102 名前: ◆3mfWSeVk8Q :2006/02/04(土) 02:59:47.51 ID:aBEbDOiJ0
「ぼくは、悪役だからね……本来なら、悩んじゃいけない存在なんだよ……」

コーヒーカップが、奇妙な音を立ててきしみ始める

「悩まずに、自分の思うがままに悪事を働き、正義の味方に倒される」
「そして何度も立ち上がり、同じことを繰り返して、また倒される。それでも反省しない存在なんだ」

でもね。そう付け足すと、男はよりいっそうさびしげに、顔を曇らせる

「ぼくは……出来損ないなのか、そうはなれなかった……」
「やりたくもないのに、人を苦しめて、高笑いをし続けて、それが嫌で……」
「本当の本当に、骨の髄まで悪人になれたらって思っても、それもできない」
「そんな矛盾に、少し、疲れて……」

―――だからこの店に来たんだ

「『バーボンハウス』」
「スレタイに騙された人々をあざけるように、テキーラを出すこの店に」
「ここの主人もまた、ぼくと同じ『悪役』なんじゃないかなって、思ってね」

そこに、答えがあると思って。
しかし、それは口には出さない。出さなくても、きっと通じるはずだから

そして、視線で問う
臨時とはいえ、『悪役』その代理を務めるブーンに、何かの答えを期待して

「…………」

ブーンは視線にこめられた意思に、戸惑い、言葉を選ぶように黙り込み
しばらくして、吹っ切れたような表情で口を開いた


103 名前: ◆3mfWSeVk8Q :2006/02/04(土) 03:17:26.18 ID:aBEbDOiJ0
「ショボンは、この仕事に疲れてないと思うお」

自分ではなく友人の心境をブーンは語る

「もしかしたらショボンは、バーボンで人を騙して楽しんでるかもしれないお」
「……なら、ぼくも楽しまなければならないのか?」

唇から血がにじむほど、かみ締め、顔をゆがめる男
しかし、ブーンは首を振り、それを否定した

「そうじゃないお。多分、ショボンは信じてるんだお」
「信じる……?」
「騙された人が、それを楽しんでくれるってことを、だお」

バーボンを喰らって、沈み込む人もいるかもしれない
けれど、大半の人は、ちくしょう釣られた、と言って、笑ってくれる
そうやって、楽しんでくれるのだと信じて、ショボンはバーボンを止めないのだろう

「だったら……ぼくにはそれはできないよ……」
「ぼくがやってることは、犯罪だ。誰も楽しんでなんかくれない」
「楽しんでくれる、なんて、信じられるわけもない……」


104 名前: ◆3mfWSeVk8Q :2006/02/04(土) 03:26:52.31 ID:aBEbDOiJ0
ここにも、答えはなかったのか……
そう思い、落胆する男の肩を、ブーンは叩き、笑顔でこう言った

「貴方も、ほかに信じられるものがあるお?」
「何を……だい?」

男は気休めはいらないとばかりに、視線を逸らすが、気にせず、ブーンは言い切る

「さっき言ってた、正義の味方だお!!」
「え……?」

驚き、男は言葉をなくした
自分の敵であるはずの者を信じろと言われ、驚くなと言う方が、無理だ

ブーンは、その心境に気づかない振りをして、自信満々に続けた

「貴方は信じればいいんだお。自分の宿敵を」
「自分がどれだけのことをやっても、きっと正義の味方は悪をくじいてくれる」
「だから、貴方は安心して『悪役』を演じきればいいんだお!!」

―――コト

ブーンは語り終えると、ショットグラスをひとつ、男に差し出した

「テキーラは、サービスだお。『悪役』さん」


105 名前: ◆3mfWSeVk8Q :2006/02/04(土) 03:43:23.13 ID:aBEbDOiJ0
「……くくく、くっくっくっく……くっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
「ど、どうしたんだお!?」

腹を抱えて爆笑する男に、戸惑う
さっきまでの沈んだ雰囲気から一変、心底楽しそうに笑う男の顔は晴れ晴れとしていた
そして

「あっ!?」

ショットグラスを手に取り、まるでヤクルトでも飲むように、グイッと飲み干してしまった

「そ、そんな飲み方したら……」
「ぷっはー……ありがとう、一日店長さん」
「ふぇ?」

飲み方を注意するべきか、体を気遣うべきか、お礼に反応するべきか迷い、フリーズする
それにかまうことなく、男は頭を深く下げた

「ああ、そうだったよ……ぼくはあいつのことを忘れていた」
「闇であるぼくの対極にある、あいつのことをねw」

そう言って、男は立ち上がり、今度こそドアから出ようと足を進める

「思い出させてくれたこと、感謝するよ」


106 名前: ◆3mfWSeVk8Q :2006/02/04(土) 03:43:57.95 ID:aBEbDOiJ0
「あ、最後に、聞いていいかお? あなたは、なんて名前なんだお?」
「ぼくの名前かい?」

くるりと振り返る姿は、さながら芝居の伊達役者
堂々とした調子でコートを脱ぎ捨て、その黒い体をあらわにして、名乗りをあげた

「俺様の名前はバイキンマン!! またどこかのスレッドで、会えるかもな?」





こうして、ブーンの一日店長の仕事は終わった
その後、バイキンマンがどうなったかは…………語らないでおこう

「よく来たな! アンパンマン!!」

                                  完


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