2009年04月04日

(,,゚Д゚)瑠璃絵灯籠あやかし草子 のようです('A`)その1

1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/03(金) 23:26:09.78 ID:fUd0Z9mpP


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              /⌒'   /⌒   \   http://takeshima.2ch.net/
              ///⌒ ̄///⌒ ̄),ノ
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2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/03(金) 23:28:40.97 ID:Ivozand50
□ 城趾にて(1)

――福岡県宗像市、蔦ヶ獄。
三郎丸登山口。

どこまでも続く、山肌をくり抜いたような剥き出しの地面。
木で組んだ階段が数歩おきに、申し訳程度に続く。

(;'A`)「あぢぃ……」

初夏とはいえ、九州の日差しは質が違う。
木々の間から降る日差しの熱に、堪らず足を止める。
側面に張り出した木の根に手を突くと、赤茶けた土が掌の汗に溶けて残った。
  _
(; ゚∀゚)「おいドクオ、どこまで登りゃいいんだよコレ!」

隣には、俺と同じように立ち止まり、膝に手を付くジョルジュ。
背負った大きなリュックがふらふらと揺れている。
掻き上げてサングラスで前髪を留めたその額から、汗がぽたぽたと落ちた。

(;'A`)「俺が、知るかよっ」

登りの斜面を見ながら言い返すが、腹に力が入らない。



4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/03(金) 23:31:53.89 ID:Ivozand50
と、俺の視線のはるか先、緩いカーブの先から、カーキ色の探検服が姿を覗かせる。

/ ,' 3「何じゃ、最近の若いモンは。
    ホレ、こんな所で休んどる暇はないぞっ」

手を振り声を張り上げるのは、荒巻教授だ。
言うだけ言って、またひょいひょいと登っていってしまう。
スーパーひとし君みたいな時代錯誤の探検服姿が、斜面沿いに続く木陰の影に消える。
  _
(; ゚∀゚)「ンだよあのジジイ、年甲斐もなくはしゃぎやがって。
     これじゃ、俺らを連れて来る意味なんかねーじゃねーか!」

身体を起こして、ジョルジュが毒づく。
俺も全く同じ意見だったから、何も言わずにシャツの裾で掌を拭った。
  _
(; ゚∀゚)「ったくよぉ。なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけねえんだっつう話だよ」

(;'A`)「自業自得だろ」

ぼやくジョルジュに言い返して、呼吸を整えながら、また一歩。
終わりの見えない斜面を、踏みしめた。



……試験期間も終わり、大学はとっくに夏休み。
本当なら、クーラーの効いた東京の部屋でゆっくりエロゲでも嗜んでいるはずの俺が
こんな所でこんな事をしているのには、訳があった。



6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/03(金) 23:35:17.91 ID:Ivozand50
前期講義の終了間際。
日本史の研究室でのことだ。

/ ,' 3「ドクオ君、ジョルジュ君。
    君たちをここに呼んだ理由は、当然分かっとるね?」

竹島大学文学部教授、荒巻スカルチノフ。
専攻は日本史。その筋ではちょっとした有名人らしい。
まあ、知った事じゃないが。

重要なのは、こいつが俺のゼミの教官を兼任していて。
そして、俺たちの生殺与奪権を握っているという事実だけだ。

('A`)「……はい」
  _
( ゚∀゚)「あー、まあ。へへっ」

俺の隣でジョルジュが頭を掻く。
チャラい服装はしているが気は良い奴で、知らない仲じゃない。

/ ,' 3「ドクオ君は出席日数不足、 ジョルジュ君はレポート未提出。
    このまま行くと、二人とも留年……と言うことになるの」

俺たちは流石に言葉もなく、無言でうなだれる。
しかし、その言葉には続きがあった。

/ ,' 3「……ところで。最近、ちょうど面白いモノを見付けてな。
    調査旅行に行きたいのじゃが、あいにくこの歳での」

そう言って、白髪まじり……と言うより、むしろ黒髪まじりの頭を撫でる。



9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/03(金) 23:39:09.30 ID:Ivozand50
/ ,' 3「資料も持っていかねばならんし、荷物持ちに写真撮影、力仕事。
    どうにも人手が足りんのじゃ」

そう言って、意味ありげな視線で俺たちを交互に見る。
  _
( ゚∀゚)「はあ、そーすか。
     センセーも大変ッスね」

バカかお前は。

('A`)「……何を言いたいんですか? 教授」

/ ,' 3「君たちは頑張っておるし、一年を無駄にさせるのも忍びない。
    さりとて、当然タダで単位をやるわけにもいかん。
    ……だが、の」

教授はにやりと笑い、袖机の引き出しを開けた。
古く、枯れ葉色に変色しかけた和綴じの本をそっと取り出し、机に置く。

/ ,' 3「研究を手伝ってくれるなら、それはゼミの活動の一環。話は別じゃ。
    ジョルジュ君も、分かるかね?」

言葉こそ問い掛けだが、それは取引じゃない。

選択の余地は、なかった。



13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/03(金) 23:41:04.04 ID:Ivozand50



    (,,゚Д゚)瑠璃絵灯籠あやかし草子 のようです('A`)



15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/03(金) 23:42:39.31 ID:Ivozand50
重い荷物を抱え、汗を流しながら歩くこと十数分。
山の中腹に差し掛かると、視界は一気に広がった。

('A`)「うわあ……」

素直に感嘆の声を上げざるを得ない。
目下に広がる景色は、それほどに素晴らしいものだった。
  _
( *゚∀゚)「うおお、すげー! 見ろよドクオ!
     なんかこういうのって、感動するよな。な?」

小学生みたいにはしゃぐジョルジュに素直に頷き返し、見渡す。

遮るものなく開けた視界。
こんな広い空間を見るのは、東京で生まれ育った俺には生まれて初めてだ。

開けた木々の合間に、高く青い、雲一つない空。
吹く風は流した汗の分だけ爽やかで、疲れも消えていくように感じる。

見下ろすと、山の裾野に沿って延びる尾根筋。
麓から先には、田の字に整然と区切られた田畑。ところどころにミニチュアの民家。
横切る国道三号線のずっと向こうには、また別の山の稜線が幾重にも連なって続く。

/ ,' 3「たまには都会を離れて、こういう景色を見るのも良いじゃろう。
    これが史跡探訪の醍醐味、というやつじゃな」

道の端の柵に腰掛けて、荒巻教授はしたり顔で頷く。
薄い手袋を両手に嵌めると、ポーチから古書を取り出した。



17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/03(金) 23:44:15.83 ID:Ivozand50
/ ,' 3「さて。この『蔦ヶ獄城(つたがたけじょう)』のことじゃが。
    出発前に渡しておいた資料は読んだかの?」
  _
( ゚∀゚)「いや全然。っていうか家に忘れました」

/ ,' 3「……」

お前な。

('A`)「……蔦ヶ獄城。かつての黒田藩、戦国時代には宗像(むなかた)氏の居城です。
   城主が死んだ後、1588年、豊臣秀吉によって破却され、廃城になった、と」

/ ,' 3「うむ、よろしい」

手にした古書のページを摘み、丁寧に捲る。

/ ,' 3「じゃがな。ワシがつい先日手に入れた、この本。
    ここに書いてある話が、仮に真実だとすると……」

古書は、よく見ると所々に薄い和紙の切れ端が挟んである。
荒巻教授がしおり代わりに挟んだのだろう。
そのうちの幾つかを辿りながら、思い出すように口を開いた。

/ ,' 3「蔦ヶ獄城は取り壊しなどされておらず、江戸の初期まで残り続けた。
    じゃが、突如不慮の事態が起こり、城下町もろとも廃れ果ててしまった」

ひと呼吸置いて。

/ ,' 3「そして、幕府はその事実を隠蔽するため、あらゆる記録を改ざんし、関ヶ原の
    合戦前に廃城となったよう見せかけた……と」



19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/03(金) 23:46:46.77 ID:Ivozand50
('A`)「……へえ。すげえな」

俺も、思わず声を漏らす。
教授がはしゃぐ気持ちも分かった。

ときの幕府が総力を挙げて、九州の小国の存在を抹消する。
もしも真実なら、日本の歴史の一部が塗り変わることになる。
もしそれを実証できたとすれば、凄い話だ。

このクソ暑い中を歩き回るだけの価値は、あるのかも知れない。
  _
( ゚∀゚)「でもさ、でもさ。江戸時代の初めに一国一城令が出てるだろ?
     他に歴史に残ってる城があるんだから、蔦ヶ嶽城も取り壊されたんじゃねーの?」

('A`)「複数の大名が分割統治してる国では、大名毎に城を持てるんだよ。
    そもそも、一国一城令はそれほど厳密に運用されてなかったんだ」

厳密に決められたのは、「許可無き城の補修は禁止」「城の新築は禁止」のふたつだ。
このどちらかを破った場合、実際に領地没収などの処罰が行われている。

だが、それ以外。例えば分割統治された国、一大名が複数の領土を持つ場合、それに
特別な「お目こぼし」があった場合などなど、この制度はわりと柔軟に対応されている。
  _
( ゚∀゚)「へー、知らなかったぜ。お前マジ頭いいな」

ゼミでやっただろ。
お前が記憶力悪すぎんだよ。
  _
( ゚∀゚)「で、その『不慮の事態』ってのは何なんだぜ?」



21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/03(金) 23:49:38.81 ID:Ivozand50
/ ,' 3「まあ、そう焦るな。
    じゃが、まだワシにも正確には分からん、というのが正直な所じゃ。
    それを確かめるためのフィールドワークでもあるしの」

('A`)「何だよ。じゃあ、今の話は推測、ってことですか?」

俺もジョルジュも、腐ってもゼミ生だ。日本史には多少なりとも興味はある。
陰謀論めいたものなら、なおさらだ。

/ ,' 3「うむ。何とも言えぬ所じゃのう。しかし――」

しおりの一つを探り当て、開く。

/ ,' 3「この本――というより、手記じゃな。
    これは、その江戸時代の蔦ヶ獄城に勤めていた者が書いたものらしいのじゃ。
    記述は城下の状況から天候、物価、大名家の人相にまで及んでおる。
    これだけの情報を捏造するのは困難なはず……お、あったあった」

姿勢を正し、咳払いを一つ。



/ ,' 3「事の起こりは江戸時代、蔦ヶ獄の城下。
    ある時、そこを旅芸人が訪れたそうじゃ――」



24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/03(金) 23:52:59.80 ID:Ivozand50
■ 蔦ヶ嶽城(一)

ある年の春。
城下を、旅芸人の一座が訪れたのであった。

旅芸人なるもの。言葉通り、芸を生業とし各地を旅する者である。

傀儡(くぐつ)、奏楽、芝居、説教。果ては猿廻し、軽業といった大道芸じみた芸。
そういったものを演じ、収入を得ている。

なお、この「芸」には、無論。男であれば陰間、すなわち男娼。
女であれば、娼妓のそれも含まれる。

ただ、身分としては、「河原乞食」とも云うように、賤民である。
そのため「こじき、旅芸人お断り」と書いた札を立てる村町もほうぼうにある。

さて。
四人から成る、この一座が詰める芝居小屋は、連日連夜の賑わいを見せていた。

( ^ω^)「さあさ、さあさ。
      『布袋内藤』(ほていのないとう)一座の芸、旅の道連れ世の道連れ。
      冥土の土産にご覧じろ、ご覧じろ――」

一座の主と思しき小男の口上から始まる。
人相は総じて福顔、丸い顔丸い腹に笑みを絶やさぬ下がり眉。



26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/03(金) 23:56:08.13 ID:Ivozand50
口上は、おおむね、かくの如しである。

――さあさ、さあさ
   内藤一座の芸、旅の道連れ世の道連れ
   冥土の土産にご覧じろ、ご覧じろ。

――夜空に星はあまたあれども、こたびの逢瀬は一期一会
   為さざるや、成らずばすなわち今生の別れ。

――身共、芸に身をやつし、世を渡り旅を重ね幾星霜
   玉磨かざれば光なし、芸は磨きに磨きて身欠きの干魚。

――高きも低きも、仰ぐ月には変わりなし
   殿御も女御も、笑う門には福来たる。
   冬来たりなば夏遠からず、福来たりなば春遠からじ

――春をひさぐは芸にあらねど、笑いをひさぐはいみじき芸にて
   いざ、ご覧じろ、ご覧じろ―

些か、低俗ではあるが。



30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:00:19.30 ID:DQtcPt3P0
その座長の合図で、まずは日に焼けた肌、筋骨隆々の大男が進み出る。

( ゚∋゚)「……」

控える娘は、胡弓を弾き鳴らし。
その調べに合わせて、大男が舞う。

おう、おう。

幾つかの声が上がる。
それもその筈。
身の丈に合わず、その身のこなしは猫の如し、忍の如しである。

続いて、娘の歌。
胡弓を掻い鳴らし唄う唄は、「葛の葉子別れ」。

ゴゼ、と呼ばれる盲目の女芸人がある。
この娘は目開きだが、その調子は、ゴゼ歌のものであった。

(*゚ー゚)「恋しくば尋ね来て見よ、和泉なる信太(しのだ)の森のうらみ 葛の葉――」



31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:03:31.74 ID:DQtcPt3P0
この「葛の葉子別れ」、云わば、鶴の恩返しならぬ、狐の恩返し。
母子の別れを歌った、悲哀の王道とも云える。

筋は、こうである。

――平安の昔、和泉の国。
   信太の森に棲む白狐、狩人に遭い傷を負うが、阿部仲麻呂の子孫、
   保名(やすな)に助けられる。保名は身を挺して狐を狩人から庇い、己も傷を負う。

   白狐はいたく心を打たれ、葛の葉、と云う名の美女に化けて現れる。
   狐は保名に添うて過ごすが、じきに男女の情が二人に芽生えるのであった。

   それ男女和合は天地自然の理、森羅万象何ものかこれなからん。
   男女は寄らば相結ばれるが必然、これに逆らう道理はなし、ということである。
   葛の葉は保名の子を成し、童子丸(どうじまる)、と名付ける。

   しかし、幸せは続かぬもの。
   童子丸、五歳の折り。葛の葉がふとしたことから白狐の本性を現すのを見てしまう。
   責められた葛の葉は嘆き、短歌を書き置いて故郷、信太の森に帰るのであった――

その書き置きの短歌が、娘の唄ったそれである。

――なお、この童子丸。長じて晴明を名乗り、陰陽寮の天文博士を任ぜらるのであるが。
   それはまた、別の物語。

これが、年端も行かぬ小娘であるが、中々どうして。
揺れるようなゴゼ独特の調子に、百年も生き恋の甘さも辛さも味わい尽くした如く。
えも云われぬ、切々とした声音である。
さめざめと泣く音が、小屋に満ちる。



35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:07:14.01 ID:DQtcPt3P0
次なるは、主の男の傀儡。

平たく云えば、風刺劇である。
声色を使い分け、頭も口も足らぬ公方を面白可笑しく演じ、人形を繰る。

( ^ω^(( ・∀・)『花なら、ほれ、咲いておろう。
           その方の顔の真中に、ぽっかりと咲いておる』

( ^ω^((;´ー`)『恐れながら、殿、その【はな】にはござりませぬ』

( ^ω^(( ・∀・)『あれ、何と。ではその方の顔にあるは、鼻にあらずと申すか』

一息置いて。

( ^ω^)「公方殿、鼻先に花咲きて。
      散るはちりぢり、云うも云われぬ、云わぬが仏のほととぎす――」

初めの方こそ控えた失笑であるが。
いつの間にやら、芝居小屋を揺らすほどの大笑となっている。

が、しかし。ここまでは、凡百の芸である。達者ではあるが、足繁く通うには値せぬ。

実のところ。芝居小屋に押し掛ける観衆の注目は、この後の見世物にあった。

川 ゚ -゚)「……」

女がひとり、進み出る。
手には、木組に障子紙の四角い絵灯籠。
同時に周囲に黒い覆布が掛かり、小屋は、薄闇に包まれる。



37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:10:40.98 ID:DQtcPt3P0
川 ゚ -゚)「――これなるは、天下にただ一つの宝。
     唐より来たる、閉じ造りの絵灯籠(えどうろう)」

闇の中で女は云い、灯籠を掲げる。
寺社の庭にある石造りのそれにはあらず、両のたなごころに収まる大きさである。
ところによっては舟に乗せ、灯籠流しに用いるそれに近かろう。

川 ゚ -゚)「天下の平らかなるよりも、遙か昔。
     西方異国の地にて見い出さる、神秘のともし火」

奇妙な、女である。顎は尖り眼は細く、何処となく大陸の生まれと見える、その顔。
薄暗い中に、ぼう、と浮かび上がる、しろい肌。

足腰は細く、乳房は豊か。従って、着物はやや不釣り合いである。
当世の美に照らしては、到底尤物(ゆうぶつ)、美女とは呼べぬ。
にも関わらず、不思議と惹かれる女であった。

川 ゚ -゚)「心なき墓守の持ち出したるその宝、旅に旅して、唐の国へ。
     如何なる奇縁にや。
     今や、巡り巡りて我が一座が主、内藤が許にあり」

芝居小屋のそこここから、期待に満ちて嘆息めいた、吐息。
唾を飲む音まで聞こえんばかりである、

川 ゚ -゚)「されば、とくと御覧あれ。
     彼方より来し、かくも表し難きこの光――」

いつ火を入れたとも見えぬ、その柄灯籠。

――音もなく、ぼう、と内から輝き始める。



38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:14:07.59 ID:DQtcPt3P0

おお、ほう、ほう、おう――――!

小屋を揺らすほどの歓声、嘆息。これまでの芸の比ではない。
火も起こさず手も触れず、ひとりでに灯るのである。
これを驚かずして、何を驚こうか。

そればかりではなく。
ふわり――と、その灯籠が浮くのである。
支えを失いなお輝き、女の手から一尺ほども。

その光は、奇妙な青であった。
灯籠の覆いの障子紙には青い墨で山水画が描かれており、それが妖しく輝くのである。

川 ゚ -゚)「描かれたるは、これも遙か彼方。
     大海の、底の底のそのまた底を描いた『瑠璃絵(るりえ)』」

海も近い地であるが、その底を見たことがある者など居らぬ。
おおう、であるとか、ああ、と嘆息し、ただ魅入るばかりであった。

この摩訶不思議なる灯籠の芸見たさに、連日の大入り。

その評判は、たちまちの内に藩主の知るところとなったのであった。



42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:17:30.28 ID:DQtcPt3P0
□ 城趾にて(2)
  _
( ゚∀゚)「光って飛ぶ灯籠?
     うそくせー、なーんかうそくせー」

あからさまに怪しげな様子で。
ポケットから煙草を取り出しながら、ジョルジュが言う。
ズボンの腰に携帯灰皿を下げている辺り、なかなかエコな奴だ。

('A`)「……」

だが、心中ではジョルジュと同感だった。
そのインチキ臭い灯籠と、幕府が隠そうとした「不慮の事態」とやらに、
何の関係があるって言うんだ?

/ ,' 3「そうじゃな……」

だが、教授は真面目な顔だ。

/ ,' 3 「この辺りにはの、付近と比べても変わった点がいくつかあるのじゃ。
    その一つが、怪談話、怪奇現象の多さじゃな。
    ジョルジュ君。『犬鳴トンネル』は知っておるかな?」
  _
( ゚∀゚)「いぬなき……あー、知ってる知ってる、知ってます。
     霊が出るから封鎖された、ってトンネルでしょ?」

/ ,' 3「そうじゃ。あれも同じ、この福岡県にあるんじゃよ」
  _
( ゚∀゚)「え? マジすか?」



43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:21:09.44 ID:DQtcPt3P0
オカ板の常連でもある俺には、親しみのある場所だ。
心霊スポットの中では全国でもトップクラスの知名度を誇る犬鳴トンネルはここから南東、
山陽新幹線の路線を挟んだ反対側に位置する。

ちなみにこのトンネルは新旧とふたつあり、問題は旧トンネルの方だ。
もっとも、封鎖は老朽化に伴うもので心霊現象とは関係ない、とは言われている。

('A`)「そういや、『犬鳴村』ってのも、ありましたね」

都市伝説の一種で、根も葉もない作り話ということになっている。

犬鳴トンネルの付近に恐ろしい村があって、そこには人食い人種が住んでいるとか。
村の入り口に「ここから先は日本国憲法が適用されません」という立て札があるだの、
あまりにもヤバ過ぎるので日本の地図からは抹消されているだのと、凄まじい話だ。

/ ,' 3「ああ。まあ、あれは真実味に欠けるがの。
    本当の犬鳴村の住民の方々にはいい迷惑じゃな」

付近に「犬鳴村」という村は実在する。
だが、そちらは当然、普通の人が住む普通の村だ。この都市伝説とは関係ない。

他にも、少しなら知っている。



45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:25:28.99 ID:DQtcPt3P0
('A`)「あとは、菊姫の怨霊……とかですか」

/ ,' 3 「そうじゃ。ときの宗像氏の家中争いから始まった、いわゆる『山田事件』が
    元じゃな。この時殺された菊姫と四人の侍女の怨霊が現れるという噂は、
    なぜか今日に至るまで続いておる」

「菊姫の怨霊」。
これも、オカ板のローカルスレでも話題に上がるほどの知名度だ。
  _
( ゚∀゚)「へー。でかいおっぱいの美女の亡霊なら大歓迎だけどなー、オレ」

教授は、もはやジョルジュの相手をするのは諦めたらしい。

/ ,' 3 「次に。この山は、なぜか他の場所に比べて植物の種類が豊富なのじゃ。
    ここでしか見られない亜種も多い。
    植物の研究のためにここを訪れる人もいる程でな」

続けながら、開いた手記をぱらぱらとめくる。

/ ,' 3 「この灯籠の記述が真実であるかどうかは、ワシには分からん。
    ただ、そういった不思議な話が成り立ちやすい土壌であるのは、確かなようじゃな。
    それに、これは……」



46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:28:58.66 ID:DQtcPt3P0
('A`)「それに?」
  _
( ゚∀゚)「なんだよ、センセー。
     焦らさないでいいからさ、教えてくれよ」

/ ,' 3「……いや。ここまでにしておこう。
    上で、調べたいこともあるしの。続きは本丸跡まで登ってからじゃ」

途端に、ジョルジュはげんなりした顔になって煙を吐く。
  _
( ゚∀゚)「マジかよ、まだ登るの?」

教授はその言葉も聞かずに手早く手記をしまい、歩き出していた。

/ ,' 3「ほれほれ、急がんと日が暮れてしまうぞ」

決して緩くはない山道を、ひょいひょいとえらい勢いで登っていく。
あれで荷物持ちだの力仕事だのと、よく言ったもんだ。

('A`)「行くぞ、ジョルジュ」
  _
( ゚∀゚)「わーったよ! ったく、こりゃ明日は筋肉痛確定だな」

煙草をもみ消して携帯灰皿に押し込み、軽く屈伸する。
俺も足を軽く動かしてほぐし、ふたりで教授の後を追う。

山から見下ろした下界。そして心地良い風。
身体は重いが、気分転換のお陰で身体は軽かった。



50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:33:21.41 ID:DQtcPt3P0
■ 蔦ヶ嶽城(二)

(,,゚Д゚)「ゴルァ。城下に、面白き者どもが来ておるようであるな」

( ´∀`)「いかにも、仰せの通り。流れ来た旅芸人にございますモナ」

蔦ヶ獄のお城は、山中にあって偉容堂々。
本丸までを備えた、中々の山城である。

その、藩主の擬古。
腕に覚えあり、性情は豪放磊落。
多少堪忍袋の緒の短きものの、程々に良き殿のようであった。

( ´∀`)「芸は軽業、人形にゴゼ歌。ありきたりと云えば、ありきたりですモナ」

側仕えの茂名。
しかして、と続ける。

( ´∀`)「最後の、女の見世物。これがなんとも、評判にて」

(,,゚Д゚)「見世物、とな?」

芸ならまだしも、香具師まがいの見世物が評判とは、いかに。

( ´∀`)「いかにも。絵灯籠にござりますモナ。
      何でも、触れずともひとりでに灯り、果ては宙を舞うのだとか」



52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:36:16.64 ID:DQtcPt3P0
(,,゚Д゚)「……ふむ」

顎の辺りを、さすりさすり。

(,,゚Д゚)「一度、見てみとうなったぞ。
    灯籠も、むろん女もだ。ゴルァ」

( ´∀`)「仰せのままにござりますモナ」

茂名、深くこうべを垂れてかしこまる。

かくして、夕刻。
布袋ていの小男を筆頭とする、芸人一座。
赤間のお城に招かれる運びとなったのであった。

領主の居所に招かれ、芸を披露する。
そう云ったことはあったようであるが、なにぶん賤民。正門を潜ることは、まかりならぬ。
家人用の勝手口から参じて、また辞したとのことである。

一座もしかり。しばし待たされた後、質素な作りの間に通される。

(,,゚Д゚)「おう、おう、その方らが、くだんの」

先頭で平伏していた小男、控えめに顔を上げ。

( ^ω^)「御招きに預かり、至極恐悦にございますお。
      座長、内藤にござりますお」

また伏す、四人。



53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:39:27.12 ID:DQtcPt3P0
藩主、座長とその後ろ、大男。
ちらと胡弓弾きの娘を見、最後に異国風の女、その手元の灯籠を見る。

(,,゚Д゚)「ほ、ほう」

美しい。
長く直ぐ伸ばした髪は、まさに翡翠のかんざし。
肌はしろく透き通り、舶来の絹のようなきめこまやかさである。

(,,゚Д゚)「よい。おもてを上げよ」

ゆるりと上げる顔の造作は茂名の言葉通り、見慣れぬ風。
だが、それがまた。まさに、唐の絵巻に描かれる天女の如しである。

( ´∀`)「殿は、その方らの芸を御所望モナ。
      くれぐれも粗相のなきように、モナ」

小男、へえ、と頭を下げ。

( ^ω^)「かしこまりましてござりますお。
      我ら芸人、もとより芸をおいては語れませぬお。されば――」

(*゚ー゚)「……」

小男の合図で大男は立ち上がり。娘は、しゃりん、と胡弓を掻き鳴らす。



54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:44:05.26 ID:DQtcPt3P0
軽業は、ここでは舞えぬ。代わりに踊り、ゴゼ歌、人形廻し。

そして、最後に。
絵灯籠の女が、立つ。

川 ゚ -゚)「これなるは、天下にただ一つの宝――」

涼しげで、それでいて心の底をぬるく、とろかすような、不思議な声である。
絵灯籠に、火が灯り。

(,,゚Д゚)「おう、これは――」

さしもの擬古も目を剥いて、浮かんで灯るその灯籠を、食いつかんばかりに見込む。
見れば、その絵灯籠。箱のごとく、上下にまで障子紙が貼られている。
風の入り込む隙間もないのに、灯っているのである。

(,,゚Д゚)「うむ。ううむ」

そして、また、この深い青の、なんとも言えぬ色合いの灯り。
女は、戯れるように手を、ひらひらと。
それにつれて、絵灯籠もくるくる、舞う。

川 ゚ -゚)「――これにて」

女の言葉とともに。
灯籠は光を収め、静かに、しろいたなごころに舞い降りる。



55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:47:10.39 ID:DQtcPt3P0
(,,゚Д゚)「いやはや。眼福、眼福。大儀であるぞ。ゴルァ」

茂名とふたり、ぽんぽんと手を打つ。

(,,゚Д゚)「して、その灯籠。
    その方ら。いかにして、そのようなものを」

下がった女に代わり、一座の主。

( ^ω^)「唐より流れ来たものを、買い上げたものにてござりますお。
      なんでも、海を渡り、遠く西方の国から運ばれたものだとか」

(,,゚Д゚)「ふむ――」

藩主擬古、腕を組み、しばし思案。
悩んでいるのである。

――欲しい、この灯籠
   手元に置いておきたい

そう、考えているのである。
身体の奥底を貫くような、深い光に身が震える。
考えれば、考えるほど、数分前の絵灯籠の青い光が思い出され、思いが募る。

とうとう、ついに。

(,,゚Д゚)「その絵灯籠。儂に……譲る気はないか?
     むろん、相応の礼はするぞ」

そう口走っていた。



58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:51:04.53 ID:DQtcPt3P0
(; ´∀`)「と、殿?」

突然、何を。
驚いたのは、家臣である。

( ^ω^)「それは、それは――」

座長、口をつぐみ、黙する。
代わりに口を開いたのは、女であった。

川 ゚ -゚)「芸をお気に召されるは、ありがたきことなれど。
     この絵灯籠は、一座の宝。手放せませぬ」

(,,゚Д゚)「ほう」

藩主の眉が、ぴくり、と吊り上がる。

(,,゚Д゚)「どうあっても、手放せぬ、と?」

なにゆえにこれ程までに己が灯籠を欲するのかは、解らぬ。
だが、欲しい。あの灯籠を手元に置き、気の済むまで眺めたい。
断られれば、尚更にであった。

(; ´∀`)「そ、そこな女――」

茂名、見かねて声を上げる。



59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:54:16.33 ID:DQtcPt3P0
だが。女は進み出、平伏する。

川 ゚ -゚)「殿。なにとぞ、お聞き届けいただけますよう。
     我々、一座が売るは芸のみなれば。そも――」

(,,゚Д゚)「何と?」

女、つい、と顔を上げ。
静かな声で。

川 ゚ -゚)「殿は、お山の民草を治めるお方。されど私めら、一座は根無し草。
     山路に根付かぬ草なれば、殿の刈り取る道理もなかりましょう」

言葉こそ、涼しいものの。
云っていることは、全くの暴言である。

――私たちは、お前の支配地の住民ではない
   だから、お前の我儘に従う義理などない

そう云っているのである。

(; ´∀`)「お、女っ」

茂名、刀の柄に手を掛けて立ち上がる。
主君を、目の前で賤民に揶揄されて、捨て置けようはずもない。



62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:57:40.20 ID:DQtcPt3P0
(,,^Д^)「……はははっ!」

だが。
あろうことか、擬古は笑い出し。

(,,^Д^)「河原乞食が、一国の主に楯突くか。
     ゴルァ、気に入ったぞ! ギコハハハハハ!」

そう云って膝を打つ。
この擬古、心根は豪胆、怖いものなし。
女の態度に、どこか通ずるものがあったようである。

(,,゚Д゚)「あい分かった、不躾であったな。
     良きものを見せて貰った。大儀であったぞ」

藩主は素直に頷き、賛辞する。
女の実直な言葉に、心根が冷水を浴びせられたようであった。
気付けば、灯籠に感じていた、くらい欲望は去っている。

芸人達は、お咎めなし。
この夜は、これにて仕舞いとなった。



しかし。

藩主擬古、こののち、煩悶することとなる。



64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:59:55.75 ID:DQtcPt3P0
( ,,゚Д゚)「……」

( ´∀`)「殿、殿。いかがなされましたモナ?」

( ,,゚Д゚)「ああ――いや、少しばかり、思案しておった。気にするな」

公務の最中も、床に就いた後も。
あの美しい女芸人の手にあった絵灯籠が、忘れられぬのである。

寝ても覚めても、思い起こすのは灯籠の深く青い灯。
まさに天女に恋い焦がれるが如き有様であった。

――あの絵灯籠が欲しい
   あの作り、描かれた絵、そして言葉にもならぬ美しい光
   己の手許に、何としても欲しい――

一旦は治まった、胸の奥の欲望は、おき火の如く甦り。
ちりちりと、日増しに強まり、休むことなく藩主をさいなむのであった。

それが、何日ばかりも続かぬうちに。

(; ´∀`)「と、殿っ。
      いかがなされましたモナ、その有様?」

(ヽ゚Д゚)「……ゴルァ……」

藩主は、遂に。
食事もろくに喉を通らぬほど、憔悴し果ててしまったのである。



65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:02:18.96 ID:DQtcPt3P0
□ 城趾にて(3)

歩くこと、さらに十数分。
俺たちはようやく山頂、蔦ヶ獄城の本丸跡に辿り着いていた。

正直、かなりペースは遅い。
俺とジョルジュはかなりの大荷物で、その上運動不足だからだ。
  _
(; ゚∀゚)「ひい、はあ……。
     ここが本丸跡……って、何もねーな、おい」

('A`)「確かに、そうだな」

平らにならされ、開けた広場。
初夏の日差しが降り注ぐこの場所には、城があったと言えるような痕跡は何ひとつなかった。
一足先に着いていた荒巻教授は、手近な木の柵に腰を下ろして本を開いている。

/ ,' 3「厳密に言うと、全く何もない訳ではないがの。
    城の基礎の跡は、この山じゅうに確かに残っておる。
    登ってくる途中も、注意深く地面を見ていれば気付いたかもしれんの」

('A`)「へえ……」
  _
( ゚∀゚)「来る途中にあった石垣は違うんすか?」

/ ,' 3「ああ、あれは昭和になってから造ったものじゃ。
    形こそ石垣じゃが、当時のものではないな」



67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:05:20.29 ID:DQtcPt3P0
二人の会話を聞きながら、周囲をぐるりと見る。

広場の山側には、音叉のような形をした石碑。
そのすぐそばには、古びた大きな石灯籠。
反対側には小さな掘っ立て小屋があり、他には転落防止の柵ぐらいだ。

('A`)「蔦ヶ獄城……か」

ひとり、小さく呟く。

俺自身、ガラにもなく少しだけ興奮しているのに気付いている。
教授が言うような異変が、本当にあったのだろうか。
その手の本には、その真相が書かれているのだろうか。
  _
( ゚∀゚)「なあ、センセー。とりあえずここまで来たけどさ、次はどうするんだぜ?」

/ ,' 3「そうじゃな。ここから先は、少し道を逸れる。
    山道に入ることになるかの」

教授はベンチに腰掛け、古書を見ながら答えている。
その視線は、山登りを始めてすぐのものとは打って変わって真剣に見える。

思えば、教授が真剣になるところなんて一度も見たことがなかった。
ゼミでも講義でも、静かな調子で淡々と進めるスタイルだった。

/ ,' 3「ジョルジュ君。荷物から地図を出してくれんか」
  _
( ゚∀゚)「はいはーい」

どうでもいいけどお前はさっさと敬語を習得しろ。



68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:08:27.10 ID:DQtcPt3P0
ジョルジュは、ずしん、と地面に響きそうな程の勢いでリュックを下ろす。
バインダーを取り出し、それを教授に差し出して。
  _
( ゚∀゚)「あいよ。でもさ、その辺入ってっちゃっていいの?
     あっちこっちの立て札に脇道禁止って書いてあったぜ?」

/ ,' 3「役所に許可は取っておる。問題はないよ」

事も無げに答えて、教授はバインダーを受け取る。
そこから、やはり古びた紙を取り出して開いた。
手記を膝の上に置き、しきりに地図と見比べ始める。

/ ,' 3「しかし……急の支度など、するものじゃないのう。
    地図の写しもろくに取れなかったわい。ああ、まったく腹立たしい……」

ぶつぶつ呟きながら、あちこちに首を巡らせる。

じきに無言になり、目だけをぎょろつかせて見回す。
その様子は、心なしかそわそわしているように見える。

/ 。' 3「……」

歴史を覆すような発見に、興奮しているのだろうか。
熱の籠もった視線で、辺りを何度も、何度も見回し、古地図に目を落とす。

ジョルジュはその様子を退屈そうに眺めていたが……不意にいたずらっぽく
目を輝かせて、教授にこそこそ歩み寄った。



70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:13:09.71 ID:DQtcPt3P0
  _
( ゚∀゚)「なあ、センセー。
     この古本ってさ、結局何が書いて……」

そう言いながら、ひょい、と教授の膝に手を伸ばす。



/ 。゚ 3「触るなッ!!」



ばしぃっ!

大きな音が、響く。
  _
(; ゚∀゚)「あ――え!?」

(;'A`)「っ!」

ジョルジュが、そして俺も、身体を強ばらせる。

――教授が、手記に伸びたジョルジュの手を、思い切り払いのけたんだ。
そう分かったのは、振り切られた教授の手を見てからだ。



72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:17:25.25 ID:DQtcPt3P0
/ 。゚ 3「……ふーっ、ふーっ……」

教授は、すさまじい眼でジョルジュを睨み付けている。
  _
(; ゚∀゚)「あ……」

突然の出来事に、俺たちは何も言えない。

こんなにも感情を露わにした教授は、見たことがない。
怖い、とか、驚いた、とか、そんな感情すら起こらなかった。
さっきまで感じていた興奮も、どこかに吹き飛んでしまった。

たったの一瞬だが、とても長く感じた瞬間。
その後には、教授はすぐに普段の穏やかな表情に戻っていた。

/ ,' 3「……済まんの。この手記、あまり状態が良くないものでな。
    あまり手荒に扱って欲しくないんじゃ」
  _
(; ゚∀゚)「あ……す、すみません」

ジョルジュはすっかり、さっきまでの教授の迫力に呑まれている。
萎縮しきった表情で小声で詫びると、身を翻して俺の方に寄ってきた。
  _
(; ゚∀゚)(なんだよ、なんだよアレ! めっちゃこえーよ!)

('A`)(今のはお前が悪い。反省しろ)

小声で会話を交わす。



75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:21:15.70 ID:DQtcPt3P0
教授はまだ地図と手記を見比べていたが、やがて納得したように声を上げた。

/ ,' 3「……うむ、分かったぞ!」

言うなり、がばっと立ち上がる。

/ ,' 3「場所の目星は付いた。こっちじゃ」

教授が指さした先は、山側の柵の向こう。
道もない、山の中だった。

('A`)「あっち……ですか?」

/ ,' 3「手記に、本丸から見る景色に触れておる箇所がある。
    そこから方角を割り出すと、こちらじゃ。間違いない」

俺たちの返事も待たず、教授は古地図を折りたたんでバインダーにしまう。
そんな教授を見る俺の胸の奥に、小さな疑問が湧いた。

('A`)「……教授」

それを素直に、教授にぶつける。

('A`)「その本。教授は、どこで手に入れたんですか?」



76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:23:36.82 ID:DQtcPt3P0
/ ,' 3「……」

教授はゆっくり振り返る。
いつもの、静かな表情のまま、黒目だけが留まらず、落ち着かずに周囲を窺っている。

/ ,' 3「これは、知人に譲り受けた。
    同業者じゃがな……本人に、言うなと頼まれておる。これ以上は言えん」

('A`)「……はあ」

素っ気なく、それだけ言って教授は歩き出す。
その口調も、歩調も、やはりどこか焦りのようなものを感じさせた。
  _
( ゚∀゚)「あ、センセー……ちょっと待ってってば!」

ジョルジュが慌てて後を追う。
揺れるリュックサックを見ながら、俺もそれに続いた。



77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:26:55.78 ID:DQtcPt3P0
山に分け入ると、広かった空もじきに覆い被さるような木々の枝葉に遮られる。
光源は、細くまばらな木漏れ日だけだ。
整地などされてない斜面はでこぼこ。起伏は下生えに隠され、歩きづらいことこの上ない。
  _
( ゚∀゚)「あーもう、ズボンがダメになっちまうぜ……あいてっ!」

ジョルジュが手を引っ込めて声を上げる。
クマザサの葉の縁か何かで手を切ったのだろう。

('A`)「絆創膏でも貼っとけよ。
    そういや、手袋はないのか?」
  _
(; ゚∀゚)「ンなもん持ってねーよ! こんなコトするなんて思ってなかったしよ」

がさがさ、と、膝ほどまでの高さの草をかき分けて、山道を行く。
荒巻教授はもうずいぶん先行していて、俺たちはその背中を必死に追う形になった。
  _
(; ゚∀゚)「センセー、センセーっ!
     早すぎるって! ちょっと待ってくれよー!」

教授は、こちらを振り向きもしない。
手元に開きっぱなしの手記を持ったまま、どんどん進んでいく。

/ ,' 3「……」

だが、ジョルジュの声が届いたのか、歩調がわずかに緩んだ。
その内に、俺たちは必死に進む。



78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:30:43.95 ID:DQtcPt3P0
足を大きく上げ、草を蹴って倒木や枝を押し退け、大股で歩く。
陽が届かない森の地面は水を含んでいるようで、降ろした足は柔らかい感触とともに
微かに地面に沈み込んだ、

ようやく、教授に並ぶ。
教授は、落ち着きなく周囲を見ている。

/ ,' 3「どうしたんじゃ、情けない。
    さっさと進むぞ。日が暮れん内にな」

表情こそ静かだが、興奮しているのか、焦っているのか。
そう感じられる早口だった。

('A`)「教授。俺たち、どこに向かってるんですか?」

教授は答えない。
  _
( ゚∀゚)「……センセー?」

/ ,' 3「今は言えん。だが、そこまで行けば分かる」

('A`)「『そこまで』? 『そこ』って、どこなんですか?」

/ ,' 3「……」

教授は視線を落として、手記のページを繰り。
それを何度か繰り返した後で、手記を見たまま答えた。

/ ,' 3「……『塚』じゃよ」



81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:34:22.37 ID:DQtcPt3P0
  _
( ゚∀゚)「塚ぁ? 俺たち、この城が江戸時代まで残ってた証拠を探すんじゃないの?
     そんなモン見付けてどうすんだよ、センセー」

ジョルジュの疑問ももっともだ。
俺は黙って教授を見る。
教授の表情は、眉毛に隠れて、見えない。

/ ,' 3「……」

/ ,' 3「……絵灯籠」

手記をめくり、ぽつり、と漏らす。
それから視線を上げて、そして中空に視線を彷徨わせて。
教授は、唐突にあの話の続きを始めた。

/ ,' 3「ときの藩主は、芸人を城に召し、芸を観覧した。
    そして、絵灯籠を見たとき……それが、どうしても欲しくて堪らなくなったのじゃ」
  _
( ゚∀゚)「なんだよいきなり。なんで灯籠の話なんだよ?」

/ ,' 3「黙って聞け。知りたいと言ったのはお前達じゃろう」

にべもなくジョルジュを遮る。
その声はひどく冷たくて、有無を言わせぬ迫力があった。
  _
(; ゚∀゚)「……」

/ ,' 3「藩主は痩せ細り、食事もロクに喉を通らんようになってしまった。
    寝ても覚めても、その絵灯籠を忘れられなかったのじゃ」



83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:38:51.30 ID:DQtcPt3P0
教授の声だけが響き、木々の奥に吸われて消えていく。
森の奥は――薄暗く、湿っていて、そして静かだ。
まるで大昔、電気の明かりさえもない時代にタイムスリップしてしまったように。

/ ,' 3「絵灯籠を自分のものにしたいという思いは、刻一刻と強まり。
    そして、旅芸人達がこの地を去る日の朝……藩主は、ついに決心したのじゃ」
  _
( ゚∀゚)「決心?」

/ ,' 3「……ふん。時間を無駄にしたわい。
    さっさと先に進むぞ」

ジョルジュの奴は、相変わらず分かってない。

('A`)「……」

シンプルな方法がある。
どうしても欲しい他人の宝物を、手っ取り早く手に入れる方法が、たったひとつだけある。
それはどんな時代だって、誰にだって可能な方法だ。

取り出した古地図を乱暴に広げて歩き出す教授。
何かに急き立てられるようなその背中を見る。
  _
(; ∀ )「……」

隣のジョルジュを見ると、奴はうつむいて、唇を噛んでいた。
何かを言いたげな……困惑した表情で。



(,,゚Д゚)瑠璃絵灯籠あやかし草子 のようです('A`)その2へ続く

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