(´・ω・`)エンドロールは滲まないようです('、`*川
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 21:17:47.67 ID:u7rErcgD0
- ブザーの音が鳴り響き、次いで無機質なアナウンスの音声が聞こえた。
まぶたの裏の闇に溶けていた意識が引き戻される。
気付かないうちに眠ってしまっていたらしい。
仕方ない、とは思う。
10月も半ばに差し掛かり、バスの車内は暖房が動き始めた。
その暖かさは、ほどよい揺れと相まって、眠気を誘う。
いや、それだけが原因じゃない。
一番の原因は、昨日の夜にほとんど眠れなかったからだ。
あくびをかみ殺すと、視界が涙でぼやけた。
ごしごしと目をこする。車内の風景が輪郭を取り戻していく。
車内はいつの間にか、がらんとしていた。
僕らと同じ制服を着た学生が、ぽつぽつと席に座っているのが見える程度だ。
僕がまどろむ直前は、立っている人もいたのだけれど。
どうやら、自分で思っていたよりも深く、長く眠っていたらしい。
- 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 21:21:03.50 ID:u7rErcgD0
- そういえば、バスはいま、どこを走っているのだろうか。
彼女はもう、僕を置いて降りてしまったのだろうか。
同時にふたつの疑問が浮かぶ。
一瞬だけ迷って、僕は左隣を向いた。
バスの一番奥の座席。その左端にいるはずの、彼女の姿を探して。
('、`*川
彼女は、伊藤紅里(いとうあかり)は、変わらずそこにいた。
窓枠のわずかな出っ張りに肘を立て、頬杖をついて景色を眺めていた。
それは同時に、バスはまだ僕らの降りるバス停を過ぎていない、ということを示している。
安堵のため息が漏れた。
背中までまっすぐに伸びた、彼女の茶色い髪がかすかに揺れる。
射しこんでくる柔らかい秋の夕日と同じように、柔らかくきらめく。
同時に、どこかで嗅いだ覚えのある甘い香りがして、胸のあたりが優しい痛みが走った。
- 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2013/01/29(火) 21:24:06.85 ID:u7rErcgD0
- ('、`*川「おっ、ショボ。起きてたの?」
窓の外を見たまま、紅里ちゃんが僕を呼んだ。
突然のことに少しどきり、として、後ろめたさを覚えた。
こっそりと彼女を観察していたせいかもしれない。
(´・ω・`)「いま起きた。よく気付いたね」
('ー`*川「ばっちり映ってましたから」
紅里ちゃんはいたずらっぽく言うと、右手ので窓ガラスを軽く叩いた。
体を前方に倒して、窓ガラスを注視する。
後方へと流れていく景色の中に、半透明の僕が浮かんでいた。
ついでに、にやつく紅里ちゃんの姿も。
('、`*川「起こしたら悪いと思ってさ。置いてかれると思った?」
こちらに向き直った紅里ちゃんが訪ねてくる。
年上の性、というものだろうか。
彼女はときおり、思いついたように僕をからかってくる時がある。
それが嬉しくて、愛おしくてたまらない。
だって、それだけの親しみを持ってくれている、ということなのだから。
- 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 21:27:45.27 ID:u7rErcgD0
- 単なる親しみだと思っていたものの正体を知ったいま。
前が見えなくなるくらい、目を細めてにやけてしまいそうになる。
(´・ω・`)「……まさか」
再び正面を向いて、短く返す。
なんとか微笑む程度で我慢するのに必死だった。
ふーん、と何か言いたげな紅里ちゃんの声が聞こえたが、聞こえないふりをした。
誰も降りなかったバス停を通り過ぎ、アナウンスが次のバス停の名前を告げる。
即座に誰かが降車ボタンを押して、車内中にピンク色の光が灯った。
僕らの降りるバス停は、まだ少し先だ。
気付かれないように、こっそりと紅里ちゃんに目を向けた。
夕日に染まった紅里ちゃんは、なんだか輪郭が曖昧で、儚く感じる。
なんだか、僕と同じ世界にいると思えないくらい、彼女は綺麗に見えた。
決して、大げさな表現だとは思わない。
いま、隣にいるのは、ずっと憧れていた相手なのだから。
残り少ない日々を共に過ごす、僕の初めての恋人なのだから。
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 21:30:04.13 ID:u7rErcgD0
- (´・ω・`)エンドロールは滲まないようです('、`*川
第一話 初恋のゆくえ
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 21:33:06.40 ID:u7rErcgD0
- ――――――
三階から二階へと、階段を降りていく。
背後から射しこむ夕日が、階段に僕の影を落としていた。
頭頂部の髪の毛がぴん、と立っていることに気付く。
紅里ちゃんの待つ教室には、トイレに寄ってから行くことにした。
階段を降りて、すぐそばのトイレへ入る。
中には誰もいない。時が止まっているかのように静かだった。
ただ、遠くから聞こえる吹奏楽部の演奏が、世界が動いていることを思い出させてくれる。
普段なら不気味に感じるだろうこの状況を、いまはありがたく思った。
告白しに行くために髪を直すところなんて、誰かに見られたら恥ずかしいに決まっている。
蛇口をひねって指先に水をつけ、手櫛で髪を整える。
それを何度か繰り返してみたけれど、なかなか直ってくれない。
くせっ毛であることを心底恨みつつ、それなりに目立たなくなったところで諦めた。
(´・ω・`)
少し下がって、鏡に映る冴えない顔をした自分を見つめる。
もう少し整った顔立ちなら、髪の乱れなんて取るに足らないことになるのだろうか。
そう思うと、ため息を漏らさずにはいられなかった。
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 21:36:06.43 ID:u7rErcgD0
- 昨日、つまり、センター試験への出願が締め切られた翌日。
紅里ちゃんが新富の大学に出願したことを、彼女の弟からのメールで知った。
この北の果ての町、支辺谷から首都である新富へ行く。
それは、簡単には会いに行けないほど、彼女と離れてしまうことを意味していた。
僕と紅里ちゃんは、年齢こそひとつ違うが幼馴染だ。
そして、僕は彼女のことが好きだった。物心ついた時から、ずっと。
どうやって好きになったのかも覚えていない。
いつの間にか、何食わぬ顔で、恋心は僕の胸の中に居着いていた。
だけど、想いを伝えたことはない。
思春期に入る前には、しょっちゅう好きだと言ってはいたけれど。
時を経て、多感になるにつれて、とても口には出せなくなっていった。
やがて、思春期の常か、紅里ちゃんといっしょにいる時間も少なくなっていった。
緩やかに疎遠になっていったが、それでも僕の想いは募るばかりだった。
しかし、同じ高校に入って、一年ほど経ったある日のことだった。
紅里ちゃんが見知らぬ男子と親しげに話しているのを見かけた。
ふたりはただの友達には見えないほど寄り添い、手を固くつないでいて。
紅里ちゃんは僕のわずかな希望を砕くように、僕の知らない笑顔を男子に向けていた。
自分と彼女が積み重ねた時間の軽さを、思い知らされた気分になった。
それから、名前も知らない相手に嫉妬して、そんな自分が情けなくて、枕を濡らした。
- 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 21:39:09.72 ID:u7rErcgD0
- それでも何も言えなかったのは、単純に怖かったからだった。
僕は自分が他人より優れているものを持っているとは、到底思えなかった。
そんな自分が、紅里ちゃんに幼馴染以上の感情を持ってもらえるとは思えず。
想いを伝えれば、いまの関係すら手放してしまいそうな気がしてならなかった。
だけれど、いま何もしなければ、紅里ちゃんは二度と手の届かないところに行ってしまう。
比喩でも何でもなく、そう思った。
恋人ですら、物理的な距離に負けて、想いが薄れてしまうのだ。
僕らがこれからどうなるかなんて、たやすく想像できた。
昨日の夜、紅里ちゃんにメールを送った。
明日の放課後、話したいことがある、と。
返信はすぐにきた。
都合は大丈夫、待ち合わせ場所は三年生の教室でいいか。
という具合に、決めるべきことはすべて書かれていて。
僕のやるべきことは、了解の返事をすることだけだった。
何を思って紅里ちゃんが了承の返事をしたのかは分からない。
告白されると思っているのか、いないのか。
もしかしたら、そのどちらかによって、言うことを変えなければならないのだろうか。
そんな、いま思えばささいな悩みを抱え、僕は眠れない夜を過ごしたのだった。
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 21:42:16.69 ID:u7rErcgD0
- そこまで考えて、蛇口からすくった水を顔に叩きつけた。
秋の空気に冷やされて、最近は水道水も冷たさを増している。
無意味に熱くなり始めた頭を冷やすには最適だった。
いまからこんな調子でどうする。
鏡に映る自分を見つめ、心の中で言い聞かせる。
冷静でいられなくなる時が来るとしても、いまはその時じゃない。
濡れた顔をハンカチでぬぐい、トイレから出た。
すべてが橙色に染まった廊下を歩いて、紅里ちゃんの待つ教室へ向かう。
とはいえ、トイレの目と鼻の先だ。着くまでに一分もかからなかった。
教室の後ろ側の、引き戸の前で立ち止まる。
中からは物音ひとつ聞こえてこない。
本当に紅里ちゃんはこの中にいるのかと、怪しんでしまうくらいだ。
いや、この時間帯の校舎は、どこも大差なく静かなのだろう。
それこそ、不安を覚えるほどに。
- 27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 21:45:00.54 ID:u7rErcgD0
- 二度、大きく深呼吸をした。
息を吸う音も、心臓の跳ねる音も、やけに大きく聞こえる。
それでも、まだ、頭はきちんと回っている。
大丈夫だ。
引き戸に手をかけて、小さく呟き。
教室に足を踏み入れた。
('、`*川「お、やっと来た」
逆光に照らされた紅里ちゃんが、そう言って僕に手を振った。
- 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 21:48:12.13 ID:u7rErcgD0
- 紅里ちゃんは教室の真ん中にある机に腰掛けていた。
窓に背を向けているので、僕から見る彼女はまるで影のようになっている。
完璧に、教室を埋め尽くす黒と橙のコントラストの中に溶け込んでいる。
なのに、すぐに彼女の姿を見つけられるあたり、僕はいよいよ末期なのだと思った。
('、`*川「遅刻、ですけど?」
紅里ちゃんに言われて、黒板の上にかけられた時計を見る。
数分程度だけれど、待ち合わせの時間に遅れていた。
(;´・ω・`)「……ごめん」
('、`*川「よろしい」
軽く頭を下げると、作られた偉そうな声がすぐに返ってきた。
いつも通りの僕をからかう時の調子だ。本気で怒っているわけではない。
彼女の変わらない雰囲気に、張り詰めていた心が少しだけほぐされる。
('、`*川「こっち来たら?」
(´・ω・`)「あ……うん」
紅里ちゃんに手招きされて、教室の入り口で棒立ちしていたことを思い出す。
机と机の間をすり抜けて、なるべく一直線に、彼女の元へ歩く。
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 21:51:07.13 ID:u7rErcgD0
- (´・ω・`)「勝手に座っちゃっていいの?」
('、`*川「いいのいいの。だってここ、わたしの席だし」
なんとなく口にした質問に、紅里ちゃんはしれっと返す。
それから、傍らに置かれたジュースの缶を手に取り、口をつけた。
黒字に白の水玉模様が書かれた、彼女のお気に入りのレモンスカッシュ。
その存在に、僕はこの距離まで近付いてようやく気付いた。
缶が口元を離れて、机に置かれる。
その一部始終を、なんとなしに目で追っていた。
飲み終えたのか、缶を机に置く時に空っぽな音がした。
同時に、視界の隅に、短いスカートから伸びる紅里ちゃんの脚が目に入る。
とても悪いことをしている気分になって、とっさに目を逸らした。
('、`*川「さっそくなんだけど、話ってなに?」
(;´・ω・`)「あ、うん……」
- 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 21:54:23.84 ID:u7rErcgD0
- 机から降りて、紅里ちゃんが僕に向き直る。
彼女の顔に少し夕日が当たるようになる。
その、夕日の色が落とし込まれた瞳が、僕を捉えた。
それだけで体が言うことを聞かなくなる。急かされているような気分になる。
結局、相対する前から緊張していようがいまいが、関係なかったのだ。
(;´・ω・`)「……紅里ちゃん」
きっと、こねくり回した前置きだって、結果には関係ない。
ほぼ真っ白になった頭で考えたものなら、なおさら。
('、`*川「……うん」
紅里ちゃんが身構えたのが、声色で分かった。
鮮明に見えるようになった表情にも、緊張の色が見て取れる。
少なくとも、僕の想いを真剣に受け止めるくらいはしてくれるだろう。
紅里ちゃんを見ているうちに、安堵のような、諦めのような感情が込み上げてきて。
(;´・ω・`)「……好きだった。ずっと……ずっと前から」
唇は自分で思っていたよりも、なめらかに動いてくれた。
- 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 21:57:17.34 ID:u7rErcgD0
- ('、`;川「……それって、さ」
そこまで言って、紅里ちゃんは大きく深呼吸をした。
('、`;川「本気、だよね?」
(´・ω・`)「……うん、本気。付き合いたい、です」
紅里ちゃんが念を押すように尋ねてくる。
だから、万が一にも誤解しないように、はっきりとした言葉で返した。
とっさに敬語になったのは、誠実さを見せたかったからなのかもしれない。
('、`*川「……そっか」
一瞬だけ、紅里ちゃんは僕から視線を逸らし、再びこちらを見る。
僕は少しだけ顔を歪めた彼女が、口を開くのを待った。
しかし、僕らの間に無言の時間が訪れてしまう。
さっきまで感じていた、見られている、という感覚もない。
たぶん、僕にピントが合っているわけではないのだ。
僕を見ているように、巧妙に見せかけている。
実際は僕の背後にある黒板とか、壁のシミでも見ているはずだ。
- 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:00:01.98 ID:u7rErcgD0
- ('、`*川「あの、そう言ってもらえて、すごい、嬉しい……」
ようやく口を開いた紅里ちゃんは、それだけ言って黙ってしまう。
そして、顔を伏せた。僕の顔を見たくない、という意思をはっきりと見せた。
嫌な予感がした。
想像の中で何度も味わったものに、よく似た。
( 、 *川「……けど」
ずっと聞こえていた、吹奏楽部の演奏が止まり。
タイミングを見計らったように、紅里ちゃんの消え入りそうな声が耳に届いた。
彼女がこれから何を言おうとしているのか、察してしまう。
( 、 *川「ごめん。わたし……ショボとは、付き合えない」
その一言を、一から十まで聞き終えた瞬間。
急に、それでいて静かに、体から意識が遠のいていった。
見えるすべてが、ただの色の羅列に思えてきた。
きっと、血の気が引く、というのはこういうことなのだ。
- 37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:04:12.05 ID:u7rErcgD0
- 何か言わなければならない。
沈黙は肯定だと捉えられかねない。
だけど、何を言えばいいのだろう。
(;´・ω・`)「……ど、どうして?」
とっさに口をついて、そんな言葉が出た。
僕のどこが駄目なのか、その理由が知りたかった。
それが僕になんとかできるものなら、全力で改善するつもりだった。
未練がましくて、みっともないことは分かっている。
それでも、簡単に引き下がれるわけがなかった。
積み重ねてきた想いを、時間を、自分で否定することになるのだから。
('、`;川「どうして、って」
(;´ ω `)「僕のこと……好きじゃない、の?」
また顔を上げた紅里ちゃんが、何か言おうとするのを遮った。
彼女は僕を見たまま固まり、何度目かも分からない静寂が訪れる。
それにしても、ひどい聞き方をしてしまった。
そのくせに怖気づいて、嫌いなのか、とは聞けなかった。
もしかしたら、僕のこういうところが駄目なのかもしれない。
そう思うと、鼻の奥がツンとした。
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:06:33.29 ID:u7rErcgD0
- ('、`;川「ち、違うの。そういうわけじゃ、ない、けど」
泣きそうな表情で紅里ちゃんが言う。
きっと僕も、彼女と大差ない表情をしているに違いない。
それにしても、そういうわけじゃない、というのはどういう意味なのだろう。
嫌いじゃないけれど、好きでもない。好きだけれど、愛情ではない。
嫌われているわけじゃないのかもしれない。そう思うと少し気分が楽になる。
同時に、ふられたのにいつの間にか安堵している自分に気付いてしまう。
(;´ ω `)「……だったら、どういうわけなの?」
話し方が威圧的になってしまう。
臆病な自分への苛立ちや、はっきりしない紅里ちゃんの態度や、ふられたショック。
いろんな負の感情が混ざった理不尽な怒りが、少しずつ溢れてきていた。
思考を放棄する、頭が真っ白になるような感覚とは真逆だった。
考えることが多すぎて、自分で何を考えているか分からなくなり始めていた。
- 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:09:09.18 ID:u7rErcgD0
- ('、`;川「……信じてもらえないかもしれないけど」
紅里ちゃんの声がした途端、意識が声を聞くことに集中していた。
考えていたことをすべて、一瞬で頭の片隅に追いやっていた。
ほとんど反射と言ってもいいと思う。
紅里ちゃんが深呼吸をした。
その間に再び始まった、吹奏楽部の演奏が遠くから聞こえてきた。
('、`;川「わたし、ショボのこと……好き。大好きだよ」
顔を上げた紅里ちゃんは、穏やかな口調で言った。
('、`;川「だから、付き合えない」
僕がすぐには理解できないようなことを、続けざまに。
- 41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:12:08.21 ID:u7rErcgD0
- (;´・ω・`)「……は?」
思わず、声とも吐息とも取れるような音が漏れた。
僕はふられたのだ。ついさっき、確かに、目の前にいる伊藤紅里に。
だけれど、ふった張本人は、僕のことが好きだと言う。
さらに、好きだから付き合えないと、再び僕をふった。
わけが分からない。
それが、何よりも望んでいたはずの、告白に対する感想だった。
('、`*川「わたしさ、大人になりたいんだ。早く大人になって、かっこよく仕事したり、綺麗な服が似合うようになりたい」
紅里ちゃんは話を続ける。
その内容が、どうして僕と付き合えない理由になるのかは、まったく分からない。
('、`*川「でも……それはどうしても支辺谷じゃ叶わないと思う」
紅里ちゃんは視線を落とし、自分の机に手を伸ばした。
その先には、空になったレモンスカッシュの缶。
持ち上げるでも、潰すでもなく、缶の表面を撫でる。
- 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:15:27.22 ID:u7rErcgD0
- ('、`*川「わたしの中で大人っていうのは、都会でバリバリ働いて、自分ひとりでしっかり生きていける人のことでさ」
脳内に、スーツ姿ではきはきと働く、男勝りな女性の姿が浮かぶ。
この間見た映画に、そんな登場人物がいた記憶があった。
映画自体が期待外れだったせいか、内容はあまり思い出せなかった。
('、`*川「何もないこの町で花嫁修業して、結婚して、ずっと暮らしていく」
('、`*川「そんなの退屈だし、つまらないよ。ここじゃ……わたしの憧れてる大人にはなれない」
キャリアウーマンと呼ばれるような女性になりたい。
紅里ちゃんが言っているのは、そういうことなのだと思う。
確かに、この町には何もない。
少なくとも、彼女の望んでいるものは。
('、`*川「わたしは早く支辺谷を離れたい。子供な自分をこの町に置いていって、新富で大人になりたい」
だから、紅里ちゃんが支辺谷を出ていこうとするのは必然だと思う。
それを止める権利は誰にもない。もちろん、僕にだって。
('、`*川「ショボのこともここに置いてく。だから……好きだけど、付き合えない」
- 45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:18:58.48 ID:u7rErcgD0
- (´・ω・`)「……納得できないよ」
だけど、思ったことを言う権利は、誰にだってあるはずだ。
('、`*川「それって、わたしに受験失敗して、新富に行かないで欲しいってこと?」
紅里ちゃんの手の中で、缶がつぶれる小さな音がした。
口調は変わらなくても、多少なりとも苛立っているのだと分かった。
(;´・ω・`)「そ、そんな縁起でもないこと……思ってないって」
好き放題言って、嫌われないかと心配になる。
僕がいまここで、紅里ちゃんの言葉を聞いて、どう返そうかと考えた時間。
その何倍も長い時間をかけて、自分の未来に向き合った末に出した結論を、悪く言うのだから。
(;´・ω・`)「だけど、故郷を捨てていくようなことしなくたって、いいじゃん……」
(;´・ω・`)「それに、どうせ捨てていくなら、付き合おうが付き合わないが変わらないでしょ……?」
その割に、抱いていた不満はすらすらと口にすることができた。
このままではふられて、卒業したらずっと会えない可能性すらある。
それを思えば、ある種の開き直りと言ってもいい勇気が溢れてくるのを感じた。
(;´・ω・`)「考え直そうよ。少しでいいから……他の方法がないのか考えようよ」
- 47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:21:06.16 ID:u7rErcgD0
- ('、`;川「他の、方法」
ぽつりと呟いて、紅里ちゃんは顔を伏せた。
そして、一歩だけ後ろに下がる。
ほんの少し遠ざかった距離に、不安を覚える。
( 、 ;川「待って。来ないで……お願い」
その距離を詰めようとした僕を、紅里ちゃんは右手を突き出して制止した。
彼女の手のひらは小さく、抑止力としては頼りない。
だけど、薄まり始めた黒と橙に染まったその手を前に、僕は動けずにいた。
聞いたことのない、弱気な声が、頭の中で響き続けていた。
空いている紅里ちゃんの左手は、口元を隠している。
表情をうかがい知ることはできそうにない。
ふと、誰かが廊下を駆けていく音がした。
見られるかもしれない、なんて心配は、もう、どうでもよかった。
('、`*川「……ねえ」
- 48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:24:03.30 ID:u7rErcgD0
- また吹奏楽部の演奏が途切れて、少し経った頃。
突き出していた右手を下ろした紅里ちゃんが、顔を上げた。
左手はまだ口元を隠していて、目線は僕の胸あたりに向けられている。
ゆっくりと一歩、距離を詰める。
紅里ちゃんの一歩より、少しだけ大きく踏み出してみた。
今度は拒否されなかった。
(´・ω・`)「……何?」
すぐにあれこれと聞きたい気持ちを抑えて、言葉少なめに問いかける。
頭の片隅で、期待が膨らんでいた。我慢できる余裕が生まれていた。
紅里ちゃんの少し目がうるんでいて、まつ毛が光っている。
例えば、そんな細部に気付ける程度には。
('、`;川「卒業、するまでなら」
視線と視線が、重なった。
('、`;川「付き合っても、いい……よ?」
決定権を持っている立場とは思えない、すがりつくような視線だった。
- 50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:27:05.98 ID:u7rErcgD0
- (;´・ω・`)「本当に?」
真っ先に出てきたのは、確認するための言葉だった。
叫び声の一歩手前と言ってもいい、大きな声だった。
('、`*川「ショボが……いいなら」
紅里ちゃんは視線を落としながらも、そう言ってくれた。
また同じことを言うのは、恥ずかしかったのかもしれない。
夕日のせいで分からないけれど彼女の顔は、赤く染まっていたりするのだろうか。
(*´・ω・`)「いいよ……もちろんだよ!」
紅里ちゃんの出した条件を、僕はすぐに飲んだ。断る理由がなかった。
元々はふられるはずだったのに、期限付きとはいえ、付き合えることになったのだ。
初恋は実らない、と言った誰かを、いますぐこの場に連れてきてやりたい気分だ。
舞い上がっていると自覚はしている。
これからのことだって考えなければならない。
だけどいまは、憧れに届いた幸せに浸っていてもいいだろう。
まだ時間はたっぷりあるのだから。
- 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:30:09.68 ID:u7rErcgD0
- ('、`;川「……ごめん」
ようやく口元を隠していた手をどけて、紅里ちゃんは謝った。
いつも快活な彼女の面影は、ない。
(´・ω・`)「謝るようなことなんてないってば」
記憶の中の紅里ちゃんを意識して、わざと明るく振る舞う。
僕らの間に欠けてしまったものを埋めるために。
(´・ω・`)「ひとまず、さ」
そう言って僕が差し出した右手を、紅里ちゃんは不思議そうに眺めた。
(´・ω・`)「これからよろしくお願いします」
こうして、付き合うことになった時の挨拶には、他に適した言葉があるのかもしれない。
もしかしたら、言葉なんていらないのだろうか。
手を差し出してから、そんな思考が頭をよぎった。
だけど、僕がいま持ち合わせている言葉も、伝えたい言葉も、これしかない。
- 53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:33:06.42 ID:u7rErcgD0
- 僕の心配をよそに、紅里ちゃんがおずおずと手を伸ばす。
しかし、半端な位置でぴたり、と止まってしまう。
やはり、負い目を感じているのだと思った。
僕の方から、ゆっくりと手のひらを近付けてみる。
かしこまった雰囲気をほぐすように、固く決めていた握手の形も崩す。
紅里ちゃんは僕を一瞥して、再び手を伸ばす。
少しずつ、確実に、距離が縮まっていく。
やがて、互いの指先が触れた。
かすかに指から伝わる感触が、なんだかこそばゆい。
紅里ちゃんの指先が、そのままの状態で動かなくなってしまったから、なおさらだった。
その感触と、もっと触れたいという気持ちに耐え切れず、指先をつまんだ。
握手と呼ぶには程遠いけれど、暖かさも、柔らかさも、きちんと伝わってくる。
('ー`*川「……ん。よろしく」
紅里ちゃんは、はにかみながらそう言った。
- 54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:36:07.57 ID:u7rErcgD0
- 耳のあたりが、一気に熱を持ったのが分かった。
下から見上げるような濡れた眼差しに、思わず魅入ってしまう。
愛おしい、という感情の正体が、目の前にある気がした。
(´・ω・`)「……手、握ってもいい?」
伝わる感触が物足りなく思えてきて、紅里ちゃんに聞いてみる。
自分から言い出すことに、不思議と躊躇しなかった。
('、`*川「うん、いいよ」
紅里ちゃんがそう言うのと、さらにしっかり手を握ってくるのは、ほぼ同時だった。
洋画で時々見る、パーティでダンスに誘う時のような手の取り方になる。
すべての感覚が、つながれた手に集中する。
少し、汗をかいている。
どちらが汗をかいているのかは分からない。
僕だとしたら恥ずかしいし、なんだか申し訳ない。
どちらからともなく、さらにしっかりと手を握り合う。
完全に握手の形になる。なぜだかほっとした。
- 56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:39:15.25 ID:u7rErcgD0
- 紅里ちゃんの手は、思っていたよりもずっと小さかった。
少し力を入れるのにも、躊躇するほどに。
手の甲を親指でそっと撫でてみた。
淡い夕日の色を落とした肌は柔らかく、すべすべとしている。
男女というだけでこんなに違うのかと、妙に感心してしまう。
('ー`*川「くすぐったいってば」
顔をほころばせて、紅里ちゃんが言う。
不意に、どこかで嗅いだような、甘い香りがした。
何の香りかは思い出せないが、紅里ちゃんから香ってくる。
きっと、かなり近付いたから、いまになって気付いたのだろう。
もしも、もっと近付いたら、もっと強く香るのだろうか。
それこそ、ぴったりと密着するくらいに。
鼓動が加速する。
心臓に向かって体が引っ張られるような感覚。
右手の熱が、全身に回っていく。
('、`*川「ん……?」
目と目が、合ってしまう。
- 57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:42:20.82 ID:u7rErcgD0
- (´・ω・`)「……紅里ちゃん」
握った手に、本当に少しだけ力を込めてささやく。
息をするのも、声を出すのも、いつものように上手くできなかった。
('、`*川「なに?」
耐え切れずにいったん目を逸らして、深呼吸をした。
落ち着こうとしていると自覚できるよう、わざと大げさに。
息を吐き出した瞬間、緊張がほぐれて胸のあたりが楽になる。
その一瞬を逃さないうちに、また息を吸って、僕は口を開いた。
(;´・ω・`)「……抱きしめても、いい?」
紅里ちゃんは少し間をおいて目を見開いた。
僕の知る限りでは、いままでで一番大きく。
- 58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:45:08.80 ID:u7rErcgD0
- ('、`;川「え、っと、そ、それは」
紅里ちゃんは身を守るように、空いている手でYシャツの胸元を掴んだ。
何か言おうとして言葉が一度途切れるたびに、二度瞬きをする。
置き所に困っているのか、視線が右へ左へと定まらない。
いつもは僕をいたずらに翻弄する紅里ちゃんが、いまは逆に翻弄されている。
その様子を眺めていると、彼女が嬉々として僕をからかう理由が、少し理解できた。
やがて、宙をさまよっていた視線が固定された。
紅里ちゃんの見ている方へ、僕も顔を向ける。
僕が入る時に開け放って、そのままになっていた、教室の後ろ側の扉があった。
視線を戻すと、紅里ちゃんは上目遣いに僕を見ていた。
Yシャツの第二ボタンを指先でいじって、落ち着きがない。
('、`;川「……少し、だけなら」
- 59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:48:43.30 ID:u7rErcgD0
- はやる気持ちを抑え、そっと紅里ちゃんの手を引いた。
紅里ちゃんが小さく一歩を踏み出すたび、距離が縮まっていく。
腕が邪魔になろうかというところで、僕はつないだ手を離した。
代わりに両腕を軽く広げて、いつでも抱きしめられるようにする。
ほどなくして、紅里ちゃんは自ら、ゆっくりとした動きで胸の中に入ってきた。
背中に手を回してみる。
紅里ちゃんは想像以上に華奢で、やはり柔らかかった。
こんな女の子特有の大きさに、感触に、いつかは慣れる日が来るのだろうか。
それまでに僕らは何回こうするのか。それこそ、まったく想像できなかった。
腰の少し上あたりを押されるような感触がした。
見えないけれど、紅里ちゃんが僕の背中に手を回したのだと思った。
そして、互いのつま先がぶつかる。
これ以上は近付けないのが残念だった。
- 61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:52:14.60 ID:u7rErcgD0
- 「変な話だけど」
紅里ちゃんが呟く。
視界の右隅に髪が見えるだけで、顔は見えない。
だけど、優しい声をしているから、きっと穏やかな顔をしているはずだと思った。
「ショボって男の人だったんだなー、っていまさら実感してる」
(´・ω・`)「……何それ」
思わず吹き出してしまう。
紅里ちゃんも、考えていることは僕と大差ないのだと思った。
想像以上の体格や、感触の違いに、いちいち驚いているのだ。
「昔はわたしの方が大きかったのになー」
悔しさのかけらもない声色でそう言い、紅里ちゃんは僕の肩のあたりに顔をうずめた。
髪がかすかに揺れて、あの甘い香りが鼻をくすぐる。
やはりどこかで嗅いだ覚えがあったけれど、思い出すことはできなかった。
- 62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:55:05.69 ID:u7rErcgD0
- 紅里ちゃんも僕も、それっきり何も言わなかった。
言葉で何か語るのは無粋に思えた。
なにより、教室を満たす静寂が心地よかった。
時間は刻々と過ぎていった。
相変わらず香ってくる、柑橘系らしき香りで胸を満たしている間に。
単なる男女の身長差がとても尊いものに思えて、頭を撫でている間に。
結構な時間が経ったと思った頃。
突然、紅里ちゃんの体が離れた。
体を大きく横に倒して、僕の後方を覗く。
正確には、さっきも見ていた、教室の後ろ側のドアがある方向を。
(;´・ω・`)「えっ?」
数瞬遅れて、察する。
まさか、誰か来たのだろうか。
まだ紅里ちゃんの背中に回したままだった腕を、とっさに引っ込めた。
同時に、振り返って一緒に様子をうかがう。
息を呑む。人影は、ない。物音も、しない。
- 64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 22:58:10.75 ID:u7rErcgD0
- 小走りで後ろ側のドアへ向かう。
近くまで来ても人の気配はない。
廊下を覗き込んでみても、リノリウムの床が左右に伸びているだけだった。
('、`;川「や、足音が聞こえた気がしたんだけれど……違った?」
背後から紅里ちゃんの気まずそうな声が聞こえてくる。
ドアのあたりにいたらしい、架空の誰かに向けてため息を吐き出して振り返る。
(;´・ω・`)「……そうみたい」
('、`;川「……ごめんなさーい」
呆れたような声で謝ったあと、紅里ちゃんは両手で顔を覆った。
放課後の教室や、さっきまでの雰囲気とのギャップがおかしくて笑ってしまう。
黒板の上にかけられた時計に目をやった。
これだけの間、よく誰も来なかったと思うほどの時間が過ぎていた。
内訳は分からないけれど、抱き合っていた時間もそれなりに長いと思う。
それでも、離れてしまったいまでは。
あの時間は短かったと感じ始めているのも、また事実だった。
- 65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 23:01:03.43 ID:u7rErcgD0
- ('、`*川「……帰ろっか」
(´・ω・`)「うん。そうしようか」
顔を上げた紅里ちゃんが、まだ諦めきれなさそうに言う。
僕も同じ気持ちだったけれど、おとなしく提案に乗ることにした。
彼女の匂いによく似た甘ったるい雰囲気は、すでにどこかへ消え失せてしまっていた。
正確には、かすかに残っているのかもしれない。
だけれど、いくら残さをかき集めたところで、あの甘さが戻ってくるとは思えなかった。
(´・ω・`)「バス、来るまでまだ時間があるね。30分くらい」
携帯で時刻表を確認して、帰り支度を始めた紅里ちゃんの背中に話しかける。
いまは通常の下校時刻よりも少し遅い。バスもそれほどやってこない。
('、`*川「30分なんて、バス停で立ち話してる間に過ぎるでしょ」
時間の潰し方を考え始めた僕とは対照的に、紅里ちゃんはそんなことを言う。
言われてみればその通りだ。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
ほんの数分前、実際に体験したことだ。
- 66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 23:04:17.53 ID:u7rErcgD0
- (´・ω・`)「確かに……あ。僕、ロッカーに鞄入れてるから取ってくる」
('、`*川「んー。じゃあわたし、下駄箱のとこで待ってるから」
(;´・ω・`)「分かった。ごめん、すぐに行く」
言うが早いか、自分の教室の前に置いてあるロッカーへと駆け出す。
気をつけなよー、という紅里ちゃんの間延びした声が背中越しに聞こえた。
鞄を抱えて告白しに行くのは、格好がつかない気がする。
紅里ちゃんの教室に向かう直前、どうして僕はそんなことを思い立ったのだろう。
気落ちする心とは裏腹に、体は憑き物が落ちたように軽かった。
――――――
- 67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 23:07:24.22 ID:u7rErcgD0
- 「次は美汐3丁目、美汐3丁目」
バスのアナウンスが、僕の意識を回想の中から引きずり出した。
ブザーの音が響き、車内すべての降車ボタンが一斉にピンク色に染まる。
紅里ちゃんの降りるバス停が、気付けばすぐそこに迫っていた。
(´・ω・`)「あ、どこうか?」
('、`*川「ううん、まだいいよ。降りる直前で」
僕の問いかけに、まだ窓の外を見ていた紅里ちゃんが振り返って答える。
今日はもう会えなくなるのかと感じた途端、焦燥に駆られる。
恋人になって最初の一日が終わる。何か別れ際にするべきことはないのか。
当然、何も浮かんでは来ない。
少しの間とはいえ、空っぽな時間を過ごしてしまったことを悔やんだ。
何も出来ずにいるうちに、無情にもバス停に止まってしまう。
同じバス停で降りる人たちが立ち上がって、前方の降車口へと流れていく。
('、`*川「ごめん、ちょっとだけどいてー」
紅里ちゃんも、例外ではない。
- 68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 23:10:08.71 ID:u7rErcgD0
- (;´・ω・`)「ああ……うん」
曖昧に返事をして、邪魔にならないようにどく。
それしかできない。何かしなければいけない気がしているのに。
('、`*川「じゃ、また明日ね」
(;´・ω・`)「うん、ばいばい」
いたって普通に別れの挨拶を交わすと、紅里ちゃんは降車口へ向かっていく。
降りる人たちの列の最後尾に並ぶ、その背中を見つめる。
これで、普通でいいのだろうか。漠然とした不安が胸をざわつかせる。
さっきまで紅里ちゃんがいた席に詰めて座った。
長い座席の中央にひとりで座った時の、空虚な感覚がどうにも落ち着かなかった。
視線を前方に戻すと、ちょうど紅里ちゃんが降りるところだった。
ドアが閉まり、発車のアナウンスが流れる。
後方に流れ始めた、橙色の景色の中に、紅里ちゃんの姿を探し始める。
すぐに、窓の外の紅里ちゃんと、目が合った。
- 69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 23:12:30.65 ID:u7rErcgD0
- ('ー`*川ノシ
紅里ちゃんは軽く手を振りながら、僕に微笑んだ。
その表情は、いつか見た、僕の知らない誰かに向けていた笑顔に、よく似ていた。
だけれど、あの時よりもずっと輝いて見えて、僕の心を捉えて、離さなかった。
- 71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/01/29(火) 23:15:22.59 ID:u7rErcgD0
- エンドロールは滲まないようです
第一話 初恋のゆくえ
おわり
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