January 27, 2011
(´・ω・`)朝焼けディミヌエンドのようです 第一幕
ありがとうと百辺書いて気持が伝わるなら、どんなに簡単なことだろう。
伝えたいことが多すぎて、何を書けばいいのかわからない。
書きたいことが多すぎて、何から伝えればいいかわからない。
猶予はない。こうして手を拱いている間にも、
刻々と残り時間は磨り減っている。とにかくゆびを動かそう。
格好つける必要はない。支離滅裂でも構わない。
ミスしたって、みっともなくたっていいじゃないか。
それも含めて、自分なんだ。
様々な記憶が甦ってくる。思い出したくない記憶も多い。
けれど、それを手放しちゃいけない。人生の実は、明るいことだけにあるのではない。
辛いことも悲しいことも、すべてひっくるめて私なのだ。
視界が滲んだ。舞台上から聴こえてくる合唱の響きが、鼻の奥をつついた。
ずっと不安だった。重ねて見ていたのではないかと。
ただ、代理の役割を押し付けていただけなのではないかと。
いまなら断言できる。それは違う。
どちらもどちらの代わりにはならない。
どちら共に、私にとっての唯一無二だ。
もう時間がない。自分の意思とは関係なしに、そのときは訪れる。
結びを書こう。正真正銘、最後の最後だ。
少しくらいわがままをいっても、許してくれるかな。
きっと、許してくれるよね――
走っていると視界がぼやけてくる。
ショボンは力を込めて目をつむり、息を吐くと同時にまた開いた。
毎朝走り続けていても、気道が収縮するようなこの感覚には慣れない。
寒くなり始めましたとテレビは言っていたが、
こうして汗を流していると大した違いは感じられない。
ジャージの下で蒸れた熱気が、襟元から漏れ出して顔にかかる。
涼気を求めて首を反らすと、のどの奥がたちまち乾ききって、余計苦しくなってしまう。
聴こえるものは自らの呼吸音と、頭の中心で鳴り響く加速した鼓動だけだった。
空はまだ薄暗い。住居にも明かりはなく、耳をそばだてれば寝息が届いてきそうだった。
無論、ショボンにそんな余裕はなかった。
アスファルトの硬い感触を、一歩一歩蹴り進める。
住宅街を抜け、坂を登り、下った。他の店がシャッターを下ろしている中、
二十四時間営業のコンビニだけが、煌々と光を放っていた。
踏み切りの前でショボンは立ち止まった。遮断機が下りている。
甲高い警報の音に合わせて、ふたつのランプが交互に点滅している。
ホームにはスーツ姿の男性が、電車が来るのを待っていた。
数えられる程度の人数しかいない。それでも、人々が目覚めるより前に
働きへ出る人が、たしかにいる。錆びたブレーキ音を響かせて、電車が止まった。
ホーム上から男性がいなくなると、電車はゆっくりと動き出した。
汗をぬぐい、また走り出した。
杣矢川を横断する杣矢川橋を渡る。橋の向こう側、他県へと渡ったらゴール。
また折り返す。ショボンは足下に視線を向けながら、石畳の歩道を踏み出した。
杣矢川橋は長い。入り口からでは向こう岸が見えないので、
前を向いていると気が遠くなる。次に歩を置くべき箇所だけを見つめた。
整然と並んだ石畳の、溝に足を取られないようただ走る。
街中とは違い、川から昇った風がたしかに肌を冷やした。
内から発する熱が皮膚面で冷やされていく感触は、心地よい気もしたが、
同時に身震いを起こす悪寒のようにも思われた。
ショボンがどっちつかずの感触に抗しかねていると、突如、石畳に影が差した。
(;´・ω・`)「わっ」
目の前に女性が立っていた。女性は橋の下を眺めたまま、
じっとその場に佇んでいた。ショボンは避けようとして無理に体をずらした。
結果、足がもつれて転びそうになった。何とか倒れずにはすんだものの、
呼吸が乱れてのどがつかえ、変な声で咳き込んでしまった。
ばつが悪くなって、ショボンは体調が回復するのも待たずにその場を去った。
呼吸を整えてから、気づかれないよう静かに振り返ってみた。
女性はいまだ、橋の下を眺め続けていた。
セーラー服を着ている。長い髪に隠れて顔は見えなかったが、
自分よりみっつ、よっつは年上だろう。おそらく高校生なのだと思う。
飾り気のないバッグから、何かのキャラクターが垂れ下がっていた。
彼女は微動だにしなかった。ときおり風が髪をさらうだけで、
動的なものがそこから抜け落ちていた。
ぶつかりそうになったときも、その後も、彼女は何の反応も示さなかった。
組んだ両腕を手すりについて、川に視線を落としていた。
ショボンは振り返るのをやめ、足を早めた。
橋を渡りきった。ここはもう、普段住んでいる街とは異なる地域ということになる。
大きく何かが異なるわけではない。
だがショボンにとって、ここから先は未知の土地であった。
もと来た道を戻ろうとして、ショボンは足を止めた。
考えた末に、行きとは逆の歩道を使うことに決めた。
ここまでで半分。ここから先も半分。
辛かろうと苦しかろうと、同じ距離を走らなければ帰れない。
肺いっぱいに溜め込んで、熱を持った膝に活を入れた。
やることは変わらない。足下に眼を向けながら、一歩ずつ着実に進んでいく。
いつもと同じことを繰り返す。毎日、毎朝、変わらず行なってきたことだった。
なるべく何も考えず、気づけば家に着いている形が望ましい。
だがいまは、思考に雑念が紛れ込んでいた。視線を足下から、
ついつい横へ滑らせようとしてしまう。先ほどの女性が気になる。
なぜ制服を着た高校生が、こんな早朝に川を眺めているのか。
このようなわかりやすい理由もある。
けれどそれ以上に、彼女の放つ得体の知れない雰囲気自体が無視できなかった。
心のどこかで、あれは見てはいけないものだと警告しているようにも感じた。
しかしその禁忌感が、なおさら好奇心を刺激した。結局ショボンは、誘惑に負けて顔を上げた。
彼女は歩道にいなかった。ゆっくりとした歩調で、車道を横切っていた。
一歩進むのに何秒かかっているのか。乱れた髪の隙間に朝陽が差し込んでいた。
地肌がそうなのか光の関係なのか、赤みがかったほほは、倒錯的にも見えた。
陽を直視しているはずなのにまぶしがる様子もなく、
眼は異様に見開かれたまま動かなかった。見つめているようにも、
何も視界に入れていないようにも見えた。眼が、顔の印象を決定付けていた。
平常な人間の喜怒哀楽からかけ離れた表情をしていた。
そしてショボンは見た。彼女と、彼女へ向かって直進するトラックを。
トラックはかなりのスピードを出していた。人がいるなど考えてもいない速度だ。
ゴムの擦り切れる音が、何度も鳴らされるクラクションと共に響き渡った。
それでも彼女は反応しなかった。
彼女の世界では、トラックも、鼓膜を破る刺激も存在していないのかもしれない。
虚空を見上げ、意識ごと別の場所に飛んでいた。
このまま何もしなければ、悲惨なことになるのは目に見えていた。
呼吸が詰まりそうになった。走っていたからではない。
胸の中心が押し潰されそうで、目と鼻の奥が痛くなった。
彼女は動かない。トラックは進む。距離は狭まり、衝突のときは近づく。
ショボンの視界に、そのときの光景が幻視された。
それは、許されるものではなかった。
ダメだ、ダメだ、ダ――
(;´・ω・`)「ダメだぁ!」
彼女に向かって一直線に駆け出した。全速力で、つんのめりそうになりながら。
ふれてもいないトラックの圧力に、側面から押し返されそうだった。
トラックは彼女の間近に迫っていた。それはショボンのすぐそばまで
来ているということでもあり、ショボンと彼女との距離がほとんど
なくなっているということでもあった。
間に合わない。そう思うよりも先に、熱を持った膝がくの字に曲がった。
重い。重力に飲み込まれる。
だがしかし、ショボンは、体重のすべてをつまさきで支えた。
重力に反発し、曲がった膝を一文字に伸ばした。勢いそのままに、彼女目掛けて跳躍した。
不恰好に突進し、ショボンは、彼女と衝突した。彼女の体は綿のように、流れのままに浮いた。
その瞬間、彼女と目が合った。彼女の目が、ショボンを見ていた。
だが。
突然、トラックの向きが変わった。
それは、ショボンと彼女が飛んだのと、同じ方向だった。
バンパーが、目の前の視界を覆った。
最後に見た景色は、赤。
まず嗅ぎなれないにおいに感づいた。特別嫌悪感を催すにおいではない。
かといって、好んで近寄りたくなる類のものでもない。
潔癖になりすぎたために、かえって感覚を鋭敏にさせてしまうようなにおいだ。
聴覚からも同じ印象を受けた。静けさが騒音より耳障りだった。
視界が開けたのは最後だった。白い天井に白い壁。レモン色のカーテン。
ショボンは自分が横になっていたことに気がついた。
沈まないベッドと、体の上に布団が掛かっていた。
すぐそばの椅子に、男性が座っていた。
長いことアイロンがけされていないスーツの下で、
ネクタイが少し左によれている。男性は無表情にショボンを見ていた。
(´・ω・`)「父さん?」
なぜ父がここにいるのだろう。
それ以前に、自分はなぜ見知らぬベッドで横になっているのだろうか。
疑問が脳を刺激した。記憶が甦ってきた。
杣矢川橋で妙な雰囲気を持った女性とすれ違い、彼女を助けようとして、
ハンドルを切ったトラックと衝突しそうになって――。
してみると、ここは病院だろうか。
病院だと思って考え直してみると、なるほど、先の印象に合点がいった。
手足を動かしてみる。どこにも異常はない。どこかが痛むということもなかった。
ただ少しだけ、頭が重たいように感じた。
父――シャキンの首が左側を向いていた。
ショボンも、シャキンの視線を目で追った。壁に時計がかかっている。
十一時三十分。事故から五時間近く経過しているようだった。
(`・ω・´)「平気か」
シャキンは時計に眼を向けたまま、そういった。ショボンは簡易な
返事をするしかなかった。シャキンは何もいわない。ショボンも話さない。
ふたりとも時計を見たまま動かなかった。秒針のない時計だった。
時間は遅々として進まなかった。
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/26(水) 19:33:36.06 ID:JSkOSief0
('∀`)「あ、目が覚めましたか」
部屋の入り口から、白衣を着た男性が女性を連れ立って入ってきた。
女性のほうは一目で看護士とわかる格好をしている。男性はおそらく医者だろう。
それもとても若い。親しげに浮かべた笑みには威厳がない。
代わりに、人の好さが自然に表れていた。
('∀`)「そのままでいいからね」
ショボンが上体を起こそうとすると、男性はそういって遮った。
そうして男性は、ショボンの体を診察しながら、具合はどうか、
どこか傷むところはないかと質問してきた。
ショボンは質問に答えながら、男性の胸にかかった名札を見ていた。
どうやらドクオという先生らしい。
触診が終わると、ドクオはシャキンに向かって話し始めた。
むつかしい言葉も織り交ぜていたが、つまりは問題ないということのようだった。
その中で、ここが梶岡病院という名前の場所だということも知った。
ショボンも知っている、割合近所にある病院だった。
('∀`)「何かあったらすぐに呼んでください」
ドクオは安心させようとしているのがわかるえくぼ付きの笑顔をよこしてから、
来たとき同様看護士を連れて去っていった。
部屋にはまた、ショボンとシャキンのふたりだけが残った。
シャキンは時計を見ている。そっぽを向いていて、話しかけづらかった。
(`・ω・´)「そろそろ、行くな」
シャキンは立ち上がり、しわのできたスーツを正した。
鞄を持ち、振り返ることなく部屋を出ようとした。
(´・ω・`)「父さん」
シャキンが止まった。
(´・ω・`)「その――」
言葉がのどもとまで昇ってきている。だが、最後の一押しが足りない。
躊躇してしまう。シャキンは動かない。ショボンの言葉を待っているようだった。
決心がつかない。しかし、何かいわなければならない。
掛け時計には秒針がない。時間が止まっていた。
(´ ω `)「ごめん、なさい」
(`・ω・´)「……うん」
分針が回った。シャキンは出て行った。
出て行くときも、シャキンはショボンとは目を合わせなかった。
三時を過ぎたころ、ドクオ先生が通路を歩いているのを発見した。
ショボンは思い切って呼び止めた。そうして、今から学校に行けないかと尋ねた。
('A`)「安静にしていてほしいんだけど、絶対に行かないとダメなのかな?」
(´・ω・`)「できるなら」
ドクオは悩んだ様子を見せた末に、条件付で許可した。
ちょっとでも異常と感じたら、いつでもいいのですぐに病院まで来ることと、
ドクオはショボンに誓わせた。ショボンもその条件に承諾した。
面倒な手続きは父が済ませてくれていたので、
ショボンは自分の支度をするだけですんだ。
運ばれていたときに着ていたジャージに着替えなおす。
学校指定のジャージなので、このまま登校すればいい。
少し恥ずかしい気もするが、授業に出るわけではないので、問題ないだろう。
ドクオは病院の入り口まで付き添ってくれた。納得し切れていないのか、
心配なのか、元々整ってはいない顔をしかめ、歪めている。一緒に歩いている間、
先生はまた先の条件を口にした。しつこいくらいに、何度も念を押された。
もしかしたら、医者としての経験が少ないのかなと、ショボンは思った。
二重になった自動ドアの先に、曇った外の景色が見える。
後はドクオに礼をいい、ここから出て行ってしまえばいい。
しかし、ショボンはそうしなかった。
先延ばしにした質問を、ここで訊き出さなければならない。
ドクオは不思議そうにショボンを見つめている。
なぜ出て行こうとしないのか、疑問に思っているのだろう。
ショボンは意を決した。
(´・ω・`)「あの、たぶん、ぼくと一緒に運ばれた人がいたと思うんですが、その、その人は……」
ドクオの顔が先程までとは異なる形で歪んだ。
しどろもどろに何かをいおうとしているのがわかった。
答は聴くまでもなかった。
ショボンはもう一度礼をいい、すぐさまその場から立ち去った。
正門横の看板に、金文字で文等中学校と彫り上げられている。
グラウンドではサッカー部が走り込みをしていた。
みな、ショボンと同じジャージ姿をしている。
顧問の先生が部員の一挙一動を鋭く監視していた。
よく怒ると評判の、怖い先生だ。何か言われるのではないか。
ショボンは見つからないよう注意して、校舎に潜り込んだ。
校舎内は静まり返っていた。どこからも人の気配がしてこない。
階段を登る。ショボンの目的地は三階にある。
二階から三階へ上がる途中で、声が聴こえだした。
ショボンは歩く。声は大きくなる。発信地の目前で、ショボンは立ち止まった。
扉の上部にプラカードが掲げられている。教室名は第二音楽室。合唱部の部室。
部活はすでに始まっていた。
発声練習をしているようで、威勢の良い声が聴こえてくる。
一際大きく響き渡っているのは、デレの声だろう。
ショボンは戸に手を掛けたまま、開けないでいた。
練習中に割り込むのはどうにも気が引ける。
ショボンはしばらくの間立ち尽くしていたが、
復唱の隙間を見計らい、途切れた瞬間に素早く滑り込んだ。
ζ(゚ー゚*ζ「ショボ!」
なるべく音を立てないようにした努力もむなしく、
デレの声で視線がいっせいに集った。デレを先頭に部員が集ってくる。
どうやらショボンが事故にあったことはすでに伝わっているようで、
大丈夫なのかとしきりに心配された。
ζ(゚ー゚*ζ「もう、次期部長にあんまり心配かけさせないでよー!」
从'ー'从「ただの候補だけどね~」
ノハ*゚⊿゚)「候補なんですかっ!」
('、`*川「候補だァね」
ζ(゚、゚;ζ「ちがっ! 部長まで何言ってるんですか!」
ショボンを心配して集ったはずが、すっかりデレをからかう場に変わっていた。
女三人寄れば姦しいというが、四人集るともっとすごい。
ショボンはいつも翻弄されっぱなしだったが、
こういった和やかな雰囲気は嫌いではなかった。
いつもなら。
( ・∀・)「社長出勤のくせにずいぶんとゴキゲンだな、正規部員様方よ」
ショボンを囲んだ一団から距離を置いて、モララーが不遜な笑みを浮かべていた。
デレたちとは比べ物にならない人数が、モララーの周りに付き従っている。
( ・∀・)「俺たち臨時部員が真面目にやってる中、遅刻して迷惑をかけたんだ。
詫びがあってもいいんじゃないかね?」
ζ(゚、゚#ζ「あんたねえ!」
デレがモララーに噛み付いた。よく鍛えられたデレの声は、非常に大きい。
傍で聴いていると耳が痛くなる。密閉された教室内では尚更だ。しかしモララーは、
デレの怒声をまともに受けても眉一つ動かさず、涼しい顔をしていた。
( ・∀・)「なんだよお嬢様」
ζ(゚、゚#ζ「お嬢様って言うな! ショボは今日病院だったりなんだりで大変だったんだよ。
少しは考えてあげなさいよ!」
( ・∀・)「で?」
ζ(゚、゚;ζ「でって……」
( ・∀・)「遅れたのも迷惑をかけたのも事実だろう。理由になってないな」
ζ(゚、゚;ζ「だから、やむにやまれぬ事情ってもんが――」
(´・ω・`)「ごめんデレ、悪いのはたしかにぼくだよ」
ショボンはモララーとデレの言い争いに割って入った。
自分を取り囲むデレ、渡辺、後輩のヒート、部長のペニサスから離れ、
モララーの下に近づいていった。
多数の視線を感じる。好意的なものではない。中心に座するモララーの眼は、
その中でも一際強く突き刺さってきた。モララーはもう、わらってはいない。
視線の圧力に屈しそうになりながら、どうにかモララーの目前までやってこれた。
ショボンは、深く頭を下げた。
(´ ω `)「モララー、ごめん」
モララーの上履きが見える。
ショボンは下を向いたまま静止した。誰も何も言わなかった。
どれだけの時間が経過したのか、ショボンにはわからなかった。
モララーの足が、向きを変えた。
ζ(゚、゚;ζ「ちょ、ちょっと!」
デレの声が聴こえるより先に、大量の足音が右から左へと移動していった。
扉が開き、廊下へと出て行っている。モララーの上履きも、
ショボンの視界から消えていた。最後の足音が、扉の前で止まったのが聴こえた。
( ・∀・)「ヤムニヤマレヌジジョーで早退することにした。部長、構わないな?」
('、`*川「……すきにしてください」
( ・∀・)「ということだ。じゃあな、お嬢様」
ζ(゚、゚#ζ「お嬢様っていうな!」
デレの叫びは閉まった扉に叩きつけられ、残響音だけが残った。
ショボンは未だ、頭を下げ続けていた。まだそこに、モララーがいるような気がした。
('ー`*川「さ、練習再開しよっか!」
部長の声はひたすらに明るかった。滑稽だった。
ζ(゚、゚#ζ「あ~も~! 腹立つ!」
デレが力任せに筐体を叩いた。
ショボンは慌てて周囲を見回したが、こちらを監視している人は見当たらなかった。
部活の後、デレに連れられゲームセンターに寄ることになった。
ジャージ姿のまま寄り道などしたくなかったが、
怒り心頭に発したデレに逆らえるはずもなかった。
画面にはふたりの大男が映っている。
ショボンは詳しくないが、最新の格闘ゲームだということだった。
デレはお世辞にも上手とはいえないプレイヤーのようで、
操作するキャラクターは次々と攻撃を受けている。
瞬く間にライフバーが削れた。ルーズというコールが流れる。
ζ(゚、゚#ζ「次っ!」
デレは立ち上がり、別のゲーム台へと移動した。これで四度目だった。
今度は銃型のコントローラーを持ってゾンビを撃ち倒していく、
ガンシューティングに挑戦するようだった。
中々調子が良い。ゾンビの群れが一体二体と順々に倒れていく。
デレは真剣そのものだった。鋭い目付きで立ちはだかる敵を睨みつけている。
その内に膨らんだ肉がグロテスクな、巨大な敵が現れた。
このステージのボスだ。相手の隙をつきながら、何発も銃弾を撃ち込んでいく。
ζ(゚、゚#ζ「文化祭まで! もう! 余裕ないのにっ! シブ先は! 全然こっちこないし!」
デレは攻撃のたびに声を上げていた。
文化祭までもう間もないのに、こんなところで遊んでいていいのだろうか。
ショボンはそう思ったが、口にはしないでおいた。
ボスキャラクターとは接戦を繰り広げ、もう一押しで倒せそうだった。
しかしここにきて、ボスの行動が新しいパターンに変化した。
デレは対処することができず、画面いっぱいに巨大な肉塊が映しだされた。
(´・ω・`)「負けちゃった」
カウントがゼロになり、デモ画面に戻った。デレはコントローラーを持ったまま、
画面を見ている。反応しなくなった引き金の、安っぽい音を鳴らしていた。
ζ(゚、゚*ζ「ヒーちゃんもようやく慣れてきたのに……。
このままじゃ、部活に来たくなくなっちゃうよ」
弱々しい声でそういったかと思うと、今度は勢いよく振り返った。
ζ(゚、゚#ζ「だいたいショボもショボだよ。なんで言い返さないの」
デレの顔は怒ったままだった。あっちこっちへ当り散らした怒りが、
今はショボンに向いている。ショボンはうまく答えることができず、
言葉を濁すことしかできなかった。
ζ(゚、゚#ζ「もういい、太鼓の達人になってくる!」
デレはショボンを置いて、勝手にどこかへいってしまった。
その場につっ立っていると、見知らぬだれかとぶつかった。
その人は邪魔なものでも見るかのような目付きで、ショボンを睨んできた。
慌ててその場を離れた。
稼動した様々なゲームを眺める。色と音に溢れていて、居心地は良くなかった。
特に興味を持つこともできず、ショボンの思考は自然とデレの言葉を反芻しだした。
ヒーちゃんこと、ヒート。唯一の一年生部員で、
まったくの素人ながらも、持ち前の明るさでがんばっている。
素直ないい子だ。しかしまだ、人前で発表をした経験はない。
もし最初の体験で嫌な思いをしてしまったら、
合唱そのものに拒否感を覚えてしまうかもしれない。
辞めてしまうかもしれない。そうなったら、部にとっても死活問題だ。
なにより、ヒートに悪い。
だが、モララー相手に何ができるというのか。
モララーは臨時部員を完全に掌握している。それはそのまま、文化祭、
またその後に控える大会の可否が、モララーに握られていることを意味する。
そしてモララーに、それら発表を成功させる意識はない。
文等中学校合唱部では、毎年文化祭と、その三週間後に控える
高階市民会館での大会にて発表を行っている。
合唱部にはそれなりに長い歴史があり、昔は部員の数も多かった。
しかし運動部の活性化、吹奏楽部の台頭により次々と人員を奪われ、
今では部員も五人だけとなってしまった。それでも伝統を重んじる学校の方針により、
文化祭前のこの時期に臨時部員を募って、形だけでも見られるようにつくろっていた。
例年ならば部に所属していない者や、所属していても
まったく出てこない一、二学年の者を、内申点を餌にして強制参加させていた。
だが今年は、モララーがやってきた。モララーは自分に従う者を集め、
他の誰かが入る前に募集人員を埋めた。始めから、悪意を持ってやってきたのだ。
なんとかならないものか。ショボンは考えたが、そう簡単に打開策は思い浮かばなかった。
それに――。
思考が中断した。視界の端に何か、気になるものが映った。
それはUFOキャッチャーの景品の中にあった。
白いやわらかそうな毛をまとったぬいぐるみが、他の景品の間から頭をだしている。
これはなんだろうか。一見アザラシのようだが、
目と口らしき部分がずいぶんと中心の方に位置している。
申し訳程度に付けられた短い腕が、体の両側で“気を付け”しているのが
シュールといえばシュールだ。
かわいいとは思えない。そもそもぬいぐるみに拘りがあるわけでもない。
しかしショボンは、そのぬいぐるみがどうにも気になって仕方がなかった。
何か、どこかで、似たようなものを目にした気がする。
ζ(゚、゚*ζ「何かあった?」
いつの間にかデレが戻ってきていた。
帰ってくるのがあまりにも早かったので、つい、太鼓の方はどうしたのかと訊いてしまった。
ζ( 、 *ζ「私は、達人には、なれない……」
デレはいかにも哀れっぽい声をだして、悲しそうに顔を伏せた。
演技だということは一目瞭然だったが、堂に入った仕草がおかしくて、
ショボンはおもわず噴き出してしまった。顔を上げたデレも、わらっていた。
ζ(゚ー゚*ζ「あれはね、アラマキくんっていうんだよ」
(´・ω・`)「アラマキ?」
ζ(゚ー゚*ζ「アラマキくん。くんまでが名前」
どこかで見た覚えがあるのだと説明すると、
デレはアラマキくんについていろいろなことを教えてくれた。
女子中学生や女子高生の間でひそかなブームになっていて、
持っている子も多いのだという。
渡辺などは四つも五つも持っているらしい。
丸い体ととぼけた顔、それから豊富なバリエーションが、
人気の理由になっているとのことだった。
ζ(゚ー゚*ζ「ジョルジュもいつも持ち歩いてるんだって」
デレの言葉を聴いて、ジョルジュがアラマキくんを抱っこしている姿を想像した。
イメージにそぐわない。それは事実無根の噂なのではないかと、ショボンは思った。
ζ(゚ー゚*ζ「そうだ、私が取ったげる!」
いや、別にほしいわけじゃ――。
ショボンは断ろうとしたが、その間もなくデレは硬貨を投入していた。
ζ(゚ー゚*ζ「さっきはごめんね、変に当っちゃって。これはそのお詫びってことでさ。
大丈夫、デレちゃんの華麗なクレーン捌きに期待してなさい!」
デレは鼻歌でも歌いそうなくらいに生き生きとして、ふたつのボタンに手を置いた。
ボタンを押すと、天井に吊られたクレーンが水平に移動していった。
ここはお言葉に甘えて、見守ることに決めた。
ショボンが何を言おうと、デレは止まらないだろう。
なによりデレ自身が望んでいるのだから、止める理由がない。
クレーンの動きを注視した。
左右の動きが済み、今度は奥へと移動していく。それもまた、静止した。
52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/26(水) 20:07:37.21 ID:JSkOSief0
(;´・ω・`)「あの、デレさん?」
デレは応えない。
(;´・ω・`)「充分気持は伝わったからさ」
クレーンがアラマキくんをつかんだ。
(;´・ω・`)「もう帰らない?」
落ちた。
落ちたのはこれで何度目だろうか。アラマキくんは初期の位置からほとんど動いていない。
デレは悔しそうな顔をしてアラマキくんを睨んでいる。
その表情からは、諦める気などまるでないことがうかがえた。
現に今も、財布を開いてお金を取り出そうとしている。
だがデレは、財布の中をまさぐったまま動かなくなった。
どうやら硬貨が尽きたようだった。ショボンは安堵した。
デレには悪いが、いい加減家に帰りたかった。
けれどデレは、ショボンの思う通りには行動しなかった。
ζ(゚、゚#ζ「両替してくる!」
デレは千円札を手に持つと、両替機の方へ駆けていった。
まだ帰るわけにはいかないらしい。ショボンは人ごみに紛れていくデレから、
アラマキくんへと視線を移した。それにしても変な顔だ。
なぜこれが人気になるのか、不思議だった。
デレは中々戻ってこない。何かあったのだろうか。
ショボンは手持ち無沙汰に、UFOキャッチャーを眺めた。
つかんでもつかんでも、結局は落としてしまう。
一向に出口へ近づいていかない。本当に狙ったものが取れるのか、疑わしかった。
ショボンは思い直した。実際やってもいないのに、批判するのはよくないか。
もしかしたら何か、コツが必要なのかもしれない。
コツさえつかめば、簡単に取れるものなのかも。
アラマキくんがこちらを見ている。デレはまだ戻ってこない。
ショボンは硬貨を取り出した。ダメで元々、一回だけ試してみるのもわるくない。
投入口に硬貨を押し入れた。
操作方法はデレを見ていたので理解している。
まず左のボタンで横に移動させ、次に右のボタンを押して奥に移動させる。
左右の移動は、ぴたり。理想どおりの場所へ着けられた。次は奥へ。
デレは中心を狙っていた。しかしアラマキくんの形を考えると、
若干頭の側に寄せたほうがよい気がする。慎重に操作して、止める。
クレーンが降りる。つかんだ。
後はもう、干渉することはできない。無事届けられることを祈って、眺めるだけだ。
しかし先程までの例を見るに、すぐに落ちてしまうことは明白だった。
クレーンが上がる。
クレーンは移動を開始した。意外なことに、アラマキくんは危なっかしくゆれながらも、
しぶとくしがみついている。前後の移動が終わり、左右の軌道に乗った。
それでもアラマキくんはゆれるだけだった。
あれ、おかしいな。
そう思っているうちに、クレーンはゴールまでたどり着いてしまった。
アラマキくんが投下される。
軽いものが転がる音が聴こえ、景品口までたしかに滑り落ちてきた。
白い毛は、想像通りのやわらかな肌触りをしていた。
ζ(゚、゚#ζ「あー!」
突然の叫び声に肩が跳ねた。デレの指がショボンを指していた。
苦笑いするしかなかった。
家の中は真っ暗だった。シャキンはまだ帰っていない。いつものことだ。
しかし今日くらいは早く帰ってきているのではないか、期待していたのも事実だった。
シャキンが朝食に使ったであろう食器を洗ってから、夕食の支度に取り掛かる。
お椀に浸された水が冷たい。
冷蔵庫を開く。徳福屋のシュークリームに手が伸びそうになるが、
これはまた別の機会に。賞味期限の近い食材を取り出し、適当に調理する。
何といって名前のない料理ができあがる。食べ終えたら、また洗う。
自室に戻って、アラマキくんをどこに置こうか迷う。
飾りたいとも思わないが、放置してしまうのもかわいそうだ。
もしデレにばれたら、今度こそ本気で怒られてしまうという下心もあった。
とりあえずは、机の端に寝そべっていてもらうことにした。
時刻はすでに七時半。臨時部員の問題があろうと、自主練習を怠るわけにはいかない。
ショボンは二つ折りの携帯電話を開いて、録音機能を起動させた。
頭の中で指揮の動きを思い浮かべ、それに合わせて歌いだす。
歌う曲は、今度の発表で使用するものだ。
ひとしきり歌い終わり、録音を止める。
携帯を操作して、再生できるようにした。録音した自分の歌声を聴かなければならない。
しかしショボンの指は、中々再生ボタンを押さなかった。
ショボンは画面を戻して、まずは昨日録音した声を聴くことにした。
歌声が流れる。ショボンは無表情なままで耳を傾けていた。その内に再生が途切れた。
今度こそ、今日の分を聴かなければならなかった。
のどをさすりながら、再生ボタンを押した。
また、声が低くなっている気がする。
ショボンが担当しているのはアルトパートだった。
今回の歌では、重要なポイントを担っている。変更はきかない。
ショボンにしても変更する気などなかった。だが、いまは。
ショボンの声は日に日に低くなっていった。
誰にでも訪れる声変わりだと言うことは理解している。だが、ショボンにとっては、
そんな紋切り型の台詞で切り捨てられる問題ではなかった。
どこまで下がるのか、いつまで保てるのか。見通すことはできなかった。
のどを握る手に力がこもっていることに気がつき、慌てて離した。
嘆いていても仕方ない。今はただ、練習するしかない。ショボンは携帯を閉じた――。
夢中になって練習している間に、九時を回っていた。いけない。
ショボンは慌ててテレビをつけた。チャンネルを『相克のハルカタ』に合わせる。
画面ではジョルジュが、地下水道にて反杉浦連合と接触している場面が映っていた。
先週のあらすじには、なんとか間に合ったようだ。
『相克のハルカタ』とは毎週放映されているドラマで、ショボンは欠かさず見ていた。
むつかしく理解しづらい内容も含まれていたが、
それを補って余りあるスリルを感じられた。
そういえばと、ショボンは机に置かれたアラマキくんを見た。
デレはジョルジュもこれを持ち歩いているといっていた。画面上のジョルジュを見る。
やはり結びつかない。もっとスマートで、かっこいいイメージだ。
床に寝転がり、膝を曲げた。まだ筋トレは終わっていない。
テレビを見ながら、腹筋も済ませてしまおうと考えた。
一、二と数えつつ内容を理解するのは、至難の業だった。
(´・ω・`)「あれ?」
目の前にアラマキくんがいた。
枕の横に寝そべっている。どうしてこんなところに。
それ以前に、自分はいつの間に眠っていたのか。
たしか『相克のハルカタ』を見ながら腹筋をしていて、
二セット目が終わって少し休憩していたところで――。
そこまで考えて、ショボンははたと気がついた。
陽が完全に昇りきっている。慌てて時間を確認した。八時半を過ぎている。
おかしい。いつもなら五時前には自然と眼が覚めるのに。
悠長に考えている暇はなかった。遅刻だ。
取るものも取り敢えず、制服に着替え、走って学校へ向った。
「それで昨日の相克でさ――」
「やっぱりビロよりジョルジュだよね――」
クラスメイトが談笑しているのを他所に、ショボンは配膳された給食をつついていた。
班ごとに机を固める給食の時間は、食事よりもおしゃべりの方がメーンになる。
話題のドラマが放送された翌日などは、特に顕著だ。
『相克のハルカタ』に関する情報が、ショボンを越えて次々と飛び交っている。
杉浦は全部気がついているのではないか。フォックスがついに動き始めた。
気になる話ばかりだ。ショボンもいつもなら、積極的に参加している。
だが今日は、そういうわけにはいかなかった。
「ショボどったの? 具合悪い?」
(´・ω・`)「ううん、大丈夫だよ」
ショボンが黙りこくっているのを不審に思ったのか、
クラスメイトのひとりが声をかけてくれた。
ショボンが事故に合ったことは、クラスメイトにも知れ渡っていた。
そのためか、事故の影響で元気がないのかと勘違いしているようだった。
事故の後遺症といえるような現象は、今の所何もない。
ショボンがおしゃべりに加われない理由は、まったく違うところにあった。
昨夜見たはずの内容が、まったく思い出せないのだ。
腹筋をして、休憩して、最初のCMを見たのは確かだった。
しかしそこからの記憶が完全に途切れている。テレビの内容だけではない。
風呂に入ったのかも、いつベッドに潜ったのかもわからない。
ハルカタの話題はジョルビロ談義に移っていた。結果はわかりきっている。
ビロードよりも、ジョルジュの方がはるかに人気がある。
容姿にしても、演技にしても完全にビロードを喰ってしまっている。
ジョルジュの演技は、初主演だとは思えないほどに堂々としていた。
噂では演劇出身で、少し前まではこの街にいたらしい。
熟達した演技力は、演劇のほうで培ったものだという。
ショボンは半端に意識を向けながら、
あやふやな思考の中で自身の空白の時間についても考えた。
といって思い当たることがあるわけでもない。なんとはなしに考えているだけだ。
しかし何か、何か重要なことを見落としている気がした。
「ところでさ、昨日杉浦が持ってたあの赤いハンカチって――」
(´・ω・`)「赤?」
つい声が漏れてしまった。
ショボンは手を振って、何でもないと誤魔化した。
けれど本当は何でもないということはなく、赤という単語が妙に気にかかった。
赤。赤色。強い印象として、赤い何かが残っている。
しかしそれ以上は、いくら考えても思い出すことはできなかった。
部活の時間になった。ふたり一組になって、柔軟運動を始める。
ζ(゚、゚*ζ「昨日さー」
デレがショボンの背中を押しながら話しかけてきた。
ショボンは大抵いつも、デレと組んでいる。
伸ばした足に向って折り曲げた背中へ、デレの体重が乗っかってきた。
ζ(゚、゚*ζ「メール送ったんだけど、気づかなかった?」
背中の重みが増した。ショボンは息を吐き出して、さらに腰を曲げた。
デレにいわれて気がついた。今日は携帯を持ってくるのを忘れていた。
昨日録音に使ったきり、放置してしまっている。
携帯を学校に持ってくるのは校則違反になっているが、みんな隠れて持ち歩いている。
先生も知っていて黙認している。授業中に鳴ったときに、没収するくらいだった。
学校にいても、ちょっとした用事をメールで済ませてしまう子は少なくない。
デレもその中のひとりだった。何の用事だったかはわからないが、
ちょっと悪いことをしてしまったかもしれない。
ショボンはそう思い、謝ろうとしたが、それは叶わなかった。
背中にかかる重圧が、ショボンの背を砕かんとばかりに威力を増してきていた。
(;´・ω・`)「痛い、デレ、デレさん、痛い、痛いです、痛いです!」
ζ(^ー^*ζ「ショボのせいで恥かいちゃったんだもん。仕返しだ~!」
――交替。
今度はショボンが、デレの背中を押す。
一回一回反動をつけるようなやり方ではなく、
一分間じっくりと伸ばし続ける方法を取っている。
これは部長の指示で、こちらの方が効果があるとのことだった。
部長は臨時部員に混じって指導している。
臨時部員も、基本的には真面目に部活へ参加していた。
実際に歌わせてみても、声量は一定以上あり、
音を外していると明らかにわかるような者もいなかった。
だからこそ性質が悪かった。まったく戦力にならないのなら、
初めからいないものとして対処することができる。なまじ実力があるから、
期待もしてしまう。モララーもそれを狙っているのだろう。
まともな顧問がいれば、少しは違ってくるのだろうが。
ζ(゚、゚*ζ「シブ先、今日も吹奏楽の方だって。顧問としての自覚、あるのかしら」
力のかかり具合などからショボンの考えを察したのか、
デレは残った息を吐き出しながら渋澤のことを口にした。
潰れた声色には、不平の感情が表れている。
(´・ω・`)「仕方ないよ、あっちにとっても文化祭は重要な行事なんだから。うちと違って大所帯だし」
ショボンから見えるのはデレの背中だけだが、
ふくれっ面をしているのは容易にわかった。賛同してほしかったのだろう。
ショボンが余計なことをいったのが気に喰わなかったに違いない。
渋澤、デレがシブ先と呼ぶ先生は、吹奏楽部と合唱部の顧問を兼任している。
変わったところのある先生で、癖も多いが、音楽のことを理解しているのは
学校中でもこの人しかいなかった。
実のところショボンも苦手ではある。
しかしデレの場合はそういう次元ではなく、はっきりと蛇蝎のごとく嫌っていた。
デレはすっかりへそを曲げてしまっていた。敵の味方は敵ということだろうか。
時期部長候補は、こういうところが子どもっぽい。残り時間はあと十秒ほどだった。
ショボンはデレの背中に体重を乗せた。
ζ( 、 ;ζ「うえっ! いた、ショボ、いたっ、やめえっ!」
(´・ω・`)「おかえし」
部長の号令が聴こえた。柔軟は終わり、今度は発声練習を行う。
部員同士が横に並び、ひとつの大きな円を作る。まず部長が
「あえいうえおあお」と声を張る。その後に、全員が合わせて復唱する。
部長の番が終わったら、次は右隣の人――今日は渡辺が
「かけきくけこかこ」と声を張る。それをまた復唱する。
このようにしてさ行、た行と順番に繰り返していく。
これを円が一周するまで続けるのが、合唱部での発声練習になっていた。
デレ、ショボンと終わり、ヒートが少しばかり気の張りすぎた声を上げた。
問題はここで起こった。
臨時部員がヒートの後に続かず、口を閉じて声を出すことを拒否したのだ。
ヒートの隣にいた臨時部員の番になったが、これも声を出さない。
どういうことかと戸惑っていると、今度は一斉には行の部分を合唱した。
そしてまた沈黙する。かと思うと、また合唱部分だけ声を上げる。
沈黙、合唱と、おかしなサイクルが確立していた。
ヒートは今にも泣きそうな顔をしていた。
な行の復唱を飛ばされたのが、自分のせいだと思っているのかもしれない。
それは間違いだ。ショボンは臨時部員の中心で佇んでいるモララーを見た。
すました顔で、他の声に合わせている。
('、`*川「ストップ! 待った、止まって――」
部長が言い終わる前に、合唱は瞬時に止まった。不気味な静けさだった。
部長もたじろいでいるようだった。それでも気丈に、諭すような声で話しかけた。
('、`*川「ちゃんとしたやり方じゃないと、効果はでないんだよ。
こういう練習がばかばかしく感じるのかもしれないけど、全部意味があるんだ。
人前で、ひとりで声を張り上げるのは恥ずかしいかもしれないけど、な、ちゃんとやろうぜ」
部長の言い方は押し付けがましいものではなく、
かといって過剰に哀切な感情を出しているわけでもなかった。
臨時部員の間にも、動揺が広がっているのが見て取れる。
このまま収束しそうな流れだった。
しかし、そんな展開を彼が許すはずもなかった。
( ・∀・)「部長、それは勘違いですよ」
モララーが円の外郭から、中心部へと躍り出てきた。
すべての元凶であることは明白なのだが、まるで臆するところがない。
自信に満ち溢れた動きからは、それだけで人を従わせる雰囲気が滲み出ている。
( ・∀・)「なにぶん、我々もまだ慣れ切ったわけではないのでね。
不手際があったのには謝りますよ。しかしわざと場を乱したようにいわれるのは、
少々心外ですね」
ζ(゚、゚#ζ「なによ、どうせあんたの差し金じゃない!」
( ・∀・)「言いがかりはよくないな、お嬢様」
デレが何か言うのを軽くいなして、モララーはショボンの方へ向き直った。
口元には笑みを浮かべている。だが視線が、モララーの本心を表していた。
ショボンは逃れることもできず、圧倒されるがままになっていた。
( ・∀・)「俺たちはね、自分さえ歌えれば後はどうなろうと
構わないなんて考えている奴とは、違うんですよ」
それは、真っ直ぐショボンへと向けられた言葉だった。
部長もデレも、他の誰も、どんな意味が含まれているのか理解していないだろう。
ただショボンだけが、その言葉の意味するところを飲み込んでいた。
家に帰ってこれた。妙に疲れていた。
あの後は面倒が起こることもなく、表面上は何事もないままに進行した。
けれど張り詰めた雰囲気が異様な緊張を促してきて、変に肩がこってしまった。
すぐに眠ってしまいたい。
しかしそういうわけにもいかない。今朝はランニングもできなかったのだ。
せめて自主練習だけでも済ませてしまわなければならない。自室に戻った。
荷物を降ろし、ベッドに座って一息ついた。
ベッドのやわらかさに、このまま横になってしまいたい誘惑にかられた。
疲れのせいだろうか、いやに眠い。遅刻するくらいに寝すぎたというのに。
体が沈む。肘を立て、かろうじて倒れることを防いだ。重みでベッドが波打つ。
そのとき、視界の端で何か動くものが見えた。そこにはアラマキくんが寝転がっていた。
そういえば、今朝起きたときにも枕の横に置かれていたのを発見した気がする。
昨日は机の上に置いておいたはずなのだが、いつのまに持ってきていたのだろう。
アラマキくんをつかみ、起き上がった。大きく伸びをする。
あまりベッドの周りをごちゃごちゃさせたくない。元の場所――机の上に戻そう。
そう考え、ショボンは机の前まで歩いた。
だがショボンは、アラマキくんを置く前にもうひとつの忘れ物を発見した。
机の上で、携帯が開いていた。そこでようやく、デレからメールが送られていたこと、
そもそも持っていき忘れていたことを思い出した。
ショボンは手を伸ばした。だがそのとき、はたと気がついた。おかしい。
なぜ携帯が開いているのか。昨日録音に使ったとき、たしかに閉じたはずなのに。
記憶が正しければ、それ以降は触っていないはずだった。
持ち上げて、表や裏側を見回した。別段壊れているところは見当たらない。
慎重にボタンを押してみる。ディスプレイが光った。
そこに現れたのは、いつも目にしている待ち受け画面ではなかった。
ずらりと文字が並んでいる。なんだこれは。ショボンは一度携帯を閉じた。
目をつむり、深呼吸をして、もう一度開いた。画面は変わらなかった。
心臓が嫌な跳ね方をしている。目を逸らすこともできず、漠然と画面を眺めた。
するとそこに、気になる単語を見つけた。ジョルジュ。
なぜここにジョルジュの名前が書かれているのだろう。
そう思い上から読んでいくと、どうもこれは『相克のハルカタ』について
書かれた文章なのだということが判明した。
それも昨日、ショボンが見損ねた回の内容が書かれていた。
赤いハンカチ、フォックスの陰謀の示唆。読みやすくわかりやすい文章で、
クラスメイトが口にしていた話題がショボンにもよく理解できた。
自分でメモしたのか、なぜ携帯に書いたのか。
疑問はとめどもなく溢れてきたが、それよりも助かったという気持ちが先に立った。
『相克のハルカタ』というドラマは内容が複雑で、
一話見逃すと話しについていけなくなるおそれがあった。
『相克のハルカタ』にはふたりの主人公がいる。若き政治家秘書のビロードと、
その政治家に母を殺されたジョルジュという青年のふたりだ。
話はジョルジュが、母の仇である大物政治家杉浦ロマネスクを
刺そうとするところから始まる。ジョルジュはSPの目を掻い潜り杉浦の目前まで迫るが、
突如飛びだしてきたビロードと強く衝突し、犯行は失敗に終わってしまう。
ジョルジュのナイフはビロードに突き刺さっていた。
ビロードは意識が朦朧とし、その場に座り込んだ――はずだった。
気がつくと、目の前に血を流して座り込んでいる自分がいた。
自体が飲み込めず狼狽していると、目の前の自分が「逃げろ!」と叫んだ。
気が動転していたのも手伝って、ビロードは弾かれるようにしてその場から逃げ去った。
追っ手を振り切り呼吸を整えていたビロードは、ガラスに映った自分を見て青ざめた。
顔が、格好が、自分を刺したはずの男のものになっていた。
一方ジョルジュは、激痛にのたうちながらも
自分に起こったことの凡そを把握していた。理屈はわからないが、
あの衝突により自分とこの体の青年の精神が、入れ替わってしまったらしい。
これはチャンスかもしれない。この体の立場を利用して、
怪しまれることなく杉浦を殺せるのではないかとジョルジュは考えた。
しかし危惧することもあった。
自分の体の持ち主は、うまく逃げ切ることができただろうか。
細面の、気の弱そうな若者だった。自分の狙いは杉浦ひとりで、
他の人間に危害を加えるつもりはなかった。彼に落ち度はない。
完全なとばっちりだ。どうにか助けなければならない。
そのためにも、ここを生き延びる必要があった。
血はいまだに止まることなく、体は急速に冷えていった。
ジョルジュは自分に活を入れた。死ぬわけにはいかない。死んでたまるか。
そう思いながら、意識を失った。
その後、ジョルジュとなったビロードは警察や暴力組織の追跡を逃れつつ、
反杉浦を掲げる組織と接触することになる。組織には杉浦に地位や名誉、
肉親を奪われた者たちが集っていた。
杉浦を父のように慕っていたビロードは、知ることのなかった事実に直面し、
自らの価値観に疑問を抱きだす。それでも杉浦のことを
疑いきれないビロード――ジョルジュは、反杉浦連合と行動を共にするも、
独自に真実を追究していく。
そのころビロードとなったジョルジュは、なんとか一命を取り留めていた。
ジョルジュは怪我をおしてビロードの役割を担った。杉浦の隙をうかがうことと、
自分の体に関する情報を得ることが目的だった。
ビロードは元々雑用ばかりを任されていたようで、
ジョルジュでもすぐに仕事を覚えることができた。
しかしこのままでは杉浦との距離が遠いいと、
与えられた仕事とは異なる行動を行なっていく。
ジョルジュの提案はことごとく的中し、次第に頭角を現していった。
その過程で、ジョルジュはビロードが、杉浦に我が子のように愛されていたことを知る。
非道の王だと思っていた杉浦にも、ごく普通の人間的感情があることを知った。
ジョルジュ――ビロードは、杉浦のことを本当に殺してしまってもいいのかと、
戸惑いを覚えていく。
しかしビロードが戸惑っているうちに、
杉浦の第一秘書であるフォックスが、ビロードの異変に感づき始めていた。
フォックスは自尊心と猜疑心の強い男で、常からビロードのことを快く思っていなかった。
フォックスの画策により、ふたりの秘密は徐々に暴かれていくことになる。
これがストーリーの基本ライン。他にも杉浦の政敵との争いやフォックスの陰謀、
ジョルジュに好意を抱いていた女性の奔走など、さまざまな要素が盛り込まれている。
話の転換点が多いため、一度付いていけなくなると
そのまま置き去りにされてしまうことは間違いなかった。
ショボンはもう一度携帯の文章に目を通した。要点をうまく捉えた、良いまとめ方だ。
自分で書いたのなら、これ以上ない出来だといえる。
問題は、思い当たる節がまるでないということだけだった。
携帯を閉じた。やめよう。怪談に出てくるような、
呪いの文章が羅列されていたわけではないのだ。きっと無意識に自分でメモしたのだろう。
思い出せないのは、事故などのせいで疲れていたからに違いない。
閉じた携帯を机の上に置いた。
そしてアラマキくんも、昨日置いたのと同じ場所に寝かせた。
ショボンは一歩下がって、机全体を見回した。携帯は閉じている。
アラマキくんは寝そべっている。たしかに間違いないと、よく記憶した。
いつの間にか眠気は飛んでいた。体を慣らして、トレーニングを開始した。
(;´・ω・`)「うそ」
目の前にアラマキくんがいた。枕の横に寝そべっている。
窓からはよく晴れた陽の光が差し込んでいた。ショボンは跳ね起きた。
窓の外を直視してから、目をつむった。まぶたの裏に朝陽の残光が赤く焼きついている。
これではない。
ショボンは見た。赤。赤色。赤い印象。昨夜、九時を少し回っていた。
トレーニング中に突如、赤色が視界を覆った。
色そのものに重みがある、不可思議な感触だった。
物理的に赤いものを押し付けられたわけではない。
目をつむったときに見える残光のように、
網膜に焼きついた刺激が浮き上がってきているように感じられた。
そして、そこから先の記憶が完全に紛失していた。
机のそばへ駆け寄った。携帯が開いている。昨夜は閉まっていることを確認した。
閉め忘れた、ということはありえない。めまいがしそうになる。
父の仕業だろうか。いや、そんなことは考えられない。
誰かのいたずらだろうか。しかしこんないたずら、わざわざするものだろうか。
モララーだって、ここまで面倒なことはしない。
そもそも気づかれずにできるとも思えない。
携帯は節電のために、光を失っていた。とにかく確かめてみなければ始まらない。
昨日と同じなら、何かが書かれているはずだ。ショボンは携帯を手に取った。
ふるえて、うまくボタンを押せなかった。
ディスプレイに明かりが点った。書かれている文章が、目に入った。
『シュークリームおいしかった』
シュークリーム、おいしかった。
予想していた不吉な内容とはほど遠い、実に素朴な一言が表示されていた。
脱力感を覚えた。いったいこれを書いた者に、どんな目的があったのか。
何度読んでも、シュークリームおいしかった。
特別な意味が込められているとは思えない。しかしなぜ、シュークリーム。
たしかにシュークリームはおいしいが、なぜそれを選んだのだろう。
そこまで考えたとき、瞬間的に、あることを思い出した。
(;´・ω・`)「まさか」
自室から飛び出て、台所へ駆け込んだ。
冷蔵庫を開き、中のものをくまなく、隅から隅まで漁りつくした。
(;´・ω・`)「な、ない!」
たのしみに取っておいた徳福屋のシュークリームが、ない。
どう探しても、冷凍庫のほうを開けても見つからない。冷蔵庫から離れ、
台所中を見回したそのとき、シンクの三角コーナーに
折れ曲がった透明なセロファンが放り込まれているのを発見した。
セロファンには、生クリームの付着した跡が残っていた。
緊張した空気の中、全員合わせて通しで歌った。妨害や何かに怯えることなく、
歌うことに集中して歌うのは、ずいぶんと久しぶりだった。ただの練習と、
人前で歌うのとでは、緊張感がまるで違う。たとえ聴き手が、ひとりでも。
部活中の第二音楽室へ、唐突に渋澤が現れた。
渋澤は入室するやいなや「出来具合を聴かせろ」といって椅子に座った。
目を閉じ微動だにしない姿は、眠っているようにも見える。
ペニサスは渋澤の言葉に従い、部員を並ばせた。
本来の役割を放棄した渋澤の代わりに、ペニサスが指揮を執る。
渋澤は何もいわない。早く始めろと催促もしない。
それが逆に、無言の圧力を生みだしていた。ペニサスが指揮棒を振った――。
合唱が終わっても、渋澤は目を閉じたまま話しださなかった。
その間だれも、モララーでさえも動くことはなかった。息をすることすら憚られる。
声に出さずとも、渋澤を除くすべての者が、渋澤が口を開くの待っているのがわかった。
_、_
( ,_ノ` )「ショボン」
背筋からつま先にかけて、気色の悪い電流が走った。
_、_
( ,_ノ` )「おまえたしか、自分からソロパートに志願したんだったな?」
その通りだった。
_、_
( ,_ノ` )「だったら、何で声を出さない」
ショボンは答えられない。
_、_
( ,_ノ` )「俺は実力主義だ。実力のある奴は重用する。贔屓もする。平等なんてクソ喰らえだ」
威圧的な物言いからは、教え諭すなどという生易しい響きはまるで感じられない。
_、_
( ,_ノ` )「それじゃあ実力ってなんだ? 結果だろ。結果で示すもんだ。
過程でいくら努力しようと、結果を出さなけりゃクズだ」
中学校の教師がこんなことを言って、許されるのだろうか。
_、_
( ,_ノ` )「だがな、実力者の中に、努力知らずでやってきた人間を、俺は知らん。
才の有無に関係なく、あいつら例外なく努力してやがる」
あいつらとは吹奏楽部の人たちを指すのだろうか。
_、_
( ,_ノ` )「努力って言葉の意味、わかるか? とにかくがむしゃらにがんばりました。
よくわからないけど時間だけはかけました。アホか。これはな、努力じゃねえぞ。
徒労っつうんだ。努力ってのは、身を入れるってことだ。考えると共に、集中するってことだ」
……耳が痛い。
_、_
( ,_ノ` )「気もそぞろで歌なんか歌えるか。音楽嘗めるのもいい加減にしろ」
言いたいことだけ言い切ると、渋澤は来たとき同様唐突に帰っていった。
練習を見るという考えはまるでないようだった。
渋澤の言いたいことはわかった。納得もできた。
だがしかし、具体的にどう行動すればいいのか。
正しい努力を知らないのだ、急いた気持ちに追い立てられたら、
徒労だとわかっていても縋り付くしかないではないかと、反感も覚えた。
ζ(゚、゚*ζ「気にすることないよ、あんなの」
デレが声をかけてきた。いつの間にか、部屋の中が話し声で溢れていた。
渋澤が去ったことで空気が弛緩したのだろう。デレは渋澤についての不満を述べている。
本当にいやなやつだとか、偉そうなことを言うなら普段から手伝えとか。
(´・ω・`)「うん、でも、一理はあるから」
ζ(゚、゚*ζ「……いいけどさ、ショボが気にしてないなら。
たしかに最近、眠そうだもんね。隈なんかできちゃってるし」
ショボンは慌てて目元を押さえた。隈ができているとは気がつかなかった。
ζ(゚、゚*ζ「それに、何か変な噂できてるよ」
(´・ω・`)「噂?」
目の周りをほぐしながら尋ねる。
ζ(゚ー゚*ζ「うん。なんかね、ショボが深夜に徘徊してるらしいって、ナベがいってた」
从'ー'从「なになに、呼んだ~?」
ノハ*゚⊿゚)「なんですかっ、おもしろい話ですかっ!?」
デレの言葉に反応して、渡辺とヒートもやってきた。
渡辺はデレから説明を受けると、自分が見たわけでは
ないのだけれどと前置いて、話し始めた。
渡辺の兄の友人で、近くの病院に勤務している若い男性がいる。
その人は渡辺にとてもよくしてくれていて、ごはんに連れて行ってくれたり、
ちょっとした小物などを気前よく買ってくれたりするらしい。
渡辺が合唱をやっていることも知っており、
発表の日には同僚や友人を連れて必ず聴きに来るのだという。
从'ー'从「まあ、その人はどうでもいいんだけどね」
ショボンを見たというのは、その男性に連れられて昨年の合唱を聴きに来た、
また別の男性だった。渡辺はその男性とも付き合いがあり、
この間一緒に食事をしたときにショボンの話を聴いたのだという。
要するに兄の友人の友人から聴いた、とても信憑性の薄い話ということだった。
安堵の息が漏れた。
(´・ω・`)「それ、人違いだよ。たぶんぼくのことなんてよく覚えてなくて、
他のだれかと勘違いしたんじゃないかな」
ショボンが弁明するのとほぼ同時に、景気のいい破裂音が響いた。
ペニサスが手を鳴らしていた。
('、`*川「はいはい、おしゃべりはそこまで。練習再開するよ」
104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/26(水) 21:28:35.25 ID:JSkOSief0
部活が終わり、デレと一緒に帰った。
デレは何やら話しかけてきたが、ショボンは生返事しか返せなかった。
頭の中は考えごとに埋め尽くされていて、世間話に興じる余裕がなかった。
渡辺の言っていたことは、おそらく正しい。
ショボンの体は深夜のうちにどこかへ出掛け、朝方になってからベッドへ潜り込んでいる。
ただそれを、自分の意思で行っているわけではないというだけのことだった。
赤い印象から始まる一連の怪異は、いま現在も続いていた。
毎朝眼が覚めるとアラマキくんが枕元に置かれてあり、
開いた携帯には律儀にメッセージが残されていた。
このメッセージの主人――仮にAとする――は、どういうわけか、
我が家の食料を勝手に消費していた。よくあれはおいしかった、
あれはそうでもなかったと、聴いてもいないのに書かれている。
そこまではいい。家の中の物を使っている形跡があるのも、この際置いておく。
問題は、ショボンの生活がAに筒抜けになっていることだった。
毎朝のメッセージの中に、ショボンやショボンの行動に言及しているものがあった。
その書き方が、どうも、外側から見ているという感じがしない。
ショボンと同じ視点で、ショボンの見たものを語っている感じがする。
またAは、ショボンが起きている間に行動することはないようだった。
食料にしても携帯にしてもアラマキくんにしても、
ショボンが赤い印象を目にして意識を失って以降に、変化が起きていた。
つまりAの行動時間は、九時を過ぎてからショボンが目を覚ますまでの間、
ということになる。それに連動する形で、ショボンの睡眠不足は深刻化していった。
まるで、深夜中遊びまわっているかのように。
同じ視点を共有しているとしか思えないメッセージ、解消されない眠気、
その他様々な条件を考慮した上で、ショボンはひとつの結論を導いた。
Aは、ぼくの中にいる。
……そんなことありえるのだろうか。
しかしいまはもう、それ以外の考えが思いつかない。
だがもし、仮に、この結論が正しいとしたら、原因はなんなのだろうとショボンは考えた。
瞬間的にひとつの案が思い浮かんだ。すぐに振り払った。
荒唐無稽に過ぎる。いくらなんでも、毒されすぎているだろうと自嘲した。
ショボンは自分の身に起った出来事を、順々に思い出していった。
さほど時間もかかることなく、ひとつの大きな事件に思い至った。
交通事故。最近あった大きな転換点といえば、これ以外にない。
そうやって考えてみると、異変が起り始めたのも
交通事故に遭ってからだったように思えてくる。
他に候補がない以上、交通事故が原因だと決定してよいように思えた。
だが、そこで行き詰った。
仮に交通事故が直接の要因だったとしても、なぜAが発生したのかがわからない。
そもそも、自分の中に異なる人格が住み着いているという事態が、理解を超えている。
俗にいう、二重人格というものだろうか。
二重人格だとして、これは治るものなのだろうか。
ショボンには見当もつかなかった。
ただ治るという言葉から、また別のことを思い出していた。
交通事故に遭った際に担当してくれた先生――ドクオは、
何かあったらすぐ来るようにといっていた。あの人に頼るのはどうだろう。
治療できないまでも、原因くらいは判明するかもしれない。
ショボンはそう考えて、すぐに否定した。医学が発展したといっても、
そうそう簡単に解明できる問題だとは思えなかった。病院に通うことになれば、
時間も、お金もかかる。当然、父の知るところになる。それは、望ましくない展開だった。
結局、交通事故が原因で二重人格になってしまったという程度のことしかわからなかった。
それにそれも、正しいという保証はない。つまり、何も進展がなかったも同然だった。
ショボンは考えることを放棄した。いい加減、頭がどうにかなってしまいそうだった。
幸いAに、危害を及ぼそうとする意思などは見受けられない。眠気は問題だが、
他に危険がないのなら、しばらくはなりゆき任せでよいのではないかと思った。
ショボンはデレとの会話に話を合わせた。あまり気のない返事を続けて、
不機嫌になられてもつまらない。それにデレとの会話は、くだらなかったりもするが、
単純にたのしい。沈みがちな心のバランスを保つには最適だった。
ふと、デレにすべて打ち明けたらどうだろうかと思いついた。
中々悪くない考えのように思える。
デレはきっと、親身になって話を聴いてくれるだろう。
何かが解決するわけではないが、吐き出すことで気は楽になりそうだった。
とはいえ、不安もある。
もしかしたら変人と思われ、壁を作られてしまうかもしれない。
デレに限ってそんなことはないと思うが、何事も絶対はない。
言うべきか、言わないべきか。デレは話し続けている。
笑顔のデレを見ていると、信用していい気がしてくる。
それでも後一歩が踏み出せず、ショボンは取り留めのない話に花を咲かせた。
十字路にまでやってきた。ショボンは左へ、デレは右へ帰り道が続いている。
ショボンはまだ決めかねていた。どうすればよいのか、判然しない。
しかし悩んでいる間も、時間は進んでいく。
デレが別れの挨拶をしてきた。ばいばい、また明日。
無視するわけにはいかないと、ショボンも返した。うん、また明日。
違う、そんなことをいいたいわけじゃない。
そうこうしているうちに、デレは歩き出していた。
二歩、三歩と離れていく。変に気が急いていた。
もう、今しか機会がないようにすら思えた。
(;´・ω・`)「あ、デレ!」
ζ(゚ー゚*ζ「うん?」
デレが振り返った。呼び止めてしまった。
まだ決心がついたわけではないというのに。デレが小首を傾げた。
ショボンが話し出すのを待っている。何か言わなければならない。
どうしようか。デレは、いい子だ。
(;´・ω・`)「そのね……」
言ってしまおう。
大丈夫、誤魔化さず順を追って話していけば、デレならきっと信じてくれる。
だから言ってしまおう。
しかし頭で思うのと、実際に口に出すこととの間には、大きな隔たりがあった。
言おう言おうと意気込んでも、どうしても言葉が出てこない。
そうして躊躇している間に、恥ずかしさが増してきた。ショボンは顔を逸らした。
(;-_-)「あ」
小さな声が、静かな住宅街に拡がった。
ショボンが顔を逸らした先、ショボンとデレがやってきた道に、少年が立っていた。
モララーに付き従う臨時部員のひとりで、名前はヒッキー。
学年はヒートと同じ、一年だった。
ヒッキーは電信柱から顔を半分出した、いかにも尾行していますという格好をしていた。
見つかる事態を想定していなかったのか、挙動不審に右往左往している。
モララーの命令で来たのだろうか。人選を誤っている気がした。
ζ(゚、゚*ζ「何か用かな?」
ショボンより先に、デレが訪ねた。言い方に棘があった。
ヒッキーはさすがに隠れることを諦めたのか、電信柱から身を出した。
小柄な体が、縮こまってより小さくなっている。
弱々しいその姿のせいで、こちらが苛めているように錯覚しそうだった。
ヒッキーはうつむいて何もいわない。デレの視線は鋭い。
ショボンは立ち居地を決めかねていた。するとヒッキーが、上目遣いでこちらを見ていた。
しかしショボンと目が合った途端、また視線を地面へとやってしまった。
用があるのはぼくの方だろうか。ショボンは思った。
あるいは自分がひとりになったときに、声をかけてくるつもりだったのかもしれない。
たまたまショボンが立ち止まり、発見されてしまったせいで、予定が狂ったのかもしれない。
(´・ω・`)「あの、ヒッキーくん」
このままでは埒が明かないと、ショボンから声をかけた。
ヒッキーはたしかにモララーの子分だが、
このまま煮え切らない場に置き続けるのはかわいそうに思えた。
ヒッキーはおそるおそるといった様子で、顔を上げた。
ヒッキーの視線が、ショボンと向き合った。
しかし、視線はそのまま横へと滑った。滑って、止まった。目が見開いている。
その表情は、何かに驚いているように見えた。その何かは、ショボンの背後に存在した。
振り向いた。
( ・A・)「何をやっている」
そこには、モララーがいた。
十字路の上下左右をそれぞれ、ショボン、モララー、
デレ、ヒッキーの四人で占有する形になっていた。
モララーの言葉はショボンやデレを越え、ヒッキーに向っていた。
『何をやっている』という言葉は、『なぜここにいる』という意味にもとれる。
してみると、ヒッキーの行動はモララーの指示によるものではない、ということだろうか。
モララーの顔にいつもの笑みはなかった。冷たい眼差しで、ヒッキーを見下ろしている。
ヒッキーはすっかり萎縮してしまい、理由を説明することはおろか、
まともに話すこともできなくなっていた。モララーがヒッキーに向って歩きだした。
ζ(゚、゚*ζ「なによ」
モララーの視線がデレの方へ向いた。それはすぐに方向を変え、ショボンの方へと向った。
体が硬直する。しかしそのときは何事もなく、モララーはふたりの間を通り過ぎた。
そしてそのまま、ヒッキーの目の前へとたどり着いた。
( ・A・)「行くぞ」
モララーは去っていった。ヒッキーも、何も言わずに付き従っていった。
ζ(゚、゚*ζ「なんだったのかしら」
(´・ω・`)「なんだったんだろうね」
ふたりは別れた。
秘密を告白するだのしないだの考えていたのがバカらしくなって、結局何もいわずに帰った。
六時限目の授業が終わり、第二音楽室へと向う。
途中清掃当番の人とぶつかりそうになった。階段を踏み外しそうになった。
その場に倒れこみそうになったりした。
交通事故からすでに二週間近く経過していた。
Aは、未だに存在した。相変わらず好き勝手に行動しているようで、
その反動がすべてショボンに返ってきている。
メッセージは相変わらず取り留めのないことが書かれていた。
お気楽な内容を読んでいると、寝不足なのも相まって、異様に苛々としてきた。
ぶつける場所のないことが、より一層拍車をかけた。
最近はメッセージを読む前に携帯を閉じるようになった。
いくら怒ったところでAは消えないと、いまさらながらに気がついたのだ。
それならばいっそ、いないものとして扱ったほうが賢い。
Aのことを考えるのは、他の問題を解決してからにしようと決めた。
いまは、Aにかかずらっている暇などない。他にやるべきことが、山ほどある。
122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/26(水) 22:08:59.38 ID:JSkOSief0
『だから、……なんですよ』
『でもさ、……だからね』
部室の中から話し声が聴こえた。どうやらショボンより先に、
だれかがやってきているようだった。声質から、デレとペニサスだとわかる。
別におかしなことはない。HR次第で来れる順番は変わる。
だから、すぐに入ってしまえばよかった。
だがショボンは、ふたりの会話に不穏な気配が漂っているのを嗅ぎ取ってしまった。
張り詰めた空気を割って、入っていいものか悩む。
ショボンはドアの取っ手を掴んだまま、硬直してしまった。部屋内の会話が聴こえる。
『臨時部員なんて必要ないです! まともに練習もしない、まじめに参加する気もない。
今からでも遅くないです。切るべきですよ!』
『そうはいうけどな……。現実的に考えると、私たちだけじゃどうしたって無理があるよ』
『それじゃ、このままでいいっていうんですか?
どっちにしたって、今のままじゃ無理ですよ』
『やっぱり、先生に相談するしかないだろう』
『シブ先に相談したって、どうせ『音楽以外の話を俺のところに
持ち込むんじゃぬぇえ』っていわれるだけですよぅ……』
123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/26(水) 22:10:59.68 ID:JSkOSief0
ふたりの会話は、臨時部員の扱いについてだった。
デレの方は革新的で、ペニサスは保守的な意見を述べている。
どちらの思想にも納得できるところがある。しかしどちらともに、問題を残していた。
ここ数日、モララーの妨害は露骨に激しさを増していた。
歌わせない、練習させない。微妙にテンポをずらして、感覚をあやふやにしてくる。
何かいわれるとそれを逆手に取り、部員を引き連れて早退する。
『もし歌えなくなっても、困るのは俺達じゃないんだぜ?』
デレが噛み付いたときの、モララーの台詞だ。
モララーはこちらの急所を完全に見抜いている。
こちらは、モララーに対する有効な武器をひとつも持っていない。
ノハ*゚⊿゚)「先輩、おはようございますっ!」
从'ー'从「ショボくんおはよ。どうかした~?」
ショボンが立ち止まっている間に、ヒートと渡辺がやってきていた。
部屋の中は静かになっている。一段落着いたのかもしれない。
ショボンはなんでもないと誤魔化して、扉を開けた。
('、`*川「それじゃ、通しで歌ってみようか」
ペニサスが号令を出した。その声には、いつもの張りがない。
疲弊しているのは、なにもショボンだけではなかった。部長という役に加え、
ただひとりの三年という立場は、とてつもない重圧となっているに違いない。
ζ(゚、゚*ζ「なんだかさ、こっちまでやる気なくなっちゃうよ……」
デレが愚痴っている。何と答えればいいのだろう。
このままでいいわけがない。しかし、解決する手立てがない。
そんな都合の良い方法を知っていたら、とっくの昔に実践している。
……うそだ、ぼくは知っている。
ひとつだけ、モララーとの問題を完全に解決する手段を知っている。
そして、それこそがモララーの本当の狙いだった。だがショボンは、
その方法を実行するわけにはいかなかった。それだけは許されなかった。
歌が始まる。きっと妨害されるであろう“徒労”が――。
ζ(゚、゚*ζ「……あらま」
デレの言葉が的確に今の心情を言い表していた。あらま。
意外なことに、合唱中一度の邪魔もなかった。
音程を外す者も、故意に遅く歌う者もいない。声を出さない者はいたが、
それを補って余りある人数が、力強く歌い上げていた。下手をすると、
いままでで一番うまくいった練習だったかもしれなかった。
モララーの新たな策だろうか。ショボンはモララーを見た。
目をつむり、腕を組んでいる。何を考えているのか、外側からでは判断がつかなかった。
その代わり、他に気になるものが見つかった。
いつぞやショボンの前へ現れたヒッキーが、真剣な眼差しでこちら側に視線を向けていた。
視線はショボンから少し外れ、ヒートへと向けられているように見えた。
ショボンの知らないところで、なにやら変化が起き始めているようだった。
目覚ましの音で起きた。ほとんど眠った気がしない。
実際、まともに寝れていないのだろう。枕元に寝そべっているアラマキくんも、
いちいち戻したりせず放置している。ぼくの分まで惰眠をむさぼればいいさと、ショボンは思った。
時間はぎりぎりに設定している。体は重いが、悠長にはしていられない。
開きっぱなしの携帯を無視して、さっさと支度をした。朝食は抜き。
どうせ食べられやしない。急いで靴を履き、玄関を出た。
目の前に人が立っていた。
( ・∀・)「よう」
(;´・ω・`)「モララー……!」
モララーは気安い様子で手を上げてきたが、ショボンはそうはいかない。
なぜここにモララーが。頭の中が混乱した。家の住所はたしかに知られている。
しかしもう、何年も寄り付かなかったのだ。なぜいま、このタイミングで。
( ・∀・)「なに呆けてんだ。いくぞ」
モララーはショボンの動揺などお構いなしに歩きだした。
知らん顔もできない。仕方がないので、ショボンはモララーの後を追った。
( ・∀・)「なんだ、不思議な感じがするな」
モララーが何か話しかけてきた。友人に話しかけるような、軽い口調だ。
しかしショボンは、返事もできなかった。それどころではなかった。
どういうつもりかは知らないが、絶対に何か企んでいる。気は抜けなかった。
いつの間にか、通学路から外れていた。馴染みの薄い道が続く。
辺りには登校者の姿が見られない。そもそも人の姿自体が希薄な場所だった。
このままモララーに付いて行っていいのだろうか。不安になる。
それでも、ショボンは付いていった。
ここまで来て引き返すわけにもいかない。それに、これはいい機会かもしれない。
腹を割って話し合えば、モララーだってきっとわかってくれる。
ショボンは朦朧とする意識の中で、無理矢理そう結論付けた。
頭がうまく働かなかった。そうこうしているうちに、
ふたりの歩く道は一層寂しくなっていた。鬱蒼と茂った木々が、陽の光を遮っている。
(;´・ω・`)「なんの、ようなの?」
( ・∀・)「わかってんだろ?」
にべもなく返されてしまった。わかってはいたが、だからこそ違う答を期待した。
しかし、直接やってくるのはモララーらしくない気もする。
思考がそこまで及んだとき、モララーが止まった。
( ・∀・)「こっちも事情が変わってきてな。そろそろはっきりさせておきたいんだ」
塀に挟まれた、陰鬱な場所だった。悲鳴を上げても、だれも気づきそうにない。
( ・A・)「おまえ、いつまで歌を続ける気だ」
モララーの顔から笑みが消え去った。本気だ。
いままでとは違う。あのときと同じだ。直視できない。
( ・A・)「おまえが歌うのをやめれば、俺はもう合唱部に手出ししない。
あいつらにも真面目に取り組むよう指示する。ヒートっていったか。
あの子には、これからも続けてほしいだろう? 三人いる二年と、たったひとりの一年。
ひとりだけ抜けるとしたら――どちらがいいか、わからないわけじゃあるまい」
モララーの声は高圧的でもなければ、やわらかでもない。
淡々と、事実を朗読しているように聴こえる。理屈は理解できる。
ショボンとて、何度も考えたことだ。部のことを思えば、一番丸く収まる方法は、
ショボンが辞めることだった。
だが――だが、ショボンは、それを受け入れるわけにはいかない。
(;´ ω `)「ぼくは……歌を、やめるわけにはいかない」
( A )「……そうか、残念だな」
モララーは背を向けた。風が吹いている。
木々の先で重なった葉が、こすれあって音を立てていた。
都会の喧騒よりも騒がしいざわめきに、頭がおかしくなってしまいそうだった。
それが、一斉に、弾けた。
(;´・ω・`)「うわあっ!」
塀の上の茂みから、白い何かが飛び出してきた。
ショボンが飛び退くとそいつは、ぶぅんぶぅんと異様な音を鳴らして威嚇してきた。
そいつは犬だった。体のがっしりした中型犬で、鼻が不自然な形に潰れていた。
( ・A・)「こいつはこの辺りでブーンと呼ばれている野良犬だ。
保健所の狩りからも逃れ続けた、生粋の武闘派だ。
人間の指くらい、簡単に噛み千切るだろうな。今は、俺に従うように躾けてある」
モララーが近づくたびに、ブーンもにじり寄ってきた。
大きく開いた鼻の穴から、不気味な音が響き渡っている。
( ・A・)「もう一度訊くぞ。合唱を辞めるな?」
逃げ出すことも考えた。しかしブーンの視線が、それを許さなかった。
おそらくショボンが駆け出すよりも早く、ブーンは飛びついてくることだろう。
下手な動きをすれば、問答無用でやられる。
( ・A・)「いいから辞めておけばいいんだ。俺の言葉を聴かなかった結果、
おまえが何を引き起こしたか。忘れたわけじゃないだろうが」
忘れるわけがない。だからこそ、ショボンは歌をやめるわけにはいかなかった。
しかしだからこそ、モララーは歌うことを許さなかった。
この場しのぎの嘘が通じるほど、モララーは甘くない。
ならば、答えはひとつしかない。
だが、この状況に、モララー相手では、言葉がでない。
勇気が、足りない。
( A )「……そうかい。それじゃ、痛い目見てからもう一度考えるんだな。……行け!」
ブーンが牙を剥き出しにして跳ね飛んできた。
ショボンは反射的に目をつぶった。防御も何もなかった。
手か、腕か、脚か、のどか、予想される痛みが、瞬時に体の隅々へ浮かび上がってきた。
だが、痛みは空想に留まったまま、いつまで経っても現実の衝撃は訪れてこなかった。
ショボンはまぶたを開いた。
そこには、なぜかデレがいた。
( ・A・)「おまえ、なんでここに」
ζ(゚、゚#ζ「なんでって、ショボンにメールしても全然でないし、
ショボンの家に寄っていこうと思ったら、あんたと歩いてるし、
なんかよくわかんないけどなんか怪しいなんかいたし――要はつけてきたのよ! 尾行よ悪い!?」
デレは早口に捲くし立てた。かばんを両手に持って、前方へ突き出している。
ブーンがかばんに噛み付いているため、引っ張り合いの形になっているのだ。
鼻息荒く噛み付いているために、咥えた箇所からよだれが止め処なく溢れていた。
突然、モララーが笑い出した。笑い声が木々の触れ合う音に重なり、
一層狂気的な雰囲気を醸し出していた。嫌がらせをするときの余裕綽々な感じとも、
先程までの無機質な気配とも違う。表出した怒気が、真っ直ぐにショボンを捉えていた。
(# ∀ )「おいショボン、またか? また守ってもらうのか? そうやってまた、守られるだけか!」
モララーの叫びと同時に、デレのかばんが真中から裂け飛んだ。
ブーンの口の中に、破れた繊維や紙が詰まっている。
ブーンは顎を動かし、それらすべてを噛み砕いていた。
鋭いというよりは太く、破壊力のありそうな犬歯。
零れ落ちそうな眼球は白目の割合が多く、血走っている。
ブーンは紛れもなく、おそろしい野良犬だった。
だがそれよりも、モララーの方がおそろしかった。
ショボンは逃げ出した。無我夢中で走って逃げた。
酸素供給も何もなく、すべてを振り切って逃げ出してしまいたかった。
しかし辿り着いたのは、生活圏内である自宅でしかなかった。
自室へ戻ると、すぐさまベッドに潜り込んだ。
A、モララー、それに声変わり。複数の問題が同時に、なぜ自分の下へやってくるのか。
どうしてぼくなのか。わかりっこなかった。
モララーは言っていた、いつまで歌を続ける気かと。
ショボンにも見当がつかなかった。いつまで歌えば、いいのだろう。
歌を捨てることができれば、すべての苦しみも捨てることができる気がした。
モララーも自分を敵視しなくなるだろう。声変わりだって、歌わないのなら関係ない。
Aは――Aはわからないが、きっとどうにかなる。すべての苦しみは、歌からきていた。
それでも、それでも捨てるわけにはいかなかった。
それらの苦しみを背負ってでも、歌い続けなければならなかった。
それらの苦しみこそが、罰だった。歌を、歌わなければならない――。
物音で眼が覚めた。考えているうちに眠ってしまっていた。
窓から差し込む陽は、焼けて赤い。また、音が聴こえた。
音は居間の方から響いているようだった。
家の中にだれかがいる。真っ先に、泥棒という単語が思い浮かんだ。
しかし深夜の人が寝静まる時間ならともかく、こんな夕方に空き巣を
働こうと思うものだろうか。猫や、あるいは犬などが迷い込んできたと考える方が、
まだ理に適っている気がする。
犬か――。
今朝の出来事が思い起こされた。モララーがブーンを連れてやってきた、
ということはないだろうか。逃げ場をなくして、今度こそ本当に決着をつけるために。
いくらなんでも突飛すぎる思い付きだ。あるわけがない。
それにモララーらしくない。やるならもっとスマートな行動を取るだろう。
しかし今朝の行動も、とてもモララーらしいとはいえなかった。
モララーは事情が変わったと言っていた。何か急ぐ必要ができたのではないだろうか。
あるいは、本当に、モララーが来ているのではないか。
考えても仕方なかった。相変わらず音は聴こえてくる。
泥棒だろうと犬だろうと、何かが侵入していることはたしかだ。
ショボンは部屋の中にある一番重く分厚い辞典を持ち、忍び足で近づいていった。
音の主人は壁の向こうにいる。聴こえてくる位置、間隔的に、動物ではなさそうだ。
人間だろう。ならばやはり、泥棒という線が濃い。ショボンは一度大きく息を吸い、
辞典を高く掲げ、意を決して飛び出した。
そこにいた人物が、驚いた様子でこちらへ振り向いた。
(;´・ω・`)「……おかえりなさい」
(;`・ω・´)「……うん」
とりあえず、辞典は背中に隠した――。
(´・ω・`)「今日はずいぶん、早いね」
シャキンは曖昧な声で返事をしてきた。
シャキンと顔を合わせるのは久しぶりだった。Aが来てからは、一度も会っていない。
しかしAが来る以前はよく一緒にいたかというと、そういうわけでもない。
シャキンは夜遅く、ほとんどはショボンが眠ってから帰ってきていた。
そしてショボンが起きるよりも早く、会社へと出かけていった。
生活している跡だけが、家の中に残っていた。Aと同じだった。
どちらともなく椅子に座った。テーブルを挟んで、向かい合わせになる。
気まずい。ショボンは視線を別の場所へ向けた。
台所が視界に入る。そういえば何も食べてなかったと、ショボンは思い出した。
思い出した途端に、お腹が減ってきた。しかし、自分の分だけ作るのも気が引ける。
(´・ω・`)「あの、夕飯は?」
(`・ω・´)「いや、いい」
(´・ω・`)「そう……」
シャキンがリモコンでテレビを点けた。
チャンネルが切り替わる。一往復して、情報番組のところで止まった。
老舗の和菓子店を取材している様子が、映し出されている。
商品はすべて手作りされているらしい。
八十は越えているであろう老婆が、煮詰まったあずきを掻き混ぜながら答えていた。
家族それぞれが自分の役割を担っている。
老婆は家庭が円満だからこそ成り立っているのだといって、わらった。
アナウンサーも、わざとらしく調子を合わせていた。
(`・ω・´)「……ショボン」
(´・ω・`)「なに?」
(`・ω・´)「その……勉強は、どうだ?」
(´・ω・`)「……うん、まあ、それなりに」
(`・ω・´)「そうか……」
会話が続かない。
テレビは和菓子店の取材から、今日一日のニュースをダイジェストでまとめた
放送に変わっていた。次第に暗くなり始めた室内に、テレビの明かりだけが
煌々と輝いている。ふたりともテレビを見た格好のまま、動こうとしない。
(´・ω・`)「父さん、来週の日曜日、暇、ない?」
シャキンは無言のまま、胸ポケットから手帳を取り出した。
紙をめくる小気味いい音が響き渡る。止まった。
(`・ω・´)「いや……」
シャキンが手帳を閉じ、しまうのを目で追った。
この話は、今ので打ち切られたようだった。忙しいのなら仕方ない。
仕事なのだから、仕方ない。
来週の日曜は、合唱の発表日だった。どうせ、うまくいくかもわからない。
(´・ω・`)「部屋、戻るね」
いいかげん暗さの増してきた部屋に、明かりを灯した。
テレビの光が、周囲の光量に溶け込んだ。シャキンはテレビを見続けている。
ショボンは部屋から出ようとした。
(`・ω・´)「ショボン」
呼び止められた。何事かとショボンは振り返る。
だがシャキンは、同じ姿勢のまま、長いこと沈黙していた。
シャキンはテレビから視線を動かさない。
(`・ω・´)「……体は、大丈夫か?」
ようやく吐き出された声からは、特に表立った感情を感じられなかった。
おそらく事故のことを聴いているのだろう。
シャキンは、ショボンの身の回りで起っていることを、何も知らない。
父はぼくが寝不足だったことも、Aに悩まされていることも、知らない、気づいてもいない。
直隠しにしているのだから、当り前だった。
(´・ω・`)「うん、特に、なんとも」
部屋に戻った。開きっぱなしの携帯が目に入った。
ショボンはそのときになってようやく、デレのことを思い出した。
デレは無事に帰れただろうか。モララーなら滅多矢鱈に乱暴を働くことはないと思う。
しかしあのブーンは、目の血走った野良犬は、その限りではない。
モララーが躾けたといっても、はずみというものがある。
ショボンは携帯を手に取った。デレは今朝、メールを送ったといっていた。
何事もなければ、連絡が来ていてもおかしくない。
Aのメッセージを消し、受信ボックスを開いた。
『勝手に欠席するなんて、次期部長として許せません。明日は必ず来なさい。たっぷり叱ったげるからね。
PS:変に気にすることなんてないよ。悪いのは全部、モララーなんだから』
新着欄の一番上に、デレからのメールが表示されていた。
ショボンは返信の為の文章を書きかけ、やめた。携帯を閉じる。
ベッドで寝そべっているアラマキくんを、見当付けずに放り投げた。
160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/26(水) 23:24:20.60 ID:JSkOSief0
そろそろ、本当に気が狂いそうだった。
朝、眼が覚めると共に、アラマキくんが視界に映った。
投げ捨ててやる。ショボンは腕を伸ばした。
しかし、その手はアラマキくんへと届く前に中空で止まった。
(;´・ω・`)「ういぃっ! いっっつぅっ!」
激痛が走った。始めはそれが、どこからきた痛みなのかわからなかった。
全身の至る所が、神経を通じて悲鳴を上げているようだった。
振り上げた左腕に巻かれた包帯を見て、どこが原因だったのか気づけた。
へたくそによれて巻かれた包帯は、所々赤く滲んでいる。
隙間から、黒ずみへこんだ傷口が覗いていた。意識が遠のきそうになった。
今度は何なんだ。何をしてくれたんだ。
ショボンは起き上がった。携帯はすでに開いている。Aが開けたのだ。
今日ばかりは見過ごせない。何が書かれているか、確認しなければ気が済まなかった。
ショボンは乱暴にボタンを押した。
『退治した』
書かれていたのは、それだけだった。
授業中も休み時間も、気が気ではなかった。
突然に扉が開き、モララーがブーンを連れてやってくるのではないか。
隣の教室から、虎視眈々とこちらを狙っているのではないか。
モララーとはクラスが違う。確認できないという事実が、想像を逞しくした。
モララーの手下の臨時部員は、ショボンのクラスにもいる。彼らの存在も気になった。
普段は表立って対立することはない。お互いに干渉しないようにしている。
しかし今日に限って、彼らの視線がこちらへ向けられていた。
神経過敏になっている、というわけではなさそうだった。
ショボンの方から視線をよこすと、一瞬だけ視線が合い、
すぐさま逸らされた。それが三回ほど続いた。
見張られているようで、気味が悪かった。
モララーに言いつけられているのかもしれない。
逃げないように監視し、携帯で連絡を取り合っているのだ。
想像は悪い方向へ際限なく膨らんでいった。
だが、放課後まで何事もなく時間は過ぎていった。
ζ(゚、゚*ζ「――最低限、メールくらいは返しなさい。いいわね?」
(;´・ω・`)「はい、すいませんでした」
部室へ入るやいなや、本当に説教されてしまった。
デレは一頻り怒ったらすっきりしたのか、ぐちぐちと話題をひきずることなく、
笑顔ですっぱりと打ち切った。ペニサスが苦笑いしているのが見えた。
渡辺とヒートもやってきた。ふたりとも、昨日ショボンが来なかったことについて、
とやかく尋ねてきたりはしなかった。ヒートは何か訊きたそうにしていたが、
どこかで踏みとどまっているようだった。
いつも通りの練習が始まる。何も事件は起らない。ショボンはときどき扉の方を見た。
廊下から足音が聴こえてくると、否応なく意識はそちらへ向った。
何事もなかった。不自然なまでに。
それにしても――。
从'ー'从「臨時部員の人たち、来ないね~」
臨時部員の姿は、ひとりとしていなかった。
いつも事件を起す者がいないのだから、何か起るわけがなかった。不思議に思った。
モララーが何かを企んでいるにしても、ひとりやふたりは向わせると思うのだが。
ζ(゚、゚*ζ「来ないでいいよ。こっちのがのびのびできるもん」
デレは胸を張りながら答えた。
矮小な胸を突き出したその姿は、強がっているようにも見える。
しばらく五人で練習を続けた。円滑に、何の支障もなく練習できたのは久しぶりだった。
それでも五人では、どんなに声を出しても広い部屋内に空虚な隙間ができてしまった。
だからこそ、遠くから迫る異質な音すらも耳まで届いた。
古い掃除機がノズルよりも大きなゴミを無理矢理吸い取ろうとしているかのような、
耳障りな音。硬いものが床とぶつかって響く、甲高い音。どちらも、よく、聴き覚えがある。
それらが人の足音と歩調を合わせ、徐々に、徐々に近づいてきた。
不協和音が巨大化する。そして――第二音楽室の扉が開いた。
確かめるまでもなかった。目を背けたかった。
そこには、モララーとブーンがいた。
( ・A・)「最後通告だ」
ブーンの曲がった鼻から、ぶぅんぶぅんという例の鼻息が漏れている。
垂れた涎が点々と、ショボンとの間隔を狭めてきた。
( ・A・)「合唱を、やめろ」
モララーは抑揚なく敵意を突きつけてきた。
雰囲気に圧倒されてか、だれも、デレでさえも口を挟めないでいる。
昨日のような展開はありえない。今度こそ、自分で解決しなければならないのだ。
(;´ ω `)「ぼくは――」
歌をやめる。そういえるものなら、迷わずそういっていた。
痛い思いはしたくない。肉体的にも、精神的にも。人に嫌われるのは、苦痛だ。
それが友達なら、なおさらだった。それでも、答えは決まっていた。もう、何年も前から。
(´ ω `)「――歌い続けるよ」
モララーの顔が歪んだ。怒りのためではなかった。視界が、かつての光景と被った。
( A )「……残念だ。残念だな、本当に。……行けぇ!」
叫び声がブーンの枷を取り払った。ブーンを止めるものは、もはやない。
ショボンは覚悟した。
これからあの牙が、ぼくの肉を突き破るのだろう。
それは左腕にある怪我よりも痛いに違いない。
だからといって逃げるわけにはいかなかった。これは当然の報いなのだ。罰だ――。
だが。
ブーンは鼻を鳴らすだけで、元の位置から一歩も動かなかった。耳と尻尾が垂れ下がり、
怪物じみていた表情はすっかり情けないものに変貌してしまっている。
( ・A・)「なにをやってる。さあ行け」
モララーに圧され、ブーンはようやく動き出した。
それもゆっくりとした動作で、とても襲い掛かってくるような気配はない。
ブーンがショボンの前までやってきた。
するとそのまま、転がった。ショボンでも知っている。
腹を丸出しにした、完全服従のポーズだった。
あまりのことに、だれも、何もしゃべらなかった。
しかし、これで終わりではなかった。
扉が勢いよく開いたかと思うと、ぞろぞろと臨時部員が入室してきた。
広々としていた教室が、みるみる人で埋まっていく。
臨時部員はショボンたち、そしてモララーを取り囲んだ。
そして、一斉に頭を下げた。
(;-_-)「すいませんモララーさん! ぼくたちに、合唱をさせてください!」
そういったのは、いつかショボンの前へやってきたヒッキーという一年生だった。
ヒッキーを先頭に、綺麗に並んだお辞儀が扇形に拡がっていた。
モララーはその様子を一瞥すると、天井に顔を向けて溜息をついた。
( ・A・)「……勝手にしろ」
モララーがお辞儀の列を抜け、去っていく。
その間も、臨時部員たちは微動だにせず頭を下げたままだった。
モララーが人の列を抜け切った。そこで一旦止まり、こちらへ振り返ってきた。
( ・∀・)「おい、お嬢様」
ζ(゚、゚;ζ「な、なによ」
デレも急展開の連続に思考がついていっていないのだろう。
お嬢様と呼ばれても、つっこもうともしなかった。
( ・∀・)「かばん、悪かったな。そのうち弁償するからな」
それだけいうと、モララーは今度こそ去っていった。
廊下に響く足音が、段々と遠ざかっていく。
(-_-)「ショボンさん、ぼく、あなたには負けませんから」
いつの間にか頭を上げていたヒッキーが、唐突に宣戦布告してきた。
何に負けないのか、何で勝とうというのか、さっぱりわからない。
足元では、ブーンが仰向けに転がっていた。
入り口は左腕の怪我だった。ショボンは家に帰ってから、
ずれて意味をなくした包帯を完全にほどいた。黒く乾いた傷跡は、
四つのくぼんだ形をしていた。まるで、犬に噛まれた痕のように。
『退治した』。Aはそう書いていた。ブーンはショボンに服従して、
従順な飼い犬のように成り代わっていた。つい昨日までは、
鼻を鳴らし凶暴な面で襲い掛かってきたというのに。
昨日と今日の間に、何かがあったことは明白だった。
そしてそれは、“ブーンがショボンに懐く”という結果を
もたらす行動でなければならなかった。可能な人物は、限られていた。
臨時部員の変容も、異常だといえた。彼らはモララーに忠誠を誓っている。
事実、先の出来事のときも反旗を翻したわけではなく、歌わせてほしいと懇願しただけだ。
今にして思えば、今日、教室でショボンを見ていたのも、
先の出来事を気にしてのことだったのだろう。冷静になって思い出すと、
彼らの視線は監視という強気なものではなかった。もっと戸惑いを含んだ、
それこそ、ショボンと同じ表情をしていた。
ではなぜ、彼らは急に歌いたいなどと言い出したのだろうか。
合唱を続けているうち、たのしさに気づいたのか。ひとりふたりならありえるかもしれない。
だが、全員が全員そんな理由だとは思えない。
それに、たのしいという理由だけで、あのモララーを裏切れるとは思えない。
何か、彼らにとってとてつもなく魅力的な条件を提示されたか、
あるいは破滅的な状況を回避する手段になるぐらいでないと、納得できそうにない。
つまり、だれかが臨時部員を懐柔したのだ。ショボンでは当然ない。
デレやペニサスといった、正規部員でもないだろう。
仮に彼女たちなら、もっと早くに行動していたはずだ。
他に合唱部の内情を知っている人物を探る。渋澤の名前が思い浮かぶが、
すぐに否定する。絶対にありえない。仮定する必要も感じないが、これも正規部員同様、
介入するならもっとはやく介入していただろう。
それに、こんな回りくどい方法を取る必要もない。
渡辺やヒートが友人に頼んだという可能性を考えてみる。
ありえなくはないが、そこまで暇な人物がそういるだろうか。
臨時部員全員を懐柔するとなると、相当な時間が必要になる。
それこそ、夜通し行動しなければならないくらいに。
ショボンは携帯を開いた。方法や理由など、不可解な点は残っている。
しかしショボンには、他に思い当たる人物がいなかった。
すべての条件が、彼、あるいは彼女に向かっていた。
(´・ω・`)「きみがやったことなの? きみは、いったいだれなの?」
九時を回り、視界が赤い、生命力のある色に覆われた。
ショボンは起き上がると、すぐさま携帯を確認した。
『ぼくは朝焼けのアラマキくん! きみの味方さ!』
思わず、ベッドに転がったアラマキくんを見てしまった。
続き(´・ω・`)朝焼けディミヌエンドのようです 第二幕
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この記事へのコメント
1. Posted by (・ω・`) January 27, 2011 15:23
wktk
続き待ってる
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