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問合せ
ドクオが生きるという事について考えるようです
第10話
14
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2006/11/22(水) 23:01:19.30 ID:yBAdpMrj0
床に転がっていた携帯を引っ掴み、電話をかける。
「どうした?」
3コールも待たない内にクーが電話に出た。
「よう、クー。
ちょっと話があるんだけど、いいか?」
「なんだ、急に?」
「ちょっと聞きたい事があってさ。
………ツンの事で。」
16
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2006/11/22(水) 23:02:42.52 ID:yBAdpMrj0
クーはふむ、と一言答えて少し間を置く。
「今は少し立て込んでいてな。
また後にしてくれないか?」
「そっか。」
「……電話では話しにくい事か?」
「あぁ。」
「なら、直接話を聞こうか?」
「直接?」
「会おうと言ってるんだ。」
「あ?あぁ、そういう事か。
じゃあこっちからそっちに出向けばいいのか?」
17
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2006/11/22(水) 23:04:04.58 ID:yBAdpMrj0
「そうしてもらえると嬉しい。
………いや、そういえば、ドクオ君仕事があったな?
ツンから聞いていたが、休日も仕事だったんじゃなかったか?」
「まぁ、ちょっとくらい休んでもバチは当たらないだろ。」
「そうか?
じゃあ、待ち合わせ時間と場所とかは後でメールする。」
「あぁ。」
電話を切る。
ツンが死のうとした理由を知るには俺は知らないことが多すぎる。
博識で現実的で、そして何よりツンから相談を受けていたクーなら
もしかしたらツンの心の内を知っているかも知れない。
そんな淡い期待と他力本願な考えを胸に俺はクーに話を電話した。
20
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2006/11/22(水) 23:04:56.45 ID:yBAdpMrj0
矢次早に今度はブーンに電話をかける。
「もしもしだお?」
「よう、ブーン。
今、電話大丈夫か?」
「大丈夫だお。
それにしても、珍しいお。
ドクオから電話してくるなんてだお。」
まずは当たり障りのない世間話を交わす。
俺がブーンから聞こうとしている話は下準備なしに
いきなり切り込むにはあまりにも重い話だ。
21
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2006/11/22(水) 23:06:04.63 ID:yBAdpMrj0
世間話をしていて俺はブーンの声色が少し明るくなっていた事に気付き、
そう気付いたのとほぼ同時に声の変わり具合に負けない話がブーンの口から飛び出した。
「新しい就職先を探そうかと思うんだお。」
「そっか。
で、決まりそうなのか?」
「前のプロジェクトで一緒に働いた外の人が
ちょうど人を欲しがってるようなんだお。
それで、明日、話を聞きにいくお。」
「そうか。良かったじゃねぇか。
決まったも同然だろ?」
「ふふ、当たり前だお。」
23
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2006/11/22(水) 23:07:12.36 ID:yBAdpMrj0
そこで一瞬、会話が途切れる。
「……どうかしたか?」
「いや、なんでもないお。
………ちょっと質問していいかお?」
「なんだ?」
「昨日のあの電話は、何だったんだお?」
―――あぁ、あれか。
「さぁてな。
おまじないみたいなもんだよ。」
「そうかお。」
「あれがどうかしたのか?」
「いいや、何でもないお。」
「あぁ、ところでなブーン。」
「なんだお?」
俺は本題を切り出した。
27
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2006/11/22(水) 23:12:46.49 ID:yBAdpMrj0
「変な事を聞くようだけど、お前さ、ツンに………その………」
この無神経極まりない質問で、せっかくまた普通に話が出来るようになった
関係を壊してしまうのではないかという不安が走り、その不安が俺を口どもらせる。
「どうしたんだお?」
意を決して言葉を紡ぐ。
「ツンに、暴力とか振るったか?」
言い切ると同時に電話の向こうから明らかに驚いたような呻き声が耳に入り、少し後悔した。
30
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2006/11/22(水) 23:18:40.79 ID:yBAdpMrj0
「……ツンから、聞いたのかお?」
俺は何も答えず、無言を返す。
「ドクオの言うとおりだお。」
ブーンはツンを、殴った。
一度や二度じゃないお。
毎日毎日、何時間も繰り返し殴り続けたお。」
段々とブーンの声が涙声になっていく。
34
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2006/11/22(水) 23:22:34.38 ID:yBAdpMrj0
「止めてと泣き叫ぶツンを繰り返し、殴り続けたお。
擦り傷が出来ても、血が出てもブーンは止められなかった。
仕事をなくしたダメなブーンに、いつも通りの笑顔でご飯を作ってくれるツンを
どうしても直視できなかったんだお。
そして、酔った勢いに任せて…殴って、蹴って、物をぶつけて怪我をさせたお。
…部屋の隅っこで怯えていたツンの姿は今もまだ夢に見るお。」
35
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2006/11/22(水) 23:26:47.32 ID:yBAdpMrj0
「出来るなら………」
「ツンにきちんと謝りたいお。
離婚すると言われてもいい。
ただ、心から謝りたい。
今は、そう思っているお。」
ブーンの声は震えていた。
38
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2006/11/22(水) 23:30:50.13 ID:yBAdpMrj0
「…すまないお。
また、愚痴を聞かせてしまったお。」
「いや…俺こそ、無神経な事聞いたな。」
「聞いてもらえて、何だか少し気が楽になったお。
知られて、良かったのかも知れないお。」
ブーンはあはは、と乾いた笑いを上げる。
「軽蔑するかお?」
やや真剣な口調でブーンが呟く。
39
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2006/11/22(水) 23:33:34.55 ID:yBAdpMrj0
「出来ないよ。」
軽蔑されるのは俺も同じだからだ。
俺はツンを………抱いて、そして見殺しにした。
「悪かった。
ただ、どうしても聞いておきたかったんだ。
本当に、すまん。」
最後にいくつかやりとりを交わして電話を切る。
ブーンの震える声を思い出して罪悪感に駆られた。
40
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2006/11/22(水) 23:36:08.66 ID:yBAdpMrj0
だけど、ツンが死んだ理由を見出すために、俺は生きると決めたんだ。
とにかく、今、俺が選び得る選択肢を滅茶苦茶に
あるだけ全部を選ぶしかなかった。
それはとても醜い足掻きで、傍から見れば何をしているのか
理解に苦しむ行動だったと思う。
だけど、皮肉にもデタラメに動き回っている時
俺は僅かに”それ”を忘れる事が出来ていた。
実に皮肉にも………
45
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2006/11/22(水) 23:46:40.97 ID:yBAdpMrj0
------------------------
昼休みの始まりを告げるチャイムがフロアに鳴り響く。
「かぁ〜!メシだ!」
ジョルジュが嬉しそうに立ち上がり大きく伸びをする。
「おやおや、ジョルジュ君は相変わらず食欲旺盛だねぇ。」
「腹が減っては戦は出来ない、っすよ!」
「タハァー、こやつめ。」
上司とジョルジュの何気ないやりとりを見て、つい笑みがこぼれ、
ジョルジュがそんな俺の視線に気付いてニヤニヤしながら席に寄って来る。
46
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2006/11/22(水) 23:49:33.60 ID:yBAdpMrj0
そして俺の方をガシッと掴んで
「なぁ〜にニヤニヤしてんだよ?
オラ、メシ行くぞ!」
「あ、あぁ…いや、すまん。
今日はちょっと止めとく。」
ジョルジュの誘いは嬉しかったが、俺はその誘いを申し訳なさそうに断った。
ジョルジュは?マークが出そうな怪訝そうな顔をする。
「あん?メシ食わないのか?」
「ちょっと腹具合が悪くてさ。」
49
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2006/11/22(水) 23:52:50.83 ID:yBAdpMrj0
軽く腹をさすりながらへへっと笑いながら答える。
この間の睡眠薬の大量摂取以降、薬のせいかどうしても
胃が固形物を受け付けなくなっていた。
50
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2006/11/22(水) 23:55:12.29 ID:yBAdpMrj0
「そうなんか?
そりゃいかんな。」
ジョルジュはそう言って机の中から薬と何かのパックを取り出し
それを俺の机の上に置いてくれた。
「ウィダーインゼリーとセイロガンだ。
これでとっとと体調直せよ。」
いつものニカッという効果音の付きそうな豪快な笑みを見せる。
胃の調子と断続的に来る頭痛を除いて、日常は暫定的に元の色を
取り戻したような気がした。
あくまで、暫定的に。
54
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2006/11/22(水) 23:58:32.35 ID:yBAdpMrj0
クーと会う約束の日を数日後に控えた日の夜。
久方ぶりにブーンの方から電話がかかってきた。
「ドクオ。
ちょっといいかお?」
その声は以前、話した時と同じ明るさを持った声だった。
第一声を聞いてそう判断して、まずはホッとする。
「再就職先が決まったんだお。」
55
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2006/11/22(水) 23:59:25.07 ID:yBAdpMrj0
その言葉を聞いた途端、考えるよりも先に言葉が出た。
心の底から祝福の言葉が。
「そっか!
良かったじゃねぇか!
おめでとう!!」
「ありがとうだお。」
56
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2006/11/22(水) 23:59:43.93 ID:yBAdpMrj0
バカみたいに「おめでとう」を繰り返す。
少し前…ブーンが呪いを吐いていた頃には考えられなかった。
ブーンからの話も、こうして俺がブーンを祝福出来る事も。
昼間に感じたいつもの色が俺達の間にも戻りつつあると思えた。
だが…
60
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2006/11/23(木) 00:03:14.94 ID:tJnLi/7X0
「人間はやり直すことが出来るという事を証明出来たお。」
ブーンはゆっくりと、俺に語り聞かせるような口調でそう言った。
「あ、あぁ?そうだな。」
「なぁ、ドクオ。
知っているなら、でいいんだお。
ツンは、どこにいるか教えてくれないかお?」
61
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2006/11/23(木) 00:04:44.46 ID:tJnLi/7X0
「ドクオの所にツンがいるとは思っていないお。
………極端な話、ツンはまだ生きていると思うかお?」
「なんで、そう、思ったんだ?」
「ツンの部屋に、それらしい痕跡があったんだお。」
64
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2006/11/23(木) 00:06:37.69 ID:tJnLi/7X0
「ドクオ。頼むお。
知っているのなら、教えて欲しいお。」
ブーンのその言葉には並々ならない覚悟が宿っていた。
何を伝えられても受け止めてみせる、という…そんな覚悟。
その覚悟を汲み取って、俺は答えた。
「…死ぬ、って言ってた。」
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2006/11/23(木) 00:09:54.64 ID:tJnLi/7X0
我ながら肝心な所を濁した卑怯な答えだと思う。
俺はツンの最期を看取ったじゃないか。
最期の後姿が”聞こえなくなるまで”立っていたじゃないか。
罪悪感に似た後味の悪い感情が頭を駆け巡る。
「そうかお。
………分かったお。
教えてくれて、ありがとう。」
自分で言って自分で困惑している俺をよそに
ブーンは、さらりと礼を述べた。
70
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2006/11/23(木) 00:12:34.69 ID:tJnLi/7X0
「ドクオ。
聞いてくれるかお?」
「なんだ…?」
「今更だけど、家庭は人生の負債だと、ブーンは思うお。
やっぱり、ブーンは独りでいるべきだった。
ツンには、たくさん迷惑をかけたお。」
そこからブーンの長い懺悔が始まった。
73
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2006/11/23(木) 00:15:06.94 ID:tJnLi/7X0
先にいったツンへの謝罪。
ツン方の父親に預けた娘への謝罪。
俺やクーへの謝罪。
その他、ブーンが関わった見知らぬたくさんの人への謝罪。
その謝罪の言葉に違和感を感じ、
違和感は一つの疑問になり、それはすぐに確信へと変わった。
75
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2006/11/23(木) 00:17:09.53 ID:tJnLi/7X0
「ブーンがツンを殺してしまったんだお。
だから、責任を果たそうと思うんだお。」
「責任を果たす?」
「ツンの後を追うお。」
79
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2006/11/23(木) 00:19:29.04 ID:tJnLi/7X0
「な、に……言ってんだ?」
「居なくなってやっと分かったんだお。
ブーンはツンを本当に愛していた。
本当に本当に、本当に、愛していた!」
「何を今更…」
俺の言葉を遮ってブーンは尚も言葉を繋げる。
82
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2006/11/23(木) 00:23:26.31 ID:tJnLi/7X0
「最初は子供が出来たから、何となくで結婚をしたお。
だけど…あぁ、だけど今になって分かったんだお!!
ツンは、ブーンの人生に居なくてはならない…
何よりも、何者よりも大切な存在だったんだお!!」
このせかいに居ないツンへ叫ぶように、ブーンは告白した。
その迫力に気圧されそうになるが、ブーンの告白には
大事な事が欠けている。
84
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2006/11/23(木) 00:25:10.19 ID:tJnLi/7X0
「娘は!?デレちゃんはどうするんだよ!?」
「大丈夫だお。
生命保険はちゃんと掛けてあるお。
その金と今までの貯金があればデレが成人するくらいまではもつお。」
「金の問題じゃないだろ!?」
「でも、それがあれば生きていけるお。
ツンの親もデレを可愛がっているお。」
「デレちゃん置いてツンの後を追うのが本当に
責任を果たすって事になるのか!?」
「だから言ったお。」
87
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2006/11/23(木) 00:27:39.68 ID:tJnLi/7X0
「ブーンは誰よりも………娘よりもツンを愛しているお。」
「言ってる事、滅茶苦茶だぜ。」
「ブーンもそう思うお。
正直に言うと、これはもう半分、意地みたいなもんなんだお。」
「だったら、娘さんをちゃんと育ててからにしろよ!」
91
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2006/11/23(木) 00:30:13.64 ID:tJnLi/7X0
「それが出来ないから、ブーンは家庭を持つべきじゃなかったんだお。
確かに、娘は…デレはこの広い世界に僕とツンの遺伝子を持ったたった一人の存在だお。
だけど、どうしてなんだろうかお。
どうしても、それが客観的にしか見えないんだお。
とても身近な事なのに、そう感じられないんだお。
案外、ニュースとかになってる自分の子を虐待する親はみんな
ブーンと同じ考えなのかも知れないお。」
「ツンは死後の世界信じて無かったぜ?」
「関係ないお。
死後の世界があろうと無かろうと、関係ないんだお。
ブーンは、ブーンの意地を通してやるんだお。」
言い放ったブーンの言葉には何の迷いもなかった。
94
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2006/11/23(木) 00:33:03.61 ID:tJnLi/7X0
「お、俺のせいか?」
「お?」
「ツンへの暴力の事を根掘り葉掘り聞いたから…それで………」
「自惚れるんじゃないお。」
95
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2006/11/23(木) 00:34:47.20 ID:tJnLi/7X0
「ブーンは、ブーンだお。
ドクオ如きに心を突き動かされたりはしないお。
ブーンは自分の意志で、決めたんだお。」
久しぶりに聞いた、ブ−ンの強気な発言だった。
学生の頃、よく凹まされた自信たっぷりの言葉………
それは紛れも無く俺がよく知る男、
俺が尊敬した男…内藤ホライゾンの言葉だった。
98
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2006/11/23(木) 00:36:19.09 ID:tJnLi/7X0
「せっかくだから、もう一つだけ伝えておくお。
ドクオは、多分ブーンと一緒だお。」
「どういう事だよ?」
「ドクオは絶対に幸せにはなれない。」
101
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2006/11/23(木) 00:38:17.45 ID:tJnLi/7X0
「な、なんだよ?
それ………?」
「最後まで聞くんだお。
そして、忘れないで欲しい。
例え、幸せがなくても、苦しみしかなくても…」
―――お前は、生き続けるんだ。
106
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2006/11/23(木) 00:39:58.12 ID:tJnLi/7X0
「道は示したお。
人はやり直せる。
だから、頑張るお。」
道を示した?
それは、もしかして懲戒免職を受けたブーンが
再就職が決まったという事を指すのだろうか?
「それじゃあ、さようならだお。
どうか、元気で生きていくんだお。」
考えをまとめる間もなく、ブーンは電話を切った。
108
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2006/11/23(木) 00:41:17.27 ID:tJnLi/7X0
わけがわからなかった。
さっきまで、本当についさっきまでいつもと同じように
話が出来たのに。
学生の頃に見せた自信たっぷりな発言も聞けたのに
なのに
「なんで、いきなりそんな迷いもなく死ぬとか言うんだよ?」
111
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2006/11/23(木) 00:42:29.91 ID:tJnLi/7X0
電話をかけなおしても電話は繋がらない。
不安を募らせて、一睡も出来ずに朝を迎えた。
翌日の昼、ブーンが死んだとブーンの親から連絡があった。
本当に、ブーンはあっさりとやってのけたのだ。
死因は事故死。
車に飛び出して死んだらしい。
113
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2006/11/23(木) 00:44:04.15 ID:tJnLi/7X0
傍から見れば事故死。
だけど…実情は………自殺。
手の込んだ自殺じゃないか。
見も知らぬ、ブーンを轢き殺したドライバーに心から同情する。
115
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2006/11/23(木) 00:45:55.89 ID:tJnLi/7X0
絶望感と喪失感に打ちのめされる。
どうしてこうも簡単に死ねたんだ?
俺には出来なかったのに…。
きゅっと胃が痛む。
そんな俺をよそにブーンの親は俺に葬式に出て欲しいと申し出て来て、
俺はそれを承諾した。
117
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2006/11/23(木) 00:47:36.17 ID:tJnLi/7X0
そしてブーンの葬式の日、残り少ない有給を使って
俺は日帰りでブーンの告別式場へ向かった。
淡々とした葬式、棺桶には二度と動くことのないブーンが収められていた。
周囲の目を盗んで、そっとその顔に触れる。
とても冷たくて、それがブーンだったとは信じられなかった。
119
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2006/11/23(木) 00:49:45.12 ID:tJnLi/7X0
”ドクオは絶対に幸せにはなれない。
例え、幸せがなくても、苦しみしかなくても…
―――お前は、生き続けるんだ。
道は示したお。
人はやり直せる。
だから、頑張るお。”
ブーンの最期に残した言葉が反芻する。
幸せの定義が何かは知らないが、実に嫌な一言を残して死んだものだ。
124
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2006/11/23(木) 00:52:59.51 ID:tJnLi/7X0
当然の事ながらブーンの部屋からは遺書の類は何も見つからなかったらしい。
だけど、遺言とその意志は俺が確かに受け取った。
ちっぽけな、ブーンの精一杯の真心で作られた”証明”。
ツンから託され、ブーンへ返したはずの”想念”。
その二つは 確かに 受け取った。
138
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2006/11/23(木) 01:30:07.88 ID:tJnLi/7X0
----------------------------
告別式場。
顔以外を黒一色に染めた人々が取る態度は大きく二種類に別れていた。
悲しそうに俯くか、あるいはブーンとは別段親交はなかったが付き合いや世間体を考えて
悲しそうなフリをするか。
そのどちらかで、本心から悲しんでいるか、フリをしているだけかは容易に判別がついた。
”………今の俺の姿はどちらに見えるのだろう?”
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2006/11/23(木) 01:32:38.43 ID:tJnLi/7X0
式場でツンの父親の姿を見かけた。
ブーンの両親と穏やかならぬ表情で話をしている。
それはそうだろう。
ツンは未だに「行方不明」で、ブーンとツンの娘の親権や
ブーンの保険金の事やこれからの養育費など
決めなければならない事は山のようにある。
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2006/11/23(木) 01:33:07.77 ID:tJnLi/7X0
現実問題、無責任な話だとは思う。
だけど、責めるべき相手は既に居ない。
改めて自殺は究極の責任逃避だと思わされる。
144
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2006/11/23(木) 01:36:38.35 ID:tJnLi/7X0
「あ、おじちゃん……。」
両家の気まずい空気に耐えかねて、ブーンとツンの娘、
デレが俺の元に駆けて来た。
「よう、デレちゃん。久しぶり。
俺の事覚えててくれたんだな。えらいぞ!」
小さい子は物覚えがいいと言うが、ほんの二・三度顔を
あわせただけの俺の顔を覚えていたのには驚いた。
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2006/11/23(木) 01:39:00.03 ID:tJnLi/7X0
「あのね、おじちゃん。」
少し困ったような顔でブーンの棺桶を指差す。
「お父さんね、ずっと寝てるの。」
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2006/11/23(木) 01:40:28.26 ID:tJnLi/7X0
「いつ目を覚ますの?」
「おじいちゃんもおばあちゃんもずっと怒ってるの。
デレ、悪い事したのかな?」
「お父さんがね、目を覚ましたらデレ、お母さんみたいに
ビールをコップについであげるんだ〜。」
小説やマンガでしか聞いたことの無いような台詞が次々と耳に刺さる。
150
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2006/11/23(木) 01:43:47.94 ID:tJnLi/7X0
(あぁ、マンガなんかだったら別に何とも思わなかったけど…
実際に、目にすると…すげぇやるせない気持ちになるんだな………)
思わず涙腺が緩む。
だけど、泣くわけにはいかない。
「デレちゃんが良い子にしていれば
その内目を覚ますよ。」
152
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2006/11/23(木) 01:44:34.78 ID:tJnLi/7X0
「本当?
またブーンしてくれる?」
「してくれるさ。」
「お母さんも帰ってくる?」
「ああ………」
口から漏れたその言葉は肯定の返事ではなく
最早、答えにならない呻き声だった。
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2006/11/23(木) 01:49:04.26 ID:tJnLi/7X0
「どうしたの?おじちゃん?」
デレが不思議そうに俺の顔を覗きこむ。
俺は、ツンの面影を持つ少女の顔を直視出来なかった。
158
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2006/11/23(木) 01:50:45.75 ID:tJnLi/7X0
「ドクオ君。」
聞きなれた声のする方向を見ると、喪服を身に纏ったクーの姿があった。
「クー。
………久しぶりだな。」
「そうだな。
デレちゃんも元気だったか?」
クーが優しく微笑みながらデレに視線を合わせる様にしゃがんで
話しかけたが、デレはおずおずと俺の後ろに隠れて、少し怯えたように
クーを見ていた。
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2006/11/23(木) 01:52:45.99 ID:tJnLi/7X0
「む………私を、覚えてないか?」
デレはこくんと頷く。
「そうか…。
お母さんの友達のクーだ。
クーお姉さんと呼んでくれ。」
「お母さんの友達?
本当?おじちゃん?」
「あぁ、本当だよ。」
デレはふぅん、としげしげとクーを見つめてにっこりと笑った。
クーもそんなデレに優しく微笑み返す。
デレの笑顔は、ツン譲りだと思った。
163
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2006/11/23(木) 01:58:18.77 ID:tJnLi/7X0
「デレちゃ〜ん!
こっちにおいで!」
ツンの父親がデレを呼び、振り返った俺とクーと目が合った。
お互いに軽く会釈する。
「じゃあおじちゃん。クーお姉ちゃん。
またね!」
ぶんぶんと力いっぱい手を振ってデレちゃんはツンの父親の元へ駆けていった。
何度も何度も、俺達を振り返りながら。
ぎゅっ、とクーがバッグを強く握ったのが見えた。
俺も、気が付けば拳を強く握っていた。
167
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2006/11/23(木) 02:01:55.94 ID:tJnLi/7X0
葬式の後、俺とクーは人気の無い道を並んで歩いていると
クーは俺の姿を横目で見て呟いた。
「それにしても、おじちゃんか。」
「何だよ?」
「普段は学生に見える君も、デレちゃんにはおじさんっぽく見えるようだな。」
クーはいたずらっぽく微笑む。
俺はムッとして軽く怒った表情を作る。
ほんの少し、気が和らいだ。
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2006/11/23(木) 02:02:40.30 ID:tJnLi/7X0
「なぁ、クー。」
「なんだ?」
「死ぬ前にさ…ブーンから電話があったんだ。」
笑っていたクーの表情が急に真剣になる。
「娘よりも、ツンの後を追うことを選ぶって、そう言ってた。」
「そうか…。
分かってはいたが、自殺だったんだな。」
「………あぁ。」
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2006/11/23(木) 02:07:05.92 ID:tJnLi/7X0
「なぁ、クー。
あいつは、間違ってるよな?
生きてる娘を置いて…ツンを………選んだっていうのは。」
「なぁ、ドクオ君。
…話を変えるようで悪いが、聞いてくれるかな?」
「なんだ?」
「ツンは最期に笑っていたか?」
クーの鋭い視線が俺を射抜く。
蛇ににらまれた蛙のように、身体が動かなくなったような気がした。
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2006/11/23(木) 02:08:17.81 ID:tJnLi/7X0
「本当の事を話すよ。」
一度視線を空に向けて、深く息を吸ってクーは話し始めた。
「ツンから、ツンが音信不通になる前の日に、連絡があったんだ。
明日、樹海で死ぬとな。」
心臓が恐ろしい速さで高鳴る。
一枚一枚、見られたくない事を剥ぎ取っていくような
クーの言葉にはそういう刃のような冷酷さと鋭さが込められていた。
「君に見送られて死ぬと、そう言っていた。」
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2006/11/23(木) 02:11:24.90 ID:tJnLi/7X0
「………知ってたんだな。」
自分でも驚くほど冷静な声で俺は答えた。
「あぁ、知っていた。
すまない。」
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2006/11/23(木) 02:14:13.01 ID:tJnLi/7X0
「あとは君とツンが一夜を共にした事も、知っている。」
「カマかけか?」
「そう思うか?」
「………あぁ。」
「そう思いたい気持ちはよく分かるが、な。
君が知られたくないと思っている事は大体把握しているつもりだ。」
そこまで聞いて把握した。
”私には嘘は無しにして欲しい”と言ったクーの真意が。
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2006/11/23(木) 02:15:56.59 ID:tJnLi/7X0
「勘違いしないでくれ。
私は何も君を咎めるつもりはない。」
「え?」
目と言葉に鋭さと冷たさは残ったままだったが、思いもしなかった
クーの言葉に一瞬、緊張が解れる。
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2006/11/23(木) 02:16:53.64 ID:tJnLi/7X0
「学生時代、ツンは君に気があったんだ。
確かな好意ではなかったにせよ、あの頃から
ツンは異性の友人が少なかったからな。
ブーンか君か、それくらいしかいなかった。」
本当は会った日に話すつもりだったんだがな…
そう一言言って、そして、淡々と語り始めた。
「ブーンに虐待されて苦しかった時期に
楽しかった時期を想起して思ったんだろう。
ブーンと君という選択肢の中から君を選んでいたら、という事をな。
あの頃、ツンは電話でもよく話していたよ。
学生の頃の事を懐かしむように、な。」
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2006/11/23(木) 02:18:56.73 ID:tJnLi/7X0
「さっきも言った通り私は君を責めはしない。
軽蔑したりもしない。
仮初めながら、君への屈折した想いは僅かだったとは言え
確かにツンの生命を繋ぎとめていたんだと、私は思うから。」
屈折という言葉にツンのあの壊れた笑顔を連想する。
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2006/11/23(木) 02:20:54.88 ID:tJnLi/7X0
「それに、思うんだ。
私達はまだ20代前半だ。
君もブーンも勘違いしているようだが、きっと20代前半の人間なんて
まだまだ子供で心もうつろいやすいものなんだと、私は思う。
本当に困ったとき、見つけ出せる選択肢は”大人達”に比べて
きっと驚く程に少ないのだろうな。」
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2006/11/23(木) 02:21:41.21 ID:tJnLi/7X0
「若さの上に、ブーンもツンも、君も、そして私も………
実に狭い人間関係の間でしか生きてこなかったからだろうな。
一人が苦しくなると連鎖的に苦しみが広がる。
なまじ、互いを繋ぎとめているのは友情という切り捨てにくいものだから
尚の事、対処に困る。」
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2006/11/23(木) 02:22:20.28 ID:tJnLi/7X0
「さっきの質問の答えを私なりに述べさせてもらう。」
さっきの質問?
一度頭の中で復唱して理解した。
”なぁ、クー。
あいつは、間違ってるよな?
生きてる娘を置いて…ツンを………選んだっていうのは。”
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2006/11/23(木) 02:23:19.44 ID:tJnLi/7X0
「みんながみんな、ある意味で狂っていた。
視野が狭くなっていた。
そして、狭い視野のままに我を通したんだ。
誰も間違っては居ない。
ツンを拒めず抱いた君も、
君に歪な傷跡を残して死んだツンも、
全ての責任を放棄して死んだブーンも、
そして、全部知りながら傍観者を通した私も。
だから、今だけでいい。
信じろ。
思い込め。
誰も間違っては居ない、と。」
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2006/11/23(木) 02:23:56.68 ID:tJnLi/7X0
「だけど、そのせいでデレちゃんは………」
「例え、君や私がどれだけブーンの選択に異を唱えても
ブーンの主観では、それは間違いにはならないんだ。」
「…どういう事なんだ?」
「………正しいも間違いもないんだ。
ブーンは死んで、デレちゃんは両親を亡くしたまま生きていかなければならない。
そこに横たわる現実を前に正しいも間違いも、存在しないんだ。」
「横たわる…現実……?」
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2006/11/23(木) 02:26:03.26 ID:tJnLi/7X0
「それに、揚げ足を取るようで何だが君の正しいか間違いかという
”意味のない答え”をブーンにあてがうなら君の行動もまた
間違いとされなければならなくなるんだぞ?」
俺の行動も、間違いとされる?
ハッとして気付く。
元を正せば、俺があの日、このせかいから去ろうとするツンを止めていれば
もしかしたらこうはならなかったのかもしれない…
そんな期限切れの可能性を想像した。
そうだ。
もう、期限切れなんだ。
いくら間違いだと叫んでも、現実はもう変わらない。
ブーンは死んでデレちゃんは両親のいないまま生きていかなければならない…。
”意味のない答え”………全くだ。
俺は、的外れな事を考えていたんだな…。
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2006/11/23(木) 02:27:30.59 ID:tJnLi/7X0
例えようの無い何かに打ちのめされて俺は空を仰いだ。
そっと、俺の手に柔らかいもの触れる。
クーの手だ。
「なぁ、ドクオ君。
ウェルテル効果という現象を知っているか………?」
クーは俺と手を繋ぐ格好で、どこか遠く、空の向こうを見つめながら言葉を紡いだ。
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2006/11/23(木) 02:29:10.17 ID:tJnLi/7X0
「大切な人が死ぬことで 連鎖的にその人に近しい人々が
死んでいく現象………
ゲーテの著書。
”若きウェルテルの悩み”という作品に由来する現象だ。」
瞳を閉じて、クーは俯く。
「君はどうする?」
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2006/11/23(木) 02:30:27.97 ID:tJnLi/7X0
―――死ぬのか?
―――それとも、生きるのか?
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2006/11/23(木) 02:31:44.10 ID:tJnLi/7X0
「私はデレちゃんのことも心配だ。
だけど、あの頃の…大切な友達である君がどうするのか。
それが心配なんだ。」
それまで淡々と話をしていた冷たい表情から打って変わって、クーの表情が
悲しみに染まる。
「クー…?」
「これ以上、私は友達に死んで欲しくない。
だからッ!!」
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2006/11/23(木) 02:34:56.18 ID:tJnLi/7X0
叫びながら、クーが俺に胸に飛び込む。
体勢を崩しそうになりながら、しっかりとクーを抱き止める。
「今は何も考えないで!!
何が正しいことで何が間違いなのかは
今だけは忘れて!!」
俺の顔に胸を埋めてクーは泣いていた。
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2006/11/23(木) 02:36:27.41 ID:tJnLi/7X0
「………だから、死なないで。」
小刻みに震えるその肩をしっかりと支えるように、包み込むように抱きしめる。
考えなければならない事を
考えようと思った事を
全て、考えるのを後回しにして………
俺は暫定的な赦しに甘んじた。
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2006/11/23(木) 02:37:21.95 ID:tJnLi/7X0
曖昧で無責任で適当な距離感を持った俺達の関係はこうして始まった。
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