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( ・∀・)は落花狼藉のようです
1同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:25:53 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 
 『落花狼藉』
 【読み】 らっかろうぜき
 【意味】 花が散り乱れること。 転じて、物が散乱しているさま。 女性などに乱暴を働くこと。
 
 
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2同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:26:33 ID:g7Vtth9g0
 
 
 

 
 
 桜といえば、この日本国における代表的な花として位置づけられている。
 国花は梅のようだが、国内一斉調査なんてもので 「花と言えば」 と聞いてみれば、おそらくは桜があげられる。
 
 春、という、環境面においては過ごしやすく、精神面においては一期一会の代名詞となる季節に咲くから――というのも、一理。
 しかし、やはりその特徴的な桃色のはなびら、その美しさにうっとりする人のほうが、多いのであろう。
 茂良々木耶夜(もららぎゆとり)は、特にそのはなびらが舞い散るさまに心を奪われるらしい。
 
 二年生の冬を超え、ついに三年生になり、壮絶な大学受験を控える身となった。
 茂良々木のすべての敗因は、その時期にあった。 と、彼は考えている。
 
 受験戦争を前にしてはその他一切のものが障壁となり立ちはだかるのだ。
 だからこそ、この時期に渡辺さくらという運命の人とめぐり合ってしまったことが全ての敗因だったのだ、と彼は世界を恨んだ。
 
 
( ;・∀・)「だ……だめえ!? どーしてさ!」
 
从'−'从「やっぱり、その……勉強が、ね?」
 
( ・∀・)「僕を誰だと思ってんのさ! あの茂良々木だぜ?」
 
从'ー'从「うん、知ってる〜」
 
( ;・∀・)「勉強なんて、いっくらでも教えてあげられるし!」
 
从'ー'从「わたし、茂良々木くんほど頭よくないし〜…」
 
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3同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:27:03 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 ろくに運動もせず部活動にも関心を示してこなかった茂良々木が
 勉強に励むようになったのは、半ば必然的なものだった。
 それだけなら彼をただの勉強家、悪く言うところのがり勉程度に済ませられていたのだが、
 茂良々木の個性とも言うべき毒舌とひねくれが、彼を校内一の変人と言わしめた要因である。
 
 彼はそれを悪しきものと思っていない。 むしろ、光栄だとすら考えている。
 その思考回路がまた彼を変人と言わしめているのだが、茂良々木は 「個性は人だ」 と格言づけている。
 
 実際に、茂良々木は頭がいいだけあって、考えがひねくれている以外はわりと上出来の人間なのである。
 自分の容姿を半ば客観的に捉えることができるし、自信家ではあるがその根拠を会得するのには努力を惜しまないのだ。
 僕は頭がいい、なぜなら勉強をしているから。
 僕は容姿がいい、なぜならヨガを怠らないから。
 そんなことを平然とおおやけの場で言ってのけることを除けば、除きさえすれば、彼は俗に言う 「できた人間」 だったのである。
 
( ;・∀・)「あ! まっさか、もうカレシがいた、とか!」
 
从'ー'从「ん〜ん、いないよ〜」
 
 しかし、今回ばかりは茂良々木にもかえりみるべき点があるのである。
 渡辺のような 『八方美人』 が、どうしてフリーでいるのか、それを考えたことはなかったのだ。
 
  「努力家ゆえに自信家」 とは茂良々木の言葉の一つだが、今回はその自信の根拠がまるでなかったのだ。
  『八方美人』 渡辺が、茂良々木以外の一般男子につかまらずこの二年ちょっとを過ごしてきたはずもあるまい。
 
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4同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:27:35 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀・)「どうしてだよ〜、僕とつきあわないメリットはないよ?」
 
从'ー'从「茂良々木くんはステキな人だと思うよ〜?」
 
( ;・∀・)「そうだよ、僕はステキな人なんだ! だからさあ、」
 
从'ー'从「やっぱり、勉強……かなあ?」
 
( ;・∀・)「渡辺ちゃんは、どこの大学にいくつもりなんだい?」
 
从'−'从「わたしは〜…」
 
 渡辺が多少思案するが、考えているのは大学ではなく言うかどうかである。
 高校三年生の身をあずかってなお自分の将来を考えないような生徒は、この樹海高校にはそう多くないのだ。
 渡辺は、茂良々木にその名を告げれば 「その程度、僕が教えてあげたら」 なんたらと返されると思ったのである。
 
从'ー'从「常盤大学、かなあ」
 
( ;・∀・)「ああ、あそこか! 大丈夫、あそこなら高一の時点でA判定とってあるよ」
 
从'ー'从「茂良々木くんが受けるわけじゃなんだから……」
 
 国内最高峰のユグドラシル大学に受けるつもりの茂良々木にとって、
 地元の高校生たちがこぞって受けるような常盤大学など、滑り止めにすらならないものであった。
 それは渡辺が学問に遠く及んでいないからではない。 茂良々木ひとりが抜きん出ているだけなのだ。
 
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5同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:28:05 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀・)「あそこはね、過去問から傾向が読み取れる。
      本来の勉強量の、実に三割程度の勉強量で合格できるようになるよ、僕がついてたら」
 
从'ー'从「わあ、すご〜い…」
 
( ・∀・)「そうさ、すごいのさ! だから僕の彼女になってくれ!」
 
从'−'从「う〜ん…」
 
( ;・∀・)「ちくしょう、なにがだめなんだ!」
 
 茂良々木は形ばかりの激情こそしょっちゅうするのだが
 ――なにかを強調するためにかなりオーバーなリアクションを取ることはある――、
 しかしこのように心の底からなにかを悔しがったりするようなことはない。
 
 茂良々木は、ストレスをまったく溜め込まない男なのだ。
 それは、彼が無意識のうちに外部のものに八つ当たりするからなのであるが、こちらは面白いので後述しよう。
 
 
从'−'从「………」
 
( ;・∀・)「 『八方美人』 だからこそ、彼氏には凡人がのぞまれるのか……?」
 
( ;・∀・)「ハハ、なんでもできるオールラウンダーが凡人になりきれないっていうアレじゃないか」
 
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6同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:28:37 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 茂良々木は心底信じていた。
  『八方美人』 の彼女は自分の妻としてこの一生を遂げるのだ、と。
 それは思春期特有の過激な思想、などではない。
 きっと茂良々木ならば、十年経とうが二十年経とうが似通った思想を抱き続けるのだ。
 
 それだけに、ショックはやはり大きなものだっただろう。
 それは実に衝撃的だったし、笑劇的なものでもあった。
 春の四月十日頃、放課後の話なのであるが、茂良々木のなかでは既に一月の寒さが極まる時期になっていた。
 
  『八方美人』 であるだけに無垢な姿を見せ続けていた渡辺ではあるが、
 さすがの彼女でも、もう事の真剣さに気づいている。
 茂良々木は、振る舞いこそふざけたものとしか思えないが、実際は真面目なつもりでいるのだ。
 
 渡辺は茂良々木の変人性を見てこの告白を一笑に付すような酷薄な女子ではない。
 向こうが真剣に愛を伝えてきたのだから、渡辺もいつまでもふわふわした態度をとるわけにはいかないのだ。
 なんとか冗談じみた会話のようにふるまって互いにダメージを受けずに事を済ませようと思っていたのを、諦めた。
 
( ;・∀・)「渡辺ちゃん、僕じゃあだめなのかい?」
 
从'ー'从「……」
 
 
 ――茂良々木はいつまで経っても諦める姿勢を見せない。
 そのしぶとさは彼の持ち味でもあるのだが、滑稽にしか見えなくなるだろう。 渡辺にとっては酷刑と言ってもいい。
 
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7同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:29:07 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 ここで茂良々木が諦めることは、己の自信がすべてあぶくと化することを意味する。
 努力家でもあるがそれ以上の自信家である茂良々木は、それを受け止められそうにない。
 そのために彼がここまで固執するのだ、と考えると、彼のしぶとさにも合点がゆく。
 もはや、これは彼自身との勝負なのだ。
 
( ;・∀・)「どうしてだめなんだい?」
 
从'ー'从「い、いや、だめ、とかじゃあ……」
 
( ・∀・)「そうか! 今日からよろし」
 
从'−'从「いい、とも言ってないよ……」
 
( ;・∀・)「優柔不断はよくない! 僕のために!」
 
 あくまで、茂良々木は恋を乞い願っている身で、渡辺より立場的に下にある。
 しかし、それでもこのような態度をとれるのは、やはりそれが茂良々木だからであって、それが茂良々木の変人性である。
  「偏った人生にもとづく」 という意味ではこれは 「変人性」 というより 「偏人生」 のほうがより正確でありそうなものだが――
 
 
从'ー'从「違うんだよ〜」
 
( ;・∀・)「違う? なにが? あれか、大阪人がなにかを言われたときに 『ちゃうねん』 って切り出すとかいうあ」
 
从'−'从「たしかに彼氏とか決まった人はいないけど、って話〜」
 
( ・∀・)「なんだって?」
 
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8同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:29:38 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
从'−'从「茂良々木くん以外の人からも、似たようなこと言われて困ってるっていうか〜…」
 
 渡辺は本題を切り出した。
 彼氏の有無はともかく、声もかけられていないはずもないのだ。
  『八方美人』 は、そこらにいる人から常に詰め寄られている身であるからこそ 『八方美人』 なのであって。
 
( ・∀・)「断ればいいじゃないか」
 
 このような見当違いで賢答違いな即答を返す茂良々木でなければ、
 渡辺の 『八方美人』 という性質を察してはおとなしく引き下がるのだ。 本来は、である。
 だからこそ、渡辺も真顔になって対応せざるを得なくなったことにつながるのだが――
 
从'−'从「断れに断れない、っていうかあ〜…」
 
( ・∀・)「? 執拗につきまとわれているのかい?」
 
从'ー'从「つきまとうって程でもないけど……」
 
 茂良々木の思考が本題のほうに逸れ始めたので、渡辺も安堵する。
 もともと 『八方美人』 なだけあって、断りきれない性格の持ち主なのだ。
 
 それまでは良心の持ち主ばかりが彼女に詰め寄っていたため平和的解決が望めていたのだが、
 茂良々木のような徹底した自己中心的主義の持ち主が相手ともなると、和解するのにかなりの時間と労力が必要となる。
 渡辺にとって、その負担は計り知れないものとなるのだ。
 
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9同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:30:12 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 ここで一般男子ならしかたない、とさすがに引き下がる頃合である。
 身の程を知っている――身の程を理解しているため、また渡辺の領域にこれ以上踏み込まないために。
 それこそが普通で、一般で、通常で、平凡で、当たり前なのである。
 
 しかし、その普通、一般、通常、平凡、当たり前とは、この茂良々木に、まったくの効き目を与えない。
 自分こそが正義で自分こそが中心と考える茂良々木にこのような話をすれば、この男は
 
( ・∀・)「……よし」
 
( ・∀・)「僕に、まかせてくれ」
 
 こう返すに決まっているのだ。
 さすがの渡辺も、この言葉の真意を汲み取ることはできなかった。
 そのため渡辺は 『八方美人』 であることを忘れて素で腑に落ちない顔をした。
 
 
从'−'从「ま、まかせるって?」
 
( ・∀・)「いいか? 実に簡単な話だ」
 
 
( ・∀・)「僕が、渡辺ちゃんにつきまとっている人を追い払う」
 
( ・∀・)「渡辺ちゃんが僕の彼女になるための障壁が消える」
 
( ・∀・)「渡辺ちゃんが僕の彼女にならない理由がなくなる」
 
 
( ・∀・)「……と、いうわけさ!」
 
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10同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:31:00 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
从'ー'从
 
 渡辺の顔が、ついに無へと変貌を遂げた。
 それほど、茂良々木の偏人生なる変人性があまりにも強かったのだ。
 
 茂良々木耶夜は校内でもそれはそれは有名なのだが、それは話半分にしか聞いていなかった。
 しかし、有名とは、有名であって然るべき有名性を持っているのだ。
 茂良々木は、有名にならなければならないと言える要素を持ち合わせる男だった、それだけの話である。
 
从'ー'从
 
从'ー'从「……」
 
( ;・∀・)「てなわけで、誰さ! 誰がきみに付きまとっているんだい?」
 
从'ー'从「(茂良々木くん、って言ったらだめかなあ…)」
 
( ;・∀・)「ねえ!」
 
 茂良々木が詰め寄る。
 自信家が自らのプライドと格闘しているだけかもしれないが、
 茂良々木が彼女を好くのはただ単に彼女が 『八方美人』 だから――ではなく、
 そこは思春期男子にふさわしくただ恋に落ちたから、である。
 
 それも、渡辺は理解している。
 しているからこそ、ここまで詰め寄ってくる茂良々木に対して黙秘を貫くわけにはいかなかった。
 
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11同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:31:42 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
从'ー'从「……」
 
从'ー'从「茂良々木くんってさ、」
 
( ;・∀・)「なんだい?」
 
 渡辺が顔つきを元に戻して、問う。
 転機の訪れだと捉えた茂良々木は、平静を保ちつつも、
 内心心境の変化を期待してはどぎまぎしていた。
 
从'ー'从「体、強かったっけ?」
 
( ;・∀・)「体育かい? 体育は、残念ながら苦手なんだよ。 それでも平均以上はできるけど」
 
从'ー'从「体育、っていうか………喧嘩?」
 
( ・∀・)「………喧嘩?」
 
 
 喧嘩。
 その言葉に、茂良々木はぴたりと反応を見せた。
 渡辺の放つ空気の変化にも、ちょうど同じタイミングで気づけた。
 
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12同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:33:02 ID:g7Vtth9g0
 
 
                                                       、 、
( ・∀・)「なんだ、不良だったのか! 渡辺ちゃんを付け回すなんて、やっぱり不良は不良なだけある!」
 
( ・∀・)「大丈夫さ、その辺のヒョロヒョロなチンピラ程度ならわけないよ」
 
从'ー'从「不良なんかじゃないよぅ〜」
 
( ・∀・)「 『性根はいい人だ』 って? だめだめ、たぶんそいつはきみのその優しさに付け込んでだね、」
 
从'ー'从「いや、言葉通りの意味だよ〜」
 
( ・∀・)「?」
 
从'−'从「ヤンキーじゃない、ってこと〜…。 まず、下級生だし……」
 
( ・∀・)「あ、ああ……それはそれで問題だな。 正義を掲げて制裁を下せないじゃないか」
 
从'ー'从「(茂良々木くんの言う正義って、なんだろう……)」
 
 茂良々木が不良に対して大して問題意識を抱えないのは、やはり彼が自信家であり努力家だからである。
 並大抵の不良との、それも一対一の喧嘩ならば彼は負ける気をまるで抱かないのだ。
 
 また、彼なりの良心というものも、同様に発揮された。
 特に悪さをしでかしているわけでもない、それも下級生が相手となると、
 彼は迂闊に手が出せなくなると懸念しているのだから。
 
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13同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:33:42 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「だが」
 
 だが。
 それはそれで――それがそれだからこそ、問題は問題となるのだ。
 
( ・∀・)「どの道、僕たちの恋には障害に他ならないわけ、だ」
 
从'ー'从「え、ええと…」
 
 
 茂良々木は、拳を強く握りしめる。
 
 
( ・∀・)「単刀直入に、聞く」
 
( ・∀・)「誰? その子」
 
( ・∀・)「名前と………クラス、特徴、あとできれば出席番号も教えてくれ」
 
 
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14同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:34:13 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 

 
 
 
 授業中、茂良々木は常に寝ているか本を読んでいる。
 教師がそれを注意しようが、彼の十八番である屁理屈が炸裂し、
 注意するどころか逆に注意され、授業の進行を大幅に妨害されてしまうのだ。
 
 さながら地雷とも呼ぶにふさわしい人材で、授業中につい
 彼に触れてしまうと、そのクレイモヤが爆発し被害者が多数出てくるのである。
 
 茂良々木は翁唯(おきなゆい)という男のことを考えていた。
 氏名ともに漢字一字であり、特徴的ではあった。
 茂良々木――という名もまた特徴的ではあるのだが、彼はこの点を何ら個性だとは思わない。
 
( ・∀・)「(翁唯……二年四組、身長一四〇ほど……番号、八)」
 
( ・∀・)「(聞かない名だが……内藤なら奴の事を知っているかな)」
 
 茂良々木にとって脅威は、それが制裁を下す対象ではない点にある。
 仮にも彼は樹海高校の一員であり、また日常生活を日常的に――あるいは非日常的に――過ごす一般人である。
 思考が一般と呼べないものであるだけで、肩書きは一般と呼べるものなのだ。
 
 不良ならば、いくらでも策を講じることはできた。
 適当に因縁をつけて喧嘩に持ち込めばいいのである。
 しかし、喧嘩っ早い野郎ではなく、しかも身長も女子並にしかない、つまりか弱い男が相手だ。
 とは言えど、話し合いで決着がつくなら渡辺に執着――とは茂良々木が言っているだけで
 実際はただ好意を寄せているだけである――するに至らないわけである。
 
( ・∀・)「(……渡辺ちゃんを守るためだ、手当たり次第できることはやっていこう)」
 
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15同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:34:43 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 

 
 
 
  「手当たり次第」 とは彼の性質である。
 自信家であり努力家でもある彼が積極的であるのは半ば必然的なものであり、
 積極的だからこそ行動的でもある――すなわち、 「手当たり次第」 とはそのまま茂良々木を指すのだ。
 
 二年の後期より生徒会長に立候補した内藤武運(ないとうぶうん)は、昼休み、
 茂良々木から受け取った紙パックのコーヒーを飲みながら、彼の彼なりの美談を聞き流していた。
 
( ・∀・)「どうも、正義は悪にこそ強いが混沌には弱いんだよ。 わかるかい?」
 
(^ω^ )「おう」
 
( ・∀・)「法律が子どものいたずらに対応しきれないのと一緒なのさ、こういうのは」
 
( ・∀・)「しかし、話し合いで解決できないのは、渡辺ちゃんが話し合いで敗れている時点で立証されている」
 
(^ω^ )「うんうん」
 
 内藤が、咀嚼したホットドックをコーヒーで飲み下して、パソコンと向かい合う。
 昼も食べずに熱弁を繰り広げる茂良々木とは、あらゆる点において対照的であると言える。
 しかし、これでこそ内藤と茂良々木の凸凹コンビとでも称すべき理由なのだ。
 
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16同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:35:24 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 几帳面で積極的な茂良々木とは対照的に、内藤のその性質は 「気分次第」 である。
 行動原理のすべてを気分というものに委ねており、また一方で掴みどころがないところから
  「荒唐無稽」 の言葉になぞらえて 『荒唐無形』 と呼ばれている。
 無形とは、その性質が 「気分次第」 で――あってないようなものであるからである。
 
 まともに向き合っていれば、ほんの数分で見切りがつき、
 ある程度あしらえる力を持っていてもほんの数日で諦めがつく茂良々木との交流だが、
 別段茂良々木に比べたら普通で一般で通常で平凡で当たり前な内藤が彼と付き合えるのは、その性質にあるのだ。
 
 茂良々木との話で精神的な負担を受けても、内藤はすべてを水に流せる。
 一方の内藤も、ダメージを受けないからこそ茂良々木の変人性を娯楽程度のものとして見られた。
 たしかに茂良々木のその変人性は唯一無二にして不動不変のものであるので、見る分には面白さを持っているのである。
 
 
( ・∀・)「内藤よ、この翁唯とかいうやつには、どう立ち向かえばいい?」
 
( ・∀・)「渡辺ちゃんを守るためには自己犠牲をも厭わないという方針がいいのかな? どうだろ?」
 
( ^ω^)「………お前、そこまで喧嘩強かったっけ」
 
( ・∀・)「自慢じゃあないがこの前も繁華街で不良グループをのしてきてね。 筋肉マンじゃない限りは大丈夫さ」
 
.

17同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:35:57 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ^ω^)「しかも、持ち前の 『手当たり次第』 はどうした」
 
( ^ω^)「いきなり自己犠牲を候補として打ち立てるなんて」
 
( ・∀・)「こうして平静を保っていつもの完璧超人を演じている僕ではあるがね、内心は焦りに焦っているのさ」
 
 茂良々木の平生の口ぶりと比較すると、彼は心なしかいつもよりも早口で話している。
 話に物理的な節目というものが存在せず、言語的な節目との食い違いが生じてぎこちないものが感じられるようなものだ。
 そのぎこちなさも真正面から受け止められるのは、内藤が 『荒唐無形』 だからだ。
 
( ^ω^)「……ほおー」
 
( ・∀・)「助力してくれよ、そのコーヒーだってただじゃあないんだぜ」
 
 内藤がごみ箱へと放り投げたその紙パックは、茂良々木が助力と引き換えに持ち出したものである。
 彼は彼で彼なりの律儀さというか、いわゆる 「貸しはつくらない」 性格がそうさせているのか、
 助力に対する対価、前払いの依頼金のようなものであるようだ。
 一方の内藤は、特に助力する気など持ち合わせていないがただで貰えるなら貰っておこう、と考えたわけである。
 
( ^ω^)「……こっち、まだ生徒会の仕事あるんだけど」
 
( ・∀・)「きみは、まだ事の重大性を理解していない。 やれやれだぜ」
 
( ^ω^)「こっちがやれやれだお……」
 
.

18同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:36:37 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
(^ω^ )「それに……」
 
 内藤が事務椅子を回転させデスクトップに向かい合いながら、言う。
 背筋を伸ばして堂々たる姿で熱弁を呈する茂良々木とは、まさに、実に対照的である。
 気だるさを体いっぱい使って――体だけではない。 声色の一つから、
 醸し出すオーラの一つをとっても、そのすべてが彼の気だるさをあらわしている。
 
  「気分次第」 の性質を持つ 『荒唐無形』 が上昇気流に乗らない限り、彼はこのまま不調であり続ける。
  「このまま不調であり続けるのは問題だろう。 そろそろ本気出すか」 と重い腰をあげ、再び不調に戻る、それが彼のサイクルである。
 
(^ω^ )「お前、翁唯、知らないのかお?」
 
( ・∀・)「知らないよ? ああ、知らないさ。 切るためのしらがないとすら言えるね」
 
( ^ω^)「あの子、結構な有名人だった、と思うけど」
 
( ・∀・)「なんだと? 僕の知らない間に時代は進んでいたのか?」
 
( ^ω^)「なんていうか、まわりとずれてるっていうか」
 
( ・∀・)「なるほど、うまく同調できていない系男子か」
 
( ^ω^)「ん………ん、ん?」
 
.

19同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:37:10 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 茂良々木は腕を組み、訝しげな顔を浮かべる。
 
( ・∀・)「実に、実に由々しき事態だ」
 
( ・∀・)「そういうずれている奴こそが、自覚の無い悪質なストーカーになるってものだね」
 
( ・∀・)「そう思うだろう? 内藤よ」
 
(^ω^ )「お。 おう。 せやな」
 
 
 そう言ってから、茂良々木も内藤の背と向かい合うのをやめ、
 会議や昼食用にも使われるテーブルのほうに向かい、そのソファーに寝転がった。
 ついでに頭のほうに置かれてあった少年誌を枕にする。
 
( ^ω^)「ちょ、それ…」
 
( -∀-)「果報は寝て待て、というが、あれは少し違う。 ただしくは過褒は寝て待て、だ」
 
( ^ω^)「いや、寝ることに物申してるんじゃあなくて、」
                                                    ケン
( -∀-)「黙って出方を窺ってたら予想以上のものが手に入るってことさ。 いまは 見 といってだな、」
 
( ^ω^)「それ僕のジャンプ! 枕にすんじゃねえ!」
 
.

20同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:37:50 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 内藤は事務椅子からがばっと立ち上がって茂良々木から少年誌を奪い取った。
 枕が引っこ抜かれたことで茂良々木ははからずも頭をソファーの端にぶつけた。
 意外にもそこだけはかたかったようで、ゴチンという音が鳴った。
 
( ;・∀・)「けちくさい男だ。 なんだ、どうせ使い捨てだろ?」
 
( ^ω^)「お前の枕にされるってのがなんか嫌だっただけだお」
 
( ;・∀・)「 『なんか嫌』 か。 まったく、内藤のその行動原理はどうかと思うぜ」
 
(^ω^ )「なにも間違ったことはしてない」
 
 再び、内藤は事務椅子に座った。
 だが、視線はデスクトップではなくページの開かれた少年誌のほうへと向けられた。
 
( ・∀・)「なんだ、読んでいる途中だったのか? だったら謝るよ」
 
(^ω^ )「せっかくだから二周目読もうかなって」
 
( ・∀・)「謝るんじゃあなかったぜ。 読むな、僕のために」
 
(^ω^ )「やっぱり渚たんはかわいいんじゃあ〜…」
 
( ・∀・)「……おい、ところで助力のほうは」
 
( ^ω^)「過褒は寝て待て」
 
( ・∀・)「うるせえ!」
 
.

21同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:38:22 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 茂良々木が早足で内藤の背後に忍び寄る。 内藤は無視した。
 茂良々木は内藤が目を落としている少年誌に手を伸ばしたので、内藤は渋々応対した。
 
( ^ω^)「助力、助力って、なんだ、結局アレか」
 
( ^ω^)「個人情報漏洩しろってことかお」
 
( ・∀・)「朗詠じゃあだめだ。 僕は忘れっぽい人なんでね」
 
( ^ω^)「ふざけんなお。 馬鹿かお。 死ねお」
 
( ・∀・)「ふざけてないからよって馬鹿じゃないし死なない」
 
( ^ω^)「で〜、なんだ、翁唯だっけ?」
 
( ・∀・)「単刀直入に聞く。 どんな奴だ?」
 
( ^ω^)「だから、周囲に馴染めてない、ちょうどお前みたいな奴だお」
 
( ・∀・)「ん……能力は、高い、と見ていいのか?」
 
( ^ω^)「お前がそう思うならそれでいいんじゃない?」
 
( ・∀・)「そういうのは困る。 何事も責任転嫁するのはきみのよくないクセだぜ」
 
( ^ω^)「だって言うだけ無駄なんだもん!」
 
.

22同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:38:53 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ^ω^)「翁唯は、あれだ、軸がぶれてるんだよ」
 
( ^ω^)「わかるか? 人としての軸だ」
 
( ・∀・)「僕は絶望先生はあまり好きじゃないんだよね」
 
( ^ω^)「発想がちょっとブッ飛んでるっていうか、頭がおかしいっていうか」
 
( ^ω^)「つまり、モララー、お前みたいな人だお、翁唯ってのは」
 
( ・∀・)「ん……きみは、僕も人として軸がぶれているって言いたいわけかい?」
 
( ^ω^)「否定はさせん」
 
( ・∀・)「できないよ、個人は自由であるべきだ。 きみの主観そのものは否定しないさ」
 
( ・∀・)「だが、事実として、僕の頭がおかしいことはない。 もしくは、頭とは本来おかしくて然るべきもの、と言うべきか」
 
( ^ω^)「ほら、それ、それ。 つまりそういうあれ。 その傾向が、似てるんだよ」
 
( ・∀・)「傾向? 『手当たり次第』 なところ?」
 
( ^ω^)「いや、翁唯の場合、あいつの性質は……」
 
( ・∀・)「性質は?」
 
 
 
( ^ω^)「 『本人次第』 」
 
 
.

23同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:39:27 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「……?」
 
( ^ω^)「人によって、翁の受け取り方が違うって話よ」
 
( ^ω^)「適当な人は奴の事をあまり深く考えないけど、
      完璧主義者ともなれば翁唯ほど付き合いづらい人間はいないお」
 
( ・∀・)「A型同士では相容れぬという話かな? 残念だけど僕はAB型なんだぜ」
 
( ^ω^)「A型同士は仲がよくなるって聞いてるんだけど……僕はO型」
 
  「でも、まあ、根底はだいたいそんな感じだお」 と内藤は言った。
 高く積み上げた本は、たしかに重量により崩すのは困難を極めるが、
 しかし一度一冊を抜き取ることに成功すれば、その本の山は一瞬にして形をなくすのだ。
 
 柔らかいものは衝撃を受けてもなんとか受け流せるが、硬いものは砕ける運命にある。
 内藤が前者だとすれば、茂良々木が後者であることは言うだけ野暮と言えることだろう。
 
 
( ・∀・)「じゃあ、僕は彼と穏便に話し合うことができないってことだね」
 
( ^ω^)「おお、自覚はあったのか」
 
( ・∀・)「天才が馬鹿を説き伏せるのは不可能なんだ。 馬鹿は筋金入りだからこその馬鹿なんだからね」
 
( ^ω^)「ううん……合っているのか間違っているのか……」
 
.

24>>22訂正:2014/01/23(木) 11:42:39 ID:g7Vtth9g0
>>22の『本人次第』は『捉え方次第』の間違いです。

25同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:43:12 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「然らば、とるべき策は一つ、だ」
 
( ^ω^)「一つ?」
 
 内藤が興味深そうな面持ちを浮かべる。
 茂良々木では攻略不可能そうな人が相手だというのに、もう策を講じたというのだから。
 
 相手は不良ではないため、自然と暴力的手段に出ることはできない。
 一方で、茂良々木と似たタイプの人であるからこそ、話し合いもできそうにない。
 このほかに取るべき策というものがあるのか、内藤は純粋にわからなかったのである。
 
 しかし、それは内藤が普通で一般で平凡で通常で当たり前な人間だからわからなかったのだ。
 茂良々木のようなずれた人間にとっては、この難攻不落そうに思われる恋の障壁には穴が浮かんで見えるのである。
 しかし、それはつまりふつうに考えたら攻略できるに至らない――ただの机上論となるわけだが。
 
( ・∀・)「音をあげるまで説き伏せればいいのさ」
 
( ^ω^)
 
( ・∀・)「喧嘩ももちろんだが論争もやぶさかじゃあないのでね」
 
( ・∀・)「根気比べならいつだって受けてたつのがモララー流さ」
 
( ^ω^)
 
( ・∀・)「いやあ、簡単な話だったじゃないか」
 
.

26同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:44:14 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 モララー流とは、茂良々木という苗字とモラルという英語をかけたものである。
 モラリストと呼ばないのは、苗字との兼ね合いもあるのだが、それ以上に
  「茂良々木が普通のモラリストでは万が一にもありえないから」 ということだ。
 茂良々木とて普通のモラリスト、というのはあまりぎこちなかったようで、モララーという名に甘んじている。
 
 内藤が呆れかえって返す言葉に詰まった。
 しかし、返す以外の言葉なら、なんだって浮かんでくる。
 手始めに 「あほか」 とでも言えばいいのである。
 
( ^ω^)「お前なあ、」
 
( ・∀・)「ん? 喧嘩かな?」
 
( ^ω^)「あ、おい」
 
 内藤が苦言を呈しようとすると、ちょうどその頃あたりか、廊下のほうから騒ぎが聞こえてきた。
 実に音の反響する廊下である、棟の隅のほうに位置する生徒会室にも音はやってくるのだ。
 そのため、とりわけ廊下で起こった騒ぎに関しては迅速に事態を察知することができる。
 
 今回は、騒ぎといっても活発な連中が遊んでいるのではない。
 怒号に罵声が飛び交う、好ましくない騒ぎだった。
 そして茂良々木は、そういった騒ぎに敏感だった。
 
 喧嘩っ早いわけでもなければ喧嘩が好きなわけでもない。
 ただ、野次馬なのだ。
 
( ・∀・)「ちょっと見てこよ」
 
( ^ω^)「あ、おい!」
 
.

27同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:44:54 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 内藤の呼びかけを気に留めるはずもない。
 気に留めないからこその茂良々木耶夜なのだ――
 
 
( ・∀・)「……やってるねえ」
 
 しかし、茂良々木は嬉々たる声を発さなかった。
 面白そうな喧嘩だったなら、多少はふてぶてしい笑みを浮かべるのだ。
 だが、今回浮かべたのは訝しげな顔である。
 あまり、純粋に楽しめないな、と判断したのだ。
 
 情勢は、一対三。
 片方が女子――上履きの色から、新二年生だとわかる。
 片方が男子――こちらはどうやら同級生のようだ。
 
 髪の色は女子のほうが栗色で、校則で許されている範囲のものである。
 一方はみごとなまでに奇抜な金色茶色で、自他公認の 「不良」 だろう。
 翁唯が後者のなかに混じっていたならどれだけ楽か、と思い、
 希望的観測のもと彼らの身長を目で測ってみると、およそ一六〇から一八〇程度であった。
 
 翁唯には到底当てはまらない身長である。 第一、同級生なのだ。
 落胆をなるたけ心中に押しとどめ、遠巻きからその様子を見つめていた。
 
.

28同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:45:41 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 事の発端はわからない。
 が、女子生徒の筆箱や教科書が傍らに跳ね飛ばされているのを見ると、
 大方女子の教室移動の最中に男子生徒に当たってしまった、程度のものだろう。
 それを口実に日頃のストレスをこの女子生徒に発散しよう、という目論みであることが目に見えてわかる。
 
 ただの弱いものいじめだ。
 弱肉強食は茂良々木の嫌いな言葉の一つである。
 方針としては助けに入らないでもない茂良々木だが、ただでさえ自分は翁唯との舌戦を控えている。
 ろくな揉め事にそれも自ら呼ばれてもいないのに首をつっこんで厄介ごとに巻き込まれては笑い話にもならないわけである。
 
 ――茂良々木は、ふと、その対峙に違和感をおぼえた。
 ただの対峙であるはずなのだが、しかし、これといって目立った暴行が繰り広げられていないのだ。
 男子勢が暴言を吐き続けている、それを女子は心情の読み取れない面持ちで聞き流しているようである。
 
 さすがに学識の足りない不良でも、ただ罵倒し続けるだけの自分がかっこいいとは万が一にも思わないだろう。
 これではむしろ負け犬の遠吠えである。 弱い犬はよく吠えるのである。
 それなのに、どうして、男子勢は殴りかかったり蹴りかかったりと、目に見えてわかる騒ぎに移らないのか。
 
 ――茂良々木は無意識のうちに足を進めていた。
 
 
爪 -)
 
( ・∀・)「ん…?」
 
.

29同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:46:13 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 不良たちが、一斉に茂良々木のほうを見る。
 茂良々木も近づきすぎたか、と思った。
 不良たちに目を付けられることにはまったく恐れを抱かない
 茂良々木であるが、決して好ましい展開というわけでもない。
 
 それどころか、更なる違和感。
 茂良々木?には?不良たちは暴行を働こうとしたのである。
  「なに見てンだよ」 と言いながら歩み寄ってくる。
 茂良々木がどうしたものかと考えているうちに、茂良々木の胸倉が掴みあげられたのだ。
 
   「こいつ、モララーじゃね?ww」
 
   「おい、触ンな触ンなww」
 
( ・∀・)「(これは………制裁のお許しが下った、ということ……か?)」
 
 
 茂良々木は、有名人である。
 普通でも一般でも通常でも平凡でも当たり前でもない、異端者である。
 そんな彼は、当然普段からよく不良に目をつけられている。
 今回に限っては、茂良々木の不注意によるものなのだが――
 
 殴られてもへこたれるような男ではない。
 むしろ、殴られることで本領を発揮するような男であると言ってもいい。
 そんな茂良々木は、掴みあげられた胸倉に注意を払わず、ただ不良たちの様子を観察していた。
 
.

30同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:47:20 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( -∀-)「………」
 
   「ちょwww泣いてンじゃね?www」
 
   「泣かしたwwwwモララー泣いたwww」
 
( -∀-)「(なんか、めんどくさいぜ、こういうの……
         今はそれどころじゃあないってのに)」
 
 目を瞑りながら、思考の放棄を検討する。
 たしかに律儀で几帳面で積極的な茂良々木だが、やはり好き嫌いは持ち合わせているのだ。
 彼の場合、彼なりの言い方をすれば 「下等生物」 が嫌いなのである。
 
   「はッら立つなあwww……な、な。 殴らせろや?」
 
 とても頭脳を有しているとは思えないような馬鹿、それが茂良々木の嫌いなものの一つなのだ。
 彼は不良には躊躇いなく 「制裁」 を下しているわけだが、それは不良という生き物がそもそも嫌いだからでもある。
 
 
( ・∀・)「……」
 
   「なんかしゃべれよwwブルってンじゃねえよww」
 
( ・∀・)「(よし、やる)」
 
 
 
爪 -)「 その人は関係ないだろ? 」
 
 
.

31同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:48:20 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「……?」
 
 ――女子生徒が口を開いた。
 
 
   「……はァー?」
 
   「なあ、お前、いまナンテ?」
 
   「殴られてねェからって、調子、のってんじゃありま……」
 
 
  「せーん」 と言いながら、ついに――ついにと言うべきなのだ――不良の一人は暴行に出た。
 大きく振りかぶっては、右手で女子に向かって容赦なく殴りかかる。
 
 さすがにこれはとめなければ。 茂良々木は、そう思う。
 そのため突発的に力を籠めて胸倉を掴んでいる不良ごと動こうとした。
 
 のだが、先に女子生徒のほうが動いた。
 動いた――のは、手や足では、なくて。
 
 
 
爪 -)「 『うるさいなァ』 」
 
 
 ――クチ。
 
.

32同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:49:01 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
   「ッ!!」
 
 不良は――こけた。
 それは、大胆と呼ぶに相応しく、滑稽と嘲るに値し、不慮と形容して間違いのない一瞬だった。
 特筆すべき点は、 「転んだ道理が存在しない」 ところにある。
 誰が、特になにをしたわけでもなく、無因果的な応報として不良は転んだのである。
 
 それを見て、茂良々木の胸倉を掴んでいた不良のその手から、力が抜けた。
 あまりに一瞬の不可解に、目が、意識が、奪われたのだ。
 その瞬間を見逃す茂良々木ではない。
 
 
( ・∀・)「 ――っと!」
 
   「なッ―――、」
 
 
 ステップを取るように、茂良々木は不良の手元から離れ女子生徒のほうに跳ぶ。
 逃したことにプライドの呵責を受けた不良は、半ば反射的に茂良々木につられる。
 その瞬間を、茂良々木は、見て、不敵に笑った。
 
 
 
( ・∀・)「――もう、我慢しないぜ」
 
   「な……――」
 
(#・∀・)「おらァッ!!」
 
 
.

33同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:49:34 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 茂良々木は、勢いよく右手を振り払った。
 しかし、それは殴るという意味合いを持っていなかった。
 そもそも、拳を握ってすらいなかった。?手のひらのまま?である。
 
 しかし、?それ?に手の形状は関係なかった。
 こちらに飛び掛ってきた不良は、途端に、明後日の方向に吹っ飛んだのだ。
 茂良々木の振り払った右手に殴られた、というわけではない。 茂良々木のそれは、空虚を抜けたのだ。
 つまり、それは、見えない誰かに蹴り飛ばされたような、見えないトラックにひかれたような――
 
   「―――ッ!!」
 
( ・∀・)「――」
 
 咄嗟に、茂良々木は腕時計を見る。
 まだ、昼休みが終わるまで、十分ほどは残っている。
 廊下には不良の騒ぎを聞きつけたのか一般生徒は誰一人いない。
 ――茂良々木という男の性質を、遺憾なく発揮できる状況が、そこにはあったというわけだ。
 
 
 
 
 茂良々木の性質は、 「手当たり次第」 。
 
 ワンサイドゲーム
  『落花狼藉』 のはじまりである。
 
 
.

34同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:50:12 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 

 
 
 
 茂良々木の性質は、気がつけば、そこにあった。
 近くにあるものを、無差別に 「破壊」 することができるというのだ。
 それも、 「手当たり次第」 に。
 
 最初に気づいたのは、小学五年の頃。
 原理は未だに解き明かせていないが、しかし近くにあるものなら、
 たとえそれが生物であろうと無生物であろうと、
 たとえそれが有機物であろうと無機物であろうと、
 なんであろうと対象のものを 「破壊」 に導くことができる性質。
 
 ワンサイドゲーム
  『落花狼藉』 の由縁は、その一方的に相手を攻撃する様にある。
 長年使ってきたことで、その勝手もある程度は理解できている。
 近くにあるものは、ということだが、せいぜい目測半径五、十メートル圏内。
 
 それも、 「破壊」 とは言うが、 「粉砕」 ではない。
 威力の調整は利くが、最大でやっても学校の壁をある程度砕く程度である。 それも、貫通には至らない。
 壁に直径一メートルから三メートルほどのクレーターを刻みこむため、
 やはり常人の暴力では到底及ばないほどの破壊力ではあるが、 「しょせんその程度」 なのだ。
 
 使い勝手も、おそろしくよくない。
  「手当たり次第」 というだけあって、ある程度目標を見定めることこそできるが、
 しかし命中精度はおそろしくよろしくないのである。
  「手当たり次第」 の性質よろしく、手当たり次第に 『落花狼藉』 を使い続けるだけでだいたいの人なら倒せるのだ。
 
.

35同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:50:51 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 茂良々木は成り行きで女子生徒――それも後輩――を助けることになった――いや、できた――のだが、
 しかし茂良々木自身はあまりそれをよしと思っていなかった。
         ワンサイドゲーム
 己のこの 『落花狼藉』 は、いわば自己表現の最たるものである。 突出した個性である。
 自分の秘めている能力を惜しまず披露する人間はだいたいが浅はかな人間である、
 と考える茂良々木が 『落花狼藉』 をそう軽々しく披露するのに躊躇するのも妥当な話であるのだ。
 
 
 放課後になって、茂良々木は生徒会室を訪れた。
 内藤の 「助力」 に、まだ満足していなかったためである。
 
               ワンサイドゲーム
( ・∀・)「やっぱり、 『落花狼藉』 はあまり使いやすいもんじゃないよ」
 
( ^ω^)「不良グループが謎の打撲を全身に浴びて保健室に送られたようです。
      お前だったのかお。 死ねお」
 
( ・∀・)「しかたない。 渡辺ちゃん一筋とは言え、儚い女の子を見捨てるわけにはいかないだろ。 それも後輩」
 
( ^ω^)「儚いじゃなくてか弱いじゃないのか」
 
( ・∀・)「いいや、儚くていいんだよ。 可愛い女の子は我々人間諸君の夢だ」
 
( ^ω^)「ふつう、そういうのって人の夢は儚いとかを言うんじゃあ……」
 
.

36同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:51:35 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
  「いいや」 と茂良々木は反論を弄した。
  「助力」 よりも目の前の反論のほうが優先事項らしいのだ。
 
( ・∀・)「違う。 同様に、偽りも、僕に言わせたら他人の為の嘘ってやつじゃあないね」
 
( ・∀・)「せいぜい、人の為にすることは全てまがい物だよってところだぜ。 ……善とか」
 
( ^ω^)「それはそれでかっこいいけど……ちがくて」
 
( ・∀・)「おっと、一つ誤解を解きたいのが、女の子を助けたのは恩を売るため、偽善、ってわけじゃあない」
 
( ・∀・)「あくまで、自分のためさ。 僕の完全性とか理想とかプライドを守るためってやつ」
 
( ^ω^)「なんだ? 僕はもう世間話してりゃーいいの?」
 
( ・∀・)「おっと、おっとおっと、おっとっと。 それはそれでまずい。
       不本意だが――本題に入らせてもらおう」
 
( ^ω^)「本題に入るのが不本意ならそれは本題じゃねえお」
 
 内藤が茂良々木と交流をとっているのはあくまで茂良々木が普通の人とは違っていて面白いためである。
 内藤が茂良々木のことを面倒くさいと思わない、ことはないのだ。
  『荒唐無形』 と言えど、それとこれとは話が別なのである。
 
.

37同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:52:08 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「どうも、翁唯とめぐり合えないんだよ」
 
( ^ω^)「昼休みに会えばよかったのに」
 
( ・∀・)「いま言っただろう? それどころじゃなかったんだよ」
 
 ――あの時、茂良々木は一つ、気になったことができた。
 それはたしかな違和感として未だに胸の奥に残り続けている。
 しかし、ただの小石と大差ないものが胃の中に混じった程度である。
 
                ワンサイドゲーム
 それ以上に、己の 『落花狼藉』 で不良たちをなぎ倒したことが、なかなかにいいストレス発散へと繋がったのだ。
 ――茂良々木がストレスを溜め込まずにいられるのは、全てこの 『落花狼藉』 の賜物というわけなのである。
 いやなことがあっても身の回りのものに 「手当たり次第」 八つ当たりをするから――そう考えると、茂良々木こそが 「不良」 である。
 
 しかし、八つ当たりをするといっても、それは数ヶ月に一度の話だ。
 たまにジムに通ってサンドバッグに八つ当たりをすることもあるが――問題に直結するようなことは、あまり、ない。
 今回のようにたまに成り行きで一般人に 『落花狼藉』 を使うことこそあるのがその 「問題」 なのだ。
 
 
( ・∀・)「翁唯、翁唯」
 
( ・∀・)「渡辺ちゃんに付きまとう、いわゆるストーカーなんだ。 ぱっと見ればわかるはずなのに」
 
( ^ω^)「わかるって……どうやって?」
 
( ・∀・)「オーラ」
 
( ^ω^)「体臭でも嗅いどいてくれ」
 
.

38同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:52:47 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
  「なにを言ってるんだ」 と茂良々木は一笑に付した。
 内藤は別段冗談のつもりでそう言ったわけではないが、
 茂良々木の機嫌を損ねるに至るわけでないのであればそれはそれで好都合である。
 
 樹海高校のように大した名門でもない学校では、その生徒会活動も大したものではない。
 ない、のだが、名ばかり生徒会というわけでもない。 たしかな業務は、あるにはあるのだ。
 特に内藤の場合は、生徒会長、言うところの樹海学校のリーダーなのである。
 年度のはじまりということもあって、内藤には内藤なりのこなすべき業務というものがあった。
 
 茂良々木のこなすべき業務は、せいぜい日々の宿題程度だ。
 学業に特に秀でている茂良々木が、その業務を苦に感じることはない。
 ないため、茂良々木にはその 「業務」 というものの負担を人並に理解することができないのだ。
 テーブルの上に散らばったプリント類をざっと見渡しても、内藤の心中を推し量ることなどできるわけがないのである。
 
( ・∀・)「そう! オーラ、オーラなのだよ、内藤!」
 
( ^ω^)「ああ、それ、全部大切な書類なのに……」
 
 話を強調させるために掌を叩く――ためには、プリント類が邪魔であった。
 それらを左手で払いのけてから、強引に右手でテーブルをどんと叩く。
 たしかに話の腰を強調することこそできるが、内藤の目にはそれ以上に茂良々木の変人性のほうが強調されて映った。
 
 
( ・∀・)「どうして、こうも探しているのに翁唯が一向に見つからないのか」
 
( ・∀・)「僕から漂うこのオーラが、奴に察されてしまうんだ。
       まいったな、これじゃあ授業現場を押さえない限り邂逅は望めないぞ」
 
( ^ω^)「たしかにお前のオーラはすごいけど……
      翁唯のほうはお前の目的ってもんを知ってんの?」
 
( ・∀・)「恋敵同士、通じ合えるものがあるんだよ」
 
( ^ω^)「じゃあ話し合いも通じるんじゃあ……」
 
( ・∀・)「わかってない、事の本質ってものをきみはまるで理解していない」
 
.

39同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:53:28 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 茂良々木は腕を組む。
 神妙な面持ちで腕を組んで深く浅い息をつくことが、彼なりの苦悩を表現しているのだろう。
 この程度で苦悩を露呈するのだから、茂良々木の器はさして大きいものと思えないところである。
 
 内藤とて暇ではない。
 茂良々木と絡むことはそのまま娯楽につながるのだが、人間はなによりも優先して娯楽に勤しみたいわけではない。
 生活のためにする仕事の最中に娯楽をすることなど不可能なのだ。
 生きるための娯楽に没頭することでそもそもの生活が成り立たなくなるのは、およそ本末転倒と呼べるであろう。
 内藤は、茂良々木の話もそこそこに――聞き流して――作業に戻ろうとする。
 
( ・∀・)「仕事の前に僕を翁唯と邂逅させてくれ。 手伝いだけでいい」
 
 本当なら実際に邂逅させるまでで一つの 「助力」 と言いたい、と考えるのが茂良々木の変人性だ。
 馬鹿馬鹿しくなってきた 『荒唐無形』 は、もう仕事は一旦取り止めだと業務を投げ出した。
 
( ・∀・)「……時に内藤、ほかの生徒会役員は?」
 
( ^ω^)「さあ」
 
( ・∀・)「さあ、って……軽いなあ」
 
( ^ω^)「第一、お前は生徒会ってもんを甘く見すぎてるお」
 
( ^ω^)「そんな、一人の生徒を洗い出しては情報を提供したり邂逅の足掛かりになったりなんてのは、できない」
 
( ^ω^)「そもそもそこにあるかわからない 『荒唐無形』 、そいつが今の生徒会ってもんなんだから」
 
( ・∀・)「この学校は、そもそもが甘すぎるんだ。 甘いから、融通が利かず不便を強いられる」
 
.

40同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:53:59 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 罵倒程度では不機嫌にならない茂良々木でも、たしかな不利益を受けると機嫌を崩すらしい。
 そして彼の場合、不機嫌になると 「手当たり次第」 にその捌け口を探す。
 一般人の傍目曰くそれはまさにはた迷惑、といったところである。
 
( ・∀・)「だいたい、成就しない恋なんてものは存在しないんだ。
       みんな、なんらかの形でなんらかの実を結んでいる」
 
( ・∀・)「世間ではその実が全て恋仲の成立に集約されているってのもまた一つの疑問だが……
       そんなものは、はっきり言ってどうでもいい。 実を結べば、それはすなわち玉砕も成立なんだ」
 
( ・∀・)「僕が一石を投じたいのは、どうして実を結ばせてくれないシステムが
       あろうことか思春期を過ごすこの樹海高校に敷かれているのか、という話なのさ」
 
( ・∀・)「つまり、そのシステムを施行することこそがそのまま
       全校生徒の正常なる学園生活を送る足掛かりになる、ということ」
 
( ・∀・)「内藤よ、きみが僕に彼との邂逅を果たさせるのは、むしろ、使命だ。 任務だ。 義務なんだ」
 
 昼間もあった少年誌を片手に持ち、台本をまるめる映画監督が如くそれをもてあそび始めた。
 なにかを主張するときにまわりの無機物にそれを協力させるのが茂良々木である。
 内藤の助力を催促すべく、彼の背後でさらなる熱弁を繰り広げる。
 
( ・∀・)「なにも、渡辺ちゃんとの恋仲を絶対視しているわけじゃあない。
       僕はあくまで、挑戦する身なんだ。 チャレンジ精神を持ち合わせてるんだ」
 
( ・∀・)「学校側が尊ぶべきそのチャレンジ精神が、目の前にあると言うんだぜ?」
 
( ^ω^)「言うんだぜ?じゃないお。 サンボマスターかお」
 
.

41同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:54:32 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「だったら、盛岡にでも頼んでみるか」
 
( ;^ω^)「はあ!?」
 
  『荒唐無形』 ゆえに何事にも冷静に対処できるはずの内藤だが、
 その突発的な言葉には半ば激情的に、さながら劇場的に反応せずにはいられなかった。
 自他公認の 『奔末転倒』 、それが盛岡という教師なのだ。
 
( ;^ω^)「お前、盛岡に頼みごとでもするって腹かお」
 
( ・∀・)「一番なじみぶかい先生でね。 恩師だ。 恩師とすら言っていい」
 
 なにをしても空回りな 『奔末転倒』 は、究極の腑抜けとして知られているのだが、
 そんな盛岡にあろうことか確実を期する頼みごとをするなどというのは、
 その計画を華麗に破滅へ追いやってくれと言うようなものなのである。
 
( ^ω^)「あーーわかった、わかった。 わかったから、これ以上厄介ごとを持ち込まんでくれ」
 
( ・∀・)「なんだ、僕が諦めようとしたら今度はきみが諦めないときた」
 
( ・∀・)「とんだ天邪鬼だ。 渡辺ちゃんといい、世の中には優柔不断な人がとりわけ人に厄介ごとをもたらすんだ」
 
( ^ω^)「翁唯だったな? だったら、同じ部活の人にでも話を聞けお」
 
( ・∀・)「………なに?」
 
 先に折れたのは茂良々木だったが、結果として折れたのは内藤だった。
 茂良々木の場合、彼のなかでは折れたものとして自己完結するのだが、
 傍目曰くその自己完結で終わっていない点が、そのままやはりはた迷惑となるのである。
 詰まるところ、折れた気になって肩の荷を下ろしてよけいにすばしっこく面倒になるだけなのだ。
 
.

42同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:55:30 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ^ω^)「翁唯、たしかあの子は美術部だったはず」
 
( ・∀・)「美術部? やけに文化部文化部してる文化部じゃないか」
 
( ^ω^)「いま、なんか言葉遊び含ませてた?」
 
( ・∀・)「僕は言葉遊びがなくとも言葉を反復させるんだぜ。 そっちのほうが強調できるじゃないか」
 
 とりわけ学業に秀でた茂良々木が日常生活にもその成果をもたらすようになったのは、言葉遊びあってのことである。
 ただいたずらに直接的に知識を弄するようでは、やはり一つ覚えの馬鹿、あるいは馬鹿の一つ覚えというものなのである。
 
 そこを、粋にして巧みな話し方で間接的に知識を盛り込むことができれば、
 それは結果として茂良々木の日々を豊かにさせるものになる。 と茂良々木は考えている。
 
( ・∀・)「なるほど、これでも美術部のことは少しは知っているんだぜ」
 
( ^ω^)「へえ? 知らなかったお」
 
( ・∀・)「渡辺ちゃんが入ってたんだ。 そこのところは情報に抜かりなんてないぜ」
 
( ^ω^)「抜かりがないなら翁唯のほうもだな、」
 
( ・∀・)「それはうっかり、ってやつだ。 それはそうと、どんな活動をしてるんだ?」
 
( ^ω^)「さあ……」
 
( ・∀・)「さあ……って、絵とか彫刻が好きで美術部に入ったんじゃないのか?」
 
( ^ω^)「翁唯の入部動機、有名だお。 聞きたい?」
 
( ・∀・)「ああ、聞かせてもらおう」
 
( ^ω^)「お前と一緒だお、モララー」
 
.

43同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:56:06 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「ん? 僕はあいにくだが美術部に入ったことすらないぞ」
 
( ^ω^)「お前、どうやって美術部のことを知った? 知ろうとした?」
 
( ・∀・)「そりゃあ、渡辺ちゃんが活動してたから」
 
( ^ω^)「それと一緒っていうんだお。 行動原理が一緒だから一所に集うんだお」
 
( ・∀・)「内藤、一所ってのは現代では一所懸命という四字熟語で使うんだぜ。 それを言うなら一堂に会する、だ」
 
(^ω^ )「翁唯の頭んなかもこんなんだったら嫌だお……」
 
 助力を済ませた、つもりの内藤は、向き合う対象を茂良々木からプリント類へとシフトした。
 一般人なら、その情報だけで既に邂逅への足掛かりであると捉えるところであるのだから。
 
 しかし、茂良々木が普通で一般で通常で平凡で当たり前でないのは、何度も言っている通りだ。
 変人性は、他人の予測を平気で裏切ってくるため変人性なのである。
 茂良々木は、その美術部という情報を得てもなお納得しなかった。
 
( ・∀・)「話を戻すが、翁唯は、いっ」
 
( ^ω^)「とっとと行ってこいや」
 
( ・∀・)「美術部所属という情報だけで邂逅が望めるのか? 奴は僕のオーラを察知してくるんだぜ?」
 
( ^ω^)「部活動中だぞ、授業現場を押さえるのと大差ないぞ」
 
( ・∀・)「まあ、何事もチャレンジ精神だ。 その一か八かの賭けにでるのも、やぶさかではない」
 
(^ω^ )「これだからゆとりは……」
 
.

44同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:56:57 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 

 
 
 
 樹海高校は名門というわけではないため、部活動に力を入れられているわけでもない。
 独特な雰囲気から人並の高校よりなにかがどうにかなっている空気は漂っているが、その程度である。
 美術部といっても、全国コンテストに出場するだとか、一流の画家や彫刻家がその指導に勤めているわけではない。
 
 だが、美術部活動と名を打つだけあって、美術室近辺にある
 展示物――おそらくは生徒の作品――はなかなか目を見張るものがあった。
 美的センスを茂良々木がどのように持っているかは果てしなく不明で不毛だが、彼自身は悪くは思っていなかった。
 
 翁唯、身長は一四〇程度と低い、二年生。
 美術部所属という点を差し引いても、到底自分と対等な立場にあるとは思われない人材。
 しかも人として軸がぶれているということでもっぱら噂になっていると聞く。
 どうしてそのような誇るに誇れない埃に限ってストーカー行為に働くのか、茂良々木にとっては甚だ疑問なのである。
 
 ここで彼の 「手当たり次第」 が発揮される。
 スケッチをしている部員、絵の具を混ぜている部員、オブジェと向かい合っている部員と、
 翁唯と自分とを邂逅に導いてくれそうな人はそこらじゅうにいるのだ。
 
 茂良々木は 「とりあえず」 で一番手近にいる部員に声をかけた。
 予定としては、今から手の届く範囲全域に足を運んでは時間を惜しまずに翁唯の足跡を探るのである。
 
.

45同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:57:29 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 しかし、茂良々木の穴は思わぬところにあった。
 ただ 「手当たり次第」 尋ねていくまではよかったにしても、
 茂良々木はその上における翁唯という変人性までは考慮していなかったのだ。
 
( ・∀・)「わからない?」
.             、 、 、
j l| ゚ -゚ノ|「………あの人は、年度がかわってからほとんど来なくなった、の、で」
 
 最初は、ただ、異性の先輩――それも有名人――を前にして
 あらゆる点において緊張を強いられているだけなのか、程度に茂良々木も考えていた。
 
( ・∀・)「え、美術部じゃないの?」
 
(  ゚∀゚ )「アッヒャ! あのコはネ〜〜、あれッスよ! 渡辺先輩目当てで……」
 
 しかし、それが間違いであることに、茂良々木は徐々に気づいていった。
 彼ら彼女らが緊張していたのは、茂良々木を前にしているからではない。
 
j l| ゚ -゚ノ|「あ、まり言わないほうが、いいと思……う、ぞ。 翁的に……」
 
( ;゚∀゚ )「うぇうぇうぇ!! ――ッヒャヒャヒャ!」
.. 、 、 、 、 、 、 、 、 、、、
 翁唯が話題にのぼることに、彼ら彼女らは敏感に緊張を抱いていたのだ。
 そしてそれはすなわち、翁唯という男の変人性を裏づけしているようなもの。
 茂良々木は、情報がもらえない以上にそのことに対して挫折を少し感じた。
 
.

46同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:58:07 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 茂良々木は簡単に挫折するような男ではないが、
 もう手も足も出ないのに挫折しないような、知能指数の低い男ではない。
 限りなく最悪に近い酷い境遇に立たされてはじめて、茂良々木は焦りを感じるのである。
 
  「手当たり次第」 が性質である以上、最悪に到達するまでは挫折しないが、
 今回の場合は変人性が問われるわけである以上、茂良々木は嫌な予感しか抱けなかったのだ。
 
 でも、まあ、そのうち。
 楽観視してそこらにいた部員全員に片っ端から―― 「手当たり次第」 問いただしていった。
 しかし、結果としてそれは、ただの徒労、時間の無駄づかいとなった。
 
 翁唯は、ほんとうにほとんど来なくなっていたというのだ。
 動機は、渡辺さくら――内藤から聞いたとおりの、変人性を裏づけする事実。
 そして、その論理式が完成してしまうと、邂逅が実現されないばかりか、
 心理戦において先制攻撃をくらうだけくらってずこずこと帰るのみである。
 もとよりプライドが凄まじく高い茂良々木にとってそれは、それだけで既に敗北のようなものだった。
 
 だが、名も知らぬ顔も知らぬ部員に 「助力」 を求めるわけにもいかず、
 またこれ以上成す術もないのに美術部で持ち前の性質を発揮するのもむなしいだけである。
 このまま帰るわけにもいかず、しかしこのまま立ち止まるわけにもいかない。
 茂良々木は、わけがわからなくなってきた。
 
( ;-∀-)「………」
 
 腕を組み、思考をなるたけ空っぽにして、表に向かった。
 気晴らしに、グラウンドへと出る。
 ほんとうに、それはただの気晴らしだった。
 
.

47同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:58:39 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 しかし、グラウンドへ出たことが、彼にとっての不幸中の幸いであった。
 観音開きの扉を開くと、強めの春風が桜の花弁を乗せて吹きつけてくる。
 平生なら素晴らしく心地よい、などといっては気分をよくするのだが、
 そうもいかないほどには茂良々木は思っていた以上に翁唯という男に悩まされていた。
 
 ふと、立ち止まる。
 茂良々木は自然とグラウンドの脇に植えられている桜並木のほうに足を向けていたのだが、
 そのなかの一本の木の前に、女子生徒がぼうっと立っていたのだ。
 ただ桜の木の枝のほうをぼんやりと見つめている。
 茂良々木は、彼女も美術部の部員だ、と考えた。
 
( ・∀・)「ちょっといいかな」
 
爪 −)「……」
 
( ・∀・)「あ、きみです。 桜の木の前の、二年の……きみっ」
 
爪゚−゚)「…ッ。 ……?」
 
( ・∀・)「そうそう、き………」
 
爪゚ー゚)「……?」
 
.

48同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:59:14 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 ―― 『うるさいなァ』
 その瞬間、あの時の言葉が、鮮明に蘇った。
 不良と対峙していた、あの、後輩。
 
 あきらかに、あれは――なんらかの、性質。
 それも、 『落花狼藉』 のような、特殊なもの。
 そんな性質を、使った、二年女子の、彼女――
 
( ・∀・)「……!」
 
爪゚ー゚)「どうしました?」
 
 茂良々木は無意識のうちに身構えたが、後輩のほうはまったく無関心だった。
 ただ、ぼんやりとしていて、上の空という言葉に相応しい有様である。
 口角をわずかに吊り上げ、目をゆったりと細める姿は、 「淑やかな女子高生」 像に当てはまっている。
 
 
 当てはまってはいるが――
          、 、 、、 、  、 、 、 、 、、、
( ・∀・)「(言葉だけで、不良を転ばした……っ!)」
 
 当てはまっているからこそ――茂良々木は、よけいに身構えることになった。
 
 
.

49同志名無しさん:2014/01/23(木) 11:59:52 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 しかし、見た目だけで言えば、ただの 「淑やかな女子高生」 だ。
 また、向こうは茂良々木を見てもまったく反応を見せない。
 人違いは万が一にもありえないのだが、茂良々木としては
 やはり彼女と同じようにあくまで平静を装って対応しなければならなかった。
 
( ・∀・)「……ゴッホン!」
 
( ・∀・)「きみ、美術部の人?」
 
爪゚−゚)「美術部……?」
 
( ;・∀・)「あ、いや、ちょっと人を探していてね」
 
爪゚ー゚)「はあ。 誰を探しているんですか?」
 
( ・∀・)「言ってわかるかな」
 
爪゚−゚)「………知ってる人、なら」
 
( ・∀・)「そうか。 そうだ。 そうさ。 なら問題はなかった」
 
爪゚ー゚)「……?」
 
( ・∀・)「ちょっとね、翁唯って人を探してるんだよ、僕は」
 
 ――後輩の顔が、ぴくっと強張った。
 
.

50同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:00:29 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪゚−゚)「翁? 唯?」
 
 ――強張った表情は、しかし元へ戻ろうとはしなかった。
 あの時の後輩は、あの時のそれと同じ面持ちへと戻った。
 それまでの 「淑やかな女子高生」 像が、とたんに砕けたのである。
 このことに気づかない茂良々木ではないが、反応するような茂良々木でもない。
 
( ・∀・)「翁、唯だ」
 
爪゚−゚)「翁唯が、相手なんですね?」
 
( ・∀・)「念を押すねえ。 そこまで変な人なの? 翁唯、ってやつ」
 
 茂良々木は翁唯と直接会ったことこそないが、その人だけはある程度知っている。
 それは言い換えるとそれだけ突出した個性の持ち主である。
 後輩の面持ちが変わったのも、その個性ゆえのものだと茂良々木は考えた。
 今までに話してきた美術部員の総勢がそうであったのと同じように。
 
 個性が突出しているということは、それだけ我が強い人物である、となる。
 周りに流されるような男が相手の場合、茂良々木はそれだけ面倒を背負うことになるのだ。
 その点が、茂良々木にとっての小さくはない懸念であった。
 
 
爪゚−゚)「先輩が、何の用、なんですか」
 
( ・∀・)「なに、ちょっと恋の戦いというやつでね」
 
.

51同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:01:28 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 隠す姿勢をまるで見せない。
 ひけらかすことに恥じらいを覚えないのが茂良々木である。
 彼の場合、 「隠す必要がない」 というより 「恋はむしろひけらかすべき高貴なものである」 と考えるのである。
 
爪゚−゚)「恋? え、恋? 恋って?」
 
( ・∀・)「そう動揺するようなことでもないだろう?
       自由恋愛の許される現在、恋とはすなわち神秘なんだぜ」
          、 、 、
爪゚−゚)「まさか、お姉様と、その、そんなカンケー……?」
 
( ・∀・)「ああ。 え、お姉様?」
 
爪゚−゚)「渡辺さくらさんの、殿方、ってこと、ですか?」
 
( ・∀・)「いや、今は彼女の、さしづめ戦士ってところだ。
       ところで、どうしてきみが彼女のことを知ってるんだ?」
                                   、 、
爪゚−゚)「答えなさい。 あなたは、お姉様を賭けた決闘を、私とするってことですよね?」
 
( ・∀・)「――待て。 今、なんて――」
 
 
 ――直後、茂良々木の視界は大きく変わった。
 もっと直接的な言い方をすれば、?茂良々木は直立できなくなった?。
 
.

52同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:02:38 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀)「―――ッ!?」
 
 なにが起こったのかがわからない。
 慌てて顔をあげて、その後輩女子の顔を見る。
 しかしそのときも、茂良々木は 「どこかぎこちないもの」 を強烈に感じた。
 
 体の節々が少しずれてしまったような、
 脳の出す電気信号が四肢の末端まで行き届きづらくなったような、痛烈な違和感。
 どこか浮遊感に似たものに体を支配される。 思考も、同様にどこか覚束なく感じられてきた。
 
( ;・∀・)「りゃ――ぃあいが―――、」
 
( ;・∀・)「   ―――ッ!?」
 
 ――?話す言葉さえままならない?。
 ままならない、で十分事の有り様を言い表せているのだが、
 更に言うなれば?うまく舌をまわせない?のだ。
 
  「なにが」 と発音しようと、舌を上あごにあてようとするが、
 麻酔でもかけられているかの如く思うように動かず、上あごの右の犬歯に舌が向かうのだ。
  「あ」 の部分を発声しようとしても、声帯が 「い」 を発声するように動く。
  「なにもかもが微妙に思うようにいかなくなった」 ――それが、ただいまの茂良々木の有り様であった。
 
 どうして、そんな異常現象が唐突に起こったのか。
 その疑問は、当然、ある。 変人性を持つ茂良々木でも、一応は人なのだ。
 
 しかし、それ以上の疑問が、?目の前に?あった。
 
 
爪 -)
 
 
 ?彼女?。
 
.

53同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:03:08 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀・)「(ま、まさか………)」
 
 茂良々木は、今まで得てきた 「翁唯」 という男――
 いや、 「翁唯」 という人の情報を思い出す。
 
 校内に名が知れ渡るほどの変人性を渡辺にそそぐ、
 茂良々木の一つ後輩で、身長が一四〇ほどの――
 
 ここまできて、茂良々木は、はッとした。
 己のなかの致命的な勘違いに気付いたのだ。
 
 
( ;・∀・)「(ま……まさか………! まさか、嘘だろ!)」
 
 発声は封じられてしまったため、心の中で叫ぶ。
 
 
( ;・∀・)「(渡辺ちゃんにつきまとってる 『翁唯』 って―――)」
 
 叫びたくなる衝動を抑えて、しかし、心中で叫ぶことでその事実を認識する。
 
 
 
 
( ;・∀・)「(――――オンナァ!?)」
 
 
.

54同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:03:40 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 
 校内でも希少なレズビアン、同性愛者、ホモセクシャル。
 
 同性であるはずの渡辺さくらに本来男性に寄せるべきはずのそれよりも深い愛を誓う、女子生徒。
 
 数々の異常性癖を持っては、それが当然でその他は全て排他されて然るべきだとすら考える異端者。
 
 食人、猟奇、屍、切断面、血肉を好むカニバリズム、ネクロフィリア、異常性癖愛好家。
 
 
 
                                      リズム・オブ・カーニバル
 一度好きになったものに妄信的に食らいつくその姿は、まさに   『一心腐乱』   。
 
 その性質は、 「捉え方次第」 ―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
.

55同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:04:12 ID:g7Vtth9g0
                        ,...                       ノ⌒)
                      /(                       ~''''"
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  ´                    ゙'''"                    lノ
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                            ノ::::′ l
                         '―ー''"
           /゙'l                            ノヽ
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                                      ヽノ
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       ,,,, ,l''' 'l,,,ll''       ,lll'   lll,,,,,,,ll'''     ,,llll, llll,,,,,,,,,,llll     ''''ll''''' ,,,lll,,,,lll,,,,,,
        ' ,,,,,,lll''' ''''lllll,,   ,,l'''lll   ll''''       ,,,l''' lll llll ll, ,,ll''   ''''''lll''''''  ,,,,,,,,,,,,,
       ,ll''   lll''''''''''lll       llll   llll    ,,,  ''  ,ll'  ll  ''llll,     ,,,l''lll'''l,  ll,,,,,,,,lll
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        ヽ/                                        (::::::ヽ

56同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:05:16 ID:g7Vtth9g0
                                                   ヽノ
 
                   . /゙'l                          ノヽ
                    ヽ/                         (::::::ヽ
                                                ヽノ 
                         Rhythm of carnival
                         『 一 心 腐 乱 』                  <ゝ
                 .                                />
                _,、                               ´
.            .,i":::(           _
.            .゙l.,/        i´ヽ

57同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:06:16 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 

 
 
 
( ^ω^)「翁唯? たしかに、翁唯は、女子だお」
 
(,";・∀・)「どうして、黙ってた……」
 
( ^ω^)「いや、聞かれなかったし……あと、モララーが負ける姿も見たかったし」
 
 
 ――あのあと、茂良々木は、強烈な嘔吐感に見舞われた。
 同時に視界が暗転していっては、意識が遠のいていった。
 体中に張り巡らされた神経が電気信号を不可解な方向に飛ばすようになってしまったため、
 結果として電気信号という秩序が砕かれ、茂良々木は混沌なる存在として、実質的には?死んだ?のだ。
 
 ワンサイドゲーム
  『落花狼藉』 など、使う暇すらなかった。      リズム・オブ・カーニバル
 こちらは完全な物理攻撃なのに対し、翁唯の性質、  『一心腐乱』   は言わば完全な精神攻撃である。
 茂良々木の 「手当たり次第」 という性質を用いようにも、
 その前にその根本となる精神を掌握されてしまっては、茂良々木に成すすべなどなくなるのである。
 
 
 結果として、茂良々木はなにをするでもなく、渡辺を賭けた恋の決闘に完全敗北したわけである。
 茂良々木が一対一の喧嘩に負けるということは、それまでの彼にとっては考えられないことであった。
 
 
.

58同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:06:53 ID:g7Vtth9g0
 
 
                                  リズム・オブ・カーニバル
 茂良々木が完全に動けなくなったのを見て、翁唯は  『一心腐乱』  を解除した。
 精神やら神経やら思考やらをしっちゃかめっちゃかにかき回されたのが、元の秩序の在り様に戻った。
 その瞬間、茂良々木は生き返ったが如く息を吹き返し、若干残る眩暈を噛み潰しながら現状把握に努めた。
 
 翁唯はそのまま茂良々木に忠告をした。
 低く、毒々しく、ドスの利いた、精神が捻じ曲げられそうな捻くれた声と言葉であったが、
 要約すれば 「渡辺を自分から奪おうものなら、次は容赦しない」 ということである。
 翁唯の変人性―― 『一心腐乱』 を惜しみなく使って、次は更に酷い仕打ちをするというのである。
 
                   ワンサイドゲーム
 茂良々木の持つ性質、 『落花狼藉』 は、ただの喧嘩においては圧倒的な制圧力を誇る。
 ワンサイドゲームの名に恥じぬ、謎の力による一方的な攻撃を乱打するだけで、
 相手は茂良々木に近寄ることも 『落花狼藉』 による攻撃も防ぐことができない。
 だからこそ、茂良々木はただの不良には負けることがなく、
 その変人性を持ってしても未だに笑いながら登校できる生徒となっているのだ。
 
 内藤もそのことは知っている。                   ワンサイドゲーム
 彼のような人材が未だに痛い目に遭っていないのは、彼が 『落花狼藉』 の名を有するからだ。
 そして、だからこそ、内藤は茂良々木が痛い目に遭っているという姿にこの上ない興味を持っていた。
 
 茂良々木は己の無様な有り様が砂埃として顔面や服いっぱいについているのを、恥じた。
 乱暴に拭ったりはたいたりして、砂埃を生徒会室の床に払い落とした。
 内藤にとってはそれはそれでたまったものではなかった。
 
 
( ;-∀・)「なんなんだ、翁唯ってオンナは……!」
 
( ;-∀・)「こ、この僕が、女性、それも一個下の後輩に、ワンサイドゲームを決められただなんて……!」
 
 
.

59同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:08:16 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 茂良々木がこのように焦燥するのは、実に珍しい姿だと言える。
 ゲームなんかをして彼が負けても、だいたいは辞柄を弄するのだ。
 自分は完全な人間だから、自分が負ける背景には、なんらかのやむを得ない理由がある、と。
 
 しかし――だからこそ、茂良々木がこのように完全敗北を認めるのは、なかなか新鮮な光景だった。
 茂良々木は、 『一心腐乱』 を、ただの異常性癖に過ぎない、
 と笑い飛ばしたり逃げ口上を立てたりすることはできなかったのである。
 
( ^ω^)「だからこそ、お前と一緒で、翁唯は異端児扱いを受けるんだって」
 
( ^ω^)「頭のネジ――はおろか、基盤からして既に僕らと材質が違うんだお」
         リズム・オブ・カーニバル
( ^ω^)「でも、  『一心腐乱』   なんて凄まじいもの持ってるんだから、誰もいじめることはできない、と」
 
( ;・∀・)「いや……あんなの、お祭りなんかじゃあない。 ばか騒ぎだ。 狂い咲きだ。 気違いだ」
                            リズム・オブ・カーニバル
( ^ω^)「そりゃ、変な頭持ってるんだから   『一心腐乱』  みたいな狂気じみた性質を持ってるんだお」
 
( ;・∀・)「………ッ!」
 
                                                 ワンサイドゲーム
 茂良々木の心の奥に宿る猟奇性、残虐性、乱暴性――そういったものが、 『落花狼藉』 なるものを生んだ。
 翁唯におけるそれも、これと同じ原理だとしたら――それはすなわち、翁唯という人間の異常性を表している。
 
 持っている性質そのものも狂ったものだが、
 それ以上に、翁唯は、狂っている人物なのだ――
 
.

60同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:08:46 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀・)「ふ、ふざけるな! どうやって勝てばいいんだよ!」
 
( ^ω^)「たしか、あの子は 『捉え方次第』 の性質を持つ、って言ったおね」
 
( ;・∀・)「本人、次第………そういや、そいつはどういう意味なんだ」
 
( ^ω^)「 『一心腐乱』 は、あくまで精神攻撃。
      翁唯という異常の受け取り方によって、カーニバルの度合いが変わってくるってことだお」
 
( ^ω^)「だから、 『一心腐乱』 は、人を選ぶ。 相性がある。 得意不得意がある……っつーこと」
 
( ;・∀・)「…………、僕が相手どるには、最悪な相手ってこと……じゃないか」
  
( ^ω^)「性質面で見ても、変人性で見ても……マ、最悪だおね。 ……(笑)」
 
( ;・∀・)「笑いごとじゃあないぜ。 生きた心地が一瞬で消え失せたんだから」
 
 喧嘩においても、受験においても、生活においても、
 茂良々木は大きな失敗という失敗をしでかしたことはなかった。
 だからこそ、翁唯という存在はそれだけ強烈に印象に残ってしまった。
 印象に残ってしまったからこそ――あの一瞬の悪夢が、トラウマとして残ってしまった。
 
 
( ^ω^)「まあ……でも、いくら人を選ぶっつっても、
      あの子と双璧を成す次元の異常性癖を持てない限りは、
      だいたいの人がモララーみたいにフルボッコにされるお」
 
( ;・∀・)「……………お前でも、か?」
 
( ^ω^)「まあ、しゃべりたくはない」
 
.

61同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:09:18 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 内藤が真顔で即答するのを見て、茂良々木は改めて翁唯の変人性を知った。
 これが特に肩書きを持たない人間との間で起こった出来事だったのであれば、
  「嫌なことがあったもんだ」 程度で済ませることができる。
 
 しかし、それができないのが、茂良々木にとっての問題だった。
 動機はさておき、茂良々木は、茂良々木としては、引き下がることができないのだ。
 それが、渡辺さくらとの恋を賭けた決闘――である以上は。
 
( ;・∀・)「…………」
 
 それに、内藤も気づく。
 
( ^ω^)「………まさか、お前……」
 
 
 
( ^ω^)「翁唯と……戦うのかお?」
 
( ・∀・)「……当然じゃないか」
 
 内藤は、ぎこちない顔をした。
 
 
( ^ω^)「絶望的なまでの相性の悪さは、さっき味わってきたばっかなのに?」
 
( ・∀・)「男には避けては通れない関門がある、とよく言うが、僕にとってのそいつが今、なんだよ」
 
( ・∀・)「関門、とは言うが、僕としてはどちらかと言うと喚問、だ。
       試練じみたものとして、決闘することが要求されているんだよ」
 
( ・∀・)「むしろ、それを取り除いても、僕としてはぜひ今一度邂逅したいものだ。
       ………久しぶりに、 『落花狼藉』 が破られたんだから」
 
.

62同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:09:48 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 茂良々木のプライドが、垣間見えた瞬間であった。
 本当ならば、もう二度と味わいたくなどない嫌悪感、嘔吐感、拒絶感でこそあったものの、
 しかしそれだけ、自分にとってははじめてとも呼べる経験であったので、負けたまま引き下がりたくはなかったのだ。
 
 この返しを、内藤は半ば予想していた。
 茂良々木が止そうとするのを予想するほうができないのである。
 
( ・∀・)「そこで、聞きたいんだけど……」
 
( ^ω^)「?」
 
 茂良々木が、珍しく神妙な面持ちで問う。
 
       リズム・オブ・カーニバル
( ・∀・)「  『一心腐乱』  ……だっけ」
 
( ・∀・)「あれって………なにを、どうしてるんだ?
       まさか、ただ単に精神攻撃を仕掛けてきているわけではあるまいし」
 
( ^ω^)「あ、ああ………それね」
 
 翁唯の変人性は、知れ渡っている。
 つまり、それだけ、彼女の 『一心腐乱』 も名が通っているということになる。
 そして、内藤は、?知らないことはなかった?。
 
 
( ^ω^)「残念だけど、そんな能力漫画じみたカックイイもんじゃあないらしいお」
 
( ・∀・)「じゃあ、いったい……」
 
( ^ω^)「聞くところによると……………………あれだ」
 
 
( ^ω^)「?軸?」
 
 
.

63同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:10:21 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「………?ジク??」
 
( ^ω^)「お前、 『一心腐乱』 食らって、?まともに立ててたかお??」
 
 聞きなれないものに、茂良々木は復唱した。
 その様を見て、内藤が間髪入れずに質問を重ねてきた。
 
( ・∀・)「ま、と…も………」
 
 ?立っていられたのか?という、本来ならば意図が汲み取りづらい質問。
 しかし、茂良々木は、その質問の意図をすぐさま汲み取ることができた。
 ?立っていられなくなった?のだから。
 
 
( ・∀・)「………原理はわからないけど、答えはノー。 立っていられなかった、だ」
 
( ^ω^)「それが、翁唯の 『一心腐乱』 だ」
 
( ;・∀・)「……? ………、…?」
 
 
 茂良々木は一応理解力はあるときはあるほうなのだが、
 その理解力を持ってしても内藤の言葉の真意は理解できなかった。
 立っていられたか否かの質問と?軸?にある共通点が見いだせなかったのである。
 
.

64同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:11:08 ID:g7Vtth9g0
 
 
          リズム・オブ・カーニバル
( ^ω^)「翁唯の  『一心腐乱』  ……噂じゃあ、あれだお」
 
( ^ω^)「?なにかの軸をいくらかずらす?のが、もとの在り様なんだとか」
 
( ・∀・)「は? ?軸をずらす??」
 
( ^ω^)「たとえば………こうしよう」
 
( ・∀・)「ん?」
 
 内藤は、傍らにあった少年誌を手に取った。
 それだけでは飽き足らず、きょろきょろと辺りを見渡しては、中身が空のペットボトルも手に取った。
 
 そして、机の上に立てたペットボトルの上に、少年誌を置く。
 不安定なバランスではあるが、なんとか手を放しても少年誌が落ちることがなくなる体勢にはできた。
 少しでも揺れが起こったら、少年誌が落ちそうな――そんな、不安定さ。
 
( ^ω^)「このジャンプが、モララー本体。 で、このペットボトルが、足」
 
( ・∀・)「よくわからないが、わかったことにしてスムーズに話を進めてさしあげよう」
 
( ^ω^)「……で、翁唯は、この足――?軸?を、」
 
 
 
 ――内藤は、少年誌を支えているペットボトルを、数センチ横にずらした。
 
 
( ^ω^)「?ずらす?」
 
 
 そして――支えが不安定になりバランスを崩した少年誌が、落ちた。
 
 
.

65同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:11:51 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「―――――」
 
 茂良々木も、同様に、理解した。
 はじめて茂良々木が翁唯に会ったあの時でも、?それ?は起こっていた。
 
 殴りかかった不良が、翁唯を前にして、いきなり?転んだ?のだ。
 転んだ、とは言うが、実際には体の支えをずらされ、
 直立する分にはいささかバランスが不安定になったため転んだ、のである。
 
( ^ω^)「で、吐き気とかだけど、」
 
( ^ω^)「最初に言ったお?
      翁唯、狂人は、人として軸がぶれている……つまり、そういうことなんだお」
 
( ^ω^)「軸をずらす対象を精神とかにすれば、
      またたく間に狂人の出来上がり――というわけでありまして」
 
( ^ω^)「つまり、?正常?を?異常?にする、それが…… 『一心腐乱』 」
 
( ・∀・)「………なんという性質なんだか」
 
( ^ω^)「普段のリズムと祭りのリズムは、違う。
       祭りのほうは、何かが吹っ切れた、吹っ飛んだ、ふっざけたテンションになる」
 
( ^ω^)「………リズム・オブ・カーニバルってのも、一心不乱ってのも、軸をずらすってのも。
      すべて、すべて、翁唯の、性質――言い得て妙だお」
 
 
( ・∀・)「……言葉遊び愛好家としは、カニバリズムとかかっているところも評価したいね」
 
( ^ω^)「言ってる場合かアホ」
 
.

66>>65訂正:2014/01/23(木) 12:12:53 ID:g7Vtth9g0
>>65
×( ・∀・)「……言葉遊び愛好家としは、カニバリズムとかかっているところも評価したいね」
○( ・∀・)「……言葉遊び愛好家としては、カニバリズムとかかっているところも評価したいね」

67同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:13:24 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 

 
 
 
 渡辺さくらは、苦い顔をした。
 決して窮境に立たされているわけでもなければ、なんとも思っていないというわけでもない。
 困った、ちょっとした悩み――その程度のものとして、翁唯を捉えていたようである。
 
从'ー'从「根はいいコなんだけど〜…」
 
( ;・∀・)「じゃッ、じゃあ、本当に女の子に告白されてたってのかい!?」
 
从'ー'从「ま、まあ〜…」
 
 渡辺は、登校するのが早い。
 早くにきては暖房を効かせた教室で勉強でき、スムーズに授業に臨めるから
 というのもあるが、彼女としては遅れることなくのんびりできることのほうが大きいらしい。
 
 実に彼女らしく、淑やかな様が行動として現れている一面だといえるだろう。
 そしてその隣に茂良々木が珍しくもやってきているのも、同様に彼らしさの表れと言える。
 
.

68同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:13:59 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
从'ー'从「最初はね〜、仲のいい先輩後輩〜ってカンジだったんだけど…」
 
( ;・∀・)「………ちなみにだが、部活動はどんな感じだったの」
 
从'ー'从「唯ちゃんったら、絵が大好きらしくて、一緒に油絵とか描いてたんだよ〜」
 
( ・∀・)「え、翁唯は絵が好きなんだ?」
 
从'ー'从「好きだから入ったんですって〜。 いいよね〜、美術って……」
 
( ・∀・)「渡辺ちゃんに惚れたから入ったんです、とか何とか言ってなかった?」
 
从'ー'从「まさか〜〜」
 
 翁唯は、その変人性が広まっているのを見ればわかるように、
 その持ち前の変人性を下手に隠そうとはしていないのである。
 公にひけらかしているわけでもないが、しかし隠すほどのものでもない――
 その在り方は、まさに茂良々木のそれと通じるものがある。
 
 そんな翁唯だが、意中の人である渡辺にはその実のところを言っていないようである。
 その点が、どこか恋する女子高生というピュアな響きに置換され、茂良々木は少し複雑な気分になった。
 
 
( ・∀・)「きみが抜けてから、美術部には行ってないみたいだけど」
 
从'ー'从「唯ちゃんも勉強するようになったのかな〜?」
 
.

69同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:14:30 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 渡辺は、翁唯の変人性を知ってそうになかった。
  『八方美人』 であり、それだけ人脈は広い渡辺だが、彼女は彼女で情報の取捨選択は怠っていないのだ。
 悪口や根も葉もない噂、というものは自ら断ち切るタイプなのだ、と茂良々木は思った。
 
 おそらく、チェーンメールなんかも誰に言われるでもなく消しては展開を止める人なのだろう。
 一方の茂良々木の場合、チェーンメールが来たらその文章と校正後の文章とを並べてプリントアウトして
 内藤に最近の中高生の国語意識低下における危険性を三十分ほどかけて論じる。
 内藤といい、渡辺といい、茂良々木は無意識のうちに凸凹コンビというものに惹かれる性質を持つのだ。
 
从'ー'从「茂良々木くんは、どう思ってる〜?」
 
( ・∀・)「どう、って……翁唯のこと?」
 
从'−'从「なんだか、人間関係はあまりよくないみたいなんだけど……」
 
( ・∀・)「うーん、そうだな……」
 
 と、ここで茂良々木は 「翁唯の人そのものをあまり知っていない」 という欠陥に気づく。
 これから決闘を申し込むというというのに、その相手のことを知らないというのだ。
 
 彼女の変人性は、ある程度は内藤によって小耳に挟んでいる。
 だが、その異常性癖の在り様そのものは茂良々木は目にしたことがないのである。
  『一心腐乱』 の性質が 「捉え方次第」 にある以上は、その異常性を知らなければ話にならないのだ。
 
.

70同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:15:21 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「……あまりよく知らないなあ。 どんな子なの?」
 
从'ー'从「人間の暗いところが好きな子なんだって〜」
 
( ・∀・)「く、暗いところ」
 
 ――間違っては、いない。
 間違ってはいないからこそ、よけいに複雑な気持ちになった。
 
从'ー'从「好きな本は 『人間失格』 ですって。 ほら、あの太宰治の……」
 
( ・∀・)「太宰か。 僕も彼は好きだよ。 なんというか、堕罪の名に恥じぬ、
       人間の心の奥底にある混沌としたものを肌で感じることができる」
 
从'ー'从「あ! じゃあきっと仲良くできるよ〜」
 
( ・∀・)「ちなみに、彼女、油絵やってたんだよね? どんな絵なの?」
 
从'ー'从「有名な絵をね、自分なりにアレンジしたりしてたよ〜」
 
( ・∀・)「ほう。 『モナ=リザ』 とか?」
 
从'ー'从「えっとね、ピカソの 『ゲルニカ』 」
 
( ・∀・)「あ、ああ……あ、あれを描いたんだ」
 
.

71同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:16:42 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 戦争をもとにピカソが描いた 「ゲルニカ」 では、彼独特の不気味さが遺憾なく発揮されている。
 同氏による 「泣く女」 も有名で、太宰治を好きと公言――渡辺の手前、虚言である可能性は否めない――するだけある。
 しかし――とても、淑やかな女子高生が好き好んで描くような作品でないことは確かである。
 
从'ー'从「あと、有名なところだと、ムンクの 『叫び』 とか……」
 
( ・∀・)「わ、わかった」
 
 だが、内藤から聞いたような変人性――グロテスクであり正気を疑うような趣味――が
 渡辺の口から出なかった点に、茂良々木はやはりぎこちなさを感じた。
 どうやら、変人性――プライドじみたそれでさえ、恋の前では無力なのだそうだ。 茂良々木はそう合点した。
 
 
从'ー'从「でも、どうして急にそんなことを聞くの?」
 
( ・∀・)「ん? 言ったじゃないか、恋の決闘だって」
 
从'−'从「決闘、って……唯ちゃんを、いじめるの?」
 
( ;・∀・)「い、いじめるだなんて、そんな」
 
从'−'从「いじめちゃだめだよ、唯ちゃん、心の中ではずっと寂しがってるんだから……」
 
( ;・∀・)「わ、わかった、手荒いまねはしない」
 
 ――変人性は、恋の前では無力なのだ。
 茂良々木の無意識のうちに、それは不文律として成り立っていた。
 
.

72同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:17:12 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
从'ー'从「そうだ〜」
 
 渡辺が、握っていたペンを置いて手を叩いた。
 
从'ー'从「今度、わたしと茂良々木くんと唯ちゃんで、どっか遊びにいかない〜?」
 
 手を叩いたまま、輝かしい瞳で茂良々木を直視した。
 
 
( ・∀・)
 
从'ー'从「それがいいよ〜。 茂良々木くん、太宰治好きなんでしょ〜?」
 
从'ー'从「そうしたら、きっと茂良々木くんも唯ちゃんと仲良くなれるし〜」
 
( ・∀・)「………」
 
从'ー'从「最近、勉強ばっかで疲れてきたし、行こうよ〜」
 
 意中の女性からの、遊びの提案。
 デートと称しても差し支えは――三人であることを除けば――ないのであるが、
 茂良々木はしかし、まったくと言っていいほど、喜びを感じられなかった。
 むしろ、悪夢だと呼ぶに相応しい申しつけである、とさえ言っても構わなかった。
 
.

73同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:17:42 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀・)「え、えっと……で、デートか! いいね!」
 
从'ー'从「ダブルデートだよぉ〜〜」
 
 他意や慢心などのない言葉。
 純粋に、茂良々木のことも翁唯のことも親しい友人だ、と思っているからこそであろう。
 茂良々木は、翁唯の存在とその渡辺の本心とで二重に複雑な気分を強いられた。
 
( ・∀・)「で、遊びに行くって……どこに?」
 
从'ー'从「うーん、どこにしよっか」
 
 茂良々木にしては珍しく愛想笑いを浮かべて――
 内心で真逆の顔を浮かべる。
 
( ;・∀・)「(映画館はだめだ、スプラッタホラーとかその類は苦手なんだ。
         というより、翁唯の趣味が前面に押し出されそうな場所は、全てノーグッド……)」
 
( ;・∀・)「(……クソ! せっかくの渡辺ちゃんとのデートだってのに、どうして翁唯が!
         渡辺ちゃんの手前じゃあ、 『落花狼藉』 は使えないし……)」
 
                  リズム・オブ・カーニバル
 それは言い換えれば   『一心腐乱』   も一時的に封じられるということなのだが、
 茂良々木にとってはもはや翁唯という存在がいるだけで 『一心腐乱』 を撃たれているようなものなのだ。
  「捉え方次第」 とはよく言ったもので、茂良々木にはみごとにクリーンヒットしていたわけである。
 
.

74同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:18:25 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
从'ー'从「……あ!」
 
( ;・∀・)「ッ!」
 
 茂良々木はびくっとした。
 
从'−'从「ど、どうしたの〜…?」
 
( ・∀・)「な、なんでもない。 ちょっと寒かったから……」
 
从'ー'从「暖房、そろそろ効くと思うよ〜」
 
( ・∀・)「で……どうしたの?」
 
从'ー'从「行き先、一つ心当たりが浮かんだから〜」
 
( ・∀・)「そうなんだ。 どこ?」
 
从'ー'从「最近ツイッターで聞いたんだけどね〜?」
 
( ・∀・)「うんうん」
 
 渡辺はスマートフォンをいじりながら、言った。
 そのスポットの紹介をしているサイトを開き、それを見せて渡辺は言った。
 
从'ー'从「ここだよ、ここ〜。 この………」
 
.

75同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:18:57 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 

 
 
 
 ただ、入場料を徴収し、フードショップやみやげ物で利益を得るだけでは、動物園はすぐ廃園となる。
 動物を見るだけでは、楽しめない来場客が増えたのが原因だ。
 デジタル化が進むことで、いわゆる 「生」 を楽しめる動物園は未だに人気を誇っているが、
 しかし物珍しさを追求する現代人にとって、ただ実物の動物を見るだけでは物足りなく感じるようにもなっているのである。
 
 春先、桜が風に乗る季節に見る実物の動物は、なかなか絵になるものであった。
 奇しくも、茂良々木の隣には二人ほど美術を嗜んでいた女性が並んでいる。
 画材なんかを渡せば、茂良々木そっちのけで動物を描いたりする、かもしれない。
 
 集合場所で合流してから、常に翁唯と渡辺が他愛のない話で盛り上がる。
 その傍らで、二人の話をそれとなく聞き流しながらぼうっとしていたのが、茂良々木だ。
 しかし、その構図も、園内に入って適当なベンチに座ってから、崩された。
 
从'ー'从「ねえ、茂良々木くん。 いいでしょ〜?」
 
( ・∀・)「ん。 ん? あ……まあ」
 
从'ー'从「画材とか、持ってこればよかったかな〜…」
 
爪゚ー゚)「あっ! それ、思いました! もったいないなー、って」
 
从'ー'从「だよね〜。 売ってないかなあ〜…」
 
爪;゚−゚)「さすがに、画材は売ってないかも……」
 
.

76同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:19:30 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「(これが、翁……唯)」
 
( ・∀・)「(思ったとおり……渡辺ちゃんの前では、あの本性は出してないみたいだ)」
 
 翁唯は、茂良々木の前では、その変人性を遺憾なく発揮した。
  『一心腐乱』 で、持ち前の変人性を茂良々木に植え付けることで
 それをトラウマにさせる程度には、彼女の本性はどす黒く背徳的なものなのだ。
 
 しかし、翁唯は少なくとも渡辺の前ではその変人性を見せることはなさそうだった。
 最初、樹海高校の最寄り駅で集合したときから、茂良々木はそう思っていた。
 
 茂良々木は、翁唯はてっきり翁唯は地味めな、
 ファッション性のない女子高生らしからぬ服装でやってくると思っていた。
 しかし、実際は派手ではないもののファッション性のある、女性らしい服を着こなしていたのだ。
 
 黒のインナーシャツの上に、モノクロのチェック模様の、薄いアウターシャツを着ている。
 それだけで十分ファッショナブルだと思われるのに、加えて翁唯は
 白く、ぶ厚そうなショートパンツを履いては、皮製のベルトを通している。
 そして、同じく皮製のブーツからは、ニーハイの黒いソックスが見えているのだ。
 
 決して派手ではないが、しかし――だからこそ、それだけのファッションセンスが窺える。
 茂良々木はてっきり、翁唯は全身真っ黒だったり似合わない組み合わせで来ると思っていたのだ。
 別になにをされたわけでもないが、茂良々木は出会いがしらに先制攻撃を放たれたような気分だった。
 
.

77同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:20:02 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 駅から電車を一本乗り継いで、樹海動物園に着くまでの間、
 茂良々木と翁唯は、一言も口を利いていない。
 互いに一戦交えた上で悪印象を胸中に抱いているため、利こうとも思わなかったのだ。
 
 茂良々木は、トラウマが鮮明に残っている。
 インフルエンザにかかっても味わうことのなかった狂気が、未だ記憶に新しい。
 翁唯も、愛しの人が茂良々木とかいう変人性の塊に奪われることが嫌で、
 それは是非を問わないうちに持ち前の性質を発揮しては茂良々木を圧倒するほどである。
 
 渡辺としてはこの二人に仲良くなってもらおうという考えなので、
 二人が口を利きそうにないというのは、むしろ彼女の思惑のうちなのだろう。
 茂良々木としても彼女と友好を深めるのは願ったり叶ったりなので問題ないが、
 翁唯のほうは、いったいそのことをどう受け止めているのか――茂良々木は、考えるだけで頭が痛くなった。
 
从'ー'从「ねえ唯ちゃん」
 
爪゚ー゚)「はいー?」
 
 いま、目の前に見えて耳の中に入ってくる翁唯という人間には、変人性は見受けられない。
 しかし、その見受けられない様が既に翁唯という異常性であると思われた。
 彼女の取り繕われた女々しい姿というのが、まさに狂気に満ち溢れているように感じられるのだ。
 
.

78同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:20:55 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
从'ー'从「茂良々木くんと、仲悪いの〜?」
 
爪゚−゚)「?」
 
( ;・∀・)「(ああ、胃が痛い………戻しそう)」
 
 まったく口を利かない二人を見て、渡辺が動いた。
 彼女の目に映る範囲で言えば、茂良々木が翁唯に生理的嫌悪を覚えていることも、
 翁唯が茂良々木に警戒心と敵対心と闘争心を持ち合わせていることも、ないのである。
 だからこそ、二人にコンタクトの機会を与えてもなんら支障はない、と思うのも仕方のない話であるだろう。
 
 しかし、茂良々木にとっては、それこそが本題であるとは言え、ありがた迷惑、
 小さな親切大きなお世話、お節介――そんな、複雑な心境を抱かざるを得ない。
 
( ;・∀・)「( 『仲悪いの?』 じゃないよ……そもそも、少し会っただけなんだから……)」
 
从'ー'从「なんだか、唯ちゃん、茂良々木くんのこと視界に入れようとしないものだから……」
 
爪゚−゚)「先輩……ですか?」
 
从'ー'从「いちおう、面識はあるんだよね〜…?」
 
爪゚ー゚)「まあ……」
 
 そう言って、翁唯が茂良々木に視線をやる。
 同時に渡辺も茂良々木に視線を向けるため、彼女は翁唯の視線を見ることはできなかった。
 底なし沼のように、底が見えず濁った暗闇が侵食されていて、黒というよりどどめ色に近い、瞳。
 その目に生気は宿っておらず、ただ腐敗した心が浮かんできているに過ぎないとしか思えなかった。
 
.

79同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:21:55 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
从'ー'从「茂良々木くんもね〜、太宰治が好きなんだって!」
 
爪゚ー゚)「あ、そうなんですか?」
 
( ;・∀・)「あ、まあ……」
 
 茂良々木が、珍しくたじろぐ。
 表情と声は、あきらかに 「淑やかな女子高生」 である。
 渡辺のよき後輩で、品を兼ね備えている、むしろ 「できた」 女子高生だ。
 
 だが、茂良々木は、彼女の瞳の奥を見てしまった。
 どどめ色に濁り、もしくはがらんどうで、光でさえ深淵に閉じ込めてしまう、底なしの沼。
 その沼は微量の毒が含まれており、一度足を踏み入れてしまうと、
 じわじわと神経が食い荒らされていき、身体中が痺れはじめ、やがて死を待つのみとなる。
 
 その視線は茂良々木に向けられているため、当然渡辺がその視線を見ることはない。
 ないからこそ、翁唯は有体の姿――その性質――を茂良々木にぶつけているのだろう。
 渡辺の前だから決闘ははじまらない、ことは、なかった。
 いま、まさにこの瞬間が、この二人にとっての、恋の決闘なのである。
 
爪゚ー゚)「なにが好きですか?」
 
( ;・∀・)「やっぱり…… 『人間失格』 かなあ」
 
爪゚ー゚)「あっ、私もです。 やっぱり、太宰さんのシリアルな作品は胸にキますよね!」
 
.

80>>79訂正:2014/01/23(木) 12:23:03 ID:g7Vtth9g0
>>79
×爪゚ー゚)「あっ、私もです。 やっぱり、太宰さんのシリアルな作品は胸にキますよね!」
○爪゚ー゚)「あっ、私もです。 やっぱり、太宰さんのシリアスな作品は胸にキますよね!」

81同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:24:03 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀・)「太宰は………アレだ」
 
爪゚ー゚)「?」
 
 視線は、そらすにそらせない。
 わざわざ視線を外して話すのは、傍らで会話を聞いている渡辺にとっては不自然な動作だ。
 また、ここで翁唯のがらんどうの瞳からに背を向けると、
 すなわちこの決闘の敗北を意味するのではないか――プライド面でも、そらすにそらせなかったのである。
 
( ;・∀・)「たまーに、笑える作品が混在されているから、やめられないんだよ」
 
爪゚ー゚)「! 『畜犬談』 とかですね!」
 
( ;・∀・)「さすが、太宰ファンなだけある……」
 
爪゚ー゚)「? 知ってるんですか?」
 
从'ー'从「わたしが教えたの〜〜」
 
爪゚ー゚)「じゃあ、先輩もお詳しいんですね、太宰治!」
 
( ;・∀・)「僕の場合、文豪が好きだから、って理由なんだけどね……ハハ」
 
爪゚−゚)「文豪って、森鴎外とか?」
 
( ;・∀・)「あ、ああ……… 『舞姫』 はよかったよ」
 
.

82同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:24:47 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪 ゚ー)「 『舞姫』 もいい作品ですけど……」
 
 翁唯が、ベンチから立ち上がる。
 渡辺は首をかしげて、翁唯のほうを見る。
 翁唯はあさっての方角に全身を向け、声だけを茂良々木に届ける。
 
 あの視線から解放されただけで茂良々木は精神的に救われた気になったのだが、
 しかし茂良々木を苦しめるのは、がらんどうの視線だけではない。
 翁唯という人間そのものが、茂良々木を苦しめつつあるのだ。
 
爪 ゚ー)「私、森鴎外ならあの作品が好きです」
 
爪 ゚ー)「翻訳本ではあるのですけど、森鴎外だからこそ翻訳できたのだ、っていうか……」
 
爪 ゚ー)「あと、太宰さんがなにか解説も書いてたし」
 
( ;・∀・)「………えっと、それって………」
 
 
 
 
 
 
爪 ー)「 『女の決闘』 って作品なんですけど」
 
.

83同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:25:19 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀・)「         」
 
 茂良々木は絶句した。
 重要なのは、話の内容ではない。
 翁唯のがらんどうの瞳や、それと振る舞いにおけるギャップでもない。
  「女の決闘」 という作品を通して、翁唯は、茂良々木に宣戦布告をしたのだ――
 
 翁唯は、茂良々木に、強烈な敵対心を、それも確たるものとして胸中に抱いているということである。
 いよいよ現実的な問題となったそれを前に、茂良々木は再びトラウマをこじらせた。
  『一心腐乱』 を受けているわけでもないのに、あの時と同じような感覚に見舞われる。
 
 春だというのに、茂良々木の背は冷たく、顔一面が汗で濡れていた。
 不自然に思われないように服の裾で拭う。
 その間に、翁唯は再び渡辺のほうに意識を向けた。
 
爪゚ー゚)「そろそろ動物見ましょうよー」
 
从'ー'从「そうだね〜〜」
 
爪゚−゚)「でも、どうして、来て早々に休んだんですか?
      すぐにでも動物を見ていったほうがよかったと思うんですけど」
 
从'ー'从「フフ〜〜。 まだ時間じゃなかったからなのです」
 
爪゚ー゚)「時間?」
 
.

84同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:25:55 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 

 
 
 
 この動物園では、ただ実物の動物を 「見る」 だけでなく、実際にそれを 「触る」 ことができる。
 うさぎやイルカなどはもちろん、ライオンやダチョウに餌をあげることもできる。
  「動物を見るだけでは来場客を満足させられない」 ため、
 昨今の動物園ではこういったコーナーやイベントが設けられているのが一般的である。
 
 そのコーナーの開園時間になったのを見て、三人はそちらに向かった。
 幼児や小学生に人気が高いとされている、うさぎと触れ合えるコーナーである。
 だが、決して幼稚、というわけではなく、渡辺のような女子高生からも受ける支持は大きい。
 このふれあいが、渡辺の目的だったのだ。
 
从^ー^从「可愛い〜〜!」
 
爪>ー゚)「きゃっ! 背中乗られた!」
 
从'ー'从「茂良々木くん〜〜」
 
 
( ;・∀・)「チクショウ! すばしっこすぎるだろ! 待て!」
 
 
从'ー'从「〜〜……?」
 
爪゚−゚)「うさぎと追いかけっこしてるみたいです。 ……血眼で」
 
.

85同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:26:32 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 二百円でうさぎに直接餌をあげることができるオプションがあった。
 飼育員のレクチャーのもと、渡辺と翁唯はおそるおそるにんじんをあげようとする。
 その瞬間周囲にいたうさぎ達が一斉に二人に飛び掛った。
 
 重くなく、痛くなく、ただ臭いが気になる程度で、
 ぬくもりと毛並みと小動物の持つ軽い体重が二人の調子を吊り上げた。
 茂良々木がプライドを捨てて――しかしプライドのために――うさぎと走りまわっている間、
 渡辺と翁唯は、十二分にふれあいを楽しんでいた。
 
 はしゃぎすぎたため、渡辺も翁唯も呼吸を少し乱した。
 ようやくうさぎを捕まえることに成功した茂良々木が戻ってくる頃には、二人は遊びつくしていたというわけだ。
 茂良々木が渡辺の隣に座り、彼も彼で疲れていたため、深い溜め息をついた。
 
 
 少しして、渡辺は立ち上がった。
 なんだ、と思うと、渡辺は
 
从'ー'从「わ、わたしちょっとトイレ行ってくるね〜」
 
( ・∀・)「へ?」
 
从^ー^从「だから、ごめんだけどちょっと待っててね〜」
 
 といって、そそくさとふれあいコーナーから出て行った。
 
.

86同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:27:04 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)
 
( ・∀・)「え?」
 
 事を認識できた頃には、渡辺の姿はもう追えなかった。
 がばっと振りかえったまではいいが、しかし遅かったのだ。
 
 茂良々木は、現状を即座に把握した。
 いま、この場には、
 
爪゚−゚)
 
  『一心腐乱』 ――翁唯しかいないのだ。
 恋の決闘に鎬を削る両者が、二人きりになった――茂良々木は、嫌な予感しかしなかった。
 
 今すぐにでも、逃げ出したくなる衝動に駆られる。
 茂良々木のような男でも、本能には忠実なのだ。
 翁唯から体臭のようにあふれてくる 『一心腐乱』 、
 それが茂良々木の体力を徐々にしかし確実に奪い取っている。
 茂良々木にとってそれは、精神的に受け入れがたい、受け入れたくない、受け入れるべきではないことであった。
 
 しかし、逃げ出すわけにはいかない。
 というより、ここで逃げ出せば、やはり、渡辺を賭けた戦いに負けるということである。
 その点を差し引いても茂良々木は 『一心腐乱』 ともう一度戦いたいという気構えでいるのだが、
 しかしその実物を目の当たりにすると、そんな意気込みでさえ腰を砕かれては戦闘不能にさせられるのだ。
 
.

87同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:27:26 ID:OnzyAMCM0
支援

88同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:27:37 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀・)
 
爪゚−゚)
 
 ちらっと――翁唯の表情を、見た。
 渡辺と一緒にいたときのそれとは違って、完全に 『一心腐乱』 のそれとなっている。
 
 先ほどまでは瞳だけだったのが、いまや顔全体が死んでいる―― 「腐っている」 。
 肌からみずみずしさが抜けて、唇は動きそうになく、髪は今にでも真っ白に染め上がりそうで――
 翁唯は、完全に、本性、有体、あるがままに戻っていた。
 
 
( ;・∀・)「(く、クソ………対抗手段はないのか!)」
 
爪゚−゚)「先輩」
 
( ;・∀・)「ッッ! …………な、なに?」
 
 女子高生らしさを感じさせない掠れた声を、翁唯は発した。
 はからずも、茂良々木はびくっと背筋を反らせた。
 
 翁唯が、茂良々木に手を伸ばす。
 なにをされるのか―― 『一心腐乱』 で仕留めにかかるのか――それとも――
 などと考えていると、彼女は、茂良々木が膝の上にのせていたうさぎを、抱き上げた。
 
.

89同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:28:12 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀・)「………」
 
( ・∀・)「……?」
                 ワンサイドゲーム
爪 ゚−)「あなた……あの 『落花狼藉』 だったのですか」
 
 彼女は、女座りのまま、うさぎを抱いて、そのふかふかな毛並みに顔――口をうずめる。
 その姿だけを見れば、 「淑やかな女子高生」 なのだ。 その姿だけを、見れば。
 
( ・∀・)「し……知っているのか」
 
爪 ゚−)「うわさは………。 茂良々木に近づいたら、事故が起こる、とか」
 
  「事故」 とは、なにも起こってないのにいきなり吹っ飛ばされたり、打撲を負うことである。
 その原因は茂良々木の 『落花狼藉』 であるのだが、
 事実として茂良々木は指一本相手に触れていないため、外野から見ればそれはただの 「事故」 なのだ。
 
 茂良々木がそのキャラとは裏腹に辛酸をなめることがないのは、
 そんな迷信がまことしやかに囁かれているためである。
 
 それを知っていたことに関しては、問題はない。
 それ以上に、茂良々木は、翁唯がふつうに話しかけてくることのほうが不思議で仕方なかった。
 
.

90同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:29:13 ID:g7Vtth9g0
 
 
         リズム・オブ・カーニバル
爪 ゚−)「私……   『一心腐乱』   なんて性質があるんですが、知ってますか」
 
( ・∀・)「………」
 
爪 ゚−)「知りませんか」
 
( ・∀・)「いや、知っている。 知っているさ」
 
爪 ゚−)「この前は………失礼しました」
           、 、、
 翁唯が――謝った。
 茂良々木は一瞬、己の耳を疑った。
 だが、聞き間違いではなかったし、聞き間違いだとも思わなかった。
 
爪 ゚−)「私……怖かったんです。 お姉様を奪われるのが」
 
( ・∀・)「(一応、お姉様と呼ぶのはデフォルトなのか)」
 
 
爪 ゚−)「だから……ホンキで、殺しにかかってた」
 
( ・∀・)
 
.

91同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:29:48 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 しれっと、翁唯が己の殺人衝動に触れた。
 茂良々木は思っていたよりも事が深刻だったことに、言葉を詰まらせた。
 
 しかし、その様子には気づかず。
 翁唯は、顔を上げ、うさぎの背中を撫でながら続けた。
 
爪゚−゚)「私、ちょっと、他人とは違うところがあるんです」
 
( ・∀・)「(そりゃあ……)」
 
爪゚−゚)「同性愛は別にふつうだとしても、」
 
( ・∀・)「(…………そうきたか)」
 
爪゚−゚)「なんというか、性癖…? そういうのが、ちょっと、たぶん、変で」
 
( ・∀・)「性……癖?」
 
爪゚−゚)「たとえば、このうさぎ……」
 
 うさぎはおとなしく、翁唯が抱いていてもまるで抵抗を示さない。
 それだけよく飼われた、人によくなつくうさぎであるということがわかる。
 そんなうさぎは、仰向けにされて腹をさらけ出されても、抵抗しなかった。
 
.

92同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:30:20 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪゚−゚)「可愛いですよね。 目がきれいで、毛がさらさらで、むくむくしてて」
 
 今度はおなかを撫でながら、言う。
 
爪゚−゚)「でも、私」
 
( ・∀・)「私?」
 
 そして、撫でるのをやめて
 
      、 、、 、 、、 、 、、、   、、 、、 、、
爪゚−゚)「撫でたり触るだけじゃ、満たされないんです」
 
     、 、 、 、 、、 、、
 ――四肢を弄びだした。
 
 
( ・∀・)「……」
 
 可愛い両手両足を、軽く引っ張ったり、ちょんちょんと突いたりする。
 別段おかしくはないように見える光景だが、翁唯という人を知っていると、
 その光景は、網膜に映るまったく別の、残虐なものであるかのように見えてくるのだ。
 
.

93同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:30:53 ID:g7Vtth9g0
 
 
                                、 、、 、、 、
爪゚−゚)「たとえば……このうさぎの四肢を、根元からもぎ取ったり」
 
( ・∀・)
 
 
爪゚−゚)「別に、うさぎが嫌いってわけじゃあ、ない。
      むしろ、可愛い、愛おしい……からこそ、だるまに染め上げたい」
 
爪゚−゚)「残虐で、おぞましくて、グロテスクで、猟奇的で、救いようがなく、
      もぎ取られた後の姿を見て、後悔の念に駆られる」
 
爪゚−゚)「どうして、あのうさぎを、こんな悲惨な目に遭わせた、遭わせてしまった……
      数分前までは、元気に、愛らしい姿で跳ね回っていたのに……って」
 
爪゚−゚)「そうして、とことん心が削られて……
      頭がおかしくなって、割れそうで、暴れまわりたくなる衝動に駆られ、それが、」
 
 
 翁唯は、 「あの瞳」 を浮かべた。
 
 
 
爪゚−゚)「きもちいい」
 
 
.

94同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:31:29 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀・)「――――」
 
 淡々と――喜怒哀楽のいずれにも属さない、表情、――無――を浮かべ、
 なんの悪びれも反省も配慮も考慮も思慮も挟まず、すぱんと、言い切った。
 
 茂良々木は明らかに顔で不快を訴える。
 しかし翁唯はそれを見ない。 気づかないし、考えもしない。
 
 
爪゚−゚)「おなかを裂いて、腸のなるべく肛門に近いあたりを千切って、
      それをうさぎの口に縫い付けたいって思ったりもする」
 
爪゚−゚)「目を潰して、耳を剥いで、鼻を切り取って、口を縫い付けて、
      だるまの状態で栄養分を点滴で賄って生きさせたりもしてみたいし」
 
爪゚−゚)「一日一回体の一部分を一センチ角で切り取って、
      それを調理したものを食べさせるってのも、よさそう」
 
爪゚−゚)「……でも、どれもこれも、ストレス発散だとか、胸がすぅーっとするとか
      そんな面においての性癖、ってわけじゃあ、ないんです」
 
爪゚−゚)「そうすることでイカれそうになる自分が、窮地にまで追い詰められるのが、イイんです。
      これをリョナって言うのかはわからないけど……つまり、そんなところ」
 
 
爪゚−゚)「それが、乱れ腐った、私。 『一心腐乱』 です」
 
.

95同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:32:01 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 茂良々木は背骨が掴まれているような錯覚をした。
 背骨をダイレクトに掴まれ、揺さぶられているような、
 体の芯から地震が起きているかのような、強い震えが、彼を襲っていた。
 
 恐怖――では、ない。
 畏怖――でも、ない。
 狂気――こそ、正しい。
 
 翁唯の持つ、底知れぬ狂気を感じ、
 茂良々木の刻み付けられていたトラウマの規模が、更に増大した。
 彼女こそが、まさしく、正当な、狭義における、間違いのない、 「異常者」 である。
 
 茂良々木の場合はその捻くれた性格と性質が異端児とされているのだが、
 翁唯の場合は、その徹底された性癖が、 『一心腐乱』 という性質までをも生み出してしまったのだ。
 
爪゚−゚)「ゴアだの、カニバリズムだの、ネクロフィリアだの」
 
爪゚−゚)「異常性癖という異常性癖が、みんな、私を甚振ってくれて、それが……快感につながる」
 
(!!i ・∀・)「………つまり、狂ってるアタシってば可愛い☆ ……とか?」
 
爪゚−゚)「私は精神面におけるマゾヒズム……つまり、自己完結してるんです。
      まわりにあれこれ思われるのがイイわけでは、一切、断じて、万が一にも、ない」
 
(!!i ・∀・)「そ……そうか」
 
.

96同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:33:55 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 キャラ付けのためにクレイジーを演じているわけでないことくらい、茂良々木にもわかっていた。
 むしろ、彼女の場合、普段はその性癖を押し殺して、押し隠して、押し倒しさえしているのだ。
 つまり――真性の、異常性癖愛好家であり、 『一心腐乱』 な性質を持ち合わせている。
 
 茂良々木は、性癖に関しては異常が見られない。
 彼の場合は、努力家にして自信家、人とずれた感性を持ち、能力が高い――の、だ。
 人間としてなにかがおかしい、というだけで、翁唯のようにある一項目が抜きん出ているわけではない。
 
 その抜きん出た項目がもととなる性質、 『一心腐乱』 。
 茂良々木という人間が生み出した性質、 『落花狼藉』 との相性は、最悪である。
 ここに来て、茂良々木は、勝算という勝算が、まるで浮かばなかった。
 
 不良には勝ち、その圧倒的な制圧力でワンサイドゲームを決める性質。
 茂良々木のアバターとも呼べる 『落花狼藉』 での対抗は、不可能――なのだ。
 
 翁唯は、渡辺のことになると我をも忘れて暴走してしまう節があり、
 前回はたまたまなんとか助かったものの、そのとき彼女はたしかな 「殺意」 を抱いていた。
 つまり、恋のためとはいえ、もう一度 『一心腐乱』 と渡り合うのは――無謀、暴挙、自殺行為。
 
 
爪゚−゚)「――わかってもらえましたか?」
 
( ;-∀・)「へ?」
 
.

97同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:34:33 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 翁唯は、うさぎを放した。
 うさぎは一目散に他のうさぎが集まっているほうへ向かってから、
 立ち止まっては翁唯に一瞥を与え、そのまま餌にありつき始めた。
 
 翁唯のあの視線が、茂良々木に向けられる。
 精神攻撃のラッシュをくらった上での、言うところの追い討ちだ。
 茂良々木の精神はまさに窮地に立たされていた。
 
爪゚−゚)「私、どうしても、お姉様が好きなんです」
 
爪゚−゚)「好きで、好きで、好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きなんです」
 
爪゚−゚)「あの人のこととなると、一心不乱に暴れてしまう……くらい、好きなんです」
 
 
 
爪゚−゚)「だから………お姉様のことは、」
 
爪゚−゚)「あきらめてください」
 
 
.

98同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:35:19 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 ――勝算は、絶望的。 勝機などない。
 ――相性は、絶望的。 正気ではない。
 
 もし次があるとすれば、それは茂良々木耶夜という男の殺害シーンである。
 ただ狂いに狂った茂良々木が、意識不明の重体に陥るのである。
 外傷はなく、ただ精神障害を負い、気違いになり、 「人間失格」 に――
 それこそ、太宰治の描いた大庭葉蔵のような最後を迎えることになるのだ。
 
 戦う価値はなく、戦う意味はなく、戦う意義はなく、戦う気力もない。
 翁唯としても、いたずらに 『一心腐乱』 を使いたいわけでは、ない。
 だからこそ、今回の 「ダブルデート」 を好機に、そう忠告したのである。
 
 茂良々木も、それはわかっていた。
 その背景も、事情も、理由も、わかっていたことには、違いない。
 違いないが、わかってはいたからこそ、即答した。
 
 
 
 
( ・∀・)「いやだ」
 
 
 
.

99同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:35:50 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪゚−゚)「       」
 
 今度は、翁唯が絶句した。 言葉を詰まらせた。 面食らった。
 目を丸くし、茂良々木を見つめた――凝視した。
 お前は正気なのか――その視線は、そう語っていた。
 
 
( ・∀・)「それが、渡辺ちゃんを諦める理由にはならない」
 
( ・∀・)「それで諦めるんじゃあ、そもそもそいつは恋じゃない」
 
( ・∀・)「逆に、きみが同じ立場なら、諦めるのかな? ん?」
 
 ――平常運転に戻った茂良々木は、半ば挑発する勢いで、聞いた。
 翁唯は、少し俯いて答えた。
 
爪 −)「……知りませんよ。 手加減なんて、できないんだから、私の性質上」
 
爪 −)「この前だって、初対面――に近い状態だったんだから歯止めが聞いただけなんだから」
 
 狂っていても女子高生の翁唯は、いたずらに人を傷つけたいなどとは思わない。
 だから、このように再三忠告を繰り返すのだが、
 そういうのを全て無視して 「わがまま」 を 「一方的」 に 「貫き通す」 のが、茂良々木の変人性にして性質なのだ。
 
.

100同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:36:31 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「それに」
 
爪 ゚−)「……、」
 
                     ワンサイドゲーム
( ・∀・)「きみは……僕の 『落花狼藉』 を破った」
 
( ・∀・)「こいつは、大変罪深い行為なのだよ、翁ちゃん」
 
 
 そして――プライドが高いのだ。
 
 
爪 ゚−)「…………」
.             、            、 、
( ・∀・)「これは恋の決闘でもあるし、来いの決闘でもある」
 
( ・∀・)「渡辺ちゃんを賭けた決闘である以前に、僕のリベンジマッチなのだよ。
       つまり………挑戦状だ」
 
 
       、 、
( ・∀・)「来いよ、 『一心腐乱』 。 僕に、リベンジをさせるんだ」
 
爪 ゚−)「…………………………」
 
( ・∀・)「……。」
 
爪 ゚−)「…………………、」
 
.

101同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:37:09 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 
 
从'ー'从「お待たせ〜〜」
 
( ・∀・)「あ、遅かったね」
 
从'−'从「女の子にそんなこと聞く〜?」
 
( ・∀・)「おっと! 僕はてっきり気を利かせてくれたのかと思っていたんだけど。
       ………ソフトクリームとか」
 
从'ー'从「たしかに、喉、渇いちゃったもんね〜〜。
      ちょっと売店よろっか〜〜」
 
 茂良々木が、立ち上がる。
 翁唯はまだ座っていた。
 
从'ー'从「唯ちゃん、行こ〜?」
 
爪゚ー゚)「え、あ………ハイ」
 
 その動作はどこか覚束なく、少し違和感を与えるものであった。
 渡辺がそれを問うことはなかったが、茂良々木の眼にはしっかりとそれが刻み付けられた。
 
.

102同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:38:14 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 

 
 
 
( ^ω^)「お前は、馬鹿だ」
 
 少年誌を読みながら、内藤は答えた。
 茂良々木が、それでも決闘を申し込んだということに対して。
 
 
(^ω^ )「第一、場所、場所はどうするってんだ」
 
(^ω^ )「まさか、まーた校舎を破壊するとか言うまいな」
 
( ・∀・)「そんなぁ」
 
(^ω^ )「その 『そんなぁ』 はなんだ? 『まさかぁ』 が続くのか?」
 
( ・∀・)「恋の決闘なんだから、そこはほら、校舎で……」
 
(^ω^ )「やっぱり、馬鹿だ」
 
.

103同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:38:45 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 いつ来ても、生徒会執行部には人影が一つしか見当たらない。
 顧問の教師も、ほかの役員も、皆、この生徒会執行部に滞在しないのだ。
 内藤曰く、なにか会議をするときに集まる程度で、それ以外はほぼ内藤の個室なのである。
 
 また、週一回の定例会――などというのも、この生徒会執行部には存在しない。
 詰まるところ、いまの生徒会執行部は内藤のワンマンチーム同然なのだ。
 
( ^ω^)「あのな、モララー」
 
( ^ω^)「修繕費、お前、一銭でも出したか?」
 
( ・∀・)「学費から出てるじゃないか」
 
( ^ω^)「OK。 問い方を変えるお」
 
( ^ω^)「お前、だけ、特別で一銭でも出したか?」
 
( ・∀・)「え? どうして?」
 
(^ω^ )「………(憤慨)」
 
 内藤が聞き返さなかったのは、返ってくる答えに予測が容易についたためだ。
  「恋の決闘は思春期の定めであり大人の階段をのぼるための儀式であるため
 生徒を成長させる義務を持つ学校側はその儀式に進んで協力する必要がある」
 茂良々木の、詰まることなく言い切るであろうその姿は、いとも簡単に脳裏に浮かべることができた。
 
.

104同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:39:41 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
(^ω^ )「…………まあ」
 
( ^ω^)「勝ち目は、あるのか?」
 
 少年誌を傍らに置いた。
 内藤のその声は、いつもより真剣味が少しだけ増していた。
 茂良々木に修繕費のことだの、破壊活動がやいのと言っても無駄であるとわかっているのだ。
 
 長い付き合い――というわけでもないが――の内藤は、
 そんなこと以上に 『落花狼藉』 と 『一心腐乱』 の戦いの行方が気になっているのだ。
 そのことしか気にならず、少年誌の続きすら頭に入ってこない、と言ってもいい。
 
( ・∀・)「わからない」
 
( ^ω^)「わからない?」
 
 茂良々木にふざけるつもりは、微塵もない。
 わからない、と即答したのは、ほんとうにわからないから、だ。
 
( ・∀・)「勝てる勝てないの二択で言うなら、たぶん勝てない、に近い」
 
( ・∀・)「しかし、だ。 可能性の話をするなら、人間の僕には回答なんてできないね」
 
( ・∀・)「僕はあくまで、 『手当たり次第』 、ぶつかっていくだけ、なんだから」
 
.

105同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:40:11 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ^ω^)「………」
 
 やっぱり、か――
 
 
( ・∀・)「ひょっとしたら、途中で雷雲が来て、だぜ?」
 
( ・∀・)「翁ちゃんはカミナリが弱点だったのです、はい撃破――ってェのもありえる」
 
( ・∀・)「僕の性質は、 『手当たり次第』 だぜ。 可能性の話なんて持ち出すなよ」
 
(^ω^ )「やっぱり、お前は、めんどくさい奴だ」
 
 内藤は傍らに置いたばかりの少年誌に、再び手を出した。
 
( ・∀・)「お前は読んだり読まなかったりで忙しい奴だな」
 
(^ω^ )「 『荒唐無形』 。 何事も気分次第、ですから」
 
 適当に開いたページから、読み進める。
 それは内藤が読んでいない作品のしかも途中からであったが、気にせずページを繰っていく。
 茂良々木は、やれやれ、と恰好をつけてみせた。
 
( -∀・)「放課後、渡辺ちゃんを賭けた戦いを屋上でする」
 
( ;^ω^)「――ッはあ!?」
 
.

106同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:40:43 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 ころころと態度や表情や様子や調子が変わる様を忙しい、というのであれば、
  「気分次第」 の内藤は、たしかに忙しい人間だろう。
 内藤は少年誌を放り投げて、茂良々木のほうにがばっと体を向けた。
 
( ;^ω^)「おッお―――、おい、もっぺん言えお!」
 
( ・∀・)「もっぺん、て……決闘を、屋上でだな、」
 
( ;^ω^)「よりにもよって、屋上かよ!! ッざけんな、あそこだけは許さん!」
 
( ・∀・)「え、なんで」
 
( ;^ω^)「アンテナだったり貯水タンクだったり、壊されちゃあたまらんもんがいっぱいあるんだお!」
 
( ・∀・)「金なんかよりも大事な問題がだな、」
 
( ;^ω^)「修繕費の問題じゃない! あれらが壊されたら、しばらくは休校になる騒ぎだっての!」
 
( ・∀・)「それはそれで、喜ぶ人も出てくるんじゃない?」
 
( ;^ω^)「僕にしわ寄せがくるんだっての! てめえふざけんじゃねーお!」
 
( ・∀・)「そもそもそこにあるかわからない 『荒唐無形』 。
       内藤に責任を押し付けようにも、押し付ける内藤が内藤だから大丈夫。 たぶん」
 
( ;^ω^)「ふざけんな、おたくの勝手なプライドで学校を機能停止にさせられるわけには……」
 
.

107同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:41:31 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
  「わかった」 と茂良々木は手と声で内藤の言葉を制止した。
 しかたない、と言ったような顔である。
 
( ・∀・)「旧校舎の屋上なら、構わないだろう?」
 
( ^ω^)「どーしてそこまで屋上にこだわるのやら……」
 
( ・∀・)「決闘と言えば、屋上と相場が決まっている」
 
 樹海高校の部活動は、おもに旧校舎で行われている。
 学校側の予算の都合で景観は悪いが、一部冷房も完備されている教室があったりと、
 あくまで予備的な活動をするための空間としては、悪くない場所であった。
 
 そして、旧校舎の屋上には、なにもない。
 ただ吹奏楽部の管楽器の不協和音なんかが飛び交うため、耳障りではある。
 
( ^ω^)「まあ……大丈夫だろうけど」
 
( ・∀・)「旧校舎の屋上って、どこの団体も使ってないよな?」
 
( ^ω^)「言っとくけど、生徒会はそこまで管理してないぞ」
 
( ・∀・)「ほんとうかい?」
 
(^ω^ )「だって、めんどくさいし」
 
( ・∀・)「……」
 
.

108同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:42:02 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 

 
 
 
爪 ゚−)「……」
 
 昼休み、翁唯は例によって昼食を調達しようといの一番で教室から出た。
 のはいいが、教室前で待ち伏せていた茂良々木に捕まった。
 茂良々木とは因縁があるため、翁唯も当然身構えたが、
 茂良々木はただ、果たし状を口頭で届けにきたようなものであった。
 
 今日の放課後、旧校舎の屋上で、殴りあおうではないか、と。
 
 まがりなりにも後輩の女子に言うようなセリフではないが、翁唯は沈黙で了承を示した。
 先制攻撃だったりなにかの作戦だったり、というものを警戒したが、
 そんなことはなかったので翁唯は拍子抜けした。
 
 それが、茂良々木耶夜なのである。
 プライドが高く、自分なりのルールというものを自分に課せている。
 それは文字通り枷にしかならない馬鹿げた主義であるのだが、
 それこそが彼の持つ変人性、モララー流なのだ。
 
.

109同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:42:35 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 昼を食べ終えたら、あとは読むつもりの本を開いて昼休みが終わるのを待つだけだ。
 しかし、今日に限ってはそうすんなりと事は進まなかった。
 
 茂良々木の変人性は、有名である。
 彼は、先ほど、同様にその変人性がまことしやかに囁かれている翁唯と個人的に邂逅したのだ。
 そして密談とも思わしき会話を交わして、そのまま別れた。
 ――その一部始終をたまたま見ていたクラスメートたちが、そのことを話していた。
 
 彼女たちの目には、茂良々木と翁唯が恋仲で、
 デートの約束だとか、そんなものを話していたように見えたのだ。
 おかしな人、翁唯の恋愛事情は彼女たちにとっては大きなニュース性を孕んでいるのだ。
 
 ページを、情景を思い浮かべながら繰る。
 その傍らで、わざと翁唯に聞こえるか聞こえないかくらいの声量で
 ぼそぼそと妄想やこじつけで、人にきかせる為のうわさ話をつくりあげる。
 翁唯は、そんな彼女たちの行動が、この上なく面倒くさく思った。
 
 一つは、自分が茂良々木――以前に、男に恋愛感情を抱くと思われていることに対する嫌悪。
 翁唯は、男性が、男が、雄が、嫌いなのだ。
 汚らわしく、私利私欲に貪欲で、利己的で自己中心的である様子が、不快にしか感じられない。
 
 一つは、自分を笑い話のネタにしていることに対する、屈辱。
 茂良々木同様、変人性を持つ翁唯でも、好き、嫌い、はあるのだ――人外では、ないのだ。
 いじめられたら不快に思うし、殴られたら痛いと思う。
 
 翁唯も、嫌いなものは嫌いなのだ。
 
.

110同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:43:09 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪 ゚−)「………」
 
 翁唯は、本を閉じた。
 目を、少し、細めて。
 
 
   「――ッい゛!!」
 
   「どーしたの?」
 
   「―――たま……――たい――……、」
 
   「え? なんて?」
 
   「頭が痛い、って言ってるんじゃないの?」
 
   「大丈夫? 保健室いく?」
 
   「――――、………あ、治まった」
 
   「でも、一応行こうぜ」
 
   「う、うん………?」
 
 
爪 ゚−)「……………」
 
 そして、再び、本を開いた。
 
.

111同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:43:41 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
  『一心腐乱』 が作用したのだ。
 正常であれば頭痛を起こさないところを、狂わせて、頭痛を起こさせる。
 ちょっとでも力量を違えれば即死か狂人の生誕の二択となる、危険な作用である。
 
 騒がしいクラスメートを取り除いたことで、ようやく本が読めるようになった。
 翁唯は、神妙な気分で、その短編小説を読み進めた。
 一人の男を賭けて、女学生と妻とが拳銃を使った決闘をするという作品。
 
 ヘルベルト・オイレンベルグ著、森鴎外訳、太宰治解説の短編小説、 「女の決闘」 。
 この作品の特徴は、作中における空白が多く、様々な考察が可能とされる点にある――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
.

112同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:44:18 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 

 
 
 
 旧校舎の屋上を吹き抜ける風は、思いのほか強かった。
 しかし、高度が高度だから、花びらが舞うことはない。
 代わりに吹奏楽部が奏でる不協和音が、風に乗ってやってくる。
 今日は、シンバルやドラムのおまけつきであった。
 
 翁唯は、はじめて旧校舎の屋上にやってきた。
 新校舎の二倍以上の広さがあるのは、校舎の面積がそのまま屋上部分にも反映されているためである。
 横長でエル字になっており、端から端まで百メートルほどもある。
 
 広さは申し分ないが、如何せん、風が強い。
 柵がしっかりしているわけでもなく、帽子などをかぶっていれば紛れもなく風に晒され、
 挙げ句転落防止のネットやそんなものがまるでないため、
 旧校舎が現役だった頃から、屋上は一般解放されていなかった。
 
 もし、なにかの間違いで柵より向こうに身が渡ってしまえば、そのまま地上のコンクリートまで真っ逆さまである。
 四階以上の高さから、風にさらわれつつ地面に頭から直撃してしまえば、自殺も容易い。
 
.

113同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:44:50 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 扉を塞いでいた錠は、 『一心腐乱』 で軸の部分をずらして強引に外した。
 物理法則を凌駕する動きであり、その動作に作用側の力は関係ない。
 だから、パキン、と、錆びているわりには比較的簡単に外せたのである。
 
 雨風に晒されている、以上に、清掃員ですらやってこない場所であるため、
 旧校舎の屋上の床には、埃だの砂だの水垢だのがひっきりなしに広がっている。
 潔癖症でなくとも、一般人であるならばこの床には倒れたくない、と考えるだろう。
 翁唯も、一般人であった。
 
爪゚−゚)「……、」
 
 なにも考えずにスタスタと歩いていると、扉が金切り声をあげた。
 茂良々木が、遅ればせながら、やってきたのだ。
 その瞬間、ただならぬ空気が屋上に充満した。
 
 翁唯とて、この決闘とやらはまあ一般的なことだろうとは思わない。
 むしろ変人がするに相応しい滑稽な茶番劇に相当するところである。
 想い人を賭けて一対一の決闘――いままで、漫画の世界でしか繰り広げられなかった光景だ。
 そのことに羞恥心を感じないからこその翁唯なのだが、違和感は、たしかにした。
 
( ・∀・)「よかった、すっぽかされないで」
 
爪゚−゚)「……はあ」
 
.

114同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:45:24 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 茂良々木の様子は、相変わらずである。
 翁唯は肩に力が入っているが、茂良々木はそうではない――ふにゃふにゃである。
 茂良々木にとってはこんな茶番劇がふつうなのだろうか、
 と思うと、翁唯は半ば拍子抜けするような心地に見舞われる。
 
 しかし――相手は、ふつうの人間ではない。
 原理のわからぬ攻撃―― 『落花狼藉』 という性質を持っている男なのだ。
 そういった意味では、自分と互角の、決闘するに相応しい相手である。
 
 相性といった意味では自分のほうが優れていることが既に証明されているが、
 翁唯はそういったところで慢心を抱くような女子ではない。
 むしろ、そんな劣勢のなかでさえ平然と決闘を申し込んできた茂良々木に、警戒心すら覚えるほどだ
 ――茂良々木のほうは、なにも策など用意はおろか考えてすらいないのだが――。
 
( ・∀・)「ほんとうなら、決闘は決闘らしくなにかそれっぽいことを言うのがいいんだろうけど――」
 
 茂良々木が、早足で翁唯のほうに向かう。
 その姿に、翁唯は見てわかる度量で警戒を形に表した。
 足を肩幅以上に広げ、顔はじゃっかん困惑の色を示している。
 茂良々木が早足――
 声がじゃっかん粗い――
 
 ――あきらかに、態度が変わったのだ。
 それは、ただの思い過ごし、思い過ぎではなかった。
 茂良々木は、両手を広げたのだ。
 
                   、、 、、
( ・∀・)「――手加減は、できないんだ」
 
.

115同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:46:13 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪;゚−゚)「―――ッ?」
 
 茂良々木がそう言ったのと同時に、翁唯の左前方二メートルほどのところに、
 直径一メートル、深さ五十センチほどのクレーターができたのだ。
 想像以上の轟音が鳴り響き、コンクリートの欠片、破片、粉末が、舞う。
 
 工事現場でしか聞けないような音だった。                      ワンサイドゲーム
 そんな、物理法則を凌駕した、未知なる攻撃が屋上の床を砕いた―― 『落花狼藉』 。
 その瞬間、翁唯も、茂良々木はこの上なく本気で、この上なく手を抜けない情勢にあることを確信した。
 
 
( ・∀・)「後輩だろうと!」
 
 一歩、進める。
 翁唯の足元に、攻撃が向かった。
 七十センチ四方程度の大きさ分だけ、砕かれた。
 
 翁唯は開幕早々、右足に負傷を受けた。
 それも、尋常ならぬ痛みである。 途端に、右足が機能停止させられたのである。
 
 
( ・∀・)「女子だろうと!」
 
 一歩、進める。
 翁唯の右後方に攻撃が向かい、上空から岩石が降ってきたかのような衝撃がそこで発生した。
 それを見て翁唯が動揺している間に、次の攻撃が彼女の左半身に命中した。
 
.

116同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:46:44 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 あのときの不良と同様、トラックにでもひかれたかのような衝撃、衝破、衝突。
 翁唯は混乱状態のまま、右方向に五メートルほど吹っ飛ばされた。
 茂良々木の 『落花狼藉』 は止まらない。
 
 
( ・∀・)「手加減、できないッ!!」
 
 一歩、進める。
 飛ばされた翁唯の軌跡を辿るが如く、連続して床にクレーターができる。
 トンネルの突貫工事でもしているのかと疑わずにはいられなくなる、轟音の連続である。
 耳をつんざくその音に、加えて著しく舞い上がる粉塵。
 その上屋上特有の強い風がやってくるため、早くも屋上はひどい有様へと変貌を遂げた。
                  、 、、
 体勢を取り直して、翁唯は走った。
  『落花狼藉』 の命中精度の低さを、早くも弱点として見つけ出したのだ。
 最初はただ一度しか――それも不良相手に放った一度しか――見ていなかったため、
 未知なる能力として 『落花狼藉』 に畏怖を抱いていたが、早速その穴を見つけたのである。
 
 このままでは一方的にやられるため、翁唯は、まず安全圏を探した。
  『一心腐乱』 でなにかの軸をずらすにも、対象を見定めない限りは暴動に違いなくなるのだから。
 下手をして地球の自転の軸をずらしてしまうと、世界が崩壊してしまう――なんてことも、起こりかねない。
 
 最初にずらすべき対象は、すなわち 『落花狼藉』 の命中精度、照準一択だ。
 茂良々木の精神を狂わせようが、 「手当たり次第」 の性質上、自分が追い詰められることには違いなくなるのである。
 既に翁唯は、屋上の隅のほうへと追い詰められている。 猶予は、三メートルかける五メートルほど。
  『落花狼藉』 の射程圏内――避けようが、なくなるのだ。
 
.

117同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:47:15 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪; -゚)「ッ!!」
 
 反撃に出ようと、翁唯は茂良々木の持っている照準をずらしにかかった。
 だが、その前に、自分の周囲二メートルほどが、爆発したが如く破壊されていった。
 
 ―― 一発一発しか撃てないのではないのか、
 ―― どうして、こうも連続で攻撃が、
 
 茂良々木の 『落花狼藉』 の攻撃に、射程はあれど、弾数は、ない。
 茂良々木の裁量ひとつで、一分に一度から一秒に十発と、ラッシュの緩急をつけることができる。
 もちろんそれは茂良々木の意識が追いつく範囲内の話であるため、一秒に千回、などというのは不可能である。
 
 しかし、翁唯に 『一心腐乱』 を使わせなくさせる程度のラッシュなら、できた。
 翁唯は、前に進めない以上、一歩ずつ、隅へ、隅へと後ずさってゆく。
 その間も足元、壁、柵、手すり、胴体――と、 『落花狼藉』 の弾がでたらめに命中していく。
 
 それこそが、 『落花狼藉』 の真骨頂であった。               、 、 、 、
  『落花狼藉』 という性質は、兎にも角にも 「手当たり次第」 で―― 一方通行なのだ。
 一度優勢に入ったらそのまま相手を押し切るだけのパワーが、茂良々木のそれには、ある。
 そして、一度 『一心腐乱』 を使われたら負け確定となる茂良々木に残された唯一の勝ち筋が、それだった。
 
 
 ――― 先攻を取り、反撃を許さぬうちに一方的に押して、ワンサイドゲームを決める。
 
 
.

118同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:47:52 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪";ノο)「 !! 」
 
  「手当たり次第」 に乱打していく 『落花狼藉』 の弾が、翁唯の顔面右側からヒットした。
 脳震盪を起こしかねない衝撃が翁唯の頭部を襲う。
 茂良々木は、手ごたえを感じたその瞬間だけは、勝機を見出したつもりになれた。
 
 だが、茂良々木にとってのミスは、     、 、 、 、 、、、 、、
 翁唯が飛ばされたその方角が、そのまま逃げ道になっていたという点にあった。
 
  『落花狼藉』 の射程圏内でこそあるが命中精度で言えば更なる追い込みは難しいとされる距離。
 隅に追い詰めていたはずが、翁唯に間一髪のなか抜けられた。
 それの意味するところは――― 「猶予を与える」 。
 
 
( ;・∀・)「ッ!」
       、 、 、
爪#;) -)「 はずせッ! 」
 
 
 茂良々木は慌てて追撃を見舞おうとするが、その前に、
 翁唯に、 『一心腐乱』 を作用させるたしかな時間的猶予を与えてしまった。
 その対象は、 『落花狼藉』 の照準――狙う先を、完全にでたらめにさせた。
 
 茂良々木は先ほどまでと同じようにラッシュを決めようとするが、
 ただでさえ命中精度が悪い平生の 『落花狼藉』 とでさえ比べ物にならないほど、
 照準のずらされた 『落花狼藉』 は、使い物にならない次元の武器になってしまった。
 
.

119同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:48:22 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀・)「クソッ―――」
        、、 、
爪∩-゚)「 走るなッ! 」
 
( ;・∀・)「    おあッ!」
 
 照準が利かなくなったのであれば、なるたけ距離を縮めて、
 弾が当たる可能性を少しでも上げていく必要がある。
 そのため端って急接近しようとしたが、そんな行動、翁唯は既に読めていた。
 
 体の軸がしっかりしているからこそ走れるのだが、
 その概念的とも言える軸が、ずらされた。
 言い換えると、 「平衡感覚がずらされた」 ―――
 
 茂良々木は、一番転んではいけない局面で、転んでしまった。
 己の 『落花狼藉』 がつくったクレーターに飛び込むことになり、瓦礫に頭を打ち付ける。
 脳を直接突いてきたかのような痛みが走り、嘔吐感を覚える。
 しかし、それは物理的なものだけでは、なかった。
 
爪';゚−゚)「………はい、終わり」
 
(!!i ∀ )「――――ガガガああああggg  g アアアア ア ががgあああああああああああッッ!」
 
.

120同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:48:53 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 脳が直接捻じれているかのような不快感、嫌悪感、嘔吐感、倦怠感。
 眼球が眼圧で押しつぶされてしまいそうになる。
 首から背骨から膝まわりから皮膚全域から、その全てが捻り切れるような錯覚。
 関節を無視した動きを、己の意思に関わらず、半ば脊髄反射的にとろうとする。
 
 世界中が高速で回転しているかのような感覚。
 景色はまるで変わっていないのに、その景色は目まぐるしく回転しているのだ。
 腹の底から昼に食したものを戻しそうになる、しかし喉のあたりで突っかかる。
 胃液、だ液、そんなものが、体を捻るたびに周囲に少量飛び散る。
 その間も、茂良々木は体をひねってねじってつねり続け、体のあちこちに自ら瓦礫をぶつけていった。
 
 顔面から、背中、腹回り、腕、脚と、体の至るところに
 瓦礫にぶつけたことによってできた赤い痕が浮かび上がっていっている。
 翁唯の視点で言えば、顔面にできたものしか見えないが、それでも重傷を負いつつあるその様は確認できた。
 
 
 完全に、精神を混沌へと向かわせた。
 茂良々木は、このまま狂気の狭間をもがき続けるしかなくなった。
 これこそが 『一心腐乱』 のポテンシャルであり、これが決まる以上は
 翁唯は自分が負けることなど想像すらできなかったのである。
 
 だからこそ、茂良々木に、忠告を下した。
 だが、それでも茂良々木は否定した。 受け入れなかった。
 翁唯は、自らの手でこのように狂人を生み出すのが、堪らなく苦痛だった。
 
.

121同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:49:26 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 ―――だが、この程度でくたばるような男が、最初から決闘などにすがるはずもなかったのだ。
 
 
(!!i ∀・)「〜〜〜〜―――― 、――ッ?!」
 
爪';゚−゚)「  ッ! 」
 
 
 茂良々木が、這い上がった。
 背中を反りながら、上体を、起こした。
 そして、周囲に、 『落花狼藉』 の弾が次々飛ばされていった。
 
 方向性が定まっていないそれが、闇雲に、でたらめに、屋上の床を破壊していく。
 近づこうとした翁唯は、慌てて後退した――隅のほうに移動した。
 
 命中精度はでたらめにしてあるし、茂良々木の精神も狂わせた。
 なにも考えることができない――もしくは、なにもかもを考えている、そんな状態では、
 茂良々木は 『落花狼藉』 を使うことなど、できない。
 混乱しているときに合理的な行動がとれないのと、今回のケースは、一緒なのだ。
 
 しかし、それでも、茂良々木は、動いた――這い上がった。
 頭が割れそうな程の頭痛をその身に浴びせられているはずなのに、たしかに、持ち前の性質を発揮した。
 そのことが、翁唯の心を、揺さぶった。
 
.

122同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:50:00 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪';゚−゚)「ど――ど、どうして!」
 
爪';゚−゚)「どうして、動けるんだ!」
 
(!!i ・∀・)「づお――ムんてなだ、……まグァ!」
 
爪';゚−゚)「?、……?」
 
 のろのろと、上体を起こしては、そのまま匍匐前進よろしく腹這いで翁唯との距離を縮める。
 翁唯にとっては、その正常な行動がとれることそのものが異常であるかのように思えた。
 いや、実際、そうなのだ。 正常な思考ができなくなっている状況下で
  「射程圏内に入れるために翁唯との距離を縮める」 という正常な行動など、本来ならば、とれないのだから。
 
 加えて、ろれつも回らないため、茂良々木が話している言葉が、わからない。
 どういった原理で、どういった思考で、どういったつもりで動けているのかなど、
 茂良々木がしゃべりたいと思っても、その意図を告げることはできないのだ。
 しゃべらせようとするのは、すなわち 『一心腐乱』 を解除するのと同義。
 翁唯は、依然 「わけがわからない」 状況下に置かれたまま、戦線を耐え抜かなければならないのである。
 
(!!i;・∀・)「ッッべっgggいズつぬnnn 『捉eeたddsい………ああああおお!!」
 
爪';゚−゚)「(クソ………なにを言っているかがわかれば……!)」
 
.

123同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:50:31 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 しかし、この状況下においてでも、わかることがある。
 ただ、茂良々木の茂良々木にとっての正常な思考回路というものを狂わせた程度では、
 この男、茂良々木の 『落花狼藉』 を止めることは不可能である、ということである。
 
 そもそも――ただ、調子を悪くさせただけで、茂良々木ともあろう男が引き下がるはずがないのだ。
 茂良々木のその性質は、 「手当たり次第」 。
 まだ選択肢が残っている限り、茂良々木が倒れることは、ありえない。
 そして、 「腹這いで進むことができ」 、 「でたらめだろうと性質を発揮できる」 以上、
 茂良々木は、それに従って、兎にも角にも動きを休めるようなことはしないのだ。
                   、 、 、 、、 、 、、
爪';゚−゚)「(――威力は、まるで衰えてない、だと――)」
 
 たとえ頭がおかしくなろうと、 『落花狼藉』 の威力は、留まることを知らない。
 あさっての方向だったり、幽霊でさえいなさそうな場所であったりと、
 茂良々木の性質 『落花狼藉』 は、とにかくでたらめに辺りにあるものを破壊しつくしていっている。
 
 屋上に、かつての平面は存在しない。
 いま二人が交戦している一帯なんか、床一面が砕けたかのような有様になっている。
 そして、少しずつではあるが、たしかに翁唯のほうへと位置を進めている。
 こうなると、いくら命中精度がでたらめだからといって、翁唯は 「いつかは被弾する」 ことになる。
 
 ただでさえ、ダメージ量は馬鹿にならないのだ。
 とくに体を鍛えているでもない女子高生が、コンクリートを砕くレベルの攻撃をそう何度も受けていられるはずもない。
 翁唯の場合、既に二度ばかり、直撃を受けているのだ。
 幸い、バットのようなもので殴られる感触ではなく、さながらトラックのような、
 大きなものに殴られるようなものであったため、骨が砕ける事態には至っていない
 ――針では穴が空くが、ボールでは穴は空かないのと同様に――。
 
 だが、それでも、そのでたらめで戦闘不能になってしまうことを考慮すると、
 翁唯はこのまま茂良々木の自滅を狙うわけにはいかなくなってしまった。
 
.

124同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:51:01 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪';゚−゚)「くそッ――」
 
(!!i;・∀・)「――イがすか!」
 
爪';゚−゚)「!!?」
 
 茂良々木が――しゃべった。
 聞き取れるような言語で、翁唯に、話しかけた。
 それが、彼女に大きな動揺を誘った。
 
 大きく、なるたけ大きく迂回して、
 まだ床に 『落花狼藉』 の攻撃が向かっていない西側の安全地帯に向かう。
 足場の安定がまるでなっていないこの場で戦いを続けると、
 いつか転び、そのうちに 『落花狼藉』 をその身に浴びてしまう可能性がある。
 翁唯は、茂良々木に 『一心腐乱』 を作用させるよりも、先に我が身の安全を確保するのが先決だと考えた。
                        、、 、 、、
 だが、その時に、茂良々木がしゃべったのだ。
 
 翁唯の体が、大きく傾く。
 瓦礫に足をひっかけたのだ。
 融通が利かない右足が、枷となった。
 
 全速力で移動しようとしたので、その分、転倒のモーションも大きかった。
 顔面から瓦礫だらけの地帯に飛び込んでしまい、あちこちに鋭い打撲を負った。
 顔に関しては、一週間は消えないであろう打撲痕ができてしまった。
 流血はしなかったが内出血は受けてしまった――ダメージは、小さくはなかった。
 
.

125同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:51:38 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪'; −゚)「(どうして――ろれつが回った!?)」
 
爪';゚−゚)「(私の 『一心腐乱』 を受けて、しゃべれるなんて――)」
 
 なんとか起き上がって、まぐれの 『落花狼藉』 が被弾しないうちに屋上西側へと向かう。
 扉を抜けて逃げることは許されない。 茂良々木の性質を考えれば、逃げるという選択肢はなくなるのだ。
 
爪';゚−゚)「(それに、さっき、なんて言った………?)」
 
爪';゚−゚)「(……… 『逃がすか』 ……?)」
 
 茂良々木の放った言葉を、言語として認識できてしまうというのは、
 言い換えれば、 『一心腐乱』 がうまく決まっていない――うまく軸をずらせていない、ということにつながる。
 しかし、茂良々木に起こった異変を見れば、うまく軸をずらせていない、とは考えられない。
 たしかに、茂良々木の回路は、狂わせたのだ。 異常にさせたのだ。
 だからこそ、よけいに、茂良々木が口を利けたことが、不思議でたまらなかった。
 
爪';゚−゚)「もらら―――、」
 
 名前を呼び切る前に、翁唯は口を止めた。
 口を利くこと以上に、更なる異常を目の当たりにしてしまったからだ。
 
 
 
(!!i ・∀・)「………ナ ん、だイ…?」
 
        、 、
 ――― 直立。
 
 
.

126同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:54:50 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪';゚−゚)「なッ―――!?」
 
爪';゚−゚)「馬鹿な! どうして!」
 
 覚束ない様子で、強い風でも吹けば倒れてしまいそうにすら思われる有様だが、
 茂良々木は、満身創痍になりつつも、たしかに、 「立っていた」 。
 
 目には隈を、頬にはこけを、そして口もとには不敵な笑みを浮かべ、
 茂良々木は立っていた。
 
(!!i ・∀・)「……? …・・‥??」
 
爪';゚−゚)「 『一心腐乱』 をくらって、立てるはずがない!」
 
爪';゚−゚)「しかも、お前の場合――相性は、抜群のはずだぞッ!」
 
 物理攻撃に優位を取る精神攻撃で、
 高いプライドと凄まじい変人性を持つ者同士で、
  『一心腐乱』 は、 『落花狼藉』 に強い一面を見せる。
 
 だからこそ、相手の積みあがった山を崩しにかかる 『一心腐乱』 は、
 アンチ茂良々木と呼ぶに相応しい性質――の、はずなのだ。
 実際に、茂良々木はこの上ない苦戦を強いられているし、珍しく完全敗北をも認めていた。
 
.

127同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:55:22 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
(!!i ・∀・)「グ……う、。」
              、 、 、、 、 、
(!!i ・∀・)「………慣れてきたら、問題ハな   な」
 
爪';゚−゚)「慣れ……?」
 
爪';>−<)「―――きゃっ!」
 
 茂良々木が、ふらふらと、覚束ない足取りでやってくる。
 急接近こそしてこないため、移動速度は翁唯のほうが速い。
 が――それでは、再び、隅に追い詰められるだけである。
 それも、今度は、完全に屋上というステージが粉砕された状態で。
 
 翁唯が動揺していると、彼女の足元に 『落花狼藉』 が被弾した。
 ただでさえ自由の利かない右足が、足を引っ張る。
 肉体には被弾しなかったものの、足場がダイレクトに破壊され、翁唯は後方に転んだ。
 尻餅をつき、瞬間的に脳に衝撃がゆき視界が揺れたため、予想外のダメージを受ける。
 
 この間も、茂良々木は、着々と、歩み寄ってくる。
 その恐怖を押し殺し、翁唯は、転ばないように、 『落花狼藉』 の射程圏外へ、と向かった。
 
 隅にまで駆け寄り、茂良々木のほうを見る。
 目測、二十メートル。 猶予は、たしかに、ある。
 新たに 『一心腐乱』 を決めるには文句のない距離だ。
 翁唯は、茂良々木の足の、神経における 「軸」 をずらした。
 
.

128同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:57:19 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
(!!i;-∀・)「 ゥおっ!」
 
爪';゚−゚)「(はやく降参させないと……でも、どうやって!)」
 
 茂良々木の進撃は、食い止めた。
 攻撃手段は、なにも精神攻撃以外にもあるのだが、
 あくまで 「降参」 狙いの翁唯は、精神攻撃だけでこの戦いに勝ちたい。
 
 転び、自分でつくったコンクリートの瓦礫にがりがりと
 体、服を削られながらも、茂良々木は再び腹這いになってやってくる。
 彼に 「諦める」 という発想はないらしく、その姿はもはや自棄になったとしか思えない。
 
 そのため、翁唯は 『一心腐乱』 で茂良々木の肩の感覚をずらした。
 そうされると、腹這いで進むことすら、困難になる。
 前に進むために肩を、腕を使っていたのが、それすら狂わされたからだ。
 
 だが、それでも茂良々木は 「諦めない」 。
 なにがなんでも、 「手当たり次第」 策を講じては、翁唯に 『落花狼藉』 を見舞うために、近づく。
 この間も、辺りの床や壁は、次々に破壊されていく。
 
 そろそろ学校の関係者や野次馬がやってきそうであるため、
 翁唯としても、これ以上彼を進撃させるわけにはいかなかった。
 だが、止めるにしたって、どうやって。
 
  『一心腐乱』 は対象そのものを封じ込める性質ではないため、
  『落花狼藉』 の照準は狂わせられても、その攻撃そのものの発動を対処することはできない。
 茂良々木側に止められることのない攻撃手段が残る以上、やはり翁唯も 「物理攻撃で」 応戦するしかなくなるのだ。
 
.

129同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:57:56 ID:g7Vtth9g0
 
 
              、 、
爪';゚−゚)「(クソ……これまでやったら、さすがに校舎があぶない……)」
 
(!!i;-∀・)「おッ……そろしい性 質d  あ…… 『一心腐乱』 ッ!」
 
爪';゚−゚)「(屋上の直下の教室は、無人……だから、一応被害者は出てこないだろうけど……)」
 
(!!i;・∀・)「でm  お……移動手段  あh、だま、ある!」
 
爪';゚−゚)「  ィえッ……、 」
                             、 、 、、 、、
 翁唯が攻撃を躊躇っていると、茂良々木は、転がってきた。
 足を使ってもだめ、腕を使ってもだめ、となれば、次は胴を使って移動すればいいのだ。
 これが 「手当たり次第」 の 「モララー流」 、彼から手段という手段を抜き取るのは不可能なのである。
 
爪';゚−゚)「 『こ、っちに来るな』 !」
 
(!!i;・∀・)「ggggっげえgg……!」
 
  『一心腐乱』 。 茂良々木の転がる方角を、ずらした。
 翁唯のほうへ向かって転がっていたはずが、
 左に四十度ほど曲がった状態で転がるようになってしまった。
 
 あらゆる点において、正常を異常にする性質 『一心腐乱』 ―――
 
.

130同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:58:31 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪';゚−゚)「(こんなに手間取る手はずじゃあなかったのに…!)」
 
 転がりつつも、茂良々木は依然破壊活動をやめない。
 屋上は、さながらコンクリートでできた畑のようになっていた。
 耕しに耕された畑は、砕かれたコンクリートで盛り上がっている。
 
 茂良々木は、このまま転がってはだめだとわかり、静止する。
 平衡感覚が狂わされているため、反対方向に力をかけて止まろうとはしない。
 完全に脱力して、静止したのを確認してから、立ち上がろうとする。
 
 軸がずらされても、ものにつかまることはできる。
 茂良々木はすぐそこの柵を掴み、全身の力を使って起き上がった。
 翁唯にとっては、そうしようとするだけで既に脅威となっていた。
 
(!!i;・∀・)「 … ……ゲェ……、」
 
(!!i;・∀・)「………そ、ろそロ,吐きそゥ あ……」
 
爪';゚−゚)「…………どうして……」
 
(!!i;・∀・)「   ?     ??  」
 
爪';゚−゚)「どうして、立ち上がれるの……?」
 
爪';゚−゚)「それで、立ち上がろうと、するの……?」
 
.

131同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:59:01 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
(!!i;・∀・)「 立 ち;;あカ゛ろうとすンぐ。、のは簡単nnんさ」
 
(!!i;・∀・)「 『手当たり次第』 立チ上がロトウすれば、い。い。、」
 
爪';゚−゚)「でも、物理的に不可能じゃんか!  『一心腐乱』 をくらってんだぞ!」
 
(!!i;・∀・)「ァあ、ギそれ……  …‥」
 
 茂良々木が、もう一度――と、立ち上がろうとする。
 手すりから手を離すと倒れそうだが、掴んでいれば立つことはできた。
 翁唯の呼吸が荒くなる。 茂良々木の呼吸は、相対的に落ち着いていく。
 
 
(!!i;・∀・)「おッグなちャんの、性質、ンおおmmい出してみな」
 
爪';゚−゚)「…?」
 
  「翁ちゃんの性質を思い出してみな」
 茂良々木の言葉は、聞き取れた。
 しかし、今度はその意図が汲み取れなかった。
 
 翁唯が黙っていると、茂良々木は、言った。
 
 
 
(!!i ・∀・)「そンままずばり、」
 
(!!i ・∀・)「 『捉え方次第』 ―――!」
 
 
.

132同志名無しさん:2014/01/23(木) 12:59:34 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 内藤から聞いた情報によると、 『一心腐乱』 は、対象によって効力が変わる性質がある。
 ティッシュが適当に散りばめられている状態で風を起こしても多少ティッシュが舞う程度だが、
 とことん積み上げられた本の山の一番下の一冊を揺らせば、途端に怪我が必至となる事故が起こる。
 
 そして、茂良々木の場合、自己完結性が高い。
 それは日頃のプライドの高さ、マイルールの多さに起因される。
  「捉え方次第」 である 『一心腐乱』 が彼に作用すると、その瞬間
 雪崩の如く茂良々木という対象はがたがたに崩れだすのだ。
 
 だからこそ、茂良々木は 『一心腐乱』 にとっての恰好の獲物である、ということである。
 しかし、それは言い換えれば、 「捉え方次第でこの性質はどうとでもなる」 ことになる。
 茂良々木は、そこを突いた。
 
 
爪';゚−゚)「それが、なんなの……、」
 
(!!i ・∀・)「―――つまリ!」
       、 、、 、 、 、
(!!i ・∀・)「手当たり次第暗中模索イテシけば、」
 
(!!i ・∀・)「 『一心腐乱』 の抜け穴が、見出 ;;;ssる――」
 
 
 
              、、 、
(!!i ・∀・)「――――慣れる、ってことさ」
 
 
.

133同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:00:04 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪';゚−゚)「なッ―――」
 
爪';゚−゚)「 『慣れ』 程度で、 『一心腐乱』 が覆されるわけ――」
 
(!!i ・∀・)「覆しちゃあ、いない。 実際、いま、うsggげeえ吐きそうだもん。 オゲェ……」
 
爪';゚−゚)「……………!」
 
  「捉え方次第」 の性質を持つ 『一心腐乱』 の場合、
 対象の本質が変わってしまえば、従って与える効力も変わってしまう。
 茂良々木は、そんな意識の持ちようを、変えた。 だから、 『一心腐乱』 の効力を弱められた――
 
 翁唯にとっては、それは、ただのこじつけでしかなかった。
 ふつうの人間ならば、突破できる術は、存在しないのだ。
 意識の持ちようなど、変えられない。 積み上げられた本が、
 いきなり自発的に質量を変えてくるなどというのはありえないのだ。
 
 しかし、 『落花狼藉』 を持つ茂良々木の性質が、ふつうであるはずがなかった。
 茂良々木は、一般人とは違う性質を持ち合わせているのだ。
 
 
(!!i ・∀・)「………あまり、僕をナメてもらャちッあ、困るぜ……翁ちゃん!」
 
爪';゚−゚)「な、慣れるなんて、あり、え……」
 
(!!i ・∀・)「あリえる!」
 
爪';゚−゚)「――――はア!?」
 
.

134同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:00:45 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
(!!i ・∀・)「いいか!」
           、 、、 、 、 、、 、
 茂良々木は、柵から手を離した。
 そして、そのまま翁唯のほうに歩いていった。
 
 
(!!i ・∀・)「僕の性質は、」
 
 翁唯の顔面が、困惑と畏怖で埋め尽くされる。
 逃げ道は、ない。
 
.          、 、 、 、、 、
(!!i ・∀・)「 『手当たり次第』 !」
 
  『落花狼藉』 の、射程圏内に入った。
 翁唯の背後の壁に、クレーターが三個、できた。
 
 
       、 、 、 、 、 、、 、
(!!i ・∀・)「選択肢がある以上―――覆すことは、できるんだ!!」
 
 
.

135同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:01:45 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪';゚−゚)「――――」
 
 茂良々木は 『一心腐乱』 に凄まじい劣勢を強いられるが、
 しかし唯一、対抗手段があった。
 茂良々木の持つ、 「手当たり次第」 という性質。
 言い換えてしまえば、忍耐、根気、我慢――そういった能力は、ずば抜けて、高いのだ。
 
 ひとたび食らえば廃人必至となる 『一心腐乱』 から、がむしゃら一本で、回復する術を見出す。
 それは、茂良々木が茂良々木だからこそ――
 茂良々木が 「手当たり次第」 の性質を持つからこそ成せる、荒業だった。
 
 つまり、茂良々木は 『一心腐乱』 に致命的なまでに弱いが、
 一方で、 『一心腐乱』 に立ち向かえる稀有な性質を同時に持ち合わせているというのである。
 グーではパーに勝てないが、しかしそのグーで同時にパーに勝つ手段を兼ね備えているようなものであった。
 
 茂良々木が偏人生のなかで育んでいった変人性、 「手当たり次第」 が、突破口を開いた――
 
 
(!!i ・∀・)「まだ、ゲームは終わっちゃいない!」
 
爪:;゚−゚)「…………だったら」
 
(!!i ・∀・)「…… 『だったら』 ?」
 
 
爪;゚д)「こっちも………黙っちゃ、いない……!」
 
 
.

136同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:02:16 ID:g7Vtth9g0
 
 
                       、、、 、
 ―――直後、茂良々木の足元に、落とし穴ができた。
 
 
(!!i;・∀・)「――― おわあああアッ!!」
               、、 、
爪 ゚−)「お前の、足場を捻って……… ぶっ壊した! 」
 
 
爪;゚−)「ただ、相手をおかしくするだけが 『一心腐乱』 じゃないんだよ!!」
 
 
 茂良々木は、咄嗟に前方に飛び込んだ。
 先ほどまで足場にしていたそこは、物理法則を凌駕する謎の歪みによって砕かれてしまった。
 コンクリートが完全に砕け、そこに直径一メートルにも満たない程度の穴ができた。
 
 もう少しで、茂良々木はその落とし穴に落ちては、
 追撃が如く上から降ってくる瓦礫に埋もれてしまい、あえなく戦闘不能となっていたところだろう。
 
  『一心腐乱』 は、対象が人間の思考の場合、
 それをしっちゃかめっちゃかにかき混ぜるが如くそれを狂わせることになるのだが、
 対象が無機物、それも岩やコンクリートの場合、擬似的にそれを破壊する作用に変わる。
 原理は、積み上げた本の山を崩すのとまったく一緒で、
 ただ物質の密度が違いすぎるから破壊じみた作用に見えるのだ。
 
.

137同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:03:12 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 そして、この作用を使えば、翁唯にも物理的な攻撃は可能となる。
 直接的な攻撃は依然不可能だが――相手の背骨でも捻らない限り――
 ただ漠然と相手の足場を破壊するだけで、その威力は侮れないものとなる。
 
 現に、ただ立って移動するだけで困難を要する茂良々木にその攻撃は、厳しいものがあった。
 もし一度でも落とし穴に落ちてしまえば、そのまま瓦礫の下敷きになってしまうのだ。
 また、落とし穴に固執せずとも、極論、茂良々木のすぐ傍らにある柵のあたりを砕けば、
 茂良々木はそのまま、この四階強の高さから天国への階段を下ることになるのである。
 
 そうでなくとも、壁を砕いてその下敷きにすることも、できる。
 泥酔状態で下敷き攻撃を常に避け続けることが、果たして茂良々木にはできるのか。
 持ち前の性質で 『一心腐乱』 による自滅は防げたが、劣勢であることには違いないのだ。
 茂良々木としては、こちらの攻撃手段は最後まで使わないでもらいたいところであった。
 
爪;゚−)「あッ……諦めろ、降参しろ!」
 
爪;゚−)「でないと、ほんとうに、お前……死ぬぞ!」
 
爪;゚−)「いくら根性があっても、瓦礫の圧力には勝てないだろ!」
 
 
 翁唯は、殺人鬼ではない。
 殺人衝動など持ち合わせていないし、
 相手をいたぶることで快感を得る性癖の持ち主でもない。
 
 異常性癖を持つだけで、良識はたしかにあるのだ。
 だからこそ、これ以上、茂良々木には傷ついてほしくなかったのである。
 
.

138同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:04:17 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 しかし、茂良々木とて、退けないわけがないのではない。
 プライドが高かろうが、そこに退く理由がなければ、
 面倒だ、茶番だと一笑に付してはさっさと帰るだろう。
 
 もはや、ここに恋の決闘という建前は存在しない。
 翁唯の 『一心腐乱』 という自己と、茂良々木の 『落花狼藉』 という自己の、ぶつかり合いなのである。
 互いが、互いを下したい、勝利したい、そんなプライドがぶつかり合う戦いが、そこに広がっているのである。
 
(!!i ・∀・)「人のことを気遣ってる暇ハルアのかァ!?」
 
 
              、 、 、 、
(!!i ・∀・)「………射程圏内、だぜ!?」
 
 
 
爪;゚д)「――――!」
 
 気がつけば、翁唯と茂良々木の距離は、三、四メートルほどになっていた。
 常時発動させている 『落花狼藉』 は依然一発も翁唯に当たっていないが、
 弾数だけは増え続けているためか、もう翁唯に、逃げ場はなくなっていた。
 
 一分と棒立ちしているだけで、そのうち、でたらめに撃っている 『落花狼藉』 は当たるだろう。
 下手な鉄砲も数を撃てば当たるというが、数が多ければ多いほど、命中率はたしかに跳ね上がるのである。
 
.

139同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:04:57 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 だが、それもつまりは 「ふつうは当たらない」 ということなのだ。
 異常のない翁唯に、異常だらけの茂良々木。
 情勢を見るならば、どう足掻いても依然茂良々木が劣勢にあることには違いないだろう。
 
 もう、翁唯が攻撃を躊躇う理由はなくなった。
 翁唯は、茂良々木の足元を 「捻り」 、歪みを生むことでそれに耐えられなくなったコンクリートが爆発する。
 足元に違和感をおぼえた茂良々木は、すぐさま倒れこむように前方に転がり込む。
 額に瓦礫の先端が刺さり、ついに出血に至ってしまったが、それで怯むはずも、当然だが、ない。
 
 直後に、翁唯のすぐ後ろの壁に、 『落花狼藉』 が向かった。
 鼓膜を破らん勢いで、轟音が、翁唯の耳をつんざかんとばかりに響く。
 翁唯の聴覚は、そこから十秒ほど、機能という機能を果たさなくなった。
 
 だが、その十秒で決着はつかなかった。
 茂良々木は、もう一度立ち上がろうとする。
 その、 「立ち上がろうとする」 瞬間こそが狙い目だと思った翁唯は、そこを見計らって 『一心腐乱』 を適用させた。
 
(!!i;・∀・)「うおおおおおおお!!」
 
爪;゚−)「(決まったか――――?)」
 
 茂良々木が腹這いになっていたその床が、捻られた。
 歪みに耐えかねたコンクリートは瓦礫と化してすぐ下の教室に降り注ぐ。
 同時に床が床でなくなったため、傍らにあった柵も、土台が砕けることで、地上へと真っ逆さまに落ちていった。
 二重の 「落とし穴」 に挟まれ、茂良々木は―――
 
.

140同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:05:36 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
(!!i;・∀・)「――――」
 
爪;゚−)「(―――    !!)」
 
 
 ――落ちる寸前にあった。
 落とし穴に落ちるわけには、と柵のほうに転がったのはいいものの、
 その柵のほうもコンクリートにつられて砕けてしまったのだ。
 
 つまり、そのまま、茂良々木は柵もろとも真っ逆さまに落ちそうになる。
 そこを、 「手当たり次第」 の性質をもって、なんとかまだ砕けていない柵の部分に飛びつくことができた。
 
 いま、茂良々木をぶら下げているのは、軸をはずされた両腕のみである。
 このままでは、三分としないうちに腕が耐えかねて茂良々木も柵と同様に落ちてしまう。
 一方、先ほど崩れて落ちたばかりの柵は、地面に打ち付けられて、一瞬で砕けてしまった――
 
爪;゚д)「お、おい! 降参しろ! はやく――!」
 
 翁唯も、事の重大性に気づく。
 茂良々木は、ただいま、間違いなく、九死に一生を得る事態に見舞われている。
 比喩でも冗談でも誇張でもない、起こりうる事態として、茂良々木はいま、死にさらされている。
 
 それは、茂良々木にとっても、翁唯にとっても、好ましい事態ではない。
 いよいよ、最終通告となる。 翁唯は、助ける手立てを立てながら、
 茂良々木に、鼓膜が張り裂けんばかりの声で、叫びかけた。
 
.

141同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:06:08 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
(!!i;・∀・)「グ――――」
 
爪;゚−)「お、お前の、負けだ! 見たら、わかるだろ! 茂良々木! ――先輩っ!」
 
 茂良々木が握っている柵のもとに翁唯が向かい、しゃがみこむ。
 茂良々木は、ただ落ちないように柵にしがみつくだけで精一杯だった。
 だが、それだけなら、もう負けたも同然、翁唯が降参に固執する必要もなくなるのである。
 
 翁唯は、信じられなかった。
 茂良々木は、まだ、この期に及んで、依然、 「諦めていない」 のだ。
 
 茂良々木は、
  『落花狼藉』 を、まだ撃ち続けている。
 
 
 ガンガンと、校舎の壁だったり教室の窓だったり屋上だったりを撃ち続けているのだ。
 それはすなわち、僕はまだまだ戦い続けるぜ、という意思表明である。
 しかし、それはもはやただの強情なのだ。 茂良々木は、あきらかに窮地に立たされているのだから。
  「翁唯に当たることのない」 攻撃を、しかしそれでも諦めずに闇雲に撃ち続けている。
 
 いくら 「手当たり次第」 の性質を持つからといって、
 この状況下でも依然 『落花狼藉』 を発動し続ければ、
 そのうち自分が地上に落ちて絶命してしまう――というのは、茂良々木もわかっているはずなのだ。
 わかっているが、茂良々木の持つ変人性、モララー流が、それを止めさせない。
  「一発でも当たれば勝てる」 状況だからこそ、茂良々木はやめるわけにはいかないのだ。
 
.

142同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:06:42 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪;゚−)「まさか……自分を殺させないために、先に私を降参させる、ってつもり……?」
 
(!!i ・∀・)「そ、ンな情、けない方ッ 法で、この僕が、茂良々木が、納得するはずも、ないだろう」
 
爪;゚−)「そんな冗談言ってる場合じゃないって言ってるだろ!」
 
爪;゚−)「―――死ぬつもり!? 恋が、成就しないから、って、だけで……!」
 
 翁唯の声が、ヒステリックなそれに変わる。
 女性特有の耳をつんざくような声が、よけいに茂良々木の神経を削ぐ。
 一瞬でも気を抜けば即死もありえる局面において、茂良々木は必要以上に劣勢に追い詰められていった。
 
  『落花狼藉』 は、依然、続く。
 ガンガン、ガンガンと、工事現場ですら聞かないような轟音が連打される。
 ついに、 「校舎そのものが壊れ始めてきた」 。
 
 
(!!i ・∀・)「僕は、僕なりのやり方で……」
 
(!!i ・∀・)「 『手当たり次第』 、できることはやって……」
                 、 、 、 、 、、 、
(!!i ・∀・)「それで、きみに、先に降参させる……!」
 
 
 
(!!i ・∀・)「それが、モララー流だ……っ!」
 
 
.

143同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:07:12 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪;゚−)「だからって、それがなん…………」
 
爪;゚−)「…………………え……」
 
 
 翁唯は、ある違和感を察した。
 足場が、みるみるうちに、不安定になっているのだ。
 茂良々木の 『落花狼藉』 で床が砕かれて、歩きづらい――という次元の話ではない。
                      、 、、   、、、 、、 、、 、
 屋上、二人がいる西側の隅の地盤が、著しく弱っているのだ。
 その瞬間、翁唯は、ある 「可能性」 に触れた。
 
 
 茂良々木が一向に降参せず、 『落花狼藉』 を続ける理由は。
  「翁唯にはまず当たらない」 のに、 『落花狼藉』 に固執する理由は。
 自分が死の目の前に立たされても、依然見出すことのできる勝機は。
 
 
 翁唯は、気づいた。
  「翁唯にはまず当たらない」 。
 これは、言い換えれば。
 
  、 、 、 、 、 、  、 、 、 、、
 翁唯以外には、まず当たる―――
 
 
.

144同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:07:43 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪;゚−)「――――」
 
爪;゚д)「―――なああああああああああああ!!?」
 
 
  、 、 、 、  、 、 、 、 、 、、 、、  、、 、、 、 、、 、
 旧校舎は、翁唯の足場もろとも、崩れんとしていた。
 
 
 
(!!i ・∀・)「僕のほうが耐えかねて、落ちるのか――」
 
(!!i ・∀・)「校舎のほうが 『落花狼藉』 に耐えかねて、翁ちゃんもろとも崩れ落ちるのか――」
 
(!!i ・∀・)「二つに一つの、文字通り、ワンサイド!」
 
 
 
 
(!!i ・∀・)「ワンサイドゲームだ!!」
 
(!!i ・∀・)「さあ、どうする! リズム・オブ・カーニバルッ!!」
 
 
 
.

145同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:08:15 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪;゚д゚)「               」
 
 
 校舎が、茂良々木の 『落花狼藉』 に耐えかねて、悲鳴をあげはじめた。
 
 しゃがみこんでいた、その足場が、十五センチほど、沈んだ。
 
 徐々に、体勢が、傾いていく。
 
 屋上の西側を支えていた校舎が、崩壊する。
 
 
 
 ここに残された二つのサイドとは、すなわち
 
 茂良々木と翁唯が二人とも死ぬか
 
 それとも
  、 、 、 、 、 、 、 、、 、 、
 翁唯が戦いを放棄するか―――
 
 
 
 
 
 
 
 
.

146同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:08:55 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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147同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:09:33 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 

 
 
 
(  ゚ω゚)
 
 内藤武運は、その壊れゆく旧校舎を見て、眩暈を感じた。
 たしかに、旧校舎は、人が少ない。
 冷房が全教室に完備されているはずもないし、
 修繕費を抑えているためコンクリートの肌が所々で晒されていたりと、景観は悪いのである。
 
 しかし。
 校舎は、校舎だ。
 というより、一建造物だ。
 
 苦心の末ローンを組んでマイホームを建てる大黒柱の心情を、推し測ったことはあるのか。
 己のとっている、日頃の無茶な行動、 「手当たり次第」 が
 どれだけの被害総額を生み出しているのか、計算してみたことはあるのか。
 
 ――いくら考えても、既に壊れてしまったものを元に戻すのは、不可能だ。
 そして、修繕費どころの話でなくなるのも、既に確定してしまった未来だ。
 内藤は、どうやってこの現実から逃避しようか、ということで、 『荒唐無形』 という性質を発揮させた。
 
(  ゚ω゚)
 
(  ゚ω゚)
 
( ^ω^)
 
 
 そもそもそこにあるかわからない 『荒唐無形』 。
 その性質は、いつだって 「気分次第」 である。
 
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148同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:10:28 ID:g7Vtth9g0
 
 
 

 
 
 桜といえば、この日本国における代表的な花として位置づけられている。
 国花は梅のようだが、国内一斉調査なんてもので 「花と言えば」 と聞いてみれば、おそらくは桜があげられる。
 
 春、という、環境面においては過ごしやすく、精神面においては一期一会の代名詞となる季節に咲くから――というのも、一理。
 しかし、やはりその特徴的な桃色のはなびら、その美しさにうっとりする人のほうが、多いのであろう。
  『落花狼藉』 茂良々木耶夜は、特にそのはなびらが舞い散るさまに心を奪われるらしい。
 
 旧校舎半壊のニュースは、一日経たぬうちに広まり、一大事件として取り扱われた。
 翁唯の降参を受けることで馬が集まる前に退散できたため、二人は知らぬ存ぜぬを貫くことにした。
 
 茂良々木の一世一代の恋を妨げていた壁は、 『落花狼藉』 によって、打ち砕かれた。
 もう障壁はない、と、茂良々木は晴れて、渡辺さくらに交際を申し込んだ。
 
 
( ;・∀・)「だ……だめえ!? どーしてさ!」
 
从'−'从「別に、唯ちゃんを下せたらつきあうよ、とか一言も言ってないし……」
 
( ・∀・)「恋の決闘に、勝ったんだぜ? それも降参で、だ」
 
从'ー'从「うん、さっき聞いた〜」
 
( ;・∀・)「あの翁唯が認める男が、この僕、茂良々木なんだぜ!?」
 
从'ー'从「でも、そもそもわたしがその決闘を提案したわけでもないし……」
 
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149同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:11:03 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;-∀-)「僕の恋は、夢とともに散った、ということか……」
 
从'ー'从「別に茂良々木くんのこと嫌いってわけじゃあないよ〜」
 
( ・∀・)「いや……きっと、こいつは、罰なのだよ、渡辺ちゃん」
 
从'−'从「ば、罰?」
 
 茂良々木は、翁唯との決闘でできた打撲をさすりながら、自嘲するような笑みを浮かべた。
 渡辺さくらは、二人の決闘の様を見ていない。
 そもそも、旧校舎半壊の黒幕が彼らであることすら、たぶん知っていないだろう。
 
 しかし、茂良々木にとってそんなことはお構いなしである。
 ただ、茂良々木特有の変人性を納得させるために、彼は笑うのである。
 
 
 
( ・∀・)「落花狼藉……」
 
( ・∀・)「僕は、それでいろんなものを散らしてしまった、ってところだよ」
           、、、
( ・∀・)「ね、さくらちゃん?」
 
 
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150同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:11:59 ID:g7Vtth9g0
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                         {:::::::)              ト、
                         ゙'''"              lノ
 
                   Rhythm of carnival
      />                『 一 心 腐 乱 』       ,/,ニ''ッ‐
      ´                                ノ::::′ l
                                       '―ー''"
                   . /゙'l                          ノヽ
                    ヽ/                         (::::::ヽ
                                                ヽノ
                 .                  />
                                ´
                   _,、
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151同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:12:39 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 
 『一心不乱』
 【読み】 いっしんふらん
 【意味】 心を一つの事に集中して、他の事に気をとられないこと。 また、そのさま。
 
 
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152同志名無しさん:2014/01/23(木) 13:19:49 ID:g7Vtth9g0
以上です。一話完結方式ということで、書け次第続編も投下するつもり
読んでくれてありがとうございました

元ネタつかきっかけは、八乙女葦菜氏によるオリジナル楽曲 「落花狼藉」
某逆転裁判のFLASHにも採用された、自分も大好きな楽曲です。初見はぜひ聴いてみて
→ttp://www.youtube.com/watch?v=-GE-7-g1_kY

153同志名無しさん:2014/01/23(木) 22:57:26 ID:BwaPEvMUO
すごい文量だな、乙
面白かった

154同志名無しさん:2014/01/24(金) 02:49:23 ID:.9n8baFg0
つい一気に読んじまった
おつ

155同志名無しさん:2014/01/24(金) 17:49:31 ID:14Uet7.w0
乙!
おもしろかった!
引き込まれたよ

156同志名無しさん:2014/01/24(金) 21:45:13 ID:L1MnrRSU0
書いてるとつい伸びるよね
乙、面白かったよ

157同志名無しさん:2014/01/24(金) 23:42:36 ID:fNcHCrOI0

モララーうざかったけど最後は痺れたわ

158同志名無しさん:2014/01/25(土) 02:46:19 ID:0Xu1gZ1k0

中二心をくすぐられて読んでて楽しかったよ

159同志名無しさん:2014/01/26(日) 14:02:49 ID:a95uNWRsO
はー面白かった、乙

160同志名無しさん:2014/02/01(土) 06:07:16 ID:ieVexi8s0
今回はいつも以上に言葉遊びが多いな
朝方に通読しちまった
面白かったぜ、乙

161同志名無しさん:2014/02/01(土) 06:46:30 ID:k4iQSf0Q0
これは面白い
乙!

162同志名無しさん:2014/02/01(土) 15:14:45 ID:eNm1fAa2O
凄い量だった、でも面白かったので続編楽しみ 
( ・∀・)は最初はウザキャラだったが最後は応援してしまってた

163同志名無しさん:2014/02/03(月) 02:20:59 ID:9O4y8EY20
ニーイチみたい。おつ。

164同志名無しさん:2014/02/03(月) 10:01:55 ID:ibM2biLs0
勝ち方が豪快すぎてワロタ

165同志名無しさん:2014/02/03(月) 10:24:52 ID:FjwhqlTM0
モララーのキャラと文章のくどさがひどく好み
二話も楽しみにしてるよ、乙

166同志名無しさん:2014/02/04(火) 13:20:47 ID:MtQt91qU0
あらチーの作者?

167同志名無しさん:2014/02/04(火) 16:00:07 ID:o2g0sbBYO
>>166 
違うぞ

168同志名無しさん:2014/02/08(土) 21:32:49 ID:nltZ1pN20
偽りの人だよね
プライベートが大変とは聞いてるけど、とにかく続きが楽しみだ

169同志名無しさん:2014/02/17(月) 04:50:02 ID:uhM2/53o0
いやそういうの良くね?
いちいち誰だよね?とかさぁ
わかってますよアピールいらないし
黙れや

170同志名無しさん:2014/02/28(金) 04:31:58 ID:JHm8tZ5.0
なんかめっちゃキレてる人いてわろた

能力者だけど能力者っぽくない感じがすき

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