510 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 07:42:35.49 ID:l97cz+Md0
これが最後の下校になるかもしれない。
そう思うと、自然に視線はあちこちに向いた。
ピラミッドに押しつぶされるこの町の情景を瞳に焼き付けるようにして歩いた。
気付くと、友人もそうしていた。
('A`) 「生まれ育った町だもんな、最後に見納めしときたいし」
そういって、恥ずかしげに頬を掻いた。
そうしてしばらく歩いた後、友人の家の方面とぼくの家の方面とで分かれる分岐点にたどり着いた。
友人はぼくのほうを見て、手を差し伸べてきた。
何の手だろうと疑問に思っていると、彼は顔を赤くした。
('A`) 「握手だよ握手。一人でやってると恥ずかしいだろ!」
納得してうなずき、その手を強く握り返した。
数十秒ほどそのまま握手をしていたが、どちらからともなく離した。
('A`) 「……心中なんか、すんなよ」
友人は真摯な表情でそういった。
あまりに突然の言葉に心臓が跳ね上がりそうなほど驚いた。
ぼくは心を落ち着け、かぶりを振って答えた。
( ^ω^)「そんなことしないお」
ぼくの返答を聞いて、友人は、そうか、と小さく小刻みに何度かうなずいた。
511 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 07:49:03.75 ID:l97cz+Md0
( ^ω^)「それじゃあ、バイバイだお」
手を振りながら、友人に背を向けようとすると、友人は怒ったような声を出した。
('A`) 「またな、だろうが!」
その彼らしい言葉に、ぼくは思わず吹き出してしまった。
止めようと思っても止められない笑みに、最初は不思議がっていた友人だったが、
ぼくの真意を汲み取ってか、彼も次第に笑みを見せ始めた。
しばらく二人で笑いあった。
空に蓋をするように浮かんでいるピラミッドの底辺が、
ぼくたちの笑い声が空中に響き渡るのをさえぎった。
だがそれで良かった。それだけで、絶望の枷は外れたように思えたのだ。
笑い声が途切れると、ぼくは彼に背を向けながら言った。
( ^ω^)「またねだお」
彼は、おう、またな、と返した。
512 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 07:57:17.90 ID:l97cz+Md0
その夜、早めの夕食を取り、またも早めの仮眠を取ろうとしたとき、
携帯電話がメロディーを流し、一通のメールを受信した。
急いで受信したメールを開くと、送信者の欄には少女の名前があった。
――わかった。
たったそれだけの本文しかない簡素なものだったが、ぼくにはそれで十分だった。
世界最後の瞬間に好きな人とともにいれることが、嬉しくて仕方がなかった。
513 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 08:11:29.10 ID:l97cz+Md0
翌日、父と家を出た。
かさばる荷物はなるべく持たないようにして、
貴重品を最優先にまとめた手荷物を車に押し込み、発進した。
余裕をもって出発しようということになったのだが、
朝の一時にはすでに、周囲の家々の中に誰もいなかった。
その様子を見た父は、みんな朝が早いね、と感心していた。
我が親ながらのん気な人間だと思えた。
車の窓から空中のピラミッドを仰ぎ見た。
ピラミッドは昨日に比べ、明らかに大きくなっていた。
それだけ降下してきたということなのだろう。
世界の最後は一刻一刻、確実に近づいている。
父に友人と会う約束があるからと話し、隣町にある大きな山の麓へと車を出してもらった。
父は訝しげな顔をしながらも、ピラミッドに近づくんじゃないぞ、と念を押すだけだった。
もしかしたら、父はピラミッドの着地によって世界中の人間が石化してしまうことなど、
はなから信じていないのかもしれない。
514 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 08:29:05.34 ID:l97cz+Md0
結局、頂上にたどり着く頃には朝の六時をまわっていた。
本来なら、ぼくたちの町の山あいから朝日がのぞく時間なのだが、
ピラミッドのせいで見ることができなかった。
この短い生涯の、最後の朝日を見ることができなかったのは残念だった。
だがそれ以上に幸福な最期を迎えることができると思えば、
それも悪くないのかもしれない、と思うことができた。
やがて時刻は進み、ピラミッドも地表に近づいていった。
ピラミッドを真横に臨み、その降り立つまでの一連の動きを見ていると、
なんだか不思議に思えてきた。
あんな大きなものが、どのようにしてあの低速を保っているのだろうか。
あんなものが、なぜ空中に浮いていたのだろうか。
なぜあれが地表に降り立つと世界中の生き物が石化するなどという伝承が生まれたのだろうか。
考えれば考えるほど、あのピラミッドが本当に不思議なものだということを再認識してしまう。
そして、その不思議なものが巻き起こす事象が、世界中の生き物を石化してしまうことだと言われれば、
あのピラミッドならそんなことも起こせるかもしれない、と納得してしまう。
自分の死が一歩ずつ音を立てずに忍び寄ってきているというのに、不安はなかった。
愛する人が来てくれることに、不安や恐怖以上の喜びを感じているのかもしれない。
515 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 08:37:27.71 ID:l97cz+Md0
そのまま時間は経ち、ピラミッドは、とうとう町で一番高いビルをその石底で押しつぶした。
ビルは風化した骨のようにボロボロとコンクリートの欠片を撒き散らし、
ビルの頂上はピラミッドの降下と同時にじわじわ削り取られていく。
それでも速度を落とさないピラミッドは、
そのままこの町で二番目に高いビルの頭頂部をあっけなくすり潰した。
かつて町で一番高かったビルは、近年新たに一番高いビルが建造されたために、
過去形で表されるようになった。
苦汁をなめていたそのビルも、町で一番最高の称号を冠したビルも、
今ではほぼ同じ高さになり、同じく崩壊の憂いに陥っていた。
ピラミッドの底辺は、町にあるほとんどのビルや高層マンションを均一の高さに並び立てた。
崩れた破片は、ピラミッドの下降とともに生まれる気圧によって、
粉を散らすように風に乗ってどこかへと消えていった。
ピラミッドが作り出す気圧の風は、ぼくのいる山にまで届いた。
木々の緑は騒ぎ立て、山は痛みに泣いているようだった。
時計を見た。
時刻はすでに十一時を半分ほど過ぎ、あと30分で世界は終焉を迎える。
516 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 08:39:14.73 ID:l97cz+Md0
このとき、初めてぼくの中に不安や焦燥感が募った。
まだなのか。
まだ来てくれないのか。
一刻も早く来てほしい、ひとりにしないでほしい。
いちど現れた不安はせきを切ったように、ぼくの心になだれ込んできた。
もしかしてすっぽかされたのか。
世界の、ぼくの生涯の最後の最後で、まさか騙されてしまったのだろうか。
( ^ω^)「そ、そんな……」
ぼくが苦悩し、焦りを募らせている間も、無情にもピラミッドは町を押しつぶしていく。
ガラス窓を割り、瓦を吹き飛ばし、重低音を轟かせた。
少女の姿は、まだない。
時計とピラミッド、そして自分の背後を代わる代わる見回すぼくの視界の中では、
とうとうピラミッドが最後の家を圧壊しようとしているところだった。
( ^ω^)「……ダメかお……」
がっくりと肩を落とし、最期にこの目で自分の住み親しんだ街の最期を、
そして自分の生涯の最期を見届けてやろうと決心したその時、
ぼくの名を呼ぶ甲高い声が聞こえてきた。
517 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 08:39:52.47 ID:l97cz+Md0
( ^ω^)「!」
背後を振り返ると、そこにはあの少女の姿があった。
息を切らしながら、懸命に駆けてくる。
ぼくは急いで彼女のほうへと走りよろうとした。
その瞬間、低くのしかかるような轟音と、足元に凄まじい勢いの震動が起きた。
地鳴りは鼓膜を揺らし、地震は山を、ぼくの体を激しく揺さぶった。
そのあまりに強すぎる震動に、ぼくは立っていられなくなり、思わず前のめりに倒れてしまった。
視線の先では少女も同じく地にひれ伏していた。
この揺れは、ピラミッドが地表に着地したものだろう。
つまり、ぼくたちは伝承通り、石化を起こすことになる。
せっかく目の前に愛する人がいるのに何も出来ずに死ぬのはいやだった。
真横に大きくゆれる視界の中の少女に向かって、ぼくは力の限り叫んだ。
だがぼくの叫びは地の響きや山の絶叫にかき消され、自分の耳にもうまく届かなかった。
結局ぼくの力のすべてを振り絞っても、ピラミッドや自然の力の前には、ただ無力なだけだった。
このまま体の硬化を待つだけなのか、と思うと、悔しくて泣きそうになった。
無力な自分が情けなかった。
地震によって、体は何度も地に強く叩きつけられた。
痛みに意識が朦朧としてくる。
いや、これはもしかすると、石化現象のせいかもしれない。
何もできなかったぼくは、やはり何もできないまま、死を待つだけだった。
518 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 08:40:54.96 ID:l97cz+Md0
だが突然、地震の力は弱まり、やがて完全に静止した。
途切れかけた意識はつながり始め、次第に視界は回復していった。
( ^ω^)「……な、なんで……だお……」
立ち上がろうとしたが、体中に感じる痛みはなくなっていないらしく、
激しい疼痛に立ち上がることは容易ではなかった。
痛む体を気合と根性で支えながら、ぼくは目の前に倒れている少女のほうへと歩み寄った。
少女もぼくと同じように、全身を強く打っているようだった。
少女の名を呼びながら体をゆすると、絞り出すようなうめき声が返ってきた。
意識はあるようだった。
ξ゚听)ξ「……ま、また、会えたね……」
少女はそういうと、苦しそうにだが、確かに微笑んだ。
( ^ω^)「……うん、だお……」
少女の腕を取り、自分の肩に回した。
ぼくが肩を貸すことでようやく立ち上がることができた少女とともに、
山の頂上から、ピラミッドを見下ろした。
ピラミッドはたしかに地上にあり、これ以上の降下はなさそうだった。
519 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/04/13(木) 08:41:24.00 ID:l97cz+Md0
その時、ズボンのポケットに入れておいた携帯電話がメールを受信した。
――俺の言うとおりだっただろうが!(笑)
それは、めったにメールの文章に感情表現を表す言葉など使わない友人からだった。
ぼくの携帯電話を横からのぞいていた少女も、心底嬉しそうな顔をした。
ξ゚听)ξ「あたしも……」
その言葉が、あの時のぼくの叫びに対する返事だと気付いたときには、
少女は安らかな寝息を立て、ぼくに身を預けていた。
結局、ぼくたちの町の上空にあった常識はずれなピラミッドは、
そのままぼくたちの町に居座るという、常識はずれな現象を起こしたのであった。
終
その1へ
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