February 23, 2011
夜のガスパールのようです ―('A`)と水の精のようです―
夜のガスパール
Gaspard de la Nuit
Ondine
水の精は雨とともに
('A`)と水の精のようです
窓から見える雲は、明るい灰色から黒雲に変わりつつあった。
それを確認した俺は、雨の、最初の一滴が降りだすまで待ってからベランダに出た。
でも、決して雨ふりが好きでそこに行くわけではない。
むしろ、雨はいままでは嫌いな方だった。
('A`)「…今日も来ましたよ」
ベランダの仕切り越しに彼女に話しかける。
雨の日曜日の午後、彼女は必ずここにやって来る。
なぜだかは分からない。
「こんにちは」
(*'A`)「こんにちは」
彼女はとてもきれいな声をしている。
世の中の女どもが出しているような猫かぶりした声でも、ましてやアニメ声でもない。
透き通った泉のように清廉な声。
聞いているだけでも幸せな気分になる声だ。
「今日はバイトとかはないの?」
(*'A`)「ええ、今日は休みで一日暇なんですよ」
だから、彼女が望む限りこうして話していられる。
そう思った俺はほくそ笑んでしまう。
ああ、今俺気持ちわりぃ顔してるんだろうな。
「そうなの、私も今日は暇だったなー久しぶりに」
('A`)「お仕事の方は?」
「うん、私もお休みだったの」
(*'A`)「へえ、奇遇ですね」
俺達のの会話はいつもこんな調子だ。
特に盛り上がることもないし、お互いの生活についてはそれほど話題にしない。
俺には一歩踏み込む勇気はないし、彼女もまたそうなのだろう。
「今日は何してたの?またレポートかな?」
('A`)「今日はそれもないから、暇で暇でしょうがなくて……一日中本読んでました」
「そういえば、あなたってどんな本を読むの?」
('A`)「SFとかが好きですけど、ノンフィクション物も結構読みますね」
「あら、意外。あなたくらいの人ってもうちょっと恋愛とか、
そういうの読むんじゃないかって思ってたんだけど」
(;'A`)「え……はは、そういうのはちょっと」
「えーもしかしてまだ彼女とかいないの?」
(;゚A゚)グサッ「うっ!」
えーマジ童貞?キモーイみたいなノリでそういう事をいってくれるなよ。
彼女を含め、世の女性達はもう少し俺みたいな喪男にも優しくなってほしいものだ。
('A`)「いつか作りますよ…」
「……女の子は降って湧いちゃこないわよ?」
声音が急にいたずらっぽさを帯びる。
会話の流れとともに刻々と変化していく彼女の声。
たのしい、なぜ俺はこんな他愛のない会話でこんなにも楽しいのだろうか。
「若い盛りなんだから今のうちに、
仲の良い女の子にでもちょいと仕掛けてみなさいよ。
あなたって本当に大学生なの?」
(;'∀`)「はは……でもそういう子もいないんスよ」
「残念っすね」
('A`)「……はい」
俺は「あなたみたいな人と」、という言葉を飲み込んだ。
彼女は……彼氏がいる。
深夜に彼女の部屋からの「物音」で起こされるのもしばしばだ。
初めてその音を聞いたとき、嫉妬というよりも猛烈な不快感を感じたのを覚えている。
あってはならないものがその場にある。
そうした種類の、茫漠とした不快感だ。
「まあ、頑張んなさい。
あなたなら彼女の一人や二人簡単につくれるから」
('A`)「ならいいんですけどね」
「……そろそろご飯でも炊こうかな。じゃあね」
('A`)「ええ、じゃあまた」
また次の雨の時に。
心のなかで彼女にそう声をかけて俺はベランダをあとにした。
……まずまず今日もいい一日だった、その時はそう思っていた。
その夜に安物のスプリングが連続して軋む、耳障りな音を耳にするまでは。
('A`)「……」
彼女もまた、彼氏のいる普通の女性なのだ。
まあ、仕方のないことである。
どういうわけか嬌声が聞こえないのが救いだった。
('A`)「はあ」
俺は布団の上で大きく深呼吸して、
体にみなぎる不快感を追いだそうとする。
だが、無駄なことだ。音の続く限りこの苦しみは続く。
前にいたところなら、壁ドンでもしてやるのだが。
('A`)(寝られるかよ……こんな状態で)
音の止んだ頃、俺は乱暴にコートを引っつかむと、
部屋着にそれを羽織っただけの格好で家を出る。
気晴らしにコンビニにでも行こう。
薄いドアを開けると、近所の居酒屋街から淀んだ空気が漂ってくる。
古い油と、酒を飲んだあとの反吐の臭いが混ざったような臭いだった。
その匂いに目眩を覚えつつ、フラフラと階段を降りて道路に出る。
それから何の気なしに自分の部屋を振り返った。
(,,゚Д゚)
('A`)「あ…」
彼女の部屋の前に、男が立っていた。
暗がりで全体像はよく分からなかったが、顔だけは街頭に薄く照らされぼんやりと見える。
男は四角い顔の真ん中で、唇を固く結んでいた。
10 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/20(日) 00:25:52 ID:CRE.W6vQ0
……そういえば彼女が隣に越してきてから、いま初めて男の顔を見る。
しかし、用事が済んだら早々におかえりとは。
いや男の様子からすると、もしかして俺の考えているような「用事」ではなかったのか?
でもベッドのスプリングが軋む大きな音がしていたし。
('A`)(なんなんだ?)
まあ、俺にはどうでもいいことだが。
無理やりそういう事にして、俺は足を再びコンビニへと向けた。
('A`)「……どうでもいい、か」
その独り言は冷たい夜闇に、やけに響いた。
*―――――――*
( ^ω^)「お前に似合わん話だおね~」
ξ*゚⊿゚)ξ「ロマンチックな話じゃない!
壁を挟んで二人の男女!
そして女にはすでに恋人が……うはー!」
( ^ω^)「……でもツン。
こいつの顔を想像しながら今の話を振り返ると?」
ξ゚⊿゚)ξ
ξ;゚⊿゚)ξ「きもちわるい!ふしぎ!」
(#'A`)「ドリルねじ切んぞこのやろう」
悶々とした思いが晴れればと、学食で悪友相手に昨日のことを話した。
その結果がこれだ。いっそ穴でも掘ってそこにでも叫んでいればよかった。
('A`)「人が悩んでるのにお前らってそういう事しか言えねえのかよ」
( ^ω^)「僕に言えるのはお前に色恋は似合わんって事だけだお」
ξ゚⊿゚)ξ「彼氏持ちなんでしょ?
ちょっとずつ二人の関係にヒビをいれれば…」
('A`)「生活時間がズレてるみたいで彼氏のほうは話したことさえないの。
だからごめんねツンさん、そういう作戦は使えません」
ξ#゚⊿゚)ξ「……チッ」
(;'A`)「何勝手に切れてんだよ」
( ^ω^)「僕達に女の考えることはわからんお」
('A`)「はあ」
一つため息をついて、きのこうどんの最後の一口をすすり込んだ。
塩気のききすぎた大味な代物だったが、これが一番安いんだから仕方ない。
( ^ω^)「まあ、彼氏がその彼女に飽きるのを大人しく待つんだおね。
そのうちチャンスが巡ってくることもあるだろうお」
( ^ω^)「……別れ際から別れた直後までは狙い目だお?」
ブーンがにたり、とわざとらしい笑みを浮かべる。
それを聞いたツンが呆れたような顔をして内藤を見る。
ξ゚⊿゚)ξ「またそんなこと言って……彼氏さんがゾッコンだったらどうするのよ」
('A`)「……そうだ、飽きるなんてありえない」
( ^ω^)「ほう?どうしてだお?」
('A`)「彼女は、話してみると分かるけど、
なんか魅力があるんだよ彼女のペースに引っ張り込まれるっていうか」
( ^ω^)「……悪いけどドクオ、それはお前が童貞だから(#'A`)「みなまで言うな」
ξ゚⊿゚)ξ「童貞とは言え、壁越しに話しただけで男を魅惑……やるわね」
('A`)「いいかげん張り倒しますよあなた」
どうも不毛な感じになってきたので俺は席を立った。
今日は一旦、家に帰って洗濯物を干さなければならない。
日差しがあるうちでないと、これからしばらく生乾き臭い服を着る事になる。
('A`)「じゃあ今日はもう授業ないし帰ります」
ξ#゚⊿゚)ξ「えーその人のことまだ何も分かんないじゃん!」
(;^ω^)「いやツン、壁越しに話したことしかないのに、
これ以上の話もクソもないだろうお」
('A`)「はいはいじゃーねー」
14 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/20(日) 00:38:05 ID:CRE.W6vQ0
鞄を掴むと、俺はとっととその場を後にする。
アパートは大学から徒歩で通えるほど近いところに建っている。
朝の弱い俺が苦労して見つけた好条件の物件だ。
内装やらかにやらを総合すると好条件でも何でもなかったが。
正門に向かう途中、中庭に出ると午後の日差しが燦々と降り注ぎ、
ちょうちょやらたんぽぽ達といっしょに数組のリア充どもがそこに遊んでいた。
あるものは女の手を握り、またあるものは他に見せつけるようにべたべたとくっついていた。
まったく、いい天気だ。
('A`)「……」
スキンシップがそんなに大事か?
そうでもしなければ相手の感情を確かめられない?
相手とのつながりを感じられない?
手と手の触れ合う感触に相手そのものを求めるのか?
なんて薄っぺらいんだ。
('A`)「……かえろう」
とにかく、俺は家まで歩き出した。
なぜか逃げるみたいで嫌な気分だった。
俺に負い目なんてかけらもないのに。
そのままぼおっと歩いていると、いつのまにか部屋の前についている。
今日は朝から、体が浮いているような変な気分だった。
疲れているんだろう……昨日は寝不足だった。
15 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/20(日) 00:40:02 ID:CRE.W6vQ0
のろのろと鍵を開けて、鞄をその辺に放り出すと俺は横になった。
つい癖でテレビをつけたが、かしましい番組ばかりだったのですぐに消してしまう。
ここで俺はようやく、自分が相当に苛立っていることに気がついた。
('A`) (我ながらめんどくさい性格してるよな……俺)
俺は、自分が何をしたいのか分からなかった。
人に彼女とのことを話して、余計に心が乱れてしまった気がする。
('A`)(俺は彼女と付き合いたいのか?
いや……そうじゃないような気がする)
やはりこの気持は彼女を自分のものにしたいというのではない。
きっとこれは彼女と過ごすあの時間、あの空間があまりにも心地よくて、
俺がそれに精神的に依存してしまっているからこんな気持になるのではないか?
もしそうならこれは恋愛というより、母親に向けられる思慕に近いものだ。
母が幼い頃に他界した俺は自分でも分からないうちに、
「母なるもの」に惹かれていたのかもしれない。
それを恋愛感情のように捉えていたから、こんな気持に……。
('A`)(……Fランの大学生が分析医気取りか、馬鹿だな俺は)
俺はやおら立ち上がると、洗濯機のところに立った。
つまらないことを考えていても仕方がない、体を動かしていれば気も晴れるだろう。
脱水が終わった洗濯機の中からシャツを取り出し、バサリと振って広げる。
その瞬間、俺のすぐ横で大きな音がした。
(;'A`)「おおっ?」
一瞬、振り回したシャツに何かが引っかかって床に落ちた音かと思った。
だがそのままの格好で馬鹿みたいにつっ立っていると、
さらに大きな、まるで食器棚をひっくり返したような音がして俺は凍りついた。
間違いない、彼女の部屋からだ。
(;'A`)「なんだ……?」
部屋の中で転びでもしたのだろうか。
だが、大きな音はその後も断続的に続いた。
まさか、泥棒か何かと彼女が鉢合わせしてしまったのか?
そう思った俺は、携帯電話を手に取った。
1、1、0とダイアルしてから手がはたと止まる。
もし、何でもなかったらどうするんだ。
(;'A`)「どうしよう……」
どうにかして、隣の様子を確認したかった。
その時、ふとベランダに目が行った。
あそこから、どうにかして覗けないだろうか。
(;'A`)(こんなとこ、人に見られたらまずいけど)
俺は、静かにベランダへと続くガラス戸を開けた。
そして手すりに手をかけるとベランダ同士を仕切っているボードから、
顔を半分だけ顔を出して様子を伺った。
(;'A`)「……」
薄く開いたカーテンから、彼女の部屋の中がかろうじて見える。
部屋の真ん中に置かれたテーブルのそばの床に、女が仰向けに倒れていた。
(* ー )
(;'A`)(この人が?)
カーテンの隙間からの光が、女の腹から鼻のあたりまでを細く照らしている。
首が、息を飲むほどに白い。
乱れた髪が顔の上半分を隠していて細かい造作は分からなかったが、
小さく整った唇の形が光のなかに浮かび上がっていた。
(;'A`)(動かないぞ)
彼女はフローリングの上にベッタリと横になったまま、身じろぎもしない。
普通の神経をした女性が、そんなマネをするだろうか。
時と場合にもよるが、俺だって板張りの床になど寝たりしない。
(;'A`)(……大変だ!)
たぶんだが、彼女は体調を悪くして倒れてしまったのだ。
そう思った俺は、窓越しに彼女に向かって声を掛けようとした。
「おい!さっさと起きろよ糞アマがぁ!」
俺はその突然のどなり声に思わず身を硬くした。
そして俺が硬直している間にも、倒れている彼女の脇腹に靴下を履いた足が突き刺さる。
俺は目の前で起きたことを一瞬では理解できなかった。
(; д )「」
彼女の口が苦痛にゆがむ。
体を胎児のように丸め、脇腹を手で押さえる。
また誰かの足が、今度は彼女の臀部のあたりにぶつけられた。
彼女の体が、板張りの床の上をのたうちまわる。
(;'A`)(なんだよ…なんなんだこれ)
ここまで見た俺は、彼女が誰かに傷めつけられているのだ。
と、ようやく飲み込めた。
彼女が、誰かに、傷めつけられている。
頭の中が真っ白になる。
あの足は誰の足だ?
彼女を助けなくては。
だが、そうすると俺も巻き込まれる。
恐怖、焦り、義侠心。
もう、何も分からなくなった。
(;'A`)「……」
俺は音を立てないようにして、部屋へと戻った。
そしてちゃぶ台の前に座って時計をみる。
すでに午後の二時をまわっていた。
……なんで俺は時間なんか気にしているんだ。
はっとした。
何をしているんだ。
さっさと助けに行かなければ。
(;'A`)(行かなくちゃ!)
俺はなけなしの勇気を奮って立ち上がった。
そして部屋を飛び出すと隣室の扉の前に立った。
だが、この後どうすればいい?
(;'A`)「……」
このドアを開けて踏み込むか?それでは無策過ぎる。
やはり警察を呼ぶべきか……でもそのせいで手遅れになったらどうするんだ。
(;'A`)(そうだ!)
呼び鈴を鳴らそう。
そうすれば、来客に驚いた犯人がそのまま逃げていってくれるかもしれない。
ここは二階だが、ベランダから飛び降りることも出来る。
ほとんど破れかぶれになっていた俺は、
気がついたら呼び鈴のボタンを力強く押し込んでいた。
(;'A`)
この昼下がりのの静寂を、つんざくような電子音が破る。
俺は呼び鈴から指を離すと、息を殺して中の様子を伺う。
外と同様、部屋の中にも静けさが充満していた。
……しばらく待ったが、何の反応も中からは返って来ない。
もう一度呼び鈴を押そうかと、手を伸ばす。
その時だった、部屋の中で何かがのそりと立ち上がる音がした。
重みのある何かを、ボロアパートの床がやっとの事で押し返す音。
やがてドアが開くと、男の顔が中から現れた。
(,,゚Д゚)「はい?」
('A`)「あ」
四角い顔、薄い唇、そしてギョロリとした二重の目。
昨日、彼女の部屋から出てきた男に間違いなかった。
(,,゚Д゚)「えっと、どちらさまですか?」
黙っていると、男が笑みとも困惑顔ともつかない表情を浮かべて俺に聞いた。
思わず下を向くと、さっき見たばかりの靴下を男が履いているのが見えた。
……男の背中の後ろに見える部屋の中に、彼女の姿はすでにない。
('A`)「いや、隣りのものですが大きな音がしたのでなにかあったのかと」
自分でも驚くほど、なめらかに口から言葉が出てくる。
目の前にいる男が、何をしたのか知っていたというのに。
( ,,^Д^)「ああ!ごめんなさいね!ほら、あれをひっくり返しちゃって」
気さくな感じを振りまきながら、男が部屋の奥を指さした。
そこに、カラーボックスが横倒しに倒れているのが見える。
UFOキャッチャーで取ってきたような人形が、側に転がっていた。
(,,゚Д゚)「いやーお騒がせしてすみませんね、本当に。
部屋の片付けしてて足を引っ掛けちゃったんです。
いつもあなた、この時間にはお留守でしょう?
今のうちにと思って」
(;'A`)「はあ」
(,,゚Д゚)「だから多少、音立ててもダイジョブかなって。
いつ帰っていらしたんです?」
(;'A`)「えっと、三十分くらい前ですかね」
(,,゚Д゚)「あー、だったらうるさくしちゃってましたよね……すみませんでした」
(;'A`)「……いえ、お気になさらないでください。
心配になっただけですので」
なんで俺はこんなことしか言えないんだ。
彼女に乱暴するな。
そう言いたいはずだったのに。
言葉が出てこなかった。
(,,゚Д゚)「そう言っていただけるとありがたいです。
鬱田さん、でしたよね。
引越しのご挨拶とかも遅れちゃってて、もうなんて言ったらいいのか」
(;'A`)「いえいえ、こちらこそご挨拶できなくて……」
(,,゚Д゚)「えっと、じゃあ改めて…羽生と申します。
こういうことがまたあったら、どうぞ遠慮無く」
(;'A`)「あ、よろしくお願いします」
(,,゚Д゚)「じゃあ」
(;'A`)「あ、はい」
ドアが閉まると、俺はその場に立ち尽くすしかなかった。
ただ黙って、目の前のすすけたドアを見つめていた。
(;'A`)
何もできなかった。
その一言だけが、その後もずっとぐるぐると頭の中を回っていた。
*―――――*
次の日曜も雨だった。
俺はいつもの時間にまたベランダへと出た。
彼女と会って話をしなければならなかった。
「今日も来たんだ」
('A`)「……はい」
彼女はやはり来ていた。
彼女の声は、こころなしか沈んでいるように聞こえる。
「あなたも暇ね~、日曜になるといつもここに来て。
まったく、他にすることないの?」
ため息混じりに言うと、彼女はぴたりと口を閉ざしてしまう。
この密やかな時間でそんなことが起こったのは初めてのことだ。
ややあって、俺がその居心地の悪い沈黙を破る。
('A`)「俺は本当に暇なやつなんですよ。
友達もあんまりいない、彼女ももちろんいない。
人間の屑みたいな奴です」
「あんまりな言い方ね。
自分に向けていっているとしても」
('A`)「そうですね、でもそんな奴でも自分の彼女を殴ったりはしない」
雨だれがさらさらとふたりきりのベランダに響く。
時折、屋根からの水滴が手すりをコツコツと叩いた。
「なんで」
「なんで知ってるのよ」
('A`)「すみません、この前大きな音がしたとき、
ここから覗いてしまいました」
「カーテン、開いてたんだ」
('A`)「はい、ごめんなさい」
衣擦れの音がやけに大きくに聞こえる。
彼女は仕切りに寄りかかっているらしい。
俺は、その薄っぺらな防火ボードに手の平を添える。
「あなたこのことをどこかに?」
('A`)「まだどこにも通報してません」
「……よかった」
('A`)「なにが良かったんですか」
「え?」
('A`)「なんにも、よくないじゃないですか」
声が震えた。抑えようとしたが無理だった。
(#'A`)「あなたは日常的にやられてるんでしょ!あいつに!
なんでそうやって“良かった”なんて言えるんですか!」
怒りが、俺の中に溢れていた。
それは彼女がひどい目にあっていた最中も、
気づかずに彼女と馬鹿な話をしていたという自分への怒りでもあった。
俺はポケットからくしゃくしゃになった紙を出して、
仕切りの向こうにそれを滑らせる。
(#'A`)「読んでください」
「……うん」
紙には、最寄りのシェルターと相談を聞いてくれる施設の番号を書いておいた。
シェルターには、俺の知り合いも務めているし何かあればすぐに動いてくれる。
一週間の間に、俺は関係施設に連絡して彼女が身の安全を確保できるような体制を整えておいた。
あとは、彼女の同意さえあれば万事解決する。
「……」
('A`)「読みましたか?」
「うん」
紙が、仕切りの向こうから押し返されてきた。
「無理だよ、私はどこにも行かない」
(;'A`)「何を言ってるんですか!」
「……彼がいるから」
(;'A`)「いや!俺と会ったとき、あいつはここに住んでるみたいなこと言ってましたけど、
何日かに一度ここにきて金を毟りとっていってるだけでしょう!?
今なら身辺を整理する時間くらいあります!僕も手伝うから!」
「そうじゃないの」
「私は彼から離れたくないのよ」
それを聞いて、唖然とした。
そして俺の口からひとりでに疑問が漏れる。
(;'A`)「なんで」
「愛しているから、かな」
(;'A`)「……」
「何回も聞いて悪いけど、あなたは好きな子とかいるの?」
(;'A`)「そんな人はいません……いや」
「それじゃ、あなたには分からないよ」
(;'A`)「え…?」
「誰かを好きな気持ちも知らないのに、私たちのこと理解できるわけない」
「私は何があっても彼といることができて幸せなの」
「歪んでいようが、壊れかけてようが、これが私なの。私たちなの。
こんなふうに邪魔はされたくなんかない」
そう言うと彼女は壁の向こうで立ち上がった。
このまま部屋にもどる気なのだ。
俺は必死に彼女に喰らいつく。
(;'A`)「でもそれじゃあ、あなたはいつまで経ってもつらいままじゃないですか!」
「……」
「……そこまで考えてくれるなら」
「なんでこの前は助けてくれなかったの?」
(;'A`)「それは……」
「なんなの?世間体?ご近所さんに遠慮した?」
「それとも怖かったの?」
(;'A`)「……」
「ほおら、何も言えないよね」
「だって、」
「あなたは殻に閉じこもったまま、
そこから出て行こうとしない無力な子供だもの」
('A`)
「……どうしたの?なんか言ったら?」
28 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/20(日) 01:02:37 ID:CRE.W6vQ0
確かに、そうかもしれなかった。
部屋に戻って行くあの男の背中を見送った俺。
今こうしてあの男がいない間に、しかも壁越しにしか彼女と話せない俺。
友だちが少ない俺。
大学にうろつく恋人たちを羨望のまなざしで見つめる俺。
急速に、俺の中で何かがしぼんでいく。
――いや、しぼんで小さくなっていくのは俺自身なのかもしれなかった。
それに気がついた俺は。
( A )
気がついたら後ろ手にガラス戸を閉じ、部屋の中に戻っていた。
もう、耐えられなかった。
('A`)
ちゃぶ台の上に散らばっている紙束がまず目に入ってきた。
俺がここ一週間で彼女のために集めた情報の数々だ。
('A`)
俺は無言でそれを床に払い落とす。
それから、俺が雨降りの日曜にベランダに出ることはなくなった。
*―――――*
次に彼女に会ったのは半年ほど後のことだった。
朝、家を出た時にちょうど彼女が隣の部屋のドアから飛び出してきたのだ。
彼女は、顔に大きな痣を作っていた。
どうして出来た痣なのかは、このところたまに聞こえる音で知っていた。
どういうわけだか、彼女は寝間着のまま素足でそこに立っていた。
(メ゚-゚)「あっ…」
('A`)「あ」
久しぶりの対面だった。
いや、正確には初めて顔を合わせた訳だが。
多分、例の彼氏に玄関まで追いつめられて何かの拍子で出てきてしまったのだろう。
……それから一瞬遅れて、ものすごい顔をしたあの“彼氏”が部屋の中から出てきた。
(#゚Д゚)「おらっ!テメーどこいくんだよ……」
(;゚Д゚)「!?」
('A`)「……」
状況が飲み込めないのか、俺の顔と彼女を交互に見て暴力男は目を白黒させていたが、
彼はすぐに我にかえって俺に笑いかけてみせた。
だが急ごしらえのその笑顔は、作り笑いとさえ言えないほど引きつったものだった。
(;゚Д゚)「お、おはようございます。
すみません、朝っからみっともない」
(メ゚-゚)「……」
「ちょっとケンカしただけ」みたいな風に見せたいのか、
男は彼女の手を取るとわざとらしく猫なで声を出して見せる。
彼女に向けてというよりむしろ、俺に向けて。
(,,゚Д゚)「ごめんなぁ~しぃ~。
俺、ちょっとイライラしてて~」
ああ、ちょっとイライラして女を殴ってたんだよな?
それで彼女の顔にそのちっちゃい痣ができちゃったわけだ。
(,,゚Д゚)「じゃあ!寒いし部屋に戻ろうか!
いやーほんとうに寒いね!」
(メ゚-゚)「……」
男は彼女を引きずって部屋に戻っていく。
傍目から見ても痛そうなほど、彼女の手をきつく握りしめていた。
('A`)「おい」
(,,゚Д゚)
俺が声を掛けると、大根役者はピタリと動きを止めた。
実に単純な男だった。
('A`)「……たまに、うるさいですよ」
(,,゚Д゚)「……すみません」
低い声でそう言うと男は、そのまま彼女を部屋に引っ張り込んで鍵を閉める。
この後もまた、部屋に戻って続きを始めるのだろう。
……彼らの姿が部屋の中に消える瞬間、ちらりと女の顔が見えた。
( )
('A`)「……」
その場から立ち去ろうとした俺の背後で、耳障りなチェーンの音が聞こえた。
俺は、しかし振り返らなかった。
―――――――――
―――――
――
…
('A`)「……というのが今朝あった話だな」
(;^ω^)「おーん…」
ξ;゚⊿゚)ξ「……」
('A`)「……なんでぇ、話せ話せって催促してきたのはお前らだろうが。
どうしてそんなビッミョーな顔してんだよ?」
俺がため息混じりにそう言っても、二人は黙りこくったまましばらく何も言わなかった。
やがて俺が二本目のタバコに火をつけようとした頃、ツンがポツリと言う。
ξ゚⊿゚)ξ「女心、って奴なのかしらね」
('A`)「あるいはそうなのかもなぁ……。
俺もまだあの人が何考えてるんだか理解できないけど」
(;^ω^)「え、って二人とも!
その彼女さんはいま現在進行形でDVくらってるだお?
まずいんじゃないかな……ほら」
ブーンが何時になく深刻そうな顔をして言う。
('A`)「死んだりしたら……ってことか?」
(;^ω^)「いや……そこまでは言わないけど。
その、シェルターだっけ?
そこにその人が行ってる様子もないんだお?
いずれ事件にでもなったら、お前も面倒なことになるんじゃないかって」
たしかにそうかも知れない。
だが今後、俺には彼女たちに関わる気など毛頭ない。
('A`)「……愛があればなんとでもなるんじゃないか?」
(;^ω^)「はぁ……そんなものかおねぇ?」
ξ゚⊿゚)ξ「やけに冷たいのね」
('A`)「……そうかもな」
手元を見ると、タバコは半分くらいのところまで灰になっていた。
俺は慌てて灰皿にタバコを押し付けると、思わず苦い顔をしてしまう。
( ^ω^)「前に話を聞いたときはなんていうか情熱的だったのに。
あれかお?面倒な事情を知って百年の恋も冷めたのかお?」
情熱、その単語を聞いたとき俺の中でくすぶっていた何かが熱を持ったが、
結局はすぐにその燃え殻のようなものも冷たく冷える。
('A`)「じつは俺もさ、今朝まではちょっと残ってたんだ。
お前の言う情熱みたいなもんがさ」
ξ゚⊿゚)ξ「なんで今朝急に?」
('A`)「ああ、部屋に引っ張り込まれる寸前な?
あの人の顔がちらって見えたんだけどさ……」
('A`)「笑ってたんだよ、彼女」
('A`)「それ見たとき、ああ負けたなって思ってさ。
あの人の言う愛って奴に」
ξ゚⊿゚)ξ「……そう」
俺は目を閉じて、今朝の彼女の笑顔を思い浮かべようとした。
だが、記憶の中のその笑顔はもう曖昧なものに変化し始めていた。
今朝見たばかりのはずなのに。
(* ー )
……こうして眼を閉じていると、周りの風景が溶けてなくなってしまうようだ。
その内に大学の食堂の騒がしさも、目の前に座っているブーン達も霞んで消えて行く。
その空虚の中に、ふと小さな音が聞こえた気がした。
( ^ω^)「どうしたんだお?」
('A`)「いや、なんでもない」
もう一度目を閉じ、その音を探してみる。
だが、もう何もきこえなかった。
あったのは、無限に広がる虚無だけだ。
('A`)「あ~あ、じゃあ今日は一旦家に帰るわ。
今日はバイト先で夜勤だ~」
そう言って立ち上がると、ツンが外を見てあっと叫ぶ。
ふと外を見ると、道路はライトグレーからねずみ色に変わり、
裸の木々は冷たそうに風に揺れて……。
ξ゚⊿゚)ξ「あー、雨降ってきちゃったよ。
またコインランドリーかぁ……まいったわね」
('A`)「……雨の音か」
ξ゚⊿゚)ξ「え?なに?」
('A`)「なんでもねぇよ」
俺は短くそう言うと席を立った。
気分は、思ったほど悪くはない。
そして、いつもどおり正門をくぐりふらふらとアパートの前までやってくると、
俺の部屋のベランダが雨の帳の向こうで霞んで見えた。
そして、その隣の部屋の青いカーテンも。
('A`)「……」
……雨の音を聞くたび、思い出すんだろうな。
俺はそんな事を考えながらアパートの階段を登る。
足取りは、鉛のように重い。
だってそうだろう?
“幸せ”な人の隣りの部屋に、
俺みたいな喪男が帰らなくちゃいけないんだからさ。
夜のガスパールより「水の精」
モチーフ紹介「夜のガスパール」(原題「Gaspard de la Nuit」)
M.ラヴェルが同名の詩集を題材に作曲したピアノ組曲で、
原詩からは三篇「水の精」「絞首台」「スカルボ」が作曲されています。
原詩の内容は不気味かつ怪奇な内容で、
作者は「悪魔からこの詩の原稿を受け取った」
と、この詩集の端書に書き残しているようです。
「水の精」(原題「Ondine」)
夜のガスパールの第一曲
水のさざめきを思わせる旋律が特徴的な曲です
原詩の内容は、
窓の雫となってあらわれた水の精が、
指輪を持って男に結婚を申し込み、水の底の宮殿で王になってほしいと願う。
男はこれを拒絶し、水の精は泣き叫ぶ。
しかし最後には高笑いを残し、水の精は雨の中に消えて行く。というもの