January 10, 2011
( ^ω^)トイレット・ピープルのようです 2
* 双子の憎しみと自己啓発について *
僕は半年前まで、ある家電品メーカーに勤めていた。
10人に聞けば2、3人は「知っていると思う」と答えるくらいの知名度の会社だ。
地味でパッとしない名前と見た目の商品ばかり作っていたが、実用性と故障率の低さで、そこそこの顧客たちの信用を得ていた。
会社の近くには社員寮が建てられ、僕はその二階のフロアにある部屋に住んでいた。
フロアには全部で二十部屋はあっただろうか。
扉が立ち並ぶ廊下は昼間でも薄暗く、陰気とまではいかないものの、どこか閉塞的な空気が漂っていた。
湿気の多い日は、リノリウムの床が靴底の下できゅっと鳴いた。
( ´_ゝ`) 「俺たちはね、企画部で働いているんだ」
廊下の突き当たりに立って右を向くと階段があり、左を向くと共同トイレがあった。
理由は分からないが、どの部屋にも備え付けのトイレというものがなかったので、
ここに住む人間は皆この共同トイレを使わなければならなかった。
女性用のトイレはない。男子寮だからだ。
( ´_ゝ`) 「商品開発についてのアイディアを出したり、新商品のプレゼンやイベントを手掛けている」
(´<_` )「それほど忙しくはないさ。ただ少し心が痛むけどな」
その双子は僕の両脇に立って小便をしながら、交互に口を開いた。
共同トイレでのことだ。
( ^ω^)「やりがいを感じますか?」
( ´_ゝ`) 「そりゃあ」
(´<_` )「少しはね」
( ´_ゝ`) 「だけど、くだらないものさ」
双子は僕にステレオ音声で話しかける。
質の良いヘッドフォンで声を聞いているみたいだった。
( ´_ゝ`) 「考えてもみろよ。双子が揃ってスクリーンの前に立って、禿げ散らかした爺さんどもに新型のオーブンレンジの説明をしているんだ」
(´<_` )「こっちがしゃべり、次にあっちがしゃべる。
スクリーンには棒グラフだか円グラフだかが映し出されて、俺たちは心にもない言葉を垂れ流している」
( ^ω^)「興味深いですね」
双子は僕の両脇で、同時に首を振った。
寸分の狂いもない動作だった。
( ´_ゝ`) 「確かに俺たちの評判はいいよ」
(´<_` )「説明は分かりやすくて、要点を射ている」
( ´_ゝ`) 「声も透るし、笑顔だって忘れない」
(´<_` )「だけどな、そんなことは少しも重要じゃない」
( ´_ゝ`) 「少しも」
( ^ω^)「何が重要なのでしょう」
小便はもう出ない。膀胱は空っぽだ。
それでも双子は気にせず、僕に向かって左右から話しかけていた。
( ´_ゝ`) 「いいか、人間というのは常に自己啓発しなければならない生き物なんだよ」
(´<_` )「会社の重役から握手を求められることが、自己啓発につながると本気で思うか?」
双子の声を聞いていると、どこか不思議な気分になってくる。
彼らが言った言葉が、世界の真実のように思えてくる。
足が地につかず、自分の行動に自信がなくなる。
どうして僕はこんなにも駄目な人間なのだろう。
彼らはこんなにも素晴らしいというのに。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/07(月) 19:51:12.02 ID:Lfh8pwAw0
( ´_ゝ`) 「君はどの部署で働いているんだ?」
( ^ω^)「広報部です。たいした仕事ではありません」
(´<_` )「ふむ。悪くはないんじゃないか」
僕は広報部で働いている。
商品についての広告を作ったり、宣伝活動を行ったりする。
鼠の糞にも値しない仕事だ。
( ´_ゝ`) 「人に知らせるわけだ」
(´<_` )「できるだけ良い意味で」
( ^ω^)「そんなところです」
僕の声は驚くほど小さなものになっていた。
濁っていて、底の見えない響きだ。
自分の喉を掻き毟りそうになるのを、やっとのことで堪えた。
双子は言った。
( ´_ゝ`) 「俺たちは決してこのまま終わらない」
(´<_` )「いつかきっと、この会社を殺してやる」
人間は自己啓発をしなければならない。
理由は簡単だ。人間の生きる目的が、富や名誉、性欲だけではないから。
なぜ俺たちの頭に、これほど大きな脳みそが詰まっていると思う?
双子はそう言った。
( ´_ゝ`) 「権力を得た人間は、例外なく愚かなウジ虫になり下がる」
(´<_` )「だってそうだろう?なにもヒトラーやブッシュのことを言っているんじゃない」
( ´_ゝ`) 「ガンジーのような指導者だって、非暴力で権利を得ようと試みたが」
(´<_` )「その時点で矛盾しているのさ。権利は暴力無しでは成り立たないからね」
( ´_ゝ`) 「法という名を持って人々に配られる権利」
(´<_` )「こうこうこういう事をしたら人の迷惑なので、牢屋にぶち込みますよ」
( ´_ゝ`) 「もしくはぶち殺しますよ。そういった暴力のおかげで、権利は有効性を保っている」
( ^ω^)「権力は暴力がなければ存在しえない」
( ´_ゝ`) 「そう」
(´<_` )「その言葉だよ」
共同トイレの地面が、黒く濁ったゲル状の物質で覆われていった。
実際には、そう見えただけだ。
本当にそんなものが僕の足に絡みついているわけじゃない。
しかしそこには、確かに動きを鈍らせる働きがあったのだ。
僕は得体の知れないエネルギーに飲み込まれる前に、彼らに訊ねた。
( ^ω^)「憎いですか?」
( ´_ゝ`) 「ああ、憎いね」
(´<_` )「心の底から」
双子がトイレから去った後も、僕はしばらく便器の前に留まっていた。
霞みがかった頭を揺り動かし、意識を取り戻す。
双子は言った。
憎いと。
僕にだって、自分の考えくらいある。
先人たちほど立派ではないとしても、残したいものがある。
トイレから出て部屋に戻る途中、僕はずっと、昨日の夕飯について考えていた。
―――いったい僕は、何を食べていたんだろうか。
* 入口と出口 *
夕方、仕事が終わってタイムカードを機械に通し、上司に挨拶をして会社を出た。
寮にある自分の部屋に戻ってきて、荷物を置き上着を脱いで例の共同トイレへ向かった。
個室に入って鍵を閉め、ズボンとパンツを脱いで便器に跨った。
便器は洋式だった。
僕はどうも和式の大便器を好きになれない。
足が疲れるとか、ウォッシュレットが付いていないとか、そう理由ではない。
だた苦手なのだ。人間の好き嫌いなど、ほとんどの場合理由なんてない。
一通り排泄が終わり後始末を済まして個室から出ると、一人の男が小便をしていた。
彼は僕を見るとにやりと笑い、声をかけてきた。
(,,゚Д゚) 「よう」
( ^ω^)「どうも」
(,,゚Д゚) 「先日は助かった。礼を言うよ」
礼を言われるようなことをした記憶がないので、僕は首をかしげて訊ねた。
( ^ω^)「以前どこかで?」
(,,゚Д゚) 「プラスチック製の本」
ああ、と僕は声を出して頷いた。
この間、彼が大便をしたところ紙が切れていて、僕が個室の上からトイレットペーパーを投げ渡した事があった。
そのあと僕は軽く別れの挨拶をしてすぐにトイレを後にしたので、彼の顔までは見ていなかった。
( ^ω^)「思い出しましたよ」
(,,゚Д゚) 「そうかい。それはよかった」
( ^ω^)「あの後、どうでした?」
彼は口の端を上げ、何ともなさそうに答えた。
(,,゚Д゚) 「上司は怒鳴りもしなかった。呆れてたんだろうな」
(,,゚Д゚) 「連絡もせずに会議に遅れて、遅刻の理由は紙が無かったから。まあ、首にはならなかったよ」
僕は笑ったほうがいいのか神妙にしたほうがいいのか判断できず、曖昧に頷いて彼の言葉を待った。
彼はしばらく放尿を続け、やがてジッパーを上げて僕に言った。
(,,゚Д゚) 「お礼も兼ねて、どうだ、一杯」
右手でグラスを口に運ぶジェスチャー。
そして目玉と頭をグルグル回した。
少し腹の立つ動きだったが、僕はいいですねと答えた。
一人酒にも飽きてきた頃だった。
*
寮を出て街に繰り出す。
誰かと一緒に酒を飲みに行くのは久しぶりだった。
僕の部署の同僚は皆酒と煙草が嫌いで、上司からの誘いも一度も受けた事がないからだ。
トイレの人々からはよく話しかけられるが、仕事仲間にはあまり好かれていない。
原因は分かっている。僕は媚を売るのが苦手なのだ。
(,,゚Д゚) 「行きつけの店さ」
目的地に近付いたところで、彼は言った。
僕は見慣れない通りに目を配りながら、彼の後を歩いていた。
(,,゚Д゚) 「今日は俺が奢るよ。お礼なんだから」
建物の間に沈みゆく、目立たない階段を降りる。
空気が冷え、肌を心地よく撫でた。
26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/07(月) 20:24:19.38 ID:Lfh8pwAw0
古い木製のドアを開けると、そこは薄暗いバーだった。
店内の隅には傷だらけのピンボールが一台。
ビリヤードなどという洒落た物は置いていない。
今時珍しい、しっかりとした酒を飲むための場所だ。
女を引っ掛けるための狩猟場ではない。
(,,゚Д゚) 「ビールが欲しいな」
( ^ω^)「僕も」
カウンターに座り、間を置かずにオーダーする。
煙草を吸いながらグラスを磨いていたバーテンは僕らの注文を聞いて、ひどく緩慢な動きで酒を用意し始めた。
数秒後、適度に冷えたグラスが頭に泡を乗せて僕らの目の前に置かれた。
(,,゚Д゚) 「誰だってそうなんだ」
飲み始めて10分もすると、彼は顔を赤くして僕に論じていた。
僕らを入れて、店内に客は三組しかいない。
奥の席でマネキンの真似をしている若いカップルと、カウンターの端に座る顔色の悪い男。
それだけだった。
(,,゚Д゚) 「誰だって、自分だけのある確立された世界を構築しようと、必死に生きてるんだ」
( ^ω^)「確立された世界ですか?」
(,,゚Д゚) 「そうさ。人間は何と言っても、シンプルを目指している生物だ。訳もなく複雑な脳と世界を持っているからな」
( ^ω^)「ふむ」
(,,゚Д゚) 「何が起きても揺るがない、完成された行動方針だよ。あんたにはあるかい?」
( ^ω^)「どうでしょうね。あなたには?」
そう問いかけると、彼は答えずに4杯目のビールを注文した。
ビールを待つ間、彼は瞬きもせずに自分の右手を見つめていた。
少しくたびれた、それでも多くの命を溜めこんだ右手だった。
(,,゚Д゚) 「ある」
ビールを喉の奥に流し込み、言った。
肺の収縮を感じ取れる声だった。
( ^ω^)「どのような?」
(,,゚Д゚) 「分かりやすく説明したいから、例え話をしてもいいかい?」
( ^ω^)「ええ」
彼の顔の向こう側に、顔色の悪い男の姿が垣間見える。
男は目の前に置かれたグラスを無視し、ひたすら唇を小刻みに動かしていた。
なにかを呟いているようにも見えるし、唇の運動をしているようにも見える。
(,,゚Д゚) 「俺の頭の中には、入口と出口がある。誰もが持っているけど、意識して開け閉めをしている者は少ない」
( ^ω^)「入口と出口」
(,,゚Д゚) 「そう。入口は金属製で、両開き。片方の板の重さは200kgある。南京錠と鎖でがっちりと固定されて、俺以外の誰にも開ける事はできない」
( ^ω^)「誰もあなたの頭の中を覗く事はできない。あなたの許可がなければ」
(,,゚Д゚) 「扉を壊すことだってできるけど、俺はその前に出口から逃げ出すだろうな」
( ^ω^)「どんな出口なんですか?」
(,,゚Д゚) 「それなんだけどな、少し自慢なんだよ。よく乾燥させた、良質なマホガニーで出来ている」
( ^ω^)「ほう」
(,,゚Д゚) 「まあ、騒ぐほどの事じゃないさ。ホンジュラスから取り寄せて、古い職人に加工してもらったんだ」
僕は想像した。
彼の脳の側面に、暖かみのある木製の扉が一つ、取り付けられている。
ドアノブはシンプルで、それでいて手を抜かずに作られた金属製。
握りやすくて、捻ればカチャリと気持ちのいい音が出る。
蝶番が擦れる音、手に掛かる心地いい重さ。
(,,゚Д゚) 「出口は大切だ。入口なんかより、ずっと」
来るものを拒む事は簡単だ。
鉄の扉に鍵を掛けて、閉じ籠っていればいい。
だけど自分の頭の中の、未完成な生き物を外に出すには、膨大な勇気を消耗しなければならないのだ。
首輪をつけて鎖を繋ぎ、必死に飼い慣らしてきた観念は、いつか解き放たなければならない。
せめてその時くらい、冷たい鉄の扉ではなく、納得のいく出口からそれらを見送る必要がある。
確立された世界というのは、頭の中身のことじゃない。
入口と出口のことを意味しているのだ。
彼はそう言った。
彼はもう右手を見てはいなかった。
ただ少し照れた笑いを口元に浮かべていた。
(,,゚Д゚) 「あんたなら分かるんじゃないかと思って」
彼の言葉は全て、彼の出口を通り抜けて僕の入り口に入ってきた。
顔色の悪い男はもういなかった。
男が席を立つ所を、僕は見ていない。
置いてあったはずのグラスも、どこにもなかった。
痕跡さえない。
バーテンも気づいていないようだった。
(,,゚Д゚) 「あんたの出口は、どんな扉なんだ?」
僕はその問いに答えることができなかった。
曖昧に笑って、グラスの底に残ったビールを飲み干す。
席を立ち、彼が金を払ってからバーを出た。
入口はある。
薄くて脆い紙で出来た、隙間だらけの扉。
誰もがノックも無しに入ってきて、適当な所に腰を下ろす。
彼らが去ることはない。
僕の頭の中に居座り、気が向くと立ち上がってその場をグルグルと回り出す。
やがて時間が経ち、彼らは光を失って腐り、消えてゆく。
彼の問いに答えられなかったのは、僕の頭には出口が無いから。