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月が綺麗なようです
1
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:19:02 ID:R.h91Zxo0
「月が綺麗ですね」
「嗚呼、」
月が綺麗なようです
つきよのばんに、ぼたんがひとつ
指を滑らせ凹凸を探り、文字を一つ一つ脳内に落とす。
落ちた文字は音になって頭蓋を叩き、私の中で言葉になる。
何度も何度も繰り返してきた行為に、けれど飽きることはない。
音楽を聴くことも好きだけれど、私はこうして本を読むことが好きだ。
わざわざ私の為に、点字の本を入手してくれる両親には感謝しなければならない。
2
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:20:14 ID:R.h91Zxo0
ζ(゚ー゚*ζ「月夜の晩に、ボタンが一つ」
口に出して改めて思う。
舌の上を転がり耳打つ音色。
言葉はどうしてこれ程に美しいのだろう。
私は空を見られず、海も見られず。
けれどその響きを思えばその美しさを知れるのだ。
ほう
詩を口にして感嘆の溜め息を一つ。
いつもならそれで終わりにして眠りにつくのだけれど。
ζ(゚、゚*ζ「えっ?」
私の溜め息と重なるようにもう一つ。
微かに聞こえた溜め息に、詩に酔った頭が覚める。
ζ(゚、゚*ζ「誰?」
問い掛けても返事は無い。
けれど気のせいでも無い。
先程までは本に夢中で気付かなかったけれど、こんなにも近くに気配を感じる。
息をのむ音も聞こえた。
確かに、居る。
3
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:21:19 ID:R.h91Zxo0
( )「……」
ζ(゚、゚*ζ「あの」
声をもう一度掛けた途端スッと消えた気配。
それとふわりと髪を撫でる空気の流れ。
夜風を入れようと開けた窓から、先程の誰かも入り出ていったのだろう。
ζ(゚、゚*ζ「誰だったのかしら」
家族なら返事を返すだろうし、使用人は呼ばない限り夜更けに来たりはしない。
不思議に思いながら窓を閉めに行く。
『窓辺には近付かない約束でしょう!』
使用人達にバレたら叱られてしまうから、こっそりと。
わざわざ窓の開け閉め位で呼ぶのは申し訳無いし、
何より夜風に当たりながら読書だなんて、風邪をひくとやはり叱られてしまう。
夜の静謐な空気は読書にピッタリだというのに。
ζ(゚、゚*ζ「皆過保護過ぎだわ」
盲の私を心配するのは仕方ない事だとは思う。
それでもこの部屋の中でなら、私にも出来ることは多いのだ。
ぱたり
窓を閉めて寝台に戻り布団を被る。
誰か居たらしい事は皆には内緒にしておこう。
これ以上過保護になる事は遠慮したい。
ζ(゚ー゚*ζ「明日は開けなければ良いのだもの」
4
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:22:08 ID:R.h91Zxo0
そう思っていても、すっかり慣れた習慣とは恐ろしいものだ。
ζ(゚、゚*ζ「(居る……)」
うっかりいつも通り開いた窓。
のんびり読書を楽しんで、ふと気がついたら其処に居た。
ζ(゚、゚*ζ「(昨日よりは距離が遠そうだけれど)」
それでもやはり、居る事は居る。
泥棒だろうか。
しかし相手はさっぱり動こうとしない。
泥棒ならばさっさと目的を果たすだろう。
私を恨んで危害を加えに来たのか。
この部屋を殆ど出ない私を恨む?
いつ何処で?
それにそれなら、やはりさっさと目的を果たすだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「(誰なのかしら)」
むくり。
好奇心が頭をもたげる。
会話の相手なんて両親と使用人の他はお医者様くらい。
外に出るのはたまの検査に病院へ。
以外は毎日日にちこの部屋に閉じ込められるような生活に、私は飽き飽きしていた。
そんな中に突然降ってきた変化。
心踊らせないはずがない。
まずは、そう。
5
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:22:45 ID:R.h91Zxo0
ζ(゚ー゚*ζ「はじめまして。内藤デレと申します」
( )「!」
ζ(゚、゚;ζ「あ、待って。待ってくださいな」
声を掛けた途端その場を離れようとする気配を感じて、慌てて引き留める。
駄目元だったそれに、意外にも気配の主は届まった。
ζ(゚ー゚*ζ「私は内藤デレと申します。貴方のお名前は?」
( )「……」
ζ(゚ー゚*ζ「こんな夜更けに何かご用ですか?」
( )「……」
無言の相手に問いを重ねる。
どう話せば言葉を返してくれるだろう。
反応を見せてくれるだろう。
そればかり考えて口を動かす。
6
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:23:33 ID:R.h91Zxo0
ζ(゚ー゚*ζ「窓からいらしたのかしら知らない方。どうして黙っていらっしゃるのですか?」
( )「……」
ζ(゚ー゚*ζ「こっそり去ろうとなさらないで」
( )「……見えるのか」
ζ(゚、゚*ζ「!」
返事!
返事をしてくださった!
ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、見えませんわ。見えなくても、分かることは沢山ありますわ」
( )「見えない男が恐ろしくはないのか」
ζ(゚ー゚*ζ「恐ろしいよりもずっと、好奇心が勝ってますもの」
( )「好奇心は猫をも殺す」
正直に返せば呆れたような溜め息。
咳払い。
少しの間をおいて聞こえてきたのは、低く、落ち着いた声だった。
( "ゞ)「私は関ヶ原デルタ。夜更けに淑女の部屋に忍び入るなど失礼した。申し訳ない」
丁寧に謝罪を述べる知らない方。
私はいいえ、いいえと慌てて否定する。
だってそんなことはどうでもいいのだ。
胸が、踊って五月蝿い程。
まるで物語の中みたい。
そんな私の心の方がずっと大事なのだから。
7
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:24:16 ID:R.h91Zxo0
ζ(゚ー゚*ζ「そんなことよりどうしてこの部屋へ? その方がずっとずっと気になりますわ」
( "ゞ)「ああそれは、声にひかれて」
ζ(゚、゚*ζ「声?」
( "ゞ)「月夜に響く声があまりに美し過ぎた」
ζ(゚、゚*ζ「! あ、ありがとうございます」
急に其処だけ柔らかい、溶けるような声になって。
褒められた事も合わせてとても恥ずかしくなる。
けれどすぐに声が固くなってしまった。
( "ゞ)「君は警戒心を持つべきだ。夜更けに美しい声で詩など諳じて、何を引き寄せるか」
ζ(゚、゚;ζ「で、でも、お陰でデルタ様にお会いできましたわ」
( "ゞ)「私もたちの良いものではない」
ζ(。_。 ζ「そんな……」
そう、悲しくなるようなことを言う。
8
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:25:25 ID:R.h91Zxo0
折角、会えたのに。
膨らんだ心が萎んでいく。
退屈な日常を覆すかもしれない出来事が、遠ざかろうとする。
( "ゞ)「夜は眠る時間だ。君も眠ると良い」
ζ(。_。 ζ「そんな……」
( "ゞ)「詩を諳じるならば昼に。君の声は損なうに惜しい」
ζ(゚、゚;ζ「デルタ様!」
今度こそ去っていく気配を捕まえる手段が私には無い。
盲た私は追いかけられず、届かない。
けれどけれどけれど。
ζ(゚ー゚*ζ「諦めませんわ」
ならば取る手段は一つ。
追えない。
ならば、
ζ(゚ー゚*ζ「こんばんはデルタ様」
( "ゞ)「君は愚か者だったのか」
9
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:27:21 ID:R.h91Zxo0
ただひたすらに待つ。
それだけが私に出来ること。
詩をのせた声に惹かれたというのなら、それも勿論用意して。
( "ゞ)「君は、私の話を聞いていなかったのか」
ζ(゚ー゚*ζ「聞いておりましたわ。ですから、とっておきの詩を用意しました」
( "ゞ)「撤回しよう。君は愚か者だ」
深く深く、疲れたように息を吐く。
何と言われようと会えたのだから、大正解だったのだ。
ζ(゚ー゚*ζ「デルタ様。私の声を気に入って下さったのならお話しましょう」
( "ゞ)「……」
ζ(゚ー゚*ζ「お望みなら幾らでも詩を諳じます。ですから、家のもの以外ともっと話してみたいのです」
( "ゞ)「断ζ(^ー^*ζ「いらっしゃるまで何度でも夜更けに詩を読みますわ」脅迫か」
ζ(^ー^*ζ「望みを叶える為なら幾らでも」
そう言って口角をつり上げてみせる。
上手く笑えていると良いのだけれど。
10
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:28:12 ID:R.h91Zxo0
( "ゞ)「何の面白味もない男だ」
ζ(゚ー゚*ζ「そんなことありませんわ」
( "ゞ)「……君に危害を加えるかもしれない」
ζ(゚ー゚*ζ「忠告してくださった貴方が?」
( "ゞ)「…………私が来るまでは詩を諳じないと」
ζ(^ー^*ζ「約束しますわ」
( "ゞ)「…………………………何が聞きたい」
ζ(゚ー゚*ζ「(勝った)」
実質的な敗北宣言に私は心の中で手を叩いて喜んだ。
さあ何を聞こう。
何を話そう。
話してみたいことも聞いてみたいことも沢山ある。
けれど折角だから。
11
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:29:21 ID:R.h91Zxo0
ζ(゚ー゚*ζ「月は綺麗ですか?」
月夜の詩で出会ったのだから、そんな洒落たことを聞いてみたかった。
( "ゞ)「……どういう意味で聞いているかによる」
ζ(゚、゚*ζ「どういう?」
( "ゞ)「知らないか。夏目漱石は『I love you』を『月が綺麗ですね』と訳したそうだ」
ζ(/////*ζ「……? ……えっ、あっ、ち、違います違います! そういう意味じゃないです!」
( "ゞ)「ならば、美しい上弦の月だと答えよう」
嗚呼恥ずかしい。
顔から火が出るかと思うほど熱い。
やっぱり私は井の中の蛙。
世の中は知らないことに満ち溢れている。
( "ゞ)「他に聞きたいことは?」
ζ(゚ー゚*ζ「外の話が聞いてみたいです」
( "ゞ)「承知した」
12
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:30:06 ID:R.h91Zxo0
それから話してくださったのは、遠い遠い異国のお話。
そこでデルタ様が見た人々や暮らし。
芸術、歌、物語。
本でも読んだことの無いような話ばかりで、それのどんなに楽しいことか。
ζ(゚ヮ゚*ζ「デルタ様はとても博識でいらっしゃるのですね」
( "ゞ)「私には旅と学ぶ以外にすることがない」
ζ(^ー^*ζ「ふふ、とても素敵ですわ」
それからもう少しだけ話してくださって、今日はもうお仕舞いだと言われてしまった。
( "ゞ)「もう遅い。君は眠ったほうがいい」
ζ(゚、゚*ζ「明日も来てくださいますか?」
( "ゞ)「来なければまたやるのだろう」
ζ(^ー^*ζ「はい」
( "ゞ)「ならば、来よう」
ζ(゚ー゚*ζ「お待ちしておりますわ」
「良い夢を」と去っていかれたデルタ様。
窓を閉めながら、居なくなった気配を思って、ほう、と息をつく。
ζ(゚、゚*ζ「良い夢、か……」
夢のような時間だった。
素晴らしい時間だった。
今から眠ったって、これより良い夢が見られるわけが無い。
ζ(゚ー゚*ζ「明日の夜の方が楽しみだわ」
夢を見るより、明日が早く来ればいい。
そう思いながら眠りについた。
13
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:31:00 ID:R.h91Zxo0
それからの夜は今まで以上に楽しいものだった。
ζ(゚ー゚*ζ「こんばんはデルタ様」
( "ゞ)「こんばんは」
毎晩窓を開けてデルタ様を待って、話をする。
最初の内はデルタ様の話を聞くばかりだったけれど、最近は私の話をしたりするようにもなった。
単調な一日に起きたちょっと変わった出来事や、好きな詩や作家。
勧めてくださった本の点字が見付からなかった時は、デルタ様自ら読んでくださることもあった。
いつもの掠れるような声より少し張って、耳に朗と届く声。
私の声よりずっと素敵だと言えば、必ず否定されてしまう。
14
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:31:39 ID:R.h91Zxo0
( "ゞ)「君の声よりも美しい声を私は知らない。いつまでも聞いていたいとすら思う」
ζ(/////*ζ「褒めすぎですわ」
きっとこれが恋と言うものなのだろう。
高鳴る鼓動に熱を持つ頬。
恥ずかしいけれどもっと聞きたくなる言葉。
今はまだ伝えられないけれど。
ζ(-ヮ-*ζ「私、もし目が見えるようになったらデルタ様と月を見てみたいです」
そうしたら月が綺麗だと伝えたい。
今でも心にある月はこんなに美しい。
ならば、デルタ様と見る月はもっと美しいに違いない。
それからもし、もしもの話だけれど恋仲になれたとしたら。
手を繋いでみたり、抱き締めて頂いたり。
デルタ様に触れてみたい。
いつものように
( "ゞ)「君を損ないたくない」
と断られたり、きっとしなくなる。
( "ゞ)「……そろそろ私は失礼しよう」
ζ(゚、゚*ζ「もうですか?」
( "ゞ)「ああ。おやすみ」
ζ(゚ー゚*ζ「おやすみなさいませ」
何度も何度も繰り返したそんな日々。
楽しくも穏やかな日々。
15
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:32:15 ID:R.h91Zxo0
今日の私はいつも以上に興奮していた。
デルタ様の来訪を今か今かと待ち、部屋の中を行ったり来たり。
窓辺まで行って溜め息をついてみたり、詩を口ずさもうとして慌てて閉じてみたり。
( "ゞ)「何かあったのか」
お陰で、デルタ様がいらっしゃった時に訝しげに尋ねられてしまった。
はしたなかったと思う。
けれど仕方がないとも思うのだ。
ζ(゚、゚*ζ「聞いてくださいデルタ様。目が、目が」
( "ゞ)「目が?」
ζ(゚ヮ゚*ζ「見えるようになるかもしれないって、お医者様が!」
( "ゞ)「! それは、めでたい」
そう、めでたい、おめでたい、なんて素敵!
ずっとずっと待ち望んでいたことが叶うなんて!
16
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:32:53 ID:R.h91Zxo0
ζ(゚、゚*ζ「その代わり明日から暫く入院しなければならないのです」
( "ゞ)「当然だろうな」
ζ(゚、゚*ζ「大体一月程かかるそうです」
その間は会えないのが寂しい。
そう告げると、デルタ様は仕方ないと笑った。
( "ゞ)「君の眼に光が宿る。素晴らしい事だ」
ζ(。_。 ζ「それはそうですけども、デルタ様。その間に何処か行ってしまったりしませんか?」
( "ゞ)「私か?」
ζ(。_。 ζ「はい。旅に出て二度と会えない、なんて事になったら泣きますわ」
( "ゞ)「それは私の……いや、いい」
ζ(。_。 ζ「?」
何か言おうとして止める。
聞いてみようかとも思ったけれど、きっとデルタ様は答えてくれない。
いつものことだ。
17
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:33:32 ID:R.h91Zxo0
( "ゞ)「君が望むなら君を此処で待とう」
ζ(゚、゚*ζ「本当ですか?」
( "ゞ)「ああ。夜毎現れ、君と言葉を交わすまで」
ζ(゚、゚*ζ「毎夜は大変ですわ。一月は帰ってこられませんもの」
( "ゞ)「他にすることも無い身だ。君の為に時間を使えるなら、それもいい」
どくり、と胸が脈を打つ。
デルタ様の言葉は一々全て胸を騒がして狡い。
何処まで本音なのかはわからないけれど、私以外に言ったりしないことを心から願う。
ζ(゚ー゚*ζ「デルタ様がそう仰ってくださるなら……」
( "ゞ)「心穏やかに治療を受けてくるといい」
ζ(^ー^*ζ「はい。ありがとうございます」
18
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:36:31 ID:R.h91Zxo0
それからまた、沢山沢山お話をしておやすみなさいと言って。
翌日には入院先の病院に移った。
デルタ様の居ない夜はとても寂しいものだったけれど、心は踊り、辛くはなかった。
だって待っていてくれるのだから。
( )「はい、では包帯取りますよ」
ζ( ー *ζ「はい」
そして今日、私の目は見えるようになる。
しゅるしゅると布の擦れる音が聞こえ、圧迫感が減っていく。
目に受ける刺激は強くなるのに。
( )「さあ目を開けて」
医師に促されるままにゆっくりと瞼を開く。
待っていたのは言葉にするよりずっと沢山の、混乱してしまう程の情報だった。
19
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:37:03 ID:R.h91Zxo0
( ^ω^)「デレ、どうかお。見えるかお?」
目の前の何かが話し掛けてくる。
聞き覚えのある声だ。
これは父の声。
ξ゚⊿゚)ξ「もう、せかさないの」
これは母の声。
ならばこの二つ、否、二人が両親。
ζ(゚ー゚*ζ「見えますわ。お父様、お母様」
そう言った瞬間、母、が抱きついてきた。
ξ;⊿;)ξ「良かったわ、本当に良かった!」
ζ(゚、゚*ζ「お母様苦しいです」
痛い程に抱き締められて、喜んでくれているのだと安心する。
どうしてだろう。
父母の感情の機微に対して自信が持てない。
( ・∀・)「このあとの検査で問題が無ければ成功ですが、まあまず問題ないでしょう」
( ^ω^)「おっおっお。先生本当にありがとうございますお」
( ・∀・)「お役に立てて何よりです」
父とおそらくお医者様が話しているのが聞こえる。
良かった、本当に良かった。
これでやっとデルタ様に会える。
押し寄せる情報に混乱しながらもそれを思う。
さあデルタ様に会って話してそれからそれから。
ζ(゚ー゚*ζ「(デルタ様)」
早く会いたい。
20
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:38:25 ID:R.h91Zxo0
その後検査と経過観察の為に少し入院を続け、私はやっと我が家に帰ってきた。
(゚、゚トソン「お帰りなさいませ旦那様、奥様、お嬢様」
これはいつも世話を焼いてくれる使用人の声。
母に教えて貰った、黒、という髪の色をしている。
デルタ様は一体どんな髪色をしているのだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「トソン、貴女がトソンで合っているかしら」
(゚、゚トソン「はい。お嬢様」
ζ(゚ー゚*ζ「まだ見える事に慣れていないの。助けて頂戴ね」
(゚ー゚トソン「勿論でございます」
眉と目尻が少し下がり、口角は逆に上がる。
これは笑顔。
喜びを感じた時に浮かべる表情。
デルタ様はどんな表情を浮かべるのだろう。
21
:
同志名無しさん
:2016/05/25(水) 23:41:11 ID:R.h91Zxo0
一つ一つ、病院でや両親に教わった知識に行動や表情を当て嵌めて判断する。
見えるようになってから、声や雰囲気から心の機微を読み取れなくなってしまった。
今までは手に取るようにわかったのに。
それに人の気配にも疎くなって、困る。
お医者様は見えることに混乱しているのだろうと仰っていた。
ならば、いずれ元に戻るだろうか。
ζ(^ー^*ζ「(デルタ様に聞いてみよう)」
きっと博学な方だからわかるはず。
デルタ様。
デルタ様。
ずっとデルタ様のことばかり考えている。
夜がなんて待ち遠しい。
夜が来てもデルタ様はいらっしゃらなかったけれど。
22
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 08:23:22 ID:Io8LtkVM0
続き待ってる
23
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 09:57:30 ID:f9RlXi9E0
つづき楽しみ
24
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 13:56:49 ID:zCTS9jiY0
家に帰ったその晩。
陽が落ちて暗くなり、窓辺に立って彼を待った。
心踊らせ、ときめきながら。
なのにあの方がいらっしゃらない。
約束を破る方ではないはず。
なのにどうしてあの方はいらっしゃらないの。
微睡みすらせずにあの方を待った。
なのに朝を過ぎてもいらっしゃらなかった。
ζ(゚、゚ ζ「デルタ様……?」
もしかしたら何かあったのかもしれない。
そう思って数日待ったけれどやはりいらっしゃらなかった。
どうして、どうしてどうして。
訳がわからなかった。
毎夜来る、そう仰っていたのに一夜も姿を見せてくださらない。
25
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 13:57:56 ID:zCTS9jiY0
ζ(゚、゚ ζ
約束を破って詩を口にしてみた。
だってデルタ様も破ったのだから。
けれどいらっしゃらない。
聞こえないのだろうか。
ならばと大声で叫んでみた。
届かぬ声に意味はないから、喉よ張り裂けてしまえと叫んだ。
姿を見せたのは両親と使用人だった。
(゚、゚;トソン「お嬢様!」
(;^ω^)「何してるんだお!」
ζ(゚△゚#ζ「……月夜の晩に! 拾ったボタンは!」
私の望んだ声でも姿でもない。
だからそのままデルタ様を呼ぶ。
(#^ω^)「止めるお! こんな時間に、非常識だお!」
ζ(゚△゚#ζ「指先に沁み、心に沁みた!!」
(#^ω^)「デレ!!」
父に羽交い締められ、無理矢理口を抑えられる。
使用人が窓を閉じてしまう。
デルタ様が遠くなる。
ζ(゚ ゚#ζ「(デルタ様デルタ様デルタ様)」
カーテンが引かれる寸前見えた丸い光を、私は全く美しいと思えなかった。
26
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 13:59:22 ID:zCTS9jiY0
――――
何となくそんな気はしていたのだ。
人は五感が欠けると他の四つでそれを補うという。
ならば五感が満たされれば無くすものもあるだろう。
眼が見えないデレは、その分発達した聴覚で私の声を聞いた。
眼が見えるようになれば私の声は聞こえなくなる。
当然の道理だ。
ζ(゚、゚*ζ「デルタ様はまだかしら」
( "ゞ)『私は此処に居るよ』
さて、届かない言葉に意味はあるのだろうか。
これまで数え切れない程重ねてきた問いを、もう一度重ねる。
27
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 14:00:08 ID:zCTS9jiY0
届かない言葉に意味はあるのだろうか。
認識されない存在に意味などあるのだろうか。
彼女の悲鳴に、返せど届かない。
私の言葉に意味はあるのだろうか。
此処に在っても伝えられない、私の存在など無に等しい。
否、無ではなかった。
無であれば、彼女があんなにも傷付いたりはしなかった。
光を得て豊かになった世界を喜び、笑顔を見せていただろう。
きっと愛らしく清らかな、見るもの全てを幸福にする笑みを。
それが私のせいでこの有り様だ。
死者が生者に惹かれるからこんなことになる。
己の身を弁えてさっさと立ち去るべきだったのだ。
彼女を損ないたくなければそうするべきだった。
28
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 14:08:14 ID:0hTnQoMQ0
この世のものでなくなってから、ただ漂うだけの幽鬼となってから長い年月が過ぎた。
誰に認識されることもなく、言葉を交わす事など勿論無く。
同族というべき死者を見たこともあったが、皆一様に狂っていた。
狂っていなかったとしても、自分のうちに隠り眼を閉じている。
私を見るものなど居なかった。
果たして私は、確かに此処に居るのだろうか?
そんな埒もないことを考える程には孤独だった。
いっそ彼等のように狂ってしまえたならと思うことすらあった。
ささくれ立つ日々。
そんなあの日、あてどなく漂っていた私の耳に届いた美しい声。
私は一時の安らぎをそこに見たのだ。
側に侍り、声を聞けば、疲弊した魂が癒されていくようだった。
そんな彼女が私を見た。
姿ではなく存在を見た。
それは目も眩むような喜びで。
脅迫などただの理由付けでしかなく、私が彼女と言葉を交わしたかったのだ。
29
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 14:09:10 ID:0hTnQoMQ0
美しい、美しい彼女。
終わらない死の道連れに出来たなら。
しかしそれでは彼女の美しさが翳ってしまう。
私がただ漂うだけの存在でよかった。
もしそんなことが出来たなら、気の迷いが起こらないとも限らない。
私に彼女を損なうつもりは露程も無いのだ。
彼女が悲鳴を上げてから暫く、彼女はこの部屋に戻って来ない。
それでも私は夜毎部屋に足を運ぶ。
もしかしたら奇跡が起きて、私をまた見てくれるかもしれない。
否、見てくれなくても良いのだ。
付けてしまった傷は、いずれは癒えるだろう。
私のことも忘れて、きっと幸せになる。
それはあまりに寂しく悲しいことだが、それでもいい。
ただ私は、私を救ってくれた彼女との約束を守りたいだけなのだから。
30
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 14:10:03 ID:0hTnQoMQ0
キィ
音を立ててドアが開く。
顔を覗かせたのは掃除の使用人ではなく、私の愛しきデレだった。
( "ゞ)『大丈夫か。何かあったのか』
酷く沈んだ顔だ。
輝きはくすみ、目も暗い。
心配で、届かないとわかっていながら声をかける。
ζ(゚、゚ ζ「デルタ様……」
( "ゞ)『なんだい』
ζ(゚、゚ ζ「デルタ様何処にいらっしゃるの」
( "ゞ)『私は此処に』
ζ(゚、゚ ζ「どうしていらっしゃらないの。約束したのに」
( "ゞ)『君との約束を破りはしない』
ゆらりゆらりと、揺れるように足を進め、寝台に腰掛ける。
顔を覆い吐き出すのは悲しみばかり。
31
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 14:11:06 ID:0hTnQoMQ0
ζ(∩ ∩ ζ「どうすればいいの。どうすればデルタ様と一緒に居られるの」
( "ゞ)『私は君の目の前に』
ζ(∩ ∩ ζ「他の人なんて嫌なのに」
( "ゞ)『デレ』
ζ(∩ ∩。ζ「何がいけないの……何が足りないの……」
( "ゞ)『泣かないでくれ。頼む』
ζ(∩ ∩。ζ「戻りたい。あの時に戻ってデルタ様に連れて行って欲しい」
彼女の涙を拭ってやれないこの身が憎い。
今彼女を慰められるならこの魂業火に焼かれても構わないというのに。
すまないデレ。
私は君に受けた救いをほんの少しも
ζ(∩ ∩ ζ「…………戻る?」
32
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 14:12:18 ID:0hTnQoMQ0
ζ(∩ ∩*ζ「戻る。戻る。戻る、戻る? 戻る!」
( "ゞ)『デレ?』
彼女の声から嘆きが消え、喜色に満ちていく。
が、しかし。
ζ(゚▽゚*ζ「戻れば、良いのだわ」
上げた顔を輝かせるのは狂気。
ζ(゚▽゚*ζ「何もかも同じにすれば良いのだわ。追いかけられないのだもの。念入りに準備して待てば良いのだわ」
立ち上がったデレの手が、サイドテーブルにあった万年筆を掴む。
まだ真新しく、Dere.Nと名入れが見える。
ζ(゚▽゚*ζ「もう要らないもの。こんなもの要らない」
( "ゞ)『デレ、何をする気だ』
キャップを外された万年筆の先が、デレの左目に向かっていく。
まさか、同じにするとは。
33
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 14:13:23 ID:0hTnQoMQ0
( ;"ゞ)『やめろデレ! 正気か!?』
ζ(゚、゚*ζ「叫んでは駄目。痛くても我慢しないと、また誰か来るわ。邪魔されてしまう」
( ;"ゞ)『やっと見えるようになったんだぞ!』
ζ(゚、゚*ζ「こんなものが有るからデルタ様はいらっしゃらない。大丈夫。デルタ様に会えるわ」
( ;"ゞ)『私は此処に居る! だから止めろ、止めてくれ!!』
伸ばした手はデレをすり抜け虚空を掴む。
声も手も想いも何もかも届かない。
( #"ゞ)『デレ!!』
その切っ先が吸い込まれるように。
34
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 14:14:20 ID:0hTnQoMQ0
グチュ
ζ(゚▽ *ζ「――――!!!!」
( ;"ゞ)『なんてことを!』
悲鳴を堪えるために腕を噛み、そこからも、眼からも血を流す。
やめろやめるんだやめてくれ。
ζ(゚、 ;ζ「ぐ、うぅ」
堪えきれない呻きが口端から洩れ、それでも切っ先は次の標的を捉える。
( ;"ゞ)『デレ、私は君にこんなことをさせたい訳じゃない。こんなこと望んではいない!』
ζ(゚、 ;ζ「もう、ひと……つ」
( #"ゞ)『やめろ!!』
ぐちゅ
ζ( 、 ;ζ「あがっ、ぐぎ、ぃ」
光を失った痛みに彼女の身体が痙攣する。
もう見えない見られない。
眼球がデレ自身を呪う。
( #"ゞ)「なんて、なんて愚かなことを!」
届かないとわかっている手を伸ばす。
何故、何故、私には何も出来ない。
彼女を止めることが出来なかった。
助けを呼びに行くことも出来ない。
痛みを抑え込もうとする彼女のすがる場所にすらなれない。
彼女を傷つけることしか出来ない!
( ;"ゞ)「デレ、デレ。叫ぶんだ。助けを呼ぼう。もしかしたら間に合うかもしれない」
恐らく手遅れだ。
それでも0ではないかもしれない。
何より苦しむ彼女をどうにかしなければ。
35
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 14:15:50 ID:0hTnQoMQ0
ζ( ▽ *ζ「あっ、はっ、ははっ」
デレが笑う。
血を流す眼と目があった。
ζ(;▽;*ζ「あってた、あってた、あってたデルタ様」
私に抱き着こうとした腕が私をすり抜けていく。
ζ(;▽;*ζ「居るのにいらっしゃらないのですね。嗚呼でも、それでも」
(; "ゞ)「デレ、聞こえるのか!」
ζ(;▽;*ζ「聞こえますわデルタ様。お会いしたかった。やっぱりデルタ様はいらっしゃった」
( ;"ゞ)「ならば早く助けを呼ぶんだ! 手当てを!」
ζ(;▽;*ζ「手当てなんて要りませんわ。だって私、デルタ様の為なら死んだって構いませんもの」
( #"ゞ)「馬鹿な事を!」
36
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 14:16:32 ID:MNKTN5qg0
ぎゃあああああああああデレチュわああああああああああん
37
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 14:16:45 ID:0hTnQoMQ0
血塗れの笑顔が恐ろしい。
私が、彼女をこんな風にしてしまった。
( ;"ゞ)「こんな、こんなこと私は望んで居ない……こんなことなら出会わなければ……っ!」
ζ(;▽;*ζ「そんなこと仰らないで。私はデルタ様に出会えてとても幸せですわ」
( ;"ゞ)「私は……!」
ζ(;▽;*ζ「ね、デルタ様。そんなことより聞いてくださいな」
うっとりと、夢見るようにデレが笑う。
私の耳元に囁くように顔を寄せて、
ζ(;ー;*ζ「月が綺麗ですね」
私の愛した美しい声。
それが響く空に、彼女の言う光は欠片も浮かんではいなかった。
38
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 14:23:37 ID:0hTnQoMQ0
投下終了です
大ブン動会で参加表明出しながら逃亡したあにさまとか書いてた者です
間に合わなかったんです
その節は申し訳ありませんでした
ご質問などございましたらどうぞ
39
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 14:25:52 ID:MNKTN5qg0
乙です!読み返してみたら確かにあにさまでした!
40
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 14:33:23 ID:tBcfgPUg0
乙
あにさまの人は何組だったんだろう?
41
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 18:47:29 ID:6iQhSzIA0
おつ
ラストが悲しいな
デルタがちゃんと言っていれば何か変わったのか、それでもデレはあの結末になってしまうのか
42
:
同志名無しさん
:2016/05/26(木) 21:52:29 ID:EH7Dy9mE0
乙!ひきこまれた…
43
:
同志名無しさん
:2016/05/27(金) 13:15:51 ID:FfxqXwpY0
白組でございました
もしもデルタがちゃんと告げていれば別の結末を迎えたでしょう
ハッピーエンドか、もっと酷い結末かは申しませんが
何か別の話の時に採用しようと思っています
44
:
同志名無しさん
:2016/05/28(土) 09:52:58 ID:hm4LioTI0
悲しいな……
でもとても良かった、乙
45
:
同志名無しさん
:2016/05/31(火) 08:24:53 ID:dMe.I5yY0
乙
デレは死んだっていいわって訳すタイプだったか...
デレの恋する女の子ぷりが悲しい
46
:
同志名無しさん
:2016/06/08(水) 15:19:53 ID:o3QBnuTo0
すごいよかった
また書いてくれ
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かわいく、しっとりの黒猫!!
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