(-_-)「2・14 狂犬事件」のようです


48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 15:43:41.72 ID:rPqnFgpP0
「6・25 梅雨下の接触」

ギィ

(-_-)(予想通り誰もいない)

 屋上には生ぬるい風が吹いてた。
 元からコンクリート打ちっぱなしで鉄臭い場所だったけど、その日は特にそうだったね。

 明け方までに雨が降ってて、巻き上げられた埃がむっとする臭いしてた。
 便所飯するよりは図柄も綺麗で、僕は気に入ってたけどさ。

(-_-)(水溜りばっかりだ)

 灰色の空を映すばかりの水面を避けても、じっとり湿った床。
 その湿っぽさったら僕と同じくらいだった。

(-_-)(うーん。どこで食べよう)



 
50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 15:48:56.12 ID:rPqnFgpP0
 夏服の短い袖から入ってくる湿気が、ぶわっと上に向いた。
 むかつくほどの湿気。

「お、っと」

(-_-)「ん?」

 声が下のは屋上のさらに少し上だった。
 昇降口の上、貯水タンクの辺り。

「危ない」

 どうして声の主を確かめようと思ったか。

 ひとつは、こんな天気で屋上にいる人間に興味があったため。
 もうひとつは、やたら声が大きかったからだ。

「風強いな!」

 
51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 15:52:51.90 ID:rPqnFgpP0
 タンクの横に登るための手段は基本的になかった。
 常時はしごなんて付けていたら、馬鹿が登るだろ?

 高いところに登るのは煙とそういう人種だよ。

(-_-)(……)

 でも、その「馬鹿」は自前の脚立を用意していた。
 こういう行動力があるのは、一味違う馬鹿だ。

「〜〜」

 鼻歌が聞こえた。
 攻撃的なメロディの流れだ。

 僕は脚立に足をかけて、屋上の、さらに上を覗き込んだ。

( <●><●>)「〜〜〜」



 
53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 15:57:37.05 ID:rPqnFgpP0
 彼は仰向けに寝て爆音でヘッドホンを鳴らしていた。
 多分、洋楽。

 ずっと僕に気付かず、雲に向けてガンを飛ばしてた。
 眉間に皺を寄せて、時々パンを口元に運びながら。

 感想?
 色々あったけど、一つに絞るならこれだ。

 「レジャーシート持ち込むなよ」

( <●><●>)「〜〜」

 彼は青いシートの上に寝そべって、組んだ足でリズムを刻み続けてる。
 
81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 21:31:23.08 ID:rPqnFgpP0
 彼の名前はワカッテマスという、随分聡明そうな名前だったね。
 名前を尋ねられたら「ワカッテマス」と真顔で言って、周囲が困惑してた。

 クラスでは僕と違う意味で静かな人間だった。
 僕のはクラスメイトによる対・無機物的なものだったけど、彼のは逆だ。

 人間としてきちんと扱われているのに、周りがあまり構わないのだ。
 あとで、それも誤認だって分かったけどね。

 逆も逆だよ。

 彼の方が世界に無関心だったんだから。

(;-_-)(一人なのに僕みたいな惨めさがどこにもねーな)

 クール。
 安い言葉でしか表現できないけど、まさにそれだった。


 
82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 21:37:02.91 ID:rPqnFgpP0
 ヘッドホンの爆音が途切れた。
 曲が終わったんだ。

(-_-)(難聴になりそうだ)

 とか一瞬思った途端に、ワカッテマスは跳ね起きた。

( <●><●>)「雨だ」

 で、僕と目が合った。

(-_-)「あ、あの、その、ごめごめん。……雨?」

( <●><●>)「……」

 ぐりんと首を傾げたワカッテマスは、パンをもうひとかじりした。
 ああ、と沈黙の中で僕は、彼の目の奥に無関心を看破したね。

 見立ては得意なんだ。



 
85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 21:42:23.59 ID:rPqnFgpP0
( <●><●>)「なんでいるんです」

 脚立の上で投げかけられた疑問を、僕は取り落とさないようにあたふたした。
 急に放られたボールを手中に収めるのは難しい。

 実際のキャッチボールもダメダメなんだから、言わずもがなだよ。

(;-_-)「ぼ、俺、弁当食べようとおも、それできゃタッ」

 声は裏返るわ、噛むわ、口内大戦争。
 舌と唇が僕に反乱するなんてのはよくあることだったけど、ひどかったね。

( <●><●>)「ああ、そうか。出しっぱなしだった。そこ、どいてください」

 立ち上がった彼は、やたらめったら背が高く見えた。
 曇ってて暗かったし、立ち位置の関係もあったろう。

( <●><●>)「……」

 無言のときの方が多くを語る、不思議な男だった。



 
87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 21:46:50.03 ID:rPqnFgpP0
( <●><●>)「あと十秒以内に脚立からどくか、登るかしてください。困るんです」

(;-_-)「ごっ、ごめんなさい」

 同級生に敬語を使いあう程度の関係です。
 どうみても数年後に同窓であるだなんていえないです。

 僕は迷った挙句に六秒のところで昇降口の上に登った。

(;-_-)(高い)

 自慢じゃないがスリルを楽しむ人間じゃないんだ。
 遺伝子レベルでそういうのが決まってるらしいけど、明らかにその部分が欠けてる自信がある。

( <●><●>)「僕が脚立上げるからブルーシートどけてください」

 動かされるのは慣れっこだよ。



 
89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 21:51:53.38 ID:rPqnFgpP0
 ワカッテマスは脚立を貯水タンクの横に立てかけると、僕からブルーシートを受け取った。
 というか、奪った。

(-_-)「なにするんですか?」

( <●><●>)「雨が来るんですよ」

(-_-)「雨……」

 彼は大判のブルーシートを脚立のてっぺんにかけた。
 その様子はテントを作るのに似てたかな。

 小学生の頃、一回だけキャンプ教室に連れて行かれたことがあるんだ。
 カレーの鍋をひっくり返したのが最後の記憶。

 忘却されたかに見えたメモリアルストレスを回想していると、遠来の雷鳴が轟いた。

 遠来の雷鳴。

 結構かっこいい字面じゃないか?


 
90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 21:55:48.89 ID:rPqnFgpP0
 すぐさま「ざあ」と音がして、コンクリートに水滴が跳ねた。

( <●><●>)「間に合ったか」

 非難するわけじゃないけど、彼は僕に手伝わせておいて一人分のスペースしか確保してなかった。
 シートの下で胡坐をかいて、ワカッテマスが牛乳すすってたね。

 僕はもちろん、そこに入り込むことなんかできなかったよ。
 考えてもみてくれ、そんな勇気があったら一人ぼっちの経験値なんか貯められないだろ。

 遠足でレジャーシートをくっつける相手は誰か?
 もちろんお決まりの先生だよ。

 まあ、それはそれとして。

(;-_-)(どっ、どうしよう!)



 
92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 22:01:52.91 ID:rPqnFgpP0
 貯水タンクの下は汚かったし、ワカッテマスは洋楽の続きを再生開始。
 雨音シャカシャカ雷鳴シャカシャカ。

 にっちもさっちもいかないところで、参ったよ。
 だって、あとで聞いたらそこ、屋上よりも2m50cmも高かったんだ。

 行きはよいよい、帰りはこわい、登りよくても跳べないよってね。
 しっかり肩を雨に降られてから決意を胸に、飛び降りたのは何分後だろう。

 もちろん着地に失敗して、足を挫いたね。
 予定調和ってもんさ。

 尻を打ってパンツまでぐっしょり。
 結局、弁当を食べたのは保健室の中だったっけ。


 
94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 22:06:33.85 ID:rPqnFgpP0
 僕が彼から人間扱い(だと思いたい)を受けたのは、それが初めて。

 いや、長かった。
 本当にどうでもいいことばかり覚えてる。

 でも、あの日のワカッテマスは、異世界にいるみたいだった。
 カレーパンと牛乳を傍らに置いて、ぼんやり。

 一人が好きな僕でも、そんなことできない。
 彼だけの時間がそこにある気がした。

 正直にいえば、凄い、と思ってた。
 孤独なんじゃなくて、孤高っていうのかな?

 分かるだろ?

 「こいつには敵わない」

 それさ。


 
96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 22:11:06.47 ID:rPqnFgpP0
 芭蕉だったと記憶してるんだけど、こんなの聞いたことあるだろ。

 さみだれを あつめてはやし もがみがわ

 原型は、あつめてすずし、だったんだってよ。
 五月の雨が流れ込んだ最上川のなんと涼しげなことよ、ってね。

 でも、現地で最上川を見た芭蕉氏驚愕。
 涼しげだなんていってられない力強さ、荒々しさ!

 百聞は一見にしかず、の好例だよ。

 なんていうのかな、僕がワカッテマスにとって言いたいのはそういうことだ。
 会ってくれたら分かる、「オーラ」みたいなモノがあったんだ。

 それはクセ毛にも、痩せた身体にも、財布に繋がったチェーンにも宿ってた。
 とりわけ、万事に無関心そうな黒い瞳に。

 
98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 22:16:09.93 ID:rPqnFgpP0
 梅雨前線がすっかり通り過ぎてしまった後に、僕がきまぐれに屋上を訪れても、彼はいなかった。
 例の昇降口の上にひっそりと座って、相変わらず爆音を聴いているのかと期待してたのに。

 教室で淡々と文庫本をめくる彼じゃ物足りなかったのを、否定はしないよ。
 ああ、ここらで僕はアイデンティティを揺るがされたね。

 無関心が良い。
 一人でいたい。

 そういう個人主義。
 これがゆらいで仕方なかった。

 ワカッテマスにだけは、無関心であって欲しくない。

 そんな願望が頭の片隅で増殖し始めてたんだ。
 命令を待つ犬みたいに、馬鹿みたいに口開けてさ。

 
100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 22:20:50.81 ID:rPqnFgpP0
 でも引っ込み思案の権化たる僕だぜ?
 話しかけられると思うか?

 もちろんNOだよ。
 断じて、不可。

 キングオブ無難を選び続けた僕が、望んで、リア充の言う「絡む」なんて行為できるわけないだろ。
 気持ち悪がられるのがオチなのは、経験則から確定的に明らか。

(-_-)「死にたい」

 二の足を踏みまくって新たな何かをできない。
 これが通常、それが平常。

 ちょっとお熱を上げたバンドに狂う女子高生みたいにはなりたくなった。
 黙って忍んで時間が過ぎるのを待つばかりだったよ。

 そうして、僕は期末考査を平均点+5点の範囲でやりすごし、夏休みを迎えた。



101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 22:26:54.88 ID:rPqnFgpP0
 とあるラノベで延々繰り返していたという八月は、とかく長かった。

 撮り溜めたアニメを消化して、漫画を読んで、チンコをいじって、飯を食う。
 ネトゲだけは絶対にやるまいと決めていたから、ほどほどの腐り具合だった。

 往年みたいにいじめっ子達が家に花火を投げ込んでくることもなかった。
 平和ってのはいいことだけど、退屈なんだ。

(-_-)「帰省するの? いってらっしゃい」

 三重県にある、母方の祖父母の家に行くという両親を見送ると、今度は姉が帰ってきた。
 世話役だと胸を張る姉のお小言を受けて、ひきこもりが助長された。

 ネットにつながってなくてもジジババ相手の方が楽だ。


 
103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 22:30:55.35 ID:rPqnFgpP0
(゚、゚トソン「ごはんできたよ。起きてー」

(-_-)「……いいよ、勝手に温めるから置いといてよ」

(゚、゚トソン「馬鹿だな、あんたは。一緒に食べるためにわざわざ帰ってきてるんじゃない」

(-_-)「コンビニ弁当一人で食べても違わない」

(゚、゚トソン「わざわざ旦那を放置して弟の世話を見に来てるお姉さまに言う台詞じゃない」

(-_-)「姉ちゃん、昨日あんまり寝てないんだ。気持ち悪いんだよ」

(゚、゚トソン「じゃあ今から元気出して起きてれば夜は早寝できるね」

 姉に元気を全部持っていかれたというのが、親戚一同の見解だったらしい。

 
104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 22:33:18.31 ID:rPqnFgpP0
(゚、゚トソン「部活は?」

(-_-)「……」

(゚、゚トソン「友達とプールとか行かないの?」

(-_-)「……」

(゚、゚トソン「最近映画とかやってるけど、観にいこうか」

(-_-)「……」

(゚、゚トソン「友達と」

(#-_-)「うるさいな!」

(゚、゚#トソン「あんたの方がうるさいよ!」

 こんな姉だから嫁入り当初、僕は嬉しくて仕方なかったんだよ。


 
106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/08(月) 22:38:10.96 ID:rPqnFgpP0
 おっと、そうだ、こんなエピソードも加えておかないとね。
 夏休みだったらこれ、っていうのをすっかり忘れてたよ。

 花火、花火。

 姉の来襲終盤、八月四日、海辺で花火大会があったんだ。
 会場まで電車で30分もあるから、僕は嫌がったんだけどね。

(゚、゚トソン「太陽の下が嫌なら星空の下でいいから外出するわよ」

 こうして引きずり出された。
 しかも父親の子供の頃の浴衣を引っ張り出してきて、着付けまでされたんだ。

 年頃の高校生がお姉ちゃんの前でパンツ一枚。
 最悪だった。

 そんなある日の事件だ。



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