長岡速報 |
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4: ◆xh7i0CWaMo :2009/02/10(火) 22:12:20.12 ID:gNPPOJmN0
( ´ω`)「……」 虚空に浮かんでいる四つのアラビア数字を、ブーンはぼんやりと眺めている。 いつの間にか自分は、これほどに長い物語を歩んできたらしい。 しかし、その記憶は無い。植物人間となって意識を断絶していたかのように、 遥か昔であるらしい時から、今この瞬間までの経過がほとんど一瞬であったように思える。 重たい頭を動かして、ブーンは自分の身体を見下ろした。 一瞬ほど前、自分は高校生だったはずだ。我が肉体は若者らしい、壮健な肉体であるはずなのだ。 だが、どうだろう。今ブーンが纏っている肉体は、とても十代のそれとは思えない。 曲がった腰、直立しているだけで震えてくる足、錆びたブリキ玩具のように軋む節々。 視界の上側に、少しばかりの前髪が映り込んでいる。指でつまんでつくづく眺めてみるとそれは、 ほとんどが色素の抜け落ちた白髪なのだ。黒髪を探してみてようやく一本だけ、掴むことができた。 恐る恐る、両手の平で頬を、頭を撫でてみる。張りなどとうに失われ、幾重の窪みがある顔面、 顎や鼻の下からは、沙羅沙羅とした髭が伸び放題に伸びている。頭髪の量も失われ、 僅かに残った髪は脂ぎり、四方八方へ、まるで静電気を当てられたかのように伸び散らかしている。 そんな重たく傷んだ身体を、ブーン老人は随分と着古しているらしい、色褪せた背広で包んでいる。 それによって、少しばかりはきちがいじみた外見が軽減されてはいるが、 乞食と間違われてもおかしくない恰好であることは間違いなかった。 ( ´ω`)「……」 ここはどこだろう、とブーン老人は考える。 それまで聴覚と視覚は外界との接続を完全に遮断していたが、ブーンが自覚することによって、 その機能は回復していく。都会の景色、雑踏の喧騒が徐々に現実感を伴ってブーンを包んだ。 目の前を眼球が追いつけないスピードで車が行き交っている。そして、ブーンの近くを、 サラリーマンやOL、自分に似た風体のホームレスや不良らしい若者などがこもごも歩いている。 その景色を眺めているだけで、ブーンは眼が回りそうになった。流れていく動きについていけない、 何一つとして、焦点を定めて見つめることができない。 ブーンの周りには、ブーンを中心に多くの人が立ち、それぞれプラカードなどを掲げて、 声を張り上げている。騒音に入り交じっていて何を言っているのかはよく分からないが、 「募金」「善意」「御協力」「生命」などといった単語が断片的に聞こえてくる。 どうやら何らかの慈善事業、募金活動をしているらしい。そして、自分もその一員であるらしいのだ。 よくよく見てみれば、自分も両手で巨大な横断幕を掴んでいる。その文面を眺める。 『かけがえの無い生命を救って ~ハインちゃんを救う会~』 突然響いたクラクションに心臓が跳ね上がる。歯をガチガチ鳴らしながら音の方を向くが、 どの車が鳴らしたのかも分からない。それよりも、首を動かしたときに感じた、 筋が切れたような痛みの方が深刻だった。呻いて首を押さえ、ヒュウヒュウと息をする。 ('、`*川「あらブーンさん、大丈夫ですか」 ベージュ色のスーツに身を包んだ女が駆け寄ってきてブーンにそう訊ねた。 強い香水の匂いが鼻をつき、ブーンは顔をしかめる。この女は誰だろうか。 必死に思考を巡らせるが、思い出せない。 ('、`*川「疲れたのでしたら車の方に戻りますか。夕方には記者会見も控えておりますので、 体調の方は万全の状態にしておいていただかないと」 マシンガンのように饒舌な女の口調にブーンはまた眼を回しそうになる。 言葉の切れ目でようやく、彼はおずおずと彼女に言った。 ('、`*川「はいなんでしょうか」 ( ´ω`)「その、もう少しゆっくり話していただけませんですかお」 ('、`*川「ああ、これはこれは、失礼いたしました」 頭を下げ、微笑を浮かべる女性。化粧で顔面を塗り固めているためよく分からないが恐らく、 三十歳ぐらいだろう。不自然に口角が歪んでいるものの、それ以外のパーツは程よく整っている。 いわゆるエリート、いわゆるやり手の女性という雰囲気を存分に醸し出している。 同時に、どことない狡猾さ、がめつさが感じられ、ブーンが直感的にあまり関わりたくないと感じた。 それ以前に、そもそもこの女性は何者なのだろうか。訊ねるのは憚られるが、 訊ねなければどうしようもない。微動だにしない笑顔の女に向かって、ブーンは萎縮しながら言った。 ( ´ω`)「あの、それでその、失礼ですけど、あなたは、どちらさまですかお? どうも、思い出せないんですお。そもそも僕はここで、何をしているのですかお?」 女の表情が、一瞬こわばった。温和な顔色に冷徹な視線が浮かび上がり、 またもブーンの心臓が口から飛び出しそうになる。だがそれは、本当にほんの一瞬のことで、 女は、次の瞬間にはまた、優しそうな顔に戻っていた。 ('、`*川「あら、お忘れですか。私たちは今日、ここで、街頭募金活動を、しているのですよ。 貴方の、大切なひと……ハインさんを、お救いするために」 女はゆっくりとした口調に改めた。たぶん、痴呆が始まったとでも思われているのだろう。 それは、少し違えば子どもを諭すような、存分に上から見下ろしているような声音だった。 少々腹が立ったがどうしようもない。実際、今の自分が何も知っていないのは事実なのだから。 募金活動をしているらしい。そしてそのハインとやらが、ブーンの大切なひとであるならば、 この募金活動の中心人物として、ブーンも名を連ねているということになる。 ( ´ω`)「ハインさん……ですかお」 ('、`*川「はい。貴方の大切な方であられますハインさんは、此処日本の病院に入院しております。 しかし日本では十五歳未満の提供者からの臓器移植は認められておりません。 ですから、ハインさんは亜米利加の大学病院で手術を受けなければならないのです。 渡米するにも、勿論手術を行うにも多額のお金が必要になります。それは、 とても個人で賄える物ではありません。でありますからこそ、私たちはこうして街頭に立ち、 皆様の温かなご支援をお願いしているわけでありますのです」 話しながら興奮してきたのか、女は次第に顔を紅潮させ、遂には傍らに置いてあった拡声器を持ち、 往来の人びとに向かって大声で怒鳴り始めた。 ('、`*川「ハインちゃんは今も苦しんでいます。独り病院のベッドの上で、病気と闘っているのです! しかしハインちゃんは日に日に弱ってしまっていて、このままでは近い内に、 亡くなってしまうかもしれないのです! ハインちゃんを救う方法はただ一つ、 ハインちゃんが助かる方法はただ一つ、亜米利加に渡って手術を行うしかない! そのためには、そのためには皆様の御協力が必要なのです! 皆様の暖かいご支援が、 小さな、しかし掛け替えの無い命を救うのです。ほんの少し、ほんの少しで構いません。 皆様の温かな心を、皆様の温かな善意をどうかハインちゃんに! よろしくお願いします!」 その声に従い、周囲にいる、銀色の、どうやら運動員の制服らしいジャンパーを着込んだ運動員も、 「よろしくお願いします、よろしくお願いします」と、口々に叫んで募金箱を、 往来に向かって突き出している。ほとんどの人が気にも留めず、運動員の前を通り過ぎて行くが、 中には立ち止まり、財布から小銭を出して箱に入れる人もいる。一円玉五円玉十円玉百円玉、 身なりの良い、指に幾つもの大きな指輪を填めた紫色に染まった髪の毛の女性などは、 一万円札を取り出して丁寧に折りたたみ、募金箱の中に差し込んだ。 募金をくれた全ての人に運動員は口々に礼を言って頭を下げる。 スーツの女が頭を下げたままチラとブーンを、睥睨したので、慌ててブーンもお辞儀をする。 さもしい作業だ、とブーンは思った。ハインという人物に感情移入できないせいでもあろう。 過去の自分がどう思っていたのであれ、今の自分はハインという人物を大切とは思わないし、 そもそもハインとは一体誰なのかさえ知らない。 何だか自分が、身なりそのままの哀れな乞食のような気がして、 一刻も早くこの場から逃げ出したい気持ちで一杯になった。 しかしそんなことをスーツの女が許してくれるわけがないし、老人の体力で逃げ切れるはずもない。 だが、とブーンは考え直す。そもそも今自分が此処に、中心人物として立っているということは、 今の自分が自覚していない過去の自分が、この募金活動を決意し、主催したということだ。 主催者である自分には、ともすればこの募金活動を中止する権利などがあるのではないだろうか。 ( ´ω`)「あの、ええと、あのう」 未だ声を張り上げているスーツの女に、ブーンは声をかける。 ('、`*川「はい、なんですか、ブーンさん」 ( ´ω`)「ええと、こんなこと、もう止めませんかお?」 ('、`*川「……は。と、いいますと?」 ( ´ω`)「いや、なんというか……なんだか気持ちが悪いんですお。こうやってここに立って、 道を行く人たちにお金を貰っているということが。そりゃあ確かに、ハインさんは、 すごく、大変な目に遭っているんだと思いますお。だけど、何も関係の無い人たちに、 お金を貰っているのが、すごく、申し訳ないし、理不尽なことだと思うんですお」 女はしばしブーンを眺め、小さく、しかしはっきりと舌打ちをした。 余計なことを言い出した。耄碌老人のくせに、などと思っているに違いなかった。 やがて彼女は、一層優しげな声色でブーンに言った。 ('、`*川「ブーンさん、あなたはもう、何も考えなくていいんですよ」 吐き気を催すほどに甘ったるい笑みを浮かべた。 ('、`*川「募金活動は私たちが誠意をもって行います。目標金額に到達するためには、 まだ、もう少し時間がかかりますから。やはり、今日は少し疲れてらっしゃるみたいですね。 お車にご案内しましょう。先程も言いましたが、もうすぐ記者会見に赴かないといけませんし」 ( ´ω`)「いや、あの……」 ('、`*川「みなさん!」 ブーンが反論しようと声を上げた途端、女はまた拡声器を掴んで怒鳴り始めた。 巨大なハウリングが起き、往来の視線がこちらに集中し、ブーンは立ち眩んで蹌踉めく。 ('、`*川「こちらにいますブーンさんはこれまでたった一人でハインちゃんの看護をなさっていました。 誰の力を借りることもなく、孤独に、昼夜を問わず、常にハインちゃんの傍にいたのです。 ある時、ブーンさんは言いました。私も、もう長くは生きていられない。 私自身はどうなってもいい、しかし、ハインだけは、ハインちゃんだけは助けてあげたい。 それが私の、最後の願いなんだ――と! その言葉に胸打たれた私たちは、 寄り集い、ハインちゃんを、何がなんでも助けようと決意したのです!」 頭を下げたままだった。憐憫の眼で見つめられることが、どうしようもなく屈辱だった。 ('、`*川「私たちは届けたいのです、ブーンさんのこの思いを。 そしてできれば、ブーンさんが御存命のうちに、ハインちゃんを目覚めさせてあげたい。 時間は刻一刻と無くなっています。私たちには皆様の協力が、どうしても必要なのです!」 女と、周りの若い運動員たちが一斉に「よろしくお願いします!」と頭を下げる。 十数人いた聴衆の半分ぐらいはそのまま、何事も無かったかのように去っていった。 残り半分は、慌てた様子で財布を取り出し、それぞれの思惑の分だけの金銭を取り出す。 ブーンが顔を上げて見てみると、中にはハンカチで目頭を押さえている老人までいた。 / ,' 3 「頑張ってください」 その老紳士は財布から万札三枚を取り出して募金箱に入れた。 それからブーンに近づき、その手を取って固く握り締めたあと、一度辞儀して歩き去った。 ('、`*川「……さ、ブーンさん、行きましょうか」 茫然と立ち竦むブーンに、女は言った。 ('、`*川「記者会見の時間まであと数時間ありますので、十分にお休みください。 ああそれから、ホームページに乗せる、ブーンさんのコメントの件なんですけれど、 煩わしければ此方で用意いたしますので。ブーンさんの品位を落とすことにならないよう、 十分注意したメッセージにいたしますのでご安心くださいね……」 用意された、やけに大きな外国車に乗り込んだところまでは覚えている。 シートに座り、一息ついて、すぐに強烈な眠気が襲いかかってきた。そして意識も断絶した。 その記憶が正しければ、今ブーンは夢を見ているということになる。 明晰夢に分類される、既視感溢れる夢だ。そして、ブーンはまたしても、扉の前に立っていた。 こうなると最早、何が現実で何が夢なのか、分からない。ブーン自身が、 何が現実で何が夢であって欲しいと、願っているのかも分からない。 いつからこのような、ただ流されるだけの存在になってしまったのだろう。 もしかしたら、最初からだろうか。今のブーンにも、ただ目の前の扉を開くことしか、選択肢は無い。 皺にまみれた手で、ブーンは扉を押し開ける。 中の空間は少しも変わってはいなかった。大きな机とそれを囲む椅子。 一つだけ置かれたノートパソコン、他に何も無いがらんとした、空虚を象徴しているかのような場所。 そして今また、ノートパソコンの前に、見覚えのある男が見覚えのある姿で座っている。 ( ・∀・)「これはこれは……お久しぶり、と言った方が良いのでしょうかね」 モララーは以前と全く変わらない、気さくな笑みを浮かべた。 ( ・∀・)「それにしても、随分年を取られましたね。いつの間にか、私を追い越してしまった」 ( ´ω`)「そういうあなたは、全く年を取っていないですお。どうしてですかお?」 ( ・∀・)「それは、あなたと私とでは、流れる時間が違っているからでしょうね」 ( ・∀・)「あなたも、特殊夢遊病患者であるからには、他の人より強く感じているでしょうが、 夢の中で流れる時間は、実際の時間とは異なります。いわば主観的時間というわけです。 あなたの主観的時間では、すでに五十年の年月が流れている。しかし、 その間に僕が経た時間といえば、せいぜい数日から数週間といったところでした」 ( ´ω`)「どうしてそんなことが起きるんですかお。そんなことが起きたら、 何もかも滅茶苦茶になってしまいますお」 ( ・∀・)「時間が、誰にとっても等しく一定のペースで流れるのは現実世界での話です。 つまり裏を返せば、非現実の世界では必ずしもそうであるとは限らない……。 全部非現実なんですよ、ブーンさん。それも、一般的な非現実ではありません。 いわば私たちは、『非現実以外の世界』を知らないのです。非現実に生まれ落ちて、 非現実の生を生き、非現実の死を死んでいく。それが、私たちです」 ( ´ω`)「……」 老化のためか理解の速度が遅れる。モララーが喋り終えて約十秒、ようやくブーンは、 モララーの言葉、その一つ一つを飲み込み終えた。しかし、飲み込んだところで理解はできない。 その様子を見て取ったモララーが、ノートパソコンをブーンの目の前に置く。 ( ・∀・)「これを見てください」 今のブーンに、チカチカするディスプレイを眺めるのは苦痛でしかなかったが、 それでも眼を凝らし、そこに表示された文字情報を把握しようとする。 クー、という言葉および人物には覚えがある。自分に内在する存在。 ブーンの想像を集合させた、ある種究極のアニマのような人物。 その下に作者名らしい、英数字の羅列。 その次にプロローグから第六話までがタイトル付きで載っている。 ( ・∀・)「ここに、全ての情報が記されています」 横から、モララーが言った。 ( ・∀・)「そこには貴方のことも、私のことも、勿論クーさんのことも書かれていますよ。 そしてこれこそが、この世界がすべて非現実であるという証明なのです」 ( ´ω`)「でも、これは……小説か何かじゃないんですかお?」 ( ・∀・)「ええ。だからこそ、ですよ。読んでいただくのが一番早いのですが……」 モララーは一旦言葉を噤む。ブーンが老人であることを気にしているらしかった。 ブーンは黙って、プロローグのタイトルをクリックし、読み始める。 そこには、確かに全てが書かれていた。この世界のことが、そしてブーンのことが。 これは、ブーンを主人公に置いた小説、つまり虚構である。 しかしここに書かれている内容と、ブーンの記憶はほとんど一致する。 逆に言えば、ここに書かれていないことを、ブーンは何も記憶していないのだ。 眼の痛みを堪えながら、頭の中が渦巻くのを感じながら、ブーンはそれを全て読み終えた。 長い長い沈黙のあとに、モララーが言った。 ( ・∀・)「恐らく、ここには貴方の全てが書かれていたと思います。私にも確かに、 ここに書かれた言動をした覚えがありますから。まるでドグラマグラの一場面のようです。 あの時虚構内でドグラマグラに出会った主人公は、その内容を読むことはしなかったと、 記憶していますが、貴方は内容を読んだ」 ( ω )「これは……途中までですかお?」 ( ・∀・)「どうやらそのようですね。色々と調べてみたのですが、これはブーン系小説と称される、 一種の素人小説群に属している一作品のようです。掲示板に書き込まれた作品内容を、 このページを運営しているような、複数のサイトが作品ごとにまとめています。 中には定期的、不定期的に連載しているものもあるようで、 『想像上の生物』もそうなのですが、その場合は最後に書き込まれたところまでを、 まとめているようです。ですから、今書かれているのはここまでということになりますね」 ( ω )「……続きは、続きは読めないんですかお?」 ( ・∀・)「もうすぐ更新されるでしょう……勿論、最新の私たちの行動が描写されて」 ( ´ω`)「一体どういうことなんですかお? 僕たちのことが、インターネットに載ってて……」 ( ・∀・)「ええ。しかし載っている場所は私たちの住む世界ではなく、正真正銘の現実世界です。 つまりですね、このパソコンの向こう側にある現実世界で書かれた虚構…… それがこの世界であり、私たちの存在なのです。平たく言えば、小説の登場人物ですよ。 私たちの行動や言動を読んでいる人たちがいるというわけです」 また、どのような感情表現も適していないような気がした。何しろここは、非現実の世界であり、 現実だと思いこんで生活していた自分たちの言動が、いきなり非現実に適応するわけがない。 ( ・∀・)「……私がこの事実を知って、残念なことが三つ、あるのです。一つは、 私だってこの世界が現実のものであると思いこんでいましたから、特殊夢遊病となって、 この部屋にも出入りできるようになったことで、非現実に身を置けると喜んだものです。 しかし、そもそも世界全体が非現実ならば、その喜びや幸福も半減してしまう。 二つ目は、この虚構が所詮一人の素人小説家気取りの作品でしかないということ、 そして三つ目に、この虚構が載せられている場所が、インターネットの一地域であり、 多くの読者を獲得しているコミュニティではないということです」 ブーンはぼんやりとモララーを見つめた。彼の心配どころはすでに、この世界そのものから、 超越してしまっているらしい。思えばこの若者は最初から、感性がどこかおかしかったのだ。 ( ・∀・)「できれば、少なくとも私よりも文章力、表現力に長けた人物に描いて欲しかったのですが、 まあ善しとするしか無さそうですね」 ( ´ω`)「……モララーさん」 ( ・∀・)「はい?」 ( ´ω`)「僕にはまだ、信じられないんですお。僕たちが小説の人物でしかないって……。 じゃあ、ということは、僕がこんなことになってしまっているのも、 小説の展開でしかないということなのですかお?」 ( ・∀・)「そうです。そもそも小説としての面白さを前提とした世界なのですから。その証拠に……」 モララーがマウスを操る。 狂気に同化しているようなものなど。概ね好評ではあるようですが、 批判も見られます。安っぽい、あざといと言っている人もいる……この世界が、 朝のガスパールの世界なら、ここで感想に対する批評が行われるのでしょうが、 作品の文面と私たちは関係無いですからね。それをする必要は無いでしょう」 自身も小説家志望だからか、モララーは随分と楽しそうに話す。 しかしブーンにとっては、とても楽しんでいられない。それどころか、どうしようもない理不尽である。 即ち自分は、この狂気の空間で動き、狂乱するためだけに生まれたのだ。 そして役目が終わり、この『川 ゚ -゚)クーたちは想像上の生物のようです』に終止符が打たれれば、 同時に自分自身も消えてしまう。 ( ´ω`)「……こんな、馬鹿なことがあっていいのかお。僕は、小説の人物として、 たったそれだけの存在として、消えていくんだお……」 ( ・∀・)「……まあ、あなたはこの物語の主人公であるようですからね。 哀しさも人並み以上でしょう。しかし、希望を与えるというわけではありませんが、 あなたそのものが、この物語の終焉とともに消えるわけではないんですよ。 このコミュニティには他にも様々な作品がありましてね。半数以上の作品で、 貴方は主役級の扱いを受けているんです。スターシステムというのをご存じですか。 登場人物を変えずに、世界観を様々置き換えていく手法です。 小説ではあまり見られない手法で、この、いわゆる『ブーン系小説』においても、 それぞれのキャラクターを強調するAA……この、台詞の前についている顔文字です…… のおかげで、スターシステムが成立しているのであり、多くは映画やアニメで使われます。 この手法で、貴方は様々な世界を渡り歩くことができるのです。これまでも、これからも」 ( ´ω`)「……でも、それは僕自身じゃないお」 ( ・∀・)「ええ。ですから、希望ではないんですよ」 寿命が尽きて死ぬのかも知れないし、ある日突然車に轢かれるかも知れない。 それがただ、虚構という枠に嵌められているだけなのですから、 別段気にすることでもないでしょう。今まで通り生きていけばいい」 ( ´ω`)「そんなこと、できるわけないお。僕はもう、この世界がまがい物だって、知ってしまったお」 ( ・∀・)「現実世界でも同じですよ。まがい物ではないという保証など何処にもない。 それを知る事なんて、普通は不可能なのですから」 では、何故教えたのだ。ブーンは心の中で毒づいた。自分が知りたいと欲していたのだから、 それは逆上に過ぎない。だがそれでも、ブーンはモララーに対する怒りを収められそうになかった。 ( ´ω`)「……この物語を書くなって、言えないのかお?」 ( ・∀・)「どういうことです?」 ( ´ω`)「これ以上続けないで欲しいお。もう、理不尽や不条理の中で生きていたくないお」 ( ・∀・)「それは、不可能でしょう。そもそも私たちと彼らこの作品の作者や読者との間には、 致命的なレベルの差があります。現実と虚構という、圧倒的なレベル差が。 現実から虚構への干渉はできこそすれ、現実が予期しない、虚構の反乱は、 およそ無理なことなんですよ」 ( ω )「……じゃあ、このままずっと、現実の奴らに操られ続けるのかお?」 ( ・∀・)「それだって、何も思わなければいいのですよ。 直接、命令されているわけでもないのですからね。自律していると思えば十分」 ( ω )「自律してないお!」 床を転がっていく。ブーンは立ち上がってモララーを睨み据えた。 ( ゜ω゜)「僕はどこかの、誰とも分からない奴に書かれた存在でしかないんだお! それが分かってしまったのに、今まで通り生きていけるわけないお! それに、これからだって理不尽や不条理は絶対襲ってくるんだお。 堪えられるわけないお、堪えられるわけ、ないゲホ、げほがほごほがほげほ」 不意にブーンは激しく咳き込んだ。この老体では、大声を出すことさえままならない。 咳をするにも体力を使い、遂には床に崩れ落ちた。 ( ・∀・)「……気に障ったのであれば謝罪します。しかし、これはどうしようもないことですよ。 以前にも言いましたが、私たちはこれら物語の全貌を知れただけでも、 幸福であると思わなければならないのではないでしょうか。 貴方にとっても、このまま何も知らずに不条理を受け入れるよりは、ましなのでは」 そんなことは分かっている、と再び怒鳴ろうとしたが、呼吸音ばかりが口から漏れる。 今の自分は情けないほどに弱体だ。あまつさえ意識が朦朧としてきている。 ( ・∀・)「……そうだ、一つあなたに質問があるのですよ。 この物語で、随分と重要なファクターであるらしい、ハインという女性についてなのですが」 ハイン。その名を聞いて、僅かに覚醒する。スーツの女曰く、ブーンの大切な人。 そして、先程読んだ物語=過去において、ブーンが確かに大切だと思っていた人。 しかし、物語を読んだところで、ハインという女性の記憶が戻ってくることは無かった。 ブーンにとって今、ハインとはただの小説の登場人物であり、それ以上の思い入れは無い。 だが、過去に自分は、ハインという女性を愛していたのだ。 理不尽に塗れた青春の中で、ブーンは確かにハインを、好きになったのだ。 ( ・∀・)「ふむ……やはり最新話に於いて、消されてしまったからでしょうかね……」 唐突に、ブーンの眼から涙が溢れ出した。それがハインに関する涙であることは即座に理解したが、 何故涙を流すのかについては全く分からなかった。自分はハインを覚えていないのだ。 だから涙を流すような義理も、感情の起伏も無いはずである。 一つあるとすれば、喪失感による悲愴だ。ハインのことに限らず、記憶自体が喪失していることに、 今の自分が悲しみを覚えているのだ。そう、解釈するより他は無かった。 ( ・∀・)「……さて、私はそろそろここから出ようと思います」 モララーはそう言いながら、倒れ込んでいたブーンの手を取って起き上がらせる。 その手を払い、ブーンは自分で椅子に座り直した。まだ頭がぼんやりする。 眠気というよりは、酩酊に近い意識状態だった。頭痛を伴う、不快な微睡み。 ( ・∀・)「ここでやるべきことは全て終わりました。 全てはブーン系小説と呼ばれる中の一作品のでき事であるということ。 そしてこの空間は、私たちの虚構と現実を繋ぐ唯一の空間であるということ。 これ以上の情報がここから得られるとは思えませんので」 ( ;ω;)「……これから、これからあなたはどうするんですかお? どこへ、行くんですかお?」 ( ・∀・)「さて、私は……どうなるんでしょうね。ここにいるということは、 それなりの役割を与えられているはずですが……これで、お役ご免なのかも知れません。 物語に描写されなければ、それは死んでしまったも同様なわけですからね」 ( ;ω;)「……」 あなたの命は保証されている。この物語がどこかで、ごく普通の日常恋愛ストーリーに、 ならないとも限らないわけです。ですから、あなたは自由に生きるべきです」 ( ;ω;)「……」 扉の前にモララーは立つ。彼は静かに、目の前に聳える古臭い扉を見上げた。 ( ・∀・)「もしかしたら、この扉をくぐることは、私にとって緩慢な自殺なのかもしれないですね」 そして、彼は扉の向こうへ消えた。 扉が閉まり、ブーンは孤独になった。このまま佇んでいれば、その内消え行くような錯覚を感じた。 見上げればそこには虚無がある。この虚無は一体何なのだろう、とブーンは考え始める。 虚無は虚無だ。それをブーンは知っている。虚無の形と虚無の色を持った虚無である。 いっそ、虚無に同化することはできないだろうか。 非現実……ブーンにとっては紛れもない現実だが……の中で生きるよりは余程楽だろう。 少なくとも、都会の雑踏の中、信頼も置けない女の指示通り金を集める作業よりは、 幾分人間的だろうし、それらしい意味を見いだすこともできるに違いない。 だが、手を伸ばしたところで虚無には届かない。いや、届いたところで、 虚無と同化などできるわけがないのだ。ブーンは今、確かに存在してしまっている。 同化する時は、死ぬときに違いない。この世界の死を死んだとき、虚無に同化できるはずだ。 思考を止めてからも、ブーンはしばらく動くことができなかった。 虚無とは同化できなくても、椅子とは同化できるらしい。そういえば、 スーツの女が記者会見がどうのこうのと言っていた。自分はそれに出席しなければならないらしい。 理不尽の中へ。不条理の中へ。何故好きこのんであのような狂躁に没入せねばならない。 だが、よく考えればそれは、現実世界でも同じような物だったのではないか。 その現実世界とはブーンがこれまで生きてきた(と認識している)現実世界であるから、 実際は非現実なのだが、このノートパソコンの向こう側の、真の現実世界でも同じようなものだろう。 人間誰しも理不尽と不条理の中で生きていく。何故生きていくのか。産まれたからだ。 産まれてしまったから生きていかなければならない。そうしなければ、誰かに迷惑がかかるから。 その『誰か』は生きているのが楽しいと感じている。この世にいることが幸せだと思いこんでいる。 だが、そんなことはない。よく考えてみればすぐに分かる。世に生きる大多数の人間にとって、 幸福と不幸、どちらの比率が高いだろう。間違いなく後者では無いか。 愚かしい人間たちは、僅かな幸福を得るために多大なる不幸を受け入れる。 仕方のないことだと思いこんでいる。そしてそれを認めることが大人になることだと、笑う。 お母さんお父さん、産んでくれてありがとう。感謝しても感謝しても足りません。 親の葬式では泣き崩れる。社会に洗脳され、親を尊敬の眼差しで見ていたから、泣けるのだ。 手前らの快楽のために人間は性交をする。あるいは、子どもが欲しいからなどという、 所有願望や、近所の新婚夫婦も子どもを作ったからという一元論的意識でもって、 子作りと称して性交する。そうして子どもが産まれた途端に、 母親は母性本能に駆られて子育てを始める。傍から見て、これほど滑稽なこともなかなか無い。 産まれた子供が気に入らなければ殴り殺す。産まれる前に中絶しても良い。 殺されない子どもは過剰な期待と共に育てられる。親バカと呼ばれる洗脳教育によって、 望みもしない教育を受けさせられる。何故か。人間が高等だからだ。下らない使命を持つからだ。 生きるために必要なのではない、親の面子のため、育てられた恩に報いるために必要なのである。 一部の成功者、天才を除いて、社会に出てからの生活は不幸で固められている。 面白くもない仕事を覚えて、数十年間従事する。それで人生の半分は無に帰す。 僅かな休日を寝て過ごすことに喜びを覚え、自分には少しも関係のない、 テレビドラマに一喜一憂し、大してわかりもしない政治や国際情勢に愚痴る。 自分と同世代の成功者の威を借りて、自分より下の世代の若者を貶める。 そうやって人生を謳歌したと思いこんで退職、余生を半分義務のようにして覚えた趣味で終える。 愛情を覚えて結婚した相手にも、三年も経てば飽きてしまう。後悔ばかりが残る。 こんな世の中に産まれてしまったばっかりに、つまらない、理不尽な生き方をせねばならない。 不快感ばかりの世界に生きなければならない。だからといって、大抵の人間は自ら死を選べない。 恐ろしいから。怖いから。死の先に何が待ち受けているか分からないから。 ああ、下らない。考えているうちに腹が立ってくる。理不尽を理不尽とも思わず、 白痴のような顔で浮き世を歩く馬鹿共。一度認識すれば後は鬱陶しくて仕方がない。 理不尽を理不尽と思っても、死なずに文句ばかり言うやつも鬱陶しい。どっちも死ねばいい。 だが奴らは死なない。死なないからいつまでも存在し続ける。腹が立つ。 いっそ殺してやろうか。そうか、そうすればいい。殺してやればいいのだ。 殺してようやく、理不尽さに気付き嘆くはずだ。そうだ。その通りだ。殺してしまえばいいのだ。 勿論、人を殺すことはさほどの罪ではない。人間は他人の死が大好きだ。 人が綺麗に死んでいく映画を見て涙を流す。そうやって涙を流す自分にうっとりするのだ。 身内が殺されれば怒り狂う。そうしなければ非常識だから、怒る。別段怒りたくなく、 むしろ殺してくれてありがとうございますなどと考えていても、怒る。 そしてそれはひどく楽しいことだ。日常からのトリップ。役者になったかのような錯覚が感じられる。 特に中年の男女はサスペンスドラマが大好きだ。何故か。それが非日常だからだ。 彼らの幼稚な知能では、人殺しぐらいでしか、非日常を感じられないのだ。 舌を噛み切ったとしても、何らかの方法で生かされてしまうだろう。 自分はこの物語の主人公なのだから。物語が終わるまで付き合わなければならない。 ならば人を殺せばいい。どうせ世界は狂っているのだ。自分も一緒になって狂わないでどうする。 殺せ殺せ。それに、もしかしたら殺すことは、今の世界観では英雄の仕業になるかもしれないぞ。 自分は万民に讃えられるのだ。それも快楽だろう。別に罪でも構わない。どうせ死ぬことは無いのだ。 死んだら死んだで万々歳だ。ようやく虚無と同化できる。天国行きだ、天国行きだ。 さあ殺そう。まず殺そう。とにもかくにも殺しまくろう。だが、素手で殺すのはちょっと面倒だ。 一人一人首を絞めていたのでは時間がかかりすぎる。もう少し効率的なのがいい。 効率で言えばやはり銃器の類だろうか。手榴弾なんかも良い。 しかし、ちと手応えに欠ける。この場合、殺すことが手段でなく目的なのだから、 殺したという感触は欲しい。そうしなければ満たされない。何かが満たされない。 やはり金属バットが良いだろう。後頭部を一発ガンと殴れば、殺すに至らないまでも、 痛みで苦しむ姿を見ることができる。十分すぎるほどの感触もあるだろう。 ありがちな武器だと。そんなことは知らん。自分が関与する問題ではない。 何しろ自分はどこの誰とも分からんクズに操作されるだけの存在なのだから。 ありがちだとか、そういうのは、そのクズが悪いのだ。どうせ、自分が金属バットを選んだのも、 自分の意思ではなく、クズの意思なのだから。 まあいい。どうでもいい。殺せればそれでいい。どこかに手頃な金属バットは無いか。 おお、こんなところに金属バットがあるではないか。よし、これを使おう。 被害者親族の中にはご高齢になってしまわれた方も沢山おられます。 このまま死ぬまで再会出来ないなどということになってしまわないように、 関係閣僚の皆様や、総理には深く、深くお願い申し上げる次第です」 会見場となった、ホテルの会場には、数台のビデオカメラと数十人の記者たちが犇めいている。 時々炊かれるフラッシュの中で、スーツの女は長々と喋り続けている。 (-@∀@)「あ、すいません。麻否新聞のアサピーと申します。ええ、 今回はハインちゃんの手術費を集めると言うことですが、目標金額の方は?」 ('、`*川「ああ、そっちの話ですか。目標金額は一億二千万円となっています。 現在のところ、半分程度集まっているのですが……」 <ヽ`∀´>「厨王日報のニダーニダ。今後在日外国人の就職不安をどのように解消していくニダ?」 ('、`*川「現在厚生労働省に訴えております。在日外国人の正規雇用が少しでも増えるよう、 各企業にも訴えていく所存です」 _ ( ゚∀゚)「桜事通信のジョルジュだけど、捕鯨問題にはどう取り組むの?」 ('、`*川「グローバルな視点から見ても日本の、独断的な捕鯨は認められるものではありません。 今後も捕鯨船に対しては断固たる態度で臨んでいく所存です」 ( ´ー`)「えーでは、この辺りで質問の受付を終了させていただきます」 司会役の男が言う。 ( ´ー`)「最後に、『ハインちゃんと拉致被害者を救い、雇用不安を解消した上で、 捕鯨問題に取り組んでいく会』の主催者であります、ブーンさんから一言頂きます」 ( ゜ω゜)「えー。まずハインとかいう人について僕は知らないので何ともコメントのしようがないお。 ぶっちゃけ、一億もかけて救うぐらいなら、もっと他に金を回すべきだお。 それから、拉致被害者も僕には関係無いから知ったこっちゃねーお。 在日外国人は別にどっちでも良いお。でも、死ねばいいと思うお。 あと……」 ('、`*川「ちょっと、何言ってるの!」 横からペニサスがマイクをもぎ取ろうとする。ブーンは、床に置いてあった金属バットで、 ペニサスの後頭部を思いきり殴りつけた。 ( 、 *川「ぴげらっ」 声にならぬ声を出したペニサスの眼球が眼窩から飛び出し、 最前列に座っていた記者の膝の上にぽとりと落ちた。たちまち辺りは騒然となる。 ( ゜ω゜)「クジラは美味いお」 今までに感じたことのない快楽に身を浸しながら、ブーンはゆっくりとテーブルをまたぎ、 記者席へと歩く。逃げまどう記者全てがカタルシスの対象だった。 安易な殺戮とグロテスク描写が、今まさに始まろうとしていた。 第三千五百六十七話『六十七億の狂想』終わり。 コメント
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