757 名前:灯台 :2006/05/02(火) 01:09:22.03 ID:OwWJ6O920
灯台を見ていると、ふとこんなことを考える
昔の人はこれが無かったら海でどうなっていたんだろう
遭難したのだろうか、それとももと来た港へ帰りつけずに往生したのだろうか
遭難すれば命はない、港へ戻れなくなれば家族と会えなくなる
海はそれだけ広く、リスクの高いフロンティアと言えたのではないか
でも現代、灯台なんか有っても無くても変わらない
GPSだったかな、名前はよく知らないけど、どこにいたって自分の位置は確認できる世の中
空に人工衛星が浮かぶ限り、僕らは道を見失わない
海はけっして未開のフロンティアではなく、人知のおよぶ切り開かれた生活域になった
「戯言、だよね」
灯台はそれでも無くならない
誰がそれを必要としているのか、誰がそれを頼りにするのか、僕は知らない
だけど灯台は今もこの町にある
照らし出す光は昔と変わらず、夜闇を切り裂き、自分はここにいると叫んでいる
誰が見ている、誰に頼まれたなんて、関係ないと言わんばかりに……
「あれ? ショボン、どうしたんだお?」
「あ、ブーン。なんでもない、ちょっと考え事」
友達が心配気に声をかけてきた
よほどひどい顔をしていたのかな……まあしょうがないか
僕は灯台に憧れている
過去は人類の道標、現在は無視されようと自分の在り方をこの世に叫び続ける
僕は、道しるべにも自分の在り方を唱えることもできない、ちっぽけな人間だから……
760 名前:灯台 :2006/05/02(火) 01:35:23.15 ID:OwWJ6O920
どうしてこんなことを考えるのだろうか、自分はそんなに卑屈な性格だったかな
「ショボン、海で一泳ぎしないかお?」
「夜中だからやめようよ……」
はしゃぐ友人は、心底楽しそうに夜の海を眺めてそんなことを言った
昔もこんなやりとりをしたっけ
ああそう言えば、今も昔も僕はブーンと一緒にいるんだな
小学校のとき、知らない人ばかりで緊張しきっていた僕に話し掛けてくれた君
運動が苦手な僕に、いっしょに走ろうと言ってくれた君
クラスに溶け込めない僕を、ドッジボールや鬼ごっこに引っ張り出してくれた君
僕が人間関係という、未開の地で迷子になっているところを、いつも君は助けてくれた
僕にとっての灯台は、あの時確かに君だった
今は、どうなんだろう……
僕は変わった
君がいなくても、電車に乗ってどこまでも行ける
君がいなくても、誰かと話すのをためらうことはない
君がいなくても、未開の地を一人で探索することに戸惑いはしない
僕はこの十年で、自分のGPSを手に入れた
経験なのか、それとも自分でもわからないぐらい高いところにいる誰かのおかげかは、知らない
でも、もう道に迷わないぐらいには、自分の場所はわかるようになった
もう灯台である君を必要としない僕がいる
だけどどうしてだろう、僕は灯台に憧れる
762 名前:灯台 :2006/05/02(火) 01:43:53.69 ID:OwWJ6O920
僕は君を必要としない
そう君に伝えたら、君はどんな顔をするんだろう
「ショボン、本当に今日は考え事が多いお?」
「ブーン……いや、なんでもない」
そんなこと、言えるわけがないよね
君は灯台なんかじゃない、僕の友達だ
誰かに僕の道標になれなんて命令されたわけじゃない
誰かに僕の行く先を照らすよう作られたわけじゃない
だから僕が君を必要不必要なんて、言うべきじゃないんだ
「ショボン、大学はどこに行くつもりなんだお?」
工業高校を出た後は、就職する君には関係ないよ
思ったけど、僕はブーンの問いに答える
「……けっこう遠いお」
そうだね、君は地元に就職するんだったね
「あんまり、会えなくなっちゃうお」
そんなにしょげないでくれないかな……僕がそんなに心配かい?
埠頭に縛り付けられた灯台のような、君の光が及ばないところへ船が行くのがそんなに心配かい?
不愉快な気分になってきた
丘から離れることも出来ないのに、離れられる船を一丁前に心配するなんて、傲慢じゃないか
だけど、そう思っても、僕は灯台にあこがれてしまうのはなぜなんだ
767 名前:灯台 :2006/05/02(火) 01:55:30.60 ID:OwWJ6O920
疑問とイライラが、僕の中で渦を巻く
僕はこんなにいやな奴だったっけ……うん、嫌な奴だよね
君は知らない
君がどんなに僕の行く先を照らそうと、僕は君の行く先を知ろうとすらしない
君は知らない
君がどんなに光を放とうと、僕はそれをうっとおしく思う
光はいらない―――もう道を知る術は手に入れた
道しるべに僕はなれない―――君の行く末を知らないから僕は照らせない
僕は光を放てない―――光ったって誰も見てくれないことを知っているから
そんな僕の心境も知らずに、君は励ますようにこんなことを言う
「ショボン、たまに帰ってきたら、また一緒に遊ぶお!」
「……そんなに、僕は頼りないかい?」
だから、僕もつい言ってしまった
「勘違いしないでよ。僕はもう君にべったりじゃなくても、十分やっていけるんだ」
ああ、ごめん、こんな事は言いたくないんだ
でも言わないとといけない、言わないときっと君はずっと必要もないのに僕を照らし続ける
僕に君は必要ない、だからもっと別な人を照らすとか、光を消すとかしてくれないか
僕は灯台にあこがれる
だけど同時に不必要だとも思っている
それでも僕は、やっぱり灯台に憧れる
768 名前:灯台 :2006/05/02(火) 02:03:03.55 ID:OwWJ6O920
ああ、僕は灯台を自分から切り捨ててしまった
切り捨てて、面倒で目障りな光を追い払ってしまった
もう二度とこちらを向かないであろう光は、不要であるはずなのに、何故か未練が残る
顔を伏せているのも限界だ、僕は君の顔を見る
「? それがどうかしたのかお?」
「え……」
どうしてそんな顔が出来るんだい
僕は君を、灯台を必要としないって言ったじゃないか
君は僕にとって無意味だって突きつけたじゃないか
僕は君にとってその程度の存在だったのか
君は僕の行く先を照らすことも、照らさないことも同じだというのか
そんな、なんでもないような顔をしないで、落ち込んでくれ
ああ、やっぱり僕は灯台に憧れているんだ
灯台になりたいとは思わない、なれるとも思わない
だけどそれでも、灯台にとって意味のある、記憶に残る存在で在りたかった
現在、必要だとか不必要だとか関係ない、君は過去の僕の恩人だった
過去の僕は現在の僕ではないけれど、だけど忘れないでやってほしい
今の僕は君を必要としていない、だけど過去の僕は君を必要としていた
だから過去の僕を、現在の僕と一緒に切り捨てないで
灯台は変わらずそこにあってほしい
そんな灯台に僕は憧れたのだから
769 名前:灯台 :2006/05/02(火) 02:15:01.10 ID:OwWJ6O920
世界の崩壊を見たような気分だった
ややもすればひざから下が虚空に消え去り、僕は僕を支えられなくなりそうだ
ならば腕をつけばいいじゃないか、ああ、腕は石のように硬い、動かない、役に立たない
混乱する僕の肩を、何かが支えた
振り向くと、それは灯台だった
相も変わらず誰も見ていないのに光を撒き散らして、のんきなものだ
心の中で口汚く罵った
口が汚くなれば、その分心はきれいになるんじゃないかと思っているのだろうか
「ショボンは昔から、僕がいなくても十分やっていけてたお」
何を言っているんだい、僕は君がいなくては歩くことすら出来なかった
「むしろ、僕のほうが心配だおwショボンがいなくて大丈夫か心配だおw」
君は僕を照らしてくれた、不動であって不動であるがゆえに揺ぎ無い灯台だったじゃないか
何が心配だって言うんだい
「ショボンは僕に勉強を教えてくれたし、色々助けてくれたじゃないかお?」
ああ、何で僕は忘れていたんだ
君が居残りでプリントをやっているときに手助けした僕
君が授業のノートをとり損ねた時にノートを貸した僕
君が悩んでいる時に助言をしていた僕
僕は君にとって灯台だったんじゃないか
なのにそれを忘れて、光を忘れて、今の僕はどうなんだい
僕はもう、灯台なんかじゃない
770 名前:灯台 :2006/05/02(火) 02:25:19.75 ID:OwWJ6O920
「僕はショボンを心配なんかしてないおwでも、悩んだときはいつでも頼って欲しいお」
君は今も灯台なんだね
僕が君を必要としないと言っても、関係ないって光を出し続ける
いつか僕が迷ったとき、帰ってこれる場所になろうとしてくれる
「だから、僕が困ったときはショボンを頼りにしていいかお?」
ああ、僕はもう灯台なんかじゃない
光を忘れて、君の行く末を忘れて、ただただどこか遠くに逃げ出そうとしている一艘の船だ
なのに君はまた僕に灯台になれと言うのか、光を出し続けろと言うのか
買いかぶりはよしてくれ、僕は照らせない
「でも、そんなのは関係ないお!僕はショボンの友達だお、離れても友達だお」
「……関係、ない?」
僕は君を照らせない、君の光を忘れたい
灯台が灯台であるための尊厳を、互いに消し去ろうとしているのにどうして関係ない
「友達は、友達だお! 頼りなるとかならないとかじゃないお!」
「……そうだね、僕はすこし疲れてたのかも。僕らは友達だものね、難しく考えすぎだったよw」
ああ、やっぱり君は灯台だ
僕が道を見失っていたのに、君はその先を照らし出してくれた
僕はやっぱり灯台にあこがれる
変わらず光を出し続け、それを否定されても関係なく続け、そして迷子を救い続ける灯台に
僕もそうなりたい、変わらず光を出し続けられる灯台になりたい
今はまだ、無理そうだけど
−完−
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