( ^ω^)ブーンの中から目覚めるようです
1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:18:44.39 ID:KwtmS5/SO
‐序‐
弾圧の勢は、既に門前へ迫っている。内藤は静かに眠る少女を抱え、ただ立ち尽くしていた。
内藤は手中の少女を眺めていた。まるで紅く燃える夕焼けのような色をした、
美しい浴衣から力無く垂れた手には、何やら紋章が刻み込まれている。
「……ツン。やっぱり怒ってるのかお? ほんと、ごめんなさいだお。こんなんじゃ済まないけど」
ツンは目を擦りながら、首を横に振る。半分開かれた瞼から、鈍色の瞳が覗いた。
「ブーンは悪くないよ……みんな私のせい。だから、謝らなくていいの」
「そうかお」
内藤は、無理矢理な笑顔を零した。それからすぐに、静かに瞳を閉じる。
「けどツン、僕は僕を許さないお。僕がバカだから、ツンが苦しい思いをしなきゃいけなくなったんだお」
ツンは首を振る。先ほどより、微かで弱々しい。
「そんなことない、ブーンはよく頑張ってくれた。私なんかと一緒にいてくれたから、それで良いの」
2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:20:37.55 ID:KwtmS5/SO
「僕が頑張った? 冗談よすお。僕はただ……」
内藤は座ると、ツンを膝に乗せたまま暖炉の戸を閉じる。
揺らめく明かりに照らされていた部屋は、暗く何も見えなくなった。
「僕はただ、ツンを愛してるから側にいただけだお。……ずっとずっと一緒に居たかったお……」
「……ごめんなさい。私が……」
青白く、生気のない頬に、一筋の涙が流れる。
「せめて、最後の瞬間までは側にいるお。絶対一人にはしないお」
「うん。ありがとう……でも、もう終わりにしなきゃ」
「……ツン?」
人々の怒声はおろか、飛蚊の声も聞こえない。風が空しく、静かに歌うばかりであった。
「……返事……してくれお」
3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:22:46.44 ID:KwtmS5/SO
‐1‐
歌姫の目覚め
‐あと8日‐
闇に溶ける黒衣を纏い、男は一人、街を彷徨っていた。忍のように足音を消し、家々の屋根に乗り、周囲を見渡す。
彼の身に宿るは、僅かなるも人食いの鬼の力。月光も当たらない裏路地の細い道を往く人々のその顔まで鮮明に見える。
( ^ω^)「!」
そして男は、その人を見つけた。途端、天高く飛び上がり、次の時には音もなく地に降り立つ。
男は賤しい笑みを浮かべる。その瞬間に、静寂の夜闇を擘く悲鳴が上がった。
(;^ω^)「ちょっ……」
男が腰を抜かしている間に、狙いの女は逃げ出し、見回りをしていたらしい役人が手提げる光が、彼の姿を照らした。
('A`)「あら、また内藤さんですか。いつもご苦労様です」
内藤と言えば、この街ではそれなりに知られる変態の名であった。そして、この男が内藤らしい。
(;^ω^)「いや、今日は違うんだお、僕は……」
('A`)「ほら、良いからお役所行きますよ。理由くらいは聞きますから」
言い訳を探し出した内藤の手首を、役人は手早く縛り付け、引っ張って行った。また、閑静な夜が戻ってくる。
4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:25:05.19 ID:KwtmS5/SO
('A`)「内藤さん、いくら鬼の家系だからって、やって良いことと悪いことがありますよ」
(;^ω^)「その位解ってるお……けど、みんな僕を相手にしないもんだから……」
明かりが付いているのは、今はここぐらいだろうか。「役所」と呼ばれるそこは、三畳ほどの広さしかなく、
しかし人が二人話すには何ら問題ない設備がある所である。
( ´ω`)「正直辛くてしょうがないお……鬼の血を継いだ子供なんて、誰も産みたかないんだお」
('A`)「あぁ、だがレイプは駄目だ」
役人は、内藤の悩事を一刀の下に切り捨てた。無情にもほどがある。
(;^ω^)「けどこれ、もう少し焦らなきゃならない問題なんだお。もし鬼を宿したまんま僕が死んだら、
鬼は僕を破って開放されてしまうお。そしたら、この街どころか世界が終わるお。
そしたらドクオだって終わりだお。……さぁ、見逃すお」
('A`)「無いわ」
役人ドクオは、眉すら動かさずに、要求を突っぱねた。当然のことであろう、この世では鬼や鬼の一族といった
幻想や夢物語は、単なる気を違えた者の妄想でしかないのだ。
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:26:37.07 ID:KwtmS5/SO
( ^ω^)「……はぁ、解りました解りました、今夜はここで泊まっていきますよっと」
その事は、既に理解していた。だから、鬼の話は程々にして、内藤は一日の拘留を受けた。
('A`)「分かれば良い。さあ、早くあの扉の向こうに行きなさい」
( ^ω^)「けっ」
内藤は知っている。扉の奥は狭く、暗く、居心地の悪い世界。最近はむしろその中で暮らす日の方が多いのだが。
('A`)「ま、そろそろ職に就いたら?」
ドクオは言い、内藤を押し込むと、適当な南京錠を締める。それから、騒音の元を全て断ち、聞き耳を立て始めた。
( ^ω^)「……はぁ。何でここまで認めてくんないんだお。鬼の紋だって確かに生来のものなのに
マジックペンとか言われるし……僕は直線を引くことすらままならないっつーの」
(;'A`)(病んでるな……)
何にも成らない愚痴だけが、彼らにとって夜の安息であった。
山際が白むとすぐ、陽射しが街に明りを齎す。子供の声が、街の賑わいとなる。
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:29:08.13 ID:KwtmS5/SO
‐あと7日‐
( ‐ω‐)「……んお?」
その声と、亀裂の入った壁の隙間から射し込む陽光に内藤は目覚めた。
( ^ω^)「朝かお……ドクオー! 朝だお! さっさとここを開けるお!」
('A`)「断る。朝になったばかりじゃ、今度は痴漢でもしそうだからな。ラッシュを避けて昼頃に出してやんよ」
(;^ω^)「……扉ぶっ壊してでも帰るお。誂え向きに此処に美味しそうな丸太がありますお?」
修理代の事が頭をよぎり、再び内藤を捕まえに行く手間と天秤に架けてみた。
(;'A`)「……しょうがねえな」
それが答えであった。
(;^ω^)「解ればよろsうおっまぶしっ」
内藤が調子づいた時に、扉は開かれて、強い光が内藤の緩い瞳に飛び込んでくる。
それからの記憶は、薄らぼんやりとしか残っていない。ただ在ったのは、父親に背負われた時のような安心感だった。
( ;ω;)「トーチャン……ズビッ」
(;'A`)「こいつ……重い……ったく、クーの奴、5日も休みやがって……」
8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:31:20.27 ID:KwtmS5/SO
内藤の家は、面倒にも小高い丘の頂にあった。貧民ばかり住まうこの街で、一際目を引く洋館である。
鍵など掛かっていない。成らず者と言えば内藤が一人、警察ならドクオ、それからクーというのがもう一人。
平和で、街のほとんどが顔見知りで、雛見沢。それがこの狭村だからだ。施錠なんて、する方がおかしいのだ。
(;'A`)「勝手に邪魔するぞ!」
無礼にもドクオは内藤の家にずかずかと土足のまま上がり込むと、踏み込んだ足に力を込める。
(#'A`)「必殺・亀田式上手投げっ!」
内藤の服の衿を掴み、体を腰から曲げる。更に、足に込めた力を放ち、勢いをついた体で内藤を前方に投げ飛ばす。
(^ω^;)「あばぅっ!?」
布団に落ちたが、破裂したような声を上げた内藤は、そのまま眠りこけていた。
因みにドクオの技は単なる背負い投げだ。
(;'A`)「はぁ、これで良いか……ったく、何でったって俺がこんな余計な世話を焼かなきゃ……」
自分の言葉で、ドクオは気がついた。
('A`)「……何でだ?」
10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:33:35.17 ID:KwtmS5/SO
('A`)「あーあ、何やってんだ俺……さっさと帰ろう……」
内藤の乗った布団から目を離して、ドクオは足を交番へ向けた。
その瞬間に、怒りを以てそれとする、激しい殺意が背中を刺す。
(;'A`)「な、何だよ……内藤……だよな?」
振り返っても、内藤は先ほどと何も変わらぬ安らかな表情で眠っていた。
ただし、それは顔だけだ。右手首の辺りを発端に、真っ黒い煙のような波動が広がっている。
(;'A`)「おい……何なんだよこれ! おかしいだろうが!」
とても、この世に在って許される現象ではなかった。
少なくともドクオにとって、煙が声を上げるなど、あってはならない。
(;'A`)「内藤じゃねえな……おい、内藤に何しやがった! そこにいるんだろ……何とか言いやがれ!」
煙は揺らめき、人間の顔のようにも見えた。ドクオは掴みかからんばかりの勢いで、煙に怒鳴る。
「さっきのはあなたの仕業? 痛かった……」
(゚A゚)「ほああぁぁぁー!! 黙れー! しゃべんじゃねー!」
ドクオが奇声を上げると、煙は段々と内藤に取り込まれていくようだった。
(゚A゚)「ハー……ハー……」
13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:36:13.21 ID:KwtmS5/SO
(;'A`)「……消えたか?」
そっと内藤に近寄り、煙の出ていた辺りを覗き込む。
手首に刻まれた、禍々しい紋様が、今のドクオには本物と見えて仕方なかった。
( ^ω^)「鬼の紋だって確かに生来のものなのに……」
内藤の声が頭に響く。
(;'A`)「ま、まさかな。んな事有り得ねえよ……」
無理やり捻りだした否定の言葉は、震えてしまっていた。
ドクオには、今の超常現象をうまく作り出した偽物と断定できる頭は無かった。
('A`)「……帰ろう」
疲れ果てた顔で、ドクオは呟く。最後に一度だけ振り返って警戒しながら、内藤の家を去った。
どれほど恐れようと、既に手遅れであった事を、ドクオが知れるはずも無かった。
多くの命を救える時は、最早過ぎ去っていたようである。
14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:39:10.23 ID:KwtmS5/SO
‐あと2日‐
内藤を捕まえたり、内藤を捕まえたりしている内に、クーが休みを終えて戻ってきた。
その頃には、ドクオの体重はかなり軽くなっていた。
川 ゚ -゚)ノ「久しいのう。少し痩せたか?」
(ヽ'A`)「あぁ、結構な。何か夢見が悪くてよ」
川 ゚ -゚)「また随分病んでるな。話くらい聞くぞ?」
彼女の瞳には、一応の心配の色があった。かつての戦争間ずっと、同隊で戦ってきた仲間なのだから、流石に当然だろう。
(ヽ'A`)「ん、サンキュ。だけど良いよ。自分でも何であんな夢ばっか見るのか解らんしな」
ドクオにとっても、クーの良心を払うなど、良い気はしない話だ。
川;゚ -゚)「だが……」
(ヽ'A`)「良いって。……けど、とりあえず向こう一週間は内藤の飼育係を頼まれてくれよ。
じゃ、早速行ってらっしゃい」
川;゚ -゚)「えー……」
だから、話を逸らすようにクーに仕事を与えると、机に突っ伏して眠り始めた。
川 ゚ -゚)「夢見が悪い、か。その割には気持ちよさそうに寝ているが……」
15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:40:55.55 ID:KwtmS5/SO
(ヽ'A`)「あと2日か……どう生きよう」
憧れ続けた人には、結局届かなかった。自分の弱さを悔いながら、ドクオは短い余命をどう生きるか考えだした。
(ヽ'A`)「……満たされねえ人生だったな」
(;'A`)「ゥげふっ、ごふっ……はぁ」
空咳は止まらず、ドクオの喉が痛めつけられる。半端な苦しみが、鬱陶しかった。
(ヽ'A`)「糞っ……」
どうせなら、自分をこうも適当に苦しませた者へ復讐してから死のう。
ドクオは、命の終わりを最も虚無な事へ使うと決めた。
彼にはそれが虚無でも良いのだろうか。それとも虚しいと気付かないのか、彼の塗り潰したような眼に、熱が宿っていた。
(ヽ'A`)「内藤、か……。奴は本当に鬼を抱えていやがったのか?」
会って確かめよう。そして、確かならば殺そう。
これまでの不調が嘘のようにすっくと立ち上がり、「巡回中」の札を掛ける。それから拳銃に弾を込めた。
それを腰に携え、小高い丘の頂に建つ真っ黒な洋館を目指して歩きだした。
17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:43:23.18 ID:KwtmS5/SO
丘の麓まで来た頃、ドクオは違和感を感じていた。
(ヽ'A`)「何だ……? なんか、やけに……」
太陽が空高くある街は、閑静であった。聞こえるのは雀の囀り、烏の羽撃き、そして。
(ヽ'A`)「泣き声……か?」
年寄りも多いこの街では、餅を喉に詰まらせて老人が死ぬなんて、今ひとつ笑いにくい笑い話も日常茶飯事だ。
そういう時は、街の真ん中にある広場で葬式をする。通りがかった人々はそれぞれに花を手向ける。それがいつもの形だ。
だが、これは何だかいつもと違う気がする。ドクオの心の中で、不穏な風が静かだった木をざわめかせる。
('A`)「違う……有り得ねえよ。……内藤のせいなのか? お前は……一体何をしやがった?」
中心部で催される葬式。ただでさえだだっ広い村で、例えその十数人が泣き叫んだとて、
端の端にある丘の足元までその声は届くだろうか。否であると、ドクオは考えた。
(;'A`)「広場に行こう……まずは確かめなければいかん」
大きな事故の話は聞いていない。ならば、何故人は大勢集い、涙を流しているのか。訪れ、確かめるほか無いだろう。
(;'A`)「はぁ……体が重いぜ」
18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:46:08.80 ID:KwtmS5/SO
交差路を抜ける毎に、泣き声は近く、大きく聞こえてくる。早まる足に無理をさせないよう抑えながら、ドクオは歩む。
そして、辿り着いた所にはクーがいた。
川 ゚ -゚)「ドクオも来たか。……酷いものだな。この街でこんな事が起きるものか」
('A`)「1、2、3、4、5、6……信じられねえ数の遺影だな。それに……」
川 ゚ -゚)「……知らなかったのか? まぁいい。……やられたのは子供だけだ。この村の子供は、ほとんど……」
数日前、村祭りで賑わった広場の中央にある現実の象徴が、目に飛び込んできた。
鮮やかな花々に彩られた壇には、10人分の遺影。その全てには、若葉のように初々しい子供達の笑顔が写されている。
親であろうか、一際大きな声で泣き叫ぶ者達を見て、ドクオは苦いような、酸っぱいような味を感じていた。
そして、更に深まる疑心。
('A`)「なぁ、クー……内藤は来てるか?」
川 ゚ -゚)「いや、見ていないな。元より人混みの嫌いな奴だし、当然だと思うがな」
ドクオは踵を返した。ふらつきながらも、視線は丘の上にある薄気味悪い洋館をしっかり捉えていた。
19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:47:51.14 ID:KwtmS5/SO
川 ゚ -゚)「……何処へ行く」
咎めるような声に、一度足を止める。
('A`)「……トイレだ」
川 ゚ -゚)「トイレなら逆方向だぞ」
* *
* うそです +
n ∧_∧ n
+ (ヨ(* ´∀`)E)
Y Y *
↑ドクオ
諦めが早いのは、ドクオの良いところであり、悪いところでもある。
川 ゚ -゚)「なんだうそか。で、何処へ行くつもりだ?」
特に、一度諦めるともう頑張れない所が良くない。諦めが良すぎるのも考え物であった。
('A`)「クー。俺は正直な所、この件には内藤が関わってると思うんだ。
……子供達を内藤が殺したんじゃないにしても、どこかで内藤は関与してる」
川 ゚ -゚)「……それで、一人で行こうと?」
こくりと頷く。大義を抱えただけの、浅ましい復讐などに、わざわざクーを付き合わせたくはなかった。
川 ゚ -゚)「なるほど……」
21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:50:12.13 ID:KwtmS5/SO
川 ゚ -゚)「ふざけんな」
(;'A`)「キャアッ!!」
顔を上げた瞬間に、身の毛も弥立つ音速拳が顔面目掛け飛んできた。
慌てながらもドクオは仰け反り、しかし鼻先を掠めた拳に目を瞑った。
川 ゚ -゚)「ドクオ。あの時の約束は覚えているよな?」
(;'A`)「あ、あぁ……」
川 ゚ -゚)「ならば行こうか。足を引っ張るなよ?」
話もそこそこに、クーはすたすた歩き出す。
('A`)「今日は話を聞くだけになるのか……?」
絶望を一杯にした顔で、ドクオは呟く。幾らかの時間があって、それから路傍の石を蹴った。
('A`)「あーあ……時間がねえのによ」
不満をちらつかせながらも、時折足を明後日に向けながらも、クーを追いかけだした。
「一人で死んではならない」。その約束を守らせるために。
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:52:59.55 ID:KwtmS5/SO
‐あと3日‐
(;^ω^)「……やっぱり無いお」
誰かと違って諦めが悪いのは、この男であった。つい何日か前から毎朝毎晩、
光に当てながらだったり、鏡に映したりと、妙な手法で手首をじろじろ見つめている。
生まれた時から刻まれていた紋章が、ある日を境に影も形も無くなっていた。
喜ばしい気持ちと、悩ましい気持ちがごちゃごちゃに練り混ぜられて、自分の心が分からなくなっている。
せめて印さえ残っていれば。そう思ってどうにか紋章を確かめようとした。
(;^ω^)「ああもう何で無いんだお! バーカバーカ! ちんちんのバーカ!」
その結果がこの体たらくで、最近は外にも出ず、様々な方法で手首を見ることだけが生活の必需となっていた。
( ^ω^)「……いい年こいてちんちんとか言っちゃったお。死にてえ」
ξ#゚听)ξ「――――」
自らの身に、危機が迫っているとは知らずに。
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:55:10.55 ID:KwtmS5/SO
( ^ω^)「体も鬼の力が抜けてすっかり重くなっちゃったし……。そろそろ死ぬんじゃないかお?」
ξ#゚听)ξ「――! ――――!」
( ^ω^)「だったらいっそのこと……いや、駄目だお。僕が死んだら鬼が……」
ξ;゚听)ξ「――――。……――」
珍しく今後を考え出した内藤だが、重きを置く場所を間違えたようだ。彼にとって、生活とは二の次らしい。
一に鬼の紋章、二に世継ぎの事だろう。そしてまたも珍しく、内藤は今日を二番目の事に使うようであった。
( ^ω^)「ん……今夜は月が綺麗だお。たまにはおにゃのこ狩りに出るかお」
この田舎町では、夜空はとにかく美しい。都会の景色は金銭と比べられるが、この空は違う。
他の万物に何一つ、比較対象足り得るものが無い。もし、並べる物があるとすれば、
( ^ω^)「君の笑顔くらいのもんだお」
ξ#゚听)ξ「……」
どうしようもない変態は、どうしようもなかった。
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 22:57:53.98 ID:KwtmS5/SO
( ^ω^)「いや、何悠長なこと考えてんだお。襲う、これ最強だお。適当にそろそろ行くかお」
内藤は窓から注ぐ月光を頼りに、ゆっくりと歩き出した。村ではかなり高いところにあるこの館からならば、
村の全てを見渡せる。一軒々々消えゆく明かりの数を確かめながら、内藤は長い廊下を行く。
そして、ほとんどの灯が消えたころ。内藤は靴を履き、すでに家を出ようとしていた。
ξ#゚听)ξ「――! ――! ……っ!」
全てが狂ったのは、ここからなのだろうか。それとも、もっと前か。
ξ;゚听)ξ「いやあああぁぁぁ!」
内藤にはその頃、そんな事を考える理由は無かった。
彼には、目の前に転がってくる、やせ細った幼い少女の素性以外に、考えたいことは何も無かったのだった。
ξ;--)ξ「くっ……腰が……」
どうにか立ち上がろうと、四苦八苦もがく少女が、とりあえず自分より年下らしいと、内藤は分かったようだ。
(;^ω^)「あー……き、君は誰だお? 一体どこから現れたお?」
少女は答えない。打ち付けてしまったらしい腰をさすりながら、遠くを見ていた。
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 23:00:15.09 ID:KwtmS5/SO
ξ;゚听)ξ「はぁ、折角出てこれたのに……これじゃ意味が無いじゃない。……誰かいないの?
……そもそも、本当に出られたのかな。安全な場所なのかしら」
(;^ω^)「ヘイ、ユー! ワタシノハナスコトワカリマスカ?」
ξ;゚听)ξ「大丈夫……きっと誰かが何とかしてくれる。多分」
それでようやく合点がいった。少女には、恐らく光は無い。それから、きっと耳も不自由だ。
だけど、言葉は話せるご都合主義。
( ^ω^)「……なるほど」
内藤が思ったのは、まず少女は弱っていて、尚且つ少女を自分の手で救えるだろうという事。
元々、弱きに弱い人間であった。だから、少女の何たるかを考えもせず、手を触れてしまった。
( ´ω`)「……お?」
頭の奥で、けたたましい警鐘が鳴り響いて、視界が捻られ、ねじ曲げられる。思わず膝をついた。
ξ*゚听)ξ「……ふぅー。誰だか知らないけどありがと、助かったわ」
(ヽ´ω`)「……」
内藤の耳に残ったのは、立ち上がった少女の元気な声であった。
26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 23:03:20.98 ID:KwtmS5/SO
少女は、外履きも無しに丘道を半ばまで駆け下ると、その身を夜空高くへと駆らせる。
白く、神々しく輝く金色の髪を月光の下に踊らせ、天馬のように星屑の間を抜けていく。
ξ゚听)ξ「ふぅ……」
ため息は、少女の前に白く残滓を残し、儚く消えていった。
ξ゚听)ξ「お腹空いたかな」
次の瞬間、虚空に残像を残して、少女は今度は地に降り立っていた。いや、正確には地上すれすれに浮いているようだ。
そして、耳に入った微かな声を聞き逃さなかった。
ξ゚ー゚)ξ「……うん、ちょっと少ないけど居るには居るわね。美味しそうなのが」
少女は、永く内藤の内で眠っていた、人食いの鬼であった。
娯楽の少ないこの街では、大抵の者は夜の内は眠るばかりだ。だから、今夜鬼の少女を見たのは彼のみである。
( ゚д゚ )「……」
28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 23:05:18.89 ID:KwtmS5/SO
( ゚д゚ )「え、何だったのあれ」
男の瞳に、天を舞う少女は強く焼き付いていた。
( ゚д゚ )「……内藤さんの所から飛んできたよな?」
丘上の洋館と、少女の消えた辺りを交互に何度も見ながら、男は呟く。
男もまた、伝説やらは信じない義であった。だが、今の光景は、幻覚や見間違いではうまく片づけられなかった。
( ゚д゚ )「……まさか。あれは単なる口伝のはずだ。いるはずがない……」
男の知る口伝とは、この村に長く住まう者のみぞ知る、邪神の手先の話である。
年端も行かない少女のような姿でありながら、天駆る力と、人の命だけを確かに奪い去る力を持っているらしい。
伝う名を、邪使創歌。
( ゚д゚ )「……だが、もし内藤さんが死した事で彼女が解放されたなら、まずい。それはかなりまずいぞ」
目覚めたばかりの創歌は、あまりに力が弱く、何らかの道具を持ってさえいれば人でも十分に戦える。
それ故、迅速に彼女を捕らえ、再び封じることが出来るのだ。
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 23:07:53.77 ID:KwtmS5/SO
しかしながら、内藤の家にはその家主以外誰もいない。そして、もし内藤が何らかの事故で命を失ったならば、
彼の魂を得て創歌は目覚め、滅びを与えるに十分な力で以て降臨する。
( ゚д゚ )「っていうお話」
男にはどうやら、危機感や焦燥感はない。ただ、雪のように冷たく、ゆっくりと心に染みこむ絶望だけがある。
その様だけで、創歌への畏怖を体現していた。男は塀に背を預け、座り込む。
( ゚д゚ )「この世界は……やはり滅びるのだろうな。私の人生も随分つまらないものだったな」
男の姿は、やがて白んでいく景色に溶けるように消えていった。
32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/11/07(水) 23:13:03.18 ID:KwtmS5/SO
今回の投下は以上です。
次回の投下は未定ですが、そこからはこの酉をつけて投下しようと思います。
読んでくれた方、支援くれた方、ありがとうございます。励みになります。
では、次の機会に
37 名前: ◆WlNWAJKHjA
:2007/11/07(水) 23:19:21.08 ID:KwtmS5/SO
とか何とか言いつつ酉つけてなくて涙目www
早漏はこれだからだめだな
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