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問合せ
ドクオが生きるという事について考えるようです
第7話
3 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 00:51:54.59 ID:pgE/oRCU0
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上九一色村。
一昔前、オウム真理教の事件でよくニュースに取り上げられていた
この地には一つの名所がある。
その名所の名は青木ヶ原樹海。
整備された遊歩道や近辺に点在する公園やキャンプ場など
アウトドア好きの人間には持ってこいの観光名所だ。
反面、樹に囲まれた遊歩道の先は足場も悪く
足を踏み入れる人があまりいない。
死にたがりには持ってこいの自殺名所だ。
観光名所としても、自殺名所としても名高い樹海の中に
その日、俺とツンは居た。
5 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 00:53:42.27 ID:pgE/oRCU0
樹々の葉が擦れ合う音は波の音のように響き
それは動物か虫かが発する音や声と重なって、死出の道程のBGMとしては
悪くない音を奏でていた。
ここ数日の疲れが抜け切っていない身体と眠気が抜けない頭で
ただツンの後を追って歩き続ける。
遊歩道を越えて樹海に入ったところからお互いに会話はない。
ツンの後姿を見ながら、何の気なく突っ込んだポケットの中に
紙らしきものの感触がある事に気付き、なんだ?と思ってポケットから
紙を取り出す。
それは会社近くの和食チェーン店のデザート無料券だった。
6 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 00:54:56.33 ID:pgE/oRCU0
「よう、ドクオ。
これやるよ。」
数日前のジョルジュとのやりとりが脳裏に蘇る。
8 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 00:56:37.39 ID:pgE/oRCU0
ツンとの約束を交わしてから日曜日までの数日を使って
俺は身辺整理も兼ねて会社に置いていた私物を整理する事にした。
もともと俺のデスクは結構な数の技術書やその他どうでもいい本に
埋め尽くされていたしちょうどいいと思っての事だ。
「ドクオ?何やってんだ?」
ごそごそと定時過ぎに私物をまとめ始めた俺の姿を確認して
ジョルジュが怪訝そうな顔でたずねる。
「ちょっといらないものの整理をな。」
ジョルジュは少し、悩んだような顔をしたが意を決したかのように
強い口調で切り出した。
「………なぁ、しつこく聞くのもどうかと思うんだけどさ。
お前、やっぱり何かあっただろ?」
見つめ返したジョルジュの目には嘘は許さないと言う色が宿っていた。
10 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 00:59:07.10 ID:pgE/oRCU0
「…あぁ。」
ジョルジュの問いに、初めて正直に答えた。
「やっぱりな。
でも、そこまで隠すくらいだから相談しにくい事なんだとは思うけどさ、
俺達は一緒に仕事して死ぬかと思うような仕事も協力して
乗り越えてきたじゃねぇか。
ちょっとは、俺の事を信用してくれよ。」
「信用ならしてるって。」
そう返すとジョルジュは腕組みしてやや大げさに唸り始めた。
11 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:00:37.68 ID:pgE/oRCU0
「分かったよ。
どうあっても言いたくないってんだな。
だったら………」
ジョルジュはカバンの中に手を突っ込み、
何かの紙を俺に差し出した。
「この券、来月から使えるんだ。」
そう言って、「デザート無料券」と印刷された紙を俺の手に握らせたが
その行動の意味がよく分からず不思議そうな顔をしていたらしい俺を見て
ジョルジュは気恥ずかしそうに話出した。
13 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:01:46.91 ID:pgE/oRCU0
「この券が使えるまでにその悩み事でまだ悩んでるってんなら
そのときは何が何でも相談に乗ってやる。
いいか?強制だ。どんなかっこ悪いと思われるかもしれないと
思ってる相談でも何でも、この券が使えるようになったら
この店でメシを食いながら俺に相談する事。いいか?
約束だ!」
そこまで言い切って照れ隠しのようにプイッと顔を横に向ける。
控えめなジョルジュが言ってくれた思わぬ大胆な言葉に少し
胸が熱くなった。
15 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:03:13.27 ID:pgE/oRCU0
「ありがとう。」
そう答えた俺は心からありがとうと思っていたのだろうか?
思ってはいても、こうして樹海に来て終わりにしようとしている時点で
俺はジョルジュの好意を裏切ったんじゃないかと思った。
「はぁ…。」
裏切りという言葉にブーンの顔が思い浮かんで、ジョルジュの事や
ブーンの事を考えて、思わずため息が出た。
16 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:04:57.74 ID:pgE/oRCU0
「疲れた?」
樹海に入ってツンが始めて口を開いた。
「いや、大丈夫。」
「そう言う割にはちょっと足がふらついてるんじゃない?」
いつもよりいくらか乾いた感じの笑い声が言葉の後に繋がる。
「まぁ、もうちょっとだろ?
辛抱するよ。」
「………そうね。」
18 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:05:50.88 ID:pgE/oRCU0
ジョルジュの事もブーンの事もかき消すようにして忘れて
ツンが用意したくれたすずらんテープを手に気力を奮い起こす。
このテープは遊歩道の中の樹の一本に括りつけられていて
これを目印にすれば遊歩道まで帰る事が出来る。
有言実行のツンが何故こんなものを用意したのかは
よく分からなかった。
分からないといえばもう一つ。
「なぁ、ツン。」
無言に飽きてきた俺はそれをツンに尋ねる事にした。
19 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:06:57.82 ID:pgE/oRCU0
「なに?」
「なんでまた、樹海で?」
「いい死に方を考えたの。
ここでなら絶対うまくいくと思ったから。
だから、ここにしたの。」
「絶対に?
それなら別にここじゃなくても……」
「そうじゃないわ。」
少し冷たい口調でピシャリと俺の言葉を遮る。
「死んでも、絶対に見つからない方法よ。」
20 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:07:55.15 ID:pgE/oRCU0
「下調べしたんだけど、GPSもあって携帯の電波受信範囲が広がっている
このご時世、奥まった場所に行って首吊りをしても大体は発見されるらしいわ。」
地面に落ちていた”完全自殺マニュアル”と思わしき本の残骸を
詰まらなそうに蹴ってツンは言葉をつなぐ。
「この本には、XポイントだとかYポイントだとか
見つかりにくそうな場所を地図に書いてたけど、
この本はもう十年以上前のものだからね。
十年一昔って言うでしょ?
こんなのを信用して本当に見つからないなんて思ってる人は
ただの馬鹿よね。」
22 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:09:16.95 ID:pgE/oRCU0
「私はね、ドクオ。
自分の死体を残したくないの。
少なくとも、白骨化して無縁仏として誰なのかも分からないままに
埋葬されたいと思ってる。」
歩みは止めず、ツンは顔を俺に向ける格好で話をさらに続ける。
「もしも身元が分かった状態で発見されたら
私はその内死ぬブーンと一緒のお墓のに入らないといけなくなる。
死後の世界や死んだ後に意識のようなものがあるなんて
少しも信じていないけど………それでもそう考えるだけで
気持ちが悪くなるの。」
23 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:10:58.10 ID:pgE/oRCU0
「俺と一緒なら、いいのか?」
ツンはその質問には言葉としては何も返さず柔らかく笑って返す。
その表情はどこか儚かった。
「波の塔を読んだ時には、まさか自分がこんな場所で
最期を迎えるとは思わなかったなぁ。」
そして、まるで関係のない話を持ち出して空を仰いだ。
25 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:11:46.83 ID:pgE/oRCU0
「ここで、いいわ。」
今まで通ってきた道と特に見た目に変わりのない場所で
唐突にツンは背を向けたまま、言う。
「ここか?」
「そう。
ここで、お別れ。」
「お別れ?」
26 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:12:30.48 ID:pgE/oRCU0
その言葉の意味が分からず復唱する。
復唱と言う形でツンに投げかけた問いは言葉としてではなく
ふわりと、ツンの身体が俺の胸にとびこむ形で返ってきた。
あの時と同じ、優しいツンに匂いがした。
ツンはぎゅっと俺の腰に手を回し、俺もそれに応えるように
ツンの背と腰にそれぞれ手を回してツンをしっかりと抱きしめる。
俺達は強く抱きしめあった。
28 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:14:04.02 ID:pgE/oRCU0
樹のざわめき。
虫や鳥の声。
暗い森を照らす木漏れ日。
ツンに香り、ツンの感触、ツンが此処にいるという事。
生まれて始めて、この世界はとても美しいものだったんだとようやくにして気付けた。
自然が持ち得る色と輝きが確かに見えた。
触れている感触と匂いと存在に例えようのない安心感を確かに感じさせてくれた。
目の前に広がる全てが、輝きを持っていた。
世界は余りにも綺麗だ。
この気持ちを感じるのは、生涯最初にして最後だろう。
だけど、それで良かった。
冥土の土産には十分過ぎた。
30 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:15:40.24 ID:pgE/oRCU0
どれほどそうしていたかは分からなかったが
やがてツンは俺の胸元に両手を置いて、押し出すようにして
ゆっくりと俺から身を離した。
「今までお世話になりました。」
33 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:16:54.69 ID:pgE/oRCU0
凛とした、だけど見た事のないほど清々しいツンの笑顔がそこにあった。
微笑を残したまま、ツンは背を向けて歩き出した。
足元が安定しないせいもあってか、物語のように一瞬で
姿が消えて行く事はなく、途中何度も転びそうになるツンとの
距離がちょっとずつ、本当にちょっとずつ離れていく。
34 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:17:57.36 ID:pgE/oRCU0
「俺は?」
間抜けな俺の声が樹海にこだまする。
ツンは何も答えない。ただ、歩き続ける。
「ツン!!」
俺は悲鳴に近い叫びをあげた。
ツンは歩みを止めてゆっくりと振り返る。
振り返ってもなお、ツンはあの光に似た笑顔を湛えていた。
37 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:19:45.38 ID:pgE/oRCU0
そして、呟くように答えてくれた。
”生きて”
38 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:20:28.62 ID:pgE/oRCU0
俺が何を叫ぼうともツンはもう振り返らなかった。
頭はその後を追う事を求めたが足は動かず、ガクガクと震える足で
どうにか立っているだけで精一杯だった。
その震えは疲れからではなく、あの一言からくるものだと言う事は
すぐに分かった。
「なぁ、俺は?どうすればいいんだよ?」
少し遠くなったツンの後姿にすがる様に問いかけるが
やはり返事はない。
43 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:25:56.08 ID:pgE/oRCU0
ツンがあの笑顔のままで呟いた言葉が頭の中に反芻して
俺は何かに突き動かされるように、来た道を振り返った。
目の前に広がるのは暗い樹海と一筋のすずらんテープ。
そして後ろの方では徐々に小さくなる足音。
「生きろって、酷な話じゃねぇか?
なぁ、ツン。」
背の側にいて、居なくなろうとしているツンに、
返事が返ってこないことと知りながら叫ぶ。
「そっち、行ってもいいか?」
返事はない。
肯定も否定も、なにもない。
全ては自由。
そう言う事なのだろう。
47 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:29:14.08 ID:pgE/oRCU0
目が熱い。
どうして、こんな酷な選択を俺は強いられているんだ?
ただ、ツンがしたいように、付き従うつもりだったのに……。
前には暗い道。
後ろにはあの瞬間感じた光のような笑顔と美しいと言う言葉では
言い表せない輝きに満ちた”せかい”。
あまりにも分かりやすい選択肢だった。
52 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:32:28.14 ID:pgE/oRCU0
まずはポケットから煙草を取り出して、火をつける。
銘柄は、いつもと同じピース。
「戻ったらまた夕方から会社かぁ。
生きていくの、めんどくせぇな。」
未だ吸いなれない煙草から出た煙と声を吹かす。
足音はもう聞こえなくなっていた。
60 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:37:59.59 ID:pgE/oRCU0
一時間後、俺は無事に遊歩道に戻って来られた。
ひょっとしたら………受動的な可能性を無責任に信じて
俺はそのテープを切らずにそのまま放置した。
もう一本、煙草を吸う。
吐き出した煙が天に昇る。
61 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:38:54.17 ID:pgE/oRCU0
”俺、何をやってんだろ?
また大事な人を裏切っちまった。”
目の前が滲んで見えなくなる。
だけど、俺は生きていた。
65 :
(・へ・)
:2006/11/20(月) 01:42:39.23 ID:pgE/oRCU0
こうして、ツンは俺達の前から姿を消した。
俺の心に”光”のような感情を刻み込んで、
ただ静かに、綺麗に、儚く、物悲しく、美しく。
彼女は確かにこの世界で生きて、最期に俺に光を与えてくれた。
そして俺は結局 約束を守らずに 一人汚らしく生き残った。
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