長岡速報 |
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2: ◆xh7i0CWaMo :2009/05/31(日) 22:03:26.66 ID:3dLrwAxg0
ここに来てブーンは一つの疑問に抓まれていた。 現実と虚構の段階を三つに区分するとしよう。そうするとき、最も上に位置するのは作者、および読者、 つまり現実世界の者達である。これが揺るがせないのは今や自明的だ。 問題はその下の二つ……作者の真下に、ブーンは位置するはずだった。 しかしそれではクーの存在がおかしいことになる。彼女はブーン以上に現実世界のことを理解し、 虚構を終末へと導く狂言回しの役割を担っているわけだから、彼女は現実と虚構の狭間つまり、 ブーンよりも一段階上にいることになる。 しかし、同時に彼女はブーンの想像上の生物でもあるのだ。だから彼女はブーンの、 心中における支配下にあらなくてはならない。すなわち彼女はブーンよりも上位であると同時に、 ブーンの直下に置かれているわけだ。 容易に飛びつける矛盾への解答は、思いつく限り三つある。 一つ目……彼女がすでに、ブーンの支配下を離れてしまっている場合。 あるいは、そもそも、想像上の生物であるという言質そのものが虚言であった場合だ。 可能性としては最も高いように思える。しかし、考えにくくもある。彼女が嘘を吐く理由はない。 策謀を巡らすようなひ弱さを、彼女は持ち合わせていないからだ。 では二つ目……現在の彼女が過去の彼女と別人である場合。 狂言回しと魔法少女の二人が一致しないならば、矛盾自体が無かったことになる。 だがこれも考慮には値しがたいように思える。ひっきょう悪魔の証明に頼らなければならない時点で、 この仮説は説得力を欠片ほども獲得していない。 ある種考えられなくもない仮定ではある。ブーンは主人公として、ハインなど他の登場人物とは、 明らかに違う立ち位置を確保しているわけだし、ピラミッドの書き換えも簡単に行える。 作者か読者のどちらであるか……あえてどちらかに依るなら、読者のほうが距離的には近しいだろう。 集合的無意識の部屋でブーンは虚構を見下ろす彼ら同様、パソコンを通じて文字記号を見ることが出来た。 希望すればキーボードを叩き、感想を打ち込むことだってできたに違いない。 ただ、それまでだ。ブーンには作者のように物語を紡いだり改変できない。だから結論は読者となる。 だが、この仮説には本来的な欠陥がある。そもそもブーンはこれから、自らの虚構存在を確立するのだ。 階段を上り詰めて、虚構を我らの現実世界として証明し認識する手続きを行う。 しかし、今更ながらこれほど気の進まない作業もない。 どんな科学者だって仮説を打ち立ててそれを証明する際、ある程度の自信や矜持や、 ともすれば証明の時点ですでに達成感さえ覚えたりしているはずなのだ。 絶望の証明にはそれがない。仮説を打ったのもそれを仮説として承認したのも自分ではないわけで、 何故わざわざ他人の証明を代行せねばならないのか。 いや、他人ではない。それは紛れもなく自分自身が最も深く関わっていることなのだ。 だから余計に腹立たしいし、やるせなくもある。今や物語を続行するためには、 ブーンは与えられた作業を不自由に粛々と推し進めることしかできないのだ。 いっそのこと思考を停止してしまえばいいのかもしれない。 やがてブーンは考えるのをやめた……素晴らしい終わり方じゃないか。 そういう締めくくりをした物語を知っている。あれだって名作に数え上げられているはずだ。 遍くトーチライトが輝いている。ハインは後方、数段離れたところから静々と付いてきている。 彼女が物言わなくなったことがブーンにとっては救いだった。 コミュニケーションは他人との通路を建築するための手段であり、 それは共存の権利を有するものだけに許されたものなのである。 これから自らの存在に孤独と虚構の楔を打ち込もうとしているブーンたちにできることではない。 階段を駆け下りようとしないのは、そうしたところでどうにもならないことを小賢しくも理解しているからだ。 前方から誰かの顔文字が漂ってきている。それはちらとブーンに一瞥をくれると、 そのまま無言のまま下方へと流れ消えていった。彼のような登場人物がいただろうか、 とブーンはしばし逡巡し、やがてはっと思い出した。そうだ、彼は僕がガトリング砲でばらばらにした男だ……。 彼の通行を合図とするように、無数の顔文字が一斉にブーンたちを飲み込もうとせんがごとく、 猥雑に躰を絡ませ合いながら押し寄せてきた。階段の周囲にある透明な壁に躰をぶつけながら、 階下へと落ち込んでいく。互いの記号を引っかけ合って分離し、すでに原型をとどめていない顔文字もあった。 彼らの一つと視線が合った。彼は水死体のようにむくれた表情でブーンに言った。 ミ,,゚Д゚彡「まったく、嫌になっちゃうよなあ。二回目だぜ、おれたち、ここに来るの。 たいした役目も与えられてないのに、また星みたいに輝き続けないといけない。 気が違うだろうって。それも最初のうちだけだよ。そのうち気狂いにも飽きてきてさ……」 彼は後ろからやってきた顔文字の群れに混ざり、ばらばらに分解して流れに飲み込まれてしまった。 どんな物語にも終わりは来る。ここは物語を終えて生命を閉ざした登場人物たちの墓場である。 描写をするには残酷すぎるといえるだろう。どんなにモラルを失ったインタビュアーだって、 土に埋められた死者を、ほじくり返してまで話を聞こうとはするまい。 仮に記憶していても再現はできまい、彼らは文字媒体に変換される以前から、 すでにして顔文字そのものの存在になってしまっているのだから。 やがてブーンはその群れの中に、見慣れた顔文字の姿を見た。 いつだったかの募金運動、その指揮を執っていた女性……。そういえば、未だに名前すら知らない。 彼女はブーンの姿を確認するや、さっと目を背けてしまった 好都合だ、ブーンにしたって、もはや彼女と会話することなど何もない。 それにしても、彼女は今やどんな気持ちでいるのだろう。 募金活動の時、老人であったブーンに物知り顔で弁舌を振るう彼女は、たぶん最高に生き生きとしていた。 我の強い女性だったに違いない。自分の主張に大仰な自信を持ち、恍惚とさえしていただろう。 結局、あの場面の意味するところなどほとんど無いように思う。 いや、全体を見渡した時に何らかの意味が明らかになるのかもしれないが、 少なくとも今のところはさっぱり見当も付かない。 彼女はその事実に気づいているはずだ。だからこそブーンから目を逸らしたはずである。 真相を知らされて……彼女はどんな気持ちを抱いただろう。怒り狂っただろうか、泣きわめいただろうか、 わけもなく笑い出しただろうか……。 彼女はしばらく目を逸らして後方を漂っていた。しかしやがて、首をひねられた雌鳥のような叫声を上げた。 周囲の顔文字が驚いて彼女を見る。彼女は叫びながらそこらじゅうを駆け回り、 ついには自ら瓦解した。分散した記号一つ一つがトーチライトに照らされて薄く輝く。 从 ゚∀从「なあ、ブーン、ちょっといいか」 不意に、後ろでハインがおずおずといった調子で話しかけた。 从 ゚∀从「こんなこと、考えるだけ無駄なのかもしれないけどさ……いやまあ、どっちでもいいんだが……。 俺たち、こいつらとは逆行しているって感じだよな?」 ( ^ω^)「……そうなるお」 从 ゚∀从「さっきのあのいけ好かねえ奴が言ってただろ……ここが、着想部分の入り口だって」 ( ^ω^)「……」 从 ゚∀从「まだ、入り口ってわけだよ。つまり、この階段を上り続けたら、次のステージがあるってわけだ。 そして、この顔文字たちは俺たちが行く方向からこっちに向かってきている……」 ( ^ω^)「情報蒐集をするのかお?」 从 ゚∀从「まあ……」 なるほど、それは考えてもみなかった手段だ……ブーンは上る足を止めた。 確かにモララーはこう言っていたのだ。 ( ・∀・)「この小説グループの着想部分……つまり、入り口の部分」 だが、それはあくまでも小説グループ全体を見渡した場合の作者の思考の入り口という意味ではなかったのか。 決してこの空間全体において、星の海を入り口と表現したわけではないはずだ。 ……いやいや、しかし頭ごなしに理屈を否定してしまうのも勿体ない。 知ったところでどうにかなるというわけではないだろうが、同じ絶望するにしても安心して絶望できる。 とはいえ、知らない絶望のほうが良い場合も無いことはない……。 断頭台に上った囚人は仰向けよりもうつぶせを好む……、落ちてくる刃を見ずに首を落される方を望むのである。 何を恐れる必要があるっていうんだ……。今更仰向けに寝かされたところで恐怖もしないだろう。 こんなことなら、モララーにあらかじめ訊いておけば良かった……いや、 むしろ彼が去っていったからこそわき上がった疑問だから、そんな後悔は無意味でしか無いが……。 取り敢えず、ブーンは空間を眺めて、見知った顔文字を探し始めた。 そしてようやく、ラテンダンスのグループと思われる群れの最後尾あたりで、話しかけやすい顔文字を発見した。 ( ^ω^)「ビロード」 ( ><)「あ、ブーンさん」 そういって近づいてきたビロードには、さすがに以前ほどの活気は無いように思えた。 と言って、顔文字に活気を求めても仕方がないことだが。 顔文字は顔文字である。無機物でしかないのだ。 彼と直接会話するのはずいぶんと久しぶりのような気がする。 しかし、彼とてほんの少し前までは、ブーンと同じ学校に通う生徒だったわけであり、 ブーンとは気軽に会話するほどの間柄だったのである。もっとも、あの時点ですでに変調は来していたのだ。 ドクオに関する価値観の違い……あのときにもっと実感らしい実感をしておけばよかった。 そういえばドクオにはまだ遭遇していない。きっと、顔文字の中でも最後の方で現れるのだろう。 関係の深さでいえばハインやクーの次ぐらいにあたる男だ。 どちらの性格でやってくるのかは分からないが……ともかく、ヒーローは遅れてやってくるものである。 話しかけたのはいいものの、どのような会話を繰り広げればいいのかが分からない。 ビロード……ビロード……漢字で書けば天鵞絨である。とんでもない名前負けだ。 ( ^ω^)「……どうしてたんだお、今まで……?」 ( ><)「今まで……」 ビロードはいぶかしげな表情を浮かべてブーンの向こう側の景色を見やった。 記憶を掘り返しているというよりはむしろ、何も無い空白に向かって、 何かを探して手をうごめかしているような感じ……。 ( ><)「……何をやっていたかなんて、まったくわかんないんです……。 むしろ、何もやっていなかったというような……時間の流れさえも、正確に感じ取れていなかったような、 で、でも、それはたぶん、僕だけじゃないと思うんです! ここにいるみんなが……、 僕と同じ、へんてこな気分だっていうか……うん、本当に、なんにもわかんないんです」 後半になるにつれ、口調が言い訳じみてくる。その流れがブーンには懐かしかった。 ( ><)「……でも、ほんの少しだけ、安心もしたりしたんです」 ( ^ω^)「安心?」 ( ><)「わかんないのは僕だけじゃないって……みんな、なんにもわかってないんだって……」 まるで心の底から湧き出る悪意を自覚しながらなお笑むような……、 彼はその落ち窪んだ目ではっきりと、「勿論、おまえも」と付け加えたのだ。 モララーが言っていたように、確かに彼らはブーンたちに期待をかけているだろう。 だが同時に、それに等しいぐらいの恨み辛みを抱いているのではないだろうか。 彼らが既製の枠を飛び越えて会話できるならばこうつぶやくに違いない。 「お前さえ存在しなければ、こんなことにはならなかった」 とんでもない濡れ衣である。しかし、彼らは濡れ衣を濡れ衣と理解してなお、憎悪しているのだろう。 それを思えば、モララーの応対は常軌を逸するほど紳士的だったのかもしれない。 女の無言はそこにこそ理由があったのかもしれない。 ビロードの眼は誰よりも常識的に饒舌なのかもしれない……。 ( ^ω^)「……ビロード、きみは上の方からやってきたお。いったい、上には何があるんだお?」 ( ><)「……お願いします、それは、ブーンさんの眼で確かめてください」 ( ^ω^)「魔法少女は……」 ビロードは顔文字の海に紛れてしまった。 偽善的と思われようが、謝罪の弁を一言でも述べておいた方がよかったのかもしれない。 しかし、もう取り返しが付かないのだ。思えば今までずっとそうだった。 行為の代償は常に払わされ続けてきたし、今もまだ払い続いている。 元金に手が届くよりも遙かに速いスピードで膨れ上がる利子を焼け石にかける水のようなはした金で払っている。 現実の世界よりも合理的で、不条理に……。 階段を上り続け、それと同時に数字は減る。だが、減少のペースがいささか落ちたようだ。 いま、ようやく00041にまで到達した。三分の一を踏破したことになる。 実際には、数字の何倍もの段数をのべつ上り続けたのだ。 不思議と脚に疲れは無かった。息切れもしない。 その理由は、なんとなく分かるような気がする。 この空間に立っている自らの躰が果たして自分そのものの躰なのかどうか……、 この際意識は己のものであると断定しておこう。そうでなければ進む話も進まなくなってしまう。 だが躰は……たぶん自分のものではないだろう。言ってみれば車椅子のようなものだ。 ブーンたちはただ、意識か無意識かのどちらかでホイールを回し続けているだけにすぎない。 そうだ……そもそも、車椅子の乗員が僕である必要などどこにもないのだ。 もっと言えばハインだってハインである必要がない。 最初から、ブーンがブーンであるがために乗り越えられた困難などあっただろうか。 考えてみれば、ブーンは最初から徹頭徹尾ただ巻き込まれ型の被害者を演じているだけだった。 問題を解決するほどの頭もなく、ごくごく一般的な反応を賽の目のように、 ころころ変わる状況の上で演じていただけなのだ。 なんだ……そうじゃないか……そもそもこの物語のタイトルにも僕はいない…… なのに、なんだって僕が主人公面なんてしているんだ…… ただ語尾に妙な口癖がついているだけの僕にどうしてお鉢が回ってきたんだ……。 キャラクター性ってのが必要じゃないのかい…… 顔文字があるぐらいだから、よっぽどキャラクターには愛着を入れないといけないんだろう……。 その点僕にはこれといった特徴もなく……理由もなく……。 不意に声がし、振り向くと、いつかの引きこもりの顔文字がぺったりと透明の壁に張り付いていた。 (-_-)「この小説グループのタイトル、なんていうか知ってるかい……ボクは知ってるよ、何故かって? 聞いてたんだよあの部屋の隅っこで、パソコンの前にいた奴が喋ってたことを……」 彼は、ウヒラハラハラと読経するような声を立てて笑った。 (-_-)「やあ……ようやくボクにもまともな活躍の場が与えられたねえ…… それがもう嬉しくって……ウヒラハラハラ……それで、なんだったっけね…… ああそうそう、小説グループのタイトルさ、なんだか知ってる? ……ブーン系小説っていうんだって……それで、キミの名前はブーンだろう……つまりそういうことだよ。 キミはこの物語だけじゃない、引いてはこの小説グループ全体における主人公なわけ…… だからさ……きみが歩いているのは不思議でもなんでもない…… ある種当然なの、キャラクター性なんて自然とついてくるものさ。 キミにはもう、ごく普通の一般人っていうアイデンティティーが備わっているわけだしさ……詭弁かい? 詭弁かもね……ウヒラハラハラ……。もっとも、そっちの女の子に関してはよくわからないけど、 でも、その子のことはキミのほうが知ってるだろう」 从 ゚∀从「お前、そんなに喋れたのか」 ハインが驚いた風にそういうと、引きこもりはいかにもわざとらしく、「あっ」と声をあげた。 (-_-)「そうそう、そうだねえ……そうだよねえ……キャラクター、壊れちゃだめだよねえ…… ウヒラハラハラ……ウヒラハラハラハラハラハラハラハラハラ」 彼は笑い続けながら壁に何度も顔面の文字記号をたたきつけた。 笑い声がだんだんと溺れているような声になり、やがて顔文字そのものと共に崩壊した。 結局何が言いたかったんだろうか。自分の言ったことを身を持って否定しただけじゃないか……。 ただ、部分的には納得できるところもあった。 ブーン系小説……小説と呼ぶのがおこがましいならば読み物……。 その核心にブーンが立っている、名前通りに屹立している。 でも、それだって別になりたくてそうなったわけじゃないんだ……いや、望んでいた部分はあったかもしれない。 そうだとして、間違いなくそれは他人のブーンなのだ。 別の人格で別の顔面を持つ……いくら鏡の前に立ち尽くそうが一向に出てこない別人の自分……。 それは、確かにこの星の海に存在しているだろう。彼……始祖は今やどのような思いを抱いているだろうか。 从 ゚∀从「……進まないな」 ふとハインが呟いた。 ( ^ω^)「え?」 从 ゚∀从「いや……」 彼女は謝罪のような眼でブーンを見上げた。 从 ゚∀从「数字……さっき、00041を通り過ぎただろ? なかなか00040にならないなって」 数字の勘定などとっくの昔にし忘れていた。00041を通過したのはもうずいぶん前のような気がする。 歩を進める車椅子の速度に変化はないのだから、それで十分だと思い込んでいた。 実際には、そういうわけではないようだ。主観的時間と客観的時間の差違のようなものだろうか。 着想世界においては、そういった無意識的なファクターが組み込まれていてもおかしくはない。 ただ、この空間が明晰夢の類と一線を画しているのは、この階段の先に、必ず終着点があるということだ。 そのために作られた一直線の階段であろうし、ビロードの思わせぶりな発言が説得力を持たせている。 だから、一瞬浮かんだ悪夢……不条理な無限ループにはまりこんだという可能性は、考慮に値しないのである。 では、一体何がブーンたちを進ませないのだろうか。 当初00060であった数字を、まだ00019減らしただけに過ぎない。 クライマックス的な盛り上がりを求めているわけではないのだろう。 もっと、初歩的な部分でつまづいたということになる。 果たしてブーンたちが何をしたのか、あるいは、何をしていないのか……。 ( ^ω^)「……していないことといえば……」 从 ゚∀从「ん?」 していないことと言えば、まだブーンたちは絶望の証明への糸口さえ掴んでいない。 絶望の証明……一連の出来事とフィクションを約束されたこの世界観が、 あくまでもブーンたちにとって現実であったということを証明する手段……。 未だに、見当すらついていないのだ。 世界の存在を証明すると言うことは、すなわち自己の存在を証明することである。 そんなことが、あまつさえ想像上の中で出来ようはずもない。 どこかの哲学者に任せたほうがよっぽど効率的である。 ハインが哲学の言葉を口にした。それでも構わないような気がする。 しかし、それはあまりに脆弱な理論ではないだろうか。 現実世界の哲学を想像上に持ち込んでそのまま機能するとは思えない。 数学と違い、哲学はそのままの形でコンピューターに落とし込むことができない、そういう頑固な学問なのである。 確かに世界の証明と自己の存在証明はある部分で共通している。 しかし、今ブーンたちが腐心せねばならないのは、周りを流れ落ちていく顔文字たちの存在である。 自己の存在証明に加え、彼らの存在証明も行わなければならない。 その場合に、ハインの台詞をそのまま適用するならば……ブーンたちは、無数の顔文字たちにデカルトの言葉で説得するという、あまりに滑稽な作業をすることになる。 今や、彼らがブーンの言葉を聞くとは思えない。ラテンダンスの時とは状況が違うのである。 あのときよりも遙かに、星の海の顔文字たちは完成に進んだ自我があるのだから。 从 ゚∀从「あ……」 ハインが小さく声をあげた。ブーンは彼女の指さす、階上の彼方を見やる。 小さく、しかしはっきりと、そこに扉の姿があった。 駆け上がり、駆け上がり、扉の前にたどりつく。 木製の、もはや見飽きたその扉の表面には、00040と彫り込まれていた。 長い道のりを経てようやく00040を拝むことができたわけだ。 すると、先ほどのハインの台詞……あれは案外、本質に近しいのかもしれない。 存在証明……我思う故に我あり……。自己の認識、世界の認識、承認……。 ハインが囁いた。しかし、どうするもこうするもない。ホイールは勝手気ままに回るのである。 ( ^ω^)「開くしかないお」 ドアノブに手をかけ、僅かに隙間を作ったとき、向こう側から破裂するような銃声が聞こえた。 一瞬ブーンは身をすくませたが、八方破れの勢いに手伝わせてドアを叩くようにして開けた。 砂風が頬を一撫でした。靴底ほどの高さもない、背の低い乾いた雑草が申し訳程度に生えている。 目の前に地平線があった。よく見ればわずかに青い曇天と、干からびた荒野が境界で交ざる。 まるで、遠い異国の光景だ。周囲には誰もいない。銃声を発したものも見あたらない。 从 ゚∀从「なんだこりゃ……どっちに進めばいいんだ?」 ( ^ω^)「とりあえず、まっすぐ歩くお」 単純に評価すれば星の海の方が遙かに美しかったが、こういう殺伐とした風景も悪くはない。 前者には幻想と無限、後者には現実と有限が交錯しているように思えた。 旅行するなら星の海、日常的に住まうならば荒野を選ぶのが最適だろう。 とりあえず、入り口は抜け出せたということだろうか。 糸口を掴めたならば、あとは絡まないようにたぐり寄せればいい。 しかし、それには一体、どうしたものだろう。仮説を立てたのはいいものの、 糸の先になにが付いているかはさっぱりわかっていないのである。 現実の奴らは思考って点では独立してるけど、俺たちの思考は、 そもそもが作者に与えられたものなんだし……」 ハインの言うとおりである。しかし、扉は開いたのだ。この線で考慮を進めていくのが一番だろう。 その時、地平線の向こうから何者かが駆けてきた。 いや、駆けてきたという表現は正しくないかもしれない。その何者かには、脚がないのである。 もっといえば胴体がない。首だけが飛んでいるのである。 それは紛れもなく顔文字であった。接近してくるその顔文字は、いつぞやの刃物の女、しぃである。 彼女は沸騰した湯沸かしのような声をあげながらわき目もふらずに突進してくる。 顔文字の少し下には、ライフル銃が同じ速度で飛んでいる。 彼女の下に本来生えているべき胴体をイメージして、 そのライフル銃が彼女に抱えられたものであるということがわかった。 透明な手が、引き金を引いた。しなびた音と、弾丸。それはブーンの躰をすり抜けて後方へ消える。 从 ゚∀从「だ、大丈夫か?」 ( ^ω^)「……」 顔文字の撃つ弾丸がブーンと物理的な接触ができるはずもない。彼女だってそれを承知しているだろう。 あるいは、彼女の血眼から判断すれば、そもそもブーンたちが見えていないのかもしれない。 直後、一定の距離感を保っていた顔文字とライフルがバラバラになって弾け飛んだ。 ライフルは彼方に落ち、顔文字の方は跳ね上がりながら地面を転がり、 ブーンの足下にたどりつくと、そこで激しく砂利を吐き出した。 ( ^ω^)「……」 彼女を見下ろす。地面にむかって吐瀉する、そのきちがいじみた表情には、顔文字になる前と少しの変化もない。 今はそれに断末魔が加わっており、とても目を当てられない顔になってしまっていた。 突然彼女が寝返りを打った。本来顎があるあたりにべっとりと貼りついた液体を舐めとると、 彼女は黒板を爪で思い切り引っかいたような笑い声をたてはじめた。 (*゚ー゚)「……やっと死ねるわ……そう、やっと死ねるのよ……死ねるの……死ねる……」 言葉の意味から察するに、彼女はおそらく歓喜しているのだろうが、声からは気が違ったとしか思えない。 実際はどちらも兼ねているのだろう。狂いながら喜ぶという、理想的な死に方をしているのである。 (*゚ー゚)「ねえ……あなた……そこの……」 銃器女がブーンに話しかける。 ( ^ω^)「……見えていたのかお」 (* ー )「今度会うときは……大きな劇場で……会いましょう……開かない悲劇の幕の内側で…… たくさんの花束に時計を添えて……」 そして、彼女は事切れた。その頬に、00039の数字が浮かび上がる また歩き始めたところで、ハインがぽつりと言った。 死んだとしても、行き先は星の海……存在を知らしめようと無意味に光り続ける冥い迷妄……。 しかし、銃器女はそれを知らなかったのだろうか。それはあり得ないように思う。 彼女も数多き登場人物の一人で、存在の大きさも上位の部類だろう。 その彼女が、星の海の面々がみな理解していたらしい真相を知らないなどと……、 一つあり得るとすれば彼女がきちがいであるからという、黒い差別だが……、 それも考えづらい。想像上のこの世界できちがいを差別する理由がない……、 だいたい、人間みなきちがいであって……これ以上は堂々巡りだから省略するが……。 ( ^ω^)「……ともかく、あいつが知らないはずがないお」 从 ゚∀从「なにを?」 ( ^ω^)「死んだってどうにもならない……ってことを」 彼女は、すべて承知の上で死を甘受したのである。 では、彼女は一体、何に歓喜したのか……そこに、ある種のヒントが隠されているに違いなかった。 戦略などというものは何もない。ただただ叫びながら突撃し、ライフル銃を撃ちまくるだけ。 戦争ゲームの、最下級のコンピューター兵士だって、もう少し上手くやるだろう。 そしてやはり、ブーンの後ろ側から飛んでくる見えない銃弾に倒れていくのだ。 吹き飛んだ顔文字はじゃれつく子犬のように一様にブーンの足下へ集まってくる。 彼らは口々に呟くのだ。 ( ^Д^)「死ぬんだな」 (,,゚Д゚)「そうだな」 (´・ω・`)「でも、僕は戦争を知らないよ」 (`・ω・´)「僕だって知らない」 ( ´∀`)「戦争を知らないから、簡単に死ねる」 _ ( ゚∀゚)「戦争万歳だな」 / ,' 3「万歳だ」 ( ´_ゝ`)「戦争万歳」 (´<_` )「戦争万歳」 そして、それぞれの顔に数字が浮かぶ。一番小さい数字は00030だ。 死にたがり達のおかげで一気に半分まで数字を消費できたことになる。 だが、いかにも複雑な心境だ。彼らは何を伝えようとして、数字を持って死んでいくのだろう。 やっぱり、気持ちの良いもんじゃねえ」 恨み節が篭もっているのかもしれない。ビロードの発言や目つきのように、 目の前で死を見せつけることによる、精神的摩耗……考えすぎだろうか。 顔文字の死は人間の死とは根本的に違う。顔文字の死は、いわば損壊なのだ。 いずれ彼らと同じ文字記号へと下がる身とはいえ、壊れ物にいちいち感情移入もしていられない。 だが、彼らにとってはあくまでも死なのである。死を望む彼ら……実際に死んでいった彼ら。 それを、わざわざ証明の担い手の前で行う理由。 ( ^ω^)「……さっきの数字の減り方で、僕たちが真相に近づくにつれて、 終着点にも近づくっていうのが、明らかになったお」 从 ゚∀从「わざわざこんなに長ったらしい道筋をつけたのは、そういうわけだったんだな」 顔文字の死が真相へ向かうための白線を引いているのは明らかである。 では、こうは考えられないだろうか。 ( ^ω^)「死っていう行為が……そのまま、真相なのかもしれないお」 思い続ける限り在り続ける。それが、この世界でも適用されると仮定した場合、 在り続けることをやめてしまえばどうなるだろう。つまり、不在するのである。 不在するにはそれまでに存在していることが必要だ。 从 ゚∀从「俺たちが、死ねばいいってことか……?」 ひとまずこの道のりを踏破するまで、自殺してはいけないだろう。 そもそも、単純に死ぬことを不在証明、かつ存在証明だとすれば、 別の世界観で死んでいった者達もそれをしていることになるし、 現にブーンは少し前、ラテンダンスを踊り狂っていた人物を何十人と殺したのだ。 わざわざ着想地点にまでやってきてこなすべき作業ではない。 また一人、雄叫びを上げて地平線の向こうから駆けてくる者がいる。 ライフル銃の発砲。後方からの弾丸。顔文字が弾け、転がる。その文字記号の空白部分に00029の数字。 やはり、思考の進め方はこの方向で間違っていないようだ。 もはや歩き続けなくとも、立ち止まったまま思考を組み立てればそれでいいような気もする。 しかし車椅子は止まらない。くるくると回り続け、ブーンを透き通った地平線まで連れて行く。 まあ、それは別にどうだって構いやしない。疲れるわけではないし、歩行しつつの思考は一定のリズムによる、 断続的な刺激で脳が活性化するという話も聞いたことがある。 从 ゚∀从「しかし、これ、戦争なのかね」 ( ^ω^)「それにしては、人が少なすぎるお」 从 ゚∀从「でも、ライフル銃持って突撃なんて、戦争以外でする場所が無いぜ」 顔文字を殺す弾丸は後方から飛んでくる。しかし、振り返っても誰もいないのだ。 それと同じように、死んでいった数人以外に、ブーンたちの見えていない兵士がいるのではないだろうか。 つま先に何かがぶつかる。見下ろすとライフル銃が落ちていた。 耳鳴りがするほどの怒号と爆鳴。濛々と立ちこめる土煙の向こう側に、無数の兵士の姿……。 それまで寂寞の直接的表現をしていたような荒野が一転し、 テレビドラマでしか観たことのないような演劇的戦場が現れた。 ただし、それは顔文字と銃器のみで構成されているが。 二組に分かれて殺しあうという基盤は、辛うじてできあがっているらしかった。 しかし、やはり戦略、形態は滅茶苦茶なのである。 わざわざライフル銃を持って敵の至近距離まで走り、銃口を密着させて発砲する兵士、 ただ叫びながら走り回るだけの兵士、爆発の炎を見る度にただただ笑い転げる兵士……。 案外、本当の戦場とはこのようなものなのかもしれない。 先ほどハインが言っていたように、ブーンたちは実際の戦場を見たことはないのだ。 それはただ、老人たちの回顧録として格納されるばかりのものである。 とはいえ、何ら関係のないことだった。 相変わらず銃弾は身体を、何事もなかったかのように通過していくし、ブーンの眼前…… ちょうど星の海にあった階段と同じぐらいの幅がある一直線には、兵士が一人も入ってこない。 この戦場とて、目の前で起こっていることとは言っても、所詮対岸の火事である。 3Dのスクリーンを眺めているようなものだった。今足下にまた顔文字が転がってきたが、 別に感情移入をする必要もないわけである。その顔文字には、数字が浮かんでいなかった。 从 ゚∀从「ああ、見えてる……というより、音の方が気になるな。すげえうるせえ」 ところで、まだこの戦場を抜け出せないと言うことは、もう少し思考が足りていないということだろう。 どこまで思考を進めたか……死という概念がキーワードになっていることは間違いなさそうだ。 死……嫌な言葉だ。といって、好む人間もなかなかいないだろう。そのくせ、よく見かける言葉である。 死……消える……あるいは、消す。消す……殺す。殺してしまう。死んでいく者たちは歓喜する。 歓喜の弾丸。 思わずブーンは腕の中のライフル銃を見つめた。 ハインもブーンの意思に気づいたらしかった。 从 ゚∀从「おい、ブーン……」 ためらうことはない。引き金を引けば、簡単に必然的に弾丸は発射される。 刃物と違って、殺す感触を物理的に得ることもない。それ以前に相手は顔文字なのだ。 僕は、少し前に、ガトリング砲で無数の肉体を持った人間を殺したじゃないか……それに比べればわけもない。 よくある葛藤だ。殺すだの殺さないだの……現実世界でも空想世界でも、老若男女が抱いたつまらない葛藤。 しかし思うのだ。無意識に殺すより、意識して殺すほうがよほど難しい。 ならば、無意識の発砲は精神的苦痛をどれほど和らげるのだろう。 それによって彼ら全てに自覚を促すのだ。 この世界が、誰しもにとっての現実であったという、紛れもない事実に。 今はまだ終着点ではない。だから戦場の顔文字全てを殺す必要はないだろう。 まずは、道筋をつければよいのだ。それによって、次の扉が開かれるはずである。 戦渦に向かってライフル銃を向ける。使い方など知らない。しかし、引き金を引けばそれでいいのだろう……。 从 ゚∀从「撃つのか」 ハインが機械の声を出した。ブーンは無視する。 目をつぶり、あらゆる感覚をシャットダウンしようとした。 だが、そんなこと出来ようはずもない。聴覚は平常よりも活性化してブーンの脳に周囲の叫びを届けた。 そして聴覚は、いよいよ意を決したブーンに、轟々と微かに鳴る航空機の音をも届けたのである。 ぴたり、と音が止んだ。砂風も止んで、空白に放り込まれたような錯覚に陥る。 ただ、一機の戦闘機の羽ばたきだけが響きわたる。彼方、それは空の粘膜を押し出すようにゆっくりと接近する。 目を開くと、そこにいる全員が上空を仰いでいた。 誰しもが戦闘機を待ちかまえていた。その目に希望と願いを湛えながら。 「核兵器だ」と、誰かが呟いた。 しかしそれは間違いなく、核兵器を搭載した戦闘機なのだ。 当然、ブーンは核兵器の威力を直に味わったことはない。 ただ、聞くところによると、その破壊力はすさまじいものなのだそうだ。 遠い、あるはずのない記憶がよみがえってくる。核時代への恐怖……あるいは、渇望。 そして現在、戦場を取り巻くのは紛れもなく後者である。 ξ゚⊿゚)ξ「核兵器」 ζ(゚ー゚*ζ「核兵器」 lw´‐ _‐ノv「みんなを殺すのよ」 (゚、゚トソン「みんなで死ねるのよ」 ミセ*゚ー゚)リ「戦争万歳」 o川*゚ー゚)o「核兵器万歳」 戦闘機が、ちょうどブーンの頭上で静止した。再び辺りは静まり返る。 核兵器は美しい球形をしていた。無音のカウントダウンが始まる。着実に……無言の騒々しさで。 从 ゚∀从「……よかったよ」 震える声をハインが出す。 从 ゚∀从「さすがに、お前が目の前で人を殺すシーンは……そう何度も見たくないからな」 つまり、意思だけ持っておけば良いということなのだろう。 行動に移さずとも、確固たる決意さえ確認できれば、次のフェーズへ移動することが承認されるわけだ。 ブーンも、僥倖を感じずにはいられなかった。自ら動かずとも事が運ぶならば、それに越したことはない……。 球形の核爆弾が、物理法則を無視した遅さで落ちてくる。どこからともなく、恍惚のため息が漏れだした。 あんなに美しい死神を、怖がる必要などどこにあろう。 物語の途中で改心した悪役のように、核兵器は今、終焉をもたらすものとして皆に喝采を受けているのだ。 それが炸裂する瞬間、ブーンは球形の表面に、00020の数字を発見した。 みんなして笑っている。身体がザクロのように弾けるのが分かった。 熱に悶える手も足もなく、ただ正常と異常の中をせわしなく行き交いながら、感覚を失い、やがて復活し……。 まず、人のざわめきが聴覚を打った。 从 ゚∀从「まだ、あるみたいだな……」 近いところのハインの呟きで、ようやくブーンは目を開ける。 背中と臀部が冷えていた。目の前に、先ほど飛び散ったはずの空があり、今それには夜が染みている。 星の光は無く……、変わりにネオンライトが視界の端でうねっている。 ざわめきと雑踏……やかましいが、戦場の騒がしさを思えばそれほどでもない。 のろのろと立ち上がる。地面はアスファルトだった。 両脇にパチンコ屋とゲームセンターの光と騒音が牙をむいている。 どうやらブーンたちは今回、繁華街のど真ん中に放り込まれたらしかった。 ( ^ω^)「……あの爆弾に、00020って書いてあったお」 从 ゚∀从「三分の二、進んだってことか」 ( ^ω^)「だから、この空間が最後のはず……」 繁華街らしく、周囲は人間で溢れかえっている。 星の海や戦場と明らかに違うのは、繁華街の彼らには胴体があると言うことだ。 そして、逆に顔が存在しないのである。どういった意味を持つのか…… ステロタイプを意識すればいいのだろうか。 そうして一歩目を踏もうとしたとき、車椅子のホイールが 不自然に停止したのだ。 从 ゚∀从「……どっちに進めばいいんだ?」 今回、指標はなかった。前にも後ろにも人が溢れ、先ほどのように、彼らが干渉しない一直線の領域もない。 どちらに行くにせよ、首無しの彼らを押し退けていかなければならないのだ。 星の海ではひとまず、存在証明の方法について一定の発想を得た。 そして、戦場でその方法を発展し、実行寸前まで至らしめることができた。 さて、ここでは何をすればいいのだろう。もはや準備は整っているような気がする。 いっそ終着点まで跳躍しても不都合はないはずだ。しかし、なおブーンたちは着想地点の道すがらにいる。 未だ、証明に足りていない欠損部分があるということだ。 ( ^ω^)「……行くお、ハイン。ちゃんとついてきてくれお」 从 ゚∀从「わかってるよ」 顔のない動体は、顔文字以上に肉感的だから気色が悪い。 とはいえ、進まなければならないのだ。ホイールがじくじくと回転し始める。終着点まで、もう少し。 首のない群れ、それはただの人海ではない。まるでゴムボールのように、進もうとするとはじき返されるのだ。 それでもなんとか進み続ける。ゼリーの海を泳ぐような、もどかしい心地。 そもそも人混み自体があまり好きではない。周囲の息づかい、口から吐き出される言葉、 振る舞いと淀んだ空気……その全てに息苦しさを感じてしまう。 いや、待て……そもそも僕は、本当に人混みが嫌いだったのだろうか? 今までの展開にそういう描写は無かったはずだ。なのに今、僕は嫌悪感を覚えている……。 もしやそれは、キーワードになり得るのだろうか。 やがてブーンはあることに気づいた。 首無しの人混みは、しかし口が無くとも会話をしていた。 そして彼らは、全員が全員、誰かと会話をしているのである。 狂騒の正体の半分以上はそれであるといえるだろう。ある者は道路を横断しながら、 ある者は往来の真ん中で立ち止まって、ある者は不自然に回転しながら、会話だけはやめることをしない。 気づけば、無言なのはブーンとハインのみなのである。 矢も楯もたまらず、ブーンは後ろを振り返った。首のない誰かがそこにいる。ハインの姿は……。 ( ゜ω゜)「ハイン!」 叫ぶ。会話の水に溶け込んで消える。 しかし反応はあった。少し遠くで、彼女が手を挙げていた。その手をしっかりと掴んで、離さないように前進する。 右脚には手相が、左脚には指の数が、それぞれ踏み出すたびに地面に吸い込まれていく。 元々人並みよりも遙かに少ないパーソナルデータが、 遅々として人混みを抜け出せない間に次々と失われるのだ。 錯覚かもしれない、記憶を掘り起こすことさえ億劫に感じ始めていた。 だが、この人混みを抜ければ、それらは元に戻ってくるはずである、と淡い期待を抱く……。 狂騒。何を喋っているのだろう。よくは聞き取れない。ブーンの知ってる言語のような、そうではないような。 するはずのない息切れがする。吐き気のような疲労が胸にこみあげた。 どうしたことだろう。車椅子が不調を来したのだろうか。 その場で倒れ込みそうになり、必死にハインの手の感触を探し求める。まだある。手の中に、まだ。 だが、その感触をいずれ失ってしまうことを、ブーンは予定調和的に理解していた。 そして同時に気づく。この空間は、喪失のための空間なのだ。 会話の相手を喪失し、自己のプロフィールを喪失し、やがてハインをも喪失して……そして、どうなる。 人混みは粘り気を増していく。ついには一歩進むのに数分かかるようになってしまった。 鼓膜はフル稼働している。休めと命令したところで、こいつは休まないのだ。 目蓋を下ろして休む視覚とは違い、聴覚は生粋のマゾヒストなのだろう。 立ちはだかる会話の人を腕でかき分け、透明な無数の腕につかまれている車椅子のホイールを回し、 ハインの手を確認しながら、自己のプロフィールを出来る限り思い返し……しかし徐々に失う。 从 ゚∀从「………………――――」 彼女が何かを言っている。ブーンも何かを答えようとする。会話にならない。擾擾の地獄。 ブーンは失われた自分の情報の代わりに、見たことのない夢の内容を思い出していた。 なぜなら、そこは小学校へ行く通学路だからだ。 周囲には瓦葺きの家々と原っぱが並んでいる、閑静な場所である。 ブーンはその道を歩いていた。どうやら帰り道らしい。 周囲には誰もいないし、背景は霞がかっている、いかにも夢らしい夢だ。 しばらく歩いていると、見知らぬ家の壁を背に、誰かがうつむいて座り込んでいた。 紺色の上着に、紺色のつば付き帽子を被った人物である。 死んでいるように腕をだらりと垂らし、少しも動かない。 そこへ、どこからか母親がやってきた。彼女が「まあ大変」と呟いて、彼の帽子を脱がせた。 すると、帽子の下からもう一つ帽子が出てきた。母はその帽子をまた脱がせる。するともう一つ帽子が現れる。 母はまた脱がせる。また帽子が現れる。それを何度も何度も繰り返し……。 見る間にその誰かは、身体全体が帽子になって辺りに散らばってしまった。 不意に母親が笑い出した。笑いながら、最後の帽子をブーンに被せようとした。 ブーンは叫びながら逃走を図った。怖かったのだ。 母親は、帽子を片手にどこまでも追いかけてきた。 やっと彼女を撒いたとき、ブーンはすでに自分の家の近くまでやってきていた。 ほっとする。きっとあの母親は偽物なのだ。家の中には本当の母親が待っている。 そう思って、涙で目を腫らしたままドアを開けた。 玄関に母親が立っていた。彼女は「おかえり」と言って、持っていた帽子をブーンに被せた。 たちまちブーンの全身は帽子になってしまった。 喪失は、身体にも及んでいたらしい。当然ハインもいない。 ああ……そうか、そういうことか。 やっと分かった。何故この空間にハインが侵入することを許されたのか……。 喪失を強調するためだったんだな。ちゃんと意味はあったんだ。あってもちっとも嬉しくない、意味が……。 記憶は微かに残っている。しかし、切れかかった豆電球のように、危うかった。 目の前に電柱がある。寄りかかって吐瀉するにはお似合いの電柱だ。 電柱には00010の文字。もう少しだ、もう少し……。 電柱のそばに、一枚の紙が落ちている。見てみると、表題に『調査用質問紙』とあり、 その下に幾つかの質問が刻み込まれていた。 『 問1. あなたは思っているか。 問2. あなたは殺すか。 問3. あなたは孤独か。 問4. あなたは証明するか 』 あいにく、手足が無いので回答を書き込むことができない。だから、思うだけにしておくことにした。 答えなど決まっている。一桁の足し算みたいなものだ。考えるまでもない。 79: ◆xh7i0CWaMo :2009/05/31(日) 23:33:14.69 ID:3dLrwAxg0 喪失……それはあまりにも壮大な解放だった。一体、どれほど前からこの瞬間を望んでいただろう。 いや……そこまでの開き直りは負け惜しみかもしれない。 多少なり、臍を咬む思いではある。みんないなくなってしまった。消えてしまった……。 それでもやはり、喪失の喜びは上回っている。毒性の世界を、肉体だけでも脱したという達成感。 とはいえ、本当に喪失したわけではない。まだ意識は残されているのだ。 車椅子を放棄して、ようやく自分の脚で終着点まで行くときが来た。 周囲を見回す。廃墟となった繁華街がある。百年ぐらい、タイムスリップしたような風景。 錆びた街並みは異様な匂いを漂わせていた。 その中で、次への扉をブーンは探す。 ('A`)「ブーン」 不意に誰かに呼び止められた。 ( ^ω^)「……ドクオ」 ('A`)「久しぶりだな」 ( ^ω^)「僕のこと、見えるのかお?」 ('A`)「ああ、馬鹿馬鹿しいぐらいによく見えるよ」 彼は学校での友人だった。快活で(あるいは内気で)……そう、親友だった。 色と光を失った繁華街で、顔文字のドクオと姿の無いブーンが対峙する。 ( ^ω^)「……いろいろ、言ってくれていいお」 ('A`)「色々言おうと思ったんだけどな……忘れたよ」 ( ^ω^)「僕も……」 この空間で最も会いたいと願い、同時にもっとも会うことを恐れていたのが、ドクオだった。 彼は一度性格が変異している。極から極へと……ある種すさまじい変化を遂げてしまった。 そして当時のブーンはそれに気づいていなかった。 気づいたのは、微かにではあるがビロードと……当然、あの魔法少女。 ( ^ω^)「何も分かってなかったお……」 ('A`)「みんなそんなもんだよ。俺もお前も被害者だ……永遠に、被害者だ」 物語の拘束者……現実世界の彼らと違うのは、ただそれを認識しているかどうかだけ。 それで被害者だと名乗るのもおこがましいかもしれない。 だが、それでも言いたいのは、僕らの存在が物語終了後も不在ではないということ。 過去のことはあえて訊くまい、とブーンは思った。 彼もまた、過去を……一定以上喪失していることは、口調からしても明らかなのだ。 ('A`)「どうする……いや、どうなる、じゃないか。決定権はない」 ( ^ω^)「……」 ('A`)「むしろ、お前にあるんだろう……?」 証明の手順はすでに理解している。そして、今の僕ならばそれを完璧に履行できるはずだ。 喪失という前提を終え、殺すという証明方法も心得ている。 まず、ドクオに適用することは、果たして正しいだろうか。 ( ^ω^)「……ハイン」 ('A`)「ん?」 ( ^ω^)「ハインを見なかったかお?」 ('A`)「ハイン……さあ、どうだったかな」 嫌みではなく、彼は本心で言っているらしかった。 訂正せねばなるまい。未だにハインは僕の心を縛り付けている。 喪失を解放と名付けたとはいえ、彼女のことだけはどうしても忘れられないのだ。 いや、彼女のことだけ、というのも語弊があるだろう。何せそれに気づかせてくれたのは、ドクオなのだから。 まるで人間のしていることのようだ。まるで生きているようだ。まるで幸せに終われるようだ。 明日もこんな日が来るかもしれない。明日は日常かもしれない。昨日は無くなるかもしれない。 だが、あり得ない。 ( ^ω^)「僕はもうすぐ、証明するお」 ('A`)「……みたいだな」 ( ^ω^)「殺すお」 ('A`)「なんか短い言葉でしゃべると、そのケがあるみたいだよな」 ( ^ω^)「え」 伝達手段が分からない。どのように伝えれば正確に届くか分からない。 言葉数を増やせばいいというものでもないだろう。文化は究極的には簡略化されるという。 会話……引いては交流も、同じもののようなはずだ。 願わくば、言葉を交わせるという幸せが、全ての人たちの念頭にあるように。 願わくば、交流できるというすばらしさを、全ての人が理解していますように。 願わくば、物語の終わりに際して、最大限の喝采を受けますように。 不意に彼はふわりと浮き上がった。ブーンも一瞬だけついていこうとしたが、やめておく。 ('A`)「それじゃあな」 ( ^ω^)「お」 彼は夜闇を飛んで消えていった。後に、00001の数字を残して。 ふと地上に視線を戻すと、そこに木製の扉があった。最後の扉だろう。 00001の数字がひらひらと舞い降りて、扉の表面に吸い付いた。 最後の扉……いよいよ、この物語も終わる。ただ、まだその終わり方は判然としていない。 全ては、待ち受けているであろう彼女のさじ加減だろう。 喪失……それだってまだ、完全ではない。まだ、ブーンはブーンを自覚している。 全ての世界観が頭をよぎる。全てのキャラクターが、全ての台詞が脳内を所狭しと駆け巡る。 扉が、勝手に開く。 同時に、何かが消えた。 川 ゚ -゚)「やっと来たか。遅かったな」 ( ^ω^)「ここは……?」 川 ゚ -゚)「証明場所……正確に言えば、ここまでで獲得した証明を、実行する場所」 ( ^ω^)「何も無いお……」 川 ゚ -゚)「いや、ある。存在している」 ( ^ω^)「……」 川 ゚ -゚)「見えないか? 顔文字……無数の顔文字が、一列に並んでいるだろう」 ( ^ω^)「……ああ……」 川 ゚ -゚)「お前は、これを一つ一つ壊していけ」 ( ^ω^)「壊す……どうやって?」 川 ゚ -゚)「どうやっても構わない。握りつぶすでも、ともかく、壊せばいい」 ( ^ω^)「……」 川 ゚ -゚)「破壊を完了させた時、証明は終了するんだ」 川 ゚ -゚)「素直だな」 ( ^ω^)「……もう、仕方ないお」 川 ゚ -゚)「ふむ」 ( ^ω^)「クー」 川 ゚ -゚)「ん?」 ( ^ω^)「結局、きみはなんだったんだお? 最後まで、つかめなかった……」 川 ゚ -゚)「想像上の生物……狂言回し、どっちで呼んでくれてもかまわない」 ( ^ω^)「どっちも、本当じゃない気がする……」 川 ゚ -゚)「奴隷なんだよ。きみだってそうだっただろう? 奴隷に名前はない方がいい」 ( ^ω^)「……」 ( ^ω^)「僕は……別に、きみのことを恨んでいないお」 川 ゚ -゚)「……そうか」 ( ^ω^)「……この、先、ずっと顔文字が並んでるのかお?」 川 ゚ -゚)「そうだ。この物語に登場した無数の顔文字が、全て並んでいる」 ( ^ω^)「ドクオも……?」 川 ゚ -゚)「ああ」 ( ^ω^)「……顔文字の向こう側には、何があるお?」 川 ゚ -゚)「……」 ( ^ω^)「ハインは、いるかお?」 ( ^ω^)「途中ではぐれたんだお……」 川 ゚ -゚)「……わからん。いるかもしれない」 ( ^ω^)「そうかお……わかったお」 川 ゚ -゚)「会いたいのか?」 ( ^ω^)「少しだけ」 川 ゚ -゚)「そうか」 ( ^ω^)「……それじゃあ、やるお」 川 ゚ -゚)「ん?」 ( ^ω^)「これで、いいのかお?」 川 ゚ -゚)「ああ、何も間違っていない。最初から、こうなることに決まっていたんだ」 ( ^ω^)「そうかお」 川 ゚ -゚)「お前は、正しいことをしているよ。想像上の生物として、誇り高いといっても良い」 川 ゚ -゚)「さあな。わからない。ただ一つ……」 ( ^ω^)「?」 川 ゚ -゚)「私も、お前と同じ道を辿ることは間違いない」 ( ^ω^)「お」 川 ゚ -゚)「がんばれよ」 ( ^ω^)「お」 ( ^ω^) 川 ゚ -゚) ( ^ω^) ('A`) ( ・∀・) ( ><) (*゚ー゚) (-_-) / ,' 3 ( ´∀`) _ ( ゚∀゚) ('、`*川 (,,゚Д゚) ( ^Д^) ( ´_ゝ`) (´<_` ) ( ^ω^)「……そして、これからも……」 ( ^ω^)「いつまでも……演劇の内幕で……」 ( ^ω^)「夢を、見続けるんだお……」 ( ^ω^)「終わらない夢を……」 ・・・ ・・ ・ 川 ゚ -゚)クーたちは想像上の生物のようです 終わり 119: ◆xh7i0CWaMo :2009/06/01(月) 00:08:08.81ID:0clTiRHl0 以上でこのお話はおしまいです。 なんというかこう、ねえ。あれっすねえ。 なんか色々カッコイイ後書き書こうと思ってたのですが、恥ずかしくなったのでやめておきます。 ここまで読んでくれた読者の方、まとめサイトの方、その他もろもろの人たち、ありがとうございました。 それでは、さよなら地球。 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