('A`)と歯車の都のようです
95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 15:44:03.28
ID:Xq8Tr1Vn0
- 【時刻――02:40】
路地裏の暗闇を、白いハイビームのライトが切り裂く。
そのハイビームに照らされる大小様々な水溜りが出来たコンクリートの地面を、二輪のタイヤが踏みしめる。
そしてその白光を放っているのは、銀色のネイキッドバイク。
ホーネットの名の通り、スズメバチの羽音にも似た特徴的な甲高いエンジン音。
バイクの速度は、先刻に比べて大分落ちていた。
だがそれでも。
計器の針が示す速度が、時速100kmを下回る事は無い。
銀色の閃光が白い光を残して走るその様は、どこか神々しい。
と言うのも、銀色のバイクに跨り、それを駆る人間が桁違いの美しさと神々しさを持ち合わせているからだ。
流れるように風に靡く、眩いばかりの金色の髪。
その下で細められている、吊り上がった蒼穹色の碧眼。
彫像のように整った細い顔立ち。
最上級の絹のように白い肌。
アクセルスロットルを掴んで捻る指は、細く、女神のそれだ。
しかし、その身が纏うのは黒いロングコート。
コートの裾を髪と同じように靡かせる姿は、さながら地獄からの使者が早馬を走らせているかの様に不気味だった。
地獄の死者がその姿を女神に似せるのは当然であり、それが女神よりも尚美しいのはもはや当然を通り越して常識である。
肩に提げているのは消音器付きの狙撃銃、VSSヴィントレス。
アクセルスロットルを掴んでいない左手が持つのは機関拳銃、スチェッキン。
銃で武装し、黒の服に身を包む美しい女性。
銀色のバイクを駆るうら若い女性は名を、クールノー・ツンデレと言う。
ξ゚听)ξ
98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 15:47:05.02
ID:Xq8Tr1Vn0
- オサムと別れてから、ツンは"カトナップ"に与えられた任務を継続する為に、一人バイクを駆っていた。
本来ならオサムとの二人組で行う筈だった任務の内容は、大通りの敵を引っ掻き回して混乱を招き、他の味方に及ぶ驚異を減らすことにあった。
だが、オサムが欠けた今、それを継続できるのはツン一人だけである。
効率は下がるが、任務の継続はどうにか可能だ。
オサムが欠けてしまったのは予想外だったが、オサムならば生じた穴をどうにかして埋め合わせしてくれるだろう。
今、ツンが危惧しているのは相棒の事が第一。
続いて、目の前にあるこれからの事が心配だった。
そもそも、この"カトナップ"がツンとオサムの二人一組だけで編成されているのには、歴然たる訳がある。
大通りには大量の敵兵がおり、更には戦車までいる。
戦車の相手はギコ率いる"パンドラ"がする予定だが、歩兵の相手は"ヤーチャイカ"と"カトナップ"の役割だ。
敵を全滅させることは今の物量的に不可能であり、デレデレの作戦通りに連中を大通りに釘付けにするのが"カトナップ"で、それらを駆逐するのが"ヤーチャイカ"である。
そしてその為に、"カトナップ"は小回りの利くバイクを使った撹乱を行う。
問題だったのは、マニュアル操作のバイクを使うと言う点だ。
車と違い、バイクはアクセルスロットルを手で捻らなければ走らない。
それだけではなく、チェンジペダルと後輪のブレーキ以外の動作を全て手で行わなければならないのだ。
相当な速度を出して走行し、加えて蛇行運転にも近い走行を余儀なくされる為、片手運転は非常に危険だった。
デレデレの作戦通りに敵の半分以上が"デイジー"に向うように仕向ければいいので、"カトナップ"の人員は少数でいい。
一人では少なく、逆に多すぎると、こちらの作意を勘繰られてしまうからだ。
"ヤーチャイカ"と"パンドラ"に及ぶ影響を減らし、そのついでに"ジングル"への注意を削ぐ。
高脅威の駒が一つ、場にあるだけでも大分印象は違う。
だからこそ、"カトナップ"は二人一組なのだ。
連携の取れた二人一組ならば、片方が運転に集中し、もう片方は安全に装填作業が行える。
しかし、その片方が欠けたと言う事は、運転と装填作業、そして射撃。
この三つの仕事を、同時に一人で行わなければならなくなってしまっていた。
99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 15:53:09.02
ID:Xq8Tr1Vn0
- 作戦続行の為には、ホーネットで大通りを駆けまわる間の装填を諦める他、ツンに手立ては無かった。
一応、先程速度を落とした際に自力で装填を行った為、弾切れまでは装填作業はしなくてもいい。
ツンの持つスチェッキン"砂の盾"は、装弾数を二倍にした特別な弾倉を使用している。
残念なことに、ヴィントレスはバイクを運転している間は"長物"扱いになる為、使い物にならない。
その為、一度に使用できる弾の数は合計で80発。
大通りにいる敵の数は、弾倉内の弾丸と桁が三つは違う。
とてもではないが、気休めにすらならない弾数だ。
それでも、殲滅が任務ではないので弾数は問題ではない。
それに、一発一発を確実に使いつつ逃げれば、弾倉内の弾だけで二十分は耐えられる自信がある。
装填の度に一旦路地裏に逃げ込めば、更に相手を混乱させ続ける時間は伸びるだろう。
兎にも角にも、大通りに戻って任務を再開する事が今の最優先事項だった。
左手に持つ"砂の盾"を決して離さぬよう、ハンドルを握る手に力を込めた。
目指すは大通り。
祭りの為に用意された証明のおかげで昼のように明るい大通りは、10分程前から大混乱が始まっていた。
銃声と怒号の飛び交う大通りは、一歩足を踏み入れてしまえば如何に手練と雖も臆し兼ねない。
ツンも、僅かながら単身でそこに向かう事に対して不安を感じていた。
一緒にいた相棒がいないだけで、こうも不安になる物なのかと思うが、考えすぎだと言い聞かせる。
ただ、風避けと弾避けと運転手と観測手と話し相手がいなくなっただけだ。
一人でもやれる。
今までそうして来たように、これからもそれは変わらない。
相棒も一人で大丈夫なのだから、自分も一人でも大丈夫に決まっている。
そう思わなければ、自分以上に相棒が心配になって仕方が無い。
元はと言えば自分の不始末が原因なのに、それをあの男は我が事のように請け負った。
後ろめたいと言うか、どこか申し訳ない気がしてならないのだ。
104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 15:58:03.15
ID:Xq8Tr1Vn0
- 貸し借りを作るのは好きではない。
それが好きな人種は、高利貸しの類か政治家ぐらいだろう。
義を重んじるようにと昔から教えられているツンとしては、一方的な借りが気に入らないのは仕方が無い話だった。
借りは、どんな形であれ必ず返す。
その為には、互いが生きていなければそれは成立しない。
果たして、相棒の方は本当に大丈夫なのだろうか。
そんな思いと共に、スロットルを捻る。
疑念を吹き飛ばすようにして、ホーネットが突き進む。
ξ;゚听)ξ「……っ!」
大通りへと戻った一瞬、ツンは目の前の光景に息を飲んだ。
ほんの十分程しか目を離していないと言うのに、大通りは先刻よりもより苛烈な戦場へと変貌していたのだ。
大軍相手に少数で奮闘している裏社会の面々の様子からは、裏社会の人間が如何に場馴れしているかがハッキリと窺い知れる。
しかし奇妙だったのは、大通りにいた敵兵士の数が気のせいか予定よりも幾らか減っている事だった。
死体となっているのならばいいが、死体の数がそこまで無いので、どうにも違うらしい。
あくまでも予定の数である為、敵が別の場所に人員を幾らか割いていたとしても何ら不思議ではない。
何事も、全て予定通りとはいかない。
その事を弁えているツンは、大通りでの自分の仕事が幾らか楽になるとだけ考えた。
そして、ホーネットのエンジン音を聞き咎めた敵兵士達がようやくこちらを指さし、何事かを叫ぶ。
が、それは既に背後。
何を叫んだのかは、結局聞こえなかった。 無論、聞くつもりは毛頭ない。
西の路地裏から飛び出て大通りの東側に来たツンはバイクを体ごと倒し、中央に寄りつつ思い切り大通りを南に向かって曲がる。
107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:02:02.58
ID:Xq8Tr1Vn0
- 周囲がこんな状態なのに速度を落として狙い撃っていれば、ものの十秒も経たない内に全身蜂の巣だ。
銃弾と爆音と怒号が飛び交う中、ツンは姿勢を低く、バイクに押し付けるような体勢で車体を元に戻した。
辛うじて左手のスチェッキンを構え、狙いを定めようと試みる。
―――しかし、狙っていた相手はあっという間に後ろに過ぎ去ってしまう。
疾すぎる。
まだこの速度に慣れていない身としては、当てるのを前提にして撃つのはかなり辛い。
フルフェイスのヘルメットがあれば、まだ良かったかも知れない。
疾さの代償として吹きつける風が強く、目をまともに開けていられない為に狙いが付けられないのだ。
これでは照星が標的に合わさった時には、その相手は遥か後方である。
潔く構えていたスチェッキンを解き、ハンドルを握る手に再び力を込める。
ツンは、そのまま南に向かってホーネットを走らせた。
確か、この方角にはヒート達"ヤーチャイカ"がいる筈。
反対側の北には、ギコ達"パンドラ"がいる。
あそこに戦車が集結する手筈となっている為、ツンとしては近寄りたくない。
餅は餅屋と言うレベルではなく、専門分野の次元が違うのだ。
とりあえず、ヒート達の正確な位置を掴んでから援護をしつつ、予定通り場を滅茶苦茶にする事にした。
どこに"ヤーチャイカ"がいるのかは、少し考えればすぐに分かる事だった。
反則と言っていい程のワイルドカードが二枚もいるのだ、敵も馬鹿ではない。
すぐに叩き潰そうと、多くの兵を向かわせるだろう。
つまりは、一番敵が集まっている場所の中心に"ヤーチャイカ"はいるのだ。
そしてそれは、すぐ左前方に見つかった。
遠巻きから背の高い女が何やら周囲の兵に指示を出しており、次々と仮面を被った兵士達が一箇所に殺到している。
中心部分は見えないが、間違いなくあの台風の目にヒート達がいる。
ふと、背の高い女の周囲にいた数十の兵士がツンの接近に気付き、顔を向けた。
108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:06:18.85
ID:Xq8Tr1Vn0
- 今回の接近は場所を把握する為であって、無理をして撃つ必要はない。
左前方に見えていた光景が遥か後方に移動した辺りで、ツンは方向転換。
後輪が音を立てて地面を擦り、前輪を中心点として半回転。
勢いを殺すことなく一瞬で方向を北に変えたツンは、速度を上げる。
速度に慣れれば、一先ず"当てる"のは可能だ。
それまではこうして移動し続け、状況を逐一把握することに徹するのが得策である。
後は、風をどうにかすれば。
十秒と目を開け続けていられない程の向かい風をどのように攻略するか、それが課題。
フルフェイスのヘルメットはおろか、風を防ぐ為のサングラスも無い。
いつまでも目を限界まで細めたままの状態では、正確に狙い撃つことはできないのだ。
オサムの背が風を防ぐ意味での壁となっていた事の重要さに、舌打ちと共に今更ながら感謝した。
"ヤーチャイカ"のいる場所の前を素通りし、ツンは歯車城の手前まで来て進路を変更する。
先と同じ要領で素早く南に向き直り、直線を稲妻のように駆け抜けた。
後方の上空から、ハインドのローターの回転音が聞こえてくる。
オサムがいた時はどうにか撃墜出来たが、今は不可能。
これはいよいよ、早急に対策を考える必要があった。
振り返らず目線だけをバックミラーに向け、背後の様子を窺う。
ξ゚听)ξ(……あっ!)
ハインドの姿を目に捉えたその直後、ツンに向かおうと機首を下げたハインドが宙で爆散した。
見れば、ハインドの居た位置に向かって伸びている白い煙の帯がある。
建物の屋上から放たれた携行式地対空ミサイルのそれだと、一瞬で理解した。
視線を前に戻し、可能な限り速度を落とさずに、そこら辺に墜ちているハインドの残骸を避ける。
109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:10:18.89
ID:Xq8Tr1Vn0
- "ヤーチャイカ"を囲む集団が、再び左手に見えて来た。
あれだけ密集していれば、狙わずとも当てられる。
そう確信したツンは、ホーネットを更に加速させた。
そして、集団の横を通り過ぎた瞬間、ブレーキを掛ける。
時計回りに車体が滑りながら半回転し、その際に左手のスチェッキンを持ち上げ、銃爪を引く。
遂に側面から一撃浴びせかけ、一瞬で方向を変えることに成功したツンは、逃げるようにしてその場から去る。
確かな手応えを感じる事の出来た今の一撃は、中々に不意を突けたようだ。
スチェッキンを使う場合には、今ぐらいの距離を保ちながら撃てばいいだろう。
これで、一先ずの問題は解決した。
何度も使えない方法だが、一時的な凌ぎの技として考えておけばいい。
使えなくなる前に、また新たな方法を考えなければならないのだが。
今は、贅沢を言っている余裕はなかった・
それを考慮しつつ、今の攻撃を再度、今度は背面から仕掛けることにした。
歯車城の前に来てから半回転、そして加速。
先刻と同じ動作だったが、今度ばかりは相手は馬鹿ではなかった。
二度も同じ手を喰らわないとばかりに、ツンに向けて遠距離から撃ってきたのだ。
弾を避ける為に車体を倒しながら大きく西に曲がり、楕円を描くようにツンは弓なりに進む。
当然、これだけの速度で走りまわっているのだ、弾が当たる筈が無く、ホーネットが通り過ぎた地面を穿つだけだ。
"ヤーチャイカ"の近くの敵は仕留められないが、進んだ先にも敵はいる。
むしろ、この大通りならばどこにでも敵はいる。
的に困る事は無い。
視線の先で瞬く間に弾切れになった男が、マニュアル通りに弾倉を交換しようと空になった弾倉を外した。
その男の装填作業の隙を突き、素早く廻り込んで正面に捉える。
前輪を持ち上げ、そのままそれを槌の様に叩きつけた。
111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:14:53.42
ID:Xq8Tr1Vn0
- ( ∴)「ごゃっ?!」
奇妙な叫びと共に、男の体が押し潰される。
その横にいた男が銃口をツンに向けようとしていたが、それは間に合わない。
前輪が男を押し潰すのと同時に前輪でバランスを取り、反動を利用して僅かに持ち上げた後輪をバットのように回転させ、男を後輪で殴り飛ばす。
悲鳴を上げながら地面を転がり、男はそのまま動かなくなった。
( ∴)「っゃご?!」
その動作で、前輪の下敷きになっていた男に対して更なる追い打ちが加わった。
硬い何かを力任せに千切ったかのような暴力的な音が上がるも、それはホーネットのエンジン音が掻き消し、ツンの耳には届かない。
音の正体は、ホーネットの前輪が男の首元を抉る様にして廻り、強引に半分程引き千切った為に上がったもの。
半分千切れた首元から上がる火花が、男の再起不能を雄弁に物語っている。
だが、ツンはそんな事には構わずにホーネットを走行させ、後輪で男にトドメを刺した。
その前に後輪で蹴り飛ばした男のいる方向へと、向き直る。
男は、生まれたばかりの小鹿が立ち上がる様に全身を震わせながら、健気にも両手で立ち上がろうと試み始めていた。
前輪を持ち上げ、そのまま進む。
両手両膝を付いた体勢の男の後頭部目掛け、一切の慈悲なく前輪を落とした。
( ∴)「びぶっ!?」
頭部が潰れた衝撃で何処かの神経系回線がイカレたらしく、うつ伏せに倒れている男の体が滅茶苦茶に動き始めた。
もっとも、その頃にはツンを乗せたホーネットが南へと向かっており、それの様子はバックミラーで見たのであるが。
都の南部に近付くにつれ、敵の数が徐々に減っている事に気付いた。
減っているとは言っても、未だ数百単位で敵がいる為に油断は全く出来ない。
ξ゚听)ξ(……ァック!)
112 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:18:21.04
ID:Xq8Tr1Vn0
- ここまで酷い状況なら、文句の一つや二つは遠慮なく声に出して叫びたい所ではあった。
が、この速度の中でまともに口を開ける筈も無く、心の中で叫ぶだけに止める。
道路の真ん中に墜ちていたハインドの傍を大きく廻り、再び北に向かう。
スチェッキンの銃口を右に向け直し、ホーネットをフルスロットルで走らせた。
ニトロエンジンが積まれている事を知らないツンは、ホーネットの異常なまでの加速性に何ら違和感を覚えない。
フルスロットルで駆ける銀色のホーネットは、まさに化物を殺す銀の弾丸だ。
スズメバチの羽音を響かせて走るホーネットが、ヒート達を囲む集団の横を通り過ぎる。
その半瞬前。
フルオートで放たれた弾丸が、無防備にも背を向けていた者の背を穿つ。
ホーネットに乗るツンに顔を向け、無礼にも銃口を向けていた者はその顔を。
ツンを乗せたホーネットが通り過ぎた時には、弾丸をその身に浴びた者達が一斉に倒れた。
あれだけ集まっていれば、狙うまでも無かった。
次なる一撃の方法を考える。
一撃毎に違った攻撃方法を考えるとなると、時間が圧倒的に足りなかった。
元々、最善の方法として二人一組の行動が挙がっていたのだ。
その方法は、デレデレが考えたものだった。
それ以外の方法は検討されておらず、ここから先はツン一人の思考だけが頼りである。
果たして、可能なのだろうか。
自分一人の力でこの状況をどうにかする策を思いつく事は、可能なのか。
否―――、可能、不可能の問題ではない。
可能にしなければならないのだ。
現状を考え、そこから策を思い浮かべる。
それでも足りない。
可能にするためには、思考力と集中する為の場が足りない。
113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:22:48.30
ID:Xq8Tr1Vn0
- こんな鉛弾の飛び交う危険な場所で、悠長に考え事に専念するだけの余裕はない。
デレデレならばどう考える。
この状況。
デレデレが考え付いた最善の策と符合する程の策。
―――そう言えば。
作戦を説明している時、デレデレは言っていた。
"状況に応じて作戦を変更しても良い"、と。
つまり、他に手があるのだ。
本当にどうしようもない場合、デレデレはちゃんと言ってくれる。
家族相手に多少の意地悪はするが、根拠のない嘘だけは吐かない。
それを信じるならば、この状況下でも考え付く作戦がまだ残っているはず。
作戦を変更するような事態が生じても、考え付く作戦。
答えを急いではいけない。
この間、考える事は二つだけ。
"弾に当たらないよう動き続ける事"。
そして、"答えを自力で見つける事"。
滅茶苦茶な軌道を描きつつ、ツンはホーネットを銃弾の雨から逃がす。
一発でも燃料タンクに当たってしまえば、引火して爆発してしまうかもしれない。
体を低く。
目を細める。
速度はそのままに。
しかし、軌道はより複雑に。
思考は冷静に。
しかし、その回転はより高速で。
115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:27:08.86
ID:Xq8Tr1Vn0
- 間もなく至る。
固定概念を捨てた、その作戦に。
つまり―――
ξ゚听)ξ(狙撃でも、十分混乱はさせられる……!)
そう。
何も、バイクで走り回る事に固執しなくてもいいのだ。
ホーネットを使っているのは、独特のエンジン音と眩い車体で敵の注意を惹きつける為。
そして、弾が当たらないように考慮する為。
では、それらを他の行動で補えるのかと言われれば。
答えは可。
補える。
多少の無茶を承知すれば、十分補える。
高所に移動し、そこから狙撃をする。
敵がこちらを見つけない限りは、確実に混乱するだろう。
あれだけの人数が固まっている中での狙撃は、機械の心にも焦りを生じさせるには十分だ。
ホーネットで現場を駆け廻るという考えに固執しなくても良い。
高所を移動し続け、そこから弾が許す限りの狙撃を。
その頃には、敵は姿の見えないツンを探して躍起になる。
それは、ホーネットが生む混乱と遜色ない程の効果が期待できた。
となれば、ツンはこの場から移動する必要があった。
この大通りにいる限り、敵の眼は常にツンの姿を捉え、そして狙い撃ってくる。
こうして移動を続けるのも、燃料が許す限りだ。
決断は迅速に。
実行はより速く、だが、確実に。
117 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:31:18.73
ID:Xq8Tr1Vn0
- 仮に、ここで焦ってさっさと移動したとして。
その代償として払わなければならない物を考えると、釣り合わない。
狙撃手は、その位置を知られてはならないのだ。
知られないが故に脅威であり、恐怖なのだから。
知られてしまえば、自らを窮地に追い込んでしまう。
支払う犠牲は、その脅威のレッテルと身の安全だ。
狙撃手の価値が失われる事を考えれば、多少の時間を割いた方がいい。
焦りで目的の真意を見落とすな。
今は未だ、"当初の予定通り"敵の注目がある。
デレデレの予定を打ち消す。
打ち消しの行動は、ツンが知らぬ内に自ら起こしていた。
あまり敵を殺し過ぎない、手を出し過ぎない。
つまり、ツンを虚仮威しだと思わせればいい。
その後、すぐ狙撃援護につけばこの間に失われた時間の帳尻が合う。
このまましばらくの間、疾さに身を委ねていれば敵の関心は薄れるだろう。
風である事に徹すれば。
言い聞かせる。
それに成り切るよう、他の誰でもない自分に向けて。
一発の弾丸に。
縦横無尽に地を駆ける弾丸に。
一筋の流星に。
眩いばかりの流星に。
一陣の颶風に。
弾丸ですら、避けて通る颶風に。
119 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:36:18.03
ID:Xq8Tr1Vn0
- 駆ける。
それだけに徹する。
弾丸に、流星に、颶風に。
誰も捕らえられない領域へ。
北へ、北東へ。
東へ、東南へ。
南へ、南西へ。
西へ、西北へ。
スズメバチの名を冠したバイクが、大通りを蹂躙するかのように駆ける。
だが、その針は誰も傷つけない。
最初の内は焦っていた兵士達も、次第にツンが攻撃してこないのだと理解すると、その興味を欠いた。
とはいえ、心の隅に留めておく程度の事はしているだろう。
しかし、所詮は風。
強い風が吹いて、そこまで気にする者はいない。
風であるが故に、ツンを脅威と感じる者はいない。
風がスズメバチに変わった時、初めて脅威となる。
ξ゚听)ξ(このままいけば……)
加速する世界に目が慣れるにつれ、周囲の状況が次第に鮮明に映る。
敵の動きが分かる。
やはり、何もしてこないツンに対して明らかに興味を失っていた。
今は、相手にとって最悪のワイルドカードである"ヤーチャイカ"にお熱の様だ。
ξ;゚听)ξ「……っ!?」
―――三人を除いては。
122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:40:21.47
ID:Xq8Tr1Vn0
- (*゚∀゚)
一人は、金髪の若い男だった。
黒い軍用外套をだらしなく身に纏っている姿は、どう見てもそこら辺にいるチンピラだ。
だが両腰に差しているのは、ツンも見た事が無い程に大振りのナイフ。
下卑た笑いを浮かべながら、男はツンの横を"並走している"。
爪゚∀゚)
もう一人は、茶髪の少年だった。
金髪の男と同様の格好をしているも、その容姿はまだ幼い。
小学校低学年と言っても確実に通用する容姿とは裏腹に、その小さな背には不似合いなショットガンが提げられている。
さながら、小学生が性に目覚めたかの様な気色の悪い笑みをツンに向けながら、少年もツンの横を並走していた。
爪゚A゚)
最後の一人は、白髪の混じった黒髪の女だった。
年の頃は三十代後半、言わずもがな他の者と同じ格好をしている。
他の二人とは違い、特に目立った得物を持っていない。
底意地の悪い表情を浮かべ、女はツンの背を追っている。
有り得ない、と喉元まで上って来た言葉を飲み込む。
有り得ているから有り得るのだ。
この連中は、ヒートが"パンドラの箱"を終えた時に報告していた連中に相違ない。
亜音速で行動する機械仕掛けの兵士。
この三人だけが、ツンに興味を示したかのように行動を起こしていた。
そして、一人が口を開いた。
(*゚∀゚)「へへっ、君、可愛いねぇ」
124 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:43:11.70
ID:Xq8Tr1Vn0
- 反吐が出るような声だった。
値踏みするかのようにツンの体を観察する男の視線が、気持ち悪い。
確かこの男。
ギコを刺してペニサスに殺された筈。
爪゚∀゚)「くくっ、生意気で気の強そうな顔してるねぇ」
気に入らない餓鬼の声だった。
新しい玩具を目の前にしたか子供のような目で、ツンを見ている。
子供はいいが、こう言った餓鬼はどうにも嫌いだ。
今スグに殺すか、それが叶わないなら殴りたい。
爪゚A゚)「ふふっ、くふふ、相変わらずむかつく顔だわぁ」
壊れている。
この女は、頭のどこか大事な部分が壊れている。
笑い声だけでそれが判断できる程に、女は壊れていた。
だが、それに反して眼だけは気味が悪い程に生き生きとしている。
連中の最大の問題は、"時速300km"で走るツンと並走している言う事。
こいつ等は攻撃が可能かもしれないが、ツンは手が出せない。
むしろ、ツンよりも疾く動ける筈だ。
予想外の脅威の出現に対して、しかしツンの見せた反応は素早かった。
銃器による迎撃が不可能と判断し、ツンは速度を更に上げた。
それに応じ、敵も速度を上げ―――
―――そこで、ツンは急ブレーキを掛けた。
逃げ道を前方にだけ絞っていたと油断していたらしく、左右を並走していた二人が先に抜ける。
125 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:46:15.19
ID:Xq8Tr1Vn0
- が。
このままでは後ろの一人がホーネットのリアテイルに激突してしまい、ツンの身が危うくなるのは必至。
しかしそれは、相手から避けてくれた。
何せ、相手は機械だ。
自ら進んで破滅の道を進むわけがない。
速度がその域に達すると言う事は、その速度の中でも反応が出来る能力があったとしても何ら不思議ではない。
反射的にホーネットを飛び越え、壊れた笑い声を上げる女は前方に着地。
一方のツンは、素早くギアを変えてホーネットを再発進させている。
目指すは都の西部。
敵の手が及んでいない、表通りへと進める。
こうなった以上、大通りでの戦闘は不可能だ。
それだけではない。
彼らがツンに差し向けられたと言う事は、ツンを相手にするには彼らだけで十分だという考えの表れ。
あれが、敵がツンに向けた注意と対応の凝縮された物だと考えていいだろう。
随分と舐められたものである。
こんな―――
―――こんな、鉄屑にも劣る三人を差し向けて。
これだけで、本当に足りると思っているのか。
まぁ、それならそれでいい。
後悔先に立たずと言う言葉の意味を、授業料の鉛弾と一緒に教えてやればいい。
テイルランプの尾を引いて、表通りへと続く路地に侵入したツンは、間もなく幅の広い道路に出た。
そこは大通り程ではないが、表通りの中でも中々に繁栄した通りだった。
大型のデパートが数多く立ち並び、その合間に衣料品店、雑貨屋などの小さな店が建っている。
しかし、この通りに明かりと呼べる物は街灯ぐらいしか無い。
126 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:50:03.56
ID:Xq8Tr1Vn0
- 当然だ。
この三日間、大赤字覚悟の値段設定をして店を開いても、閑古鳥が鳴くだけなのだ。
店を開くだけ損をしてしまう。
となれば、電気代を惜しんで店を閉めていた方がまだ利口である。
それに、表通りで名を馳せる店の大部分は、大通りに屋台を出している。
で、あるからしてこの通りに残っている人間は警備の仕事か、それとも余程の物好きだけだ。
唯一の光源となったホーネットのハイビームのライトが、陸橋の下に出来ている巨大な影を照らす。
自転車なども走ることの出来る立派な陸橋の掛かる交差点の下に来た時に、ツンは横目でミラーを見た。
ξ゚听)ξ「……ちっ」
黒い影が一つ見え、それが瞬く間にツンへと迫っている。
残る二つの影が遅れてその後ろに続く。
まずは一人が様子見、と言ったところか。
一人目でツンが手古摺る様なら、残りの手出しは不要と言わんばかりに。
当たり前の事だがここには、ハインドも戦車も、敵の兵士もいなかった。
邪魔がいない。
ある意味、大通りよりもずっと動きやすい。
ならば、手古摺る事は有り得ない。
表通りは、裏通りとは違って道が入り組んではいない。
故に迷うことは滅多になく、更にはほとんどの道路がある程度の幅を持つ。
車体を倒し、大きく右に曲がる。
遂に敵が、ミラーに映る影の輪郭と表情が分かるまでの距離に迫って来た。
(*゚∀゚)「待ちなよ、俺とお喋りしようぜ!」
ナイフを抜き放ち、金髪の男が先陣を切って迫ってくる。
128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:53:23.05
ID:Xq8Tr1Vn0
- ξ゚听)ξ「……」
言葉を返すのも面倒くさい上に、口を聞くのも嫌だった。
何を思ったのか男はニヤリと白すぎる歯を見せ、作り笑いを浮かべる。
ツンは無言で、眉一つ動かさずにミラーに映った"それ"から目を逸らす。
その態度が不満だったのか、遂に左横に並んだ男が立て続けに喋り始めた。
(*゚∀゚)「まぁまぁ、俺さ、こう見えて結構顔が広いんだ。
芸能界にコネあってさ、俺と話しても損はないと思うんだよね。
俺が少し後押しすれば、あっという間に芸能界デビューでき―――」
ξ゚听)ξ「―――出来るから、だからそれが何?」
目線は前に固定したまま、ツンは嫌々口を開いた。
(*゚∀゚)「ひゅー、いい声だねぇ!
俺、君の事もっと知りたいんだよね。
だから、今の所は大人しく捕まってくれないかな?
それからさ、ホテルにでも行ってゆっくり―――」
ξ゚听)ξ「失せろ」
スチェッキンの銃口を並走する男の鼻面に突き付け、それと同時に銃爪を引いた。
喋る暇があるなら、少しは警戒するべきだったのだ。
銃口を向けられた時に浮かべた驚愕に満ちた表情のまま、男は顔から派手に転んだ。
顔面を銃弾に撃ち砕かれただけでなく、男は勢い余って跳ね、何度も顔を地面に打ち付ける。
転がる勢いが止まる頃には、その胴体に首は付いていなかった。
数十メートル後ろに落ちている首からは、神経の尾の様にケーブルが剥き出しに飛び出ている。
一方の胴体も、今では遥か後方に遠ざかっている。
130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:56:08.88
ID:Xq8Tr1Vn0
- ξ゚听)ξ「……」
まだ一人目。
残るは二人。
一人目は馬鹿だったのであっさり殺れたが、残る二人が馬鹿だと言う保証はない。
溜息は後回しにして、他の二人の姿を探す。
大通りと違い、明かりがほとんど無い為相手の姿が上手く見えない。
広めの交差点を右に曲がった所で、その姿を見咎めた。
100メートル程先にある陸橋の上にあった二つの影が、消えた。
違う、消えたのではない。
跳躍したのだ。
低く。
斜め下方に向け、弾けるような跳躍。
狙いが丸分かりである。
ξ゚听)ξ「……せっ!」
エンジン音とは異なる甲高い音。
タイヤと地面が擦れ合い、ホーネットの速度が落ちる。
直後、タイヤの跡を残して一瞬で方向転換したツンは、地面に勢い良く着地した二人を置き去りに走り去った。
来た道を戻り、陸橋に通じる階段へ向かう。
当然、バイクで陸橋に上がる為だ。
しかし、ホーネットはオフロードタイプのバイクではない。
サスペンションなど、オフロードタイプのそれと比べたら気休め程度の物しかついていない。
しかも、タイヤの大きさと車高を考えたら、階段を登るなど―――
ξ゚听)ξ「……っしょ!」
132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 16:59:09.96
ID:Xq8Tr1Vn0
- ―――階段でなければいいだけの話だった。
階段の間に作られた自転車用のスロープを、ツンは迷いなく走らせた。
自転車も利用できる陸橋ならば、当然自転車を押しながら登れるよう設計されている。
自転車が登れるならば、バイクで登れない筈がない。
陸橋の頂上に至ると同時に、遂にヴィントレスを構えた。
光学照準器を覗き込み、銃爪を引き絞るのにツンは一秒も時間を割かなかった。
狙いは移動目標ではない。
交差点の隅、歩道の端に設置されている消火栓だ。
今、ツンの持つ銃器に装填されている弾丸は徹甲弾並みの威力を持つ。
ゼアフォー達の装甲を撃ち砕ける弾なら、消火栓程度は軽く貫通できる。
消火栓から勢いよく水が噴き出し、水の十字架を作り上げた。
その水圧は、人間を軽く吹き飛ばせるだけの力がある。
暴徒鎮圧の為に、放水が行われる事がある。
傍から見れば健気な攻撃に見えるが、高水圧によって放たれているのは水の拳。
それを、高速で駆け抜ける物が側面から受けたらどうなるか。
答えは明々白々。
転倒。
爪;゚∀゚)「どぅおわっ!?」
爪゚A゚)「……ちぃ!」
一人はまともにそれを受け、無様に転んだ。
"糞餓鬼"が受けたおかげで、もう一人は問題なく水に殴られることなく駆け抜けた。
そして、ツンのいる陸橋まで跳躍。
女はホーネットに対峙する形で、音も無く着地した。
133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 17:02:03.03
ID:Xq8Tr1Vn0
- 爪#゚A゚)「クールノー……!
やっぱりむかつく……!
未熟な小娘風情が、生意気な!」
ξ゚听)ξ「あら、中年行き遅れ阿婆擦れ女が何か言った?」
ハイビームのライトに照らされながらも、女は瞬き一つしない。
その顔が、怒りに歪んだ。
皺が目元、口元にハッキリと浮かぶ。
適当に言ってみたのだが、やはり阿婆擦れ女だった。
怒りに震える声で、女は言った。
爪#゚A゚)「何……言ってんの?
私が……行き遅れ?
……殺す、殺す、殺すぅ!」
ヒステリーを起してしまった。
これだから性格が破綻した中年女は困る。
ξ゚听)ξ「五月蠅いわね。
行き遅れ女の滑稽な声をこれ以上聞かせないで。
耳障りなの、黙りなさいよ」
遂に女は無言になり、両手を腰に回す。
金属同士が擦れ合う音と共に、女は腰から二振りの戦斧を取り出した。
爪゚A゚)「はあぁぁぁぁぁっ……」
135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 17:06:40.37
ID:Xq8Tr1Vn0
- 深く息を吐き、女は腰を落とす。
両手を大きく広げて構え、女の眼が怪しく光る。
爪゚A゚)「しっ……!?」
瞬間。
女が一際は大きく腰を落としたかと思うと、女の足元が大きく爆ぜた。
何が起きたのかを理解には、目ではなく耳が役立った。
爆ぜる直前、盛大な銃声が響いていたのだ。
その銃声の発生源は陸橋の約50m向こう、左下から。
数十秒前に消火栓から吹き出た水に吹き飛ばされていた餓鬼の手にある、ショットガンだ。
正確な種類までは分からない。
が、今撃たれた弾の種類なら分かる。
散弾ではなく、スラッグ弾。
当たればひとたまりも無い。
爪゚A゚)「邪魔……しないで!」
味方に狩りを邪魔された女は、眼下の餓鬼を糾弾する。
それを受けて餓鬼は、愉快気に答えた。
爪゚∀゚)「うるせぇんだよ、ババア!
仕事を忘れてんじゃねぇよ!」
爪;゚A゚)「うぅ、あ……!」
136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 17:09:03.23
ID:Xq8Tr1Vn0
- 何か言い返したいのだろうが、餓鬼の言い分が正しいようだった。
ポンプアクション独特の装填音が聞こえると、銃口が自分に向けられるのが分かる。
ξ゚听)ξ「……って、あれ?
ひょっとして、あんた、ぬー・ラリーヒョンドル?」
女の狼狽した顔で、ツンは記憶のゴミ箱の中に捨てていた者の名を思い出した。
そうだ。
この中年阿婆擦れ女、ぬー・ラリーヒョンドルはツンが狙撃して殺した女だ。
いつもは御三家のご機嫌伺いと、結婚活動に邁進していた組織の首領だったと記憶している。
が、あまりにも目障りである為にデレデレが祭りの前に狙撃を指示。
豪雨の中、結婚活動に向かう途中で眉間を撃って射殺した。
それが今、こうして目の前にツンの進路を妨害する石ころとして存在している。
爪゚A゚)「……え?
今……思い出したの? こ、この、この私を?
自分が殺した人間の事を、忘れていたって言うの?」
信じられないといった様子で、女はツンを睨みつけた。
ξ゚听)ξ「殺したゴキブリの顔をいちいち覚えている人間が、この世にいるとは思えないけど。
なんだ、やっぱりそうなの。
あんたみたいな中年阿婆擦れ女が世の中に溢れてるせいで、どうにも覚える必要性を感じなくてね。
地獄の住民にも見捨てられたのかしら?
そりゃあそうよね、あんたみたいな腐れ尼と結婚するぐらいなら過労死した方がましだもの。
あら? 何で震えてるの? 中年女によくある尿漏れってやつかしら、ヤダヤダ、汚い。
漏らすなら向こうでやってよ、汚いから。
言葉の意味も分からないのかしら?」
137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 17:12:04.33
ID:Xq8Tr1Vn0
- 爪#゚A゚)「あんたぁあああああああああああああ!!」
爪゚∀゚)「あっはっはっは!
汚ねぇ!
言えてる、確かにそのオバサン汚ねぇもん!
あーっはっはっは!」
爪#゚A゚)「づー!笑うなぁああああああ!!」
片方の手が持つ戦斧を、笑い転げる餓鬼目掛けて投擲。
づーと呼ばれた餓鬼は、難なくそれをショットガンで撃ち落とした。
到達する前に砕け散った戦斧の破片が、花火の様に散る。
爪゚∀゚)「何すんだよ」
顔は笑っているが、声は笑っていない。
いきなり、仲間割れでも起こしてくれるのだろうか。
だが、仲間割れに乗じて目の前の敵を殺したとしても、下からショットガンで撃ち殺される危険性がある。
逆もまた然り。
この絶好のチャンスを黙って見ているのは時間的に惜しいが、今はこうして機を窺うのが賢い選択だ。
爪#゚A゚)「あんたぁ、餓鬼のくせに大人をからかうの?!」
爪゚∀゚)「先に仕事を忘れてキーキー言い出したのはお前だろ。
他の連中に迷惑が掛かるんだよ。
止めてくんないかな、そう言う自分勝手な行動はさぁ。
ほんと、オバサンは皆自分勝手だな」
139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 17:15:09.50
ID:Xq8Tr1Vn0
- 爪;゚A゚)「べ、別に……いいじゃない!
他の奴らがどうなろうが、私には関係ないわ!」
ツンとしては、下にいる餓鬼の意見に同意である。
中年女の多くは感情論で動く。
一時の感情に流され、周囲を巻き込み、やがて開き直る。
出来る事ならばこの喧しい中年女を殺してから、下の餓鬼の相手をするという提案をしたいところだ。
だが、それを下の餓鬼が呑むとは思えない。
爪゚∀゚)「……もう一度、死んでみるか?」
爪゚A゚)「あんたこそ、もう一度死んでみる?」
ツンそっちのけで、勝手に殺意をぶつけ合う二人。
もう少しだ。
もう少し加熱してくれさえすれば、勝手に潰し合ってくれる。
では、ツンに何が出来るか。
十分過ぎる程熱した油に、火を投じてやればいい。
ξ゚听)ξ「……脳漏れ女」
鼻で笑いながら、そう呟く。
それを耳聡く聞き咎めた目の前の女は、鬼のような形相で睨み付け。
そして、手にした戦斧を振り被り―――
爪゚A゚)「ぬぶるぁ?!」
―――顔を吹き飛ばされて、壊れた。
141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 17:18:30.59
ID:Xq8Tr1Vn0
- 爪゚∀゚)「……馬鹿が」
撃ったのは向こうにいる餓鬼。
当然の判断だ。
作戦を阻害する要素がいるのならば、味方であってもそれを阻止する。
ましてや、それに対して話が通じないとなれば殺すしかない。
見てくれは餓鬼だが、思考は機械。
厄介な相手である。
ξ゚听)ξ「……で、あんた達は私を殺すつもりはないのかしら?」
勝手に仲間割れをしてくれたのだから、礼はいらない。
ポンプアクションで薬莢を排出しながら、餓鬼が陸橋に歩み寄る。
その気になれば一瞬で距離を詰められるだろうが、あえてそれをしないと言う事は何か考えがあるのだろう。
相手の動きを見ながらも、ツンはその裏で思考を巡らせていた。
何を狙う。
スラッグ弾で、何をするつもりだ。
散弾なら広範囲に対して攻撃が出来る。
威力が落ちるとは云え、一つでも当たれば人体には確かなダメージとなる。
その利を、理解していない筈がない。
機械はいつでも効率重視だ。
高威力なスラッグ弾に、何かの意味がある。
爪゚∀゚)「一応、そう言うことになってる。
だから、ねぇ?
僕は出来る事なら、五体満足で捕らえたいんだ。
お姉さんも痛いのは嫌でしょ?」
143 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 17:21:04.85
ID:Xq8Tr1Vn0
- ξ゚听)ξ「むしろ、あんたみたいな糞餓鬼にお姉さんって呼ばれるのがこの上なく不愉快なんだけど」
考える。
散弾では出来ず、スラッグ弾ならば可能な事。
爪゚∀゚)「ははは、強気だねぇ」
違う。
逆だ。
考える順序が逆。
今考えるべき事は、相手の思考そのものではなく。
相手の思考の裏だ。
つまり、何が出来ないのか。
散弾には出来て、スラッグ弾に出来ない事。
それが答えだ。
それが分かれば、機先を制する事が出来る。
ξ゚听)ξ「何が狙いなのかしら?」
爪゚∀゚)「僕は知らない。
本当さ。
じゃあ、僕の質問にも答えてよ」
ξ゚听)ξ「断るわ。
答える義理が無いもの」
145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 17:25:11.82
ID:Xq8Tr1Vn0
- 散弾は広範囲に点をばら撒く。
スラッグ弾は一点集中。
この二種の弾丸は、威力と範囲が決定的に異なる。
爪゚∀゚)「そんな事言わないでよ。
"気持ちのいい事"を沢山されたら、お姉さん、喋る元気も無くなっちゃうよ?
僕も、気持ちいい事した後で喋るのは嫌だもん」
馬耳東風。
相手の話す言葉を全て聞き流す。
今は、眼下の糞餓鬼が何を言おうが関係ない。
そんな口は、すぐに黙らせられる。
相手の宣言が確かだと仮定したら、相手の目的はツンの捕縛。
その後の処置は考えないとして、捕縛の方法が鍵だ。
目の前で死んだ女も、最初の男も手にしていた得物は刃。
しかし、この糞餓鬼だけは銃器。
それも、ポンプアクション式のショットガンと言う一癖ある銃だ。
そんな物を持ち出すと言う事は、考え難い事であるがこいつ等は"ツンを捕らえる為だけに組まれた部隊"、としか思えない。
一瞬だけ有り得ないと思ったが、それで思い出した。
作戦説明の際、デレデレは言っていた。
今回の騒動に、荒巻スカルチノフが関わっていると。
しかも、荒巻はこちら側に恨みを持っている。
五年前の恨みを晴らすとなれば、確かに執拗にツンを狙うのは理解できる話だ。
荒巻が真に復讐したいのは、現御三家の首領達、取り分けデレデレだ。
147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 17:29:04.45
ID:Xq8Tr1Vn0
- デレデレに直接手を出さない方法での復讐は、いくらでもある。
デレデレと親しい者に手を出し、辱めるなり殺すなりすれば復讐は成就される。
荒巻スカルチノフの復讐。
……成る程、そうか。
―――そう言うことか。
それならば納得がいく。
わざわざ散弾ではなく、スラッグ弾を使った理由も。
一人だけショットガンを使う理由も。
相手の狙いの大まかな部分を理解し、荒巻ならばやりかねないと納得した。
そして、一つの核心に至る。
やはり、自分は結果的には間違っていなかったのだと。
それまで胸につかえていた疑念が、全て氷解した。
自力で導き出した答え。
自分の眼は節穴ではなく。
自分の眼も、心も本当は正常だったと。
ただ、一時的に惑わされただけだったのだ。
最初から、眼に頼らなければよかったのだと。
惑わされてしまった自分を叱咤した。
惑わされなかった心に感謝した。
そして、別のものに感謝した。
だから今はもう、何も迷わなくていい。
149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 17:33:50.09
ID:Xq8Tr1Vn0
- それだけ分かれば十分だ。
詳細はどうでもいい。
それが分かっただけで、今は十分だった。
十分過ぎた。
ならば、尚更こいつらに付き合っている暇はない。
ツンはゆっくりと口元を緩め、笑みを浮かべた。
微笑と呼ぶにはあまりにも小さい笑み。
その笑みに、糞餓鬼風情では気付く事も出来ない。
風で乱れ、目に掛った髪を左手で軽く漉き上げた。
それから溜息を吐き、歩道橋の手すりに身を乗り出してこう言った。
ξ゚听)ξ「……気が変わったわ。
一つだけ答えてあげる。
ただし、質問は十秒以内で」
それまで答える素振りすら見せなかっただけに、糞餓鬼は驚いたような反応を示した。
爪゚∀゚)「へへへっ。
じゃあさ、おね―――」
言葉は最後まで続かなかった。
開いた口に放たれた銃弾は、そのまま喉を貫通。
機械の命である神経系が詰まった脊髄を破壊。
血のように赤い循環剤を喉から吹きだしながら、崩れ落ちた。
150 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 17:37:06.83
ID:Xq8Tr1Vn0
- 何故、ショットガンに装填しているのがスラッグ弾だったのか。
その理由は二つ考えられた。
味方に当てない事と、間違ってもツンを殺さない事。
それ以外、捕縛の際には全く意味が無い。
散弾は敵味方関係なく、無差別にその射程内にある物目掛けて飛んで行く。
小さな散弾を避ける事は機械と雖も不可能であり、ツンの近くに味方がいた場合に援護が出来なくなる。
更に、ツンが予想外の動きをした場合に誤って殺してしまうかもしれない。
他二人が刃を使っていたのは、ツンを殺さないよう手加減が出来るから。
あの荒巻が、ただツンを殺すだけで満足するはずがない。
スラッグ弾なら、手足を吹き飛ばすのには十分事足りる。
加えて味方に被害も出ない。
ならば、恐れる事は無かった。
ツンの至った推論、それは正解だった。
髪を漉き上げながらも、ツンはヴィントレスの銃口をさり気無く餓鬼に向けることに成功した。
そこから、後は適当に注意を逸らせばいい。
質問に答えると見せかけ、口を開かせた。
後は、シンプルに撃つだけ。
しかもツンは身を乗り出し、急所の面を大きくした。
ツンを生きたまま捕えると言う名目がある以上、急所には撃ってこない。
目論見が見抜かれた以上、眼下の餓鬼に出来る事は何もなかった。
ξ゚听)ξ「ったく、無駄な弾と時間を……」
153 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 17:41:05.99
ID:Xq8Tr1Vn0
- アクセルを捻り、ツンは陸橋を渡り切る。
そしてスロープを下ると同時に、一気に加速。
大通りに面している"デパート"の中でも、最も高層のそれへと向かう。
この都で生まれ育ったツンは、都の建物が如何なる発展を遂げているかを熟知している。
高層ビルが多く並ぶ都の建築物が持つ、独自の発想。
そして、その実用性の高さ。
これらを利用しない手はない。
だからこそ、ツンは移動しながらの狙撃を思いついたのだ。
それを生かす為には、最も高いビルが適しているのだ。
目指すは、白木財閥が経営する高級デパート。
―――"ゴング・オブ・グローリー"。
【時刻――03:00】
白木財閥の歴史は浅い。
その為、他の財閥がしてきた様に、数十世代にも渡って今の地位が築かれていると言う事がない。
僅か三世代だけで他の財閥を凌ぐまでに成長し得たのは、創始者である白木幹乃介の育ちにあると言われている。
彼は若い頃にボクシングで培った不屈の根性を生かし、見事に成功したのだと。
今、その財閥を動かしているのは彼ではない。
老体である白木幹乃介は、既に引退。
隠居した幹乃介氏に代わってその地位に就いたのは、孫娘の葉子である。
白木葉子と言えば、今でこそ財界でもトップの人間として知られているのだが。
155 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 17:42:16.22
ID:Xq8Tr1Vn0
- かつては、世間知らずで変わり者の娘として知られていた。
当時、祖父である幹乃介氏の名は政界にまで及ぶ程の影響力を持っていた。
その氏の孫娘ともなれば、当然周囲からは利害を抜きにした眼で見られる筈も無かった。
近寄って来る者のほとんどは、金か幹乃介氏とのコネクション目当ての者ぐらいであった。
しかしそのような環境下にありながら、当時の彼女は誰が見ても"立派"な性格をしていた。
少なくともその時は、将来、彼女は幹乃介氏の跡を継ぎ、まともな経営をすると思われていた。
だが、ある事件がきっかけとなり彼女の性格は変わり始める事になる。
現在の夫である、"狂犬"矢吹丈との出会いだ。
手の付けられない不良少年であった矢吹は、"和の都"の首都の吹き溜まりであるドヤ街に流れ着いた。
矢吹が養護施設から脱走し流れ着いたドヤ街とは、日雇労働者達の住まいが密集した場所の名称である。
来て早々、矢吹はそこで暴力問題を起こすことになった。
が、それもまた一つの運命の歯車。
ひょんなことから丹下段平と出会い、ボクシングの魅力の片鱗を知ることになる。
しかし、生来の野獣である矢吹が問題を起こさない筈もなく、来て間もなく募金詐欺を働く。
その詐欺の被害者だったのが、他ならぬ白木葉子だ。
あくまで振り込みでの詐欺被害であった為、矢吹と直接出会ったのは判決を下された裁判所の法廷だった。
運命の歯車は巡り、矢吹が収監された東光特等少年院で二人は再び出会うことになる。
思えば、矢吹の行く先々には常に運命が待ち構えていたのかもしれない。
東光特等少年院に居た少年の一人、矢吹の生涯最大の好敵手との出会いがそこでは待っていた。
今でも拳闘界にその名を残す、力石徹だ。
白木葉子がその少年院に慰問演劇会に訪れた際、彼女は矢吹から痛烈な批判を受けることになる。
彼女の行為全てが、恩着せがましいと。
なまじ、的を射た発言であっただけに、葉子は思わず言葉を失ってしまった。
その際、矢吹と度々衝突していた力石が歩み出て一触即発の状況になるも、丹下段平によって決着の方法が提案される。
164 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 18:52:26.39
ID:Xq8Tr1Vn0
- それこそが、ボクシングだった。
二人が見せた壮絶な試合が、次第に葉子の心を変えて行くことに繋がる。
本人は気付いていないことだったが、この時から葉子は矢吹の野性味溢れる生き方に惹かれていた。
美女が野獣に恋をするのは自然な事である。
出所後、矢吹は晴れてプロボクサーになった。
やがて、友人であり好敵手であった力石との決着を見ることになる。
因縁の勝負の果てに、矢吹は力石を死なせてしまった。
それが原因で矢吹は顔面を打てないと言うトラウマを抱え、ボクシングから身を引く。
だが、それを引き戻したのはコーチの段平でも友人の西でもない。
白石葉子その人が、矢吹を拳闘界へと引き戻したのだ。
その後も、ボクシングを通じて矢吹に接触する内に葉子は自分の気持ちに気付き始める。
パンチドランカーと診断された矢吹が挑んだ最後の試合の直前、彼女は胸の内とその想いを矢吹に告げた。
矢吹が見せた死闘は、今でも拳闘界の伝説として語り継がれている。
見る者全てを熱狂させたあの試合は、和の都でボクシングを爆発的に広めることになった。
試合後、矢吹と葉子は数年の交際を経て結婚した。
だが、全てを出し切り、白い灰になった矢吹の体は、もうボクシングはおろか、仕事の出来ない体となっていた。
そこで、仕事のできない彼に代わり、葉子は財閥の仕事に本腰を入れ、事業の成功を確実な物へと導いた。
その甲斐あって今では二人の子宝にも恵まれ、何一つ不自由のない生活をしている。
何かとボクシングと縁の深い白木財閥が歯車の都に店を構えたのは、今から四年前。
クールノーファミリーと水平線会の抗争が終わり、都が落ち着き始めた時期に巨大なデパートを出店した。
おそらく、白木財閥史上最大のデパート。
それが敷地面積46755平方メートル、綺麗な五角形をした全面ガラス張りの20階建の建築物。
ショッピングモールと言い換えても過言ではない程の巨大高級デパート、"ゴング・オブ・グローリー"。
食品、衣類、雑貨は勿論の事。
165 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 18:56:17.87
ID:Xq8Tr1Vn0
- 家電、園芸、果ては車から物件まで、ここで揃わない物は無いとまで言われている程の品揃えだ。
銃や弾丸まで売っているのは、流石にどうかとも思うが。
それが上手い事防犯の役割を兼ねていると分かれば、そう悪い事でもない。
大通りに面していない方の入口の前に、ツンを乗せた銀色のホーネットが停車した。
ξ゚听)ξ「相変わらず、でっかいわね……」
思わずそう呟いてしまう程に、その建物は巨大だった。
ラウンジタワーに比べれば霞んでしまうが、それでもやはりデカイ。
エンジンを掛けたままホーネットから降り、小走りで入口へと近づく。
入口に下ろされたシャッターに手を伸ばそうとして、ツンはその手を止めた。
ξ゚听)ξ「……やっぱり、電流が走ってる」
この辺りのデパートは、泥棒や強盗対策に並外れた警備態勢を敷いている。
電流の走るシャッターもまた、防犯用の物として大変有効な手段だった。
ツンがそれに気付けたのは、低く唸るような電流の流れる音をシャッターから聞き咎めたからだ。
それの対策を考えていないツンではない。
ホーネットの元へと戻り、エンジンを空吹かしさせる。
正面が駄目なら、裏口からと決まっている。
徒歩で行くより、ホーネットで走って言った方が早い程にこのデパートは巨大だ。
細い道を進み、やがて見えて来た小さな従業員用の扉の前に停め、エンジンを切る。
右上に最新式の監視カメラが設置されていた為、ツンはそれをスチェッキンで撃って壊した。
そのまま、目の前の扉のドアノブに銃口を向け、撃つ。
どれだけ堅牢な扉であろうと、こちらの弾丸なら撃ち抜ける。
あっさりと壊れた扉を足で開け、ツンは静かに侵入した。
【時刻――03:05】
167 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 19:00:01.16
ID:Xq8Tr1Vn0
- ゴング・オブ・グローリーの内部は、仄暗かった。
流石に日中とまではいかないが、それなりに視界は確保できている。
と、言うのもこの建物は大通りに面しているからである。
昼間の様に明るい大通りから来る光は、この建物の内部を照らすのには十分過ぎると言う訳だ。
段ボールや商品の積み上げられた従業員用の細い通路を進み、ツンはその時に気付いた。
奇妙だ。
いくら節電しているとは言っても、何故非常口へと誘導する案内灯の明かりまで消えているのだ。
そこまで電気代を節約する必要が、果たしてあるのだろうか。
しかも、白木財閥ともなればそんな"みみっちい"事をする必要がない。
その疑問がますます濃くなる。
右手にヴィントレス、左手にスチェッキンを構え、ツンは周囲の影を凝視しながら進む。
迷いなく従業員用のエレベータの前に来て、上昇する為のボタンをヴィントレスの銃口で押した。
その時、疑問は確信へと変わった。
反応が無い。
何度押しても、エレベータが降りて来る様子も昇って来る様子も無い。
―――停電している。
これは、故意に停電させられていると見て間違いない。
一体何が目的なのかは知らないが、限りなく迷惑な話だった。
何せ、このビルは20階層もある。
そして、屋上までは文字通り自力で進むしかない。
エレベータの横にある、非常用階段を兼ねた従業員用の階段へ向かう。
それを目の前にした時、ツンは思い切り溜息を吐いた。
ξ゚听)ξ「……糞っ!」
169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 19:04:01.44
ID:Xq8Tr1Vn0
- 目の前にある分厚い鋼鉄の"自動ドア"を、これでもかと蹴りつける。
爆弾でも落ちたかのような、暴力的な音が辺りに響く。
閉店している時は、こうして戸締りをするのが基本。
自動ドアでなければ、ここに侵入した時と同じように扉を破壊して侵入できたと言うのに。
考えが甘かった。
それを悔やんでも仕方がない。
と、なれば。
エスカレーターを階段代わりに使うしかない。
運動は嫌いではないが、今の状況で階段上りをして時間をどれだけ失うか分かったものではない。
時間だけならまだいい。
時間以外にも、味方の命が削れてしまうかもしれない。
"パンドラ"の中には、ツンの知り合いもいた。
"デイジー"に至っては、旧知の仲の者もいる。
世話になった者の数で言えば、とてもではないが数え切れない。
デレデレの築いた人脈は、ツンの成長過程で大いに役に立った。
母が忙しい時は、多くの者が仕事の合間にツンの世話をしてくれたのだ。
ただ、自分達がデレデレに世話になったと言うだけで。
ξ゚听)ξ「急がなきゃ……」
焦る理由は他にもあった。
今はまだ、それを我慢する事は出来る。
兎にも角にも、さっさとエスカレーターを駆け上がらなければ。
ツンは店内へと続くスイングドアを蹴って開き、巨大な店内に踊り込んだ。
172 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 19:08:13.86
ID:Xq8Tr1Vn0
- そこには、腰までの高さがある長方形の平台が規則的に並んでいた。
ほとんどの平台の上には、銀色のシートが被さっている。
だが、半分以上の平台には何も置かれていない。
ここ一階は、生鮮食料品売り場。
野菜と肉、そして鮮度が命の魚。
今はまだ、魚を仕入れていない為、そこまで生臭い匂いはしない。
ほんの少しだけ、野菜の匂いがする。
が、ここに一度魚が仕入れられれば、ここは人と魚の生臭い匂いで満ちてしまう。
この店では、早朝に限って仕入れた魚を競売形式で販売している。
何でも、和の都で実際に行われる競のスタイルをそのままここで再現しているとのこと。
迫力ある競を一目見ようと、早朝から多くの者が飽きずに来店する。
当然、競を目的にしている業者も来ているからこそ、その光景は成り立つのだが。
青果売り場の奥の扉から出て来たツンは、外から差し込む光に照らし出されている店内を軽く見渡す。
そして、一歩踏み出しかけた所で不意に足を止めた。
ξ゚听)ξ「……何か用でも?」
闇に紛れて壁に背を預けていたその男に、ツンは迷わず声を掛けた。
並みの人間だったら、見逃していたかもしれない。
男はあえて、外の明かりで出来た濃い陰に身を隠していたのだ。
それでもツンの眼を欺けなかった。
ゆらりと影が揺れ、男がゆっくりと歩み寄って来る。
黒いスーツ、黒いネクタイ、黒い手袋、黒い中折れ帽子。
右頬に刻まれた深い傷跡。
次第に鮮明になる男の容姿に、最初抱いていた警戒の念をツンは次第に解き始めた。
174 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 19:12:05.22
ID:Xq8Tr1Vn0
- 遂にその男の剣呑そうな表情が完全に見えた時には、ツンは懐かしさに顔を綻ばせた。
ξ゚听)ξ「権藤さん、こんなところで何をしてるんですか?」
(ノ´_J`)「おやっ、誰かと思えば、ツンお譲じゃあないですか。
お久しぶりですねぇ」
向こうもようやくこちらの正体に気付いたらしく、片手を挙げて笑みを浮かべる。
ただし、権藤の笑みはツンのそれとは少し異なった。
ツンを幼い時からよく知っている者が浮かべる、親心からくる懐かしさを含む笑みだ。
事実、権藤はツンがまだ幼い頃に何度か世話をしてくれた事がある。
それは、十年以上も昔の話だ。
そして、権藤に会うのは十年ぶりだった。
十年と言う時の流れは、ツンを一人の女に変えるのには十分だった。
逆に十年の歳月は、権藤にとってはあまりにも早いものだった。
"ゴロマキ権藤"の名で通っていた権藤は、二十年前にここに流れ着いた。
和の都にいた彼は、各地を転々とするヤクザの用心棒として名を馳せていた。
この都に来てから権藤は、一時的にクールノーファミリーで雇われていたとデレデレから聞かされている。
何でも、何かの講師として雇ったらしいが、詳しい事は聞かされていない。
(ノ´_J`)「いや、なにね。
葉子お譲がここで店を開くって言うんで、"タイガー"と一緒に警備の仕事をさせてもらってるんでさぁ。
歯車祭の時に物盗りにあったんじゃあ、堪んないって言うんでね。
そう言うお譲こそ、こんな所でどうしたんですかい?
……大通りでのドンパチと何か関係が?」
175 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 19:16:40.97
ID:Xq8Tr1Vn0
- 羨ましいぐらいに冷静で察しのいい権藤に、ツンは歩み寄りながら答えた。
権藤はデレデレも一目置く程の男だ。
何か力になってくれるかもしれない。
右手のヴィントレスを肩に掛け、左手のスチェッキンはホルスターに戻す。
ξ゚听)ξ「えぇ、ちょっとここの屋上に特急で行きたいんですけど。
ビル全体が停電してるみたいで、エレベータが動かないんです」
(ノ´_J`)「なるほど、分かりました。
詳しい事は訊きません。
何か、おれに手伝えることはありませんかい?
この権藤に手伝えることであれば、遠慮なく申しつけてください」
ξ゚听)ξ「屋上に行く方法は、エスカレーターを上っていくしかないんですか?」
権藤は少し考え込む仕草を見せた。
そして、上着のポケットに手を入れ、そこから金属で出来た鍵を取り出す。
空いた手で腰に提げていた一本の鍵を取り、2つの鍵をツンに差し出した。
(ノ´_J`)「生憎と、ビル全体の電源が落とされてるんじゃあ、エスカレーターを上る以外に方法はありません。
……お譲の事ですから、きっとこいつを上手く使ってくれるでしょう。
こいつは、このビルのマスターキーと屋上の鍵です。
このマスターキーなら、建物の中のどの扉も簡単に開けられますぜ。
それと、この建物の中にある物は何でも使ってくだせぇ。
葉子お譲には、自分が何とか話をつけますんで」
権藤の前まで歩み寄ったツンはそれらを受け取った。
鍵をロングコートの内ポケットにしまい、礼を言おうとして、片手で制される。
浮かんでいた笑みが権藤の表情から消え、代わりに浮かんだのは険しい表情。
176 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 19:20:03.27
ID:Xq8Tr1Vn0
- (ノ´_J`)「……今は、礼を言うよりも、急いで行った方がいいです。
お譲、どうやら厄介なことになりそうですぜ」
その言葉はツンに向けられていたが、視線はツンの背後に向けられていた。
ツンを自らの後ろに行かせ、権藤はツンに背を向ける。
フロアの中心にあるエスカレーターを指さし、権藤は鋭く囁いた。
(ノ´_J`)「ここはこの"ゴロマキ権藤"が時間を稼ぎましょう。
お譲、お急ぎください!」
―――追手だ。
跫音は聞こえないが、殺気で分かる。
息を顰めている相当な数の人間が、ツンが通って来た従業員用の通路にいる。
何時の間に尾行されていたのか。
ツンを捕縛する為にここまで人間と手間を裂くなど、常識では考えられなかった。
だが、あの荒巻スカルチノフの思考は常識に当て嵌まらない。
このままでは、作戦の続行は困難である。
作戦の継続を断念する事も、少しは考慮しておいた方がいいかもしれない。
ξ゚听)ξ「……すみません」
スチェッキンを抜きつつツンは短く告げ、権藤を残して駆けた。
建物の中心にある巨大な吹き抜けの真下にあるエスカレーターを目指し、ツンは駆けた。
ツンがエスカレーターに足を乗せた時、背後から大量の跫音が耳に届いた。
それでも振り返らない。
177 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 19:24:07.21
ID:Xq8Tr1Vn0
- ツンにはやる事がある。
このまま屋上まで駆け上ろうと思えば出来る。
だが、吹き抜けになっているエスカレーターを上るツンを下から狙い撃ちにするのは、あまりにも容易だった。
おまけに、知られてはいけない狙撃の位置を敵に知らされては、元も子も無い。
自らを追う驚異を排除してから作戦を続行する事に決めた。
権藤が時間を稼いでくれる間に、ツンは迎撃の準備を整えればいい。
停電の影響で、ただの階段に成り果てたエスカレーターを、ツンは悔しさに歯噛みしながら駆け上った。
【時刻――03:08】
帽子を取り、上着を脱いだ権藤は指の付け根を小気味よく鳴らした。
バキバキと指を鳴らして準備を整えるのは、随分と久しぶりの事だ。
歳を取ったとはいえ、未だゴロマキ権藤の名は廃れていない。
では、その実力が歳と共に衰えたかと言えばそんな事も無い。
衰えるどころか逆に、権藤の力は和の都にいた時よりも更に鍛え上げられていた。
"ゴロをマク"のが商売である以上、この都は絶好の練習場所だったからだ。
ツンの為に時間を稼ぐことぐらいなら、どうにかできるはずだ。
権藤が睨みつける視線の先、暗闇から姿勢を低くした影が複数湧き出て来た。
格好、身のこなし、そして歯車と剣をモチーフにした紋章。
歯車の都の軍隊の証だ。
軍靴を鳴らして出て来た敵の数は、なんと十五人以上。
ツンに何があったのかは知らないが、嫌な予感がする。
(ノ´_J`)「軍隊の人間が、揃って買い物にでも来たのかい?
だったら表の看板を見て来るんだな、しばらくは店じまいだ。
それともアルバイトの面接にでも来たのか?
なら、今すぐ帰りな。 手前等みたいな屑は、不採用だ」
179 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 19:28:07.68
ID:Xq8Tr1Vn0
- 権藤はこれ以上進めさせまいと、エスカレーターを背に立ち塞がった。
だが、数が数だ。
たかが権藤一人の為に、軍人が全員止まる筈も無い。
∧_∧
/__´∀`ヽ
〃/ハ)ヽヽ
リハ´∀`ノゝ「そう見えますか?」
変な帽子を被った女。
∧_∧
/__ ゚Д゚ヽ
〃,,从 从,)
从リ ゚д゚ノリ「そう見えるの?」
同じぐらい変な帽子を被った女。
∧_∧
/ _,,,゚Д゚ヽ
(ノリ_゚_-゚ノリゝ「見えんのかよ?」
デザインの異なる三種類の帽子を被った三人の女が、権藤の前に立ち塞がった。
他の十数人は、ツンを追って走ってゆく。
権藤の相手は三人だけで十分と見られたらしい。
アサルトライフルを持つ者が丸腰のこちらを見れば、確かにそう思うだろう。
(ノ´_J`)「女だからって、おれはヤワ男と違って手を抜きませんぜ。
……おじゃましますよ、っと!」
180 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 19:32:31.65
ID:Xq8Tr1Vn0
- カービンモデルとは言っても、いきなり懐に踏み込まれれば堪ったものではない。
その辺を理解している権藤は、手前にいる女へと一気に距離を詰めた。
そして、眼を白黒させている内に腹部へ強烈なボディーブローを見舞う。
∧_∧
/ _,,,゚Д゚ヽ
(ノリ_゚_-゚ノリゝ「おごっ?!」
そして、腹部の激痛に腰を屈めた所へ渾身のアッパー。
拳が女の鼻を容赦なく砕き、鼻血が噴水の様に高々と吹き出る。
権藤がこの至近距離にいる為、発砲しようにも味方に当たる危険性がある為に出来ない。
手が出せない事を知っている権藤は、浮き上がった女の顔を掴んで首を思い切り捻る。
頸椎を破壊された女は口からどす黒い血を吐き出し、失禁しながら崩れ落ちた。
全ては、数秒の出来事だった。
(ノ´_J`)「どうしたんです?
その鉄砲は、アクセサリーなんですかい?」
言われてようやく、二人の女は銃口を権藤へと向ける。
過酷な訓練を経て軍人になった彼女達の方が、力量は上の筈だ。
そう思ってしまったのも無理はない。
一人殺ったとはいえ、所詮はゴロマキ。
喧嘩屋風情が軍人を二人、相手に出来るなどとは考えられない。
確かに、その推論は合っている。
ただのゴロマキなら、だ。
権藤はただのゴロマキではない。
183 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 19:36:05.43
ID:Xq8Tr1Vn0
- 和の都だけに留まらず、世界各地を転々としたヤクザの用心棒だ。
彼が身につけた喧嘩殺法は、マーシャルアーツよりも尚実践的。
歯車の都に来てより洗礼されたその殺法は、もはや完成の域にまで到達していた。
速攻、不意打ち、先制攻撃、ダーティープレイは彼の十八番である。
向けられた銃口に怯むことなく、権藤は姿勢を低くし、その体勢から強烈な足払いを二人に放った。
転倒こそしなかったが、二人は揃ってバランスを崩してしまう。
当然のことだが、銃口は権藤から逸れた。
(ノ´_J`)「失礼!」
右の女の胸骨の中心点に向けて、権藤は右ストレートを放つ。
女性だけが持つ乳房の防御は、その部分に関して言えば男女等しく皆無だった。
権藤が狙ったのは胸骨の中心、壇中と呼ばれる急所は豊胸のツボとも言われている部位だ。
この部位には筋肉が無く、軍人でも鍛える事が出来ない。
∧_∧
/__´∀`ヽ
〃/ハ)ヽヽ
リハ;´∀`ノゝ「づっ!?」
遠慮無しに放たれた右ストレートの一閃は、女の壇中を破壊。
衝撃に銃を取り落とし、胸を押さえながら倒れた。
もう一人の女に対して権藤は、女が持つアサルトライフルの上部に装着されていたダットサイトを掴み、そして奪った。
そして、硬いストックで女の顔面を殴打。
∧_∧
/__ ゚Д゚ヽ
〃,,从 从,)
从リ;゚д゚ノリ「ひぎっ!」
184 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 19:40:03.32
ID:Xq8Tr1Vn0
- (ノ´_J`)「そらっ!」
同じ攻撃を同じ場所に、もう一撃。
∧_∧
/__ ゚Д゚ヽ
〃,,从
从,)
从リ;゚д゚ノリ「ぎぃいいい!」
今度は眼球を潰す。
女が眼を押さえる前に、今度は剥き出しになった歯に。
∧_∧
/__ ゚Д゚ヽ
〃,,从 从,)
从リ;゚д゚ノリ「あがっ!?」
次は喉。
ここまで壊せば、もう戦意は無いだろう。
所詮は女。
権藤はアサルトライフルを振りかぶり、ストックを女の脳天目掛けて振り下ろした。
∧_∧
/__ ゚Д゚ヽ
〃,,从 从,)
从リ;゚д゚ノリ「……ぎひゅっ」
186 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 19:44:03.18
ID:Xq8Tr1Vn0
- 頭蓋骨を割られ、女は倒れ伏した。
あっという間に軍人三人を屠った権藤は、奪ったアサルトライフルで倒れている三人の頭を吹き飛ばす。
これで、間違っても背後を取られることは無い。
アサルトライフルを投げ捨て、権藤は乱れた服装を整えた。
床に落ちていた帽子を拾い上げ、埃を払って被り直す。
(ノ´_J`)「軍人さんも、結局は本番慣れしていないと意味がないってことですな。
どれ、お譲の助太刀にでも行きますか
……ん?」
その時。
権藤の視界が、ゆらりと傾いだ。
権藤は最初、足を滑らせたのだと思った。
だが、そうではない。
(ノ´_J`)「なん……?」
足の感覚がない。
違う。
足だけではない。
下半身、上半身。
今、権藤の脳が知覚できるのは視覚情報のみ。
その点では、幸いだったのかもしれない。
権藤の視界に移る世界が、下へ下へと落ちて行く。
落ちる?
188 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 19:48:03.48
ID:Xq8Tr1Vn0
- その奇妙な感覚の意味を、権藤は最後まで理解できなかった。
落ちるのが終わった権藤の目に、自らの体が映る。
高々と血の吹き出す権藤の体には、あるべき筈の首がない。
そこで、権藤の視界と記憶、感覚は消え失せた。
頭を失った権藤の体が、血溜の中に沈む。
その体を、乱暴に蹴り飛ばす者がいた。
それは、一人の男だった。
否、男ではない。
女でもない。
人間ですらない。
男を模した機械が一体、そこにはいた。
この機械が、権藤を殺した張本人に他ならなかった。
だが、手には何も握られていない。
権藤の首を刎ねたと言うのに、刃物が見当たらない。
片目で辺りを見渡し、権藤以外に地に伏せて絶命している女を見つけた。
"物"になった女の死体を、機械は蹴って引っ繰り返す。
息をしていない。
生命活動は、既に停止している。
どこかの三流俳優が演じたかのような、わざとらしい落胆の溜息を吐く。
そして、"それ"の頭を踏み潰した。
脳漿や脳髄、歯や眼球が飛び散る。
残りの二つも、同様の処理をした。
遂に機械の男は、権藤の死体へと歩み寄った。
血で濡れた服を掴み上げ、生物の死体を観察する学者の様に見る。
190 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/04(日) 19:52:15.87
ID:Xq8Tr1Vn0
- 何もないと分かった機械の男は、それを地面に叩きつけた。
"ゴロマキ権藤"を、ものの数瞬で屠った機械の男。
ブーンと呼ばれているその機械は、ツンの上ったエスカレーターを見上げる。
( ゚ω^)「……後、少し」
【時刻――03:10】
焦ることなく、その機械はゆっくりと歩き始めた。
【時刻――03:15/"ゴング・オブ・グローリー"五階】
日用雑貨品を取り扱う五階で、ツンはエスカレーターを上るのを止め、商品棚が森の木々の様に並ぶ売り場に駆け込んだ。
ここには武器になり得るものが数多く揃っており、一番奥の場所には銃器もある。
弾があるかどうかはさておき、ヴィントレスとスチェッキンだけでは対処し切れない。
小振りなナイフも、あることにはある。
だが今必要なのは、弾数の多い武器。
欲を言えば軽機関銃の類。
短機関銃でも構わない。
一瞬で連中を叩き潰せる武器が必要だった。
ツンが武器を取り扱っている店まで来た時、跫音がエスカレーターの下から聞こえて来た。
数は十数人分。
こちらの姿は立ち並ぶ商品棚が壁として機能している為、相手には見えていない。
しかし、見つけるのにはそこまで苦労しないだろう。
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