77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/01/30(月) 10:54:31.26 ID:3fTK76o90
一気に峠を駈け降りたが、流石に疲労し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、
かっと照って来て、ブーンは幾度となく眩暈を感じ、これではだめだお、と気を取り直しては、
よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、
くやし泣きに泣き出した。ああ、あ、濁流を泳ぎ切り、山賊を三人+1も撃ち倒し韋駄天、ここまで突破して
来たブーンよ。真の勇者?ブーンよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。愛する友?は、お前をそこまでは
信じていなかったが、やがて王の肉奴隷にされてしまう。お前は、稀代の不信の人間、まさしく王の思う壺だぞ、と自分を叱ってみるのだが、
全身萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。路傍の草原にごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。
もう、どうでもいいという、勇者?に不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。僕は、これほど努力したのだ。
78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/01/30(月) 11:02:30.51 ID:3fTK76o90
約束を破る心は、けっこうあった。神も照覧、僕は精一ぱいに努めて来たお。
動けなくなるまで走って来たお。僕は不信の徒では無い。ああ、できる事なら僕の胸を
截ち割って、真紅の心臓をお目に掛けたいお。愛と信実の血液だけで動いているこの心臓を見せてやりたいお。
とは思ってもいないが、けれども僕は、この大事な時に、精も根も尽きたお。僕は、よくよく不幸な男だお。
僕は、きっと笑われるお。僕の一家も笑われるお。僕は友を欺いたお。けっこう裏切る気もあったが欺いたお。
中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だお。ああ、もう、どうでもいいお。これが、僕の定った
運命なのかも知れないお。ドクオよ、ゆるしてくれ。君は、いつでも僕を信じていなかったお。僕も君を、
欺むいたお。僕たちは、本当に佳い友と友であったのだお?何回も、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことはあったお。
今だって、君は僕を無心に待っているお。(いや、それはたぶんないお)ああ、待っているお。ありがとうだお、ドクオ。よくも僕を信じてくれたお。
その頃
(#'A`)「俺は信じてねーぞ!あんなやつハナっから信じてねーぞ!」
79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/01/30(月) 11:09:40.27 ID:3fTK76o90
それを思えば、たまらないお。友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝だお。
ドクオ、僕は走ったお。君を欺くつもりは、みじんも無かったお。信じてほしいお!
僕は急ぎに急いでここまで来たお。濁流を突破した。山賊の囲みからも、するりと抜けて一気に
峠を駈け降りて来たお。僕だから、出来たんだお。ああ、この上、私に望み給うな。放って置いてほしいお。
どうでも、いいお。僕は負けたお。だらしが無いお。笑ってほしいお。王は僕に、ちょっと遅れて来い、
と耳打ちしたお。遅れたら、身代りを殺して、僕を助けてくれると約束したお。僕は王の卑劣を憎んだお。
けれども、今になってみると、僕は王の言うままになっているお。僕は、遅れて行くと思うお。最初っからそうしようと
少しは思っていたお。王は、ひとり合点して僕を笑い、そうして事も無く僕を放免すると思うお。そうなったら、
僕は、プレミアを失うより辛いお。僕は、永遠に裏切者だお。地上で最も、不名誉の人種だお。いや、それはオーバーだお。ドクオよ、
僕もゲームを全部売るお。君はゲームを全部売ってほしいお。
80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/01/30(月) 11:15:30.98 ID:3fTK76o90
君だけは僕を信じてくれるにちがい無いお。いや、それも僕の、ひとりよがりかお?やっぱりそうかお?
ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやるお。町には僕の家が在るお。羊も居るお。ツンは、
まさか僕を村から追い出すような事はしないと思うお。正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、
くだらないお。人を殺して自分が生きるお。肉奴隷になったら仕方がないお。それが人間世界の定法では
なかったのかお。ああ、何もかも、ばかばかしいお。僕は、醜い裏切り者だお。どうとも、勝手にするがいいお。
やんぬる哉お。――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまったふと耳に、潺々、水の流れる音が聞えた。
そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、水が流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、
岩の裂目から滾々と、何か小さく囁きながらコーラが湧き出ているのである。その泉に吸い込まれるようにブーンは身をかがめた。
コーラを両手で掬って、一くち飲んだ。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。肉体の疲労恢復
と共に、わずかながら希望が生れた。
(;^ω^)「手がベタベタだお」
81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/01/30(月) 11:22:17.64 ID:3fTK76o90
義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、
葉も枝も燃えるばかりに輝いているお。日没までには、まだ間があるお。僕を、待っている人があるのだ。
かなり疑っているが、少し位期待してくれている人がいるお。僕は、疑われているお。僕の命なぞは、問題ではないお。
死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られないお。僕は、疑いに報いなければならないお。今はただその一事だお。
走れ! ブーン。僕は信頼されていないお。僕は信頼されているお。(あれ?どっちだお?)先刻の、あの悪魔の囁きは、
あれは夢だお。悪い夢だお。忘れてしまうお。五臓が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るものだお。ブーン、
お前の恥ではないお。やはり、おまえは真の勇者だお。(いや、それはたぶん無いお)再び立って走れるように
なったお。ありがたいお! 僕は、正義の士として死ぬ事が出来るお。ああ、陽が沈むお。ずんずん沈むお。待ってほしいお、神よ。
僕は生れた時から正直な男ではなかったお。最後くらい正直な男として死なせて下さいお。
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