633 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/14(火) 00:33:23.20 ID:Sjvobwc00
―――教会の礼拝堂
黒い詰襟を着た男性がひざまずき、十字架に黙礼をささげていた
朝の礼拝、と言うには真剣に、まるで誰かの冥福を祈るかのように祈る
「……罪深き、我らをお許しくださいお」
十分ほどの祈りをそう締めくくると、男性は立ち上がり礼拝堂を後にした
「うん、今日もいい天気だお」
まぶしそうに目の上に手をやり、空を仰ぎ見ると―――何かが飛んできた
「ふぉ!?」
コチン、と軽い音をたて、飛んできた何かは男性の額にぶつかった
「いたっ!?」
「あ! す、すみません!! 大丈夫ですか!?」
「いや、大丈夫だお。……て、これは?」
額をさすりながら、飛んできた何かを拾うと、それはラッピングされた箱のようだった
ワインレッドの包み紙に、金色のテープ、そしてバレンタインと書かれたシールから察するに、中身はチョコレートだろう
「あーそのー、えっと、それはー、その、ですね……?」
「……?」
なにやらもじもじと気まずそうにしている声の主は、よく知った顔だった
よくこの教会の掃除をしてくれる女性だ
そう言えばさっき謝っていたのも彼女だったような気がする
636 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/14(火) 00:58:39.97 ID:Sjvobwc00
「いや、あのですね? 神父さんはいつも同じ時間に礼拝堂でるじゃないですか?」
「はぁ……」
何をそんなに慌てているのやら、女性は両手をブンブン振り回してまくし立てる
「それでですね! 今日はバレンタインなんで、いっちょ、こう……驚かせようと思いまして!!」
「……それで、チョコをぶん投げたのかお……?」
「……はい」
結論すると、こういう計画だったということだろうか
いつも礼拝堂を出る時間にチョコをぶん投げる→出てきたところでチョコをキャッチ
→驚いてサプラーイズ!→(゚д゚)ウマ-
……………………なるほど
「……ああ、君は重症な馬鹿だったのかお」
「ひどっ!? 」
うん、どっちかというと、彼女の頭の中身のほうがひどい
639 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/14(火) 01:07:07.02 ID:Sjvobwc00
目の幅涙を流している彼女を無視して、神父はチョコを彼女に渡して、言う
「せっかくだけど、これは受け取れないお」
「え? ど、どうしたんですか? まさか……怒ってます?」
むしろ怒られると思うならするな、と言いたいが、否定する
「今日がバレンタインだから、受け取らないんだお」
「??? えーと、すみません、どういう意味です?」
混乱する彼女に、神父はやさしく微笑む
その顔は、どこか寂しげで、ため息のひとつも出てきそうなほどであった
「立ち話もなんだお。中でお茶でも飲みながら話すお」
「はぁ……」
何がなんだかわからないと言った感じで、ついてくる女性に、
神父はこっそりと、その耳に届かないようにぼそりとつぶやいた
「だれも……バレンタインの意味をしらないみたいだお……」
648 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/14(火) 01:31:50.06 ID:Sjvobwc00
「今日はいいハーブティが入ったんだお」
「いや、それはどうでもいいんで、とっとといい訳なり何なりをしてください」
バシィン、と机を叩いてお茶を拒否された
なぜだか知らないが少々ご立腹のようだ
「い、言い訳じゃないお?」
「いいえ! バレンタインのチョコを拒否するからには、言い訳してもらいます!」
バレンタインのチョコって、そんなに仰々しいものだったのだろうか
まあ、確かにこのままでは埒があかない。とっとと済ませようと、神父はいすに座った
「バレンタインの名前の由来は、しってるかお?」
「?」
知らないのかお、とため息混じりにつぶやく
「セント・バレンタイン神父。この人の命日が由来なんだお」
言いながら、お茶ではなく、水を口に含んで湿らす神父
「………」
少し長い話をするときのその癖は、彼女にわずかばかりの緊張を与えた
650 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/14(火) 01:41:47.95 ID:Sjvobwc00
「昔……どこの国だったかは、忘れたお。そこで兵隊の結婚は禁止されていたんだお」
「なんでですか?」
「家族惜しさに戦争から逃げ出さないようにするためだお」
「…馬鹿みたいな理屈ですね」
彼女の台詞に、同感だと言うようにうなずく
「バレンタイン神父も、そう思ったんだお
愛し合うことを否定するなんてとんでもない、ってね
バレンタイン神父は、国には内緒で兵士たちの結婚式をあげるようになったんだお
多くの兵士やその妻は、彼にとても感謝したそうだお」
でも
「ある日、その事が国にばれて、バレンタイン神父は処刑されてしまったんだお
国は二度とこんなことをするものが出ないよう、火あぶりの刑でバレンタインを殺したんだお」
ついっと視線を動かし、カレンダーを見る
日付は2月14日、今日だ
「その日が、今日バレンタインデー。バレンタインの命日なんだお」
651 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/14(火) 01:47:20.21 ID:Sjvobwc00
バレンタインの由来が、思いもかけず暗い話であったことに
少なからず彼女は驚いた
しかし、しばらくしてから彼女はある疑問を持った
「すみません、その話と、バレンタインのチョコはどう関係するんですか?」
まさかバレンタイン神父の好物だということなのだろうか
「うんにゃ。なんの関係もないお」
「な、無いんですか?」
コップに水を新たに注ぎながら神父は答える
「もともとは日本の製菓会社が昭和30年代に提起したのが始まりだお
アメリカでは男性が赤いバラを送る日だったのを、もじったんだお」
ははは、と軽く笑って、それから、だから、と付け加える
「僕は、偉大なバレンタインの命日に、チョコがどうので浮かれたくないんだお」
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