- その二
- 1 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 19:25:23.48 ID:xWurTNwl0
- もし立つような事があったら投下
- 3 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 19:26:38.17 ID:xWurTNwl0
- 私は、君の事を書き残そうと思う。
君、などと文書で呼びかけるのは、気恥ずかしくて些かのの抵抗があるのだが、
考えてみれば私は、ずっと君の事を君としか呼んでいなかったのだ。
そして残念な事に、君はもう、いない。
ふるい機に残った小麦粉の欠片みたいに、砕けて消えてしまった。
- 4 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 19:27:29.40 ID:xWurTNwl0
-
あるいは、私はもっと若い頃、作家になりたかった。
作家というものは生業としては豊かで美しく、朝露に濡れる蜘蛛の巣のようだと君は言った。
普段見えない、あるいは鬱陶しくさえ思えるモノを色鮮やかに浮き彫りにし、あまつさえ魅了させてしまう。
まるで唄うような節回しでそんな事を語る君の方が、私などより遥かに作家に向いていると思ったが、
私はそんな無粋な事を口に出さずに、ただ頷いて聞いていた。
君の事を書き残す理由を挙げるとしたら、以上のようになる。
【+ 】ゞ゚)君の持つ冷たいようですみれ色の箱
- 6 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 19:30:03.29 ID:xWurTNwl0
-
君と過ごした4ヶ月弱の時間は、酷く波乱に満ちていた。
それを考えると、君と私の出会いは何と平凡だった事か。
それは、仕事帰りに寄ったアンティークドールショップだった。
黒ずんだ木で出来た重厚な扉を潜ると、店としてはけして広くないスペースに所狭しと古いドールたちが並んでいる。
私は他の客がいないのを確かめると、その一つ一つをゆっくりと眺め、彼女たちの持つ歴史に思いを馳せる。
その薔薇色の頬の愛らしさを噛み締めながら、変色したドレスの裾にどうしようもない郷愁を感じるのだ。
レジに座る還暦をとうに過ぎた店主は、私が冷やかし目的でたびたび入店している事をよく知っているにも関わらず、
私が入店した時には、老眼鏡をかけた顔をわずかに動かし一瞥をくれるだけで、
あとは手に持った本に視線を戻し、まるで私がいないかのように振舞う。
私は彼のそのような態度に敬意と感謝を感じつつ、たくさんの人形たちとの逢瀬の時間を楽しむのだ。
その中に、君はいた。
- 7 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 19:34:01.58 ID:xWurTNwl0
-
本当に店の隅、小さい唇で控え目に笑うフレンチドールの横に隠れるように立っていた。
他の人形とは違い陶器で出来た君は、人形と言うよりは置物のように見えた。
更に、やわらかなオレンジの照明に照らされて光沢を放っている君の横には、
すみれ色の、君と同じ程度の大きさの箱のようなものが飾られていた。
その箱もやはり君と同じ陶器で出来ており、気高い輝きを放っていた。
そんな君を始めて目にした時、私が連想したのはかの有名な吸血鬼だった。
黒い燕尾服に身を包み、真紅の瞳に青白い肌、濡れ羽色の長い髪はリボンで括られており、どこか切なげな表情で、虚空を見つめている。
すみれ色の箱には十字の紋章が刻まれており、まさしく吸血鬼の臥所たる棺桶を模しているかと思われた。
マントこそ羽織っては居なかったが、その閉じられた口の中では鋭い犬歯がいつでも美女の喉元を狙っているのではないかと。
从 ゚∀从「ほぉ……」
私は思わず感嘆の声を漏らす。
- 9 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 19:36:15.77 ID:xWurTNwl0
-
( ^ω^)「気に入られましたかお」
普段はむっつりと本を読み進めるだけの店主が、レジから珍しく声をかけてきた。
買わないと分かっている私に声をかけると言う事は、この人形に関して何か人に語りたい話でもあるのかもしれない。
从 ゚∀从「これは?」
( ^ω^)「今からおよそ70年程前。イギリスでさる貴族のために作られた人形だと聞いておりますお」
从 ゚∀从「この箱も?」
( ^ω^)「ええ。それはセットで買い付けましたお」
从 ゚∀从「ふぅむ。手にとっても?」
( ^ω^)「気をつけてくださいお」
私は店主の言葉に従い、おそるおそる君を手にとった。
まず確かめたのは君の足の裏だ。
それは銘を見るためだった。
しかし私の予想に反して、君の足の裏は艶めくばかりで、そこに君を証明する凹凸は存在しなかった。
- 11 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 19:38:14.85 ID:xWurTNwl0
-
从 ゚∀从「銘がないな……。こちらか?」
次いで私は箱を手に取る。
隅々まで検分したが、それらしき銘も、ナンバリングも見つからなかった。
( ^ω^)「名も無き職人に作らせた、一点ものだと聞いておりますお」
从 ゚∀从「この箱は何だ?この中に人形を仕舞うのか?」
人形がすっぽりと入るであろう大きさの箱を指差して、私は言った。
( ^ω^)「いえ。そちらは小物入れかと。人形は入りませんお」
从 ゚∀从「入らない?」
( ^ω^)「ええ」
私は人形を手に取り、蓋を外した箱に慎重に沈めようとした。
しかしなるほど。人形の方がほんのわずかだが丈が長く確かに収納する事は出来ない。
頭か足、どちらかが箱の外にはみ出してしまう。
从 ゚∀从「妙だなぁ」
( ^ω^)「ええ。それで、こちらの人形には不名誉な愛称がついていますお」
从 ゚∀从「ああ、呪いの人形とか、持ち主に不幸を呼ぶ人形とか、そんなんだろう?」
- 12 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 19:40:33.46 ID:xWurTNwl0
-
( ^ω^)「流石ハインさんは鋭い。正確には『女の生き血を啜り成長する人形』ですお。
元はすっぽりとその棺桶に収まっていたが、美女の生き血を啜り成長したがために箱に収まらなくなったと」
从 ゚∀从「生き血?そりゃぁ物騒だなぁ」
( ^ω^)「この人形を作らせた貴族は、街の人から吸血鬼であると噂されて居たのですお。
証拠にその死骸は太陽に照らされ灰になったとか」
やはり吸血鬼が出てきたか。
都市伝説染みたその話を、店主は自然な口調で話すものだから、
君の容貌と合間って、恥ずかしながら私は、そこにわずかな真実味を感じてしまった。
从 ゚∀从「ははぁ。そりゃぁ、ドール愛好家よりオカルトマニアに売った方がいいんじゃあないか店主」
( ^ω^)「この店にオカルトマニアは滅多に訪れませんお」
从 ゚∀从「違いない」
私は軽く声をあげて笑った。
店主はその反応に満足そうに目を細める。
- 15 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 19:43:07.47 ID:xWurTNwl0
-
( ^ω^)「ハインさん。買っていかれますかお」
从 ゚∀从「確かに私なら生き血を啜られる心配はないな」
店主の言葉を冗談として受け止めた私に、彼は真面目な顔で続けた。
( ^ω^)「ええ。うちのお客様はどうしても女性が多くなりますからね。私としても進め辛くて」
从 ゚∀从「おいおい。本気にしないでくれよ店主。
私は70年物のドールを買う金など持ち合わせていないよ」
( ^ω^)「お安くしますお。
元々陶器人形をうちに置くつもりはなかったんですが、
これを売った業者が特別験を担ぐ人で二束三文で押し付けられたんですお」
从 ゚∀从「ふぅむ」
私は思案する振りをしながら、その実、この商談にとてつもない魅力を感じていた。
買う金もないのに未練がましく店に通いつめるくらいだから、人形に入れあげているのは自明の理であるし、
何より、君を手元に置いておきたい欲求が私の中で大きくなり始めていた。
本当に、私が美女でなくて良かったと思うよ。
そう言うと、君は笑ったのだが。
- 18 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 19:45:06.87 ID:xWurTNwl0
-
从 ゚∀从「いくらになる?店主」
( ^ω^)「これほどで」
店主は片手を広げ私に掲げる。
それは、けして安くは無い値段だったが、ここに並べられている他のドールたちとの差を考えると、破格と言ってもいい値段でもあった。
从 ゚∀从「高いな。これでどうだ」
私は指を三本立てて店主に示した。
それは、ぎりぎり私の財布の中に現金として収まっている金額でもある。
( ^ω^)「仕方ありませんお。それだと仕入れ値を割ってしまうんですがね」
店主は元から値引きするつもりだったのか、あっさりと折れた。
こうして、君は私の元へとやって来た。
- 20 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 19:47:31.96 ID:xWurTNwl0
-
君はパソコンデスクの横、今まで本棚代わりにされていた黒い飾り棚に置かれる事となった。
この飾り棚は、私が一人暮らしを始める際に購入したもので、いつか人形を買ったら飾ろうと思っていたものだ。
それがいつしか、本棚から溢れ出した本の仮の置き場となり、そのまま行き場のない本たちの定住場所となってしまったのだ。
私はそれらの本を意気揚々と飾り棚から追い出して、君をそこに安置した。
もちろん箱も一緒にだ。
君を照らすための照明も用意して、
君の埃を払うための柔らかな布も買ってこなくてはと、
楽しい妄想を膨らませながらその日は眠りについた。
どんな夢を見たかは、よく覚えていない。
ただ、起きた時にいやに気分が良かったのを覚えている。
考えてみると、あれも君のおかげだったのだろう。
その時の私は単純に、手に入れたい物を手に入れた次の朝は、
こんなにも清々しいものかと感心するばかりだったが。
そう。あの朝から私の人生は、
川が海へと流れ込むように、
風が草原へと滑り込むように、
自然で、なだらかで、正しい方向へと、
他でもない君に、導かれていたのだ。
- 23 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 19:51:18.70 ID:xWurTNwl0
-
君が我が家にやって来てから、私には一つの習慣がついた。
私は戸棚の奥から発掘した一度も使ってないクリスタルのコップを君のものだと定め、
毎朝、汲みたての水を一杯、君の前に置いた。
それは昔、母が仏壇と神棚に水と米を供えていたのを思い出しての事だった。
君を連れ帰った翌朝、初めて日の光の下で見た君は、あまりに神々しく思えたから。
从 ゚∀从「じゃあ、いってきます」
君に声をかけてから家を出る癖もついた。
仕事に向かう私の足は朗らかであった。
それから、君のために専用のライトを購入し、磨き布を揃えた。
そうして私の部屋にすっかり馴染んだ君は、パソコンで作業する私の隣で静かに佇んでいた。
それと、君にはいくつかの不思議が付きまとっていた。
代表的なもので言えば、君の前に置く、コップ一杯の水。
その水が、私が仕事から帰る頃にはすっかりと無くなっているのだ。
蒸発と一言で片付ける事も出来る事柄に違いはないが、
私には、君が水を飲み干しているように思えてならなかった。
この年になって、夢見がちなのである。
- 24 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 19:52:44.81 ID:xWurTNwl0
-
他にも、私の慢性頭痛がぴたりと治まったり、
私の部屋に招かれざる客が訪れなくなったりと、
いくつかの些細な奇跡が私の元へと訪ていれた。
しかし、その不思議に気が付くのは、
君がいなくなってからの方がずっと多い。
私は愚か者だから、君がいなくなってから、
そんな風に、君の残り香を嗅ぐのだ。
とても、切ない。
- 29 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 19:55:28.26 ID:xWurTNwl0
-
君の事を語る上で、一、二を争う大切な日がある。
忘れもしない。君と過ごす三度目の満月の夜。
君を失うまで、残り一ヶ月を切っていた、その日。
私は、仕事でちょっとした成果を挙げた事に上機嫌になっており、
普段は一人で飲まない日本酒などを傾けて、月を肴に呑んでいた。
从*゚∀从「〜♪」
紅藤色の妖しい月だった。
もし君が、あの月を背に立ったのなら、
青白い肌とその真紅の瞳によく映えるだろうと思った。
そう考えると、何やら陽気な気分になった。
从*゚∀从「君も杯を受けてくれ。友よ」
私はわざと芝居かかった風にそんな事を言うと、
君のためのコップを出して日本酒を注いだ。
从*゚∀从「今宵は月も赤い。宴だ」
この根暗な遊びが気に入った私は、適当な台詞を吐きながら更に日本酒を煽る。
アルコールが喉に絡みつき、胃の中へと落ちて行く。
後には鼻から抜ける甘い香りだけが残った。
- 32 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 19:59:06.80 ID:xWurTNwl0
-
その時だった。
私は久々の頭痛に見舞われた。
しかしそれは、いつも悩まされていた、頭のどこか一部がじくじくと病む頭痛ではなく、
頭の中を、熱を持った何か堅いものが貫くような、鋭く激しい痛みだった。
从;゚∀从「…っが!」
咄嗟に、頭を庇うように片手を当てたが、
幸いな事に傷みは一瞬で引いた。
从;゚∀从「いたた…。ちょいと飲み過ぎたかね」
私は首を振り振り、痛みが引いたのを確かめると、
一升瓶の口を閉める。
今夜はこれくらいにしておこう。
从 ゚∀从「………?」
刹那。
私は、部屋の空気にどうしようもない違和感を感じた。
何かが、おかしい。
- 33 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:00:54.00 ID:xWurTNwl0
-
从 ゚∀从「風……?」
そうだ風だ。私は合点する。
空調もつけず、窓も開けていない筈の私の部屋に、
そよそよと、どこか頼りない風が吹いていた。
そして、その中心は君だった。
【+ 】ゞ゚) 「お前は、業の深い生を送っておるな」
その声は、真っ直ぐに私の頭の中に響いてきた。
从 ゚∀从「もしかして……お前?」
初めて言葉を交わした私たちは、
無礼な事に、お互いを「お前」と呼び合った。
v - 36 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:04:09.29 ID:xWurTNwl0
-
私は、酒で熱を帯びた指を君に近づける。
その指先に微かな空気の流れが感じられた。
【+ 】ゞ゚) 「触れるでない」
从 ゚∀从「お?」
君はピシャリと言った。
【+ 】ゞ゚) 「触れるでない。穢れがうつる」
从#゚∀从「汚れ?僕が汚いと?」
尚も頭に響く言葉に、私は腹を立てた。
【+ 】ゞ゚) 「違う。お前が穢れではない。
私の穢れが、お前に移ってしまう」
从 ゚∀从「……え?」
【+ 】ゞ゚) 「その手を引け。若いの。
言葉通じた今だからこそ、むやみやたらに触るでない」
从 ゚∀从「どういう事か、説明すべきだ」
私は、自分でも驚くほどあっさりと、この不思議を受け入れた。
平素ならまず自分の正気を疑うのだろうが、この時はしこたま酒を飲んでいた。
幸運な事だと思う。
- 39 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:07:53.31 ID:xWurTNwl0
-
【+ 】ゞ゚) 「ふぅむ。それも確かに。
だが、物事には順序と言うものがある。
それを間違えてはいけない」
从 ゚∀从「順序?」
【+ 】ゞ゚) 「そうだ順序だ。まず私はお前の名も知らぬ。
水と酒をくれた人」
从 ゚∀从「血が通わない割には礼儀正しいな。
私の名前はハインだ。姓は高岡」
【+ 】ゞ゚) 「なるほどハイン。まずは水と酒の礼を。
面倒をかけた。感謝する」
その高飛車な言い草に私は思わず笑ってしまった。
この美しき人形は随分とプライドが高いらしい。
从 ゚∀从「そりゃどうも。たいしたことはしていないがね」
【+ 】ゞ゚) 「いや、おかげでこうして言葉交わす事が出来た。
満月の夜に交わす酒は契約になろう」
从 ゚∀从「契約?契約ねぇ。
人形とお約束を交わすほど、私は目出度い頭を持ち合わせているつもりはないが」
- 41 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:10:40.27 ID:xWurTNwl0
-
【+ 】ゞ゚) 「私をただの人形と一緒にすると後悔をする。
ハイン。
私は、お前の業を吸うてやる」
風が、止んだ。
从 ゚∀从「業業と、煩い奴だなお前は。
大体、私はそんな欲深な人生は送っていないよ」
【+ 】ゞ゚) 「いいや。お前の人生は倫理に悖る。
それはその生業(なりわい)だ。わかるだろう?
生きる業。生業とは、そういうものだ」
从 ゚∀从「私は、人様に……顔向け出来ないような仕事はしていない」
【+ 】ゞ゚) 「当たり前だ。人々は皆、お前に業を押し付けているのだから。
いつの世もそうだ。変わらぬ。それが人だ」
- 42 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:11:49.14 ID:xWurTNwl0
-
私は自分の仕事を貶されたようで、頭に血が上った。
思わず声を荒げる。
从#゚∀从「私の仕事を馬鹿にするな人形」
【+ 】ゞ゚) 「違うハイン。聞け」
君は、穏やかな思慮深い声で、私を諭した。
【+ 】ゞ゚) 「業は悪ではない。
人は生きる以上、業を背負わねば、前に進めぬ。
畜生とは違うのだ、本能で生きながらえ、理性で前へと進む。
そうして前へ進むために手に入れたものと同じだけ、捨てねばならぬ。
歴史を鑑みるが良い。
かつて影の無い科学の発展があったか?
どこにも犠牲の無い勝利があったか?」
从 ゚∀从「哲学など私の趣味ではないよ。
もっと分かりやすく言ったらどうだ」
【+ 】ゞ゚) 「………いいだろう。ハイン。
神の域へ踏み込もうとする君の罪は、私が引き受けた」
从 ゚∀从「神などと!」
私はせせら笑った。
随分とご大層な事を仰る人形だ。
- 43 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:12:37.59 ID:xWurTNwl0
-
だけど、今なら分かる。
あれは、君の精一杯の虚栄だった。
君は、誰よりも神を恐れていた。
そして、それ以上の気持ちで、私を想ってくれた。
私は、デオキシリボ核酸、通称DNAの研究を仕事にしていた。
- 45 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:14:21.86 ID:xWurTNwl0
- 君は、時折思い出したように君自身の素性を語った。
私は大抵、パソコンモニタに向かいながらそれを聞いた。
君の生みの親の事を話してくれたのは、君を失う3週間前の事だ。
【+ 】ゞ゚) 「私は、とある小さな工房の皿職人に作られた。
若いが腕のいい職人で、おかげで私は随分と器量良しだ」
从 ゚∀从「へぇ。なんだってまた皿職人が」
【+ 】ゞ゚) 「……私の元の主人の、馴染みの工房だったのだ」
从 ゚∀从「ふぅん。……あ、さっきのはもしかしてジョークだったのかい?」
【+ 】ゞ゚) 「もう良い…」
从;゚∀从「すまなかった」
- 46 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:15:15.67 ID:xWurTNwl0
-
【+ 】ゞ゚) 「ところで、それは、仕事か?」
从 ゚∀从「んー…」
私はキーボードを打ち込みながら、どう答えようか思案する。
从 ゚∀从「仕事、ではない、と言う事にしといて欲しい」
【+ 】ゞ゚) 「嘘だな。その機械から業の匂いがする」
从 ゚∀从「半分は本当だ。金を貰ってやっているわけではない」
嘘をつけない事を悟ると、私は投げやりにそう言った。
【+ 】ゞ゚) 「そういうものか」
从 ゚∀从「ああ」
- 48 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:16:29.93 ID:xWurTNwl0
- また君に、僕の昔の夢を語ったのは、君を失う2週間前の事。
从 ゚∀从「僕はね。昔芸術家になりたかったんだ」
【+ 】ゞ゚) 「ほぉ」
从 ゚∀从「最初は絵描きになろうと思った。
中学の頃は美術部だったんだよ。
風景画をたくさん描いた。
だけど僕が住んでいたのは、生憎と東京でね。
無機質なビルばかり描くうちに、なんだか嫌になってしまって。
僕がもし、田舎に生まれたらきっと今頃僕は高名な画家だったろうさ」
【+ 】ゞ゚) 「田舎の風景が描きたいのなら、田舎に行けば良かったのだ」
从 ゚∀从「そう言うがね。考えてもみたまえ。
その頃の私は因数分解も出来なかったのだ。
因数分解も出来ない子どもが、電車をそう何度も乗り継げる訳ないだろう?
それが、ものの道理と言うものだよ。君」
【+ 】ゞ゚) 「では歩いて行けばいい」
从 ゚∀从「正しさは時に残酷だね。
君は、思春期のデリケイトな心の齟齬を何一つ理解しようとしない」
【+ 】ゞ゚) 「思春期のデリケイトな心の齟齬、とは夢を諦めさせるに足るものなのか」
从 ゚∀从「もういい。もういいよ。私の中学の頃の話は止めにしよう」
【+ 】ゞ゚) 「ふむ」
- 51 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:18:07.18 ID:xWurTNwl0
-
从 ゚∀从「うん。となると次は高校時代の話だな。
高校では吹奏楽部に入ってね。
初めて楽器というものに触れた。
やはり、大層のめり込んでね。
将来は楽器で食っていこうと思った。決意した」
【+ 】ゞ゚) 「それも、思春期のデリケイトな心の齟齬が諦めさせたのか?」
从 ゚∀从「さぁ、どうだろう。
私はたくさん、練習をしたくてね。
楽器を家に持ち帰ったんだが、
如何せん、音が大きいんだよ。
近所迷惑この上なくてね。
それで、諦めた」
【+ 】ゞ゚) 「音楽は豊かなものだ。
漏れ出て迷惑なものがあるか」
从 ゚∀从「完成された音楽で、しかも趣味と合致したのなら、
迷惑にはならぬかもしれないな。
しかしね。素人の下手糞な笛など、誰が聞きたいと思うか」
【+ 】ゞ゚) 「ふむ。上手く行かないものだな」
从 ゚∀从「全くだ。
大学時代は、文芸部だったのだよ。
同人誌なども作ったよ。作家気取りだ。笑うだろう?
ああ、懐かしいなぁ。書くもの書くもの悉く不評でね。
文芸部員にお前がいなかったら、部数はあと倍は伸びたとよく言われたものだよ」
- 52 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:18:50.35 ID:xWurTNwl0
-
【+ 】ゞ゚) 「作家と言うものは、生業としては豊かで美しく、朝露に濡れる蜘蛛の巣のようだ。
普段見えない、あるいは鬱陶しくさえ思えるものを色鮮やかに浮き彫りにし、あまつさえ魅了させてしまう。
お前はきっと、蜘蛛の巣に手を加えたのだろう。それもこの上なく無粋に」
从 ゚∀从「ああ、そうかもしれないなぁ」
【+ 】ゞ゚) 「何故、今の仕事を?」
从 ゚∀从「さぁ。自分のしたい事ではなく、自分に出来る事をしていたらこうなっただけさ。
別に、今の仕事を選んだ事に後悔は感じちゃいないがね」
【+ 】ゞ゚) 「成る程な……」
- 56 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:22:30.13 ID:xWurTNwl0
-
そんな風に、君のいる部屋で私は、相変わらず穏やかな生活を送っていたが、
実を言うと仕事場では、酷く混乱した状況が続いていた。
あの、君と言葉を交わすこととなった次の日に、
研究員が二年以上かけて積み上げた研究データが、
バックアップも含めて、全て綺麗に消え去ったのだ。
(;´ー`)「やはり、データ復帰は無理そうだーね。
もうこれで駄目なら俺知らねーよ」
从 ゚∀从「うーん。やれる事はやり尽くしたって感じではあるね」
川 ゚ -゚)「専門家に入って貰ってデータ復帰を頼もう。
もう、企業秘密だと言っている場合じゃないだろう」
从 ゚∀从「それは私たちで判断できる問題じゃないだろう。
しかし、「もう無理です」と報告書を上に回せば、おっつけそうなるだろうなぁ」
川 ゚ -゚)「よし。その報告書は私が作ろう」
( ´ー`)「助かるよー」
从 ゚∀从「………」
研究施設で、諦観のムードを漂わせながら私たちは言葉を交わす。
最初は青い顔になって、ひたすらデータ復帰に取り組んだが、
おおよそ一週間の格闘の末、どうにもならない事を悟った研究員達の顔には今や笑顔すら浮かんでいた。
- 58 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:25:12.05 ID:xWurTNwl0
-
ミ,,゚Д゚彡「おーい。今日はもう早上がりして飲みいこーぜー。
どーせやる事ねーしよ」
( ´ー`)「行くんだーよ。
飲まないとやってられないってもんだーよ」
川 ゚ -゚)「報告書が上がり次第、私も合流しよう。
所長も誘いたいのだが、どうだろう」
( ´ー`)「所長は本社から帰って来れないんだーよ。
残念だけど、仕方ないんだーよ」
川 ゚ -゚)「そうか……」
ミ,,゚Д゚彡「高岡はどうする?」
从 ゚∀从「私も行くよ。飲み会など新年会以来じゃないかい?
ささやかすぎる怪我の功名だと思って是非」
( ´ー`)「よし。今日は飲むんだーよ」
ミ,,゚Д゚彡「よっし。俺、他の奴らも誘ってくるわ」
- 60 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:27:11.37 ID:xWurTNwl0
-
各自が帰り支度を始める中で、報告書を作ると言っていた研究員の素直は、その言葉通り、モニタと向かい合っていた。
小気味良いタイピング音を響かせながら熱心に取り組む彼女に、私は後ろから声をかけた。
从 ゚∀从「押し付けてしまったようですまないな。手伝うよ」
彼女は、驚いたのか肩を震わせて振り返る。
そして、いかにも真面目と言った風情で私の申し出を断った。
川 ゚ -゚)「いや。私が引き受けた仕事だ。
先に飲み会に行ってて欲しい。
一時間もかからずに終わせる」
从 ゚∀从「しかし皆が一度に出るとなると、守衛の方が大変だろう。
暇つぶしくらいはさせて欲しい」
川 ゚ -゚)「なるほどな……」
- 63 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:29:25.89 ID:xWurTNwl0
-
私の働く研究施設はセキュリティが厳しい。
建物に入る時と出る時、それぞれカード認証はもちろん、
守衛による金属探知機での検査まで義務づけられていた。
携帯の持込なんて持っての外で、ズボンのベルトすら引き剥がされる事もある。
守衛は数人が常駐しているが、金属探知機は一台しか用意されていないので、
一度に研究員達が出ようとすると出口の前に並ぶ事になる。
守るべきデータが失われた今も、
仕事熱心な守衛達によりその作業は行われていた。
川 ゚ -゚)「わかった。では私は専門家の介入が必要な旨をまとめるから、
高岡は今までのデータ復帰の経緯を分かりやすくまとめてくれ」
从 ゚∀从「OK。30分で終わらせよう」
私は自分のデスクに腰を下ろす。
私の両手は恙無く文章を紡ぎ始めたが、
頭の中では全く別の事を考えていた。
研究所のデータを全て消し去ったのは、他ならぬ私だった。
- 66 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:31:39.75 ID:xWurTNwl0
-
私と素直が報告書をまとめ、飲み会へと赴むと、
既に場は十分過ぎる程盛り上がっていた。
ミ*゚Д゚彡「ざーけんなー!俺達の二年間を返しやがれコンチクショー!」
(*´ー`)「会社の事なんか知らねーよ!どうにでもなれってもんだーよ!」
(*'A`)「あーこんな事になるなら仕事なんて適当にしとくんだったー。
あの連日の徹夜はなんだったんだよー。糞っ!」
川 ゚ -゚)「おいおい。声が大きいぞお前ら。
騒ぐのはいいが店の迷惑にはなるなよ」
研究チームの紅一点である素直嬢が現れると、待ってましたと言わんばかりに拍手が起こった。
同僚の贔屓目を抜きにしても彼女は美人だが、一緒に現れた私の存在は彼らには見えてないようだ。
- 67 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:32:41.19 ID:xWurTNwl0
-
从 ゚∀从「素直嬢に酌をさせるな。セクハラだ。よし私が注ごう」
(*'A`)「えークーちゃんがいいーっすー。高岡のイケズー」
从 ゚∀从「それと名前で親しげに呼ぶのも、最近だとセクハラに分類されるらしい。
どうだ素直。不快じゃないか?遠慮なく言ってもいいんだぞ」
ミ*,゚Д゚彡「クーちゃんは俺らの心のオアシスなんですー。
頭の固い仕事人間は引っ込んでろっつーもんですよー」
从 ゚∀从「馬鹿者が。ここに頭が硬くなくて仕事人間じゃない奴なんているのか?」
その言葉に皆、どこか自嘲的に笑った。
「しかし成果は全てなくなってしまった」と暗に語る笑いだった。
聞くと彼らは今日も明日も平日だと言うのに、飲み放題コースにしたらしい。
私は苦笑しながらも一杯目の冷酒を注文した。
明日はきっと、皆遅刻をするだろう。
- 69 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:34:51.50 ID:xWurTNwl0
-
从 ゚∀从「しっかり立て。いいか。吐くなよ」
ミ,,-Д-彡「あーもう無理っす。俺無理っす。仕事やめまーす」
その日、酔いつぶれた同僚の一人に肩を貸しながら家へと帰った。
酒臭い私達を、君は黙って出迎えてくれた。
从 ゚∀从「いいから今日は寝るべきだ」
同僚を乱暴にベッドに転がす。
君が物珍しげに私たちを眺めているのが感じられた。
ミ,,-Д-彡「いてぇっ!もっと優しく扱えよー高岡ー」
从 ゚∀从「生憎と私に男を優しく扱う趣味はないよ」
ミ,,-Д-彡「あー………」
从 ゚∀从「どうした?気持ち悪いのか?」
ミ,,-Д-彡「俺、何してんだろ……」
酔いが冷めてきたのか、細く長い息を吐き出した同僚は、
ぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。
ミ,,-Д-彡「本当なら、今頃、やっと、やっと生体実験の準備にかかってる筈だったのに。
こんな、飲み会なんかして、なんも残ってない。なんも残ってねぇよ」
- 71 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:36:22.92 ID:xWurTNwl0
-
从 ゚∀从「生体実験か……。なぁフサ。
我々のやっている事は、神への冒涜だとは思わないか?」
ミ,,-Д-彡「思わない。俺の神は、如何なる科学も糾弾しない」
同僚は強い調子でそう言った。
部屋の、風が変わった。
【+ 】ゞ゚) 「………」
君が怒りを孕んだのが、私にはわかった。
ミ,,-Д-彡「高岡、クーラー、切ってくれ。寒い……」
【+ 】#ゞ゚)「愚か者が」
何かが破裂するような音が部屋中に響いたと思うと、急にあたりが暗くなる。
鋭く乾いた爆発音は益々激しく、大きくなり、私の広くない部屋を振るわせた。
ミ;,゚Д゚彡「なんだぁ?!」
从;゚∀从「これは……」
- 72 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:37:38.71 ID:xWurTNwl0
-
暗闇で、頭の中に痛いほど君の声が響いた。
【+ 】#ゞ゚) 「何一つ、わかっていない! 神を愚弄するにも等しい!
神は、お許しにはならないだろう!
神は、お許しにはならないだろう! 」
君は、怒りで我を忘れているようだった。
部屋の中に吹き荒れる風は益々冷たく、酔いに火照った体を芯から冷やしていく。
从;゚∀从「落ち着け!お願いだから、落ち着いてくれ」
【+ 】#ゞ゚) 「我々は裁きを受けるだろう!
人の業に溺れおって!
感謝を知らぬ愚か者が!」
从;゚∀从「頼む!今は収めてくれ!」
【+ 】#ゞ゚) 「止めてくれるなハイン!」
从;゚∀从「ここは八百万の神の国だ。
他人の国の神に口を出すべきではない」
【+ 】;ゞ゚) 「……」
君が黙ると同時に破裂音は止んだが、
依然、部屋は暗闇のままだ。
- 74 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:40:36.18 ID:xWurTNwl0
- ミ,,゚Д゚彡「何言ってるんだ高岡!ブレーカー何処だ!
俺確かめてくる!」
音が止んだ事で少し落ち着いたのか、
同僚が建設的な意見を投げかけてくる。
从;゚∀从「酔っ払いは動くな!私が行く」
当然、君の声は同僚には聞こえていないのだろう。
板ばさみの私は、無駄と分かっていても、玄関へブレーカーを確かめに行った。
从 ゚∀从「っくそ。届かないな」
携帯電話のおぼろげな光をライト代わりに、ブレーカーへと手を伸ばすが、
私の身長ではあと数センチ届かなかった。
仕方なく、椅子を持ってこようと手を戻した時に、部屋の明かりがついた。
ミ,,゚Д゚彡「やっぱりブレーカーだったか。
しかし、さっきの音は何だったんだ?」
从 ゚∀从「外で悪餓鬼が爆竹でも使って遊んでたんだろう。
この部屋の壁は薄いからな」
我ながら苦しい言い訳だが、同僚は納得したようだった。
不思議な現象を発見したら、解明せずにはいられないからだろう。
ミ,,゚Д゚彡「驚いたな……。眠気も覚めた」
- 77 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:42:40.97 ID:xWurTNwl0
- 从 ゚∀从「覚めるな。寝ろ」
ミ,,゚Д゚彡「……そうする」
同僚が、パタリとベッドに倒れこむ。
そして、小さな声で疲れた、と呟いた。
ミ,,-Д-彡「ああ、それよりも…高岡。お前でもどうにかならないのか?」
从 ゚∀从「どう言う事だ?私はコンピュータは別に専門じゃないぞ?」
ミ,,-Д-彡「前に、遠心分離機が壊れた時、
お前、駆動音だけでどこが壊れたか当てて見せたろ?
あんな感じで、どーにか、ならんのか?」
从 ゚∀从「馬鹿言え。お前本当に研究者か?
無茶苦茶にも程がある」
ミ,,-Д-彡「冗談…だ…」
从 ゚∀从「わかってる」
それからすぐ、同僚のイビキが聞こえた。
風は止まずに、赤ら顔の同僚の癖毛を揺らした。
- 79 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:43:40.92 ID:xWurTNwl0
-
【+ 】ゞ゚) 「神は……お許しにならぬ」
同僚が寝入ると、君が低く深い声で私に呟いた。
先ほどの騒動で疲れていた私は、なおざりに言葉に返す。
从 ゚∀从「私にはわからんよ。不信心者だからね」
【+ 】ゞ゚) 「わからぬ筈があるか。
お前も聖名を持つ身にあるだろうが」
从 ゚∀从「さぁね。確かに洗礼名は持ってはいるが、役に立った事はないよ。
ミドルネームとしか認識していない」
【+ 】ゞ゚) 「愚か者が」
翌朝、君を失う一週間と五日前。
平時なら研究所へと到着している時間に同僚は起きた。
ミ,,゚Д-彡「あー…、完璧、遅刻だ。頭いてぇ」
- 80 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:44:29.14 ID:xWurTNwl0
-
从 ゚∀从「おはよう。朝食はトーストでいいかい?」
君にコップ一杯の水をやりながら、眠い目を擦る同僚へと声をかける。
ミ,,゚Д゚彡「高岡、悪い。ベッド占領したな」
同僚はベッドから這い出して、体を伸ばした。
頭痛がするのか、しきりに眉間に皺を寄せている。
从 ゚∀从「何、構わないさ」
ミ,,゚Д゚彡「ん?そのコップは何だ?お供えか?」
从 ゚∀从「ああ、習慣なんだ。うん。お供えみたいなものだな」
ミ,,゚Д゚彡「綺麗な…人形だな。その隣の箱も、鮮やかな菖蒲色」
从 ゚∀从「菖蒲色だと?馬鹿言え。これはどう見ても淡いすみれ…いろ」
私はハタと箱を見る。
買った時は確かに高貴なすみれ色をまとっていた君の箱が、
今はどこか暗く淀んだ菖蒲色へとその姿を変えていた。
ミ,,゚Д゚彡「どう見ても淡くはないだろ。精々が薄い本紫だ」
同僚がそう言って君の箱に手を伸ばした。
- 81 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:45:18.95 ID:xWurTNwl0
-
从;゚∀从「触るな!」
咄嗟に鋭い声が出てしまった。
同僚は驚いた様子で私を顧みた。
ミ;,゚Д゚彡「うぉ!?悪い。大事なものなのか」
从;゚∀从「あ、ああ。アンティークの一点ものなんだ。
大きい声を出してすまない」
私が謝ると、同僚は安心したように言葉を続けた。
ミ,,゚Д゚彡「いや、勝手に触ろうとして悪かった」
从 ゚∀从「いや……」
思えば、いつまでも変わらないと思っていた君との生活に、
初めて、不安を感じたのはこの時だった。
- 84 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:46:05.41 ID:xWurTNwl0
- 从 ゚∀从「お前にも水を持ってくる。飲んだらシャワーを浴びて来い。それから飯だ」
ミ,,゚Д゚彡「助かる。今日は一緒に遅刻だな」
从 ゚∀从「構わんさ。どうせ行ってもやる事なぞないからな」
ミ,,-Д-彡「………」
悔しそうに口を噤む同僚を見て、私は罪悪感に囚われる。
心の中でだけ謝罪をすると、彼のために水を注ぎに台所へと向かった。
昨日、普段ムードメーカである彼が見せた本音は、
今の私にはあまりにも重く感じられた。
川 ゚ -゚)「うむ。君達が二番乗りだな。他の皆はまだ来ていないよ」
私達が職場についた時には、既に太陽は高く登っていたが、
そこには素直嬢しか居なかった。
昨日深酒をしなかったのは、私と彼女だけだ。
从 ゚∀从「おはよう素直。所長も来ていないのかい?」
川 ゚ -゚)「ああ。報告書を取りに朝一で顔を出したがすぐに本社に戻った。
今日も会議だろうな。責任を取らされるような事にならないといいが」
素直嬢は何処か面白くなさそうにそう言った。
報告書を渡すついでに、所長と話をしたかったのだろうか。
- 86 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:47:08.74 ID:xWurTNwl0
- 从 ゚∀从「うーん。どうだろう。データが復帰しない限り責任は免れないだろうなぁ」
川 ゚ -゚)「所長が原因ではないのに……」
素直が所長に傾倒しているのは、研究所内でも有名な事実だった。
私には彼女の気持ちが理解出来たが、その気持ちとは裏腹な言葉が口を出る。
从 ゚∀从「原因があろうがなかろうが、この研究所の責任者は彼だからね」
川 ゚ -゚)「うん……」
思わず自分の冷血漢ぶりに眩暈がした。
普段クールでビューティな素直嬢が目に見えて憔悴している。
隣で、無関心を装っていたフサも、一瞬私を睨み付けた。
そんな事をされなくても自分の失態は分かっている。
从;゚∀从「と、ところで今日はどうしようか。
もう、いっそ心機一転して大掃除でもするかい?」
ミ,,゚Д゚彡「ああ、そりゃ、いいかもしれねぇなぁ」
川 ゚ -゚)「そうだな。悪くない」
いそいそと所長室を掃除しに行く素直嬢を尻目に、
私は、いつまでこの状態が保つだろうかと考えていた。
そんなわけで、その日はぽつぽつと集まり始める研究員を巻き込みながらの大掃除を行った。
鬱々とデータ復帰作業に当たるよりは、体を動かしていた方が、研究員達もまだ楽なようだった。
- 88 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:48:11.40 ID:xWurTNwl0
-
从 ゚∀从「ただいま」
【+ 】ゞ゚) 「帰ったか。今日は客を連れてないのか?」
从 ゚∀从「客?ああ、フサの事か。今日はいないよ」
実は、彼らは今日も飲みに出ている。
私は誘いを断ったが、彼らの気持ちも容易に想像できた。
飲まずには、いられないのだろう。
【+ 】ゞ゚) 「そうか」
君はそうして、むっつりと黙り込んだ。
それは、何か言いたい事があるときの君の癖だった。
私は、君が喉元に溜めている言葉を吐き出してやるために、折れてやろうと思った。
君の言葉はいつだって意外性に富んでおり、それが私の中に新鮮な湧き水のように染み込むのだ。
君の話が、私には必要だった。
从 ゚∀从「昨日は悪かった」
【+ 】ゞ゚) 「神を信じぬとも、お前は毎朝水をくれる。
それで、良い」
- 89 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:49:05.10 ID:xWurTNwl0
- 从 ゚∀从「君はイギリスで生まれた。
神を大切にして然るべきだ」
【+ 】ゞ゚) 「人が神に怯える姿ほど、情けないものはない……」
从 ゚∀从「ふむ」
果たして君は人なのか。
私はそれを口に出すのは控えた。
【+ 】ゞ゚) 「少し、思い出話をしよう」
从 ゚∀从「聞こう」
私は帰ったばかりで、まだ夕飯も済ませていないと言うのに、君の隣に座った。
すっかり紫を深めた君の箱が蛍光灯の光を反射して鈍く煌めいた。
君の話を聞くのは、尊くて、儚い時間だ。
【+ 】ゞ゚) 「私を作らせた人間は、真実の吸血鬼であったが、同時に熱心なキリスト教徒でもあった」
从 ゚∀从「吸血鬼?」
それは非日常の響きを帯びた言葉だった。
【+ 】ゞ゚) 「彼は、太陽の光などを恐れはしなかったが、
ご婦人を寝室に連れ込んでは、ナイフでその白い腕を切り裂いてその血を啜った」
从 ゚∀从「殺したのか?」
- 91 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:51:58.86 ID:xWurTNwl0
-
【+ 】ゞ゚) 「いいや。彼が欲したのは女の血であって、命ではない」
从 ゚∀从「ふぅむ…」
【+ 】ゞ゚) 「彼は寝室でいつだって丁寧に血を求めた。
勿論、断るご婦人もいらっしゃったが、その時は血を啜らずに返してやった。
だが、大抵の場合、ご婦人は彼の願いを聞き入れた。
首筋を噛まなくても良いかと尋ねるご婦人さえも居た。
私はそれを、棚の中からずっと眺めていたよ」
从 ゚∀从「なるほど」
【+ 】ゞ゚) 「しかして彼は苦悩した。
神が、このような事をお許しになるはずはないと。
神を愛する心は失っていないのに、自分は悪魔の誘惑に耳を貸し、
人以外の何かに成り果ててしまったのだと」
从 ゚∀从「………」
【+ 】ゞ゚) 「悩んだ彼は、ごく親しい友人でもあった皿職人に私を作るよう依頼した」
彼が死んだ時には、彼の棺桶に入れて貰い、地獄への共にしようと考えたのだ」
从 ゚∀从「地獄への共? 地獄へ落ちる身代わりではなくて?
いや待て。それ以前に君の話が本当なら、君は何故ここにいる?」
- 92 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:53:41.64 ID:xWurTNwl0
- 【+ 】ゞ゚) 「私がここに居るのは、欲深な彼の親戚が彼が死んだ時に
金になりそうなものを全て売り払ったからだ。その中に私も入っていた。
地獄への共に私を所望したのは、
言ったろう?
神が、このような事を、お許しになるはずはない、と」
从 ゚∀从「君は、君の主人を、一人残してきたのか」
私の問いかけに、君は予想外の言葉を返した。
【+ 】ゞ゚) 「いいや、私と彼は離れる事はない」
皿職人に作られた美しき陶器人形は、確かに彼の主人を死した後も導いた。
その美談の正体を知るのは、君を失ってからに違いなかったのだけれど。
从 ゚∀从「ん?」
【+ 】ゞ゚) 「私の話は、それだけだ」
それだけ言って、再度黙り込んだ君に、私は言おうか言うまいか迷う事柄があった。
これを伝えたら、君の自尊心が、傷つけられてしまうかもしれないと思った。
从 ゚∀从「夕飯を、食べてくるよ。今日は作る気分じゃないから、ファミレスにでも行ってくる」
逡巡の後、それだけ言うと私は部屋を後にした。
君の居ないところで、君の事を考えたかった。
- 94 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:55:36.00 ID:xWurTNwl0
-
相変わらずに、データ復旧がままならないまま、時間は流れる。
素直嬢の紹介で介入した専門家も、びっちり一週間ほどデータ復旧に当たったが、
サルベージは無理だと結論付けて、颯爽と去っていた。
素直嬢の大好きな所長のクビが飛ぶまでのカウントダウンも始まっている。
諦めと苛立ちの中で研究員達は、暇で居た堪れない日々を過ごしていた。
最初は安居酒屋で開催されていた残念会も、今やスーパーで安酒とつまみを買っての宅飲みにシフトし、
お財布にも優しい飲み会になっているらしい。
終わりは、突然にやって来る。
私の部屋への来客があったのは、
細い月が暗い空に伸びる、寒々しい夜だった。
从 ゚∀从「……やぁ」
川 ゚ -゚)「お邪魔してもいいか?」
从 ゚∀从「どうぞ。本ばかりで雑然としているが」
川 ゚ -゚)「構わない」
- 95 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:56:16.90 ID:xWurTNwl0
- 素直嬢が私の部屋を訪ねるのは始めての事だ。
彼女は思いつめた顔で、私の前に立っていた。
白い顔がますます青白く冴えて、薄い唇は震えているように見えた。
从 ゚∀从「悩み相談なら、私よりフサや欝田の方が向いてるよ」
川 ゚ -゚)「いや、高岡でないと……」
私はわざと突き放した風に素直嬢に当たる。
卓袱台のわきに腰を下ろした彼女は、じっと君の方を見つめていた。
インテリアとしては、私にも、私の部屋にも君は不釣合いだからかもしれない。
素直嬢の趣味に合致して、羨望の視線で君を見つめているのなら、
私は素直嬢の趣味を褒めてやってもいい。
从 ゚∀从「インスタントしかないがコーヒーを入れよう」
川 ゚ -゚)「悪い」
私はコーヒーを用意するために、台所に引っ込んだ。
素直嬢に背を向ける形になる。
彼女が立ち上がった事に気付いた時にはもう手遅れだった。
耳に痛い、君が砕ける音を私は聞いた。
- 98 名前:VIPがお送りします[]:2009/07/23(木) 20:59:03.29 ID:xWurTNwl0
- すいませんちょっと風呂
続きます
【+ 】ゞ゚)君の持つ冷たいようですみれ色の箱
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1248344723/
2009年07月23日
【+ 】ゞ゚)君の持つ冷たいようですみれ色の箱 その一
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