April 30, 2011
ミセ*゚ー゚)リ樹海を征く者のようです 幕間α
……ヨツマ北西地区、貴族層居住区。
*( - -)*=3「くっはぁぁああ……」
風呂という習慣は、新世界の大部分において大きく限定された。
自宅に綺麗な水を引き込み、温め、体を浸す。
木材をはじめ様々な物資が不足しがちな中、個人でそれだけの贅沢を行うことは非常に難しい。
もちろん、そうした文化の魅力そのものは弱まっていない。
昇露苑や倉ノ屋などのヨツマを代表する高級宿泊施設では大浴場を設置しているし、
発火能力者を多く抱える国学院でも怪しげな大浴場もどきを作り上げたりもしている。
……彼女の自宅の小浴室。
磨き上げた白玉石の浴槽に膝ほどの高さの湯を張り、縁に肘を突いた少女が体を沈める。
自然と、声が漏れた。
*( - -)*「……」
一人きりの家、一人きりの浴室。
時折水の揺れる音しかしない、静かな夜の縁。
目を凝らすと、灯り一つない夏夜の黒に柔肌の白が浮かぶ。
392 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/22(金) 21:04:30 ID:AvRVNNLgO
傷一つ無い、染み一つ無い、美しく真っ白な肌。
誰よりも醜い、未完成の身体。
*( - -)*「……またんき、ツン。でぃ、クー……」
『最低限、自分の身は自分で守る。できるか?』
『バカ言わねーでください、できるワケ無いでしょう! だからあんた達を頼ってるんです!』
水面に雫が一粒、落ちる。
かつて少女を守っていた仲間には、──幾度となく少女の脳裏に浮かぶアホ面の身体には、
数え切れないだけの傷があった。
歌姫を、魔術師を、治療術師を。
仲間を守り通した戦士は、こんな風に白くてきめ細かいだけの肌なんかよりもずっと美しかった。
彼と並び盾と剣を振るう騎士は、華奢で柔らかいだけの身体なんかよりもずっと美しかった。
*( - -)*「まだ礼なんて言ってねーってのに。……あのバカ、また勝手に居なくなりやがって」
水面に雫が一粒、また落ちる。
小さな歌姫の小さな悲鳴は、夜の空には届かない。
ミセ*゚ー゚)リ樹海を征く者のようです 幕間α
393 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/22(金) 21:05:21 ID:AvRVNNLgO
早朝、ヨツマ市外・北門付近。
*( - -)*「すー……ッ、」
夜明けの森の空気は、言いようもなく澄み渡っている。
大気に混じる精霊からは、獣の殺気は伝わってこない。
胸一杯に吸い込んだ息を止め、歌姫――ヘリカル沢近は親和を起動した。
*(‘‘)*「――――……、……――……、……、……、――……!」
開かれた瞳は、若葉に似た明るい緑の輝き。
言葉は声を超え、静かな『歌声』をして精霊に語りかける。
その響きは、生命の力を思わせる荒々しい鼓動。
力強く透明の咆哮が、世界を揺るがし轟きわたる。
394 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/22(金) 21:05:57 ID:AvRVNNLgO
……やがて、無音の『歌声』は激しさを増してゆく。
瞳の緑は次第に色を枯らし、同時に色づきはじめる。
燃え盛る火軸のような、煌めく赤に。
*( ゚ ゚)*「……――……、……、――…………!」
情熱的で暴力的な、短く猛々しい詩。
熱気を孕んだ透明の息吹が、世界を駆り立て舞い上がる。
……駆け抜ける爆炎が余韻を残して一瞬で掻き消えるように、紅蓮の瞳はすぐに鮮やかさを散らせた。
しかし、彼女の『歌声』は止まらない。
*( ' ')*「――………………、……――…………、……――、――……――……、――……――」
色彩を喪った瞳は深淵の黒、星空の黒。
暗く深く重く重く、無音の言葉が沈んでゆく。
闇を織り成す透明の囁きが、世界を浸して広がりゆく。
……長い長い夜色の時が過ぎると、『歌声』に朝が目覚めはじめた。
歌姫の瞳の陰影は、ゆっくりと薄れゆく。
395 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/22(金) 21:06:59 ID:AvRVNNLgO
*( - -)*「――………………、……――…………、…………――、……」
静かに細められた瞳は、高空と同じ青の輝き。
天高く渦を巻く理の、その切れ端が紡がれる。
雲間を渡る風を捉えた透明の口笛が、世界を清かに吹き抜ける。
……目覚めた光は『歌声』に集い、輝きを増す。
歌姫の空澄の瞳に、太陽の如き白が降り注ぐ。
*(‘‘)*「……――――、……………………、…………、――、……」
朗々、高らかなる誓言は高潔の証。
希望を顕現する透明の宣言は、世界を律し磨き上げる。
……歌姫は再び目を閉じ、もう一度開く。
彼女の瞳は既に本来の薄茶色に戻っており、『歌声』の残滓はどこにもない。
396 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/22(金) 21:08:35 ID:AvRVNNLgO
ヘリカル沢近。百年に一人と言われる五色全ての親和を持つ冒険者にして、
精霊に直接語りかけるという希有な力を持つ“歌姫”。
彼女自身の戦闘能力は非常に頼りない。
しかし、この能力は味方の戦闘をサポートする時にその真価を発揮する。
精霊そのものに干渉することは親和への干渉。
精霊を倍することは、親和を倍することに等しいと言われる。
そのため、“歌姫”はそれぞれの持つ親和の色と同じ精霊に働きかけ、味方の親和を疑似的に高める役割を担う。
そして、ヘリカルの最大の“強み”──五色の親和は、この役割に合致している。
397 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/22(金) 21:10:18 ID:AvRVNNLgO
もちろん、全ての親和を持つ事と全ての親和を使える事は違う。
五色もの親和を維持・強化して使いこなすには、並大抵の努力では足りない。
少女の才能を知った両親に冒険者としての生き方を押しつけられてから七年。
自身の才能を知った少女が冒険者としての生き方を選んでから三年。
教育係の厳しい指南が苦痛だったのも初めの数年のみ、以降は彼女の実力で這いあがった。
両親の雇った老年の教師が単なる通行証持ちに成り下がったのは、彼女の年が両手で数え足りなくなる頃だ。
今年になって少女が冒険者登録証を受け取ると、彼は早々に解雇された。
……彼女にとっては既に慣れた一人きりの修練。
しかし、この日は少しだけ事情が違った。
「……ふん。相変わらず努力家だな」
*(; □)*「何、……むぐっ」
振り返ったヘリカルの顔面に、真っ白なタオルがぶつけられた。
398 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/22(金) 21:17:25 ID:AvRVNNLgO
*(;‘‘)*「な、何をするんです……ナチ!」
ハソ ゚-゚リ「何って、ほんの差し入れだよ」
ナスターシャ・フォン・ツィーフロイント。ナチ。
消滅したギルド『ワルハラ』で同僚だった、ソーサラーの少女。
見ると、投げつけられたタオルの中には確かに握り飯が一つ青々とした葉に包まれている。
*(‘‘)*「全くもう……見ていたんですか?」
ハソ ゚-゚リ「ああ、まぁな。聞き取れたのはやはり最初の方の一節だけだが」
*(‘‘)*「……ナチは赤単色でしたっけ。何してるんです、装備もまともにしないで?」
ハソ ゚-゚リ「何も、ただ偶然お前を見かけたから付いてきただけだ」
*(‘‘)*「はあ、そうですか」
受け取ったタオルで簡単に汗をぬぐうヘリカルに、ナチが歩み寄る。
声を『歌声』に変えるには、それなりに体力が必要になる。
各色の親和を順に起動するのも、楽なことではない。
ハソ ゚-゚リ「その『歌』、色によって内容も違うのか?」
*(‘‘)*「そりゃその時次第ですよ。……正直言うと、使うたびにちょっとずつ違いますが」
ハソ ゚-゚リ「ん、そうなのか」
401 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/23(土) 03:49:28 ID:7T1J403gO
*(‘‘)*「ええ。基本は“お願い”ですからね。頼む内容によって、頼み方も変わります」
ハソ ゚-゚リ「ほう……」
親和の本来の価値基準は色ではなく、その色の精霊に求める役割。
例えば『身体を強化する』という役割を精霊に求めるならば、その性質を強く持つ『緑』の
精霊に呼び掛けるのが最も効率がよく、逆に青の精霊では極めて効率が悪い。
*(‘‘)*「まぁ、『ワルハラ』で使ってた“赤”は『吹き飛ばせ』だけですよ。
第一、聞いてたって意味なんて分かんないでしょ?」
ハソ ゚-゚リ「まぁ、全然分からないが……お前は分かるのか?」
*( - -)*「当たり前でしょう。ある程度ノリで感じ取ったら、後は雰囲気ですよ」
ハソ ゚ー゚リ「……はは、お前らしいな」
*(‘‘)*「ふふ、試してみます?」
ハソ ゚-゚リ「ん?」
訝しげな顔をするナチを無視し、ヘリカルは親和を起動した。
二人を起点に、空気が渦巻く。
*(‘‘)*「たまにはガス抜きも良いでしょう。派手にぶちかましてください」
ハソ ゚ー゚リ「……成る程」
402 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/23(土) 04:07:22 ID:7T1J403gO
少し遅れて、ナチも親和を起動する。
右の指先に赤の精霊が集中し、熱を加えた。
*(‘‘)*「――……――……、……………………、」
ハソ ゚-゚リ「……?」
ヘリカルが歌い上げたのは、“赤”。
しかし、それはナチが今までに聞いたことの無い旋律だった。
*( -‘)*「……――、……――……、」
ハソ ゚-゚リ"「……」
ヘリカルが目配せし、ナチは更に指先に力を貯め始めた。
……数秒、数十秒。もしかしたら数分もかかっていたかもしれない。
歌姫が重くゆっくりと歌い続け、魔術師が応じる。
ナチの集めた精霊が彼女の許容力を越え、白い光と共に熱を生み出す。
ハソ ゚-゚リ「……ヘリ」
*( - -)*"「――――……、……」
歌声が、ゆっくりと沈んでゆく。
嵐を前に風が凪ぐように。
403 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/23(土) 04:17:58 ID:7T1J403gO
*( ゚ ゚)*「……――……、……、――…………!」
ハソ ゚ー゚リ「……」
東の方、樹海の深部に向けて右手をかざす。
──受け取れ。私からの挑戦状だ。
*(‘‘)*「……さ、やっちまってください」
ハソ ゚ー゚リ「ああ」
溜め込んだ精霊を、ナチは一気に撃ち出した。
ヘリカルの歌を受けて強化された赤の精霊──力を司る化身が、咆哮と共に噴き出される。
轟。
──二人の居た場所から東に向けて、巨大な扇形に大地が抉り取られた。
404 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/23(土) 04:30:41 ID:7T1J403gO
*(;‘‘)*
ハソ ゚-゚リ「ほう、予想以上に凄い威力だったな。チャージの段階でも“歌”があったからか?」
*(;‘‘)*「……何を暢気なこと言ってるんです、さっさと逃げますよ」
冷静に分析を始めたナチの腕を、焦った様子のヘリカルが引っ張った。
ハソ ゚-゚リ「ん?」
*(;‘‘)*「こんな派手な事したら衛士に睨まれるに決まってるでしょうが。
この情勢、下手したらテロリスト扱いされてもおかしくないですって」
_,
ハソ ゚-゚リ「む、それは困るな」
*(;‘‘)*「じゃ走りますよ! 急いで城門から離れましょう!」
ハソ ゚ー゚リ「ハハ、まるで本物のテロリストになった気分だ」
ナチの頭をヘリカルが引っ叩き、二人は西に走る。
ヨツマの衛士隊が駆け付けたのは、その少し後だった。
405 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/23(土) 04:36:14 ID:7T1J403gO
ハソ ゚ー゚リ「ハッハッハ、なかなか愉快だったな」
*(;- -)*「こっちは冷や汗が止まりませんでしたよ」
……しばらく西に走り続け、ようやく安心して立ち止まったのは半時間ほど後。
ナチに渡されたタオルは、既に汗でぐちゃぐちゃに湿っている。
*(‘‘)*「……ナチはこれからどうするんです? 冒険者を続けるんですか?」
ハソ ゚-゚リ「そうだな、もうしばらく続けるさ。またんきとの約束もある」
ヘリカルの問いに、ナチは即答した。
灰色のコートの下、スモックの胸元には、またんきの羽飾り。
ヘリカルは彼が死んだ所には居合わせなかったが、彼らの約束は知っている。
ハソ ゚-゚リ「ツンは騎士、アサは薬方院に戻った。私は当分は傭兵をする。あとは……」
*( - -)*「私だけ、なんですよね」
ハソ ゚-゚リ「……ヘリ、お前も傭兵にならないか? お前の能力なら、どこのギルドでも重宝されるだろう?」
*(‘‘)*「……」
ヘリカルは、静かに首を横に振った。
406 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/23(土) 04:44:56 ID:7T1J403gO
*(‘‘)*「無理ですよ、私の“歌”はそこまで便利じゃない。あなたと違って、自分の身も守れませんし」
ハソ ゚-゚リ「しかし、」
*(‘‘)*「さっきの様な場合だって、大砲も点火係もあなたです。私が主体にはなれない」
なろうとは思いませんけどね、ヘリカルは小さく言い添える。
もう少し西に行くと、海が見える。
潮気を含んだ風が、西の海から吹き込んできた。
*(‘‘)*「……またんきに、ツンに、あなたに守ってもらって、やっと私は一人前だったんです。
どこの馬のホネとも知れないような奴らに命預けるなんて、とても出来ません」
ハソ ゚-゚リ「……」
静かに見返すナチに、拳を握りしめたヘリカルが続けた。
*( - -)*「あんた達だったから、私は役に立てたんです。それなのに、あのバカは居なくなるし、
……ええ、私だって、もうどうしていいか分からないんですよ!
樹海に入る力は無い、でも冒険者以外の生き方なんて私にはできないんだから」
407 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/23(土) 04:49:03 ID:7T1J403gO
潮気を嫌うのだろう、周囲に生き物の気配は無い。
風が樹々を揺らす静かな音だけが広がる。
……やがて、ナチが静かに口を開いた。
ハソ ゚-゚リ「……お前は、」
*(‘‘)*「?」
ハソ ゚-゚リ「これを覚えているか? ……『最低限、自分の身は自分で守る。できるか?』」
*(‘‘)*「なんです、急に。……そりゃあ、もちろん覚えていますよ。
『バカ言わねーでください、できるワケ無いでしょう! だからあんた達を頼ってるんです!』」
ハソ ゚-゚リ「『そうか、役立たずだな。不採用、荷物纏めてお家に帰りなおチビちゃん』」
*(;‘‘)*「『いいでしょう、それじゃお世話になりま――?』って、おいちょっと待て!
そんなやり取りは無かったですって!」
ハソ ゚-゚リ「それで次が『お礼は後でいいですね?』、だろう? 私はこのセリフは好きだったぞ」
*(‘‘)*「く、ぐ……。そうですね、そう言いましたよ。……お礼なんて、言えませんでしたが」
ハソ ゚-゚リ「……まだ機会はあるさ。私はそれを見に行くんだ」
*(‘‘)*「?」
408 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/23(土) 04:51:20 ID:7T1J403gO
ハソ ゚-゚リ「天国山脈の向こう側。彼が見たかった世界を、私が見せてやるんだ。
……『ワルハラ』はもうどこにも無いが、私達の旅は終わっていない」
*( - -)*
ハソ ゚-゚リ「それと……またんきがお前を仲間に入れたのは、お前が気に入った
からだぞ。
守ってもらわなければ役に立たない? ふざけるな、そんな理屈が無意味だと
最初に言ったのはお前だろう」
409 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/04/23(土) 05:03:50 ID:7T1J403gO
*(‘‘)*「──けっ、そんな事は分かってるんですよ。私は私に出来る事をすればいい、次にそう言うんでしょ」
_,
ハソ ゚-゚リ「む……そんな事は無い、『所詮チビの体術なんぞ犬のフンと同等だ』とでも言おうとしたのさ」
*(;‘‘)*「嘘つけ、この偏屈女! ……ありがとうございます」
ハソ ゚-゚リ「どういたしまして、この若年ニート。それじゃ私はそろそろ戻るぞ」
踵を返しヨツマに向かうナチを、ヘリカルは慌てて追いかけた。
……そう言えば、同じだけ走ったにも関わらず、ナチは汗一つ流していない。
*(#‘‘)*「……ちょっと待って、私も戻りますよ。一緒に遅めの朝ご飯でもいかがです?」
ハソ ゚-゚リ「……ふむ、たまにはチビの相手もいいか……」
*(#‘‘)*「~~!」
ハソ ゚ー゚リ「~~」
この後ヘリカルは再会したギルド『シン』の一員として、ナチは当面は傭兵として、それぞれ樹海に挑む。
……しかし、それらはまた別の話。
ミセ*゚ー゚)リ樹海を征く者のようです 幕間α 了