('A`)と歯車の都のようです
5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 12:44:02.22
ID:Xq8Tr1Vn0
- 歯車の都で行われる祭りは一年を通して、大小合わせ約十二ある。
一ヵ月に一回のペースで行われる催し事のほとんどは、主に表社会が率先して主催するものだ。
例えば一月の頭、新たな年の始まりには"企業祭"と呼ばれる祭りがある。
企業祭は、表社会の各企業がその年の初めに発売する新商品を発表するのと、自社の名を都に広めるのがその目的だ。
毎年、歯車の都にある十五階建てのビルを丸々一つ貸し切って行われる為、企業"祭"とは言っても閉鎖的であり、祭りとは俄かに言い難い。
"この祭りで上手く自社の名を馳せ、その年の成功をほとんど確実なものとする事"が祭りなのかと問われれば、主催者側は答えに窮するだろう。
一般人向けではなく、主に社会の歯車の中でも高い地位にいる者達の為の祭りである為、都の住民はそれ程この祭りに興味を抱いていない。
だが、ごく一部の変わり者達は参加費を払い、この祭りに参加している。
企業によっては金の掛かったサンプル商品を配っている為、それを手に入れる事を目的に参加しているのだ。
未発売のサンプル商品をいち早く手に入れ、それを転売する事を専門にしている者達にとっては、確かに列記とした祭りであると言える。
この転売行為が効率のいい売名行為になる事を知っている企業は、あえて転売行為を咎めず、サンプル商品に力を入れる事で毎年それなりの利益を得ている。
しかし、そうとは知らずにサンプル商品を配らなかった企業の売上は毎年悲惨な事になり、新たな企業と入れ替わりに都を退くことになるのだ。
続く二月の半ばには、大手食品会社が挙って新商品を発売する。
季節限定商品を発売する企業はあまりなく、どちらかと言うと一年を通じて、可能ならば自社の看板商品として継続的に販売が可能な商品を出す。
この商品の大規模な試食会が、大通りの一角で大々的に行われる。
歯車城の周りに出される試食ブースは毎年、多くの人で溢れ返り、交通整理をしなければ人が道路に溢れ出る始末だ。
祭りにまで発展する大規模な試食会を目当てに、外の都からは毎年多くの観光客がこの地に足を運ぶ。
試食会を目当てにしているのは何も、観光客だけではない。
普段は裏通りの路地裏でゴミ漁りをしている者達まで来るのだから、それはもう凄まじい光景である。
企業ブースを一回りすれば、その日は食事をしないでも済む程の量の試食品が手に入るからだ。
持っている者は一帳羅を着込み、決して周囲から浮かないようにする。
一帳羅を換金してしまい、よそ向けの服を持たない者は、それでも体中に付いた垢と臭気を洗い流すぐらいの努力をする。
そうでもしなければ、会場の雰囲気を乱す者として見なされ、警備員に容赦なくつまみ出されてしまう。
こうして彼等は身形を整え、この時とばかりに喰い溜め、そしてある者はスリをする。
- 6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 12:48:01.35
ID:Xq8Tr1Vn0
- 最も、試食をするだけならまだしも観光客の財布に手を出して無事に済む者はまずない。
何故なら、裏社会がその面汚し共を掃除する為に、専門の人間を大量に雇っているからだ。
窃盗行為をした者は見せしめの為に両腕を根元から切断され、裏通りの適当な場所にあるゴミ捨て場に捨てられる。
運よく生き延びたとしても、その一年を両腕なしで生き延びる事は不可能である。
彼等の間でその事が知れ渡っている為、今では窃盗行為をするのは新参者以外にはない。
表社会と裏社会の共存を円滑にする為には、裏社会は容赦を知らない。
当然、それは表社会の企業に対しても言えることだ。
図に乗って裏社会に"ちょっかい"を出した企業は、その翌日、もしくは最低でも三日以内には会社の重役一同が変死体で発見される。
最終的にそれは事故死、もしくは自殺として処理されるが、当然ながらその死には裏社会が関与している。
利潤を追求すると言う点では、裏社会の人間の方が純粋なのかもしれない。
だが、規模と経営思想の根幹が異なる事もあり、利益率についてはそれ程差が無い。
裏社会で多くの資金を持つ組織は、クールノーファミリーを筆頭とする御三家以外にはそう多くなかった。
こんな調子で三月、四月と続けて祭りが催されることもあり、歯車の都には毎年、毎月多くの観光客が訪れる。
それぞれの祭りが持つ意味は異なり、また趣旨も異なっている為、観光客の目的も客層もバラバラだ。
だが、それらバラバラの客層が区別なく一斉に集まる祭りがある。
それは、雨季を過ぎた都全体で行われる世界でも最大規模の祭り。
都で最大の祭りは何かと問われれば、それはもう一つしかない。
"歯車祭"。
歯車の都を発展へと導いた"始まりの歯車"を作った、ノリル・ルリノ。
もとい、"歯車王"に対して感謝をする為の祭りだ。
相容れない存在であるはずの表社会も裏社会も、この時ばかりは完全に協力し合う。
この祭りが生み出す利益は、他の祭りを全て合わせてもまだ足りないぐらいの額になる。
そんな祭りともなれば、大概の者は己の利益を優先するあまり、勝手に自滅してしまい、皆の取り分が減る。
だから、その前例を知らぬ者にその事をそっと耳打ちするだけで、協力は驚くほど円滑に進んだ。
- 7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 12:52:01.87
ID:Xq8Tr1Vn0
- 表社会は自社のイメージアップや、自社の商品の宣伝を。
裏社会は少しだけ勘違いされた黒い印象を払拭するついでに、裏社会での地位を確立する為に。
互いの目的を上手く処理しつつ、全てが歯車のように廻ってこの祭りは初めて成功するのだ。
今年も、何事も無く成功するかと思われた。
だが。
今年に限って、その協力は完全な対立へと変わってしまった。
表社会の代表と、裏社会の全面的な抗争が祭りに合わせて勃発してしまったのだ。
発端はあろうことか、穏便な手段を好んできた表社会。
先入観から、抗争に巻き込まれた多くの観光客達は、この騒動を裏社会の仕業だと考えてしまった。
まさか、この一連の流れが全て表社会の計画通りだとは思いもしなかっただろう。
荒巻コーポレーションを始めとする表社会の代表達は、この時の為に実に綿密な計画を練っていたのだ。
一先ず、普段から裏社会に不満を持つ民衆を扇動することには成功した。
次に、確実に裏社会の息の根を止める為、彼等は歯車王が独占して持っている技術である機械化を参考に、独自の技術を開発した。
機械化と人体構造が持つ無駄を省き、かつ人間らしさを残した設計思想はまさに未来のそれである。
資金や材料には事欠かず、彼等はその技術を応用し、そして実用化にまで漕ぎ着けた。
それが、"ゼアフォー"と呼ばれる独自の思想を持つ戦闘システムの事だ。
ゼアフォーシステムの思想は、既存の戦闘システムとは明らかに一線を画している。
個々の戦闘能力の高さを求めるのではなく、情報にこそ力を見出したのだ。
何ともないような発想だが、"力"よりもあえて"知"を重視する考えに至るのは容易な道ではない。
システムを開発する為に参考にした既存の戦闘システムは全て、"力"に重きを置いていたからだ。
足りない力を補う為に、戦術データリンクを介して彼等は互いの情報を共有する事により、全員が同じ戦闘知識、経験値を持つことになった。
更に、人間の死体、保存状態が良ければ脳をも利用した。
その結果、一度は死んだ人間でも駒の一つとして再利用する事が出来た。
記憶を司る海馬が無事であれば、生前の記憶を移植できるのが特徴の一つだ。
- 11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 12:56:01.12
ID:Xq8Tr1Vn0
- 課題の一つである体に関しては、軽量かつ頑丈な金属が素材として用いられた。
大抵の鉛玉を弾く強度と、運動性を損なわない程の重量を満たす金属は、貞子鉄鋼業が製造、提供する事によって解決した。
高い運動性能を得る為に、人工筋肉を使用。
これが、ゼアフォーの基本となる体の構成である。
こうする事によって、ゼアフォーの戦闘能力は高いまま、連携能力等の知能も保つ事が出来た。
各個体が持つ"力"を効率よく的確に使用する"知"を重視する事で、"力"に対抗する事が出来た。
共有と言う発想こそが、ある意味ゼアフォーシステムの真価とも言える。
その辺りを得意とするFOX社の協力があって、このシステムは完成を見た。
計画の成功の為、念には念を入れて、表社会は都で手持ち無沙汰となっていた軍を利用した。
高額な報酬と引き換えに、それまで仕えていたクライアントを裏切らないかと、軍に持ちかけたのだ。
日頃から安い給料で訓練しかすることが無い軍は、報酬とリスクを天秤に掛け、迷うことなく決断した。
当然、彼等のクライアントだったのは歯車の都を統べる歯車王である。
それを踏まえても尚、表社会が提示した金額は危険に見合うものだったらしい。
元々、都で軍に所属するような人間と言うのは、どこか性格が歪んでいる。
銃を撃つのが好きな者や、人を傷つけるのが好きな者、真性のサディスト等の掃き溜めとも言えるのが、都の軍だ。
それらどうしようもない輩を効率よく安全に縛りつけて置く為の軍でもあった為、味方に引き入れるのは簡単だった。
表社会はゼアフォーの強化の為、ブルパップ式の最新の武器を大量に購入した。
ただし、大量に購入したのは"超欠陥商品"のアサルトライフル。
これが、彼らが犯した失敗の一つ目である。
武器の仕入れ元である武器商人が、まさかこんな売れ残りの欠陥商品を売るとは思いもしなかった。
その武器商人の名は、モララー・ルーデルリッヒ。
そして、その双子の弟である、またんき・ルーデルリッヒだった。
この二人は裏社会が歯車王暗殺に失敗した後に、即金で雇い入れた。
提示金額は前金で約五千万。
- 12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:00:06.68
ID:Xq8Tr1Vn0
- 何故、この二人にそこまでの金を注ぎ込んだのか。
理由は簡単だ。
情報を持っているからである。
またんき、そしてモララー共に歯車王の情報を持っていた。
またんきは僅かな期間雇われ、顔は見ていないが歯車王と面識がある。
何かの際、歯車王と面識があると言う事は有利に働く。
モララーは歯車王の力を目の当たりにしていた。
少しでも歯車王に関しての情報が欲しい表社会としては、この二人は貴重な人材だった。
が、二人も馬鹿ではない。
情報を聞き出し、表社会の企みを漏洩させない為に殺される可能性は十分あった。
故に、二人はその時が来てから情報を提供すると言った。
渋々ながらも表社会は、二人を武器商人と戦闘要員を兼ねて雇うことで同意した。
実は、表社会がこの二人に接触できたのは偶然だった。
どこで聞きつけたのかは知らないが、二人はフォックスに接触し、協力すると言って来たのだ。
突然舞い込んで来た幸運に飛びつかない筈もなく、表社会は快く承諾。
こうして、貴重な情報を持つ二人を仲間に引き入れたのである。
表社会は他に保険を掛けていた為、銃器の欠陥はさほど大きな失敗ではないと考えた。
英雄の都から、凄腕のエースパイロットを雇っていたのだ。
空を舞う彼等の援護によって、裏社会に壊滅的な打撃を与えられると確信していた。
流石の裏社会でも、戦闘機を相手にできるとは到底思えない。
その自信を後押ししたのが、百機を越える戦闘ヘリコプターだ。
これで、地上への細かい攻撃も可能にした。
如何に対空攻撃の手段を持っていたとしても、所詮は地上からの発射。
小回りが利くヘリコプターが、それらの輩を見つけ次第、一掃する。
- 13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:04:07.56
ID:Xq8Tr1Vn0
- 空を制圧するのは確定事項として、残るは地上。
そこで地上には、最新型の戦車を大量に配備した。
ゼアフォーに軍人、そして戦車を大通りに配備することで、効率のいい制圧が望めた。
準備万端、至れり尽くせりとは、正にこの事であった。
これだけの準備をしていた為、油断が無かったと言えばそれは嘘になる。
しかし、表社会の代表はあくまでもそんな考えは杞憂と考えた。
万全の備えで挑む奇襲作戦の為、打破されることはまずあり得ないからだ。
相手が事前に奇襲の情報を入手し、対抗策を用意していない限り、であるが。
彼らが犯した最大の失敗は、裏社会の実力を過小評価していた事にあった。
過小評価とは言っても、自分達よりか少しだけ厄介な相手、と認識していたに過ぎない。
だが、それこそが大間違いだった。
自分達では話にならない、同じ舞台には上がれないと認識を改める必要があったのだ。
裏通りへと駒を進めた完璧を自負する部隊は、最大の弱点を突かれ、無残にも破れ去ることになった。
制空権を手に入れる筈だった英雄の都のエースパイロットとハインドは、元英雄である"空を舞う虎"に喰い殺された。
しかも、"空を舞う虎"は偶然とはいえ、長年の因縁に決着を付けたのだ。
表社会側からしたら、あまりにも馬鹿馬鹿しくて信じられる話ではない。
最新式の戦車は、"クールノーの番犬"率いる義者達によって悉く破壊された。
あれだけ硬い装甲を持つ戦車でも、油断があれば破壊されるには十分だったのかもしれない。
奇襲返しによって優勢を失った戦車は、最終的にただの威嚇用のそれへと失墜してしまった。
そうなってしまったら、もう救いようが無かった。
大通りに配置していた自慢のゼアフォー達は、常識外れの戦乙女によって蹂躙された。
槍の一振りで、歴戦の猛者に匹敵するゼアフォーを吹き飛ばし、続く二振り目で薙ぎ払った。
終わってみれば、その戦乙女には傷一つ付けることが出来ていなかった。
数多の兵でも、一騎当千の戦乙女には敵わないと言うことらしい。
- 15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:08:05.50
ID:Xq8Tr1Vn0
- 戦乙女についての戦闘情報を全て手に入れたと思っていたが、まだまだ未知の領域が多いようだ。
パンドラが開いたとされる箱の話が可愛らしいジョークにしか思えない程の災厄振りに、もう笑うしかなかった。
再戦の機会はもう二度とないが、出来る事ならもう二度と戦いたくは無い。
それが、戦乙女と戦ったゼアフォー達の最後の感想としてログに残されている。
この大騒動の決着を決定付けたのは、やはり計画者達の死だ。
決起した表社会の代表の頭脳でもあるフォックスも、それに協力した貞子、シュール。
貞子は焼け死に、シュールは転落して潰れて死んだ。
フォックスに至っては、全くノーマークの男に射殺される始末だ。
つまりは、用意したありとあらゆる手が打ち砕かれていた。
これで生じた表社会の損失額は、一般人の想像の及ばない域にまで達してしまっている。
少なくとも、これまでに三つの大企業がその社長を失った。
副社長が後を引き継げばいいのだが、それを裏社会が黙って見過ごすかどうか。
黙って見過ごす確率は精々、自動拳銃で行うロシアンルーレットを十回連続して生き延びる程だろう。
そう考えればまだ、絶望的とは言えない。
もう決定的だ。
まず、見過ごすことはありえない。
だが。
まだ手は残っていた。
表社会と裏社会の双方の手には、それぞれ一枚のカードが握られている。
それは、ワイルドカードと呼ぶには、あまりにも強力な一枚。
表社会が最後に用意したのは、執念深い復讐の一枚。
異様なまでに黒く、執拗なまでに練り上げられた強力な切り札。
長年の復讐の為だけに、このカードは効果を発揮する。
最後の一枚が生み出すのは、完璧な報復。
- 16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:12:01.81
ID:Xq8Tr1Vn0
- 裏社会が用意したのは、起死回生の一枚。
それは、何が起こるか予測する事が出来ない一枚。
矛盾の一枚と言い換えてもいいであろう、奇怪なカードだ。
この一枚は未だ、その機会を窺っている。
双方のカードが激突する時、そこに生まれるのはこの騒動の結末。
大騒動の果てにあるのは、絶望的な勝利か、希望的な勝利か。
どちらにしても、結末は見えている。
果てにあるのは、裏社会の逆転勝利。
使われてきたカードの数と質が、それを雄弁に物語っている。
これは、もう揺るぎようのない結果だ。
ただ、それはあくまでも結末の話。
これから始まるのは、経緯の話である。
その結末に至る道程だけは、暗く、全く見える事がない。
表社会が一矢報いるのか、裏社会がそれを一蹴するのか。
大きな犠牲を払い、得る勝利なのか。
はたまた、最小限の犠牲で得る勝利なのか。
成就されるのは長年の執念か、それとも―――
- 18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:15:01.08
ID:Xq8Tr1Vn0
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('A`)と歯車の都のようです
第二部
都激震編
最終話
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- 19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:19:26.00
ID:Xq8Tr1Vn0
- コンクリート・ジャングル。
歯車の都はほとんど全ての場所が例外なく、高層ビルによって構成された人工のジャングルと比喩する事が出来る。
むやみやたらに乱立しているように見えるビル群は、実は意外と規則正しく配置されていた。
日照権云々の面倒事を回避するため、この都では建築技術の発展も著しい。
新しい素材。
新しいビルの設計。
そして、その設計思想。
そのどれをとっても、他の都のそれとは一線を画している。
建築業界の有名な技術者の間では、歯車の都の建築技術は後数年の内にオーバーテクノロジーの域に達するとさえ言われている。
彼等も、長年かけて培ってきた自らの建築技術の腕には自信がある。
だが、歯車の都程効率よく、かつ的確な設計思想を自力で抱くにまでは至っていない。
あの都は進化しすぎていると、彼等は苦笑混じりに揃って口にする。
何が進化の要因かと言えば、それはただ一つ。
歯車の技術だ。
今の時代では旧世代の遺産とさえ言われているが、歯車の都で急成長した歯車の技術は確実に時代を変えた。
そしてその恩恵が、今の歯車の都を作っている。
コンクリート・ジャングルと呼ばれる密集したビル群が見下ろす、とある通り。
明かりと呼べるものは無く、周囲はほの暗い。
大通りの明かりが漏れてきていなければ、視界はゼロだっただろう。
綺麗に舗装されたアスファルトの道路の上に、二人の男がいた。
互いに睨み合い、何事かを口にして。
同時に、懐から拳銃を取り出した。
そして、咆哮と同時に発砲。
発砲すると同時に、二人は即座に移動していた。
- 21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:23:27.09
ID:Xq8Tr1Vn0
- 二人の動きは、まるで鏡合わせのように酷似している。
だが、決定的に異なるのはその容姿。
そして、その動きの根底にある思惑だった。
鉄で作られた仮面の様に硬い表情の男はただ、行動の雛型に沿って動いているだけ。
対して、相対する男は感情を持ち合わせ、それに従い、動いていた。
目の前で機械の様に動く男とは、大きく異なるその外見。
眼帯の様に右目の上に掛けられた暗視装置。
顔中に巻いた包帯の隙間から覗く左の碧眼は、この状況下でははっきりとは見えない。
だが、一度その瞳が光の元に晒されれば、誰もが目を細めんばかりの蒼穹を連想するだろう。
純白の包帯とは対照の位置にある黒い髪が、移動の際に風に靡く。
それと同様に、男が身に纏っている黒のロングコートも風に舞う。
手にした銃は、フルオート射撃が可能な機関拳銃、スチェッキン。
背負っているのは、夜空の様に黒い棺桶。
何の為の棺桶かは、それを背負う男が一番よく知っている。
異様な格好をした男の輪郭を、手元から生まれるマズルフラッシュの閃光が照らす。
男は名を、棺桶死・オサムと言う。
【+ 】ゞ゚)
オサムの構えるスチェッキンの銃口が狙うのは、鉄の表情の男。
その男は短く刈り揃えられた黒い髪をしていた。
そして、その下にあるガラス玉の様に硬く、冷たい色を帯びた青い瞳がオサムを反射している。
多少乱れてはいるが、しっかりと着込んだ軍服。
- 24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:27:01.49
ID:Xq8Tr1Vn0
- 手にする銃は、奇しくもオサムと同じスチェッキン。
だがしかし、こちらのスチェッキンはオサムのそれとは大きく異なる。
おおよそ、考え得る限りの付加装備を施されたそれは原形を留めていなかった。
性能と機能を重視した機械と同じ思想の銃なのに、元は一昔前の機関拳銃と言う矛盾。
まるで、仕方なくこの銃を使っているかのような、そんな気がしてならない。
そうでなければ、わざわざこの銃を使う意味が無いからだ。
古い型のスチェッキンでなくとも、機関拳銃は世に何挺も存在する。
グロックはその最たる例で、わざわざ原形を失う程の改造をしなくとも、十分に要求を満たす筈だった。
その銃を使う男は、名をブーンと呼ばれていた。
( ^ω^)
オサムは右に。
ブーンもまた自分から見て、右手方向に大きく廻り込むように動く。
互いに廻り込むようにして反対方向に移動した結果は、一つ。
互い違いに行き違った銃弾は、それぞれの敵を仕留める事は無かった。
命を脅かす銃弾がすぐ脇を通り抜けた音が、互いの耳に届く。
先程から続いているのは、生易しい銃撃戦ではない。
互いに手にした得物は、短機関銃と言い換えても遜色ない程の連射能力を持つ。
その能力は、セミオートの拳銃では当然比較対象にすらならない。
音速を超える弾丸を避ける為には、兎にも角にも動き続ける事が求められる。
常に相手の急所に狙いを定め、常に正確かつ素早く撃ち、そして走る。
そうしなければ、殺られるのは集中力を欠いた方だ。
下手な素人ならば、発狂し兼ねない程の精神的重圧。
- 26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:31:03.12
ID:Xq8Tr1Vn0
- 素人と玄人の違いは、数多くある。
場数、実力、生来の才能などだ。
その中でも、場馴れと言うのは実戦の中でしか得る事の出来ない物だ。
つまりは、精神が崩壊してもおかしくない状況に慣れていると言う事が、素人と玄人の最大の違いである。
こと、殺し合いの場ともなるとその重圧は計り知れない。
一歩間違えれば殺される。
だが、間違えなければ殺されないかと言うと、そうでもない。
互いの手の内を読み合い、その上で最善の一手を繰り出す。
これを常に一瞬の内に判断し、実行に移さなければならない。
もっとも、これはあくまでも第三者からの視点である。
殺し合いをしている当の本人達からしてみれば、そんな事を考えているのかどうかは、それが終わってからしか分からない。
美味なワインの一口目の感想のように、それは複雑なのだ。
その重圧に臆することなく、二人は撃ち合っていた。
二人は間違いなく、殺し合いの場に慣れた玄人である。
傍目に見れば、主導権をどちらかが握っていると言う風には見えない。
だからこその、殺し"合い"なのだ。
銃撃戦が始まってから、二人は無言だった。
だが、銃声だけはやたらに大きく響いている。
その点ではある意味、二人は雄弁だった。
( ^ω^)「……」
【+ 】ゞ゚)「……」
- 27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:35:04.62
ID:Xq8Tr1Vn0
- 言葉は無くとも、その胸に秘めた思いをこうして表現する点に於いては、両者は他者よりも優れている。
不器用と言えばそうなのかもしれない。
二人が用いる言葉は、銃声と真鍮製の薬莢が地面に落ちる音。
それと、殺意を込めて放たれた銃弾が壁を砕き、空気を切り裂く音。
その言葉の意味を全て理解するためには、一度その身に銃弾を受けなくてはいけないと言う難点がある。
それはしかし、当たらずともほとんど理解は可能なものだった。
二人は、無言の内に存分に語り合っていた。
その事は、初弾で互いに―――
―――否、銃撃戦を通してオサムだけが理解していた。
【+ 】ゞ゚)「……っ!」
反転。
一旦背を目の前の"ブーン"に向け、オサムは飛んで来た凶弾を棺桶で防ぐ。
再びその前身がブーンに向くと同時に、銃爪を引く。
セミオートなどとケチな事は言わない。
フルオートで、銃弾の驟雨を。
夕立すら霞んで見える銃弾の驟雨を浴びせかける。
薬莢が作り出す雨音の中、オサムは姿勢を低くした。
( ^ω^)「……」
オサムの放った弾丸を上半身の動きだけで避け、ブーンはオサムの顔面に目掛けて銃弾を撃ち込む。
だが、事前に姿勢を低くしていたオサムに弾丸は当たらず、空しく夜闇を切り裂き、壁や地面を穿つに止まる。
ブーンの方はセミオートで、一発ずつ確実に狙って撃っていた。
【+ 】ゞ゚)「……」
- 29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:39:09.06
ID:Xq8Tr1Vn0
- ( ^ω^)「……」
しかし、弾切れのタイミングは同時だった。
空になった弾倉を捨て、新たな弾倉を装填。
遊底を引く動作も、そこから銃口を相手に向ける動作も同時。
銃爪を引くのも、同時だった。
【時刻――02:40】
二人の男がいる場所は、ある意味歯車の都の表社会では有名な場所だった。
取り分け、ビジネスマンと呼ばれる歯車のように働く者達の間では、この場所を知らない者はいない程だ。
人呼んで、"歯車通り"。
歯車の都の、"歯車達"にこそ相応しい呼び名だ。
何故、このような呼び名が付いているのか。
それには、至極簡単な理由がある。
この通りに密集して立ち並ぶビルは、その姿形は数年前から塗装工事以外では手を付けられていない。
だが、中身は半年毎に変動していた。
後者が前者を押し出すように、この通りに立ち並ぶビルの所有者は変わっている。
その様がまるで歯車のように見える事から、この通りは歯車通りの名で呼ばれているのだ。
こうして次々とビルの所有者が代わっているのは、仕方が無い事だった。
この通りは、歯車の都の中で数少ないグレーゾーンに位置するからだ。
表社会と裏社会。
双方の激戦区がちょうど重なった地点が、この通りなのだ。
表社会の激戦区と、裏社会の激戦区では意味が異なる。
当然、後者の方が物理的に恐ろしい。
- 31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:43:07.33
ID:Xq8Tr1Vn0
- 前者、表社会の激戦区が意味するのは、商業的な意味合いの激戦区である。
人気店同士が小競り合いを繰り返す地域、それがここだ。
一週間に二回程身投げがあるのは単に、経営不振に陥った会社の社員が未来に絶望し、コードレスバンジーを決行している為だけではない。
他にも、他社が雇い入れた殺し屋がライバル会社の重役を自殺に見せかけて突き落としたからというのもある。
一方、裏社会の激戦区の意味は、文字通りの意味である。
表社会に面するこの場所は、同じ商売人である彼等にとってもいい餌場なのだ。
クールノーファミリーなどの御三家は手を出していないが、その下で虎視眈々と利益を狙っている組織がここに店を出している。
が、安定した収入を確保できる餌場を求める組織は当然、一つや二つで済むわけが無い。
小規模な組織から大規模な組織まで、利益を求めてこの通りに出店する組織は数知れない。
店の出す場所や、その種類を巡っては、"喧嘩"がよく起こる。
喧嘩と言えば聞こえがいいが、早い話が抗争だ。
御三家に禁止されている派手な抗争は起こらないが、拳銃の弾が飛び交う抗争はよく起こる。
定期的に起こる小規模な抗争。
―――小規模とは言っても、銃弾が飛び交う事には変わりが無いのだが。
消音器を付けた拳銃を撃ちまくるのだから、五年前の抗争を嫌でも思い出させる。
あの抗争を知っている、もしくは経験している者からすれば、それは恐怖以外の何物でもない。
極端な例としては、恐怖した会社の社員数名が恐怖のあまり銃を乱射して社員を皆殺しにした、と言う事件が起きた程だ。
その抗争に耐えかね、移転を余儀なくされた表社会の店は数知れず、物理的に潰れた裏社会の会社はその比ではない。
言わずもがな、裏社会の店の経営者が変わる頻度は表社会よりも高い。
入っては出て、出ては入っての繰り返しだ。
しかし、後釜は幾らでも居る。
むしろ今は、人口も店も増加の傾向にある為、問題は何もない状態だ。
弱肉強食のこの通りで一年間以上営業する事が出来たなら、その企業はどこに行っても生き延びる事が出来るだろうと言われている。
それが出来れば、苦労はしないのだが。
- 33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:47:06.35
ID:Xq8Tr1Vn0
- 今のところ、この通りでそれが出来ている企業は三社のみ。
表社会に属する宝石などの貴金属を取り扱う、"メロダット社"。
表社会と裏社会の中間に属する灰色の企業で、派遣企業に分類される"メルタトービル社"。
裏社会に属する、武器専門の販売業者"ジャンゴ社"。
メルタトービル社のビルの向かいに、メロダット社のビルが。
メロダット社のビルの隣に、この通りでは珍しいジャンゴ社が所有する一階建の建物がある。
この三社だけは、この場所に店を構えて一年が過ぎても尚健在している強力な企業だ。
他の企業は、悉く撤退を余儀なくされ、未だ真新しい企業が多い。
そしてその三社の内、最初に犠牲となったのはメロダット社だった。
【+ 】ゞ゚)「……むっ!」
オサムが避けたブーンの弾丸は、メロダット社の入り口に下ろされていたシャッターを穴だらけにした。
仮にもメロダット社は、高価な貴金属を取り扱う店。
その店のシャッターは、当然のことながら鉛弾程度では壊れない構造をしている。
だが、ブーンの弾丸はそれに穴を開けた。
ただの弾丸ではない。
高い威力を秘めた弾丸だ。
つまり、あの弾は鉄を貫通する事が出来る徹甲弾などの特殊な弾丸。
当たれば、無事では済まない。
ガラスが砕け、その破片が床に落ちる音がシャッター越しに聞こえる。
もっとも、オサムからしたらシャッターに穴が開こうが、店が爆発しようがどうでもよかった。
即座に応じて、オサムは銃爪を引く。
放たれた弾丸の悉くはブーンには当たらず、メロダット社の正面に店を構えるメルタトービル社の入り口に吸い込まれていった。
- 35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:51:18.64
ID:Xq8Tr1Vn0
- メルタトービル社は、丸々一つのビルを所有している。
十五階建てのビルは、元々は別の企業が赤字覚悟で建設したものだ。
その構造をそのまま引き継いでいるとはいえ、仮にもこの通りに建てる以上、防犯の為に増設されている。
出入り口に優先して強靭な新素材を使っているのは、言わずもがな当然のことだ。
そのおかげで、メルタトービル社はオサムの放った弾丸によってシャッターを破壊されることは無かった。
跳弾した弾丸がその付近の地面を砕くだけで済んだ。
ただの鉛弾では、あのシャッターに傷を刻む事も敵わない。
双方の銃は同じだが、弾丸の威力は大きく異なっていた。
更に、オサムの放った弾丸の全てが、ブーンに避け切られている。
( ^ω^)「……」
無数の弾丸を避けたブーンの反応速度は、もはや人間の域を完全に超えていた。
弾丸を視認するとまではいかなくとも、マズルフラッシュを確認してからの移動速度。
それに合わせる身体能力。
全てが、異常だった。
飛ぶようにしてオサムの弾丸を避けたブーンは、手にしたスチェッキンの銃爪を引く。
正確無比な弾丸を、だがしかしオサムは見事避けて見せる。
避け切れなかった弾丸は、背にした棺桶が防ぐ。
それから、反撃に転じる。
傍から見れば、状況は辛うじて拮抗しているように見えた。
だが、実際に立ち合っている二者はそう感じていなかった。
戦闘能力の天秤が僅かにだが、片方に傾いているのだ。
それも、オサムの方ではない。
- 37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:55:03.43
ID:Xq8Tr1Vn0
- ブーンの方に、その天秤は傾いていた。
弾の消費速度。
そして一発毎の正確さ。
桁外れの反応速度。
オサムと比較して、ブーンの能力値はほとんどオサムのそれよりも高かった。
だがそれでも、オサムはその差をそれ以上開かせることはしていない。
それは、単にオサムが本来持っている実力の高さが関係している。
確かに、機械が職人を上回る事もあるだろう。
それでも、職人の方が総合的に優れている場合があるのだ。
熟練の職人の技は、時として機械では測れない数値を生み出す事がある。
ただ機械的な正確さだけでは、その域には達する事が出来ない。
同じ物でも、作り手が機械と職人とでは仕上がりは雲泥の差だ。
人間は、決して機械には負けない。
しかし、機械も人間には負けない。
人間は、感情と疲れを知っている。
一方、機械は感情と疲れを知らないのだ。
一長一短と言うのだろうか、疲れを知らず、感情を知らないのでは短所が残ったままだ。
そのおかげで、オサムはこうしてブーンとの差を最小限に止める事が出来ている。
もっとも、天秤の差が僅かにでもあれば何時かは終わりが来てしまう。
片方の死で告げられる終わりを回避するために、オサムの思考は先程から戦いながらもフル回転していた。
( ^ω^)
目の前にいる男の全身が機械である事は、初撃で分かり切っている。
むしろ、まともな状態でない事だけは一目見た瞬間から分かっていた。
この男に関する情報は、相棒であるツンから色々聞かされている。
- 40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 13:59:10.83
ID:Xq8Tr1Vn0
- 【+ 】ゞ゚)「……っ」
それを元に装備を整え、オサムは対抗策を幾つか用意していた。
鉛弾では、目の前の男に掠り傷程度しか与えられない。
だから、普通の鉛弾ではない物を用意した。
貫通力を高める為に、高速徹甲弾の中に鉄心を入れたものがある。
三十発の弾が入っている弾倉が、一つ。
もしもの時に備えて、一つだけ用意してあった。
この弾があれば、防弾仕様の車も易々と蜂の巣にできる。
人間相手にはそこまで有効ではないが、鉄の様に硬い物になら有効だ。
( ^ω^)「……何故」
撃ち合いが始まってから、正面の男が初めて口を開いた。
しかし、銃声は止まない。
拳で語ると言う言葉があるが、この際は弾で語ると言う言葉がしっくりくるだろう。
オサムは銃爪を引き、銃弾を避けつつ応射し、呟くような小さな声で返答した。
【+ 】ゞ゚)「……何だ、機械人形?」
たっぷりの皮肉を込めた言葉に、しかし対処したブーンの声は冷静そのものだった。
( ^ω^)「何故、あの女はお前を……」
予想外の質問に、オサムは鼻で笑った。
全くもって、下らない質問である。
【+ 】ゞ゚)「知らんな……
知ろうとも思わない……」
- 44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 14:03:06.51
ID:Xq8Tr1Vn0
- ( ^ω^)「この姿を忘れたのか……」
【+ 】ゞ゚)「……下らん」
弾倉を先に交換したのは、オサムだった。
もう、目の前の男の下らないお芝居に付き合っている暇は無い。
さっさと殺して、ツンと合流する事が重要だ。
一つしか用意していない弾倉に入れ替え、オサムは言い捨てた。
【+ 】ゞ゚)「本当に、下らない奴に成り下がってしまったな……!」
怒号にも似た声。
その怒号が、両者の銃声に塗りつぶされる。
オサムの思考の一端に、怒りが生まれた。
必殺の弾丸を、顔に狙って撃ち込む。
( ^ω^)「何故……」
しかし、ブーンはそれを難なく避けた。
避ける際、オサムに銃弾を撃ち込む余裕すら見せた。
その弾に、当たってやるわけにはいかない。
オサムの逆鱗に、ブーンは触れたのだ。
夜空と同色のロングコートを翻し、弾の軌道を僅かに逸らし、そして避ける。
包帯の下から覗く碧眼が、忌々しげにブーンを睨みつける。
蒼穹とは無縁の、怒りの炎がそこには宿っていた。
焦燥にも似たその炎を収める事を、今のオサムには出来ない。
この男を生かしてツンに接触させるわけには、断じていかなかった。
- 46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 14:07:10.92
ID:Xq8Tr1Vn0
- 【+ 】ゞ゚)「逆に訊こう……
何故、貴様が生きている……!」
そうだ。
目の前にいる男は、ラウンジタワーで死んだはず。
だのに何故。
こうして目の前にいるのだ。
( ^ω^)「……答える必要はない。
こちらの質問にだけ答えればいい」
【+ 】ゞ゚)「断る」
否定と銃声。
そして、オサムの放ったそれをブーンは苦も無く避ける。
応じて返って来た銃弾を、オサムは棺桶で防ぐ。
跳弾した弾が、周囲の建物や地面を抉った。
( ^ω^)「ならば失せろ、棺桶屋」
直後、オサムはブーンの行動に目を見開く事になる。
ブーンが、こちらに向かって肉薄して来たのだ。
この状況なら銃撃戦だけで済むと思っていたのに、接近戦に持ち込む相手の行動の意図が読めない。
兎にも角にも、オサムは迎撃できるよう構えを変えた。
構えを変えるその隙を、ブーンは見逃さなかった。
オサムのスチェッキンの銃口から逃れる為、姿勢を低くし、そこからガラ空きの腹部に向けての蹴り。
防ぐ間もなく、オサムは激痛に苦悶の声を漏らす事になる。
【+ 】ゞ゚)「ぅづぁっ……!」
- 48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 14:11:01.49
ID:Xq8Tr1Vn0
- が、それでも倒れはしない。
蹴りを見舞った姿勢のままのブーンに向け、スチェッキンをフルオートで放つ。
この距離、この姿勢。
今度は、こちらが有利だ。
だが、しかし。
ブーンはそれを、避けようともしなかった。
否。
"避けた動作が見えなかった"のだ。
【+ 】ゞ゚)「……っ!」
気付いた時には、オサムの腹部に再度激痛が襲っている。
口から血を吐き、忌々しげに目の前の男を睨みつけた。
ブーンは蹴りを見舞った体勢のまま、こちらが崩れ落ちるのを待っているように見えた。
腹に深々と喰い込んでいるブーンの足を、握り潰す程力を込めて左手で掴む。
【+ 】ゞ゚)「なるほど……改造してあるのか……」
様々な憶測の末、一つの結論に至る。
従来持つ反則とも言える性能の高さをそのまま利用し、更にはそれを強化したのだ。
何とも迷惑極まりない話である。
スチェッキンを握る右手の甲で口元に付いた血を拭い、オサムは呟く。
厄介な相手を引き受けた事よりも、今はどう対処するべきかを考える事が先だった。
オサムは迷いなく、ブーンの心臓にスチェッキンの銃口を向ける。
手は一つ。
殺すだけだ。
- 49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 14:15:06.60
ID:Xq8Tr1Vn0
- 目の前の男を殺す。
そう思いを込め、銃爪を引いた。
オサムが銃爪を引く直前、残されたもう片方の足がオサムの手首を蹴り、銃口を逸らしている。
それだけでも驚愕なのに、その勢いのまま、足首を掴んでいたオサムの手を蹴った。
強烈な反撃に、オサムは思わず左手に掴んでいたブーンの足を離してしまう。
一旦距離を置こうと、オサムは腹を左手で押さえて後ろに大きく飛び退く。
が、ブーンは逃がさないとばかりにオサムを目掛け、勢いよく地面を蹴った。
この追撃を許したら、拳銃でも当てられない距離に踏みこまれてしまう。
その距離に入られるよりも疾く、オサムは左肩の力を抜いて、体を反時計回りに回転させた。
【+ 】ゞ゚)「噴っ……!」
遠心力がオサムの左肩から棺桶を奪い取る。
ハンマー投げの要領で、オサムは棺桶をブーンの横面に叩きつけた。
ブーンの銃弾すらも弾き飛ばす強度を持つ棺桶の一撃は、高速で接近するブーンにとっては予想外の威力と効果を発揮しただろう。
機械に浮かんだ微かな動揺を顔に出しつつ、ブーンの体は文字通り横に吹き飛ぶ。
辛うじて受け身は間に合ったものの、ブーンの体は何度も地面に叩きつけられ、ようやく静止した。
オサムが追撃を掛けなかったのは、棺桶を背負い直しているのもあるが、今撃っても当たらないと確信したからだ。
相手の力量が分かった以上、無駄に弾を消費してはいけない。
オサムは、まだ三分の一程残っている弾倉を取り出し、通常の鉛弾が入った弾倉に交換した。
銃身内に一発だけ残っている弾を、遊底を引いて取り出す。
それをポケットにしまいこみ、オサムは銃口を今し方立ち上がったブーンに向けた。
( ^ω^)「……糞」
- 51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 14:19:23.50
ID:Xq8Tr1Vn0
- その時、オサムは気付いた。
ブーンの様子が、明らかにおかしくなっている事に。
オサムからしてみれば、ようやくと言った所だ。
ようやく、この状態にまで戻せた。
【+ 】ゞ゚)「諦めるつもりは無いんだな?」
分かり切っている事だが、とりあえず訊いておく。
( ^ω^)「皆無だ」
【+ 】ゞ゚)「……そうか」
二つの銃声が、同時に響いた。
そして、両者ともそれを避け、次の手に出る。
大きく動いたのはオサムではなく、またもやブーンの方だった。
ゴテゴテに改造されたスチェッキンしまいこんだかと思うと、再度オサム目掛けて肉薄して来たのだ。
オサムは、直観的に体を"横"に逸らした。
その直後、オサムの背後にある防弾シャッターが爆音と共に大きく凹んだ。
一瞬で何が起きたのか、考えるまでも無い。
ブーンはこの期に及び、このタイミングで懲りずにフェイント攻撃を仕掛けてきたのだ。
ブーンは、この大胆な行動にオサムが油断し、バックステップで距離を置くと考えていたのだろう。
もしオサムがそうしていれば、シャッターの代わりにオサムの胴体が吹き飛んでいたはずだった。
だが、オサムが横に逸れた事によって、ブーンが放った"榴弾"は避けられた。
オサムとの距離を半ばまで縮めた状態で、ブーンは露骨に舌打ちをした。
( ^ω^)「ちっ」
- 54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 14:23:04.63
ID:Xq8Tr1Vn0
- 奇抜な行動でオサムの油断を誘ったらしいが、そう易々と引っ掛かりはしない。
これで分かったのは、相手が武器をいくつか隠し持っていると言うことだ。
【+ 】ゞ゚)「……隠し芸大会の優勝を狙っているのか?」
オサムは、ブーンが如何にして榴弾を発射したか、それの正体を探していた。
そして、それを即座に見つけた。
硝煙を燻らせる発射機は、ブーンの右膝にあった。
むしろ、埋め込まれていると言った方がいいだろう。
全身が機械になっているのだから、このぐらい出来て当然の芸当だ。
他にも何か備わっていると見て、まず間違いない。
オサムはブーンの動きの一つ一つから、違和感を探す。
各関節の動かし方、構え方、それらを観察する。
人間のように滑らかな動きを見せるブーンだが、よくよく見ると、どこかギコチがない。
それ以上は見せまいと、ブーンが動く。
左膝が開いたかと思うと、そこからもう一発、榴弾が放たれる。
オサムは横飛びになり、それを避ける。
背後のシャッターが、吹き飛んだ。
そして、そこでオサムは気付いた。
ブーンの狙いは、榴弾でこちらを爆殺することではない。
背後のシャッターに用があったのだ。
オサムの眼の前、ブーンの背後にあるビルはメルタトービル社。
そして、メルタトービル社はメロダット社の正面。
そのメロダット社の横は―――
―――武器が山のように用意されている、ジャンゴ社。
- 56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 14:27:18.89
ID:Xq8Tr1Vn0
- 【+ 】ゞ゚)「……っ!」
ジャンゴ社のシャッターを破壊したのは、つまりは店に置かれている武器が目的だったのだ。
あの舌打ちは、一発目でシャッターが破壊できなかった事に対して。
しかし、距離的にはオサムの方がジャンゴ社には圧倒的に近かった為、店に入るのは容易ではない。
だが、オサムは榴弾が自身に向けられていると考え、横に移動してしまった。
ブーンが肉薄したのは、身体能力の差で埋められない距離を縮める為。
つまりそれを言い換えれば、この距離でならブーンにハンデなどないと言う事。
己の迂闊さを呪う前に、オサムは咄嗟にスチェッキンの銃爪を引く。
が、ブーンはただの鉛弾では止まらない。
頬を掠め飛んで行った銃弾と狼狽するオサムを全く意に介さず、ブーンは破壊したシャッターの奥へと砲弾のように駆ける。
横を通り抜ける際、微かに笑われた気がした。
オサムはそれを追おうと、体を反転させる。
ブーンの後を追う姿勢になったが、速度が違いすぎて意味が無い為、ジャンゴ社の手前10メートル程の場所で追うのを止めた。
洞窟のように真っ暗なシャッターの向こうへと消えてしまい、オサムは追おうにも追えなくなった。
何が来るのか、予想が出来ない。
何せ、武器庫に逃げ込まれたようなものなのだ。
店に置かれている武器の種類は、体に仕込まれているそれとは比べ物にならない程豊富にある。
グレネードランチャーでも持ち出されたら、守りの一手になってしまう。
銃口をシャッターの向こうに向ける。
何を持ち出し、何を使ってくるのか。
全神経を視覚情報に集中させ―――
【+ 】ゞ゚)「……づっ!?」
- 59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 14:31:02.89
ID:Xq8Tr1Vn0
- ―――その直後、オサムの肩に激痛が走った。
目をそこにやると、銀色に輝く細い棒状の物が突き立っている。
これは、ボウガンの矢だ。
ボウガンは、銃弾も火薬も使用しない為、銃声もマズルフラッシュも無く放つ事が出来る。
オサムは体を捻り、棺桶をシャッターに向ける。
案の定、軽く金属同士がぶつかる音が聞こえて来た。
が、それも一度だけ。
こうしている限り、攻撃を受けないが相手の動きが見れない。
すぐさま体を元に戻し、目を凝らす。
だがしかし、暗視装置を掛けているオサムの眼でも、シャッターの向こうは暗過ぎてよく見えない。
下手に距離を開ければ、それを付け狙われる。
暗視装置付きの狙撃銃でも持ち出されては、ひとたまりも無い。
矢を肩から引き抜き、投げ捨てる。
【+ 】ゞ゚)「……」
逃げると言う選択肢は存在しない。
何としても、ツンと接触される事を止めなければならないのだ。
スチェッキン一挺では、正面から戦う事は困難である。
と、オサムが思案を巡らせていた矢先。
閃光が、オサムの眼を襲った。
目を庇い、オサムは追撃を防ぐため、即座に背を向ける。
失念していた。
武器屋と言う事は、護身用の名目で様々な道具が置いてある。
- 60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 14:35:01.53
ID:Xq8Tr1Vn0
- スタンガンやテーザーガン、バタフライナイフに催涙スプレー、そして閃光手榴弾もまた然り。
数秒の間だけだが、オサムの視界を奪うのには十分過ぎる代物だ。
暗視装置を掛けている右目も無事とは言えないが、安全装置が作動した為、肉眼で閃光弾を見たのと同じ程度の被害しかない。
真っ白に漂白された視界の中、役に立つのは視覚を除いた全ての感覚器官と経験のみ。
背負った棺桶越しに、凄まじい衝撃がオサムを襲った。
【+ 】ゞ゚)「ぐぉっ?!」
衝撃と爆音は同時であったが、あまりにも唐突過ぎた為、オサムには衝撃しか把握できなかったのだ。
冗談のように"吹き飛んだ"オサムは、ギリギリの所で受け身が間に合った。
混乱から立ち直ったオサムの思考は、すでにブーンが撃った武器を推測し始めていた。
辿り着いたのは、RPG-7かパンツァーファウスト等の対戦車擲弾発射筒の類。
先程奪われた視界が、徐々に戻り始める。
一度強烈な光を見たせいで、それまで慣れていた暗闇がより一層濃くなってしまった。
再び目が暗闇に慣れるまでには、しばらく時間を要する。
立ち上がったオサムの背を、先ほどと同じ強烈な衝撃が襲う。
【+ 】ゞ゚)「ぬぅっ……!?」
受け身が間に合わない。
オサムは吹き飛んで顔から倒れ込み、顔面を強打する。
その際、右目の暗視装置が衝撃に耐えかね、壊れた。
棺桶に着弾して爆発した対戦車擲弾の威力は、大型車に撥ねられるかそれ以上の衝撃があった。
とは言っても棺桶の守りがある以上、一般販売向けに"威力制限処置"の施された武器では殺られる事はない。
強いて問題があるとするならば、威力等の殺傷力は処置によって幾らか減ってはいるが、着弾の際の衝撃だけはそのまま襲ってくると言う点である。
あれがそのままの威力を有していたら、オサムの体は棺桶だけを残して無残に吹き飛んでいただろう。
その時、耳に届いた棹桿操作の音はオサムの意識を死合いの場に引き摺り戻した。
- 62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 14:39:01.23
ID:Xq8Tr1Vn0
- 片手で思い切り地面を突き飛ばし、うつ伏せの状態から反転し、仰向けになる。
重量のある棺桶を背負っている為、片手で動くのはこれが精一杯なのだ。
しかし、それで十分だった。
それまでオサムの足があった場所に、ライフル弾が次々と撃ち込まれる。
オサムは、もう一度地面を突き飛ばし、反転させる。
今度は背負った棺桶が上を向く形となる為、棺桶の守りがオサムの身を守る。
棺桶が上を向くのと同時に、数発、棺桶がその弾を受け止めた。
このまま甘んじて弾を受け続ける趣味は無い為、オサムは痛みの走る腕を慮ることなく力を込め、立ち上がる。
皮肉なことだが、激痛がオサムの思考から焦燥を消し去った。
肩に出来た矢傷は、思いのほか深かったらしい。
焼けるような痛みが疼く。
失血は酷くないが、左腕を動かすとそこから激痛が全身に走る。
これはいよいよ、右腕のスチェッキンだけが頼みの綱だ。
騙し騙しで繋いできた偽りの均衡が、遂に崩壊してしまった。
壊れ、役に立たない暗視装置を外して捨てる。
【+ 】ゞ゚)「くっ……!」
棺桶を楯にする為には、その都度攻撃が来る方向に背を向ける必要がある。
背を向けている間は、ある程度の攻撃には耐える事が出来る。
しかし、反撃する為には否応なしに正面を向かなければいけない。
店の奥から間髪いれずに放たれた銃弾を、オサムは姿勢を低くして背の棺桶で受けるしかなかった。
次なる攻撃に備え、オサムはしばらくその姿勢を保つかどうかを考える。
出た結論は、否、であった。
立ち止っていても、オサムの精神と体力が確実に削り取られるだけだ。
接近するか、この距離を保つかの二択。
- 64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 14:44:05.34
ID:Xq8Tr1Vn0
- それも、この状況が続けば、の話なのだが。
状況は常に変化している。
特に、相手が武器屋に陣取っているとなればサーカスのように局面は変わり続ける。
考え込んでいたせいで銃声が止んだ事にオサムが気付くのには、五秒の時間を要した。
【+ 】ゞ゚)「……ん?」
重機関銃でも持ち出すのか、とも思ったが、それはまず無い。
銃弾だけではなく、榴弾の衝撃すら防ぐ棺桶をこちらが持っていると分かった以上、いくら大口径の弾でも使う意味がまるで無い。
仮にも、あちらは効率重視を常とする機械なのだ。
学習機能と言うものが備わっていると考えるのが、普通である。
そんなオサムの考えを遮るかのように、重々しい跫音がシャッターの向こうから聞こえて来た。
跫音の主に向き合う形に戻り、そしてオサムは思わず眉を顰めた。
ブーンの格好が、先程までと一変していたのだ。
言うなれば、"コマンドー"でシュワルツェネッガー演じたメイトリクスも真っ青の重装備。
四連装携行型ロケットランチャーを両肩に掛け、大量の手榴弾と大振りの軍用ナイフを収納しているベストを纏い。
両手には、二挺の軽機関銃を持っている。
強いてまともな部分を挙げるとすれば、顔にペイントをしていないと言うことぐらいだろうか。
何とも形容しがたいその姿に、オサムは一瞬だけ気を逸らされた。
それだけで、ブーンにとっては十分だったのかもしれない。
少なくとも、オサムを窮地に追い込むのには十分過ぎた。
気付いた時には、ブーンが両手に構えている軽機関銃が容赦のない一斉射撃を浴びせかけている。
姿勢を低くしつつも咄嗟に背を向けられたのは、ほとんど奇跡としか言えない。
- 67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 14:49:02.18
ID:Xq8Tr1Vn0
- 対戦車砲に比べれば遥かに軽いが、先程の銃弾に比べれば大分重い衝撃。
冷や汗を全身に浮かべながらも、オサムは覚悟を決める。
このままでは、一方的に殺されてしまう。
軽機関銃の斉射が止む頃には、オサムは死んでいるだろう。
と言うのも、明確な理由がある。
ブーンがあえて軽機関銃を二挺構えにしたのは、両手が塞がっているというのを強く印象付ける為だ。
途中で軽機関銃を一挺に持ち替えても、オサムはそれを気にする余裕が無い。
その間に、背負っているロケットランチャーなり手榴弾なりを有効に活用すれば決着はつく。
では、それを回避するためにはどう動けばいいのか。
正解はほとんど無いに等しい。
その為の制圧射撃なのだ、今はこうして姿勢を低くして足を撃ち抜かれないようにするのが精一杯。
遮蔽物が身近にあれば、まだ話は違った。
しかし、遮蔽物が無いオサムに対しての制圧射撃はかなり有効な手段だった。
下手に動きが取れず、かといって横に移動すれば足を撃たれるのは必至。
冷静な状態でなければ、活路を見出すことは不可能だ。
オサムが冷静であるかと言えば、正確な所はそうではない。
むしろ、その逆。
焦る心を強引に押さえつけ、冷静になろうと必死になっていた。
それでもオサムは、この状況を打破する手立てを見出していた。
それは完全に常識から逸脱し、ほとんど無茶苦茶としか言えない方法。
だが、相手が機械であるが故に有効な方法だ。
表の裏、つまり正攻法とはかけ離れた非常識な行動を取ればいい。
一度しか使えない方法だが、それでこの危機を回避できるのならば十分だった。
( ^ω^)「っ!?」
- 70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 14:54:07.15
ID:Xq8Tr1Vn0
- 気配だけで、相手が狼狽したのが分かる。
それはそうだろう。
何せ、逆の方法を取ったのだから。
そう。
―――棺桶を楯に後ろに向かって進めば、常識で動いている機械ならば当然驚くだろう。
対処方法を考えても、そう簡単には分からない。
例えるなら、"追っていた脆弱な草食動物が突然毒牙を向き、空を飛んで襲い掛かって来た"のと同じぐらい、滅茶苦茶で予測不可能な状況。
瞬時に思考が追いつかない。
機械ならば多くの事例や雛型を元に行動している為、まともな判断を下すまでには、下手をすれば人間以上に時間が掛る。
( ^ω^)「フォローデータリンク」
ここが、活路。
これが数少ない、ひょっとしたら、唯一かもしれない活路だ。
オサムは大きく五歩分の距離を詰めることに成功し、後ろを顧みることなく回し蹴りを放った。
狙い通り、ブーンの軽機関銃を二挺とも蹴り飛ばす事が出来た。
ここから先が、未知の領域。
瞬時の判断が、結果を決める英断になる。
その点なら、機械であるブーンの方が経験値的に有利だろう。
オサムは、直前の状況を打破する事に必死だった為、ここからは何も考えていなかった。
しかし、思考の出発点は両者とも同じ。
スタートのタイミングが同じならば、どうにか出来る。
少なくとも、スタートしてから数瞬の間は同じ位置にいるのだ。
そこまでが、契機。
- 73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 14:59:03.20
ID:Xq8Tr1Vn0
- 後は、自分次第。
回し蹴りを放った遠心力の影響で、体の正面がブーンに向く。
胴体に撃っても意味が無いならと考えていた為、オサムはこの戦いの最中は、スチェッキンを高めに構える事に決めていた。
狙うは、人体の構造をした物ほとんどに共通する急所、"顔面"。
人体を模した機械ならば、当然急所も人体と同じはず。
すなわち、人体同様に剥き出しになっている両目。
そして、模す上で必要不可欠な口腔。
この二つの内、どちらかに弾を当てる事が出来れば、ダメージを与えられる筈だ。
ほぼ一瞬の内に銃口をブーンの顔に向けていたオサムは、次の一手を考えることなく、迷わず銃爪を引いた。
ブーンはバックステップで距離を置こうとするが、顔面を穿とうと直進する銃弾相手にバックステップはまるで意味が無い。
数十発の鉛弾の雨を、ブーンは全て顔面に受け、仰け反りながら倒れた。
その際、両肩に背負っていたロケットランチャーが、大きく音を鳴らす。
【+ 】ゞ゚)「……」
弾倉を交換しながらも、オサムはブーンの動きから目を離さない。
倒れてから、まるで死んだように動かない。
しかし、あれで死ぬはずも、ましてや、壊れる筈も無かった。
それを証明するかのように、ブーンがゆっくりと上半身を起こす。
先程よりも一層機械めいた動きで立ち上がると、虚ろなガラス玉でオサムを睨みつけて来た。
( ^ω^)「……」
顔の皮膚の一部が剥がれ、そこから金属の骨格が覗いている。
両目は無傷らしい。
この様子だと、口も無事だろう。
皮膚の一部を削いだところで、相手は機械。
- 76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 15:04:04.37
ID:Xq8Tr1Vn0
- 痛みに怯む事は無い。
圧倒的に不利な状況。
だとしても、それでも。
目の前の脅威から目を逸らして逃げる事だけはしない。
オサムは、呼吸を静かに整える。
格闘戦に持ち込んでの勝算は、少なくとも、全く役に立たないスチェッキンよりかは高いだろう。
そんなオサムの考えを読んだのだろうか。
ブーンが、大きく後ろに跳躍して距離を開けた。
そして、両肩に背負っていた四連ロケットランチャーを両肩に乗せて構え、一斉に放った。
こうなれば、避けるか防ぐしか対処のしようが無い。
計八発のロケット弾を、背を向けたオサムは棺桶を使って防ぐ。
近くに着弾した際に生まれた爆風が、オサムの体を容赦なく殴りつける。
( ^ω^)「亀の真似か?」
【+ 】ゞ゚)「……あぁ、歩みが確実なんでね。
命令なしじゃ、動けない人形とは違ってな」
しっかりと三戦で踏ん張っていた為、転ぶことは無かったが、冗談のように数メートルは後ろに押された。
だが、着弾の際に生じた衝撃と、飛んで来たコンクリートの破片がオサムの体に打撲傷を与えている。
肩の痛みと全身の鈍痛とが合わさって、オサムはまともに動けない。
激しい動きや大きい動きは、しばらく出来ないだろう。
対一で背を向けての立ち往生は、あまりにも危険だ。
本来ならハンデが欲しい立場なのに、逆にオサムはブーンにハンデを与える形になっている。
危険要素をどうにかして減らさなければ、勝機はない。
ロケットランチャーによる攻撃が終わったのを計らい、オサムは向き直る。
- 79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 15:09:01.59
ID:Xq8Tr1Vn0
- 目の前で、ブーンはロケットランチャーを捨て、大振りの軍用ナイフを片手に抜き放った。
銀色の刃が、オサムの顔を反射する。
頼まずとも、近接戦に持ち込んでくる腹積もりらしい。
鉈程の大きさのそれは、切り裂くと言うよりかは、重さを利用して叩き斬るのに適している。
( ^ω^)「切り刻む」
【+ 】ゞ゚)「そのナマクラで?」
違うだろう。
切り刻むのであれば、それでは違う。
( ^ω^)「寸断する」
【+ 】ゞ゚)「お前に出来るか?」
本来の武器は、それではないだろうに。
( ^ω^)「切断」
ゆっくりと、ブーンはオサムに歩み寄る。
空いている方の手で、新たなナイフを逆手に構えた。
そして、一気に駆ける。
オサムの装備にナイフは無く、仮にあったとしてもそれを構える猶予は無かった。
突き出された刃を、オサムは横に躱す。
その躱した体目掛けて、もう一方のナイフが振り下ろされた。
スチェッキンの銃身で、それを受ける。
【+ 】ゞ゚)「ぬ、ぬぅっ……!」
- 80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 15:14:11.11
ID:Xq8Tr1Vn0
- 受けた隙に、ブーンは躱された方のナイフをオサムの脇腹に突き出す。
足で刃を横に蹴り、それを逸らす。
想定の範囲内だったのだろうか、ブーンは万力の様な圧倒的な力で素早くオサムを組み伏せた。
オサムの上に馬乗りになり、ブーンは両手のナイフを一旦引く。
そして、心臓目掛けて思い切り振り下ろす。
右手のスチェッキンを捨て、左肩の激痛を堪え、両腕でブーンの手首を掴んだ。
じわりじわりと迫る刃先を、心臓からどうにか逸らそうと試みる。
だが、動かない。
【+ 】ゞ゚)「く、ぐっ……!」
ロングコートの上からでも分かる両腕の筋肉の盛り上がりが、オサムの両腕に込められた力の凄まじさを物語る。
横に開こうと力を込めるが、刃は後十センチ程の距離にまで迫っている。
左肩の激痛が、いつの間にか麻痺にまで変化していた。
( ^ω^)「大人しく死ね、間男」
【+ 】ゞ゚)「誰……が間男だ……って!」
ブーンの腹を蹴り上げ、身を捻る。
力の行き場を失った刃先が棺桶の側面に弾かれ、ブーンはバランスを崩した。
ブーンを振り落とし、オサムはスチェッキンを拾って立ち上がり、反撃に出た。
右手に持つスチェッキンの銃床で、ブーンの眼の上を殴って怯ませる。
攻撃力の高い踵で、倒れているブーンの顔面を踏みつけた。
そして、足のつま先で目を蹴りつける。
ここまで攻撃しても、本体にダメージがあるかないか。
あったとしても、軽微な筈だ。
- 83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 15:19:06.42
ID:Xq8Tr1Vn0
- しかし目を潰せれば。
この偽モノの眼を潰せれば、多少は事態が好転するかもしれない。
そう気合いを込め、渾身の蹴りを繰り返す。
脆弱な眼球を狙って、何度も執拗に見舞う。
ガラスが砕けるような音と共に、ドロリとした液状の物がオサムのつま先に付着した。
( ゚ω^)「間男の分際で……よくも」
右目を押さえながら、ブーンは呟いた。
ゆらりと立ち上がると、ナイフを振り回してきた。
二振り。
それを上半身の動きだけで避け、オサムは足払いを―――
―――する事は、遂に出来なかった。
【+ 】ゞ゚)「しまっ……!?」
呆気なくナイフを捨てたブーンが見舞ったのは、オサムよりも早い蹴り。
古傷のある腹部に容赦のない回し蹴りが喰い込み、オサムの体が後方に吹き飛ぶ。
たっぷりと五メートルは跳躍し、そして、オサムの体は背中からジャンゴ社のシャッターの奥へと蹴り込まれた。
これがサッカーだったなら、観客総立ち、拍手喝采のロングシュートだっただろう。
商品棚やその他諸々を破壊しながら、オサムの体は壁に激突してようやく停止した。
即座に体を起こそうと意識だけが起き上がるが、意に反して体は動かない。
落下の衝撃や、腹部に受けた強烈な蹴りのせいでロクに動かせないのだ。
喉元まで込み上げて来た血を気合いで飲み込み、取り落としたスチェッキンに右手を伸ばす。
- 85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 15:24:04.00
ID:Xq8Tr1Vn0
- が、届かない。
後少しなのに、届かない。
伸ばした手が、何時からそこに来ていたのか、スチェッキンの手前でブーンに踏まれる。
【+ 】ゞ゚)「ぐぬ……!」
( ゚ω^)「……」
静かに左目だけで見下ろすブーン。
もう片方の潰れた右目は、その奥に赤い光点が窺えるだけだ。
右手を踏む足を退かそうとするも、ビクともしなかった。
ブーンは懐からスチェッキンを取り出し、床に転がるオサムのスチェッキンに銃口を向けた。
そして、銃爪を引く。
スチェッキンの銃身が、呆気なく撃ち砕かれた。
( ゚ω^)「……ふんっ」
鼻で笑うと、ブーンはその破片を蹴り飛ばした。
撃鉄や遊底が、店のショウウィンドウにぶつかり、乾いた音を上げる。
あれでは、修復は不可能だ。
【+ 】ゞ゚)「不良品が……」
( ゚ω^)「……ちっ」
ブーンはオサムの手から足を退け、何やら懐から取り出し、それをオサムの首筋に当てた。
これは―――
【+ 】ゞ゚)「っが、ああああああああああ!?」
- 87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 15:29:06.89
ID:Xq8Tr1Vn0
- 正体が分かった時にはオサムの全身に五万ボルトの電流が走り、絶叫を上げている。
護身用と言えば聞こえがいいが、それは明らかな武器だ。
だが、護身用のスタンガンだったからこそオサムは死なずに済んだ。
全身の筋肉が一時的に痙攣を起こし、まともに呂律が回らないだけだった。
首筋からスタンガンを離し、ブーンはそれを投げ捨てた。
【+ 】ゞ゚)「……」
( ゚ω^)「間男が」
それだけ言い残し、ブーンは立ち去る。
残されたオサムは、立ち上がって追いかけようと懸命に体を動かす。
徐々にだが、体が動き始めた。
所詮は護身用。
動きを奪うのは一時的な物だ。
多少負傷してはいるが、大丈夫。
急いで起き上がり、ツンの元へと急がねば。
これでは、これでは―――
―――そんな事、冗談ではない。
【+ 】ゞ゚)「……っ!?」
立ち上がった時、オサムはブーンが何故自分に止めを刺さなかったのかを理解してしまった。
目の前の床に、丸い何か大量に転がって来ている。
つまり、投げ込まれた数十個の手榴弾が―――
―――一斉に爆発した。
- 88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 15:34:02.25
ID:Xq8Tr1Vn0
- 店に空いた大穴から、何かの破片やガラス片と共に爆風が吹き出す。
それだけでは済まなかった。
店から少し離れた場所から、ブーンはどこからか取り出した起爆装置のスイッチを躊躇い無く押した。
店中に仕掛けた破壊力抜群のプラスチック爆弾の爆発は、堅牢な作りのジャンゴ社の建物を倒壊へと導いた。
立ち昇る粉塵を背に、ブーンは歩き出す。
( ゚ω^)「ツン……」
そう呟き、ブーンはその場を後にした。
残されたのは、大量の薬莢。
損壊した建物の壁。
割れたガラス片。
豪雨の後に出来た水溜りを、気にする事も無く踏み越える。
薬莢を踏み潰す。
建物の壁の破片を、蹴り飛ばす。
ガラス片を踏むと、粉々に砕けた。
右目から涙の様に垂れていた液体は、もうない。
一度だけ、確認の為に背後を振り返る。
( ゚ω^)「……」
生きている人間の息遣いはおろか、瓦礫の下には僅かな動きもそこには見て取れない。
暗視モードに切り替えていた視界を、赤外線モードに変える。
片目だけとはいえ、赤外線モードの機能は停止していなかった。
例え棺桶に隠れていたとしても、この目からは逃れられない。
- 90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 15:38:02.86
ID:Xq8Tr1Vn0
- ―――死んだのか、それとも肉片になったのかは定かではないが、人間の体温並みの反応は窺えない。
いずれにしても、体温並みの赤外線反応が無いと言う事はその場に存在しないと言う事。
あれだけ痛めつけられて建物内から爆発より早く移動する事など、物理的に不可能だ。
現に、オサムが背負っていた棺桶は瓦礫の下に残されており、その温度がハッキリと見えている。
棺桶の中の温度も見えている。
そこには、人間の体温は見えない。
これで、オサムの命が終わったのだけは確かだ。
( ゚ω^)「赤外線反応無し。 状況終了を確認。
作戦の継続に支障無し。 行動を再開する」
赤外線モードを暗視モードに戻し、自分自身に報告するようにそう言ったブーンは、顔を正面に向き直して歩き出す。
しばらくして、ブーンの口元が歪む。
それはあまりにも歪すぎ、傍から見れば笑みの形だと気付くのには大分時間を要するだろう。
歪んだ口元から、壊れた機械の声がノイズ混じりに漏れる。
( ゚ω^)『ハハハハハハハァッ!』
その声と、姿が消えてからも。
崩れ落ちた瓦礫の下からは、何も聞こえない、何も動かない。
結局あの棺桶は、誰の為の物だったのだろうか。
そんな事、ブーンはどうでもよかった。
今はただ、己の欲望を満たす為だけに。
ツンを犯し、汚す為だけに。
【時刻――03:00】
ラウンジタワーの亡霊が、クールノーファミリーのゴッドマザーの愛娘を追い始めた。
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