、継ぎ接ぎだらけの丘の上たった電波塔。 僕は日毎ここに通い、送られてくるナニカを受信している。
- 292 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:32:02.61 ID:o3lJBkPh0
- ****
塔での作業を終え、その周辺に点在するブリキの山へ向かう。 うず高く積み上げられた鉄片鉄くず作られた何か。 ここから僕は、新しいナニカを作るモノを頂いている。 (*‘ω‘*)ポッポッポー ( ^ω^)「おーちんぽっぽ、こんにちはだお」 (*‘ω‘*)チンポー (;^ω^)「……」 ブリキ山の周辺には、なぜだか猫たちが住み着いている。 その中の何匹かはよく懐いてくれて、友達になった。 このコは猫らしからぬ鳴き声から、ちんぽっぽと名づけて。 ……正直、後悔している。 ( ^ω^)「よしよし、後で一緒にお昼食べるお?」 (*>ω<*)ッポー! ( ^ω^)「愛いやつめ」 桃色がかった白くてふさふさもふもふな頭を撫で繰り回してやる。 ああ心地いい、程よい手触りと弾力。 さて、お昼までには片付けばいいのだけれど。
- 296 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:34:43.52 ID:o3lJBkPh0
- *****
螺子だったり、鉄線だったり、針金、鉄片、パラボラアンテナ。 そんなモノたちをゴソゴソ掘り出し掘り出し、気づけばお日様はてっぺんを通り過ぎている。 (♯‘ω‘♯)ポー!ポッポッポー! (;^ω^)「ちょっごめ痛いちょっ爪は爪はやめちょjdsjふぉいがs <アッー! 猛抗議を受けた。 (*‘ω‘*)ンポンポンポポー (メ^ω^)「食い意地張りすぎマジパネェ」 用意したぽっぽの分はおろか、僕の分の弁当も半分以上平らげてしまった。 このちんまいもふもふのどこにこんな量が詰め込まれるのか。 (*>ω<*)ポポポポーン♪
- 297 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:36:48.85 ID:o3lJBkPh0
- ******
( ^ω^)「さて、そろそろ終わらせないと」 夕暮れ朱い日が差し込む塔の制御室の中。 さっき掘り出したブリキたちを組み込んで、欠けたチカラを取り戻させる。 (*‘ω‘*)ポー… 今日は珍しく、ぽっぽも塔まで付いてきた。 ( ^ω^)「お前も、もうすぐだってわかるのかお?」 もうすぐ届けられる、僕の声を。
- 300 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:39:02.59 ID:o3lJBkPh0
- ******
( ^ω^)「さて、そろそろ終わらせないと」 夕暮れ朱い日が差し込む塔の制御室の中。 さっき掘り出したブリキたちを組み込んで、欠けたチカラを取り戻させる。 (*‘ω‘*)ポー… 今日は珍しく、ぽっぽも塔まで付いてきた。 ( ^ω^)「お前も、もうすぐだってわかるのかお?」 もうすぐ届けられる、僕の声を。
- 301 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:41:26.64 ID:o3lJBkPh0
- *******
それは1年ほど前に届いた、微弱な微弱な電波。 ξ.゚⊿;*ι わ…し………ま……30…ねに……す……。 僕が直している最中に、塔が受信した幽かなメッセージ。 そしてそこに添付されていた、不鮮明なホログラム。 ほとんどぼやけてかすれてしまった彼女の声と形。 僕は、それに応えたくて。
- 304 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:43:53.55 ID:o3lJBkPh0
- ********
それから1年かけて新たなチカラを作っていった。 彼女からの声を受け取ることしかできないこの塔に。 線を繋ぎ、板を合わせ、アンテナを増やし、お弁当を食べて。 受信したものを(パネルが勝手に)解析した結果、彼女は空の向こう、 星たちを通り過ぎたところにいる。らしい。 そこまで僕の声を届けるには、とてもとても大きな力が要る。 とてもとても、大きな電波が。 だから、試すことも練習することもできない、たった一度きり。 きっと一度作動させてしまえば、壊れてしまうだろう。 そうすれば、僕はもう二度と声を届けられない。
- 307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:46:33.37 ID:o3lJBkPh0
- *********
(*-ω-*)zzzZZポZ ( ^ω^)「…………」 今日は家に帰っていない。 空はどこまでも遠く黒く、星たちは静かに光っている。 このもっとずっと先の先に、彼女はいるのだろうか。 どんな顔をしているのだろう。 どんな声をしているのだろう。 どんな風に笑うのだろう。 ブリキは、好きだろうか。 そんなこと、僕がわかることはないけれど。 ( ^ω^)「伝えるお。僕の、この声だけは。」 手のひらには、赤くて丸い、スイッチが。
- 310 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:48:57.18 ID:o3lJBkPh0
- **********
このスイッチを作るのには苦労した。 掘り出した設計図から作り方はわかったものの、いかんせん部品がみつからない。 細々した回路なんかもそうだけど、決め手はこの赤いボタン。 一目設計図を見たときに、この形にしようと決めていた。 最後だから、最期おを決めるから、妥協はしたくなかった。 (;^ω^)「青、黒、黄、緑。なんで赤が出てこないんだお?」 (;‘ω‘*)ポッポッポー (;^ω^)「ちんぽっぽ、そこは崩れかけてるから危ないって」 ぽっぽにも手伝ってもらってブリキの山を掘り進む。 体が小さい彼女の助けはありがたかった。 (;‘ω‘*)ポーポー (;^ω^)「この山にはないのかお……別の山に移るk」 (;;>ω<*)ポッンギュライイイイイイイイイイ!!!!!!!!! ∑(;^ω^)「お!?危ないお!!」
- 313 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:51:00.24 ID:o3lJBkPh0
- ***********
どんがらがっしゃんがらがらごろごろ。 降ってくる螺子やら板やらにしこたま身体を打たれる。 ヘルメット被ってて良かったなぁとかどうでもいいことが頭によぎりつつも、ぽっぽを掘り出す。 (;^ω^メ)「おいちんぽ!!、じゃねえやちんぽっぽ!大丈夫かお?!」 <チンポー! (;^ω^メ)「あ、大丈夫なのね」 (*>ω<*)ポッポコポー! (メ^ω^)「お、無事でよかったおー」 よかった、彼女のもふもふもさらさらも無事のようだ。 あれがないと僕の日常の疲れは癒されない。 いや彼女自身の無事もちゃんと心配し ( ^ω^)「お……」 (*‘ω‘*)ポッポッポー! 彼女の足元に転がるそれは、赤くて丸い。
- 316 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:53:29.75 ID:o3lJBkPh0
- ************
(*^ω^)「やったおちんぽっぽ!みつけたお!!」 (*‘ω‘*)チンポッポボイン! (*^ω^)「えらいお!えらいお!」 ぽっぽをこれでも撫で捏ね回し、高い高いをして振り回す。 (*>ω<*)ワカンナインデス!! これで、これで、伝えられる!彼女に伝えることができる! こうして彼女とともに掘り出したものを、二日かけて弄繰り回し形にすることが できた。 赤くて丸いこのボタン。 お日さまの形に似たボタン。 いつか何かで読んだ、魂の形。 僕のすべてを籠める、この形。 あとはこいつをパネルに嵌め込めば、準備は万端だ。 明日の夜が待ち遠しい。
- 320 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:55:30.82 ID:o3lJBkPh0
- *************
その日一日は、穏やかに過ぎて行った。 今まで作ったものに調整を施して回り ぽっぽと僕、二人でも食べきれないほどのお弁当を作り 草原で彼女たちを追いかけ回し撫でまわし 普段は寄ってこない猫たちにまで昼飯をたかられ それでもぽっぽと二人、おなか一杯に食べ 丘でゆったりと昼寝する。 穏やかに過ぎて行った。
- 322 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:57:49.94 ID:o3lJBkPh0
- **************
満点の星空。 ああ、この声が必ず彼女に届きますように。 ( ^ω^)「ふぅ」 コントロルパネルのくぼみに、ボタンを嵌め込む。 回路がつながり、ボタンはスイッチに成った。 銀板の上に浮かぶ、赤くて丸いスイッチ。 これを押せば、声が届く。 これを押せば、この場所を伝えられる。 これを押せば、全てが。 全てが。
- 327 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/18(土) 23:59:52.07 ID:o3lJBkPh0
- ***************
指で、撫でる。 少し力を籠めれば押せてしまう。 少し、怖い。 でも、伝えなくては。 でも、示さなくては。 この空の彼方で迷っている彼女のために。 この空の彼方に声を届けたい僕のために。 押さなくては。 大丈夫。 ちんぽっぽたちは明日も元気に走り回るだろう。 僕のブリキたちは明日も動き出すだろう。 塔は明日も明後日も明々後日も変わらずあるだろう。 大丈夫。 なにも怖くはない。
- 330 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:02:09.79 ID:tKwBUfyk0
- ****************
( ^ω^)「おっおっおっ」 ステキでシアワセな生活だった。 彼女の声と形はこの生活に彩りを与えてくれた。 少しでいい、報えるのなら。示せるなら。 ( ^ω^)「押すお」 スイッチ、オン。
- 334 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:04:49.74 ID:tKwBUfyk0
- *****************
ξ゚⊿゚)ξ「わたしたちは、300年さまよい続けてきました」
- 337 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:07:08.84 ID:tKwBUfyk0
- ******************
ξ゚⊿゚)ξ「この船は、もうまもなく止まってしまいます」
- 338 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:09:14.75 ID:tKwBUfyk0
- *******************
ξ゚⊿゚)ξ「きっとこのメッセージを誰かが受け取るころには、わたしたちは終 わっているでしょう。」
- 339 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:11:21.09 ID:tKwBUfyk0
- ********************
ξ゚⊿゚)ξ「でも、怖くはありません。寂しくはありません。」
- 341 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:13:30.04 ID:tKwBUfyk0
- *********************
ξ゚⊿゚)ξ「たといこの後も、果てない星の海を漂うことになったとしても、この声を、この姿を誰かが受け取ってくれたのならそれは……
- 343 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:15:33.33 ID:tKwBUfyk0
- **********************
ξ*゚ー゚)ξ「それは、誰かが私を覚えていてくれるということですから」
- 346 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:17:35.45 ID:tKwBUfyk0
- ***********************
( ;ω;)「届けえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
- 348 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:19:40.27 ID:tKwBUfyk0
- **************************************************************************
************************************************************************** ************************************************************************** ************************************************************************** ************************************************************************** ************************************************************************** ************************************************************************** ************************************************************************** ************************************************************************** ************************************************************************** **************************************************************************
- 351 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:21:58.25 ID:tKwBUfyk0
- スイッチを、強く強く押し込んだ。
塔が、低い音を立てながら動きだす。 多くの光が、電波が、塔を渦巻いて空へと向かってゆくはずだ。 そおうして、僕の身体の中の、もう、古く直すこともできない小さな小さなブリキが。 カチリ、音を立てて、動くのを、止めた。 嗚呼、この声が彼女に届きましたでしょうか。 僕の魂たちは、ここに。 ここに、在ります。 fin ---------------------------
- 353 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:24:03.02 ID:tKwBUfyk0
-
以上、 「伝えるようです」でした。 なんとも後味の悪い終わりになってしまいました。すみません。 そして、こんな文章素人童貞の拙い物語を読んでいただき、誠にありがとうございます。 タイトルに反して私が書きたかったことは3割も伝えられていないので、きっと読みにくかったことでしょう。 というか描写不足な部分がありすぎてもう・・・ホントすんませんでした。 余談ですが私が一番好きな塔の話は、石田衣良の「ブルータワー」も捨てがたいですがオカルト板発祥SS、師匠シリーズの 「どうして幽霊は鉄塔にのぼるのか」ですね。 ただの怖い話ではなく、独特のオカルト考察を伴って語られるこのシリーズは、とても引き込まれます。 読んでない方も、読んだ方も是非一読をオススメします。 なにはともあれ、私のブーン系処女開通式にご協力いただきありがとうございました。 それでは、続いての作品をお楽しみください。 --------------------------
- 367 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:31:28.08 ID:CPdPRhhC0
- では、投下します
- 368 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:32:13.38 ID:CPdPRhhC0
-
(゚、゚トソン陽のあたる墓のようです从 ゚∀从
- 372 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:33:35.75 ID:CPdPRhhC0
- 家に帰りたくなかった私は、放課後の教室から窓の外を眺めて、
いかに帰りの時間を遅らせるかを考えていた。 だが、母親を納得させられるような理由は何一つ浮かばなかった。 (゚、゚トソン「…」 校庭にあった白いビニール袋が、突風に煽られてどこかへ飛んでいく。 それを追って砂埃が舞い、小さなつむじ風が起こった。 誰もいないしんとした教室からその様子を見ていると、 砂嵐の画面を無音で表示させているようで、なんだか妙な不安感があった。 だが、教室のドアが開きその静寂が破られると、 安心と同時に残念な気もした。 この特殊な静けさの中にもう少し浸っていたかった。 ……そして悪いことに、やってきたのは高岡だった。 从 ゚∀从「よお、トソンまだいたのか」 (゚、゚トソン「あなたもね…」 从;゚∀从「おいなんか暗いぞ…?どした?」 (゚、゚トソン「あなたと違ってね、 メランコリックな気分になる時もあるの」 从 ゚∀从「へえへえ、どーせあたしは楽天家のブタだよ」 (゚、゚トソン「まったくそのとおりね」 从;゚∀从「…ブタってところは否定して欲しかったな」
- 374 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:35:41.09 ID:CPdPRhhC0
-
高岡は私の座っている前の席に腰を据えると、 窓の向こうに目を凝らした。 从 ゚∀从「なあ、知ってるか?」 (゚、゚トソン「なに?」 从 ゚∀从「ああいうつむじ風の中に入ると、 すごい勢いで目にゴミが入ってきて死ぬ」 (゚、゚トソン「…そう」 从 ゚∀从「そうなんだよ」 それっきり、私たちは黙って窓の外を見ていた。 つむじ風は校庭端のフェンスに行き当たると、 困ったみたいにその場にとどまっていた。 そして、意を決したようにフェンスにぶつかると 下の方から徐々に消えていく。 土埃とビニールを巻き上げただけの、虚しい一生だった。 从 ゚∀从「なあ、ちょっと頼みがあるんだがいいか?」 (゚、゚トソン「頼みの種類にもよるけど、いいよ」 こういう時彼女はまず間違いなく面倒な問題を抱えている。 自分を信じてとことん間違ったことをやり通した新入社員のような。 そんな誰かに頼らなくては、どうしようも無い状況にいることが多い。
- 376 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:37:13.88 ID:CPdPRhhC0
- 从 ゚∀从「…おばあちゃんの話し相手をするだけで、
コーヒー・紅茶飲み放題、お茶菓子食べ放題。 そんな簡単なお仕事です」 (゚、゚トソン「…ああ、あそこのお宅ね」 私は若干ほっとした。 「一緒に勉強しようぜ」と言うので勉強会を開いたときは、 仮定法の初歩を彼女に説明するのに六時間かかったのだ。 そっちじゃなくて本当によかった。 そんな人だから、高岡から最初にこの「お仕事」を受けたとき、 どうせろくなことにならないと思っていた。 しかし蓋を開けてみれば、本当に品のいいおばあちゃんが出てきて、 しかもおいしいコーヒーと高級なお茶請けが出され、(ただ食べ放題ではなかった) 期待していたのとは逆の意味で大いに裏切られた。 高岡のような破滅的な傾向のある人間からの頼みでも、 たまにこういう事があるから無下に断れないものである。 从 ゚∀从「またヘルパーさんが来れなくなったらしくてね。 わりぃけど頼めるか?」 (゚、゚トソン「うん、いいよ。七時位までしか居られないけどいい?」 从 ゚∀从「全然オッケー!助かるぜ~」 彼女は時折、こうして近所に住む祖父の家に行って、 ヘルパーの代わりをしていた。ナリはヤンキーだが、できた娘である。
- 378 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:39:56.74 ID:CPdPRhhC0
- 高岡によるとおばあさんは横からやることなすことに、
相当にうるさく横から口を挟んでくるそうで。 (洗濯物のたたみ方が雑、掃除が雑、あなたはガサツ。) そのため、前に来たときなぜか気に入られてしまった私に、 高岡が家事をこなしている間の話し相手をしてもらいたいらしい。 从 ゚∀从「婆さんもオキニのお前と話せて幸せ。 お前も高級豆、高級茶葉が味わえて幸せ。 あたしもババアゾーンから開放されて幸せ。 Win Win、も一つおまけにWinときたもんだ」 (゚、゚トソン「まあね…。 で、そういえばおじいさんはもう入院したの?」 从 ゚∀从「……いやまだ、でも今週末には行くらしいな」 老夫婦のうち、夫の方は認知症らしい。 らしいのだが、高岡が言う彼の病名は毎回違っている。 この前は嗜眠性の脳炎、さらにその前はアルツハイマー病ということになっていた。 ともかく、その病気が進行して近郊の病院に入ることになった。 私も、入院のはなしが出るまでぼんやりとしか知らなかったが、 彼は庭に建てられた小さな離れで寝たきりの生活を送っていたのだという。 从 ゚∀从「じいちゃんが入院したら、間髪入れずに、 ばあちゃんもニューソクの息子……俺の叔父さんのとこに移るんだと」 从#゚∀从「けっ、いままで放置してたくせに、 厄介者がいなくなると途端にこれだ…胸糞悪い」
- 379 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:40:53.16 ID:CPdPRhhC0
- 高岡も高岡でやはり思うことがあるらしい。
彼女の家と彼女には家が近いという理由だけで、 寝たきりの祖父と、扱いづらい祖母の世話をぶん投げられていたのだ。 まずあるのは、それをいまさら…という腹立ちなのだろう。 (゚、゚トソン「そろそろ時間もあれだし…いく?」 从#゚∀从「…おう」 (゚、゚トソン「…」 となりに並んだ彼女の肩が小刻みに震えている。 …彼女の憤りのもうひとつの原因は、「老夫妻と引き離される事」にあった。 高岡は最初に私があの家に行ったとき、 郊外に建つその豪邸の庭を二人で歩いた。 『じいちゃんがこの木にブランコを下げてくれた』 『ばあちゃんと一緒にここで水遊びをした』 庭を歩いているとき、彼女がするのはそんな子供の頃の思い出話ばかりだった。 裕福とはいえない彼女が子供の頃過ごした、 屋敷での祖父と祖母との夢のような時間。 彼女にとってそれは大切な思い出なのだろう。 从#∀从「……」 (゚、゚;トソン「高岡……」
- 381 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:42:43.19 ID:CPdPRhhC0
- 真っ赤になって怒る彼女の横顔を見ていると、
やりきれなくて何とか慰めてやりたくなる。 从 ゚∀从「どうした……?」 (゚、゚;トソン「……ごめん、やっぱりなんでもない」 だが私はこの家族にとってただの、 「たまにばあちゃんと話をしに来る子」に過ぎないのだ。 そう思うと私はどうしても安っぽい慰めを言う気にはなれなかった。 私は言いかけた言葉を飲み込むと、高岡と二人、 夫婦の住んでいる家へと向かった。
- 382 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:44:11.91 ID:CPdPRhhC0
- *―――――――――*
家に着くとおばあちゃんがわざわざ出迎えてくれた。 高岡はあいさつもそこそこにさっさとお勝手の方へいってしまい、 私は一人でおばあちゃんを抱えるようにして、 二階にある部屋へと連れて行かなければならなかった。 この足の悪い老人はこの広い家を完全に持て余していた。 一人ではおそらく部屋にたどり着くのに、 いや、階段を昇り降りするだけで10分はかかるだろう。 高岡が飲み物を持ってきてくれて、 一心地ついた頃にはもう午後六時をまわっていた。 ('、`*川「本当に寒くなってきたわよねぇ」 (゚、゚トソン「ええ本当に、うちは昨日衣替えでした」 ('、`*川「あらそうなの?…そうだうちもそろそろ」 (゚、゚トソン「でも荷物はほとんど送っちゃったんでしょう?」 ('、`*川「ああ、そう…そうだったわね」 そう言うとおばあさんは立ち上がろうとして持った杖を、 座っている籐の椅子の下に戻した。 ('、`*川「ドクオもお嫁さんも、 ちょっとずぼらなところがあるから…。 心配だわ、ちゃんとまとめてるかどうか」
- 385 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:45:25.62 ID:CPdPRhhC0
-
(゚、゚トソン「…大丈夫じゃないでしょうか?」 ('、`*川「でもあっちの家を見せてもらったときは 台所からなにから…もう汚くってねぇ」 (゚、゚;トソン「いやまあ、でもそんなものじゃないですか?」 (-、-;川「シンクが水垢でべったりなのよ?生ごみはすぐ捨てないし。 しかも家中が孫の落書きだらけ。下着は夜までベランダに干しっぱなし。 …もう嫌になっちゃうわよ」 (゚、゚;トソン「はぁ…」 この人は向こうでもこの調子で通すつもりなのだろうか。 だとすれば、確実に新しい家族に疎まれるだろう。 そういう老人の末路は、いわずもがなである。 ('、`*川「なによりここから離れるのが嫌ね」 (゚、゚トソン「そういえばここに何年お住まいなんですか?」 ('、`*川「うーん、どうかしら?まあ20年は住んでるわね」 (゚、゚トソン「私も、いつかこんな静かなところで暮らしてみたいです」 私がそう言うと、おばあさんは顔に微笑の影のようなものを浮かべる。 かつてはそれなりの輝きがあったのだろうが、今では長年の風雪に風化していた。 いや笑みだけではない、この人の浮かべる表情はどこかしら儚さがついてまわる。
- 386 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:46:29.55 ID:CPdPRhhC0
-
('、`*川「でも静かな所って言うのはね、暮らすのに工夫がいるのよ? 昔の人達も静けさを求めて山とかに入ったりしたけど、 結局、都恋しさに都会に戻って行った人が多いの」 ('、`*川「…山でそのまま暮らした人たちは余程の風流人か、 孤独を求めていた人たちなの」 (゚、゚トソン「おばさんは風流人の方ですよね。 お庭もとっても綺麗ですし」 ('、`*川「いいえ、風流人は私の旦那さんよ。 庭は本当はあの人の趣味なの。 私は管理の仕方とかを教わっただけ。 と言っても、最近は業者さんだよりね」 私は庭の方に目を向けた。 綺麗に刈り込まれた芝生、幾何学的に配置された庭木。 ヨーロッパの王侯の持つ庭園の一部をそのまま持ってきたような…。 無論、個人の庭なのでサイズは小さかったが、 却ってそれが上品さを引き立てているようだった。 ('、`*川「私は風流人でも孤独を愛しているわけでもないの。 だからもう山にも街にもいけないのよ。 どこまでも流れていくだけ」 (-、-*川「私はそれでもいい、でもあの人は…」 (゚、゚トソン「そういえば旦那さんはどうして庭で……?」
- 388 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:49:11.75 ID:CPdPRhhC0
- 私は思い切って日頃の疑問をぶつけてみた。
おそらくこの人に会うのはもうこれが最後だろうし、 それに大した理由なんて無いと思ったからだ。 おばあさんは庭に向けていた視線を落とすと、静かに話し始めた。 ('、`*川「……病気になってから『庭でねる』って言って聞かないのよ。 もちろん、病人の言うことだと思って無視してたけど…。 まあ分からないでもなかったけどね。 庭いじりがなにより好きな人だったから」 ('、`*川「それで何年か前、とうとう動けなくなる前に 意識が一瞬はっきりしたらしくてね。 『私をどうか庭のところで寝かせておいて欲しい』って その事を私に伝えて、私の知っている彼は…行ってしまった」 ('、`*川「庭にサンルーム付きの小さな離れを建てて、 そこに彼の言うとおりベッドを置いて…」 ('、`*川「その離れに用があって行く時に、たまに思うの。 家族よりも何よりも庭を愛した人。 もしかしてそんな人だったのかしら、あの人はって」 ('、`*川「あなたは…どう思う?」 (゚、゚;トソン「…」 そこまで言うとおばあさんは話疲れたのか、椅子にもたれかかった。 あっちも私と会う最後の日だと思って、こんな事を話してくれたのだろう。 そう思うと――まっこと身勝手なことだが――すこし、この老婆が憎たらしかった。
- 390 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:51:25.79 ID:CPdPRhhC0
-
(゚、゚;トソン「私には…分かりません」 ('、`*川「そう…そうよね」 おばあちゃんはそれきりなにも言わなかった。 私も押し黙った。かけるべき言葉なんて見つからない。 口の中になにか苦いものが広がる。 (゚、゚;トソン(わたしはただのガキなのに。 こんな…こんな話を聞かされたって どうしようも無いじゃない…。 わたしはどう答えてやればいいの? いや、どう言っても仕方ないんじゃ…。 私の言葉なんかでこの人の気持ちを和らげるなんてできないし) (-、-;トソン(わたしは…ううん、やっぱりなにも言えない) コーヒーを啜ると、すでに冷め切っていた。 いつもの豊かな香りは完全に失われ、 苦味と、酸味だけが口の中に広がった。 だがその味が今の自分にはふさわしいように感じる。 救いを求めて窓の外を見たが、そこに見えた庭は、 暗く沈んだぼやけた古い夢のように手応えのないものだった。 そこにいる老人は、この宵闇の中で何を思うのだろうか。 ―――そしてすぐに庭は完全な闇に包まれた。
- 391 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:52:49.37 ID:CPdPRhhC0
- *―――――――――*
从*゚∀从「……よぉーっす、何読んでんの?」 (゚、゚トソン「……大昔のメロドラマの原作だよ」 从*゚∀从「へえ……」 あれから二ヶ月が経った 朝、まだ人もまばらな教室でぼーっとしていると高岡が近寄ってきた。 いままで外にいたのか、寒さで頬がすもものように赤くなっている。 いつも顔色の悪い彼女がロマンチックな理由でないにせよ、顔を赤らめていた。 色彩に乏しい教室の中で、急に鮮やかな色を見たせいだからだろうか。 私にはその時、彼女をいまだかつて無く好もしく感じた。 頬を染めた彼女は年齢相応に可愛らしく (こんな事を彼女に言うと張り倒されそうだが)見える。 だが次の瞬間彼女が言い放った言葉は、 夏の動物園のライオンのように図々しいものだった。 从*゚∀从「…あそこの家にまだ荷物が残っててさ、今度の日曜に 荷物の分類とか箱詰めとか宅配伝票書くのとか手伝ってくんない?」 (゚、゚;トソン「はぁ?」 从*゚∀从「たのむよ~。 家族のだれも手があいてないし、 …ったく挙句に糞親父はあたしに丸投げするし」
- 394 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:55:15.13 ID:CPdPRhhC0
-
見かけが少女っぽくっても、やはり口調は荒っぽいままだ。 軽い幻滅を味わいながら、私はおずおずと聞いてみた。 (゚、゚トソン「…どのぐらいまだ残ってるの?」 从*゚∀从「ダンボール2、3個くらいかな? あとばあちゃんがお前にやりたい物があるんだって」 2~3箱…?いや、どうせ蓋を開けてみると、 5~6箱分は整理整頓されないまま床に散らばっているのだ。 私はいやだ、と言いたい衝動をこらえる。 (゚、゚トソン「…まあ分かった。 それで、おばあちゃんは私に何を?」 从*゚∀从「あの人が書いてたものらしいな。 あー見えてあの人、元文芸美府作家でさ。 ……書いたのお前だってことにして出版社に送ってみるか?」 (゚、゚;トソン「え…そんなの初耳なんだけど。それを私にくれるの?」 常々、屋敷と言ってもいいあの家の様子を見て もともと何をしていた人達なのかとは思っていたが。 あのおばあちゃんが…作家?しかも文芸美府? 从*゚∀从「さあねえ…気まぐれな人だからな。 あたしにも万年筆だの何だのたくさんくれたよ。 ……なんで作家って4本も5本もペン持ってんだろうな?」
- 396 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:57:23.07 ID:CPdPRhhC0
- 彼女はそこで一旦口を切って窓に目をやる。
陰に残っていた霜が昇りゆく陽光の中に晒され、白く冴えた光を放っている。 まったくの静寂だった。鳥さえ鳴いていなかった。 きっと、教室に来ている他の生徒に聞かれないように声を落としても、 私にはクリアに聞こえることだろう。 その事を確認すると、彼女は吐き捨てるようにつぶやく。 从*゚∀从「形見わけ、なんだとよ」 (゚、゚トソン「…」 从*゚∀从「『あと十年は生きてるだろ?』つったら、 『私はもう死んでるわよ、あの人を埋葬した時にね』だってさ。 ジイさんもまだ死んでないっていうのに、縁起でもねぇ」 じゃあその時に形見分けしてくれたらよかったじゃん。 そう言いながら、彼女は私の前の席にドンと豪快に腰を下ろした。 となりで静かに単語帳を開いている貞子ちゃんがジロっとこちらを見た。 (゚、゚トソン「埋葬?」 从*゚∀从「…ナニ言ってんのかワケワカメよ。 ボケてんのかねぇ?あたしに何か文句垂れてる時には 背筋伸ばして、無駄にハキハキものを言うからそうは思えないけど」 埋葬、あの二人の事と一緒に思い浮かべるにはあまりにも不吉な言葉だ。 ……ふと薄暮れの闇の中に浮かぶ、小さな白い小屋の姿が脳裏をよぎった。 从 ゚∀从「まあ、とにかく放課後に図書室かなんかで待っててくれ」
- 398 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 00:58:48.35 ID:CPdPRhhC0
- (゚、゚トソン「…うん」
私の返事を確認すると、高岡は満足気に開けっ放しのドアから出て行った。 ここがあの家なら「開けたら閉める!」という声が聞こえてくるところだ。 ……そういえば、あの人は今どうしているだろう。 (゚、゚トソン「ふう」 朝のホームルームの時間まで二十分ほどが手付かずで残されていたが、 あの家のことが頭にちらついて、うまく本の内容にのめり込めない。 本の中では、イケメンの医師が上司の奥さんを誑かしていた。 最初読んだときは心おどる展開だったが、今はそれが薄っぺらい作り事に思える。 (-、-トソン 私は本を一旦脇におき、目を閉じてあの二人の事を思った。 彼ら夫婦は、おそらく一生会話しないままその生涯を終えるだろう。 かなり確実性のある予言ではある。だがそれではあまりにも可哀相だ。 あの寝たきりのおじいさんが一日でいい、 一日起きていておばあさんと話ができたら。 そうしたらどういう形にせよ、おばあさんの疑問を解いてあげられるのに。 川д川カリカリカリカリ (゚、゚トソン「…」 いつのまにか貞子ちゃんは「書き」の作業に移っている。 ちらっとノートを覗くと impossible がたくさん並んでいた。 ……まるで何かに喧嘩を売られているみたいだった。
- 400 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:00:45.97 ID:CPdPRhhC0
-
*――――――* 荷物の整理が終わると、私はヘトヘトになっていた。 結局、荷物は八箱分もあった。 途中、足りなくなった段ボール箱を補充するために、 私は近所のスーパーから大判の段ボール数箱を拝借しなくてはならなかった。 まったく腹立たしくてしょうがなかった。 何が悲しくて800メートル先のスーパーで、 欲しくもないハンカチを買う振りまでしてダンボールをくすねなくてはならないのか。 その腹立ちを紛らわすため、私は高岡の荷物の中から財布を抜き取り、 おばあさんの夏物を入れた箱に押し込んでやった。 友達に嘘をつくとこういう目に痛い目に遭うということを、 彼女は少し知るべきなのだ。 (゚、゚;トソン「つかれた…」 从;゚∀从「さすがのあたしも…あ"ー腕があがんねー」 箱を玄関に集め、封をし、伝票を貼り付けたころには、もうとっぷりと日が暮れていた。 作業開始から、実に二時間半後のことだ。 私と高岡は火照った体を冷やすために、庭に出てひと息つくことにした。 屋敷の方を振り返ると、夕さりの最後の光が窓の、カーテンを外した虚ろな眼窩に投げかけられていた。 それを見た高岡は「ほんとにもうだれもいないんだな」とぼそりと呟いた。
- 403 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:02:08.43 ID:CPdPRhhC0
-
从 ゚∀从「帰る前にコーヒーでも飲んでかないか?」 (゚、゚トソン「…そうね、いただきます」 高岡にしては気が効いている。 疲れてとうとう、人格までかわってしまったか。 まあ、とてもありがたいが。 コーヒーを高岡が淹れている間、 私は庭にあるペンキの剥げかけたテーブルセットで彼女を待つ。 このテラスからだと庭の隅々が見渡せた。 ……例の離れが墓石のように、白く突き立っているのが否応なく目に入る。 庭には風が通り過ぎる音と、遥か彼方で走る電車の音しかしない。 前に来たときはまだ秋だった。外には虫が鳴いていてうるさいとさえ思ったが、 今はそれが恋しかった。 やがて風に乗ってコーヒーの香りが漂ってくる。 風上を見ると、ちょうど高岡がカップを持ってこちらに来るところだった 从;゚∀从「…まずいことに気がついた」 (゚、゚トソン「…いってみて」 从;゚∀从「あたし、台所用品を送ったり処分するの忘れてました」
- 404 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:03:44.45 ID:CPdPRhhC0
-
ゴゴゴゴゴ(゚、゚トソンゴゴゴゴゴ 从;゚∀从))ジリジリ「…」 (゚、゚トソン「……」 (゚ー゚トソン「まあ、おかげでこのコーヒーが飲めるわけね」 从*゚∀从ホッ まあ、乗りかかった船だしどうせ暇なのだ。 そのくらいは手伝ってやろう。 …あ、そうだ忘れるところだった。 (゚、゚トソン「それで…おばあちゃんが書いたものっていつもらえるの?」 从 ゚∀从「おう、もうここに持ってきてあるよ」 そう言うと彼女は盆の下に持っていた原稿用紙の束をテーブルに置いた。 さすが作家だ、手にずしりと来るくらいの重さと厚み…。 そして一番上には、タイトルらしきものが書いてある。 (゚、゚トソン「…陽のあたる墓?」 从 ゚∀从「悪いと思って中身はまだ見てないんだけど…。 どんな事が書いてあるんだ?それ?」
- 406 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:05:06.53 ID:CPdPRhhC0
- (゚、゚トソン「…」
私は無言で一枚目をめくる。 白紙、二枚目、白紙、三枚目、白紙。 全体を一気にめくってみるが、 私にはまったくなにも書かれていない原稿用紙が、 丁寧に二百枚ほど紐で閉じてあるだけのように見える。 从;゚∀从「…なんだよこれ」 (゚、゚;トソン「あっ待って…私にも分からない」 从#゚∀从「あのババア!分かるように説明してもら…」 (゚、゚トソン「違うの高岡、最後のページに『私にも分からない』って。 そう書いてあるのよ」 从;゚∀从「へ?」 (゚、゚トソン『分からない、私にも。あなたと同じように。 でも、私はあの人を信じている。 私はそうするしかないのだ』 書かれていたのは、たったそれだけだった。 ひと月前のあのおばあちゃんの質問の答え。 それが実に簡潔に示されていた。 (-、-トソン「…」 そしてこれは、あの人の人生観そのものなのだろう。
- 408 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:06:11.57 ID:CPdPRhhC0
- 从;゚∀从「あたしにも分かるように説明してくれない?」
(゚、゚トソン「私にはどう説明したらいいかなんて分かんない。 仮に説明できたとしても、あなたはきっと怒るしね」 自分を愛していたはっきり分からない。 おばあちゃんがおじいちゃんの事を、 そう思っているかもしれない。 それを高岡に聞かせたらどうなるか。 そんな事は、火を見るより明らかだった。 从#゚∀从「…けっ、分かったよ。 今度ばあちゃんに電話したときに聞くからケッコーです!」 (゚、゚;トソン「あっ」 高岡は、私のカップを奪い取るとそのまま中身を一気飲みする。 そして盆に手荒くカップを乗せると、足早に台所に行ってしまった。 まったく、短気な奴は怒りに任せれば間接キスさえ厭わないのか。 (゚、゚トソン(あ~あ、怒っちゃった) (-、-トソン(でもこれでいいのかもしれない。 あの子も傷つかないし、私も複雑な思いをしなくて済む。 だったらそれで…) 目をぎゅっと閉じて、背凭れに背中を押し付けぐっと伸びをする。 今日はもう難しいことを考えたくない。 家に帰ったら、そのまま寝ちゃおうかな。
- 411 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:08:29.77 ID:CPdPRhhC0
-
そんな事を思っていると、急に周囲が明るくなったのを感じた。 車のヘッドランプ?だれか来たのか?私は驚いてすぐに目を開ける。 (゚、゚トソン「え…」 庭の真ん中にある離れに、いつの間にか煌々と電気がついている。 そしてカーテンが取り払われた裸のサンルームの中に…誰かがいた。 ( ) 从 从 ( 川 (゚、゚;トソン (なによ、あれ) 3人のシェルエットが、サンルームの中で静かに回っていた。 3人とも、後ろを向いたままぐるぐると部屋の中を……。 その奇妙な動きを見た瞬間に全身に鳥肌がたった。 心なしか、風が生ぬるい。 そしてこのままあの離れを見ていると、 あの三人が唐突に振り返るような気がして……。 (゚、゚;トソン「高岡…!」 私は家の玄関へ猛然と駆け出した。 お勝手に飛び込むとすぐさまドアを閉め、体をグイと押し付ける。
- 412 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:09:59.63 ID:CPdPRhhC0
-
(゚、゚;トソン 从;゚∀从「…なにしてんのお前?」 まず、私の目に飛び込んできたのは、 高岡のもつフライパンとその中のオムレツだった。 チーズオムレツらしく、いい香りが部屋に満ちていた。 高岡は私に目もくれず、オムレツを皿に盛りつけ、パセリを振る。 非常に手際がよく、流れるような所作だった。 从 ゚∀从「…食べる?」 (゚、゚;トソン「いや…えっと」 私は完全に混乱していた。 緊急事態と完璧なチーズオムレツが同居しているこの事態に。 (゚、゚;トソン(こういう時ってどんなふうに言えばいいの? そうね、まず彼女を動揺させちゃいけないよね? オムレツ美味しそう、ちょーふわふわ ちがうちがうちがう!そうじゃない!庭に、庭の離れに…!) でも、あれはなんなのだろうか。 変質者?不審者?いや、あれはもっと悪質なものかもしれない。 例えば……。 (゚、゚;トソン「庭におばけがいる…かも」
- 415 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:12:08.32 ID:CPdPRhhC0
-
やっと一言搾り出そうかという時、高岡は四つめの卵を割りはじめていた。 だが、高岡は私が言い終わるか終わらないかといううちに、 口をあんぐり開けたまま、すごい勢いでこちらに向き直った。 从;゚д从「はあ?どこに?」 (゚、゚;トソン「あの離れにいるんだけど」 从;゚д从「…わかった!」 それからの彼女の反応は素早かった。二階へ私をつれていき、 窓から離れの電気がついている状況を確認する。 从;゚∀从 (゚、゚;トソン そしてしばらく二人で離れの中の動きを伺っていたが、 しばらくしてサンルームの中で人影が大きく動いたのが見えた。 その途端に高岡は、今まで聞いたことのない素っ頓狂な声を出して飛び上がった。 从;゚д从「うわほんとだ…やばい…やべえええ!」 はるか遠方からソビエト軍の戦車がこちらにやってくるのを目にした、 塹壕の中の日本兵みたいな機敏さで彼女は部屋から飛び出した。 そして数秒後、もう暗い庭の芝の上を彼女が離れに向かって走っているのが見えた。
- 417 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:13:29.73 ID:CPdPRhhC0
-
(゚、゚;トソン(お…おぇ?) 状況がうまくつかめなかった。 高岡は、変な人がいる、その現場に、走ってった? え…これって…これは…。 (゚д゚;トソン「やばっ!」 私は無意識に高岡と同じセリフを叫ぶと、 高岡を止めるべく彼女の後を追った。 外に出ると、彼女はもう離れのドアに忍び寄っている所だった。 芝生の上にジーンズの膝を乗せると、ひんやりとした感触が返ってくる。 (゚、゚;トソン(なにしてんの!) 从#゚∀从(よりにもよってここに出るなんて!ナメやがって!!ぶっ飛ばす!1!) (゚、゚;トソン(おいばかやめろ!) こんな状態の高岡が、私の言うことになど耳を貸す訳も無かった。 興奮した彼女は、あろうことかドアノブに手をかけようとする。 彼女を行かせるわけにはいかない。
- 418 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:16:07.92 ID:CPdPRhhC0
-
私は高岡の肩をつかんで、強引に彼女の耳を引き寄せた。 (゚、゚;トソン(いいきいて、あれがなんなのかは分からないけど突撃はダメ。 ドアから様子を伺うだけにして。 そのかわり私も援護するから!) 从#゚∀从(あ"ー分かったよ! じゃあ絶対気付かれるなよ!) そうやって低い声で囁き交わしていると、 電灯のスイッチを押す音がした。 その途端、庭は闇に包まれる。 気づかれたのか……? (゚、゚;トソン 从;゚∀从 きいん、という耳鳴りのほかはなにも聞こえないほどの静寂。 私たちは息をひそめて次なる動きを待った。 サンルームの窓は断熱のためにはめ殺しになっている。 もしあいつらが人間なら、出口はここ……私たちの目の前にあるドアしかない。
- 419 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:17:58.33 ID:CPdPRhhC0
-
(゚、゚;トソン(…) 从;゚∀从(おい、やばいこわいよ) (゚、゚#トソン(だ ま っ て!) もう今更逃げることもできない。 いますぐ出てくるとしたら、 逃げる私たちを見て追いかけてくるかもしれない。 周囲は閑静な住宅地だ。 そこに助けを求めても、助かる確率は低い。 (゚、゚;トソン(どうしよう) ふいにドアを開くガチャリという音がした。 (゚、゚;トソン (!) 相手の接近にまったく気がつかなかった。 まったく相手の足音が聞こえなかったのだ。
- 420 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:18:58.64 ID:CPdPRhhC0
-
だから突然、視界を何か大きなものが覆い、 それが開いたドアだと私が気がついたときにはすでに、 ドアを挟んで反対側にいた高岡は、ドアを開けた奴と鉢合わせしているはずだった。 私は微動だにできなかった。 そして程なく高岡の絶叫が―――。 从;゚∀从「あれ?」 高岡が気の抜けた声を出す。 ……ホラー映画なら、これも死亡フラグだ。 (゚、゚;トソン「どうした?」 恐る恐る高岡に声をかける。 それから、私はドアの前にそろそろと這って行く。 目が闇に慣れていないために、周りの様子はよくわからない。 从;゚∀从「消えちまった……中になにもない。 ……なんだよ、あれ」 (゚、゚;トソン「消えた?」 高岡が立ち上がって、ドアの横のあたりを手でまさぐった。 すると、スイッチを押す「カチン」という音がして小屋の電気がついた。 彼女の言うとおり、確かに中はもぬけの殻だった。
- 421 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:20:15.98 ID:CPdPRhhC0
-
それを確認すると、高岡は甲高い声でわめき始める。 从;゚д从「なんなんだ!なんなんだよあれ!」 (゚、゚;トソン「高岡!落ち着いてよ!」 从;゚д从「これで落ち着いてられるか!」 (゚д゚;トソン「高岡!あんたがしっかりしてなきゃ……」 私はどうにかして落ち着かせようと高岡の肩を掴んだ。 彼女の体が私の手の下で小刻みに震えているのが分かった。 その時だった。 「はっはっは!そうか!生まれたか! おめでとう!今からそっちに行く!」 突然、聞いたことのない男の声がその場に響いた。 小屋の中には、相変わらず何らの変化もない。 その場に、喜色に満ちた男の声が聞こえているのみだ。 何が何だか訳がわからない。
- 422 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:21:56.30 ID:CPdPRhhC0
-
(゚、゚;トソン「……なんなのよ」 从 ゚∀从「……」 気がつけば、高岡の震えが止まっていた。 それどころか彼女を見ると、かすかな光のなかで彼女は笑ってさえいた。 高岡には申し訳ないが、正直不気味だった。 (゚、゚;トソン「あ、あんた何笑ってんのよ」 从 ゚∀从「じいちゃんだ」 (゚、゚;トソン「はぁ?」 从 ゚∀从「これ、じいちゃんの声だよ」 妙なことを言い出した高岡は、何かを探す風にキョロキョロと辺りを見渡す。 まるで、あの声の発生源を探すかのように。 从 ゚∀从「マジでなんなんだこれ? どっから聞こえてるんだろう」 从 ゚∀从「あれか?ババアのイタズラか? ったく、手の込んだ事しやがって。 どうせ、ラジカセかなんかで……」 そんな事をぶつぶつと呟きながら、彼女はどこかに向かって歩き出そうとした。 その彼女を引きとめようと、私は反射的に彼女の服の袖をつかんでいた。
- 425 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:23:16.38 ID:CPdPRhhC0
- (゚、゚;トソン「ちょっと待ってよ!どこ行くのよ!」
从;゚∀从「おい引っ張るなよ!大丈夫だって!ババアのイタズラかなんかだよ! だいたい、この声も私が生まれたときのビデオの……」 从;゚д从「……あえ?」 (゚、゚;トソン「なに?」 高岡が、小屋の窓を凝視したまま硬直する。 口を、漫画みたいにポカンと開いいたまま。 私は彼女が何を見ているのか知るために、彼女の前へ回りこんだ。 (゚、゚;トソン「……?」 从;゚д从「あ、あ」 窓が、靄がかかっているみたいに曇っていた。 結露か何かだろうか?異常といえばそのくらいで、 後は窓の向こうを煌々と照らされているのが見えているだけだ。 壁の書棚に専門書と思しき本がぎっしりと詰め込まれ、 デスクの上の明かりが室内を穏やかに照らしている。 ……あれ?
- 428 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:25:41.50 ID:CPdPRhhC0
- (゚、゚;トソン(えっ、ここの荷物は全部運びだしたじゃない。
ていうか、本棚なんてここにはなかったよね……?) それに気がついた時、私は無意識に数歩後ずさっていた。 やっぱり、これおばけなの? (゚、゚;トソン「……やだ!」 カチッ 从;゚∀从(゚、゚;トソン「「……!!!」」 私が震え声を喉から絞り出した瞬間。 再び電気が消えた。 (゚、゚;トソン「高岡!電気!早く電気付けて!!」 从;゚∀从「デケェ声出すな!分かってる!」 高岡が、闇に包まれた芝生の上を転がるようにしてスイッチのところへと走った。 そして、再びその場に明かりがともった。 だが、目の前にある窓が闇の中から浮かび上がってきた瞬間に、私はその場にへなへなと崩れ落ちた ―――――――――――― ――――――――― ――――― …。
- 430 名前:スイッチは電灯のスイッチが一応キーになってます:2011/06/19(日) 01:27:31.77 ID:CPdPRhhC0
-
从;゚∀从「おい!トソン大丈夫か!」 わたしはトソンが倒れてるのを見て、そばに駆け寄った。 目の前の窓を凝視したまま、トソンは青い顔で固まってた。 (゚、゚;||トソン「たかおかぁ……まど……窓見て……」 トソンはうわごとみたいな事を呟きながら窓を指さした。 だけど、構ってられない。 ばあちゃんのイタズラにしては手が込みすぎてる。 警察でも何でも呼んでこなくちゃ! 从;゚∀从「おい、もうヤベエって!もうここから逃げるぞ!」 (゚、゚;トソン「あっ」 トソンの二の腕の辺りを引っつかむと、私は屋敷の方にかけ出した。 携帯とか貴重品だけは持っていかなきゃマズイ。 いや、とにかく離れから遠ざかりたかっただけかもしれない。 さっきお茶を飲んだテラスのところまで走って、私は離れを振り返った。 从;゚∀从「……なんだありゃあ」 サンルームの窓をみると、中で金色の煙のようなものが蠢いているのが見えた。 その煙の中では、人の顔のようなものが現れては消えを繰り返している。 その顔に、わたしは見覚えがあった。
- 433 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:29:02.87 ID:CPdPRhhC0
-
从 ゚∀从「じいちゃん……?」 (゚、゚;トソン「高岡?」 窓に現れるはっきりとしない輪郭だけだったが、 鼻の形や、目元がじいちゃんにそっくりだった。 それをそれが分かると、恐怖感が次第に薄れていった。 金色の煙が発する光はなんだか懐かしい感じがしたし、 浮かんでくる顔は微笑んでいるように見えた。 それは私を誘い込むためだと言えないこともないのだが、 なんとなく、あの煙からはそういう悪意を感じなかった。 (゚、゚;トソン「あれ、いったいなんなんだろ」 从 ゚∀从「あたしに聞かれても困るけど……。 あの顔、すごくじいちゃんに似てるんだ」 (゚、゚;トソン「おじいさんに?」 从 ゚∀从「それと、さっきの声なんだけど。 あれ、あたしあの声をビデオで聞いたことがあるんだ。 あたしが生まれたときのビデオなんだけどさ。 ……あれはじいちゃんの声なんだよ」
- 434 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:30:08.24 ID:CPdPRhhC0
-
(゚、゚;トソン「え、どういうこと」 从 ゚∀从「生まれた、とか何とか言ってたろ? あの声がビデオに入ってんだよ。 多分、スピーカーフォンで話してたんだろうよ」 (゚、゚;トソン「……そんな声がどうしてあそこから聞こえてくるのよ」 トソンが、薄明かりの下で眉をひそめるのが見えた。 まあ、分からないのも仕方ないことだ。 トソンは、じいちゃんを見たことなんてないし。 だが、わたしには分かる。 あの中にいるのは、じいちゃんだ。
- 436 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:31:27.17 ID:CPdPRhhC0
-
从 ゚∀从「……あたし、ちょっと戻ってみる」 (゚、゚;トソン「ちょっとあんた、何言ってるの」 从 ゚∀从「だいじょぶだよ、危なそうだったらすぐ戻ってくるから」 (゚、゚;トソン「それますますダメよ、死亡フラグじゃん」 从;゚∀从「そんなにあたしが殺されて欲しいのかよ」 (゚、゚;トソン「あーもう、そうじゃなくて私をここでひとりきりにする気?」 从 ゚∀从「じゃあ、一緒に来るしかねえじゃん」 (゚、゚;トソン「ちょっ……勘弁してよ!なんのために逃げてきたのよ!」 トソンがぶんぶん首を振ってわたしの提案を拒否する。 気持ちは分からないでもない。 夜中におしっこに起きたとき、謎の発光体が自分の部屋の窓に張り付いていたら、 わたしは確実にその場で漏らすだろう。
- 437 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:33:02.33 ID:CPdPRhhC0
-
(゚、゚;トソン「あれがなんなのか分からない以上、どうしようもないよ! とにかく、人気のあるところまで逃げよう!」 从 ゚∀从「……あれがなんなのか、わたしは分かるよ」 (゚、゚;トソン「え?」 从 ゚∀从「……とりあえずさ、ここは寒いし落ち着くまでダイニングで休んでな。 コーヒー、たぶんまだポットに残ってるからそれ飲みながら待ってて」 (゚、゚;トソン「ちょっと」 トソンに肩を貸して、裏口のドアを開けて二人でキッチンに入った。 わたしは、ダイニングのテーブルにトソンを座らせる。 蛍光灯の下で見る彼女は、すごく顔色が悪く見えた。 (゚、゚;トソン「本気で行く気なの?高岡」 从 ゚∀从「心配してくれるのはありがたいけど、ほんとに大丈夫だから。 なぁに、危なくなったら逃げるよ」 (゚、゚;トソン「また、それも死亡フラグよ」 从;゚∀从「はいはい」
- 440 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:34:17.29 ID:CPdPRhhC0
-
そう言って、また庭に出て行こうとする私の背中にトソンがまた声をかける。 (゚、゚トソン「落ち着いたら私も行くから。 気をつけて」 从 ゚∀从「……分かった」 すぐそばのガラス窓から、離れから出ている光が透けて見える。 暖かで、きれいな金色の光だ。お日様の色、そんな感じ。 わたしはドアを開けると、その淡い輝きに向かって歩き出した。 淡い、と言ってもこの明かりだけで庭に置いてある置物を避けながら、 快適に離れの窓まで近寄れるほどの光量はある。 从 ゚∀从「落ち着いてみるとこりゃあ、綺麗なもんだな」 ガラス窓いっぱいに、光り輝く金粉がグルグルと対流しているのが分かった。 まるで、地学で見たビデオの中に出てきた木星の表面のようだった。 時にに渦を巻き、またある時にはガラスに向かって勢いよく吹きつける金色の煙。 ただ木星と違って、たまにその中にじいちゃんの顔が浮かび上がる。 なんだか幸せそうな表情を浮かべたじいちゃん。 写真以外で、こんないい笑顔は久しぶりに見る。
- 441 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:35:26.99 ID:CPdPRhhC0
-
从 ゚∀从「何なんだろうな、これ」 じいちゃんは今頃、ニューソクの病院のベッドの中で寝ているはずだ。 目の前にあるこの顔は、では何なんだろう。 もしかして……じいちゃんは死んでて、化けて出てきているとか? でもそりゃあんまりにもベタってもんだ。 从 ゚∀从「……」 もっとよく見ようと、わたしは窓へともう一歩近寄った。 すると急に視界が開けて、つい驚いて身を引いてしまう。 从;゚д从「うわあ!」 窓の全面に張り付いていた煙が急に無くなって、 部屋の中の様子が丸見えになった。 ……だが、その部屋の中の様子がおかしい。 正面の壁に大きな窓があって、そこから陽光が差し込んでいた。 でもとっくのとうに太陽なんて沈んでいるし、そもそもあんな位置に窓なんてなかった。 また、さっきみたいに別の場所の様子が窓の中に広がっている。
- 442 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:37:02.26 ID:CPdPRhhC0
-
从;゚∀从(ここは……この屋敷の中なのはわかるけど) 壁紙の色、窓のデザインでそれは分かった。 だが、部屋の中にはほとんど何も無い。 窓の位置からすると、ばあちゃんの部屋のそばなのだが……。 と、その時だった。 手前から人影が現れて、部屋の奥に向かって歩いて行く。 Vネックのシャツとパンツ一丁でダンボールを運ぶその姿は、紛れもなくじいちゃんだった。 わたしは思わず叫んでしまう。 从;゚∀从「じいちゃん!!」 /;,' 3『ふー、あっちーなー』 从;゚∀从「ちょっと!じじい!聞いてんのかこら!」 /;,' 3『ケツ痒いぃ……』 从#゚∀从「おい!!」 ……窓の中にいるじいちゃんは私の声には全く反応しなかった。 でも、変な空間にいる人に正常に話しかけられるってのもむしろ変か。 もしかしてテレビみたいなものなのかな?
- 446 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:38:10.54 ID:CPdPRhhC0
-
/;,' 3『引越しなんて学生時代以来だよ……疲れた。 絶対明日は動けなくなるな……はぁ』 从 ゚∀从(一人でブツブツ何を……) 妙に独り言が多い。 そう思ってよく見ていると、じいちゃんの口は動いてない。 動いていないが、じいちゃんの声がしている。 /;,' 3『腰いてえなぁ』 从 ゚∀从「……お」 じいちゃんの声がして、そのすぐ後で腰をさするのを見て気がついた。 これ多分、じいちゃんの頭のなかで考えてることだ。 いわゆる、心の声というやつが聞こえているのだろう。 /;,' 3『ドクオさえいればもっと楽できたのに。 受験が来年なら手伝わせるんだけどな。 ……ったく引越しといい受験といい金がかかるよ全く』 从;゚∀从「……うわあ」
- 447 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:40:04.22 ID:CPdPRhhC0
- 自分の親もこんな事考えてるんだろうか。
ていうか、じいちゃんがこんな事考えるなんて信じられない。 最高に優しくて善良な人だと思っていたんだけど。 /;,' 3『だが、夢だった豪邸も買った。 ドクオはもうすぐ大学生。 さあ、あと一息だ』 从;゚∀从「……若いな」 目の前で荷解きをしているじいちゃんは50歳位に見えた。 髪はまだかなり残っているから、まだ40代かもしれない。 とにかく、私が見たことのないじいちゃんがそこにいた。 正直言って、私は目の前で起きてることに現実感を持てなかった。 これはもしかするとやっぱりばあちゃんの悪戯で、 ホームビデオををどうにかして窓に映しているだけなんじゃないか。 半分、そんな気持ちで私は目の前の光景に向かっていた。 / ,' 3『さて、そろそろ昼飯にしようか。 夏らしく冷麦でも茹でて……』 /;,' 3『って、調理道具がまだ到着してないんだった! やっちまったな……まあ外で食べてもいいか』 从;゚∀从「あー」 やっぱ、血は争えないな。 今日のあたしみたいだ。
- 448 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:41:23.96 ID:CPdPRhhC0
-
ピーンポーン / ,' 3『ん?宅配かな』 アナター、ワタシデスー アツイカラハヤクアケテー /;,' 3「げ!」 从 ゚∀从「ばあちゃんだ……」 今の声よりもだいぶ若い声のばあちゃんの声が遠くから聞こえてくる。 その声を聞くとちょっと気持ち悪かった。 /;,' 3『疲れてるんだから家でゆっくりしとけって言ったのに! 一体どうしたんだいきなり』 /;,' 3『とりあえず、なにか着よう。 あいつの前でパンツ一丁は恥ずかしい』 从*゚∀从(恥ずかしいって……なんかちょっとかわいいな) じいちゃんはばあちゃんが来た瞬間に焦りだし、いそいそと服を着始めた。 ……結婚して長いこと経ってるのに、恥ずかしいもクソもないと思うんだけど。 パパなんてママの前を平気でフリチンで通るのに。
- 449 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:42:22.96 ID:CPdPRhhC0
-
アナターイナイノー? /;,' 3「今行く!今いくよ!」 じいちゃんは中途半端に引っ掛けたズボンの裾につまづきながら、 私の見える範囲から消えた。玄関にばあちゃんを迎えに行ったのだろう。 ……すると、さっきまで小さくしか聞こえていなかったばあちゃんの声が大きくなった。 まるで、マイクがばあちゃんのところに移動したみたいに。 音量的にもちょうど目の前で喋っているような感じの声の大きさだ。 視点は動かないまま、二人の会話だけが聞こえてくる。
- 454 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:43:25.12 ID:CPdPRhhC0
-
「どうしたんだ急に」 『休んでてって言ったじゃん! このところあまり寝てないはずなのに……』 「ちょっと様子見にきたのよ。 どう?はかどってる?」 「まあね、それより大丈夫なのか?」 「まあ、……こっちはどうとでもなるわよ。 ところで、お昼はもう食べたの?」 「まだだ」 「あなたのことだから、どうせ外で食べようとしてたでしょ。 いまこの家にはなんにも無いし」 「はは、図星だよ……お前は食べてきたのか? もしまだだったら、近いところで食いにでも」 『うまい店は調べてある、 労をねぎらう意味でも久しぶりに二人でゆっくり……』 「その点は抜かりないわよ。 お弁当持ってきたから、一緒に食べましょ?」 「……」 『え?』
- 457 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:45:03.76 ID:CPdPRhhC0
-
「え、嫌だった?」 「い、いやそういうんじゃないんだが」 『なにしてんだよおい……お前疲れてるのに! なんでそんな』 「なんで涙目になってるの?」 「……ああ、汗が目に入ってな」 『やべっ、こんなんで泣くなよ俺……馬鹿じゃねえか』 「……助かるよ、じゃあテラスにでも出て食べようか。 椅子もテーブルも置いてないから、ブルーシート敷いて」 「あら、いいわね。 ピクニックみたいで」 「そうだろ?そう言えばお前、テラスをまだ見てなかったよな。 あれは素晴らしいぞ!庭が一望できるんだよ。 お前もきっと気にいると思うんだ」
- 458 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:46:34.85 ID:CPdPRhhC0
-
「あら、いいじゃない」 「今はみすぼらしい庭だが、花とか木を植えて綺麗にしよう。 そういうの、好きだろ?」 「ええ、大好きよ!たのしみねぇ」 「……世界一美しい庭にしような」 『お前のために』 カチッ
- 460 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:48:36.69 ID:CPdPRhhC0
-
从;゚∀从「あっ!」 いきなり部屋の電気が消えて真っ暗になる。 まただ、また勝手に電気が切れた。 さっきから心臓に悪いタイミングで電気が切れる。 だが、もう怖くはない。 昔のじいちゃんを見せている何者かの正体が、なんとなく分かったから。 わたしは光に慣れてしまってほとんど何も見えない状態で、 離れの正面にある電気のスイッチまで歩いて行く。 从 ゚∀从「……ふう」 前までたどり着くと、私は操作盤を手探りしてスイッチを探した。 指が、スイッチを覆っているゴムに触れる。 無骨なデザイン、まるで工場の機械か何かのスイッチのようだ。 でも、なんでまた電気のスイッチが外についてるんだろ。 ばあちゃんも不便でしょうがないって言ってたっけな。 そんな事を考えながら、少し固いスイッチを親指でぐっと押し込んだ。 再び、サンルームの窓に光が戻った。 たぶん、こうすれば窓の中に何か変化があるのではないだろうか。 さっきは電気を付け直したらじいちゃんの映像が流れ始めたから、きっとそうだ。 ……窓のところに戻ると、やはり窓の中にはここではない別の場所が広がっている。 そこには、最初からじいちゃんがいた。
- 464 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:49:52.22 ID:CPdPRhhC0
-
/ ,' 3『眠いな』 从 ゚∀从(じいちゃん、一気に老けたな) じいちゃんは屋敷のリビングでぼーっとテレビを見ていた。 私のよく知らない、落語家のビデオが流れている。 そういえば、じいちゃんちに遊びにいくとこんなビデオを見ていることが多かった。 私が遊びに行っていた頃というと、じいちゃんが60半ばの頃か。 その後、わたしが頻繁に来るようになるとアニメとかを見るようになったりした。 ばあちゃんにあとから聞いたのだが、わたしと話が合うようにと必死だったらしい。 冷蔵庫にキャラクターのシールと名前を貼って覚えようとしたり。 しかし、老人の記憶力というのはカタカナをうまく覚えることが出来ない。 細かいところを間違えたじいちゃんは、わたしによく突っ込まれていた。 そのたびに、じいちゃんはさびしそうに笑っていたものだった。 从 -∀从(……ごめんな) わたしは、芝生の上に座り込んだ。 これは長丁場になりそうだ。 それに、昔のじいちゃんを見ているとだんだんつらくなってきた。 立っていると、その場からどうしても逃げ出したくなってしまう。
- 465 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:51:29.47 ID:CPdPRhhC0
-
/ ,' 3「ふあー」 从 ゚∀从(…呑気にあくびなんてしやがって。 あんた、あとちょっとでぼけちまうんだぞ? 何にも分からなくなっちまうんだぞ?) そこへ、ばあちゃんが電話の子機片手にやってくる。 爺ちゃんに呼びかける声が、すこし弾んでいる。 ('、`*川「あなた、ハインちゃんもうあっちを出たって」 / ,' 3「そうか」キリッ 『キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!!!!』 从;゚∀从「うっわ」 いままでじいちゃんの心の声的な何かは、音のみだった。 しかしいま窓の中からこっちに発信されたその何かは、 幸せとか興奮が入り交じった感情そのものだった。 ぶっちゃけ、喜びすぎて気持ち悪い。 そして、じいちゃん本人は隠しているつもりなのだろうが、 口角が微妙に上がっている。ばあちゃんもそれを見てにやついていた。
- 466 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:52:38.82 ID:CPdPRhhC0
-
/*,' 3「きょうは晴れてるし、庭で遊んでやるとしよう」 『何して遊ぼうかな、ブランコはまだ怖がってるから、 お庭でばあちゃんと一緒にままごとかな!』 ('、`*川「じゃあ、私はそれまで二階にいますから。 あの子がついたら呼んでくださいね」 /*,' 3「うん、わかった」 『はあ、ひと月ぶりのハインちゃんじゃ……長い一ヶ月だった』 从;゚∀从(……じいちゃん好きだけどさ、これは正直キモイわぁ) /*,' 3「ふふっ」 『最近、楽しみってのがあんまりないからな。 趣味ももうなんかやる気がしないし。庭をいじるのはやめられないが」 /*,' 3「~♪」 『家ばかりでもあれだし、午後から服でも買いにデパートでも行ってみるか! ハインちゃん、あまり女の子らしい服を持ってないからな』 /*,' 3「……」 『楽しみといえばもうこのくらいだ。 それも、後どのくらい続くか。 長生きしたい、せめてあの子の結婚式くらいまでは生きていたい』 /*,' 3「ふう」 『高望みしすぎかな』
- 467 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:53:21.99 ID:CPdPRhhC0
-
カチッ カチッ 从 ゚∀从「ん?」 一瞬、暗くなったと思ったら窓の中の場面が変わっている。 電気が消えて、勝手にまた点いたのか。 オカルトだな、今さらだけど。 今度は、庭にいるじいちゃんとばあちゃんが映しだされた。 少し離れたところには、女の子がいてブランコを漕いでいる――あれはわたしだ。
- 471 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:55:56.12 ID:CPdPRhhC0
-
/ ,' 3「ふう、子どもの相手は疲れるな」 『ハインちゃんはマジ天使やでぇ……いやされるわぁ』 ('、`*川「その割に楽しそうね」 / ,' 3「ああ、楽しいよ。 楽しいことは疲れるもんだ」 ('、`*川「それもそうね」 二人は、わたしの様子を見ながらテラスでお茶をすすっていた。 わたしが庭で駆け回っているのを、二人はニコニコしながら見ていたものだ。 なんで笑っているのか、当時は全くわからなかった。 もしかしてわたしがおかしな事をしているのか? そう思ってじいちゃんに「わたしを見て面白くて笑ってるの?」と聞くと、 「可愛いから見ていて楽しいんだよ」とじいちゃんは言った。 それを聞いたわたしは素直に「わたしって可愛いんだ!」 と、とんでもない勘違いをして幼稚園で恥をかいた。 いままで男子と混じって遊んでた子が、 いきなりくねくねし始めたらものだから、みんな一様に顔をひきつらせていたっけな。
- 472 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:57:42.29 ID:CPdPRhhC0
-
/ ,' 3「昔は、ドクオとジョルジュをこうして遊ばせたもんだったな。 そのたびに、植木を折られるわ花壇を荒らされるわ……」 ('、`*川「よく怒鳴ってましたっけね、あなた」 / ,' 3「……うん」 『ここは俺達の庭だからな。 俺と、お前の』 ('、`*川「……ええ」 / ,' 3「ここを荒らす奴は誰だろうと許さん。 息子だろうがなんだろうがな」 ('、`*川「そんなに大事?この庭が」 / ,' 3「ああ」 ('、`*川「そう……」 / ,' 3「なあ、覚えてるか?ここに越してきたときのこと。 俺がひとり寂しく外食しようとしてたら、お前が弁当持ってきてくれて」 ('、`*川「ああ、そんな事もありましたね。 ……ちょうどここで食べたんですよねぇ」
- 474 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:58:45.45 ID:CPdPRhhC0
-
/ ,' 3『嬉しかったな、あれは』 / ,' 3『それからお前が何かを書いてる時に窓から外を見て、 少しでも心癒されればと手を入れ続けて……。 そうこうしているとこんなに立派な庭になった』 / ,' 3『自分でも、なんでこんなになったのやら』 从 ゚∀从「……じいちゃん」 しょっちゅう庭いじりをしていたのは、そういう事だったのか。 ('、`*川「じゃあ、そろそろハインちゃんを送っていきましょうか。 もう五時過ぎちゃいますよ」 /;,' 3「え、もう五時か! おーい!ハインちゃんおいで~!」 「はぁーい」 从 ゚∀从「……」
- 475 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 01:59:44.75 ID:CPdPRhhC0
-
カチッ 向こうから、フリフリのワンピースを着た私がこちらに駆け寄ってくる。 そこで、窓の中の世界は闇の中に沈んだ。 昔の自分を、あまり見たくなかったから助かった。 何にも知らない、弱い、幼稚園生のわたし。 カチッ 从 ゚∀从「……んあ?」 また、スイッチの音がした。 また窓に何かが映るのではないかと待っていたが、 しばらく待っても窓の中には変化がなかった。 もしかして、これで終わり?
- 476 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:00:29.17 ID:CPdPRhhC0
-
(゚、゚トソン「高岡」 从;゚∀从「ひゃっ!」 (゚、゚;トソン「あっ!ごめん、私よ!」 从;゚∀从「……突然後ろから現れないでくれよ」 トソンがようやく来てくれた。 ちょっとびっくりしたけど、人がいるってだけですこしほっとする。 (゚、゚トソン「大丈夫?ていうかここで座ってなにをしてたの?」 从 ゚∀从「窓を見てたんだ。 さっきから、この中に昔のじいちゃんの様子が映るんだよ」 (゚、゚;トソン「……はいぃ?」 从 ゚∀从「ここに引っ越してきた時の様子とか、 ばあちゃんと、わたしと遊んでる時のとか……。 まあ、見てれば分かるよ」 (゚、゚;トソン「そうじゃなくてその超常現象を、 なんでそんなに落ち着いて受け入れてるわけ?」
- 478 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:01:21.98 ID:CPdPRhhC0
-
从 ゚∀从「たぶんな、わたしだから分かるんだろうけど。 これ見せてるの、たぶんじいちゃんだ。 だから怖くもなんともない」 (゚、゚;トソン「……生霊?」 从 ゚∀从「そうかもしんねぇし、そうじゃないかもしれない。 でも、何かしらのあれはあるんだよ。 伝えたい事っつうの?なんでこのタイミングなのかは知らないけど」 (゚、゚;トソン「つたえたいこと……」 トソンはそう言うと、視線を下に落とした。 ……何か知ってるのか? ばあちゃんの渡したあの紙束といい、何だ?
- 480 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:02:22.88 ID:CPdPRhhC0
-
『暇だな』 从 ゚∀从「お、また始まるかな?」 (゚、゚;トソン「え?もしかして」 从 ゚∀从「うん、この声が爺ちゃん」 (゚、゚トソン「……いい声ね」 私の思考を、じいちゃんの声が中断した。 ってあれ?真っ暗なままだけど、どうしたんだ? 『はやく、来ないかな』 ため息の音。 『寝たいけど、起きてないとな。 この前は気づかないまま寝ていたせいで、 来てくれたのに気がつかなんだ』 从;゚∀从「なんだこりゃ?」 (゚、゚トソン「どうしたの?」 从;゚∀从「いや、さっきは映像付きだったんだけど、 なんか、真っ暗なままだから……」 (゚、゚トソン「……そうなの」
- 481 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:03:44.78 ID:CPdPRhhC0
-
その時、ドアの開く音がして二人で身を固くした。 一瞬遅れて、それが目の前の窓からの音だとわたしは気がついた。 「よお、じいちゃん」 『おお、よく来てくれたね』 「あなた、私もいるわよ」 『お前も……すまんなぁ』 「ったく、ばあさん引きずって階段降りるのは手間だったよ」 「はいはい、ありがとうねハイン」 从;゚∀从「これ……」 (゚、゚トソン「?」 从;゚∀从「これついこの前の事じゃん」 (゚、゚トソン「……え?」 わたしは、自分の声を聞いて総毛立った。
- 482 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:04:58.13 ID:CPdPRhhC0
-
この会話は覚えている。じいちゃんが病院に入院する前の日のことだ。 ばあちゃんが急にじいちゃんのところに行くと言い出して。 ヘルパーさんもいなかったので、わたしが庭までばあちゃんを連れていったときの……。 ただ、わたしの記憶とは違う部分がある。 じいちゃんの声がしているのだ。 一体どういう事なんだ。 『嬉しいな』 「じゃあ、あたしは出てるよ。 話すんだろ、二人で」 「うん、ありがとうね」 『ペニサスの声。 俺に残ってるのはこれだけだ。 目も見えないし、体も動かない』 ここまで聞いて気がついた。 まさか、この声また心の声なの? ああ、さっきまで心の声丸出しだったもんな。 ってことはさ。
- 484 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:05:47.12 ID:CPdPRhhC0
-
从 д从「聞こえて、たの?」 (゚、゚トソン「……」 「あなた、もう聞こえてないのかもしれないけど……言うわね。 残念だけど、もうあなたをここから出さなきゃいけないのよ」 『え?どうして?』 「前に話したけど、 あなたはもう生命維持装置が必要なの。 だから、家じゃなくて病院に行かなきゃいけないのよ」 『だめだ!どうしてそんな事を言うんだ!』 「私も、この家を出てドクオのところに移るよ。 ハインちゃんにいつまでも世話をさせるのも可哀想だし」 『ダメだダメだダメだ! そんな事したらもうこの庭を守れないじゃないか! お前のための庭なんだぞ!』 『世界で一番美しい庭にするって約束したんだ! お前のために!』
- 486 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:06:46.10 ID:CPdPRhhC0
-
「本当に、どうしてこんな事になっちゃったのかしらね。 最期はふたり一緒にこの家でって思ってたのに」 『そんな事言わないでくれ』 「嫌だけど、しょうがないことよね。 ……二度と会えないわけじゃないんだし」 『ペニサス』 「……あなた、私あなたが倒れてからずっと聞きたかったことがあるの」 『なんだ、改まって』
- 488 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:07:19.23 ID:CPdPRhhC0
-
「わたしと庭、あなたはどっちを大切に思っているの?」 『……お前に決まってるじゃないか』
- 490 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:08:18.13 ID:CPdPRhhC0
- 「……答えてくれないって分かってるのに。
ふふっ私って馬鹿な女ね、いくつになっても、本当に」 『なぜこんな時に口をきけないんだ。 どうして!どうしてだ!』 「ごめんね、私もう行くから」 『待ってくれ!たのむ!』 「じゃあね」 ……パタン ドアが閉められる。 確か、ばあちゃんが開けたのを私が閉めたんだ。 『……これが、俺への罰なのか?』 『素直に、あいつに伝えられなかった罰なのか?』 『馬鹿だな、俺は』 『あいつに、何よりも大事だって言えばいいだけだったのに』 『あんまりじゃないか、こんなの』 『あ、もうダメだ、ねむく、』 『ペ……ニサ…ス……ハイんちゃ……』
- 492 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:09:30.65 ID:CPdPRhhC0
-
カチッ 从 -从「……」 ( 、 トソン「……」 スイッチが切れる音がした。 窓の中から、音が消える。 唐突に眠りに落ちるみたいに。 从 д从「……ちょっとまってて」 ( 、 トソン「うん」 私はこの続きを見るために、 もう一度電気をつけに離れの前に行った。 ああ、何度ここのスイッチを押しただろう。 カチッ 从 ゚-从「……」 (゚、゚トソン「あかり……ついたね」 从 ゚-从「……うん」
- 493 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:10:33.59 ID:CPdPRhhC0
-
電気をつけると、がらんどうになった部屋が窓の中に見えた。 ……でも、いつまで経っても部屋の中にじいちゃんが現れることはなかった。 だってただ電気がついて、離れの中が見えてるだけだったんだから。 从 -从「……」 何回か、電気をつけたり消したりした。 だがなんどやっても、二度と窓の中に過去の景色が現れることはなかった。 つまり、これで終わりなのだ。 ……ふざけるな。
- 494 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:11:07.90 ID:CPdPRhhC0
-
从# -从「……けんな」 (゚、゚トソン「え?」 从#゚д从「……ざっけんじゃねえよ!!!!」 (゚、゚;トソン「高岡!」 从#゚д从「何が罰だよ!そんな事で罰なんて下るわけないじゃねえか!!!」 わたしの心に、変なモノが入ってきてそこをグチャグチャにかき混ぜられる。 それで訳分かんなくなって、わたしは空っぽになった離れに向かって叫んでいた。 从#゚д从「どうしてそんな事も分かんねえんだよ! あたし知ってるよ!じいちゃんがばあちゃん大好きだってことぐらい! あたしが知ってるんだからばあちゃんが分かんなかったわけないじゃん!」 从#;д从「分かっただろ!!どうなんだよ!!答えろよクソジジイ!!!!」 わたしはよく分からないものに突き動かされて、 いつの間にか窓を殴っていた。 何度も何度も。トソンに止められるまでずっと。 涙とか、鼻水とか垂れ流しながら。 ……情けない話だけどさ。
- 495 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:12:03.75 ID:CPdPRhhC0
- *―――――――――*
それからが大変だった。 高岡は手を切って大出血していたし、なだめるのにものすごい時間がかかった。 興奮した彼女のために、今度は私がコーヒーを淹れてやらなければいけなかった。 (゚、゚トソン「落ち着いた?」 从 ∀从「……おう」 それが、十時過ぎぐらいのことだ。 玄関の靴箱の上に置きっぱにしていた携帯を確認すると、 困ったことに母親から鬼のように着信が入っていた。 同じく、トチぐるったメンヘラがやるみたいにして、 メールも20件以上送りつけられていた。 ……どうもこれは、家に入れてもらうために土下座しなくてはいけない雰囲気だ。 私は、朝帰りしたサラリーマンじゃないのに。 从 ∀从「わりぃな、こんな遅くまで付き合ってもらっちゃって」 (゚、゚トソン「まあ、あんたに付き合ってると遅くなるのはいつものことだから。 べつに今更気にしてもらってもね」 从 ∀从「へっ……そうかい」 高岡は、そう言ってにやっと笑いながら頭を掻こうとした。 その途端に、高岡は顔を歪める。 ……怪我をした方の手を使うんじゃない。
- 496 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:13:19.29 ID:CPdPRhhC0
-
从;゚∀从「いってぇ」 (゚、゚トソン「……馬鹿ね」 从 ゚∀从「なんつっても、あの馬鹿ジジイの孫だからな」 (゚、゚トソン「……」 嫌な感じの沈黙がダイニングに満ちる。 本当に、あれは一体なんだったんだろうか。 集団ヒステリー?白昼夢?ああ、白昼ではないか。 ともかく、妙な体験をしたものだ。 (゚、゚トソン「あれ、なんだったんだろうね」 从 ゚∀从「分かんね、でもじいちゃんがなんか伝えたいっては分かる」 (゚、゚トソン「……おばあさんのことを愛してたってこと?」 从||;゚∀从「うひーっ!やめろその言い回し! 臭すぎて鳥肌たつ!」 (゚、゚#トソン「ちょっと!」 从;゚∀从「ごめんごめん、でもしょうがないじゃん」 (゚、゚トソン「はあ」
- 498 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:14:10.86 ID:CPdPRhhC0
-
……さっきまで激高していた奴とは思えないヘラヘラした態度だった。 安心するやら、呆れるやらで、私は体から力が抜けていくのを感じていた。 (゚、゚トソン「で、どうすんの? 今日あったこと、伝えるの?」 从 ゚∀从「まあ、そうするつもりだけど。 でも、どうやって言ったらいいのかねえ? まんまの事言ったら、頭おかしくなったって思われるよな」 (゚、゚トソン「……引越しの荷造りしてたら、 おじいさんっぽい煙が離れの窓に張り付いていた。 そして電気のスイッチをつけたり消したりしたら、 おじいさんの過去の映像が次々窓に映し出されて……」 从 ゚∀从「ああ、その時点であたしは警察呼ぶね」 (゚、゚トソン「……おじいちゃんスイッチ」ボソッ 从 ゚∀从「え?」 (゚、゚トソン「……なんでもないよ」
- 500 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:15:01.82 ID:CPdPRhhC0
-
……どうにかして、怪しまれないでおばあちゃんに伝える方法はないものか。 なかなかに難しい問題だ。 ニューソク町に行って、おばあちゃんと話をするってだけでもハードルが高い。 ただ、「話をしに来ました」っていうには遠い距離だ。 どうしたものか。 そう思っていると、テーブルの上に置きっぱなしにした原稿用紙の束が目に入った。 (゚、゚トソン「……」 私は、それを手に取り最後の一枚をめくった。 『分からない、私にも。あなたと同じように。 でも、私はあの人を信じている。 私はそうするしかないのだ』 信じている、でも、分からない。 ……老人のくせに年頃の乙女みたいに繊細な人だ。 私の周囲にもこういう子がいる。 一押しすれば踏み出せる。 その一歩を、人の手を借りなければ踏み出せない。 でも私は彼女を後押しできる立場でもないし、 そのための言葉を持つほど成熟した人間でもない。 なら私はどうするべきか。
- 501 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:15:19.71 ID:CPdPRhhC0
-
(゚、゚トソン「書こう」 从 ゚∀从「……いきなりなんだよ」 (゚、゚トソン「ちょうど、まっさらな紙があるんだしさ。 今日あったこと、紙に書いておばあちゃんに見せよう」 从;゚∀从「また面倒くさそうなことを……」 (゚、゚トソン「嫌なら私一人でもやる。でもあそこで私がいない間、 どんなことがあったかくらい教えて」 从 ゚∀从「……分かった。あたしも書くよ」 そう言って、高岡は私の手から原稿用紙の束を取った。 それから、最後の一枚に書かれている短い文を食い入るようにして見つめた。 从 ゚∀从「これ、つまり……あれだよな。 さっき、ばあちゃんがじいちゃんに聞いてたことだよな。 庭と、私。どっちが大切っていう」 (゚、゚トソン「……うん、私が最後におばあちゃんに会ったときにも、 おばあちゃんが私に聞いてきたのよ。どう思う?って。 私が分からないって答えたら、今日その紙をあなたから渡されて」 从 ゚∀从「そういうことか」 短くそう言うと、高岡はテーブルの上に紙束を置いた。
- 502 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:16:14.08 ID:CPdPRhhC0
-
从 ゚∀从「ばあさんも何やってんだか。 何回かしか会ってないお前に、そんな事を言ってもしょうがないのに」 (゚、゚トソン「確かに困ったわね、言われたときは」 でも、今ならおばあちゃんを後押しできる。 私がじゃなくて、おじいちゃんとそれから……。 从 ゚∀从「最近ばあちゃんとまともに話してなかったから、 そのせいでお前に迷惑かけちまったな。 本来なら、あたしとばあちゃんで話さなきゃいけないことなのに」 (゚、゚トソン「いいのよ……私だってそういう人たくさんいるから」 高岡なら、おばあちゃんと過ごしてきたこの子ならその資格がある。 (゚、゚トソン「私も手伝うから、一ヶ月もあればいけるわよ。 こう見えても文芸部ですからね」 从;゚∀从「なあ、ほんとに書かなきゃダメか?」 (゚、゚トソン「……警察呼ばれるって言ったのあんたじゃない」 从;゚∀从「うう……」 こうして、私たちは執筆活動に入った。 高岡の国語力ではどうなるか不安だったが、 他にいい案も思いつかなかった。 ……そして、それから完成にこぎつけるまでは実に一ヶ月半を要した。
- 503 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:17:00.77 ID:CPdPRhhC0
- ――――――――――――
――――――――― ――――― …。 从 ゚∀从「こんにちわー!」 電車に揺られ、私たちはおばあさんが移った高岡の叔父宅へとやってきた。 出てきたのは、30代前の若い女性……たぶん奥さんだ。 川 ゚ -゚)「はーい……お?」 从 ゚∀从「どーも、お久しぶりです」 川 ゚ -゚)「ハインちゃん……? どうしたの急に?」 从 ゚∀从「いやーすみませんあっちから荷物を送るときに、 送りそびれちゃったものがあってですね。 台所用品とかなんですけど、もう直接持ってっちゃおうって思って」 川 ゚ -゚)「そちらは?」 从 ゚∀从「荷物運びを手伝ってもらった友達です」 (゚、゚トソン「こんにちは」 綺麗な人だったが、どことなく高岡に向ける視線に冷たいものを感じた。 高岡が言っていたのだが、おじいちゃんの受け入れに難色を示していたのは主にこの人らしい。 ……叔父はこの若い妻に尻に敷かれて逆らえなかったのだ。
- 505 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:18:06.53 ID:CPdPRhhC0
-
川 ゚ -゚)「ああ、わざわざどうもありがとうね。 じゃあ、中はいって」 从 ゚∀从「あ、そうそう。 ばあちゃんに直接渡すものもあるんで。 いまばあちゃんいます?」 川 ゚ -゚)「あ、いるよ。 和室の方にいるから」 从 ゚∀从「ありがとうございます」 (゚、゚トソン「おじゃまします」 靴を脱いで、家に上がらせてもらった。 なんとなく、雰囲気の暗い家だ。 それにジメジメしている。 土地のせいなのだろうが、老人にはあまり住みよい場所とは言えない。 わるいが、狭いしどうも棺桶を想像させる家だった
- 506 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:18:38.75 ID:CPdPRhhC0
-
从 ゚∀从「ふう、重かった」 高岡はスポーツバッグに入れた台所用品を床に下ろした。 高そうな包丁や、用途の分からない金属棒などが入っていたから持ち運ぶには一苦労だった。 そのバッグのジッパーを開けると、高岡は原稿用紙の束を取り出す。 从 ゚∀从「まったく、長い一ヶ月だったよ」 (゚、゚トソン「ほんとにね、あんたの文章校正するのはきつかったわ」 从 ゚∀从「悪かったな」 高岡がおばあちゃんの部屋の襖を開ける。 おばあちゃんは、座椅子に座ってテレビを見ていた。 その目に、生気はあまり感じられない。 ('、`*川「あら!あなたたち」 从 ゚∀从「……よお」 (゚、゚トソン「お久しぶりです」 おばあちゃんは、私達を見るなりこちらに歩みよってきた。 屋敷にいた時より、少し痩せたような気がする。
- 508 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:19:48.40 ID:CPdPRhhC0
-
('、`*川「元気だった? 私の方はほんとに大変で」 从 ゚∀从「……ああ、辛かったよな」 (゚、゚トソン「おばあちゃん、今日はちょっと見てもらいたいものがあってきたんです」 ('、`*川「あら?なあに?」 高岡が、一歩前に出て原稿用紙をおばあちゃんに渡した。 原稿用紙の端が、細かく震えているのが横目に見えた。 ('、`*川「これ、私がトソンちゃんに……」 从 ゚∀从「ああ、そうだよ。 でもさ、ばあちゃんの書くお話の割に内容が少なかったからさ。 私たちで埋めてきたんだ200枚分の原稿用紙を」 ('、`;川「え?どういうことよ」 从 ゚∀从「ま、内容はあとでゆっくり読んでもらうにして。 最後のページ、読んでいてみてよ」 ('、`*川「悪いけど……私こう言うのに厳しいわよ」 おばあちゃんが、最後のページをめくる。 そこには、短い文章が私と高岡の手で追加してあった。 そしておばあちゃんには悪いが、一部削らせてもらった部分もある。
- 509 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:20:19.47 ID:CPdPRhhC0
-
『 "わたしと庭、あなたはどっちを大切に思っているの?" "……お前に決まってるじゃないか" "私はあの人を信じている 私はそうするしかないのだ" 』
- 510 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:20:57.88 ID:CPdPRhhC0
-
('、`*川「……」 从 ゚∀从「ばあちゃん、分かってんだろ本当は。 じいちゃんにとって、どっちが大事だったかなんてことぐらい」 ('、`*川「……」 从 ゚∀从「ばあちゃん、聞いてる?」 ('、`*川「落第よ、こんなもの」 从;゚∀从「は?」 ('、`*川「私の原文を大きく改変してるし、 私の作った雰囲気も何も全部ぶち壊しじゃない」 从#゚∀从「テメッ!このクソババア! あたし達がどんだけ苦労して……」 ('、`*川「でも、嬉しい」 从 ゚∀从「……あ?」 ('、`*川「よく書けてるとは言いがたいけど、 あなたの温かさが伝わってくるわ。 ちょっと不良ぶってるけど、本当は優しいあなたらしいわ」 从 ゚∀从「……ふん」
- 511 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:21:40.88 ID:CPdPRhhC0
-
おばあさんは、それからペラペラと紙をめくって、 ざっと中身に目を通す。 その目には言いようのない何かが湛えられていた。 ('、`*川「でも、なんで私たち夫婦しか知らないことが、 こんなに書いてあるのかしら? しかもなんか、あなたが書いたっぽくない部分も……」 从 ゚∀从「トソンに手伝ってもらったんだ。 あと、他の部分は……」 从;゚∀从「なんつうか、じいちゃんが夢枕に立ったというか……」 ('、`*川「はぁ、そう」 ('、`*川「……あの人、私のところには来てくれないのに。 ハインちゃんのところには来るのね」 おばあちゃんが、小さくため息をついた。 そうしてから、彼女は目を閉じてなにか考えていたようだったが、 しばらくして、私達に声をかけた。 ('、`*川「トソンちゃん、ハイン」 (゚、゚トソン「なんでしょう?」 从 ゚∀从「……」
- 513 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:22:54.79 ID:CPdPRhhC0
-
('ー`*川「まあとにかく、ありがとうね」 おばあさんは、そう言って原稿用紙を胸に抱きしめた。 从*゚∀从 それを見た高岡の横顔は、いままで見たこともないような。 やさしく、女の子らしいものだった。
- 515 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:23:30.56 ID:CPdPRhhC0
-
*―――――――――* 高岡の叔父の家を出た私達には、もうひとつ向かわなければならない場所があった。 そこは、あの屋敷を見下ろせる山の中ほどにあった。 从 ゚∀从「トソン、ほうき取ってくれ」 (゚、゚トソン「はいよ」 从 ゚∀从「あんがと」 高岡が、吹き寄せた落ち葉をさっと払い落とす。 それから、柄杓で石の肌に水を掛けて清める。 その石の色の変化は、私の心に小さなトゲを刺した。 从 ゚∀从「なんでまたこのタイミングだったんだろうなって。 この前の晩は思ったけどさ、こういう事だったんだな。 ……じいちゃん」 (゚、゚トソン「……」
- 517 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:24:07.76 ID:CPdPRhhC0
-
目の前の墓石には、おじいさんの名前が大きく彫り込まれていた。 大きな石材屋さんの社長さんだったという彼にふさわしい、立派な墓だった。 从 ゚∀从「あたし達に書かせて、ばあちゃんに見せて……。 これでよかったのか?まあよかったんだろうな。 じゃなきゃ、あたしどうしていいか分かんないよ」 (゚、゚トソン「……これで良かったのよ」 あの屋敷が空になって一週間ほどで、おじいさんは亡くなった。 病院に移ってから、わずか数日でのことだった。 「おばあさんのために飾った庭を守る」 彼はきっと、そのことにだけ固執してなんとか生きてきたのだろう。 その望みが絶たれたとき、彼は数日かけてゆっくりと死んでいった。 从 ゚∀从「……こうしてても全然泣けやしねえや。 こういう時ってポロッて泣いてみせるのが礼儀なんだろうけど」
- 520 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:25:05.05 ID:CPdPRhhC0
-
高岡は、そっと墓石の頭に手を添えた。 从 ゚∀从「あの夜、その分泣いちゃったからな。 ごめんなじいちゃん」 あれから、やっぱり大変だったらしい。 おじいさんの持っていた資産は、不動産などを含めかなりの大きさがあった。 それをめぐって、ハインの父と叔父が相当揉めたようだ。 私たちはそれがどうしたという感じで、 おばあさんに見せる原稿を書いていたからよく知らないが。 ……諸々の話し合いが終わったのはつい二週間前ほど前のことであるそうだ。 そしてあの屋敷だが、今は売りに出されている。 屋敷を単純に相続するのは面倒ということで、 売った金を兄弟で分け合うということで話がまとまったらしい。 親の心子知らず、ここに極まれり。 (゚、゚トソン「あーあ、私もなんか力抜けちゃった。 もっとロマンチックになると思ったのに。 あとに残ったのはドロドロの相続争いかぁ」 从 ゚∀从「いきなりじいちゃんが起き上がって、 ばあちゃんとキスして終わり……っていうよりはいいよ」
- 521 名前:あろ数レスで終わります:2011/06/19(日) 02:25:43.49 ID:CPdPRhhC0
-
从 ゚∀从「それにさ、なにか残して終わりじゃなくてもいいんじゃないの?」 (゚、゚トソン「どういう事?」 从 ゚∀从「要はさ、あたし達とばあちゃんだけ、 事の顛末を知ってりゃいいんだよ」 从 ゚∀从「じいちゃんも、あの事を伝えたかっただけだろうしさ」 (゚、゚トソン「……それもそうね」 高岡から聞いた話では、おじいさんはシャイな人だったみたいだし、 このほうが良かったのかもしれない。 世間に広く知られるラブストーリーになんてならなくていいのだ。 (゚、゚トソン「それにしても、あれはなんだったんだろうね」 从 ゚∀从「さあな、じいちゃんの生霊かなんかだったのかな。 それとも……」 窓の中に広がる、金色の煙。 今でもたまに夢に見る。 昔の人のイメージしていた極楽浄土の雲みたいなあの輝きを。
- 522 名前:あろ数レスで終わります:2011/06/19(日) 02:26:01.48 ID:CPdPRhhC0
-
突然、冷たい風がひゅうと墓地の中を通って行った。 私は、コートの中でぶるっと身を震わせる。 見れば、高岡も寒さに身をすくめていた。 从;゚∀从「うーっ……寒いな」 (゚、゚トソン「じゃあ、もうそろそろ行こうか。 もう暗くなってきちゃったし」 从 ゚∀从「……そうだな。 じゃあね、じいちゃん」 高岡は墓に向かって小さく手を振ると、 ダッフルコートのポケットに手を突っ込んで墓地を後にする。 私は、数歩遅れてその後を追った。 腕時計に目をやると、もう五時をまわっていた。
- 523 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:26:23.05 ID:CPdPRhhC0
-
冬至をすこし過ぎたばかりの今、夜闇の足は早い。 眼下に広がっている小さな住宅地には、まだ電気の付いている家は少なかった。 夜の訪れが早いあまりに、住民たちは夜になったことに気づいていないのかもしれない。 その闇の中に、あの屋敷はうずくまっていた。 (゚、゚トソン「……」 誰かの手に渡ったら、あの屋敷は取り壊されてしまうのだろうか。 それはでも、あまりに寂しすぎる。 前を歩く高岡をみると、彼女も見ているところは同じようだった。 その時だった。 高岡が突然、動きを止めた。 (゚、゚;トソン「きゃっ!」 从 ゚∀从 高岡の背中に、トンと肩をぶつけてしまった。 それでも高岡は何も言わずに、ぼおっと屋敷の方を見ていた。 (゚、゚;トソン「どうしたの高岡」 从 ゚∀从「あれ、見てみろ」 (゚、゚トソン「なによ?」
- 524 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:26:52.57 ID:CPdPRhhC0
-
高岡の指差す方を見て、自分の目を疑った。 電気なんてとっくに止まってるのに、あの離れに明かりが付いている。 ああ、でもそんな事は関係ないんだった。 (゚、゚;トソン「……うそ」 从 ゚∀从「……」 高岡は、何も言わなかった。 行こう、とも走れとも。 そんな私たちの目の前で、離れの明かりは一度カチリと瞬いてから消えた。 周りはほとんど無音だったが、私にはあの古いタイプのスイッチの音がした気がした。 从;゚∀从「……おお」 (゚、゚;トソン「……」
- 525 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:27:16.48 ID:CPdPRhhC0
-
しばらく、風の渡る音だけがその場に聞こえているだけだった。 高岡が、突然大笑いを始めるまでは。 从*゚∀从「あははははは!」 (゚、゚;トソン「ひっ」 本当に頭がおかしくなったのかと思ったが、 やけくそみたいに笑い続ける彼女を見ていると、どうもそうではなさそうだった。 (゚、゚;トソン「どうしたのよ!」 从 ゚∀从「どうしたもこうしたもない! あの金色の煙! やっぱりじいちゃんだよ!」 (゚、゚;トソン「へ?」 从 ゚∀从「だってそうだろ? あたし達がここに来たのを知ってんのはじいちゃんだけだ!」 (゚、゚トソン「!」 確かに、その通りだ。 ここに来ることはおばあちゃんにすら話していない。
- 527 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:27:49.40 ID:CPdPRhhC0
-
从 ゚∀从「きっとあれだ!ありがとうとか言いたかったんだろ! そうだろ!じいちゃん!」 (゚、゚;トソン「はは、まいったわね……」 その瞬間、また離れからカチン、カチンと光が一瞬漏れた。 空の星の瞬くより遅く、信号よりは早く。 まるで、ハインの言葉に「その通りだ」とでも言うかのように。 何故か人のよさそうなおじいさんの顔がふと、頭の中に浮かんだ。 照れたような表情で笑う、のんびりしたおじいさんの顔が。 从*゚∀从 (゚、゚*トソン ……私たちは思わず顔を見合わせたあと、つい吹き出してしまった。
- 528 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:28:18.36 ID:CPdPRhhC0
-
/ ,' 3陽のあたる墓のようです('、`*川 終わり
- 530 名前: ◆MsdInw62ztuy :2011/06/19(日) 02:29:37.48 ID:CPdPRhhC0
-
若い人達の話を書きたかったのに 結局ジジババが出てきてしまう。 深層心理的な何かが邪魔をしているぞ! そしてマッチ売りの少女的な何か。 そういう作品でした。 90レス近くにわたり長々と失礼しました。 すっかり遅くなってしまいました 次の方、どうぞ
- 535 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:30:59.91 ID:JaJXTk6J0
- 俺が最後ですね、では投下します
- 539 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:33:25.04 ID:JaJXTk6J0
-
- 注意と謝罪 - この作品はある曲の歌詞を元に作られており、その歌詞をそのまま転用しております 歌詞の解釈は筆者特有のものであり、また、他の解釈を否定するものではありません 作詞作曲者に多大な感謝と許可のない使用の謝罪の意をここに表します
- 541 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:35:26.66 ID:JaJXTk6J0
-
きみのことを誰も覚えていない 名前さえも きいたこともないと言う そんな人は 知り合いにはいないよと 誰も彼も 不思議そうな顔をする
- 545 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:37:29.81 ID:JaJXTk6J0
-
アトカタモナイノ国 のようです
- 550 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:40:45.71 ID:JaJXTk6J0
-
ここは夢の中だ。目覚めてもいないのに、それが僕にはわかる。 それは直感のどこか薄ぼんやりとした不定形の何かではなく、巨大な壁のような威圧感を持って僕に理解を押しつけてくる。 それは「人間」は生まれた時から己が「人間」であることに疑問を持たないのと似ている。 あなたは「人間」だ。はい私は「人間」です当たり前。そんな感覚に近い。 これは「夢」だ。はいこれは「夢」です当たり前。 だが同時に、執拗なまでの現実感が周囲の空気ごと僕の居る部屋を覆っていた。 現実よりも現実じみたそれは、ありえないほどのリアルさがかえって夢を強調していた。 写真が一目見て絵でも現実でもなく写真であるとわかるのと同じ、そういった強すぎる現実感だ。 無音に近い、しかし聞き取れないほどの小さな音が耳鳴りの中に混じる静けさ。 打放ちのコンクリートからはカビ臭さと、他人の家に感じるあの異質の匂いが鼻をくすぐる。 天井から吊られた裸電球は、クモの巣をまとい薄汚れた黄色い光を放っている。 湿度の高い空気がまとわりつき、僕の動きを緩く阻害して、縫いとめるでもなくただ漂う。
- 553 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:42:47.16 ID:JaJXTk6J0
-
どれもが夢特有の脆さと儚さを持たず、むしろ、現実以上の確固たる何かを主張している。 同時に部屋は暗く廃退的な空虚さを持って、僕を食らうタイミングを計るように取り囲む。 まるで、闇の中で野生動物に首元を狙われているかのような、落ち着かない気落ちが僕を並びながら取り囲んでいる。 それらを振り払って、周囲を見まわした。 隅に置かれた鎖とよくわからない粗大ゴミのような木材は水に濡れ、光の反射がどことない妖しさを感じる。 一匹の蛾が電球の回りをふらふらと彷徨い、幾度となく光源を覆うガラスに阻まれては跳ね返る。 そして何より、正面の壁に取り付けられた、巨大で錆びたスイッチが存在感を放つ。 古びた、鉄道のレールを切り換えるために使うような巨大なレバー式のスイッチ。 壁に取り付けたにしては、ずいぶんと大きく、無理をしているように思う。 周囲を四角く囲む黄色と黒のストライプは剥げかけいて、力ずくで動くのかも怪しいほど鉄錆に覆われている。 スイッチレバーは今、上を指していて、隣には文字盤らしきものがあり、上に赤く警告ランプが点灯していた。 近いて少し汚れに躊躇ってから、袖で文字盤を拭うとそこには「ON」とだけ書かれている。 老朽化して読めないが、たぶん、下段には「OFF」とも書かれていたのだろう。
- 556 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:44:51.87 ID:JaJXTk6J0
-
スイッチ周辺の壁には配線や太いパイプがいくつも這っていて、乱雑な幾何学模様を描いている。 おそらく僕には窺い知れない複雑な構造になっているのだろう。 しかしそれにしても、剥き出しというのはなにか構造的な欠陥があるようにも思えた。 そして、夢を夢であると理解したように、目前に鎮座するスイッチを切ればどうなるのか、僕は知っていた。 このスイッチ切れば、取り返しのつかないことが起こる。 どんなに願っても、そのスイッチを切ったことを取りやめて、元に戻すなど出来ない。 そういったこのスイッチにまつわるルールも、この夢が夢である事実と同様、僕はこの夢の始まりから知っていた。 まあ、実際のところ夢の始まりがどこなのかはわかりはしない。 そもそも、夢のスタートを覚えている人間などいるのだろうか? 少なくとも僕は、ここから始まったなどという時点がある夢を、記憶したことがない。 きっとどの夢も始まりは唐突で、終わりも唐突なのだろう。 まあ少なくとも現在記憶にある範疇では、最初から圧倒的に理解していたことだった。 恐らく目が覚めれば、きっと今より少し前か未来あたりを思い出して、始まりから知っていたと思うのだろう。 とにかく僕はこのスイッチの意味を知っていた。 それはつまり、僕にはある決断が迫られていることになる。
- 560 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:46:56.86 ID:JaJXTk6J0
-
決断の時まで、残された時間はそう長くはないだろう。 この夢が一体いつまで続くのかは知らないし、夢が覚めるまでのタイムリミットを自覚できるかも知れない。 少なくともこちらは、そう言った予感がある夢を見たことを幾場か思い出せる。 だが、同時に何かの拍子に目が覚めると言うことも、またよくあることだ。 「スイッチを切るか切らないか」 僕はこの二つの選択肢を決断しなくてはならない。猶予は、この夢が覚めるまでだ。 それまで僕は思う存分悩むことが出来る。 だが、もし最後までに決断しなければ、自動的に切らないことになり、恐らく二度とチャンスは巡らない。 仮に夢が覚める瞬間とやらを自覚できたとしても、焦って誤った選択をして一生後悔するかもしれない。 となれば、どちらにせよ、この二択問題に対する決着をなるべく早く決める必要がある。 それもなるべく後悔をしない選択をして、である。 「やらないで後悔するよりも、やって後悔した方がいい」などと言うが、今更ながら全く当てにならないと悟る。 悩む物は悩むのだ、そこに時間があれば、ともかく悩んで納得のいく理由が欲しくなる。 まして、人生を左右する大切な問題となれば、それは出来る限り悩んで決めた方がいいに決まっている。
- 563 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:49:10.39 ID:JaJXTk6J0
-
このスイッチを切れば、大切なきみが消える。 きみの痕跡すら全てを許さず、後にはアトカタモナイ。 その時、ノイズ音が聞こえて、僕ははたと振り返る。 気がつかなかったけれど、背後には古びたダイヤル式のテレビが置いてあったのだ。 木製の台の上に、黒い操作盤が銀色の文字を光らせる。 どうやら、先ほど唐突に電源が入ったらしい。 しばらく続いた砂嵐の画面は、一度暗転すると、やけに鮮明な映像を映し出した。 古いテレビなので、モノクロかもしれないと一瞬疑ったが、その映像には色がついていた。 いや、その表現には多少間違いが含まれている。 そのテレビは綺麗というよりも、まるで、ブラウン管に窓ガラスをはめ込んだように、現実そのものの鮮明さがあった。 脳みそから記憶を取り出して編集し、映像として古いテレビが映しているようなそんな気持ちの悪いリアルさだ。 そこには昔のまだ入学式も済ませていないような僕たちが映っている。 懐かしい、幼い僕たち四人組。 僕の視点ではなく、誰かが撮影したような視点で流れるものだから、僕がまるで五人目になったような錯覚さえ覚える。 映像が続くに従い僕は徐々に熱中し食い入るように、その古いテレビを眺めていた。
- 565 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:51:11.60 ID:JaJXTk6J0
-
きみがくれた手紙がなぜか 見あたらない 部屋のどこにも 日記の中に きみが出てこない 毎日書いていたはずなのに アトカタモナイノ国 僕はたどりついた
- 567 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:53:15.68 ID:JaJXTk6J0
-
僕とブーンとツン、それからドクオの四人は幼馴染だった。 川 ゚ -゚)( ^ω^)ξ゚⊿゚)ξ('A`) 気がつけばこの四人組は完成していて、少なくとも小学校に入学するより前から一緒だった。 近所に住むこの四人はいつ知り合ったかも遠く記憶の霞の向こうで、きっと四人の誰もがそうであったと思う。 おおよそ幼馴染とはそういうものなのだろう。 物心ついたその時から、僕はブーンという少年に淡い恋心を抱いていた。 それくらいの年齢には、恋に落ちる理由どころか、恋というものを把握できていなかっただろう。 しかし、ツンという少女も同じように、ブーンに恋心を抱いていた。 川*゚ -゚)「ブーンのお嫁さんには僕がなるんだ」 ξ*゚⊿゚)ξ「ツンがなるのー! 前に約束したのー!」 およめさんというものがどういったものなのかも知らず、ただ無邪気に主張する。 これが当時の恋の知識にまつわる全てであり、それが出来る者が尊敬のまなざしを受ける何かだった。 知識と呼ぶにはいささか軽薄すぎる気が、きっとしなかったのだろう。 川*゚ -゚)「嘘だー! 絶対嘘だー!」
- 568 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:55:16.51 ID:JaJXTk6J0
-
ツンの言葉は、子供特有の無邪気な嘘か、あるいは、ブーンが勢いから約束したのか。 今となっては判然としない。 当人たちも覚えていないに違いないと、僕は思う。 ('A`)「ブーン、したの?」 ξ*゚⊿゚)ξ「したよねー! 絶対したよねー!」 (;^ω^)「おー……覚えてないおー」 ξつ⊿;)ξ「うわーん! ブーンがウソつくー! 婚約破棄で訴えてやるー!」 (;^ω^)「ええー! 訴えられちゃうのかお!? 前科かお?」 こんな感じに泣きだして、保母さんや親といった身近な大人たちをよく困らせていた。 他にも、ブーンのファーストキスをツンが奪ってしまって、泣き喚いた挙句、頬へのキスをねだったような。 そんな今思えば、赤面することしかできない記憶がかろうじて残っている。 とにかく、小さく純真で恐れを知らない頃は、どちらがブーンの「およめさん」になるかでよく揉めたのだ。 二人の間に挟まれてブーンは困惑し、ドクオはそれを遠い目で見ていることがよくあったのを覚えている。 僕がかろうじて覚えている四人一緒の思い出が、その類なのだから幾度もあったことなのだろう。
- 573 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:57:18.28 ID:JaJXTk6J0
-
ツンがブーンを豚と呼び始めたのは、たしか小学校からだったと思う。 今思うとツンが、ずいぶんと不躾でどこかマセているのは、この頃から始まっていたのだろう。 川 ゚ -゚)「ブーン? どこへいく? 今日は日直だろう? 黒板消しくらいなら手伝うぞ」 (*^ω^)「おー! すっかり忘れてたおー。手伝いサンクス!」 ξ゚⊿゚)ξ「この豚。今日は私の荷物運びなの。借りてくわよ」 (;^ω^)「お!? 訊いてないお!?」 ξ゚⊿゚)ξ「だって、今話したもの」 川 ゚ -゚)「ほう? だがあいにく彼は日直だぞ? 私が代わりに荷物持ちでもしようか?」 (;^ω^)「おー、ダメだおー。どうせツンの荷物は重たいおー」 ξ゚⊿゚)ξ「なら日直の方を代わってくれないかしら?」
- 577 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 02:59:22.20 ID:JaJXTk6J0
-
バチバチと火花を散らし、ブーンが見当違いの合の手を入れる。 そこに遅れて手に日誌を持ったドクオが間に入った。 分厚い学級日誌をぴらぴらと揺らしながら、ドクオはそれをブーンに手渡す。 ('A`)「ん、ほれ、日誌だろ? どうせ忘れてると思って、やっといたぞ」 ( ^ω^)「助かったおー! クーも手伝ってくれようとしてくれて、ありがとうだおー!」 川 ゚ -゚)「(……おいドクオ、裏切ったな)」 ('A`)「(いや、俺に言われても……)」 成長するに従って羞恥心やその自覚が芽生え、奪い合いは消えて…… けれど、こういった感じで、お互いが恋心を捨てていないことはブーン以外の間では暗黙の了解であった。 少なくとも、僕はそうであると思っていたし、時折、駆け引きめいたことをするのは日常的でもあった。 もちろん、ツンとの仲は表立って険悪なことではなく、四人は一組となって仲良く遊んだ。 むしろ、親友と呼んでも差し支えのない関係だと思っているほどだ。僕の一方的なものかもしれないが。 なにより、このくらいの年齢にとって恋愛は友情よりも下位の感情だったのだろう。
- 581 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:01:31.15 ID:JaJXTk6J0
-
そういえば僕が小さな火傷を負った時、ツンが烈火の如き怒りを見せていたこともあった。 あの時はたしか蒸すように暑い熱帯夜の闇の中、花火大会が終わったあとのことだ。 皆で花火を持ち寄って、そのまま余興の小さな花火二次会を始めたのだ。 ( ^ω^)「ロケット花火は人に撃つ物! それを"ロケット"花火と人は呼ぶ!」 ('A`)「甘い! 止まって見えるぞブーン!」 ( ^ω^)「外れただけじゃねえかおwwww ああ! 流れ弾が!」 虫の音が遠くに聞こえる深い闇とそれを斬り裂く光の花弁は、どうにも子供心をくすぐるらしい。 その上、大人の居ない夜の中、煩わしい注意を受けずに子供たちだけでの火遊びは僕らを多いに刺激した。 「刺激した」を白熱しただとか没頭しただとか、そういう単語に置き換えても構わない程度の興奮具合だった。 だから、その白熱した興奮が火花を散らし、それに火傷することは、ある種の必然でもあっただろう。 いくつもの街灯が生む冷たい光に星明かりも霞み、月だけが輝く夜空を一筋の軌跡が二つに分ける。 川 ゚ -゚)「む? あっつ!」 その先端が偶発的に、幾ばくか茫然としていた僕へと向かったのだ。
- 585 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:03:32.15 ID:JaJXTk6J0
-
('A`)「大丈夫!?」 (;^ω^)「ごめんおー! 大丈夫かお!?」 川 ゚ -゚)「大丈夫、ただの軽い火傷―― 所詮小さな火の粉を浴びただけなので、大した痛みもないのだが、直後雷撃が落ちたような怒声が響いた。 その落雷の勢いから繰り出されるグーパンチ。 火の粉よりも直撃を浴びたブーンの方が、僕の目にはとても痛そうに見えた。 ξ#゚⊿゚)ξ「おいこら白豚ぁ!! なにクーのすべすべ柔肌をキズ物にしとんのじゃあああ!」 (;^ω^)「おー、いえこれはですね、元々ドックンが避けるからですね」 (;'A`)「えっ!? これ俺のせい!? ブーンが盛大に外したのに!?」 ξ#゚⊿゚)ξ「二人とも女の子に怪我させて、イイワケするんじゃねええええ!」 (;'A`)「俺もなの!? いえごめんなさい!?」 ツンはかなり友達想いなところがあって、それは恋の敵である僕も例外ではないらしい。 何とも毒気の抜かれる話だが、そういう所も彼女らしくていいと思う (::#)ω`)「反省しますおー」 (::#)A`)「そうしてください」
- 588 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:05:34.55 ID:JaJXTk6J0
-
ξ#゚皿゚)ξ「がるるる……」 川;゚ -゚)「ツン? 僕は大丈夫だから。軽い火傷だし……」 ξ#゚⊿゚)ξ「クーも自分を大切にしなさい! ってか火傷を負わせるだけ十分な被害よ!」 川;゚ -゚)「はい……」 こういう時のツンの怒気は凄まじいものがある。 女性の敵だとか、弱い者いじめだとか、そういった類の物に、全ての気力を振り絞って野獣のように牙を剥く。 彼女の攻撃性は、常に正しくない者と自分以上に強き者と、それからブーンへと向けられる。 とぱっちりを受けることの多い彼ら二人は、だからこそ彼女を宥める方法を心得ていた。 ただただ、しおらしくすること、その一点に尽きるのだから、僕もそれに従う。 反省していることを全身で表わせば、それに追撃を加えるほど彼女は我を失うことはない。 ξ*゚⊿゚)ξ「全く私の将来のお嫁さんが傷物になったらどうしてくれるのよ!」 川 ゚ -゚)「おい、僕は婿だ。嫁になるつもりはないぞ!」 怒りすぎたと思った時には、こうやって、冗談で空気を切り変えてくれる。 なんだかんだいって、彼女は優しくまっすぐで、とても眩しい。 僕には、時折眩しすぎると思ったことも多かったけれども。
- 591 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:07:37.71 ID:JaJXTk6J0
-
そうそう、女の敵と言えばこんなこともあった。 確かあれは中学も半ばを過ぎた夏休みのこと、どこかへと遊びに四人で電車に揺られていた。 どこに行く途中だったのか、どうにも思い出すことができないのはやはり、事件のインパクトが大きいのだろう。 地元の電車はいつも満員か、まあ常に座席の倍以上の人数が乗っていて、若者が座れるような空間ではない。 鉄の囲いに冷気を満たし、うだるような暑さを割いて進む電車は、まあそれでも外よりは快適だった。 汗ばむ胸元を仰ぎたい衝動を抑えながら、吊革に片腕でぶら下がり、ブーンと話していた時だ。 ξ;゚⊿゚)ξ「ん……あの……」 初めは小さな異変だった。 らしくない、か細い声でツンが遠慮するような言葉を出した。 僕はおしゃべりに外の暑さと同じくらい熱中して、その異変に遠いセミの声と同程度の関心しか抱かなかった。 ξ - )ξ「……やっ……て……」 普段はやかましい攻撃性を振りまくツンが珍しく静かなのも、生理なのだろうと口を挟まずにいた。 それが恐怖の無言だと誰が想像しただろう? 僕にせめてもの弁解が許されるなら、僕らの中で最も遠い位置に立っているツンの姿は人が邪魔で見えなかったことだ。
- 593 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:09:42.32 ID:JaJXTk6J0
-
そして、痴漢とツンの間に割って入るように、ドクオとブーンが身を乗り出す。 ちらちらと携帯を揺さぶりながら、怒りに狂うブーンを片手で抑えて、彼は少し言葉を選ぶ。 ('A`)「見てたよー。とか言っても言い逃れするだろうから、気がついた瞬間にすぐ写メ撮っておきましたよ」 それからすぐツンに「遅くなってごめんね」と付け加える。 獲物を完全に包囲してからけしかけるハンターか、その猟犬のような鋭い瞳は、冷酷な怒りに染まっている。 僕やブーンと違って彼は、烈火ではなく吹雪のような怒りに心を包んでいた。 狼狽する男の様子をいたぶるように無言で問い詰め、一歩近寄る。 ('A`)「ねえ、警察―― 「呼びましょうか?」と問い詰める言葉は、電車が駅に滑り込んだ瞬間遮られた。 ドアの開くその瞬間に、痴漢は奇声を上げてドクオを突き飛ばしたのだ。 そのまま反転し、人ごみの中へと紛れ込む。 (#'A`)「おいてめぇ! 待てっ!」 転びながら冷たい炎は瞬時に燃え上がり、その場の誰もが凍てつくような怒りを声に込めていた。 ずっと冷静だった人間が突如怒鳴ることが、こんなにも恐ろしい殺意を放つのかと、僕も少し身を竦ませる。
- 597 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:12:01.42 ID:JaJXTk6J0
-
転倒した時に怪我をしたのか、左手を抑えながら追いかけようとするドクオを、けれどツンが引きとめた。 「もう大丈夫だから」とドクオに、車内の喧騒に呑まれ聞こえるかも危うい声で、幾度も呟く。 その様子に犯人よりもツンの方が心配になったのか、ドクオも「わかった」と一言呟いて黙り込む。 その直後、電車が駅を出発してからも、沈黙は色濃く続いた。 まるで、口を開けば割れてしまう風船を怖がって、誰もが口を閉じ、その風船が過ぎるのを待つような。そんな気分だ。 その風船をたたき割ったのは、ブーンだった。 (;^ω^)「おい、ドクオ? その手、大丈夫かお?」 痴漢騒動が原因ではない冷たい脂汗を浮かべながら、ドクオは大丈夫だと笑って見せるが、その顔は若干ひきつっている。 そう言われれば、電車に合わせ揺れる立ち姿もどこかいつも以上に頼りない気がしてくる。 ξ;゚⊿゚)ξ「あんたそれ、ちょっと不味いんじゃない?」 左手はそれから徐々に青紫に変色し、風船のように膨らみ始めると、皆が何度もドクオの説得に乗り出した。 それから二駅も過ぎた頃には、脂汗は滝のように流れ始める。 痛みをこらえているのか、奥歯がかみ合わずにがたがたと音を立て始めた頃になって、彼はその説得ようやく応じた。
- 600 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:14:09.25 ID:JaJXTk6J0
-
遊びに行く予定を潰して、ドクオを病院に運ぶと、医者からは小指の剥離骨折だと宣告された。 ギプスに痛み止めを処方されて地元駅に着いた時には、もう十分陽が傾き始めた頃合いだ。 金色に輝く夕陽はビルの形に黒く切り抜かれ、それでもなお、空を赤く燃やし雲を煙のように暗褐色に染めている。 鬱屈とした感情を吐き出すように「あの痴漢野郎」と、ツンが罵ると皆ははけ口を見つけたように怒りを噴出させた。 それは連鎖的にあふれる性質を持っていて、きっとツンだけがその皮切りになれたことだ。 だから皆続いて胸の内にあった鬱を、声という形にして叩きつける。 (#^ω^)「あの糞野郎のせいで、ドクオは怪我しておまけに一日丸つぶれだおー」 (#'A`)「あんにゃろう、写メは撮ってるんだから、地獄の底まで追いかけていつか絞め殺す」 ξ#゚⊿゚)ξ「甘いわね、次あの顔みたら即座に固定して、顔の表面を五mmずつゆっくりミンチにしてやるわ」 (;^ω^)「それ、拷問だとしても酷い部類だお……」 ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ穴という穴全てにミミズを一匹ずつ詰め込む。詰めなくなるまで丹念に詰め込む」 川 ゚ー゚)「人間ミミズソーセージwww」 それらは特に意味のないただの愚痴だ。 だから、落ちていた空き缶を蹴り飛ばし、怒りを単純な運動エネルギーに変えて発散する。
- 602 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:16:10.70 ID:JaJXTk6J0
-
ぶつける先を失った怒りを上手く飼いならせるほどに、僕たちはまだ歳をとっていなかった。 振り仰げば宵闇の濃紺が後ろから進軍を始めていて、あと少しの時間もしないうちに一番目の星が光るだろう。 コンクリート・ジャングルにも一番星の輝きは、数万年の時間をかけて届くのだ。 きっと、この呪いと不満と怒りをないまぜにした感情も、空を駆け巡りあの男に届き、天罰を与えるに違いない。 (;'A`)「あーやっべー、俺最高にかっこわりー」 そんなくだらないことを考えていると、ドクオがうめくように言った。 それは冷静の境地に立ち返り、電車に置いてきた自省と後悔とがやっと追い付いたような、そんな言葉だった。 ξ゚⊿゚)ξ「あんた、骨折した癖にずいぶん余裕あんな」 川 ゚ -゚)「痴漢されて泣いてたはずのお前もな」 そんなふざけ合いの中、ドクオが小さく「好きな子の前くらい……」と口の動きだけで言ったのを、僕は見逃さなかった。 見逃さず、けれど、なにを言うわけでもなく馬鹿話を続けて、見なかったふりをしてあげた。 彼の言葉も、一番星のように時間がかかってもいい、いつか相手に届けばいいなと、ただその時は純粋に思っていた。 ただそのときは、やっと顔をのぞかせた一番星が綺麗だと思いながら空を眺めていただけだった。
- 605 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:18:11.59 ID:JaJXTk6J0
-
他にも四人の思い出はたくさんある。 中学の卒業式、泣き上戸のブーンも、骨折しても涙を堪えたドクオも、皆泣いて別れを惜しんだ。 テストが赤いと評判のツンに留年がかかった時、別の高校に進んでいた僕たちが勉強を教えた。 ドクオが浪人しながらも日本最高学府に合格した時は、少し早いお酒に手を出してハメを外したこともある。 僕は全てを日記に書いて、机の下から二番目の引き出しに鍵をかけて大切に残してある。 大学に進学した今でさえ、定期的に会う幼馴染というのも珍しいだろう。 しかしそれは、誰もが大学に進んでも会おうと思えば会える距離だったから成立したことなのだ。 まさかこの中から欠員が出て、この心地よい関係にヒビが入るなどとは、この時は微塵も思っていなかった。
- 610 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:20:37.69 ID:JaJXTk6J0
-
きみの家を ある日訪ねてみた きみの家が あったはずのその場所には 三階建ての古い郵便局 古いドアが 古い客を待っていた
- 613 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:24:16.11 ID:JaJXTk6J0
-
( ^ω^)「おいすー」 先にドアが開き、中に入るついでのようにドアチャイムが遅れて押される。 プライバシーのかけらもないこの慣習は、女の部屋を訪れるにはどうなのだろうと首をかしげるべきだろう。 しかし、長く過ごしすぎた友達というのは、もはや性別も超越している。 川 ゚ -゚)「上がってくれ。今、つまみを作っているところだ」 ( ^ω^)「あれ? ふたりは?」 川 ゚ -゚)「まだ来てないな。ツンは何でもゼミが忙しいとか言ってたぞ」 よく人が訪れるため、部屋は僕としてはかなり片付いている方だ。 皆、ランダムにこの家を訪れるものだから、常にある程度の覚悟と配慮は出来ている。 うん、ゴミとか散らかってないし、下着を干してるだとかいうアクシデントにも備えて乾燥機を使うようにしている。 PCの回りだけはコードやら椅子から手の届く位置に物が過密しているが、こればかりは仕方がない。 男どもがベッドの上にだけは座ろうとしないため、床敷き用の青と赤のクッションを購入してある。 本が山積みなのは置く場所がないのだから、まあ仕方がない。 よく見れば、ロフトの上がかなり雑然とした倉庫のようになっているが、これも目こぼしをくれるだろう。 よし完璧。かなりの妥協が入った気がするが、これが私のせいいっぱいなのだ。
- 617 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:26:25.67 ID:JaJXTk6J0
-
( ^ω^)「しかし、あのテストが三倍のツンがゼミで忙しいとは驚いたお」 川 ゚ -゚)「三倍とはなんだ? 赤いからか? あ、こっちのは出来てるから運んでくれ」 ( ^ω^)「はいおー。シャアもだけど、テストを三回受けるのも含めて三倍だお」 川 ゚ -゚)「ああ、そういう……」 確かツンは去年テストで追試にすら落ちて、追々試を受けたらしい。 追々試なるものを初めて訊いたが、授業態度がいいからと目こぼしを貰ったようだ。 彼女のクラスメイトは早々に投げ出して、私たちが教えるハメになっていた高校生の頃が懐かしい。 ( ^ω^)「これおつまみっていうより、もう普通に晩御飯だお」 川 ゚ -゚)「余り物で適当にやってたら案外数が出来てね、夕飯がまだなら米も出すぞ」 ( ^ω^)「助かるおー。食費は折半で」 川 ゚ー゚)「堅いこと言うなよ。どうせ余りモノなんだから、おごってやる」 (*^ω^)「マジかお!? 助かったー。今月キツかったんだおー!」 川 ゚ -゚)「どうせゲーセン通いだろう? ロボット同士で戦う前に現実と戦ったらどうだ?」 ( ^ω^)「いやーコア破壊しにいったら僕の財布がブレイクされて、今その現実と戦ってるおー」
- 620 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:29:20.94 ID:JaJXTk6J0
-
さりげなく。さりげなく。一息入れた後に、ブーンの前の皿を少し手で押した。 緊張している素振りを隠そうとすればするほど、余計バレているんじゃないかと疑心暗鬼に駆られる。 川 ゚ -゚)「二人が来る前に味見でもしてくれないか?」 今日はドクオが日本酒を持ってくると言っていたから、つまみはそれに合わせた。 段ボールの簡易燻製器を使って作ったゆで卵の燻製。これは昨晩の余りモノであるのは内緒だ。 あとは、ほぐした明太子とゆず胡椒を乗せただけの冷や奴。これが中々日本酒に合って美味い。 一口サイズに切って、皮が少し焼ける程度に軽く炙ったシメサバには、その香ばしさに合うようわさびを添える。 刻んで鰹節をかけた高菜漬けときんぴらごぼうを箸休めに加えた頃に、肴と言うには作りすぎたと思い至った。 ご飯は人数分炊けているが、メインがシメサバでは軽すぎるか? もう一品重めの物を作りたいが、もうブーンが来ていて作る時間はない。 これで足りないなら冷凍食品で補おう、確か枝豆とから揚げがあったはずだ。 まあ、それは皆が集まってからでいいだろう。 ツンが来れないのなら、よく食べるのはブーンだけだから、三人分としては十分な量だ。 ( ^ω^)「わかったおー」 気軽に答えた彼は、箸を掴んできんぴらごぼうを一つまみ、口に運ぶ。
- 624 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:31:26.17 ID:JaJXTk6J0
-
そして訪れる、緊張の一瞬。 川 ゚ -゚)「どうだ?」 ごくりと自分の唾を飲む音が、やけに大きく聞こえた。 ( ^ω^)「なんだこれ」 だめだったか、と瞬間的に諦める。 何がいけなかった? 味付けが濃すぎたか? そういえば、ごぼうの量が多めだからと砂糖を多く入れすぎたかもしれない。あれがいけなかったか (*^ω^)「すっごく美味しいおー!」 胸に広がった絶望感は、嘘のようにかき消された。 喉の奥を潰すような緊張と窒息感の向こうに、すがすがしい青い世界が見える。 ここで変に喜んでもきっと彼に怪しまれるだろうと、平静を保つよう心掛けても自然と口角があがる。 川*゚ー゚)「そうかそれはよかった」
- 628 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:34:16.61 ID:JaJXTk6J0
-
ドクオから遅れると連絡があって、僕とブーンはお酒を待つまでもなく夕食とすることにした。 まあ、つまむ物はなくなれば後から作ればそれでいいだろう。 日本酒に合わせたためヘルシーな品数が並ぶ中、今日のシメサバは上手く炙れたなどと思っていると、ブーンが口を開く。 ( ^ω^)「……ドクオはやっぱツンが好きなのかお?」 川 ゚ -゚)「じゃ、ないか? あの骨折した時の怒り方、尋常じゃなかったぞ」 ブーンもやはり覚えていたようで、箸できんぴらを摘まみながら、「ああ、やっぱ気付いたのはあの時かおー」などと呟く。 それを頬張りつつ、ご飯を一口口に運び、咀嚼し味わってから嚥下する。 少し頬が緩んでいる気がするのは、きっと気のせいじゃない。 ( ^ω^)「「好きな子の前くらいカッコつけさせてくれよ」とか、聞こえないよーに言ってたから、気になってたんだお」 川 ゚ -゚)「え? なんだ気付いていたのか? 僕だけだと思っていたぞ」 ( ^ω^)「ありゃ気付いてないのは当人たちだけだお。しかし、ツンがドクオを好きかというと……」 川 ゚ -゚)「まあ、いい線言ってると思うがな。東大生で将来有望、痴漢撃退した時はなんだかんだカッコよかったしな」
- 631 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:36:17.67 ID:JaJXTk6J0
-
そこで言葉が途切れて、しばらく高菜漬けを二人して咀嚼する小気味のいい音が響いた。 高菜独特の香りが鼻腔をくすぐり、程よい塩加減が舌を和ませる。 この薄めな塩加減もいいが、漬ける時、少し醤油を増やした方が白米との相性はいいかもしれない。 ( ^ω^)「まあ、本人次第かおー、そんなことより僕ら売れ残りがどうするかが問題だおwww」 川 ゚ -゚)「白豚君は生涯永久童貞じゃないのか」 ( ^ω^)「ヤバくなったら風俗逃げるんでそれだけはないっすねー」 そんなことは、僕がさせないけれど。 川 ゚ -゚)「……」 言おうとした言葉は寸前に口から逃げ、喉の裏に小骨のように張り付いて出てこない。 僕は口の中でただ空気を噛んで、咀嚼のフリをしてしまう。
- 632 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:38:19.27 ID:JaJXTk6J0
-
結局言葉が出ないままに、数秒の沈黙。 ブーンが冷や奴を少し摘まんで、口に運ぶ様子を、ただ眺める。 ( ^ω^)「お? なにこれおいしい。明太子の適度な辛さに柚子と胡椒の刺激がハーモニー奏でてるお!?」 冗談じみた告白でもいい。そうなりそうなら、僕が貰おうだとか、そういう軽口を叩くことだってできたはずだ。 だけど、流れを掴む間もなく、話題は冷や奴へと移って、返ってくることはなかった。 川 ゚ー゚)「ふふっ自信作だ。冷や奴との相性も抜群だぞ!」 ( ^ω^)「これはwwww酒がwww欲wしwwいwww」 少し遅れてドクオとツンが現れ、宅飲みがずるずると怠惰に始まる。 彼が持ってきた出羽鶴という、桜色の仄かに甘い酒はとても飲みやすかった。 噛み締める敗北の味もするりと飲みこめれば、まだ楽に生きられるのかもしれない。
- 635 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:40:22.93 ID:JaJXTk6J0
-
きみの番地を 確かめようと アドレス帳をめくってみても どこにもない きみの名前が まるで全てが なかったように アトカタモナイノ国 僕はたどりついた
- 638 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:42:23.48 ID:JaJXTk6J0
-
そうやって鈍い悲しみを乗り越えた日から数日、嵐は前触れもなく唐突にやってきた。 その日も、いつものように、僕の家に皆が集まっていた。 ξ゚⊿゚)ξ「それ本当なの?」 ( ^ω^)「ホントだお。ずいぶん前から考えていたことだお」 アメリカへの長期留学。行ったら最低でも半年、長ければずっと返ってこない。 僕ら生まれた時から一緒にいた四人の内、一人が欠ける。 いつか社会に出て、もしかするとこうなることもあるだろうと覚悟していたことだ。 高校がバラバラになった時にも同じような覚悟はしていたけれど、それでも会おうと思えば会える距離だった。 実際、いつの間にか二週間に一度や二度会っていたのだから、それが大学になっても少なくとも卒業までは続くと思っていた。 そして、それは社会人になっても、会おうと思えば会える距離のまま、過ごすと疑っていなかった。 川 ゚ -゚)「そうか……」 ('A`)「……お前が悩んで決めたことなら、それでいいんじゃないか?」 ( ^ω^)「語学の勉強がしたいんだお。向こうなら、半年も強制されたら自然と身につくお」
- 643 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:44:55.30 ID:JaJXTk6J0
-
川 ゚ -゚)「それなら――」 それなら、しかたない? それとも、日本だって出来るじゃないか? 言いかけた言葉は宙を彷徨い、どこかへ飲まれて消える。 けれど応援することが正しいことなのだろうと、感情を抑えて続けようとして、それを留めたのはツンだった。 ξ゚⊿゚)ξ「……会えなくなるのは、ヤダよ」 ξ゚⊿゚)ξ「皆いつも一緒だったじゃない」 ξつ⊿ )ξ「皆で花火したりさ! 秋葉原行こうとして痴漢にあったりさ! それでこのドジが骨折しちゃったりさ!」 ξ ⊿ )ξ「私、ブーンがいなくなるのヤダよ。生まれた時から一緒だったじゃない。今更欠けるのは嫌だよ!」 ('A`)「ツンやめとけ……」
- 647 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:47:05.31 ID:JaJXTk6J0
-
ξ ⊿ )ξ「ドクオはいいの? ブーンが行っちゃって、もしかするとそのまま行ったっきりになっちゃって、それでいいの!?」 ('A`)「よかないけど、これはブーンが決めることだろ?」 ξつ⊿;)ξ「そうだけどっ」 ('A`)「なら、応援するのが筋ってもんだろう」 ξつ⊿;)ξ「だってっ! だってぇ……!」 駄々をこねる子供のようなツンは、抑えきれない熱い滴を床に落とす。 僕もこんな風に感情表現できたらいいのだけれど、言いたいことがたくさんある口は何も語らずただうつむくだけだった。 なんとなく、自分の中にぽっかりと大きな穴が開いたようなそんな気持ち。 その時、心に大きく開いた穴に、何かが入ってくる。 それが何なのかもわからず穴を通して、私の心の奥底へ心臓の中へ入り込む。 そしてそれは鼓動を力強く、視界が揺れるほどに強く、揺さぶり始めた。 ( ^ω^)「ごめん、だお」 ('A`)「謝るなよブーン。俺たちは友達だ。だから応援してやんねえとな」 ( ^ω^)「ありがとうだお」
- 649 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:49:07.34 ID:JaJXTk6J0
-
意を決して言うのは、今しかないと、そう、何故か感じた。 理屈だとか、タイミングだとか、そう言った勝負事の全ては消え去って、ただ僕は衝動に動かされるように唇を開く。 心に入り込んだなにかは、そういう衝動を生み出すような、何かを持っていた。 川 ゚ -゚)「……なあ、ブーン。少し話があるんだ。後で話せないか?」 ( ^ω^)「お? 今じゃダメかお?」 川 ゚ -゚)「今でもいいが二人きりで話がしたい。大丈夫か?」 ( ^ω^)「わかったお。ちょっと席外すおー」 ξつ⊿;)ξ「うん……ぐずっ」 ('A`)「……」 ツンが冷静さを取り戻し泣きやむための時間を与えるのにも、きっとちょうどいいことだろう。 そう後付けで考えながら、二人でマンションの共用廊下に出る。
- 655 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:52:05.29 ID:JaJXTk6J0
-
ここ大一番という時にも、何故か心は冷静さを保っていた。 けれど、想いを正確に伝えるために、僕は言葉を選ぶ。 ( ^ω^)「なんだお? 話って」 川 ゚ -゚)「まず、一つだけ訊きたい。こっちに戻る気はどれくらいある?」 戻る気が0だと言うのならば、諦めよう。 それで、その後、どうしても諦めがつかないなら、追いかけてやろう。 逃げるためではなく、ただ着実に僕は20年近くの時間をかけて募らせた想いを、確実に吐き出す。 ( ^ω^)「まだわからないお。向こうで考えることだから」 澄み切った頭は酷く冷静に、きっと戻る気がないと言っていても、この想いを伝えるのだろうと先ほどの質問の愚かさを問う。 十数年の時は恐らく短いが、それでもそれだけの時間しか僕の記憶には残っていないのだ。 その時間は恐ろしく永く、そして矢のように過ぎて行った気がする。 川 ゚ -゚)「なるほど……」 幼馴染だからこそ、僕はどうにもタイミングを逃してきた。 いつでも言おうと思えば言えたのだ。ただ、距離があまりにも近すぎて、タイミングがいつなのかを忘れていた。
- 657 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:54:06.17 ID:JaJXTk6J0
-
いや、そんなものじゃない、ただ、怖かっただけ。 この心地よい関係が壊れてしまうことを恐れていただけ。 その前提が壊れてしまったのだもはや恐れるものなど何もない。 川 ゚ -゚)「なあ、ブーン?」 廊下の向こうに見える黒に近い青色の夜空。 優しい月明かりと、人工的な蛍光灯の明かりは、何故どちらも冷たく映るのだろう? ブーンんの髪を照らす明かりを見ながら、そんなどうでもいいことをふと思い付く。 ( ^ω^)「お?」 共用廊下から見える四角い夜空に星は見えない。 けれど、あの日、あの夕闇の空の中、一番星は何万年も掛けて、この地球まで光を届けた。 それだけの時間があっても光は、想いは届く。それと比べて、十数年程度募らせただけの想いが何だと言うのだ。 川 ゚ -゚)「僕は」 その瞬間が来た時、感情は濁流のように流れてくる物だと思っていたが、案外僕は冷静だった。 以前は伝えることが、あんなに怖くて、躊躇していたというのに、今日は何故かすらすらと口から出た。 ただ、長く永く、伝えようとしていた想いをやっと伝えられる、その重圧からの解放感が静かに身体を火照らせた。
- 662 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:56:27.92 ID:JaJXTk6J0
-
川 ゚ -゚)「僕はきみが好きだ」
- 667 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 03:58:35.79 ID:JaJXTk6J0
-
ここで僕の 時計は動き出すよ ここで僕は これから何をしてもいい ここで僕は 自由に息をする そして僕は これからどこへ行けばいい?
- 671 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:00:37.52 ID:JaJXTk6J0
-
遠くに蝉の声が聞こえ始めた六月の終わり。 とはいえ、今は自動車の立てる排気音にかき消され、そのまま夜の静けさに席を譲ろうとする時分だ。 僕は久しぶりにツンとドクオを家に招いていた。 ('A`)「ブーンからまだ手紙来てるん?」 川 ゚ -゚)「ん? ああ、昨日今月分は届いたぞ。見るか?」 ξ ゚⊿゚)ξ「アホ。恋人同士の熱いラブレターなんぞ読めるもんですか」 ブーンがあの告白から一ヶ月後にアメリカへと向かい、それからもう半年近く経つ。 そう、僕らは晴れてあの日に恋人同士となった。 その関係に疎遠したのか、いつも集まっているのが僕の家だったからか、ブーンが旅立ったからか。 ツンもドクオも、僕の家に訪れる回数が極端に減った。 それを悲しくないと言えば嘘になるけれど、当時の僕は積年の想いが伝わったことに浮足だっていたことは事実である。 ('A`)「しかしまあ、ブーンの奴も薄情だな。こんな可愛い恋人置いて半年も戻らないなんて」 川 ゚ -゚)「向こうで色々あったらしくてな、さらに半年、向こうから戻らないことを決めたらしい」 ξ ゚⊿゚)ξ「白豚め、ビザのこととか考えてるわけ?」 川 ゚ -゚)「流石にあの馬鹿でも、その辺は考えてる。大丈夫だろう」
- 677 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:04:46.66 ID:JaJXTk6J0
-
台所に立ちながらネギを刻み、クレイジーソルトと料理酒をなじませた皮つきの鶏肉の上に乗せる。 それを温めておいたグリルに入れて、弱火でじっくりと焼く。 網目から鶏肉が落ちてしまう物しかなかったので、油が下に滴るようホイルに穴を開けて敷いてある。 時折、油が焼ける音を聴きながら、盛り合わせの温野菜を適当に切り分ける。 鶏肉の表に軽く焦げ目がついたら、裏返して裏面も焼く。 七味をマヨネーズに混ぜて、それとは別にすだちを切る。この二つの味付けは小皿に乗せて、好みで選んでもらおう。 ξ ゚⊿゚)ξ「手伝うことある?」 ちなみに、ツンは料理が作れない。 包丁さばきでいえば、ドクオにすら劣っているのは、随分前に確認済みだ。 川 ゚ -゚)「あー、オーブンのスープをテーブルに出してくれないか?」 ξ ゚⊿゚)ξ「おっけー」
- 680 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:08:33.53 ID:JaJXTk6J0
-
オニオングラタンスープは、時間がかかるから事前にスープだけ作っておいた。 薄切りの玉ねぎをバターでよく炒め、水とブイヨンを加え回数を分けて煮込み、塩コショウで味を調えたものだ。 回数を分けて、放置と煮込みを繰り返したスープにはいくぶんか手間取った。 今はトースターで焦がしたフランスパンととろけるチーズを乗せて、オーブンで焼き終わったところだ。 焼けた鶏肉を温野菜とともに大皿に盛り付け、次に取り掛かるのはサラダだ。 これは簡単なもので、料理の合間にやろうと思っていたが、案外追いつかなかった。 川 ゚ -゚)「すまん、みんなの分のご飯もよそってくれ」 ξ ゚⊿゚)ξ「わかったー」 ハムとチーズは細切りにしてある。 あとは角切りにしたピクルスと薄切りの玉ねぎ、みじん切りのパセリを混ぜるだけだ。 オリーブとワインビネガー、塩、荒引き胡椒を混ぜたドレッシングで味付ければ、サラダの完成だ。 夕食には十分な手間がかかっているだろう。
- 682 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:11:13.15 ID:JaJXTk6J0
-
夕食を食べ終わると、ドクオが持ってきたキャプテンモルガンを皆で飲んだ。 あまり強い方ではない僕はコーラで割ってレモンの代わりにすだちを数適、ドクオはロックで。 弱いツンが一口飲んだきり、そのまま買ってきた発泡酒を飲みだしたことも、いつものことだった。 ('A`)「なあ、クー。寂しくはないのか?」 川 ゚ -゚)「ん? なにがだ?」 一番飲んでいないツンが寝てしまうのもまた、いつも通りだった。 安物の空気清浄機が唸り声を響かせて、今日は涼しくエアコンは沈黙している。 グラスに付いた水滴が室内灯の光を乱反射させ、僕の持つ暗い色をしたラム酒を彩る。 ('A`)「いやさ、ブーンのこと。付き合って一ヶ月ではいばいばい、次はいつになるかわからないけど。じゃないか」 川 ゚ -゚)「む、まあ、寂しくないと言えば嘘になるな。告白で留学を取りやめてくれないか、と少しは願った」 ドクオのグラスから氷が解けてガラスとぶつかる澄んだ音を響かせる。 ('A`)「電話とか、してこないのか?」 川 ゚ -゚)「かかってきたこともあるが、まあ、週に一度あるかないかってところだ」
- 684 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:13:16.35 ID:JaJXTk6J0
-
お互い、電話が好きではない性分もあって、電話よりも手紙のやり取りの方に頼っていた。 そんなもの、メールで済ませればいいと思うかもしれないが、なんとなくアナログなやり取りは嫌いじゃなかった。 ('A`)「それでも、あいつがいいのか?」 川 ゚ -゚)「……」 何故か、続く言葉が出なかった。 留学して戻ってこない彼を、僕はきっと告白で取り戻そうとしたのだろう。 けれど、彼は行ってしまって、さらに延長まで決定してしまった。 ('A`)「一年も恋人を、何年も想い続けて、やっと結ばれた恋人を放置して、そんな奴だぞ?」 川 ゚ -゚)「覚悟の、上さ」 ('A`)「俺なら、放っておかない。なんであいつなんだよ」 続く言葉に、心臓が跳ね上がる。
- 686 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:15:36.16 ID:JaJXTk6J0
-
それは聞いてはいけないことだと、頭のどこかで警鐘が鳴り響く。 けれど、何年も言えずに耐えるその辛さを知っているから、止めることを躊躇った。 ('A`)「なあ、俺じゃ、ダメか? ずっと昔から、好きだったんだ」 あの言葉は、夕焼けに染まる空の下、誰にも言えなかったあの言葉は、僕に向けられた言葉なのだ。 それがわかると胸が締め付けられた。 断らなくては、そう思っているのに、口が思うように動いてくれない。 川 ゚ -゚)「……」 沈黙は数秒だったのだろうけど、僕には数時間にも続いたように思えた。 針の上にいるような緊張感と居心地の悪さと、それから照れとどこから来るのかもわからない罪悪感。 アルコールがゆっくりと冷静さを奪っていくようにも、逆に取り戻してくれているようにも思えてくる不思議な心地。 ('A`)「いや、悪かった。すまん忘れてくれ」 そう呟いて、彼は手に持ったグラスを傾ける。 一息に飲み干すような酒でもないのに、罪悪感を飲み干すようにごくごくと、ラム酒を減らす。
- 688 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:17:37.58 ID:JaJXTk6J0
-
たぶん、一年という時間は僕が告白した時に考えた時間よりもずっと長かったのかもしれない。 時間というのは想像する時は短い癖に、実際に目の当たりにすると、突如長くなる。 そして、忙しくなったり追いかけたりすると、短く伸び縮みするものなのだ。 川 ゚ -゚)「……少し、考えさせてくれないか?」 気がつくと僕は、そんな言葉を口にしていた。 それはイケナイことだ。オカシイことだ。 そう思っているのに、言葉は真逆のことを伝えていた。 ('A`)「……」 その言葉を聞いて、彼は押し黙った。 何故そんなことを言ってしまったのか、僕にもわからない。 ただ、沈黙の中でツンがうめき声をあげて、我に返った僕たちは、この日それ以上この話題を続けなかった。
- 691 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:21:44.27 ID:JaJXTk6J0
-
きみがくれた ぎこちないキスや 抱きしめられた 胸のぬくもり もう忘れる もう忘れていい きみの電話を もう待たない アトカタモナイノ国 僕はたどりついた
- 694 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:24:07.22 ID:JaJXTk6J0
-
そこで古いブラウン管は途切れて、また砂嵐を映し始めた。 最後に映った、馴染み深い部屋のカレンダーは、確かに今日の日付を示していた。 手紙が届いたのが昨日だというのだから、間違いはない。 ふと、部屋の湿度の高い匂いが、強くなったような気がした。 他にも部屋になにか隠されているんじゃないかと思って、色々と乱雑な部屋を引っ掻きまわす。 けれど、他にはゴミと思しき物以外、ドアすら見当たらない。 まあ、この夢はスイッチを切るか、あるいは切らないと決意する頃には目覚めるだろう。 そんな予感じみた物を感じて、僕は部屋から出れないという恐怖を感じることはなかった。 そして、ゆっくりとスイッチと向き合う。 巨大な、鉄錆まみれのレバー式のスイッチは、まだ、そこに鎮座して僕を待っていた。 こんなにも好きなというのに、僕は何故悩んでいる? そう考えた時、ふと、全ての答えたが出たような気がした。 ドクオは今でも友人だし、彼を責めるつもりもなかった。 この件はこれっぽっちも関係しないと、僕は思っている。いや、関係があるという発想自体今始めてしたくらいだ。
- 697 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:26:16.72 ID:JaJXTk6J0
-
僕は何故悩んでいるんだ? きみと恋人になったことへの後悔? 違う。 この日々きみから感じる重圧だ。決して、きみに罰を与えようという感情では決してない。 ああそうだ。僕はきみに消えて欲しいのだ。 そう気がついた時、僕は自然とスイッチのレバーに手をかけた。 ふと思い出す、旅立つ前のぎこちないキス、抱きしめられたそのぬくもり。 ツンの顔。いつも攻撃的だったけれど、それは彼女なりの気遣いでもあった。 ドクオの顔。時に人は冷たい奴だと言うけれど、僕はそれを冷静さと賢さからくる優しさなのだと理解していた。 そして、きみの顔。大好きで大好きで、仕方がないきみの愛おしい顔。 ああ、僕はまだきみが好きなのだ。 だというのに、このレバーを引く衝動は逆らい難い。 ごめんなさいと謝っても、きっとアメリカと日本。遠くて届きはしないだろう。 僕はゆっくりとそのスイッチを切った。 錆びて硬いものだろうと思っていたが、思った以上にスムーズに動いた。
- 702 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:28:19.67 ID:JaJXTk6J0
-
これで彼女は消える。 ( ^ω^)「さようならだお、クー」 アトカタモナイノ国 やっと僕は眠れる
- 704 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:30:20.57 ID:JaJXTk6J0
-
アトカタモナイノ国 のようです おわり
- 706 名前: ◆xmNFXyaAwA :2011/06/19(日) 04:32:37.37 ID:JaJXTk6J0
- お久しぶり大根
この時間に読むとわかっててちょっとレシピ凝りましたよ、夜食の誘惑に耐えるがいい! ふはは! 柚子胡椒乗せたほぐし明太子の美味さはマジやばいハラヘッタ 元となった曲は谷山浩子の「アトカタモナイノ国」です 元曲:ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm10572315 曲を知っていた方も知らない方も楽しめるように意識しましたが、どうだったでしょうか? 上手くいっていれば幸いです 元々は音楽フェスに合わせて考えていたプロットとかそんなことないですよ 僕が最後みたいですね。 誘ってくれたキロバイトさん、参加者のお二人。最後まで読んでくれたみなさん。寝ちゃった人。お疲れさまでした。 投下は僕が最後、らしいです
- 714 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:39:59.09 ID:4M0bJHcqi
- 頭悪い俺に教えてくれ
これはブーンの夢で、回想だけクー視点 クーを結局ドクオに取られ、ブーンはクーを消してしまった っち解釈したんだが、なんか違う気がする…
- 715 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 04:59:48.97 ID:JaJXTk6J0
- 全員が終わった後、主催者から一言みたいなのあって、そのあと全員もう一度あとがき
みたいに聞かされてたんだが……主催者がついったで反応ないwwww 寝たのかwwww 俺も今日出掛けるから寝たいんだけどwwww >>714 だいたいそんな感じ、詳細は想像していただけるとうれしい
- 716 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 05:05:12.73 ID:HV5goXd10
- ごめんなさい!寝落ちしてました!!
一応主催です! 今まで書いた作品は キロバイト行進曲のようです ポニーテイルとシュッシュのようです です! 1番目の父親殺しを書かせていただきました! 今回、いろいろオムニ企画で募ったところ3人の作者の皆さんが乗っかってくれました 本当にありがとうございます!! こんな糞企画でしたが、みんな面白く素晴らしかったです! 読者のみなさん、作者のみなさん 皆さん本当にありがとうございました!
- 718 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 05:14:28.72 ID:JaJXTk6J0
- えっと4番目のアトカタモナイノ国を書いた花束です
まず木曜日から金曜日になった日の明け方に、考えていたプロットを書き終えたんですよ この時は何故か19日投下だと思い込んでて、土日使って書けば50レス未満予定だし間に合うだろう で、詳細の連絡が来るじゃないですか、18日の21時にスレ立てですと しかもリアルの用事もあって、その時プロットを徹夜で仕上げてたんですよ この時はツラいけど今日本気出して二徹キメたら終わるだろうと思ってました ふらふらになりながら、そこから深夜の二時まで書き続けて、終わったのが32レス もう半分以上書いた楽勝wとか思いながらお風呂入ったら、湯船で意識が飛びまして 目が覚めたら朝の6時、この時点で当日。湯船が冷たくなってるのに頭が熱いんですよねwww ここから頭痛いわ鼻水出るわと戦いながら10レスくらい書いた所でダウン そしたら時間が6時間ほどワープして、夜の19時、あと2時間でスレ立てですよ 俺の投下順は最後だし! いけるか!? 書き終わったと思ったら、キロバイトさんと方向性被ったああああ!! もういいよレス数少ないしと、腹いせに料理描写を水増し決定 ほんと、こういうことはちゃんと余裕持ってやった方がいいですマジで とりあえず、安静に寝ます
- 738 名前: ◆MsdInw62ztuy :2011/06/19(日) 09:35:47.46 ID:CPdPRhhC0
- うわあ出遅れた
最後の最後で寝てしまった……。 今回投下した作品というのはもともと短編として単独スレ立てする予定だったもので、 途中でどうしても書けなくなって、俯きながらフォルダの奥に突っ込んだものでした。 なんというか、お話としての核がうまくできなかったんですよね。 そんな時に、今回の企画の内容をみて「これだ!」とこの短編を引っ張ってきた訳です。 半月ほど手を加えて、書きあがったときは嬉しかった。 核のなかったお話に核を与えてくださった主催者さんと、 他の参加者の皆さんに大きな乙をおくりたいと思います。 参加していてとても楽しかったです。 ありがとうございました
- 740 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/19(日) 09:50:10.89 ID:tKwBUfyk0
- おはようございます寝オチです。2番目の「伝えるようです」を書いたものです。
これがはじめての作品だったので名前はありません。 えーと、まずはキロバイトさん。このような作品に参加させていただき、誠にありがとうございました! そして円さん、花束さん投下お疲れ様でした。 まさかこんな巧い方々の中に私のような初心者が放り込まれるとは・・・若干KYだったと思いますすいません。 でも非常にいい経験をさせてもらったと思います。 改めて、参加したお三方、支援や乙をくれた方々、読者の皆様、ありがとうございました! 童貞および処女喪失記念としてこのログは大切に保存しときます。 それでは。 乙
|
|
|
|
|
|