三十二章後ミーティングルームからほんの少し歩いた先には、だだっ広いロビーがある。 そこに辿り着いた時、彼らは言葉もなしに揃って足を止めた。 そして訪れるのは、沈黙。 各々、何かを考えるような表情を浮かべ、口を開いては言葉を発さぬまま閉じた。 一番最初に沈黙を破ったのは、ブーンだった。 ( ^ω^)「……これで、良かったのかお?」 ('A`)「何が」 ( ^ω^)「“削除人”と手を組んで戦うって事だお」 (,,゚Д゚)「? みんなで決めたじゃないか」 ( ^ω^)「そうだお。……そうなんだけど」 (,,゚Д゚)「どうしたんだ? 何かあったのか? 会議の時から、ちょっとお前変だぞ」 ( ^ω^)「……そうかお?」 ( ゚∀゚)「まぁまぁ。どちらにせよ、俺達が選べる道はこれしかなかったよ。 ショボンもいなくなっちゃった今、俺達だけで動き続けるのは苦しいものがあるしね。 それに“削除人”っていう勢力が味方についたのはやっぱり心強いよ。それが例え一時的にでも、さ」 (;^ω^)「でも信用出来るかお? いつ命を狙われるか……」 (,,゚Д゚)「信じるしかねぇよ。きっと奴らも考える事は同じさ。 そもそも命を狙う気なら、こんなまどろっこしい事はしないだろう。 その気になれば、奴らはいつでも俺達を殺せたはずだ」 (;^ω^)「確かにそうだお……でも……」 (,,゚Д゚)「……ブーン。本当に、どうしたんだ? いつもは人の事を信じ過ぎるくらいの奴なのに……」 (;^ω^)「お……え、えっと……」 ('A`)「言いたくないなら良いさ。それよりも、話すべき事があるだろ」 ( ゚∀゚)「何さ?」 ('A`)「ショボンの事だよ」 (,,゚Д゚)「…………………?」 ('A`)「アイツは死んだんだ。志半ばにしてな。 それに対して、何か考える事は―――想う事はないのか?」 (,,゚Д゚)「想う事……?」 ('A`)「いや、話す順番が違ったな。ちょっと待ってくれ」 呟いて、何かを考え込むように顎に手を当てる。 数秒その姿勢は続き、そして姿勢が解かれると共に言葉は吐かれた。 ('A`)「お前達はまだ、アイツが―――ショボンが死んだと認識出来てないんだったな。 まぁ、今すぐに認識しろってのも無理な話だな。だから、認識してからで良い。 それからで良いから、アイツの事を少しでも想ってやれ。そうでないと、アイツは浮かばれない」 その言葉に、三人は唖然とする。 ドクオは、凄まじく冷血だ。 特に、三人を除く他人に対しては。 “管理人”の大殺戮の時ですら、「自分達には関係ない」と人々を見捨てようとしたほどに。 その彼が、「死んだの彼の事を想え」と言っているのだ。 彼を詳しく知っている三人だからこそ、ドクオの発言は信じられなかった。 ('A`)「……俺が言いたい事は、それだけだ。 それ以外の事は、今ここで話してもどうしようもない事ばかりだからな。 ……何か話す事はあるか?」 言葉は返ってこない。 ドクオは「ふん。じゃあ解散だな」と、勝手に歩み去ってしまった。 (,,゚Д゚)「……何なんだ」 ( ゚∀゚)「ドックンの言葉に難しい意味はないね。いつもの通り、そのまんまだと思うよ」 (;^ω^)「そのまんま? よく分からないお」 ( ゚∀゚)「そこを考えるのは各自の仕事だよね。そうしないと、ドックンの言葉に意味はないし」 (,,゚Д゚)「……何か、よ」 ( ゚∀゚)「ん?」 (,,゚Д゚)「お前達、今日はみんな何かおかしくないか? ブーンは疑い深いし、ドクオはアレだし、お前はやけに真面目だし……」 ( ゚∀゚)「……ありゃ。俺もおかしく感じた? ダメだなー。自然でいるつもりだったんだけどなー」 少し恥ずかしそうに後頭部を掻いて、彼は溜め息を吐いた。 ( ゚∀゚)「俺も少し考えなきゃいけないみたいだね。 考える時間も欲しいし、もう解散しない?」 (,,゚Д゚)「お?」 ( ^ω^)「……そうするお」 (,,゚Д゚)「え? いや、ちょ、お前ら?」 どこか様子のおかしい二人に困惑するギコを置いて、二人も部屋に向かって行ってしまった。 置いて行かれたギコは、首を傾げて眉根を寄せる。 どう考えても、三人共様子がおかしかった。 (,,゚Д゚)「……考えても仕方ねぇ、か」 溜息を吐いて、彼も足を進める。 腹の痛みはほとんど消えていたが、それと引き換えに得たような不快感が心にあった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ( ゚∀゚)「ふぅ……」 与えられた部屋に入りドアを閉めたと同時、ジョルジュは大きく溜息を吐いた。 その顔に、いつも浮かべているような軽い笑みはない。 ( ゚∀゚)「様子が変だってさ……ちくしょう」 舌打ちをして、ベッドに座り込む。 心配させないように、いつも通りの自分を演じたつもりだった。 でもそれが出来ないほどに動揺していたようだ。 演じる事には慣れていた筈なのに。 心から消えぬ事は、ショボン。 元は他人だ。 増してや、大した日数を一緒に過ごしたわけでもない。 それでも、彼が頭を離れなかった。 異能者となった自分達に、救いの手を差し伸べたショボン。 “管理人”と“削除人”双方から狙われる事となった自分達を、戦いの世界に誘ったショボン。 最初はとにかく不振で、ドクオが警戒しきっていた事を覚えている。 正直に言ってしまえば、自分もかなりショボンを警戒していた。 戦うと決めた自分達を強くしてくれたショボン。 自分達を護って死んでしまったショボン。 自分が駆け付けた時に辛うじて聞こえた彼の言葉は、「悲しみを終わらせろ」だった。 終わらせられなかった。 それが、悔しい。 不思議と、悲しみは薄い。 漠然とした悔しさと―――そして妙な気持ち悪さがあった。 まるで、何かを忘れているかのような。 悲しみが薄い理由は分かる。 自分は他人に対して、壁を作る。勿論精神的に、だが。 その壁を外すのが遅かった為だ。 短期間しか過ごしていない上に、警戒して壁まで作っていた。 そんな人間が死んでも、誰も悲しみはしないだろう。 だから今 自分の中にある悲しさは、 例えるなら、仲良くなった友達が遠くに行ってしまったような悲しさだけだ。 虚無感の大きな悲しさ、といったところか。 ただ、どこまでも悔しい。 彼の想いを遂げてやれなかったのが悔しい。 遂げられそうなところで遂げられなかった自分が悔しい。 悔しさと悲しみがごっちゃになってしまっている。 自分らしくもなく、混乱している。 ( ゚∀゚)「……ダメだ。一度、落ち着こう。 このままじゃ考えも浮かびやしない」 深呼吸し、ベッドに横たわった。 想えば、最近は色々な事がありすぎて、こうして考える事はほとんどしていなかった。 ある日突然、異能者になった。 帰り道でつーに会い、“管理人”への誘いを蹴った。 次の日に他の三人も目覚めたと知った。 ブーンにショボンのところへ連れて行かれて、異能者について知った。 ドクオがショボンを警戒して解散した後、もう一人のつーに襲われた。 ハインに助けられた。 その後ショボンに戦いの誘いを受けた。 答えは先延ばしにした。 次の日の学校は、サボった。 ハインに会って、大殺戮の話を聞いた。 お礼にと奢ったら、財布の中が寂しくなった。 次の日、つーに会った。止めてくれと頼まれた。 三人と止めに行った。弟者に敗けた。しぃに助けられた。 ビロードとちんぽっぽに警察署に連れて行かれた。 二人はミンナを助けてくれと自分達に頼んだ。 自分達はそれを承諾して、警察署から逃げ出した。 “管理人”と戦う決意をした。 ショボンは、自分達を強くしてくれた。 “管理人”の基地へと向かった。 途中までは問題なかった。でも、流石兄弟とハインに止められた。 流石兄弟にショボンは殺された。 流石兄弟をフルボッコにした。 でもトドメを刺そうとしたら、モララーに止められた。 モララーは強かった。 次々と負けていって、最終的に戦えるのはブーンとドクオとモナーだけになっていた。 チャンスを見て、逃げ出した。 死にそうな痛みを我慢してくれたギコのおかげで、ミンナとつーは撃退出来た。 そして今。 “削除人”と自分達が手を組んだ。 とても短い期間の間で、これだけの事があった。 思い出せば、自分達はいつもギリギリだったんだと認識する。 と、そこで。 ( ゚∀゚)「……ん?」 ふと、自分の記憶の中を大きな違和感が走り抜けた。 漠然とした、でもとても大きく強い違和感。 何かを忘れているような―――とても大切な何かを忘れていないか。 ふと思い浮かぶのは、ショボンの顔。 ( ゚∀゚)「―――電話」 思わず口から出たのは、あの不審な電話だ。 最初にショボンの家に集められた時。 ショボンは、『何者か』と電話していた。 その『何者か』を、彼は『元同僚』だと言った。 そこで、頭の中でピースが当てはまる。 クーは、ショボンは元“管理人”だと言った。 ……あの電話の相手は、モララーじゃないか? 引っかかる事はもう一つ。 ドクオは、あの電話の会話を“力”で聞き取れていた筈だ。 だから彼はショボンを「信用出来ない」とし、その場から帰りたがった。 そのドクオが、何故ショボンの計画に協力した? 彼はショボンに、その事を問いただす事もしなかった筈だ。 まるで、あの電話の事を忘れているかのようじゃないか? あの頭が良いドクオが、そんな大切な事を忘れるか? ドクオはあの電話の事を、忘れさせられている。 ……それもおそらく、ショボンによって。 ドクオがその事を忘れて都合が良いのはショボンだけだ。 そしてショボンの“力”は、テレパシー。相手の意思を無理矢理に読み取る“力”。 そしてもう一つ。自分の思考を無理矢理に相手に読ませる“力”だ。 これらの“力”について、彼は詳しくは説明していなかった。 どの程度まで通用するのか。どの程度まで応用が利くのか。 もしかすれば、相手の記憶の小さな物であれば忘れさせる事も出来るかもしれない。 そもそも、ショボンの“力”がどのような、どの程度のものなのか。 更に言えば、本当にテレパシーが彼の“力”であるかも分からないのだ。 そこで頭に浮かぶのは、馬鹿げた―――でもどこか確信している答え。 ドクオはあの電話の事を、忘れさせられている。 ……それもおそらく、ショボンによって。 ドクオがその事を忘れて都合が良いのはショボンだけだ。 そしてショボンの“力”は、テレパシー。相手の意思を無理矢理に読み取る“力”。 そしてもう一つ。自分の思考を無理矢理に相手に読ませる“力”だ。 これらの“力”について、彼は詳しくは説明していなかった。 どの程度まで通用するのか。どの程度まで応用が利くのか。 もしかすれば、相手の記憶の小さな物であれば忘れさせる事も出来るかもしれない。 そもそも、ショボンの“力”がどのような、どの程度のものなのか。 更に言えば、本当にテレパシーが彼の“力”であるかも分からないのだ。 例えばそれが、テレパシーの強化版だったら。 記憶や心理などを読み取り、かつ、『多少の記憶や心理であれば植え付ける事が出来る』“力”だったら? そうであれば、この違和感は全て解消される。 (;゚∀゚)「……いや、俺は何を考えてんだ。そんな“力”があるわけ……」 ない、と、その二文字が続いてくれなかった。 異能者の“力”というのは、そのような事も不可能じゃない。 (;゚∀゚)「……でもそうだったとして、そうする必要性がどこにある? 俺達を騙して潰す為だったら分かるけど、あいつは一緒に戦って、俺達の為に死んだじゃないか」 自分に信じさせるように呟いた言葉も、どこか嘘臭い。 だが実際、呟きの通りなのだ。 嘘を吐く必要性は彼にはなかった。 それでも、何故だ。 何故、彼を信じれない。 だが……そうだ。 思い出してみれば、不審な点はいくつもある。 何故、彼はブーンが襲われている時に、あんなにもタイミング良く現れた? 何故、彼は俺達が学校の屋上で話している時、屋上に現れた? 何故、彼は電話の相手を俺達に言わなかった? 何故、彼は元“管理人”だと言うのに、“管理人”の情報を全て俺達に教えなかった? 何故、彼は俺達をあんなにも味方に引き入れたがった? 何故、彼は“削除人”と“管理人”を潰したがった? 何故、彼は弟者に襲われたブーンの元には現れなかった? 何故、彼は大殺戮の時には現れなかった? 何故、彼は“管理人”の基地に突入した時のミンナとつー、プギャーとの戦闘の時、いなくなっていた? 何故、彼は自分の命を投げ打ってまでドクオを助けた? それらの質問の答えは、全て悪い方向へと向かう。 良い答えなどは浮かばなかった。 もはや、彼の全てが嘘に感じられる。 彼の“力”も。 “管理人”や“削除人”を敵にまわした理由も。 自分達を戦いに巻き込んだ理由も。 自分達を強くした理由も。 彼が死んだ事さえ、嘘にしか感じられない。 まだ生きていて、自分達を欺き続けているような気がするのだ。 (;゚∀゚)「ショボン……あんたは……何なんだ?」 自分の中で築き上げられていく仮定の山。 不自然な事や行動から築き上げられていく可能性の高い仮定は、全て最悪だ。 (;゚∀゚)「これじゃ……こんな事じゃ、まるで―――」 「―――あんたが楽しむ為に俺達を騙してるとしか思えないよ」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ (,,゚Д゚)「……あいつら、どうしちまったんだ?」 軽い怒りと大きな混乱に満ちたその言葉に、力強さはない。 こんな感情を抱いてしまう自分もやはり、どこかおかしいのだと感じる。 何か、不安定なのだ。 芯が一本抜けてしまったような感覚がある。 ……その芯とは、やはりショボンなのだろうか。 (,,゚Д゚)「ショボン」 気付けば、彼の名を呟いていた。 それに触発されたかのように、彼との思い出が脳を巡る。 とても短いが、その分とても濃い思い出達は、ギコの中にとてつもない空虚感を生んだ。 自分の一部がなくなってしまったかのような、そんな寂しさがあった。 (,,゚Д゚)「……悔しかったろうなぁ、ショボン」 まるでショボンが目の前にいるかのように、ギコは呟いた。 念願の敵を目の前にして、その命を散らしてしまったのだ。 それも自分でない、他の者を護る事によって。 ―――自分達を護って、ショボンは死んでしまったのだ。 (,, Д )「――――――ッ」 下唇を、噛み締めた。 不意に溢れ出してきた涙を堪える為に。 ショボンがいなくなってしまったのが、寂しくて悲しい。 ショボンを死なせてしまうほど―――その仇も討てないほどに弱い自分が、悔しくて悲しい。 強い波のように押し寄せてきた混沌とした感情。 ドクオの言っていた『認識』という言葉の意味が、彼にもようやく分かった。 (,, Д )「ちくしょう……ッ」 拳を握り締める。 丁度その上に、一滴の涙が落ちた。 悔しかったろう。敵を潰せなくて。 悲しかったろう。死ぬはめになってしまって。 憎んだだろう。弱い自分達を。 そこまで考えて、ふと思う。 それは間違っているのではないだろうか、と。 ショボンはある意味、一部では満足だったのではないだろうか、と。 彼は自分からドクオを護りに行った。 護った後に、ドクオの無事を知って「良かった」とも言った。 そして最期には、「先へ。悲しみを、止めろ」と。 ならば自分が今すべき事は、もうどうしようもない事を悔やむ事じゃない。 ショボンの言った事を―――ショボンの願った事を代行してやる事だ。 もう敗けない。 この手で、“管理人”を倒してやる。 それが無力な自分に出来る、せめてもの恩返しだ。 (,,゚Д゚)「……ショボン。俺は、戦うよ。お前の分も、な」 彼の瞳に雫はない。あるのは、強く輝く光だけ。 握り締められた拳は、更に堅く。 この瞬間。 ギコは現実を認識し、そして乗り越えた。 生まれた決心は拳のように硬く、真実の意味で彼の力となるだろう。 だが彼は、気付かない。 もう一つの、認識しなければならない真実に。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 既にいくばくか暗くなっている橙色の夕陽が、街を照らす。 時計が指すのは、あと一時間もしない内にその夕日も沈むであろう時間だ。 “削除人”のホテルの屋上には、一つの人影。 彼は暗いオレンジの中に長く影を伸ばして、柵に掴まって街を見下ろしている。 ( ´ω`)「……お」 溜息。 自分の中の濃い靄を吐き出そうとして行ったそれは、しかし何も為してはくれなかった。 彼が想い、悩む事は二つ。 『ファーザー』と、ショボン。 クーに「お前はファーザーと似ている」と言われてから、彼は自分が不安定になっている事を感じていた。 クーの話を聞けば、ファーザーと自分は確かに似ていた。それも、尋常じゃなく。 ファーザーの発言、行動、思考方法。 全て、自分のものと似通った―――いや、同じだったのだ。 そう。言葉の最後に「お」と付けてしまう、この口癖までも。 ここまで同じでは、流石に不安になる。 ここまで同じで、「よく似た人がいたもんだな」では済まない。 ファーザーとは何者なのか。 自分は何者なのか。 ファーザーと自分の間には、何があるのか。 考えても、答えが出るはずもない。 それでも、考えられずにはいられない。 そしてそれらの思考に、ショボンの事が割り込んでくる。 もう何を考えれば良いのか―――何を考えているのかさえ分からなくなっていた。 ふと、眼をあげる。 夕日は既にほとんど消え失せ、空は闇に包まれていた。 遠く闇に浮かぶのは、白い月。 それを見てブーンは、“管理人”の基地に突入する前の、ショボンとの訓練を思い出した。 まったく勝てないショボンに、意地になって勝とうとした。 ショボンはアドバイスをしながら、しかし手加減はしないで自分達を鍛えた。 結局ショボンには勝てなかった。でも、その日の月が奇麗で、頑張ろうと想えた。 そう、まるでそれは今日の月のように真ん丸で、白く輝いた月だった。 ( ;ω;)「おっ……」 急に、涙が溢れ出した。 涙腺が我慢しきれなかったのかもしれない。 滲む眼で、自分の手を見つめる。 この手で掴んだはずのモノは、ことごとくこの手から零れ落ちて行ってしまった。 平凡だけど、楽しくて仕方がなかった毎日。 人間としての自分。それと引き換えに手にした力で護ろうとした人々。 自分の道しるべであり、仲間であったショボン。 全て、失ってしまった。 辛かった。 悲しかった。苦しかった。 痛かった。憎かった。寂しかった。 会いたかった。 垂れそうになった鼻水をすすり、ブーンは涙を拭う。 丁度その時。 屋上のドアが、開いた。 そこから現れたのは――― ξ゚△゚)ξ「……ブーン?」 “削除人”、ツンだった。 ツンはブーンの存在を確認すると、ゆっくりとブーンに歩み寄っていく。 そして彼の目の前まで来ると、眉根を寄せて首を傾げた。 ξ゚△゚)ξ「……もしかして、泣いてたの?」 (;^ω^)「ちっ、違うお。泣いてなんか、ないお」 ξ゚-゚)ξ「……そう」 頷いて、ブーンは柵によりかかるようにしてツンの方を向いた。 (;^ω^)「何だお? 何か用かお?」 ξ゚△゚)ξ「いや、特にはないわ。でも」 ( ^ω^)「お?」 ξ゚△゚)ξ「……何だかずっと、辛そうだったから」 呟く彼女の声は、どこまでも優しい。 その優しさにブーンは、張っていた虚勢が消え失せるのを感じた。 (;´ω`)「お……」 ξ゚△゚)ξ「姉さんから、ファーザーの話を聞いたんでしょ? そりゃあ、元気もなくなるわよね」 彼女の瞳は、真っ直ぐにブーンを見つめる。 薄暗闇の中で、しかしその瞳には光が満ちていた。 ξ゚△゚)ξ「ある日突然、『あなたはあなたでなく、他の誰かかもしれない』なんて言われて、不安にならない人はいないよね」 ( ´ω`)「僕は……どうすれば良いんだお? 僕は、何者だお? ファーザーは……」 ξ゚△゚)ξ「ブーン」 ブーンの言葉を遮って、ツンは言う。 あまりにも力強く、そして優しい声で。 ξ゚△゚)ξ「何もする必要なんてないわ。あなたは、あなたよ。他の誰でもない。 あなたはファーザーではないわ。あなたは、ブーンよ」 (; ω )「――――――ッ」 言葉が喉に詰まって、出てこなかった。 その代わりに涙が出そうになって、必死で抑え込む。 『あなたは、あなたよ。他の誰でもない』 それは彼が今、最も欲していた言葉だった。 自分で自分を肯定するのは、限りなく難しい。 だが他人に自分を肯定してもらえれば、それだけでずっと楽になれた。 ξ゚△゚)ξ「……姉さんはね、あなたに希望を持っているだけなの。 強くて優しかったファーザーに少なからず似ている、あなたに」 言いつつ彼女はブーンの隣に移動し、彼と同じように柵に寄りかかる。 ξ゚△゚)ξ「希望を持ち過ぎるがあまり、あなたを追い詰めるような言い方になっちゃったみたいね。 でも、姉さんにそんなつもりはなかったの。分かってあげて。 ……姉さんも今、少し不安定なのよ。クックルさんを失ったばかりだから」 ( ^ω^)「お。分かってるお……でも」 ξ゚△゚)ξ「でも?」 ( ´ω`)「本当に僕は、ファーザーと何も関わりがないのかお? 口癖まで同じで、何も関係がないっていうのはありうるのかお? 僕は、ファーザーとの間に何もないとは思えないんだお」 ξ゚△゚)ξ「歴史上には、何人もそういう人達がいたわ。 それでも、やっぱり自分とファーザーは無関係じゃないと思う?」 ( ´ω`)「……正直、思うお」 ξ゚△゚)ξ「だったら、関係があるかどうか調べれば良いわ」 彼女は考えるように顎に手を当てる。 それから何度か頷くと、再度口を開いた。 ξ゚△゚)ξ「現状で、ファーザーの情報を持っているのは、私達を除けばモララーしかいないわ。 モララーはファーザーについて少なからず知っているはずよ。 ファーザーは最期、モララーに何か話していたしね」 (;´ω`)「って事は……」 ξ゚△゚)ξ「そう。ファーザーの事を知りたいのなら、モララーのところまで辿り着かなきゃいけないの。 そこまで辿り着かないと、知る事すら出来ないよ」 ( ´ω`)「……そうかお」 ξ゚△゚)ξ「まだ浮かない顔してるのね」 ( ´ω`)「…………………」 ξ゚△゚)ξ「ショボンの事?」 ( ´ω`)「お」 ξ゚△゚)ξ「悲しいの?」 ( ´ω`)「…………………」 ξ゚△゚)ξ「悔しいの? 寂しいの? 」 ( ´ω`)「分からないんだお。全部そうなんだけど、どれもしっくり来ないんだお。 もう色々な何かがごちゃごちゃに混ざり合って、ただ漠然と辛いんだお。苦しいんだお」 ξ゚△゚)ξ「……混乱しちゃってるみたいね」 呟いて、彼女は柵から離れる。 そして、真正面からブーンと正対した。 ξ゚△゚)ξ「ねぇブーン。あなたは、ショボンが好きだった?」 ( ´ω`)「お。好きだったお。だから……」 ξ゚△゚)ξ「だから、辛いのよね」 ( ´ω`)「お」 ξ゚△゚)ξ「じゃあブーン。ショボンは、何で死んじゃったんだと思う?」 ( ´ω`)「僕達が弱かったからだお。弱かった僕達を護る為に……だお」 ξ゚△゚)ξ「じゃあ何で彼はあなた達を護ったんだと思う?」 ( ´ω`)「……分からないお」 ξ゚△゚)ξ「なら、教えてあげる。ショボンは、あなた達が好きだったからよ」 (;´ω`)「……!?」 ξ゚△゚)ξ「考えてみれば分かるでしょ? 好きでもない人の為に命を棄てる筈がないじゃない。 あなた達が好きだから、好きなあなた達に死なれたくないから、彼はあなた達を護ったんだよ。 自分の命と引き換えに護りたいくらいに、彼はあなた達が好きだったんだよ」 (;´ω`)「ショボン……」 思えば、そうだ。 彼が僕達を好きでなければ、僕達を護る必要なんてなかったんだ。 そう思うと、不意に、我慢した筈の涙が溢れ出した。 ( ;ω;)「ショボン……!!」 ただの通りすがりだったのに、プギャーから僕を救ってくれた。 何も分からず、異能者という自分の運命に混乱していた僕に、手を差し伸べてくれた。 気付けばいつも、僕達の傍にいた。 戦う事を決意した僕達を、快く歓迎してくれた。 自分が傷付く事も厭わず、僕達を鍛えてくれた。死なないように。 自分が死ぬ事も構わず、僕達を助けてくれた。自分は死んでしまうのに。 そして残ったのは、僕達の命だ。 思い出せば、短い期間だというのに色々な事が脳に浮かんだ。 彼の表情の一つ一つ、動作の一つ一つ、言葉の一つ一つまで鮮明に思い出せる。 最初から最後まで、僕達を護っていてくれていたんだ。 涙が、止まらない。 嗚咽も、蘇る思い出も。 止める気も、ない。 この涙は、心地良かった。 ただ全てを出し尽くしてしまえば良い。 そうすれば、きっとまた歩き出せるから。 ―――しばらくすると、ブーンも泣くのを辞めた。 まだ表情は暗いが、しかしもう彼の心中に暗雲はない。 ξ゚△゚)ξ「ほら、元気出して」 ( ´ω`)「お?」 ξ゚△゚)ξ「ショボンはあなた達が好きだったんだよ? 好きな人が悲しんでたら、それこそショボンは悲しいと思うよ」 (;´ω`)「おっ……」 ξ゚△゚)ξ「あなたはショボンが好きなんでしょ? なら、彼が喜ぶ事をしてあげなさいよ。 彼は悲しんでるあなたを見て喜ぶ? 喜ばないでしょ? じゃあ彼はどうすれば喜ぶと思う? 生前に、彼が望んでいた事は何?」 (;´ω`)「“管理人”を、止める事だお」 その言葉に、ツンは口角を持ち上げる。 ξ゚ー゚)ξ「ほら。やる事、分かったじゃない」 (;´ω`)「お?」 ξ゚ー゚)ξ「“管理人”を止める。そうすれば、モララーのところにも辿り着ける。 モララーのところに辿り着けば、ファーザーの話も聞ける。 あなたが望んでいる事、しなきゃいけない事が一致したじゃない」 (;´ω`)「あ……」 ξ゚△゚)ξ「さて! ほら、元気出しなさいよ!」 (;´ω`)「おっ!?」 ξ゚△゚)ξ「ショボンが望むのは、自分が護った命が一生懸命に生きてくれる事だとは思わないの!? そんなしょぼくれた顔じゃ、ショボンも情けなく感じちゃうよ!」 (;´ω`)「おっ……!」 ξ゚△゚)ξ「ほら! 顔に気合い入れて! 笑って!!」 (;´ω`)「おっ……」 (;´ω`) グググ (;^ω^) ニ、ニコッ ξ゚ー゚)ξ「よしっ!」 (;^ω^)「おー」 そこでブーンが抱くのは、「不思議な子だな」という感想。 初の戦闘では、冷徹さを必死に演じたか弱い女の子だと思ったのに、 今となっては自分が慰められて、実際、こうしてかなり元気付けられている自分がいた。 共同戦線を張ると決めたとは言え、元は敵だ。 そんな相手が悲しんでるからと言って、ここまで必死に元気付けてやる子も珍しい。 ( ^ω^)「ツン」 ξ゚△゚)ξ「ん?」 ( ^ω^)「ありがとうだお。君のおかげで、元気が出たお」 ξ;///)ξ「なっ……」 ( ^ω^)「お?」 ξ;///)ξ「ば、馬鹿じゃないの! 元気付けてやろうと思ったわけじゃないわよ! めそめそしたのが近くにいるとイライラするからこうしただけであって……っ!」 (;^ω^)「お、お? いきなりどうしたんだお?」 ξ;///)ξ「う、うるさいわよ! 何でもないわよ! あー、無駄に話して疲れちゃったわ! もう元気になったみたいだから、私は行くからねっ!」 そう大声でまくしたてると、ツンは早足でドアの方へと歩き始めてしまう。 その背に向かって、ブーンは言った。 ( ^ω^)「……本当に、ありがとうだお。ツン」 その言葉に、ツンは足を止めて首だけで振り返る。 その頬はうっすらと紅潮していた。 ξ*゚△゚)ξ「ん。そんな事よりも、あんたも早く休んだ方が良いわよ。 まだ体の疲労は消えきってないんだから、風邪引くわよ」 ( ^ω^)「おっ、分かったお。すぐ戻るようにするお」 彼が笑顔で頷くと、それに返すようにツンも柔らかな笑みを浮かべる。 ブーンは内心、その笑みの可愛らしさに驚いた。 ξ*゚ー゚)ξ「……そう言えば、言い忘れてた事があったわ。 “管理人”のところから逃げる時、助けてくれてありがと。 じゃあ、おやすみ。また明日」 ひらひらと手を振って、彼女はドアから出て行った。 ブーンはしばらく沈黙してから、ふいに言った。 ( ^ω^)「……ありがとうってのは、僕のセリフだお」 それから彼は少しだけ苦笑いを浮かべ ( ^ω^)「……それにしても、可愛い顔してんじゃねーかお。 いつもあんな顔してれば良いのに。勿体無いお」 ぶつぶつと呟いて、彼は空を見上げる。 話している内にかなりの時間が経過していたのか、白く輝く月は真上にあった。 ショボンとの訓練の時と同じような、美しい月。 もう、月を見ても悲しくはならなかった。 少しだけ、寂しいような気持ちはあるけれど。 ( ^ω^)「ショボン」 月に向けて、言葉を紡ぐ。 そこにいるであろう彼に、届くようにと祈りながら。 ( ^ω^)「心配かけてごめんお。もう、大丈夫だお。頑張れるお。 ショボンの想いは、僕達がやり遂げて見せるお。そこで見ててくれお」 言葉を終えるのと同時に、拳を振り上げた。 もう、何も離さない。何も失わない。 もう十分失った。これ以上失うなんてまっぴらだ。 強くなってやる。全てに打ち勝ってやる。 この手に握ったものは、もう何も失ってやるもんか。 白く輝く美しい月の下。 月の色に似た白銀の足を操る彼は、道を見付けた。 その力強き異形の足は、その道を歩む。 もう、その足は止まらない。迷う事もない。 失ったものの為に、もう失わない事を決めた彼に、そんな事はありえない。 ただ進み、勝利を勝ち取るのみ。 それまでその足は、歩みを止める事はない。 ブーンはもう、止まらない。迷わない。 戻る 目次 次へ ジャンル別一覧
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