911 名前: ◆oNwoV/bH1k :2006/03/04(土) 03:04:07.46 ID:CtzmdQoo0
――パチリ。

暗闇の中で動いていた俺の指が、やっと電灯のスイッチを探し当てる。
連続した光の点滅。そろそろ新しいのを準備した方がいいかもよって、電灯の奴が合図してるみたいだ。

そうして、黒の絵の具でもぶちまけたみたいに真っ暗だった俺の部屋が、人口の光に包まれる。
俺の眼に映ったのは、むしろ見なかった方が幸せなんじゃないかっていうほどの惨状。
そこら中にゴミ袋が散らかって、文字通り足の踏み場も無いって感じ。
台所には雑に積まれた食器と、最近使った記憶の無い食器用洗剤が置かれてある。
なんていうか、空き巣が入った後の方がマシなんじゃねえかな。
まあ、空き巣が来たところでこの部屋を見たらすぐに逃げ出しちまうんだろうけど。

毎回掃除しよう掃除しようとは思うんだけど、それより先に俺は大好物を見つけちまうんだよね。

「…よっ、と…」

俺は大股になりながら部屋の奥の方に進んでいく。
まるで洞窟で罠に気を付けながら歩く冒険者みたいな気分。
罠って言っても、不安げに口を縛ってある袋から様々なゴミが散乱するだけなんだが。
……なんでえ、立派な罠じゃねえか。

そうして、俺は罠の先で宝物の姿を発見する。
そいつは慣れ親しんだ姿で俺を出迎え、俺も慣れた手つきで宝物の蓋を開ける。
スイッチを入れるとそいつは嬉しそうに声を上げ、俺の前でゆっくりと瞼を開いていく。

――バイト代で買ったノートPC。そいつが俺の宝物だ。


912 名前: ◆oNwoV/bH1k :2006/03/04(土) 03:05:12.44 ID:CtzmdQoo0
「…お? またブーンスレ乱立してるね」

今日も今日とて真っ先に開いたウェブページはVIP。
最近馴れ合いが多いとかクオリティが下がったとか悪い話ばっか見るんだけど、それでもついつい見ちまうんだよな。
もはや、この「VIPを覗く」って行為が習慣になっちまってるんだと思う。
悪い、なんとも悪い習慣だ。こんなことばっかやってるから、俺はこの年齢にもなってフリーターなんだろう。
「好きな仕事が見つからない」とか、「自分に合わない」とか、そんなガキの屁理屈を言う気はさらさら無い。
でも、いつも決まってその先に進めない。
いつまでもコンビニのバイトは俺だって駄目だとわかってる。
でも、新しいバイト君が入ってくるのを今まで何回見たことか。
店長が別の人に替わるのを、今まで何回見たことか。
ホント、惰性って怖いんだ。自分でなかなか止められないから。

「……なんか見てみるか」

無理矢理にでも理由を言うならば、それは本当になんとなく。
ただなんとなく、俺はブーンスレを覗いてみようという気になった。
今まで興味をそそられるタイトルに出くわした時も、ちょっと覗いて最後まで読んだことは一度も無い。
だが、今日はなんとなく、読んでみようという気になったんだ。

「…これでいいや。ブーンが…なんだこれ? なんて読むんだ?」


913 名前: ◆oNwoV/bH1k :2006/03/04(土) 03:06:24.17 ID:CtzmdQoo0
ノートPCの画面、そこには「ブーンが××になったようです」と表示されている。
だが、肝心の何になったのかを読むことができない。

俺はなんだか気になって、他のブーンスレを探してみた。
すると「ブーンが警察官になったようです」や、「ブーンが神になったようです」だの、その他は普通に表示されている。
読めないのは、そのスレだけだった。

「…壊れたのかな。まあ、中身を見れば大体わかるだろ」

俺はとりあえずタイトルをクリックする。
すると、文字列でできた絵……AAの姿が目に映る。
AAは言うまでも無く、ブーン――内藤ホライゾン。
そもそもブーンスレなんだからブーンがいるのは至極当然のことだ。

見ると、ブーンはせっせと何か料理を作っている。
なるほど、さっきの見えなかった文字はきっと「コック」だったんだろう。
俺はコックを目指しているのであろうブーンの雄姿を見るため、さらに画面をスクロールさせていく。

「…あれ?」

おかしい。さっきまで料理を作っていたはずのブーンが、今度は怪物と闘っている。
いくらなんでも無理があるだろう。なんでコックから怪物退治に変わるんだ。


915 名前: ◆oNwoV/bH1k :2006/03/04(土) 03:07:41.25 ID:CtzmdQoo0
「え? え?」

画面のスクロールと共に、俺の疑問がどんどん膨らむ。
ブーンは怪物と闘ったその後、王様になって国を統治し、その次は植物を研究する学者になっていた。
いくらなんでもこの展開はおかし過ぎる。
架空の存在だからって、どれだけブーンは多才だって言うんだ。
自称中学生が書く小説の方がまだしっかりしたストーリーなんじゃないだろうか。

だが、こんな破綻したストーリーにも関わらず、しっかりとレスは付いている。それも、作者を褒めちぎるものばかり。
「やっぱりブーンは××!」だとか、「ブーンが××ってのは初めてだけどイイ!」なんてものがほとんどだ。

こんなに破綻したストーリーなのに、どうしてそこまで手放しで褒められるのか。
それに、一体「××」とは何なのか。
俺はとり憑かれたように画面をスクロールしていく。
だが、それでも「××」の中身を示唆するような言葉が出てくる気配が無い。

「なん…なんだよ……一体…うっ!?」

そこで俺は、急に眼球に鋭い痛みを感じる。
時間も気にせずPCを見ていたから、眼が疲れてしまったんだろうか。
俺は一時的なものだろうと思ったが、痛みはどんどん増すばかりで、俺は段々と頭をハンマーで殴られているような痛みに襲われる。

「痛い…痛い…」

何度目かのハンマーが振り下ろされた後、俺の意識は混濁の海に沈んでいった――


916 名前: ◆oNwoV/bH1k :2006/03/04(土) 03:08:11.64 ID:CtzmdQoo0
「…大変お気の毒ですが、あなたの眼は見えなくなります…」

そうして、俺は病院のベッドの上。
顔面の、丁度眼の部分に包帯を巻かれ、今は隣にいるのであろう医師の声を聴いている。

PCが壊れたのかと思っていたが、どうやら壊れていたのは俺の方だったようだ。
医師から告げられた内容によると、俺はとてもケースの少ない眼の病気になったらしい。
その症例にかかった患者は世界中を探しても数人で、日本では俺が初めての患者なんだそうだ。

現在わかっているのは、それが原因不明で起こること。
そして、患者は一様に目が見えなくなること……。

医者は淡々と俺に今後のことを告げていく。
盲目――つまり、身体障害者として生きていくことを。
医者がみんな、ちゃんとこういうことを話してくれるのかはわからない。
だが、淡々とながらも親切丁寧に教えてくれているあたり、この医者は人の良い医者なんじゃないかと思える。

本当なら感謝をして真剣に耳を貨さなければいけないんだろうが、今の俺には正直どうでもいいことだった。
と言うより、俺は目が見えなくなったこと自体あまり気にはなっていない。
原因不明なんだし、わかったところでどうすることもできないのだし。

――今の俺が気になっているのは、たった一つのことだけ。

あの、「××」に入る言葉はなんだったのか……ただ、それだけだ。


終わり


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