February 20, 2011
( ^ω^)自殺ウサギについての告白のようです
「ブーン系音楽短編フェス」参加作品です。
モチーフ曲は、
C.ドビュッシー作曲 「前奏曲第一巻 第八曲『亜麻色の髪の乙女』」
です。
本来ならば歌詞、曲にまつわるエピソード、その曲の持つ意味等々を題材とするのがセオリーだと思いますが、
この作品はそういったことを全く考えていません。
ふいんきです。ふいんき。
最初に言っておきますが、この曲の通り、落ちも薄ければ山も薄いです。
それでも宜しければ、僕のオナニーにお付き合いください。
二人の間には愛があつて
愛の前には兎がゐた
二人の前から消えたのは
兎
朧気な自らを解き放ちて
ニライカナイへ戻つたのだ
吁、透明
残つた二人に空ゐた穴は
白レエスのカアテンが風に舞うやうに
透明だつた
3 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/19(土) 20:49:19 ID:hRaAR.KU0
0.
ある日の晩の出来事だった。
それは、妹が部活の合宿、母が出張で家を空けている時の事。
僕はいつものように家の扉の鍵穴に鍵を入れ、回し、家に入った。
久しぶりの酒も入り、意味も無く有頂天だった。
鼻歌交じりに廊下を歩き、電気のスイッチを入れる。
今にも切れそうな蛍光灯は一つ、二つと一瞬だけ光って当たりを明るく照らした。
その明るさに、僕は力いっぱい目を瞑って抵抗する。
目を開ければいつもと同じ部屋が目の前に広がった。
そして僕は、ふらふらと覚束ない足取りで台所に向かった。
当然、子供の頃からの習慣になっている手洗いうがいをするためである。
僕は蛇口から水を出す前に、冷蔵庫にかかっている時計をおりおりと見た。
11時55分。
まだ、日の変わらないうちに帰ってきてしまったのか。
もう少し酒を楽しんでから帰ってくるべきだったか。
その様な堕落した考えが僕の頭を過ぎる。
十分アルコールの回った頭が、よりアルコールを欲しているのだ。
時計から目を離し、今度は流しに目をやる。
蛇口から出る水が垂直に落ちる位置にプラスチックの桶が置いてあった。
その中にはウサギの死体。
4 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/19(土) 20:50:19 ID:hRaAR.KU0
( ^ω^)
僕は酔った頭を起こし、目の前にある現状を把握しようとした。
そのウサギはドクオに間違いない。
妹が、母が、そして僕が可愛がっていたペットのウサギだ。
家族、という表現は正しいだろうか。とにかく、僕はそれに近い感情を少なからず持っていた。
その「家族」が桶の水溜まりに力なく浮いている。
魚の様な濁った目は一点を見つめていて、動く気配が無い。
もちろん生気など感じることなく、「家族」は無機質にそこにあるだけだ。
僕はドクオに手を触れた。
水を含んだ毛が、ひんやりと酒で熱された手を冷ます。
誰がこのようなことをしたのか。
妹に、母に、もしくは他の誰かに殺されたのか。
いや、そんなことはあろうはずも無い。
妹や母がドクオを殺すことはありえない。僕がドクオを殺すことがありえないのと同じ様に。
他の誰かが殺した線も無いと言っていいだろう。
鍵もかかっていたし、部屋を荒らさずにそこにいたウサギだけを殺して帰るなんておかしな話にも程がある。
恐らく、ドクオは自殺したのだ。
生きていることよりも、死ぬことを選択したのだ。
( ^ω^)自殺ウサギについての告白のようです
1.
八月の三日。わかり易く言えばドクオが自殺した次の日。
僕とツンは、立っているだけでも汗ばんでしまう様な燦燦とした陽気に嫌気のさした僕の提案で、
冷房の効いている大学の学生ホールに涼みにやって来た。
外は異様なまでに暑い。
夏だから当然なのかも知れないが、その暑さに僕は我慢ならなかった。
今日は、これ以上予定も無いので椅子に座って涼んでいるのが丁度いい。
人工的に作られた安息の地で会話に花を咲かせるのは、新しい形での夏の風物詩と言っても過言では無いだろう。
僕はカラフルに彩られた椅子に腰を掛けた。
目の前には、机。
その向こうにツンが座る。
ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ、ニライカナイって知ってる?」
突然の質問だった。
初めて聞く不思議な韻を踏んだ言葉に、僕は首を傾げる。
( ^ω^)「いや、知らないお」
ξ゚⊿゚)ξ「意外と知られてない言葉なのね」
( ^ω^)「なんだお? ニライカナイって」
ξ-⊿-)ξ「………言葉にするのは難しいわね」
ツンはほんの少し俯き、良く手入れされた巻き髪をふわりと揺らした。
相当言葉に詰まっているようで、多少の沈黙が流れる。
( ^ω^)「そんなに難しいことなのかお?」
ξ-⊿-)ξ「……ん」
素っ気無い返事。
彼女は悩み始めるといつもそうだった。
頭の中で考えていることと、自分の口が発する声とが連動してしまいそうになるのだろう。
故に、素っ気無い返事しか出来ないのだ。
そして、彼女はキュッと口を結んだ。
ほんのりと赤く染まった唇は数ミリたりとも開く気配が無い。
ξ゚⊿゚)ξ
しばらく経ってツンが顔を上げる。
沈黙の結果、ようやく頭の中の整理がついたのだろうか。
彼女は僕の目を見据えて、口を開いた。
ξ゚⊿゚)ξ「魂が生まれる場所なの」
( ^ω^)「魂、かお?」
ξ゚⊿゚)ξ「そうよ」
8 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/19(土) 20:54:35 ID:hRaAR.KU0
彼女の口から出たのは、どこかオカルトな雰囲気に満ちたものだった。
僕はそういったことには無縁で、魂、などと言われてもピンとは来ない。
そもそも魂という言葉を説明して見せろ、と誰かに言われてもおそらく説明できないだろう。
そのくらい、無縁だった。
そして、僕の反応を待つことなく彼女は続ける。
ξ゚⊿゚)ξ「魂はニライカナイで産まれて、私たちに宿るの」
( ^ω^)「じゃあ、僕たちはニライカナイで生まれたのかお?」
当然の疑問だろう。
ξ-⊿゚)ξ「うーん……。そこまでは良く分からないわ」
どうやら、ニライカナイのことについて熟知しているわけでは無いらしい。
ξ゚⊿゚)ξ「でね、宿った物を失ってしまうと、魂はニライカナイに戻るの」
宿ったものを失う、と言うのは死んでしまう、といった事だろうか。
という事は、もし僕が死んだら僕の魂はニライカナイという場所に帰ることになる。
もちろん、僕の魂がニライカナイにいた記憶なんてものは存在しない。
もし存在していたとしても、僕は忘れてしまっているんだろう。
そういった纏まりの付かない考えの中で、ふと思った。
魂がニライカナイに帰っていくのならば、ドクオの魂もニライカナイに帰って行ってしまったのだろうか。
ツンはドクオのことを良く知っている。
高校の頃から僕の家には頻繁に出入りしていて、その度にツンはドクオと戯れた。
ドクオは人間に臆することなく接するタイプのウサギだ。
ツンの無茶苦茶な接し方でも、普段のおっとりとした態度で対応していた。いや、対応していたという表現は正しいのだろうか。
とにかく、ツンとドクオは決して悪い関係ではなかったということである。
僕とドクオの関係が「家族」であるのならば、ツンとドクオの関係は「友人」と言う他ならない。
ξ゚ー゚)ξ「どう? わかった?」
ツンが得意げな顔で僕に尋ねる。
( ^ω^)「まあ、なんとなくわかったお」
ξ゚ー゚)ξ「そう」
( ^ω^)「要するに死後の世界と生前の世界が一緒になってるんだおね?」
ξ゚ー゚)ξ「まあ、そんな感じね」
僕の解釈は間違っていなかったようだ。
しかし、何故このようなことを聞いてきたのだろうか。
いつもならば、昨日見たテレビドラマの話や、友達と過ごした楽しい話、授業の話、先生の話、等々。
そういった取り留めの無い話をすることが多い。
にもかかわらず、今日はいつもと全く趣向の違う話である。
( ^ω^)「で、ニライカナイがどうかしたかお?」
ξ-⊿゚)ξ「うーん……。どうかしたかって聞かれると、困るわね」
どうやら彼女はいつもの取り留めの無い話と同じような感覚で話していた様だ。
この様な小難しい話も出来たのか、と少しではあるが驚いた。
( ^ω^)「どこでそんな言葉知ったんだお?」
ξ゚⊿゚)ξ「どこで……。テレビかなんかじゃない?」
( ^ω^)「おーん……」
彼女の口から、いつも通りの少々馬鹿らしい返答が帰ってきて、また沈黙が流れる。
話が一区切り付くと沈黙が流れるのは僕たちの中ではお約束だ。
この沈黙が何処と無く二人の距離を近づけてくれるような錯覚に陥る。
ひんやりとした人工の風が二人の体に当たる。
ツンが華奢な肘を少し摩る。
僕はこのくらいが丁度良い。
ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ、ブーン」
何も考えずに窓から木々が揺れるのを眺めている時だった。
突然ツンが別の話を切り出し始めたのだ。
ξ゚⊿゚)ξ「ドクオは元気?」
11 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/19(土) 20:58:26 ID:hRaAR.KU0
( ^ω^)「元気だお」
僕は平然とした顔で嘘をついた。
元気なわけが無い。
ドクオは死んだ。自ら命を絶った。
ξ゚ー゚)ξ「そっか」
とてもではないが、ドクオが自殺をしたことなど打ち明けられるはずもない。
僕にとっても、ツンにとってもドクオは特別な存在。
ドクオがいたからこそ、僕たちは付き合っている。
僕とツンの間には一つの共通点がある。
それは、どちらも動物好きだという事。
中学校の頃からずっと一緒だった僕たちは、その頃二人して飼育係を担当していた。
ただ、当時僕はツンのことが好きではなかったし、ドクオもいなかった。
僕とドクオとツンが繋がったのは高校の頃だ。
ツンがドクオ目的で僕の家に遊びに来る。
その周期は頻繁であった。事ある度に僕の家に訪れたのである。
そうしてる内に二人の間に恋が芽生えた。
若い男女の仲だ(今でも若いが)。長い時間共にいる男女の間に新しい感情が備わることは不可抗力。
至極当然の事であると僕は思う。
冷えた室内から見る日照りの中庭。
風に揺れ動く木々が光を浴びて豊かに輝いている様だった。
僕は平和な光景に多少の至福を感じながら、僕とツンが付き合うことになった日を振り返っていた。
12 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/19(土) 20:59:20 ID:hRaAR.KU0
2.
ξ゚ー゚)ξ「こんばんわ」
その日、ツンは制服姿のままで僕の家へやって来た。
J( 'ー`)し「ツンちゃんいらっしゃい」
( ^ω^)「ドクオも待ってたお」
僕も制服姿のままであったが、普段家に帰ってから私服や家着に着替えるという習慣も無かったのでそれは当然といえよう。
ただ、ツンは僕に家に来るとき、必ずといってもいいほど私服で来ていたので、多少の違和感があったことは鮮明に覚えている。
この時期は学園祭で忙しかったこともあり、ツンが家に来たのも6時を回っていた。
当時、僕とツンは三年生で同じクラスだった。
僕たちの通っていた高校では、一年、二年の内は食べ物の類を売ることが出来ないため、準備に時間はかからない。
しかし、三年生にもなると学園祭の準備が本格的になるため、放課後の時間を使って齷齪と働く。
ちなみに、僕の担当している「看板作り」は早い段階で終わってしまったのでこうして家にいたわけだ。
僕とは違ってツンはまだ仕事が残っていた。
それも決して少ないとは言えない位の量。
ツンは放課後に残り、学園祭の準備をして疲れているのにも関わらず僕の家に来たのだ。
それほどまでツンは僕に好意を寄せていた。
もちろん、その好意に僕は気づいていた。
ξ゚ー゚)ξ「では、お邪魔します」
ツンが自分の踵に手をかけ、ローファーを脱ぐ。
それを丁寧に端に寄せてから家に入った。
紺色の靴下に包まれている小さな足が露になる。
家に入ってまず向かう先は決まってドクオの所だ。
ツンはリビングの角に位置するウサギ用の飼育ケージに足を進めた。
その後ろを僕が付いて行く。
ξ゚ヮ゚)ξ「ドクオー」
ツンは僕にカバンを預け、馴れた手つきでケージの扉を開けてドクオを取り出す。
ドクオは早速ツンに持ち上げられて胸の中に埋まった。
いきなり持ち上げられても暴れる様子は無く、もそもそと口を動かし、普段通りの様子で落ち着いている。
ξ^ヮ^)ξ「よしよし」
ツンは楽しそうにドクオを揺する。
まるで泣き止まない赤ん坊をあやすように。
( ^ω^)「よかったおね。ドクオも嬉しそうだお」
人間の僕がウサギの気持ちなんてわかる訳が無いのに、僕はドクオの気持ちを代弁した。
ξ゚ー゚)ξ「そう? じゃあ、私も嬉しい」
ツンもそれを疑うこと無く、自分の感情を告げた。
14 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/19(土) 21:00:47 ID:hRaAR.KU0
今更だが、当時僕とツンは一匹のウサギで繋がっていた。
僕たちの間で共通の趣味は無いし、動物が好きということ意外は完全に無縁の存在である。
学校では話すことも少なく、偶に話したとしてもドクオの話題くらいだった。
おそらく、多くのクラスメイトは僕の家にツンが頻繁に訪れていることを知らないだろう。
恋人関係になっていない人と話をするのは勇気がいる。
ある程度の口実がないと、話しかけるのは容易ではない。
僕とツンにとって、たった一つしかない口実がウサギだ。
もちろん、ウサギの話題だけでは話の幅を広げるのは難しい。
だからこうしてツンは僕の家に「ウサギと戯れる事を目的」として来ているのだ。
要するにウサギに会う事を口実に、僕と少しでも長く一緒にいたいのである。
ただ、誤解しないでもらいたいのは、ツンは本当に動物好きであるということだ。
ツンがこうして会いに来てくれる事に、僕は大きな胸の高鳴りを感じていた。
たまらなく嬉しかった。
ξ゚ー゚)ξ「ドクオはいい子ね。全然暴れないし、こんなにも可愛いんだもの」
( ^ω^)「それはツンのことが好きだからじゃないかお?」
ξ゚ー゚)ξ「そっか。私も好きよ、ドクオ」
ドクオはツンの言葉になんの興味も示さない。
体を上下に揺らされながら、遠くを見つめているだけだった。
( ^ω^)「じゃあ、部屋に行こうかお」
ξ゚ー゚)ξ「うん」
ここでは落ち着いて話も出来ないので僕の部屋に移動する事にした。
ツンはドクオを抱きながら僕の後を着いて来る。
廊下をゆっくりと歩く。
二人の距離は一定。
僕は部屋の扉に手を掛け、捻り、押し空けた。
こもっていた自分の匂いと洗濯物の香りが部屋から溢れ出す。
ξ゚ー゚)ξ「ブーンの部屋の匂い。やっぱり好きだな」
後ろでツンが呟いた。
僕はそれに対し、照れを隠したような愛想笑いで返した。
それを聞いたツンはクスリ、と笑う。
笑顔のキャッチボール。
( ^ω^)「どうぞ」
右手でツンの肩を優しく押して部屋に入れる。
わざと紳士的にして見せた。
ξ゚ー゚)ξ「ありがとう」
ツンもそれに答えドクオを片手で抱きかかえながら左手で制服のスカートをつまんで上げた。
ツンがゆっくりとベッドに腰を掛けた。
そして、抱えていたドクオを膝の上に優しく置く。
ドクオはツンに尻を向ける形で体を縮めるように丸くなった。
僕は扉を閉めた後、預かったカバンを床に置いてツンの右側に腰掛けた。
ベッドのバネが僕の体重を受けて深く沈む。
隣にいるだけで香るツンの匂いが鼻を擽った。
シャンプーと石鹸が混ざったような、どこか甘い匂い。
ドクオの獣臭もわずかに香る。
ξ゚ー゚)ξ「可愛い」
ツンが目線を下げてドクオの頭を撫でる。
長い睫毛が美しく上を目指していて、透明な瞳が万華鏡のようにドクオを屈折させて映していた。
( ^ω^)「そうだお。ドクオは可愛いお」
僕もツンの膝の上で丸くなっているドクオに手を伸ばした。
そっと体を毛に沿って撫でる。
掌に暖かなドクオの体温が伝わった。いつまでも撫でていたくなる。
しばらくの沈黙。
目線をドクオに移した僕たちの間に、ほんのりと暖かい様で、ほろ苦い様な、何処かぎこちない空気が流れる。
ξ゚⊿゚)ξ「ブーン」
ツンの手がドクオの頭から首筋の方へと徐々にずらして行く。
( ^ω^)「なんだお?」
体を撫でていた僕の手にツンの指先が触れる。
ξ゚⊿゚)ξ「ウサギってね、寂しいと死んじゃうんだって」
ピタリ、と触れ合った手は、撫でることを止めた。
( ^ω^)「何で死ぬんだお?」
触れた指先が指の腹に変わり、次第に掌が僕の手の甲を覆う。
ξ゚⊿゚)ξ「辛くなっちゃうのかな……」
伝わるツンの体温。
( ^ω^)「人間と同じだお」
湿り気の無いツンの手。
ξ゚ー゚)ξ「そうね」
重なり合う手と手。
僕もツンも、動かそうとはしない。
ドクオが背中に優しく手を置かれて、鼻をひくひくとしきりに動かす。
部屋には時計が針を進める音が大きく響いていた。
ξ ー )ξ
( ω )
長い沈黙。
僕はドクオではなく、ツンの透き通った様に白い手を見つめていた。
そこから目を話すことが出来ない。
おそらく、ツンも。
外から微かに聞こえる虫の声。
秋が更けて行く。
急にツンが被せていた手を退け、僕の膝の上にドクオを優しく置いた。
そして、間髪入れずに勢い良く立ち上がる。
ξ*゚ー゚)ξ「もう遅いし、帰るね」
僕が顔を上げると、ツンは頬をほのかに桜色に染まらせていた。
( ^ω^)「送ろうかお?」
ドクオをベッドに乗せ、僕も立ち上がる。
ξ*゚⊿゚)ξ「大丈夫」
ツンはそう答えながら床に置かれたカバンを取った。
彼女は部屋を出て、玄関に向かう。
僕はその後を追った。
J( 'ー`)し「あら、帰るの?」
玄関でツンが靴を履いていると、台所から母が出てきた。
首に掛けたエプロンで手についた水滴を拭いている。
ξ゚ー゚)ξ「はい。お邪魔しました」
ツンは頭を下げ、僕に軽く手を振る。
僕もそれに手を振って答えた。
ツンが帰った後、部屋に戻るとカリカリと軽い音が静かに鳴っていた。
何事かと思い、音の原因を探すと、ドクオが何かをかじっている様だ。
( ^ω^)「何食ってるんだお?」
ドクオの口元を指で押し広げる。
すると、ポトリ、と音を立てて金色の小さな物がベッドに落ちた。
僕はそれを手に取る。正体は僕の良く知る物だった。
ブレザーのボタン。
しかし、僕は今、ブレザーを着ていなかった。
( ^ω^)「……ツンのだお」
僕は今から走ってツンに届けようか迷った。
まだ一緒に居たい。そう思ったからだ。
だが、明日渡せば言いだけの話。
むやみやたらにツンに会うのは果たして良いことなのだろうか。
その様な青い思考が僕の頭の中で延々と張り巡らされる。
( ^ω^)「……やっぱりやめとくお」
結局僕は追いかけることを諦め、ベッドの上に金色に鈍く輝くボタンを優しく放った。
するとドクオがのそのそとボタンに近寄り、またカリカリとかじり出してしまう。
( ^ω^)「行けって事かお?」
僕は人語のわかるはずの無いドクオに問いかけた。
前歯を突っ立ててボタンをかじることに夢中になるばかりでもちろん答えない。
( ^ω^)「しょうがないお」
僕は勝手に納得し、ドクオから黄色いボタンを取り上げた。
それを握り締めて玄関へ向かう。靴を履いて外へと飛び出した。
外は既に暗くなっていて、家々の明かりや電灯の強い光が町中を照らしていた。
そよそよと吹き付ける秋らしくない生暖かい夜風が秋の臭いを含んでいる。
少しだけ走れば間に合うだろう。
ツンが家を出てからそう時間は経っていない。
母の趣味であるガーデニングで様々な植物に埋め尽くされた決して大きいとも言えない庭を飛び出し、歩道に出た。
右を見ると暗闇の中、ゆっくりと歩いている人影が見える。
ツンだ。
( ^ω^)「おーい! ツン!」
ξ゚⊿゚)ξ
彼女は僕の声に反応して振り向いた。進めていた足を止め、僕を見据えている。
振り向いた拍子に揺れた金色の髪が、まるでスポットライトの様に照らしている街灯の下でふわりと煌いていた。
それほどまでに艶やかなツンの髪。
( ^ω^)「今そっちに行くお!」
僕は地を蹴って走り出す。
ツンとの距離は次第に近くなっていった。
ξ゚⊿゚)ξ「どうしたの?」
ツンは僕が到着する前に、口を開いた。
( ^ω^)「これ、ツンのじゃないかお?」
速度を次第に緩め、ゆっくりと街灯の下に入った。
そして、ツンに握り締めていたボタンを見せ付ける。
それは人工的な光を浴びて鈍い黄金色に輝いていた。
ξ゚⊿゚)ξ
ξ゚⊿゚)ξ「……あ」
彼女は顎を引いてブレザーのボタンを確認し、素っ頓狂な声を上げた。
顔を上げて僕の目を見る。
ツンの顔がほころび始め、口から空気が漏れた。
その姿を見て僕もクスクスと笑う。
ξ゚ー゚)ξ「わざわざ届けてくれたんだ」
( ^ω^)「感謝しろお」
ξ゚ー゚)ξ「うん。ありがとう」
ツンの指先が、ボタンを取ろうと僕の手に触れた。
だが、その指先は僕の予想を反して掌から離れない。
まるで、あの部屋の中の蜜月が繰り返された様に。
僕は力の入ってない指先をボタンごと優しく包み込む。
すると、ツンは立てた指先を撓らせて僅かに目線を下げた。
また絶え間ない沈黙が流れる。
二人だけが明るく照らされる中、夜風と虫の声だけが生き長らえていた。
ξ ⊿ )ξ
ξ ⊿ )ξ「あのね……」
沈黙を破ったのはツンの方だった。
握っている指先に熱が伝わる。
ξ ⊿ )ξ
ξ ⊿ )ξ「………あたしさ、こうしてるだけで幸せなんだ」
( ω )「うん」
僕は、ツンから出る震えた小さな声に耳を傾けて、同じくらい震えた静かな声で頷いた。
ξ ⊿ )ξ「言ってる意味、わかる?」
( ω )「……僕はそこまで鈍感じゃ無いお」
変わらない震え、声量。
ξ ⊿ )ξ「……ブーンは幸せ?」
ξ ⊿ )ξ「それともあたしだけ幸せなのかな」
( ω )
( ω )「違うお。僕もツンと一緒の気持ちだお」
僕は一呼吸置いて答えた。
少しだけ声を張って聞こえる様に。
その言葉を口にした瞬間、時が止まったかの様な不思議な感覚を覚えた。
胸の鼓動も、夜風にざわめく木々も、途切れ途切れの虫の声も、遠くを走る車の音も。
全てが僕の中で無に返って行く。
無の中で僕はツンが口を開くのを待っていた。
たったの一秒でさえ、永遠に感じる。
ξ ⊿ )ξ「そっか」
ξ*゚ー゚)ξ「良かった」
沈黙の後、ツンは顔を上げて、恥ずかしそうにしながらもそう言って僕を見据えた。
ただそれだけの事で、僕の世界に時間が動き始める。
ξ*゚ー゚)ξ「じゃあ、ずっと一緒に居ていい?」
その目は街灯に当てられ輝いていて、包み込んだ彼女の指先に少し力が入っている。
僕がツンと居て幸せだと思ったのは、ツンが可愛らしい顔つきをしているからではない。
だが、その時僕はツンの事を心から可愛いと思ったのだ。
(*^ω^)「もちろんだお。ずっと一緒だお」
僕もツンの様に、目にいっぱいの喜びを携えているだろう。
ξ*゚ー゚)ξ「……うん」
こうして僕たちは付き合うことになった。
正式に付き合おう、と言った訳ではないが、この会話で十分二人の意思は共有出来たのだ。それだけで十分だ。
一匹のウサギによって結ばれた恋は、ようやく実った。
ツンや僕にとって、ドクオは「口実」に過ぎなかったかもしれない。
だが、彼が居なければ僕たちはこうして手を触れ合うことなど出来なかった。
手を重ねあって、目を合わせて恥ずかしげな笑顔で細々と語らう僕たちを照らしているのは唯一つの街灯。
それは常闇の中で、ほのかな甘みを持って佇んでる様に見えたのだろうか。いや、見えただろう。
3.
西日が強くなってきた頃。
僕が大学から帰って来ると、庭先で母が名前の分からない植物に水をあげている様だ。
見えない位置から出て来る水が拡散されていて、葉に当たり、ぱしゃぱしゃと涼しげな音を立てている。
土と水の混じった夕立の様な臭いが庭中に漂っていた。
J( 'ー`)し「ブーン。早かったね」
僕が家のドアに手を掛けたところで母に呼び止められた。
声のする方に振り向くと、母が水を止めてホースを持ったまま僕に近寄って来る。
( ^ω^)「そうかお?」
J( 'ー`)し「日の沈まない内に帰って来るなんて珍しいじゃない」
確かに母の言う事は最もだ。
最近は遊びで夜中に帰る事が多かった。
J( 'ー`)し「でさ。ドクオのお墓作ってみたんだけど……」
J( 'ー`)し「見る?」
正直、気乗りしない。
ドクオの死を早く忘れ去ってしまいたいのだ。
勿論、ドクオが死んだときは悲しかった。胸を打ちつけるような強い衝撃があった。それ故に、早く忘れたい。
ドクオはどんな気持ちで死のうと思ったのか。それを考える事から逃げたい。
数々の彼との思い出、ツンも交えた思い出、そんな楽しかった、甘かった思い出が今ではただの苦にしかならない。
27 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/19(土) 21:19:09 ID:hRaAR.KU0
( ^ω^)「いや、いいお」
J( 'ー`)し「えー。自信作なんだけどな」
そのまま僕は家に入り、すぐさま自分の部屋へと向かった。
部屋に入るなり荷物を放り投げてそのままベッドに突っ伏す。
母があんな事を言うものだからドクオのことで頭がいっぱいだ。
このベッドの上で戯れた。
時には二人で。時にはツンと共に。
あの日、ツンは「ウサギは寂しいと死ぬ」と言っていた。
それに対して僕は「人間と変わらない」と答えた。
ドクオは寂しくて死んだのだろうか。
いつだか、人間と他の動物との違いは「自ら命を絶つことをするか否か」という事に尽きる、と聞いたことがある。
確かに人は感情や気分で自殺する。
だが、ウサギはどうなのだろうか。あれは自殺ではなかったのか。
いや、どう見たって自殺だった。
動物の摂理を飛び越えて、死んだほうが楽になるとドクオなりに考えた結果なのだ。
考えたくも無い思考が張り巡らされていく。
そんな淀んだ考えが若いの枝のように広がっていく中で、徐々に意識が薄れていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
夢を見た。
真っ白な夢だった。
場所は僕の部屋で、僕はこの部屋に存在するはずの無い、木で出来たブランコに乗っている。
その隣のブランコには見知らぬ男が座っていた。
('A`)「よう」
男は僕を見て素っ気無い挨拶をした。
( ^ω^)「こんにちわ」
僕も男を見て挨拶を返す。
('A`)「俺さ、ドクオって言うんだ」
( ^ω^)「ウサギのですかお?」
('A`)「ああ。そうだ。死んじまったけどな」
( ^ω^)「そうですかお」
明らかに現実離れしている不思議な会話に、僕は一片の違和感を持つことなく話は続いていく。
もちろん、何故違和感を持たないのかはわからない。
('A`)「俺さ、自殺したんだ」
( ^ω^)「どうやってですかお?」
夢の中の自分は淡白だった。
普段なら心に深く突き刺さるような話題も、顔色一つ変えない。
('A`)「流しに上って桶の中に入ったんだ」
( ^ω^)「はあ。なんで死のうと思ったんですかお?」
僕もドクオと名乗る男も足をプラプラとさせて、さぞ退屈そうに会話を続ける。
('A`)「寂しかったからだな」
( ^ω^)「寂しかったならしょうがないですお」
('A`)「誰も人が居なかったからな。なんだか死んじまった方がマシだと思った」
( ^ω^)「そうですかお」
('A`)『ねぇ』
突如、ドクオと名乗る男の声がツンの澄んだ声に変わった。
('A`)『ニライカナイって知ってる?』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
目が覚めた。
体を起こして時計を見る。
七時半。
そろそろ夕食が用意される頃だ。
夢の中での会話が、まだ朧気な頭を縦横無尽に駆け回る。
実際にはドクオの気持ちや感情を具現化したものではないことはわかっている。
なぜならあれは僕の夢であり、結局は僕が作り出している妄想に過ぎないからだ。
だが一つ一つ思い返すと、その妄想の続きを知りたくなる。
あの夢が、僕と逃げたかった事実を無理やりに向き合わせたのだ。
そして最後にドクオと名乗る男がツンの声で言ったあの言葉が僕の胸を締め付ける。
ニライカナイ。
意味は分かる。今日、ツンから教えてもらった。
なのに何故、夢の中のドクオは僕にそれを聞いたのか。
( ^ω^)
わからない。
31 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/19(土) 21:22:21 ID:hRaAR.KU0
「ブーン! ご飯できたよー!」
ベッドの上に座りながら考えている時、ドア越しに母の声が聞こえた。
その声を聞いてゆっくりと立ち上がる。
リビングに行けば、机の上に様々な料理が並べられていた。
ふと考えれば、母の手料理を食べるのも4日ぶりだろうか。
茶碗から出る白い湯気に食欲をそそられる。
J( 'ー`)し「冷めない内に食べちゃいなよ」
( ^ω^)「はいはいお」
僕は早速、用意された食器の前に座った。
その向かい側に母が座る。
( ^ω^)「いただきます」
J( 'ー`)し「いただきます」
軽く手を合わせてから箸を手に取り、様々な食器を回して口の中に放り込む。
カチャカチャという音がリビングに響き渡るだけで、二人の間になんの会話も無い。
ツンとの沈黙は気にならないが、母との沈黙はかなり気になる。
( ^ω^)「あのさ」
J( 'ー`)し「ん?」
32 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/19(土) 21:23:15 ID:hRaAR.KU0
( ^ω^)「ニライカナイって知ってるかお?」
ただ、なんとなく聞いた。
特に理由は無い。といえば嘘になるが、沈黙を破るための話題を提供する様な気持ちで。
J( 'ー`)し「ニライカナイ?何それ」
僕の質問を切欠に会話は広がる。
( ^ω^)「何でも魂が生まれた場所で、死んだら魂が帰っていく場所らしいお」
J( 'ー`)し「ふーん。天国みたいなものなの?」
( ^ω^)「そんなものじゃないかお?」
J( 'ー`)し「悪い事した魂もニライカナイって場所に戻るのかしらね」
母のふとした疑問。
天国と地獄のように現世での行動は死後には関わってこないのだろうか。
( ^ω^)「……わからないお」
J( 'ー`)し「地獄に堕ちるのって、悪い魂とか、自殺した魂とかだったよね」
J( 'ー`)し「そんな魂も一斉に戻っていく場所って面白いわね。どこの地方の考えかしら」
母の言う通り、自殺した魂も地獄に堕ちるとされている。
ならばドクオは地獄に堕ちたのだろうか。それともニライカナイへと返ったのだろうか。
そもそも、これらの世界は並行して存在しているものなのか。
( ^ω^)「……ドクオは何で自殺したのかお」
自殺の話題が出たので、ドクオの話を切り出した。
J( 'ー`)し「さあ? 寂しかったんじゃないの?」
J( 'ー`)し「よく言うじゃない。ウサギは寂しいと死ぬって」
母はあの時のツンと同じ事を口にした。
やはり死んだのは、寂しかった所為なのだろうか。
J( 'ー`)し「ブーンがもうちょっと早く帰ってくれば死ななかったかもしれないのに」
その通りだ。
僕は、昨日妹が合宿で家を空けることを知っていたし、母が出張で居ないことも知っていた。
もし、母の言うとおり、ドクオが寂しくて死んでしまったのなら僕が早く帰ってくることでそれを食い止めることが出来たのだ。
自分ではわかっているつもりだった。それもあって、この件について考える事から目を背けていた。
だが、人に言われることでより痛感した。
( ^ω^)「……わかってるお」
楽しい思い出も、甘い思い出も、苦にしたのは自分だ。
僕は、ツンとの古い架け橋を壊したのだ。
まだドクオがどう思って死んだのかわからないが、胸の中にもやもやとした不快感が芽生えた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その夜、またしても夢を見た。
夕方見た夢と同じ、全てが朧に見える真っ白な夢。
場所は大学の学生ホール。今日、ツンと話したあの場所だ。
あの時の様に僕はカラフルな椅子に腰掛けていて、机の向こうにツンが座っている。
( ^ω^)「ドクオ」
ξ゚⊿゚)ξ「なに?」
声も、顔つきも、臭いも。紛れも無くツン。
しかし、夢の中の僕はツンをツンだと認識していないのだ。
ツンの姿をしたドクオとして見ている。
僕はこの不可思議な光景に、少しの違和感を感じていない。
夢の中の自分ほど、他人に思えるものなど他には無いだろう。
( ^ω^)「君はニライカナイに戻ったのかお?」
ξ゚⊿゚)ξ「もちろん」
( ^ω^)「自殺したのに?」
ξ゚⊿゚)ξ「ええ」
ξ゚⊿゚)ξ「私は自殺してニライカナイに戻ったの」
ξ゚⊿゚)ξ「寂しさを紛らわすために」
ξ゚⊿゚)ξ「憂鬱な毎日から抜け出すために」
ξ゚⊿゚)ξ「私の故郷へ戻るために」
ξ゚⊿゚)ξ「見えない明日を見るために」
ξ゚⊿゚)ξ「私は自殺したの」
( ^ω^)「寂しくさせてしまったのはゴメンお。僕がもう少し気を使えばこんなことにはならなかったお」
( ^ω^)「でも、ドクオが自殺して、みんな悲しんでるお」
ξ゚⊿゚)ξ「みんな?」
( ^ω^)「僕や、ツンや、カーチャンや、妹や……他にもいっぱいだお」
ξ゚⊿゚)ξ「ツンは自殺したこと知ってるの?」
( ^ω^)「え?」
ξ゚⊿゚)ξ「ツンは自殺したこと、知ってるの?」
( ^ω^)「……まだ、言ってないお」
ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、悲しまないね」
( ^ω^)
ξ゚⊿゚)ξ「なんで隠してるの?」
( ^ω^)「……ドクオが僕たちにとって大切な存在だからだお」
ξ゚⊿゚)ξ「なのに隠してるんだ」
( ^ω^)
ξ゚⊿゚)ξ「変な話ね」
ツンの姿をしたドクオは僕の目を見据えて話さなかった。
僕はドクオと目が会うと、目線を下げて逃げる。
周り以上に朧気な意識の中で、夢の中の僕は考えた。
この事をツンに隠している本当の理由を。
嫌われたくない。
嫌われたく、ないんだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
4.
翌日。
あの夢を見た僕は、無性にツンと会いたくなった。
ツンは部室で待っていると言うので僕もそこに向かうことにした。
僕の通っている大学は比較的大きな大学で、山を切り拓いて建てられている。
それなりに館の数も多く、敷地も広大だ。
その数多い館の中で、部室塔と言われる建物がある。
打ちっ放しのコンクリートの部屋が、アパートのように連なっているだけの建物だ。
僕は今、その雄大な自然の中で部室塔に向けてゆっくりと歩みを進めている。
照りつける強い日差し。光を受けて煌く緑。けたたましく鳴き続ける蝉。遠くには白く盛り上がった入道雲。
滴る汗を手で拭いながら、あの夢の事を考えつつ歩いていた。
夢の中でドクオはニライカナイに行ったと言っていた。
そして、ツンにドクオが自殺したことを話さなかった理由。
夢の中の僕は「嫌われたくなかったから」話さなかったと考えた。
紛れも無い真実。
夢の中の自分は他人の様に見えるのに、心の奥底の本音は一緒だったのだ。
その真実が怖くて、もしかしたら夢の中のドクオの言葉も真実なのではないかと思うと不安でならない。
何よりも、あの雰囲気。
どこまでも透明で、濁りの無い白。
38 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/19(土) 21:28:46 ID:hRaAR.KU0
しばらく歩き続け、疲れ始めてきた頃に部室塔に着いた。
ひんやりとしたコンクリートの壁に手を当てて階段を上る。
空から降り注ぐ日光によって暖められた空気とはまるで正反対の様なコンクリート。
無機質な温度が僕の暗い考えとシンクロする。
部室の前に着き、扉を開けた。
空けた瞬間、風が優しく吹き抜け、僕の前髪をふわりと持ち上げる。
ξ゚⊿゚)ξ「遅かったね」
そこには既にツンがいた。
窓が開いており、そこからは夏らしい爽やかな風が吹きつけていて、レースのカーテンを躍らせている。
僕は扉を閉め、窓の近くで机に肘を突いて座っているツンに近寄り、向かい合う形で座った。
( ^ω^)「ゴメンお」
ξ゚ー゚)ξ「あら? 珍しく謝るんだ」
彼女はそう言うと口角を挙げて笑って見せた。
そして、僕から目を離し、窓の外を眺める。
低い山々と青いキャンパスに入道雲。その景色はコンクリートの部屋に眩しすぎる位映えている。
ξ゚ー゚)ξ
窓から零れる光がツンの顔を燦燦と照らす。
風に揺れた黄色い髪も、その白い素肌も、全てが輝いて見えた。
( ^ω^)「ツン」
ξ゚ー゚)ξ「なあに?」
ツンはこちらを向くことなく僕の声に答えた。
( ^ω^)「ニライカナイって、悪い事した人とか自殺した人も行けるのかお?」
母に聞かれてから、ツンに確認しようと思っていた事だ。
ξ゚⊿゚)ξ「……どうしたの?」
ツンは窓から目を離し、こちらを向いた。
( ^ω^)「いや、気になっただけだお」
ξ゚⊿゚)ξ「変なの」
( ^ω^)「で、どうなんだお?」
ξ゚⊿゚)ξ「うーん……。神様も住んでたりする所だからなー。どうなんだろ」
ξ゚ー゚)ξ「わかんないけど、全部ニライカナイに戻るんじゃない?」
( ^ω^)「……そうかお」
それを聞いて、夢の中の会話が現実味を帯びた気がした。
やはり、ドクオは寂しさを紛らわすために、憂鬱な毎日から抜け出すために、自殺したのだ。
寂しくさせたのも憂鬱にさせたのも、僕だ。
40 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/19(土) 21:31:01 ID:hRaAR.KU0
***
僕たちはしばらくして大学から出た。
二人で適当に町を散策しながらツンが使う駅へ向かう事にしたのだ。
ツンは町を賑やかしている様々な店を指差し、あれが可愛いなどこれが可愛いなどと口に出し、終始楽しそうだ。
僕も指差す店々を見て可愛いと思う所もあれば、可愛くないと思う所もあった。
こうしてツンと一緒に居るだけで楽しい。
しかし、楽しい反面、ドクオのことが僕の頭の中で廻っていた。
ツンに言わなくてはならない。
全てを曝け出さなくてはならない。
夢の中のドクオに言われた通り、大切な存在なのに隠そうとするのは可笑しい。
たとえ嫌われようとも、悲しませようとも、あの時言うべきだったのだ。
( ^ω^)「あのさ」
ξ゚ー゚)ξ「ん?」
僕は駅に向かって歩きながら告白をする事にした。
それは、僕たちを繋げた一匹の自殺ウサギについての、告白。
( ^ω^)「ドクオのことなんだけど」
ξ゚ー゚)ξ「うん」
41 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/19(土) 21:31:50 ID:hRaAR.KU0
( ^ω^)「死んだお」
ξ゚⊿゚)ξ「……え?」
やはりツンは驚いた。
当然だろう。
昨日、ツンからドクオについて聞かれたとき、僕は何の顔色も変えずに「元気」だと答えたのだ。
ξ゚⊿゚)ξ「何で死んじゃったの?」
( ^ω^)「自殺したんだお」
ξ゚⊿゚)ξ
( ^ω^)「寂しくて、死んだんだお」
僕の口から出ていくのは、何の抑揚も無い、純粋な声。
ξ゚⊿゚)ξ「……寂しくて?」
( ^ω^)「そうだお。人間の様に死んだんだお」
( ^ω^)「そして、寂しくさせたのは、僕なんだお」
自分でも意外なほどに言葉の羅列が頭の中に形成されていく。
言葉は、部室のコンクリートのように無機質で、冷たい。
42 :以下、VIPに代わりまして名無しのようです:2011/02/19(土) 21:32:34 ID:hRaAR.KU0
ξ゚⊿゚)ξ「いつ、死んじゃったの?」
ξ゚⊿゚)ξ「昨日の夜? 今日の朝?」
( ^ω^)「二日前だお」
ξ゚⊿゚)ξ
( ^ω^)「僕はツンに嘘をついたんだお。元気だって」
ツンが傷つくような言葉を言っても何の感情も湧かなかった。
ただただ、そこにあるだけ。
感情に左右されず、ありのままの事を、ありのままに歩き、ありのままに告げたのだ。
ξ゚⊿゚)ξ
ξ゚⊿゚)ξ「……そっか」
ツンは僕の隣を歩きながら、細い声で呟いた。
その声を聴いた瞬間、何故か僕の心に大きな穴が開いた様な気がした。
それは、どこまでも深い、底の見えない、果てしない穴。
そこには何も無い。
――――たった今、僕たちの中で一匹のウサギが死んだのだ。
ツンのか細い呟きを最後に僕たちの間に交わされた言葉は何一つとして無かった。
そして、変わらない空気のまま駅にたどり着いた。
ξ゚⊿゚)ξ「……じゃあ、明日ね」
( ^ω^)「……うん」
僕は駅前の大きな噴水の前で足を止めた。
ツンはそのまま歩みを止めることなく駅へ向かっていく。
夏の強い日差しと青く眩しい空を天に、僕は喪失感に包まれていた。
ドクオが死体を見たときも、あの夢が説得力を増した時も、母に早く帰って来なかったからだと確信を突かれた時も、
こんな気持ちになることは無かった。
理由はわからない。
喪失感が理由までも包み込んでしまっている気さえする。
いつも見ているはずのツンの後姿が、今日は果てしなく遠く見えた。
ああ、ツンが行ってしまう。
( ^ω^)自殺ウサギについての告白のようです おわり