February 20, 2011
/ ,' 3 荒巻老人は80代にして妻以外の女性を愛したようです
とっくに日も暮れた、午後10時。
尾富商店街の中にある居酒屋「ぎこ」。
賑わう店内には、5つのテーブル。
どのテーブルの上にも料理や酒が置かれており、
それを飲み食いしながら大人達がわいわいと雑談している。
あるテーブルには、仕事帰りのサラリーマン達。
あるテーブルには、デート中の恋人達。
それぞれグループは出来ているが、しかし、誰もが隣のテーブルにちょっかいをかけたり
料理を分けてもらったりと、テーブル毎のテリトリーなどまるで無視していた。
というのも、この町の住人は皆、
何年、何十年もの付き合いがある顔なじみ同士だからだ。
この店に来る者全員が飲み仲間と言っても過言ではない。
さて、そんな中の、とあるテーブル。
比較的年齢の高い者が集まったそこは、店内でも一番と言えるほど騒がしかった。
(*`・ω・´)「ははははは! 孫ってなァ何て可愛いんだ!」
(*゚∋゚)「大はしゃぎだねえ、シャキンさん。
5、6年前にゃ、娘が嫁にいっちまうーって泣いてたくせに」
酒を豪快に飲みながら初孫の自慢をする男、シャキン。
彼よりも3つほど年下のクックルは、シャキンがあんまり嬉しそうにするものだから、
どこか呆れたような顔で笑っていた。
(*ФωФ)「かかか、うちの倅もさっさと結婚してほしいもんである。
孫! 我輩も孫を可愛がりたい! お菓子とか玩具めっちゃあげたい!」
(,,゚Д゚)「何でえ、モナーの奴、まだ彼女さんと籍入れてねえのか。
――はいよ、焼鳥、皮とモモな」
シャキンを羨みながら焼鳥を口に運んだ男、ロマネスク。
そこへ追加の焼鳥を運んできたのは、この居酒屋の店主、ギコだ。
そのまま腰を下ろして居座ったギコは、
ロマネスクの隣でちびちびと酒を飲む老人に声をかけた。
(,,゚Д゚)「荒巻の爺さん、どうしたい。あんたの大好きな皮だぜ。
いつもなら真っ先に手ェ出すじゃねえの」
/ ,' 3「む……」
この場で一番の年長者であろう老人、荒巻スカルチノフ。
顔を上げた彼は焼鳥の串に手を伸ばしかけたが、
溜め息を一つ漏らすと、再び酒を少しずつ飲み始めた。
そんな彼の様子に、シャキン達は首を傾げる。
(*`・ω・´)「最近元気ないねえ。もしや寿命かい」
(*゚∋゚)「あっはっは! まさか! 100まで生きそうなジジイだよ。
あと20年はぴんぴんしてらあね」
(*ФωФ)「100歳になっても死にそうにないであるがな」
隣のテーブルからも、「違いねえや」と合いの手が入った。
ギコが吹き出し、シャキン達も、どっと沸く。
しかし依然として黙ったままの荒巻を見て流石に心配になったのか、
ロマネスクは荒巻の肩を軽く叩いた。
( ФωФ)「爺さん、本当に元気がなさそうである。何かあったであるか?」
/ ,' 3「……いや、何も」
歯切れ悪く答える荒巻を目にし、いよいよもってロマネスク以外の面々まで心配し始めた。
荒巻は、80歳を少し過ぎた年頃にしては足腰や頭がしっかりしていて、
町でも評判の頑固ジジイである。
口数は多い方ではないが、はきはきと明瞭に話すのが常だ。
こんな風に言い淀む姿などなかなか見られるものではない。
(,,゚Д゚)「爺さん、どっか体調でも――」
ミ,,゚Д゚彡「親父! 堂々とサボってんじゃねえから!」
そこへ現れたのは、少し長い髪を乱雑に縛った青年。
ギコの息子、フサ。
今時の高校生だが、こうして店の手伝いをするくらいには親孝行者である。
(,,゚Д゚)「ああ、フサ。いいんだよ、今は何も注文入ってねえから」
ミ,,゚Д゚彡「ったく……」
荒巻とフサの目が合った。
荒巻は「よう」と小声で挨拶すると、視線をテーブルへ落とした。
フサは拍子抜けしてしまう。
いつもの荒巻ならばフサの髪を引っ掴み、欝陶しいだの不潔だのさっさと切れだのと
文句を言うところだ。
だのに、今日はそれが無い。
首を傾げるフサに、ギコやシャキンが、荒巻の様子がおかしいのだと説明した。
ミ,,゚Д゚彡「ははーん。……そりゃまさか、
爺さん、病気になっちまったかもしれないから」
( ゚∋゚)「荒巻さんが病気なんざ珍しい。
風邪かい? もしそうなら、明日は槍が降るかもね」
ミ,,゚Д゚彡「いやいや、もーっと珍しい病気だから」
(`・ω・´)「ってーと?」
ミ,,゚Д゚彡「恋の病! ……なーんて」
フサの冗談に、「んなわけあるか」と父からのツッコミが入る。
笑い飛ばそうとしたロマネスクは、荒巻に瞳を向け――固まった。
/;*,' 3
荒巻が、顔を真っ赤にさせて俯いていたからだ。
( ゚∋゚)(`・ω・´)
(,,゚Д゚)( ФωФ)
( ФωФ)「……え、マジ?」
/;*,' 3「な、んな、んなこと、……、……」
耳まで赤くしながら否定されても信じられる筈がない。
というか、否定すらマトモに出来ていない。
確定したも同然だ。
ミ;,゚Д゚彡「えええええ! マジで恋しちゃってるからあああ!?」
/;*,゚ 3「ばっ、声がデカい!!」
(*‘ω‘ *)「何々、荒巻のジジイが恋に悩んでるっぽ!?」
( ><)「詳しく聞かせてほしいんです!」
( <●><●>)「これは一大ニュースですね」
(´・_ゝ・`)「おいおいマジか」
( ^Д^)「ビール飲んでる場合じゃねえ!」
从'ー'从「みんなにメールで教えてあげなきゃ~」
ミセ*゚ー゚)リ「誰々、相手誰っ!?」
(゚、゚トソン「ええ、まずはそこから訊かなければ」
他の客が、一斉に各々のテーブルを離れて荒巻のもとへ駆け寄った。
相手は誰なのだと口々に問いかける。
/;*,' 3「こ、恋なんかじゃない!
ただ、……さ、最近何だか妙に気になっとるだけだ!」
ミ,,゚Д゚彡「そういうのを恋って言うから」
/;*。゚ 3「黙りゃあ!!」
( ゚∋゚)「はいはい、んで、気になってる人って誰なんだい」
/;*,' 3「……ぃ」
ミセ*゚ー゚)リ从'ー'从「い?」(*‘ω‘ *)(゚、゚トソン
(,,゚Д゚)(女の子達の食いつきの良さときたら)
/;*,' 3「い……伊藤さんのところの……」
( ><)「伊藤さんっていうと……」
(*‘ω‘ *)「クーさんっぽ?」
( <●><●>)「ああ、四十代とは思えないほど綺麗ですよね、クーさん」
(゚、゚トソン「でもクーさんにはドクオさんという旦那様が」
( ^Д^)「あるいは娘さんの方か?」
ミセ*゚ー゚)リ「キュートちゃん? まだ高校生だよ!」
(´・_ゝ・`)「いやあー、女子高校生ってのは魅力的だからなあ」
从'ー'从「歳の差ってレベルじゃないよ~」
/;*,゚ 3「どっちも違わい!!」
11 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 17:45:59 ID:A0QeEa2sO
( ФωФ)「――あ」
ぽん、と、ロマネスクが手を叩く。
合点がいった、という顔だ。
( ФωФ)「なるほど、夏に、伊藤さんの家に越してきた……」
(,,゚Д゚)「おーおーおー、ドクオのお袋さんの」
(`・ω・´)「ペニサスさんか!」
/;*// 3「……」
もうこれ以上はないほど、荒巻の顔が真っ赤に染まった。
/ ,' 3 荒巻老人は80代にして妻以外の女性を愛したようです
.
荒巻スカルチノフは、一軒家に1人きりで暮らしている。
昔は、もう1人居た。
昔は、妻と2人暮らしであった。
その妻は20年以上前に病気で亡くなってしまった。
当時は荒巻も妻も、まだ60歳になったばかりの若さで。
しかし、荒巻が再婚するには、あまりにも老いていて。
(まあ、再婚しなかったことに関しては、恋をする情熱などというものが
彼のもとをとっくに離れていたのが一番の原因なのだろうが)
さらに、彼と妻の間には子供もいなかった。
果たして、この二十余年、荒巻は――家の中に限り――孤独だったのだ。
*****
目覚まし時計が鳴るより早く起きた荒巻は、手早く布団を押し入れにしまうと
寝間着から普段着に着替え、ジャケットを羽織った。
適当に身嗜みを整え、外に出る。
朝一の散歩が彼の日課だ。
/ ,' 3「おはようさん」
きんと冷え、しんと静まり返った、まだ薄暗い住宅街。
すれ違う新聞配達の青年や、
自分と同じように散歩をしている老人、犬猫達に挨拶をしながら闊歩する。
2月の早朝だ。ひどく寒い。
それでも、荒巻は顔色一つ変えやしない。
/ ,' 3(朝飯は何にするかのう)
寒さよりも、帰宅した後の朝食の方が気になっているようである。
/ ,' 3(味噌汁と、冷や飯……ああ、ギコから貰ったチャーシューの余りがあったか)
( -∀-)「んあー、んあー」
/ ,' 3「む。モララー」
( ・∀-)「あ? あー。ジジイ」
/ ,' 3「挨拶」
( -∀-)「おあよーござーまー」
朝食の献立を考えていると、とある家から青年が出てきた。
眠たそうな顔をしている彼の名は、モララーという。
フサと同い年で、少々意地の悪い高校2年生。
昔は、フサと一緒になって悪さをしては荒巻や他の大人達から怒られたものである。
というか今もあまり変わっていない。
/ ,' 3「ちゃんと挨拶せんか」
( ・∀・)「おはよーございますぅー」
/ ,' 3「……まあいい。おはよう。
こんな早くに起きてるとは珍しいな」
( ・∀・)「ずっと起きてたんだよ。徹夜徹夜。
ゲームがなかなかやめらんなくてさあー。
おかげで、ねーむくて眠くて。こりゃ授業中に寝るわ」
言いながら、モララーは郵便受けから新聞を引き抜いた。
そして大きな欠伸を一つ。
荒巻が眉根を寄せ、口元を引き攣らせる。
/#,' 3「学生の本分たる勉強を疎かにするな阿呆!」
( -∀・)「ん。あー。んー。ねえジジイ」
/#,' 3「話を逸らそうとしても――」
( ・∀・)「ペニサスばあさんに恋してるんだって?」
/#,' 3
( ・∀・)「夜中、フサから『面白い話がある』って電話かかってきてさ。聞いたよ」
/ ,' 3
( ・∀・)
/;,' 3
( ・∀・)
/;*,' 3
( ^∀^)
/;*,' 3「きっ……貴様ァアア! それで弱みを握ったつもりか!!
汚いさすがモララー汚い!」
( ・∀・)「何とでも言えwwwねえどんな気持ちwwww
何十歳も年下のガキに冷やかされて今どんな気持ちwwwwww」
/;*,゚ 3「知るかボケェ! さっさと家の中に戻れぇええい!!」
( ・∀・)「ジジイ必死wwwww」
げらげら笑いながらモララーが屋内へ引っ込んだ。
肩で息をしながら、荒巻は考える。
厄介な奴に知られてしまったな、と。
*****
.
そう、荒巻は孤独だった。
妻も子供もいない。
たしかに外に出れば、モララーや商店街の人間など、仲の良いご近所さんと交流は出来る。
だが、あくまで彼らは友人や知人であり、赤の他人といった域を出ないのだ。
故に、孤独だった。
それでも寂しくないと自分に言い聞かせ、平気な顔で過ごしてきた。
別に、それに支障は無い。いや、無かった。
無かったのだ。
7ヶ月前。去年の7月になるまで。
彼女が、この町にやって来るまで。
*****
.
――7ヶ月前。去年の7月。
その日の夕方、荒巻の家を訪れる者がいた。
('A`)『どうも、こんにちは』
川 ゚ -゚)『こんにちは』
ご近所さんである、伊藤ドクオとクールの夫婦。
それと、
('、`*川『はじめまして。突然すみません。私、伊藤ペニサスと申します……』
老女、ペニサス。
/ ,' 3『はじめまして――どちら様で……?』
初めに抱いた印象は、目元がドクオにそっくりだな、なんてもの。
綺麗というほどではないが、どこか可愛げがあるその顔に、
荒巻は全く見覚えがなかった。
――何でも、ドクオの実母であるペニサスは、
昨日まで別の町に住んでいたそうだ。
それを聞き、荒巻は、
そういえばドクオとクールは20年前にこの町に越してきたのだったな、と
思い返していた。
彼らも今ではすっかり町に馴染んでいるので、
まるで生まれたときからずっとここに居たかのように錯覚していたのだ。
それは置いといて。
ペニサスは長い間一人暮らしをしていたのだという。
これといって特に問題は無かったが、
年老いた婦人が毎日1人きりというのは、流石に、本人より周りが不安に思うもので。
ドクオの住まいにペニサスを迎え入れることにしたらしい。
そして先程引っ越し作業が済んだので、その挨拶に来たとか何とか。
/ ,' 3『はあ、そりゃ、どうもよろしく』
このときは、あまり気に留めていなかった。
ただ、人見知りのような素振りが気になった。
簡単な挨拶を済ませてすぐ、荒巻から視線を外し、居心地悪そうにしていたから。
('、`*川
――それからしばらく経って。
夏も盛りな時期の真昼、荒巻は散歩ついでに公園を訪れた。
夏休みということもあって、
公園では子供達が賑やかに遊んでいる。
テレビ等に出るコメンテーターなんぞは
よく、最近の子供はゲームばかり、という愚痴を漏らしているが、
ここら一帯の子供は、そんなこともお構いなしに外で駆けずり回るのを好む。
やれやれとベンチに腰掛けた荒巻は、ふと、砂場で遊ぶ子供達の中に
不釣り合いな年頃の少年少女が混ざっているのに気付いた。
o川;゚ー゚)o『最近のちびっ子の技術すごいな!
城がすごいリアル!』
(;^ω^)『高校生が負けてらんないお。ツン、ありったけ水を汲んできてほしいお!』
ξ;゚⊿゚)ξ『任せなさい!』
キュート、ブーン、ツン。
モララー達の一つ年下、高校1年生だ。
汗だくになりながら、子供達と砂遊びで張り合っている。
いい年をして何をしているのだ、と呆れた顔で眺めていると、
その内の1人、キュートと目が合った。
キュートは砂場を離れ、荒巻に駆け寄ってくる。
ブーンとツンも荒巻を見付けたが、彼らは砂遊びを優先させたらしく
目礼だけして、そのまま砂場に留まっていた。
o川*゚ー゚)o『荒巻さんだー。こんにちは!』
荒巻の隣に腰を下ろし、キュートは、ふうと息をついた。
ベンチは丁度木陰に当たる場所にある。
汗をかいたままでは体を冷やしてしまうだろうと、荒巻はハンカチをキュートに手渡した。
o川*゚ー゚)o『ありがと!』
/ ,' 3『砂場で遊ぶ高校生なんて珍しいものを見てしもうた』
o川*゚ー゚)o『最初はねー、私の家で、3人で夏休みの宿題やってたんだけど』
キュートはドクオとクールの娘だ。
彼らの家は、この公園の傍にある。
o川*゚ー゚)o『公園から楽しそうに遊ぶ子供の声がね……誘惑してきてね……』
/ ,' 3『要するに勉強が嫌になったから公園に逃げてきたか』
o川*゚ー゚)o『まあ、その通り』
えへへ、と笑って、汗を拭き終えたキュートはハンカチを丁寧に畳んだ。
o川*゚ー゚)o『洗って返すね!』
/ ,' 3『いい、いい。自分で洗うわい』
o川*゚ー゚)o『自分の汗が染み込んだものを人に触らせるなんて、乙女には出来ません』
/ ,' 3『……む、じゃあ、そうしてくれ。返すのは、いつでもいい』
o川*゚ー゚)o『はいよー』
24 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 18:09:00 ID:A0QeEa2sO
しばしの沈黙。
不意に、荒巻はキュートの祖母、ペニサスを思い出した。
彼女は今どうしているか問おうとする――が、先にキュートの方が口を開いた。
o川*゚ー゚)o『……荒巻さん、うちのお祖母ちゃんと仲良くしてあげてね』
/ ,' 3『ん?』
o川*゚ー゚)o『お祖母ちゃんね、元々人見知りするタイプだし、ずっと1人だったから、
ここの人達と交流するのに億劫になってるみたいなの』
/ ,' 3『――ああ、そんな感じはしたわ』
o川*゚ー゚)o『昔……私が生まれてすぐ、お祖父ちゃんを亡くしたらしくて。
本当に、ひとりぼっちだったから……』
/ ,' 3『……』
もう一度「仲良くしてあげてね」と言って、キュートは砂場へ戻っていった。
*****
25 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 18:11:22 ID:A0QeEa2sO
キュートとのやり取りから数日経った日の昼下がり。
晩のおかずを買うために商店街へ向かっていた荒巻は、
ある家の前で女性が必死に何かをしているのを発見した。
近付いてみれば、その女性はペニサス。
('、`;川『あわわわ、わんちゃん、駄目、放して? ね? ねえってば……』
▼*・ェ・▼ フンフン
よく見てみると、その家の庭で飼われている犬が、
ペニサスの鞄に無心で食らいついている。
奪われぬようにとペニサスも引っ張っているのだが、
犬が恐いのか何なのか、抵抗と呼ぶにはあまりに弱々しい。
もう少しすれば、犬が勝ってしまうだろう。
/#,' 3『これ、ビーグル! お前はまた人様に迷惑かけおって!』
▼;・ェ・▼ キャイン!
見ていられず、荒巻は怒鳴りながらペニサスと犬のもとへ歩み寄った。
その声に驚いたか、犬は鞄から口を離すと、くんくん鳴きながら伏せの体勢をとった。
('、`;川『あ……』
/ ,' 3『こいつはビーグルといってな、悪い奴じゃないんだが
人懐っこさが過ぎるあまり、こうして構われたがるんですわ。
一喝すれば、すぐにやめますから』
('、`*川『あの、あ、ありがとうございます……えっと、荒巻、さん……ですよね』
/ ,' 3『うむ。おお、よしよし』
屈み込み、犬の頭を撫でる。
犬はくすぐったそうに顔を振り、荒巻の手を舐めた。
▼*・ェ・▼ キュンキュン
/ ,' 3『お前は元気すぎるわ。まあ病気するよりはマシだがの』
犬の尻尾がぶんぶん左右に揺れた。
無意識に荒巻の口元が緩む。
/ ,' 3『よしよし――』
――荒巻の動きが、止まった。
横から伸びた手が犬の頭を撫で、その拍子に荒巻の手に触れたからだ。
('、`*川『可愛い……』
隣を見れば、いつの間にやらペニサスもしゃがみ込んでいた。
彼女が顔を荒巻に向ける。
視線が互いにぶつかり、荒巻は慌てて目を逸らした。
わざとらしく「それじゃあ」なんて言って立ち上がる。
/ ,' 3『それじゃあ、わしは、これで……』
('、`*川『はい。すみません、助けていただいて。――ありがとうございました』
適当に返事をし、逃げるようにペニサスから離れた。
一瞬触れ合った手が、一瞬見つめ合った瞳が、何故だか無性に気になって仕方がない。
*****
28 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 18:19:45 ID:A0QeEa2sO
('、`*川『昨日のお礼を……』
翌日の夕方、包みを抱えたペニサスが荒巻宅を訪ねてきた。
('、`*川『息子から、荒巻さんは今、その、お一人だと聞いたものですから。
ご飯……おかずの足しになればと』
渡された包みを開いてみると、重箱が現れる。
二段重ねのそれに、ぎょっとした。
/ ,' 3『そんな、大したこともしていないのに――』
('、`*川『いいんです。……元々、料理、好きですから』
/ ,' 3『はあ、……じゃあ、ありがたく』
('、`*川『……あ、すみません、私の手作りですし、お嫌でしたら無理には――』
/ ,' 3『嫌なんてことはないです。いただきますよ』
29 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 18:21:32 ID:A0QeEa2sO
('、`*川『それなら良いんですが……何がお好きか分からないものですから、
もし苦手なものがありましたら、手をつけなくても結構ですよ』
/ ,' 3『何でも食べますわい。……いやはや、本当にありがたい。
妻が死んでから20年は経ちますが、まったく料理の腕が上達せんもんで』
世辞や社交辞令などではなく、本心であった。
生来の不器用さのせいか、荒巻は料理が苦手である。
こうして人に作ってもらえるのは、素直に喜ばしい。
/ ,' 3『本当に、ありがたいことです』
('、`*川
('ー`*川
/ ,' 3
('ー`*川『あのときは、ありがとうございました』
それからペニサスとどんな言葉を交わしたか、
何と言ってペニサスが帰ったかを、荒巻は覚えていない。
気付けば夕飯の準備を済まし、重箱に入っていた出汁巻き玉子を口に運んでいた。
/ ,' 3『……』
最後に見た、ふんわりと微笑んだペニサスの顔。
それが、頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
/;*,' 3『……?』
その都度、体が――胸や首が――むずむずするのだ。
この感覚に似ているものを、知っている。
もう何十年も前に体験してきたもの――
――恋のそれに似ていた。
*****
32 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 18:24:45 ID:A0QeEa2sO
川 ゚ -゚)『ご丁寧に、どうも』
/ ,' 3『こちらこそ。
――ペニサスさんに礼を言いたいんじゃが、今、会えるかの』
次の日、洗った重箱を伊藤家へ届けに行った。
てっきりペニサスが出てくるかと思ったのだが、
ドアを開けたのは伊藤クールであった。
川 ゚ -゚)『お義母様なら、今、キュートと一緒に散歩に。
そろそろ帰ってくると思いますが、上がって待たれますか?』
/ ,' 3『む……』
/ ,' 3
/;*,' 3
ペニサスがいない。
そのことを残念に思う自分に気付いた瞬間、荒巻の顔が、ぽっと染まった。
川 ゚ -゚)『? 荒巻さん、お顔が――』
/;*,' 3『何でもない! 何でもない!
……美味かったと、ペニサスさんに伝えといてくれ! じゃあ帰る!!』
川;゚ -゚)『あっ、ちょっと……』
大丈夫ですかと問うクールの声を無視し、荒巻は小走りで逃げていった。
ひたすら前方を睨みつける。
/;*,' 3(何で! どうして!)
それから数日間、荒巻は、ぐらぐらと不安に揺られていた。
ペニサスに抱く気持ちは、単なるご近所さんへ向けるようなものではない。
それが恐ろしかった。
気のせいだ錯覚だと言い聞かせてみても、これっぽっちも納得出来ない。
わけが分からない。
意味が分からない。
――今更恋などする自分が、理解出来ない。
*****
ある日、荒巻は商店街へ向かった。
ここしばらく、特に用事が無くても外出してばかりいる。
家でじっとしていると、ペニサスのことばかり考えてしまいそうで恐いのだ。
騒がしく、活気のある商店街に行けば気も紛れるだろう。
/ ,' 3
――と、思ったのに。
('、`*川『あ……、荒巻さん、こんにちは』
道端で、ばったり遭遇した。
.
('、`*川『この間の、あれ、お口に合いましたようで……』
/ ,' 3『あ、ああ、非常に美味かった。美味かったです』
('ー`*川『良かった……』
/ ,' 3
笑顔。
どくりと心臓が跳ねる。
何かを言いたいが、何を言えばいいか分からず、唇を僅かに動かすだけに終わった。
('、`*川『そういえば、荒巻さん、どちらへ行かれるんですか?』
/ ,' 3『……商店街に』
('、`*川『本当ですか? 私も行くところなんです』
/ ,' 3『はあ』
('、`*川『クーさんがね、夏風邪引いちゃって。
精のつくものを食べさせようと思ったので、
看病はキューちゃんに任せて、私は材料を買いに……』
38 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 18:30:27 ID:A0QeEa2sO
/ ,' 3
('、`*川
ペニサスが、「迷惑じゃなければ」と前置きする。
('、`*川『……ご一緒させていただいても、いいですか?
実は商店街に行くの初めてで、ちょっと、不安で』
*****
( ФωФ)『いらっしゃいである!』
2人は、まず商店街の入口近くにある青果店に向かった。
ロマネスクの店だ。
ロマネスクは荒巻の隣に立つペニサスを見て、首を傾げる。
( ФωФ)『そちらは』
/ ,' 3『伊藤さん家で同居を始めた、ペニサスさん。ドクオの母親だと』
('、`*川『はじめまして……』
孫から人見知りだと評されるだけあって、ペニサスから気まずそうな雰囲気が流れた。
彼女の視線は野菜にばかり向けられる。
( ФωФ)『そうであったか、あなたが噂の!
いやはや、言われてみればドクオと目元が似ておる。
目元だけじゃなく他の部分も似ていれば、
ドクオももっと上品で美形になっていたかもしれんが』
ははは、とロマネスクが笑う。
勿論冗談なのは分かるし、ペニサスを遠回しに褒めているつもりなのだろうが、
それは彼女の息子を馬鹿にするような発言だ。
機嫌を悪くさせてしまうのではないか、怯えてしまうのではないか。
荒巻は、慌ててペニサスを見る。
40 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 18:33:36 ID:A0QeEa2sO
しかし予想に反し、彼女は小さく吹き出していた。
('、`*川『まあ。お嫁さんも、同じことを言ってましたの』
( ФωФ)『クーさんか。あの人は旦那に容赦ないであるからなー』
('、`*川『それくらいが丁度いいんですよ。
うちの息子には勿体ないくらい、いいお嫁さんです』
( ФωФ)『嫁姑の仲は良さそうであるな。素晴らしいことである。
――して、何をお求めかな』
('、`*川『クーさんが風邪を引いてしまったので、体にいいものを』
( ФωФ)『それはいかん! うちの野菜や果物をたくさん食わせなさい。
栄養満点、味も保証するである!』
/ ,' 3『……』
たしかに人見知りをするにはするようだが、
コミュニケーションが下手というわけではなさそうだ。
野菜と果物を買い終えたペニサスは、ふう、と息をついた。
('、`*川『安くしてもらえちゃいました』
/ ,' 3『あいつは値引きが好きなんですわい。
商売より、客を喜ばせる方を好いとる』
('、`*川『まあ』
/ ,' 3『さて……ついでだし、商店街を回りますか。
店の案内と、あんたの紹介も兼ねて』
('、`;川『そんな、そこまでお手を煩わせてしまっては――』
/ ,' 3『いいんじゃ、わしは暇なもんです。
ああ、勿論、あんたが良ければ、の話で』
('、`*川『私は、夕方までに帰られれば……』
/ ,' 3『ほうか。――店主達とは早めに知り合ってても損はない。
軽口をたたき合えるぐらいになりゃ、値引き交渉も上手くいきやすいし、
何より買い物中の雑談が楽しくなる』
('、`*川『……』
それじゃあ、お願いします。
そう言って、ペニサスは一礼した。
ペニサスを連れて様々な商店を回る。
初めは少し怯えているようだった彼女も、段々と緊張が和らいできたらしかった。
(=゚ω゚)ノ『おー、荒巻さん、デートかよぅ』
/;*。゚ 3『ばっ』
('、`*川『あら……』
(=゚ω゚)ノ『ジョークだよぅ、ジョークぅ!。
えーと、伊藤さんだったよぅ? ドクオのお袋さんの』
('、`*川『そうです。これからたくさんお世話になると思います。
どうぞよろしくお願いします』
(=゚ω゚)ノ『よろしくだよぅ!』
/;*,' 3『……~……』
(=゚ω゚)ノ『何だよぅ、荒巻さん。そんなにジョークが気に障ったかよぅ。
それとも照れ――』
/;*,゚ 3『じゃかァしゃあ!!』
*****
43 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 18:39:41 ID:A0QeEa2sO
一通りの店に顔を出し終え――ついでに荒巻も夕飯の食材を買って――2人は商店街を出る。
世間話などをしながら帰途についていると、あっという間に荒巻の家の前に差し掛かった。
('、`*川『今日は、お世話になりました』
/ ,' 3『早く慣れるといいですのう』
('、`*川『ええ。今まで家の中にばかり居たので、
あまり皆さんと係わり合いになっていなかったのですけど……』
('、`*川『今回、荒巻さんのおかげで、たくさんの人と話せました。
とても楽しくて……とても、嬉しかったです』
/ ,' 3『うん――』
('ー`*川『ありがとうございます』
また、笑う。
自分は果たして「どういたしまして」と、しっかり言えただろうか。
ぼんやりとしている内に、ペニサスは歩き始めていた。
44 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 18:41:06 ID:A0QeEa2sO
荒巻は1人、家の前で立ち尽くす。
突然、じいじい、蝉の声が聞こえてきた。
突然、むわりとした熱気に包まれた。
顔を手で覆う。
――蝉の声も、暑さも、まったく気にならないほど。
あるいは、蝉の声にも、暑さにも、まったく気が付かないほど。
ペニサスと一緒に過ごす時間に、夢中になっていた。
/ 3『……あ゙ー』
重症である。
*****
45 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 18:42:21 ID:A0QeEa2sO
家に上がった荒巻は、食材を冷蔵庫に入れるよりも先に、仏間へと飛び込んだ。
仏壇。
妻の遺影。
/ ,' 3『さ』
遺影の中で、妻は微笑んでいる。
/ ,' 3『早苗』
優しい人だった。
いつも笑っている人だった。
/ ,' 3『早苗、早苗――』
愛おしい。
今でも妻が愛おしい。
叶うことならば、また妻と共に日々を過ごしたい。
くだらぬことで笑い合いたい。
たまに喧嘩するのもいい。
それほどに、まだ、妻を愛している。
46 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 18:44:15 ID:A0QeEa2sO
だというのに、何故、何故、
/ ,' 3『――……ペニ、サス……さん』
こうも、ペニサスに恋い焦がれてしまうのか。
罪悪感が胸を焼く。
愛しさが胸を焼く。
じりじりと頭が熱い。
じくじくと頭が痛い。
自分を殴ってやりたい。
自分を笑ってやりたい。
/ 3『……』
もしも自分が若かったら。ペニサスが若かったら。
下劣な欲望に振り回されているのだと思い込むことも言い訳することも出来ただろうに。
現実、自分はすっかりそういったものに興味を無くしているのだ。
当然ペニサスの体に欲を覚えるわけもない。
この気持ちは、信じられないほどに純粋な恋であり、
心からの、妻への裏切りである。
.
それからというもの、荒巻はなるべくペニサスと会わぬように気を付けた。
距離を置けば、いずれペニサスへの思いも消えていくだろうと考えてのことだ。
不意に出会ってしまったときには、軽く挨拶だけをして、逃げるようにその場を離れる。
だが、そうやって努力をしても、
/ ,' 3『……』
1人になればなるほど、彼女のことばかり考えてしまう。
そして考えれば考えるほど、ますます――
*****
49 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 18:49:41 ID:A0QeEa2sO
まあそんなわけで、誰に話せるでもない気持ちを抱えて懊悩し続けていた荒巻は
昨日、つい、居酒屋「ぎこ」にて大勢に胸の内を暴露してしまったのであった。
元より隠し事が苦手な性分である。
どうせいつかは誰かにバレることだったのだが。
――だからといって。
.
( ^ω^)「おはようおー! フサさんから聞いたけど、
荒巻じいと伊藤さん、なかなかお似合いだと思うお?」
ξ゚⊿゚)ξ「おはようございます。――2人とも、奥さんや旦那さん亡くなってるし、
邪魔する人も反対する人もいないわよ」
(=゚ω゚)ノ「八十ウン歳にして、死神より先に春が来たかよぅ、荒巻さん」
( ´_ゝ`)「恋の病に効く薬は、いくら優秀な我が流石薬局でも売ってないな」
(´<_` )「お医者様でも草津の湯でも敵わないんだ、うちじゃ到底無理だぜ兄者」
川д川「荒巻さん……私の書店イチ押しの恋愛小説……読みませんか……」
(*゚∀゚)「あひゃひゃ、つーちゃんお手製高級和菓子セット!
伊藤さんが気に入ってくれてんだぜ、これプレゼントして告白しちゃえよ!」
これは広まりすぎではないか。
.
いつもの散歩コースである商店街に入った途端、
開店準備をしている者の何人かが荒巻に駆け寄ってきた。
皆、口々にペニサスとのことを応援し――もとい冷やかし――て、荒巻に笑いかける。
楽しんでいる。
明らかに楽しんでいる。
/#,゚ 3「うっっっっっせえええええええええええ!!」
(;^ω^)「キレた!」
ξ;゚⊿゚)ξ「キレた!」
/#,' 3「貴様ら、人の気も知らないで!」
(;=゚ω゚)ノ「どうどう」
(;´_ゝ`)「あんまり怒ると体に悪いぞ」
(´<_` )「毎日怒ってるうちの母者は健康そのものだけどな」
52 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 18:55:13 ID:A0QeEa2sO
/#,' 3「わしが――わしが、どんなに……」
川д川「荒巻さん……?」
(*゚∀゚)「あひゃー……」
/#,' 3「……」
/#,' 3「……すまん」
(;^ω^)「あ」
踵を返し、荒巻は商店街の入り口に架かるアーチをくぐった。
分かっている。
自分の状況が、他人からすれば好奇心をくすぐられるようなものであると。
分かっているが、でも、やはり。
恐い。
年寄りのくせに、だとか、老い先短いのに、だとか、
――死んだ妻が可哀相、だとか。
そんな風に思われているのではないかと、恐くなる。
*****
昼時。ぴんぽん、チャイムが鳴った。
まさか、わざわざ家に押しかけてまで冷やかしに来る輩はいまい。
普通の来客だろうと、確認もせずにドアを開け――後悔した。
('、`*川「こんにちは。突然すみません……」
/ ,' 3「ペッ、ぺニッ」
ドアの向こうにいたのは、ペニサス。
不意打ちにも程がある。
もしや誰かがペニサスに荒巻の気持ちを教えたのか。
それとも噂が彼女の耳に入ってしまったのか。
かっと顔が熱くなり、直後、さっと血の気が引いた。
赤くなったり青くなったりする荒巻の挙動不審ぶりに気付いているのかいないのか、
ペニサスは申し訳なさそうな表情を浮かべて、彼に手を差し出した。
/ ,' 3「は、」
('、`*川「大変遅くなって、申し訳ございません」
/ ,' 3「へぁ、あ、あ」
小さな紙袋。
ろくに言葉を紡げないまま、それを受け取り、中を覗き込んだ。
――見覚えがある色と柄。
/ ,' 3「これは……」
('、`*川「ハンカチです。……荒巻さんのものだって聞きましたが」
去年、あの真夏の日。
公園で、キュートに貸した荒巻のハンカチだ。
/ ,' 3「……ああ、たしかに、わしのだ」
('、`*川「キューちゃんったら洗濯した後、
すっかり返すの忘れちゃって、箪笥にしまってたらしくて……。
昨日箪笥の奥から出てきたのを見て思い出したんですって」
ハンカチには、「ごめんなさい キュート」と
丸みの強い文字で書かれたメモ用紙が添えられていた。
56 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 19:01:48 ID:A0QeEa2sO
('、`*川「もう一度洗って、今日、返しに参りました」
/ ,' 3「……ありがとうございます」
('、`*川「いいえ。すみませんでした」
/ ,' 3「……」
('、`*川「……」
ハンカチから視線を上げる。
/ ,' 3
('、`*川
目が合う。すぐに逸らし、荒巻は、再び「ありがとう」と呟いた。
/ ,' 3「用事は、……これだけですかの」
('、`*川「……はい」
/ ,' 3「……」
('、`*川「……それでは……失礼しました」
横目でペニサスを見ると、頭を下げているところだった。
今、彼女がどんな顔をしているのか、荒巻には分からない。
――ただ、この人はこんなに小さかっただろうか、という疑問が頭の中を過ぎる。
いや、小さいというより、縮こまっているような。
……何故だろう。
考えている間に、彼女は帰っていった。
その背に、さようならと言うのさえ、億劫だった。
*****
58 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 19:07:14 ID:A0QeEa2sO
(;^ω^)「ごめんなさいお……僕らは励ましてるつもりだったんだおー」
ξ;゚⊿゚)ξ「これ、お詫びにって、つーさんが。和菓子セット」
( ・∀・)「ってかさー、悪いのフサじゃん。フサが言い触らしたからじゃん」
ミ;,゚Д゚彡「ごめんだから」
夕方、制服姿のブーン、ツン、モララーとフサが揃って訪問してきた。
ブーンとツンが、荒巻を怒らせてしまったとモララー達に相談したらしい。
謝ればいいんじゃね、というモララーの言葉に従い、
学校帰りに4人揃ってやって来たそうだ。
ツンは、商店街内の和菓子屋で一番高い詰め合わせのセットを持参していた。
折角なので受け取っておく。
59 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 19:09:34 ID:A0QeEa2sO
/ ,' 3「別に気にしとらん。あとモララー謝る気ないだろ。
一番いやらしい冷やかし方したのお前だからな一応」
( ・∀・)「ごめんちゃい」
/ ,' 3「……」
(;^ω^)「あ、荒巻じい。その……何て言っていいか分からないけど……」
/ ,' 3「ん」
( ^ω^)「……頑張ってお」
/ ,' 3「――何を」
ξ゚⊿゚)ξ「伊藤さんとのこと。
朝も言ったけど、ほら、荒巻さんも伊藤さんも、今は1人でしょ。
悪いことなんて何も無いんですよ」
ミ,,゚Д゚彡「俺ら、みんな応援してるからー」
/ ,' 3「……」
/ ,' 3「――だが、」
( ・∀・)「あ! ジジイ、ジジイ」
/ ,' 3「ああ?」
60 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 19:10:36 ID:A0QeEa2sO
( ・∀・)「これ聞いてみ。気に入ると思うなー」
荒巻の発言を遮り、モララーはポケットから携帯音楽プレーヤーを取り出した。
それに繋いだイヤホンを荒巻に渡し、装着するように促す。
言われるままにイヤホンを耳に嵌めると、モララーが何事か操作をし、
数秒の間を置いて音楽が流れ始めた。
聞き覚えがある。
何年か前に流行った曲だ。
内容は、そう、片思いをする人への応援歌――
/;*。゚ 3「――ってコルルルァアアアアアアアア!!」
(;^ω^)「またキレた!」
ξ;゚⊿゚)ξ「モララーさん何したの!?」
ミ;,゚Д゚彡「大体予想はつくから……」
( ・∀・)「wwwww」
61 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 19:12:17 ID:A0QeEa2sO
イヤホンを引っこ抜き、怒鳴りつけようと口を開く。
しかしそこは慣れたもの。ご自慢の逃げ足の速さでもって
モララーは荒巻の家から飛び出した。
その後を、ブーン達3人も追い掛ける。
( ・∀・)「またねージジイー」
/#,' 3「二度と来るなぁあああああ!!」
*****
62 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 19:13:57 ID:A0QeEa2sO
疲れた。
モララーのにやにやした笑みを思い返すと、いやに腹立たしい。
/ ,' 3「……」
気を紛らわせよう。
ツンが持ってきてくれた包みを開く。
とっておきの和菓子が並べられた詰め合わせ。
その箱の上に、紙が乗っかっていた。
/ ,' 3「?」
ルーズリーフ。
何やら、文字が綴られている。
読んでみれば。
/#,' 3「……モララー……」
先程の曲の歌詞であった。
間違いなくモララーの仕業だ。
隅には「これ読んで頑張ってね ( >∀・)」などという本人の似顔絵付きのメッセージ。
破り捨ててやろうかと思ったが、妙なところで生真面目な荒巻は、
ひとまず目を通すことにした。
/ ,' 3「……」
――何だというのだ。
こんなものを読んで、どうしろというのだ。
/ ,' 3「……元々、信じてなどおらんわ……」
歌詞に反発するような独り言を口にしてみても、それを聞く者はいない。
それでも荒巻は呟く。
否定したくてたまらない。
この歌詞を受け入れてはいけない。
/ ,' 3「心配だらけだわい。届く筈もないし、……」
/ ,' 3「……くじけそうだ」
だというのに。
/ ,' 3「……」
だというのに、ふつふつ、胸の奥で熱が沸いてくる。
――馬鹿らしい。
こんな、無責任な言葉の羅列。
気に留める必要もない。ないのだ。
/ ,' 3「……ああ……」
なのに何故、励まされているような気分になるのだろう。
何故、開き直ってしまいたくなるのだろう。
/ ,' 3「早苗……」
妻を呼ぶ。
罪悪感に侵されたい。
こんな――裏切りの気持ちなど、潰してほしい。
恐い。
恐い。
お願いだから。
今更沸き上がってきた、この情熱を、誰か鎮めてくれないか。
.
じっとしていられなかった。
静かな家に居たくなかった。
ようやく暗くなってきたような時間だったが、商店街の居酒屋「ぎこ」に駆け込んだ。
荒巻を見て、ギコは目を丸くする。
(,,゚Д゚)「おう。早いな爺さん。今日は、うちで夕飯にすんのかい」
/ 3「……ああ……」
荒巻以外に客はいない。
一番奥のテーブルへ行き、荒巻は腰を下ろした。
(,,゚Д゚)「何にする?」
/ 3「……湯豆腐」
(,,゚Д゚)「寒いときに食う湯豆腐は最高だよな。分かった。ちぃと時間かかんぜ。
ポン酢で良かったか」
/ 3「ああ」
(,,゚Д゚)「んじゃ……」
( ФωФ)「尾富商店街陽気な高齢者組、登・場! である!」
( ゚∋゚)「ひゃっほう!」(`・ω・´)
66 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 19:20:19 ID:A0QeEa2sO
ギコが調理場へ引っ込もうとした瞬間、
元気な声を上げて、ロマネスク、クックル、シャキンが現れた。
(,,゚Д゚)「お揃いで。あんたらも早いな、今日は」
( ФωФ)「今日はひたすら飲みまくろうと思ってな!
……あんたら『も』?」
( ゚∋゚)「おや、荒巻さん」
(`・ω・´)「来てたか! 一緒に座っていいかな?」
/ ,' 3「……うむ」
( ФωФ)「んじゃ遠慮なく。
何か注文してるであるか?」
(,,゚Д゚)「湯豆腐だと」
(*`・ω・´)「湯豆腐! 俺も食べる!」
(*゚∋゚)「いいねいいね」
(,,゚Д゚)「ロマさんは?」
( ФωФ)「我輩も食おう」
(,,゚Д゚)「4人分か。了解。何つける?」
(`・ω・´)「醤油!」
( ФωФ)「同じく」
( ゚∋゚)「俺はポン酢がいいや」
(,,゚Д゚)「あいよー」
一気に店内が騒がしくなった。
荒巻の隣にロマネスクが、その向かいにシャキンとクックルが腰掛ける。
( ФωФ)「ふう。最近は、寒さが一層厳しくなってきたであるな」
( ゚∋゚)「だからこそ湯豆腐で暖まろうじゃないか」
(`・ω・´)「年取ると、さっぱりしてる鍋しか受け付けなくなっちまうやね」
/ ,' 3「そうだな」
( ФωФ)「……なんか、まーた元気ないである」
( ゚∋゚)「どうしたのさ、荒巻さん」
ミ,,゚Д゚彡「多分モララーが何かやったから」
(`・ω・´)「お、フサ」
お盆を持ったフサが、そう言いながらテーブルの横に立った。
水の入ったグラスが4人分、お盆からテーブルに移動する。
ことん、と軽快な音が鳴った。
ミ,,゚Д゚彡「お菓子の包みに紙を忍び込ませてたから。
変なことでも書いてあった?」
/ ,' 3「いや……」
(`・ω・´)「何の話?」
ミ,,゚Д゚彡「大した話じゃないからー」
/ ,' 3「……」
そんなことは、ない。
/ ,' 3「大した話だ。わしにとっちゃあ」
( ゚∋゚)「ふむ?」
69 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 19:26:36 ID:A0QeEa2sO
( ФωФ)「相談なら乗るであるよ」
/ ,' 3「……相談か」
それじゃあ――。
/ 3「……助けてくれ……」
多分、限界だったのだ。
夏から今までずっと1人で悩み通して。
もう、限界だったのだ。
――気付くと、全部、ぶちまけていた。
ペニサスがどんなに好きか。
妻をどんなに愛しているか。
孤独。罪悪感。愛情。苦痛。恐怖。焦躁。
全部。全部だ。
70 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 19:29:11 ID:A0QeEa2sO
/ 3「最低だと思うか。愚かだと笑うか」
/ 3「妻への愛が薄れていたなら、まだマシだ。
だのに、わしは、妻もペニサスさんも、どちらも……」
(`・ω・´)「……」
ミ,,゚Д゚彡「……」
荒巻以外の者は、皆、黙りこくっていた。
やがて荒巻も口を閉ざし、場を沈黙が満たす。
――それを破ったのは、土鍋を運んできたギコ。
(,,゚Д゚)「お待ち遠様」
テーブルの中央に土鍋を置く。
湯豆腐が出来上がるほど長時間自分が語っていたのを知って、荒巻は恥じた。
先程の話の内容以上に恥じるものもないのだが、なんて考えながら。
(,,゚Д゚)「フサ、ポン酢と醤油持ってこい。器もな」
ミ,,゚Д゚彡「……はいはい」
フサが調理場に走り、代わりにギコが座り込んだ。
土鍋から上がる湯気が、辺りを漂い、ゆるりと色を失っていく。
間もなくして戻ってきたフサが、ギコに頼まれたものを各自に配る。
ごゆっくり、と呟くように言って、フサは店の奥へ引っ込んだ。
重苦しい空気から逃げたかったのかもしれない。
(,,゚Д゚)「……話は少しばかり聞かせてもらったが」
豆腐と野菜を取り分けながら、ギコは小さく溜め息をついた。
(,,゚Д゚)「爺さん、考えすぎだ」
72 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 19:32:13 ID:A0QeEa2sO
/ ,' 3「……」
(,,゚Д゚)「好きなら好きでいいじゃねえか。
どっちも嘘の気持ちじゃないんだろ」
( ゚∋゚)「いやいや、どっちも嘘じゃないから困ってるんじゃないか。
もし俺が同じ立場だったなら、やっぱり妻に悪いと思っちまうね」
(`・ω・´)「でも奥さんは、もうここにはいないんだよ?
言い方が悪いかもしれんが、死んだ人に縛られてるみたいで
あまり良くないように思えるな。
生きている人は生きているなりに幸せになるべきだ」
( ФωФ)「ふうむ……」
/ ,' 3「……真剣に悩ませてしまってすまん」
(,,゚Д゚)「いや、俺ァ頭が悪いから、これ以上難しく考えらんねえや」
( ゚∋゚)「右に同じ」
(`・ω・´)「そもそも、この中に頭が良い人なんていたっけか」
( ФωФ)「いないであるな」
(,,^Д^)「ははは! 身も蓋もねえな!」
ギコの笑い声を聞きながら、荒巻は豆腐を口に運ぶ。
ふわり、豆腐が崩れると、口の中に熱と風味が広がった。
73 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 19:33:43 ID:A0QeEa2sO
( ФωФ)「……正直なところ、我輩には何も言えんである」
/ ,' 3「ん」
( ФωФ)「何が正しいか分からん。何が間違ってるかも分からん。
――爺さんが伊藤さんに惚れることが、悪いことなのかも分からん」
/ ,' 3「そりゃあ、」
悪いことに決まっている――そう答えようとした荒巻の口に、
ロマネスクが豆腐をぶち込んだ。
/;,゚ 3「あ゙ァッ、づ!!」
( ФωФ)「まあ聞け。……我輩達は、ずーっと心配しておった」
/;,゚ 3「?」
荒巻は水で舌を冷やすのに必死で、「何を」という問いすら出来ないでいる。
なので、疑問を乗せた視線で訴えかけた。
( ФωФ)「爺さんのことである。20年前に早苗さんが亡くなってから、ずっとだ。
……子供はおらぬし、誰かと共に暮らすこともしなかったであろう。
年寄りが広い家に一人暮らしというのが、心配で心配でならんかった」
クックルも、うんうんと頷いている。
次いで口を開いたのはシャキン。
(`・ω・´)「たとえば荒巻さんの家の中で何か事故が起きても、
すぐに気付ける人は誰もいない。
外でならともかく、屋内で荒巻さんが倒れた日にゃあ……ねえ」
それは、荒巻も日頃から考えていたことだ。
今の所、幸いにもそのような事態に遭遇していないが、
いつか必ず起きるだろうという危惧はある。
( ゚∋゚)「そういう心配は勿論あるが、それだけじゃない。
……寂しくないか、とか、大変じゃないか、って不安もあるのさ」
/ ,' 3「寂しい……?」
( ゚∋゚)「ひとりぼっちで、家事も1人で熟してさ。
寂しさとか疲れとかを抱えきれなくなったら、どうなっちまうんだろうなって。
みんな言ってたよ」
町の住人が交代で荒巻の世話をしよう、なんて話が出たことがある。
皆は乗り気だったのだが、当の荒巻が「勘弁してくれ」と断った。
「自分のことぐらい自分で出来る」。
頑固ジジイは、皆に頼りきってしまうのが嫌だったのだ。
75 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 19:38:02 ID:A0QeEa2sO
( ゚∋゚)「荒巻さんの傍で支えてやれる人がいたら良いのにって、
誰もが思ってた」
(,,゚Д゚)「……んで、こりゃあ推測中の推測だが」
(,,゚Д゚)「早苗さんだって、あんたが孤独に泣くよりも
誰かと楽しく暮らす方を望んでんじゃねえかなあ」
妻は。
優しい人だった。
いつも笑っている人だった。
病に臥していたときも、自分よりも荒巻のことばかり心配してくれた。
あなたは寂しがり屋で不器用な人だから、1人にさせるのが不安なの、と。
(,,゚Д゚)「ああ、それと、つーから聞いたが……
今朝、商店街の奴らにからかわれて怒ったらしいな」
(,,゚Д゚)「あんたからすりゃ、馬鹿にされてるように感じたかもしれない」
(,,゚Д゚)「でも、違うんだ。
みんな嬉しかったんだよ。
あんたがひとりぼっちから解放されるかもしれないのが、嬉しかったんだ」
/ 3
(,,゚Д゚)「爺さん。誰も、今のあんたを否定しないよ」
ポン酢に、ぴちゃり、透明な雫が落ちた。
荒巻の頬を伝った雫。
(,,゚Д゚)「……さあて、酒でも持ってくらァ」
(`・ω・´)「おっとっと、そうだそうだ、酒を飲みに来たんだった!」
( ゚∋゚)「湯豆腐に日本酒。っかぁー、最高じゃないの!」
( ФωФ)「とびきり美味いのを頼む!」
(,,゚Д゚)「はは、任せとけ」
「ありがとう」。
荒巻の囁きに応える者はいなかったが、それはきちんと皆の耳に届いていた。
ミ,,゚Д゚彡
(,,゚Д゚)「お。何だフサ、話聞いてたのか」
ミ,,゚Д゚彡「……一個言っていい?」
(,,゚Д゚)「ん?」
ミ,,゚Д゚彡「爺さんが伊藤さんを好きでも、伊藤さんが爺さんを好きかは分からないから」
(,,゚Д゚)
/ ,' 3
(#,゚Д゚)(#ФωФ)(#゚∋゚)(#`・ω・´)「余計なこと言うな馬鹿野郎ぅおおおああ!!!!」
ミ;,゚Д゚彡「ごごごごごめんなさいぃいっ!!」
*****
翌朝。
荒巻は仏間で目を覚ました。
/ ,' 3「……寒いのう」
布団もかけずに眠っていたようだ。
暖房が利いているとはいえ、随分と体が冷えてしまっている。
/ ,' 3「……」
――昨晩、居酒屋から帰宅した荒巻は、妻の遺影に向かって全て告白した。
まだ妻を愛していることや、それでいてペニサスまで愛していること。
勇気が出たら、ペニサスに好きだと伝えたいこと。
フサが言っていた通り、ペニサスが荒巻を好いてくれているかは分からない。
いや、まず間違いなく自分の一方的な片思いだろうと荒巻は考えている。
それならそれで、さっさと玉砕してしまった方が気も楽というものだ。
/ ,' 3「っぶぇくしゅっ」
くしゃみ。
鼻を啜って、ひとまず体を温めるために風呂へ向かった。
*****
o川*゚皿゚)o
/ ,' 3
夕方。
今日はキュートがやって来た。
何故か怒りながら。
/ ,' 3「何じゃお前」
o川*゚皿゚)o「お祖母ちゃんの話!」
/ ,' 3「おばあ……ああ、ペニサスさんか。どうかしたんか」
o川*゚皿゚)o「昨日、お祖母ちゃんが来たでしょ」
/ ,' 3「お前が忘れとったハンカチを届けにの」
o川*゚皿゚)o「お祖母ちゃん、すっごく寂しそうだったよ!」
/ ,' 3「は?」
80 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 19:47:46 ID:A0QeEa2sO
どういうことだと問うと、キュートは深く溜め息をついた。
o川*゚-゚)o「ここ最近ね、お祖母ちゃんったら、
荒巻さんとお話出来ないーって寂しそうだった」
/ ,' 3
o川*゚-゚)o「……あのハンカチ、あれ、本当は昨日、
私が学校行くついでに届けに来る予定だったの」
o川*゚-゚)o「でも、お祖母ちゃんが、『私が届ける』って言い張って……。
……外じゃ、あんまり荒巻さんに会えないからなんだと思う」
/;*,' 3
o川*゚皿゚)o「赤くなってる場合じゃないのーっ!!」
荒巻となかなか会えないことが、ペニサスにはそんなにも悲しいことだった。
その事実が嬉しいやら恥ずかしいやらで、荒巻の顔が熱くなる。
o川*゚-゚)o「……でも! 昨日ね、私が家に帰ったら、
お祖母ちゃん元気なくて……」
o川*゚-゚)o「どうしたのって訊いたら、
『荒巻さんに嫌われちゃったみたい』って言ってた」
/ ,' 3「――きら……」
/;,' 3
ああ。
昨日。
目を逸らして。
ろくに会話もせず、ぶっきらぼうに――
/;,' 3
ひやり、冷たいものが背中を走った。
ペニサスは、昨日、勇気を出して荒巻を訪ねてくれたのだ。
荒巻と話したいから。
だというのに、荒巻は。
o川*゚皿゚)o「ブーンとツンに教えてもらったけど、お祖母ちゃんのこと、好きなんでしょ!
なら、お祖母ちゃんのこと、悲しませないでよ!」
キュートの言う通り、
ペニサスが好きだ。
もう自分の本心から逃げないと決めた矢先に、
嫌っていると勘違いされては、たまったものではない。
――荒巻は駆け出していた。
年甲斐もなく、一心不乱に。
すぐに息が上がる。
体が軋むような感覚が響き渡る。
それでも、彼は走っていた。
.
思えば、若い頃、告白したのは妻の方だった。
荒巻は真っ赤になりながら頷いて返しただけ。
付き合ってから5年が経った日、プロポーズしてきたのも妻であった。
やはり荒巻は、頷いただけだ。
自分から告白したことなどなかった。
好意を口にしなければ、何も進まない。
今、言わなければ。
これから先、離れていくばかりではないか。
*****
伊藤家に辿り着く。
インターホンを鳴らすと、しばしの間の後にドアが開いた。
('、`*川「はい……――」
/;,' 3「ぺ……、……ペニサスさん、……」
息を切らしている荒巻を見て、ペニサスが目を丸くする。
('、`;川「あ、荒巻さん? どうしました?」
/;,' 3「すまん、わしは、わしは別に、あんたを嫌っとるわけじゃあ、」
('、`*川「……」
('、`*川「汗、かいてますね。……風邪引きますよ、どうか上がってくださいな」
――リビングに通される。
ドクオとクールは仕事に行っているとのことだった。
('、`*川「おかけになって」
椅子に座るように言われ、荒巻はおとなしく従った。
('、`*川「お飲みものを……」
/ ,' 3「いや、いい、今すぐ話したい」
ペニサスは小首を傾げると、冷蔵庫からお茶のペットボトルを、
それと食器棚からグラスを取り出した。
('、`*川「喉が渇いているでしょう。これならすぐにお出し出来ますし」
/ ,' 3「……ああ、ありがとう」
お茶を注ぎ、グラスを荒巻に渡す。
そして、ペニサスは彼の向かいに座った。
86 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 19:58:20 ID:A0QeEa2sO
('、`*川「お話って、何でしょう」
/;,' 3「あ、う」
深呼吸。
よく冷えたお茶を喉に流し込んで、荒巻はしっかりとペニサスを見た。
/ ,' 3「……わ、わしは、死んだ妻を今でも愛しておる」
('、`*川「……ええ。私も、あの世に行った夫を想い続けています」
ちくり。僅かに走った痛みは、嫉妬だろうか。
「やっぱり」という、絶望だろうか。
/ ,' 3「――それなのに、わしは……」
*****
( -∀-)「んで、ジジイはギコのおっちゃん達に居酒屋で励まされたわけだ」
ミ,,゚Д゚彡「うん」
荒巻が伊藤家に赴いていた頃。
家路を辿りながら、モララーとフサが荒巻について話していた。
ミ,,゚Д゚彡「爺さん、かなり悩んでたみたいだから」
( ・∀・)「アタマかってーからなあ、ジジイ。
色々、無駄なこと考えてただろうなー。本気で無駄なこと」
ミ,,゚Д゚彡「無駄?」
( ・∀・)「無駄無駄なこと。悩むだけ無駄だもん」
「だってさ」と、モララーが笑う。
口から白い息が、ふわりと漏れた。
88 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 20:02:30 ID:A0QeEa2sO
――悪ガキは、誰よりも荒巻のことを知っていた。
数え切れないほど荒巻から叱られてきたし、
悪戯を通じて彼との駆け引きを楽しんできたのだから。
彼の思考回路など、この上ないほど理解している。
悩みに悩んでいるであろうことなんて、それはもう手に取るように。
だから、モララーは、モララーなりに荒巻を応援した。
面と向かってするのは気恥ずかしいから、多少のからかいを含んで。
ミ,,゚Д゚彡「だって?」
( ・∀・)「最後に愛は勝つ、って言うだろ。……必ずだぜ。必ず」
*****
/ ,' 3「わしは、あんたに惚れてしもうた……」
('、`*川
ようやく一つ告げると、次々に言葉が溢れてきた。
まるで、口が勝手に動いているようだ。
/ ,' 3「距離をとれば、こんな気持ち、消えてくれるかと思った。
だから、あんたを避けていた。
……でも、たまに会う度。たまに挨拶をする度。
また、好きになっていく」
/ ,' 3「どうしようもない。
わしは最低だ。
妻を愛していながら、あんたに、傍に居てほしいと思うとる」
咄嗟に顔を伏せようとした。
だが、思い直す。
逃げてはいけない。
じっとペニサスの目を見つめる。
ペニサスも荒巻から視線を外さずにいる。
――荒巻は、もしかして自分はこのまま死ぬのではないかと思った。
心臓が馬鹿みたいに跳ねる。頬がじりじりと熱を持ち、それが頭にも回る。
首筋から顎の辺りに震えが走り、気を抜けば、歯がかちかち音を立てそうだ。
ペニサスが唇を動かすのが、いやにゆっくりに見えた。
('、`*川「私も最低です」
/;,' 3「え……」
('、`*川「私も、あなたを、……その、」
ペニサスの瞳が右を向き、次に左を向き――
やがて、ぎゅう、と力をこめ、瞼を閉じた。
数秒置いて。
目を開き、ペニサスは真っすぐ荒巻を見る。
('、`*川「好きになっていました」
/;*,' 3
('、`*川
/;*,' 3
('、`*;川「……何か、言ってください」
頬に手を当て、ペニサスが俯いた。
彼女の言葉が、荒巻の脳内で何度も繰り返される。
10度目に反芻したとき、ようやく、その意味を理解した。
92 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 20:09:48 ID:A0QeEa2sO
/;*,' 3「はっ!? あ、へあ? え、え……――な、なん、何、……何で……」
('、`*川「……優しいんですもの」
/;*,' 3「え……」
('、`*川「あんな風に男性から優しくされたの、久しぶりでした。
……単純でしょう。でも、本当に嬉しくて……
一緒にいるのが、楽しくて……」
('、`*川「なんて酷い女なんだろうと、何度も自分が嫌になりました。
夫が好きなくせに、荒巻さんにまで、って。
でも、どうしても、2人が私の心を陣取るんです。
どうしても、荒巻さんが、……好きなんです。
どうしても――」
('、`*川「傍に、居てほしいと思うんです」
.
沈黙。
2人の耳がもう少し良かったら、互いの心臓の音が聞こえたかもしれない。
しばらく経って、荒巻が沈黙を壊した。
/ ,' 3「……今、目の前に妻が現れたら、わしは、やはり、妻を選ぶ」
('、`*川「私も、夫が生き返ったなら、夫を選びます」
同じだ。
どちらも、「一番」は自分の伴侶である。
だが、彼らが生き返る筈もない。
今ここに生きているのは、荒巻とペニサスだけで。
妻や夫は、遺影と遺骨でしか存在しない。
だから。
.
/ ,' 3「だから――わしが死ぬまで、傍に居てほしい」
('、`*川「ええ。私が死ぬまでの短い間だけ、傍に居ます」
それでいい。
荒巻達が死ぬまでの、10年か、20年か、はたまた一日。
その短い時間だけ。
この恋を満喫しよう。
死んだ後は、一番愛する者のもとに帰ろうではないか。
.
('、`*川「……きっと、荒巻さんの奥様、お怒りになるでしょうね」
/ ,' 3「あの世で怒られたら、許してもらえるまで土下座でも何でもするわい」
('、`*川「私も一緒に土下座します」
/ ,' 3「そんなら、わしは、あんたの旦那にも土下座するか」
何とも都合のいい話だ。
だが、これが、彼らにとっての精一杯である。
罪悪感と幸福を抱え。
2人は、皺だらけの手を重ねた。
*****
.
とっくに日も暮れた、午後10時。
尾富商店街の中にある居酒屋「ぎこ」。
賑わう店内には、5つのテーブル。
どのテーブルの上にも料理や酒が置かれ、それを飲み食いしながら
大人達がわいわいと雑談している。
あるテーブルには、仕事帰りのサラリーマン達。
あるテーブルには、デート中の恋人達。
そして、あるテーブルには、
( ・∀・)「ジジイ、ジジイ、お駄賃ちょーだい」
/ ,' 3「何でじゃ」
( ・∀・)「だって俺のおかげじゃない!? 俺のおかげで勇気出たんじゃない!?」
/ ,' 3「たわけ。どちらかというと、後押ししたのはキュートだの」
o川*゚ー゚)o「じゃあ私にお駄賃くれる?」
/ ,' 3「阿呆。というか、子供は寝る時間じゃろ。帰れ」
(*^ω^)「今時10時になんか寝ないお。それに明日は休みだおー」
ξ゚⊿゚)ξ「そうそう。あ、酎ハイ飲みたい!」
( ゚∋゚)「未成年のくせに酒飲む気か馬鹿娘」
ξ;>⊿゚)ξ「痛っ! 頭叩かないでよお父さん!」
(*ФωФ)「一口だけなら良いではないか」
(*`・ω・´)「クックルさんに似て酒好きに育つかもねえ、ツンちゃん」
いつもの面々に加え、高校生組が居座っていた。
暇潰しにフサと一緒に居酒屋の手伝いをしていたモララーが、
やって来た荒巻を見付けるなりブーン達を呼んだのだ。
そしてペニサスとのことを無理矢理荒巻から聞き出し――
現在、店内は祝賀会の様相を呈している。
ミセ*゚ー゚)リ「いいなあ、年をとっても恋するなんて! ロマンチック!」
从'ー'从「憧れちゃうね~」
( ^Д^)「いやー、ジジイやるなあ」
(*‘ω‘ *)「さあて、今日は全部話し終わるまで帰さないっぽよ、ジジイ」
( ・∀・)「そうだそうだ、話しやがれ。
何て言って告白したの? 手とか繋いだ? ねえねえねえ」
(;><)「モララー君がすごく生き生きしてるんです!」
( <●><●>)「彼が一番テンション上がってるのはワカッテマス」
/;*,' 3「ええい、散れ! 散れ!」
(´・_ゝ・`)「おーい、みんなテーブル繋げろ。宴会だ宴会」
(゚、゚トソン「テーブル動かしてよろしいですか?」
ミ,,゚Д゚彡「ぜーんぜん構わないから」
(,,^Д^)「ははは! めでてえもんなあ! 奮発して、一番高ぇ酒出してやる!」
(*ФωФ)「いいであるぞギコ!」
(*^ω^)「あ、オレンジジュースくださいおー」
o川*゚ー゚)o「私は烏龍茶と軟骨の唐揚げ!」
ξ゚⊿゚)ξ「私もオレンジー」
(,,゚Д゚)「あいよ、待っとけ! ほらフサ手伝えー」
ミ,,゚Д゚彡「はいはーい」
100 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 20:24:13 ID:A0QeEa2sO
――皆が笑顔で荒巻を取り囲む。
おめでとう、よく頑張った、と、次々に荒巻の頭を撫でた。
/;*,' 3「子供じゃないんだから……」
( ・∀・)「よちよち」
/;*,゚ 3「お前はとことんわしを馬鹿にしおるなこの野郎!!」
(`・ω・´)「いやあ、しかし、よくやったよ」
( ゚∋゚)「ああ。まさか、恐いだの何だの喚いていた翌日に、とはね」
けらけら、シャキンとクックルが声を出して笑う。
馬鹿にしている、というより――嬉しくて仕方がないような。
それが荒巻にとって、何だかむず痒い。
101 :以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/02/19(土) 20:27:06 ID:A0QeEa2sO
照れ臭さを誤魔化すために酒を呷った荒巻の肩を、
ロマネスクがぽんぽんと叩く。
( ФωФ)「本当、上手くいって良かったであるな。
あのまま諦めてしまうんじゃないかと心配してたであるよ」
酒を飲み下した荒巻は、小さく頷いた。
/ ,' 3「……まあ、あれだ」
結局のところ。
不安や恐怖があったって。
/ ,' 3「必ず、最後に愛は勝つってことだ」
.
/ ,' 3 荒巻老人は80代にして妻以外の女性を愛したようです
おわり
.
おしまいです
モチーフにした曲は、
KANの『愛は勝つ』
http://www.youtube.com/watch?v=6D6aVzOSzr0&sns=em
でした
一応、仮酉をば
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この記事へのコメント
1. Posted by February 20, 2011 23:31
なるほど、これは面白い
2. Posted by あ February 21, 2011 00:46
良いね、ほっこりした
3. Posted by February 21, 2011 00:48
お互い一番思う人がいたからこういう形になれたけど
自分が一番に思ってる人に、他に思ってる人がいるけど、一緒にいて欲しいなんて言われたら辛いだろうな
自分が一番に思ってる人に、他に思ってる人がいるけど、一緒にいて欲しいなんて言われたら辛いだろうな
4. Posted by あ February 21, 2011 13:08
ブーン系黄昏流星群みたいなものでしょうか
5. Posted by (´・ω・`) February 23, 2011 06:49

モララーが良い味だしてるw