February 26, 2011
('A`)浮世は一分五厘でファンタスティックのようです
ニコチン中毒とは恐るべきものだった。
気がつけば僕はアルカロイドの甘い沼地に嵌って、ツイストに似た動きでもがいていた。
底無し沼は木工ボンドのように僕にベタベタと絡みついている。
溶けた飴が自然と固まるように、ジワジワと体は動かなくなるだろう。
それでもそんな状況を割と楽しんでいることに、僕はまだ気付いていなかった。
川 ゚ -゚)「あらドクオさん、いつも感心ですわ」
('A`)「あ、おはようございます」
チュンチュンがチュンチュンと騒がしい朝方に、近所の若奥様が話し掛けてきた。
ゴミを拾う手を休めて後ろを振り返る。
眩しい朝日を背景に、子供を学校に送る途中の素直さんが立ち止まっている。
('A`)「自分の住む町くらい綺麗にしたいもんですから」
川 ゚ -゚)「素敵ですわ、息子にも聞かせてやって下さい」
若奥様と手を繋いで立ち止まっている小学生が、いかにも白けた様子で口を開く。
ノパ⊿゚)「ようオジサン、暇なのかー?」
(;'A`)「こ、こら、こう見えてまだ20代なんだからな!」
こうして毎朝ゴミ拾いをしているうちに、いつの間にか素直さん家の奥様と親しくなった。
宅のガキは相変わらずの生意気だけれど、小学生と合法的に会話する機会は貴重だ。
いい歳した僕はそんなガキに怒ったりはしない。大人の貫禄でたしなめる。
('A`)「やーい、ちーび! ちーび!」
ノパ⊿゚)「それしか言うことないのかー?」
多分気にしてるであろうことを言ってやったのに、彼女は見事に動じなかった。
10は歳が離れた子供に、僕は何故か負けた気がした。
(;'A`)「なっ、こいつ……!」
川 ゚ -゚)「からかっちゃだめですよ、ヒート」
川 ゚ -゚)「それでは、ご機嫌よう」
ノパ⊿゚)「オジサンまたなー」
ヒートがどこか冷めた調子でそう言い、親子は歩を進めて行く。
僕は負け惜しみに、学校へ向かうその小さな背に声を掛けた。
('A`)「給食の牛乳残すなよ、身長伸びないぞー」
彼女はこちらを見ずに母親と繋いでいる反対の手を振った。
ゆらゆらと舞う腕は眩しい朝の中、輝いて見える。
けれど、彼女がいつも楽しそうに見えないのは何故だろうか。
('A`)「……」
黒いランドセルが揺れながら少しずつ遠くに消えてゆく。
自分の娘を息子とまた呼んでいた若奥様の言葉が、なんとなく頭に残った。
僕は辺りを見渡し、目に付くゴミを拾い終えたことを確認する。
('A`)「だいぶ綺麗になったし、次行くかー」
生活費も殆ど底をつき、買い置きの米が無くなれば食べるものもない。
嗜好品であれど生活必需品でもある煙草は、もはや高嶺の花だ。
いちいち買っていたらすぐに破産してしまう。
煙草が吸えないことに一時は、頭がおかしくなるんじゃないかと思った。
仏様のような煙草屋のお婆ちゃんに包丁を突き付けようかと考えた程だった。
帽子、サングラス、マスクの不審者三道具を身に着けたところで、僕は思い改める。
('A`)「……」
('A`)「おいおい、ペニ婆はいつも良くしてくれたじゃないか」
('、`*川「まいどあり、420円ね」
腰を曲げてしわしわの手で煙草を渡す姿が浮かぶ。
('、`*川「はい、どうも。ボールペンおまけね」
家に山ほどある伊藤煙草店のボールペンを見返す。
(;'A`)「うわああ!」
('A`)「何を考えてたんだ僕は」
自分が何をしようとしていたか、そのみっともなさにイラ壁しそうになる。
もしも強盗なんてしてしまえば、ペニ婆は短い老い先が更に短くなってしまうかも知れない。
そして僕はまともにペニ婆に顔を合わせられないだろう。
(;A;)「ペニ婆ごめんよ……」
どう懺悔すべきか考えていたとき僕は突然、ニコチン不足の平和的な解決策が頭に閃いた。
('A`)「あっ!」
('A`)「いくらでも、道路に捨てられてるじゃん!」
どこぞの煙草専売公社のCMに出演出来そうなくらいクリーンな解決策。
僕は、道路に捨てられた煙草の吸い殻を拾い集めだしたのだ。
('A`)「この際シケモクでも構わないし」
('A`)「ついでにゴミも拾えば、人目も気にならない……」
('A`)「ひと皮むけた気分だ」
今では早朝にゴミを拾っている無職として、この辺りの婦人各々に評判の無職だった。
初めは人知れず深夜にシケモク拾いをやっていた。
けれど、あまりの外の暗さにその効率は悲惨なものだった。
暗闇の中、間違えて犬の糞を掴んでからは深夜に行動するのは止めた。
その頃には心に余裕もできていた。
細長いそれを掴んだ僕は、犬の体調を心配したものだった。
('A`)「さてと、次はバス停だな」
バス停と踏切前は沢山吸い殻が捨ててある二大吸い殻ポイントだ。
喫煙マナーの悪さに心から感謝した男は、多分僕くらいのものだろう。
自然と歩行が早まるのを抑えられないが、勿論途中の細々としたクズを拾うのも忘れない。
そうやって進んでゆくと、バス停前には顔見知りの男がバスの到着を待っていた。
スーツはよれているがその顔つきに疲れは見えない。
僕の姿を確認した彼は、軽く会釈をして話しかけてきた。
(´<_` )「おはようございます」
('A`)「あ、どうも。お疲れ様です」
(´<_` )「毎朝、精がでますね」
適当に挨拶していた僕は、その言葉を聞いて浮かんだ下ネタが頭をうずめていた。
いえいえ、ナニは萎んですっかりEDですよ、と言いたくなるのをこらえる。
('A`)「いえいえ、ナニは……」
(;'A`)「……うおっ!」
無意識に言いかけていて、僕は思わず自分の口を塞いだ。
スーツの彼は疑問符の浮かんだ表情で見つめているので、慌てて適当に取り繕う。
(;'A`)「……ナニはともあれ、いい朝ですね!」
(´<_` )「そうですね。あ、今日は清掃しなくても大丈夫そうですよ」
('A`)「……え?」
(´<_` )「ついさっきまで、そこのご主人が掃除してましたから」
('A`)「そう、なんですか……」
恐々と道路に目をやると、そこにはクズ一つ落ちていない。
(´<_` )「ええ。多分ドクオさんに感化されたんじゃないでしょうか」
そして彼は細い目を更に細め、素敵な笑顔で続けた。
(´<_` )「気持ちのいい街になっていきますね」
僕は冗談じゃないと思った。
このままクリーンな街になってしまえば、僕のクリーンな生活が終わってしまう。
ピカピカの街並みに畏まり、誰も歩き煙草をやらなくなるかもしれない。
さらに社会のゴミとして、僕自身がごみ箱に投げられてしまうかもしれないのだ。
('A`)「あ、歩き煙草は不滅だといいですね……」
(´<_` ;)「?」
('A`)「それでは……」
(´<_` )「はぁ」
目の前が暗くなり、僕は何を言ったか分からないまま、ふらふらと家に帰った。
冷凍して保存してあるご飯を温め、スーパーで買った半額の惣菜と一緒に朝飯を済ませた。
('A`)「ご馳走さまー」
('A`)「そしてお楽しみターイム」
無職であっても規律のある生活をしなくては、と定めた数少ない自分ルール。
朝は朝食の後に一服すると決めているのだ。
玄関に置きっぱなしのゴミ袋をさっそく開封する。
内側にはセロテープでビニール袋を貼りつけており、煙草だけをそこに入れている。
('A`)「今日はメンソールばっかだな」
床に直に拾った煙草を並べると、一本だけ見慣れない吸い殻が混ざっていた。
('A`)「外国のタバコかな?」
煙草の葉は半分程残っている。
普通ならば、フィルターの少し上に銘柄の刻印がされているものだ。
けれど、この煙草には何も印されていなかった。
('A`)「まあ、いっか」
僕は換気扇を回し、お高そうなその煙草に火をつけた。
(;'A`)「うへぇ」
('A`)「臭い上に喉にクるな……」
あまり美味い煙草だとは思わなかったが、吸えりゃ何でも良かった。
4、5回ほど味わうと根元まで吸いきったようで、指先がほんのりと熱い。
灰皿に押しつけて火を消した。
('A`)「読んでた本の続きでも読むか」
時間だけはあるくせにやることはない。下手に動けば金がかかるし腹も減ってしまう。
別に趣味というわけでもないが、いつの間にか部屋で本を読むのが日課になっていた。
読みかけの小説を開き、目を通していく。僕は次第に物語に夢中になっていた。
('A`)「……」
('A`)「まじかよ……」
('A`)「犯人は息子じゃなくて父親だったのかよ!」
小説のネタバレを思いきり口に出してしまったが、独りの生活だし問題はない。
それよりも自分の事ながら心配なのは、最近独り言が増えたことだった。
('A`)「大丈夫かな」
('A`)「大丈夫だろ」
('∀`)「……ふふっ、ふふふ!」
(*'A`)「えへへへ……」
何故だか分からないが、笑いが体中を駆け回った。
自分に対して自分に答えるのが、そんなにおかしかったのだろうか。
('A`)「何かが閃きそうで、頭の中がにわにわしてる……」
('A`)「うう……」
少し気分が悪い。
ここのところ、カロリーが少ない生活を続けているからかも知れない。
僕は床に本を置いて、そのまま横になった。眠るでもなく考え事をする。
('A`)「大丈夫かな……」
アパートの家賃も来月分は払えない。それなのに仕事も探していない。
どうにかならないか考えても、新しく何か行動する気もない。
もう随分前から僕の心からは僕が離れたようだ。
目の前で何が起ころうと、何も起こらずともどうでも良かった。
('A`)「なんとかなるか……」
ただひたすら何かを待つだけだった。
あわよくば僕宛てに、一億円の小切手が届けられるのを期待して。
知らぬ間にうとうととしていた僕は、そして眠りについた。
肌を撫でる冷たい風に意識を揺り起こされる。
目を開けるといつも見慣れたアパートの天井は無く、どこまでも青空が広がっていた。
('A`)「えっ」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
遮る壁一枚もなく、おまけに空は雲ひとつない。
(;'A`)「な、なにがどうなった……」
我が身の謎すぎる状況に、寝ぼける間も与えられず頭がはっきりしていく。
そしてすぐに、冷静さを押しのけるように混乱が訪れた。
('A`)「壁がないどころか……」
('A`)「家もねえ……」
上半身を起こすと、下半身を覆うようにコタツが目の前にあった。
見慣れた家具が僕を少し安心させる。
その向こうの景色は今は考えないことにした。
('A`)「そういや、コタツで寝ちゃったんだっけ」
ノートパソコン、マグカップにちり紙のクズ。
コタツの上に置いたものは何一つ変わっていなかった。
('A`)「……」
恐る恐る周りを見渡す。
一方は地面が途中で無くなっており、僕の背後にはなだらかな坂が続いていた。
下方には森林が見え、淡い黄緑色が広がっている。地面が所々に白く輝いているのは積雪だろうか。
視界を遮るものはない。乾いた大きな空と下に広がる森。
('A`)「……」
ふと、僕は中学生の時に見た風景を思い出した。その時に見た景色とよく似ている。
あの頃はやたら元気旺盛で、時たま友人と向かったものだった。
今は、その反動で何事もやる気が湧かないのかもしれない。
('A`)「ここ……」
('A`)「どこかの山の頂上だ……」
どういうわけか僕は、冬のよく晴れた日の山頂に、コタツ一式と共に移動していた。
('A`)「……」
('A`)「……」
僕はしばらく何かが起こるのを待ったけれど、何も状況は変わらない。
時折風が吹き、地面に生えた草を揺らすだけだった。
突然山頂に我が身を置かれたのだから、何か他におかしなことが起こっても不思議はない。
('A`)「おかしい……」
('A`)「UFOとか仙人とか……」
('A`)「現れないのか」
更にしばらく待つも、一羽の鳥が遠くの空を羽ばたいていっただけだった。
('A`)「……」
コタツのテーブルにもたれかかり、マグカップに残った昨日のコーヒーを一口すする。
冷めに冷め切ったコーヒーも美味いものだった。
('A`)「一駅の範囲で生きてるのに」
('A`)「まさか山の頂きでコーヒーが飲めるとは」
ここに煙草とライターがあれば、まさに至福のひと時だと思う。
自嘲とも苦笑とも捉えられない感情が沸き立ち、そのことに僕は笑ってしまった。
('A`)「さてと」
ひとしきり感情の波が沈まると、僕はコタツから這い出て立ち上がる。
このまま何時までもコーヒーを飲んでいてもしょうがない。
('A`)「とりあえず降りるか」
('A`)「何より寒いしなあ」
スウェットの尻に付いた土を払っていて自分の格好に気が付いた。
これでは寒い筈だ。
着の身着のままの表現通り、昨日眠りついたままの服装だった。
('A`)「靴履いてない……」
アメリカンナイズされた生活をしとけば良かったと思う。けれど、そう思う機会はこれっきりだろう。
幸い靴下は履いて生活しているので、歩く上では多少心強い。
('A`)「そうそうこんなことが起こっちゃ堪らない」
足の裏で感じる地面はひんやりとして心地よく、立ち上がって見た景色は爽快だった。
('A`)「よし」
('A`)「さっさと帰るか」
コタツ一式とノートパソコン共々をどうするか一瞬考える。
パソコンは何とか出来そうだが、苦労して持ち帰るほど大切というわけでもない。
汗だくになりながら抱えて山を降りている姿を想像して、僕はちょっと笑った。
('A`)「ここに置いていこう」
('A`)「突然山におりたった人のための補助金制度があるかもしれないしな」
ざらざらとした土を踏みしめる。僕は一度大きく伸びをして、歩き始めた。
('A`)「靴を履かないで外を歩くの、小学生の時以来だな」
(*'A`)「予想以上に気持ちいい」
足の裏を押す土と石ころの刺激にしだいに慣れていく。
歩くのはすぐに普段と変わらないペースになった。
しばらく歩くと地面の傾斜が激しくなり、それと同時に樹海が近くに見えだした。
森に入れば、この青空が見えなくなってしまうだろう。
数歩先が森というところで、僕は立ち止まって空を見上げた。
サイダーのような水色が、視覚を通して胸いっぱいに染みる。
('A`)「……」
山のふもとがどうなっているのか、辿り着くまでどれほどかかるのか何も分からない。
けれど先が見えないのは、生きてゆくことと何も変わらないではないか。
('A`)「もしかしたら、ほんの少し先に駅があるかもしれない」
そう思うと、僕は快活に再び歩き始めることが出来た。
森は雑然としていて、木々や草花が所構わず生えている。
気味が悪いほどの静けさを想像していたが、朝のチュンチュン以上の騒がしさだった。
鳥がバサバサと羽ばたく音や、虫の声、何かの動物のうなり声まで聞こえてくる。
(;'A`)「これはこれで怖い……」
道らしき道もない樹海をひたすら下る方向へと突き進む。
僕はふと、いつかテレビで見たアマゾンのジャングルを思い出した。
('A`)「日本じゃなかったらどうしよう」
('A`)「あ、でもタダで海外に行けてラッキーかも」
('A`)「ん? なんだあれ?」
気付くとすぐそばに、やたらとカラフルな木が周りの樹木の隙間から覗いている。
近づいてみると、それはiPodの木だった。
(;'A`)「あ、iPodが実ってる……」
まるで果実がなるように、枝から彩り豊かなiPodがいくつもぶら下がっている。
('A`)「うそだろ……」
果物が熟したような甘い香りが鼻をくすぐっている気がするのは、多分勘違いだろう。
余りの馬鹿過ぎる光景に、僕はしばし呆然と立ち尽くす。
('A`)「クリスマスツリーみたいだ……」
手が届く位置に紫色のiPodがあり、それに恐る恐る腕を伸ばす。
iPodはイヤホンジャックを通して枝と繋がっており、引き抜くようにもぎ取った。
手の上で転がして注意深く見るも、どうやら本物のiPodらしい。
(;'A`)「電源つけてみるか」
薄暗い森の中、iPodの液晶が淡い光を帯びる。
けれど充電が充分でないらしく、しばらくして勝手に電源が落ちた。
僕は改めてiPodの木を見渡す。
('A`)「ここにあるの全部本物のiPodか……」
23 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/20(日) 09:19:08 ID:qoWJsKOM0
('A`)「どんな暇人がこんなことやったんだろうか」
秘密の工場の中iPodの木が列をなして出荷を待つ、という妄想が頭に浮かぶ。
(;'A`)「いやいや……ありえないよな」
まさか自然とiPodが実るなんてことは、考えられなかった。
僕は掴んだままのiPodをスウェットのポケットに入れ、また先を進み始めた。
草木の間を押し入るように、道無き道を踏み分けて歩く。
iPodの木は時折何本かそびえ立っていたが、気にせずに進むことにした。
喉がカラカラに渇く。
マグカップを持ってくれば、と後悔するももう遅い。
('A`)「砂漠でピラミッドを建設してる人はもっとキツいんだ」
('A`)「がんばれ、ドクオ」
そんなことを考えていると、余計喉が渇いてきた。
(;'A`)「うへぇ……」
しばらくすると森の一カ所が開けた土地に出た。
そこに陽光がポカポカと降り注いでいる。
('A`)「あっ!」
土地の真ん中に、いかにも童話に登場しそうな木造の一軒家が建っていた。
何も考えずに近づき、ドアをノックする。誰か住んでいるかもしれない。
('A`)「すいません、どなたかいませんか」
どこか間の抜けた、はーいと言う返事がすぐに聞こえた。
从'ー'从「あら、人なんて珍しい〜」
開かれたドアの先には若い女の人が立っていた。
肩にかかる程の黒髪にタレ目の優しげな顔立ち。いかにものほほんとした人だった。
ひとまず僕は人がいたことに安心する。
('A`)「あの、道に迷っちゃって……」
从'ー'从「まあ、大変!」
从'ー'从「とりあえず、お家にあがっていってください〜」
こんな簡単に人を家に迎えて大丈夫なのかと思ったが、来客自体少ないのかもしれない。
('A`)「すいません、お邪魔します」
中はこじんまりとしていた。
けれどもそれは人が一人暮らすには適切な広さに思えた。
家の外観と変わらず家具も大体が木製で、暖かみを感じさせる。
从'ー'从「どうぞ〜」
('A`)「あ、すいません」
彼女が引いた椅子に腰掛けると、テーブルの向かいの席に彼女も座った。
ひとまず僕は、何故こんな所に居住しているのか聞いてみた。
('A`)「どうしてこんな森の中に住んでるんですか?」
よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに彼女は目を輝かせて言う。
从'ー'从「私、郵便屋さんなんですよ〜」
('A`)「……は?」
从'ー'从「小さい頃から森の郵便屋さんに憧れてたんです〜」
(;'A`)「そ、そうなんですか」
そもそもうら若き女性がこんな森の中に住んでいるのはおかしい。
あまり深く関わってはいけない人なのかも知れない、と僕は思った。
从'ー'从「ところでスープでもいかがですか〜」
(*'A`)「あ、お言葉に甘えて。喉がカラカラなんです」
从'ー'从「今はiPodが美味しい時期なんですよ〜」
そう言うと彼女は立ち上がり、台所から竹で編まれたカゴを持ってきた。
中を覗くと、色とりどりのiPodが入っている。
(;'A`)「iPodって、あの、木になってるやつですか?」
从'ー'从「そうですよ〜」
彼女はさも当然であるというような顔をしている。
やはり頭がおかしい人なのかも知れない、と僕は強く思った。
さっさと本題に入って帰るべきかもしれない。
(;'A`)「実はお腹を壊してて、その、お水だけ貰えれば……」
从'ー'从「そうですか〜……残念」
彼女がシュンと表情を曇らせるも、iPodのスープなんて飲んでいられない。
コップ一杯の水を貰い、礼を言った後に僕は帰り道を聞いた。
('A`)「ところで、僕は山を降りたいんですけど……」
从'ー'从「あら〜丁度私もお買い物に行こうと思ってたの〜」
从'ー'从「一緒に行きましょ〜」
彼女の言葉に、意外にもう街が近いのかもしれないと思った。
('A`)「ありがとうございます」
从'ー'从「私の家の地下にトロッコがあるんです〜」
从'ー'从「さっそく行きましょう〜」
('A`)「あ、はい」
そう言うと彼女は、手提げ鞄を掴んで、部屋の隅にあった階段に向かった。
僕もそのあとを追う。
もはやよく分からない事だらけだったが、僕は聞かないことにした。
森の郵便配達には、トロッコが必要なのかもしれない。
階段は螺旋状になっており、下は見えないものの結構距離がありそうだった。
階段を降りながら、エプロンを着たままの彼女に尋ねる。
('A`)「あの、トロッコはどこに着くんですか?」
从'ー'从「美風町の駅に着きますよ〜」
('A`)「……」
美富町は僕の住んでいるところだ。かれこれ5年は住んでいる。
その付近にトロッコは走っておらず、ましてや山なんてどこにもない。
僕は考えるのを止めて、このまま身を任せようと思った。
とにかく家に帰れればそれで満足だ。
('A`)「なるようになれ、だ」
从'ー'从「え?」
('A`)「すいません、独り言です」
从'ー'从「あ、到着しましたよ〜」
長い階段を降りた先は、手すりを握っていなければ暗くて足元も分からない。
从'ー'从「今電気付けますね〜」
手慣れた感じでどうやら彼女が壁のスイッチを押すと、電球が順に灯っていく。
('A`)「うわぁ……」
そこはトンネルと言うより、洞窟だった。
奥からは風の吹くヒューという音が聞こえ、そこら中にむき出しの岩が転がっている。
そのなかに申しわけ程度に線路が一本走っていた。
从'ー'从「これを被って下さい〜」
先が見えない洞窟に呆気に取られていると、彼女にヘルメットを渡された。
いつの間にか彼女もヘルメットを被っている。
从'ー'从「危ないので〜」
('A`)「はぁ……」
从'ー'从「時々落石するんです〜」
('A`)「トロッコって、どれですか?」
从'ー'从「あれですよ〜」
彼女の指差した先には、風呂桶のような箱があった。
車両は付いているがどう見ても1人用だし、動力源も見当たらない。
(;'A`)「あの、どうやって……」
从'ー'从「申しわけないんですけど〜」
从'ー'从「後ろから押してもらっていいですか?」
('A`)「……」
絶句するというのは、このことなのかと僕は身を持って感じた。
線路は先が見えないくらい長い。しかも下り坂でもなく、ひたすら平坦な道のようだ。
('A`)「はぁ……」
けれど他に道もなければ、帰る方法もない。
('A`)「わかりました……」
从'ー'从「助かります〜」
言うより早く、既に彼女はトロッコに乗っている。何もかも行動が早い。
('A`)「じゃあ行きますよ」
从'ー'从「わ〜い、出発進行〜」
どこか間の抜けた返事に調子が狂う。
僕は一度深呼吸をし、それから力を込めてトロッコを押した。
('A`)「あれ?」
从'ー'从「どうしました〜?」
('A`)「あ、いや何でもないです」
トロッコは線路の上をスルスルと進み出している。思いの外トロッコは軽いようだ。
僕は小走りになりながら押し続ける。
しばらく進んでいると、彼女が振り返って僕に言った。
从'ー'从「お話しでもします〜?」
それほど大変ではないからといって、トロッコを押しながら話しは出来なかった。
僕は息も切れ切れに答える。
('A`)「いや、走りながらだと」
('A`)「ちょっと……はぁはぁ……」
('A`)「……キツいんで」
从'ー'从「そうですか〜」
从'ー'从「じゃあ頑張れるように歌を歌いますね〜」
('A`)「……」
僕が何も言わないのを了解と受け取ったのか、彼女は勝手に歌いだした。
それは知らない歌だったが、多分彼女は音痴だと僕は思った。
从'ー'从「楽しく生きな〜きゃ〜」
从'ー'从「楽しくなれない〜わ〜」
サビらしき部分を歌い終わり、またもや彼女はそれを歌いだした。
从'ー'从「楽しい生きな〜きゃ〜」
('A`)「……」
到着するまでずっとこれを聞いていなければならないと思うと、足取りは軽くなる。
僕は無心になってひたすらトロッコを押し続けた。
从'ー'从「あっ!」
10回かそれくらい同じ曲を歌っていた彼女が、突然驚いた声をあげた。
トロッコを押し続けながら言う。
(;'A`)「なん、ですか?」
从'ー'从「後ろに!」
言われて振り返ると、後方から四つ足の獣が僕らを追ってきている。
口から舌をベロリと垂れ下げ、荒い息を吐いてすぐ後ろまで迫っていた。
(;'A`)「うわっ!」
从'ー'从「コヨーテだわ!」
灰褐色のオオカミに似たそれは、見るからに腹空かせて襲い掛かってきている。
僕は全速力でトロッコを押して駆けるも、今にも追いつかれそうだった。
从'ー'从「どこから入ってきたのかな〜」
そんなこと考えてる場合じゃないと言いたかったが、それどころではない。
(;'A`)「はぁはぁ……」
足がもつれそうになり、洞窟の中だからか酸素も足りない。
コヨーテの吐く息が真後ろに聞こえだし、僕はもうだめだと諦めかけた。
从'ー'从「そうだ〜」
と、そのとき彼女が何かをコヨーテに向かって投げた。
コヨーテはそれをくわえて去っていく。
从'ー'从「持ってて良かった〜」
僕はもう走れそうになかったので、そこに座り込んで言った。
('A`)「なにを投げたんですか?」
从'ー'从「nanoよ」
(;'A`)「nanoですか……」
多分例のiPodだろう。
そして、この女の人もコヨーテもみんな頭がおかしいのだと確信した。
さっさと帰りたい。
从'ー'从「大丈夫ですか〜?」
('A`)「ちょっとだけ待って、もらって、いいですか……」
从'ー'从「はい〜」
僕はしばらく休んで呼吸を整えることにした。
彼女はトロッコから降りて前方を確認している。
从'ー'从「あれれ〜」
('A`)「今度はどうしたんですか?」
从'ー'从「通路が先で塞がってるよ〜」
('A`)「……え?」
从'ー'从「この間の地震で落盤しちゃったみたい」
ここまで来て戻るなんてことになったら、コヨーテに食われた方がマシだ。
恐る恐る聞いてみる。
('A`)「どうするんですか?」
彼女は線路に刻まれた数字と記号を見てから言った。
从'ー'从「ここはもう美富町みたい〜」
从'ー'从「非常階段から出ましょう〜」
('A`)「よかった……」
僕は安心した。これまでの人生の中で一番ホッとした瞬間だった。
コヨーテに追いかけられてトロッコを押しているうちに、帰ってこれたのだ。
彼女の言った非常階段を上がると、駅から少し離れた公園の茂みに出た。
('A`)「帰ってこれた……」
時刻はもう深夜だったが、久々の知っている光景は僕をひどく明るくさせた。
从'ー'从「よかったです〜」
彼女はまだマンホールのような穴の中から出て来ない。
('A`)「あれ、買い物に行くんじゃ?」
从'ー'从「先の落盤が気になるので」
从'ー'从「私は戻って状態を調べます〜」
('A`)「そうですか、いや本当にありがとうございました」
从'ー'从「いえいえ〜それでは〜」
そう言って彼女は内側から蓋を閉めた。
何故か非常階段の蓋は、外側に草が縫われてカモフラージュされている。
他に言うことがあったのかもしれないが、疲れていて何も考えられなかった。
('A`)「家に帰ろう……」
僕はよろよろと帰宅し、着替えるとシャワーも浴びずにすぐさま眠った。
目が覚めると既に日は傾いていた。
空腹に気付き、冷凍ご飯をチンして食べる。
改めて考えても、昨日はとんでもない1日だった。
('A`)「……」
けれど何故だかもう一度、僕はあそこに行ってみたいと感じている。
変てこな木もまた見てみたいし、コヨーテに文句も言ってやりたい。
何より僕は、あの郵便屋の名前さえ聞いていなかった。
寝間着から着替えると、とりあえずあの公園に向かうことにした。
('A`)「でも、まさか地下にあんな洞窟があるとは」
('A`)「井の中の蛙なんとやらだな……」
夕暮れ時の公園は寂しいもので、遊具はどこか物悲しい雰囲気を帯びている。
そんな中ぽつんと一人、ブランコに漕ぐわけでもなく座っている。
よく見ると、それは素直家のお嬢さんだった。
彼女の憂鬱そうな視線の先には、誰かが忘れていったフラフープが落ちている。
('A`)「よっ」
僕は隣のブランコに腰掛け、明るく話しかけた。
ノパ⊿゚)「……」
見事に無視された。
小学生に無視されるほど、腹が立つこともない。
けれど僕はそんな気分でもなかった。
改めて彼女を見る。
長ズボンにボーイッシュな髪型、そして男勝りな口調。
パッと見、彼女は男の子のようだ。
恐らく素直家の奥さまは、女の子ではなく男の子が欲しかったのだろう。
娘ではなく息子、と呼ぶのもそういうわけに違いない。
('A`)「……」
僕は、人様の家庭に口を突っ込めるほど立派な人間じゃない。
けれど、今の彼女に言ってやれることが一つだけあった。
('A`)「フラフープやりたいんだろ」
ノパ⊿゚)「!」
('A`)「やったらいいじゃんか」
('A`)「自分の楽しいように生きないと、楽しくなんかなれないぞ」
あの郵便屋の歌っていた歌詞だが、今の彼女にぴったりな言葉だと思った。
ノパ⊿゚)「……」
ノパ⊿゚)「……うっさいな!」
(;'A`)「へ?」
ノパ⊿゚)「そんなこと知ってるよ、ばーか、ばーか!」
そう言うと彼女はブランコから降りて、真っ直ぐフラフープまで走った。
そしてフラフープを手に掴むと、またもや走って公園から去っていった。
('A`)「……」
僕は彼女の返事が子供らしかったことに気づいて笑った。
('A`)「まあ、いいか」
('A`)「よし! 行こう!」
公園に一人も居なくなったところで、僕は茂みに向かった。
雑草だらけでまるで分からないが、なんとなしに検討をつけて入り口を探す。
43 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/20(日) 09:40:00 ID:qoWJsKOM0
けれど入り口はどこにも無かった。
(;'A`)「あれ、おかしいな……」
中腰になってしばらく探すも、あの非常階段に続く蓋は見つからない。
('A`)「僕がみたものは」
もはや地面に膝を付き、四つん這いになって必死に探す。
('A`)「確かにあった……」
('A`)「夢じゃない」
('A`)「夢なんかじゃ……」
( A )「なあ……」
きっと公園のどこにも見当たらない。
44 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/20(日) 09:42:22 ID:qoWJsKOM0
諦めて雑草の上に仰向けになって寝転がる。いつの間にか空には月が浮かんでいた。
僕は森の郵便屋が歌った歌を口ずさんだ。
('A`)「楽しく生きな〜きゃ〜」
音程が合っているのかさえ分からない知らない歌。
聴いたこともない歌だった。
('A`)「楽しくなれない〜わ〜」
(;A;)「……楽しく生きな〜きゃ〜」
(;A;)「あ……」
そのとき僕はハッと気付いた。
僕がさっき素直家の娘に言った言葉は、僕自身に向けた言葉だったのだ。
知らず知らず適当に生きていた僕に向けて。
自ら楽しく生きなくては、人生は楽しいものに成り得ない。
('A`)「……」
そして僕は、誰もが立てるわけではないトップに立った男なのだ。
多分やっていける。
45 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/20(日) 09:43:15 ID:qoWJsKOM0
('A`)「寝てて気が付いたらトップにいた男だけどね」
(*'A`)「はっはっは!」
雑草の上から立ち上がり、僕は家路についた。
歩きながら、これからのことを考える。
('A`)「帰ったら履歴書でも書こう」
('A`)「そういや、昨日から煙草も吸ってないな」
('A`)「次吸うのは給料で買ったときにするか」
自分ルールが一つ増えた。これは守らなくてはいけない規律だ。
ルールがあるからこそ楽しい。
状況はどうであれ関係ない。問題は、楽しむ心の余裕だ。
('A`)「楽しく生きな〜きゃ〜」
僕の人生は、今まさに楽しくなってきたところだった。
そして帰宅して僕は気付く。
昨日脱いだスウェットの、ポケットの膨らみに。
終わり
46 : ◆TXwlx0fe8A:2011/02/20(日) 09:44:34 ID:qoWJsKOM0
モチーフ曲 「Pop Life」 Prince
権利に厳しい人なので、動画が消えている可能性があります。
ニコ動
おまけ
一番の歌詞を渡辺さん訳で
从'ー'从「あれれ〜あなたの人生はどうしちゃったの〜」
从'ー'从「貧乏に困っているの?」
从'ー'从「郵便屋さんがあなたを走り回らせるのかな」
从'ー'从「あなた宛ての100万ドルの小切手を」
从'ー'从「間違えて他人に届けた、なんて言うのかな?」
从'ー'从「あなたの世界はどうしたの〜」
从'ー'从「女の子を望んでいたのに」
从'ー'从「生まれてきたのは男の子だったの?」
从'ー'从「ストレートヘヤーは自然にはカールしないよ」
从'ー'从「ポップに生きなきゃ」
从'ー'从「人生は楽しくならないんだよ」
从'ー'从「ね?」
从'ー'从「ポップライフ」
从'ー'从「みんながスリルを求めてる」
从'ー'从「ポップな生活」
从'ー'从「みんなが満ち足りない思いを感じてる」
从'ー'从「ポップな人生」
从'ー'从「みんながトップに立てるわけじゃないよね」
从'ー'从「だけど楽しく生きなきゃ」
从'ー'从「人生は楽しくならないよ」
从'ー'从「ね?」
以上で終わりです。
ありがとうございました。