519 名前: ◆HGGslycgr6 :2006/03/18(土) 03:29:53.91 ID:GamELQ4S0
お題「ガム」


西の空が茜色に染まり始めた夕暮れ時、一日の仕事を終えて疲れた顔をしたサラリーマン達があちこちに歩いていた。
彼らは皆それぞれ帰宅後の予定なんかを思い浮かべながら、各々の家へと吸い込まれるように帰宅していく。

しかしながらその中に一人、他のサラリーマンと違い、家ではなく公園を目指している男が居た。
彼も勿論例に漏れる事無く疲れた顔をしていたのだが、ただ他と違って帰宅後の予定を上手く思い浮かべられずに居たのだ。
家に帰っても優しい奥さんが料理を作っている訳でもなく、自分の帰りを心待ちにしている子供が居る訳でもない。
そんな彼にとって、家の無駄な空間は孤独をより大きくするだけのものであって、決して心が満たされるものではなかった。

( ^ω^)「もう、うんざりだお…」

男は公園に足を踏み入れると、ベンチに座り早速愚痴を吐いた。
地面にできた自分の影も、がくりと肩を下げ、背中を頼りなく曲げている。
それでも、耳に飛び込んでくるいろいろな声や音に支えられて、男はなんとかその場に倒れる事無く座っていた。



521 名前: ◆HGGslycgr6 :2006/03/18(土) 03:30:54.80 ID:GamELQ4S0
男はこうしていつも、公園で遊んでいる子供達の声なんかを聞きながら、寂しさを紛らわしていた。
何気ない雑音や人の声を聞いているだけで、男の心もいくらかは癒されていくのである。
しかしそんな束の間の繁華が過ぎ、日が暮れて静かになった頃、結局また空っぽになってしまった心を抱えて寂しく家路につくのである。


けれどもその日に限ってはいつもと違った。
肩を落とした男を不思議に思ったのか、一人の子供が近づいてきて顔を覗き込んできたのである。

(´・ω・`)「おじさん、どうしたの?」

声を掛けられて、男はハッと顔を上げた。
心配そうに眉をハの字に下げている子供を見て、男はどう返したらいいものかと返答に困る。
子供は即座に返事が返ってこないのを見て、男が困っている間に自らもう一度声を掛ける。

(´・ω・`)「お腹が空いてるなら、これあげるよ」

そう言って子供がポケットをまさぐり取り出したのが、いびつな形に変形していた一個の四角いガムだった。
短い腕をこれでもかと伸ばして差し出してきたそのガムを、男は戸惑いながらも受け取った。

( ^ω^)「あ、ありがとう…」



522 名前: ◆HGGslycgr6 :2006/03/18(土) 03:31:52.87 ID:GamELQ4S0
男のその言葉に満足したのか、子供はにこりと笑うと向こうを向いて勢いよく走っていってしまった。
そんな子供の背中をしばらく見つめた後、男はゆっくりと手のひらにあるガムへと視線を下ろす。
銀色の包装を丁寧に取り除き、取り出したガムを口の中へと放り込んだ。
口の中に広がったしつこい位のシトラスの香りに、ふと男は昔母親に買ってもらった駄菓子を思い出した。

ちょうど歳はあの子位だっただろうか。
買い物の帰りに母親に手を無理に引いて行った、あの駄菓子屋が大好きだった。
小銭を貰っては頬を真っ赤にしてあちこちへと駆け回ったあの頃。
帰る頃には外はすっかり寒くなっているのだが、繋ぐ母の手はいつも暖かかった。

だんだんと薄くなっていく味と共に、遠い過去に飛んでいた意識が現在へと戻ってきた。
男はすっかり味のしなくなったガムを包んでポケットに入れると、ゆっくりと立ち上がった。

( ^ω^)「…母さん」

気付けば全身を包む夕日はまだ暖かかった。
そして久しぶりに母の声を聞きたくなった男は、この日いつもより少しだけ早く家路へとついた。


−終−


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