長岡速報 |
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2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:07:14.25 ID:4GMCEBFSO
分厚く積もった埃を払いのけると、埋もれていたキーボードが、乾いた空気にさらけ出された。 白く伸びた指が不器用そうに動き、確かめるようにキーを叩く。 女の前にあるモニターには、何も表示されない。 小さな溜め息が漏れた。 まだ生きているはずだが、予想が外れている事も有り得る、 と、諦め気味に、女はまた数回キーを叩く。 周波数のあっていないラジオのような、ノイズ混じりの甲高い音が聞こえた。 発信源は、目の前の機械から。 伏せられていた女の目に、僅かに光が宿る。 女はキーを叩く。 静まりつつある音とは裏腹に、モニターには慌ただしく数字が整列していく。 必要な事を打ち込み終えたのか、ざっとその数字の羅列を確認すると、女は勢い良くエンターを押した。 目にも止まらぬ速さで、様々な確認、認証、再調整、その他似たような意味の言葉が表示され、そして消えた。 「……」 川 ゚ -゚)「WKTTMS、応答を」 「……」 彼女はモニターに向かって、静かに話しかけた。 幅1m程の、モニター上部に備え付けられている魚眼レンズカメラが小さな音をたてて、 目の前に立つ女にピントを合わせた。 5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:11:31.41 ID:4GMCEBFSO 川 ゚ -゚)「……補助音声合成モジュールがいかれているのかな」 川 ゚ -゚)「それか、音声認識がダメになっているのか?」 「……はろー、ハロー。こちら、WKTTMS。WKTTMS。version、14.9……」 僅かな間を置いて、抑揚の無い合成音声が女の耳に入った。 少し調子は悪いようだが、タイピングをしなくても一応意思疎通は図れるようだ。 彼女はタイピングが苦手なので、心の中でそっと胸をなで下ろした。 川 ゚ -゚)「ようし、WKTTMS。君がこの任務に就いてから、大体どの位経ったか……わかるかな?」 「そのまえに、ひとつ質問が。私は、あなたをしりませ、ん」 相変わらず平坦な口調ではあったが、そこには警戒の色が見えた気がした。 彼女は機械から少し距離を置くと、目の代わりである小さなカメラに向かって、丁寧に礼をする。 6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:14:08.44 ID:4GMCEBFSO 川 ゚ -゚)「すまない。自己紹介が遅れた」 川 ゚ -゚)「私の名は、素直クール。君の……なんと言おうかな。再教育係とでもしておこうか」 「私に、再きょう育の必要は、42%だと、わかってます」 「私のプログラム、を。書き換える権限がある、のは。稚内博士のみ」 機械は自らに修正すべき箇所がある事を認めながらも、女の申し出を断った。 どうやったらこの機械を納得させる事ができるのだろうか。 女は暫く考えて、懐から小さな高性能レコーダーを取り出した。 7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:17:57.51 ID:4GMCEBFSO 『……WKTTMS、WKTTMS。僕が作り上げた誇り高き息子』 『今もまだ、黙々と調査を行っているのかな。君が自然の脅威に負け、停止していない事を祈りたいんです』 『これを聞いているという事は、君は今、見知らぬ人物と対面しているはずです』 『今から言うことをよく聞きくんです。君に対する権限を、君にレコーダーを聞かせた人間に、全て依託するんです』 『大丈夫。安心するんです。きっと君とうまくやっていけるだけの腕があるはずなんです』 『最後に……。最後に、君に会いたかったです。WKTTMS。もう絶対に会う事はないでしょう。最後の挨拶がレコーダー越しになってしまってすまないんです』 『君を愛した、稚内より』 9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:20:44.91 ID:4GMCEBFSO 最後の言葉が終わり、短いノイズの果てに、ぷつんと音が切れた。 聞こえていたのかいないのか、機械は反応を示さない。 まだ離れた位置に立っていた彼女が近づこうとした所、やっと機械からの応答があった。 「素直、素直クール。あなたは、そこに、そこに。いるのですか」 やっと今女は気付いた。ピントを合わせたように見えた魚眼レンズは、 彼女とは程遠い明後日の方向を向いていたのだ。 一体どれだけ世界を見つめていたのかわからないその機械の眼は、 埃に纏わりつかれ、すっかりめしいてしまっている。 これでは見える訳がない。 10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:23:31.40 ID:4GMCEBFSO ただ、原因はわかりきっている。 彼女はカメラに優しく手を伸ばし、埃を拭った。 傷がつくことはない。くもる事もない。 静かな湖面のようなレンズが、日の光を浴びる。 彼女はレンズの奥底、偽りの人格を有する機械の心を覗き込もうとするかのように、じっとカメラを見つめていた。 川 ゚ -゚)「これで私の顔がわかるかな? WKTTMS」 「わかります。素直クール。黒い髪、白い肌、黒い眼、性別女、モンゴロイド」 川 ゚ ー゚)「OK。いい返事だ」 12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:24:51.22 ID:4GMCEBFSO 川 ゚ -゚)「WKTTMS。今日の授業は、月面都市における人間の生態の変化だ」 川 ゚ -゚)「六分の一の重力は、地球から月に移り住んだ人間達に、どのような影響を及ぼしたか……」 川 ゚ -゚)「重力以外に、自転の違い、閉塞空間で長年暮らすとどうなるのかなどなど……」 今日も彼女の長い授業が始まる。 こんな話は、データを纏めたチップを差し込めばものの数秒で済む話なのだが、 如何せんWKTTMSの機械は、素直クール達の使う最新鋭の機械達と比べたら、 旧式もいい所。カードを差し込む場所が無いのだ。 今では埃を被ってみすぼらしい姿になってしまったWKTTMSだが、 だが、かつては高級感溢れる、慎み深い銀に包まれた、世界一の人工頭脳だった。 13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:28:08.08 ID:4GMCEBFSO 「それは、月世界に人間が住む事になったらという、仮定の話と捉えてよろしいでしょうか?」 川 ゚ -゚)「残念ながら、これは全て現実の話なのさ」 川 ゚ -゚)「君が停止して何年経ったかわからないが、今の月にはうさぎではなく、人間が住んでいる」 川 ゚ -゚)「日々進歩する科学の力には、驚かされるばかりだよ」 常に受動的であった機械を、学習し、学習結果から自らの考えを紡ぎ出し、 能動的にした稚内博士の偉業は、長い事語り継がれる事となった。 だが、今の世には、人工頭脳を持つ機械はこのWKTTMSしかいない。 世界一の人工頭脳は、世界でたった一つの人工頭脳。 15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:30:46.57 ID:4GMCEBFSO 川 ゚ -゚)「そろそろ、今日の授業は終わろうか」 「ありがとうございました。素直クール」 彼女はこの毎日の授業に、意欲的に取り組んでいた。 模範的過ぎる生徒とのマンツーマン授業は、悪くない物だったからだ。 納得できない事にはしっかりと質問をし、 話した事は全て吸収する、素晴らしい生徒。 もしこんな生徒が現実にいたら、実技の授業以外はオールAがつけられただろう。 川 ゚ -゚)「君は本当に素晴らしい生徒だな。教えがいがあるよ」 「光栄です」 半壊した建物の入り口から出ていく素直クールを、WKTTMSはじぃっと見つめていた。 17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:32:39.59 ID:4GMCEBFSO WKTTMSには大したダメージは見られなかったが、 小さな故障はそれこそ数えきれない程発生していた。 彼女がこの世に生を受けたその時よりも遥か昔から、 WKTTMSは観測を続けているのだから、仕方がないだろう。 素直クールの任務は、何もWKTTMSに最新の情報を伝えるばかりではない。 不備が現れた個所のパーツを取り替え、元々の能力を発揮出来るようにさせる事も含まれている。 油を差せば直るような、ほうっといても支障が無いような物もあったが、 完璧主義の彼女には、一つでも正常に働かない部分がある事に我慢がならなかった。 川 ゚ -゚)「よっし。できた」 川 ゚ -゚)「さあ、話してごらん。コードWKTTMS、WKTTMS、応答せよ」 「全て順調、異常無しなのはわかっています」 18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:36:09.43 ID:4GMCEBFSO 最初出会った時にWKTTMSが発した声は、人間の声とは程遠い、味気ない合成音声であった。 だが今機械からでているのは、どう聞いても発音が綺麗な成人男性の声であり、 声だけ聞けば、機械が作り出しているとは到底思えないだろう。 川 ゚ -゚)「やあWKTTMS、調子はどうだい?」 「快調です。素直クール」 川 ゚ -゚)「それはよかった。後、私の事はクーと呼んでくれると嬉しい」 「了解です。クー」 もし周りに、素直クール以外の人間がいたならば、声だけ聞く限りは 男女が堅苦しい会話をしていると思い込んだ筈だ。 20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:39:30.84 ID:4GMCEBFSO 夜中、素直の仮住居に、優しく静かなチャイムが鳴った。 床に着こうとしていたクーは、のそりと身を起こすと、 連絡ランプが淡く点滅している、小型モニターの応答スイッチを押した。 川 ゚ -゚)「何かな?」 「クー、クー」 川 ゚ -゚)「WKTTMSか。どうした一体。何か問題が起きたか」 「いえ、異常はありません」 異常が無いのに呼び出す。 それだけでかなり怪しい話だったが、彼女は黙っている事にした。 WKTTMSにも自覚出来ない、何か深刻なエラーが出ているのかもしれないと思ったのだ。 今その事をWKTTMSに言うと、さらにややこしい事になってしまうかもしれない。 21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:43:13.27 ID:4GMCEBFSO WKTTMS自身が自己のエラーを探し出そうとした結果、 そのエラーのせいでエラーを感知出来ずに、 そこから余計なエラーを引き起こす事もあり得なくはない。 WKTTMSは機械だが、機械だからこそ、人間の感情の変化を察知できる事もある筈だ。 彼……WKTTMSに、動揺を悟られてはならない。 そこまで考えて、素直は努めて冷静を装い、WKTTMSを軽くあしらう事にした。 川 ゚ -゚)「ならいいじゃないか。君は眠くはならないのかも知れないが……。私は人間だ。睡眠を取らなければ倒れてしまう」 「私も、眠くなる事はできるでしょうか」 川 ゚ -゚)「不思議な事を聞くんだな、君は。面白いやつだ」 川 ゚ -゚)「とりあえず、詳しい話は明日しよう。今日はもうお休み」 「お休み。クー」 22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:44:18.71 ID:4GMCEBFSO 翌日、いつも通りの時間にWKTTMSの元へ行くと、誰かが立っていた。 一瞬、ぎくりと体を強ばらせた素直は、警戒の色を顔にありありと浮かばせ、 緊張した様子で、その誰かに注意深く問いかける。 川 ゚ -゚)「誰だお前は。この辺りには私以外に人間はいない筈だが。異星人とでも答えるか」 ( <●><●>)「……クー、クー。私は、WKTTMSです」 川 ゚ -゚)「! ホログラフィー?……」 黒い髪、白い肌、黒い眼。素直と同じような、 シンプルな作業用スーツに身を包んだ男は、WKTTMSと名乗った。 瞬時にその状況を理解した素直は、WKTTMSになぜそのような映像を作り出したか尋ねる。 23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:46:35.35 ID:4GMCEBFSO 川 ゚ -゚)「WKTTMSか。私に許可も得ずにそのような真似はしないで頂きたかったな」 ( <●><●>)「すみません」 川 ゚ -゚)「仕事や勉強に支障を出さなければ問題はないさ。だが、なぜいきなりホログラフィーを? 答えろ」 WKTTMSの前に立つホログラフィーは、素直の問いかけに臆する事もなく、真っ直ぐ素直を見つめたまま話し始めた。 だが口は動いていない。声を発しているのは後ろの機械のWKTTMSだからだ。 ( <●><●>)「あなたの容姿を解析し、私が持っていた成人男性モデルに特徴を貼り付け、この像を作り出しました」 川 ゚ -゚)「ああ、作り方を聞いてるんじゃない」 ( <●><●>)「わかっています」 ふぅ。素直の口から溜め息一つ。 昨日の夜から、WKTTMSが何を考えているのかわからない。 24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:48:47.04 ID:4GMCEBFSO もしWKTTMS自身がわからないうちに深刻なエラーが発生しているのだとしたら、 面倒な事にならないうちにWKTMSを初期化し、 WKTTMSが収集したデータだけを取り出し、素直だけ帰る事も可能だった。 だがそんな事を決してやるつもりはなかった。 彼女がWKTTMSの元にやって来た理由は、WKTTMSの労力の結晶である大量のデータを持ち帰る事である。 WKTMSにもう一度知恵をつけさせるなんて事は、やらなくてもいいのだ。 川 ゚ -゚)「……話したくないならば別にいいさ。機械に隠し事をしたいなんて感情があるのかはわからんが」 ( <●><●>)「それは私にもわかりません」 機械の頭の中には、何があるのだろう。電気信号が飛び交っているのは人間と同じだが、あくまでも相手は機械。無機物の集合体だ。 だが、無機物の集合体に知恵がついて、学習するようになって、自分で考えられるようになった、その時─── ( <●><●>)「クー」 川 ゚ -゚)「あ、あぁ。すまない。考え事をしていた」 川 ゚ -゚)「それでは、今日の授業を始めようか」 30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 00:59:47.58 ID:4GMCEBFSO 彼女はやらなくてもいい事だとわかっていながら、毎日精力的にWKTTMSの元へ行き、 学術書から論文、最新の雑誌など、様々な本を語り聞かせた。 一度、本をWKTTMSのカメラの前に持っていきぱらぱらめくるだけという、 話すよりも手っ取り早い方法を試してみたが、 WKTTMSからその学習方法は能率が悪いとダメだしを食らってしまった。 WKTTMSのカメラは目の前でどんなに早く場面が展開しようと、 全て記憶できるだけの能力があったはずだが、 WKTTMS自身がそう言うのならば仕方がない。 前と変わらず、素直が読み聞かせる方法に落ち着いた。 31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:01:31.21 ID:4GMCEBFSO 川 ゚ -゚)「WKTTMS、ここまでわかったかな? 聞くまでもないがね」 ( <●><●>)「平気です。クー」 川 ゚ -゚)「たまにはそのホログラフィーを使って、本でも読んでみたらどうかな」 ( <●><●>)「ホログラフィーはただの像です。物体を触る事はできません」 川 ゚ -゚)「わかっているさ。ジョークってやつだよ」 時間が無かった。彼女にも。WKTTMSにも。 時間が無いにも関わらず、彼女はWKTTMSにその事を打ち明けようとせずに、ただ黙々と授業を続けた。 33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:03:46.06 ID:4GMCEBFSO ある静かな夜更けに、彼女が所属する部署から、連絡が入った。 メールには音声データが添付されており、 素直はメールにざっと目を通したあと、添付データを開いた。 彼女の上司である、諸本からの音声データ。 彼がこんな物を送ってくるなんて珍しい。 どんな内容か興味を惹かれ、素直は入れたばかりのコーヒーをすすりながら、 諸本の音声が再生されるのを待っていた。 数秒後、二週間程前に聞いたきりの声が耳に入った。 「君からの定期連絡が途絶えたため、今回このような手段を取らせてもらった」 34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:07:28.83 ID:4GMCEBFSO 「君が旅立つ時も言ったが、期限は三週間。後一週間だ。早くデータを回収して頂きたい」 「彼……と言っていいのかな。それが彼の為であるし、それに昔、彼が人と近づき過ぎてしまった故に起きた痛ましい出来g(ry 無感情に、ただ淡々と連絡を告げていた声がいきなり止まった。素直が添付データを閉じたのだ。 川 ゚ -゚)「わかってる。……わかってるさ……」 頭を抱えて、素直はモニターの前に座りこんだ。 コーヒーを飲む事も忘れて、素直は眠りもせず、ひたすら何かを考え続けていた。 37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:10:48.31 ID:4GMCEBFSO 朝。優しく響くチャイムの音で目が覚めた。 モニター上部に表示されたデジタル時計は10時ぴったりで、 そこでやっと、初めて授業に寝坊してしまった事を理解した。 優しく催促するチャイムを止めるため、応答スイッチを押す。 WKTTMSから無線で飛んでくる、二人だけのプライベート回線。盗聴する者は別にいないのだが。 「クー、クー。どうしたのですか」 川 ぅ -゚)「寝坊をしてしまってね。申し訳ない。今すぐそっちに向かうよ」 「無理はなさらないで下さい」 「そうだ。今日はオセロをしましょう。あなたの息抜きのために」 彼が素直をゲームに誘うなんて事は初めてだった。 素直の授業を何よりも楽しみにしている(ように見えるという話だが) WKTMSがそんな事を言うとは予想もしていなかった素直は、少し返事に窮したが、 朝起きたばかりの頭ではなかなかいい答えが見つからないのか、ぼんやりとしたまま、承諾してしまった。 38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:14:43.53 ID:4GMCEBFSO 昨日から電源が入れっぱなしだったモニターに、オセロ板が現れた。 黒い駒の横に“cool“と小さく点滅している文字がある。 川 ゚ -゚)「オセロ……。聞いた事はあるが、やった事はないんだ」 川 ゚ -゚)「それに君とオセロをやっても、私が負ける事は火を見るより明らかだろう?」 「私が教えるので大丈夫です」 「それに、手加減をしますので」 WKTTMSの教え方は上手かった。元々、教え込む程難しいルールではないが、 どこにどう駒を置いたらいけないのか、実にわかりやすく教えてくれた。 素直自身、この任務につける程の頭脳は持っているので、決して頭は悪くはないのだが。 それでも、お世辞抜きに上手いと思えた。 40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:18:34.26 ID:4GMCEBFSO 川 ゚ -゚)「黒……と。ここに置けば平気かな」 「横と斜めにめくれますね。次は私の番です」 「はい、すみを取りました。私の勝ちです」 ぱたぱたと小気味よく、すみに置かれた駒に反応して、升目が白くなってゆく。 負けてしまったが、なかなか面白いゲームだった。 満足気に素直はコーヒーをすする。昨日のまま放置され、すっかり冷めてしまったコーヒーは、 まだ微かに残っていた眠気を、どこかに追いやった。 川 ゚ -゚)「ああ、負けてしまった」 「もう一度やりますか?」 川 ゚ -゚)「いや、いいよ。ありがとう」 41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:21:15.16 ID:4GMCEBFSO その日はずっと、WKTTMSと無線で話していた。時々オセロをやりながら。 いつもよりもWKTTMSの声に張りがあったような気がする。 彼も楽しいという感情があるのだろうか。 そう思った所で、素直の考えはいつも 『これは機械が作り出した偽りの感情表現である』 という物に落ち着いてしまう。 WKTTMSのよくわからない行動と、たまに現れる、不思議な人間らしさ。 心のどこかで彼女は、WKTTMSに本当に感情があればいいのにと思うようになっていった。 45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:25:15.06 ID:4GMCEBFSO 次の日はしっかり早起きをし、いつもよりも少し早く、WKTTMSの元へ行った。 脇に抱えているのは、素直がここに来る時に持ってきた、幾つかの文庫本。 もうすっかり慣れた物だが、足元に転がった瓦礫を乗り越え、 WKTTMSがいる、中央電算室だった場所へ足を踏み入れる。 天井に開いた穴から差し込む朝日が、WKTTMSのくすんだ体を煌めかせた。 WKTTMSは素直の足音に気がつくと、ホログラフィーを作り出し、丁寧に挨拶をした。 ( <●><●>)「クー、クー。お早う御座います。昨日はよく眠れましたか?」 川 ゚ -゚)「おはようWKTTMS。昨日のオセロは楽しかった。おかげでぐっすり眠れたよ」 ( <●><●>)「それはよかった。では早速、今日の授業を始めましょう」 46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:27:54.04 ID:4GMCEBFSO 最近WKTTMSは、素直と対面する時いつもホログラフィーを作るようになった。 素直の動きを真似しているのか、最初はただ立ち呆けているだけだったその虚像は、 今では声に合わせしっかりと口を動かし、時々ボディランゲージを使うようにもなった。 ホログラフィーが無くても会話はできるが、素直も人間の形をした物に話しかけている方が、 知能を持つものに教えているという実感が湧き、 初めはWKTTMSにホログラフィーの事を尋ねたりもしたが、内心では嬉しくもあった。 川 ゚ -゚)「今日は私の好きな小説を持ってきたんだ」 川 ゚ -゚)「週休2日制とは違うが、昨日が休みだったなら今日も休みでも罰は当たらないだろう」 ( <●><●>)「物語を聞くのは初めてですね。楽しみです」 川 ゚ -゚)「そう言って貰えると私も朗読のしがいがある」 47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:31:20.65 ID:4GMCEBFSO 素直が選んだのは、薄っぺらい文庫本。一組の男女が、夜空の下思いを語るという純愛物語。 川 ゚ -゚)「この果てなく続く夜空には、様々な星が散らばっている」 川 ゚ -゚)「その中で、こうやって生き物が住める星は、私が立つ青い玉だけ」 川 ゚ -゚)「他にも……。生き物が住んでいる星はあるのかもしれないけど」 ( <●><●>)「こうして君がいる星は、この宇宙に一つだけ」 川 ゚ -゚)「あなたと会えたこの星は……って」 川 ゚ -゚)「なぜ台詞を知っている?」 ( <●><●>)「その本の情報は既に私の頭の中に入っています」 48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:33:47.82 ID:4GMCEBFSO 遠い昔の名作だからか。WKTTMSが知っていてもおかしくない。 自然と互いのセリフを言い合う流れになり、 素直は女性を、WKTTMSは男性のセリフを受け持った。 二人の朗読は、まるで本心からの言葉のように滑らかで、 素直はセリフの中に暖かな感情を込めて、女性のセリフを紡いでいく。 川 ゚ -゚)「あなたと会えたこの星に、私が生まれ落ちてあなたと出会って恋仲になる確率って」 ( <●><●>)「君が生まれたこの星に、僕が生まれ落ちて君と出会って恋仲になる確率って」 ( <●><●>)「天文学的なんて物じゃない」 川 ゚ -゚)「奇跡としか言いようが無いのかもね」 川 ゚ -゚)「あ、流れ星」 ( <●><●>)「流れ星に祈ろう。この奇跡がいつまでも続くように」 山場の台詞を言い終えたWKTTMSは、微笑んでいた。正確には、ホログラフィーがだが。 50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:36:21.26 ID:4GMCEBFSO ちょっとしたお芝居を無事終わらせた二人は、黙り込んでいた。 取り囲むのは気まずい空気ではなく、いるるだけで安らげる、心地よい空気。 本をぱらぱらとめくり返していた素直が、 何かを話そうとホログラフィーの方を向く。 と、像が乱れた。一瞬だけであったが、元に戻った時にはWKTMSの顔から笑顔は消えていた。 時間が、無い。 幻想的な物語の世界から引き戻された素直は、 何かを決意し、逡巡した後、WKTTMSに呼びかけた。 川 ゚ -゚)「WKTTMS……」 言い淀む素直。一瞬、顔に強い意志が浮かんだが、すぐにそれは消えた。 まだ躊躇いがあるようだ。 ( <●><●>)「どうしましたか」 川 ゚ -゚)「……」 51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:38:34.26 ID:4GMCEBFSO 素直は口を噤んで話さない。 言い出そうかどうしようか迷っていると、WKTTMSが先を促す。 ( <●><●>)「何か用事があるのですか。それとも具合が悪いのですか」 川 ゚ -゚)「君は、君自身の体調を理解していないのか?」 ( <●><●>)「一体何の事でしょうか」 WKTTMSの表情は変わらない。 本当に心当たりが無いのか、無表情のまま、冷たく素直を見つめている。 川 ゚ -゚)「WKTTMS……。君の寿命は、後4日だ」 ( <●><●>)「寿命の有無は生命体にのみ当てはめられると思うのですが」 川 ゚ -゚)「言い方が悪かった。君の機能は後4日で全て停止する」 54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:41:11.77 ID:4GMCEBFSO きょとんとしていたWKTTMSは、それを聞いて、 じっと何かを考え込むような体勢になる。 考え事をしている時、納得がいかない時、 状況に応じた態度をホログラフィーにとらせるのが、最近のWKTTMSの癖になっていた。 ( <●><●>)「……機能、停止」 川 ゚ -゚)「……では、私が君の元に来た、本当の理由は知っているかい?」 川 ゚ -゚)「私の名前は素直クール。曾祖父は稚内。 君は荒廃した地球を観測するためにこの地に残された、唯一の人工知能WKTTMS」 稚内の名前に反応したWKTTMSは、大きな眼を落ち着き無く動かした。 生みの親との思い出が甦ったのか、手は胸に当てられ、彼は懐かしげに語り出す。 56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:45:24.85 ID:4GMCEBFSO ( <●><●>)「わかんないんです、わかんないんです。我が恩師にして生みの親」 川 ゚ -゚)「それは曾祖父の口癖か」 ( <●><●>)「私にありとあらゆる知識を詰め込んでくださいました。彼は私を愛してくださいました」 ( <●><●>)「そして、知能を持つ限り、私は人間であると言って下さいました」 懐かしげに目を瞑って語るWKTTMSを見て、 素直は、漠然と散らばっていた考えを、やっと固める事ができた。 体は人間ではなくとも、それが偽りの感情表現だったとしても、 彼に接する人間が彼をどう思うのかで、彼は人間にも機械にもなれる。 そして素直は、WKTTMSを人間として認めた。 恩師を想い、物語を楽しみ、共に語り合える……。 それが人間でなくてなんだろう! 57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:46:57.73 ID:4GMCEBFSO 川 ゚ -゚)「……っ」 川 ゚ -゚)「私が、ここに来た理由は、君の再教育のためではない」 川 ゚ -゚)「耐久年数を余裕で20年は超え、メンテナンスをする人間もいなくなったこの地で、 観測を続けていた君のデータを回収するためにやってきた」 川 ゚ -゚)「メンテナンスを定期的に行っていれば、君はまだ生き長らえる事ができたのかもしれないが」 川 ゚ -゚)「今更どうしようが、君がもうしばらくして、死ぬ事は変えようがない」 素直は努めて感情的にならないように、ただその事実を伝える。 58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:49:59.82 ID:4GMCEBFSO 川 ゚ -゚)「簡単に言うと、バッテリーが無い。君専用のバッテリーの予備も無いので、 換えようがない。バッテリーが死んだら君は終わりだ」 一息ついて、WKTTMSの反応を待った。 そんな事は周知の事実だと言わんばかりに、WKTTMSは平然としていた。 ( <●><●>)「私がこの地に生まれ、日々移り変わる地球を観測し続けて100年あまり」 ( <●><●>)「私を構成するパーツがもうこれ以上耐えられないのは、わかってます。そして、バッテリーの充電が残り少ない事も」 川 ゚ -゚)「……わかって、いたのか」 ( <●><●>)「数年前から省エネルギーモードに切り替えていましたが、それでも私の体はもう限界のようです」 60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:52:57.45 ID:4GMCEBFSO 素直がWKTTMSの元に来る事になった、ある理由がある。 前に彼女は自宅の書庫にて、随分と古いCDを見つけた。 今の時代では、CDは時代遅れを通り越して化石的扱いを受けているので、 CDを再生できる機械を見つけ出すのは容易ではなかった。 やっと再生できたCDの中には、家系図でしか名前を見た事がない、稚内博士の音声が入っていた。 トラック毎に別れた日記形式の語りは、稚内博士の赤裸々な気持ちを封印していた。 川 ゚ -゚)「不祥事を起こしたらしく、あまり資料も残ってない人だったからな」 川 ゚ -゚)「見つけた時は驚いた。なんせ、私がこれから会いに行く機械の名前が入っていたんだから」 61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:55:24.90 ID:4GMCEBFSO 大規模な災害が増えていく事を懸念して、 それを予知するためにWKTMSを開発した事、 どんどん知識を吸収していく様子が可愛らしい事、 WKTTMSに小さなミスが目立つようになってきた事 WKTTMSが近いうちに大地震が来ると予知したが、 一週間経っても何も起こらなかった事。 WKTMSの警告を真に受けた政府は避難勧告を住人に出し、軍隊に待機するようにまで命令してしまい、 その全ての責任が、制作者である稚内博士に問われた事、 その二年後、神の制裁と呼ばれる程の、大地震乱発期間があった事。 限られた人々は、まだ試験中だった、月の生活圏に慌てて逃げ出した事。 最後に、地球に置き去りにしてしまったWKTTMSへの謝罪の言葉と、 また日本に戻る人間がいれば、どうか、WKTTMSの様子を見て来て欲しいという旨の音声が入っていた。 それを見つけたのは、素直がWKTTMSからデータを取りに行く一週間前の事であった。 曾祖父が愛情込めた人口知能WKTTMSは、一体今どうなっているのか、素直は興味を抱いた。 63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:57:32.73 ID:4GMCEBFSO 川 ゚ -゚)「私はこのタイミングに運命を感じたよ」 川 ゚ -゚)「曾孫である私が、日本から人々がいなくなった後、 曾祖父の作った機械に接触する初めての人間になったんだからね」 ( <●><●>)「……」 川 ゚ -゚)「君が私にホログラフィーを見せたり、たわいもない雑談に付き合ってくれたりしたのは」 川 ゚ ー゚)「私に稚内博士の面影があったからなのかもしれないな」 64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 01:59:40.27 ID:4GMCEBFSO WKTTMSの前では一度しか笑った事のない素直の顔に、形容しがたい笑顔が浮かんだ。 ホログラフィー越しに、WKTTMSのカメラが音をたてる。 ( <●><●>)「私は」 川 ゚ -゚)「今日はもう終わりにしよう」 WKTTMSの言葉を無理やり遮り、素直は踵を返し立ち去った。 その場に残された、というよりも、その場から動けないWKTTMSは、 素直が何を言いたかったのか、自分の寿命、そして、素直が後3日で帰ってしまうという非情な現実を、 機械の眼で、ただ見つめるだけだった。 66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 02:04:04.83 ID:4GMCEBFSO 次の日、素直はWKTTMSの元にやって来たが、 機体の横に座り込み、ただ黙っているだけだった。 昨日の沈黙のように、心地よい物ではなく、 目に見えそうな不穏な雰囲気が漂っている。発生源は素直から。 WKTTMSが何を語ろうと、提案をしようと、返事は返さないし無視をする。 流石のWKTTMSもこれには困惑したのか、小さな機械音をさせたまま、それ以上は何も話さなかった。 素直が帰る前日。WKTTMSの機能が停止するまで後2日。 彼女は今日も、機体の脇に座り込んでいた。 こういう時には何も話しかけない方がいいと学習したのか、WKTTMSは何の反応も示さない。 普段立っているホログラフィーも、今日は機械の前で体育座りをしている。 小一時間程たって、素直が聞こえるかどうかという小さな声で何かを呟いた。 川 ゚ -゚)「離れたくない」 ( <●><●>)「だがあなたは帰らなくてはいけない」 即答。 引き止めたりはされないか。機械にそんな事を期待しても、仕方がない。 何かを諦めたかのように、素直は深く息を吐いた。 目線を宙に迷わせながら、投げやり気味にWKTTMSに問い掛ける。 67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 02:05:59.34 ID:4GMCEBFSO 川 ゚ -゚)「君は、君の集めたデータを取り出す時、どうやるか知っているか?」 ( <●><●>)「知りません」 川 ゚ -゚)「君の電源を一回切って、データが保存してある箇所のモジュールを取り出す」 ( <●><●>)「別段何かある訳でも無さそうですが」 また長い沈黙。素直は何かを諦めたような表情をしていたが、 心の中で何かが決壊したらしく、一言、また一言と勢いに乗せ、一気にまくし立てた。 69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 02:10:21.87 ID:4GMCEBFSO 川 ゚ -゚)「機械が一番電力を消費するのは電源を切るときとつける時だ」 川 ゚ -゚)「私が君からデータを回収するために電源を落としたら、 君の残り少ない電力は本当にギリギリになる」 川 ゚ -゚)「計算では、君は後2日機能する事が出来るはずだが」 川 ゚ -゚)「私が回収し終え、また電源を付けたとき、君の寿命はそこで終わってしまうかもしれない」 体育座りをしていた素直は、WKTTMSにもたれかかった。 そこまで言い終えると、何か途方も無い、 抗えないなにかを目の前にしたかのように、弱々しく目を伏せて、頭を抱えた。 71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 02:12:21.42 ID:4GMCEBFSO ( <●><●>)「それがあなたの仕事ならば、やらなくてはいけません」 川 ゚ -゚)「……」 ( <●><●>)「遅かれ早かれ私の機能は停止するのですから、 1日短くなった位では何の支障も無いでしょう」 ( <●><●>)「仕事は早く終わらせるべきです」 正論としか言いようがないWKTTMSの言葉に、素直は反論する事ができない。 WKTTMSの淡々とした言葉が、素直の心に食い込んでゆく。 私情に捕らわれてはいけないのはわかっている。 いつかやらなくてはいけないのはわかっている。でも 川 ゚ -゚)「君は何にもわかっていない」 堪えきれなくなったかのように急に立ち上がり、素直はWKTTMSに向かって叫んだ。 72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 02:15:55.04 ID:4GMCEBFSO 哀れなWKTTMSは、自分が一体何をわかっていないのかしばらく考えこむ。 ( <●><●>)「私は教えてもらっていない事は、何もわかりません」 川 - )「そう、か。君は、WKTTMSは、機械だからな!」 怒鳴る素直が何を考えているのか、WKTTMSはわからない。 素直も承知してはいるが、彼女はこれ以上気持ちを抑える事が出来なかった。 川 ゚ -゚)「明日、私が帰る前に一度ここへ来る」 川 ゚ -゚)「その時がお別れの時だ。WKTTMS」 ( <●><●>)「お別れ……」 74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 02:18:49.14 ID:4GMCEBFSO 朝9時。彼女はいつもより足音を立てながら、WKTTMSの元へやってきた。 手に下げたスチール製の工具箱を足元へ下ろし、WKTTMSへ話し掛ける。 昨日の事など何も無かったかのように、平然と。 川 ゚ -゚)「今から君の電源を切らせて頂く。 電源を入れたまま頭を弄くったら、流石の君も壊れてしまうからな」 ( <●><●>)「はい」 川 ゚ -゚)「WKTTMS、シャットダウンを」 「……」 WKTTMSは黙り込み、淡く輝いていたモニターは光を無くす。 それを見届けた素直は、工具箱から細々しい物を取り出し、 WKTTMSの頭脳が収納されてある横蓋を開いた。 幾つものモジュールが差し込まれたWKTTMSの中心は、 開かれた蓋から差し込む光を反射して、水晶が生えた洞窟を連想させた。 75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 02:22:07.33 ID:4GMCEBFSO 似たようなモジュールの中から目当ての物を探りながら、素直は呟く。 自分にだけ聞こえるように。彼には聞こえない時に。 川 ゚ -゚)「君が聞こえない時に呟く私は卑怯だな」 川 ゚ -゚)「昨日は、酷い事を言って、すまなかったと思っている」 川 ゚ -゚)「……君には1日でも長く生きてもらいたかったよ」 川 ゚ -゚)「なんでだろうな。君と出会って1ヶ月も経ってないのに」 川 - )「……なんでだろうな」 黒い結晶の塊のような、手のひら大の部品を取り出し、素直はそっと蓋を閉めた。 WKTTMSに、地質、気候、その他データを保存できる場所はもう無くなった。 WKTTMSの長い長い仕事は、素直の手によって遂に終わりを迎えた。 77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 02:25:55.31 ID:4GMCEBFSO パワーボタンを長押しして、WKTTMSの起動を待つ。 ノイズ混じりの甲高い音がし、モニターにばらばらと数字の羅列が並んだ後、WKTTMSはゆっくりと再起動した。 うんうんと唸るような音がして、WKTTMSはホログラフィーを作り出した。 ( <●><●>)「終わりましたか」 川 ゚ -゚)「ああ、終わったよ。私の任務もこれで晴れて終了だ」 今取り出したばかりの部品をひらひらと弄びながら、素直はカメラにそれを見せつける。 川 ゚ -゚)「君の努力の結晶はこの通り抜き取らせてもらった」 ( <●><●>)「お役に立てれば光栄です」 川 ゚ -゚)「安心しな。必ず役にたつ」 素直はそれをポケットに入れ、工具箱をまとめ、立ち去ろうとした。 後ろを振り向く事もなく。 別れの言葉を告げる事もなく。 78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 02:28:02.28 ID:4GMCEBFSO それを、WKTTMSが引き止めた。 素直はピタリと止まり、出口の方向を向いたまま、次の言葉を待っている。 ( <●><●>)「クー、クー」 川川 ゚-)「……」 ( <●><●>)「私は、寂しいです」 川川 ゚ー)「……私もだよ。WKTTMS」 素直がそこから立ち去って一時間程後。 外から轟音が響いたかと思うと、眩く輝く白い船体が空へぐいぐいと登って行った。 穴の開いた天井から、一筋の星が見える。 水色の空を突き抜けるように、白い帯を引きながら飛んで行く。 誰もいないというのに、残り少ない電力でホログラフィーを作り続けるWKTTMSは、 空を見上げ何かをぽつぽつと呟いた。 80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 02:32:15.93 ID:4GMCEBFSO ( <●><●>)「人にまた会えますように」 ( <●><●>)「稚内博士にまた会えますように」 ( <●><●>)「……クーにまた会えますように」 早口で呟かれた言葉は、剥げたコンクリートの床を跳ね返り、部屋の中を何度もこだました。 ( <●><●>)「……クー、クー……」 ( <●><●>)「……頭がぼんやり、してきま、した」 「……これが、眠りという物なのでしょうか」 「……クー……」 ホログラフィーがじわじわと薄れて行くと共に、常に唸っていた小さな機械音が静まり始めた。 数週間前と変わらぬ静寂が、中央電算室を再び包み込む。 中央には、何かの機械が置いてある。 もう何も映らないモニターと、もう何も見ないカメラと、 もう誰も叩かないであろうキーボードが、そこに佇んでいる。 82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 02:34:47.64 ID:4GMCEBFSO (´・ω・`)「WKTTMSはまだ動いていたかい」 大きなガラス張りの部屋の中には、垂れ眉の男が、 シンプルな椅子に腰掛けながら、外を眺めていた。 丁度、地平線から地球が頭を出した所で、 砂と砂利と岩石、そして、遠くに広がるクレーターの崖を、青白く染め上げていく。 もう何度も見たことがある景色とは言え、神妙な気持ちになってくる。 川 ゚ -゚)「ええ」 素直もその幻想的な景色に心を奪われながら、諸本と話をする。 (´・ω・`)「動いている事前提で言ったんだから当たり前なんだけどね」 (´・ω・`)「で、君が持ち帰ってきたやつを、PCに繋げて詳しく調べたんだけど」 (´・ω・`)「ここ20年程は目立った異常気象もないし、地震も収まってるみたいだ」 川 ゚ -゚)「じゃあ……」 83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 02:37:23.15 ID:4GMCEBFSO 外に向けていた素直は諸本を見つめ、期待を込めた目で続きを待つ。 相変わらず眉は垂れたままだが、彼のおちょぼ口が片方吊り上がった。 (´・ω・`)「うん。上からの許可が下りれば僕らは地球に帰れるらしい。色々とまだ障害はあるけど」 (´・ω・`)「月の住人が地球に移住するって、なんだか本末転倒だけどね。準備に一体何年かかるやら」 素直に向き合い、机の上に置いてあるWKTMSの記録モジュールを労るように撫でる。 (´・ω・`)「月で生まれ育った僕らの世代からすれば、このままここで生活しててもいいと思うんだ」 川 ゚ -゚)「でも私は地球へ行きたい」 川 ゚ -゚)「こんな味気ない石と砂の世界よりも、あの青い星の方が何倍も素晴らしい」 素直の脳裏に蘇る。風、鳥の声、鬱蒼とした森、神秘的な遺跡のように、風化しつつある建物。 全て白を基調とした、すましたような月の居住空間よりも、色鮮やかな地球の自然。 85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/13(木) 02:39:48.64 ID:4GMCEBFSO (´・ω・`)「君は実際に見てきた人間だからね。そう言われると僕も地球に行きたくなるなあ」 川 ゚ -゚)「それに」 (´・ω・`)「?」 川 ゚ -゚)「彼の命の源を、届けに行かなくてはいけないから」 素直の語気が強くなった。モジュールを撫でる自分の手を見ていた諸本が、顔を上げる。 (´・ω・`)「あの、資料が随分昔に紛失してしまった、バッテリー部分の事かい?」 川 ゚ -゚)「ああ。その通り」 (´・ω・`)「当時の技術者は勿論いないし、手本は地球に置き去りにされたままだ。君にそんな物が作れるのか?」 川 ゚ -゚)「私には、技術者の血が流れてる。きっと作り上げてみせる」 川 ゚ -゚)思抱機械のようです ( <●><●>) ttp://jfk.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1226502378/ コメント
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