私は寝たふりをしている。
つまらない大学の講師の話を子守唄に私は臥せっていた。外は雨、あの時と同じように止む気配を見せぬ土砂降りの大雨。
買ってから一度も使ってない教書が枕になる。
落書き一つ無い机が私のベッドになる。
私は寝たふりをしている。貴方がペンを奔らせている事に気付きながら。
私が貴方を見つけた日、それは高校二年生、皆が騒ぐ昼休みの喧騒のなか、貴方は大学ノートにペンを奔らせていた。
そんな貴方を私はずっと見ていたの。
何度も何度も、書いては消しを繰り返す貴方。私は本当に勉強熱心なんだなと感心してたわ。でも違ったわ。貴方は書いていたんじゃない、描いていたものね。
私と貴方が初めて話したあの日、私も鮮明に覚えてるわ。部活終わりの生徒が騒がしく部室に移動する中、私は忘れ物を取りに教室まで走っていた、貴方はまた教室でまた黙々とペンを奔らせていたね。
そんな私は貴方に初めて話し掛けた。
「ドクオ君、いつも勉強ばかりしてるよね」
素直な疑問、勉強が嫌いで、何よりも身体を動かす事が大好きだった私には、机に長時間座っている貴方が凄いと思えたから。
でも、貴方はノートを腕で隠したよね、そんな女の子みたいな、か細い腕で隠せるわけなんか無いのにね。
「あっ!今ノート隠した!!さては……ドクオ君、勉強してないなぁ?」
「違うよ、たまたまボンヤリしてただけだから」
「それなら、今隠したノート み・せ・て」
「何もないよ?」
「どれどれ……本当だ、ドクオ君数学好きなの?数式ばっかりじゃん」
「だから面白くないって」
「じゃ、勉強頑張りなよ」
「デレさんは部活頑張ってね」
「うん!!」
私は気付いてた。貴方がノートを入れ替えた事に、だって貴方挙動不審過ぎるんだもん。そんな貴方を私は愛らしく思えた。
貴方の挙動一つ一つに私は目を奪われてたの、貴方も言ってたけど、別に恋愛感情があったわけじゃないの、強がりなんかじゃないんだからね。
私達はただのクラスメート、一緒に話すこともなければ、一緒に帰ることもない。ただのクラスメートだった。
こんな関係が続いてたよね。でも私は満足してた。なんでだろう?わかんないや。
私を見つめる貴方の視線、貴方を見つめる私の視線、交わらなくても、それはそれで良いんだって思えてたの。
貴方の視線に私は気付いてる。
それだけで十分だった。
こんな関係が少しだけ進展したのは、九月のある日。降り止まぬ雨に、私は辟易してた。
ドジな私は傘を家に置いてきてしまったの。この失敗がなければ、私は貴方の隣には居なかっただろうね。
降り止まぬ雨が、私達を繋いでくれたんだね。
ζ(-ー-*ζ「はぁ、雨ってホント憂鬱だねぇ」
部活を終えた仲間たちは、そそくさと先に帰ってしまった。残された私は、誰かの傘にご同伴させて貰うべく教室へと歩いていた。
教室に人の居る気配は無かった。そりゃそうだよね、もう部活も終わる時間。傘を持っているような、しっかり者の生徒は帰っちゃってるよね。
駄目で元々と、教室を覗くとそこに貴方は居た。またペンを奔らせてた。初めて見る、真剣な貴方の顔に私は目を奪われたの。
その時気付いたの、私は貴方の事が気になってる。貴方が何をしているのか?知りたい、もっと、貴方の事を。
どれくらい経っただろう。貴方は唐突にペンを置き、教室を出た。満足気な顔を浮かべてね。
私は隠れた、別に理由なんて無かったの、ただ貴方に話し掛けられても答える自信が無かったから。
貴方に話し掛けられずに、平気でいられる自信が無かったから。
だから私は隠れた。
貴方が居なくなった教室のドアを静かに開いた。まるで泥棒みたい。貴方が何を書いているのか知りたかった。貴方の事が知りたかったの。
貴方の机に綺麗に畳まれている大学ノート、ちょっとした罪悪感に見舞われて躊躇した。でも好奇心が勝ったわ。私は迷いながらも貴方が書いていた最後のページを開いた。
そこには
さっきまで憂鬱だと思っていた風景があった。
降りしきる雨が優しいタッチで描かれていた。貴方のか細い腕から、こんなに優しい絵が創りだされていたのか。私は興奮したわ。
貴方の描いた絵に私の感覚は研ぎ澄まされた。
聞こえる。雨がアスファルトを打ち付ける音が。不規則に奏でられる雨とアスファルトの連弾。
匂う。雨に湿らされた草木の匂いが。雨雫を纏った葉っぱ達が優しい匂いを醸し出す。
私は今どこに居るんだろう?
教室?校庭?それとも貴方の絵の中かな?
私をその不思議な世界から連れだしたのは、ドアの音。
貴方が私を連れ戻したの。
('A`)「どうしたの?」
ζ(゚ー゚*;ζ「あっ、ドクオ君残ってたんだ!雨が突然降ってきたでしょ?いつも折り畳み傘持ってるんだけど、私ドジだから傘忘れちゃったんだ……」
('A`)「あぁ、だから人を探してたの?」
ζ(゚ー゚*ζ「うん」
正直チャンスだとは思ったよ、貴方の絵を見た時から私は、また気付いたからね。
気になってるんじゃないって、私は落ちた、恋に。
好きな人と一緒に帰りたいなんて思っても別に罪じゃないでしょ?それも雨の中相合傘なんて、絶好の機会だったもの。
ζ(/ー//*ζ「傘……持ってる?」
これを言うにはかなりの勇気が必要だったわ、だって「傘ある?」=「一緒に帰ろう?」っていうとても簡単な方程式が成り立っちゃうものね。
でも、貴方は
('A`)「……ん、無い」
そんな簡単な方程式を間違っちゃうんだから。
ζ(゚ー゚;*ζ「あっ、そうなんだ!!」
('A`)「……うん、ごめんね」
そう言ってさっさと荷支度をする貴方。おかしいよね、傘はない、外の雨はまだ降り止みそうに無いのに、貴方は当然の様に帰る準備をしてる。
ζ(゚ー゚*ζ「あれ?ドクオ君傘無いんじゃないの?」
('A`)「あぁ、多分この雨もうすぐ止むよ」
貴方は私に言った。この止む気配を見せない雨が、もうすぐ止むと。
ζ(゚ー゚*;ζ「それ本当?」
(;'A`)「えっ?多分だよ?多分」
貴方が言うならと、私も床にほっぽっていた鞄を拾い上げて、貴方の後に付いていったんだ。
「外れるかもよ?」
「良いの良いの、そうなったら走って帰るもん」
「……元気だね」
「私ね、雨って嫌いだったの」
「そうなの?僕は好きだけどな」
「雨ってだけで気が滅入らない?」
「うーん、そうかもしれないけど、雨が降れば景色も変わるからね、歩き慣れた道が違うように見えない?」
「そうだね、今日気付いたよ」
「……それは良かったね」
「私も……雨、好きになっちゃった」
昇降口に着く頃、雨は止んでいたね。
あーあ、相合傘し損ねちゃったな、なんて気持ちを心の隅っこに蹴飛ばして、私は貴方と二人で帰ったね。
―――歩き慣れた、真新しい道を
帰り道、秋桜の纏う水滴のベールが、沈みかけた太陽の光に照らされ、宝石のように光っていたね。
そんな私達の関係が急激に変化したのは、三月。
三学期も後数えるほどになった、ある日の放課後。私は寝たふりをしていた。貴方が絵を描いているのを知っていながら。
どうして寝たふりなんかしてたかって?だって三年になったら一緒のクラスじゃ無くなっちゃうかもしれないでしょ。
思い出が欲しかったの。
でも、貴方は外の風景ばかり見ていて私に気付いてもいなかったでしょ?身体が小さいなんて言わせないんだから。
私は貴方に絵を描いてほしかった。これは賭けね。
もし貴方が何も言わず私を描いてくれたら、私は告白しようと決めてたの。
瞼を閉じていると浮かんでくるのはネガティブな事ばかり。不思議よね、もし私の心の中にゴミ箱があるなら、全部まとめて捨ててやりたかったわ。
でも、私は賭けに勝った、貴方は私の隣の席に座り、私を描き始めた。
そりゃ何度もガッツポーズをしたわ、心の中でだけどね。
薄目から覗いた、私を描く貴方の姿は今まで見てきた、貴方のどんな表情よりも真剣で、もし、私が何事も無かったように起きたとしても貴方は気付きそうに無かったわ。
そんな瞳に、真剣な眼差しに私は吸い込まれそうになった。
貴方のペンが進む度、私の表情が写し取られていく。どんな表情をしているのか、私の胸は高鳴ったわ。
そして、貴方のペンが止まった。あの時のような満足感溢れる表情は無かったわ。寧ろ、しまった、と言うような後悔が滲み出ていたの。
私は迷ったわ。失敗したのだろうか?モデルが悪かったよね?ごめんね、なんて勝手に頭の中で謝罪を繰り返した。
でもどんな風に描かれていたとしても、貴方の描いた私を、どうしても見たかったんだもん。
ζ(つーー*ζ「ぅん……おはよー」
('A`)「……お早うございます」
ζ(つーー*ζ「あれ?何でドクオ君がぁ?」
私はまた迷ったわ、このまま知らないフリを決め込むか、貴方のあんな表情を見たら当然よ。
('A`)「……いや、もう放課後だから起こそうと」
でも
(;'A`)「あっ……」
ζ(゚ー゚*ζ「なるほどー、これがドクオ君の大切なノートなわけね」
やっぱり見たいという気持ちが勝った。ごめんね、この時は貴方の持つ“力”なんて知らなかったから。
(;'A`)「あの……返してくれませんか?」
ζ(^ー^*ζ「ダメー」
私の出来得る最高の笑みで拒否したわ。
ζ(゚ー゚*ζ「私の絵を描いてたでしょ?モデルにされたからにはちゃんと出来映えも見とかなきゃね」
鼻歌を歌いながらノートを捲っていく私。本当に楽しみだったから。狸寝入りはバレてないみたい。
「……凄い」「上手!!」
ドクオ君の絵を見ても、ありきたりな言葉を連呼するしか出来なかった。なんだろう?ある程度のレベルを越えてしまうと言葉に出来ない?
私みたいな貧弱な頭では、この絵達に相応しい称賛を言葉に出来なかった。
でも貴方はそんな私の言葉を恥ずかしそうに、嬉しそうに聞いてくれていたね。
ζ(゚-゚*ζ「……あっ」
私が開いた最後のページ そこには
天使が
眠っていた。
白い翼を背に持ち、金色に輝く輪を頭の上に漂わせ、ふかふかの雲の上で優雅に昼寝をする
そんな天使が写っていたの。
ζ(/ー//*ζ「何だか照れるなぁ……こんなに綺麗に描いてもらえてるなんて思っても見なかったよ」
本当に美しかった。自分がじゃないよ?貴方の絵が、こんなにも優しい気持ちにさせてくれる絵、見たことが無かった。でも君は
('A`)「……初めて描けた」
自分でも信じられない様な顔をしていたね。
ζ(/ー//*ζ「うぅ、ヘタクソだったら肖像権の侵害で訴えてやろうと思ったのに……」
私は満足だった 初めて貴方に描いて貰えた。貴方のキャンバスに私が映っている。貴方のキャンバスに私は生きている。
ζ(゚ー゚*ζ「ドクオ君!!綺麗に描いてくれて」
ζ(゚ー^*ζ「ありがとねっ!!」
素直な感謝の気持ちを貴方に伝えた。そして、一つの感情が生まれた。
でも、それは私が言うことじゃない、私にそれを言う権利はない。その権利は貴方の物。
('A`)「あの……もう一枚だけ……描いていいですか?」
描いて貰いたい、貴方にもっと、色んな表情を、色んな場所で、貴方に描いて貰いたい。
自然とこの言葉は出たわ
ζ(/ー//*ζ「……よろしくお願いします」
そして今
私は寝たふりをしている。
貴方は私を見つめペンを奔らせている。
貴方があのクサイ手紙と一緒に送ってくれた三人の絵。
一面に咲き乱れる秋桜。
ずっと考えてた、なんで秋桜なんだろうって、なんで桜じゃないんだろうって。
調べてみたの。
サクラの花言葉は“優れた美人”“壮大な愛”
私達にこれほど似合わない言葉はないよね。
秋桜の花言葉は、貴方自身が調べてみて。私にぴったりだと思うわ。
末長くよろしくお願い致します。
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- 2008/03/24(月) 01:18:30|
- 自作短編
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