300 名前:( ^ω^)ブーンが氷鬼をするそうです :2006/03/14(火) 00:40:10.63 ID:09mf3AjK0
「はぁ、はぁ――不思議だお、この緊張感」
太陽はかんかんと灰色の建造物を照らしている。
そよ風は植樹をざわめかせ、ブーンの気配を隠してくれる。
ブーンのこめかみを、一筋の汗が伝う。そんな、夏の真っ昼間。
「まるで、戦争だお」
ブーンは一人耳をすます。味方はいない。当に孤独との戦いだ。
「ショボン達はもう捕まったのかお?」
だとしたらまずい。こちら側の陣営は最早自分だけなのだ。
体育館裏に隠れ、周りの気配を伺う――。
一枚の木の葉が地面に舞い降りた、次の瞬間。
「ブーン! 確保ぉッ!」
ブーンは物凄い怪力で、コンクリートの地面に叩き付けられた。衝撃が全身を伝う。
捕縛者の長髪が、美しい汗と共に宙を舞った。捕縛者は――ブーンの好きなツンだった。
「いたいお、ツン。いつまで僕の上に乗っかってるお? ツンはひょっとして僕のことが――」
「な!?」
ツンはブーンの頬を思いっきり、気持ちの良い音と共に引っぱたくと、高飛車に宣言した。
「私達の、勝ちねッ! おほほほほほッ!」
ツンの勝ち誇った叫び声は、聞き心地が良かった。
ブーン達は氷鬼を満喫していた。ルールは鬼ごっこに近い。
ショボンとドクオが情けない顔をして集まってくる。敵軍だったジョルジュも、笑いながら駆けてきた。
ブーン達は中学生活を満喫していた。こんな楽しい放課後を遅れる自分たちは前途洋々に違いない。
なのにさっきまで晴れていた空は、どす黒く曇っていた。
「なにか、嫌な予感がするぜ――」
ドクオがそう呟いたのを、ブーンは耳の片隅で聞いた。
306 名前:( ^ω^)ブーンが氷鬼をするそうです :2006/03/14(火) 00:50:54.26 ID:09mf3AjK0
雨が降りそうな頃合いだ。これ以上、ゲームの続行は難しい。
「もう、お開きにするかい?」
ショボンが冷静にメンバーを見回した。
ブーンもそれに釣られて、メンバー達の表情を眺めた。
それにしても個性豊かなメンツだと思う。
自分である内藤ホライゾンはもとより、この年齢にしてバーボンハウス経営者であるショボン。
ある種の孤高のオーラを纏っている男、ドクオ。下ネタ乳ネタ何でもござれのジョルジュ長岡。
そして紅一点、ツン。
「僕はとても楽しかったお。またみんなでやりたいお!」
その瞬間、メンバーの顔を暗い影が覆った。ブーンは後悔した。
ブーンが云ったその言葉は、必然的にもう自分たちはこうして遊べないという事実を内包している。
卒業式は半年後。それまでにもう何日こうして遊べるだろう。無論、個人的付き合いは永久に続く。
だがこうして放課後の後、馬鹿騒ぎをすると云うことはもう二度と、ない。
空が曇って見えるのもその所為なのかも知れない、とブーンは嘆息した。
自然と場の空気が重くなった。だが、
「はいはいミンナ! そんな暗い表情しないの! ほらブーン、あんた明るさだけが頼りなんでしょ!」
ツンは健気だった。ツンはツンなりに、皆を励まそうとしていた。
「そ、そうだお! もっともっと遊ぶお! 今夜はオールナイトだお!」
「そうも云ってられないね。どうだい、これを本日のラストゲームにするというのは」
ジョルジュが右腕を大きく振り上げる。賛成の合図だ。ドクオは黙って背中を向ける。
ツンは靴をはき直す。ショボンは頭をぽりぽりと掻く。
そしてブーンが、叫んだ。
「ラストゲーム、スタートだお!」
五人はちりぢりに散っていった。
違う意味での、ラストゲームを。
312 名前:( ^ω^)ブーンが氷鬼をするそうです :2006/03/14(火) 01:01:01.04 ID:09mf3AjK0
ブーンが林の中を失踪する。腕に少々擦り傷が出来るが気にしない。
気にしていては、ミッションは務まらないのだ。
「こちらブーン、林の中に潜伏したお……」
ブーンは一人独白した。雰囲気こそが勝負の分かれ目。ブーンはそう自認している。
「おい、ブーン」
ブーンは指で拳銃を作り、声の主の方向に身体を向けた。
「俺だよ、ブーン。ドクオだ」
「なんだ、ジョルジュかと思ったお。焦らせないで欲しいお」
ブーンは腐葉土の上に腰を下ろし、隣にドクオを促した。
「もうすぐ夏休みだお。今日は半日授業だからこうして昼間から遊べるけど――」
「ああそうだな。もうすぐ俺たちは――」
二人はそこで口をつぐんだ。云わずとも分かる。哀しみは同じなのだから。
「でも今は、同じ同級生だぜ? そうだろ? 少なくとも後半年、俺達は同級生でいられる」
あと、半年か。
妙に切なくなる。ほかの生徒達は早々に帰宅し、残った生徒は恐らく自分たちだけだろう。
本来自分達はここにいてはいけないのだ。授業後は速やかに帰宅すること、と担任である荒巻も云っていた。
「僕らが学校を占拠しているみたいだお! 興奮するお!」
「平和な奴だぜ――」
その次の瞬間だった。強烈な、何か得体の知れない、場違いな違和感がブーンの頭を通り過ぎた。
気持ちが悪い。
「なんなんだお、今のは?」
「どうしたよブーン? あれ? あそこにいるのって――」
云うな云うな、ドクオその先を云わないでくれ。
ブーンは願った。違和感を受け入れたくない。自分達の安寧を壊す、異分子は必要ない。なのに。
「ありゃあ、ニダーじゃないか?」
ニダーだった。手には学校にはあるはずのない、白い粉の入った透明の袋が握られていた。
317 名前:( ^ω^)ブーンが氷鬼をするそうです :2006/03/14(火) 01:10:32.55 ID:09mf3AjK0
僕らはただ氷鬼をしていただけなのに。ただ遊んでいただけなのに。
僕らは『鬼』を呼び覚ましてしまったのかも知れない。後悔しても、もう遅かった。
「なんだよ、アレ。おかしいぜ。どう考えたって、おかしいってば!!」
ドクオが耳元で喚いていた。両肩を掴み、ブーンの身体を前後に思いっきり揺する。
ブーンが見た物は、とても信じがたい。否、信じたくない現実だった。
学生服の黒と謎の白い粉の対照的なコントラスト。ニダーの両肩が上下している。
脅えているのだ? 誰に? そしてゆっくりと、ニダーの向こうの林から漆黒のスーツに身を包んだ男が現れた。
「なぁ、ブーン。聞いてんのか? ありゃやばいって! ありゃあきっと――」
ドクオはその先を口にするのを躊躇った。口にするとはすなわち、ニダーの犯罪を認めることになる。
口にせず見て見ぬふりをするのは簡単だ。だが、ドクオには出来なかった。
「ありゃあ! 覚醒剤だろうがよッ!」
ブーンはただ、緘黙した。いろいろな思い出が駆け巡る。入学式、夏休み、野外学習。そして今日の氷鬼。
ニダーとも遊んだ。余り褒められた遊びではなかった。でも楽しかった。ジョルジュやドクオ、ショボンも皆で。
ニダーが仲間から消えたのは、三年生に進級してからのことだった。
ニダーは一人、まるで意図的ですら在るかのようにクラスを別にされ、ブーン達の仲間から消えた。
「なんで、こんなことに?」
「分からねぇよ。だが、現実なんだ。受け止めるしかない。さぁ、行くぞブーン!」
「どこに行くんだお!」
「決まってんじゃねぇか――」
そういってドクオは光の漏れる職員室を指差した。
「まさかドクオ――、ニダーのことを突き出すつもりじゃ」
「違えよ」
「じゃあどうして――」
「助けてもらうんだ。荒巻先生によ」
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