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問合せ
ドクオが生きるという事について考えるようです
第4話
2 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 22:32:40.78 ID:MtY97iY70
明けない夜はない、と誰かが言っていた。
例え、それがどんなに罪深い夜で、人生においての
価値観を大きく変えるものであろうとも朝は必ず訪れる。
俺にも例外なく、長い夜は明けて朝はやって来た。
目を覚ますと嗅ぎなれない部屋の匂いがして、
次いで見慣れない光景が目に映った。
意識はやけにはっきりしていてここがどこなのかはすぐに分かった。
ツンとブーンとその娘が住んでいた家だ。
4 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 22:34:57.90 ID:MtY97iY70
傍らにツンの姿は無かった。
ゆっくりと身を起こして間抜けに部屋の辺りを見渡す。
台所の方から料理をする音が聞こえて食欲をそそる
玉子料理らしいものの匂いが漂ってくる。
「おはよう。」
台所に顔を出すとツンはいつもと同じ優しい表情で朝食の準備をしていた。
「あぁ、おはよう。」
挨拶を返し、テーブルに腰掛ける。
ツンがコーヒーと新聞を運んでくれた。
5 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 22:35:49.18 ID:MtY97iY70
「ん?新聞?」
「ドクオ、新聞読んでないの?」
「あぁ。」
一人暮らしをしているから、というのは言い訳になるが
俺は普段から新聞を読まない。
ライブドア事件にせよ、首相が変わったと言われても
ナニソレ?と返す社会の流れに疎い人間はこうして生まれたわけだ。
「新聞くらいは読んで世間の流れを把握しとかなきゃね。」
ツンは俺の額を軽く人差し指で突付き、クスクスと笑う。
ブラック派の俺には少し甘めのツンが淹れてくれたコーヒーを
すすりながら何の気なく新聞を眺める。
そう言えば、新聞を見るのもどれだけぶりだろうか。
少なくとも一年と少しは新聞なんて見向きもしなかった。
6 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 22:36:32.27 ID:MtY97iY70
「なぁ。」
「なぁに?」
料理をする手を止めず、背を向けたままツンが返事をする。
「ブーンってさ、毎朝新聞読んでたか?」
キュッと蛇口を回して水を止め、
「その日によりけりかな。
早起きした日には読んでたけど
遅めに起きだした時は読んでなかった。」
食器棚からお椀と少し大きめの皿を取り出しながら答えてくれた。
「そっか。」
少し気のない返事を返して新聞をテーブルに置いてツンの手伝いをする。
「ありがとう。」
綺麗な笑顔だったが、何故かツンを直視出来なかった。
7 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 22:39:14.46 ID:MtY97iY70
テーブルの上には炊き立てのご飯が惜しげなく盛られたお椀に
ちょうどいい味と色加減の味噌汁、きゅうりの漬物、
玉子焼きにウインナーがそれぞれ皿に盛られて並べられていた。
程よい色のバランスで彩られたテーブルに並べられた食べ物は
視覚的にも嗅覚的にも空腹感を刺激するのに充分なものだった。
いただきます、と手を合わせて、炊きたてのご飯を頬張る。
とても美味かった。
そういえば家庭的な朝食なんて何年ぶりだろうか。
親元を離れて一人暮らしをする俺は会社の途中にある
田舎っぽいニセモノコンビニで適当な菓子パンを買い漁って
会社の自分の席で食べるのがいつもの俺の朝食だった。
8 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 22:39:56.04 ID:MtY97iY70
「おいしい?」
ツンが頬杖をつきながら問いかけてくる。
「うまいよ。」
率直な感想を述べる。
ツンは嬉しそうに笑って、俺も笑い返す。
ツンの笑顔を出来るだけ直視しないように。
9 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 22:41:06.77 ID:MtY97iY70
外から車の音や子供達のはしゃぎ回る声が聞こえて
ふと、今日が日曜日なのだと言う事に気付かされた。
いやに賑やかな外に対してこの部屋の中はとても静かだった。
ツンが洗い物をする音と時計の音。
俺がお茶を啜る音がたまに聞こえて………
聞こえる音はそれだけで、とにかく、その部屋の中は静かだった。
12 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 22:42:40.45 ID:MtY97iY70
「今日は何時くらいに帰る?」
流し台で皿を洗いながら静かにツンが口を開いた。
「あぁ、昼前には帰るよ。
夕方からでも仕事行かなきゃ。」
「今日は日曜日だけど?」
「俺の職場に土日は無いんだよ。」
「そう……。」
「それに、ブーンも帰ってくるんだろ?今日。」
一瞬、ツンの手が止まる。
「そうね。」
静かに一言、返事を返してまた何事も無かったかのように
洗い物を再開する。
13 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 22:44:47.77 ID:MtY97iY70
二人で身を寄せ合った刹那は確かにそれを忘れて貪りあった。
だけど、俺はブーンを裏切った。ツンもまた、ブーンを裏切ったんだ。
その現実に、俺達はこれから身を置かなければならない。
…俺は、まだいい。
距離がある。
だけど、ツンは………ブーンと同じ家でブーンの妻として
裏切った事をひた隠しにしてこれからの日常を生きていかなければならない。
それはとても苦しい事ではないかと思った。
14 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 22:45:48.35 ID:MtY97iY70
ふとツンの部屋が目に入った。
不自然に戸が閉められていなかったからか
その部屋の中が覗き込めた。
ツンの部屋の机の上に置かれた瓶と大量の錠剤が目に入った。
「なぁ、ツン。」
「うん?」
柔らかく返事を返して洗い物をしていた手を止めてツンが振り返る。
なんて事のない仕草だったが、家庭的な女というイメージがしっくりきた。
「あれ、何だ?」
食後のお茶を啜りながら、瓶を指す。
「あぁ、あの瓶?」
一言、そう答えるとツンは流し台に身体を向け直して
また洗い物をする手を再開した。
15 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 22:46:51.79 ID:MtY97iY70
「それね、睡眠薬。」
さらりと錠剤の正体を教えてくれた。
しかし、意外と驚きは無かった。
”一緒に死なない?”
昨晩のツンが絡むように抱きついてきた後に言った言葉が蘇り
あぁ、なるほど。と心のどこかで納得した。
16 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 22:47:43.64 ID:MtY97iY70
「私、今、精神科医に通っててね。
それで処方された薬なの。」
嘘もいい所だ。
こんなに大量の睡眠薬を出す医者が居るとは到底思えない。
学生の頃からそうだったが、あまりよくない黒い繋がりやツテで
きっと、これを手に入れたのだろう。
「ドクオも飲んでみる?
よく眠れるよ。」
背を向けたまま、そう言ったツンの表情は伺い知れなかった。
17 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 22:49:22.80 ID:MtY97iY70
駅まで送って行こうかというツンの申し出を断り、
俺はツンと、そしてブーンの家を後にした。
別れ際は特にこれといった会話は無かった。
ただ一つ、確かなツンの意志だけは受け取った。
カバンの中に入った袋詰めされた大量の錠剤が、ツンの意志だ。
”ツンが望むならいつでも付き合おう。”
どこか自分を遠くに置いたような感覚で”約束が果たされる日”を覚悟した。
19 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 22:52:58.64 ID:MtY97iY70
一人、閑静な住宅街を歩いているとふと感覚的な違和感を感じた。
具体的にどう違和感を感じたのかと言われると答えかねるが
世界が少し広く見えたような…そんな気がした。
”大人になったから、か?”
やや自虐的な笑いを漏らす。
立ち止まり、振り返る。
そこにはまだツンと共に一夜を過ごしたマンションが見えた。
昨日のツンとの事を次々と思い出して、
最後に夜の事を思い出しては心が痛くなる。
自然、歩く速度が加速した。
21 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 23:00:58.36 ID:MtY97iY70
駅までの道の途中、コンビニを見つけた。
店を見つけると同時に口寂しさを感じたのと、気持ちの一転からか
俺は吸い込まれるように店の中に入り、
まずはライターを手に取る。
ここまではいつもと同じ。
だが、コンビニで”それ”を買うのは人が買っているのを傍目に
見て何となく分かっている程度だったので少し不安はあった。
「お次にお待ちのお客様どうぞー。」
やけにやる気のある中年店員に促されてレジの前へ。
意を決して店員に”それ”の銘柄を伝える。
それだけで目的の物は問題なく購入出来た。
ツンが吸っていた煙草。
銘柄は、そう…ピ−ス。
23 :
(・へ・)
:2006/11/16(木) 23:05:01.78 ID:MtY97iY70
店の外に出る。
ほんの少し周囲の人目を気にしながら煙草を咥えて火をつける。
軽く息を吸うと煙草の先に勢いよく火が点った。
それと同時に口の中に広がる味。
これは昨晩、記憶に刻み込んだツンの匂いだ。
一人、せせこましく都合よくツンの感触と匂いを思い出して
俺はやけに狭くて、どんよりとした曇り雲が拡がる空を仰いだ。
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