240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/01/27(金) 03:16:31.14 ID:VKRjnPVm0
「ふぅー……。あのな、ツン? わかってるだろ? お前は頭良いんだし、わかってくれよ」
何がだ。何を解れと言っているんだ
人を呼び出し、立たせておきながら、自分はタバコを吸うなんて、誠意を感じられない
「どうした、返事をしろ」
「……すみません」
「そうだ、わかってるんならな、それなり……」
「質問の意味がまるでわかりませんでした。不理解は謝罪します」
「なんだと……?」
目を丸くして、教師が驚く。いい気味だ
「ですから、質問の意味がわかりません。何を解かれと言ってるんですか?」
「いや、普通に考えればだな、」
「その『普通』とやらを押し付けないでください。キチンと説明を」
矢継ぎ早にたずねると、教師はすぐに言葉に詰まってしまった
うまい言葉が見つからず、タバコをもみ消して時間を稼ぎ
そこまでして、おもい浮かんだのは、
「頼むから、そうひねくれたことを言わないでくれよ……」
ふん。明確な理由もないくせに、人を呼び出すからだ
もう、こいつに聞くべきことなんて、何一つない。そう判断する
退室しようと背を向けたところで、別の教師から引き止められた
「ツンさん。ちょっと……」
241 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/01/27(金) 03:24:14.61 ID:VKRjnPVm0
呼び止めたのは、初老の学年主任だった
彼はコーヒーを片手に、人のよさそうな笑顔で話す
「正直ね、貴女の態度は問題じゃないんですよね」
「……でしたら、なんで私は呼び出されたんです?」
「相手が問題だったからに決まってるでしょう?」
決まっているのか、思わず反発しそうになるが、こらえて続きを促す
コーヒーをスプーンでくるくるとかき混ぜる学年主任は、ため息まじりだった
「相手はね、障害者なんですよ?」
「……でも、それを理由にするなんて、絶対におかしいです!!」
「では、貴女は腕を骨折した人に『料亭では箸を使え』と怒るのですか?」
唐突なたとえに、返答に詰まる。
が、しかし、よく考えれば、こんなのは関係ない話ではないか
「先生。それとこれとは、別問題です!」
「いや、同じことじゃないですか」
「ただ、障害を負った部分が、頭か腕か、それだけの違いでしょう?」
243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/01/27(金) 03:31:20.89 ID:VKRjnPVm0
くるくるくるくる。スプーンは止まることなく、コーヒーをかき混ぜる
猫舌なもんでね、と、苦笑する学年主任
「確かに、ね。それで何でも許されるわけじゃないんですよね」
「だったら……!!」
「はい、そこで慌てない」
カップに口をつけ、スプーンで自分の言葉を制止する
「あちち……まだ熱かったですねぇ。まぁ、これと一緒ですよ」
「……すみません。今度こそ、本当に意味がわからないんですが」
「ふむ。わかりませんか?」
カップをデスクに置き、壁に寄りかかる
どうやら、ツンと目線の高さを合わせようとしているらしい
「僕はね、見てのとおり猫舌でね」
「さっき聞きました」
「でしたねw……でも、これってある意味障害ですよね?」
そうだろうか。猫舌は、障害だと言えるのだろうか
245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/01/27(金) 03:45:15.36 ID:VKRjnPVm0
ま、障害だとしましょうよw そういって学年主任は続ける
「この通り、コーヒー飲むのも一苦労です」
「でもですね、猫舌という障害があっても、コーヒーは飲めるんですよ」
こうしていれば、冷めますから。おどけた調子が、妙にはまる先生だ
「それと同じでね、彼は彼なりのやり方で、生活って言う名のコーヒーを冷ましてるんですよ」
「でも、私はそれで迷惑してます! 彼一人のために、私は我慢しなきゃいけないんですか!?」
「しなくていいんじゃないですか?」
「え……?」
間抜けな声がもれてしまった。まさか、肯定されるなんて思ってなかったから
先生は、今度こそコーヒーを飲んでから、一息
「このね、冷めたコーヒーがまずいって人もいっぱいいますよね?」
「そういう人って、『冷めたコーヒーなんてまずくてしかたない!』って文句いうでしょ」
「僕らはその気持ちがわかりません。熱い物なんか飲めませんし。でも、理解はできるんですよ」
ぐいっと、一気にコーヒーをあおり、カップをデスクに置く
なぜかそれを見計らってから、自分は反論した
「だったら、私がやったことは問題ないじゃないですか!」
「注意して、わからせてあげようとしただけじゃ……っ!?」
と、いい終える寸前。顔面にコーヒーをぶちまけられた
犯人は、もちろん、目の前の学年主任だ
「なにを……っ!?」
「君とおんなじことしただけですよ?」
246 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/01/27(金) 04:02:11.12 ID:VKRjnPVm0
顔に飛び散ったコーヒーはブラウスまで染める
「あ、クリーニング代なら出しますよ」
そういう問題じゃない。なんでこんなことを……
「ぬるいコーヒー。感想はどうです? おいしそうですか?」
「……不愉快なだけです。これがなんで私のしたことと関係するんですか?」
「貴女は普段の生活で、人を叩くんですか?」
それこそ、まさかだ。そんな野蛮人に育った覚えはない
「でしょ? 解らせるって言うなら、まず言葉で言いますよね。僕もそうします」
「じゃなかったら、一度飲んでもらいますよ。試してもらいますね、ぬるコーヒー」
「貴女はね、そこをすっ飛ばして、いきなり彼に熱いコーヒーをぶつけたようなもんです」
「でも……言ってもわからないから……」
「試しました? それ、一回でも言ってみました?」
何も言えない。今日、初めて彼に話し掛けようとしたのだから、言ったはずもない
学年主任は、まじめな顔をして、射抜くように自分を見る
「話してみるか、そうでなければ貴女の望む環境を試させるか」
「それをしないで、一方的に怒鳴りつけるのは、良いことですか?」
そんな、聞かれるまでもないことを、聞かなくても……
「……いえ、よくない、です」
247 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/01/27(金) 04:14:40.31 ID:VKRjnPVm0
うつむく自分を無視するように、女教師が新しいコーヒーを持ってきた
それを受け取り、温度を確かめながら学年主任は言う
「それにね、貴女ができることはもう一つあるじゃないですか?」
「え……?」
顔を上げると、目の前にカップが差し出されていた
思わず手にとり、学年主任の顔を見る
「どうです? ぬるコーヒー。試してみません?」
「食わず嫌いをする前に、味わって、味わって、かみ締めて、」
「『これはこれでうまい』か『くそまずっ!』って言うか、決めてもいいんじゃないですか?」
ね? という表情は、とてもやさしく、説教をしようという感じはまるでしなかった
そうだろう。この人は、自分の意見を押し付けようとはしていないのだ
逆に、多分、楽しみに感じている。自分がこれを飲んで、どう思ってくれるかを
彼も、内藤くんも、そう思っているのだろうか……?
「ごくっ…………」
「どうです? 冷めてても、おいしいと言えば、おいしくないですか?」
じっくり、口の中でかみ締めて、味わって。余韻を味わいながら、きっぱり告げる
「くそまずい、ですね。やっぱり」
「そうですか。それは残念です」
しかし、ぜんぜん残念そうではない。自分は思わず笑ってしまった
249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/01/27(金) 04:24:37.57 ID:VKRjnPVm0
翌日、私は学校が始まる前に、彼の席に行った
「!!」
近づいただけで、ものの見事におびえられてしまった
自業自得とは言え、さすがに傷つく
「昨日は……ごめんなさい。私、ちょっとやりすぎだった」
知的障害者にまじめに謝るなんて無駄なことを、って周りから言われそうだ
それはそれで構わない。彼らも所詮、彼と同じ、他人でしかないのだから
どう思われようと、別に関係ない
「う、ううん!! ぜ、ぜんぜんきにしてないお! きにしちゃだめだお!!」
どう見ても嘘だ。こんな彼でも、一応人を気にするのか、と妙におかしく感じる
「うん、うん。わかったから、落ち着いてね?」
「う、わかったお! おちつくお! がんばっておちつくお!!!」
「プッ……アハハハハハハwwwwww」
そこで限界。落ち着くと言っておきながら、まるで落ち着いていない彼に
久しぶりに大笑いさせられる
周りのみんなも釣られるように笑っているのが、うれしく感じた
251 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/01/27(金) 04:30:58.64 ID:VKRjnPVm0
学校が始まり、いつもどおりの授業が開始される
そう、『このクラスのいつもどおり』が
「えー、であるからして、空気中の窒素をだな……」
「しりょーしゅー……しりょーしゅー……あれ? わすれたお?」
「……いいか、内藤? 今は資料集はあまり必要じゃないんだ」
「うん! わかってるお? でもしりょーしゅーがないんだお! たいへんだお!!」
「……どうすりゃいいんだ、俺」
教師が頭を抱えて、教壇の影で落ち込んでしまった。哀れにもほどがあった
クラスの大半は、授業がつぶれかけていることと、教師の面白リアクションに喜んでいる
そして、自分は……
「うん。たまには、勉強を忘れるのも、悪くないかな?」
ぬるいコーヒーも、たまに飲むならいいかもしれない。毎日だとうんざりだが
「ほぇ? ツンがわらってるお! しりょーしゅーがあったお?」
「知らないってばw今は先生の話、聞きましょ?」
いつか、彼にも味わってもらおう。熱い熱い、ブラックコーヒーを
完
その1へ
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