1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:16:56.74 ID:ELy62sMc0
ブーンは、ツンを愛していた。
自分が生きてきた26年間の中で、
こんなにも強く何かを手に入れたいと思うことがあっただろうか。
少なくとも膨大な労力を消費してまで欲しいと思える『誰か』なんていなかった。
3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:19:57.99 ID:ELy62sMc0
思えばくだらない人生だった。
適当な高校を卒業して、適当な会社に就職して、適当にやめて金がなくなればまた働く。
その繰り返しでダラダラとこの8年間を過ごしてきた。
何かに魂を震えさせることもなく、目標もなく、意味もなかった毎日。
4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:22:04.09 ID:ELy62sMc0
必死に生きている人を見ては嘲笑し、
夢に向かって走っている人を見ては足を引っ張ってやろうと画策していた。
何か楽しいことはないかと口走るくせにそのための努力は怠り、
自分が満たされなければ社会のせいだと罵詈雑言の嵐。
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:23:29.23 ID:ELy62sMc0
たまに金回りがいいときにはケチなギャンブルに少しだけ熱くなり、
敗北を喫すれば世を呪い、勝利を手にすれば安い酒を浴びるように飲む。
多少でも酔えればお慰みだ。
束の間でもこの世の春を味わえた。
6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:25:10.09 ID:ELy62sMc0
常々、思うのだ。自分は、『人』というものの贋作なのではないのかと。
でなければ説明が付かない。世の人々は皆笑っているではないか。..
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:26:53.37 ID:ELy62sMc0
気の置けない仲間達と肩を組み、歌い、往来を我が物顔で通り過ぎていくではないか。
愛する人と抱き合い、囁き、手を取り合っているではないか。
自分にはそういうことが、ない。この世に生れ落ちて20余年、
一度としてそのような、いわゆる青春だとか、甘酸っぱい日常なんてなかった。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:29:21.36 ID:ELy62sMc0
だから自分は偽者だと思うのだ。
もし自分が彼らと同じ生き物なら、なぜ自分には心許せる仲間がいないのだ。
命をかけて愛せる人がいないのだ
10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:30:38.15 ID:ELy62sMc0
きっと自分は、神様の気まぐれと悪ふざけで作られた出来損ない――外見上は人の形を繕ってはいるが、全くの別種なのだ。
主は土からアダムを作ったという。ならば自分は主がゴミから作った失敗作だ。
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:33:03.88 ID:ELy62sMc0
ブーンはその日もしち面倒な仕事を終わらせて帰路についていた。
先ほど自分を叱っていた上司が思い出される。
あのクソ上司は手前勝手な理由で自分を非難するカス野郎だ。
しかも怒声を浴びせるときは決まって同僚のいる前。
13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:35:06.97 ID:ELy62sMc0
なんて場をわきまえている奴なんだ。
あぁ、つまらない。どいつもこいつもクズばっかりだ。
自分がゴミならば、手前ら『一般人』はクズだ。おいそこ、天下の往来でイチャつくんじゃねぇ。公害だ。
呪われろ呪われろ呪われろ。
ブーンはいつも通り憤怒しながら歩いていた。
何に腹を立てているのか分からない。
きっと何もかもが頭にくるのだ
15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:37:38.21 ID:ELy62sMc0
もうすでに日は沈んでいる。あと12時間後にはまた同じ職場だ。
つまらない。辞めてやろうか。
どうせ今日も飽きずに酒を飲み、憤慨し、そしてまた明日が来るのだ。うんざりだ。
17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:39:44.24 ID:ELy62sMc0
せめて生きがいでもあれば、と思う。恋人なんて贅沢は言わない。
同じ感情を共有できる友人がいれば。
この際、人間でなくたっていい。
独りは寂しい。
何をしても味気ない。
きっといるはずだ、自分にも心許せる誰かが。
何やってんだ。自分はここにいるぞ。早く迎えに来い。
18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:41:42.18 ID:ELy62sMc0
ブーンは一人ぼっちに苛立っていた。
しかし社会にでて既に8年。
今更、学生時代の同級生の輪になど加われないし、職場でなんてもってのほかだ。ナンパ……無理だ。
19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:44:18.73 ID:ELy62sMc0
最近はいつもこうだった。前は、誰かと一緒にいたいなんて思わなかった。
わずらわしかった。しかしなぜか最近は無性に人恋しかった。
無為に過ごしてきたこの26年間が恐ろしく無駄に思える。
人とうまく付き合えない――それは生きていくうえで致命傷になりかねないものなのだと、最近考え始めた。
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:48:00.50 ID:ELy62sMc0
自宅近くの曲がり角。そこにある行きつけのコンビニで酒を買っていくのがいつもの日課。
どうせこれぐらいしか楽しみがないのだ。
楽しいというほどのものでもないが。
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:49:54.28 ID:ELy62sMc0
夜道に慣れていたせいか、やけに眩しい。自動ドアをくぐって店内に入る。
ξ゚?゚)ξ「いらっしゃいませー」
それを見た瞬間、電流が走った。確かに自分は雷に打たれたのだ。
いつものコンビニのいつものレジカウンター。
しかしそこにいたのは見慣れない女性店員だった。
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:52:31.52 ID:ELy62sMc0
可愛い。朴念仁の自分でも分かる。少し明るめの長い髪。釣り目気味の大きな目。
少し低く形のいい鼻。初めてだった。こんなに人に見とれるなんて事が自分にもあるなんて。
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:54:24.84 ID:ELy62sMc0
ブーンは容姿が良い奴が嫌いだった。
自分は小学生の作った粘土細工みたいな顔をしているのに、
不公平だと思った。あいつらはたまたま容姿端麗に産まれただけなのに、
それだけで何もかもがうまくいっている。
自分との人生においてひどく差があるように思えた。
言ってみれば生まれ付き大きなハンデがあるようなものだ。
競馬で例えればスタートと同時に自分だけ周回遅れになっていた様なもの。
ブーンにとって面白いわけがない。
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 00:58:32.42 ID:ELy62sMc0
しかし、今レジの前に立っているこの女性は、
ブーンにいつも抱いている妬みや嫉みを感じさせなかった。
一目惚れ。
馬鹿馬鹿しい話である。人間を見た目で判断するなんて、正気の沙汰とは思えない。
外見について大きなコンプレックスを持っているブーンにとっては尚更だった。
しかし、そんな事さえもうわからない。
今はただ、この女性店員が気になって仕方ない。
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:00:54.16 ID:ELy62sMc0
誰だ? 誰なんだ?
いつも通り安い酒を買うだけなのに、手先が覚束ない。
膝が震える。なんだこれは。
どうかしている
なんとか平静を保てたと思う。当たり前だ。
商品を購入するだけ、もう何千回と繰り返してきたじゃないか。何を今更。
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:02:56.58 ID:ELy62sMc0
レジの前に立つ。鼓動が早まる。顔が熱い。
手にじっとりと汗をかいている。
うわ、近くで見ると一層可愛い。睫毛長いな。ほっぺが柔らかそうだ。そんな事を考えていた。
名札に目線を落としてみると『ツン』と書いてある。ツンか、何だか親しみやすい名前だ。
ツン、ツン――心の中で何度もそう呼んでみた。
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:04:38.26 ID:ELy62sMc0
ξ゚?゚)ξ「426円です」
人懐こそうな、透き通った声。その声でブーンは現実に戻った。
(;^ω^)「おっ、おっ」
慌ててポケットからくしゃくしゃになった千円札を取り出す。
ξ゚?゚)ξ「574円のお返しです。有り難うございました」
36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:06:18.65 ID:ELy62sMc0
そう言って微笑みながら手を添えてお釣りを渡してくれた。
涙が出そうになった。今、ツンは、自分だけに微笑みかけてくれた。
今だけは自分だけのツンでいてくれた。そう考えると自然と体が喜びに打ち震えるのだ。
また会いたいと思った。
ツンを独り占めしたいと思った。
37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:08:28.86 ID:ELy62sMc0
( ^ω^)「何でこんなことになったんだお……」
ブーンは誰に言うでもなく呟いた。
時刻は午前二時。空には月も出ておらず、辺りは闇と静寂に包まれている。
周囲から聞こえてくるのは得体の知れない虫の鳴き声だけ。
ブーンは鬱蒼とした木が生い茂る深い山奥の中にいた。
適当な石に腰掛け、頭を抱えて何事かをぶつぶつ呟いている。
40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:10:57.86 ID:ELy62sMc0
傍らには、ツンが横たわっていた。
ただし、様相が普通ではない。腕を後ろ手に縛られ、更にその上からガムテープでぐるぐると巻かれていた。
口には猿ぐつわを噛まされ、ぐったりとしている。抵抗をした後だろうか、髪が乱れている。
( ^ω^)「全部おまえの、おまえのせいだお」
そう言うとブーンはふらふらとツンの元へと歩を進め、しゃがみ、拳を振り上げた。
( ^ω^)「おまえの」
拳をまっすぐ振り下ろす。
ゴッ。
辺りに鈍い音が響く。ブーンの拳がツンの左頬にめり込んでいる。
ツンは目をつぶり、うめき声を上げた。
恐らくブーンの声を咎めているであろうその声は、しかし猿ぐつわのせいで意味ある言葉になってくれなかった。
( ^ω^)「おまえのせいだお」
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:12:55.59 ID:ELy62sMc0
拳を振り上げ、また下ろす。執拗にツンの左頬を殴る。
その度ツンは抵抗しようとするが、何度か殴られるとそれすらも諦めてぐったりし始めた。
静かな山奥の中にしばらく乾いた音が鳴り響いていた。
時間にしたら2、3分だろうか。普段なら何気なく過ぎていくそのわずかな時間が、今のツンには永遠に思えた。
43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:14:40.21 ID:ELy62sMc0
ツンの左頬は、まるで異常に成長したジャガイモの様にゴツゴツと腫れ上がっている。
そんなツンの様子を見て殴ることに満足したのか、
または飽きたか疲れたのか、
ブーンは元いた石の上に腰掛けた。
そして無表情ゆえの冷たい視線をツンに投げ掛けた。
46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:18:50.41 ID:ELy62sMc0
( ^ω^)「おまえのせいで僕は終わりだお」
ツンはうつろな目でブーンを見ている。これから自分がどんな目に合うのか半ば理解しているのだろう、達観しきったような表情だ。
( ^ω^)「どうせ終わりなら、ツンも道連れだお。ツンを殺して、僕も死ぬ」
47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:20:08.44 ID:ELy62sMc0
あぁ、やっぱりだ。この狂人は自分を殺す気なのだ。
理解してはいたが、改めて口に出されると一層実感する。
そして真に理解するのは、その、死の間際なのだろう。
ツンは死というものを短い人生の中で今初めて意識していた。
「でも」ブーンが言葉を続ける。
( ^ω^)「ひょっとしたらだけど、都合のいいことかもしれないけど、もしツンが誰にもこのことを言わないでいてくれて、
僕もこれ以上ツンに何もしないで、二人で山を降りて、そうしたら僕達は普段通りの生活に戻れるのかお?
終わりじゃないのかお?」
48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:21:32.91 ID:ELy62sMc0
ツンは一も二もなく頷いた。肯定を意味するジェスチャーだ。
一縷の希望を見た。ここで止めてくれれば全てを元通りにしてもいい。
自分のこの傷は自転車で転んだことにする。だからツンは頷いた。
声が出せない今ではこれが唯一の意思表示だ。
ブーンはそんなツンの仕草を目で確認すると、はにかんだ様な笑みを浮かべて、言った。
( ^ω^)「無理だおね」
51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:23:07.75 ID:ELy62sMc0
――希望が閉ざされた。もはやこの狂人には何を言っても無駄だったのだ。
自分が何を言っても、それこそ法の番人が取引としてツンの命と引き換えにこの男の無罪を約束したとしても、
この男は自分を殺すだろう。
( ^ω^)「じゃあ、色々用意するものがあるから、買い物に行ってくるお。僕はどうせなら楽しみたい。ツンもそうだお?」
ブーンの言葉に、最早ツンはピクリとも反応しない。その眦から涙がこぼれるだけだった。
ブーンは重そうな腰を持ち上げると、脇に停めてあるまだ新しそうな車に向かった。
そして何かを探すような素振りをして、また戻ってきた。手にはガムテープが握られている。
52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:24:36.43 ID:ELy62sMc0
( ^ω^)「心配はしていないけど、念のためだお」
そう言って髪を掴みツンを立たせ、近くの手ごろな木に体を縛り付けた。
逃げ出さないように、ということだろう。
( ^ω^)「じゃあ、行って来るお」
車は軽快な音を立てて山を下っていった。辺りには相変わらず闇と静寂が広がっている。
一人になったことでツンは張り詰めた緊張の糸が切れたのか、むせび泣いた。
53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:26:29.66 ID:ELy62sMc0
静かな山奥に、嗚咽が響く。
きっとあの男は残虐な手段を使って自分を殺すだろう。
なぜ――。なぜ自分がこんな目にあわないといけないのだ。
自分が何をした。ツンは泣いてはいたが、頭のどこかは冷静だった。
冷静に、今の状況になるまでを振り返っていた。
54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:27:57.02 ID:ELy62sMc0
ツンはその日もコンビニでのバイトを終え、いつもの帰り道を急いで歩いていた。
高校生であるツンは夜の10時までしか働くことを認められていない。
だからその日もバイトが終わったのはいつもと変わらぬ時刻だった。
だが、バイト仲間との世間話に夢中になっていると、すっかり遅くなってしまった。
時計を見てみると、日付が変わる20分前を指していた。
57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:29:27.20 ID:ELy62sMc0
ξ;゚?゚)ξ「やばっ」
ツンは慌てた。こんなに遅くなるつもりはなかったのだ。
急いで着替えて仕事仲間に挨拶をすると、帰途についた。
急いでいると自然と小走りになる。ツンの家は厳しく、日付けをまたいでの帰宅なんてもっての外だった。
バイトをすると言い出した時も激しい口論の末に、週3回まで、学業を疎かにしない、家の近くで働くこと。
などなどの諸条件を提示されてやっと認めてもらえたのだ。
帰宅時間が遅くなりすぎては、その時の苦労が無駄になってしまう。
58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:30:58.19 ID:ELy62sMc0
ツンがここまで苦労してバイトを続けるにはわけがあった。
ツンは同じ高校、同じクラスのとある男子に恋をしていた。
彼の事が気になって仕方ない。彼の事を考えると胸が高鳴り、彼の顔を見ると幸せになれた。
彼と付き合いたいと思っていた。しかし、いつまで経っても想いを伝えることは出来ず、
ただいたずらに時間だけが過ぎていった。
もううだうだするのは止めて、彼に自分の気持ちを打ち明けよう。
それがどんな結果になろうとも。その方が、例え悲しい結末になろうとも、
何もせずに終わってしまうよりはよっぽど健全なはずだ。そう思った。
59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:32:15.21 ID:ELy62sMc0
問題は、気持ちを伝える方法だ。なにしろ今までずっと打ち明けられなかった想いである。
なにかきっかけが欲しい。そうだ。そういえば、彼の誕生日が近いのだった。
失念していた。確か去年、そのようなことを彼の周りの友達が話していた気がする。
正確な日にちは分からない。でも、かまうものか。彼の欲しがっていた財布をあげよう。
ちょっと重いかな? でも、それすらもかまうものか。
彼に、喜んでもらいたい。そして気持ちを伝えるんだ。
そう思ってツンはバイトを始めた。
無駄遣いをせず、きっちりバイトに励んだことで目標の金額は近い。
自然と顔も綻ぶ。
帰路を早足で歩くのは、早く帰らないと親に怒られるという理由だけではないはずだ。
60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:33:36.51 ID:ELy62sMc0
もう普通に歩いて帰っても日付けをまたがずに帰れるという所、ツンはほっとして歩みの速度を緩めた。
走ったせいか汗をかいている。もう秋口である。
今日は寒かったため薄手の白いファーコートにチェックのプリーツスカート、
ストールに黒いタイツにブーツという出で立ちで家を出た。
その事が今になって悔やまれる。まぁどちらにしろ気温は低い。
すぐに汗は引くだろう。ツンはのんびりと足を交互に動かした。
63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:35:23.59 ID:ELy62sMc0
その時、後ろから射抜くような視線を感じた。
この視線を、視線の主を、ツンは知っている。いつもバイト先のコンビニに来る男だ。
その男は決まって酒とタバコを買っていった。よく覚えている。何しろ毎日の来店だ。
それでなくても男は特徴のある風貌をしているのだ。
年の頃は20代後半ぐらいだろうか。やや肥満気味で、中背。
濁った目を持つその男は、年齢に似つかわしくない程の童顔で、
遠めで見ても判別できるような大きな頭を持っていた。
――なんだか気持ち悪い。それがツンがこの男に持っている印象である。
64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:36:54.10 ID:ELy62sMc0
あれは確か自分がコンビニのバイトを始めて初日のこと、
バイトも無事終わりの時間に近付き、ほっと胸を撫で下ろしている所だった。
その男が来店した。最初は特に何も感じず、普通の客と同じように接客をした。
教えられたマニュアル通りお釣りを渡すときも手を添えて渡した。
その時、男の手がなぜか震えていたのを覚えている。
そしてそれからも自分がバイトに入っている時は必ず来店をして買い物をして行った。
買って行く物は大抵決まって酒かタバコだった。こう毎日来られたら嫌でも顔も覚えるというものだ。
始めのうちは家が近所でよく買い物に来るのだろうと思った。
しかし、それだけではないことにすぐに気が付く。
65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:40:26.59 ID:ELy62sMc0
自分に会いに来ているのだ。そう理解した。自惚れではない。
なぜなら、いつもいるのだ。自分が仕事を終え、帰路の途についていると決まって少し後ろにいる。
ストーカー。
ツンはすぐさまそう判断した。
嫌だ、気持ち悪い。
その男はツンの後ろをつかず離れず一定間隔で付け回していた。
時には車でこちらの様子を伺っていることもあった。
店の常連ということもあって余り無下には出来ない。
それに今まで何かされたわけでもない。
ほとんどは自分が家に入り、しばらくするといつの間にかいなくなっているのだ。
68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:42:03.18 ID:ELy62sMc0
何度も繰り返されるともう慣れたものだ。気分がいいわけはないが、滅多な事はしてこないだろう。
無視をしていればそのうち諦めてくれるだろう。そう、思っていた。
今になれば、それが甘かった。
なりふり構わず追い払うべきだったのだ。
店に気を遣わず警察に相談するべきだったのだ。
ツンにとって運命の日、その男はいつもと違う行動に出た。
男はいつもの様にツンの背後をつけていた。またか。ツンはそう思った。
自分が駆け足でいた時も後ろにいたのだろうか?
そう思うといつもよりもぞっとする思いだが、もう自宅も近い。
このままいつもの様に部屋に入ってしばらくすれば男はいなくなるだろう。
だが。
69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:43:20.23 ID:ELy62sMc0
(;^ω^)「あの」
そう声をかけられた。誰に? 決まっている。背後にいる男、ストーカーにだ。
なぜ? とツンは思った。普段は声もかけず何をするわけでもないのに、今日は何で?
ツンは恐る恐る声のした方に振り返った。
予想通りあの男がいた。男は一度家で着替えてきたのだろうか、
いつもの作業着ではなく、スウェットの上下を着ている。
表情からは緊張したような、強張った顔をしていた。
両手をへその前でもじもじさせている。
怖かった。何をされるのだろう。そう思うといても経ってもいられなくなった。
そして怖いからこそ、頭の中は怒りで満たされていった。
70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:44:34.83 ID:ELy62sMc0
(;^ω^)「ぼぼぼぼぼ、僕はききき、君、君のことが、あの……」
要領を得ない。ストーカーが。ツンは怒っていた。
なぜ自分が恐怖に慄かされなければならないのだ。そう思うと何かを言ってやらなければ気が済まなかった。
ξ゚?゚)ξ「あの」
ツンは男が言い終える前に、
ξ゚?゚)ξ「いい加減、後を付け回すの止めてください。知ってるんですよ? あなた、いつも私の家の前まで来てたでしょう」
71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:46:31.59 ID:ELy62sMc0
そう男を見据えて言った。目には怒りが宿っていた。
自分の言葉を中断された事へだろうか、ツンのその態度へだろうか。
男は面食らったような表情をしていた。
(;^ω^)「いや、あの、僕は、その、えっと……」
ξ゚?゚)ξ「迷惑してるんです。お店の常連さんだから気を遣ってたけど、これからも続ける気なら警察に相談します」
男は黙っていた。拳を握っている。少し震えているようだ。
72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:47:49.29 ID:ELy62sMc0
ツンはそんな男の様子に気付いていたが言葉の連射が止まらない。
よせばいいのにとどめの一言を男に浴びせた。
ξ゚?゚)ξ「この、ストーカー」
男の体躯が一際大きく震える。
(;^ω^)「ストーカー?」
ξ゚?゚)ξ「だって、そうでしょう? 人の事を付回して、ストーカー以外の何だって言うんですか」
(;^ω^)「僕は……」
男はそこで俯き、言葉を発せられなくなった。
いい気味。そう思ったのも束の間、気が付けば男がじりじりと近付いてきている。
怒りで押さえつけていた恐怖が溢れだした。
75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:49:26.92 ID:ELy62sMc0
( ^ω^)「僕は……」
そう呟きながら男は段々と間合いを詰めてくる。
ツンは振り返り駆け出した。男も弾かれた様に走り出し追いかける。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――――。
ツンは後悔した。あんな事、言うんじゃなかった。
刺激せずにお茶を濁し、翌日にでも警察に行けばよかったのだ。なぜ、あんな挑発するようなことを。
77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:50:59.98 ID:ELy62sMc0
ツンは後ろを振り返る。鬼のような形相をした男がすぐ背後にいる。
男が手を伸ばした。髪を掴まれた。必死で抵抗をしようとする。
強引に髪を引っ張られ、地面に投げ倒される。
後は覚えていない。殴られたような気もするし、怖さで気絶してしまったような気もする。
とにかく、気付いたときには体の自由を奪われ山奥にいたのだ。
79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:52:20.91 ID:ELy62sMc0
そこまで思い出し、ツンは思った。
私、何も悪いことしていない。何で私がこんな目にあわなきゃいけないの? なぜ?
きっと殺される。男はそう明言していた。狂ってる。おかしい。理不尽だ。
そして――。ツンの目から再び涙が流れた。――悔しい。
なんとかあの男に一矢報いてやりたい。こんな理不尽がまかり通ってはいけない。
ツンは悔し涙を流しながら、強く誓った。
絶対、絶対許さない。例え殺されても決して屈しない。涙も流さない。噛み付いて、引っかいてやる。地獄に落としてやる。
80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/04(水) 01:53:55.10 ID:ELy62sMc0
車の乾いたエンジン音が聞こえる。こんな夜更けの山奥に用があるものなどいない。
すると自ずと車に乗っているものがわかる。男が帰ってきたのだ。
ツンは誓いを反芻していた。決して屈しない、と。
しかし、やはりツンは甘かった。
車からブーンが降りてくる。バタン、というドアを閉める音がやけに響く。
そしてそれはツンの死刑執行を報せる音でもあった。
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- 2009/02/08(日) 22:10:18|
- ブーン系小説(短編)
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