January 10, 2011
( ^ω^)トイレット・ピープルのようです 3
* 土星の滅亡と大統領の哀しみ *
気づいた時、季節はいつも冬だった。
雪の降らない、ただうすら寒いだけの冬。
僕はこの季節が子供の頃から大嫌いだった。
( ^ω^)「冬の反対はなんでしょう」
( ・∀・)「ん?」
僕の住んでいる社宅の、共同トイレでのことだ。
小便器が三つ並び、奥には二つの大便器の個室がある。洋式と和式がひとつずつ。
僕は右端の小便器で用を足しながら、左端で用を足している男に訊ねた。
( ・∀・)「冬の反対?」
( ^ω^)「そうです」
( ・∀・)「夏じゃないのかね?」
彼は不思議そうな顔をして僕に言った。
まるで当然だというような表情だ。
( ^ω^)「夏は好きですか?」
( ・∀・)「もちろん」
( ^ω^)「冬は寒いですからね」
( ・∀・)「それにね、この建物も冷え切っている。哀しいことだ」
彼とはこのトイレでしか顔を合わすことはないが、何度もこうやって時間を共にしていくうち、
互いに友人のような関係になっていた。
奇妙と言えば奇妙な交友関係だ。
( ・∀・)「仕事はどうかね」
( ^ω^)「変わり映えしません」
( ・∀・)「そうかそうか。変わらないことは、必ずしも悪いことではない」
( ^ω^)「変わりたいと思いませんか?」
( ・∀・)「今はまだ」
この会社に入って、もう7年が経つ。
三十路に近付いた僕の体は、明確な衰えを感じ始めている。
学生の頃に毎日励んでいたテニスも、今や遠く離れた世界に浮かぶ幻想にしか思えなかった。
数か月前にトイレで出会った双子を思い出す。
彼らは完璧で、完全な双子だった。
完全な悪意を持っていた。
その二つの憎しみを思い浮かべながら、僕は呟いた。
( ^ω^)「会社は死ぬ」
( ・∀・)「死ぬ?」
( ^ω^)「土星でのことを覚えていますか?」
興味本位で訊いてみた。
以前聞いた話では、彼は土星で大統領をしていたらしい。
( ・∀・)「ああ、もちろん」
彼は下唇をしゃくって答えた。
いつもの癖だ。
僕は黙って続きを待った。
( ・∀・)「なんといっても、あそこは良い星だった」
彼は饒舌に語り始めた。
まるで何日も前から考えていたスピーチの内容を披露する司会のようだった。
( ・∀・)「土星は実に熱い星だった。人々の話じゃない」
( ^ω^)「気候が?」
( ・∀・)「そうだ。莫大な熱量が込められたガスが辺りに充満していて、常に我々の肺を焼いた」
( ・∀・)「でもね、私は大統領だった。きちんとした選挙で選ばれた指導者だった。決定者と言ってもいい」
僕は想像した。
惑星に埋まった指導者。
星の方向性を決め、行く手を阻む彗星や惑星を、土星の輪っかで真っ二つにする。
( ・∀・)「国民は興奮していたよ」
( ^ω^)「どんな人たちでした?」
( ・∀・)「地球と大して違わない。同じと言ってもいいくらいだ」
( ・∀・)「何より彼らは、日本語を話した」
( ^ω^)「日本語を?」
僕はあまりに驚いて、大きな声を出してしまった。
僕の声は狭い便所の中で反響し、増殖し、小窓を突き破って土星にまで届いた。
大気圏で少し焼かれたが、問題はない。大切なのは質の違いだ。
( ^ω^)「日本語を?」
( ・∀・)「当然だろう。他に何を話せばいい?」
( ^ω^)「今はどなたが大統領をされているんでしょう」
彼は首を振って溜息をついた。
カリブ海の底にまで届きそうな深い溜息だった。
( ・∀・)「滅亡したよ」
僕も彼も、小便はもう出ない。
煙草に火をつけ、姿勢を崩して話している。
十年も前の事になる、と彼は言った。
( ・∀・)「私は地球からエア・コンディショナーをお土産に持って土星へ向かった。
電気があるのかどうか分からなかったが、他に持っていく物を思いつけなかったんだ」
ある日彼の家の郵便ポストの中に、手紙が届けられた。
手紙は三通あった。ひとつは古い友人の結婚式の招待状で、もう一つは身に覚えのない請求書だった。
最後の一通を開けた彼は、下唇を突き出してふうむと唸った。
( ・∀・)「手紙には奇妙なくせのある字体でこう書かれていたんだ。『あなたは我が国の大統領に選ばれました』」
消印は読み取りづらかったが、「土星」と書かれているのが分かった。
何はともあれ、彼は土星を目指すことに決めた。
一週間後、彼はちょっとしたツテで手に入れた個人用の宇宙船に、一台のエア・コンディショナーを積み込んで土星へ向かった。
旅の支度を終えた彼の部屋に残されたエア・コンディショナーが、どうにも寂しく思えたからだ。
途中で宇宙海賊に襲われたり、エンジンが原因不明の故障を起こしたりしたが、彼はどうにか土星にたどり着いた。
宇宙船のハッチを開けて土星に降り立った彼が目にしたのは、ゾンビの群れのように蠢く民衆の姿だった。
( ・∀・)「我慢ができなかったんだよ。君にはわかるまい」
( ^ω^)「それで?」
( ・∀・)「宇宙船の中から、エア・コンディショナーを引っ張り出した。これがまた難儀でね、
どうやっても外に出ないんだよ。ハッチが小さすぎたんだ」
( ^ω^)「どうやって積み込んだんですか?」
( ・∀・)「そんなこと私に訊かないでくれ」
とにかく彼はやり遂げた。
宇宙船から無理やり引きずり出したお土産を抱え、民衆に呼びかけた。
それはそれは雄大な声だった。
土星史に残る宣言だ。
“冷却は悲しみであり、灼熱は苦しみである”
( ・∀・)「もちろんハッタリさ」
( ^ω^)「そうでしょうね」
彼は高熱のガスの中を歩き続けた。
皮膚はただれ、喉はからからに干からびた。
しかしそれでも、彼の歩いた後を、民衆は列をなしてついていった。
やがて彼は発見した。
( ・∀・)「二つの穴さ。君も見た事があるだろう」
( ^ω^)「コンセント」
( ・∀・)「それだよ」
( ^ω^)「しかし、他にもいろいろ必要だったでしょう」
( ・∀・)「あいにく室外機も配管もなくてね。でも動いたんだ」
地球のプラグと土星のコンセントをジョイントさせると、エア・コンディショナーは唸りを上げて冷風を吐きだした。
まるで神の息吹のような爽やかさだった。
茶色いガスを突き抜け、きらびやかな光を巻き上げた。
( ・∀・)「なにしろ革命のようなものだったんだ。身が震えたよ」
彼が一息ついて振り返ると、民衆はいつの間にか視界を埋め尽くすほどに増えていた。
皆一様に彼を見上げ、口と瞼を開き、膝を折り、涙を流していた。
( ・∀・)『永遠の絶望と一瞬の希望』
( ・∀・)『後者を選ぶ者だけ、立ち上がるべし!』
民衆は一斉に立ち上がり、拳を振り上げた。
惑星が揺れて、軌道がずれた。
かまわなかった。
変化は何事にも訪れるものだ。
現状維持などという言葉は概念でしかない。
そこにあるのは後退か前進だけだ。
( ・∀・)「それからの数年間は、苦しいが意義のあるものだった」
( ^ω^)「具体的に、何をなされていたのですか?」
( ・∀・)「まずは資源の確保さ。土星的ガスを利用して、電気をおこした」
( ^ω^)「すばらしい」
( ・∀・)「誰もが通る道だよ」
彼は照れたように鼻を掻いた。
そして続けた。
( ・∀・)「水と食料と住居の確保。インフラの整備。土地と権利の分配。土星的道徳を含めた基礎教育」
( ・∀・)「やることは山のようにあった。本当に山のようだったんだ」
( ^ω^)「土星的な山ですか?」
( ・∀・)「いや、地球的な山だ」
彼は政治経済に精通してはいなかったが、それでも何とかして国としての機能を作り、秩序ある国家を形成していった。
土星的貨幣を発行し、物流のルートを敷いた。
文化を作り、モラルを教えた。
実際、彼は本当に良くやった(土星人の誰もがそう認めていた)。
彼がいなかったら、民衆はいつまでも死の星を彷徨い続けただろう。
初めの一年で家が建ち、次の年に交通網が敷かれ、数か月後にはビルが建った。
( ・∀・)「だけどね」
彼は眉をひそめた。
( ・∀・)「国が発展するには、最後に踏まなければならない重要なステップというものがある」
( ^ω^)「蟻が巣を作るように?」
( ・∀・)「蝶が羽化するようにだよ」
メディアだ、と彼は言った。
( ・∀・)「要するに、情報の共有さ。しかしそれにはある程度の制限がなければならない」
( ^ω^)「ウム」
( ・∀・)「知りすぎるのは駄目だ。やりにくいのさ」
( ^ω^)「真実は知らせるけれど、全ては教えない」
( ・∀・)「そう。制限された真実はやがて嘘となる」
( ^ω^)「成功しましたか?」
失敗だった、と彼は俯いて言った。
煙草を吸うと、ちりちりという音を立てて先端が赤く光った。
( ・∀・)「失敗だった。私はあんなことをするべきじゃなかったのだ」
土星人は欲深い生き物だった。
衣食住に満足すると、今度は情報に飢えた。
犬の糞にも値しないような情報に、民衆は群がり始めた。
( ・∀・)「抑えが効かなくなったのさ。手が付けられなくなった」
( ^ω^)「彼らは破滅をもたらしたのですか」
( ・∀・)「違うね。破滅をもたらしたのは私だ」
そのころには彼のエア・コンディショナーの効き目も無くなっていた。
誰も古くカビ臭い冷風など欲しがらない。
国民は皆、最新型の冷房装置を所持していた。
( ・∀・)「結局のところ、象徴でしかなかったのさ」
彼は顔を上げ、煙草を床に捨てて踏み消した。
それから洗面台に両手をつき、目の前の鏡をじっと見つめた。
( ・∀・)「象徴でしかない。土星的だろうと地球的だろうと――――」
彼は首を振り、それ以上なにも言わなかった。
沈黙がトイレを満たした。
それは黄ばんだ壁やタイル張りの床や使い古された便器の隅々にまで、じわじわと染み込んでいった。
やがて彼が口を開いた。
( ・∀・)「気づけば私は自分の部屋にいた。地球の、自分の家の、自分の寝室だ」
( ・∀・)「宇宙船もキャリー・バッグも土星的ガスも何もない。私は戻ってきてしまった」
彼は暗い部屋の中、自分のベッドの端に腰かけていた。
土星に行く前と同じだった。
友人に預けたはずの飼い猫は足元で喉を鳴らし、掛け時計の針は正確に一秒ずつ時間を削り、
タンスの中には彼の服がきちんと収まっていた。
何もかもが元通りに戻っていた。
( ^ω^)「夢ということはありませんか」
僕は思い切って訊ねてみた。
彼は手を洗い、ポケットから取り出したハンカチで拭いた。
そしてゆっくりと言った。
とてもゆっくりとしていた。
( ・∀・)「新聞を買って確かめた。私が地球を出て、4年半が経過していたよ」
( ^ω^)「しかし………」
( ・∀・)「なにより」
今度ははっきりと言った。
滅亡の色が混じった声だった。
( ・∀・)「僕の部屋にはエア・コンディショナーが無かった」
土星の大統領に選ばれたら、どうするべきか。
そんなことが分かるはずもない。
地球ですらこの有様なのだから。
だけど、忘れてはならないことがひとつ。
始めも終わりも、全てはゼロだということ。
* 素直で正直なトイレット・ピープルはジョンを愛す *
25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/09(日) 20:53:08.73 ID:2yyIkfWx0
その二十代半ばの男性は、僕がトイレに入るなり、その影のある顔をこちらに向けた。
彼はまるで小便器にくっつくように立ち、用を足していた。
確か僕の部屋の向かい側に住んでいる男性だった。
何度か部屋に入るところを見た事がある。
僕は軽く会釈をして、彼の脇にある小便器の前に立った。
彼はまだその眠たげな眼をこちらに向けていたが、僕が声をかけると諦めたように視線を戻した。
( ^ω^)「調子はどうですか」
('A`)「まだまだですよ。顔を見せてもくれません」
( ^ω^)「え?」
彼が何の話をしているのか分からず、僕は彼の顔を見た。
それから思い出した。
彼は少し変わっているのだ。
('A`)「ジョンという名前をつけてあげたんです。それで毎朝呼びかけているのに、まるで動かない」
( ^ω^)「失礼ですが……ジョンというのは」
('A`)「ああ、蝉の幼虫の話です」
部屋の空きビンの中で飼ってるんです、と彼は言った。
それで僕はいくらかほっとした。
全体が見えないほどに巨大な歯車に巻き込まれたような気分だったからだ。
('A`)「蝉の抜け殻はよく見るでしょう?」
( ^ω^)「ええ」
('A`)「でも、土から顔を出すところを見た事がありますか?」
( ^ω^)「いえ」
('A`)「そうでしょう」
彼は表情を変えずに言った。
股間のジッパーを上げる音が聞こえた。
彼は便器から離れようとはせず、続けた。
('A`)「子供の頃から、その瞬間をどうしても見たくて」
( ^ω^)「それで飼っているんですね」
('A`)「はい」
( ^ω^)「しかしこの社宅ではペットは禁止されていますよ」
('A`)「知っています」
彼は変わっているが、実に素直で正直だった。
('A`)「でも夢なんです」
( ^ω^)「その瞬間を見ることが」
('A`)「そうです」
そして彼は手を洗い、トイレを出ていった。
僕はそれからしばらく、蝉の事を考えた。
しかしうまくイメージすることが出来なかった。
僕は蝉について、ほとんど何も知らなかった。
七年間土の中で眠り、夏に目覚めて一週間で死ぬ。
それくらいだ。
彼についての話。
いくつかエピソードがあるが、その中でも特に興味深かった一例を記そうと思う。
季節は冬で、何の実りもなく死んだ秋を悼むように、人々は肩を寄せ合って生きていた。
大晦日を間近にひかえたある日、僕の勤める会社で忘年会が催された。
殆どの社員が欠席したが(社長はそういう面に関してはわりと物分かりがよかった)、結婚していない男性社員は全員が出席した。
僕も彼も例に漏れず、時間をしっかりと守って会場へ向かった。
悲しいことだ。
会場は社長宅だった。
豪邸というには装飾が地味だったが、郊外に建てられていたため広さは充分にあった。
なにしろ人数がそれほど多くないので、金のかからない方法を選んだのだと思う。
社長も少々変わった人だった。
僕は常々、なぜこのような変わった人が、あれほど凡庸な会社を作ったのか不思議に思っていた。
まあ、組織というのはそういうものなのだろう。
( ´m`)「諸君」
社長は広々とした洋風のダイニング・ルームで言った。
暖炉の薪が煌々と燃え、僕たちの顔を赤く照らした。
( ´m`)「まず、寒い中集まってくれた事に礼を言いたい」
忙しい中、とは言わなかった。
確かに僕ら独身男性の休日が忙しいはずがない。
( ´m`)「今日だけは仕事を忘れ、大いに食べ、大いに飲み、大いに寛いでくれたまえ」
ワイングラスを片手に演説をする社長。
八割が白くなった頭髪は丁寧に後ろに流され、同じく色を失った口髭は綿密に形を整えられている。
清潔そうなタキシードに身を包み咳払いをする様は、明治初期の資産家を思わせた。
('A`)「生まれる時代を間違えてしまったようですね」
彼が僕の隣で呟いた。
同感だったが、決して社長の耳に届く場所では言わないようにと注意した。
( ´m`)「目上の人間の長いスピーチが嫌われていることは知っている。
挨拶はここまでにしよう」
部屋の中央に置かれたいくつかのテーブルの上に、料理が運ばれてきた。
運んでいるのは社長の妻と娘、それと数人の家政婦だ。
社長の娘は父親に似ず、実に整った容姿をしていた。
街を歩いていてすれ違ったら思わず振り返ってしまうほどだ。
歳は二十代前半の花盛り。
しかも恋人はいないときている。
そう、彼女こそがこの日集った男たちの真の目的だったのだ。
毎年開かれるこの忘年会は、実はなかなか男に興味を示さない娘のためのお見合いも兼ねていると、会社では噂されていた。
真意のほどは定かではない。
とにかく、独身の男性社員たちがこの好機を逃すはずもなかった。
川 ゚ -゚)「どうぞ」
ワインを注いでまわる若い美女に、社員たちの目は釘づけだった。
地味な家政婦たちが運んできた料理になど目もくれない。
そこで社長は言った。
( ´m`)「今回の料理だが、娘によるものもいくつか混ざっている。
ぜひ味の判定を下してもらいたい。なあに、毒見というほどではないさ」
父親のジョークに睨みを飛ばす娘。
面白くなさそうに鼻を鳴らすと、ボトルを持って別の男の所へ向かった。
一方の社員たちは、社長の言葉を引き金に、次々と料理を口に詰め込み始めた。
咀嚼するのももどかしく、彼らは口々に大きな声でうまいうまいとがなりたてた。
川 ゚ -゚)「それは私の作った料理ではありません」
そう聞くと、彼らはまたテーブルを移り別の料理を貪り喰らう。
熱意は認めるが、傍目にはきちがいにしか見えなかった。
やがて僕と彼 (『彼』だけでは分かりづらいだろうから、トイレで話をした人たちのことを“トイレット・ピープル”と呼ぶことにしよう)
のところにも社長令嬢がやってきて、グラスにワインを注いだ。
僕らはそのとき拡声器の仕組みについて熱心に話し合っていたので、彼女が訪れた事に初めは気がつかなかった。
川 ゚ -゚)「どうぞ」
( ^ω^)「ああ、すいません」
僕は彼女の存在に気付かなかったことを恥じ、慌ててグラスを持った。
しかしその際、勢いあまってグラスは僕の手から滑り落ちてしまった。
(;^ω^)「あっ」
落下したワイングラスは柔らかそうなカーペットの上に着地し、申し訳なさそうに砕けた。
破片が飛ぶのと同時に、甲高い音が響く。
実際はそれほどでもなかったのだろうが、その時の僕にはまるで大爆発が起きたかのように思えた。
(;^ω^)「申し訳ない」
川 ゚ -゚)「いえ、気になさらずに」
すぐに家政婦がやってきて、割れたグラスを片付け始めた。
驚くほどの手際の良さで、あっという間に破片は除去された。
床には何の痕跡も残っていない。
本当に僕は何かを落としたのだろうかと疑問に思ったほどだ。
川 ゚ -゚)「どうぞ」
ワインの入った新しいグラスを僕に手渡す社長令嬢。
今度は落とさないようにしっかりと握った。
それまで口を閉ざしていたトイレット・ピープルの彼が、唐突に言った。
('A`)「マイクロフォンと種を同じくするものだとは思いませんが」
川 ゚ -゚)「?」
まずい、と僕は思った。
彼は拡声器についての議論をまだ続けていたのだ。
わけがわからず首をかしげる娘に、トイレット・ピープルは続けた。
('A`)「それどころか僕は重火器の類だと認識しているんですね。
グリップと引き金があれば、何だって凶器になりえる。
例え水鉄砲だろうと。 ところであなた、とても綺麗な目をしていますね」
川 ゚ -゚)「え?」
('A`)「まるで宇宙のようだ……でも知っています」
('A`)「その輝きには、どうあがいても届かない」
川 ゚ -゚)「…」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
('A`)「どうか失われないように」
時間が止まったかのように思えた。
僕らの騒ぎに集まってきていた社員たちも、掃除を終えて道具を片付ける家政婦たちも、
髭を撫でながらやってきた社長も、みな動きを止めて言葉を失った。
なにを言っているんだ?
しかし一番信じられなかったのは、次の瞬間の娘の反応だった。
彼女は顔を真っ赤に染めたかと思うと、彼に一歩近づいてこう言った。
川*゚ -゚)「あの……よろしければお名前をうかがってもいいですか?」
彼が答える前に、令嬢は彼の手を取ってそれを愛おしそうに撫でた。
愕然とする男たちの後ろで、社長が愉快そうに笑った。
( ´m`)「若くていいなあ。さあ、パーティーはこれからだぞ」
宴はその後夜遅くまで続き、誰もが酔っ払い、肩を組んで歌った。
男たちは娘の作った料理の件などとうに忘れ、社長はタキシードを脱いで下着一枚で踊っていた。
令嬢はというと、始終トイレット・ピープルの彼の傍に寄り添い、
ころあいを見計らっては彼の腕に自分の腕を絡めようと頑張っていた。
肩が触れ合っただけで顔を赤くし、恥ずかしそうに彼を見上げるその様子は、
嫉妬するどころか見ているだけでどこか幸せな気分になれたものだ。
('A`)「ジョンはまだ目を覚ましません」
川*゚ -゚)「はい」
('A`)「でも心配をする必要はありませんよ。まだ来年の夏は産声すら上げていない」
川*゚ -゚)「はい」
('A`)「グラスが割れる瞬間は見た事があっても、それとはまた違う驚きだと思うんです」
川*゚ -゚)「その通りです」
僕から見れば、令嬢も立派な変人だった。
奇妙な忘年会がお開きになり、社員たちは大声で挨拶をしながら社長宅をあとにした。
中にはまともに歩くことのできない者や、吐瀉物と共に眠る者、壁に向かって深刻な話をしている者もいた。
そして僕は、泥酔した社長のわけのわからない愚痴を聞きながら、忘年会の後始末を眺めていた。
( ´m`)「まったくもって、しょうがないじゃないかねぇ」
( ^ω^)「はい」
( ´m`)「それなのにあの店主、五枚も入れやがって……五枚だぞ、五枚」
( ^ω^)「はい」
( ´m`)「チーズの上にどっさりと……バジルか何かと勘違いしてるんだ」
( ^ω^)「その通りです」
僕も変人なのかもしれない。
それについてはあまり考えないことにしよう。
僕の目の前では、家政婦たちが忙しそうに食器を持って行き交っていた。
彼女たちは酔いつぶれた人を介抱したり、吐瀉物を掃除したり、テーブルクロスを取り払ったりしていた。
こういう混沌とした宴会には慣れているのだろう。
僕は試しに手近な家政婦に言ってみた。
( ^ω^)「手伝いましょうか?」
('、`*川「ありがとうございます。では、引き続き旦那様のお相手をお願いします」
実に慣れている。
僕は苦笑いを返して頷いた。
川*゚ -゚)「あの」
ところで僕は忘れていた。
川*゚ -゚)「今日の食事の中で、どれが一番おいしかったですか?」
('A`)「ム……」
彼はとても素直で、正直な人間だったのだ。
自分の作った料理の評価を、期待と不安の入り混じった表情で待つ令嬢に向かって、
彼はゆるりと言った。
('A`)「水です」
その後の二人の関係がどうなったのかは分からない。
恋人になったのかもしれないし、友人になったのかもしれない。
あるいはジャズ・ベーシストと三味線奏者のような関係になったのかも知れなかった。
ただそれ以来、時々、僕たちの住む社宅に1人の女性が訪れるようになった。
彼女は足音をたてないように注意して廊下を歩き、僕の部屋の向かい側の部屋の呼び鈴を鳴らし、
扉に向かって小さな声で何事か喋った。
三十分間ほど話し込んでいることもあれば、一言二言交わして帰ることもあった。
トイレット・ピープルの彼が扉を開けて話をすることはなかった。
夏に近付くにつれ、彼は仕事をしている時と用を足している時を除いて、蝉の幼虫から目を離す事は無くなっていった。
('A`)「喜ばしい知らせがあります」
ある日の共同便所での事だ。
彼はいつもの重たげな眼差しを僕に向け、小便をしながら言った。
('A`)「ジョンがね、羽化したんです」
( ^ω^)「本当ですか」
僕は最初、素直にその報告を喜んだ。
誰かの夢が一つ叶う。
それはそれで素晴らしいことであるからだ。
44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/01/09(日) 21:44:50.49 ID:2yyIkfWx0
しかし、と僕は思った。
( ^ω^)「まだ夏ではありませんが」
('A`)「そうです。でも羽化したんです。蝉ですよ」
彼は辛抱強く言った。
('A`)「ほら、耳を澄ましてみてください。聴こえるでしょう、彼の声が」
僕は蝉の鳴き声を聴きとろうと努力してみたが、それは結局無駄に終わった。
二人の成人男性から排泄される小便が便器に当たって弾ける音しか聴こえない。
その音もやがて尻すぼみに消えていき、後にはどうしようもない静寂だけが残った。
('A`)「ほらね」
( ^ω^)「ええ、立派なものです」
いくぶん得意そうな表情の彼に話を合わせ、僕は煙草に火を付けた。
蛍光灯の光に紛れていく煙は、なんとなく幸せそうに見えた。
('A`)「はじめは、ジョンが土から顔を出す瞬間が見たかった。それさえ見れれば他には何もいらなかった」
('A`)「でも、今となってはそんなことはどうでもいいように思えるんです」
( ^ω^)「ほう」
彼はそこで口をつぐみ、黙り込んでしまった。
何らかの概念的な言葉を探しているようにも見えたし、感極まって涙をこらえているようにも見えた。
あるいはその両方だったのかもしれない。
どちらにせよ、彼のその時の激しい感情のゆれを、僕はしっかりと肌で感じることができた。
僕が三本の煙草を吸い終えたとき、彼はようやく口を開いた。
('A`)「だってそうでしょう……誰だっていつかはその扉を開けなくてはいけないんだ……」
( ^ω^)「ええ」
('A`)「どうしたらいいかなんて、誰にも分からない……違いますか……」
それきり彼は何もしゃべらなかった。
僕もしゃべらなかった。
七年間土の中で眠り、夏に目覚めて一週間で死ぬ。
その時、たしかに聴こえた気がした。
短い命をすり減らしながら、その存在を懸命に伝えようとする虫の鳴き声が。