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2 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 00:51:19.63 ID:+VVRoW+j0
18.絶望的な愛 ・・ ・・・ 川#゚ -゚)「ふざけんな!」 クーはおもむろに目の前の相手を突き飛ばした。 その相手ははでな尻餅をつくと、痛がる様子でもなく、ただクーを見上げて冷ややかに笑っていた。 川#゚ -゚)「……なにがおかしい」 从 ゚∀从「いや、別にねェ」 ハインリッヒは呟きながら、けだるそうに立ち上がった。 クーに一歩つめよると、口元の薄い笑みが夕日にあてどなく照らされる。 从 ゚∀从「でもさぁ、こればっかりは教えてあげないとカワイソウだろう?」 川 ゚ -゚)「……なにが可哀想なんだよ」 殺気が押し殺され、かわりに冷徹な表情をうかべたクーは、 さらに言葉を続けて、 川 ゚ -゚)「お前達が"可哀想"なんて言葉を使っていいはずがないんだよ」 从 ゚∀从「そんな差別はいらんっしょ」 从 ゚∀从「真実は教えなきゃいけねえよなぁ。 最愛のギコ君がどーたらってさぁ」 川 ゚ -゚)「いらない。そんな情報」 クーが遮るようにしていうと、ハインリッヒは眉間に皺を寄せて、 从 ゚∀从「お前が口挟めることじゃないでしょ? それにさぁ、 いまさら私を友達だって勘違いされてもねぇ、困るっていうかさぁ……」 川 ゚ -゚)「お前を友達扱い? デレが?」 从 ゚∀从「ああ。まあ色々してやった……色々ね」 スカートの汚れを適当に手ではたくと、ハインはふたたびクーに好奇の目を向け、 从 ゚∀从「あの娘は純情だねぇ」 川 ゚ -゚)「………」 从 ゚∀从「でも一途すぎて怖いわ。思わない? なぁ」 川 ゚ -゚)「思わないな」 つめたく言い放って、クーはさらに、 川 ゚ -゚)「……汚れたお前らに眩しく見えるだけだろう」 5 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 00:56:22.55 ID:+VVRoW+j0 从 ゚∀从「言うねぇ」 川 ゚ -゚)「……もういいだろう、消えてくれ」 いきなり、クーの言葉に懇願の意がよぎった。が、その心はまったくハインリッヒに通じていない。 ただただ挑発的な態度に成り果てていくだけであった。 もう空は黄昏じみていて、通り雨の匂いもする。 いつもの鋭さと違い、風は妙に気だるいので、一雨ふるのではと思われた。 足元の枯れ葉を蹴り上げると、ハインリッヒは露骨に顔を顰めた。 从 ゚∀从「せっかくこんなとこまで来たんだしさぁ、伝えなきゃワリにあわねぇだろ?」 "こんなとこ"といいながらハインリッヒは周りを見渡す。 内藤家の近所なのだが、たしかにハインリッヒの自宅からは遠い。 川 ゚ -゚)「だから伝えなくていいと言ってるだろ、帰ればいい」 淡々と告げると、 川 ゚ -゚)「あの男がどうだとか、そんなものはどうでもいいんだ。デレは……」 从#゚∀从「っとうしぃんだよテメェはようッ!」 いいさしたクーの襟元を掴むと、いきなり、ハインリッヒは怒気を露にした。 手首の筋が浮き上がるほど力を込め、歯をむき出しにしてクーを睨みつける。 6 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 00:59:09.78 ID:+VVRoW+j0 しぃに"御願い"された手前、そうすごすごと引き下がるわけにはいかない。 そうでなくとも、なんで自分自身がこんな役割を引き受ける羽目になったのかと、不満を引きずっていた身だった。 不満のたまった状態なのにむげに自分を否定しようとするクーへ怒りを向けるのは、 彼女にとって無理からぬことであった。 从#゚∀从「いちいちグチグチうるせぇんだよ……」 川 ゚ -゚)「いらない……あの男のことなんか、デレは知らなくていい……」 从#゚∀从「だから、さぁ……!」 いまにも、機械のように繰言をするクーを押し倒しそうなハインリッヒは、語気をほんの少し弱め、 从#゚∀从「お前は関係ないだろ?」 川 ゚ -゚)「………」 从#゚∀从「ガードマンにでもなっt」 川 ゚ -゚)「いや、ある」 从#゚∀从「はぁ……?」 クーの返事に、ハインリッヒはうめくような掠れた声をあげた。 と、その一瞬、クーは勢いよく頭を振り下ろして、威勢のいい頭突きをハインリッヒにかました。 7 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:02:13.56 ID:+VVRoW+j0 ふらついたターゲットに追撃のタックルを食らわして、クーはハインリッヒに跨った。 獣のように暴れるハインリッヒを無理矢理おさえこむ。 从#゚∀从「はなせッ……クソが! 離せ!」 川; - )「……! ………!」 暗い格闘が繰り広げられているそのとき、クーのうなじに雨粒が滴った。 それを契機に、突如の豪雨が一斉に降り注いで、アスファルトを打ち叩いていった。 いきなり鼻腔をつく、雨独特の地面の匂い。 頭蓋で暖められたしずくが、髪を伝って腕や服に落下していく。 雨まじりの風が吹きつける。空気は陰鬱に沈み込む。 倒されているハインリッヒの制服は、たちまち泥にまみれた。 从;゚∀从「やめろよ……くそっ……やめろって……!」 ハインリッヒのか細い叫びと、切れ切れな息だけは、雨音よりも響いた。 川; - )「い、いいか……? よく、聞け……よ……」 息を整えながら、クーはもつれる舌を動かして、うわ言のように喋りだした。 8 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:05:05.52 ID:+VVRoW+j0 川;゚ -゚)「た…しかに、ギコの情報をいらないってのは、私のエゴだ…… デレの望んでいるだとか、そんなのは関係なく……」 从;゚∀从「……! ……!」 しかしハインリッヒに言葉が届いているかは定かではない。 それでもクーはただひたすら、 川;゚ -゚)「私が…そう、……私の、望んでいる、てだけさ……デレの真意じゃあ…ない…」 从;゚∀从「だったら……」 反論しようとハインは呆れ声をあげたが、しかしクーはその口を濡れた手でふさいだ。 汗と雨水との判断もつかない。 川;゚ -゚)「……こうでもしないと、デレは、デレはなぁ…消えてしまうんだ……」 从;゚∀从「………」 そこまで言うと、クーは何かを思い描くような表情をした。 しばらく、沈黙が続いた。 一向にやまない雨の飛沫だけが二人の耳に届く。 9 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:07:55.35 ID:+VVRoW+j0 ………。 ひとしきり経つと、クーはふいに立ち上がった。 その反動で漆黒の長髪は胸元へ寄せられて、クーの表情はたちまち見えなくなる。 身軽に上半身だけを起こしたハインリッヒは、何事かというように立ち尽くすクーの姿を見つめ続けた。 川 - )「……やっぱり、無理だ」 从;゚∀从「……?」 髪もそのままで、かしぐように前進するクーのその姿は、 さながら幽霊の姿といった感じで、ハインリッヒの恐怖を闇雲に掻きまわした。 从;゚∀从「な、なんなんだよお前……ッ」 川 - )「…やっぱり、私も二人だけの世界で、生きていたい」 まったく雨水に塗れたクーの靴は、とうとうハインリッヒに詰め寄った。 両者の足元は、ほとんど同じ部分を踏んでいる。 ハインリッヒは、それでも立ち上がろうとはしなかった。 いや、出来ないのかもしれない。ハインリッヒの瞳は既に尋常でないほど怯えきっていた。 空は光を失っていた。 骨にまで沁みるような雨の冷たさにも、ようやく身体が慣れてきた頃―― クーは、いきなり懐からカッターナイフを取り出した。 10 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:11:41.11 ID:+VVRoW+j0 無情な刃の輝きがハインリッヒの瞳に入り込む。 刃を伸ばす無機質な音も、雨中の喧騒のなかで、かすかに耳に届く。 从;゚∀从「やめろッ!」 とっさの才覚で腰をあげるも、すでにクーはカッターを好い加減な刃渡りに伸ばし上げていた。 生命の危機を感じる。タブーに触れてしまったという後悔が、心をきりきり苛んだ。 ――どうして、どうしてこんな目に遭ってしまったんだ。 しぃか……しぃのせいか。あいつが、妙な提案さえしなけりゃ…… それともデレの馬鹿か、そもそもの元凶は……いや、いや…… 元凶とか、そんなの考えてる場合じゃない! 从;゚∀从「お前まじでヤメろよ!? 狂ってんのかッ ほんとにやめろって!」 川 - )「……やめる?」 川 ゚ -゚)「なぜだ」 从;゚∀从「な……何故って……」 12 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:14:45.96 ID:+VVRoW+j0 ――ああ、どうして自分は逃げてしまわないんだろう。 もう面子なんかどうでもいい、とにかくやばいんだから、このキチガイは……! ハインリッヒはしかし、それでもクーと対峙したままであった。 ここで逃げても明日に登校すればまたはち合うという、むなしい諦めがそうさせたのかも知れない。 カッターをことさら強く握りながら、クーは誓いをたてるように、 川 ゚ -゚)「……もう、私もワンダランドに生きる……現実を、いま……棄てるんです」 从;゚∀从「棄、て……たきゃ棄てればァ……」 恐怖で声が裏返ってしまい、素っ頓狂な返事をしてしまった。 しかし傷つくプライドはとうに引っ込んでいる。 川 ゚ -゚)「学校……だとか、そんなの、私とデレには関係ない……」 从;;゚∀从「!?」 そのクーの言葉がきっかけだった。ハインリッヒは闇雲に振りかえると、 派手に水溜りを蹴り飛ばしながら走り逃げた。 もうクーが登校しないのであれば、躊躇する必要もない。 そんな、たやすい引き金であった。 14 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:18:14.19 ID:+VVRoW+j0 川#゚ -゚)「失せろッ! 白痴ィ!!」 去りゆくハインリッヒの背中めがけて、クーは罵声を張り上げた。 強まる雨の匂いは、ほのかにクーの周りにもまつわっていく。 肌寒いどころか、痛みすら覚える、そんな天候のもとで、 川#゚ -゚)「私は棄ててやった! 現実なんか棄ててやった! こんなくだらない、反吐の出る! お前達は一生そんな地獄で生きていればいい! 私達を嘲笑うその裏で、私達はお前達を嘲笑ってやる! お前達だけじゃない、この世を全部嘲笑ってやるんだ!」 虚々しい宣言を繰り返した。 しかし、当の相手はすでに視界から消え失せていた。聞いているはずもない。 それでもクーは、目を血走らせ、現実への怒りを撒き散らした。 氷のような雨にも、その熱だけは冷ましようがなかった。…… 15 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:20:29.67 ID:+VVRoW+j0 剥きだしの刃をしまおうともせず、クーはただ立ちとおしていた。 衣服も装飾もまったくに濡れきっているが、気にするようすは微塵もない。 ついに制服の色合いが変化したあたりで、ようやくクーは微動した。 目線を内藤家のほうへ向けると、陸にあがったマーメイドさながらの遅さで歩みだす。 しかし、クーは角に差し掛かった辺りで動きを止めた。 水滴のせいで嫌味なほどきらめく銀の刃を、しばらく見つめたかと思うと、 無垢な自分の左手首に、それをゆっくりあてがった。 その後の行為は、誰も知らない。 ・・ ・・・ 一九九五年。十月二日。 16 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:22:40.05 ID:+VVRoW+j0 十月の肌寒い日々は、はやくも人々を相変わらずうんざりさせた。 木枯らしは頬を突き刺すし、瞼はどうにもかさつく。 強風が吹き降ろされるたびに、愚痴ばかりが零れるようであった。 だがしかし、そんな外の出来事など、とうにデレにとってはどうでもいいことであった。 目覚めの朝がどうにも肌寒いとか、そんな小さな感想をもらすくらいで、 最近はもっぱら暖房に頼っている。 それでもデレは、毎日々々ギコのことを考えてやまなかった。 彼がいまどうしているか、想像に容易いが、それが却って苦痛であった。 女をたらし込んで我がものにしているであろうその姿が、ありありと瞼の裏に映し出される。 思い浮かべるだけで、心の奥底で暗い情熱が昂るのを感じる。 吐息に怨念がやどったようで、肺に奇妙な苦しさをおぼえる。 そうなると、もう分からなくなるのが、ギコをどうしたいかだった。 もし彼が目の前にいるとしたら、デレはなにをしだすか、自分でもわからない。 泣き出すのはまだしものことで、はたして求愛するか、突き放すかが問題だった。 もっとも考えたくないのは、彼に……仮にも最愛の彼に、暴力をふるうことだったが、 デレには、それがどうしても現実的におもえてしまう。 この暗い情熱の正体とは、まさしく殺意に他ならないのだから。 17 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:25:52.42 ID:+VVRoW+j0 その日はめずらしく大雨がN市を叩きつけた。 ふりだした頃合から、夕立なのではと思われたが、二時間たっても一向に降り止まない。 この天候のせいだろう。今日、クーが訪問してこないのは。 そんな納得をつけた辺りで、ふいに呼び鈴が鳴らされた。 今日は父も出張中だし、妹は修学旅行を楽しんでいる。 居留守をつかうのも気が引けるしと、玄関を開けてみたらそこにはクーが立っていた。 服をきたままシャワーを浴びたのかと思うほど、びしょびしょに濡れきっていた。 川 ゚ -゚)「こんな時間にきてゴメンね」 ζ(゚ー゚*ζ「……どうしたの? そんなにびしょ濡れ」 川 ゚ -゚)「……傘が、なくってさ」 それにしたってここまで水浸しになるのは度が過ぎている。 疑問がよぎったが、それは置いておいて、とりあえずデレはクーを風呂場に押し込んだ。 クーがシャワーを浴びているあいだ、デレは廊下で考え込んだ。 左手首を無造作にハンカチで巻いていたが、あれは何なのだろう。 柄にしては艶やかすぎる朱いろが、なおさら興味をかきたてた。 あの青ざめた表情は、雨風にこごえただけのものだろうか。 18 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:28:25.24 ID:+VVRoW+j0 バスローブを渡してやってリビングで待っていると、しばらくしてからクーはやってきた。 目が合ったとき、デレは今更にしてクーの美貌に惚れ惚れさせられた。 乾ききっていない漆黒の長髪はつやっぽいし、湯あがりの顔はほんのり赤みがさしている。 なにより、バスローブ姿だというのがひどくなまめかしい。 しかし、デレの目線はすぐさま彼女の左手首に向けられた。 貸したタオルのうちの、小さいものの一つで、かたく縛っている。デレは不自然に注目したが、 クーはそんな様子を察するこもなく、とびっきりの甘え声で、 川 ゚ -゚)「デレ、ありがとうね」 と感謝するだけであった。 ζ(゚ー゚*ζ「あ……うん、どういたしまして」 川 ゚ -゚)「……今日は家族がいないんだってね?」 ζ(゚ー゚*ζ「うん……朝にカウンセリングの人が来てたけど」 川 ゚ -゚)「カウンセリング」 ζ(゚ー゚*ζ「そ。でも適当に話あわせただけなんだけど……」 川 ゚ -゚)「それでいいんじゃない」 19 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:31:56.23 ID:+VVRoW+j0 その後は、とりとめもない会話に興じた。 口を動かしながら気がついたことは、クーは自身の左手首に わざと興味をそそらせようとしていることであった。 デレがその手首の異常に訝しがっているのは、とっくに承知らしい。 そうなると、会話が途切れたときが気まずかった。 さもいま目が留まったみたいに、気軽な口ぶりで手首のことを問い質すのもはばかれるし、 だからといってその存在感は無視できない。 どう見てもあれはリストカットの証拠だろうし、異様に濡れていた風体から、 雨の中で自傷におよんだかもしれないとさえ思える。 そうなのかな……。 デレがもじもじしていると、クーは優しい口ぶりで、 川 ゚ -゚)「ここにくる途中でね、ハインリッヒに会ったんだ」 ζ(゚ー゚*ζ「えっそうなんだ?」 ハインリッヒには好意を抱いたままのデレは、穏やかにかえした。 それもこれも、すべてはしぃの差し金であり、ハインリッヒもその一つであるとは つゆほども思っていないらしい。 20 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:34:47.44 ID:+VVRoW+j0 川 ゚ -゚)「いや……それで、しばらく雑談してたんだ」 たどたどしく現実を歪曲しながら、クーは真剣な口調で、 川 ゚ -゚)「そんな感じで……わたしはフト悟ったんだ。私はここにいるべきじゃないって」 ζ(゚ー゚*ζ「ン? どういうことかな」 川 ゚ -゚)「現実に居られないんだ、モウ」 クーのその言葉は、たしかにデレに真意を伝えた。 わたしもアナタみたいに非現実に逃げ込みたい、という。…… しばらく、クーはデレの瞳を観察しつづけた。 けれども、かえってくるのはただただ無垢なかがやきばかりで、 反応めいたものは仄ほども見えない。 なんだか、クーは咎められているような気がし、どうしようもない居心地の 悪さを感じてしまった。実際のデレの考えはわからないにしろ、見つめることが辛いのだ。 恥ずかしさやら失望やらで、身体をもじもじさせた。 それからは言葉少なだった。 雨上がりの午後九時に、おたがい静かな対応で、クーは内藤宅を後にしたのだった。…… 21 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:38:37.81 ID:+VVRoW+j0 川 ゚ -゚)「………」 いま身にまとっている替えの衣服はまぎれもなくデレのものなので、 洗濯していつか返さなくてはいけない。 たしかな再来訪の口実ができたし、デレのものを着ているという事実は嬉しかったが、 しかしやはり、今日のデレの様子ばかりが気になってどうしようもない。 軽い酩酊状態に近かったのか、デレのあの瞳には意思が感じられなかった。 自分のこの手首を不審に思っていたらしいが、反応をみる限り 自傷行為を咎めるつもりもさらさらないらしい。 どこかが可笑しい。クーは夜道でふと立ち止まった。 振り返って内藤邸をみると、冷えた空気が頬に当たる。 まだ九時をすぎたころだというのに、もうデレは家中の電気を 消して回っているらしい、一階はすでに消灯してい、そしていま、階段の明かりがきえた。 そんな様子を見続けながら、振り向いたままで歩き出すと、左足が 思いっきり水溜りに突っ込んでしまう。 しかしそれでも、後ろを見ることを止められなかった。 今宵のデレは、なにかが可笑しい。 22 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:40:59.01 ID:+VVRoW+j0 川 ゚ -゚)「(ペニサスちゃんから情報を仕入れるか……)」 デレには教えていないが、クーは裏で彼女の実妹のペニサスと通じていた。 今日のデレの調子だとか、そんな情報ばかりだが、時たま提供してもらっている。 おおよそデレがギコと知り合った頃からの始まりで、 ペニサス自身もクーにはよく懐いているおかげか、結構な関係を築き上げた。 あいにく今日は留守だったので、後日ということになるが、 残念なことにいつ帰宅するか知らない。 どうせならデレに聞いておけばよかったと、すこしばかり後悔する。 明日は贈り物を渡そうとクーはぼんやり考えた。 さっきの気恥ずかしさを吹っ切るきっかけにしたいし、さらに距離を縮めたい。 なにをプレゼントしようか。薔薇のようになりたいと言っていたので、 夏休みにはそんなデザインのハンカチを強引に贈ったが、あれはきちんと使われているかな。 じゃあ本物の薔薇を贈ろうかな。 何いろがいいだろう。そういえばちょっと前に 交換日記で青いバラが欲しいとか書いていたけれども、 さすがに幻の花は渡せそうにない。 素直に赤色にしておこうか。それも自分の血いろより鮮やかな。 死ぬほどあなたを愛しています、というメッセージを込めて。…… 24 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:43:29.80 ID:+VVRoW+j0 しかし、翌日にプレゼントを渡すという企みは果たされなかった。 ひどい風邪をこじらせたとかで、デレが寝込んでしまったらしい。 お見舞いなどの口実をつかっても無駄で、クーはまったくデレと遮断されてしまった。 ペニサスに尋ねても、芳しい道はみつけられない。 ただ唯一のつながりというのは、ドアの隙間から渡し渡される交換日記ばかりで、 そうこうしている間に、購入しておいた薔薇の花束はすこしずつ枯れていった。 かがやかしい薔薇の花弁も、日がたつにつれ茶褐色におちていく。 直接デレに手渡したいとの希望のせいで、華やかな朱いろは日に日に色褪せていった。 とうとうデレに会えぬまま、すべての薔薇が朽ちてしまったのだった。 25 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:46:11.60 ID:+VVRoW+j0 また買いなおそうと思い立ったそのとき、クーは頬を伝う自分の涙に気がついた。 手ひどい裏切りにあったように心が悔しがっている。 どうして会えないんだろう。会いたかった。会いたい。 一九九五年の十月二十日、一人の少女は死滅した薔薇を抱きながら咽び泣いたのだった。 もう二週間も姿をみせない。 まるで世界から追い出されたようだった。 クーにとって現実世界など不要なもので、デレとの幻想でしか呼吸ができない。 だのにそのワンダランドともう十日以上もたたれてしまっている。 毎日が息苦しかった。 もう女学校にも足を運んでいないので、家族からも白い目で見られている。 死に物狂いになるまで、あと一歩というところだった。 けれどもクーは、一度も薔薇のことを交換日記に載せなかった。 あくまでもサプライズとして提供してやりたい。 死ぬ程あなたを愛している。 このメッセージは、文章でなくゲラニオールのうらで表したかった。…… 27 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:47:46.98 ID:+VVRoW+j0 そんな毎日が続いた。デレはどうして頑なに自分を拒むのだろうと、 考え続けた日々だった。デレ以外のことをまったく考えなかった毎日だった。 愛情が憎しみに果ててしまいそうな毎日だった。 一九九五年の十月三十日、クーは引き攣った面持ちで内藤宅へ歩み始めた。 これまで期待に胸ふくらまして足を運ばせていたけれども、 さすがにもう、そんな余裕はそこを尽きてしまった。 それでもデレに会いたがる自分に、クーは感謝するしかなかった。 が、しかし、そんな自分に恐怖する自分もいた。 万が一、デレが男と逢引している現場にでも遭遇したら、まちがいなく 男ともどもデレを殺してしまうにちがいない。 自分が部屋の外で懇願しているのに、もし、部屋のうちでは ぴんく色の戯れが繰り広げられているとしたら……。 壁に耳をあてて集中させているが、これまでそんな気配はいちども感じていない。 咳の一つも聞こえないのがいつものことで、その辺りは大丈夫だと安堵してはいるが……。 29 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:51:14.21 ID:+VVRoW+j0 風のきる音はやまない。頬に赤みがさす。耳が切りつけられたように痛い。 あの日の雨からは想像もつかないほど、空気が乾燥しきっている。 オーバーをひっかぶり、肩をいからせながら歩いていたクーは、 なおさら早歩きになった。 川 ゚ -゚)「……さむいな…」 口を動かすと、唇の乾燥具合におどろかされる。 かるくなめずっても、すぐにかさついてしまう。 思えば、この季節にしたって、この前の夏盛りをとってみても、 現実世界というのはあまりにも快適とはかけ離れている。 ほんとうに心地良い春日和なんて指で折れるほどだし、湿気にまみれた 日本では雨がそんな数少ない季節を塗りつぶしていっている。 気候に不満をもつのはいつものことだが、最近はとくに顕著になっている。 おそらく、ワンダランドにさえ入り込めば肉体も精神も、うっとうしいものは すべて彼方にまで葬りさってくれていると信じているからなのだろう。 30 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:53:03.34 ID:+VVRoW+j0 そんな、願望とも妄想とも区別のつかない考え事ばかりしているうち、 クーはようやく内藤宅の個性的な建築を一望におさめる地点にいたった。 川 ゚ -゚)「……?」 だが、様子がおかしい。 門の前には二台の白いセダンが停まっているが、そこから出入りする男達は 明らかに雰囲気がなにか日常とかけ離れている。 家から出て行く人間たちにしても、むつかしい面持ちで、 クーは、どうしても胸の焦燥をおさえられずにいられなかった。 ――あれは間違いなく警察だ。でも、人数からしてそんな大事じゃない……? せいぜい空き巣……いや、いや、いや……そんなことよりも…… 川;゚ -゚)「デレは……?」 デレは。デレはどうしているんだ。 まさかとは思うけど、いや、でも、そんなことが起きちゃ…… 31 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:56:28.55 ID:+VVRoW+j0 動悸が激する。顎が硬直して、内藤宅の二階を見上げるのを躊躇っている。 最悪の事態を想像してしまう。 いままでのデレの異常が頭の中で走馬灯のように再生されていく。 部屋が出なかったり、部屋から出ようともしなかったり、私とほとんど 口をきかなかったり、姿を見せてくれなかったり、物音もほとんどたてず、 ただただ部屋の中で閉じこもっていたり、私を一人ぼっちにさせているその行動が。 クーはようやく、両目をはっきりと見開いた。そうして、 無理にはればれとするように、そうっと眉を上げてみせ、視線をデレの部屋へうつした。 クーのおおきな瞳は、そのとき、内藤宅に起こった異変のなにもかもを捉えてみせた。 窓からのぞく何人かの人影、そうしておろおろとしている内藤氏その人、 その内藤氏に質問している刑事らしき男……無残なことに、クーの予感は的中してしまった。 ――デレになにかがあったんだ 34 : ◆tOPTGOuTpU :2008/09/20(土) 01:59:22.92 ID:+VVRoW+j0 ついに結論にたっした途端、クーの蒼白い顔はショックに何もかも崩れた。 いきなり涙があふれ出し、一文字に結んでいた紅い唇はたちまち喘いだ。 川;゚ -゚)「あっ……あっ……」 フェイドアウトするように視界は黒ずんでいった。 動悸は痛みを伴った。頭痛と吐き気も急に感じられる。 クーは、最後の最後というように、必死で辺りを見回した。 しかしデレはいない。どうしたんだろう。 それに気がついたとき、クーはこの世のものとは思えぬほどの絶叫をあげた。 そうして、そのまま力尽きるように、痙攣しながら、崩れ落ちていった。…… (絶望的な愛 終) コメント
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