483 名前:( ^ω^)ブーンが氷鬼をするそうです :2006/03/15(水) 00:10:48.45 ID:T6IsQXBk0
ブーンは教室を飛び出した。
泣いた。走った。思いっきり泣き叫んだ。
「うわああああああ!」
なんでこんなことになってしまったんだろう。
どうして世界が狂ってしまったんだろう。僕達はただ遊びたかっただけなのに。
荒巻先生と一緒に遊んでいれば良かったのか?
あそこでニダーに出会わなければ良かったのか?
ドクオと一緒に、隠れればよかったのか?
ジョルジュと一緒に、逃げ出せば良かったのか?
だがもう遅い。ブーンの世界は凍ってしまった。
凍り付いたブーンの世界は二度と醒めることがない。
ならこのまま凍ってしまえ、楽しかった思い出達を中に包み込んだままで。
職員室の脇を走り抜けた。ドクオが頸を掻ききられて死んでいた。
体育館の裏も走り抜けた。ニダーがショボンをコンクリブロックで殴り続けていた。
ツンは――、大木で首をくくっていた。ジョルジュは目の前で、殺された。
みんな、みんな死んでしまった。これが夢なら醒めて欲しい。氷雨がまだ降り止まない。
「嫌な予感がするぜ」 あのときに帰れば良かった。
「もう、お開きにするかい?」 ショボンは知っているのだろうか。この結末を。
ツンは、ジョルジュは、ニダーは。
いっそのこと、このまま時間を止めてしまいたい。なら死ぬのが一番だ。
親友達と時を同じくして死ぬ。なんて甘美な死だろう。
だが。
「僕はまだ、死ねないお――。納得が出来ないお!!! 荒巻ぃぃいぃ!」
ブーンは振り返り、涙を拭いた。
視線の先に荒巻が直立していた。
「決着を付けるお! 僕達の氷鬼に!」
「いけない。いけない子だ。でも今日だけは、許してあげよう!」
488 名前:( ^ω^)ブーンが氷鬼をするそうです :2006/03/15(水) 00:25:42.01 ID:T6IsQXBk0
「私は喧嘩を好まない」
ざあざあと雨が降りしきる中で、二人の男が対峙している。
「僕も喧嘩は大嫌いだお」
お互いに大切な物を背負って。
「荒巻先生。あんた本当に覚醒剤を――」
「ああ、ヤっているよ。私はもう戻れないんだ」
「ツンも――ヤっていた――?」
「ああそうだ。最初は軽い冗談のつもりだった」
「軽い、冗談?」
少し間が開いた。厭な間だ。
「内藤君。君は何か勘違いしているようだ」
「何のことだお!」
「君の、所為なのだ」
「……え?」
喉元に突如匕首を突きつけられたような冷たい困惑を感じた。雨が鉄の針のように痛い。
二人の間を極限の緊張感が満たした。最初に口火を切ったのは、ブーンだった。
「僕が何をしたって云うんだお」
「君がツンを傷付けさえしなければ、こんな事には成らなかったのだ」
「僕はツンに何にもしていないお!」
荒巻は猛犬の如く吼えた。
「貴様のその鈍感さが、ツンを地獄に堕としたことにまだ気が付かないのか!!!」
荒巻は一気にまくし立てた。
ツンがブーンとの関係を気にしていたこと。最近ブーンが冷たいのではないかと云うこと。
ツンは寂しがっていた。まるで父親のように対応していた荒巻には見ていられなかった。
「だから、ツンは覚醒剤に手を出した――って云うのかお」
「ああそうだ。その通りだよ。ブーン君」
「嘘付くな」
ブーンは冷徹に云いはなった。ジョルジュのときのように、目が鉄のように鈍い光を放っていた。
494 名前:( ^ω^)ブーンが氷鬼をするそうです :2006/03/15(水) 00:40:42.80 ID:T6IsQXBk0
荒巻は顔面を硬直させた。
「嘘付くなよ、先生。俺は全部知っているんだ。あんたとツンの関係。あんたとツンが援助交際の関係にあった事も、全部」
明らかに荒巻は狼狽していた。心臓の鼓動がかなり離れているブーンに伝わる。
「俺は今から警察に通報する。これであんたの悪行も露見する」
「証拠が、証拠がないじゃないか? ブーン君。確かにこの学校で連続殺人事件が起こっているのは事実だ。だが全て私が殺したという証拠にはならない」
「俺が証言する。あんたがジョルジュを殺したってな。教師が生徒を殺したなんて事になったら実刑は免れない」
荒巻は、ぷ、と吹き出して見せた。
「何が可笑しい」
「いやはや、内藤君。それが君の本性なのかい? 先生も見事に騙されていたよ」
「俺は楽しかった。あいつらと馬鹿がやれて、最高に楽しかった。後半年。半年の祭を精一杯愉しむつもりだった」
ブーンは仰ぐように灰色の曇り空を見上げた。雨が、徐々に止んでいく。
「雨が、止んでいきますね」
「そうだな、先生」
ブーンと荒巻は、二人で雲の隙間に現れた一筋の光を見た。神々しかった。
「みんな――無事に天国に行ってくれよ。俺はこいつと地獄に堕ちる!」
ブーンと荒巻が向き直る。どちらも清々しい表情をしていた。
泥と流血にまみれた顔を優しい雨が洗い流していく。
荒巻が頸を鳴らし、呟いた。煙草をかかとで揉み消す。
「私が鬼です。さぁ内藤君。始めましょうか。私は君を――」
「俺だって鬼だ。荒巻俺はあんたを――」
「「殺す!」」
氷鬼が今、終わる。
498 名前:( ^ω^)ブーンが氷鬼をするそうです :2006/03/15(水) 00:53:35.87 ID:T6IsQXBk0
翌日学校は、報道各局の槍玉に挙げられていた。
「校長! あの放課後何があったんですか!」
「女子生徒が担任と援助交際の関係にあったというのは本当ですか!?」
「一部メディアには、学校内でドラッグが蔓延していたとのタレコミが入っていますが!?」
学校はもう元には戻れなかった。
学校側は一足早い夏休みを決定した。
生徒の中には何も知らずに屍体を目撃してしまった者もいるという。
死者、生徒五名、教員一名。
夏休み直前の放課後に突如発生した謎の怪奇事件。
夏休み、放課後、という怪しげなワードがマスコミの関心を煽り、事件は異常なまでに過熱報道された。
中には、六人の集団自殺だとする者がいた。
中には、どこぞの小説を模倣し生徒達を殺し合わせた事件だという者もいた。
今はもう、事件の真相を知るものは誰一人としていない。
否、一人だけ残っている。
「ふふふ」
玄関で教職員ともみ合いになっているマスコミを見て、一人の生徒が微笑んでいた。
「誰も事件の真実に触れることはできない。氷鬼の勝者は、俺様だと決定しているんだ。ふふふ」
少年はゆっくりと校舎の裏門を潜り、漆黒の高級外車に乗り込んでいった。白い粉を袋に入れて。
「楽しかったよ。みんな」
その少年を乗せた車は、ゆっくりと森の中へと消えた。
ニダーが行方不明になったのは、その翌日のことだった。
(了)
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