January 31, 2011
(´・ω・`)朝焼けディミヌエンドのようです 第三幕
第三幕
ノハ*゚⊿゚)「今度近所で『相克』のロケがあるそうなんですよっ!
一緒に見学しにいってくれませんかっ!?」
ヒートが目を輝かせながら訊いてきた。
ヒートもジョルジュのファンなのだろう、とてもうれしそうだ。
『相克のハルカタ』。アラマキくんから送られてきた最初のコンタクトも、
『相克のハルカタ』だったなと、ショボンは思い出していた。
アラマキくんは依然、快復する兆しを見せなかった。むしろ、
症状は悪化の一途をたどっていた。ショボンが一縷の望みをかけて懇願した
あの日以来、返事がくることもなくなった。家の中からも、
生活している痕跡が見当たらなくなった。
消えてしまったわけではない。わずかとはいえ、入れ替わりはいまも続いている。
しかしそれも、時間の問題に思えた。赤色から、生命力が失われていた。
赤色は、もはや赤色と呼ぶこともためらうような、淡い、粒子的な感触へと変質していた。
否が応にも予感させられた。希望とは裏腹に、おそらくは、間違っていない。
きっとこれは、寿命のように、人の手ではどうすることもできない現象なのだろう。
そしてその先に導かれる結果もまた――。
ショボンは曖昧な返事で、ヒートとの会話を打ち切った。
家に戻っても落ち着かず、夜になってから外へでた。
息が白くなるのも、そう遠くはないと感じた。
そのときまで、アラマキくんはぼくの中にいてくれるだろうか。自信がなかった。
歩きながらも、アラマキくんのことばかり考えていた。
そうして延々と考え続けて、今更ながらに思い知った。
ショボンは驚くほど、アラマキくんのことを知らなかった。
やむをえないところもある。ショボンが何度質問しても、
アラマキくんは自分の話題を避けた。非協力的な相手から
話を引き出すのは、むつかしい。それでも強引に問い詰めるべきだったのだ。
いまとなっては、それもできない。もっと、知っておくべきだった。
無意識に静かに思考できる場所を求めていたのかもしれない。
ショボンはあの廃屋の前までやってきていた。相変わらずの、
風が吹けば崩れ飛んでいってしまいそうな外観をしている。
だが、不思議と頼もしさを感じた。
廃屋前には、ショボンより先に人が立っていた。暗くてよく見えない。
向こうも気が付いたのか、人影がショボンの方へ振り向いた。街灯が顔を照らした。
(´・ω・`)「デレ?」
そこにいたのはデレだった。
デレは困ったような顔をして、廃屋とショボンを交互に見返した。
ζ(゚、゚*ζ「モララーがよく、ここに来てるって聴いて……」
ショボンも廃屋二階の崩れた壁を見上げた。モララーがいる気配はなかった。
念のためといって、デレを促し廃屋の中に入った。案の定モララーの姿はなかった。
ふたりは壁を背にして、並んで座った。かすかな月明かりが、窓から差し込んでいた。
モララーがいなくなった。ショボンが復帰したのとちょうど入れ替わりに、
姿を現さなくなった。学校はおろか、家にもいないらしい。
携帯で連絡を取ろうとしても、一切反応がないのだという。
(´・ω・`)「モララーなら大丈夫だよ。あいつの突発的な行動は、いまに始まったことじゃないから」
ショボンはそういって、デレをなぐさめた。デレはうなづきこそしたものの、
納得していないことは明白だった。デレの気持もわからないではない。
しかしショボンは、モララーについては然程心配していなかった。
モララーの部下も同様で、焦った様子などはない。
モララーという人格をよく理解しているのだろう。
そのうち何事もなかったかのように帰ってくると、当り前のように考えている。
それは信じるという言葉よりも、もっと普遍的で、日常的な感覚だった。
だが、デレにそんな感覚がわかるはずもない。
(´・ω・`)「やっぱり心配?」
ζ(゚、゚*ζ「心配だよ。だって……」
背中の壁から異音が響いた。デレが強くよっかかったことによって、
古い板が歪に曲がっていた。ショボンは何もいわなかった。
ζ(゚、゚*ζ「私は次期部長だから。部長が部員の心配をするのは当り前だよ」
渡辺のいっていたことは、案外的外れなんじゃないかと思った。
デレはそれきりしゃべらなくなった。ときおり家が軋む以外、何の音も聴こえない。
静かな夜だった。こう静かだと、隣にデレがいても、考えてしまう。
といって、何の進展もない。思考は堂々巡りで、答など見つからなかった。
ショボンはデレの顔を盗み見た。デレはぼくと話して、何か救いを得れただろうか。
ひとりでは行き詰ってしまうことでも、ふたりなら活路を見出せるのだろうか。
デレが、ショボンの視線に気がついた。目と目が合う。
どちらも、離そうとはしなかった。
(´・ω・`)「次期部長、ぼく、悩んでることがあるんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「うん、なんとなく、気づいてた」
話すことに決めた。テストを受けたときと同じだ。
このまま手を拱いていても、何も変わりはしない。
無為でも何でも、やれることはやり尽くしておくべきなのだ。
(´・ω・`)「大切な人がいるんだ」
話しながら、自分の中でも整理した。
自分を救ってくれた大切な人がいる。その人が自分の前から消える。
それはきっと寿命のようなもので、自分ではどうしようもない。
けれど指をくわえて、ただ待つことなどできない。
自分にできることならなんでもいい、何かをしたい。
しかし、その何かですら、ショボンには判然しなかった。
ショボンは、その大切な人のことを何も知らなかった。
何をすれば喜ぶのか、何を望んでいるのか、好きなことは、嫌いなものは。
何もわからない。ショボンが何かをするためには、それを知らなければならなかった。
知って、そして――。
そこで止まった。知って、ぼくは何をしたいんだろう。
アラマキくんが消えないための行動をしたいというのなら、話は違う。
けれどそうではない。それはもう、どうにもならないものだと思っている。
ζ(゚ー゚*ζ「それで?」
(´・ω・`)「それで……」
デレの声はあくまでやさしい。それで。
それでの先は、ショボンにも、アラマキくんにも、もうない。
それなのに、自分は何をしようというのか。アラマキくんはどうだったのだろう。
何を考えて、ぼくのことを助けてくれたのだろう。
アラマキくんとの生活を思い出す。始めは、迷惑な共棲者にすぎなかった。
モララーとの確執で疲弊している中、新たに増えた悩みの種のひとつだった。
それが間違いだったと知ったと同時に、アラマキくんという名前を教えてもらった。
だが、それは、ショボンが頼んだわけではない。
首を絞めたときも、オムライスを作ってくれたことも、アラマキくんが勝手に行ったことだ。
アラマキくんは基本的に、人の話を聴かず、思いついたままに行動する人だった。けれど――。
頭の中で、考えがひとつにまとまった。
(´・ω・`)「それで……それでぼくは、自分勝手な恩返しがしたい」
そうだ、けれど、ぼくはうれしかった。アラマキくんがショボンを助けた理由。
その背景には、何らかの思惑があったのだろう。しかし枝葉を排せば、物事は単純化する。
アラマキくんには、ショボンを助けたいと思う欲望があった。
端的に、これだけで言い表せることだった。
そして今度は、ショボンがそれを敢行する番だった。
一方的に恩を売ったまま消えてしまうなんて、許せない。
もらった分だけ、こちらも返さないと気がすまない。論理がつながった。
そのために、ショボンはアラマキくんのことを知らなければならない。
(´・ω・`)「大切な人のことをどうしても知りたい。知らなければならない。
そういうとき、デレならどうする?」
ショボンが質問すると、デレは視線を外して、
顔をひざの間にはさんだ。どこか憮然としているように見えた。
デレは答えにくそうにしていたが、やがて口を開いた。
ζ(゚、゚*ζ「大切な人のことをよく知ってる人、大切に思っている人から、
聴いてみようとするんじゃないかな」
デレの顔が、ひざの間に完全にうずまって隠れた。
ショボンは丸まったデレの姿を見ながら、凝り固まった思考がほぐれていくのを感じた。
ショボンの中で、アラマキくんとは、アラマキくんという一個の存在として完結していた。
前後のない、唐突に発生した人格。そんなはずはないのだ。
よく思い返せば、情報はいたるところに拡散していた。
ショボンはかつて棄却した考えを、もう一度真剣に考え直す必要性を感じた。
情報の少なかった当時は荒唐無稽に思えたが、いまは違う。
ショボンは立ち上がった。やれることを見つけた。成否は後回しだ。
いまはとにかく行動しよう。しかし、その前に――。
とつぜん立ち上がったショボンに驚いたのか、デレは目を丸くして見上げていた。
(´・ω・`)「気休めかもしれないけど」
ショボンは自分の知る、モララーのエピソードを語って聴かせることにした。
それはショボンが合唱団にいたころの話で、つーが中学に上がって直後のことだった。
合唱団に、ニダーという小学校低学年の男の子が入団してきた。
ニダーはわがままで我慢を知らず、練習中でも好き放題に悪さをした。
このような問題児は、毎年何人か入ってくる。通例どおりならば、
団長を中心とした上級生や先生の躾によって、少しずつ矯正することになっていた。
しかしニダーの場合、そうはいかなかった。
ニダーの父親は市のお偉いさんだった。ただし、彼自身に問題があるわけではない。
問題は、彼の妻――ニダーの母親にあった。ニダーの母親は夫の権力を笠に、
無理を通すことで有名だった。その強権は、とうぜんのように合唱団まで及んだ。
若く経験の少なかった先生には、彼女の横暴に反発する力はなかった。
ニダーの母親は、ショボンたち団員が見ている前でも構わず、先生を罵倒した。
それらの光景を見ていたニダーは、まずます増長して、手が付けられなくなっていた。
その日も、ニダーの母親が先生にいちゃもんを付けていた。
聴いているだけで気分が悪くなる言葉が羅列されていたが、
ショボンたちには何もできなかった。大人に逆らうということが、単純に恐ろしかったのだ。
『これは警告だ。これより先、我々の方針に口出しするのは一切やめてもらう』
ただひとり、モララーだけは違った。モララーは臆することなく、
毅然としてそう言い放った。ショボンは端から見ていただけだったが、
ニダーの母親が怒り出すのではないかと冷や冷やしていた。
結局のところそうはならず、ニダーの母親は鼻で笑って取り合わなかった。
『警告はしたからな』
侮蔑的な視線を投げかけるニダーの母親にたいし、モララーはそういっていた。
それからしばらくの間、モララーは顔を見せなくなった。そして数日後。
前触れなく戻ってきたモララーは、暴れるニダーを練習所の外れ、
普段は使わない場所にある倉庫に閉じ込めて、鍵をかけた。
ニダーは母親が黙っていないぞと脅してきたが、モララーは事もなさげに返答した。
『おまえのかーちゃんから言われたことなんだよ』
喚き散らすニダーとは対照的に、モララーは冷静だった。
そして教えさとすような口調で『悪いことばかりする子どもは、
もういらないってさ』などといった、子どもには酷な言葉を付け加えていた。
ニダーは泣きながら、けして開かない扉を叩いていた。
先生を筆頭に、モララーの行為を歓迎するものはいなかった。
モララーの言葉が真実だとは思えない。ニダーの母親にどんな仕打ちをされることか。
モララー以外の全員が、ニダーの母親を恐れていた。
どうにかして隠蔽しないとと、言い出す者までいた。
『もう少ししたら、あのおばさんも来るよ。俺が呼んでおいた』
モララーはしれっとしていた。その言葉通り、ニダーの母親は程なくして現れた。
案の定、烈火のごとく怒り出した。しかしモララーは気にした様子もなく、
怒り狂うニダーの母に倉庫の鍵を投げて寄こした。鍵を受け取りそこなった
ニダーの母親に侮蔑的な笑みを向けて、モララーはこういった。
『この倉庫には、あんたの秘密が詰まってるよ』
ニダーの母の顔が、見る間に青ざめた。
それとほぼ同時に、ひとりの男性がこの場に現れた。
その男性は、ニダーの父親――彼女の夫だった。
倉庫の中からは依然、扉を叩く音と、助けを求める
ニダーの泣き叫ぶ声が聴こえてきた。だが、彼女は倉庫を開けることができない。
夫と息子の間に挟まれて、右往左往していた。
『“すべて”俺に任せてもらえるなら、どうにかしますよ?』
彼女はその言葉に応じた。応じざるを得なかったのだろう。
秘密と降伏とを天秤にかけて、屈辱の方を選んだのだ。
モララーは侮蔑的な笑みを崩さぬまま、倉庫内のニダーにやさしく語りかけた。
『かーちゃんに許してほしいか?』
どんなに泣き叫んでも母は助けてくれなかった。
その事実が、ニダーにモララーの言葉を信じさせたのだろう。
ニダーは声にならない声で、モララーの言葉にすがっていた。
『そこにペンキがあるだろう。そいつを床一面にぶちまけろ』
倉庫内からニダーの泣き声と、液体の跳ねる音が聴こえてきた。
それらに加え、空の缶が床を転がる音も響いた。倉庫内で行われていることが、
容易に想像できた。いくつの缶が空になったことだろうか。
ニダーの泣き声を除いて、音が止まった。
『大きな声でかーちゃんに謝るんだ。もう悪いことはしません、ごめんなさいってな』
ニダーは絶叫していた。何といっているのかは聴き取れなかったが、
一心不乱に謝っている姿勢は伝わってきた。モララーはニダーの母に、
鍵を開けるよう促した。扉が開いた瞬間、色とりどりのペンキを纏ったニダーが、
母親にしがみついた。状況を飲み込めないニダーの父は、ひとり茫然とつっ立っていた。
ニダーの母親がどんな弱みを持っていたのかはわからない。
ただ噂では、高級品を買いあさっていた彼女が、
一切その手のものに手を出さなくなったということだった。
(´・ω・`)「事前の相談もなにもなかったからね。気が気じゃなかったよ。こういうことが、
モララーの周りではたびたびあったんだ。だけど結果的には、いつも最良の結果を
導いてくるんだよね。今回もそうだよ。後から振り返れば、
考えて行動してたんだってわかるようになる。だから大丈夫」
ショボンの話を聴いたデレは、先程よりも不機嫌そうな顔をしていた。
不機嫌の正体は、ショボンにも何となく理解できた。
ζ(゚、゚*ζ「はた迷惑だよ、人の気も知らないで」
(´・ω・`)「そうだね」
それは本当にそうだと思う。ショボン自身、話していてそう思った。
ζ( 、 *ζ「だから――」
デレは座ったまま、両腕を前に突き出した。
両腕の先端、十のゆびでわっかを作り、それを瞬時に狭めた。
何もない空間が、デレの両手で収縮した。
ζ(゚ー゚*ζ「帰ってきたら首根っこひっ掴まえて、“ぼくら”の輪の中に引きずり込んでやる」
ひた隠しにしてる恥ずかしい過去だって、洗いざらい吐き出させてみせるわ。
デレはそういって、わらった。
ショボンは家に戻ってすぐ、携帯に残ったアラマキくんの文章を読み返した。
一通だけもらった肉筆の手紙にも目を通した。おぼろげだった想像が、
現実味を帯びてきた。先程の思い付きを煎じ詰めた。
そしてそれを真とした場合、どう行動すればよいのかも同時に練った。
一時半に一度、意識が途切れた。数分ほどで快復した。すぐに思考へ戻る。
頭がこんがらがって、どうにかなってしまうそうだった。
だがそれでも、ある程度の筋道を立てることは出来た。
ショボンは机に仕舞った写真を、何枚か取り出した。父の持つアルバムとは違う。
運動会や修学旅行で撮られたものだ。写っているのは、ショボンだけではない。
いくつか選別して、かばんに入れた。
準備は終わった。不安はある。
前提から間違えて、論理を組み立てているような気もする。
しかしもう、四の五のいっている場合ではない。
後は信じて行動するしかない。
ショボンはベッドに転がった。しばらく頭を休ませたかった。
しかしそうはいかない。窓の外では、朝陽がまばゆく光り輝いていた。
給食の時間、食欲はなかったが、無理にでも流し込んだ。
急いで廊下へ出る。ほとんどの人がまだ食べている最中なのだろう。
廊下にはだれもいなかった。先生にばれないよう、隠れて電話をした。
目的の人がいることを確認できて、ひとまず胸を撫で下ろした。
部活が終わった後、すぐさま学校を出た。約束は取り付けたが、時間が時間だ。
もしかしたらもう閉まっているかもしれない。何度も確認したのだから、
大丈夫だとはわかっている。けれど、どうにも治まらなかった。
心配は案の定杞憂に終わった。目的の建物は開いていた。
ショボンは乱れた呼吸を整えて、建物の中へ入っていった。
(´・ω・`)「すみません、今日連絡しておいたショボンという者ですが……」
建物を出ると、外は街灯に照らされていた。次は本屋へ向う。
周辺地域が大きく載った地図を買って、自宅と、もう一点に赤丸をした。
その二点間を、道沿いに線を引いてつなげた。
やるべきことは終わった。後はもう、明日へ持ち越しだった。
ただ、やっておきたいことがひとつできていた。携帯を確認した。
急げば間に合うかもしれない。ショボンはひざをほぐして、花屋へと駆けて行った。
花屋は閉店ぎりぎりで、外に陳列されていた花も片付けられ始めていた。
どんな花を買えばよいのかわからない上に、ゆっくりと選んでいる暇もない。
ショボンはざっと店内を見回して、赤い花弁が印象的な、
こじんまりと整った花を包んでもらった。
後はもう、急ぐ必要はない。花束を持って、ゆっくりと歩いていった。
住宅街を抜け、坂を登り、下った。他の店がシャッターを下ろしている中、
二十四時間営業のコンビニだけが、煌々と光を放っていた。
踏み切りの前でショボンは立ち止まった。遮断機が下りている。
甲高い警報の音に合わせて、ふたつのランプが交互に点滅している。
電車からは仕事帰りと一目でわかる人々が、列をなして降りてきた。
くたびれた姿ばかりが目に入る。きっとそれは、無意識に峻別して
視界へ映しているのだろうと、ショボンは思った。遮断機が上がった。
杣矢川を横断する杣矢川橋へと到着した。もう深夜過ぎだというのに、
何台かの車はいまだに走行している。ショボンは用心深く辺りを見回しながら、
歩道を進んだ。吹き上がる川の風が、花束を包むセロファンを鳴らした。
(´・ω・`)「ぼくは今日、きみの住んでいたところへ行く」
空気の澄んだ、星のよく見える夜だった。弦月が異様に大きく感じる。
隠れた半分の陰も、容易に想像できた。
(´・ω・`)「十中八九正しいと思ってる。でも、最後の最後でやっぱり不安なんだ」
セロファンが鳴った。今度は風のせいではない。
(´ ω `)「……実のところ、自信なんてぜんぜんない。一から全部間違ってる気がする。
それでもぼくは行くよ。けど、できれば――」
携帯を開いた。時刻はもうすぐ、一時半を越えようとしていた。
(´・ω・`)「きみの手で教えてほしい。きみが本当はだれなのか。きみの、本当の名前を――」
暗い夜空に、赤い星が瞬いた。
それは一瞬のことで、いまはもう、赤い星など消えてなくなってしまっていた。
ただ、赤い星がきらめいた跡だけは、たしかに手元に残されていた。
ショボンは携帯を閉じた。
水面に浮かぶ月に向って、花束を放り投げた。
思ったよりも大きな家だった。表札を確認する。間違いない。
ショボンはインターホンを押そうとして、一度間を置いた。
傘を叩く雨音が耳障りでしかたない。水分の大量に混じった空気を吸い込み、
意を決した。しばらくして、マイクからくぐもった音が響いてきた。
『どなたでしょうか?』
男性の低い声が聴こえた。父と同じくらいの年齢だろうか。
抑揚のない、生真面目さを感じさせる声だった。
この人が、ミルナさんで間違いないだろう。
(´・ω・`)「ショボンといいます。ハインさんの――娘さんの事故現場に居合わせたものです」
デレとの会話によって考え直した可能性。
それは、アラマキくんというショボンとは別の人生が、
何らかの形でショボンの体に宿ったのではないか、というものだった。
アラマキくんのことが発覚した当初も、この可能性については一度検討していた。
ただ情報が少なかったことと、荒唐無稽な感じがしたために、
二重人格になってしまったのだという比較的信憑性のある
結論の方へ落ち着いてしまったのだった。
いまは違う。発声法、あらすじの構成術、おまじない。
アラマキくんはショボンの知らない知識、技能を持ちすぎている。
性格、好み、筆跡といった細かな違いを挙げていくと、枚挙にいとまがなかった。
しかしこれだけでは証明できない。二重人格者のAとBは、まったく違う
知識を持っていることもあるのだと、どこかで読んだことがある。
乖離した人格が、無意識に取り込んだ記憶を覚えているためなのだという。
先に思い浮かべた種々諸々も、そういった類の記憶なのかもしれない。
アラマキくんがショボンとは異なる背景を持っていると証明するには、
もっと根本的な違いを見つける必要があった。
その手掛かりは、手紙の文面にあった。手紙には
『いろんな人にほめられた自慢の一品』として、
オムライスの名が挙げられている。
ショボンとアラマキくんが同じ記憶を共有する
別人格だと仮定した場合、これはありえない。
ショボンは卵料理を作れない。
なぜなら、つーが卵アレルギーだったからだ。ショボンは料理法のすべてを、
つーから教わっていた。つーが卵アレルギーだと知らなかったモララーは、
悪気なく卵サンドイッチを食べさせてしまい、大変なことになった。
これにより、アラマキくんがショボンより乖離した人格であるという説は否定される。
ではアラマキくんがショボンとは異なる背景を持った人格だと仮定した場合、
それはいったいだれで、どうやってショボンの所へ来たのかという疑問が新たに沸いてくる。
思考材料となったのは、発生時期とぬいぐるみ、赤い印象、
そして『相克のハルカタ』だった。アラマキくんが初めて現れたのは、
交通事故にあった日の夜。
その日に会ったのは父と医者、モララーやデレといった部活の仲間。
そして――交通事故の際に遭遇した女性だけだった。
交通事故にあった日のことを何度も思い返しているうち、あることに気が付いた。
デレに連れられて入ったゲームセンターで、ショボンは既視感を覚えた。
それはアラマキくんのぬいぐるみに対してのものだった。
あのときはうやむやのまま流してしまったが、いまは思い当たる節がある。
交通事故の女性が持っていたかばんに、何かのキャラクターが垂れ下がっていた。
確証はないが、あれは、アラマキくんだったように思う。
思考の輪は連続してつながった。
アラマキくんの代名詞ともいえる入れ替わり時の赤色。あれとよく似た色を、
ショボンは交通事故のときにみていた。それは、空を燃やす朝焼けの色だった。
女性が虚ろな様子で、陽を眺めていたことも思い出せた。
アラマキくんの正体は、この女性だとしか考えられなかった。
新たに生じたふたつの疑問のうち、
『いったいだれなのか』についてはこれを結論とした。
そして残った疑問、『どうやってショボンの所へ来たのか』について。
これは想像の域を越えない、科学的根拠も何もないただの推測になる。
『相克のハルカタ』というドラマがある。
ふたりの対照的な男性が、それぞれの目的に向って邁進するドラマだ。
その作品の導入部で、話の根幹を成す重要な出来事が起る。
主人公のふたりは“激しく衝突することによって、精神が入れ替わってしまう”のである。
ショボンが最初、別の人格がやってきたのではないかと考えた理由も、
このドラマの影響だった。ショボンは自分の身にも、これと似たような
現象が起ったのではないかと考えた。ただしまったく同じというわけではない。
向こうから一方的に、ショボンの所へやってきたのだ。
相当無理のある、ファンタジックな理屈だと思う。
しかし煎じ詰めれば詰めるほど、思考はここで停止した。
これ以上の考えは、もはや思い浮かばなかった。
ショボンはこの結論を前提として、どう行動すべきかを計画した。
ショボンの目的は自分勝手な恩返しをすることだ。
そのためには、アラマキくんのことをよく知っている人物を探し出さなければならない。
アラマキくんがあの交通事故の女性だとした場合、
さて、彼女のことをよく知っている人物とはだれになるのだろうか。
逆説的だが、そのためには彼女が何者であるかを知る必要があった。
彼女と自分をつなぐ要素を列挙する。
食べ物の好みから何から、くだらないことまですべて。
連想の果てにショボンは、事故、病院、医者という点に到達する。
自分を担当してくれた医者は、彼女のことを知っていた。
医者の名前はドクオ。梶岡病院に勤める、まだ若い先生だった。
梶岡病院に勤める若い先生。
アラマキくんのこととは別に、記憶のどこかを刺激した。
それが何かに気づいた瞬間、机の中をあさっていた。
ドクオ先生と会うとき、役に立つかもしれない。ショボンはそう思った。
その日の昼、ショボンは学校から病院に電話した。
早朝にかけなかったのは、その時間に病院が開いているのか確信が持てなかったからだ。
受付の女性に、ドクオ先生が来ているか尋ねた。
もしいないようだったら、自宅にでも押しかけていくつもりだった。
幸いドクオは平常勤務で出てきていると聴き、
夕方に診察を受けたいと予約した。
('∀`)「何かあったのかい? ぜんぜん来てくれないから、心配してたんだよ」
ドクオはショボンのことを覚えていた。
ショボンが来た理由を、事故がらみのことだと思っているらしかった。
そしてそれは、ある意味では正しい。
ショボンは単刀直入に、事故のとき一緒に運ばれた女性のことを尋ねた。
ドクオは渋い顔をして、答えてくれなかった。守秘義務というやつなのだろう。
悪用するつもりはない、お線香をあげに行きたいだけだと懇願しても、口を割らなかった。
ただ、無碍に断ろうとしないぶん、付け入る隙はあるように思えた。
(´・ω・`)「先生の知り合いに、渡辺さんという方がいませんか?」
('A`)「いるけど……それがどうかしたのかい?」
ドクオは怪訝な顔をしている。
反してショボンは、心の中で指を鳴らしていた。
(´・ω・`)「その渡辺さんには、ぼくと同い年の妹さんがいませんか?」
怪訝な様子を示していたドクオの顔が、にわかに変化した。
内心の動揺が、すべて顔色に表れている。
他人事ながら、この人はあまり医者に向いていないなと思った。
いつだったか渡辺が、兄の友人に、自分のことを好意的に
思ってくれている男性がいると話していた。渡辺の口ぶりではどうも、
その人は渡辺へご執心なように聴こえた。そしてその男性は、
若くして、近所の病院に勤めているそうだった。
(´・ω・`)「ぼく、彼女とは同じ部に所属しているんですよ。
わりと仲良くしてて、写真とかも一緒にとることがあるんです」
('∀`;)「へ、へえ~。そうなのかい」
ビンゴだった。というより、想像以上だった。目の色が変わっている。
(´・ω・`)「そうだ、いまも何枚か持ってるんです。ちょっと見てみませんか?」
良心の呵責はある。渡辺さんにはもちろん、この行為自体、卑劣な感じがする。
しかしアラマキくんだって、ぼくのために――そして自分のために、
裏工作に手を染めてくれたのだ。やれることがあるのに、自分だけ
いい子ちゃんぶっているわけにはいかない。
ショボンは意気込み、かばんの中の写真をつかんだ。
だが、それは必要のない意気込みとなった。
('A`)「茶番は終わりにしよう」
どこか締まりのなかったドクオの顔が、唐突に真剣味を帯びた。
('A`)「きみは始めから、写真をえさに、私を懐柔するつもりでここへ来た。違うかな?」
(;´・ω・`)ん「それは……」
見抜かれていた。必死になって言い訳の言葉を探るが、
頭の中でうまく文章をかたどることができない。
ショボンがしどろもどろになっているのにも構わず、ドクオは話を続けた。
('A`)「自覚しているとは思うけど、あまり褒められたことではないよね。
子どものうちからこういう手段に頼っていると、
ずるいことばかりに眼が向いて、かえって見識を狭めてしまう。
年長者としては、きみのことをたしなめたいと思う。しかし――」
返す言葉もない。
ショボンがそう思いかけていると、ドクオは柔和なほほえみを見せてきた。
('∀`)「一個人の私として、きみの熱意に心打たれたのも事実だ。
だから、ちょっとした質問になら答えようと思う」
ころころと表情の変わる、変な人だと思った。しかし、ありがたかった。
ショボンは取り出しかけた写真を、再びかばんの中に戻した。
('A`)「……いや、写真はもらうけどね? その、参考までに」
やっぱり、どこか締まらない。
('A`)「彼女の名前はハイン。十七歳で、高校生だった」
ドクオは名前や住所、彼女について知っている情報を端的に教えてくれた。
豊富な情報とは言いがたかったが、前進するには充分だった。
ただひとつ、気にかかることがあった。
('A`)「父親の――ミルナさんとふたりで暮らしていたそうだよ」
病院を出ると、外は街灯に照らされていた。手がかりは得た。住所もわかった。
後は感覚的に、目的地がどこにあるか把握できればよかった。
地図さえあればことは済む。ショボンは本屋へ向った。
地図を購入して、一目でわかるように印を付けた。
携帯よりも、こうして紙に印刷された地図を見ているほうが、信頼できるような気がする。
自宅と目的地の二点間を、線でつないだ。目的地は隣県にある。
どうやら杣矢川橋を渡る必要があるようだった。
作業は大した時間もかからずに終わった。今日やるべきことは終わった。
後は明日、ミルナさんのところへ話をうかがいに行けばよかった。しかし――。
『私が言い渋っていたのは、規則だからってだけじゃない。わかるね?』
ショボンが病院からでようとした際、ドクオはこういっていた。
想像力の欠如していた自分を恥じた。よく知っているということは、
それだけ親しくしていたということだ。親しい人を失ったとき、
彼は、あるいは彼女は、何を思うだろうか。ましてや肉親なら。
真っ先に思い浮かべて然るべきだった。姉をうしなったときの、
父の姿を知っているのだから。不安がぶり返してきた。
自己満足のために、人の深刻な傷を無思慮に抉り返すような
真似をして、はたして許されるだろうか。
それ以前に、組み立てた論理は本当に正しかったのだろうか。
もしアラマキくんとハインという女性が、まったくの別人だとしたら。
ショボンが行おうとしていることは、いたずらにミルナ氏を
苦しめるだけとなってしまうのではないか。
引くつもりはない。かといって、押し進めていいものかも判然しない。
ショボンは両論を秤にかけて、どっちつかずに傾きかねていた。
その間、地図に描いた経路を、力なく眼でなぞった。
そのときふと気が付いた。杣矢川橋。
そういえば、事故に遭ってから一度も行っていなかったな。
おそらくはすべての始まりとなった場所。
何かしら思いつくかもしれないと、ショボンは思った。
こういう場合、何を用意すればよいのだろう。
道端に花が添えられているのを見たことがある。
やはり自分も、そういうものを持っていった方がよいのだろうか。
深く考えての行動ではなかった。しかし、他に理由を見つけられなかった。
朝焼けの色をした花束を持って、杣矢川橋へと到着した。
もう深夜過ぎだというのに、何台かの車はいまだに走行している。
ショボンは事故の痕跡を探しながら、歩道を進んだ。
吹き上がる川の風が、花束を包むセロファンを鳴らした。
杣矢川橋に変化はなかった。事故以前から、何も変わってはいない。
もう補修されてしまったのか、あるいは事故の痕など元々なかったのか。
花束が置いてあるようなこともなかった。目印になるようなものはなかった。
(´・ω・`)「ぼくは今日、きみの住んでいたところへ行く」
ショボンは隣県まで渡り切った後、橋の中ほどまで戻ってきた。
自分の耳へ、すなわちアラマキくんの耳へ届くように、決意をあらわにした。
言葉にすれば、意思が固まるのではないかと思えた。
(´・ω・`)「十中八九正しいと思ってる。でも、最後の最後でやっぱり不安なんだ」
確信を持てない以上、不安を払拭することはできない。
けれど、自分の行ないたいことは決まっている。花束を握る手に、力がこもった。
(´ ω `)「……実のところ、自信なんてぜんぜんない。一から全部
間違ってる気がする。それでもぼくは行くよ。けど、できれば――」
欲しいのは、最後の一押しだった。
証明に対する答が得られれば、迷いも振り切れるはずだった。
携帯を開いた。時刻はもうすぐ、一時半を越えようとしている。
昨日の入れ替わりも、この時刻に起こっていた。
(´・ω・`)「きみの手で教えてほしい。きみが本当はだれなのか。きみの、本当の名前を――」
恩返しをしたい相手に助けてもらおうとするのは、あべこべで、情けない気もする。
それでも構わない。情けなくて結構。ショボンは空を見上げながら、そのときを待った。
透過した赤色が、空に浮かぶ星々を塗り直した。
ショボンは花束を放り投げた。もう必要がなかった。
彼女――ハインは、ここにいる。決心は付いた。
52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/30(日) 20:28:36.69 ID:A1nm5Cw90
( ゚д゚ )「わざわざお越しいただき、大変申し訳ありません。
本来なら私の方からご連絡するべきだったのでしょうが」
ショボンが弔問に訪れた旨を伝えると、ミルナは慇懃に家の中へと案内してきた。
声の印象どおり、ミルナは謹厳そうな壮年の男性だった。
目こそ落ち窪んではいるが、思ったよりもしっかりとした様子をしている。
( ゚д゚ )「無作法なもので、正式な手段ではないのですが」
通された日本間にて、持参した線香にライターで火を灯してもらった。
線香を香炉に差し込み、手を合わせる。香炉の前には、簡素な写真立てが置かれていた。
女性が写っている。若いというより、まだ幼い。
活発そうな、明るい雰囲気が滲み出ていた。この人が、ハインさん。
菓子折りを持ってきたことを伝えると、ミルナはお茶を入れてくるといって引っ込んだ。
ショボンはひとり残されている間に、部屋の中を見回した。
線香の香りに混じって、畳と、ほこりっぽい臭いがする。
長い間掃除されていないことがうかがえた。
写真に写ったハインは、杣矢川橋でのハインよりもいくぶんか若いように見える。
そのためか、記憶と写真の人物がうまくつながらなかった。
事故に遭ったときのハインは、もっと表情のない、虚無的な顔をしていた。
ただアラマキくんなら、きっとこのように笑うだろうと思えた。
ミルナが戻ってきた。ミルナは運んできたお茶を置くと、
ちゃぶ台をはさんで向かい合わせに座った。ショボンは渡されたお茶に口をつけた。
火傷しそうな熱がのどを通った。味はほとんどわからなかった。
( д )「ありがとうございます。娘を助けていただいたそうで」
ミルナが深々と、ちゃぶ台へぶつかるくらいに頭を下げてきた。
(;´・ω・`)「そんな、頭を上げてください。ぼくは結局、何もできなかったのですから」
( д )「いえ、私は行動の結果に感謝しているのではありません。
見ず知らずの娘のために危険を冒してくれたお気持が、ただただありがたいのです」
ミルナの顔は下がっていて見えない。
まるで、目を合わせることを嫌っているかのような姿勢だった。
落ち着き払った口調からは、むしろ拒絶の感情が見え隠れしている。
それはきっと、ショボンだけに向けられたものではないのだろう。
大粒の雨が勢いよく地面を叩いている。
それは、廃屋で聴いた雨音に酷似していた。
(´・ω・`)「ハインさんと出会ったのは、事故のときが初めてではないんです」
ミルナの肩がわずかにゆれた。顔が上がった。
目に、いままでとは異なる色があった。ショボンはうそをついた。
合唱をやっていること、挫折したこと、そこでハインに助けてもらったこと。
でっちあげたエピソードに、真実を織り交ぜて話した。
本当のことをいっても、信じてもらえないかもしれない。
それにハインがショボンの中にいると信じることができたとしても、
ハインはもうすぐ消えてしまうのだ。
娘が二度死ぬという事実を突きつけるのは、あまりに酷な気がした。
(´・ω・`)「いまの自分があるのは、ハインさんのおかげなんです」
話はうそでも、気持は本当だ。ハインがいなければ、ショボンは
再び合唱に立ち向かうことはできなかった。下手をすれば、あのときに
窒息して死んでしまっていただろう。返せる恩なら、いくらでも返したい。
(´・ω・`)「けれど、ハインさんは亡くなってしまいました」
ハインは、もうすぐ消えてしまう。
(´・ω・`)「今更であること、自分勝手であることは承知しています」
もう間に合わないかもしれないこと、自分勝手であることは承知している。
(´・ω・`)「それでも何か、何かぼくにできる形で恩を返したいのです」
ショボンはもう一飲み、お茶を口に含んだ。
湯呑みを置くとき、不必要に大きな音が鳴った。
(´・ω・`)「ミルナさんの口から、ハインさんのことをお教え願えませんか」
言ってしまった。もう後には引けない。
ショボンは口をつぐんで、ミルナの出方をうかがった。
ミルナの表情に、一見して変化は見られない。
ただ膝の上に置かれた手が、強く握られているだけだった。
沈黙の間も、雨は降り続けていた。耳障りな、嫌な雨音だった。
そこに、湯飲みが机とこすれる音が割って聴こえた。
ミルナは目をつむり、長い時間をかけて一杯の茶を飲んだ。
ミルナの手は硬く大きく、節くれだっていた。
置かれた湯飲みは、ショボンのとき同様、不必要に大きな音が鳴った。
( ゚д゚ )「あなたは、ハインとはその、男女の仲だったのでしょうか」
想定外の質問だった。否定すればいいだけの話だったが、
突然のことでショボンは言葉に詰まった。ミルナにはそれだけで充分だったのか、
たしなめるようにして、ショボンをなだめてきた。
( ゚д゚ )「いえ、ばかなことを訊きました。お忘れください。それと――」
かすかな間が、心臓に痛い。
ミルナはあくまでも屹然とした様子を崩さず、口を開いた。
( ゚д゚ )「今日はこのまま、帰っていただけないでしょうか」
はからずも、予感は的中してしまった。
( ゚д゚ )「非礼であることはお詫びします。ですが、お話できることはないのです。
……お話したく、ないのです。あなたには、きっとわからない気持でしょうが」
言葉にも表れた、きっぱりとした否定だった。とりつくしまもない。
ショボンは座ったまま動けなかった。そのショボンの様子を見てか、ミルナの方が
立ち上がろうとした。もうここにいる必要はないと、そういいたげな動作だった。
(´・ω・`)「待ってください!」
ショボンの声に、ミルナは止まった。
しかしそれは一時的なもので、何もなければいまにでも
去っていってしまいそうだった。実際ミルナはもう、完全に立ち上がっていた。
61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/30(日) 20:47:21.41 ID:A1nm5Cw90
頭上から下ろされるミルナの視線を受けながら、ショボンはミルナの
否定の言葉について考えていた。ミルナは話したくない、帰ってほしいといっていた。
そしてその気持が、ショボンにはわからないだろうと。
ミルナがいま抱いている気持を理解することはできない。
けれど、類推することはできると思った。それはただの想像任せではない。なぜなら――。
(´ ω `)「わかります。……わかると、思います。ぼくも、姉を失っていますから」
肉親を失ったのは、ミルナだけではないから。
ショボンはかつてアラマキくんへ話したように、ミルナにも自分の過去を語った。
自分がいかに姉に頼りきっていたか、その姉を自らの過失で
失ってしまったとき何を思ったか、すべて隠さずに語りつくした。
失意の中で、アラマキくん――ハインの存在にどれだけ助けられたかも話した。
やさしいだけではない。厳しくもあった。けれどそれが、ありがたかった。
怠惰に流れそうになる自分を戒めてくれた。
ショボンにとってハインは、文字通り同じ血を
共有した、大切な人だった。そう、それはまるで――。
(´ ω `)「ハインさんはぼくにとって、姉のような人でした」
もう躊躇はない。ミルナの落ち窪んだ目を、ショボンは見据えた。
(´・ω・`)「残酷なことを訊いている。自覚はあります。
それでも教えて欲しいんです。ハインさんのことを、知りたいんです」
これが精一杯だった。自分の言葉が、ミルナの心を動かせたと信じるほかなかった。
ミルナは立ったままの格好で、ショボンを見下ろし続けていた。
いつの間にか、雨は止んでいた。
( ゚д゚ )「娘とは、どのようないきさつで知り合ったのでしょうか」
知り合ったいきさつ。そう聴いたとき、真っ先にあるものが思い浮かんだ。
これがなければ、ショボンはハインという女性の真相にたどりつくことはなかっただろう。
偶然目にして、偶然覚えていて、偶然手に取ることができた。
奇跡の確立に支えられた、これ以上ない“いきさつ”だった。
(´・ω・`)「ぼくも、アラマキくんがすきなんです」
ミルナは無表情にショボンのことを見ていたが、やがて元の場所に座りなおした。
ただその顔からは、先程までの張り詰めたものが抜けて、明らかな疲れが露出していた。
( ゚д゚ )「申し訳ありませんが、本当にお話できることがないのです。
父としては、お恥ずかしい限りなのですが……」
ミルナはそう前置いて、それでも話をしてくれた。
それはハインの話というよりも、ミルナ自身の話だった。
ミルナには家庭があった。家内がいて、娘がいる。三人だけの、小さな家庭だった。
ミルナは愛する家族を養うため、休みなく働くことを自ら望んだ。
娘のことは家内に任せきりにしていた。娘がかわいくないわけではない。
むしろ目に入れても痛くないほど、愛おしく思っていた。だからこそ不自由のないよう、
働いて金を稼ぐ必要があった。働いてさえいれば、自然と気持は伝わるものだと思っていた。
夫が外へ稼ぎに出て、妻が家を守る、理想の家庭を築けていると信じていた。
それが間違っていると知ったのは、家内が倒れたときだった。脳梗塞だった。
家内が体調不良を訴えているのは聴いていた。口では休んだほうがいいと言いながら、
内心では大した問題ではないと考えていた。変わらず家のことを任せきりにしていた。
娘とふたりで暮らすことになった。ミルナはそこで直面した。
自分は、娘のことを何も知らない。娘のために金は稼げても、その金で娘が何を買うのか、
何が好きなのか、まるでわからなかった。娘は、ミルナの知らないところで成長していた。
( д )「私の中の娘は、いまも小さな子どものままなのです」
娘が怖かった。現実の娘と、自己の中にいる娘が、あまりにも食い違っていた。
ミルナは仕事に没頭した。家族の――娘のために始めた仕事が、
娘から逃避するための場所になっていた。
娘のほうもミルナが忌避していることを感じ取ったのか、
自ら接触してくることはなかった。
娘が何をしていようと、口出しすることは避けた。家内の死について
咎められるのではないかと思うと、何も言い出すことはできなかった。
たしかに、おかげで詰め寄られるような事態にはならなかった。
その代わり、娘が何をしているのか、まるでわからなくなった。
( д )「私はもっと、勇気を持って娘と接するべきだったのです」
同じ家に住む他人としての生活が、長いこと続いた。その中で娘は、
ミルナの目にもわかる変化を起していた。娘は深夜の間に出歩き、朝になってから
帰ってくるという生活を繰り返していた。背後に、異性の存在がちらついていた。
娘はまだ高校生だ。どんな理由があるにせよ、さすがに看過することはできなかった。
ミルナはぶっきらぼうに、もう夜遊びはするなと告げた。他に言葉はなかった。
娘は強く反発してきた。ミルナは想像もしていなかった。娘の中にこんな激しい
感情があるとは、思いもよらなかった。娘はミルナの普段の態度にまで糾弾してきた。
家内のことにまで話が及ぶことを恐れたミルナは、一言だけ返した。
『男のせいか?』
なぜそんなことを口走ったのか、自分でもわからなかった。
いま思うと、娘の相手がだれかということよりも、娘が男性と付き合う、
変化していくという事実が、恐ろしかったのかもしれない。
娘は何も言い返してはこなかった。
ただ口惜しそうな表情で、ミルナを睨んでいた。
それが、娘と交わした最後の会話となった。
( д )「私は今もってわからないのです。娘が何を思っていたのか、何をしてきたのか……」
アラマキくんはハインだった。事故に遭った日、杣矢川橋で、
激しい衝突により、ショボンの体へと精神が移動した。そこまではわかっていた。
だが、なぜショボンの下へやってきたのか、これがわからなかった。
ミルナの話を聴き終えて、疑問が氷解するのを感じた。ハインがショボンと
共生するようになったのは、けして偶然ではなかったのだ。ショボンとハインは、
似ていた。それはきっと、共通する境涯を持つことから端を発した相似性であった。
(´・ω・`)「今週の日曜日に、高科市民会館で合唱の発表会があるんです」
いまならわかる。ハインが何を望み、なぜショボンに表現することを説いたのか。
自分にできなかったことを、ショボンには成してほしかったからだ。
ミルナの言葉は、生前のハインに伝えなければならないものだった。
ハインは、自分の気持ちをミルナに表さなければいけなかった。
(´・ω・`)「もしよければ、これを聴きに来ていただけないでしょうか」
ミルナの思いを聴いて、ハインは救われただろうか。そうは思えない。
心は双方向性だ。ハインの思いがミルナに伝わらない限り、完結することはない。
そしてそれは、ハインにはもう不可能だった。ならばショボンに、
何かできることがあるだろうか。――ひとつだけ、あった。
(´・ω・`)「ぼくの歌は、ハインさんから教わった表現です。
ハインさんが何をしてきたのか、何を思って生きたのか――。ぼくの歌を通して
ハインさんの軌跡を感じ取る、というのは、おかしな理屈でしょうか」
ミルナは肯定も否定もしなかった。それ以上、何もいうことはない。
ショボンは傘を持って、ミルナ宅から出て行った。雨は止んでいたが、
呼吸を圧迫する堆積した雲の層は、変わらず空を覆っていた。
やるべきことはひとつに絞られた。歌う。ショボンにできることは、
もう他になかった。あれこれ考えず、大会の日まで練習に練習を重ねよう。
ショボンはそう思い込もうとしたが、不安を払拭することは適わなかった。
大会の日まで、ハインは保ってくれるだろうか。
ミルナがショボンの歌を聴いてくれたとしても、ハインがその場にいなければ意味がない。
昨日の入れ替わり時間を鑑みると、非常に危ういことのように思えた。
そしてなにより――。
ショボンは傘の先端で地面を小突きながら、足早に帰っていった。もう一雨来そうだった。
大会当日が訪れた。
高階市民会館へは、電車で移動することになる。
部員全員一斉に移動するので、中々に騒がしい。
从'ー'从「よそ様の発表が終わったら、立ち上がって拍手するのが礼儀だからね~。
ブラヴォーって叫んだり、指笛を鳴らしたりするとよりグッドだよ~」
ノハ;゚⊿゚)「そ、そうなんですかっ!?」
(;-_-)「そ、そうなんですかっ!?」
('、`*川「うそ教えてんなよ、うそを」
_、_
( ,_ノ` )「おまえらうるせえ」
学園祭での経験に加え、練習によって自信がついたことも大きいのだろう。
存外みんな、緊張してはいないようだった。軽口を叩いて談笑している。
大会といっても、優劣を決めるものではない。参加するのは
ショボンたちのような中学生だけでなく、高校生や大学生、
中にはプロ顔負けの社会人もいる。県や市が主導して発表の場を提供することと、
合唱を通して世代間の交流を深めるという意味合いが大きいらしい。
だからといって、手は抜く者はいない。公営の大会としては規模が大きいらしく、
方々から合唱に興味を持つ人が集ってくる。雑誌社や協会関係者も訪れるということで、
年に一回、この大会のためだけに練習しているという人も少なくないという。
そのために、相当数の人数を収容できる容れ物が必要だった。
高階市民会館は、条件に適った巨大な建造物だった。
外からでも一目でわかる半円形をしている。いままでに行ったことがなくとも、
探す気であれば、すぐに見つかるはずの場所だった。
ミルナは来てくれるだろうか。ショボンは思った。来る気があれば、
迷うことなくたどりつけるだろう。もしそうでないなら――。
余計なことを考えるのはやめることにした。
どちらにせよ、ショボンは歌うしかない。ミルナは来る。そう信じた。
ζ(゚ー゚*ζ「どーしたのよう、暗い顔して!」
背中を強く叩かれた。結構痛い。変な声が出た。
叩いた本人も予想外だったのか、驚いた顔をしている。
目が合った。デレは片目をつむり、舌を出して誤魔化してきた。
ζ(゚ー゚*ζ「それ、持ってきたんだ」
(´・ω・`)「うん」
背中をさすりながら質問してきたデレに、
ショボンはうなづいて答えた。ショボンのバッグには、
あの日ハインがしていたように、アラマキくんのぬいぐるみが垂れ下がっていた。
ζ(゚ー゚*ζ「モララーの横暴に怒ってたりしてたんだよね。
なんだかもう、ずいぶん昔のことみたい」
デレはアラマキくんをつまみあげると、手や刺繍された部分を
重点的にいじくり始めた。デレの触り方からは、無機物に対する無遠慮なものではなく、
犬や猫を扱うときのような怖々とした印象を受けた。デレがアラマキくんを放した。
ちょうど電車が止まった。
電車を降り、列をなして歩いていく。同じ目的で市民会館へ向っているのだろう。
それらしき人の姿が、ちらほらと見え始めてきた。話をするにしても、
みんな周りをうかがいながらで、次第に小声になっていった。
その中でデレだけが、変わらず大きな声で明るく振舞っていた。
モララーはいまだ消息不明だった。いくらモララーが奔放とはいえ、
これだけ長いこと姿を現さないのは、過去に例がない。何か事件や事故に
巻き込まれたのではないか。モララーに限ってそんなへまはしないと思うが、
万が一ということもある。
デレとはあの日以来、モララーに関しての話はしていない。
デレがどう思っているのか、本当のところはわからない。
しかし明るく振舞うデレを見れば見るほど、モララーに対する憤りが募った。
声をかけるにしろ、それはショボンの役目ではなかった。
半円形の頭が、建物の影から現れた。
遠くからでも確認できる。高階市民会館がそこまで来ていた。
('、`*川「よっし、一回あそこで並ぶよ!」
会館前の広場では、子どもから大人まで、様々な年代の参加者でごった返していた。
このまま一斉になだれ込んでしまっては、混乱が起きるのは目に見えている。
そのためそれぞれの集まりで整列し、順番に入館していくのが習わしとなっていた。
ショボンたち文等中学校合唱部も、例に倣って入館できるまでの間待機する。
周囲には年も性別も違う、しかし合唱という共通目的を持つ人々で人垣ができている。
こうして彼らに囲まれながら待っていると、
いよいよ発表のときが近づいているのだと実感することができた。
ショボンは胸を押さえた。あるいは頭の方がよかったかもしれない。
心の棲家がどこにあるかはわからないが、そこへ宿るものに触れたくなった。
歌うだけ。ショボンにできることは、たったひとつしか残されていなかった。
ショボンが歌い、ミルナに伝え、ハインに恩を返す。
何も間違っていない、はずだ。なのになぜ、こんなにも腑に落ちないのだろう。
ハインが伝えたかったこと。表現すること。そして、表現をする自分自身。
時と共に不安が募る。何か、重大な勘違いをしているのではないかと。
ノハ*゚⊿゚)「なんだか騒がしくないですかっ?」
ヒートがショボンの手をつかんできた。なにやら不安そうにしている。
ヒートが言うとおり、広場の端の方が騒がしかった。悲鳴なども聴こえる。
何事か起こっているのかもしれない。しかし状況を確かめようにも、
人の壁に阻まれてどうにもならなかった。
そうこうしているうちに、騒ぎは次第に大きく、そして段々と
ショボンたちの方へと近づいていた。ショボンの手を握るヒートの手が、
痛いほどに力を増した。なにが起こっているのかと考えるよりも先に、
ショボンの前の壁がふたつに割れた。
ひとつの大きな影が、古い掃除機がノズルよりも大きなゴミを
無理矢理吸い取ろうとしているかのような、耳障りな音を鳴らして飛び出した。
そいつはショボンの前に立つと、特徴的な鼻を誇るようにして、前へ突き出してきた。
ζ(゚、゚;ζ「ブーンじゃない! なんでこんなところに!」
デレが叫んだ。そいつはたしかにブーンだった。
なぜこんなところにいるのかはわからないが、不自然に潰れた鼻も、
ぶぅんぶぅんという唸り声も、ブーンのものに間違いなかった。
そう、ブーンはなぜか唸っていた。牙を剥き出しにして、威嚇している。
ショボンのことを忘れてしまったのだろうか。
それにしても、意味もなく敵意を向けてくるとは思えない。
ブーンは頭を低くして、ショボンを睨んでいた。悠長に考えている暇はない。
敵意をあらわにしているのは明らかなのだから、対処しなければならなかった。
ブーンの涎が垂れた。
(;´・ω・`)「あっ!」
ブーンが飛び掛ってきた。飛び掛った先にはショボンと、
ショボンにくっついていたヒートがいた。ヒートは萎縮してしまっているのか、
まるで動く気配がない。ショボンは咄嗟に、持っていたかばんを
盾にして防ごうとした。ヒートの手が離れた。
ブーンはかばんを弾いて、ショボンの後方に着地した。左右に振った
尻尾が目に入る。ショボンから離れたヒートは、いつの間にか
ヒッキーが抱きかかえていた。一撃目はなんとか事なしに済んだようだった。
しかし予断は許さない。ショボンはブーンの動向を注意深くうかがった。
(´・ω・`)「……あれ?」
振り向いたブーンの口から、アラマキくんのぬいぐるみが垂れ下がっていた。
弾かれたかばんを見ると、そこにあったはずのものがない。ブーンが咥えているのは、
ショボンのアラマキくんだった。ブーンは見せ付けるようにして一度、
アラマキくんを振り回した。その後急に踵を返し、走り出した。
(;´・ω・`)「す、すいません! すぐにもどります!」
ショボンは一団から離れ、ブーンの後を追った。ブーンが走るとだれもが道を開いた。
そのため、ショボンもだれかと衝突するようなことはなかった。
ショボンは全力でブーンを追った。だが、それも長くは続かなかった。
ブーンの足は速い。引き離されてしまうのは目に見えていた。
しかしそうはならなかった。ショボンが休んでいる間、ブーンは走るのを
やめてショボンを見ていた。ショボンがまた追いかけだすと、速度を合わせて
走り出した。おちょくっているのだろうか。腹が立ったが、だからといって
諦めることはできない。アラマキくんは、取り返さなければならなかった。
どれだけ走っただろうか。ショボンは汗だくになったころ、
歩道橋のすぐそばで、ようやくブーンに追いつけた。ブーンは何食わぬ顔で
アラマキくんを放り出し、左右に尻尾を振っていた。怒る気力もでない。
ショボンが涎まみれになったアラマキくんを持ち上げようとすると、
歩道橋からだれかが降りてくる足音が聴こえた。
ショボンは邪魔にならないよう体をどけようとした。
そのとき、視界の端で、その人物の顔が見えた。ショボンは反射的に顔を上げた。
(´・ω・`)「……父さん?」
出張に行っているはずのシャキンが、そこにいた。
93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/30(日) 21:55:13.85 ID:A1nm5Cw90
(´・ω・`)「あ、ありがとう……」
シャキンが自販機で買ったポカリスエットを受け取り、タブを開けた。
ブーンとの追いかけっこで熱くなった体に、冷えた感触が染み渡った。
おいしい。ブーンが鼻を近づけてきた。開いた鼻腔をゆびで塞ぐ。
嫌がる素振りは見せたが、それ以上の行動にはでてこなかった。
いまはそれより、シャキンだった。ショボンとシャキンは、公園のベンチに
並んで座っていた。シャキンは相変わらず押し黙ったままで、公園の中央を見ていた。
視線の先には小学生らしき少年たちが、サッカーの真似事をやっていた。
(´・ω・`)「出張は、どうしたの?」
聴きたいことはいろいろとあった。けれどどれも、言葉に表すのは
むつかしいように感じた。結局、わかりやすい質問だけを投げかけることになった。
しかしシャキンは、それすらも答えはしなかった。
手持ち無沙汰に、ふたりで少年たちのサッカーを見ていた。
時間が気になったが、このままこの場を去る勇気は、ショボンにはなかった。
シャキンはどう思っているのだろう。よくわからなかった。
サッカーについての知識はなかったが、少年たちのボール捌きは
中々どうして、大したものなのではないかと思えた。中でもキャップを
反対に被った少年は卓越していて、自由自在にボールを操っていた。
きっと、日頃からサッカーのことばかり考えているのだろう。
ボールがあっちへこっちへ飛んでいく。
それを目で追っていると、見当外れに飛んでいったボールが、
ショボンたちの下までやってきた。
「すいませーん!」
逆キャップの少年が、トレードマークのキャップを外して、大きくこちらに
手を振っていた。ショボンは投げ返してあげようと、立ち上がりかけた。
しかしそれより早く、シャキンがボールをつかみ、少年に向って放り投げていた。
(´・ω・`)「ハンドだよ」
自然と、嫌味がでてきた。
(`・ω・´)「スローインだから、いいんだ」
意外にも、シャキンは軽口で応じてきた。ショボンはシャキンの顔を
覗き込んだが、シャキンは応じず、またベンチに座りなおした。
キャップの少年は器用に足でボールをキャッチすると、元気な動作で
頭を下げてきた。それだけで、後はなにごともなく再開された。
(`・ω・´)「説教をされた」
平生と変わらない淡々とした話し方で、シャキンはそう切り出した。
だれに。ショボンがそう尋ねるよりも早く、シャキンは話を続けた。
(`・ω・´)「モララーくんは――彼は、すごい男だな」
モララーの名前が、唐突に現れた。シャキンはつーが健在だったころ、
モララーとは何度か会っている。モララーの破天荒な性格は知っているはずだった。
だがいまの台詞は、そのような過去の話をしているわけではなさそうだ。
モララーがずっと消息を絶っていたわけは、父を探していたから
だったのではないか。モララーならやりかねなかった。
シャキンは説教されたといっていた。おのずから、目的も明らかになった。
(`・ω・´)「私は、おまえに――」
(´・ω・`)「待って」
ショボンはシャキンの言葉を遮った。モララーが何をいったのか、
だいたいのところはわかる。そしてそれが、ショボンのためを
思ってやったのだということも。
シャキンが何をいおうとしていたかは、正直なところ、
ショボンには判然としない。しかしそれがどんな内容であろうと、
いま、この場で聴いていいものではなかった。
(´・ω・`)「ぼくもいわなきゃいけないことがある。……謝りたい、こともある。
けどそれは、全部、大会の後にしてほしいんだ」
シャキンがいま、何をいおうと、それは“現在のショボン”に
向けられたものにはならない。シャキンの中ではきっと、ショボンは
小さな子どものままだろう。ミルナが、そうであったように。
(´・ω・`)「だから、ぼくは、歌いにいくよ。だから父さんも、
ぼくから逃げないで。ぼくも、逃げないから」
ショボンは立ち上がった。足は震えていたが、歩くのに支障を
きたすほどではなかった。ショボンが立ち上がると、
ブーンも大きな伸びをして、それから付き従った。
(`・ω・´)「ショボン」
シャキンに呼び止められた。
(`・ω・´)「おまえ、犬、平気だったか」
(´・ω・`)「……いつまでも、昔のままじゃないよ。……父さん」
ショボンはブーンの頭をなでた。
ブーンはうれしそうに、ショボンの足に絡み付いてきた。
(´・ω・`)「ポカリ、ごちそうさま」
ショボンは公園をでた。
サッカボールの白と黒が、空の青の中で混ざり合っているのが見えた。
103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/30(日) 22:10:15.97 ID:A1nm5Cw90
菱朋大学合唱団の合唱を聴き終え、ショボンは拍手をした。
人数は十人と少なめだったが、ひとりひとりの力量が高く、
威圧的とすら思える凄まじい迫力があった。いまだ身体が
完成しきっていないショボンたちとは、やはり決定的な違いがあった。
壇上から菱朋大学合唱団のメンバーが去っていくにつれて、
拍手はまばらになっていった。それと同時に、観客席の中から
何十人かの固まりが一斉に立ち上がった。
彼らは席の隙間を縫って歩き、そのままホールから姿を消した。
発表をスムーズに行うため、舞台袖にて待機するのだ。
発表する団体も、自分たちの順番がくるまでは観客席に座っていることになる。
当然ショボンも、観客席に座っていた。ショボンは辺りを見回した。
どこかにミルナやシャキンがいるのではないかと、目を凝らした。
しかし人数が人数だけに、そう簡単に見つけることはできなかった。
そうこうしているうちに、舞台袖から次の発表者が入場してきた。
ホールの天井に明かりが灯った。文等中学校の出番は、午後を過ぎてから
ということになっている。そのため一度、昼休みを挟む段取りになっていた。
ショボンたちはホールを抜け、会館内の適当な場所で昼食を取ることにした。
ノハ*゚⊿゚)「先輩っ、先輩っ! から揚げすきですかっ?
おかあさんの作ったから揚げ、おいしいんですっ! たべてみてくださいっ!」
先程のお礼のつもりなのだろう。ヒートは自分の弁当のおかずを
食べるよう、しきりに勧めてきた。ブーンの狙いがショボンだった
ことを考慮すると、むしろショボンの方が詫びなければならないのだが、
説明するのも面倒なので素直にいただくことにした。
言葉通り、たしかにおいしい。冷めてもおいしいから揚げというのは、
案外珍しいのではないか。ショボンは飲み込んで、おいしかったとうなづいてみせた。
ヒートはうれしそうにわらってから、別の一個をつまみ、また差し出そうとしてきた。
(´・ω・`)「ぼくはもういいから、よければヒッキーにも分けてあげてね」
ショボンの言葉に一番強い反応を示したのは、当然の如くヒッキーだった。
手に持った弁当箱を、ひっくり返しそうになっている。
ヒートはしばらくの間ショボンの顔を見つめていたが、
ショボンがもう一度促すとようやく、ヒッキーの前へと向った。
ヒートはヒッキーの目前に、先程つまんでいたおかずを突きつけた。
ノハ*゚⊿゚)「卵焼き、あげるっ」
甘くてやわらかそうな卵焼きが、ヒッキーの眼前で静止した。
ヒッキーは口を半開きにして何かを逡巡しているようだったが、
業を煮やしたヒートの行動によって、その目論見は潰えてしまった。
ノハ*゚⊿゚)「おいしいんだよっ」
ヒートはヒッキーの弁当箱に、自分の卵焼きをねじ込んだ。
ヒッキーは箸を彷徨わせ、つかんだ。それはヒートからもらった卵焼きではなく、
元々自分の弁当箱に入っていたおかずだった。
(;-_-)「そ、それならぼくは、このこんぶの佃煮をくれてやる!」
ヒッキーは何を思ったのか、ひとつまみしたこんぶの佃煮を、
ヒートの弁当箱にねじ込んだ。よくわからない混乱の仕方をしている。
だがヒートも、負けてはいなかった。
ノハ;゚⊿゚)「そ、それならあたしはっ――」
どういうわけか、熾烈なおかず交換バトルが始まってしまった。
ショボンがふたりの様子を呆れつつ見守っていると、どこからともなく、
見知らぬ中年男性が走ってくるのが視界に入った。男性は走りながら、何か叫んでいた。
(;´_ゝ`)「ペニちゃーん、パパだよー! パパがきたよー!」
('、`;川「げっ、親父――」
ペニサスは慌てて口を押さえて顔を隠したが、手遅れだった。
男性はペニサスの声が聴こえたのだろう、先程よりも俊敏な動きでこちらへ迫ってきた。
男性は額に汗を浮かばせながら、腰を低くして挨拶をしてきた。
(* ´_ゝ`)「どうもみなさんこんにちわ、ペニサスの父でございます。
娘がいつもお世話になっております」
('、`;川「お世話になっておりますじゃないよ、何しに来たんだよ、早くお袋の所に戻ってよ」
ペニサスは渋面をつくりながら追い払おうと手首を返したが、
ペニサスの父親は意に介した様子もなく、あれやこれやと話しかけてきた。
話の内容は、全部が全部、ペニサスに関するものだった。得意満面といった笑みで、
すがすがしいまでの親ばかっぷりを発揮している。
ペニサスのものとよく似た眼が、恵比寿様のように垂れ下がっていた。
対してペニサスは――ペニサスのこんな表情を見るのは、初めてのことだった。
(* ´_ゝ`)「そうだペニちゃん。パパ一眼レフ持ってきたの、一眼レフ。
ペニちゃんのかっこいいところ、バッチシ撮っちゃうからね!」
そういってペニサスの父は、首から下げたカメラを掲げた。
ごつごつとしていて、高価そうだ。お金で気持を量れるわけではないが、
娘のためにわざわざ用意したのだとしたら、やはり偽らざる
愛情があるのだろうなと、ショボンは思った。
('、`;川「ホール内は撮影禁止だよ。ほんともう、なんでもいいから戻ってちょうだい……」
(* ´_ゝ`)「そうなんだ……。そっか、それじゃここで撮っちゃおう。
どうです、みなさんも一緒に――」
('、`#川「あーもーうるさい! このバカ親父!」
ついに激昂したペニサスが、父親を引きずり去っていった。
去り際に、「いつもみたいにパパって呼んでほしいな~」とか、
「死ね!」とかいった声が漏れ聴こえてきた。
これはこれで大変なのだろうなと、ショボンは勝手に同情していた。
从'ー'从「それじゃ、私もちょっと出掛けてくるね~」
食事も取らずに携帯を弄っていた渡辺が、立ち上がってそういった。
ショボンがどこにいくのかと尋ねると、ファンサービスを怠らないのも
人気の秘訣だと、意味深な答が帰ってきた。
111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/30(日) 22:28:18.38 ID:A1nm5Cw90
ヒートとヒッキーはやかましく騒ぎながら、いまだにおかずの交換を繰り返していた。
義理なのか、意地なのか、本人達にもわからなくなっているのではないかと思えた。
何やら儀式的な行為に見えてきた。
ショボンはふたりを尻目に、弁当箱を片付けた。中には半分以上残っていたが、
これ以上食べる気がしなかった。そうして片付けを済ませると、まだ弁当を
食べている最中のデレに声をかけた。
(´・ω・`)「デレ、ぼくもちょっと席を外すね」
デレはヒートとヒッキーに視線を向けたまま、反応しなかった。
(´・ω・`)「デレ?」
ζ(゚ー゚*ζ「……え? あ、うん、わかった。いってらっしゃい」
デレの顔は、もういつもの明るい表情に戻っていた。
その笑顔に思わず、考えていたことを吐露してしまいそうになった。
しかし結局は、飲み込んで話さないことにした。
ショボンは三人を残して、ミルナを探しにでかけた。
デレには知らせたほうがよかったかもしれない。
会館内を練り歩きながら、ショボンは思い返していた。
シャキンが帰ってきているのだ、とうぜんモララーも戻ってきているに違いない。
おそらくは、高階市民会館にもやってきていることだろう。
だが確証がない。それは、ミルナが来ているのかどうかわからないのと同様だった。
モララーがいない場合を考えると、軽々に口を滑らせるわけにはいかなかった。
ぬか喜びさせてしまうような状況は、避けたかった。
かといってこのまま放置しておくのが正解かと自問すると、どうにも答えに窮した。
モララーが無事だったことだけでも伝えておくべきだったのではないか。
だがこれも、変に期待を持たせることになりはしないか。
頭の中がこんがらがって、よくわからなくなっていた。
昼休みの時間が、そろそろ終わろうとしていた。
結局モララーもミルナも、どこにも見当たらなかった。
ショボンは胸を押さえた。てのひらに伝わったのは、心臓の鼓動だけだった。
いくつかの合唱を聴き終え、ついに、ショボンたち文等中学校合唱部の番が迫ってきた。
いままでの団体がそうしてきたように、ショボンたちも席の合間を縫い歩き、
ホールの端伝いに廊下へ出て行こうとした。
列をなして歩いていく。本番直前になってさすがに緊張しているのか、
だれも、なにもしゃべらなかった。足音にまみれた無言の行に従っていると、
やがて廊下の明かりが漏れた扉前まで到達した。
ショボンは最後の確認のつもりで、観客席を見渡した。
それは、確率でいうとどの程度の低さになるのだろう。
壇上を眺めている観客の中でひとり、こちらに視線を寄こしている男性と目が合った。
あれだけ探し回っても見つからなかった、ハインの父、ミルナがそこにいた。
ミルナが軽く会釈しているのが見えた。ショボンは胸を押さえた。
かろうじて、ミルナと同じような動作を返した。それ以上は何もできず、
ただ、列の流れに任せて、廊下へと抜け出ていった。
廊下から出て、舞台袖で待機するときになっても、ショボンは
胸を押さえ続けていた。動悸が治まらない。得体の知れない焦燥感が、
手から何から蝕んで、ふとすると泣き出してしまいかねなかった。
ハインは――アラマキくんは、今朝、現れなかった。
これがどういう意味を表すのか。覚悟はしていたつもりだった。
けれどいざ直面すると、ショボンの考える覚悟がいかにあさはかなものであったのか、
思い知る羽目になった。それでもショボンは、杞憂なのだと自分自身に言い聞かせ、
平常心で発表に望もうとした。
だが――ミルナの姿を見た瞬間、ショボンの目論見は決壊した。
ミルナのことを探していたのは、本心からでた行動だった。しかし同時に、
心のどこかで見つからなければよいと考えていたのも事実だった。
矛盾を合い孕んでいることは、ショボン自身自覚していた。
どうすればよいのだろう。どうするもこうするもない。歌うしかない。
だが、自分は、何のために歌えばよいのか。自分が表現したいことを歌えばいい。
ハインが教えてくれたのは、そういうことだったはずだ。しかしそれは、
娘を失った父親を騙してまで、貫くべきものなのだろうか。
騙す。期待だけ持たせて裏切ることを、騙すといわずしてなんといえよう。
ショボンにはもう、ハインから教わったものを伝える自信がなかった。
もちろんミルナと話をしていたときには、不安はあれど、可能だと、
自分にしかできないと思っていたのだ。しかしそれは、言い訳にしかならなかった。
125 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/30(日) 23:03:08.27 ID:A1nm5Cw90
ショボンは恩返しがしたかった。
ハインがいなくなってしまったのなら、この行為になんの意味があろう。
舞台上の合唱に耳を傾けた。伸び伸びとした、心地の良い
歌声を響かせている。舞台袖から彼らの合唱を聴いているうちに、
どういうわけか、姉と、ハインの姿が重なっていった。
ショボンは姉がこないことにすねて、逃げ出してしまった日のことを
思い出していた。記憶はショボンの意思とは無関係に、鮮明な映像として
浮かび上がってきた。なぜいまさらになって。昔とは違う。
逃げ出したりはしない。父にもそういったではないか。
どんなに振り払おうとしても、映像は一向に消えなかった。
どころかそうやって意識すればするほど、意識下にしつこくこびり付いた。
繰り返される過去の映像が、脳髄を直接こねくり回しているようだった。
そのうちに、ショボンはあることに気が付いた。
あの逃げ出した日と、逃げ出したがっているいまとは、
姉と、ハインとを入れ替えただけで、どちらも似通った構図となっていた。
あの日、ショボンは歌いたくなかった。その理由は、
いつだったかに判明した。当時のショボンにとって、表現するという行為は、
つーという存在がいてこそ成り立つものだった。
今日、ショボンは歌うことを恐れている。それはつーを失った当時の自分と、
同じ気持だった。何のために歌うのか。ハインのために歌うのか。それももちろんある。
しかし表現とは、自分の内なるすべてを表すものだ。ハインだけでは理由にならない。
だが事実、ショボンは歌うことを躊躇っている。それはどこから来た感情か。
考える余地もなく、自分だ。ハインを失って悲しいと思うのは、自分だ。
では、表現の源である自分とは、いったい何なのだろうか。
頭が急速に回転してきた。自己。自己の延長。拡大化された自分。
自分と、自分以外。見えるもの、聴こえるもの、感じるもの。ハインとぼく。
共有した体に、乖離した精神。隔てられた肉体に、隔てられた精神。
過去の自分。現在の自分。連続性と非連続性。そして――。
自分とは?
ショボンの思考は中断された。予想だにしていなかった。
それは一瞬のことだったが、感じ取るには充分な長さだった。
懐かしくも愛おしい、あの赤々とした命の感触が、
全身を包み込んで、抱きしめて、そして、ショボンに現れた――。
※
ζ(゚、゚*ζ「大丈夫?」
(´ ω `)「え?」
ζ(゚、゚*ζ「涙」
デレにいわれて目尻を拭うと、溜まっていた涙がこぼれ落ちた。
視界がぼやけてよく見えない。ただてのひらに感じる重さから、
自分が何を手に持っているのかだけは判然としていた。
(´ ω `)「大丈夫だよ――」
ショボンは目をしばたたかせて涙を落とし、携帯に表示された
文章を読んでいった。デレが心配そうに覗き込んでいるのはわかったが、
それは不要な心配だった。とめどなくこぼれ落ちてくる涙を、ショボンは腕で拭い去った。
(´;ω;`)「これは、ぼくの涙じゃないから」
一斉に拍手が鳴り出した。舞台上の発表が終わった。
ショボンは胸を押さえた。大丈夫。今度は本当に、大丈夫。
ショボンは携帯をしまうと、なおも心配そうにしているデレにわらいかけた。
(´・ω・`)「モララー、来てるよ」
ζ(゚、゚;ζ「え、ええ?」
前発表者が舞台上から捌けていった。
渋澤が合図を出している。本当の本当に、ショボンたちの順番がやってきた。
ショボンは狼狽気味のデレの背中を、軽く叩いた。
(´・ω・`)「聴かせてやろう。ないものは出せないけど、
いま自分が持てるすべてを表現して」
それはショボンだけではない。ペニサスはきっと両親に。
渡辺はドクオを筆頭としたファンにだろうか。ヒートはおそらくヒッキーに。
ヒッキーは、間違いなくヒートに。そしてデレは、モララーに。
ショボンは――いうまでもない。
照明の光を浴びて、いま自分たちを見ている人の前で、ショボンは強く堂々と、
その身を晒した。渋澤の持つ指揮棒が、高く高く掲げられた。
『いままでごめんね。ありがとう、の方が適切かな? きみのこと、手のかかる
弟みたいに思っていたけど、本当は私のほうが助けられてたんだろうね――』
自分を見てほしい、褒めてほしい、認めてほしい。表現とは、
培ってきた人生を曝け出すことだ。表現のすべては、自分を根幹に置いている――
『始めのうちはね、ちょっとしたお手伝いでもして、 気づいてもらおうと
してただけなんだ。何だかわからないけど、私はショボンの中にいる。
事故のとき突き飛ばそうとしてくれたあの子の中にいるのかーって、
それくらいの意識だったんだ――』
ならば表現とは、自己開示の対価として賞賛や金銭の還元を求める、
それだけのものなのだろうか――
『あのときね、私、自殺しようと思ってたわけじゃないんだ。
ただ人間関係、とかでさ、いろいろと参ってたんだよ。
自業自得、なんだけどね。だけどそんな簡単に割り切れなくて――』
違う。喜んでほしい、悲しまないでほしい、元気を出してほしい。
どうしようもなく誰かを思って、誰かのために祈る。そういう性質も、表現にはある。
では表現とは、自己を越えて存在しえるものなのだろうか――
『赤い、赤いなって、もう頭の中がそれでいっぱいになってて、
車道を横断してたことにも気づいてなかったんだ。だからショボンのところに来たときも、
本気で手助けしようとか、そんな気はなかったんだよ。でもさ――』
それも違う。他者に幸福であってほしいという願いも、すべては自分からでた、
利己的な思いなのだ。ではなぜそこまで、自分とは異なる精神を思ってしまうのだろう。
近しい他者。友人、肉親、同じ肉体に共棲した彼女――
『なんか、私たち、似てるよね? だからかな、いつのまにか
他人事とは思えなくなってたんだ。アラマキくんなんて名乗ったのはさ、
たぶん、ハインという人格を消したかったからなんだと思う。
もっと超然とした存在として、きみを導きたかったんだと思う――』
ショボンは理解した。他者も自己の一部なのだと。だからこそ、
他者――自己を失うのは悲しい。それこそ、身を切られる程に。
そしてそれは、人間に限らない。目に映る、聴こえる、感じるすべてが、
自己に根ざした現象なのだ。それらすべての総体が、自分自身なのだ――
『きみは立派だよ。私は生きてるとき、逃げてしまったんだ。
逃げて、そのままだ。率直にいって、きみがうらやましい。
私には成せなかったことを次々と克服していくきみには、
嫉妬心も覚える。だけどね――』
その自分自身を、ショボンは歌に乗せて表現する。うれしいだけじゃない、
たのしいだけじゃない。つらく、苦しく、投げ出したくなることもある。
そしてなにより、その膨大さは、ショボンという体を使い切っても歌いつくせそうにない。
それでも、ショボンは歌う。なぜなら――
『私はきみがすきなんだ。それに、私は私がすき。
私自身を愛するように、私のきみを愛してる。きみの人生に私が残っているなら、
きみの表現に、私は現れる。自分で表現することは、私にはもう、できない。
でも、こういう表現の形式があっても、いいよね――』
なぜなら、自分がすきだから。すきだから表現したい。
すきだから、もっと知りたい。消えてなくなってしまっても、
求めた気持は、たしかにここに残っているから。
過去を否定するのではない。現在だけを認めるのも違う。
これから先、変わりゆくであろう自分――世界――も、
すべて、ずっと、受け入れて。そして――
『私は消える。私の世界も、一緒になくなる。けど、きみは生きていくんだよ。
ずっと忘れないでいてね。表現することを、表現したい気持を、忘れないでね。
表現して、懸命に、生きていてね。私の分まで、これからも、ずっと――』
そして、最後はディミヌエンド――
149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/30(日) 23:33:08.20 ID:A1nm5Cw90
大会から一週間後。ショボンはミルナの下へ向っていた。
自分のしたことが本当に正しかったのか、そこで見極めるつもりだった。
( ゚д゚ )「よくいらっしゃいました。どうも、こんな格好で申し訳ありません」
ミルナはこの寒空には似合わない、風邪でも引いてしまいそうな薄着をしていた。
だが、少しも寒そうには見えない。額からとめどなく湧き出てくる汗を、
ミルナは肩にかけたタオルで拭った。温度差のせいだろう、体からは湯気が立ち昇っている。
開かれた窓から、屋内の様子が見える。家具から何から、綺麗に片付けられていた。
代わりに、いくつものダンボールが積まれている。人が住んでいたという痕跡は、
壁についた染みや傷からしか、はかり取ることができなくなっていた。
脳裏に、あの廃屋の外観が浮かんだ。
ここを引き払って、実家へと戻ることに決めたのだと、
ミルナはいった。以前から再三帰ってくるように
いわれてはいたのだが、どうにも決心がつかなかったのだという。
( ゚д゚ )「ですがこの家にいても、私ひとりでは持て余してしまいますから」
ショボンは部屋の中へと案内された。そこにはまだ、
比較的生活臭が残っていた。飾り気のない簡素な部屋。
ハインもここで、本を読んだり、表現について
考えたりしていたのだろうか。前に来たときは余裕がなくて
思い浮かばなかったことが、次々と頭の中を埋め尽くしていった。
ミルナがお茶を運んできてくれた。そのお茶からは、この前と同じ香りがした。
連鎖的に、畳と、ほこりのにおいも思い出された。いまは、それらは感じない。
( ゚д゚ )「実家に戻ったら、ギターをやろうと思っているのですよ」
ミルナは大真面目な顔をしてそういった。冗談や、単なる思い付きでは
ないようだった。ミルナは若かりしころ、ギターにかぶれていた時期が
あったのだと告白した。意外なことに一朝一夕の趣味としてではなく、
流しとして日銭を稼いでいたこともあったのだという。
ミルナが一生の仕事として音楽と向き合おうとした矢先に、
彼は細君となるべき女性と出会った。ふたりの仲は急速に進展した。
彼女のお腹の中に新たな命が芽生えるまでに、そう時間はかからなかった。
ミルナは決断しなければならなかった。いまのままギターを続けていては、
家族を養うことはできない。まともな職に就く必要がある。しかしそれは、
夢を諦めることと同義であった。迷うこともなかった。ミルナは家族を取った。
( ゚д゚ )「あのときの選択に、後悔はありません。後悔があるとすれば、
それは、その後の私の生き方のせいでしょう……」
中途半端にしては未練が残る。ミルナは愛用のギターを
厳重に封印し、押入れの奥底へと保管した。二度と触ることはない。
少なくとも、娘が立派に成人し、良き良人を見つけるまでは。
そう考えてから十数年。いま、ミルナはギターの封を解いた。
(´・ω・`)「それは、ぜひ、聴いてみたいです」
ショボンの言葉に、ミルナは苦笑を浮かべて首を振った。
( ゚д゚ )「ゆびが、いうことを聴いてくれないのですよ」
自嘲気味な口調だった。ショボンは思わず、ミルナの手元を見つめた。
苦労の偲ばれる、節くれだったゆびをしていた。ミルナはショボンの
視線に気づいたようだったが、隠すようなことはせず、
むしろ強調しながら「ですが」と言葉をつなげた。
( ゚д゚ )「何年、何十年かかっても、弾けるようにしますよ。
表現したいことが、きっと、私にしか表現できないことがありますから」
ショボンはいつか、自分にも聴かせてほしいと約束を取り付けた。
ミルナは柔和にほほえむと、部屋の隅に重ねられたダンボールに
目を向けた。ショボンもつられて、そちらを見やった。
重なった箱の中にひとつ、一際大きいダンボール箱があった。
( ゚д゚ )「本当は、もっとはやく、あの子に聴いてもらえばよかったのでしょうね」
ショボンは荷造り作業の手伝いを申し出た。ミルナの話を聴いて、
何でもいいから手伝いたい気分になっていた。ミルナも快諾してくれた。
しかしショボンは、予想とは大分異なる場所を任されることになった。
扉を開くと、大小さまざまなアラマキくんに出迎えられた。
ハインの部屋は、家全体の雰囲気からすると、ずいぶんと趣が異なっていた。
これらすべてを片付けるとなると、結構な労力となる。
ショボンは取っ組みやすそうな箇所から着手することにした。
本棚には小説や童話、演劇、発声法、脚本術の本などがびっしりと並んでいた。
すべて読み切るのに、いったい何日かかることだろう。ハインは全部読んだのだろうか。
本棚には製本された商用の本以外に、一見して使い古されたとわかる、
大学ノートが並べられていた。一冊抜き取ってみる。表紙には、
誰もが知っている小説の題名が書かれていた。ショボンはノートを開いた。
ごちゃごちゃとした殴り書きで、始めは何が書かれているのか理解できなかった。
しかし読み進めていくうちに、物語の構成を独自に解き明かしているのだとわかった。
とにかく事細かに書かれている。登場人物のちょっとした台詞にまで焦点を合わせ、
構造単位にまで分解して、多視点的に物語を掘り尽くしていた。
他のノートも手に取った。考察したのは小説だけではなく、物語性を持つ
ありとあらゆるもの、戯曲、映画、漫画、そしてドラマにまで及んでいた。
考察の仕方も徐々にスマートに、わかりやすいものへと変じていた。
近年のものは、それ単体でも、読み物として完成しているように思えた。
残すところ、あと一冊となった。最後のノートは、他のものと比べていやに新しかった。
違和感を覚えるほどだった。ショボンはまだ新しいそのノートに手を伸ばした。
表紙には『相克のハルカタ』と題されていた。
何枚かページをめくって、すぐに気がついた。この書き方には見覚えがある。
ショボンはそれを、自分の携帯で見ていた。他のノートとは明確に異なる、
だれかに読んでもらうことを主眼に置いた書き方をしていた。
『相克のハルカタ』のノートは、途中から真っ白になっていた。
書いたのを消したわけではない。始めから書き込んでいないのだ。
それでも念のため、最後まで確認してみることにした。
小気味のいい音を立てて、左から右へページが流れていく。
(´・ω・`)「あっ」
ノートの隙間から、何かが落ちた。反射的に伸びたショボンの手を
すり抜けたそれは、床に寝そべっていた巨大なアラマキくんの、
ちょうど顔の上に落下した。それは写真だった。
ショボンは写真を拾い、そこに写っているものを見た。
写真には男女のツーショットが写っていた。女性の方はハインだ。
そして男性の方は――ショボンもよく知っている、とある男性の姿がそこにあった。
ノハ*゚⊿゚)「わーっ、すっごい人ごみですねーっ!」
台詞の内容とは裏腹に、ヒートの声はたのしくて
仕様がないといった具合に跳ね飛んでいた。
(-_-)「これじゃまるで見えませんね。意味ないですね」
対してヒッキーの声は、落ち着き払っている。というより、
冷め切っているようだった。ヒッキーの言葉にヒートが膨れているが、
たしかにこれは、ヒッキーのいうとおり来た甲斐がないのではと思われた。
ショボンはヒートに連れられ、『相克のハルカタ』の
ロケーションを見学しにきていた。ヒートの弁だと一緒に見に行く
約束をしていたらしいのだが、ショボンはまったく覚えていなかった。
ただヒートが嘘をつくと思えなかったことに加え、ショボンにも
理由ができたので、結局はヒートの誘いを受けることに落ち着いた。
ノハ#゚⊿゚)「だいたいなんで、ひっくんまで付いてきてるんだよーっ!」
(;-_-)「い、いいじゃないか。ぼくの勝手だろ!」
ふたりは何事か騒ぎ合っていたが、周囲の喧騒の中ではそれも埋もれた。
噂につられてやってきたのだろう。見渡す限り人だらけで、
熱気が凄いことになっている。このような状況で撮影を
行えるものなのだろうかと、人事ながら心配になった。
そうショボンが思っているところに、タイミングよく、
テレビ局の人間らしき人が姿を現した。彼は集った群集に向って、
エキストラとして参加してみないかと呼びかけてきた。放送時には、
ジョルジュと同じ画面に映った自分を確認できますよと付け加えて。
意外なことに、みな消極的に、あたりの様子をうかがうに留まっていた。
小さくささやきあう声が、そこかしこから聴こえる。どうやら興味はあっても、
人前にでる踏ん切りがつかない人が大半のようだった。この大人数の中で
参加表明をするという行為自体、恥ずかしいものがあるのだろう。
(´・ω・`)「ふたりは、ジョルジュのファン?」
何事か話し合っているヒートとヒッキーに、ショボンはそれとなく尋ねた。
ノハ*゚⊿゚)「はいっ! かっこいいと思いますっ!」
(-_-)「ぼくも、まあ……ひーちゃんと同じ意見です」
(´・ω・`)「そっか、ごめんね」
想像通りの反応を示したふたりに謝って、ショボンはエキストラに志願した。
テレビ局の人が事細かに段取りを説明している。
といっても、ショボンの役割はシンプルだ。他のエキストラ同様、
カメラに写った道路を横断するだけ。だからショボンは、
そんな説明に耳を傾けるよりも、もっと別の場所に意識を向けていた。
ジョルジュ。ブラウン管越しにしか存在しないように思えた、
自分とは別の世界の人物。それがいま、ショボンの目の前に実在していた。
間近で見るとよくわかる。若く、生気に溢れていて、そしてどこか、不安定だった。
ショボンの勝手な思い込みかもしれない。そうではないかもしれない。
撮影が開始された。杉浦の陰、連合とフォックスの密約を知り、
疑心暗鬼にかられたジョルジュが、道行く人々に怖れを抱くというシーンだ。
ジョルジュはさすがの演技力を発揮している。ショボンはジョルジュの周りを歩く、
道行く人のひとり。事前の説明で、近づきすぎないよう釘を刺されていた。
他のエキストラに紛れて、ショボンも歩きだした。
少しずつ進路をずらす。演じている人間も、周囲にいる人間も、
予定調和のドラマが演じられていると疑っていない。
ショボンは慎重に歩を進めた。この中で自分だけが、この先起こることを知っている。
優越感はなかった。義務感と――自分勝手な衝動だけがすべてだった。
ショボンは、ジョルジュの背後で止まった。
(´・ω・`)「ハインさんを覚えていますか?」
驚いた様子で振り返ったジョルジュを、ショボンは、
顔面目掛けて思い切り殴り飛ばした。
『ミルナさんは、もしハインさんと付き合っていた男性と会ってしまったら、どうします?』
『そうですね、たぶん……有無を言わさず殴ってしまう、でしょうね――』
床に倒れたジョルジュは、混乱した態でショボンを見ている。
逃げ出さないでいてくれたのは、幸いだった。伝えなければならないことがある。
ショボンはジョルジュを見下ろしながら、口を開いた。
「『ずっと忘れないでいてね』」
胸に刻んだ言葉を。
「『表現することを、表現したい気持を、忘れないでね』」
表現を愛した彼女の言葉を。
「『表現して、懸命に、生きていてね』」
ショボンと共に継ぐべき人へ。
「『私の分まで、これからも、ずっと――』」
告げた。
(´・ω・`)「ハインさんの、遺言です」
178 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/31(月) 00:09:07.54 ID:8RILjsEY0
言い終えた瞬間に取り押さえられた。もみくちゃにされて、上下左右も曖昧になる。
骨や肉が強くぶつかってきて、全身が痛い。罵声を浴びせられているような気がするが、
氾濫した声同士が邪魔しあうせいで、意味不明な音の塊だけが響き渡っている。
抵抗はしなかった。こうなることを想定した上で、やらなければならないと思った。
なにより、ショボン自身がそうしたかった。ハインの言葉をジョルジュに伝えたかった。
これからどうなろうと、受け入れるつもりだった。
だが、事態はショボンの想定どおりには動かなかった。
喧騒が消えた。より大きく、暴力的な咆哮が、すべての音を塗り潰した。
一帯を支配した咆哮は、塗り潰したすべての音をも引き連れて、跡形もなく霧散した。
後には何も残らなかった。声の主は、空を向いて、静かに静止していた。
あまりにも巨大だったので、この声が意味のある言葉だとわかったものは、
おそらくいない。ショボンにも、その単語が聴き取れたわけではなかった。
だが、ショボンには理解できた。ジョルジュが叫んだ言葉も、叫ぶに至った心理も。
その言葉は、オムライス。
朝。陽が昇るよりも早く目覚める。目の前にはアラマキくん。
彼を机の上に戻してから、ショボンは大きく伸びをした。顔を洗い、
柔軟をして、ジャージに着替える。玄関でランニングシューズを履くとき、
自分のものではない靴を、履きやすいように並べて揃えた。
(´・ω・`)「行ってきます」
ランニングコースはいつもと同じ。体中に血液が巡って、皮膚面が
発熱していく感覚がよくわかる。地面を踏み叩く音が、早朝の暗闇に浸透していった。
足音が止まる。電信柱に、モララーがよっかかっていた。
( ・∀・)「おせえよ」
モララーの口から白い息が漏れた。
街灯の灯るアスファルト上を、ふたりのジャージが影を作った。
影の動きは単調で、同じことを繰り返している。ショボンは苦しかった。
毎朝走り続けていても、気道が収縮するようなこの感覚には慣れない。
けれどいまは、この苦しさも悪くないと思えた。
(´・ω・`)「おはよ」
独特の鼻息を鳴らして、ブーンが並走してきた。ショボンの顔を見上げながら
走っている。常時この調子なので、見ている側としてはどこかにぶつかるのではと
不安になる。だがブーンは、器用に障害物を避けつつ走っていた。
( ・∀・)「よくもまあ、すき好んで走るもんだ」
モララーが悪態をついたのを聴いて、ショボンは小さくわらった。
モララーは不服そうにショボンを睨んでいた。
ペニサスが引退したあと、デレは部長になった。
“次期”と“候補”の抜けたデレは、真っ先にモララーを強制入部させた。
デレは宣言した。
『部長として、素行の悪い部員は管理させてもらいます!』
デレはモララー用の特別メニューを作り、それを義務付けた。
その項目の中には、ひとりで勝手な行動をしないことと添えられていた。
モララーがショボンと共にランニングしているのも、このメニューによるものだった。
モララーとデレはことあるごとに衝突した。きっかけはどれもこれも
些細なことばかりだったが、ふたりはそれを重大事であるかのように、
仰々しく論議していた。突っかかるのは大抵、デレの方からだった。
論議では終始モララーが優勢になっている。相手を煙に巻く口八丁では、
どう考えてもモララーに分があった。しかしどういうわけか、
決着はデレの勝利に収まることが多かった。モララーは
不満そうな顔をして見せていたが、すぐに演技だとわかった。
モララーは信念通りに行動しているのだなと、ショボンは思った。
二十四時間営業のコンビニ前を通って、二人と一匹はいっせいに止まった。
踏み切り前で、警報機の音が止むのを待つ。ホームにいる数少ない人々が
電車の中に消え、レールから錆びた音が響き渡った。
杣矢川橋の歩道を走る。ショボンもモララーもしゃべらない。
ブーンもとうぜんしゃべらない。ひたすらに走って、汗を拭って、
呼吸を整えて、やはり走った。それは橋を渡りきり、旋回して、
家に戻るまで続くはずだった。橋の中ほどまで走った。ショボンは止まった。
( ・∀・)「どうした?」
ショボンは返事をすることもなく、橋の外側を見ていた。収束した川の先端。
水平線と、空の境界。そこに暗闇はなかった。新たに芽生えた命の色が、
自己の内心を表現していた。ショボンは胸を押さえた。そして、また走り出した。
アルトではいられなくなったけれど、いまはテノールが出せる。
この先どのように変化していくのか、だれにも、自分にもわからない。
望まぬ変化もあるだろう。何もかも投げ出したくなることもあるかもしれない。
それらすべてを受け入れよう。
それでもぼくは走ろう。
いつまでも、歌い続けよう。
ぼくにしかない、表現で。
(´・ω・`)朝焼けディミヌエンドのようです ―― おわり ――
ぼくですいません。シベリアの方にばれてびびりました。
おそらく某所で頂いたお題、『朝焼け』から推理なされたのでしょう。
支援励ましその他諸々、本当にありがとうございました。
いままでさると遭遇したことがなかったので、支援のありがたみを
いまいち理解していなかったのですが、今回のことで骨身にしみてわかりました。
さるマジこええ。ありがたいやら申し訳ないやらで、泣きながら投下してました。
絵スレで描いていただいた『朝焼け』の絵、小一時間くらい泣きながら凝視してました。
投下時の緊張と怖さで何度も逃げたくなりましたが、なんとか踏み止まれたのはみなさんのおかげです。
ありがとう。何回言っても言いたりないよ。本当にありがとう。
元々この『朝焼け』は短篇用にプロットを起こしていて、VIPで投下する
つもりもなかったのです。それなのになぜ、中篇にまで伸ばしてこちらで
投下したのでしょうか。その理由は、同期の桜が復帰するというレスを見てしまったからです。
大多数の方にはどうでもいい話なのですが、ぼくは彼に対して、一方的なライバル心を
抱いているのです。「あいつがやるならぼくも!」というような、非常に子どもっぽい対抗心。
あわよくば気づいてもらえるのではないかという助平心――簡単に言えば、欲が出ちゃったんですね。
ぼくの身勝手な欲に付き合っていただいて、その上なお、おもしろいと言ってくれる方がいるなら、もう、感無量です。
最後に少し、作品自体の話を。気づいている方も多いと思いますが、※は※に対応しています。
伏線の多い作品なので、初めから読み返すと、また違った観点から俯瞰できるかもしれません。
もしお暇があったら、ブーン系本舗さんの方でまとめていただいているので、そちらへ行ってみてはどうでしょう。
これ以上語っても、後は蛇足になるばかりでしょう。言ってることも支離滅裂で、まとまらないしね。
もしかしたらまた、みなさんのお世話になることがあるかもしれません。それまでの間、
さようなら、ありがとう、お元気で、またいつか、それじゃあ、ばいばい!
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この記事へのコメント
1. Posted by ま January 31, 2011 18:28
思春期のモヤモヤ感が素晴らしい。
2. Posted by 名無し February 08, 2011 14:27

ここまで感情を理解させる作品は少ないと思う。
3. Posted by ななし February 08, 2011 20:09
評判いいから読んでみたが予想以上によかった