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ドクオが生きるという事について考えるようです


第1話

1 :1:2006/11/13(月) 00:19:35.03 ID:e68qkRWc0
ウェルテル効果という現象がある。
大切な人…一般的に言えばカリスマ的な存在が死ぬことで
連鎖的に後を追うように人が死んでいく現象………
それがウェルテル効果である。

2 :1:2006/11/13(月) 00:21:20.11 ID:e68qkRWc0
 吹きすさぶ冬の風が街を撫で、その風に震える樹が窓越しに見えた。
外とは打って変わって暖かいホテルの一室。
事を終えた俺とクーは身体を寄せ合っていた。
クーの背に手を這わせ、もう片方の手でクーの髪を優しく撫でる。
やはり今日も、どうしようもなく申し訳ない気持ちになった。

「ドクオ君。」

 俺の胸元に顔を置いたままクーは不機嫌そうな表情で
覗き込んできた。

3 :1:2006/11/13(月) 00:23:20.54 ID:e68qkRWc0
「君、途中でツンの名前を呼んでいたぞ。」

 俺はしまった、というような表情をしたと思う。
間抜けな俺の表情を見てクーはため息を漏らす。

「やれやれだな。
 君を責めたりはしないが…。」

「すまね。」

 もう一度ため息を漏らしてクーはシャワーを浴びに行くと残して
シーツで胸元を隠しながらベッドを出る。
俺はそんなクーを見送り、脱ぎ捨てた上着の胸ポケットに
入れていた煙草の箱から一本煙草を取り出す。

4 :1:2006/11/13(月) 00:24:44.17 ID:e68qkRWc0
 備え付けのマッチで火をつけて煙草を吸う。
途端、煙草の匂いとクーの匂いが混じった何ともいえない匂いに包まれる。

 銘柄はピース。

ツンが吸っていたから俺もこれを吸っている。
そして、クーもその事を知っている。
クーにしてみれば実に腹の立つ話だろう。
俺自身、この事に限らず、クーには本当に申し訳ないと思っている。

6 :1:2006/11/13(月) 00:27:05.38 ID:e68qkRWc0
 クーとはつい最近、付き合う事になった。
ツンが自殺したのをきっかけに、付き合う事になった。

 きっかけとしては最悪だろう。
だが、それでも俺にはクーとのこの曖昧な無責任さと自由さが
確かに存在する距離感が心地良かった。

 我ながら思う。俺は最低だと。

8 :1:2006/11/13(月) 00:29:23.24 ID:e68qkRWc0
----------------------

 ここ最近、近しい人の死に触れる事が多かった。
見殺しにした………というのは語弊があるが
要は死にたいと相談を持ちかけてきた友人達が
悩み抜いた果てに見出した”自殺”という選択を止めずに、
むしろわが身可愛さに後押しするような事を言ったのに端を
発するのだと思う。

10 :1:2006/11/13(月) 00:33:41.53 ID:e68qkRWc0
 その友人達はブーンとツンという名前だった。

 俺とクーがまだ学生だった頃に出会い、一緒に色々とバカをやった間柄だ。
貴重な青春時代を、共に過ごした掛け替えのない仲間だ。

 ブーンとツンはその頃は性格が合わず、洒落にならないケンカをしては
和解するという見ている側にとって心臓に悪い事を繰り返していた。
しかし、男女関係というものは何者にも予測できないという
誰かの言葉の通り、二人は紆余曲折を経て結婚するに至った。
 二人の間に子供が出来て、結婚すると聞かされた時には
クーも俺も驚いた。

11 :1:2006/11/13(月) 00:35:39.22 ID:e68qkRWc0
 性格的にはちょっとクセが強く、それでも自分の意志と信念を
強く持っている二人はそれなりにうまくやっていたようだった。
程なくして愛娘も生まれた。

 学生の頃と違い、ブーンとツンを除いてオレもク−も
全員、就職や進学の都合で離れた場所に住み移ったが、
偶然、四人が揃って地元に揃う事があり、俺達は久しぶりに
顔をあわせた。

 人妻となり、母となったツンはさらに魅力的になり、
ブーンはブーンで一児の父として、さらに若いながらに
何かしらの役職に就いた事もあってか、逞しい顔つきになっていた。
それに比べて、俺は相変わらず学生に間違われるような
子供っぽい顔つきのままだった。

12 :1:2006/11/13(月) 00:36:38.14 ID:e68qkRWc0

「おめでとさん。」

 学生時代によく利用していた居酒屋。
手にしていたグラスをブーンのグラスに合わせる。

「ありがとうだお。」

 どこか皮肉っぽく見える微笑を絶やさずにブーンが
グッと一息にビ−ルを飲み干す。

「26歳で昇進だろ?まぁ、スゲーよな。
 良かったじゃねーか。」

 ブーンに対抗するようにビールを一気に飲み干し、
白々しく言ってみる。
想像通り、ブーンは表情を曇らせた。

13 :1:2006/11/13(月) 00:37:46.38 ID:e68qkRWc0
「そうは言うけど、消去法でブーンしかいなかっただけだお。
 本当に上に立つべき人はみんな、辞めていってしまったお。」

 だよな。すまん。
俺も分かってて言った。

 俺もブーンも離職率の高い仕事に就いている。
だから、良い具合に育った人は次々と職場を変えてしまう。
若いながらの異例の昇進もこの業界を見渡してみれば
そう珍しい話ではなかった。

14 :1:2006/11/13(月) 00:40:36.64 ID:e68qkRWc0
「それでも、トントン拍子に出世を重ねてるんだ。
 羨ましい事じゃないのか?」

 クーが口を挟む。

「そうでもないお。」

「出世ってのは割にあわないもんだって言うもんな。」

「増える手取り以上に押し付けられる事は多くなるものだお。」

 入社し立ての頃が特にそうだ。
昇進や出世といったものがこの上ない栄誉だと思っていた時があった。
 だが、現場の現実、会社の中の人間関係の管理、
上層と下層の仕事への取り組み方の意識の相違、
”出世”とはそれらの管理を押し付ける体の良い言葉だと
いつからか俺達はそう認識していた。

16 :1:2006/11/13(月) 00:42:38.46 ID:e68qkRWc0
「だがまぁ、それが社会というものだろう。
 とにかくおめでとう。」

「あぁ、まぁありがとうだお。」

「気のない返事をするんじゃないの。
 せっかくクーもドクオも祝ってくれてるんだから。」

 少し曇った表情のブーンをツンが軽く小突く。
ブーンは少しムッとしたような表情になったが
すぐにやれやれ、といった素振りで普段の表情を見せる。

「そうだなお。」

 その何でもないやり取りに、ブーンとツンの間には絆が確かに
生まれて、育っているんだな、と思った。

「そういえば、ドクオは今の会社を辞めるって言ってなかったっけ?」

17 :1:2006/11/13(月) 00:44:21.22 ID:e68qkRWc0
 不意にツンが俺に話題を振る。
正直、蒸し返して欲しくない話題ではあった。

 去年の暮れ。
会社のプロジェクトが一段落した頃、俺は何を思ってか
今の職場を出てもっと大きな会社に行こうと考えた。
自身の実力も省みずに。

「あ、あぁ…。」

「まだ話してなかったのかお?」

 ブーンには転職について何度か相談を持ちかけた。
ブーンはまだまだ今の会社で技術を磨けと言っていたが
無駄に血気盛んな俺は会社を辞めてキャリアアップという
蜃気楼のような具体性のない何かを求める事を心に決めていた。

18 :1:2006/11/13(月) 00:45:46.69 ID:e68qkRWc0
 だが、上司にも話を通し、転職先への履歴書やその他
自分の実力をアピールするための作成物まで用意した所で、
不意に俺は自分の力に自信を無くしてしまった。
 俺は踏みとどまってしまったのだ。
ここで盲目的に飛ぶ事が出来ずに、俺は恥かしげもなく
もうしばらく会社に置いて欲しいと上司に頼み込んだ。
上司は特に嫌味を言うでもなく、新たな仕事を与えてくれて
何事もなく、同じ会社に身を置かせてくれた。
ありがたいと思った。
癖は強いかもしれない。だけど、安定した職場にいて、
俺は徐々に転職に見た夢を失いつつあった。

「もうしばらく今の職場に居る事にしたんだよ。」

「そうなんだ。」

「まぁ、それが一番だよ。」

 ツンもクーもどこかホッとした表情でそう言ってくれた。
だが、ブーンだけは違った。


「ドクオは半端者だお。」

19 :1:2006/11/13(月) 00:47:09.72 ID:e68qkRWc0
 上司に謝った後、ブーンにも会社に残るという事を報告した。
その時に、返された言葉はこれだった。

 一度は考え留めるように促したブーンだが
俺のあの時の決意を汲み、転職先についても色々と
情報を与えてくれたり、前向きに力添えしてくれただけに
ブーンからすると、俺がとったこの行動は裏切りと
言って差し支えのないものだったのだろう。
だけどブーンはそれだけ呟いて、その後は俺の今後について
また相談に乗ってくれた。

20 :1:2006/11/13(月) 00:48:14.09 ID:e68qkRWc0
 安堵してくれているように見える二人とは対照的に
今のブーンの表情はあの時、きっとこういう顔で
この言葉を言い放ったんだろうなと思わせる何とも言えない
表情だった。


23 :1:2006/11/13(月) 00:50:09.68 ID:e68qkRWc0
 それから、長い時間をかけて話をした。
二人の新婚生活の事。
ブーンや俺の仕事の事。
ブーンとツンの娘の将来の事。
クーの就職活動の事。

 話題はいくらでもあった。
だけど、時間だけは有限で、まだまだ話すことは
尽きなかったけれど、場はお開きとなった。

25 :1:2006/11/13(月) 00:52:42.37 ID:e68qkRWc0
「また機会があればみんなで揃って飲むお。」

 会計を一人で全員分済ませたブーンがそういってしめる。
今日こそは、と俺はサイフを取り出し、今日の為に用意しておいた
万札軍の中から二枚を取り出しブーンの手にねじ込む。
が、ブーンの方が上手で万札は俺の手にねじ込み返される。
おかえり、俺の一万円。

 これもまた、いつもと同じノリだった。

26 :1:2006/11/13(月) 00:54:01.79 ID:e68qkRWc0
「先行投資だお。
 ドクオが将来出世したらこれの何倍もの値のする料理を
 ご馳走するんだお。」

「おや?ドクオが出世出来るのか?」

ツンが笑う。
俺はムッとする。
ブーンとクーが俺を見て笑う。
俺達は本当に、いい仲間だ。
心の底からそう思う。

27 :1:2006/11/13(月) 00:55:13.02 ID:e68qkRWc0
 並んで歩くブーンとツンは昔と変わらず、サマになっていた。
歳にして俺とほんの二つ、三つしか変わらないその男の背を見て
俺は、俺なりにこの男という目標を追い求めていきたいと、
改めて思った。

28 :1:2006/11/13(月) 00:57:06.65 ID:e68qkRWc0

 時は流れ、季節にして夏の終わり。
厳しい夏の日差しの終わりと秋の到来を感じさせるある日。

ブーンが過労で倒れたと、ツンから連絡があった。


 仲間という絆で結ばれた俺達という歯車はここから
噛み合わなくなったのだと今にして思う。

30 :1:2006/11/13(月) 00:58:09.98 ID:e68qkRWc0

相当に劣悪なプロジェクトのリーダーを
任されているという話は聞いていたが、
それでも、まさかブーンが倒れるとは思わなかった。
連絡を受けて、俺は自分の仕事が順調ではないながらも
有給を貰い、日帰りでブーンの見舞いに出向いた。

32 :1:2006/11/13(月) 01:00:27.28 ID:e68qkRWc0

 受付でブーンの病室を聞いて白く長い廊下を歩く。
あれだけ俺に身体には常に気を配れと言っていた
ブーンが身体を壊したんだ。
どう からかってやろうかな、とそんな軽いノリで考えていた。
ほんのちょっとの言葉と、見舞いの品があれば全ては
元通りになるんだとこの時はそう思っていた。そう信じていた。


「内藤ホライゾン」というプレートのかけられた病室に辿りつく。
「病室内では静かに」という壁に張られたポスターに従って
遠慮がちにドアをノックする。

 返事はなかった。
トイレにでも行ってるのか?
またも遠慮がちにノックして、そしてドアを開けた。

「ブーン、居るか?」

33 :1:2006/11/13(月) 01:03:22.07 ID:e68qkRWc0

 ベッドの上にはブーンがいた。

「ドクオかお…よく来てくれたお。」

 だが、久しぶりに会ったブーンからは”覇気”が失せていた。
自信家でそのくせ隠れて努力をして、俺を小バカにしながらも
面倒見てくれる、野心家で憧れの男の面影はそこにはなかった…。

 こいつは誰だ?
思わず、心の中で俺は俺自身に問いかけた。

 しっかりしろよ。
こいつはブーンだ。ブーンに違いねぇんだ。

「な、なに暗い顔してんだよ。
 らしくもねぇ。」

 俺の声は劇やアニメを思わせるほどに上擦っていた。
見た目はブーンに違いない。だがオーラというか雰囲気はまるで
死人のような…ともかく形容しがたい負を感じさせた。

34 :1:2006/11/13(月) 01:04:48.60 ID:e68qkRWc0

 無理に取り繕ってブーンにお見舞いのシュークリームを手渡す。

「元気出せよ。
 お前がそんなんじゃ調子出ないだろ。」

「そうかお…。
 それはすまなかったお…。」

 それから一時間、ブーンと話をした。
と、いうよりも一方的に俺が喋りブーンが相槌を返すような
何とも滑稽で、苦痛しか感じない一時間だった。




35 :1:2006/11/13(月) 01:06:23.29 ID:e68qkRWc0

「じゃあ、また来るな。
 元気、出してくれよ。」

空気に耐えられなくなった俺はそこで見舞いを中断する事にした。

今は時期が悪かったんだ。

 そう自分に言い聞かせた。



「ドクオ。」

病室を出る前、ブーンが自ら口を開いてくれた。


34 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:24:46.81 ID:e68qkRWc0



「会社、クビになったお。」




 それだけ言って、ブーンは窓の外に広がる景色に目をやる。
それきり、奴は微動だにしなかった。

 窓の外から聞こえる遅生まれな蝉達の鳴き声が
病室の静寂を無遠慮に塗りつぶした。


35 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:25:39.07 ID:e68qkRWc0
 平日にも関わらず人のごった返す病院の待合室。

 ざわめきの中で無意識的に耳が拾う音もいくつかあったが
それらは全て耳で塞き止められ、頭には入って来ない。

 今の俺の頭の中にはさっきのブーンの言葉しかなかった。

”会社をクビになったお。”

 一回のミスでクビ?
有り得ないだろ、常識的に考えて。
だとしたら会社辞めますなんて上司に伝えた
俺なんてどうなるんだよ。


36 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:26:29.46 ID:e68qkRWc0
 まとまらない考えばかりが止め処なく出てくる。
だけど、ブーンのあの表情が物語るのは一つ。
ブーンが言った事は本当なんだ…という事。


「ドクオ。」

 騒がしい待合室の中、よく透るツンの声が聞こえた。
その表情はいつものような優しい笑顔だったが、心なしか
どこか曇っているようにも見えた。

37 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:27:15.74 ID:e68qkRWc0

「お見舞い、来てくれたんだ。」

「あ、あぁ。」

「ブーンには会った?」

「………会ったぜ。」

「そう。」

 そこまで言葉を重ねて、お互いに何も言えなくなった。




38 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:28:05.00 ID:e68qkRWc0

「すぐそこに喫茶店があるの。
 行かない?」

 無理に笑顔を作ってツンはそう提案する。
俺もツンを真似て無理に笑いながら頷いた。

 近くを歩いていた患者らしい男がぎこちなく笑う俺達を
不思議そうに見ていた。

39 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:28:42.33 ID:e68qkRWc0
---------------

 病院の向かいにある小さなこじゃれた喫茶店。
入り口から一番離れた隅っこの席に俺とツンは
向かい合うように座った。


「解雇…されたの。」

 注文を終えて最初に切り出したのはツンだった。
あまりの直球。少しは軽い話からかと思って身構えていなかった俺は
少し狼狽する。

40 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:29:20.68 ID:e68qkRWc0
 だけど、詳しく問いたださなければならない。

「一回のミスで解雇って、そんなの有り得るのか?」

 少なくとも、似たような業種で飯を食っている人間として…
それが公平な処遇なのか見極める義務がある。
そんな気がした。
 その証明がブーンの回復に繋がるかもしれない。
ツンの言葉を一言たりと聞き逃さないように、耳を傾ける。


「私は断片的にしか聞いてないけど……」


41 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:30:13.66 ID:e68qkRWc0
 ツンの話を要約し、俺なりにまとめるとこうだ。

とある小規模なプロジェクトをブーンは任された。
当初の予定なら何とか人数的にも期間的にも達成が
出来そうだという仕事だったらしいが、いつの間にか
どこか見知らぬ高い場所でプロジェクトに求められる成果物が
思いのほか重要視され出した。当初の予定にない嬉しい
アクシデント…と取れなくも無かったが期待値が肥大化し、
クライアントからの追加予算と何とも言えない現場指揮の
人材が投入され、ますますプロジェクトは大きくなっていった。
しかし、そこで一つの良くない問題が発生する。
途中で投入されてきたクライアントの人間というのが
全く技術力を持たない人間だったらしい。自己掲示欲だけは人一倍強く
指揮をしたがるという現場にとって害悪以外の何者でもない存在が
実作業だけではなく、人材管理まで任され、仕事を回していたブーンから
人材管理という部分を剥奪し、理解に苦しむ仕事の割り振りを始めた所から
プロジェクトは迷走を始めた。
ありえない期間でありえない大規模なモジュールを組め、
聞きかじったソースコメントの指示を徹底付ける。
そして、次々と人間が辞めて行ってしまった。
中には消息不明になった人間や身体に異常を来たした者もいたという。
親族から訴えられたが、その男は責任逃れだけは上手く全てを
ブーンに押し付け、自らは知らん顔をしてやり過ごし
会社が背負うことになった損失とクライアントからの信頼の裏切りの
責任者としてブーンは祭り上げられたのだ。

42 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:30:51.95 ID:e68qkRWc0

 そのプロジェクトについては俺も断片的にブーンから
聞いている分には有り得ない話だと思っていた。
だが、その有り得ないを成し遂げようと頑張って”今”に行き着いた。
救いのない話だ。
全ての責任を負わされて、ブーンは解雇を飛び越えて懲戒免職となった。

 毛色は違っても似たような業種だけに、似たような話はよく耳にする。
しかし、これはあんまりだと思った。


43 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:31:31.40 ID:e68qkRWc0

「なんだよ、それ!!」

 溜まりかねて口から悲鳴にも似た声が漏れ出した。

「………それからね、ブーンはああなっちゃったの。」

 運ばれてきたコーヒーカップを両手で包むように持ち、
俯いた視線のままツンは続けた。

「ブーンね、二回死のうとしたの。」


45 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:32:25.19 ID:e68qkRWc0
 あまりの告白に身体がビクリと反応する。
スプーンを掴みそこね、耳障りな金属音が店内に響いた。
ツンは表情を見せない格好のままに、なおも言葉を繋げる。

「一度目も二度目も首を吊ろうとしていたわ。
 わざわざ娘が見ている前でね。」

 吐き気を催した。
ブーンが、あのブーンがそんな真似をするようには見えなかった。
だけど、あの病室で見たブーンは…そうも、見える。

「くそったれ…。」

 言葉が見つからなかった。

46 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:34:23.37 ID:e68qkRWc0
だけど………ブーンに非はない。

そうだよ。
ブーンはどこかの誰かさんが言い出した”無茶”を通すために、
頑張ってボロボロになったんじゃないか。


ガタンと、大きな音を立てて椅子から立ち上がる。


「どこに行くの?」

 カップを両手で抱くように持った格好で、ツンが顔を上げる。
女性らしい仕草に少しドキッとする。


47 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:35:02.27 ID:e68qkRWc0
「もう一回、ブーンに会ってくる。
 それで説明してやるんだ。
 あいつは悪くなんかないんだって。」



「やめて。」



一瞬、ツンが何を言ってるのか分からなかった。


48 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:35:38.80 ID:e68qkRWc0
「え?」

「今は、そっとしておいてあげて。」

「何言ってんだよ!
 そんな悠長に構えてられないだろ!?
 いつまた死のうとするか分からないじゃないか!」

 ツンの両肩を掴んで周囲の客目も気にせず俺は叫んだ。
だけど、ツンは怯えた様子も驚いた様子もなく、
静かな湖面を思わせる平然とした表情で、ただ俺を見据えていた。


49 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:36:12.63 ID:e68qkRWc0
 ふっと、ツンの手が肩を掴む俺の片方の手を優しく撫でた。
柔らかく冷たい感触に狼狽して俺はツンの肩から手を離す。

 ツンの表情は相変わらず穏やかだったけれど、
その表情の下にはさっき見せた”拒絶”の意志が見て取れた。

 何故、ブーンに伝えちゃいけないんだ?

51 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:37:02.38 ID:e68qkRWc0

”お前は悪くなんかない。”

 その一言を届けちゃいけない理由でもあるのかよ?
意味が分からなかった。

 だけどこの話はここで打ち切られ、後は二人の近況とこれから…
そして万一の事を考えて、少しの間、娘をツンの実家の両親に
預けるという事を聞かされた。
 ここに来て、ようやく俺は気付いた。
―――何かがおかしくなり始めている、と。




52 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:37:41.68 ID:e68qkRWc0
 ツンの分も一緒に喫茶店の会計を済ませて店の扉を開ける。
扉に備え付けられたベルがガランガランと音を鳴らし
店員の「ありがとうございました」という声に見送られて
二人並んで店を後にした。
 店の外に出て時計を見る。
時間は三時半。空の色はまだまだ青い。

「それじゃあ今日はどうもありがとう。
 それと、ご馳走様。」

 にこっという音が聞こえそうな柔らかい笑顔を見せて
ツンは軽く頭を下げた。

「ご馳走っつってもコーヒー一杯分だけどな。」


53 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:38:29.30 ID:e68qkRWc0
 二人していくらか自然な笑みを漏らす。
何気ないやりとりだったが、少しだけ安心出来た。

「それじゃあ、俺そろそろ帰る。
 何かあったら連絡くれよ。」

「うん、ありがとう。」

「相談でも何でも、頼りないかもしれないけど
 俺でよかったら乗るからさ。」

「うん。」

 もう二つ三つ言葉を交わして俺とツンは別れた。
別れ際、ちらっと、ツンのバッグの中に煙草の箱が
入っているのが見えた。


54 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:39:05.80 ID:e68qkRWc0
ツンもブーンも嫌煙家のはずだったんだが…?
まさか娘さんが吸ってるってか?
なーんて、ようやく言葉を喋りだした女の子が煙草を吸うわけがないよな。

 特に深く考えず、俺は駅に向かって歩き出した。

55 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:39:58.98 ID:e68qkRWc0
 慣れない都内の電車を乗り継ぎ俺は新幹線に乗り込む。

 リラックスし難いシートに身を任せ、まどろんでいると
今日一日の出来事が堰を切ったかのように脳裏に流れ込んできた。
すっかり意気消沈したブーンの姿。
理不尽なブーンの会社への憤り。
ブーンが死のうとした事。
少し落ち込み気味に見えたツンの顔。

 思い出しては怒りがやってくる。
 そしてまた思い出しては悲しみがやってくる。
 俺の心は考えと感情を整理出来ないが為に大きく乱された。

56 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:41:05.61 ID:e68qkRWc0

 無性に喉が渇いた。
喉だけではなく、他にも色々と乾いたような気がした。

 車内販売のお姉さんがちょうどいいタイミングでやって来たので
普段は全く飲まないビールを買って飲む。

 酔えば、この感情の波から少しは逃げられるかと思った。

57 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:41:44.19 ID:e68qkRWc0
 傍から見て学生にすら見えかねない俺が
夕方にもならない時間にビールをかっ食らう姿を見て
中年サラリーマンは嫌味な表情を見せたが知った事か。

 こんなグチャグチャな気持ちになって飲むビールが
羨ましいなら気持ちごとくれてやる。

59 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:42:46.46 ID:e68qkRWc0

 およそ二時間が過ぎて新幹線を降りる。
歩きなれない駅を歩き、家へと向かうローカル線の切符を
買ってホームで電車を待つ。

 帰宅ラッシュの時間か、ローカル線に関わらず駅構内は
結構な人でごった返していた。
電車に乗り込む人の列に向かうよりも先に、俺は自販機で
お茶を買って口直しする。
ビールは俺の口には合わなかった。
一時間以上口を蹂躙していた嫌な味が浄化されていく。
二十歳を超えて二年が過ぎたが、未だに酒の味は理解出来ない。


61 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:43:35.05 ID:e68qkRWc0

ピリリリリリ

 携帯が鳴る。
疎ましそうに俺を睨むオバサン集団から逃げるように
列を抜け出て電話に出る。

「もしもし、ドクオ君か?」

 電話はクーからだった。

62 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:44:21.01 ID:e68qkRWc0
「珍しいな、お前が電話してくるなんて。」

「あぁ、さっきツンと電話で話したからな…。
 少し気になって電話した。」

「そうか。」


 俺は実際のブーンの様態を話して、クーは俺があまり詳しく
聞けなかったツンの状態や入院費用やこれからの生活費、
会社への手続きなど妙に生々しく切実な話を聞かせてもらった。


「ツンが……気にしてたよ。」

 一しきり互いに報告を終えてクーが唐突に切り出した。

「何をだ?」

64 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:45:00.96 ID:e68qkRWc0
「ドクオ君がブーンを慰めようとしたのを止めたそうじゃないか。」

「あぁ。」

 はっきりとした拒絶の意思表示があったあの事か。

「その話をした時に…ツン、少し泣いてたようだ。」

「な、なんでだ?」

「………聞いても、怒らないか?」

 嫌な予感がした。

65 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:45:51.07 ID:e68qkRWc0
「又聞きになるからどこか解釈の仕方を誤っているかもしれないが」

 そう前置きしてクーは語り始めた。
ほぼ同時に乗る予定だった電車がホームに滑り込んできた。
ゲロのように人が吐き出され、また狭苦しい車内に人が飲み込まれていくのを
遠めに見て、俺はクーの言葉に耳を傾ける。

66 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:46:26.24 ID:e68qkRWc0
「プライドの高いブーンの事だから色んな意味で
 後輩である君に慰められるのは耐えられないと
 思ったんだろう。
 だから、ツンは君を止めたんだ。」

 遠まわしに…多分、クーなりに気を遣って
言ってくれたのだろうがそれでも…息をする事さえ
忘れるほどにショックだった。


67 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:47:36.85 ID:e68qkRWc0
 そりゃあ確かにそうだ。
ブーンはちょっと名の知れた企業の技術主任様で
実力も人望も桁違いに高い。
対して俺は中小企業の平社員で技術も実績も人望も
まだまだ足りていない若輩者だ。

 だけど、それは酷いな、と思う。
いつからか思っていた。
ブーンが困ったときには、今までの恩返しも兼ねて俺が
あいつの力になるんだと。
少なからず、同じような仕事に就いているだけに
それくらいの力はあるんだと、思っていた。

68 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:48:13.74 ID:e68qkRWc0
 だから………
こんな時だからこそ頼ったっていいじゃねぇか。
溺れるものは藁をも掴むって言うだろ?
俺じゃ藁ほどの役にも立たないってか?

「もしもし?ドクオ君。もしもし?」

「あー、聞こえてるよ。」

 声は大丈夫。震えていない。
だけど目から零れるものだけはどうしても
止められなかった。

69 (・へ・) New! 2006/11/13(月) 22:48:58.32 ID:e68qkRWc0
「悪い、今から電車に乗るから一旦切るぜ?」

 返事を待たずに通話を切る。
次の電車が来るまでは、まだまだ時間があった。

 時に夏の終わりのある日の夜。

 俺はこの日、自分の矮小さを…友人達から見た
俺という人間の価値が垣間見えたような気がした。


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