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( ^ω^)物語は一つではないようです

1 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/18(水) 04:13:25 ID:mNbzZsBwO
所謂、短編集。

基本的に掌編〜短編しか書かないので、短編はVIPで、掌編はこちらでやれたらなと。
不定期ですが、一つの話を終わらせるまではきちんと投下するので、許してやってください。

一つ一つが短いので、何かの合間の暇潰し程度で読んで貰えたら嬉しいです。


【VIPでの過去作】

lw´‐ _‐ノv意地っ張りが見る粉雪、のようです

( ・∀・)それはとても愉快なお話達、のようです

ミ,,゚Д゚彡落ちこぼれサンタと少し卑怯な夏の日の奇跡、のようです

(゚、゚トソンようこそ合成屋へ!のようです

lw´‐ _‐ノvいつだって君の幸せを願うんだ。のようです

lw´‐ _‐ノvその道の先には桜がきっと、のようです

('A`)幸せになりたいと願わない人はいないから、のようです


※それぞれにまとめが多数あるのでURLは略します。
まとめサイト様、いつもありがとうございます。


ではでは、のんびりやっていきます。

2 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/18(水) 04:23:28 ID:mNbzZsBwO


【一】


( ・∀・)昔話になった王様がいるようです

3 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/18(水) 04:26:18 ID:mNbzZsBwO

――ただ、人で在りたいと、願っていました。ただ、人として生きたいと、祈っていました。
 しかし、願っても祈っても、私は何も変わりません。酷く退屈で、憂鬱で……。
 そして私はついに、全てに疲れてしまって――





 それは何時の時代か、何処かの国の広い広い城の中、ぽつりと佇む影が一つ。
 豊かな国の、穏やかな時。一つ、ぐさりと聞こえた音があって、それは途端に〈かつて〉となった。
 唐突に訪れた昔話。
 それからずっと、影は一つ。ずっとずっと、一つのままで……。

4 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/18(水) 04:28:25 ID:mNbzZsBwO





 寒さを紛らわせる様に鳥が鳴く朝焼けの下、暗い暗い城の中。きぃ、と木の軋む音が鳴り、続けてばたりと響いた音。
 影が見つめるその先に、一人の少年。年の頃は十にも満たないか、泥だらけの服にボサボサの髪、酷く汚ならしい幼い少年の姿。

( ・∀・)「こんにちは」

 その姿とは裏腹に高く澄んだ声。しかしそれは影には届かず、壁に当たって床に散らばる。

 ややあって、きぃ、と一つ、二つ、三つ。言葉は無いまま聞こえた音。

( ・∀・)「良い音だねこの扉。でっかいし、茶色いし、お城みたいでかっこいい」

 開けては閉め、閉めては開け。扉を開ける度に蜘蛛の巣が千切れ、閉める度に埃が舞う。

( ・∀・)「きったない。掃除しなよ」

 手の汚れを服で払いながら、少年はゆっくりと影に近付く。歩く道は色褪せた薄紅の絨毯。その先には、影。そして、その足は止まる。影が影ではなくなって、少年の目は一人の〈王様〉を見る。

5 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/18(水) 04:31:40 ID:mNbzZsBwO
 頭には金色の王冠、誰が仕立てたのか赤と金で装った派手な服に、金色の杖。
 絵の中からそのまま出てきた様な、王様らしい王様の姿。

( ・∀・)「派手だね。でも埃まみれだよ」

 長く伸びた白髪は薄い茶色を帯びていて、皺だらけの顔と、開かれたままの濁った瞳。その目はただ少年を真っ直ぐに見つめ、動かない。

( ・∀・)「生きてるの? 死んでるの?」

 少年はその耳を王様の口元に近付ける。ふっ、ふっ、と王様は微かな吐息を溢すだけ。

( ・∀・)「生きてるんだ。なにか喋ってみてよ」

 王様を見る少年の目は、酷く冷たいそれでいて。

( ・∀・)「いつから王様やってるの? いつまで王様をやるの?」

 王様は何も語りはしない。少年はにこりと笑って、王様に向けて声を放つ。

( ・∀・)「ねぇ王様? この国に伝わる、とても面白いお話があるんだ。聞きたい? 聞くでしょ? 聞こうよ、ね?」

 少年は王様に背を向けて、小さな笑みをその頬に浮かべながら、語り出す。

6 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2011/05/18(水) 04:34:45 ID:mNbzZsBwO





――それはむかしむかしのことでした。

 かつて、この国には民の誰からも愛される王様がいました。強く、優しく、時に厳しく、時に面白く。誰からも慕われていた王様がいました。
 そんな王様の傍には、いつも一人の騎士の姿がありました。
 王様と騎士は小さな頃からの親友で、とても仲が良かったのです。

 しかし、騎士は落ちこぼれでした。騎士がいくら努力したって、周りの騎士達には届きません。
 ただ王様の親友というだけで、騎士は王様の傍にいます。
 その騎士は、その騎士だけは特別だったのです。
 周りの人々から沢山の石を投げられました。落ちこぼれだと、才能が無いと、時には死ねばいいとまで。
 王様はそれを励まし、いつだって騎士の味方でありました。
 それが、全てを兼ね備えた王様の、唯一の欠点だったのです。

 そして、騎士の心は壊れました。

7 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/18(水) 04:38:17 ID:mNbzZsBwO
 ある日の事です。陽が高くなった頃、玉座に腰を下ろす王様の喉元に、白銀の剣が突き付けられました。
 剣を握るのは、騎士。王様の親友だった、王様の親友だったはずの、騎士の姿。

 もしも王様が才覚に恵まれた人物でなければ、優しいだけの王様だったなら、騎士を説得する事ができたでしょう。
 しかし、王様は強くもあったのです。
 騎士が王様の喉元に剣を突き付けた時には既に、王様の剣が騎士の胸を貫いていました。ぐさりと一つ、音を鳴らして。
 咄嗟の反応。強くあった王様は自らを守る為に、騎士の胸を貫いたのです。
 涙を流し、だけど笑って床に落ちた騎士。途端、他の騎士達が、槍で騎士の身体を突き刺します。何度も何度も。濁った赤が、深紅だった絨毯の色を変えました。

 それからです。王様は玉座から離れなくなり、何処かを見つめたまま動かなくなりました。
 それは、償いでしょうか、懺悔でしょうか。王様にしか、わかりません。
 次第に民は離れ、家臣も離れ、ついに王様は一人になりました。
 それでも変わらず王様は一人、玉座から動きません。

 長い長い時が流れ、この悲劇は過去となり、かつてとなりました。
 民に忘れられた王様は、今も何処かの城の何処かの玉座から、何かを見つめているのです。

 これは単なる、昔話。親友に裏切られてしまった王様の、悲しい悲しい昔話――

8 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/18(水) 04:40:04 ID:mNbzZsBwO





 小さく笑ったままの少年は、いつの間にか王様の目の前に居て、その目をじっと見る。
 王様はやはり変わらず、しかしほんの少し呼吸を荒くして、濁った目は少年を指す。

( ・∀・)「この話の王様、可哀想だね」

 語りかけるも、少年は笑ったまま。
 その右手には、鈍い銀を乗せた一振りのナイフ。

( ・∀・)「だけどね、この話には続きがあるんだ。知ってる? 知らないよね? 知るわけないよね? 聞くでしょ? 聞こうよ。聞けよ」

 長い溜め息の後、少年はまた、語る。その声はどこか冷たくて、それ以外の音が無い空間では、酷く耳障りなものだった。

9 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2011/05/18(水) 04:41:34 ID:mNbzZsBwO





――騎士の、死後の話。

 騎士が死んで、最も苦しんだのは誰だと思う?
 王様かな? 違うね。
 王様に剣を突き付けた騎士は、槍で刺された。何度も何度も、刺された。
 もう死んでるのに、刺されたんだ。
 なんでだろう? それは、騎士の罪が重いものだから。
 王様が悪いのに、王様のせいで騎士は死んだのに、さ。

 そうそう、騎士には妻と息子がいたんだ。いたはずなんだ。

 騎士の妻と息子は、ある日に死んだ。
 いつ、死んだんだろうね。

 騎士には、妻も息子もいなかった。
 誰かが言って、笑った。

 王様の親友だった騎士がいた。
 死ねばいいと罵られた騎士がいた。
 王様に剣を突き付けた騎士がいた。

10 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/18(水) 04:44:09 ID:mNbzZsBwO

 親友だったはずの騎士を殺してしまった王様がいた。
 心を壊した王様がいた。 可哀想な王様は、城の玉座に座ったまま。

 騎士には妻も息子もいなかった。
 騎士はずっと、妬まれていた。
 ある日、騎士の妻と息子が死んだ。
 騎士には妻も息子もいなかった。 いたはずなのに、いなかった。

 騎士の背に槍が刺さった時、目の前には涙と精液にまみれた女がいた。
 騎士が床に落ちた時、隣には膝を抱えて震える子どもがいた。

 誰かが、それを見て笑った。

 騎士はいつも、妬まれていた。
 誰に? みんなから。

 いつもいつも、妬まれていた。
 どうして? 特別だったから。

 いつもいつもいつも、妬まれていた。

 騎士の妻と息子は、ある日に死んだ。
 妻は誰かに犯されて、その後に胴と首を離された。
 それを見ていた子どもがいた。泣きじゃくって、妻の首を抱えてどこかへと消えた。

11 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2011/05/18(水) 04:47:08 ID:mNbzZsBwO
 いつもいつもいつもいつも、いつもいつもいつもいつもいつもいつも、騎士は誰かに妬まれていた。

 これは、いつの話?
 かつての頃のずっと前。昔話の、少し前。
 子どもにとっては、つい最近。

 おかしいのは、誰かな?騎士かな? 王様かな? 子どもかな?
 いいや、違うね。

 本当におかしいのは――




( ・∀・)「今は亡き騎士と妻と、まだ生きている僕と王様以外の、全て」

 少年が持つナイフの切っ先。それは王様の首を触る。
 ぷつりと皮膚が切れる音がして、刃を赤い血が這う。

( ・∀・)「生きてるから、血が出る。昔話の中の王様から、どうして血が流れるの? どうして生きてるの?」

 そっと、服の裾で刃の血を拭く。

12 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/18(水) 04:50:40 ID:mNbzZsBwO
( ・∀・)「嘘だらけの国だよ、ここは。罪を消そうと、誰もが躍起になった。僕と王様は、この国には存在していない」

 王様に背を向けて、歩き出す少年。足は遅く、何かを確かめる様に地を踏みしめる。

( ・∀・)「ここは、なんだろうね。かつての王様がいた綺麗なお城は、今は瓦礫の中だよ。古ぼけたお城を、わざわざ用意したのかな」

――少し前の出来事を、昔話にしたのは誰だろうね。

 声は遠く、少年は扉の前。

( ・∀・)「王様は諦めたの? 人で在りたいと願わないの? まだ終わってないよ。何も終わってない」

――城がある。玉座がある。王様がいる。

( ・∀・)「あと、必要なのは? わかるよね」

 扉に手をかけ、きぃ、と一つ。

( ・∀・)「僕は、首だけになった母親を抱いて眠った。母親が腐るまで、そうした」

 だけど、と間を置いて。

( ・∀・)「憎しみは、消えない。王様もそうでしょ? 親友だったはずの騎士の亡骸を見て、何を思った」

13 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/18(水) 04:52:49 ID:mNbzZsBwO
 徐々に開かれる扉の隙間から射し込む光。
 それが、少年を照らす。そして、影を照らす。

( ・∀・)「また、来るよ」

 一歩踏み出して、ぱたりと閉めた扉。

 薄暗くなった城の中、玉座に座る影がある。
 一雫、影から零れ落ちたもの。床に当たって、途端に消える。
 静まり返った城の中、一つ響いたその音は、人で在る事を諦めたはずの、誰かの希望の欠片だった。

14 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/18(水) 04:55:11 ID:mNbzZsBwO





 それから、四度の季節が繰り返し巡り、また同じ季節が来た。
 鳥が寒さに身を震わすその下に、薄汚れた鎧を身に纏う、一人の青年の姿。
 大きなお城の前に立ち、扉に手をかける。
 きぃ、と鳴った音があって、青年は一つ笑ってみせる。

――変わらない、良い音だ。久しぶりだね。

 扉にかかる蜘蛛の糸は無い。
 玉座へと続くその道は、どこかに伝わる昔話にある様な、深紅。
 玉座には、王様の姿。白い鎧に、これも昔話にある様な、白銀の剣。王様らしい王様の姿ではない。

――強そうだね。

 玉座に腰を下ろす王様の前、腰に携えた剣を引き抜き、天へと掲げる青年。

――さぁ、復讐だ。皆殺しにする?

 返事は無い。細く鋭い目が、青年を睨む。

――だろうね。王様は優しい人だから、ね。

15 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/18(水) 04:58:47 ID:mNbzZsBwO
――強さ、優しさ。あとは厳しさと面白さが知りたいな。

――大丈夫。僕達は負けない。

――城がある。玉座がある。王様がいる。そしてもう一つ。

――ここには、騎士がいる

( ・∀・)「ここが、貴方の国だ。僕は貴方の剣となる。ここから、始めるんだ」

 響いた声は辺りに散らばり、人で在る事を諦めたはずの誰かの耳に届く。
 そして、昔話の王様は玉座から立ち上がる。

 乱暴に開け放った扉から射し込む光。寒さに震えていた鳥が飛び立つその先。
 目指すのは、かつての栄光。

――王様、その扉って良い音鳴るんだよ。乱暴に開けたら駄目だよ。

 全てに絶望して、人で在りたいと願って、人として生きたいと祈った王様がいた。
 そして、全てを諦めた王様がいた。

 それを変えた、一人の少年がいた。
 一つ零した涙があった。それは小さな小さな、希望の欠片。
 時が流れてそれを支える、青年がいる。

16 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/18(水) 05:02:06 ID:mNbzZsBwO
 何が変わるのか、どこへ向かうのか、それは誰にもわからない。

 高い高い空を自由に駆ける一羽の鳥。
 それが眩しいくらいに輝く太陽と重なった時、小さく笑った一人の王様がいた。

( ・∀・)「……行こう」

 その隣で、呟いた声。頷いて、また笑う。

 白銀の剣を引き抜き、空に翳す。
 陽の光がそれを貫いて、一つの輝きを生む。

 その輝きの下、昔話の王様が一歩強く、踏み出した。




( ・∀・)昔話になった王様がいるようです



【おしまい】

17 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/18(水) 05:12:36 ID:mNbzZsBwO

【あとがき】

お試し的な意味合いでサクッと書きました。
舞台上に登場人物が二人しかいない。でも喋るのは一人。これがやってみたかった。
しかし、短い。ビビるぐらい短い。

書き上げるのにこの長さなら半日くらい、倍の長さでで一日かかるくらいかな。次からはもうちょい長くします。

思い付いた時に書きたいものを書くのでジャンルはバラバラです。
ほのぼのが好きです。
とりあえず、そんな感じでやっていこうと思っています。

あと、俺はPCでも携帯でも文字がギッシリ詰まってるのが好きなんですが、改行多くした方が読みやすいですかね。
色々と試そうと思います。

仕事との兼ね合いがあるので何時何時に投下すると明確にはできませんが、近い内にまた。
ではでは、ありがとうございました。

18 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2011/05/18(水) 16:01:47 ID:gV/6qQUMO
乙!先の展開が読めないすごい話だな
愉快なお話達と落ちこぼれサンタ好きです

19 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:04:37 ID:TtKPt4jkO
>>18
ありがとうございます!
「いつだって君を〜」の後、四ヶ月くらいブーン系から離れていたので
覚えていてくれてる方がいるのはとても嬉しいです。

一つ、書いちゃった!
前回と同じくらいで短い話ですが、投下します。
避難所はさるが無いから幸せすぎる。

20 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:06:10 ID:TtKPt4jkO


【二】


(゚、゚トソンさよなら僕のエゴイスト。のようです

21 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2011/05/19(木) 01:08:11 ID:TtKPt4jkO

 散らばる数多の星がある。高層マンションのルーフバルコニーに立ち、見上げる空。

(゚、゚トソン「……」

 靄がかかった様に低く、鈍色に染まる夜の空。
 何を想うのか、耽る一人の女がいる。

「トソン」

 後ろから聞こえた声があって、僅かに間を置いてから、振り返る。

(゚、゚トソン「……なに?」

 一つに結ばれた長い黒髪と、整った顔立ちに座る、意志の強そうな瞳。
 やけに冷たい夜風が、黒いロングカーディガンの裾口を泳ぐ。

「なぁトソン、本当にもう駄目なのか?」

 部屋の中から、女の背に言葉を投げた青年。
 女の名を呼ぶその声は、どこか悲しいそれでいて。
 まるで、その名を呼ぶのはこれが最後だとでもいう様に。

(゚、゚トソン「そう、だね」

 一歩、部屋に足を踏み入れて、青年と目線を重ねるトソンと呼ばれた女。

22 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:10:38 ID:TtKPt4jkO
「何が駄目だ? 俺の何が悪い?」

(゚、゚トソン「悪くないよ……貴方は何も、悪くない」

 トソンが切り出した、別れの言葉。
 広い部屋の真ん中、丸いテーブルの上、白いコーヒーカップが、二つ。片方は中身が無くて、もう片方は、そうではない。
 腰を下ろして一つを手にとり、カップの縁に口をつける。

(゚、゚トソン「……ぬるい」

「熱いの淹れようか?」

(゚、゚トソン「いらない」

「……そうか」

 トソンの向かい側に腰を下ろし、悲しそうな作り笑いを浮かべて見せる青年

「何年、かな?」

(゚、゚トソン「付き合って5年。幼馴染みだった頃を含めると、25年の人生のほとんどを、貴方と居た」

「長いな」

(゚、゚トソン「長いね」

23 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:12:11 ID:TtKPt4jkO
 記憶のアルバムの最初のページから、二人は一緒だった。
 時を重ね、ページを捲る。捲っても捲っても、そこに居るのは笑顔の二人。
 二人が恋に落ちるのは、当然の事だった。

「長かったなぁ」

(゚、゚トソン「色々あったね」

――トソンちゃん、あそぼう。

――いやだ。

――えっ。

――わたしは、おひめさま。

――じゃあ、ぼくはおうじさまだ。

――なんで?

――え、だってぼくはトソンちゃんがすきだから。

――ふぅん。

 まだ純粋だった頃から、トソンの近くにいた男の子。

――ぼくはサッカーせんしゅになる!

――そう。わたしは、およめさんになる。

――じゃあ、ぼくがだんなさんだね。

――サッカーせんしゅになるんでしょ?

――あ。

 男の子はいつもいつも、トソンを追いかけ回していた。

24 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:15:15 ID:TtKPt4jkO
――ねぇトソンちゃん、サッカーしよう。

――なんで? 男の子とやればいいじゃない。

――だって。

――ん?

――なんでもない!

 好きだと言うのが、恥ずかしいと感じる様になってからも、男の子はトソンの傍にいた。

――部活、どうしようかな。

――サッカー、でしょ?

――トソンは?

――お花、植えたい。

――そういえば、俺は花が好きなんだよ。

――お花屋さん行けば?

――あ、うーん。うん、行く。

 あの手この手でアピールして、トソンの傍に、いつも居た。

25 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:18:31 ID:TtKPt4jkO
――トソンはどこの大学行くんだ?

――貴方の行かない大学。

――なにそれ酷い。

――訂正、貴方の行けない大学。

――なんだと……よし、決めた。今決めた。お前と同じ大学行ってやる。

――そう、頑張ってね。

 純粋だった頃は簡単に言えたのに、いつの間にか言えなくなった、一つの言葉。
 言えないけれど、どうにかして伝えたいから、トソンの背中を追いかけた。

――砂糖、三つ?

――うん。

――子どもだな。俺はブラックだ。

――どうも、子どもです。

 格好良く見せたくて、いつも意地を張っていた。

26 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:20:29 ID:TtKPt4jkO
――好きだ! 大好きだ!

 ある日に叫んだ、その告白。
 そっと握った、あたたかい右手。

――はい、コーヒー。

――ああ、うん……ありがとう。

――飲まないの?

――いやあ……砂糖一つ、ください。ブラック嫌いなんだ。

――いまさら?

――いまさら。

 格好つけなくても、意地を張らなくても、飾らなくても、笑顔になれた。

 そんな風に、青年はいつもいつも頑張った。
 トソンが好きだという一心で、あらゆる事を頑張ってきた。

 そんな二人が、今日別れる。なぜか? それは、トソンにしかわからない。

「俺、頑張ったよなぁ」

(゚、゚トソン「無駄にね」

「酷いな」

 数え切れない程、見てきた笑顔。それが今も、トソンの目の前にある。どうしてか、トソンもつられて笑っていた。

27 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:22:29 ID:TtKPt4jkO
「なぁ」

(゚、゚トソン「ん?」

「他に好きな人が……出来た?」

(゚、゚トソン「浮気したと思ってる?」

「いや、まぁ……うん。いきなりだから、正直」

(゚、゚トソン「だとしたら私は、そこから飛び降りてるよ」

 トソンが目で指したのは、ルーフバルコニーの向こう。
 そうだな、と青年は鼻で笑った。

「ここの家賃、高いんだよ」

(゚、゚トソン「都心部だもんね」

「車も、家具も、服だって、普通よりは良い物だ」

(゚、゚トソン「そうだね」

「本当に頑張ったよ、俺は」

 自虐する様に笑って、中身の無いカップを一度手にとって、すぐに置く。

28 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:24:02 ID:TtKPt4jkO
(゚、゚トソン「どうして、そんなに頑張ったの?」

「わからない?」

(゚、゚トソン「うん。全然」

「お前を幸せにしたいからだよ」

(゚、゚トソン「……私は、高価な物はいらないよ」

 少し、間があった。

「俺ってさ」

(゚、゚トソン「ん?」

「昔から、自分勝手だよな」

(゚、゚トソン「そうだね。今更気付いたの?」

「エゴ、だな」

(゚、゚トソン「なにが?」

「お前を幸せにしたいって、俺が、俺だけがそう思ってた」

(゚、゚トソン「そうだね」

「お前が求めてるものは、違ったんだな」

(゚、゚トソン「私は幸せだったよ。貴方と居て、世界一幸せだった」

 優しい声でトソンが投げたその言葉は、青年の心をざわめかせる。

29 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:25:40 ID:TtKPt4jkO
「だったら、なんで? 嫌じゃないのなら、どうして?」

(゚、゚トソン「……なんでだろうね」

「わからないな。俺には何もわからない」

(゚、゚トソン「私は、貴方が好きだよ」

 唐突に、投げつけられた告白が一つ。
 言ったトソンは、僅かな朱を頬に乗せた。

「なんでこのタイミングで? いや、それよりお前がそんなの言うの初めてだな」

(゚、゚トソン「コーヒー」

「え?」

(゚、゚トソン「コーヒー淹れて。とびきり熱いやつ」

 ややあって、はっ、と一つ笑った青年。わかった、と続けて、立ち上がる。

 コーヒーを淹れる青年の背中を見つめるトソンの目は、ほんの少しだけ、寂しそうなそれで。

「どうぞ」

(゚、゚トソン「ありがとう」

 かちゃりと置かれたコーヒーカップが、二つ。

30 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:27:04 ID:TtKPt4jkO
(゚、゚トソン「……」

 カップの隣には、角砂糖が三つ。当たり前の様に、置かれている。

「お前とコーヒー飲むのも、最後なんだなぁ」

(゚、゚トソン「……そう、だね」

 角砂糖を一つ、ぽちゃりと落とす青年を見て、トソンはまた寂しそうな顔をする。

「お前はビックリするぐらいワガママな女だよ」

(゚、゚トソン「知ってるよ」

「お前の面倒見れるのは、世界が宇宙より広かったとしても、俺だけだ」

(゚、゚トソン「……」

31 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:28:57 ID:TtKPt4jkO
 最後だと、今更気付いた。最後とはこういう意味なんだと、今更に気付いてしまった。

「お前はほんっとに昔から――」

( 、 トソン「……やめて」

「え?」

 震えだした肩をギュッと握るも、堪えられないもの。

(;、;トソン「もう……言わないで」

 溢れた涙は、雫となって床に落ちた。

「……悪い」

 それ以上は何も返さないで、青年は黙る。

(;、;トソン「今の私は貴方がいないと、生きていけない」

 そんなのは、嫌。
 掠れた声は、その言葉を紡ぎ切れないでいた。

32 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:32:57 ID:TtKPt4jkO





 時計の短針が右に傾き始めた頃、ようやくトソンは泣き止んだ。

「もう、行った方がいい」

(゚、゚トソン「そう……だね」

 鞄を手にとり、立ち上がるトソン。

「これから、どこに行く?」

(゚、゚トソン「実家に帰るかな。田舎で何か仕事する」

「そうか」

(゚、゚トソン「うん」

 溜め息を一つ吐いて、頭を掻く青年。鬱陶しそうに、だけど、名残惜しそうに。

「早く、行け。行っちゃえ」

(゚、゚トソン「うん。あ、そうだ」

「ん?」

 何かを思い出した様に、立ったままコーヒーを口に運ぶトソン。流し込む様に、飲み干した。

33 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:35:07 ID:TtKPt4jkO
「……なにやってんの?」

(゚、゚トソン「ゴホッ、ゲホッ……にがい……ねぇ」

「ん?」

(゚、゚トソン「三年後の今日に、電話する」

「は?」

(゚、゚トソン「その時、貴方が電話に出たら――」

――結婚しようね。

「な……ん? え?」

 青年が受け取った声を飲み込みきれないでいる内に、トソンはその横を通りすぎ、扉を開いて、出ていった。

 引き留める暇もなく、出ていった。

34 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:36:54 ID:TtKPt4jkO





「なに……なん……だって?」

 ようやく青年が口を開いたのは、随分と時間が経ってから。
 トソンが最後に置いていった言葉が、頭の中をぐるぐる回る。

「わけわかんねぇ」

 長い長い溜め息を吐く。
 頭を掻きむしって、床に寝転んだ。

「……広い部屋だなぁ」

 一人には、広い部屋。一人でいると寂しさを感じる部屋。だけど、二人で住むなら丁度いい。

「もう少し、広くなるかな」

 トソンが置いていった荷物を見て、呟く。
 また、溜め息。

「寝れないし……掃除でもするか」

35 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:38:46 ID:TtKPt4jkO
 身体を起こして、立ち上がろうとした青年。
 しかし、その動きは止まる。

「……自分を変える為、かな?」

 青年の目線の先に、トソンが残したコーヒーカップがある。中身は無い。

「別れるのに……結婚、ねぇ」

 カップの隣には、角砂糖が三つ。子どもなトソンには必要なはずの、その三つ。

「行動と言葉が、噛み合ってないんだよな。ほんとワガママな女」

 飲めないそれを飲み干してみせたトソンに、愚痴を溢す。届くはずもないが、溢してしまう。

「お前の方がよっぽどエゴイストだよ」

 しつこいくらいに溜め息を吐いて、二つのカップを手にとる青年。

――三年、だな。

 水を流しカップを洗う音が響く部屋の中、青年が吐いたその言葉も、辺りを漂うだけだった。

36 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:40:32 ID:TtKPt4jkO





 散らばる数多の星がある。高層マンションのルーフバルコニーに立ち、見上げる空。

「……」

 携帯を片手に、鈍色の空に想いを馳せる青年がいる。

 驚く程あっという間に、時間は流れた。
 きっとそれは大切な人がいなくなって、目に映る景色が灰色になったから。

「トソンも、そうなのかな」

 三年前の今日、別れた二人。

「たしか……今の時間くらいだったはず」

 部屋の中を覗き見て、時計の針を確かめる。
 右に傾き始めたその形は、三年前にも見たものだった。

 くすりと一つ笑って、携帯を開く。

37 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:44:07 ID:TtKPt4jkO
「今更になってお前のエゴが……わからないけど……わかった気になった」

 親指をそっと動かして――

「こうするのが……二人にとって一番、だろうな」

 電源ボタンを、長く押した。

 靄のかかった三日月を見上げて、また一つ笑みを零す。

「わかった気になった……つもりになった」

 どうしてか滲む視界を誤魔化す様に、無理して笑顔を作る。

 いつだって、思い出すのは――

(゚、゚トソン

 ワガママな女の、ふてくされた顔。

38 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:46:37 ID:TtKPt4jkO
「俺もお前も、馬鹿で立派な……エゴイストだよ」

 ぱちりと携帯を閉じて、ポケットにしまう。
 今、初めて終わった二人の時間。噛み締めて、断ち切れない想いを、言葉に詰める。

――さよなら。

 微かに震えたその声は、遠くに浮かぶ夜空の星へ。鈍色を越えて届く様にと――

 別れの言葉を、目一杯に投げつけた。





(゚、゚トソンさよなら僕のエゴイスト。のようです



【おしまい】

39 ◆HAaUyuY2Cg :2011/05/19(木) 01:53:18 ID:TtKPt4jkO

【あとがき】

トソンが、というより「青年から見たトソン」を主人公にしたかった。
名前の無い青年は、名前が無いまま。
短いのは書きやすいけど、自分が納得がいくものはなかなか書けないんだなと気付きました。

また近い内に。
そろそろ久し振りにシューが書きたい。
ありがとうございました。

40 以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします :2014/09/27(土) 08:05:54 ID:gqfZtXx.0
40ゲット


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