長岡速報 |
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4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:13:08.84 ID:XV6MklIo0
講師控え室にはデレとクーがいた。 デレは小さな刷毛をクーの爪に載せ、さっ、と爪先のほうに滑らせる。 たちこめる有機溶媒の匂いに辟易しながらも、 クーは自分の爪の上にきれいなピンク色が広がっていくのを、じっと眺め下ろしていた。 川 ゚ -゚)「うまいものだな」 きらきらと輝くピンク色に覆われた自分の爪を見て、クーは言った。 ζ(゚ー゚*ζはがんばるようです 川 ゚ -゚)「これで完成か?」 ζ(゚ー゚*ζ「まだよ。まだ動かないで」 川 ゚ -゚)「ん? 二回塗るのか」 ζ(゚ー゚*ζ「そうよ」 デレはボトルを引き寄せ、もう一度ポリッシュを刷毛に取る。 川 ゚ -゚)「一緒だな」 ζ(゚ー゚*ζ「…何と?」 川 ゚ -゚)「プラモと」 がく、とデレは肩を落とした。 8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:17:03.97 ID:XV6MklIo0 ζ(゚ー゚*ζ「クー、あなた爪は塗らないけどプラモは塗るの?」 川 ゚ -゚)「ん、いや、私じゃない。ドクオがやってるのを見たことがある」 ζ(゚ー゚*ζ「なるほどね」 クーの恋人のドクオ君。 冴えない理系ポスドク男だけど、なぜかクーはそんな情けないドクオ君を、いたく好いている。 ま、デレだってドクオ君のことを嫌いなわけじゃない。 ただもうちょっと、頻繁にお風呂に入って、寝起きのまま跳ね回ってる髪の毛を整えて、 話すときにやたらと体を寄せず、空気を読まないオタ発言を控えて、自分語りも控えて、 どうでもいい自慢話も控えて、歯もよく磨いて、食べるときに音をさせず、頻繁に触ってくる癖を改めて、 わけのわからない専門知識のようなもので理解できないアドバイスのように話しかけてきたりとか、 持ち歩いてるノートパソコンの壁紙に虹画像を使うのを止めてくれればいいな、とは思っている。 そんなことを考えながら、デレはクーの爪の上にふたたび刷毛を走らせた。 9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:18:57.94 ID:XV6MklIo0 ζ(゚ー゚*ζ「はい、おしまい」 二度塗りを終えて、デレはクーの手から刷毛をはなす。 川 ゚ -゚)「おー」 スジもたわみもない、綺麗な塗りだった。 川 ゚ -゚)「これはすごい」 ζ(゚ー゚*ζ「しばらく動かさないでね。完全に乾かさないと、どこかにぶつけた時によれちゃうよ」 川 ゚ -゚)「うむ、わかった」 遠くから鐘の音が聞こえてきた。 三コマ目の講義が始まる時間なのだろう。 講師である二人の受け持つ講義は、ともに四コマ目のものだ。 一時限は90分。十分に爪を乾かす時間はある。 10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:21:00.63 ID:XV6MklIo0 ζ(゚ー゚*ζ「あー超お腹減ったしっ♪」 川 ゚ -゚)「そういえばそうだな。もうお昼の時間は過ぎたのか。 デレ、食堂に行こうか」 ζ(゚、゚*ζ「だめよクーは動いちゃ。ネイルがまだ乾かないうちに動いちゃ台無しになっちゃう」 川 ゚ -゚)「なんだと。私は腹が減ったぞ」 ζ(゚ー゚*ζ「私が行って、何か買ってきてあげようか?」 川 ゚ -゚)「やだ。 一人になるのはさみしい」 ζ(゚、゚*ζ「むー。私はお腹がすいたの!」 11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:23:01.32 ID:XV6MklIo0 川 ゚ -゚)「そうだデレ。私の携帯をとってくれ」 ζ(゚ー゚*ζ「これ?」 デレが差し出した無骨なドコモ携帯を、クーは空いている左手で受け取って、 片手で器用に画面を開いた。 ζ(゚ー゚*ζ「…何してるの?」 川 ゚ -゚)「昼飯をドクオに買ってこさせよう。 そうすればデレも私もこの場にいながらにして昼食を取ることができる。 全ての問題を一挙に解決することができる、我ながらすばらしい案だ」 ζ(゚ー゚;ζ「……」 ぎこちなく左手の親指でメールを打つクー。 二人の関係は一時が万事この調子なのかな、とデレはそれを見ながら思ったけど黙っていた。 12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:24:56.75 ID:XV6MklIo0 ニ. しばらく二人は、塗りあがったばかりのクーの爪を前に、 この後にどんな飾りをするかについて話し合った。 四つつなげると人物の顔になるジャンプコミックス方式にだけはしないと二人で合意した頃になって、 ドクオが講師控え室の扉を開けて現れた。 ('A`)「クーさん。いますか」 川 ゚ -゚)「来たか。約定の刻限にはちと遅いようだが」 ('A`)「あ、す、すみません…実験をしてましたもので」 川 ゚ -゚)「そうか。ところで例のブツはちゃんと買ってきたのだろうな」 ('A`)「は、はい、そこは抜かりなく」 川 ゚ -゚)「うむ」 15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:28:17.16 ID:XV6MklIo0 ζ(゚ー゚*ζ「ドアの前で立ってないで入っていらっしゃいよ、ドクオ君」 ('A`)「あっデデデデレさん、こここれはどうも」 ドクオはおずおずとキョドりながら部屋の中に入ってくる途中で椅子に軽く足をぶつけた。 痛そうにしながらも机に歩み寄り、 おにぎりやサンドイッチ、ペットボトルを白い袋から取り出し、テーブルの上に並べた。 川 ゚ -゚)「ふむふむ、良いラインナップだ。ツナおにぎりが食べたい」 ('A`)「はあ、それならここに」 川 ゚ -゚)「ツナおにぎりが食べたいなああああああああああああああ」 ('A`;)「…?」 ζ(゚ー゚*ζ「ドクオ君、クーは片手が使えないの。包装を剥いて欲しいんじゃないかな」 ('A`)「あ、な、なるほど」 17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:29:57.40 ID:XV6MklIo0 海苔の巻かれたおにぎりをドクオから受け取り、クーは左手でもぐもぐと食べている。 ζ(゚ー゚*ζ「私ももらっていいの?」 川 ゚ -゚)「もぐもぐ。どうぞ」 ('A`;)「え、そうなの?」 デレはサンドイッチを一つ取り、封を開ける。 ('A`;)「…二人ぶんの昼飯買ってこっちに来て、ってそういう意味だったのか」 ζ(゚ー゚*ζ「もぐもぐ。どうしたの?」 ('A`)「ああ…俺の昼飯オワタ」 ζ(゚ー゚*ζ「じゃあサンドイッチ一つあげる」 ('∀`)「わーい」 19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:31:59.89 ID:XV6MklIo0 川 ゚ -゚)「ドクオ、お前はいっぱい金もらってるんだからサンドイッチ一つくらいで喜ぶな」 ('A`)「いやそんなに貰ってないですよクーさん」 川 ゚ -゚)「年間で300万円ってのは、今の日本の20代としては貰ってるほうだぞ。 経済学者の私が言うんだから間違いない」 ('A`)「つっても研究者としての契約は一年契約で、おまけに300万円は研究費ですよ」 ドクオは食べかけのサンドイッチを片手に、はあーっ、とため息をついた。 ('A`)「厳しいんですよ、今のポスドクは。 博士号なんて何の役にも立たない…はぁ……」 ζ(゚ー゚;ζ「…なんか疲れてない? ドクオ君」 ('A`)「そりゃまあ…学会発表前ですから。 最近は土日もずっと実験してますし、帰りは日付を超えることは当たり前で…」 20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:33:55.18 ID:XV6MklIo0 川 ゚ -゚)「学会? つい最近も学会発表してきたって言ってたじゃないか」 ('A`)「ええまあ。今年は六回ほど発表を予定してますよ、重複無しで。 だからもう忙しくて忙しくて」 ζ(゚ー゚*ζ「そういえば目の下のクマがすごいね」 ('A`)「はぁ…」 ドクオがまた大きく息を吐いた。 ('A`)「デレさんがうらやましいですよ。もうすぐ准教授昇進でしょ?」 川 ゚ -゚)「おうそうだ。今日の教授会あたりで内定するんじゃないのか」 ζ(゚ー゚*ζ「えへへ。そうかなあ」 ('A`)「はぁ…いいなあ…。なんというスピード昇進。 俺もせめて早く講師くらいにはなりたいなぁ…」 22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:36:33.71 ID:XV6MklIo0 准教授と講師。 どちらも大学内でのポジションだが、一番の違いはその待遇だ。 給与、社会保障、社会的地位、そしてなにより学会、また学内での発言力が違う。 学生時代を終えてもなお大学に残る連中は、 大きく分けてモラトリアム継続組とアカデミズム組とに二分される。 「社会」に出るのが嫌で修士過程に進む者も多いが、彼らは大きな勘違いをしている。 なぜなら、博士課程ともなると、そこには荒波渦巻く苛烈な「社会」が待っているのだ。 理系ドクターの、教授に搾取される労働力と日常、そして空回りする私生活。 また文系ドクターの絶望的な将来性。 ('A`)「ポスドク唯一の希望は、将来教授にまで上れる可能性が皆無ではないという点です」 どん、と机を叩いて、ドクオは言った。 ('A`)「たとえ統計上一割四分しかない可能性であっても、ゼロではないのです」 川 ゚ -゚)「いいからそのペットボトルのフタを開けろ」 ('A`)「あっはいすみません」 23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:38:34.78 ID:XV6MklIo0 ('A`)「はいどうぞ」 川 ゚ -゚)「うむ、ご苦労」 クーは冷たいお茶をごくごくと飲んで、ペットボトルを机の上に置く。 川 ゚ -゚)「しかしドクオ、お前はお国の予算から300万円も貰ってるんだから、 お前が馬車馬のように働くのは当然だ」 ('A`)「クーさんだって講師なんだからお国からカネを貰ってるでしょう」 川 ゚ -゚)「私はちゃんと研究してるぞ。もう講師になってから論文を九発も出している」 ζ(゚、゚*ζ「そんなになるの。クーは筆が早くていいなあ」 24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:40:21.48 ID:XV6MklIo0 ('A`)「クーさん、相変わらず論文の数の単位が発なんですね」 川 ゚ -゚)「ん、うちの経済学部の伝統だな」 ζ(゚ー゚*ζ「正式には何だっけ? 本? 報?」 ('A`)「報が正解ですよ。そもそも論文には報告書的な意味合いもあり、実際の運用にも学位…」 ζ(゚ー゚*ζ「へー」 川 ゚ -゚)「ふーん」 ζ(゚ー゚*ζ「あ、そろそろ乾いたかな、クーの爪」 川 ゚ -゚)「このキラキラした白いやつを塗りたい」 ('A`)「…あのー」 川 ゚ -゚)「ああまだいたのか。ご苦労さん、研究に戻れこの国家予算ゴクツブシ」 ('A`) ヒドイ 25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:42:08.72 ID:XV6MklIo0 ('A`)「クーさんそんな調子でちゃんと研究のほうはしてるんですか」 川 ゚ -゚)「もちろんだ。今だって開放経済下の一般均衡について小国家的IS-LM分析を食事と平行して行っていた」 ζ(゚ー゚*ζ「へえ。次の論文のテーマ?」 川 ゚ -゚)「いや、口からでまかせだ」 がく、とドクオが肩を落とした。 ('A`)「やっぱり研究してないじゃないですか」 ζ(゚ー゚;ζ「そういえばクーは最近論文を出してないね」 川 ゚ -゚)「ふん、どうも論文はめんどくさくていかんな」 26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:44:18.16 ID:XV6MklIo0 ('A`)「そりゃそうですよ、私ら下っ端は…。 私なんてめんどくさい実験は全部任されるし、研究室の運営の雑用はやらされるし…」 川 ゚ -゚)「うるさい。お前と一緒にするな。 だいたいマクロ経済学なんて、もうだめだよ。あれは終わった学問だ。 架空のレポートの上に架空の論理を組み立てて、それを不完全な実践にかけるだけ。 これのどこに科学がある? はは、とんだギリシア哲学さ。しょせんこの分野、学者と政治家のおもちゃなんだよ。 あーあ…マクロ経済学者のモララー教授になんかつかなきゃよかった」 ζ(゚、゚*ζ「ちょ、ちょっとクー、やばいよその発言」 デレは声をひそめ、きょろきょろとまわりを伺った。 ζ(゚、゚*ζ「あの先生は経済学会の重鎮なんだから。 それにあの人、性格も子供っぽいし、もし悪口を聞かれでもしたら、何をされるかわかったもんじゃないよ」 ('A`)「へえ、モララー教授がねえ。 …大学勤務はどこも大変なんですねえ」 27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:45:59.08 ID:XV6MklIo0 テレッテテーレーテレッテテーレー 川 ゚ -゚)「むむ! メールか!」 ζ(゚ー゚*ζ「あたしかな。なになに…あーっしぃちゃんからだ」 ('A`)「おお懐かしい。学部時代に一緒だったあのしぃさんですか」 ζ(゚ー゚*ζ「わっ! 結婚するんだって!」 川 ゚ -゚)「そいつぁすごい」 ('A`)「しぃさんって、今なにをしてるんでしたっけ」 ζ(゚ー゚*ζ「えと…何だっけ」 川 ゚ -゚)「大学卒業後、入った会社を半年で辞めて、その後は…とくに何もしてなかったように思うな。 最近会ってなかったからわからないけど」 29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:48:14.62 ID:XV6MklIo0 ('A`)「結婚…か…」 ζ(゚ー゚*ζ「ねーねークー、クーはドクオと結婚の話とかはしないの?」 川 ゚ -゚)「ははは、またまたご冗談を!」 ('A`)「ヒドイ…といいたいところだけど、ここは本当に難しいところなんです。 何せ俺が不安定なポスドクの身分だし、それにいつ海外に行っちゃうかわかんないし…」 ζ(゚ー゚*ζ「そっか。海外に行くなら20代のうちだって言うもんね」 川 ゚ -゚)「うむ、私達ももうすぐ30歳か…。なんせ博士で27歳だもんなあ。 せめて私が准教授にでもなれれば、ドクオを養ってやれるほどには安定もするんだが」 ('A`)「いつのまに俺ら年をとっちゃったんでしょうね」 三人の間にちょっとしんみりした空気が流れた。 32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:50:06.58 ID:XV6MklIo0 三. と、そんな沈黙を吹き飛ばすかのように、講師控え室の扉が勢いよく開かれた。 <ヽ`∀´>「アニョハセヨー!」 川 ゚ -゚)「ああニダー先生」 <ヽ`皿´>「ムム! シッパル! 貴様はドクオ! おのれ、研究員ごときがここで何をしているニダ! ここは崇高なる正規教員である講師だけが利用できる部屋ニダ!」 ('A`)「ああはいすいませんね」 ζ(゚、゚*ζ「ちょっと、そういう言い方は無いんじゃないですか、ニダー先生」 <ヽ`∀´>「黙るニダ! 秩序とは上下関係をしっかりと守るところから生じるものニダ! 地位の低い研究員には、その現実を徹底的に叩き込まなくてはならないのニダ!」 ζ(-、-*ζ「はあ」 33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:53:42.77 ID:XV6MklIo0 ('A`)「いいですよ、どうせそろそろ帰らないと僕は教授にどやされますから…」 ζ(゚、゚*ζ「ごめんねドクオ。 経済学やってる人間って、なぜかやたらと攻撃的な人が多いのよね」 ('A`)「なに、どこの世界でも、全てを批判することによって自意識を保つ連中ってのはいますよ」 そう言ってドクオは講師控え室を出て行った。 ニダーはそれを見送った後、どっかりと椅子に腰を下ろし足を広げ、腕組みをして反り返った。 <ヽ`∀´>「おい! 有機溶剤の匂いがくさいニダ! 軽薄な色に爪など塗りおって! 最高学府たる大学の神聖なる講師室で、女が化粧をするなどと、実にけしからん!!」 ζ(゚、゚*ζ「あら。ニダー先生の口臭も相当にニンニク臭いですよ。 じゃあ窓を開けましょうか?」 <ヽ`A´>「ニ…ニダ…」 デレは立ち上がり、三箇所の窓すべてを大きく開けた。 クーが机の下から親指を上げ、gjサインを送ってきていた。 35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 22:57:06.05 ID:XV6MklIo0 <ヽ`A´>「だ…だいたい年下が目上に反抗するなど…。それに女のくせに!ふじこふじこ…」 デレが席に戻ってからも、ニダーはいつまでもぶつぶつと聞こえよがしの独り言を呟き続けた。 ζ(゚、゚*ζ「…出よっか」 川 ゚ -゚)「そうだな」 デレとクーは荷物をまとめて、講師控え室を出た。 二人はひんやりとした古い講義棟の、長い廊下を歩く。 ζ(-、-*ζ「今日は特別にご機嫌が悪いみたいね、ニダー先生」 川 ゚ -゚)「ああ、そりゃお前への嫉妬だろうな」 ζ(゚、゚*ζ「し、嫉妬?!」 川 ゚ -゚)「お前、准教授候補じゃん。今も教授会で昇進の話し合いをしてる最中だろ。 それにひきかえ、あのニダー先生はあの年で講師だ。 研究も冴えないし、ま、この大学での准教授昇進はもう無いだろ。 だからデレにあんなふうにやりこめられて、ご機嫌が悪くなっちゃったのさ」 37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:00:04.42 ID:XV6MklIo0 ζ(-、-*ζ「や、やりすぎちゃったかな…」 川 ゚ -゚)「お前、経済学者には攻撃的なやつが多いってドクオに言ってたな。 私から見ればお前だって十分に攻撃的な経済学者だよwwwww」 ζ(゚ー゚*ζ「えー。だってみんなそうなんだもーん♪」 川 ゚ -゚)「まあ確かにな。論戦の様子なんて、他の分野から見たら考えられないほど攻撃的だよな。 この学問、どうしてもイデオロギーが絡んでくるからなあ…」 ζ(゚ー゚*ζ「それで独善的になっちゃうんだろうね」 川 ゚ -゚)「そうでなければやっていけないからな。常に俺TUEEEEEしてないとな」 かつかつぺたぺた。 ヒールの音と平底靴の音が、高い天井に反響する。 38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:02:27.20 ID:XV6MklIo0 川 ゚ -゚)「まだ四コマ目の講義までは一時間以上時間があるな」 ζ(゚、゚*ζ「そうね、急にヒマな時間ができちゃったわね…」 川 ゚ -゚)「私は資料室にでも行くか。雑誌を見て次の論文のテーマを探してみる」 ζ(゚ー゚*ζ「んー、私はブーン教授の研究室に行ってみようかな」 川 ゚ -゚)「ふむ。ブーン教授か…お前のボスだな」 ζ(゚ー゚*ζ「そ、そんなつもりはないけど… でも派閥争いをしてる人たちの目には、きっとそう映ってるんでしょうね…」 川 ゚ -゚)「ああ。私達の思惑とは関係なしに、派閥争いをするやつらは、中立の人間の存在を許さない。 なんとかして派閥どちらかに色分けしようとする。 はは、私達はブーン学部長派とモララー教授派とに別れて敵同士、ってわけだ」 ζ(゚ー゚*ζ「なんとも滑稽な話ね」 39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:05:07.51 ID:XV6MklIo0 廊下と階段の分かれ道のところに、二人は来た。 川 ゚ -゚)「それじゃな」 ζ(゚ー゚*ζ「ああクー、まだその爪、トップコートを塗ってないんだから、あんまり傷つけちゃだめよ。 四コマ目の講義が終わったらまた塗ろうか」 川 ゚ -゚)「把握した。あの白いキラキラも塗りたいしな」 ζ(゚ー゚*ζ「うん。じゃまたあとでね!」 デレはクーに背を向け、階段を上り始めた。 かつかつとヒールの音が響く。 木曜日午後の講義棟は、静かにけだるい雰囲気が廊下じゅうに漂っていて、 その三階の一室で火花舞い散る喧々諤々の教授会が開かれているなどとは、 学生の誰もが想像もできなかっただろう。 40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:08:35.51 ID:XV6MklIo0 四. ζ(゚ー゚*ζ(教授、部屋にいるかなー) お昼過ぎのこの時間。 ちょうど今頃は教授会の休会時間にあたるはずだ。 デレの予想通り、ブーン教授の研究室からは明かりが漏れていた。 ノックをして中に入る。 ( ^ω^)「おいすー」 ζ(゚ー゚*ζ「こんにちは、ブーン教授」 ブーンは書き物机に向かって昼飯の弁当を食べていた。 デレは勧められるままにその隣の椅子に腰掛ける。 41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:09:54.21 ID:XV6MklIo0 ( ^ω^)「いやーちょうどよかった。今きみを呼びに行こうとしていたんだ」 ζ(゚ー゚*ζ「私を? どうしてですか?」 ( ^ω^)「実はだね、教授会がおかしなことになってるんだ。 君の准教授昇進の話しだけどね…」 自分の昇進の話。 デレは平静を装おうとするけど、わずかに体が硬くなる。 ( ^ω^)「モララー教授が、君の准教授昇進に強硬に反対しててね」 ζ(゚ー゚*ζ「…それはどうしてですか?」 42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:12:13.51 ID:XV6MklIo0 ( ^ω^)「まあ、何にでも反対する人だからねあの人は。 今回も理由らしきものはあれこれと言うんだけど、どれもたいして説得的ではないよ」 デレは少し安心する。 またいつものモララー教授の悪い癖が出たというだけなら、あまり心配することはない。 経済学会では大学者として知られるモララー教授。 だが、その人となりは、必ずしも好人物といえるようなものではなかった。 あらゆることに首を突っ込みたがり、 それらの分野において断片的な専門知識を振りかざして、批判だけを行うのだ。 コンビニのサラダを持っている学生を見かければ「毒野菜を食べている」とくどくど説教し、 講師が流行の小説の話をしていると、話に割り込んできて「最近は文章がなっていない」と批判し、 音楽が流れている場所では必ずと言っていいほど「邦楽はパクリ」論を一席ぶつ。 モララー教授は、本業においてはその批判精神と粘着質な性格によって大きな成果を上げていたものの、 彼と同じ時間を過ごしたいと思う人は、彼の身の回りからゆっくりといなくなっていっていた。 45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:15:28.16 ID:XV6MklIo0 ( ^ω^)「でもモララー教授、今回はやたらと強く反対して来るんだよなあ。どうしてだろうなあ。 おかげで彼の取り巻きだけじゃなく、他の教授たちも君の准教授昇進に慎重になっちゃってるよ」 准教授の人数枠は大学運営側によってきっちりと決められている。 今回あきができているポストは一つだけだ。 ζ(゚ー゚*ζ「でも、あたしが昇進しないんなら、一体誰が…」 デレはあることがらに気づき、はっとした。 ζ(゚ー゚*ζ「…クーちゃん?」 ( ^ω^)「ああ、そんなようなことも言ってたなあ、モララー教授。 デレは駄目だからクー君を昇進させるしかないとかなんとか。 なんでそんなこと言うんだろうねえ」 47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:17:45.84 ID:XV6MklIo0 ζ(゚ー゚*ζ「…そうか。それでモララー教授が私の昇進に反対する理由がわかりましたよ」 ( ^ω^)「えっ? どういうことだい?」 ブーンは箸を止めてデレを見る。 朴訥で人の良いブーン老教授は、ほんとうにモララーの裏の意図にまるで気づいていないようだった。 ζ(゚ー゚*ζ「ブーン先生。もうすぐ、学部長選挙の時期ですよね」 ( ^ω^)「ああ、そういえば…」 言いかけて、はっとブーンは気づく。 ( ^ω^)「…そうか! そういうことか!」 49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:18:59.49 ID:XV6MklIo0 ζ(゚ー゚*ζ「学部長選挙は教授会で行われます。 教授会に出席できるのは准教授以上の教員。 つまり、モララー教授は、自分の派閥のクーを准教授に昇進させて、 その票を取り込んで、そのまま学部長の地位を狙ってるんですよ」 (#^ω^)「むむむむむむ!」 老教授は怒りで顔を紅潮させ、拳で机をどんどんと叩いた。 (#^ω^)「ゆ、許せん! 私利私欲で教授会をかきまわすとは、モララーめ!」 ζ(゚ー゚;ζ「ちょ、ちょっと、まだそうと決まったわけではありませんよ」 ( ^ω^)「はっ…そ、そうだったお」 ぜーぜーと息をしながら、ブーンは拳を机の上に置いた。 51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:22:07.51 ID:XV6MklIo0 ζ(゚ー゚*ζ「それより大丈夫なんですか? 時間のほうは」 ( ^ω^)「はっ! しまったお…そろそろ休憩時間が終わって教授会再開だお! 急いで弁当を食べるお!」 ブーンは弁当の箱を持ち上げて、いそいでその中身を掻き込んでいる。 ζ(゚ー゚*ζ「先生、ちょっと本棚を借りてもいいですか?」 ( ^ω^)「いいおー。自由に使うお! あれかお、新しい論文…えーとたしか『労働契約法規制の社会学的考察』かお?」 ζ(゚ー゚*ζ「ええ。経済と社会と働く人の有機的結合が生産に与える影響の研究です」 ( ^ω^)「今の時代の問題状況を捉えた鋭い着眼点だと思うお。 さすがデレ先生だお」 ζ(゚ー゚*ζ「えへへ。それも教授の基礎研究があっての話ですよ、ブーン教授」 52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:23:48.27 ID:XV6MklIo0 ( ^ω^)「さて、そろそろ教授会に戻るおー」 ζ(゚ー゚*ζ「いってらっしゃい」 ( ^ω^)「デレ先生はここで本を見てるかお?」 ζ(゚ー゚*ζ「使わせておいていただけますか」 ( ^ω^)「おk! よーし、ブーンはモララーの野望をけちょんけちょんに打ち砕いてくるお!」 ζ(゚ー゚;ζ「あ、あんまり派手な対立は避けたほうがいいのでは?」 ブーンは腕を振り回しながら、意気揚々と研究室のドアを開けて出て行った。 ζ(゚ー゚;ζ(まったく、どいつもこいつも闘争心溢れる…) 柔和な外見の老教授も、心はやっぱり経済学者だったのである。 54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:26:57.82 ID:XV6MklIo0 五. 三十分ほどデレは本を読んでいた。 ζ(゚ー゚*ζ(わーい、教授の椅子はすわり心地がいいなー) ひじかけつきの立派な椅子に座って、のんびりとメモをとりながらページをめくっていく。 そんな時、卓上に置かれた電話が呼び出し音を上げた。 デレは受話器に手を伸ばす。 ζ(゚ー゚*ζ「はい、ブーン研究室です」 ( ^ω^)「デレ先生かお? じつは今すぐ教授会に出てきて欲しいんだお」 ζ(゚ー゚*ζ「えっ? 私がですか…?」 56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:29:49.94 ID:XV6MklIo0 ( ^ω^)「モララー教授が君を呼んでいるんだお。論文諮問をすると言っているお」 ζ(゚、゚*ζ「し、諮問?!」 昇進を決めるための教授会で、本人を呼び出して諮問。 これは滅多に例のない事態だ。 なぜなら、講師の論文を教授が論評したら、いくらでも論難できるのは当たり前。実力が違うのだ。 モララーは、いならぶ教授たちの前でデレの論文を徹底的にけなして、昇進を妨害する腹積もりだろうか。 ζ(゚、゚*ζ(なんてやつ…) デレはおもわず唇を尖らせて、むっとする。 ( ^ω^)「そういうわけで、すぐに来てくれお」 それだけ言って電話は切れた。 57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:31:57.57 ID:XV6MklIo0 六. 教授会の場ははじめから凍り付いていた。 デレは、ドアから入ってすぐの場所で、さっきから立ったままだ。 ( ・∀・)「いや、若すぎるね、彼女」 会議室の奥に腰掛けたモララー教授が言った。 さきほどから場を凍りつかせているのは、このモララー教授の、 暴言ともいえる発言のオンパレードによるものだった。 ( ・∀・)「女なんか教授にしてもまったくいいこと無いよ。 最近の人はお茶汲みすらしないんだから。女のくせにね」 ζ(゚、゚*ζ「……」 内心は怒りに煮えているデレ。だがまだ口は開かない。 61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:34:21.68 ID:XV6MklIo0 (#^ω^)「女のくせにとは何だお! 教員としての実力に性別は関係ないお!」 ( ・∀・)「え、だって重いものを運ぶときはぜんぶ男にやらせるじゃん。 それで運べなかったりしたら、男のくせに情けないって言うでしょ?」 へらへらしながらモララー教授は言う。 ( ・∀・)「女なんていらないんだよ、経済学部の教授職にはさ」 論文諮問といわれてここに来たはずなのに、 待っていたのは、モララー教授による程度の低い誹謗中傷だけだったのだ。 さすがにその行為は居並ぶ誰の目にも非常識なものとして映っているらしく、 モララー取り巻きの教授たちですら、モララーに賛同する言葉を言う者はいない。 62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:36:25.62 ID:XV6MklIo0 (#^ω^)「彼女はこの分野のスキルがあるんだお! 男女は関係無いお!」 ( ・∀・)「スキル? excelとかの? ははっ、それなら事務員としてなら使ってあげてもいいよ」 (#^ω^)「ちちちち違うお! 彼女は優秀な経済学者なんだお!!!!」 ( ・∀・)「優秀な経済学者、ね…」 モララーはデレの提出した論文を取り出して、数枚をぱらぱらとめくり落とした。 ( ・∀・)「なにこの論文。君が書いたの?」 ζ(゚ー゚*ζ「…はい」 怒りを腹に押しとどめて、デレはにこやかな表情をつくり、モララーに返事をした。 64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:38:37.71 ID:XV6MklIo0 ( ・∀・)「えーとじゃあデレ君。ちょっと二、三質問をしようか。 まず第一問。『経済学』とは、何か? 君の言葉で答えてみてくれたまえ」 はじめてまともな諮問めいた問いがあらわれて、教授会にはほっとした雰囲気が広がる。 ζ(゚ー゚*ζ「はい、経済学とは… 有限の資源を効率的に利用配置する方法を研究する学問です」 ( ・∀・)「なるほどね。基本の基本はわかってる、か。 さすがは優秀な経済学者さんだねえ。うんうん」 ζ(゚、゚*ζ(ったく、いちいち癇にさわる言い方を…) ( ・∀・)「だったらさ、この大学も最も効率的な研究体制を整えるべきだよね。 君はミクロ経済学の学者だろ? そんな学者は、多くはいらないんだよ。 うちの大学には既に内藤なんていう無駄なミクロ研究者がいるんだからさ」 (#^ω^)「な、なんだと!?」 67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:41:42.23 ID:XV6MklIo0 ( ・∀・)「ミクロ経済学はマクロ経済学の実践を行うにすぎない。いわば親亀の上に乗せる小亀なんだ。 君は傾斜生産方式は知っているね? 限りある資源は、より有用な生産手段に多くまわされるべきなんだ。 いまこの大学に増員すべきは、マクロ経済学を研究する学者なんだよ」 なるほどね。 デレはモララーの言わんとしていることを把握し、心の中で頷いた。 ζ(゚ー゚*ζ(やっぱりこれは、ニュー・クラシカル学派のクーちゃんを准教授に推薦する算段ね) 両手を机にばんとたたきつけ、ブーンが立ち上がった。 (#^ω^)「な、何が親亀だ、こ、この…」 だが、ブーン教授の言葉は途中でさえぎられた。 エキサイトして机から身を乗り出したブーン教授に、デレが片目をつぶって、目配せを送ったのだ。 69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:47:13.59 ID:XV6MklIo0 ζ(゚ー゚*ζ「…モララー教授」 デレははっきりと、会議室全体に聞こえるような声で話し始めた。 モララーは小ばかにしたような笑みを浮かべてデレを見つめている。 ζ(゚ー゚*ζ「ミクロ経済あってのマクロ経済ですよ。 実際に生産活動を行い、アダム・スミスの言う「富」を作り出しているのは、現場の労働者なんです」 ( ・∀・)「はは。いまさらアダム・スミスか。 君はあれかい、「俺がいなけりゃこの店はまわらない」なんて言ってる滑稽なバイトみたいだ。 ふん、バイトは所詮バイトなんだよ。便利にこき使われるだけの存在さ」 ζ(゚ー゚*ζ「すべての数字の裏には人間がいるんです。 あなたの抽象的経済学は、ずばり言いますが、人間不在の空論です」 ( ・∀・)「…は?」 ζ(゚ー゚*ζ「つまり、小亀は、あなたなんです」 にわかに教授会がざわめきだした。 学会の重鎮であり、学内でも大きな発言力を持つモララー教授を、デレは公の場で罵倒したのだ。 いったいどんな恐ろしいことが起こるか。 居並ぶ教授陣は、固唾を呑んでなりゆきを見守っている。 ζ(゚ー゚*ζ「いい加減にお気づきでしょう。世界的トレンドはマクロもミクロも無い融合的経済学であることを。 あなたは古典的マクロ経済学の終焉の現場に立ち会った、一人の老学者なのです」 70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:50:56.10 ID:XV6MklIo0 モララー教授は張り付いた笑みを続けているが、唇の端がときどきぴくぴくと動いている。 長い間、デレとモララーは見つめあったまま、無言でいた。 やがて、長い沈黙を先に破ったのは、モララーのほうだった。 ( ・∀・)「わ、私が小亀…だと…。 そ、そこまで言ったからには、もう准教授人事の行方は、わかってるよね?」 ζ(゚ー゚*ζ「ええわかってますよ。つまり抽象概念の研究がとても高次な学問であり…」 ( ・∀・)「うるさい! もういいよ!! 君はもう出て行け! 帰って…」 顔を真っ赤にしてモララーは叫びかけたが、ふと気づいて、言葉を途中で切る。 周りの空気が微妙に変化していることに気づいたのだ。 会議に列席している居並ぶ教授陣が、私語をやめて、聞き始めている。 デレの言葉の続きを待っている、ということを。 デレはにっこりと微笑み、かるく教授陣に一礼すると、ふたたび話し始めた。 73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:53:43.98 ID:XV6MklIo0 ζ(゚ー゚*ζ「株式会社の機関設計を思い出してください。 経営方針を立てる取締役の下にそれを実行する従業員が必要なように、 抽象概念を現実社会に実現させるためには、私のような研究者が必要なのです」 長机に居並ぶ教授たちの中にはわずかにこくこくと頷いている者もいた。 モララーは机のいちばん端で、憮然として腕を組み、デレの言葉を聴いている。 デレはぐるりを見渡し、おもむろに足を進めると、 かつかつとヒールの音を響かせて、モララー教授の前にまで歩み寄った。 目の前に来たデレを、座ったまま、困惑して見上げるモララー。 デレは手を伸ばし、モララーの手から自分の論文の束を静かに奪い取った。 ζ(゚ー゚*ζ「私はこの論文を近いうちに発表したいと考えているのですが、 この論文は教授ご指摘のとおり、マクロな視点からの考察にかけているところが欠点だと自覚しています。 つきましてはモララー教授、どうかその点について、今後准教授の私にご指導をいただけないでしょうか」 78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/21(火) 23:57:21.51 ID:XV6MklIo0 一座は驚いた。 公式に指導を頼んだ以上、論文の「著者」には、有名人であるモララー教授の名前が一番に載る。 つまりはこの優れた論文の名誉と成果に、モララーは労せずして浴することができ、 また彼の指導実績もあがることになるのだ。 あからさまといえばあからさま、みえみえの取引である。 ( ・∀・)「あ、あ、ああ…」 さすがにここで指導を断固断るようでは、あまりに社会常識に欠く。 モララーも生返事をせざるを得なかった。 教授会は水を打ったように静まり返った。 30にも満たない小娘が、学会の重鎮であるモララー教授を、小生意気な理屈でやりこめたのだ。 ( ・∀・)「わ、わかったよ。 わかったから、君はもう退出したまえ…」 モララーは背もたれに背中を預け、伏し目がちに力なく言った。 そんな彼ににっこりと微笑みかけて、ふわりとした髪をひるがえし、 デレは会議室を出て行った。 85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/22(水) 00:01:04.61 ID:TWqibtIW0 七. 四コマ目の講義を終えて、講師控え室に戻ってきたデレ。 そこにはすでにクーが来ていて、ファッション誌のネイル特集のページを熱心に見入っていた。 デレは気づかれないように足音を忍ばせてクーの背中に忍び寄る。 ζ(゚ー゚*ζ「クーちゃん♪」 川 ゚ -゚)「おぅふ! デ、デレ!」 ばねじかけのように背筋を跳ね上げて、クーは見開いた瞳をデレに向ける。 ζ(゚ー゚*ζ「本を読んでいるときは、相変わらずすごい集中力ね」 川 ゚ -゚)「はーびっくりした…。 いかんな、一つのことを始めると他のことが目に入らなくなるのは、私の悪い癖だ」 86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/22(水) 00:04:01.46 ID:TWqibtIW0 クーの顔を見て、デレはさきほどの教授会での出来事を、ふと思い出した。 ζ( 、 ;ζ(あ、あんまり考えたくないことだけど… クーはひょっとして、私に対抗して准教授になろうとしたのかしら? モララーに頼み込んで…) ほんのすこし。 デレはほんのすこし、クーに対しても、疑いの心と警戒心を向けてしまう。 でもそんなデレの気持ちを知ってか知らずか、クーは無邪気に雑誌の一ページを指差して、 川 ゚ -゚)「ほらこれ、こんな感じの爪にしたいんだ。早速頼むよデレ」 なんて言ってくる。 ζ(゚ー゚*ζ「はーい」 デレは紙袋を椅子に下ろし、ネイル道具の入ったポーチを取り出した。 89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/22(水) 00:07:07.68 ID:TWqibtIW0 川 ゚ -゚)「そうそう、聞いたかデレ?」 ζ(゚ー゚*ζ「えっ?」 デレは一瞬ドキッとする。 自分がクーをほんのすこしでも疑いの目で見たことがバレたのかな、と思って。 ζ(゚ー゚*ζ「きょ、教授会の話?」 川 ゚ -゚)「ああ…そういやそんなのもあったな。おめでとうデレ、准教授昇進決定だってな」 ζ(゚ー゚*ζ「あ、もう決まってたんだ!」 川 ゚ -゚)「なんだ。まだ決定を知らなかったのか」 昇進決定。 デレは内心ほっと胸をなでおろす。 居並ぶ教授たちの前で啖呵は切ったものの、 最終投票でどういう結果が出るかは、まだ未知数だったからだ。 90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/22(水) 00:08:55.74 ID:TWqibtIW0 ζ(゚ー゚*ζ「よかったー」 川 ゚ -゚)「おめでとう。20代で准教授ってのはずいぶん早い昇進だぞ」 ζ(゚ー゚*ζ「えへへ。ありがとう」 デレは白いポリッシュを用意しながら、ひとしきり准教授昇進の喜びをかみ締める。 そしてクーの手を掴んだあたりで、ふと、さっきのクーの言葉が気になった。 ζ(゚ー゚*ζ「…それで?」 川 ゚ -゚)「ん?」 ζ(゚ー゚*ζ「そんなのもあったな…ってことは、クーの話しはまた何か別にあるの?」 91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/22(水) 00:11:47.64 ID:TWqibtIW0 川 ゚ -゚)「ああそうそう。ドクオのことだ」 ζ(゚ー゚*ζ「ドクオ?」 川 ゚ -゚)「あのあとメールが来たんだ。あいつアメリカの大学に行くことが決まったんだと。 新しい分野のPTに参加するんだそうだ」 ζ(゚、゚*ζ「えーっ! …じゃあ、あんたたち遠距離恋愛になるの?」 川 ゚ -゚)「ふん、遠距離などやってられるか」 ζ( 、 ;ζ「じ、じゃあ…」 川 ゚ -゚)「うむ、もちろん私もアメリカに行く」 ζ(゚、゚*ζ「…へっ?!」 92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/22(水) 00:14:28.29 ID:TWqibtIW0 ζ(゚、゚*ζ「即断ねー…」 川 ゚ -゚)「実は、前から決めてたんだ。あいつが海外に行くなら私も行く、って。 それで最近論文を書いてなかったんだ。研究成果だけ貯めて、留学先で一気に書こう、って」 ζ(゚、゚*ζ「な、なるほど」 はっ、と気づき、デレは問う。 ζ(゚、゚*ζ「じゃ、じゃあクー、准教授に立候補したのは…」 川 ゚ -゚)「は? 立候補? 何のことだ?」 ζ(゚、゚*ζ(…なるほどね。 どうやら全部、モララー教授が勝手にやっていたことのようね。 それも、クーがもうすぐアメリカに行っちゃうってことも知らずに…) 川 ゚ -゚)「おい、早く白いのを塗ってくれ。刷毛が乾いてしまうんじゃないのか?」 ζ(゚ー゚*ζ「あっ、ごめんごめん」 デレはあわててピンク色の爪の先に白い刷毛をそっと落とす。 それから、綺麗な境目に仕上がるよう注意しながら細かい動きを続ける。 94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/22(水) 00:15:51.90 ID:TWqibtIW0 ζ(゚ー゚*ζ「ねえクー。経済学の世界って怖いわね」 川 ゚ -゚)「何をいまさら。大学全体が怖い世界さ。 博士の自殺率は8%にも上るんだ。一般の人の自殺率の…えーと…数十倍ほどか」 クーは中空を向いて、頭の中で暗算をする。 マクロ経済学では数字を扱うことが多いため、クーはこの上向き姿勢で考え込む癖がついている。 ζ(゚ー゚*ζ「…ごめんね、クー」 デレは刷毛を動かす手を止めて、言った。 川 ゚ -゚)「はあ? 何を言って…」 クーは言って、ふと自分の手に視線を落とす。 95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/22(水) 00:17:54.13 ID:TWqibtIW0 川 ゚ -゚)「アッー! はみだしてる! ど、どうすんだこの白いの!」 ζ(^ー^*ζ「ごめんごめん。 人差し指だけキラキラの白にして、他は普通のフレンチネイルにしよーよ」 川 ゚ -゚)「しゃ、謝罪と補償を…!」 ('A`)「こんちは。クーさんいますか」 ζ(゚ー゚*ζ「あらドクオ。どう? クーの爪きれいでしょ」 ('A`)「おおー。白い人差し指が綺麗ですね」 川*゚ -゚)「そ、そうか?」 96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/22(水) 00:19:52.67 ID:TWqibtIW0 ('A`)「そ、それはそうとですねクーさん、僕、こんどアメリカ行きが決まったんですが…」 川 ゚ -゚)「知ってるぞ。メールで知らせて来ただろうが」 ζ(゚ー゚*ζ「おめでとう! ドクオも一流の研究者だって認められたってことじゃない」 ('A`)「そ、そう! そうなんです! やっとこれで僕も研究者として胸を張れるようになります!」 川 ゚ -゚)「へー」 ('A`)「そ、それでクーさん、つきましては…その…」 川 ゚ -゚)「…?」 もごもごと口ごもるドクオ。 そんなドクオを不思議そうに見上げるクー。 後ろに組んだ手に、ドクオが何かを隠し持っていることに気づいた、デレ。 そそくさと自分の荷物をまとめて、バッグを肩にかけると、デレは椅子から立ち上がった。 97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/22(水) 00:21:13.84 ID:TWqibtIW0 ζ(゚ー゚*ζ「じゃ私はちょっとブーン教授の研究室に行ってくるねー」 川;゚ -゚)「お、おいまて、私の爪は…」 ζ(゚ー゚*ζ「しばらく乾かしといて! でもそのままでも綺麗だから、もう完成ってことでいいよ! じゃーねーお二人さん♪」 デレが講師控え室のドアを後ろ手に閉めるとき、「クーさん!」と勢い込んで話すドクオの声が、 あのドクオにしてはなんだか妙に頼もしく力強いものだったことが、とても印象的でした。 おしまい。 103 :afo ◆2z7bKNbsWo :2008/10/22(水) 00:32:07.06 ID:TWqibtIW0 エベバデ支援ありがとうなんだぜ ひさしぶりに地の文を書くととても大変ポンチ この量の短編を書くのにもすっごい時間かかったというのに よく現行なんて持っていたもんです。 それではまたー! ζ(゚ー゚*ζはがんばるようです ttp://yutori.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1224594474/ コメント
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