498 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 06:15:17.56 ID:l97cz+Md0
( ^ω^)ブーンが石化に恐怖するようです。
同じ高校に通う友人とともに、嫌々ながらも学生としての本分をまっとうしようと
気だるげに登校していると、町の様子が昨日と少しばかり変わっていることに気付いた。
町をおおう大きな影が、大きく広がっていたのだ。
ぼくがそれに気付き、隣りにいる友人に話すと、彼は眉間にしわを寄せた。
('A`) 「また降りてきたのか」
その言葉に、だろうね、と一つだけうなずき返した。
毎日同じ時間に登校するぼくたちの頭上には、ただ無機的に繋ぎ合わされた四角い石の塊があるだけだった。
真下から見るとそれだけなのだが、ひとつ隣の町から見ると、きれいに形が整った立体三角形、
つまりとても大きなピラミッドだった。
今のぼくたちの頭上には、ピラミッドの底辺が視界の中にあるのだ。
499 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 06:19:45.23 ID:l97cz+Md0
このピラミッドを仰ぎ見るたびに、ぼくは死んだ母から伝え聞いた話を思い出す。
「この町の空に浮かぶピラミッドが地上に降り立った時、世界中の生き物は石化する」
そういう話を、子守唄代わりに聞いて育った。
この話に、信憑性を証明するものなどなかった。
よくある怪談が時代とともに人の口から口を伝って現代に流れ着いた、
旅人というより漂流者といったほうがしっくり来るほど、出典も出所もわからない話だった。
それに、この三角形の塊が地表に落ちたという記録は存在しない。
だからピラミッドが地表に降り立ったからといって、世界中の生き物が石化する、
という結論にいたるわけがない。
だがこのピラミッドが得体の知れない物だという事実は変わらない。
たいていの生き物は、自分の知識の中に存在しない、正体不明の事象を拒絶し、恐怖する。
それはこの町の人間も、そしてぼく自身も同じだった。
どんな現代兵器をもってしても傷一つ付けることができなかったピラミッドの不気味さが、
ただ恐ろしかった。
( ^ω^)「……石化って、やっぱり恐ろしいお……」
友人はしかめっ面のまま、大きなため息を一つついた。
('A`) 「……馬鹿馬鹿しい」
500 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 06:26:03.09 ID:l97cz+Md0
昔の人間のいうことをいちいち間に受けていても仕方がない、とは思う。
だけどやはり、この町の人間は特にこの話を身近に感じているため、
空中に鎮座するピラミッドの、日々加速する下降を目の当たりにし、石化に対する恐怖を抱く。
( ^ω^)「石化したら、そのまま死んでしまうのかお?」
('A`) 「さあな。昔の神話には、石化した神様だとか何とかいるけどさ、
俺たち現代人が石化したなんて話、聞いたことないからな。
でも石に化けるっていうくらいだし、石になっちまうんだろうな。
この道端の石ころみたいにな。
でも、あのピラミッドが落ちてくるからって石化するなんて、ありえない。常識じゃない」
そういって、友人は足元の石ころを蹴飛ばした。
言葉を発することのない小さな石は、けられたことに文句など言わず、
衝撃によって転がるだけだった。
501 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 06:36:26.08 ID:l97cz+Md0
ぼくたちが教室に入ると、中はやけに騒がしかった。
クラスメイトたちは窓から身を乗り出しピラミッドを指差していた。
どうやらぼくと同じく、ピラミッドが大きく下降していることに気付いたようだ。
クラスメイトたちは、自分たちの根拠のない憶測だらけの議論に白熱している。
それを尻目に、ぼくと友人は自分の席へと向かった。
ξ゚听)ξ「おはよう」
自分の席に近寄ると、隣りの席で一人本を読んでいた女子が、顔を上げ、声をかけてきた。
( ^ω^)「おはようだお」
少女は読んでいた文庫本をカバンの中に収めた。
もう読む気はないらしい。
ぼくも自分の席に着き、持っていたカバンを席の横のフックにかけた。
502 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 06:53:55.43 ID:l97cz+Md0
ξ゚听)ξ「三時限目の課題、やってきた?」
( ^ω^)「うん、やってきたお」
ぼくの返答を聞いた少女は、少し肩を落としたように見えた。
ξ゚听)ξ「な、なんだ……」
( ^ω^)「どうしたんだお?」
ξ゚听)ξ「べ、別に……やってなかったら見せてあげようかなって思ってたわけなんて、ないんだから!」
少女は顔を紅潮させながら、そっぽを向いた。
表情はよく伺えないが、どうやら眉間にしわを寄せているのはたしかだった。
なぜかぼくは、少女にあまり好かれていないようだった。
少女は他のクラスメイトと接するように、ぼくと接することなどない。
ぼくと話す時は、いつも苛立たしげにし、何かあると明後日のほうを向く。
503 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 07:09:44.42 ID:l97cz+Md0
最初はそれに内心腹を立てていたこともあった。
だが次第に苛立ちは悲しみに変わった。
どうして自分に優しく接してくれないのかと、嘆いた。
この心境の変化の理由には、ある程度の予想がついていた。
恋愛感情だろう。
ぼくは少女に恋をしているのだろう。
それが少女の優しさを得られない、無いものねだりのようなものなのか、
単純に少女の容姿や性格に魅かれているのかはわからないが、
少女といると胸が高鳴り、締め付けられるように苦しくなる。
これが恋愛感情だと察することができないほど、ぼくは子どもではなかった。
( ^ω^)「あ、あの……」
何か声をかけようとしたとき、少女の奥にあるガラス窓の向こうで、上から下にさっと動く影があった。
あ――。
そう思ったときには、影は視界から消えていた。
直後、聞こえてきたのは重いものが地面に叩きつけられる音と、クラスメイトの悲鳴だった。
505 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 07:13:54.57 ID:l97cz+Md0
ξ゚听)ξ「え、え? 何があったの? 何?」
( ^ω^)「……」
目の前の少女は自分の背後で起きた事件に気付かず、突然の叫喚にうろたえていた。
だがクラスメイトたちの様子を見て、何が起こったのか、理解できたらしい。
ξ゚听)ξ「……もう、お終いなのかしらね……」
苦しげに、少女は消え入りそうな声でつぶやいた。
506 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 07:19:08.32 ID:l97cz+Md0
その後、息を切らし、肩を大きく上下させた担任教師が教室に駆け込んできた。
自殺した生徒のことを悔やみながらも、お前たちはそんなことするなよ、
と釘をさすようにまくし立てた。
それともう一つ、といって付け加えたのは、
ピラミッドの降下がこのまま続けば、着地は明日の昼十二時前後になると
国の発表があったらしく、本日の授業は中止、各自解散の号令を出した。
担任教師が去ったあと、クラスの女子幾人かがすすり泣いているのに気付いた。
そのわけは、一瞬で悟ることができた。
自殺した女生徒は、ぼくたちのクラスメイトの一人だった。
彼女は自殺する前から、石化で死ぬくらいなら自分で死ぬ、といっていたし、
日々降下を早めるピラミッドを見るたび、これから起こる世界の惨状に絶望していた。
そして、屋上から飛び降り自殺をはかり、見事彼女の理想通り、死ぬことができた。
彼女の死は、彼女の友人たちにも絶望を与えた。
彼女の友人たちだけではなく、他のクラスメイト、
いや、全校生徒にも少なからずの絶望を与えることになっただろう。
実際、隣りの席に座っている少女もそうだった。
顔は青ざめ、体は少し震えているように思えた。
何か声をかけようと思ったが、いうべき言葉が見つからない。
根拠のない大丈夫という言葉は軽薄だし、心配ないとなぐさめるのもあまりに厚顔無恥というものだ。
結局、ぼくは彼女に何もいうことができず、友人と帰路に着いたのだった。
507 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 07:25:45.92 ID:l97cz+Md0
('A`) 「昔の人間ってやつは、余計な心配しかかけさせねえなぁ」
開口一番に友人がいったことはそれだった。
( ^ω^)「余計な心配?」
('A`) 「ああ、そうだ」
友人は帰り道においてある自動販売機でジュースを買った。
ふたつ買ったジュースのうち、ひとつをぼくに投げてよこした。
ぼくに飲むようにうながし、また口を開いた。
('A`) 「もともと、昔の人間があんな変な話を残しさえしなければ、
こんなことにはならなかった。
ただみんな押しつぶされまいと町から逃げるだけだった。
でもこれは違う。
押しつぶされるにプラスして、石化もするっていう。世界中の動植物がな。
逃げ場なんてないってことよ。
壊せない、防げない、逃げられない。
じゃあわざわざ伝承なんかするなって話だよな。
まったく、馬鹿馬鹿しい」
いきどおる友人は荒々しくジュースのタブを開けると、一気に飲んだ。
508 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 07:31:04.59 ID:l97cz+Md0
( ^ω^)「……でもやっぱり、自分が死ぬ瞬間を教えてもらって、嬉しい気もするお。
何も知らずに死ぬと思うと、余計怖いお」
('A`) 「それは自分が石化するって思い込んじまってるからだろ?
もし本当に石化なんてするなら、もともとこんな話をすることはなかったんだ。
時が来ると同時に、気付かんうちにみんな石化してお陀仏だ。
彼女も自殺することはなかった」
彼女というのは、自殺したクラスメイトのことなのだろう。
('A`) 「俺は昔の人間のいうことなんて、信じないよ。
地球を中心とした天動説だって、結局は間違ってた。
世界の端には大きな滝があるって説もな。
結局昔の人間のいうことは、時間が経てば誤りだってことが証明された。
今回のことだって、きっとそうだ。そうに決まってる。うん」
友人は、自分の言葉に小さくうなずいた。
自分の考えが、一番正しいと確信しているのだろうか。
ふと、友人の手の中にある空き缶が目に入った。
空き缶はかすかにゆれていた。
一瞬ぼくの見間違いかと思ったが、空き缶はたしかに震えていた。
( ^ω^)「……」
結局のところ、石化が怖くない人間は、そういないのだ。
必死に生を育んでいるというのに、それを無慈悲に、無造作に奪われることが、
恐ろしくない生き物など、いないのだ。
隣りにいる友人を見て、そのことを悟った。
509 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 07:37:14.78 ID:l97cz+Md0
それならぼくは、その死を、甘んじて受け入れるだけでいいのだろうか。
( ^ω^)「(……いや……)」
たとえ石化し、死ぬことになっても、ぼくにはやるべきこと、やりたいことがある。
死ぬ前に、最後に会いたい人がいる。
その人に自分の思いの丈を伝えたい。
拒否されるにしても、受け入れてもらえるにしても、それだけはやり遂げたかった。
携帯電話を取り出し、その人に向けて、メールを打った。
――明日十一時、隣町の山の頂上で待ってますお。
石化する恐怖に比べれば、こんなこと、何でもなかった。
落ち着いて送信ボタンを押した。
送信が完了したと同時に、友人が突然立ち上がった。
空き缶を数メートル先のゴミ箱に放ったが、風によって軌道を変えられ
箱の淵に当たって落ちた。
友人はそれを拾い上げ、今度はゴミ箱の真上から落とした。
もちろん空き缶は箱にきちんと収まった。
('A`) 「こんなときでも、な」
それだけいうと、彼は一人で歩き始めた。
ぼくはそれを小走りで追い、彼の真横について歩調を合わせた。
その2へ
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