319 名前:( ^ω^)ブーンが氷鬼をするそうです :2006/03/14(火) 01:22:49.85 ID:09mf3AjK0
ブーンはひとまず、残りの三人に連絡を取ってくれ。
ドクオはそう言い残し、職員室へと走った。
ツンを探して走ると、びちゃびちゃと泥がはねたが、気にならなかった。
「あ、ツンだお――」
正直な事を言うと、ブーンは焦っていた。何より今の状況が、コンタクトを取りづらくしている。
ブーンとツンは敵同士なのだ。だがこの場合、対したハードルではないことにすぐに気が付いた。
自分が捕まればよい話なのだ。自分とドクオとショボンは逃亡者なのだ。
「おーい、ツーン」
ブーンは小声で、ツンを呼んだ。だがツンはなにやら左右をきょろきょろ見回すだけで、何もブーンのことに気付こうともしなかった。
「あれ――」
ブーンの顔が、見る見るうちに硬直していく。何かが、おかしい。
違和感だ。さっきニダーの時に感じた違和感と寸分違わぬ違和感を、ツンにもまた感じた。
つまり、それは、
「あ」
ブーンは口を両手で締め付けた。そうでなければ、叫んでしまいそうだった。何故、何故、何故?
疑問が脳内で煩悶する。ぐるりぐるりと視界が回転する。嘘だ。ツンは違う。
例えニダーがそうだったとしても、ツンだけは違う。そう、違うのだ。
なのに、
「ありがとうございます。これが今月の代金です」
ツンは木陰に隠れる人物と会話していた。今月の代金という妙に生々しい言葉が、これは確固たる現実なのだとブーンに示した。
まてまて、まだ可能性はある。人目に出せないような、そう例えばエロ本。ツンがこっそりとエロ本を買っている可能性だって――。
だがその、淡い希望はぐちゃぐちゃに潰された。
「ツンッ! 駄目だ!」
ブーンは叫んだ。ブーンは見た。確かに見た。ニダーの時と寸分違わぬ、あの、白い粉を。
321 名前:( ^ω^)ブーンが氷鬼をするそうです :2006/03/14(火) 01:31:55.68 ID:09mf3AjK0
「え、ブーン!?」
「ツン――どうして、なんだお?」
ブーンはよたよたと、力無くツンに歩み寄った。ツンの顔は恐怖に引きつっている。
自分の悪口が露見した恐怖なのだろうか。ブーンは、哀しくなった。
「まだ、やりなおせるお。ツンはまだ、初めてのはずだお――」
ツンがその白い粉を使っていないのではないか? 希望は自分の脳が砕いた。
思い出せよ、ツンは云っていたじゃないか。『今月の代金』です、って。
つまりそれは先月、あるいはさらに昔の仕様歴を如実に示す証左だ。
哀しいかな。全ての自称が、ツンによるその白色粉末の仕様を裏付けている。
そして、ブーンは一つの結論にたどり着いた。
「相手は――、そこの木陰に隠れているあんたは、誰なんだお!」
「駄目! ブーン、こっちに来ないで!」
ツンは必死にブーンを止めようとした。ツンの手元で震える白い粉。
ブーンは肩を怒らせ、顔面に目一杯の赫怒を込め、突進した。
一気に殴ってしまえ。だがそれは、信じられない衝撃で砕かれた。
「う、嘘だ。嘘だぁぁぁぁぁぁ!」
「ブ、ブーン――」
ブーンの絶叫、ツンの嗚咽、木陰にたたずむ、荒巻先生――。
「残念だ。実に残念だよ内藤君。知られてしまったからには――」
嘘だ。そんな馬鹿な事があるはずがない。なら、そうだ――。
「ドクオ! ドクオをどうしたんだお!」
「ドクオ君か――。彼には悪いことをしてしまった」
そう言って荒巻は、その皺深い老眼を怪しい笑みに歪めた。
「う、そ、だ。嘘だ。嘘だ。嘘嘘嘘」
「現実だよ?」
ブーンは一目散に走り出した。後ろから追い掛けてくる音が聞こえる。
遂に始まった。ブーンのラストゲームが。
323 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/03/14(火) 01:46:54.01 ID:09mf3AjK0
「あのおっぱい野郎め――」
ショボンは露骨にジョルジュを罵倒した。だが言葉の中に、悪意は微塵もない。
さめさめと降りしきる雨。雨の臭いがショボンは好きだった。
「ようこそ、バーボンハウスへ、か。ふふ」
ショボンは一人、ポケットからテキーラを取り出し、あおった。
こうでもしないと遣り切れない。後半年しか残されていないのだ。
「さて、そろそろ私もゲームに参加するとしようか」
ショボンがゆっくりと重い腰を上げた、そのときだった。
「あれは――、ニダーなのか!?」
ショボンは急いで巨大な大木の木陰に隠れた。スパイのように慎重に、ニダーの行動を観察する。
何故ニダーがここにいるんだ。何をやっているんだ。あんなおしろいみたいな粉で――。
ニダーはなにやら、理科の実験器具のような物をセットしていた。
次の瞬間、ショボンの足下でがさっ、と異音が響いた。
最悪だった。ショボンは自分の愚行を恥じた。もう取り戻せない失策。
ショボンは枯れ枝を踏み折った。それは酷く甲高い音となり、ニダーの耳に届いてしまっていた。
ニダーは明らかに動揺し、白い粉を制服の内側に隠しなお、腹を抱えるようにして周りを見回していた。
「気付かれた――!」
ニダーがゆっくりと、確実、着実にこちらに迫ってくる。
ショボンは焦っていく中、視界の端にあのおっぱい野郎の姿を見た。
「伝われ! ジョルジュ!」
そうしてショボンは、右手を思いっきり振った。がさがさ、と大きな音が響いた。
ニダーが突進してくる。覚悟を決め、身構えた。
ニダーの拳は確実にショボンのみぞおちをとらえていた。徐々に狭まる視界で、ショボンは最後にそれを目視した。
不気味なまでに白い――。
325 名前:( ^ω^)ブーンが氷鬼をするそうです :2006/03/14(火) 01:58:54.49 ID:09mf3AjK0
何が起きたのか理解できない。
だが確実に分かることはただ一つ。ショボンの身に起こったのは、『異常事態』だ!
「はぁ、はぁ! ちくしょう、なんでだよニダー!」
ニダーなら分かっているはずだ。麻薬の怖さを。覚醒剤の恐ろしさを。
ニダーと最も仲が良かった自分だからこそ、そして親父が覚醒剤を使っていた自分だからこそ――。
「ちくしょおおお!」
ジョルジュは思いっきりコンクリートの地面を殴った。いつも盛んに上下する右手が、痛い。
なんで、なんで、なんで! ニダー、お前が一番俺のことを理解していてくれたんじゃなかったのか。
覚醒剤なんてやるもんか、誓ったよな? ニダー、俺はあの日のこと、まだ覚えてるぜ――。
「ショボン――」
ジョルジュの口からは自然と最後に目にした友人の名が漏れていた。
右手をぐい、と顎の高さまで上げる動作。あのスピード、あの角度。忘れる物か、忘れもしない。
ショボンと一緒に作った暗号電文だ。腕振暗号。当時は楽しかった。こんな時に役に立つなんて。
「どうすれば――、俺は一体どうすればいいんだ!」
心の中にあらゆる感情が渦巻き、メルトダウンしていった。ニダーはショボンを殴った。
ニダーは恐らく麻薬に手を染めている。見間違うものか、あの白い粉末は十中八九ドラッグだ。
「警察に突き出すしか、ないのか」
ニダーだけに止まらず、この学校全体にドラッグの汚染が蔓延していくという最悪の事態。
なんとしてもそれだけはさけなくてはならない。自分が、止めるのだ。親友の暴走を。
と、そのときだった。遠くから絶叫と共に何かが猛スピードで走ってくる音が聞こえた。
ブーンだった。その後ろには、担任の荒巻。
荒巻は何故か――、そう何故だか分からないが、笑っていた。
326 名前:( ^ω^)ブーンが氷鬼をするそうです :2006/03/14(火) 02:11:09.84 ID:09mf3AjK0
「どういうことなんだ! 内藤!」
ジョルジュは未だにブーンのことを苗字で呼ぶ。
「分からない! 僕にはさっぱり分からないお!」
二人は併走しながら叫び合っていた。後ろには荒巻。
「なんで、荒巻の野郎が内藤を追っかけてるんだよ!?」
「分からない、分からないお!」
「俺だって解んねぇんだよぉッ!」
遣り場のない怒りをジョルジュはブーンにぶつけた。
「いけない。いけない。いけない生徒達だ」
荒巻教諭の言葉が、いつにもなくねっとりとしていた。言葉だけが独立し二人を舐めまわす。
「先生は帰れ、といったはずだよ? 覚えているよね? 優等生の長岡君?」
「知らねえよ! てめぇの命令なんか、死んでも聞くか!」
「おやおや、酷い生徒だ。内藤君、長岡君、君たちはこんな遅くまで何をしていたのだね?」
ブーンはうなじから恐怖を感じた。おかしい。何故荒巻教諭は。
これほどにまで走り続けていられる?
ブーンは先ほどから走るだけで限界だというのに、荒巻教諭は走りながら、なおかつこうして穏やかな声で二人に尋ねている。
不気味だ。ブーンの心を察したかのように、荒巻は自嘲した。
「君たちはいつでも私をのけ者にしていたねぇ。先生も、参加したかったなぁ」
「何にだよ!」
ジョルジュが精一杯の虚勢を張った。
「君たちの、氷鬼にさァッ!」
荒巻は怒鳴った。
荒巻の叫びをブーンは初めて聞いた。地獄の釜を開けたような、混沌をむき出しにした、どす黒い怒鳴り声だった。
氷鬼。それは楽しい遊び。中一の時にも担任だった荒巻先生が教えてくれた楽しい遊び。
だけどそれは嘘だ。楽しくない。
ブーンには微笑んでいる荒巻が、本当の『鬼』にしか見えなかった。
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