208 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/03/13(月) 18:16:14.47 ID:RyvUE8dB0
【ブーンがニンテンドーDS Liteを買ってもらえるようです】
学校からの帰り道には独特の臭いがある。
家に帰ったら何をしようかな? 友達と遊ぼうかな、それともゲームをしようかな?
ブーンは童心に、様々な楽しみを巡らせていた。
「ふんふんふーんだお!」
「何だよブーン、えらく上機嫌じゃないか」
「そんなことないお。今日が僕の誕生日で、ニンテンドーDSを買ってもらえるから上機嫌ってわけじゃないお!」
ああ、なるほどね、とドクオは何故か自嘲的な笑みを浮かべつつ、納得した。
夕暮れ時の畦道をブーンとドクオは二人仲良く歩いていた。
今日は僕の誕生日だお! 早くDSをやりたいお! 一足先にソフトはもう用意してあるんだお!
ブーンはまるで大好きなあの子から告白でもされたかのような、そんな満面の笑みを浮かべていた。
ドクオと分かれると、ブーンは一目散に走り始めた。そして震える手で玄関を開けた。
「ただいまだお! 母ちゃん、早く僕にDSを渡すお!!」
ブーンは靴をぞんざいに脱ぎ捨てると、母親の待つ台所へと向かった。
そこには綺麗に包装された、正方形の箱がおいてあった。
「やったお! うれしいお! ついにDSが手に入るお!」
ブーンは、びりびりと真っ赤な包み紙を破いた。だが。
一瞬の内に顔面が硬直した。表情が見る見る強張る。
「これは、なんなんだお――?」
顔が紅潮し、言葉が震えていた。母親は困惑した表情でブーンを見詰めた。
私、なにか間違えたかしら。何とも云えない焦りが、母親の表情に滲んだ。
そしてブーンはとどめの一言を、放った。
「これは、PSPだおッ!!!!」
ブーンは怒鳴り散らし、美しく黒光りを放つ新品のPSPを母親の足下に叩き付けた。
「ま、まって!」
「いやだお!」
ブーンは喚き散らしながら自室の扉を力一杯閉めた。
作りかけのケーキが、ゆっくりと崩れていった。
209 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/03/13(月) 18:28:47.48 ID:RyvUE8dB0
ブーンはその後、家を飛び出した。母親の涙混じりの謝罪を尻目に。
「なんで、なんでこんなことになったんだお……?」
素直な話、ブーンは少し後悔していた。
別にそれほど怒るべき事じゃなかった。
「でも、母ちゃんが間違えたのも事実だお……」
遣り場のない脱力感を何かにぶつけたかった。誰かに愚痴でも聞いて欲しい。
そのとき。
「やあ、ブーンじゃないか。こんな誰もいない川縁で何をしている」
「ショボン――」
ショボンが、夕焼けをバックに直立していた。
「話があるのなら、聞こうか」
ゆっくりと紳士的に、ショボンはブーンの隣に腰を下ろした。
ゆっくりと、ブーンは自分がしてきたことを語った。
212 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/03/13(月) 18:37:52.05 ID:RyvUE8dB0
「と、こういうわけなんだお」
ブーンは尻すぼみに語り終えた。
ショボンはその無表情を僅かに曇らせていた。
ううん、とひとしきり唸った後、
「君はお母さんに酷いことをしたね」
「それは分かっているお――でも母ちゃんが間違えたんだお。僕はDSが欲しかったんだお」
ショボンが少し怒った表情を向け、ブーンはすくみ上がった。
「ブーン、君はお母さんのことをどう思っている?」
「そ、それは――大切な人に決まってるお」
「じゃあその大切な人がいなくなってしまったら、どうする?」
「えッ――?」
ブーンは沈黙した。目を泳がせ、ゆっくりと呟いた。
「考えたくもない――お」
ショボンはきっ、とブーンを睨み付けた。
「この世界にはお母さんから誕生日プレゼントをもらいたくてももらえない子供がいるんだ! それを忘れるな!」
ブーンはただ茫然自失のまま、ショボンの声を聞いた。
「お前の側にもそう言った連中はたくさんいるんだ!」
ブーンは僅かに、首を擡げた。
「僕の側にはいないはずだお――」
「いるさ」
「誰だお!」
「まだ気が付かないのか!」
ショボンはゆっくりと、土手を見た。そこには――。
夕日をバックに、ドクオがたたずんでいた。
「ドクオのご両親は、もう亡くなっているんだ――」
215 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/03/13(月) 18:53:08.93 ID:RyvUE8dB0
「ドクオ――」
さっきの自嘲気味な笑み。その理由をようやくブーンは理解した。
「僕は、最低の人間だお」
ドクオに両親はいない。誕生日プレゼントなんてもらえない。
誕生日プレゼントをもらえる自分は恵まれているというのに。
「僕は母ちゃんに、投げつけてしまったお」
いっそのこと殴ってくれたら、どれだけ楽になるのだろう。
――この糞野郎! 俺には両親がいねぇって云うのに、テメエばっかり!
――馬鹿野郎、糞野郎! お前は生きる価値が無い!
ドクオはきっと憤慨しているのだろう。だが、ドクオは、
「ははは、俺もそうやって喧嘩したんだぜ? ブーン」
にっこりと、微笑んでいた。
「母ちゃんが生きていた頃には毎日のように喧嘩したなぁ。俺のPCを水洗いしたときは取っ組み合いの喧嘩になった」
「ドクオのお母さんは剛胆そうな方だったからな」
横からショボンが相槌を打ってくれた。
「最後の喧嘩の最中。つまり俺が母ちゃんと喧嘩して絶交状態にあったときに、俺の母ちゃんは死んだ」
刹那、ドクオの顔から笑顔が消えた。
「でもなブーン。お前の母ちゃんはまだ生きてんだ! やり直せるんだよ!」
ドクオはブーンの肩を掴み、何度も前後に大きく揺すった。
「云うべき事は分かってるな――?」
ドクオがそう云った。
「母ちゃんに、謝るお」
「そのあとすべき事も分かっているか?」
ドクオもブーンも、一瞬戸惑った。次の瞬間、ショボンの顔に満面の笑みが広がった。
「お前の誕生パーティだ!!」
216 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/03/13(月) 19:00:45.28 ID:RyvUE8dB0
「ただいま――だお」
「ブーン……。あら、ドクオ君にショボン君も――」
ドクオとショボンは黙って会釈をした。そして目で、ブーンに合図を送った。
ブーンは迷いを断ち切った。母親に向かって、突進した。そして、
「ごめんだお! ごめんだお! 僕が馬鹿だったお! 母ちゃんは優しいお!」
ブーンは母のエプロンで止めどなく流れる涙をふいて、気が付いた。
「母ちゃん――僕さっき、あの――」
母親は慈悲と慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「ケーキのことなら、気にしなくて良いのよ」
「母ちゃぁぁん! 本当に、本当にごめんだお!!」
よしよし、と母親はいつまでも、ブーンの頭をなで続けた。
その後、ブーンとドクオとショボンの三人が仲良くPSPで遊ぶ姿を母親は目撃している。
三人は今でも歩いている。思い出の染みこんだ、あの畦道を。
(了)
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