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ドクオが生きるという事について考えるようです


第8話

98 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:12:26.97 ID:xajp36XJ0
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「またツンのことを考えていたのか?」

 シャワーから戻り、バスタオルを身に纏ったクーが
怪訝そうな顔で俺を見ていた。


クーが指差した先に視線を送ると手にしていた煙草の火が
フィルターにまで及んでいて、シーツの上には焼け落ちた
煙草の灰が鎮座していた。

一言、バカと言ってクーは備え付けの冷蔵庫から
缶ビールを取り出してタブを開けて口に運ぶ。


99 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:15:48.45 ID:xajp36XJ0
俺は灰を床に落とし、燃え移るものがないか確認して
クーの問いかけに答える。

「ツンがいなくなった後の事を考えてた。」

「そうか。」

気のない返事を返してクーはベッドに腰掛ける。

「色々と、あったな。」

「そうだな。」

それ以上何も言わずビ−ルを飲むクーと
新しく箱から煙草を取り出して火をつける俺。

室内は静寂に包まれた。

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101 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:17:04.81 ID:xajp36XJ0


「ツンが帰ってこないんだお。」

ツンが居なくなった日の夜、ブーンの電話での第一声はそれだった。

「どこにいったか知らないかお?」

「知らねーよ。」

………本当は知っていた。
居場所ではないが…ツンは、もうこのせかいに居ないと言う事を
俺は、知っていた。


103 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:18:25.36 ID:xajp36XJ0

「俺だって驚いてるんだ。
 ツンが、居なくなったなんて聞かされて。」

白々しく嘘を並び立てる。

………いや、驚いたというのは嘘ではない。
ブーンが、こんなにも早くツンが居なくなった事について
電話してきた事にはそれなりに驚いた。




105 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:20:59.45 ID:xajp36XJ0

「居なくなって初めて分かったんだお。
 ブーンには、ツンが必要なんだと言う事が。」

散々傷つけておいて、後になってハッとして謝る。
一度突き放してすぐに繋ぎとめる。
DVによくある事だとワイドショーか何かのDV特集で聞いた話だ。
ブーンのこの言葉が、それと同じものかどうかは分かりかねたが
その真贋がついた所でもはや、どうしようもない。
ツンはもう、”居ない”のだから。


106 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:22:51.47 ID:xajp36XJ0

今まで酷いことをした。
これからは心を入れ替える。

そんな言葉を何故か俺に聞かせるブーンだったが、
その真意はその一言で理解できた。

「ツンを、返して欲しいお。」

「まるで俺の所にいるような言い方だな。」

「そう、聞こえたかお?」

「あぁ、そう聞こえたよ。」

ブーンはツンが俺の家に逃げ込んだと思っているのだろう。
さもなくば、俺に所在くらいは教えている、と………そう思っているのだろう。


107 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:23:34.13 ID:xajp36XJ0


「お前が信じるかどうかは分からないけど
 俺は本当にツンの居場所は知らないぞ。」

出来る限り、強い口調で伝える。

「そうかお…。わかったお………。」

毎夜恒例の呪いの独演会を開催しないまま、少し悲しみのこもった声で
呟いてブーンは電話を切った。


108 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:24:30.13 ID:xajp36XJ0


携帯電話を充電器に刺してベッドに仰向けに倒れこむ。

”ツンを返せ、か。”

樹海で最後に微笑んだツンの顔と言葉が脳裏をよぎる。
あの言葉が俺の中に残された最後のツンの思い出だ。

これは、俺がツンから受け取った彼女の意志だ。


110 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:25:05.26 ID:xajp36XJ0





………これなら、返してやる事は出来るのかもな。


111 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:27:21.84 ID:xajp36XJ0

身を起こして時計を見る。
夜の1時。

大丈夫。遠慮するような仲でもない。
それに何よりブーン相手なら失礼にも当たらないだろう。

着信履歴、一つ前の相手に電話をかける。


「もしもし?どうしたんだお?」


112 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:28:01.42 ID:xajp36XJ0

「いきなりこんな事言うのも変な話だけどよ、
 聞いてくれよ。」

「なんだお?」

精一杯の気持ちを込めて俺がツンから受け取った意志を言葉にする。


114 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:28:31.57 ID:xajp36XJ0





―――――生きろ


115 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:29:46.75 ID:xajp36XJ0



「どういう、つもりだお?」

「どういうつもりだろうな。」

俺の用件はこれで済んだ。
話すことはもう何もない。


「用件はそれだけだ。」

「………そうかお。」

確かに、返したぜ。
お前が望んだものだ。


117 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:30:54.38 ID:xajp36XJ0



ブーンに、ツンの最後に残してくれた意志を託して携帯を投げ捨てた。
ガシャンという無機質な音がして、それと同時に笑いが込み上げてきた。

「ツン、あの言葉はお前の夫に返したぜ。
 言葉なら、いいだろ?
 言葉なら一緒に墓に入ることもないもんな。」


118 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:31:28.69 ID:xajp36XJ0

ほの暗い部屋の中で「は」の言葉だけを繋げて笑う。
その内、機械的でしかなかった笑いは心の底からのものに移り変わり
俺はただただ笑い続けた。

笑い終わると同時に心の中が虚無感と喪失感に包まれて
ツンが最期に見せてくれた光も、すでに消え失せていた。


121 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:33:30.38 ID:xajp36XJ0

ひょっとしたら………
あまりにも突拍子もない考えが不意に芽生えた。

ツンのあの言葉には”想念”が込められていたのではないかと。
生きてほしいと望んだ、彼女の想念が。

それをブーンに託したからだろうか。
急に心細くなった。
自分が世界で一人ぼっちになったかのような錯覚に陥る。


122 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:33:57.99 ID:xajp36XJ0

”ツンを思い出そう。”

考えるよりも先に煙草の箱に手を伸ばす。

「あぁ、クソ。」

煙草の箱に入った指は何も掴めない。

「煙草、さっきのが最後の一本だったのかよ。」


125 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:35:06.76 ID:xajp36XJ0

頭を掻き毟り、考えた。

おもむろに立ち上がって冷蔵庫からペットボトルに入った水を取り出し、
ツンがくれた薬をいつもの倍以上の量を鷲掴みにして何も考えずに口の中へ放り込む。
10錠を超える錠剤は何も無しでは飲み込めず、口内に錠剤特有の味を
感じ始めて慌てて水を飲み込む。
ゴクゴクと喉を鳴らせて錠剤を水と一緒に流し込む。

ペットボトルから口を離すと同時に蒸せて咳き込んだが
どうにか堪え、錠剤を吐き出さずに済んだ。


127 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:36:11.75 ID:xajp36XJ0

何もせずに、ただ薬が効くのを待つ。
程なくして薬が回って身体が眠気を感じたが、心は例えようのない孤独感と虚無感に
苛まれて、中途半端に覚醒した状態で深い眠りについた。
時刻はまだ2時。
いつもよりも2時間も早い就寝だ。

目蓋を閉じて意識が沈んでいく。
沈みゆく意識の中で、俺は朝が来なければいいと願った。


129 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:38:45.47 ID:xajp36XJ0

意識が妙にはっきりしている状態での睡眠は思いの外苦しい。
仕事が立て込んでいて、自分の受け持ちの部分で大きな問題が発生している時に
とった仮眠もそうだった。
胸につかえがあるような、焦燥感と苛立ちが眠りたいという欲望を先立ち阻害するあの感覚。
今日の眠りは、あれをさらに何倍も濃くした酷い眠りだった。


何時間もの間、意識のある状態でようやく朝が来た。


131 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:39:32.04 ID:xajp36XJ0

身を起こす。

「頭、痛ぇ………」

薬の過剰摂取のせいか、二日酔いのような酷い頭痛に苛まれた。
この睡眠で得られたのは頭痛だけで、心の中の空虚感と喪失感だけはリセットされずに
そのまま残っていた。


135 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:42:07.14 ID:xajp36XJ0
シャワーを浴びて
会社近くのニセモノコンビニで適当にパンと缶コーヒーを買って
会社に到着する。
そして、タイムカードを押し
やけに整理された自分の席で朝食を摂る。
朝礼が始まり、
上司への仕事の報告をして、
ジョルジュと今後の作業についてミーティング。
昼休み。
午後一の全体ミーティング。
仕事。
定時過ぎ。
仕事。
帰宅。


実に淡々と一日が終わった。

137 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:42:45.76 ID:xajp36XJ0

何故か今日はブーンからの電話は無かったが、なんだかもう
どうでもいいと思った。

テーブルの上に鎮座されているツンから貰った錠剤が目に入る。

その数はいつの間にか半分近く減っていた。


”だけど、これだけあれば………”

ぽっかりと空いた心の中に一つの闇色の考えが生まれた。
ツンを見送った後、選び損ねた選択。


138 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:43:44.98 ID:xajp36XJ0







”死ぬか。”





139 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:44:29.26 ID:xajp36XJ0

悩む事や後々のことを考えるという予備動作は一切無く、決定は一瞬だった。

冷蔵庫から会社行事の余り物処理係として渡された酒類と
ツンから貰った睡眠薬を手当たり次第に並べて
躊躇なく睡眠薬を握れるだけ掴んで口に放り込み酒を煽った。

ブランデーかウォッカだか何かはよく分からないが
とにかく流し込むように飲んだ。



142 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:44:54.59 ID:xajp36XJ0

錠剤を掴む。
酒を飲む。
錠剤を酒と共に流し込む。

会社の仕事の比にならないくらい簡単な作業だった。


143 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:45:54.75 ID:xajp36XJ0

飲み込んだ量が3,40錠を超えた辺りで腹部に
満腹感とは違う感覚が訪れた。
胃が錠剤に飽きたとでも言っているかのような
あるいは脳が本能的にそれを拒絶して胃に負荷を
かけているのか、とにかくこれ以上飲み込めそうにないと
いう気持ちになる。


145 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:46:33.53 ID:xajp36XJ0



だけど、まだ、足りない。





147 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:47:59.50 ID:xajp36XJ0

胃は拒絶しているが構わず、酒と一緒に錠剤を流し込む。
何度か喉から先を通らず、詰まりそうになるが
気合で飲み込む。

その頃になると喉から、吐く寸前に聞こえるようなくぐもった声が出て
それは我ながらとても耳障りな声だった。


149 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:49:44.84 ID:xajp36XJ0

錠剤の残り数が僅かとなったところでようやく眠気が来た。
それは今までに感じたことのない眠気で、眠る以外の何も出来ないもので
何も許さないという強制力のあるとても”重い”眠気。

目の前の光景がぼやけて、瞬間身体から全ての感覚が遮断されて、
そして、俺は眠りに落ちた。


151 :(・へ・):2006/11/21(火) 00:51:27.42 ID:xajp36XJ0

”今からそっちに行くからな。”

”って、お前は死後の世界とか信じてなかったっけ。
 はは、困ったな………。”

心の中で、そんな事を考えて、せかいは暗闇に染まった。






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