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ひらがなのらくがきちょう
1
:
◆y7/jBFQ5SY
:2010/11/03(水) 01:04:55 ID:t4Gk2xV.0
ここは◆y7/jBFQ5SYが短編を投下していくという、
つまりは( ω゚)「ククク・・・」さんのパクリスレです
注意
・地の文八割、九割、十割
・ブーン系成分薄め。VIP分皆無
・グロかったり、えっちっぽかったりすることもあります
お願い
・総合同様お題を募集しています。あなたのアイデア、ぼくにください
・感想はいつでも大歓迎です。もらうと喜んで飛び跳ねます
もしスレに直接書き込むのに躊躇してしまうなら、↓を利用するのもいいと思います
「( ^ω^)ブーン系小説避難所感想スレのようです」
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/sports/37256/1284639934/l100
もちろんぼくの作品以外でも、気に入ったものがあれば書き込んでいきましょう。気軽でいいんですよ
2
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:07:03 ID:t4Gk2xV.0
1ページ目
『鉄錆に浮いた体温』のようです
3
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:07:36 ID:t4Gk2xV.0
多美坂公園の取り壊しが決定した。
遊具の老朽化や少子化による使用者の減少が理由らしい。
取り壊し反対を訴える方々もいたそうだが、詳しくはわからない。
仕事が多忙で、そんなことに関わっている暇などなかった。
仕事が一段落つき、暇ができた。私は娘を連れて多美坂公園に向うことにした。
娘とは普段あまり話さない。遊ぶこともない。そのせいか娘の私に対する態度には、
どこかよそよそしいものがあった。わがままをいわずおとなしくしているのには助かっている。
だが母親の立場として考えると、よい気分はしなかった。
公園にはだれもいなかった。もうどれだけの間放置されているのか、
閑散とした気配が備えられた植物や遊具のひとつひとつに染みついている。
子どもだって、こんなところで遊びたいとは思わないだろう。
来たことを後悔した。しかし何もせずに帰るのもばからしい。
私は娘の手を離して、自由に遊んでみるよううながした。
パンダをかたどった椅子に娘がふれているのを眺めながら、
私は休日明けに提出しなければならない案件や事務仕事に思いを巡らせていた。
やることは山ほどある。本来ならのんびりしてなどいられないのだ。
4
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:08:05 ID:t4Gk2xV.0
道路を跨いだ線路上を、くすんだ色をした電車が通過していった。
窓から見える車両の中は、仕事帰りと思われるサラリーマンふうの男たちでひしめいていた。
木々に茂った葉が、いっせいにゆれた。一刻もはやく帰らなければならない気がした。
娘の姿を探した。娘はパンダから離れて、ブランコに座っていた。
娘はじっと前方を見つめたまま、微動だにしなかった。
ブランコも同様に、本来の役割を果たそうとはしなかった。
从 ゚∀从「でぃちゃん、もうかえろっか」
娘は顔を挙げたかと思うと、すぐに俯いてしまった。またこれか。
娘は時々、こうして私を困らせることがある。言いたいことがあるならいってくれればいい。
しかし娘はそうしない。ただ黙りこくって、何分でも何十分でも固まったままになってしまうのだ。
私はこの現象に出会うたび、娘の無言の抗議を聴くような気がして気持がよくなかった。
いつもならそのまま放っておいてしまうところだが、さすがに外でそんなことはできない。
それにはやく帰りたいのだ。どうにか動いてもらわないと困る。
私は普段だすことなどない猫なで声を使って、娘の機嫌を取ろうとした。
おいしいもの買ってあげる。好きなアニメキャラクターのグッズを買ってあげる。
忍耐強く説得した。娘はますます丸く小さく固まって、殻になって閉じこもってしまった。
5
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:08:33 ID:t4Gk2xV.0
だんだんといらいらしてきた。どうしてこんなに聞き分けがないのだろう。
他所の家の子のように、駄々をこねた方がまだわかりやすい。私と話すのがそんなにいやなのか。
けして私の方へ向かない小さな瞳を、私はいつしか睨みつけていた。娘の手が鎖を強く握り締めた。
ひしゃげた鎖からは鉄の甲高い音が鳴った。その音が妙にカンにさわった。
从#゚Д从「いいかげんにしなさい! どうしてあんたはそうなの!」
自分でも予想だにしない大声がでてきた。
うつむいていた娘は背を硬直させ、私を見上げた。しまった。怒鳴るつもりはなかったのに。
丸く見開かれた娘の眼が、時とともにゆがんだ。鎖が鳴る。
緑色をしたスカートの上に、いくつも水滴が跳ねた。娘は声を上げずに泣きだした。
白いのどがひくつくと、体全体が連動してゆれた。私は娘の傍に座り、泣き止むのを待った。
私も泣きたかった。
娘の口が開いた。嗚咽が漏れだした。
いよいよどうしてよいのかわからない。ただ漫然と娘の背中をさすった。
効果があるかはわからない。しかし何かをしていないと、気がやられてしまいそうだった。
すると嗚咽の中から、異なる調子が混じって聞こえた。
何かしゃべろうとしているようだった。私は顔を近づけながら、努めてやさしく声をかけた。
娘はとめどなくあふれてくる涙を拭いながら、一生懸命に言葉をつむいだ。
6
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:08:58 ID:t4Gk2xV.0
(#;;;-;)「こぎかたがわからないの……」
娘は申し訳なさそうにそれだけいうと、また口を閉じた。
今度は完全には抑えきれず、口の端から空気とともに音が漏れていた。
ショックだった。ブランコがこげない。その程度のことで、
ここまで思い悩んでいるのだとは思わなかった。その程度のことも、
気軽に話せない母親となっていたのだとは思わなかった。
娘がブランコに乗れないことすら知らなかった。それだけではない。
私は娘について断言できることがひとつもない。母親失格だった。
从 ゚∀从「おかあさんに、任せなさい」
できる限り明るい声をだした。自分の声ながら空々しく感じた。娘の眼がこちらを向いた。
赤く腫れている。涙は止まっているが、頬には後が残っている。頬に軽く口づけ、娘を立たせた。
代わりに自分が座った。母としてのなにがしかを挽回したい。その一心が、私の体を突き動かしていた。
ブランコに座ったのなど、いつぶりだろうか。私には狭かった。お尻がはみだしてしまう。
やはり子供用の遊具なのだと思うと、こげないのではないかと不安になってきた。
鎖の感触がいやに冷たい。こんなに硬質的で、人間味のないものだったろうか。
記憶の中のブランコは、もっとあたたかみのある遊び場だった。
7
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:09:19 ID:t4Gk2xV.0
意を決して、床を蹴った。景色が前へ、後ろへゆられていく。心配することはなかった。
体がこぎ方を覚えていた。振り子は徐々に勢いを増し、往復する景色も速度を速めて前後した。
奥行きの消えた不可思議な光景を見ているうち、ふと子どものころの思い出が重なって表れだした。
今の今まで忘れていた。私もブランコのこげない子どもだった。
どうしてこげるようになったのだろう。自然にではない。それはやはり、母に教わったからだ。
母のお手本を見て、真似をして、少しずつ体が覚えていったのだ。
こんな大切なことを、なぜ今まで思い出さなかったのかしら。
握った手すりの位置を慎重に下げていった。冷たい感触がつづく。そこへ唐突に、
人肌の残ったぬくもりを感じ取った。娘が握っていた場所だ。窮屈だった。
けれど戻す気にはならなかった。てのひらを強く握りしめて、不恰好なまま反動をつけた。
私の母も仕事で家を空けがちな人だった。そのとき私はどんな子どもだったろうか。
記憶は連鎖的に掘り起こされる。そうだ。私も内気で、小さく小さく過ごそうとする子どもだった。
うまく舌が回らず、話すことを怖れていた。まるでそう、娘――でぃのように。
どうして話すのが怖かったのだろう。母ともまともに会話ができなかった。
自分をほったらかしにした母を、恨んでいたから? そんなことはない。私は母が好きだった。
ただ忙しなく働いている母の、邪魔になりたくなかっただけだ。
8
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:09:46 ID:t4Gk2xV.0
母からはたくさんのものを教わった。ブランコや自転車や、物の見方、常識、人の愛し方。
今だからわかる。母がどれだけの労力を私に割いていてくれたのか。私はでぃに、何を教えてあげただろう。
私は私の世界にしか眼を向けなかった。手の位置は、決定的にずれていた。
ブランコを降りた。娘を乗せ、背中を叩いた。娘はうなづいた。
足を伸ばしたり、たたんだりしながら、ぎこちなく動き始めた。ゆれはほんの小さなものだった。
けれどたしかに動いている。それでいい。だいぶ遅れてしまったけれど、とにかく気づくことができた。
娘の軌跡は、少しずつ正確な弧を描きだした。昔感じたブランコが、そこには存在していた。
从 ゚∀从「たいやきでも買ってこうか」
スーパーの前で出店をしているたいやき屋で、あんこのたっぷり詰まったたいやきを買った。
火傷しないように気をつけなさい。ふたつに割って、頭を渡した。あんこからは湯気とともに、
おいしそうな匂いが漂っていた。娘が一口いった。私もそれに倣った。
私は今、同じ甘みを娘と共有している。
9
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:10:31 ID:t4Gk2xV.0
2ページ目
『神の悲劇は』のようです
10
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:11:00 ID:t4Gk2xV.0
―― 一 ――
両親が離婚することになった。私が小学生の時分だ。
兄は父に、私は母に引き取られることに決まった。
父と離れるのは構わない。父は下品な男だ。たるんだ皮膚を露出させ、
平気で家の中を歩き回る。浅黒い肌は酒をあおると、たちまち赤く染まった。
父の友人も嫌いだった。
二言三言話したかと思うと、顔を見合わせて気色の悪い笑みを浮かべた。
父の友人は数人いたが、私には見分けがつかなかった。みな一様に気色悪かった。
彼らはまた、無遠慮に私の体にふれてきた。堪らなかった。
見つからないよう、努めて隠れた。母は立場上逃げられなかった。
嫌な思いもたくさんしたのだろう。離婚の原因はおそらく、そのあたりにあるのだと思う。
兄とは離れたくなかった。兄は誰からも慕われていた。男女は問わない。
小さな子どもから大人――教師までもが、兄を頼りにしていた。兄の一挙手一投足を誰もが注目していた。
兄が歩けばそこは道となった。誤ることなどけしてなく、たしかな標として私たちを導いてくれた。
兄の声には不思議な力があった。どんな命令をされても、
逆らう者はいなかった。全力で殴りあえといわれれば、全力で殴りあう。
氷の張った池に飛び込めといわれれば、躊躇することなく飛び込む。
兄の思いつきに振り回され、多くの人が危険な行為を行った。
それでも兄の周りには人が絶えなかった。兄は王であり、神だった。
父の息子だとはとても思えなかった。兄の弟だということが誇らしかった。
尊敬を越え、信仰していた。
11
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:11:25 ID:t4Gk2xV.0
兄と離れる日が一週間後に迫っていた。泣いてばかりいた。
兄と一緒にいられる方法はないのか。四六時中考えつづけたが、幼い頭には何も思い浮かんでこなかった。
その日は花火大会だった。いつもなら兄についてでかけるところたが、私は部屋の隅に固まってひきこもった。
破裂音が暗い部屋の中にまで伝わってきた。窓が振動した。
道路から自分と同じくらいの子どもの声が聴こえた。今頃大勢の人が、兄に別れの言葉をかけているのだろう。
最後の思い出作りに勤しんでいるのだろう。私の知らないところで。丸めた体を、さらに内に引き寄せた。
闇夜に灯った光が収束した。それきり音もなくなった。どれほどそうしていたのかわからない。
固まったままの私の耳に、窓を打つ規則的な音が聴こえた。薄暗闇の中に人影が立っている。
誰だかすぐにわかった。そこには兄がいた。私は痺れた足をひきずって、窓の鍵を開けた。
( ・∀・)「しぃ、でかけるよ」
靴がないと訴えると、兄は私をおぶった。背に耳を押し付ける形になった。
景色が高速でなだれていく。駆け足に合わせて視界が上下する。兄の荒い息遣いが聴こえる。
耳をすませた。背中の向こうで、心臓が早鐘を打っていた。
景色が止まった。八船神社に到着した。どこにも明かりはなかった。
境内にも人の気配はない。暗い木々の下には何日も前の雨滴が溜まっている。
水音と虫の鳴き声が、無音よりも静かな音を響き渡らせていた。私は兄に強くしがみついた。
神社にはギコがいた。両手に巨大なビニール袋を持って、無表情に兄を見ている。
兄が遣わせたのだろう。兄の周りにいる者の中でも特に、ギコは命令に従う人物だった。
けれど私は好かなかった。ギコとは同い年だが、まともに話したことはない。
いつも無表情で何を考えているかわからず、得体の知れないところがあった。
兄に近寄らないでほしいと思っていた。
12
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:11:50 ID:t4Gk2xV.0
( ・∀・)「ギコ」
ギコは兄の言葉にうなづくと、私の背後で靴を脱いだ。湿った土の上に、素足の置かれるのが見えた。
足の裏にこびりついた泥の感触を想像して、身震いした。裸足のまま他人の靴を履くのにはためらいがあったが、
泥の上に直接立つよりはマシだ。すべりこませた。ぶかぶかだ。私には大きかった。
ビニール袋の中身は大量の花火で占められていた。兄は手際よく取り出すと、
手持ち式の色とりどりな花火を私に手渡した。ギコが先端に着火すると、光の線がいくつもいくつも千切れ飛んだ。
湿った地面に当ると、小さく瞬いてすぐさま消えた。
噴出花火や打ち上げ花火は力強くきれいだった。色の変わる花火を重ねて眺めるのも素敵だった。
兄はあれこれと勧めてくれた。すべて試した。代わる代わる跳ね跳ぶ火花に見入った。
ちょうど半分ほど使い終わったころだった。私はすすき花火を一本だけ持って、垂れ下がる穂先を眺めていた。
半分使い切ってしまったという意識が、忘れかけていた問題を思い起こした。
すべて消費したら家に帰らねばならない。それは兄と別れなければならない現実と直結した。
いつのまにか手から花火が零れ落ちていた。
花火は水溜りに浸かっても消えず、水面から火花を放出していた。涙が溢れでてきた。
どうしようもなくなっていた。私はその場に立ち竦んだ。泣いても泣いても涙は一向枯れなかった。
( ・∀・)「しぃ、おいで」
その言葉を契機に、私は兄に抱きついた。
落ち着くまでの間、兄はそのままでいさせてくれた。
13
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:12:11 ID:t4Gk2xV.0
( ・∀・)「いいものをあげる」
兄は私の首にペンダントをかけてくれた。中央部に木彫りの星が備えられている。
手作りのペンダントだ。私は星を両手で握りこんだ。つややかな肌触りが、指の間によくなじんだ。
( ・∀・)「僕はここに帰ってくる。それまでそれを、僕の代わりだと思って持っておくんだよ」
(*; -;)「本当? 約束できる?」
( ・∀・)「約束するとも。だからしぃ、きみは僕と再会するその日まで、変わらずしぃのままでいるんだ」
私は声が詰まってだせなかった。ただただうなづいて、理解したことを伝えようとした。
兄は満足したようにほほえんで、ギコを呼んだ。ギコは私のすぐ隣にまで近づいてきた。
( ・∀・)「ギコ、僕がいない間、頼んだよ」
そういって私にくれたのと同じペンダントを手渡した。ただ付いている飾りだけは違った。
それは月の形をしていた。ギコは受け取ったペンダントを首にかけた。胸の前で小さな月が左右に揺れた。
最後に兄は、自分の首に同型のペンダントをかけた。
そこには木彫りの太陽が飾られていた。私たちの胸にはそれぞれ、太陽、月、星のモチーフが並べられた。
兄の背におぶさって家に帰った。兄と私の間に挟まれた星に意識を集中させながら、
私は兄の言葉を反芻していた。兄と再会するその日まで、私は私のままでありつづける。
どんなに困難でも、私はそれを達成しよう。そうすれば、いつか、また。
景色はゆっくりと移動していた。
14
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:12:34 ID:t4Gk2xV.0
母とふたりだけの生活が始まった。当初は環境の変化に戸惑ったが、次第になるべき形に収まっていった。
母は私のことをとてもかわいがってくれた。兄に注ぐはずだった愛情まで、私に当てているようだった。
私もそれに応えた。家にいる間中母に付きまとって、家事から何まで手伝った。
学校では初めて自分から友達を作った。今までは兄の周囲にいた人が私の友達だったが、
これからはそうはいかない。幸い私は嫌われる性質ではなかったようで、すんなりと仲間の輪に入れた。
同年代の子と遊ぶのは新鮮だった。私は彼らとの間に意識の差があったことを知った。
ギコとも何度か話そうとした。しかしギコは私と話していてもつまらないのか、
無愛想な返事ばかりしてきた。そのような反応では、私のほうもたのしくない。
そのうちに話しかけることもやめてしまった。
教師からの受けがよいと知ったのも、そのころだった。
ただ自然にしているつもりなのだが、何かにつけ教師たちは私を優遇してくれた。
片親だというのも関係しているかもしれない。しかしそれだけでは説明がつかないほどに、私は贔屓されていた。
理由の一端を知ったのは、五年に上がったときだった。
当時の担任が、クラスの中で一番かわいい顔をしているのは私だといったのだ。女子も含めての話だった。
冗談交じりであったにせよ、みんなの前でそんなことをいわれるのは恥ずかしかった。
けれど否定の声はどこからも上がらなかった。
15
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:12:51 ID:t4Gk2xV.0
私は家に帰るなり手も洗わずに鏡台の前に座った。見慣れた顔がそこにはあった。
顔のパーツはどれも、数年前からほとんど変化していないように思う。肌の色は母に似て白い。
かわいい。担任はいった。自分ではよくわからない。
けれど贔屓される理由がこの顔にあるのなら、あるいは兄も私の顔を好んでいたのかもしれない。
ほほに手をそえた。ほのかに熱い。再会するその日まで維持するものは、この顔なのかもしれない。
指針を見つけた気がした。
女子から告白された。好きといわれたり抱きつかれたりといった直接的な愛情表現は昔から受けていたが、
今回はまったく色合いが異なっていた。もっと悲壮で、心苦しいぐらいにまじめだった。
その子は普段明るすぎるほどに奔放で、まさかこんなふうに追いつめられた表情がだせるとは思っていなかった。
私は断った。女の子と付き合うということがよくわからなかった。
少し怖い気もした。彼女の表情は沈鬱に変わって、見ていて胸がいたんだ。
彼女がきっかけだった。まるで示し合わせたかのように、他の女子からも告白されるようになった。
すべて断った。ここで誰かを受け入れたら、最初に告白してきた彼女に申し訳ない気がした。
断るのはいつも胸がいたんだ。そういうとき私は、素肌に直接つけたペンダントを、服の上から握りこんで堪えた。
兄からは時折手紙がきた。書かれている内容は他愛のないものだったが、
私はそれらすべてを大切にしまった。時々取り出しては読み返した。つらいことがあっても、
この手紙とペンダントがあれば平気だった。そうして毎日を過ごした。そのうちに、私は中学生になっていた。
16
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:13:17 ID:t4Gk2xV.0
―― 二 ――
中学に上がった途端、体に異変が生じた。肩が角ばり、硬い筋肉が付着し始めた。
第二次性徴だということはすぐにわかった。誰にでも訪れるものだということも知っていた。
しかし私は、日に日に変化していく自分の体が恐ろしくてたまらなかった。
脳裏には父の姿が浮かんでいた。浅黒い肌に、たるんだ皮膚。
自分もあのようになってしまうのではないか。もしそうなったら、兄はどう思うだろう。
ペンダントの星を一生懸命に握りしめた。変化は止まらなかった。
誰かに相談したかった。しかしこんな悩み、誰が本気で聞いてくれるだろう。
星を握りながら考えていたせいか、ふとギコのことを思い出した。思い出してすぐに、その考えを捨てた。
ギコとは同じ中学に進んだが、今はもうまったく話すこともなくなっていた。
ギコにはよくない噂も多かった。他校の生徒とつるんでかつあげをしているとか、
町一番の暴走族に入って毎日ケンカばかりしているという、いわゆる不良行為を行っているという噂だ。
真偽はともかくも、ギコがいつも怪我をしているのは事実だった。好んで近づこうとは思わなかった。
途方に暮れている中、私は雑誌に掲載されていた錠剤の広告に眼を留めた。
そこにはプエラリアというサプリメントの効能が書かれていた。私はすぐに、
プエラリアについて調べられるだけのことを調べあげた。
情報は少なかったが、それでもいくつかのことがわかった。
女性向けの商品であること。性徴を留めるだけではすまないかもしれないこと。
副作用に苦しむかもしれないこと。気軽に手を出してよいものではない。後人生にまで関わる重大な問題だった。
17
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:13:40 ID:t4Gk2xV.0
何日間か放置して、忘れるくらいならやめておこうと考えた。
けれど何日たとうと、片時も忘れることはなかった。それでも決断できなかった。
危険な思いをしてまで、こんなものに頼る必要はないのではと考えた。しかし、その考えはすぐさま打ち砕かれた。
顔の輪郭が、記憶の中の父に少しずつ近づいていた。兄から送られた手紙をすべて読み返した。
星のペンダントを握りこんだ。貯金していたお年玉を降ろし、母にばれないよう注意を払って通販に頼んだ。
届けられたプエラリアを、私は目をつむり、一飲みに服用した。
効果が現れたのは、服用してから一ヶ月ほど経ってからだった。
どことなく体に丸みを帯びてきたような感じがする。さわってみると、感触も少し違っていた。
微細な変化だった。けれども大きな一歩だった。あれ程急激に進行していた性徴が、抑えられていた。
この変化は自信にもつながった。
入学当初の出遅れも、一気に取りもどすことができた。新しい友人も増えた。
その中で特に気の合った友人から、水泳部に入部しないかと誘われた。
以前なら断っていた。運動が苦手なのである。運動部に入るなんて考えられなかった。
けれど今は、何か行動を起そうという気力が内側から溢れていた。即座に入部届けを提出した。
練習はきつかったが、たのしかった。成績は最低で、ミスも多く、
先輩から怒られたりもしたけれど、充実していた。一日中泳いでいたかった。
その日は雨天だった。私は女子水泳部の先輩に呼び出されて、部室に向った。告白された。
ある程度の予想はついていた。それでもやはり驚いた。年上の女性から好きだといわれたのは初めてだった。
それに彼女は水泳部の中でも特別な存在で、あこがれを抱いている部員も少なくなかった。
18
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:14:03 ID:t4Gk2xV.0
彼女は私のことがどんなに好きか、言葉を尽くして語っていた。
けれど私の返事は、始めから決まっていた。この瞬間はいつまで経っても慣れなかった。
しかし今回はそれで終わらなかった。彼女は諦めなかった。
言い寄って、近づき、体にふれてきた。腰に手が回された。
私は彼女を突き飛ばした。反射的な行動だった。気づいたときにはすでに、彼女は尻餅をついていた。
彼女の眼が私を見ていた。起っている出来事に対応しきれていない、感情のない瞳だった。
私はその場から逃げ出した。彼女が現状を認識する前に、いなくならなければならないと思った。
翌日の部活は居心地が悪かった。絶えずどこかから視線を投げられているようで、
練習にも身が入らなかった。同級の友人までどこかよそよそしい。終了時刻まで、とても長く感じられた。
ようやく帰れると思った。けれど先輩に命じられて、私は居残ることになった。
先輩はなかなか現れなかった。水着一枚では肌寒い。羽織るものがほしかった。
急いで取ってくればお咎めも受けないだろうと踏んで、駆け足で更衣室に向った。
しかし更衣室では、予想もしていなかった光景が繰り広げられていた。
先輩たちが集って、私の荷物を漁っていた。
あまりの出来事に言葉を失った。行動を起すきっかけをなくして、
ただ先輩たちが自分の荷物を漁っている様を眺めていた。
先輩のひとりがバッグに深く手を突っ込んで、勢いよく引き抜いた。
手には星のペンダントが握られていた。その段に至ってようやく、私は事の重大さを認識した。
(;゚ -゚)「返して! 返してください!」
先輩たちがいっせいにこちらを向いた。私は他の先輩には目もくれず、
ペンダントを持った先輩目掛けて飛びかかった。先輩は突然のことに動揺したようだったが、
所詮体格が違った。すぐにびくともしなくなった。先輩は薄笑いを浮かべて、腕を高く上へ伸ばした。
19
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:14:35 ID:t4Gk2xV.0
それでもしがみついて取ろうとすると、先輩は苛立ったのか私の胸を強く押してきた。
私は押されるままに床へ倒れた。先輩は倒れた私に、生意気だとかぶりっ子だとか罵詈雑言を浴びせてきた。
他の先輩はそっぽを向いて、けして眼を合わせようとしなかった。
しかし私はそれどころではなかった。突かれた胸が異様な痛みを訴えていた。
呼吸もままならず、うずくまって押さえつづけた。異変に気づいたのか、
先輩の声にも不安の色が混じりだした。部屋の中がざわめいていた。
誰かが部屋から出ていく音が聴こえた。それは連続して、どんどんと人は去っていった。
私は止めようとした。ペンダントだけは返してもらわなければならなかった。
けれど胸が痛んで、声を出すこともかなわなかった。やがて部屋には、私ひとりが残された。
何も手がつかなかった。ふとした拍子に泣き出してしまうことがあった。
ちょっとしたことで激昂した。ベッドの中にこもりがちになった。正体不明の嘔吐感と不眠とが、
一挙に押し寄せてきた。無性に兄に会いたくなった。けれどペンダントがなかった。
学校を欠席した。人前で自分をコントロールできなくなるのが怖かった。
友人に八つ当たりしてしまったことを思い出した。何も悪くないのに。私は謝ってもいない。
なおさら足は遠のいた。誰とも会いたくなかった。
母は私の変調を強く心配している様子だった。たびたび声をかけ、何かと世話を焼きたがった。
それらすべてが鬱陶しく感じた。あるときあまりにもしつこかったので、
声を荒げて自室から追い出したことがあった。母は明らかに困惑していた。
私はベッドの中で、幾度も幾度も謝った。けれど実際に母に伝えることはしなかった。
いつまでも塞ぎこんでいるわけにはいかなかった。このままでは本当におかしくなってしまう。
ペンダントを返してもらわなければならない。そのためには会って、話し合う必要がある。
浴びせられた数々の罵倒が思い出された。胸がまた痛んだ気がした。それでも、行動しないわけにはいかなかった。
20
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:15:05 ID:t4Gk2xV.0
部活が始まる少し前の時間に、私は先輩を待ち伏せた。
他の人とは会いたくなかったので、身を隠して通りがかるのを待った。
見知った友人や先輩が次々と部室に入っていく。その中にはあの日、私の荷物を漁っていた先輩もいた。
しかし肝心のペンダントを奪った先輩が現れない。そうして待ちつづけているうちに、
とうとう部活が始まってしまった。先輩は現れなかった。部室に入る道はここひとつしかない。
休んだのだろうか。しかし先輩が休んだところなど、今まで一度も見たことはなかった。
見落とすはずはないと思いながらも、私は外へ周りプールを囲った柵にまで近づいた。
やはり先輩はいなかった。想定外の事態だった。どうしたらいいのかわからず、当てもなくその場でうろうろとした。
プールでは何人もの部員が悠々と泳いでいた。本来ならあの中のひとりとして、
私も泳いでいるはずだった。ずいぶんと遠く感じた。体が水に溶け込む感覚を求めた。練習が一区切りつき、
何人かはプールサイドで休憩を取り始めた。その中に、私を水泳部に誘った友人が座っているのを発見した。
意を決して声をかけた。友人は驚いたようだったが、
他の人に気づかれないようゆっくりとした動作で柵の傍まで寄ってきてくれた。
彼は落ち着かない様子で、私の顔を直視しようとしなかった。私は単刀直入に尋ねた。
先輩はきていないのか、どこにいるかわからないか。
彼の答も明瞭だった。先輩はここのところずっと部活にきていないそうだった。
それどころか、学校にも出席していないようだった。どうしてそうなっているのかはわからないが、
ここにいても意味がないことだけはわかった。この場を離れようと思った。しかしその瞬間、友人に呼び止められた。
21
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:15:24 ID:t4Gk2xV.0
('A`;)「俺、先輩に見て見ぬ振りしてろって命令されて、それで……」
友人は口ごもりながら弁明を始めた。今にも泣きだしてしまいそうだった。
プール全体を見回した。見知った顔が大勢いる。私は、誰のことも嫌いではなかった。
(*゚ー゚)「ごめんね。気を揉ませちゃったね」
部活がんばってね。それだけいって、私はプールサイドから離れた。
手がかりを失った。家に帰る気もしなかった。私は学校の中を歩き回った。
いないとはわかっていても、動かずにはいられなかった。校舎内は閑散としていた。
友人同士で話をしている手合いが時々いる程度で、足音が遠く先の通路まで響き渡った。
歩き回っているうちに、自分の教室の前までやってきていた。
扉は閉まっていたが、中からは何の音もしない。こっそりと侵入を試みた。
窓から差し込む光に、空気中を漂うほこりが照らされていた。幻想的だった。
なぜだかまた、涙が溢れてきた。そうして視界が閉ざされていたために、私は先客がいることに気づかなかった。
椅子を引く音が聴こえた。音のした方を振り向いた。歪んだ視界の中に、ギコがいた。
泣いているところを見られてしまった。私は逃げ出そうとした。このままここにいては、
また何かおかしな行動を取ってしまうかもしれない。体はもう、廊下の方へ向いていた。
22
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:15:45 ID:t4Gk2xV.0
(,,゚Д゚)「待て!」
大きな声が私を引きとめた。萎縮して、一歩も歩けなくなってしまった。
私はギコにまつわる悪い噂の数々を思い出していた。逃げたら何をされるかわからない。
けれどここにいるのが得策だとも思えない。考えているうちに、ギコは近づき、私のすぐ傍まできていた。
ギコの手が私の肩にふれた。無表情に顔を見つめている。体が震えた。
こんなときペンダントがあれば。シャツを握りしめた。そこには勇気の出るお守りはなかった。
震えは治まらなかった。ギコの手が上がった。思わず眼をつむった。
握った手の甲に、堅い何かがぶつかった。それきり衝撃はなかった。恐る恐る眼を開いた。
手の甲で、木彫りの星が落ち着いていた。求めつづけたペンダントが、私の首にかかっていた。
慌てて握りしめた。間違いなかった。兄からもらった、あのペンダントだった。
どうしてと思う前に、自然とギコの方を見ていた。
歪んだ視界では気づかなかったが、ギコの顔には傷や腫れがあった。
私はそのときようやく、ギコが月のペンダントをもらったときのことを思い出した。
ギコは何もいわずに、背を向けて教室からでようとした。反射的に呼び止めていた。
(*゚ -゚)「あの、乱暴は、だめだよ……」
言葉がまとまらないうちに話しかけてしまったせいで、とんちんかんなことをいってしまった。
こんなことをいいたかったのではない。ギコは一瞬だけ立ち止まったが、すぐにまた歩きだした。
私はギコを追って廊下にでた。去っていく背中にもう一度声をかけた。
(*゚ー゚)「ギコくん、ギコくん。あの、ほんとに……ありがとう」
ギコはやはり振り返らなかった。しかしそのまま腕を上げて、二三度左右に振ってくれた。
私は彼の背が見えなくなるまで見送りつづけた。
23
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:16:06 ID:t4Gk2xV.0
ギコに関する噂は、ただの噂に過ぎなかった。たしかに粗暴なところはあった。暴力もふるった。
けれどむやみに腕力を誇示するようなことはなかった。弱い者に手を上げたことは一度もなかった。
彼の中には一定の倫理観が存在していて、その枠内で行動しているようだった。
私にも理解できる倫理観だった。そして理解できるのは、私だけではないようだった。
傍目で見ているときには気づかなかったが、彼を慕う者は少なくない数存在した。
生来の性格と無表情のせいで近寄りがたい印象を与えたが、それでも彼の周りには人が集った。
ギコと一緒にいることが多くなった。水泳部はやめてしまった。
部員と顔を合わせづらくなったということもある。しかしそれ以上に大きな問題が、私の身に起っていた。
私は上半身裸のまま、鏡の前に立った。
正面からではよくわからない。横を向いた。今度はよくわかった。
私の胸は、わずかではあるが、女性的ふくらみを含み始めていた。
さわってみた。内側にしこりがある。押し込むと胸全体がうずいた。
普段の生活でも、シャツと擦れてくすぐったいような痛みを覚えることがあった。
プエラリアに豊乳効果があるとは知っていたが、男性の胸まで膨らむのだとは思ってもみなかった。
意外と嫌な気はしなかった。大きさも、隠そうと思えば隠せる程度のものだった。
しかし裸を見られるのは極端に恥ずかしくなった。
体育のときも、隅っこで素早く着替えるようにした。水泳などできるわけもなかった。
ギコはよく怪我をした。誰かが困っていると自分を犠牲にしてでも助けにいった。
卑怯な行いを目の当たりにすると、相手が自分より大きくても立ち向かった。
見て見ぬ振りのできない人だった。
24
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:16:42 ID:t4Gk2xV.0
(*゚ -゚)「ギコくんはもっと自分を労わってもいいと思う」
新たにできたギコの傷に手当てをしながら、私はいった。
いつからか、ギコの傷を手当するのは私の役目になっていた。ギコは返事をしなかった。
私は傷口の中心に、沁みる薬を多めにふりかけた。ぱっと見変化はなかった。
しかしギコの手が、強く握り込められたのに私は気づいていた。
ギコはけして弁解をしなかった。黙して語らず、ただ行動するだけだった。
その様が学校側からすると、問題児としてしか映らないようだった。
教師は全員腫れ物を扱うようにして、関りを持とうとしなかった。
クラスメートの大半も、ギコのことを勘違いしつづけていた。ギコの噂はますます尾ひれがついて、
実際の彼を知っているものとしては失笑せざるをえない人物像ができあがっていた。
わらってばかりもいられなかった。噂のせいで危ない目に遭ったことも、
一度や二度ではなかった。彼がどういう考えで行動しているかを説明しさえすれば、
せめてもう少し話しかけられるような隙を得てくれれば、誤解などすぐに解けるだろうに。
包帯をきつく縛った。手当ては終わった。
救急箱を片付けていると、ギコの手が私の頭に乗った。
髪をぐしゃぐしゃにされた。
(* >-<)「なにするのー!」
抗議の声も意に介さず、ギコは立ち上がった。私は座ったまま見上げた。
背の高い彼の顔が、陽に当って陰を作っていた。私たちは同じような毎日を過ごした。
心配したり、手当てをしたり、一緒にいる間に、いつしか私は高校生になっていた。
25
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:17:02 ID:t4Gk2xV.0
―― 三 ――
新しくきた兄の手紙を何度も読み返した。兄が帰ってくる。
兄は音楽をやっているそうで、高校卒業を機にこちらで本格的な活動をする予定なのだという。
すぐさまギコに知らせた。ギコとは同じ高校に進学していた。
私はギコと顔を合わせるたび、兄の話ばかりした。周囲にはもう、
ギコ以外に兄のことを話せる相手がいなかった。ギコは黙って聴いていてくれた。
物置化していた部屋を片付けた。部屋の中には数年分の荷物が堆積している。
一筋縄ではいかなかったが、目的があると苦労もたのしさに変わった。
窓を全開にしていたので、ほこりと騒音で近所迷惑だったと思う。
どうしても片付かない分は、自分の部屋に入れた。少し狭くなった。
生活に必要なものも揃えられるだけ揃えた。高価なものは買えなかったが、
自分なりに満足のいく買物ができた。母には手出しさせなかった。全部ひとりでやった。数日かけて、
ようやく整った。部屋は、家の中のどこよりもきれいになった。後は兄が帰ってくるのを待つだけだった。
また手紙が届いた。帰ってくる日時が明記されていた。その日を心待ちにして毎日を過ごした。
しかし兄の帰ってくる日が近づくにつれ、次第に不安になってきた。兄の言葉が頭の中で繰り返された。
私は今も、当時の私のままでいられているだろうか。ふくらんだ胸をさわった。
母が仕事で出迎えにいけなくなった。困惑した。母とふたりで迎えにいくものだと、頭から考えていた。
母はお願いねと気軽にいっていたが、私は気が気でなかった。ひとりで会うのは、何か怖い。
どうしたらよいか拙く考えているうちに、兄の来る日は五日後にまで迫っていた。
26
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:17:19 ID:t4Gk2xV.0
(* >-<)「おねがい! 当日ぼくと一緒にきて!」
私はギコに頼んだ。他に頼める者はいなかった。ギコは約束してくれた。
今度こそ本当に、待つだけとなった。数日の間、手や足の先がこそばゆくてしかたなかった。
無意味に飛び跳ねたい衝動に悩まされた。前日は眠れず、徹夜したままその日を迎えることになった。
ギコとふたりで倉尾駅に向った。土曜日だからか、待ち合わせをしている若者が何人もいた。
私も彼らに倣った。ホームを見渡せる位置で、柱によっかかった。
手紙に書かれていた時間までにはまだ一時間ある。私はホームに注意を払いながら、ギコと話した。
五分ほど経って、電車がきた。体の硬直するのが、自分でもわかった。
電車から降りた人が駅になだれた。眼を凝らした。徐々に減っていった。兄はいなかった。
電車は何度もやってきた。そのすべてに兄は乗っていなかった。
私は段々と口数が減り、しまいには黙り込んでいた。もう来てから四十分ほど経っていた。
髪と服とを整えた。眼が腫れぼったい気がする。ちゃんと寝ておくべきだった。
まぶたをこすってから、また服のすそを引っ張った。
(*゚ -゚)「変じゃないかな、おかしくないよね」
ギコの答えはいつもと同じ調子だったが、今日に限って妙にそっけなく感じた。
知らず知らず、ペンダントの星を握っていた。手紙に書かれていた時刻になった。
一台の電車が、ブレーキの甲高い音を鳴らして止まった。沢山の人が降り、改札口を通った。
その中に、兄がいた。横に、見知らぬ女性を連れていた。
27
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:17:40 ID:t4Gk2xV.0
( ・∀・)「大きくなったな。母さんはどうしてる?」
兄は私をすぐに認めた。しかし素直によろこぶことはできなかった。
私は兄と話しながら、兄の横に付き添っている女性を盗み見た。どこといって特徴のない、平凡な女性に思えた。
暗い、垢抜けない感じがする。顔は悪くないが、美人だとはいえない。若いようにも見えなかった。
私の視線に気づいたのか、兄はその女性を紹介した。ペニサスという名で、
兄とはライブハウスで知り合ったのだと説明された。歳は私より十も上だった。関係としては、
彼女というものにあたるそうだった。ペニサスはほほえみながら会釈してきた。私はにこりともできなかった。
兄はギコとも話していた。ギコのことも憶えているようだった。
言葉少なに応答するギコに、兄は上機嫌で成長しないやつだなとわらった。
ペニサスも口に手をそえてわらっていた。
(*゚ー゚)「ね、うちに帰らない? おかあさんもよろこぶよ」
兄が立ち話もなんだからどこかへ行こうといったのを捉えて、私は家へ帰るよううながした。
ペニサスも家にまでは入ってこないだろうと考えたのだ。それに一刻もはやく、
きれいに片付けられた部屋を見てもらいたかった。しかし兄の答は、私にとって芳しくないものだった。
( ・∀・)「家には帰らないよ。こいつと同棲するから」
兄がペニサスの肩を抱き寄せた。私は見ていることしかできなかった。
ペニサスの胸には、私のものとは違う銀細工のペンダントがかかっていた。
見ていることもできなくなった。兄が何かいっていたが、聞き取ることができなかった。
すべての音が、私から遠ざかっていた。
28
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:18:04 ID:t4Gk2xV.0
そのとき力強い感触が、支えるように私の背を押した。
(,,゚Д゚)「すいません、俺たち用事があって学校に行かなきゃいけないんです」
ギコの手が私の背に置かれていた。ギコの眼はまっすぐ兄を見ていた。
兄は残念そうにしていたが、また会う約束をして帰っていった。
ペニサスは兄に付き従うようにして寄り添っていた。背中の感触が離れた。
気づいたときにはもう、ギコの手はポケットにしまわれていた。
どちらともなしに、私とギコは歩き始めた。兄とは逆の方角だった。
兄の傍には常にペニサスがいた。私にはペニサスが兄の周りを付きまとっているように見えたが、
兄からも離れようとする意思は感じなかった。満更でもないようだった。
親しげにわらいかけていることがたびたびあった。記憶の中にはない表情だった。
兄はまた、人を集めて騒ぐことを好んだ。
いつのまにこんなに大勢の人と知り合ったのかと訝りたくなるほどに、兄にはたくさんの友人がいた。
夜遊びするたびに、その数は増えていくようだった。
私は兄に付いてまわった。たのしくはなかった。兄の友人も好きではなかった。
彼らは性的な冗談をいって、大笑いするような人たちだった。聴きたくもない痴情を得意げに語って、
気色の悪い笑みを浮かべていた。それでも私は兄の傍から離れなかった。
ライブにもいった。兄はいくつかのバンドを掛け持っていて、あるバンドではギターヴォーカル、
別のバンドではベース、また別のバンドではドラムスと、なんでも器用にこなしていた。
音楽のことはわからなかったが、兄についたファンを見てきっと上手なのだろうと思った。
29
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:18:24 ID:t4Gk2xV.0
私は兄との出来事を逐一ギコに語って聞かせた。内容のほとんどは、兄の自慢だった。
ギコは始めのうちこそ私と共に行動していたが、最近は誘ってもこなくなった。
本当は一緒にいてほしかった。けれど来たがらない理由もわかる気がした。
兄の友人から酒を飲むよう強要された。飲み会の席で酒を飲まないのは失礼だと熱弁された。
彼の顔は真赤で、すでに何杯も飲み明かした後だった。数人が彼の論に同調した。
彼らは私の前にビールのジョッキを置いて、一気飲みするよう囃したてた。
私は周りを見回した。誰か止めに入ってくれるのではないかと期待した。
しかし誰一人そういう動きをする者はいなかった。兄もわらっていた。両手でジョッキを持った。
においだけで、胸の奥が痙攣した。兄の横で、ペニサスがほほえんで私を見ていた。一息に飲み干した。
数時間気持悪いのがつづいた。
朦朧とした意識がはっきりしだしたのと同時に、強烈な吐き気に襲われた。
急いでトイレに行かなくてはならない。立ち上がって、歩き出そうとした。
しかし足がいうことを利かない。前に進もうとすると体が傾いだ。そのつど胃の中がゆれた。
( ・∀・)「ペニ、付いていってやってくれ」
ペニサスの肩を借りて、ようやくトイレにまで到着できた。ペニサスは個室にまで一緒に入ってきた。
背中をなでられた。細く長い指をしていた。私は泣きそうなのを必死に堪えた。幸い涙がでても、
違う意味と受け取られておかしくない状況だった。
すべて出し終えても、その場から動けなかった。ペニサスはその間中話しかけつづけてきた。
はげましやなぐさめの言葉に混じって、彼女自身のことも話していた。
彼女はひとりっこなのだといった。弟ができたみたいでうれしいともいわれた。
30
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:18:42 ID:t4Gk2xV.0
('、`*川「困ったことがあったら、なんでも相談してね」
別れ際、メールアドレスを渡された。ペニサスは兄と共に帰っていった。
私は家に戻ってからも、しばらく気持悪さが抜けなかった。
翌日眼が覚めてから、「昨日はすいませんでした」とだけメールした。
疲労が顔にでてくるようになった。肌も荒れてきた。それなのに私の体は、
またも性徴の兆しを見せ始めた。プエラリアの量を増やした。体によくないのではと思いつつも、
止めることはできなかった。一粒飲むと、しばらくは安心することができた。
学校をさぼりがちになった。朝起きるのが億劫になっていた。
それでもギコには会いたかったので、遅刻しても通うようにはしていた。
他にも友人はいたが、気兼ねなく話せるのはギコだけだった。休日になると気が滅入った。
その日もギコと話していた。私が気ままにしゃべりかけるだけの、一方的な会話だった。
金曜日の放課後で、もう陽も暮れかけていた。帰りたくなかった。しかしそうもいかなかった。
この後も兄との約束ででかけなければならない。時間もすぐそこにまで迫っているはずだった。
教室の壁にかけられた時計を見上げた。
(,,゚Д゚)「もうモララーさんに付き合うのは、よせ」
時計を見上げたまま固まった。ギコの姿は見えない。
けれどどんな表情をしているかは容易に想像できた。私は何もいわなかった。
ただ耳をかたむけつづけた。校庭からサッカー部のかけ声が聴こえた。時刻はもう、六時を回っていた。
31
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:19:01 ID:t4Gk2xV.0
(,,゚Д゚)「しぃも気づいているはずだ。モララーさんは昔とは違う」
(* - )「おねがい、それ以上はやめて」
机の揺れる音がした。ギコの動く気配が伝わった。ギコはそのまま教室からでていった。
顔を見合すこともなかった。私は机に座った格好のまま、何をするでもなくその場に留まっていた。
時計は七時を示していた。学校にはいかなくなった。
兄の周囲に変化が生じていた。兄と友人との間で、諍いが起こるようになった。
人の彼女に手をだしたという話が聴こえた。事実はわからない。知りたくもなかった。
兄はまた、バンドのメンバーを叱り飛ばすようになった。なぜその程度のことができないのだと、憤っていた。
兄の周囲からは次第に人が減っていった。組んでいたバンドの数もわずかになっていた。
それでもライブを行えば、兄は人気があった。壇上での兄は誰よりも眼を引いた。
同じ人間だとは思えないほどに指の動きは確かでなめらかだった。歌声は脳を直接ゆさぶった。
私は前方で熱狂している客から離れて、兄の演奏を聴いていた。
騒ぐことを目的としていない人は私以外にもいたので、環の中に入らずとも気後れはしなかった。
壁に寄りかかりながら眺めていると、隣にいたふたり組みが兄のことを話しているのが聴こえた。
兄とバンドを組んでいたことのあるふたりだった。現在はもう別々に活動していて、接点はないはずだった。
ふたりは兄のことを悪し様にいった。技術はあっても独りよがりだとか、ただの目立ちたがりだとか。
それらには堪えられた。僻みだと思えばどうということもなかった。
しかしふたりは音楽の話題から離れ、兄の人間性や女性関係にまで話題を拡げた。
聞くに堪えない言葉が、次々と述べ立てられた。騒がしいはずのホールの中でも、ふたりの声は耳に届いた。
32
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:19:42 ID:t4Gk2xV.0
(*゚ -゚)「兄のこと、そんなふうにいわないでください」
ふたりが私の方を向いた。すぐに私だとわかったようだった。居心地悪そうに眼をそらしたが、
背の低い方が私のことをおかしいとつぶやいた。兄弟がいつも一緒にいるのはおかしい、
仲がいいのは変だとまでいった。黙っていたもうひとりが、それに同調した。
ふたりは私に向って、兄がどれだけ嫌われているか語りだした。説得するような口調だった。
遅かれ早かれ、誰からもそっぽを向かれるだろうといっていた。私はうつむいて聴いていた。
手が服の裾をつかんだまま動かなかった。演奏が終わった。
ライブの後の打ち上げで、兄はバンドのメンバーに罵声を浴びせた。
演奏の拙さが我慢できないようだった。店にいた無関係の人々が、何事かとこちらを見ていた。
兄は気にしていないようだったが、叱られている当人たちは落ち着かない様子だった。
(*゚ -゚)「おにいちゃん、もうやめようよ」
(# ・∀・)「黙ってろ!」
兄の怒りは長い間収まらなかった。ペニサスも不安そうにしていた。
その日を境に、彼らは兄の前に現れなくなった。兄と組む者はひとりもいなくなっていた。
兄は音楽活動をやめた。外にもでてこなくなった。兄と会うことができなくなった。
数週間が経過した。ペニサスからメールがきた。兄がいなくなったと書かれていた。
33
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:20:08 ID:t4Gk2xV.0
ペニサスの家はマンションの中にあった。ひとりで住むには広すぎて、
ふたりで住むには狭いような間取りだった。部屋に通された。見覚えのあるギターやベースが放置されていた。
壁にはポスターが貼られていた。白人のミュージシャンのようだった。
ペニサスがいうには、兄は三日前家を出ていったきり帰ってこないらしい。
軽装だったので散歩でもしにでかけたのかと思ったが、一向に戻ってこない。
連絡を取ろうにも、携帯は家に残されている。どうしようもないとのことだった。
何か手がかりはないのかと尋ねたが、ペニサスは頭を振るばかりだった。
胸の前で銀のペンダントがゆれた。まともな返答は期待できなかった。
私にもまともな考えなど浮かんでこなかった。兄がいなくなったという事実だけが、頭の中で回っていた。
('、`*川「私、モララーくんがでかける前日、子どもができたって告白したの」
自然と意識はペニサスの腹部へと向った。ペニサスは腹を撫でさすっていた。
見た目にはまだ変化はなかった。しかしペニサスの手つきが、たしかにそこに生命がいるのだと感じさせた。
ペニサスは兄が必要だと、繰り返し説明してきた。お腹の子のためにも必要だといっていた。
ペニサスは泣いていた。どうしよう、どうしようと、うわ言のようにつぶやいていた。
34
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:20:33 ID:t4Gk2xV.0
重たい雲の下を歩き回った。人のいない、静かな場所を求めた。どこへいっても人はいた。
私が考えているよりはるかに多く、この町には人が住んでいた。それでも歩いた。
空気の濃度を嗅ぎ分けて、荒涼とした道を選んだ。いつしか私は、八船神社の前に立っていた。
神社内には誰もいなかった。石造りの狛犬は所々が欠けていて、元の形から大幅に崩れていた。
管理されているかも怪しかった。本殿の天井裏に張った蜘蛛の巣を見上げながら、私は腰掛けた。
お腹を二三度さすって、すぐにやめた。座ったまま、何時間も何もせずにいた。
雨が降り始めた。強い雨だった。石畳の隙間は瞬く間に雨で埋まった。
立ちあがり、身をさらした。泥化した地面の上で裸足になった。泥は踏むたび纏わりついて、重かった。
腕を伸ばした。花火を持った自分を想像した。雨が邪魔で音は聴こえなかった。
その場にしゃがんだ。親指、人差し指、中指を揃えた。あの日は私のせいで、
せっかくの花火を使い切らないままに帰ってしまった。その中には線香花火もあった。
今、ようやくつけた。小さな球を中心に、無数の火花が散り乱れた。雨滴が地面を跳ねる様によく似ていた。
私は揺らさないよう気をつけながら、指の先端から垂れ下がった火花を眺めた。
ほのかに赤い小さな球は、いつまで経っても落ちそうになかった。それが突然に落ちた。
雨滴も止まった。私の頭上に、傘がさされていた。背後にギコが立っていた。
35
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:20:49 ID:t4Gk2xV.0
(* ー )「あの日、どうやって帰ったの?」
(,,゚Д゚)「裸足のまま。母さんにはこっぴどく叱られた」
ギコは私を立たせると、賽銭を投げ込み眼をつむった。私もギコに倣った。
まぶたを閉じると、暗闇から過去の映像が浮かんできた。兄のいる時代だった。
私はいつも兄の後ろをついて周っていた。兄は絶対だった。私にとっての神だった。
兄は一時私の前から姿を消した。次に現れたとき、兄の姿は大きく変わっていた。
神は人になっていた。兄は人のまま、暗闇の底に沈んだ。
立っていられなかった。足の筋肉が弛緩して、腰がそのまま落下した。ギコの腕が私の背中を支えた。
抱きかかえられていた。私は両腕でギコにしがみついた。そのままの勢いで、ギコの唇に口づけた。
なだれ落ちるようにして、胸に額を押し付けた。
(* - )「だめなの、ぼく、ひとりじゃ立ってられない……」
心臓の鼓動が聴こえた。自分のものと、ギコのものと。
ギコの心臓は、私のものに負けず劣らず早く強く鳴り響いていた。
一層力を込めてしがみついた。雨に濡れた服が、密着する助けになった。
いつの間にか、ギコの手からは傘が抜け落ちていた。
私はその日、母に女性ホルモンを打つと告白した。
36
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:21:08 ID:t4Gk2xV.0
―― 四 ――
暇を見つけてはギコと接触した。ギコはそのときすでに独り暮らしをしていて、
私も合鍵を預かっていた。遠慮なくくっつくことができた。
ギコの体は私とは異なる感触をしていた。つかまると安心できた。
座った格好のまま、後ろにいるギコへ身を預けるのが最も落ち着けた。
そのまま眠ってしまうこともあった。ギコは時折、私の脇や太ももに手を伸ばしてきた。
(*゚ -゚)「どうしても?」
それ以上何もしてこなかった。抱きしめたり、肩にあごを乗せてくる程度で済んでいた。
申し訳ない気もした。私の体は日を追うごとに女性的になっていた。
町で歩いていても、女性と間違えられることが増えた。
女性ホルモンを打つのに際して、母とはもめた。母の話は要領を得なかった。
ひしめきあった考えの中で、衝動的に思いついた言葉を抽出しているようだった。
ただ私の訴えに対して、一貫して否定の立場を取っていることはわかった。
私も引くわけにはいかなかった。未成年者が女性ホルモンを処方してもらうには、
保護者の同意が必要だった。言葉を尽くして説得した。母は耳を塞いだが、
私はその手を退けて心境を吐露した。中学時代からプエラリアを常飲していたことも打ち明けた。
最終的に母が折れる形になった。納得したとはいい難かった。育て方を間違えた、
離婚などするべきではなかったと口にしていた。裏切られたともいっていた。
母と私とは仲の良い親子だったと思う。今は事務的な会話しか交わさなくなってしまった。
37
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:21:25 ID:t4Gk2xV.0
アルバイトをすることに決めた。医者にかかる費用は、せめて自分で負担したいと思った。
募集の張り紙を見つけては面接を受けていった。結果は芳しくなかった。
どうしてだろうと思いつつも受けつづけた。六社目のときに理由がわかった。
面接官が、どう扱っていいかわからないと漏らしていた。
接客業は受からないと判断した。人前にでないですむ職種を中心に探すと、
冷凍・冷蔵食品の仕分け作業という仕事に受かった。電車やバスを乗り継いで一時間ほどかかるところに、
仕事場の工場はあった。小学校のころにいった工場見学を思い出させた。
初日からすぐに働くことになった。説明は簡単で、内容も単純だった。
けれどやさしい仕事とはいえなかった。作業場は当然冷えていたが、私は常に汗を流していた。
移動は早足が義務付けられていて、それでも間に合わない場合は駆け足を強要された。
梱包された荷物は重かった。いくつも運んでいると腕がしびれた。
私は自分が、異様に疲れやすくなっていることに気づいた。全身の筋肉が衰えているようだった。
座り込んで休みたかった。しかし他の従業員はまじめに働いている。ひとりだけ休憩するわけにはいかなかった。
職場の同僚からは奇異の眼で見られていた。露骨に何かいわれることはなかったが、
陰でささやき合っているのは聴こえた。仕方のないことだと割り切るよう努めた。
その中でひとり、ある中年の男性だけが積極的に話しかけてきた。
彼は話をするだけではなく、たびたび私にふれてきた。おしりをさわられたこともあった。
男同士なのだから何もおかしいことはないといっていた。
数ヶ月間働きつづけた。私は風邪をひいて寝込んだ。
38
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:21:45 ID:t4Gk2xV.0
ギコからメールが届いた。今日はこないのかと書かれていた。
空いた時間はいつもギコのところにいたので、ギコも私の出勤日は知っていた。
少し考えて、風邪で休んでいると返信した。母は仕事にでている。
朝からひとりで寝ていた。玄関の鍵を開けて、またベッドに戻った。
ギコはすぐにやってきた。額が汗で濡れていた。
両手にはビニール袋が下がっていた。消化のよさそうなものや、野菜、果物でいっぱいだった。
そんなにたべられないよというと、珍しく困惑したような表情を見せた。
横になったまま手をつないで話をした。仕事のことや母のことを語った。
母は私の考えを認めて、応援してくれているといった。仕事は大変だけれどやりがいがあって、
面倒見の良い先輩によく助けられていると話した。
いつの間にか眠ってしまっていた。眼を覚ましたときにはギコも寝ていた。手はつないだままだった。
握りしめた。ギコも起きた。会話もないそのままの状態で、しばらく手を握り合っていた。
ギコが飯を作るといって出ていった。離れた手を胸に置いた。まだ熱が残っていた。
ギコがおかゆを持ってきた。ねぎとしょうがのにおいがした。私は上体を起こした。
味はほとんどしなかった。感じなかったのかもしれない。私はおいしいといった。
うそではなかった。のどから胸の内に通る熱い感覚が、とてもおいしく感じられた。
半分ほど食べ終えたころ、ギコの視線が一点で留まっているのに気がついた。
前がはだけていた。慌てて隠した。手の上にギコの手が重なった。背中にギコの体が密着した。
ギコの手は私の上を這って、腹や胸にまで移動した。ギコは震えていた。
手だけが落ち着かない様子で動き回っていた。やがて服の内側にまで侵入してきた。
素肌にふれられるのは初めてだった。息苦しかった。身を這う感触は、あばらまで降り、腰まで登っていた。
39
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:22:18 ID:t4Gk2xV.0
(* - )「いやだ、こわいよ」
ギコの手が固定した。そのまま両腕で抱きしめられた。
今までにない締めつけかただった。おかゆは汁気が飛んで、冷めてしまっていた。
元の生活に戻った。仕事には慣れてきた。
相変わらず大変ではあったが、力の抜きどころはわかった。
給料も何度かいただいた。手元には自由に使える金がある程度たまっていた。
ギコにプレゼントをしようと考えた。看病してもらった日のことに限らない。
ギコには感謝してもしきれないほどに甘えてしまっている。お礼がしたかった。
けれどいくら考えても、ギコのほしがりそうなものが浮かんでこない。
何かに拘泥している姿を見たことがなかった。物欲がないのかもしれないと思った。
遠出をして都心にまでやってきた。実際に並べられた商品を眺めて、
強く感じるものがあったらそれを買おうと考えた。ギコと違ってそれなりに物欲はある。
きれいに飾られた品々を見ているのは、それだけでたのしかった。想像の中でギコを着せ替えるのは、もっとよかった。
周囲には男女のカップルが多かった。手をつないでいる。腕を絡ませている者もいる。
人の眼を気にした様子もない。もしかしたら見せ付けたがっているのかもしれないと思った。
服装にも力が入っていた。女性だけではない。男性もおしゃれだった。
総じて女性の方が明るかった。男性は表情を顕にするのを嫌っているのか、寡黙にしている人が多かった。
笑顔でもどこか気取った印象を受けた。中にはあからさまに面倒くさがっている男性もいた。
女性の方は男性の態度も意に介さず、買物をたのしんでいるようだった。
40
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:22:35 ID:t4Gk2xV.0
売り場から離れた。立ち並んだ店を横目で眺めながら歩いた。
頭からは先程のふたりが消えなかった。ギコは私と一緒にいてたのしいのだろうか。
どこかへでかけることになったら、おしゃれな格好をしてくれるのだろうかと考えた。
ギコが何を求めているのか、本当はわかっている。私がわがままなために、
我慢してもらっているだけだ。売り場にいたあの女の子のようにはなりたくなかった。
私がギコの傍にいるとき感じている気持ちを、ギコにも抱いていてほしかった。
けれど勇気がでない。そういう行為を思い浮かべただけで、涙が流れそうになる。
往来にはたくさんの人が歩いていた。すれ違う人も多かった。彼らはどうしているのだろう。
みんな平気なのだろうか。女性でも気にかけたりはしないのだろうか。
店頭には女性物の商品も陳列されていた。ショーウインド内には特に美麗な衣服が飾られていた。
そのうちのひとつに眼が留まった。襟が大きく広がっていて、マネキンの硬質な肩が露出している。
やわらかく薄い生地は肌が透けて見えるのではと思えた。
しばらく眺めていた。眼を背けて、また歩きだした。歩いている間、ギコのことを考えていた。
先程私は、一緒にでかけるときギコはどんな格好をするだろうかと考えた。
ならば私は、ギコのためにどんな格好ができるだろうか。あのように肩を露出させられるだろうか。
気づいたときにはあの服の前に戻っていた。いつまでも甘えているわけにはいかない。
どこかで決断しなければならない。切欠が必要だというなら、これこそがまさに切欠だ。
女性的な格好は一度もしたことはなかった。呼吸を整えて、店内に入った。
41
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:22:55 ID:t4Gk2xV.0
上に合わせてスカートも買った。靴も揃えた。頭が淋しかったので帽子を見ていたら、
帽子にかかったりぼんが目に付いた。過剰かとも思ったが、髪飾り用のりぼんも購入した。
家に帰ってから、すべて身に着けてみた。鏡を直視できなかった。
仕事先で一日だけ休みをもらった。ギコには知らせなかった。
ケーキをつくることにした。シンプルないちごのショートケーキだ。調理方法は知っていた。
誕生日などで母と一緒につくったことがあった。材料を買い揃え、さっそく取り掛かった。
ひとりでやると勝手が違った。考えながら行うために、どうしても手際が悪くなってしまう。
それでもなんとか生地を型に流し、オーブン代わりの電子レンジに入れるところまでこぎつけた。
スポンジを焼いている間に生クリームを泡立てた。
塗るためにやわらかめにしなければならないのを忘れ、固くなるまで泡立ててしまった。
指ですくいとって舐めた。味は悪くなかった。
電子レンジが鳴った。膨らみ方がいまいちだった。粉を混ぜすぎたのかもしれない。
串を刺して確かめた。生焼けになってないだけよしと考えた。あら熱を取ってからふたつに切った。
生クリームはやはり塗りづらかった。いちごと星型にしぼったクリームで飾り、完成した。
円形のスポンジを切り分け、見栄えのよい箇所を選んでタッパーにつめた。
あぶれた箇所のをひとつ食べてみた。これなら大丈夫。ケーキのことはひとまず置いて、
自分自身の飾り付けに向った。購入した当日以来、二度目の着衣だった。
眼を逸らさずに、じっと自分の姿を見つめた。頭を動かすとりぼんも同時にゆれた。
私は身を乗り出して、眼をつむり、額を鏡につけた。
42
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:23:12 ID:t4Gk2xV.0
(* - -)「女の子だから、だいじょうぶ。女の子だから、だいじょうぶ」
口の中で何度か繰り返した。鏡から離れて、タッパーを持って、家をでた。
見られている気がする。自意識過剰なだけだとはわかっている。
しかしどうしても気になってしまう。普段とは異なる靴の音は、
自分とは別の人間が発しているかのように感じた。スカートの感覚はずぼんと違って、心許なかった。
前だけを向いて歩いた。ギコの家に着いてからのことを考えた。ギコはケーキをよろこんでくれるだろうか。
甘いものが好きだという話を聴いたことはないけれど、格別嫌いだったという覚えもない。
口に合わなかったらどうしよう。スポンジの膨らみの足りなかったことが気にかかった。
気色悪く思われたりしないかしら。きちんと着こなせているか不安だった。
何度も見直したはずなのに、自分の姿はおぼろにしか思い浮かんでこなかった。
やはり、りぼんは過剰だったような気がする。もう一度確認したかった。周囲には水溜りひとつなかった。
ギコの家に近づくにつれ、帰ってしまいたい衝動に駆られた。タッパーの取っ手を持つ両手に力を込めた。
マンション前にまで到着した。見上げた。ギコは四階に住んでいる。階段を登った。足音はよく響いた。
しかし足音よりも心臓の鼓動が勝った。四階へ着くころには、足音など掻き消えていた。
扉の前で動けずにいた。ドアノブの光沢を凝視した。勝手に回りだすようなことはなかった。
私は眼をつむった。鏡の前で唱えた言葉を繰り返した。まぶたを開けて、扉の先を見据えた。
預かった合い鍵を、鍵穴へ勢いよく差し込んだ。
43
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:23:29 ID:t4Gk2xV.0
しかし手首を捻ることはなかった。鍵は始めから開いていた。無用心だと思うよりも、
訝しむ気持が先に立った。今までにないことだった。そのとき部屋の中から物音が聴こえた。
重量のあるものが落ちたような、重たさを感じさせる振動だった。
ゆっくりと扉を開いた。家の中に入っても物音はつづいてた。
先程のものと比べてぐっと抑えられた振動が、断続的に響いている。荒い息遣いが聴こえた。
苦しんでいるような、上ずっているような妙な声だった。声のする部屋はすぐ前にあった。中を覗いた。
ギコがいた。裸だった。ギコの下で、裸の女性が寝そべっていた。
ギコと女性が私の方を向いた。抱えていたはずのタッパーが足元に転がっていた。
いちごのショートケーキは崩れて床に張り付いていた。私はケーキから視線を外せずにいた。
(* ー )「そうだよね、男の子だもん。それが、普通だよね」
翻ってギコの家からでていった。階段を降りるとき何度も転びそうになった。
錆びついたくずかごの中に、ほどいたりぼんを捨てた。
母の下を去った。星のペンダントだけを持ってでた。私は十八になっていた。
44
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:23:48 ID:t4Gk2xV.0
―― 五 ――
多くの男性と付き合った。すべて長続きしなかった。
彼らは別れるとき、様々なことをいっていた。言葉は異なったが、内容は同じだった。
きみの期待には応えられない。彼らと私の意識の間には、決定的な隔たりが存在しているようだった。
生活のために働かなければならなかった。いろいろな職種を経験した。
中には私のことを認めてくれる同僚もいた。しかし大抵は戸惑いを隠せず、それが不和の芽を生んだ。
周囲に迷惑をかけていると考えると、居た堪れなかった。迷惑のかからない、
私がいても邪魔にならない仕事を探した。最終的に私は、私と同じ境遇の人が集う店にいた。
住む場所を世話してもらい、借金をして働くことになった。
仕事はそれなりにこなせるようになった。贔屓にしてくれる客もついた。
けれど大量の酒を飲む必要があるのだけはつらかった。
始めのうちは客がいる前で席を離れることもあった。最近は営業時間が終わるまでは保つようになった。
贔屓にしてくれる客の中でも、特に強い執着を見せる男性がいた。三十前後の、身形のよい男性だった。
私が他の客についていると、そのまま帰ってしまうようだった。といって同じ席についても騒いだりはしない。
ただ私の顔をじっと見つめてきたり、手や足に偶然を装ってさわってきた。
その男性から店の外で会ってくれないかと誘われた。私はいきたくなかった。
しかし店から命令されてしまった。拒否することはできなかった。約束した場所に男性はいた。
待ち合わせの時間より、まだ二十分も前だった。男性は店にきたときよりも朗らかにほほえんで、私の腕をつかんだ。
料理屋へと連れていかれた。会員制のようで、入り口で何かカードを見せていた。
内装はよく磨かれていて、まるでホテルのようだと思った。案内された場所は個室になっていた。
私は扉から遠い奥の席へとうながされた。男性は机を挟んだ反対側の椅子に座った。
45
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:24:08 ID:t4Gk2xV.0
グラスがふたつ運ばれてきた。半透明の液体の底から、止め処もなく気泡が湧きだしていた。
(-@∀@)「あんまり強くないからね」
そういって男性は、渡されたグラスをすぐに空けた。私も口をつけた。
たしかにさわやかな口あたりで、飲んでいても気持悪くはなりそうになかった。私もグラスを空けた。
男性は満足そうにうなづいていた。タイミングよく料理もやってきた。
料理をいただいている間に、男性は私の隣にやってきた。自分の仕事について、饒舌に語っている。
私は相槌を打ちながらも、ほとんど聴いていなかった。それよりふれられた肌の方へ意識はいっていた。
男性は店にいたときよりも露骨に接触を求めてきた。
個室の中には時計がなかった。今が何時なのか知りたかったが、
時計を取りだして確認するなど帰りたがっていると教えるようなものだ。気分を害されるかもしれない。
もちろん訊くわけにもいかない。結局どうすることもできずに、男性が帰ろうと言いだすのを待った。
けれど男性は動く気配を見せなかった。もう三時間は経過しているのではと思えたが、
案外一時間も経っていないのかもしれない。時間と共に男性からは遠慮がなくなっていった。
粘着的な手つきが皮膚をなでた。私が何もいわないでいると、しまいには胸をもまれた。
(; ー )「私、もう帰らないと……」
私は立ち上がろうとした。その瞬間視界がゆらいで、足から力が抜け落ちた。
何かと思う間もなく、座っている姿勢も維持できなくなった。
自分が座っているのか横になっているのかわからなくなった。強烈な眠気のせいで、頭が重かった。
男性が私を見てわらっていた。その光景を最後に、意識が途切れた。
46
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:24:27 ID:t4Gk2xV.0
見知らぬベッドで眼が覚めた。朦朧として、五感がはっきりしなかった。
明かりと壁の境界が混じりあって、粘土の中へ閉じ込められているように感じた。
傍に誰かがいた。その人物は私が起きたことに気がついたのか、頭上から私を見下ろしていた。
(* - -)「おにいちゃん……?」
頭に何かが乗った。それはなでるようにして髪の上を動いた。懐かしい感じがした。
私はそれにふれたくて、腕を伸ばそうとした。思うように体が動かなかった。
ベッドの中から手だけはだせたが、そこからどうすればいいのかわからなかった。頭の感触が離れた。手を握られた。
視界が快復してきた。私の前にいる人物の顔も見えた。そこにいたのはギコだった。
急に意識が明瞭になった。そのために返って混乱した。なぜギコがいるのだろう。
男性の前で眠ってしまってから、私はどうなったのだろう。考えが仕事のことに及ぶと、
男性との件で連絡しなければならないと思い至った。時間も気になった。勤務時間までには戻らないといけない。
起き上がろうとした。しかしギコが私の体をつかんで離さなかった。
身をよじろうとしても微塵も動かせなかった。ギコの力は強く、私では到底敵いそうになかった。
47
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:24:47 ID:t4Gk2xV.0
(* ー )「ギコくん、ぼく、お仕事にいかないと」
(,,゚Д゚)「もういいんだ、行く必要なんてないんだ」
(* ー )「でも、みんなに迷惑がかかるし、お金も返さないと――」
(,,゚Д゚)「全部済んだんだ。何も心配することはない」
ギコは私の胸を見ていた。私の胸には、星のペンダントが下がっていた。
ギコの手がペンダントの紐にかかった。ほころびが目立つようになっていた紐は、
軽い音を立てながら繊維同士のつながりを離していった。
(*゚ -゚)「おねがい、やめて!」
一瞬だけギコの手が止まった。しかし再び動き始めたときにはより一層の力が込められ、
紐はふたつに千切れ飛んだ。ギコは星ごとペンダントだったものを放り投げた。
私はせいいっぱい腕を伸ばしてそれをつかもうとした。ギコが私の体を抱きしめた。
固いものが床にあたる音だけが聴こえた。
(,,゚Д゚)「俺はしぃが好きだ。しぃ以外、何もいらない」
私の頭はギコの胸に押し付けられる形になっていた。心臓の鼓動が伝わった。
あの日と変わらない速度で、速く強く打たれていた。これが男の子の音なのだと思った。
ギコは私を寝かせた。そのまま上に乗った。
いたいよ。
48
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 01:25:04 ID:t4Gk2xV.0
―― 六 ――
交通事故の現場に遭遇した。たいしたものではない。自転車に乗った少年が擦れ違った車にバランスを崩され、
こけてしまっただけの事故だった。車は一度停車した。しかし少年が起き上がると、途端に発進していった。
少年に目立った外傷はなかったが、右膝だけは血を流して赤く濡れていた。
少年は自転車を引っ張って歩き始めた。右足を曲げずに歩いているせいで、ほとんど進んでいない。
しばらくそのまま歩いていたが、数メートルも行かないうちに立ち止まってしまった。
私は少年に声をかけた。少年は私を一瞥して、すぐにうつむいてしまった。
私はその場にしゃがんで、傷口を見た。傷自体は小さかったが、小石が無数に付着しているのが気になった。
痛いかと尋ねた。少年は言葉にはせず、首を横にふって答えた。
(*゚ー゚)「強いんだね。それなら、もうちょっとだけ我慢できるかな」
私は少年を連れて近くの公園へ向った。寂れた公園で、取り壊しが決定しているそうだった。
水道は通常通り使えた。少年に膝を曲げさせて、傷口に水を当てた。
血と共に小石も流れていった。少年はくちびるを結び、私の肩に力を入れてつかまっていた。
小石が完全に流れきる前に、私は少年の胸に頭を寄せていた。
(* - )「そのままで」
少年が何かをいう前に、私は一層頭を押し付けた。
ごめんね、ごめんなさい。謝りたくてしかたがなかった。
何に対してかもわからない。しかし胸から沸き上がってくる感情は、とにかく懺悔することを求めた。
背後では水の流れる音が止まなかった。
49
:
◆y7/jBFQ5SY
:2010/11/03(水) 01:29:00 ID:t4Gk2xV.0
1ページ目
>>2
『鉄錆に浮いた体温』
2ページ目
>>9
『神の悲劇は』
こんな具合に、1〜100レス程度の短編を投下していければと考えています
繰り返しになりますが、当スレは常時お題募集しています
総合と同じ感覚でよろしいので、これも気軽にレスしていってください
※ただしもらったお題をすべて消化できるとは限らないです。念のため
50
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 02:18:22 ID:Ghd0bsk20
乙!
2ページ目すごくイイ(・∀・)!
お題「朝焼け」
51
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/03(水) 02:52:40 ID:8kjh8b9M0
乙だぞ
しかし、この酉は・・・
52
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/24(水) 15:32:00 ID:n7fhgjvM0
これ書くのどれくらいかかるんだろう。
53
:
◆y7/jBFQ5SY
:2010/11/24(水) 22:59:47 ID:6NtThCsE0
二週間〜一ヵ月半程度
調子次第で激変するものと思っていただけると幸いです
先日プロットが完成したので、たぶん後二週間くらいで一篇投下できるかと
54
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/11/24(水) 23:54:40 ID:n7fhgjvM0
>>53
おお、お返事ありがとうございます。
次篇も楽しみにしております。
55
:
◆y7/jBFQ5SY
:2010/12/08(水) 22:33:05 ID:WdOGrlXY0
二週間程度で投下すると約束したな
あれは嘘だ
すいません
予想外に難航してしまい、二週間どころか今月中すら危うい状況に
書いてはいるのでそのうち終わるとは思いますが、
具体的にいつごろ投下できるのか、断言できかねるのが現状です
もし、仮に、次篇の投下をお待ちしている方がいらっしゃるならば、
『他スレの検索をしていたら偶然投下されていたのを発見した』
くらいの、すごく期待値の低い待ち方をしていただくとありがたいです
本当に申し訳ない
関係ないですけど、78氏が復活するそうですね
思うところはいろいろありますが、書く意欲はやっぱり上がりますね、否が応にも
しかしなんで昨日VIPを覗かなかったのかなぼくは。悔しいな、ちくそう
56
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2010/12/10(金) 23:55:35 ID:..TkKZQE0
なんだ嘘か
78とは同期だっけ。テンション上がるよね。
気長に待ってる。
57
:
◆y7/jBFQ5SY
:2010/12/31(金) 21:44:14 ID:zEj7os8c0
現在46887文字。まだまだ終わりは見えない
短編ってレベルじゃねえぞ。年内投下したかったんですけどね、申し訳ない
というわけで、来年です、来年
来年から本気出す
58
:
◆y7/jBFQ5SY
:2011/01/31(月) 00:25:09 ID:8f66oaMM0
(´・ω・`)朝焼けディミヌエンドのようです
http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1296036478/l50
http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1296122473/l50
http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1296381553/l50
というわけで『朝焼けディミヌエンド』、三篇目にして別冊になってしまいました。
こちらで待っていてくださった方には、裏切ってしまった形で申し訳ないです。
今後は100レス未満の短篇ならこちらに投下、100レス以上の中〜長篇は避難所か
VIPにスレを建てて投下することを、ここに明言しておきたいと思います。
(しかし『朝焼け』執筆中に思い浮かんだ別作品の構想が、悉く中〜長篇用なんですよね。
『ひらがなのらくがきちょう』に明日はあるのだろうか)
引き続きお題は募集させてください。『朝焼け』が書けたのは、
>>50
さんのおかげです。
>>50
さんがいなかったら、スレ放置して逃げ出していたかもしれません。ありがとうございます。
これからも懲りずに書き続けるつもりなので、よろしければ、お願いします。
投下のときはいつでも緊張するけど、それにしたってVIPの場合は尋常じゃないね。
ここならバーっと投下できるけど、向こうはレス毎に待ち時間が差し挟まれるんだもん。
心臓がきりきりする。昔の自分はよく平気で投下できてたなって、衰えを感じずにはいられない今日この頃でした。
59
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2011/01/31(月) 01:12:43 ID:Vj6xwoc60
何の証拠もないけど
>>50
です
書き込んだ段階ではどういう方か知らず、
軽い気持ちで出したお題がこんな良作に…
出した当人も、あちらのスレのあとがきを見るまで
自分の出したお題とはまったく気が付きませんでした
すごくびっくりというか、感動していて何を言っていいか分かりませんが、
とにかく、素晴らしい作品をありがとうございました
60
:
◆y7/jBFQ5SY
:2011/01/31(月) 01:22:25 ID:8f66oaMM0
その言葉が何よりうれしい。こちらこそありがとうございます
もしよかったら、これからも気軽にお題、くださいね
61
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2011/02/04(金) 23:59:15 ID:Acw4uZa.0
今日始めて見つけたがすごく面白い
運命喧嘩の頃から大好きです。朝焼けも読もうと思います
62
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2011/03/05(土) 21:20:14 ID:3eie5ARY0
だれもいない…オダイダスナライマノウチ
【水たまり】
63
:
◆y7/jBFQ5SY
:2011/03/07(月) 00:12:48 ID:ZbV3rrrU0
>>62
だれもいない…ハアクスルナライマノウチ
すぐにはできないと思うので、気軽に待っててくださいね
64
:
◆y7/jBFQ5SY
:2011/03/07(月) 00:28:45 ID:ZbV3rrrU0
気軽にじゃねえよ気長にだよ
素で間違えた恥ずかしい
65
:
以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2011/07/09(土) 14:40:37 ID:ei.HbcMs0
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以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2011/07/09(土) 14:40:49 ID:ei.HbcMs0
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以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2011/07/09(土) 14:41:02 ID:ei.HbcMs0
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以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします
:2011/07/14(木) 22:04:33 ID:YD/VWrcUO
おだい 羽虫との死闘
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