2008年02月13日

川 ゚ -゚)クーと水の底で吹く笛のようです

3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:14:32.12 ID:df7OXS100

 知ってるかい?

 水の底では、

 笛の音が聞こえるってこと。










  川 ゚ -゚)クーと水の底で吹く笛のようです



4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:16:12.67 ID:df7OXS100

 その砂浜はとても白かった。

 照りつける冬の太陽をあびて、
 弓なりに湾曲した浜全体がきらきらと輝いていた。

 その白い砂の上に点々とついた足跡。
 波打ち際に向かう足跡。


 …足跡の先には、一人の女性が立っていた。



 吹き付ける海風に長い黒髪をなびかせながら、
 その女性――クー、は直立して動かず、水平線を眺めていた。

 海鳥が猫のような声で鳴く。


 波が打つ。



5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:18:38.93 ID:df7OXS100

 自分の住処からできるだけ遠い海。
 誰も来ないような砂浜。

 それを探して、何日もかけて、
 電車を乗り継いで、やってきたのが、この場所。
 一面の白い砂と青い海、そして冬の晴れた空のある場所。




 すべて捨ててきた。
 携帯電話も、手帳も、毎日の変わらない日常生活も。





 やがてクーは、何かを決意したように、きっ、と唇を結ぶ。
 周りを見渡して、だれもいないことを確かめる。
 身をかがめ、両足を膝まで覆っている茶色いブーツの留め金に手をかける。



6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:20:40.21 ID:df7OXS100

 下を向いた視線の先には、小さなピンク色の巻貝。
 ブーツのホックに手をおいたまま顔を前に向けると、水平線までどこまでも続く海。


川 ゚ -゚)(海、か…)

 すべての生物の母。

 かつて、この海の中で誕生した単純な有機物のかけらが、
 やがて肺と脊髄を持ち、陸へと上がり、
 そして人間をはじめとするあらゆる動物へと進化していった。



 クーはくすりと笑った。なぜなら、

 地上に上がった動物は、いつかは、
 やがてその命も尽き、肉体は有機物のかけらに再び分解され、
 川に流され、海へと戻るのだ。
 そのことが、なんともいえない絶妙な皮肉のように感じられたから。



9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:23:15.30 ID:df7OXS100

 すべての母。
 すべてを生み出し、すべてを包み込む。

 山に降った雨は川を作り、地上のものを流し去り、海へと至る。
 地上のどんな物質も、この流れからは逃れることができない。

 人でさえ。




 人でさえ、ゆけなくなれば、海を指して行く。

 そして海は、満ち足りた死を、そっと浜辺に打ち上げるのだ――





 海は何も知らず、ただ波のみを浜辺に繰り返し打ち寄せる。
 「見なさい、これを見なさい」と言いたげに。



10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:25:42.52 ID:df7OXS100

 と、その時。


 後ろから聞こえてきた小さなエンジンの音に、
 クーはブーツを脱ぐために下ろしていた手を止め、身を起こす。



 遠くの海岸道路に、モスグリーンのカブをとめてヘルメットを脱ぐ人影が見える。

 親指ほどの大きさの人影は、
 大きな箱を肩からかけて、長い竿をかついで、
 ゆっくりとクーのほうへ歩み寄ってきた。


 老人だった。

 歩きにくい砂浜を、器用に両足を砂に乗せるようにして進んでくる。




11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:27:01.40 ID:df7OXS100


 老人は、クーからやや離れたところで立ち止まり、口を開いた。





('A`)「ここらじゃ見ねえ顔だな」


 しばらく誰とも話をしていなかったのだろうか、
 老人の喉は、がらがらと鳴っていた。

 クーは唇を硬く結んだまま、わずかに頭を下げて会釈した。
 この浜の砂のように真っ白な頬が、冬の寒風にさらされて、
 ほのかに赤みを帯びていた。



12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:29:06.16 ID:df7OXS100

 老人はごましおになった顎をもごもごとさせて、
 砂の上に大きな箱を下ろし、竿に巻きつけていた釣り糸を解き始めた。

('A`)「ヨッコラセックス…」

 老人は掛け声をかけて箱の上に腰掛ける。



 クーは老人の卑猥な言葉に対し、露骨に嫌悪感を顔に浮かべて見せる。




川 ゚ -゚)(…品の無い、無知無学の粗野な……)

 それが、この老人に対する、クーの内心の偽らざる評価だった。
 美人でありすぎるがゆえにどこまでも冷たく、
 氷のように冷たく見える、クーの目つき。



14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:32:09.17 ID:df7OXS100

 クーはくるりときびすを返した。
 老人から離れたかった。




 一歩踏み出しかけたクーの背中に、
 老人は声を掛けた。

('A`)「まあ、一投くらいはわしの投げ釣りを見ていきなせえよ。その後でも遅くはあんめえ」

 しわがれた、ゆっくりとした声だった。

('A`)「…あんたの用事をするのは、よ」


 クーはびくりとした。
 老人は『用事』のぶぶんを強調して発話していた。



16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:34:02.58 ID:df7OXS100
 老人は黙々と釣りの準備を続けている。
 クーはその場を立ち去るきっかけを失い、ただ老人の手元を見つめていた。

('A`)「カレイだよ。この時期の砂浜は」

 三つの針がついた複雑な仕掛けを解きほぐしながら老人は言った。
 竿についたリールを細かく調節し、糸の長さを揃える。



 老人がエサ箱を開けたとき、クーは思わず小さな悲鳴を上げた。
 ムカデのような気持ちの悪い虫が、何匹か絡まりあって、玉を作っていた。

 老人は意に介さずその虫を素手でつまみ上げ、針に通していく。

 そのあまりにグロテスクな様子からクーは目を離すことができず、
 大きな目をまんまるに見開いて、口元を手で覆っていた。

('A`)「…都会の人なんだね」

 三つの針にエサを付け終わった老人が言った。



17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:35:38.98 ID:df7OXS100

('A`)「さて、と」

 投げる準備が出来たようだ。

 老人は竿を両手で持つと、頭の上に大きく振りかぶる。
 背丈の二倍はありそうな長い長い竿だった。


 投げる直前にクーのほうにちらりと目線を送り、
 そのまま全力で前へと投げ、振りぬく。




18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:35:59.36 ID:df7OXS100

 ぶうん――




 力強い風切り音。
 リールが糸を繰り出すしゅるしゅるしゅる…という音が、しばらくは鳴り続いていた。

 やがて、遠くの沖合いで「どぼん」という音がして、小さな水柱が上がる。
 老人はそれを見届け、満足そうにうなづいて、砂浜に置いた箱の上に腰掛けた。



22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:39:49.78 ID:df7OXS100


 白い砂の砂浜に冬の午後の日差しが降り注ぐ。
 海から風が吹きつけ、クーの髪をなでていく。


 浜は静寂を取り戻した。






 釣り糸が落ちたエメラルドグリーンの海を見つめ、
 そして水平線近くの群青色の海を見つめ、
 そしてその上にある、よく晴れた空の抜けるような青を見つめ、

 クーは頭の中で展開されていく自分の思索の中に没頭していった。



23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:42:27.27 ID:df7OXS100
 意味を見失ったのはいつだろう。
 子供の頃は、大人になれば素晴らしい何かがいろいろあると思っていた。
 高校生だった頃は、大学生になれば自分の生が確かなものになると信じていた。

 そして、たしかに大人になって、
 そして大学に行けば、いろいろなものがあった。

 楽しい遊びがあり、
 新しい出会いがあり、
 女子大生クーには将来への展望があった。



 でも…
 なぜなんだろう。
 いつのまにか、それらはすべて輝きを失っていたのだ。
 人生から光が失われていたのだ。

 生きる意味。

 そんなことを考え始めたときには、すでに、
 生き続けようとする意思を失い始めていたということか。



24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:44:10.65 ID:df7OXS100


('A`)「知ってるかい? 水の底では、笛の音が聞こえるってこと」


 唐突に老人は言った。
 その目はじっと竿の先、釣り糸の動きを見つめたままで。



26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:45:06.13 ID:df7OXS100


 クーは自分の世界からとつぜん現実に引き戻されて、
 眩暈にも似た感覚を覚えながらも、
 老人の言葉の意味を考えてみる。



川 ゚ -゚)(水の底…?)

 たしか、そんな詩があった。有名な詩だ。

 クーは驚いた。
 目の前で釣り糸を垂らすこの粗野で無学そうな老人が、
 詩を話題にするほどに高い知性と繊細な感性を持っているなんて。



28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:49:48.97 ID:df7OXS100

('A`)「水の底から見上げる世界ってのは、そりゃあもう、綺麗なものでね…」

 老人はクーの言葉を待たずに話し続けた。


('A`)「この浜の砂は石英でできているんだ。
   だからこんなにも白い。輝くばかりにね。
   今は冬だから、そうだな…まるで雪でも降ったみたいに見えるだろう?
   そんな砂の積もった水底に、上から光が降り注ぐんだ」



 老人は竿を左手に持ち換え、右手でリールをすこし引き、糸を巻き寄せた。



29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:51:56.64 ID:df7OXS100

 その動作を説明するようにクーのほうを向き、身振りを交えながら語った。

('A`)「カレイの引き釣り、って言ってね。
   こうやって少しずつ巻き寄せながら、魚をおびき寄せるんだ」



 ふたたび竿を両手で持って、老人はクーから視線を離し、目を前に向けて言った。

('A`)「あれはちょうど今くらいの季節だったけど、
   水に入ればふしぎと冷たさは感じないものだったよ。

   背が立たなくなったあたりで、俺は座り込んだんだ。海底にね。
   尻の下の砂はほろほろと崩れて、いくぶんかはふわりと巻き上がって、
   ほんものの雪みたいだったなあ」



30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:53:20.81 ID:df7OXS100

 知的な老人の喋り方に、クーもていねいに応じた。


川 ゚ -゚)「あなたは…」

('A`)「ドクオでいいよ、お嬢さん」

川 ゚ -゚)「じゃあ、ドクオさん…私はクー。
     ドクオさんは、漁師さんなんですか?」

('A`)「どうしてだい」


川 ゚ -゚)「だって、水の底に入るっていうから…」




 ドクオは、フッと笑って、クーの顔を見た。



32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:54:18.22 ID:df7OXS100

 知っているんだろう、あんたも、その理由を。
 クーはドクオがそう言っているように思った。

 皺だらけの顔に浮かべた柔和な笑みだった。
 気心の知れた相手にしか見せられないような。

 「仲間」に見せるような。





 だからクーは、それきり口を閉じた。



33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:56:34.40 ID:df7OXS100

 大きな波がひとつだけやってきた。
 波打ち際からかなり陸のがわにいた二人の足元にまで、その波はやってきた。

 クーはおもわず片足をあげて後ずさる。
 しぶきが茶色のブーツにかかり、点々とした丸いしみを作る。


 ドクオは箱に腰掛けたまま動かなかった。



34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 22:59:04.30 ID:df7OXS100

('A`)「…ご覧のように、海面ってのは常に動いているもんでね」

 引いていく波を指差し、ドクオは言った。

('A`)「そこに差し込む光は、あちらこちらに折れ曲がるんだ。
   でも、エメラルドグリーンの色をしてる海底では、
   ちゃんと光が底まで届いているんだぜ。
   本当だよ」

 ドクオはリールを少し巻いた。

('A`)「水底に座ってるとさ、
   きらきらと折れ曲がる陽射しが、水の底まで届くんだ。
   …そこにまるで探してたものがあったみたいにね」


 クーはドクオの言葉に顔を上げる。



35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 23:01:20.81 ID:df7OXS100

 探してたもの…。





 私にとっては、何だろう。
 クーは思った。


川 ゚ -゚)(…私は、何かを探していたのだろうか)



 クーはまた考え込み始めた。

 何度と無く自分の部屋で、ベッドの上で、考えつづけた同じ疑問。



37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 23:03:13.96 ID:df7OXS100

 生きる。


 ラストのオチを知っている映画を見続けることに、
 いったい何の意味があるんだろう。

 ほんのわずかの喜びのために、
 無数の困難を乗り越えなければならない理由は、
 いったい何なんだろう。


 中学でも高校でも成績は常に上位をキープし、
 難関国立大学の入試を一桁順位で合格したクーの頭でも、その答えはいつも出なかった。



 いや――
 たった一つの明確な答えだけは、つねに厳然として提示されていた。

 「生きる意味――無し」、と。



38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 23:05:38.21 ID:df7OXS100

('A`)「水底に座ってると、そのうち耳に水が染み入ってくる。
   しんしんと、ね。
   そうすると、だいたいは聞こえるようになってくる」


 ドクオはそこですこし間を置いた。

('A`)「最初はマグマが流れるような、ドロドロドロ…って音だ。
   これは地上でも聞くことができるぜ。
   自分の耳を両手で塞いでみな」



 クーは自分の両耳を手で塞いでみた。

 冬の浜風にさらされ、冷たさのあまり痛くなってきていた耳に、
 わずかばかりの手のひらのぬくもりが伝わっていく。



40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 23:06:34.74 ID:df7OXS100

 しばらくはガサゴソいう音ばかりが聞こえてきていたが、
 やがて、ドロドロドロ…という音が、自分の心音に混じって聞こえてきた。
 ドクオの言うとおりだった。

('A`)「な、聞こえるだろ。
   これは自分の筋肉が動く音なんだぜ」

 得意満面になってドクオが言った。



 その笑顔がなぜか気に入らなかったので、クーは自分の耳から両手を離した。



41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 23:09:40.94 ID:df7OXS100
ドクオはそのまま話し続けた。

('A`)「で、次に聞こえてくるのが笛の音なんだ。
   …こればっかりは特別なもんでねえ。
   水に入ったからといって、
   そうそう誰でも聞けるってもんじゃあないかもしれん」

 ドクオはクーのほうを向いた。


('A`)「さっき、あんたは俺のことを漁師かって聞いたな」

 クーはこくりとうなづいた。

('A`)「俺は漁師じゃあないが、ここに住むようになってから
   素潜りくらいはするようになった。
   このへんの水底もいまではすっかり俺のおなじみの場所さ。
   ところが、水底で笛の音を聞けたのは、
   じつは後にも先にも一回こっきりなんだ。
   最初にこの浜に来たときの、ただ一回だけなんだ」


 クーは老人を見つめ、話のつづきを待った。
 その目つきに含まれていた棘はすでに消えている。



42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 23:12:01.87 ID:df7OXS100



('A`)「眼球の酸素濃度、とかなんとかいう話だそうなんだが、
   水にながいこと潜ってると、
   水面に水晶球が浮かんでるように見えることがあるそうな。

   …俺が砂浜からゆっくり海の中へ歩いていって、
   水の底に座り込んだときにも、
   ちょうど水面にそれがうかんでたんだよ。
   まあるい、透明な珠がね」

 ドクオはリールを引く。




43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 23:14:17.20 ID:df7OXS100

 クーは、ドクオの話を聞くかたわら、自らの空想も続けていた。
 まあるい透明な水晶球のことを考えていたら、

 ――なぜか、涙が出てきた。



 ベッドの上で思索にふける私はとても苦しかったんだ。
 髪の毛をかきむしるほど、
 なにも食べられないほどに、
 誰とも会いたくなくなるほど、
 そのくせ、死ぬほど誰かに会いたくなるほど、苦しかった。

 そして、この海に来て、その苦しみを終わりにしたい
 ――と思うほど、苦しかった。



45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 23:15:42.67 ID:df7OXS100

 私はいったい何をすればいい?
 何のために生きればいい?


 クーは、自分の頭の中に浮かぶ、水底の水晶球の、

 うっすらと漏れてくる折れ曲がった光に向かって、祈っていた。




 がらすざいくのゆめでもいい あたえてくれ




 と――



47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 23:17:48.65 ID:df7OXS100


 うしなったむすうののぞみのはかなさが







 とげられたわずかなのぞみのむなしさが








 あすののぞみもむなしかろう、と…



48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 23:19:04.71 ID:df7OXS100


('A`)「…笛に潜んで歌っている。
   そんな音色だったよ。あの笛は」




 ドクオが静かに語っていた。

 両拳を握り締め、ぼろぼろと涙を流し続けるクーのとなりで。



49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 23:21:04.99 ID:df7OXS100


 クーはその場に泣き崩れた。
 嗚咽を上げ、肩を震わせた。


 ドクオはただエメラルドグリーンの海面に目を向け続けていた。

 海鳥が鳴き、潮騒が響いた。





51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 23:22:43.10 ID:df7OXS100


 どのくらいの時がたったのだろうか。
 砂浜に落としていたクーの額を、打ち寄せてきた海水が濡らす。



 クーははっとして顔を上げる。

 ドクオはあいかわらずそこにいたが、
 波打ち際が二人のほうに近づいてきている。




 潮が満ち始めているのだ。



52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 23:24:51.83 ID:df7OXS100

('A`)「…泣き慣れてないね、クーさん」

 釣り道具をしまいながらドクオは言った。
 クーは素直にこくりと頷いた。


('A`)「いままで涙を見せたことがないんだろ」

 クーは再び頷いた。



('A`)「そうだろうな。
   人生において二回目だろう、あんたが泣いたのは。
   ここで泣いたことが一回、それから、
   あんたが生まれる時に分娩室で泣いてたのが一回。
   …あんたにとっちゃ、泣き声はすなわち産声なんだ」

 ヨッコラセックス…
 再びあの卑猥な掛け声をあげて、
 ドクオは座っていた大きな箱を肩にかける。



55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 23:27:20.83 ID:df7OXS100

 仕掛けをまきつけた竿をかついで、
 ドクオは立ちすくむクーに声を掛けた。

('A`)「そんな薄いコートだけで砂浜に長い時間いて、体が冷えただろう?
   うちに寄っていかないか。
   ろくなものは出せんが、米の飯と味噌汁くらいならできるよ」

 ドクオは、老人特有のやけに大きなくしゃみを一つした。



 額と髪についたべたつく白い砂を落としながら、
 クーはドクオの提案を聞いていた。


 海鳥が猫のような声で鳴く。


 波が打つ。



56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/02/08(金) 23:29:17.80 ID:df7OXS100
 クーの涙はすでに止まっていた。
 頭の中の優秀で明晰な思考回路は、
 米の飯と聞いて湯気を立てるお茶碗を、
 味噌汁ときいて芳醇な味噌の香りを、
 それぞれ正確に思い描いていた。

 クーはくすりと笑った。
 ごはんを食べたい、と、
 ひさしぶりに考えるようになった自分に。

 …それから、この老人の言葉を、
 もうすこし聞きたいと思っている自分に。

 

 クーは、歩き出していたドクオの背中に向かって、
 白い砂を蹴立てて小走りに駆け寄っていった。




川 ゚ -゚)クーとドクオと水の底で吹く笛のようです おしまい


62 :afo ◆2z7bKNbsWo :2008/02/08(金) 23:37:15.55 ID:df7OXS100
あとがき


一般ウケを考えず、おもいきり書きたいように書いてみました。

ブーン系はオナニーとよく言われていますが、
そういう意味ではこの作品は徹頭徹尾完璧なオナニーです。

こんなやりたい放題の一品、
読んで下さった方にはほんとうに大感謝です。



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この記事へのコメント
  1. Posted by 名無し at 2008年02月13日 02:55
  2. 1!
    決着をつける……!
  3. Posted by 名無し at 2008年11月02日 17:44
  4. 水底吹笛 /大岡信

    ひょうひょうとふえをふこうよ
    くちびるをあおくぬらしてふえをふこうよ
    みなぞこにすわればすなはほろほろくずれ
    ゆきなずむみずにゆれるはきんぎょぐさ
    からみあうみどりをわけてつとはしる
    ひめますのかげ
    ひょうひょうとあれらにふえをきかそうよ
  5. Posted by 名無し at 2008年11月02日 17:46
  6. 続き

    みあげれば
    みずのおもてにゆれゆれる
    やよいのそらの かなしさ あおさ
    しんしんとみみにはみずもしみいって
    むかしみたすいしょうきゅうのつめたいゆめが
    きょうもぼくらをなかすのだが
    うっすらともれてくるひにいのろうよ
    がらすざいくのゆめでもいい あたえてくれと
  7. Posted by 名無し at 2008年11月02日 17:47
  8. 更に続き

    うしなったむすうののぞみのはかなさが
    とげられたわずかなのぞみのむなしさが
    あすののぞみもむなしかろうと
    ふえにひそんでうたっているが
    ひめますのまあるいひとみをみつめながら
    ひとときのみどりのゆめをすなにうつし
    ひょうひょうとふえをふこうよ
    くちびるをあおにぬらしふえをふこうよ
  9. Posted by 名無し at 2008年11月02日 17:50
  10. 人でさえ 行けなくなれば…のくだりは

    高野喜久夫の「海」