February 26, 2011
川 ゚ -゚)と小さな騎士のようです
川 ゚ -゚) 「……」
(=゚ω゚) 「……」
川 ゚ -゚) 「……」
(=゚ω゚) 「……」
川 ゚ -゚) 「……」
(=゚ω゚) 「……」
川 ゚ -゚) 「……なんだお前」
(=゚ω゚) 「ぃょぅ」
川 ゚ -゚) 「……いよう?」
(=゚ω゚)ノ 「ぃょぅ」
川 ゚ -゚)ノ 「……いよう」
(=゚ω゚)ノ 「ぃょーぅ」
ある日突然、「それ」はわたしの目の前に現れた。
はじめは作り物かと思ったが
どうやらちゃんと生きているみたいだ。なんか喋るし。
今も短い右手をちまちま振って、挨拶をしているつもりらしい。
見たままに表現するならば、それは、15cmくらいの人形のような生き物だった。
猫耳帽をかぶったショタっぽい生き物が全長15cm。
何の罠だろう。
川 ゚ -゚) 「お前、なんていう生き物なんだ」
(=゚ω゚) 「ぃょぅ?」
きゅ? とかそういう擬音が出そうな勢いで首をかしげたりする。
川 ゚ -゚) 「……」
何の罠だ。
(=゚ω゚) 「ぃょぅ」
川 ゚ -゚) 「しかし、何言ってるのか判らんな……。まあいいか、ぃょぅと呼ぶことにしよう」
(=゚ω゚)ノ 「ぃょーぅ」
川 ゚ -゚) 「――とまあ、そんな感じなんだが」
特に緊急事態という訳でもなかったからその日は普通に寝て、
翌朝目が覚めても「それ」は消えていなかった――机に置いてあるティッシュ箱の上で
ぐっすり眠りこけていた――ので、わたしは至って普段通りに登校した。
完全に放っておこうかとも思ったのだが、ちょっと考えて
一応、余りもののドーナツを机に乗せておいたので、飢え死にだけはしないだろう。
そして午前の授業を終え、昼休み。
ふと変な生き物が現れたことを思い出して、
弁当を食べつつ友人にざっと話してみたところ、
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「ふーん」
ものすごく薄いリアクションを返された。
川 ゚ -゚) 「小林。無二の親友が
瓶詰めとかハンドメイドとかその手の素敵タイトルがつきそうな
不思議体験をしたというのに、なんだその反応は」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「またどれも微妙なタイトルだね」
紙パックの牛乳をすすりながらわたしの話を聞いていたクラスメイトは
今度はやきそばパンを口にくわえてもふもふした声で言う。
わたしは「口に物を入れて喋るんじゃありません」と注意して玉子焼きをほおばる。
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「で、なんでそんなのが伊藤の部屋に沸いて出たわけ?」
川 ゚ -゚) 「沸いたというか……ダウンロードした」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「は?」
川 ゚ -゚) 「いや、昨晩はついニコニコが過ぎてな、二時ごろまで起きていたんだが」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「うわあ出たよニコ厨発言。引くわー」
川 ゚ -゚) 「そう言うな、あれはあれでなかなか良いものだぞ。
……で、そろそろ寝ようかと思った時、妙なポップアップ広告が出てきたんだ」
それは見たこともないポップアップだった。
蔦の模様で上品にふちどられた淡い色の背景に、
意味不明な文がたったの三行。
今、危機に見舞われんとしている方へ。
小さな騎士が、貴方を一度だけお護りします。
会いたい方はクリックして下さい
まるで御伽噺の舞踏会の招待状みたいだった。
わたしはそれまで観ていた動画の上に突如現れたその文章から
なぜか目が離せなかった。
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「そんな怪しげなものホイホイクリックすんなよ……」
川 ゚ -゚) 「新手の時報かと思ったんだ」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「わあ、ここに重症のニコ厨がいるよ」
川 ゚ -゚) 「お前だってネトゲ廃人予備軍だろうが」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「夜中にアニメばっかり観てんじゃねー」
川 ゚ -゚) 「社会不適合者乙」
さわやかに不毛な応酬をしていたら
隣の席の男子に薄ら寒い目でチラチラ見られたが、
これは穏やかなランチタイムのよくある風景なのでもちろん何の問題もない。
川 ゚ -゚) 「まあ、確かに軽率だったとは思うが。
今思うとだいぶ判断力が低下していたんだろうな。五時間くらいPC凝視し続けた後だったし」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「あんま他所でそういうこと言わない方がいいよ。で?」
川 ゚ -゚) 「で――終わりだ。
ふと気がついたら、ディスプレイの前にミニチュアサイズの子どもがいた。
夢かと思ったんだが、今朝になってもまだいた」
10 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/21(月) 20:18:55 ID:AapZ4A.60
いきさつを全て話してやったのに、小林はまたしても 「ふーん」と気のない相槌を打つ。
川 ゚ -゚) 「おい、何ら発展してないぞ」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「だってコメントのしようがないんですもの」
そう言うと小林は小さくげっぷをして
食べ終えたパンの袋や紙パックの片づけを始めた。
わたしも残っていた最後のごはんを口に入れ、弁当箱のふたを閉める。
川 ゚ -゚) 「信じてないな?」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「信じてるよ。一応。伊藤は理由もなく嘘吐かないからね。
でもうちそういうのあんま興味ないし」
もっと大袈裟にリアクションして欲しいなら
そういうのが好きそうな奴に言えば、と小林は退屈そうに言う。
川 ゚ -゚) 「あいにくこんなファンタジー話を打ち明けられる人物を他に思いつかなかった。
いたらお前なんかには話さん」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「ナチュラルに失礼な奴だな……。内藤は? あいつこういう話好きじゃん」
川 ゚ -゚) 「……あいつは今日風邪で休みだろう」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「ああ、そうなの? どーりで同じクラスなのに見かけないと思った」
川 ゚ -゚) 「お前はよくそれで人に失礼とか言えるな」
気の置けない友人と心ゆくまで語らい、
青春の素晴らしさを実感した処で昼休みは終了した。
帰宅してみると、自室は今朝出て来た時と同じ、特に変わった様子はなかった。
小さな闖入者もしかり。
(=゚ω゚)ノ 「ぃょーぅ」
ドアを開けて入ってきたわたしに気付き、
また手を上げて挨拶してくる。
食べるかどうか不明だったドーナツは綺麗になくなっていた。
他に荒らされたような形跡はなかったが、机の上に数枚ティッシュが散らばっている。
ふにゃふにゃの紙ヒコーキらしき物体を見るに、
どうやらわたしが学校へ行っている間、
自分の身体より大きなティッシュで折り紙をして遊んでいたようだ。
川 ゚ -゚) 「折り紙好きなの?」
(=゚ω゚) 「ぅー?」
川 ゚ -゚) 「うーじゃなくて。まあいいや。
遊ぶのは構わないが、ちゃんと自分で片付けるんだぞ」
(=゚ω゚)ノ 「ぁぃょぅ」
川 ゚ -゚) 「……お?」
てっきり「ぃょぅ」しか言わないと思っていたので
こくこくと頷きながら相槌のように聞こえる言葉を発したことに少し驚く。
川 ゚ -゚) 「今ちょっと会話が成立したような気がするな……
おい、お前、その気になれば『ぃょぅ』以外にも喋れるんじゃないのか?」
(=゚ω゚) 「ぅ?」
川 ゚ -゚) 「ほら。ためしに、『伊藤 クール』と言ってみろ。わたしの名前だ」
(=゚ω゚) 「……くーぅ」
川 ゚ -゚) 「く、う、る」
(=゚ω゚) 「くー、ぅー、ぅ」
川 ゚ -゚) 「……」
(=゚ω゚) 「……」
川 ゚ -゚) 「る!」
(=゚ω゚) 「ぅ!」
16 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/21(月) 20:25:17 ID:AapZ4A.60
しばらくレッスンを続けてみたが
ぃょぅはどうしても「る」をうまく発音することが出来ず、
結局、「くーぅ」で妥協することにした。
(*=゚ω゚) 「くーぅ! くーぅ!」
川 ゚ -゚) 「はいはい、そんなに連呼しなくても聞こえているよ」
(*=゚ω゚)=3 ムフー
川 ゚ -゚) 「挫折したのになんでそんなに得意げなんだ?」
妙に自信満々な態度に首をかしげてみせると、
ぃょぅもわたしの真似をしてこっくり大きく頭を揺らす。
円滑に会話が出来ているとは言いがたいが
とにかくコミュニケーションが取れるようにはなったので、これで良しとしておこう。
意思の疎通が出来るとなるといよいよもって愛嬌が感じられてきた。
実際、身体のサイズといい、つぶらな黒い瞳といい、愛玩度の高い生き物ではある。
スナネズミとか、ハムスターとか。あんな感じ。
川 ゚ -゚) 「そうだな。喋るハムスターだと思えばいいか」
(=゚ω゚) 「はむ?」
川 ゚ -゚) 「お前が何なのかは未だに全然判らんが、
ここにいたいのなら別にいても構わんという意味だ」
(=゚ω゚) 「ほー」
川 ゚ -゚) 「もっとドーナツ食べるか?」
(*=゚ω゚)=3 「くぅ!」
ここだけ即答だった。
気に入ったらしい。
川 ゚ -゚) 「そうか。とりあえず虫とかミミズとか食う生き物じゃなくて良かったよ」
大きなドーナツを両手で抱えてもふもふ食べる姿はなかなかの愛くるしさだった。
今度内藤と小林にも見せてやろう。
そんなことを思いながら、その日は終わった。
翌朝。
わたしが目を覚ましてダイニングへ行くと、
父がテーブルで新聞を読んでいた。
寝癖だらけのだらしないパジャマ姿とはいえ、休みの日はいつも昼まで寝ているのに
珍しいこともあるものだ。
川 ゚ -゚) 「おはよう、父さん」
('A`) 「ああ、おはよ」
川 ゚ -゚) 「どうしたんだ? 休日だというのに早起きだな」
('A`) 「母さんにメールで起こされたんだよ……」
川 ゚ -゚) 「母さんに?」
('A`) 「今日の昼過ぎ、こっちに来るんだと」
川 ゚ -゚) 「なに。ほんとうか?」
がさがさと新聞をめくり、父さんは「あむ」とあくび混じりにうなずいた。
母はわたしの生まれた家で祖母と暮らしている。
わたしと父は単身赴任中、というか、
単身で赴任する予定だった父にわたしだけがくっついてきて、二人暮しをしているのだ。
理由は赴任先から歩いて通える学校があったことと、
家事全般がまるでダメな父を一人にしておいたら
どんな不規則な生活を送ることになるか判ったものじゃないから、である。
父は最後までいいよ大丈夫だよ一人で行くよと言っていたが母にすべて黙殺された。
ちなみにその後、残念そうに
「せっかく独身気分に戻れると思ったのに」と呟いたのを母に聞かれ
「あらそれってどういう意味かしら」と綺麗に関節を極められて悶絶してもいた。
微笑ましい思い出である。
('A`) 「お婆ちゃんが急に友達と旅行に行くことになったらしくて、
一人で家にいてもつまんないから、クーの顔を見に来るってさ」
川 ゚ -゚) 「そうか。じゃあ夕飯は久しぶりに母さんも一緒だな。
はりきってご馳走を作らねば」
('A`) 「そうだねー。でもその前に父さんの朝ご飯作ってくんない?」
川 ゚ -゚) 「何がいいかな。母さんは和食が好きだから……」
('A`) 「ねぇクーちゃん、パパお腹すいたんだけど」
川 ゚ -゚) 「ちらし寿司……鍋物……そうか、おでんという手もあるな……」
('A`) 「あの、クーちゃん? クーちゃんパパのこと嫌い?」
たまの休日にめったに会えない母が来ると聞き、わたしは上機嫌だった。
とりあえず飢えた雛鳥みたいになっていた父に朝食を食べさせて、
少し遠出をして大きなスーパーに行き、足取りも軽く食材を買い込む。
サイフもだいぶ軽くなってしまった気がするが、
その辺は父の妻に対する愛情でカバーしてもらうことにしよう。
川 ゚ -゚) 「ん?」
ところが、いざ荷物を両手に持ってスーパーから一歩外に出た瞬間、
ぽつり、と頭に何か当たるのを感じてわたしは空を見上げた。
川 ゚ -゚) 「……雨?」
さっきまでは晴れていたのに、わたしが品物を物色している間に急に天の気が変わったのか、
空は薄暗い雲に覆われていた。
風も速い。
そういえば朝見た予報で大雨が降ると言っていたっけ。
実家からこちらへ向かうルートもしっかり雨雲の範囲に含まれていて、
母さんも間が悪い、と父が笑っていたのを思い出す。
川 ゚ -゚) (参ったな……こっちで降り出すのは夜だと言っていたから油断した)
店の軒先に避難して、母に電話をかけてみる。
応答がない。もう家を出ているのだろうか。
買い物のついでに駅まで迎えに行こうかと思っていたのだが、
この大荷物を抱えたまま、傘も差さずにずっと待っているのはしんどそうだ。
23 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/21(月) 20:41:52 ID:AapZ4A.60
川 ゚ -゚) (折り畳み傘とかないかな)
一縷の望みを託して肩からかけていたバッグを開け、広げて中を見てみるが
そんなものがそう都合よくある訳はなく、
入っていたのはハンカチ、ティッシュ、サイフ、のど飴、ぃょぅぐらいのものだった。
川 ゚ -゚)
川 ゚ -゚)
二度見してしまった。
(=゚ω゚)ノ 「ぃょぅ」
川 ゚ -゚)
……なぜさっき会計した時に気付かなかったのだろう。
わたしは自分の無頓着さを呪いながら
バッグの中でのんびりくつろぐ15センチの生き物を無言でつかみ上げた。
∑(;=゚ω゚) 「ふぎゅっ」
てのひらにがっちり握り込み、顔のすぐ近くまで持ってきて押し殺した声を出す。
川 ゚ -゚) 「こんな処で何をしている……」
(=゚ω゚) 「くーぅと、かいもの」
川 ゚ -゚) 「ほほう。誰がついて来ていいと言った」
(=゚ω゚) 「ぃょぅ」
川 ゚ -゚) 「はっはっは、そうかそうか、よーし歯を食いしばれー」
(=゚ω゚) 「ギャー」
下らないことをしている内に雨が本格的になってきてしまった。
考えあぐねて父さんに電話をしたら、「車で迎えに行くから待ってな」と言ってくれた。
休日で道路が混んでいたら少し遅れるかもしれない、とも。
('A`) 「母さんと連絡取れないんじゃ仕方ないさ。一旦うちに帰っておいで」
それはそうかもしれないが、それにしたって
あんなに張り切って家を飛び出したのに出鼻をくじかれて親に迎えに来てもらうなんて、
今朝の自分がちょっと馬鹿みたいではないか。
川 ゚ -゚) 「……ふぅ」
電話を切り、わたしはスーパーの軒先ごしに暗澹とした空を見上げてため息を吐いた。
(=゚ω゚) 「ふー」
肩の上にちょこんと腰掛けたぃょぅが
大袈裟な仕草でわたしの真似をする。
ついさっきデコピンの刑に処されたと言うのにさっぱり懲りていないらしい。
足を持って逆さ吊りにしたらちょっとは反省するだろうか……と黒い考えを廻らせていたら
ポケットの中で携帯が震えた。
表示を見る。母だ。
川 ゚ -゚) 「もしもし? 母さん?」
('、`*川 『もしもし、クーちゃん? ああよかった、やっとつながったわー』
急いで通話ボタンを押すと、聞きなれた声がふんわり響く。
不思議と人を落ち着かせる母の話し声は少し遠くて、
雨音とは別の雑音が混じっている。
川 ゚ -゚) 「何度か電話したんだが。どうしたんだ? もう近くまで来てるのか?」
('、`*川 『ううん、まだ全然こっちの家の近くなの。いま駅の中。
電波がちっともつながらなくって困っちゃった。雨で電車が止まっちゃったのよー』
大変よねぇ、という呟きはちっとも大変そうに聞こえなかったが、
わたしはそれを聞いた途端、胸元にすぅっと隙間風が吹いたような気がした。
27 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/21(月) 20:51:24 ID:AapZ4A.60
川 ゚ -゚) 「電車が、止まってしまったということは……」
('、`*川 『……うん。残念だけど』
川 ゚ -゚) 「……そうか」
('、`*川 『ごめんねぇ、もっと早くに連絡出来ればよかったんだけれど』
川 ゚ -゚) 「母さんが謝ることはない。不可抗力だ、仕方ないさ」
――ただ、
とわたしは小さく呟き、
川 ゚ -゚) 「ただ、やっぱり残念だ。久しぶりに会いたかったから、少しだけ……」
('、`*川 『……淋しい?』
28 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/21(月) 20:52:42 ID:AapZ4A.60
わたしには友達がいる。
世話のかかる父さんもいるし、毎日それなりに忙しい。
母さんと話したければいつでもこうして電話出来る。
それでも。
川 ゚ -゚) 「……うん。少しだけ」
それでも、大好きな母さんと離れているのは、やっぱり淋しい。
だから、ほんの少しだけ。
('、`*川 『クーちゃんは素直ね』
母が、電話越しにやさしく微笑んだのが判った。
29 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/21(月) 20:54:03 ID:AapZ4A.60
('、`*川 『母さんもクーちゃんの顔が見れなくて残念。また今度、日を改めて逢いに行くからね』
川 ゚ -゚) 「うん」
('、`*川 『母娘水入らずでショッピングでもして、服とかいっぱい買っちゃいましょ。
でも仲間はずれにしたら父さん泣いちゃうかしら?
それからクーちゃんのお料理を食べて、一緒にお菓子も食べて、それから……』
わたしは右耳で母の声を、左耳で雨音を聞きながら、
五分くらい電話で話をした。
スーパーには次々に人が出入りしていたけれど、
軒先の端にぽつんと佇むわたしと、
わたしの肩に乗ったぃょぅのことなんて、誰も気にしていないようだった。
川 ゚ -゚) 「ああ、そうだな、それは楽しみだ。……うん。うん。ああ、気をつけて。それじゃ……」
30 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/21(月) 20:56:48 ID:AapZ4A.60
(=゚ω゚) 「くーぅ」
通話を終え、携帯をしまうと、耳のすぐそばでぃょぅの声がした。
まるでまだ電話をしているようでおかしくなる。
黙っているとぃょぅはわたしの髪の毛をちょいと引っぱって、また 「くーぅ」と名前を呼んだ。
川 ゚ -゚) 「……なんだ、ぃょぅ」
(=゚ω゚) 「おうち、かえぅ?」
川 ゚ -゚) 「かえぅ、じゃなくて、帰る、だ」
(=゚ω゚) 「いいこ」
一体何がしたいのか、肩に乗ったぃょぅは
今度は腕をいっぱいに伸ばして、わたしの頭をなではじめた。
なでるというか、小さな手でぺちぺちはたくというか。
(=゚ω゚)ノ 「いーこ、いーこ」
ひょっとして、慰めているつもりなのだろうか?
川 ゚ ー゚) 「……」
わたしはぃょぅから見えないよう、下を向いてこっそり笑った。
まったく、小さいなりをして、いっぱしの男のような真似をするじゃないか。
川 ゚ ー゚) 「帰るか」
ぃょぅを肩からてのひらに移し、小さな顔と向き合った。
とくべつ普段と変わらないはずの大きな黒い瞳が妙に生意気に見えて、何だかにやにやしてしまう。
川 ゚ ー゚) 「向こうのバス停まで行こう。父さんが来たらすぐ判るから」
(=゚ω゚)ノ 「ぁぃょぅ」
川 ゚ ー゚) 「帰ったら特製ドーナツでも作ってやるか。揚げたては美味しいぞ」
∑(*=゚ω゚) 「!!」
さっきまでの沈んだ気持ちは、いつの間にか綺麗に消えていた。
食料品のたっぷり詰まった袋を両手に持ち、ぃょぅをバッグの中に戻して、
わたしはスーパーの軒先から雨の降る道に飛び出した。
みるみるうちに冷たい雨粒が頭や顔を濡らす。
コンクリートに溜まった水が細かく跳ねて足元に当たる。
最初は早歩き程度のスピードだったが、駆け出したタイミングが悪かったのか
渡らなければいけない信号が途中で点滅し始めてしまい、
わたしは小さく舌を打った。
川 ゚ -゚) 「ぃょぅ、少し揺れるが我慢しろよ」
バッグに向かって声を掛け、わたしは一つ息を吸うと、腿を高く上げて勢いよく走り出した。
ビニール袋が呼吸と同じタイミングで大きく揺れる。
洋服はもう完全に洗濯が必要なレベルだろうが、大きな通りの信号を渡りきり、
後十メートルも走れば、屋根のあるバス停に到着する――
――だが、安息の場所にたどり着く前に、わたしは衝撃に襲われた。
33 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/21(月) 21:03:18 ID:AapZ4A.60
川 ゚ -゚) 「……あれ?」
気がつくと、なぜか濡れた地面に座り込んでいた。
何が起きたのか判らない。
脳を混乱が支配して、一瞬、頭が真っ白になった。
それでも自失していたのはたぶん、二秒か三秒。
我に返ったわたしがまず認識出来たのは、前方を走り去っていく黒いバイクと
“何かがぶつかった”ことだけが判る体の痛み、
そして、バイクを運転している人物が持っている、見覚えのある物体だった。
川 ゚ -゚) 「ひ」
ごくありふれた単語がのどに引っかかって出てこない。
わたしはぱくぱくと口を動かし、
川 ゚ -゚) 「……ったくり?」
荷物をすべて路上にぶちまけた上、
バッグを強奪されたため、とても軽くなった右手を無意味に開いたり握ったりした。
∑川;゚ -゚) 「ひったくり!?」
刻一刻と遠ざかって行く黒い後姿を認識しながら
呆然と判りきったことを呟く。
馬鹿みたいだ。
目の前に手のひらサイズの人間が現れた時だってろくに動じなかったくせに
なんというていたらくであろうか。
いや、むしろああいう現実離れした事態の方が、かえって冷静になれるものだろうか?
ちょっと待て、落ち着け伊藤クール、そんなことを考えている場合じゃない。
ふらふらと立ち上がり、「後ろから来たバイクにバッグを盗られた」ことをあらためて確認し、
その何の役にも立たない思考は
バッグに何が入っていたのかを思い出した次の瞬間、吹き飛んだ。
川 ゚ -゚) 「……ぃょぅ!!」
わたしは左手に持っていた荷物も地面に放り出し、全速力で駆け出した。
川 ゚ -゚) 「この―――」
泥棒、と大声で叫ぼうか否か、考えている余裕なかった。
どちらにしろもうスーパーからは遠ざかってしまったし、大雨のせいか人影もまばらだ。
今助けを求めても無敵のヒーローが飛んで来てくれる可能性はきわめて低い。
もちろんわたしだって空を飛べだり腕が伸びたりする訳でなし、
バイクに追いつける道理はない。
わたしはクラスの女子の中で三番目に足が早いけれど、たとえ一番だった処で
このまま走っていってバッグを取り戻すことは不可能だろう。
だがしかし、人間には足の他に頭というものがついている。
川 ゚ -゚) (しめた!)
わたしのバッグを奪ったバイクが、大通りから一本外れた横道に入って行った。
それを後方から視認したわたしは心の中で拳を握る。
あの道はくねくねした細い路地にしかつながらない。
加えてこの大雨だ、スピードは格段に落ちるだろう。
わたしはバイクの曲がったのよりだいぶ手前で、同じように脇道にそれた。
バイクの走っていった方向には大きな河にかかる橋があるのだ。
その近くまで近道をして、さらに河に沿ってうまく時間短縮すれば、
また目で捉えられる範囲まで距離を縮められるはずだ。
わたしは住宅地の路地と路地の間を無我夢中で走り続け、
ようやく、雨で水量の増した黒い河にかかる橋の上にたどり着いた。
川;゚ -゚) 「はあっ、はあっ、はっ」
何の遠慮もなく全力で走り回ったので
ありえないほど息が切れていた。心臓が痛い。頭がくらくらする。
川;゚ -゚) 「……む」
ところが、ここで予想外の事態が起きた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
橋の中ほどにいるわたしに向かってバイクが走ってくるのだ。
どうやら、引ったくり犯が思った以上に雨と狭い道に手こずったらしく、
距離を縮めるだけのつもりが先回りしてしまったらしい。
川;゚ -゚) 「はあ……追い越してしまったか……はあ」
38 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/21(月) 21:14:08 ID:AapZ4A.60
それならそれで好都合。
わたしは橋の真ん中に立ち、両手を大きく広げて「通せんぼ」した。
川 ゚ -゚) 「止まれ……」
雨音と、ごうごうという河の音で、こちらの声など届かないだろう。
だからわたしはバイクを真正面から睨みつけ、ひたすら眼光で相手を威嚇した。
川 ゚ -゚) 「止まれ……!」
このまま行くと間違いなく轢かれますよ、という位置で微動だにしないわたしの姿は、
果敢を通り越してむしろ怖かったに違いない。
流石に彼(彼女かもしれないが)もヘルメット越しに躊躇を見せ、バイクは確かにスピードを落とした。
わたしはここぞとばかりに息を吸い込み、あらんかぎりの声で絶叫した。
川#゚ -゚) 「バッグなんかやるから、ぃょぅを返せええええっ!!!」
39 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/21(月) 21:15:50 ID:AapZ4A.60
その声が届いたのか、それともたかがバッグ一つのために
ここまでする女がよほど不気味だったのか、バイクはさらに減速した。
明らかな逡巡。どうしようか考えている気配。
そして――
引ったくり犯は手に持っていたバッグを空中高く放り投げた。
川 ゚ -゚) 「あっ……」
きらきらと、雫を流れ星の尾みたいに引きながら、バッグは静かに落ちていく。
角度的に河に落ちかねない。
そう思ってわたしは思わず手を伸ばす。
ああ、目の前にバイクが迫ってきているんだった。
このまま轢かれるとちょっと死んでしまうのではないだろうか……
――が、
引ったくり犯は殺人犯にまでなる気はなかったようで、
わたしを跳ね飛ばす寸前、まさにギリギリの処でぐわっと脇にそれて行った。
川;゚ -゚) 「……!!」
わずか十数センチ横を風のように駆け抜けていったバイクは、改めてものすごい迫力だった。
そのスピード感に押されるように身体がよろける。
川;゚ -゚) 「うっ……、ぐっ……、ぬおーっ!」
負けるかとばかりにその勢いのまま空中に身を投げ出し、
かなり情けない格好ながらも、わたしはバッグをキャッチすることに成功した。
ほっ、とこわばっていた全身の緊張が解ける。
よくやったクール。ナイス。GJ。
川;゚ -゚) 「ふう……。ん?」
ふと気がつくと橋の欄干に半分以上身を乗り出していた。
川;゚ -゚) 「あっ」
勢いに乗りすぎた、と後悔してももう遅い。
地面に足がついていない。
踏ん張りもきかず、両手がふさがっている状態ではどうすることも出来なくて、
わたしの身体はずるりと落っこちてしまった。
濁った河は黒く渦巻いて、
雨粒が絶え間なく降り続けていて、
なんだか、そういうものがやけにゆっくり見えた。
川 ゚ -゚) 「……ぁ……」
口を開けたのは悲鳴を上げるためではなく、
たぶん、父さんか母さんを呼ぼうとしたのだと思う。
でも意味のある言葉が浮かんでくる前に頭の中が水音でいっぱいになってしまい、
わたしはぎゅっと目をつぶって、ああ、間に合わなかった、と思った。
「ん? もう死んだ?」
「生きてるょぅ」
_,
川 ゚ -゚) 「んん?」
声につられて目を開くと、鉛色の重い空が見えた。
呼吸も出来る。水の中ではないようだった。
だがその割には全身が妙な浮遊感に包まれていて心許ない。
状況が全く理解出来ずに、わたしはひたすらぱちぱちと目をしばたかせた。
川 ゚ -゚) 「……?」
ふと視線を動かしたら至近距離に人の顔を発見した。
だいぶ近い。密着していると言ってもいい。なぜこんなに近いのだろう。
川 ゚ -゚) (ああ、抱き上げられているのか)
ここに至るまでのモーションが不明瞭だったため、気づくのに時間がかかってしまった。
この体勢は恐らく例のアレ、女子の憧れお姫様だっこというやつである。
この人がわたしを助けてくれたのだろうか。
ぼんやりと目の前の顔を見ながらそう思う。
最初は父さんが来てくれたのかと思ったのだけれど、違った。
男の子だ。わたしと同じくらい。覚えのある顔ではなかった。
でも、何かが心の隅に引っかかる。
川 ゚ -゚) 「……」
不思議な気分だった。
こんな意味不明の状態で見知らぬ他人に抱き上げられて、もっと他にすることがあるだろうに、
わたしはただじっと男の子の顔だけを見つめ続けた。
いくら眺めてもやっぱり見覚えはない。でも、
わたしはこの子を知っている。
黒い、つぶらな大きな瞳――
川 ゚ -゚) 「……ぃょぅ……?」
(=゚ω゚) 「ぃょぅ!」
にこりと笑って、ぃょぅはいつもの挨拶をした。
川 ゚ -゚) 「ぃょぅ、なんだ、おまえ……ちょっと見ないうちに大きくなったな」
(=゚ω゚) 「きみが無茶をするからだょぅ!」
川 ゚ -゚) 「だってバッグが落っこちると思って……ていうか、何でわたしたち無事なんだ?」
(=゚ω゚) 「ちょっと待って。今降ろすょぅ」
川;゚ -゚) 「ああ、うん。……うおう!?」
それもそうかと下を見た瞬間、わたしは思わずぃょぅの首にしがみついた。
地面がない。ぃょぅの足元には何もなく、ただ下の方に荒れた川面が見えるだけだった。
(;=゚ω゚) 「苦しぃょぅ……」
空中に浮かんだぃょぅは首にわたしをぶら下げ、ふらふらと橋の上に戻った。
47 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/21(月) 21:30:49 ID:AapZ4A.60
川;゚ -゚) 「びっくりした……まさかの空中浮遊初体験だった……」
わたしたちは今まで河の上に浮かんで話をしていたらしい。
よくよく思い返してみれば、わたしの身体は完全に橋から離れてしまっていたから、
空中でキャッチでもしない限り助かる訳がない。
通りで身体がふわふわしていると思った。
ぃよぅは静かに地に足をつけ、橋にわたしを降ろしてくれた。
川 ゚ -゚) 「……」
(=゚ω゚)ノ 「ぃょぅ」
ああ、ぃょぅだ。
そう思った。
小さな人形にしか見えなかった時と変わらないのは帽子くらいで、
あらためて対面した不思議な命の恩人はどこから見ても普通の男の子だったけれど、
でも、わたしは確信を持ってそう思った。
この子は確かにわたしのぃょぅだ。
川 ゚ -゚) 「お前が助けてくれたんだな」
(=゚ω゚) 「きみが助けてくれたんだょぅ」
ぃょぅは小さかった時より達者になった口をにんまりさせた。
(=゚ω゚) 「きみを危機から救うためにここに来たのに、これじゃあべこべだょぅ!」
川 ゚ -゚) 「救うため? ああ……」
わたしはそもそものはじまりを思い出した。
謎の短いポップアップ。
小さな騎士が、貴方を一度だけお護りします。
川 ゚ -゚) 「そうか、“護る”ってこういうことだったのか」
(=゚ω゚) 「でも、どんな危機が訪れるかは、その時になってみないと判らないんだょぅ。
まさかぃょぅのためにこんな危ない目に遇うだなんて思わなかったょぅ。
たくさんたくさん無茶したょぅ。大丈夫かよぅ?」
わたしより低い背。幼い顔つき。その癖、心底こちらを気遣うそのさまは、
さっきわたしの頭をなでてくれたぃょぅと何も変わらない。
川 ゚ ー゚) 「なんともないよ。お互い様だ。お前もちゃんと助けてくれたじゃないか」
わたしは何だかくすぐったくて、すごく温かな気分になった。
するとぃょぅはまんまるい目でわたしを見て、えへへ、と笑った。
ちょっぴり照れて、けれど真実嬉しそうに。
(=゚ω゚) 「勇敢なきみの騎士であれたことを誇りに思う」
そして一歩わたしに近づき、わたしの手を握って、そう言った。
(=゚ω゚) 「護ってくれて、ありがとう」
そのまま、ぃょぅの身体は淡い光に包まれて、再びゆっくりと浮かび上がった。
つないだ手が徐々に離れていく。
合わさっていたてのひらが開き、静かに指先がほどけていく。
川 ゚ -゚) 「――あ……」
なぜだろう、わたしはこの時急に、この手を離さないで欲しい、と理由もなく思ったのだが、
わたしの身体は一緒に宙に浮いてはくれなかった。
ぃょぅだけがどんどん上に行ってしまう。
やがて完全に二人の手が離れた時、耳元でぃょぅの声がして――
「ばいばい、くーぅ」
――同時にぃょぅを包み込んでいた光がぱぁっとはじけて、
そうして、それきりだった。
川 ゚ -゚) 「……え?」
まぶしくて思わずつぶった目を開けるとぃょぅは消えていた。
ついさっきまで目の前にいたのに。
辺りを見回す。
どこにもいない。橋の上にも。川面の上にも。
川 ゚ -゚) 「……ぃょぅ?」
雨は、いつの間にか止んでいた。
翌朝。
わたしは少し早起きして食事の支度に取り掛かった。
油のじゅうじゅういう音と匂いがキッチンに充満し、
ちょうど完成品が皿に並べられた頃、父が寝床から這い出して来た。
川 ゚ -゚) 「おはよう、父さん」
('A`) 「ああ、おはよ……何してんの?」
川 ゚ -゚) 「ドーナツを作っている」
('A`) 「朝から?」
川 ゚ -゚) 「朝からだ。何か問題でも?」
('A`) 「……いえ」
揚げたてのドーナツとコーヒーを食卓に並べる。
何かを察してくれたのだろう。父はそれ以上、何も言わなかった。
朝食が済むと、わたしは余ったドーナツを小皿に取り分け、
自分の部屋に持っていった。
川 ゚ -゚) 「……」
誰もいない。
挨拶が聞こえてくることもない。
机の上はきちんと整理されている。
きっと、学校から帰ってきても、ドーナツは減っていたりしないだろう。
そんなことは判っていたけれど、
それでも、わたしは皿を机の上に置いた。
川 ゚ -゚) 「それじゃあ父さん、行って来る」
身支度を整え、リビングでニュース番組を見ている父に声をかける。
すると父は制服を着たわたしをやや不安そうな顔つきで見て、
('A`) 「なあ、やっぱり念のために一日休んだ方がいいんじゃないか」
などと言う。
川 ゚ -゚) 「どこも悪くないのにどうして休まなきゃいけないんだ?」
('A`) 「いや、だって、昨日あんだけ雨に降られたのに」
川 ゚ -゚) 「平気だってば。熱もないし。顔色だって悪くないだろう?」
('A`) 「うーん、確かに具合が悪そうには見えないけど……」
川 ゚ -゚) (過保護な親だなぁ)
('A`) (頑丈な娘だなぁ……)
そこはかとなく含みのある目つきを交わすものの、
喧嘩になるのでお互い口には出さない。そこは長年の呼吸である。
('A`) 「まあ、クーがそう言うんなら大丈夫だろ。気をつけて行っといで」
ハイハイと心配性の父親に適当に応え
わたしは学校へ行こうとした。
が、少し気が変わって、ドアの手前で振り返る。
昨日、父さんはスーパーまで車に迎えに来てくれた。
だが周辺に全くわたしの姿が見えず、何度電話しても出ないので、父さんはにわかに不安になった。
さらに道端に放置された荷物を発見した父は、もしや娘の身に何かあったのではと
土砂降りの中必死にわたしを探し回ってくれた。
わたしは橋の上でどれくらい呆然としていたのだろう?
雨に降られたと言うなら、父さんだってわたしと同じくらいびしょびしょだったのだ。
川 ゚ -゚) 「……父さん」
('A`) 「んあ? なに?」
橋の上のわたしは心ここにあらずで
自分の身に起こったことをうまく説明出来なかったのだが、
父はとにかくわたしの身が無事であることだけを幾度も確認し、
「今が無理なら、いつか話したくなった時に話してくれればいい」と言った。
そして、未だに何も訊かない。
父さんはそういう人だ。
川 ゚ -゚) 「ありがとう」
('A`) 「へ? なにが?」
なんでもないよ、と少し笑いながら言ったら、
過保護でやさしいわたしの父さんはきょとんとした顔をしていた。
56 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/21(月) 21:56:41 ID:AapZ4A.60
ζ(゚ー゚*ζ 「おっはよー」
教室に一歩踏み入ると、二日ぶりに会うクラスメイトがひらひら両手を振ってきた。
わたしの机に腰かけている。
前の席には小林もいて、イスに後ろ向きに座って頬杖をついている。
川 ゚ -゚) 「おはよう内藤。わたしの机から尻をどかせ。風邪はもういいのか?」
ζ(゚ー゚*ζ 「うん、もうバッチリ。一日寝たら治ったよ」
内藤はふわりとスカートをひらめかせて机から降りた。
友人は小柄で愛らしい容姿をしている。
ζ(゚ー゚*ζ 「おかげで昨日の休日、丸一日ヒマでしょうがなくってさぁ。
VIPで釣りスレ立てたら伸びる伸びる。パート4まで行ったよ」
愛らしいが、重度の2ちゃんねらーである。
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「vipper(笑)」
川 ゚ -゚) 「vipper(笑)」
ζ(^ー^*ζ 「廃人とニコ厨にだけは言われたくないなぁ♪」
ちなみにわたしと小林と内藤は、三人合わせて「せっかく可愛いのに色々台無しな残念トリオ」と
一学年上の流石先輩(空気読めない)に真顔で称されたことがある。
失礼な話だ。この二人と一緒にしないでもらいたい。
ζ(゚ー゚*ζ 「でねでね伊藤、今小林に聞いてたんだけど、
私がいない間にリスキー☆セフティな不思議体験をしたってほんと!?」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「だからその微妙なタイトルはなんなの?」
川 ゚ -゚) 「ああ……ほんとうだよ」
わたしはつとめてなんでもない風に言った。
カバンを降ろし、席に着く。
ζ(゚ー゚*ζ 「うわぁ、いいなぁ!」
もっと詳しく知りたいと言うので、わたしは友人にことのあらましを話してやった。
この手の話が好きなのだ。
すると内藤は目をキラキラさせながら、
ζ(゚ー゚*ζ 「もしかして、それって“小さな騎士”だったんじゃない?」
と言った。
川 ゚ -゚) 「小さな騎士?」
ζ(゚ー゚*ζ 「うん! 都市伝説っていうのかな? 小さな騎士の伝説」
そう言いながら内藤は携帯を取り出し、
何か操作してわたしに示した。
ζ(゚ー゚*ζ 「このオカ板まとめで見たの。他のFOF(Friend of Friend)コミュにも結構情報あるよ」
黒背景に赤い文字で *都市伝説・噂話スレまとめ* と書かれた
ありがちなその携帯サイトには、
定番のものから全く聞き覚えのないものまで様々なオカルト話が掲載されていた。
内藤に促され、その中のひとつ、「小さな騎士」という項目を読んでみる。
59 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/21(月) 22:03:16 ID:AapZ4A.60
21 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 09/11/28 13:23
この前友達が不思議な体験を話してくれた。
友達にはまだ小さい妹(たしか6歳くらい?)がいるんだけど、
ある日「お兄ちゃん、危ないから、お人形さんが守ってあげるって言ってるよ」って言ってきたんだって。
ごっこ遊びか何かだろうと思った友達が「そっかー。じゃあお願いしようかな」って答えたら
いきなり目の前に妖精?みたいな小さい人が現れたんだって
びっくりしたけど、危険はなさそうだからしばらく放っておいたらしい
そしたらそいつ数日後に交通事故に巻き込まれて、で、どう考えても即死コースだったのに、完全に無傷。
避ける暇なんてなかったのに、気がついたら不自然に離れた所に立ってたんだってさ。
妖精はいつの間にかいなくなってたそうです
65 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 09/12/9 01:57
教師なんだが,教え子の1人から小人に助けてもらった話を聞いた。
なんでも夏休みに田舎の山で遊んでいて迷子になり,遭難しかけて泣いてたら
小人が人間サイズに変身して、だっこして家まで送ってくれたらしい。
空飛んで。その時はウルトラマンかよ!wとオモタけど、もしやあれも小さな騎士?
137 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 10/1/29 17:05
『小さな騎士があなたの危機を救います。会いたい人は返信を』とかいうスパムに気まぐれに返事したら
フィギュアくらいの大きさの子供が現れて「あなたを護るために来ました」と。
次の日、隣の家から出火。
明け方だったのであの子が教えてくれなければ絶対に逃げ遅れていました。
あれは何だったんだろうとずっと思っていたんですが、今、このスレを見つけて驚いています。
結構あちこちに出没してるみたいですね(私の所に来てくれた子とは明らかに違う個体もいますが)。
その後、いつの間にか消えてしまいました。
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「へえ、伊藤の話とそっくりじゃん」
ζ(゚ー゚*ζ 「ね、ね? やっぱりそうだよね?」
小林と内藤も頭をくっつけて携帯を覗き込みながら好き勝手なことを言っている。
ζ(゚ー゚*ζ 「伊藤、その子今どこにいるの? 私も会ってみたいな」
川 ゚ -゚) 「……もう、会えないんだ」
ζ(゚ー゚*ζ 「え?」
川 ゚ -゚) 「そうか。やっぱり人を助けたら、その後は消えてしまうんだな……」
自分で口に出した途端
急激に現実味を帯びて重さを増した言葉にわたしは戸惑った。
わたしの騎士はもういない。ぃょぅにはもう、二度と会えない。
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「……」
ζ(゚ー゚*ζ 「……」
友人二人はちょっと顔を見合わせて、それから、「ねぇ」と内藤が耳打ちをしてきた。
ζ(゚ー゚*ζ 「一時間目、サボらない?」
ζ(゚ー゚*ζ 「んーっ。気持ちいーっ」
巻き毛を風に揺らしながら内藤が楽しげに笑う。
ほんとうに、外はおろしたての紙みたいにぱりっとしたいい天気だった。
昨日の大雨が嘘のようだ。
天気がいい日の屋上は普段なら人気があるものの、時間が時間なだけに今は誰もいない。
もうとっくにHRが始まっている頃だろう。
小林は個人主義なのでサボタージュには乗ってこないだろうと思ったのだが、
「珍しく伊藤が泣きそうだからついてってやんよ」と言いながら一緒にくっついて来た。
天邪鬼なやつだ。というか泣いてない。
わたしたちは三人並んで座り、空を見上げた。
川 ゚ -゚) 「……ありがとう、って言ったんだ」
二人が黙っているので、しばらくして、雲をぼんやり眺めながらわたしは言った。
川 ゚ -゚) 「消える前に、護ってくれて、ありがとう、って。
わたしの方こそだ。わたしの方こそ、ありがとうを言わなくちゃいけなかったのに、
なのに、ろくに礼を言う暇もなくて……それがずっと引っかかってる」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「そんなの仕様がないでしょ。時間がなかったんだから」
地べたに直接あぐらをかいている小林がぽつりと言う。
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「そのぃょぅって奴は、伊藤を護るためにやって来たんだろ?
だったら伊藤を護れたことが嬉しかっただろうし、
伊藤が必死になって自分を助けようとしてくれたことも、きっと嬉しかっただろうよ」
川 ゚ -゚) 「……」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「なら、ありがとう、って、最後に伝えられただけで充分だったんじゃないの」
人を慰め慣れていない小林の言葉はいかにもぶっきらぼうで、
しかし、その分彼女らしい不器用な気遣いが手に取るように伝わってきた。
思わず笑みを浮かべると、小林はくちびるをすぼめて「なんだよ」と悪態をつく。照れているらしい。
⌒゜(・ω・*)゜⌒ 「んんっ。……それにしても、わざわざ護りに来てくれるなんて
小さな騎士って変な奴らだよな。
不思議パワーで慈善事業とか、シンデレラの魔法使いじゃあるまいし」
ζ(゚ー゚*ζ 「まさしくそういう慈善妖精の類なんじゃないかって考証してる人もいるよ?
ピノキオのブルーフェアリーとか、ブラウニーとか、そういう奴の仲間じゃないかって」
川 ゚ -゚) 「慈善妖精ってのもすごい言い様だな」
ζ(゚ー゚*ζ 「……あのね、私、小っちゃい頃に死にかけたことがあるの」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「なんだまた突然」
ζ(゚ー゚*ζ 「ん、ちょっと思い出しちゃってさ。まだほんの赤ちゃんくらいの時の話なんだけどね、
肺炎で、熱がものすごく高くて、結構本気で危なかったらしくて……
持ち直したのがほんとに割と奇跡的だったみたい。パパなんか未だにこの話すると涙ぐむもん」
内藤は立てた膝の裏側で手を組み、
太ももを抱きしめるような格好をしながら話を続ける。
わたしは黙って耳を傾ける。
ζ(゚ー゚*ζ 「その時その奇跡が起こらなかったら、きっと私は今ここにはいない。
そういうのって、あんまりないようで実は結構起こり得ることだと思わない?」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「ああ……そういえばうちもあるよ、そういうの」
小林がふと思い出したように口を挟む。
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「小学生の時、足ざっくり切っちゃってさ。 もう少しで歩けなくなる処だった」
ζ(゚ー゚*ζ 「私たちが今、ここでこうしてるのって、当たり前でなんでもないことだけど、
でも、すごく特別で驚くようなことでもあるんだよね」
不思議な話が大好きな内藤はたまに言動が夢見がちで、
普段ならわたしと小林はまともに取り合わない。
だが、あんな体験をしたからだろうか、
青い空の下で聞く内藤の言葉はごく自然に心に届き、すんなり理解出来るような気がした。
きっとわたしたちは、数え切れない奇跡に生かされてここにいる。
ζ(゚ー゚*ζ 「たぶん、小さな騎士たちは、そういう当たり前の奇跡を護るためにいるんだよ」
風に乗り舞うだけの妖精ではなく、
果敢に挑み守護するために掲げる騎士の称号――
川 ゚ -゚) 「……」
誇りに思う、と、最後に笑って言い残してくれた。
わたしは彼の護るべき奇跡にふさわしい主だっただろうか?
わたしが黙っていると、内藤は「ねぇ、伊藤」とわたしの方に顔を向け、
ζ(゚ー゚*ζ 「ぃょぅちゃんにまた会いたい?」
と言った。
ぃょぅ、と元気よく手を上げる、小さな姿が思い浮かぶ。
ちょっと生意気そうにも見える大きな瞳。
名前を呼ぶ時の声。
頭を撫でてくれたてのひら。
抱きしめてくれた腕。
すり抜けていった指。
ドーナツを作ってやると約束したのに。
川 ゚ -゚) 「……会いたいよ」
わたしは答えた。
ほんとうに、胸が痛くなるほどに、心の底からそう思った。
川 ゚ -゚) 「会いたいよ。すごく会いたい。百年先でも、今すぐにでも」
ζ(゚ー゚*ζ 「……そう」
すると内藤は軽やかに笑って、
ζ(゚ー゚*ζ 「じゃあきっと、ぃょぅちゃんはとてもしあわせだよ」
川 ゚ -゚) 「しあわせ?」
ζ(^ー^*ζ 「小さな騎士はね、仕えた主に、
“もう一度会いたい”と思ってもらえることが一番のしあわせなんだって」
川 ゚ -゚) 「……」
わたしは首が痛くなるくらい真上を向き、空を眺めているふりをした。
そうしないと色んなものがこぼれ落ちてしまいそうだったからだ。
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「お? 泣くか? お?」
ζ(゚ー゚*ζ 「いやーん大変っ。クールビューティ伊藤を泣かるなんて誰の仕業!?」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「お前だろどう考えても。なんだよー泣くなよ伊藤ぉー」
ζ(゚ー゚*ζ 「泣かないでぇー」
友人二人はわざと陽気に囃し立て、
ほぼ同時に両側からがばりとわたしに抱きついてきた。
ぐりぐりと頬を押し付けられ、代わる代わる犬のように頭をわしわし撫でられる。
川 ゚ -゚) 「泣いてない。泣いてないって言ってんだろ。おいやめろって。やーめーろーやー」
きゃあきゃあと笑い声が誰もいない屋上に響く。
強がりではなく、わたしはほんとうに泣いていなかった。
のどの奥が熱くて、息苦しくて、もう少しで泣いてしまいそうだったけれど、でも泣かなかった。
少しくすぐったい、けれどすごく温かな感情が
あふれんばかりに込み上げてきて、
涙より先にそれで胸がいっぱいになってしまったのだ。
ああ、きっとこれが愛おしいという気持ちだ、とわたしは思った。
やさしい家族。
そばにいて笑いあえる友達。
わたしを護ってくれたひと。
世界中探したってこんな素晴らしい
ありふれた奇跡はないだろう。
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「あー騒ぎ疲れた。そろそろ教室帰るか」
ζ(゚ー゚*ζ 「はいはいー。みんなで怒られに戻りましょー」
川 ゚ -゚) 「そうだな。二人ともありがとう」
ζ(゚ー゚*ζ 「いいえいいえ、とんでもない」
⌒゜(・ω・)゜⌒ 「貴重な泣き顔見れたからね」
川 ゚ -゚) 「泣いてないっつってんだろ」
わたしたちは立ち上がってスカートのお尻をはたき、
それぞれに伸びをしたり深呼吸をしたりした。
そして屋上の出入り口になっている小さな塔屋を順番に通って下階に降りていく。
最後にひさしをくぐる前に立ち止まり、わたしはもう一度、一人で空を仰ぎ見てみた。
いい匂いの風が吹き、雲が静かに流れて行く。
青はフェンスの向こうまで続き、どこまでも果てなく広がっている。
きっとこんな風景も小さな奇跡のひとかけらなんだろう。
川 ゚ -゚) (お前が護ってくれた奇跡だ)
わたしは思う。
どんなに遠く離れていても、もう二度と会えないのだとしても、
もしもほんとうにわたしの想いが
君を幸福にするのなら。
川 ゚ -゚) (忘れないよ)
護ってくれて、ありがとう。
わたしは青空を背にして歩き出した。
川 ゚ -゚)と小さな騎士のようです
大塚 愛 I ♥ ×××