312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/12(日) 07:16:26.77 ID:ucBNfo5o0
いつもと同じように起きた。
くるくると頭を振って時計を見ると、もうすでに8時を回っている。
急がなくては、遅刻してしまう。

('A`)「カーチャン、遅刻しそうだから朝飯イラネ」
J('ー`)し「ちょっと、味噌汁だけでも飲んでいきなさ――」

僕は引き止める母さんの声をドアの向こうに封印して、走りだした。
今日は一段と寒い。

首にかかったマフラーを巻きなおして、腕の時計に目をやる。
デジタルの文字盤は変わらず時を刻んでいるのだが、映し出される「2月14日」の文字。


そうだ、今日はバレンタインデーだった。


「そうだ」なんて言ったけど、実は朝からずっと考えてる。
これまで一度として女の子からチョコなんてもらったこと無い。恐らく今年もそうだろう。
そのはずなんだけど、僕はなぜだかこの日を忘れない。僕の頭は忘れてくれない。

僕は息を切らせて走る。体が温まってきたせいか、頬に当たる風の冷たさ以外は感じなくなっている。

時々思うんだけど、むしろ僕みたいなもらえない人間の方が逆にこの日を気にしてたりするんじゃないだろうか。
今年こそはもらえるかもしれないぞ、なんて変な期待をするから。

('A`)「もういい、考えるのはやめよう…」

化学の石田、遅刻にはうるさいんだよなぁ。


313 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/12(日) 07:16:54.39 ID:ucBNfo5o0
もうすぐ校門に着こうかというところ、僕を呼ぶ声が聞こえた。

(;^ω^)「ドクオ!待つお!」
('A`)「ブーンか…」
( ^ω^)「おはようだお」
('A`)「…おはよう」

友人のブーンも僕と同じように走ってきたらしい。荒い息をはいている。
僕はブーンに共に遅刻しそうな者同士、ということで小さな連帯感を感じていた。
僕らは互いを励ましあうかのように並んで走る。

( ^ω^)「そういえば今日はバレンタインだお」
がく。僕の出足がずれる。

( ^ω^)「ドクオはチョコがもらえそうなアテはあるのかお?」
('A`)「もう五年もいっしょにいるのにな」

天然だろうか、故意だろうか。どっちにしろこいつが僕のことを考えていないのに変わりはない。
僕は先を行くブーンの脚に軽く蹴りをいれた。

(;^ω^)「済まないお」

そう言って僕を見たブーンの顔があまりに情けなかったので、僕は思わず吹き出してしまった。
つられたブーンと共に僕らは笑いながら校門をくぐる。
校門に立っていた生活指導の体育教師ににらまれたが気にはならなかった。


314 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/12(日) 07:17:19.72 ID:ucBNfo5o0
バレンタインとはいえ、騒がしいのは女の子だけ。
「友チョコ」だかなんだか知らないがキャーキャー騒ぐのは檻の中だけにして欲しい。
男子はなんだかそわそわしているのを無理に隠している風に見える。口数も少なめだ。
隣の席のショボンだけは、さもどうでもいいかのようにノートを開いているが。

時間は瞬く間に過ぎていった。


(*゚ー゚)「ドクオくん、これ…」

放課後、僕の目の前に突き出されたのは、桃色の小さなハートの箱。
はじめに、次々と頭の中を考えが駆け巡る。
ドッキリ?誰かに渡してこいとか?
ていうかこれチョコ?

(*///)「う…受け取ってください!」

つぎに、何も考えられなくなる。

(;'A`)「…俺?」

小さくうなづく彼女。クラスでは大人しめのキャラと認識しているが…

俺が何も答えられずにいると、彼女は僕に小さな箱を押し付けてきた。
(*///)「返事いつでもいいですから!」
そう言うと彼女はうつむいたまま身を翻し、僕の前から消えた。
後に残ったのはかすかな風と、ほのかな匂い。
それがチョコレートの匂いだと気づくのは、しばらく後で。


315 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/12(日) 07:17:43.35 ID:ucBNfo5o0
( ^ω^)「やったお!ツンが僕にチョコをくれたお!」
戦利品を高々と掲げ、スキップしながら僕の前を行くブーン。

( ^ω^)「ドクオは…」
(´・ω・`)「やめときなよブーン」
(;^ω^)「…済まないお」

('A`)「いや…実はもらってるんだけど…」
(´・ω・`)「ブーンの前ではかまわないけど僕の前でくだらない嘘はつくなよ」
ショボンから刺々しい言葉が飛んでくる。いつもなら手が出ているところだが今日の僕は違った。
カバンからあの小さな箱をだす。

(;´・ω・`)「ニセモノをつくってまでまで僕たちをだますつもりかい?」
('A`)「ニセモノじゃないよ…」
(;^ω^)「じゃあ、誰からもらったんだお?」
('A`)「…しぃさんから…」

(;^ω^)「…」
(;´・ω・`)「…」


316 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/12(日) 07:18:01.83 ID:ucBNfo5o0
ベッドに寝っころがって、小さな箱を意味も無く蛍光灯に透かしてみる。
なんだか、食べる気にはなれなかった。

もらえないって信じてたのになぁ。
「もらいたいなぁ」なんてしょっちゅう思ってたもんだけど。
実際もらってみると、なんか嬉しいような、嬉しくないような不思議な気分だ。
小さな箱を指先でつつく。からから、と乾いた音がした。

――母さんに呼ばれて食卓に下りるまで、短針が二度も回っていた。


意を決して箱を開けると、紙にくるまれたチョコレートと小さく折られた手紙が。
手紙を広げてみると、丸い文字で僕への想いが――


「釣りでしたwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


――返事をしよう。明日。朝早くに。この痛みを忘れないうちに。


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