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LOYAL STRAIT FLASH ♪

三十六章一

8 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:03:46.79 ID:1QNzQ3On0

三十六章 交錯


研究所の風貌を持った、管理人の基地。
そのホールに、ハインの咆哮が響き渡った。
次いで地面を蹴る音。

それから甲高い金属音が響き渡るまでには、一瞬の時間も必要なかった。
音の出所は、彼ら自身―――その身に宿す異形同士がぶつかった音だ。

从#゚∀从「っちぃ……!」

凄まじい威力を乗せた拳を防御され、しかしハインは―――

从#゚∀从「っづぁああぁあぁっ!!」

停滞しない。

間を置かず、残像しか残らない異形の拳を連打。
それを両足で何とか受けているのは、兄者だ。


9 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:06:19.44 ID:1QNzQ3On0

( ´_ゝ`)(……速い……ッ!)

焦りを顔に浮かべる事こそしないが、兄者はギリギリだった。
足で捌ける攻撃には、限界があった。

その攻撃がハインのものであるから、その限界は尚更に近いものだった。

しかし手で受けようとするものなら、ただの一撃で手は破壊されてしまうだろう。
よって足でしか攻撃は受けられず、兄者はじわじわと追い詰められていた。

( ´_ゝ`)「くっ!」

繰り出されたハインの拳を足場に、跳び上がる。
流石のハインでも、両足が異形である異能者・兄者の跳躍には追いつけない。

上空にて、兄者は地上のハインを見据える。
完全に優位に立ったとは言え、これも一時の間のみだ。
地に降りれば、再び彼女の猛攻に身を晒す事になる。


11 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:09:01.62 ID:1QNzQ3On0

( ´_ゝ`)「その前に―――決めるッ!!」

上空で、足を振るった。
その振りから一瞬遅れて、不可視の風の刃が地面に撃ち放たれる。

それも、一発ではない。
連続で、だ。

( ´_ゝ`)「はぁぁぁっ!」

バランスの取れない中空で、兄者は足を振るい続けた。
だというのに、風の刃は寸分の乱れもなくハインに向かって空を奔る。

容赦ない、風の刃の雨。
不可視の、かつ無数であるそれは―――しかしハインを捉えられなかった。


13 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:12:00.79 ID:1QNzQ3On0

从#゚∀从「――――――ッ!」

ハインは兄者を見据えながら、疾走していた。
時折 走る軌道・速度を変えたり、異形の腕を振るったりしている。

その奇妙な動きこそ、風の刃から身を護る為の動きだった。

よく聴けば、彼女が腕を振るう度、何か物が砕けるような軽い音が聴こえる。
それは風の刃の断末魔だ。

(;´_ゝ`)「何故―――」

从#゚∀从「刃そのものは見えずとも、殺気が丸見えなんだよ」

(;´_ゝ`)「くっ!」

より速く、出来得る限りの全開で足を振るった。
風の刃はより巨大になり、より疾く、より鋭く降り注ぐ。

しかしそれでも―――


15 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:15:04.54 ID:1QNzQ3On0

从#゚∀从「もう終わりか?」

彼女の身に、大きな傷は付けられなかった。
見られるのはせいぜい、頬に浅く走る紅い一線のみ。

(;´_ゝ`)「何でこんな事が……!」

呟く兄者の身体は、高さ三メートルほどの位置にあった。
もはや高さの利は、ほぼない。

一瞬の後には、またもハインの猛攻の中に身を置かねばならない。
それも……今度は受けきれない。
そんな確信があった。

どうにかこちらのペースに引き込めないだろうか。
脳細胞をフルに活動しても、その答えは出ない。

攻撃を受ける瞬間に、カウンターとして足を振るえば?
無理だ。彼女の眼は、こちらを捉えきっている。
振るったところで意味はない。より大きな隙を晒すだけだ。

どうすれば。

―――それ以上、兄者に考える時間は与えられなかった。


16 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:17:28.42 ID:1QNzQ3On0

从#゚∀从「おかえり」

気付けば、そんな声が鼓膜を叩いていた。
足が地面と着こうか着かまいか、というところで、ハインは拳を引き絞っていた。

覚悟する。
全身に力を込め、少しでも衝撃を減少させられるように構えた。

そこにあったのは一瞬。
そしてハインの引き絞られた拳は―――しかし兄者を捉えなかった。

音が響く。
彼女は引き絞ったその拳を、背後に飛ばしていた。

从#゚∀从「よぅ、空気の弟者君。遅い奇襲だったな」

彼女の拳は、背後の弟者から放たれた拳を真正面から止めていた。
彼女は、そちらを見てもいない。

完全な死角からの攻撃を、彼女はいとも簡単に止めたのだ。


17 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:20:27.66 ID:1QNzQ3On0

(´<_` )「なッ―――」

从#゚∀从「ゲームオーバーだ。……二人とも、な」

呟き。
そして彼女は弟者の拳を掴むと、彼を振り回した。
まるで、得物のように。

そして彼の体は、兄者に強烈に叩きつけられる。
吹き飛んだ二人は、呻きをあげるだけで立ち上がらなかった。


从 ゚∀从「……終わりだ」

溜め息と共に吐き出した言葉。
そこに以前のような、戦闘に対する楽しそうな響きはなかった。

強いて言うなら、そこにあるのは焦っているような響きのみ。

( ・∀・)「お見事、だね」

言いつつ、瞳に剣呑な光を宿したハインに近付いて行く。
ハインは彼の事をちらりと睨むと、すぐに視線から外した。

モララーの身体から、未だに包帯やガーゼは消えていない。
少し数は減ったが、それだけだ。


20 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:23:24.65 ID:1QNzQ3On0

从 ゚∀从「お世辞は良い。さっさと、次の相手を用意しろ」

( ・∀・)「そうはいかない。今日の訓練はここまでだ」

从 ゚∀从「あ?」

( ・∀・)「総員、集まれ」

その声に、すぐに“管理人”のメンバーは彼の元に集まる。
流石兄弟も、呻きをあげつつだが集合に従った。

……その集合の中、つーの姿は、ない。

( ^Д^)「何でしょうか」

( ・∀・)「明日、ここに“削除人”が来るそうだ。
      ブーン達四人を連れて、な」

(;゚д゚ )「なっ!?」

(;^Д^)「明日……!?」

( ・∀・)「あぁ。明日、だ」


22 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:26:25.95 ID:1QNzQ3On0

从 ゚∀从「……どこからの情報だ? それは」

( ・∀・)「クソのような旧友からさ」

( ´_ゝ`)「……また、その人ですか」

从 ゚∀从「意味が分からねぇな。誰なんだ、そいつは。
      敵か? 味方か?」

( ・∀・)「敵であり、味方でもあるだろうね。
      意味が分からないのは、私も同じだよ」

从 ゚∀从「あ?」

( ・∀・)「ともかくも、だ。決戦は明日だ。
     各自、己のしたい事をしつつ身体を休めると良い」


23 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:27:00.29 ID:1QNzQ3On0

( ゚д゚ )「……その情報は信じられるのでしょうか?」

( ・∀・)「奴の事だ、真実だろう。
      それに、嘘だったとしても、構えておいて損はないだろう?」

( ゚д゚ )「確かに、そうですが」

( ・∀・)「そういう事だ。よって、解散。
      明日の配置は、以前話した通りだ。では」

言葉を残して、モララーはふっと消えた。
それから何秒かを置いて、他の面々も解散していく。

一分後には、ホールから全ての人影が消えていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


25 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:30:23.70 ID:1QNzQ3On0

从 ∀从「…………………」

ハインは暗く沈んだ面持ちで、とあるドアの前に立っていた。
ぶらりと力無く垂れ下った腕は、時折ドアノブを掴むような仕草を見せては、また力を失う。

从 ∀从「……つー」

溜め息混じりの言葉。
そこには明るさや力強さ―――以前の彼女の影はない。

それから数分。
彼女は諦めたかのように溜息を吐くと、ドアノブを掴んだ。

从 ゚∀从「待ってろよ」

呟いて、彼女はドアを開く。

最初に出迎えたのは、耳を塞ぎたくなる哄笑だった。

(*゚∀゚)「あっははははははは!! 今日も来たのォ!?
    健気だねぇ! オ・ネ・エ・チャ・ン!? ひゃっははははははは!!」

部屋にきんきんと響く笑い声をあげているのは、つーだ。


27 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:33:23.87 ID:1QNzQ3On0

その身体から、自由という自由は完全に奪われている。
両腕・両足は伸ばされた状態で壁に固定され、
全ての間接部はおろか、胴や首まで壁に固定されていた。

ほぼ完全なる拘束。
固定具はいかなる素材で出来ているのか、つーの力にビクともしない。
しかしハインは、まるで彼女に殴りつけられたような沈痛な表情を浮かべていた。

从 ∀从「ッ……るせぇ。その馬鹿みてぇな笑い声、辞めろ」

ハインは歯を食い縛ると、ドアを後ろ手に閉める。
そして鋭くつーを睨みつけて、両腕に力を込めた。

从 ゚∀从「……いい加減、つーの中に戻れよ。
      何度言えば分かる」

(*゚∀゚)「じゃああなたは、何度言えば分かるの?
     私は戻る気なんてさらさらないよ。ひゃははっ」

从#゚∀从「ッ……なら、つーはどうなる」

(*゚∀゚)「私が知るわけないでしょw
    私の中で孤独に発狂するか、二度と外に出られないまま寿命で死ぬんじゃない?」


28 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:36:22.58 ID:1QNzQ3On0

从#゚∀从「―――てめぇッ!!」

胸倉を掴み上げる。
つーは壁に固定されてる為に動かなかったが、それでもハインの怒気は十分に届いている筈だった。

肌がちりちりという痛みを起こし、そこに居るだけで圧迫感を感じるほどの凄まじい怒気。
しかし、それを目の前にしながら、つーは―――

(*゚∀゚)「何? 怒って、それでどうするつもりなの?」

邪悪に笑いつつ、言った。

(*゚∀゚)「どうせ、何も出来ないんでしょ?
    無力なくせに、強い振りをしないでくれない?」

从;゚∀从「ぐっ―――」

狼狽し、思わず手を離してしまうハイン。
その姿を見て、つーは悪意に満ちた笑い声をあげた。

満ちた悪意は溢れ出し、言葉となってハインを殴りつけて行く。


30 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:39:23.35 ID:1QNzQ3On0

(*゚∀゚)「あははっ! ひゃはははははっ!!
    強い強いお姉さんが、こんなにも無力だとはねぇ!!
    本当に、何にも出来ないじゃん! 良いのぉ!? つーちゃんの前で、そんなんでさ!!」

(*゚∀゚)「せめて粋がってみればァ!? もしかしてそれすらも出来ないの!?
    ビビッちゃってさ、みっともないとか思わないわけ!?
    姉としての誇りとか、ないの? だーっせぇな、おい!!」

从#゚∀从「……調子に乗んのも」

つーの言葉を遮るように、異音が鳴り響く。
それに応じて、彼女の両腕が変形を始めた。

从#゚∀从「いいかげんにしやがれッ!!」

咆哮。
それに応じるように、まもなくハインの両腕は橙の異形になった。

つーはそれを見て片眉を上げる。

(*゚∀゚)「へぇ、解放するんだ?
    解放して、どうするつもり?」


31 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:42:22.51 ID:1QNzQ3On0

(*゚∀゚)「抵抗出来ない私を殴るの? 殴っても意味がないのに?
    それとも、戦うの? 私の拘束を解いて?
    どうせ、勝てないのに?」

从#゚∀从「黙れ」

(*゚∀゚)「どうせ、脅しくらいしか出来ないんでしょ?
    “力”を解放したって、何も出来ない事には変わりないじゃん。
    殺す事も、どうせ出来やしないんでしょ?」

从 ∀从「……黙りやがれ」

(*゚∀゚)「おやおやぁ? 何か元気なくなっちゃったじゃん。
    どうしたの? いつも傍にいる妹代わりのつーちゃんがいなくて、寂しいの?
    それとも―――」


从# ∀从「黙れっつってんだーーーッ!!」


33 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:45:22.50 ID:1QNzQ3On0

眼にも止まらぬ鋭い踏み込み。
そしてハインは、異形の拳を―――躊躇なく撃ち込んだ。


鈍い破砕音

巻き込まれた壁の残骸が床に落ちる軽い響き

液体が床を叩く音

数瞬の後、それらの音が止んで、沈黙が部屋を支配する。
ハインの乱れた呼吸の音だけが、部屋の空気を乱していた。


从# ∀从「…………………」

彼女は荒い息をついて、床を睨みつけている。
撃ち放たれた彼女の拳は、つーの頭蓋―――その数センチ横の壁を粉々に粉砕していた。

内側に陥没した壁を見れば、彼女の拳がいかに凄まじい威力を誇っているのかが分かる。
その衝撃からか、飾られていた花瓶が倒れて水が零れていた。
崩れた壁から落ちた破片は、水溜まりに落ちて水を跳ね上げる。

停止した世界、静寂。
その中でつーは、笑みを崩す事も無く、先ほどの言葉の続きを口にした。


34 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:48:24.39 ID:1QNzQ3On0

(*゚∀゚)「―――怖いんじゃないの?
    自分の無力さを認めちゃうのが」

从 ∀从「……黙れ。猿轡嵌めんぞ」

(*゚∀゚)「ほら、やっぱり何にも出来ない。
    あなたは本当に無りょk―――」

そこで猿轡を噛まされ、つーは明瞭な言葉は発せなくなった。
しかし「ほれ見ろ」と言わんばかりのくぐもった笑い声は、高らかに響き渡る。

从 ∀从「……クソが」

呟き、もう一度壁を殴りつけた。
そして、つーに背を向ける。

从 ∀从「諦めねぇぞ。
      すぐに、てめぇを打ち負かしてやる。
      絶対に、だ。首洗って待ってやがれ」

言いながら、異形の腕を戻した。
そしてくぐもったつーの笑い声を背で受けつつ、ドアへと歩む。


36 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:51:22.67 ID:1QNzQ3On0

从 ∀从「じゃあな。また来るぜ、つー。
      ……待ってろよ。絶対に、救い出してやるから」

言い残して、部屋から出た。
後ろ手にドアを閉め、そして彼女は大きく舌打ちする。

強く握り締めた拳は軋みをあげ、血管を浮き立たせている。
掌には爪が深く食い込み、僅かに血が滲んでいた。

从 ∀从「ちくしょうッ……!!」

その声は、憤怒と悲嘆に満ちていた。

つーを乗っ取って返さない、殺人鬼への憤怒。
眼を覚まさず、表に出る事が出来ないつーへの悲嘆。

そして、何よりも。
殺人鬼を降伏させる事が出来ない、無力な自分への憤怒と悲嘆。

从 ∀从「何で私には……何も出来ねぇんだよッ!」

叫びは虚しく廊下を走り、そして響きを失う。
ハインは零れ落ちそうな涙を必死に堪え、顔を上げた。

そこには、モララーがいた。
否、忽然と現れていた。


38 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:54:27.77 ID:1QNzQ3On0

( ・∀・)「―――奴はどうだ? とは言ってもその様子を見る限り、結果は明らかだが」

从 ∀从「……あぁ、そうさ。全然ダメだよ。
      戻る兆しすら見せない。やっぱあいつが戻る気にならねぇと、どうしようもねぇんだ。
      そんで、その気を起こすのは相当に難しいと来た」

( ・∀・)「そうか」

短く応えると、彼はつーの部屋のドアノブに手をかける。

从 ∀从「何を?」

( ・∀・)「明日の話をする。彼女には“管理人”として動いてもらわねばならん」

从;゚∀从「なッ……何を言ってんだ、あんた。
     あんな状態のつーに、そんな事を任せられるわけg」

( ・∀・)「ハイン」

从 ゚∀从「……んだよ」

( ・∀・)「私が“管理人”のリーダーだ。
      そして彼女は中身が変わったとは言え、“管理人”のメンバーだ。
      彼女の扱いは、私が決める」

その声に、ハインは下唇を噛み締めた。
モララーの声に、反抗を許さないような響きがあった為である。


39 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 22:57:28.88 ID:1QNzQ3On0

( ・∀・)「お前は、自身の事を考えていろ。決戦は明日だ。
      頭が働きそうにないのなら、楽器でも弾いていろ。それか動き回る事だな。
      ともかくも、つーの事ばかりを考えているのはよしておけ」

从 ∀从「あぁ」

( ・∀・)「行け。お前はここに留まっていてはいけない」

从 ∀从「……あぁ」

足を引き摺るようにして、つーの部屋から離れようとするハイン。
その背に、モララーの声がかかった。

( ・∀・)「安心しろ、悪いようにはしない。
      私だってつーの仲間だ、想う事がないわけではない。
      しかしこのままでは、お前が先に壊れてしまう。少しだけ、気を抜け」

その声にハインが返す前に、モララーは部屋に入って行ってしまう。
ハインは大きく溜め息を吐くと、己の部屋に向かった。

その足取りは重く、驚くほどに遅い。
それは混沌とした思考のせいであって、そしてその思考の全てはつーの事だった。

从 ∀从「私は……つーも救えないのか?」

その呟きと同時、鈍い痛みが額に走る。
顔を上げると、そこには壁。


41 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:00:26.62 ID:1QNzQ3On0

从; ∀从「……壁にも気付けないとは……本当に、ダメだな。これじゃ」

頭をぶんぶんと振って、歩みを進めた。
しかし暗い考えは飛ぶ事無く、粘り気を持って全身に纏わりつく。

やがて部屋の前に着くと、彼女は溜め息を吐いた。
それから鋭く息を吸うと、死んでいた眼に力を込める。

从 ゚∀从「そうだ、こんなんじゃダメだ。
     ―――強くならねぇと。もっと、もっと」

扉を開くと、様々な色が眼に飛び込んできた。

黒と銀の刃で構成される大鋏。
グランドピアノ。
多種、そして多色のギター。

彼女は自分の部屋が好きだった。
床も、壁も、天井も雪色のこの施設では、鮮やかな色を見る事は少ない。

だからこの部屋に来ると、何だか落ち着くような、それでいて晴れるような気持ちになるからだ。

从 ゚∀从「ん?」

部屋を眺めていたハインの視線が、一点で止まった。
そこにあるのは、オレンジ色のソファに、ミニテーブル。


42 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:03:21.97 ID:1QNzQ3On0

視線が止まったのは、ミニテーブルの上に二本のペットボトルがあったからだ。
そしてそれは、ハインがいつも好んで飲んでいるレモンティだった。

从 ゚∀从「……レモンティ?」

ミニテーブルに歩み寄り、一本を手に取る。
それから首を傾げて、眉根を寄せた。

从 ゚∀从「誰が?」

彼女の飲み忘れ、という事はありえない。
レモンティが手元にあれば、それはすぐに彼女に飲み干される。
残してある、なんて事象はあり得ない。

从 ゚∀从「ん」

そこで。
テーブルに置いたままの一本の下に、紙が挟んであるのを発見した。

从 ゚∀从「何だ、こりゃ」

言いつつ、それを手に取った。
そこにあるのは、流れるような美しい字。

「これでも飲んで、元気を出すと良い。
 お前が沈んでいては、救えるものも救えなくなってしまうぞ」

その字は、モララーのものだった。


44 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:06:26.41 ID:1QNzQ3On0

ハインはそれを読んで、口元を僅かに歪ませる。
  _, ,_
从 ゚∀从「……あんにゃろう」

眉根を寄せて、しかし口元は笑みの形のまま、彼女は呟いた。
  _, ,_
从 ゚∀从「出来ない心遣いをしようとしてんじゃねぇよ。
      本当に不器用だな、ったく」

言いつつ、ペットボトルを開ける。
そして言葉とは裏腹、嬉しそうに、透き通った黄色の液体に口を付けた。

爽やかなレモンの香りが鼻から抜けて、眼を細める。
舌を撫でる紅茶の風味は、これも爽やかに舌を撫でて喉を滑り降りて行った。

从 -∀从「…………………」

半分ほどを喉に一気に流し込むと、彼女は眼を閉じる。
そして眼が開くと―――

从 ゚∀从「ふぅっ……!」

そこには、ほんの少しだけ光と強さが戻っていた。


45 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:09:25.48 ID:1QNzQ3On0

从 ゚∀从「なるほど、これには感謝しなきゃなんねぇな。
     ほんーのちょびっととは言え、元気が出たぞ」

そこで、もう一度ペットボトルを口に運んだ。

そして数秒。
その中身は、すっかり空になった。

容器を勢い良くミニテーブルに叩きつけて、そして、彼女は不敵に笑う。
その笑みはやはりいつもの彼女よりは弱々しく、どこか耐えているようにも映る。

―――だが先ほどまでの表情とは、まるで別人だ。

从 ゚∀从「ありがとよ、モララー」

口調だけは吐き捨てるように言って、彼女はソファに座り込んだ。

そして、思考する。
少しだけ明瞭になった今の頭なら、多少はマシな考えが浮かぶ気がしたからだ。


今はつーを戻す方法はない。
まだ勝てない上に、行動を起こす為の時間がなさすぎる。

となると、何かをどうにか出来るようになるのは、明日の決戦を終えてからだ。


49 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:12:53.72 ID:1QNzQ3On0

それから自分は力を貯え、つーの皮を被った殺人狂を屈伏させる。
時間がかかっても、どんな方法を使ってでも。
それしか、つーを助け出せる方法はないのだから。

从 ゚∀从「なら一先ず、明日は勝たねぇといけねぇわけだ」

どうでも良い事のように、呟いた。
彼女にとって明日の戦闘は、つーの次でしかないようだ。

从 -∀从「……つー」

眼を閉じれば、彼女の顔が浮かぶ。
彼女との出会いや、妹の顔までも。

返り血に濡れた顔の中で、涙で輝いていた瞳。
その輝きはひどく不安定で、弱いものだった。
まるでそれは、自分に助けを求めてきた時の妹のように。


50 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:13:09.95 ID:1QNzQ3On0

だから、護りたいと思った。
護れなかった妹の代わりに、今度こそ。

きっと彼女は今、殺人狂の中で泣いているのだろう。
出会った時のような、あんな顔をしているのだろう。

从 ゚∀从「護って、やるからな」

呟いて、拳を握り締めた。

この手で、救い出すんだ。
あの狂った悪魔の中から、つーを。
最愛の妹を。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


51 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:16:23.89 ID:1QNzQ3On0

極端に調度品が少ない部屋。
ベッドとテーブルしかないその部屋は、丁度ハインの部屋と対になるように色が極端に少なかった。
部屋を見渡しても、ほとんど眼に入るのは白だ。

だから黒いスーツを着た彼は、その部屋ではどこか浮いているようだった。

( ゚д゚ )「……お前が淹れるコーヒーは美味い」

ぼそりと呟かれた言葉。
それに応えるは、どこか自慢気な笑い声だ。

( ^Д^)「まぁな。練習したし、それなりのものは淹れられるつもりだぜ?
     ちなみに、コーヒーだけでなく、紅茶もな」

( ゚д゚ )「……何で練習なんぞを?」

( ^Д^)「モララーさんがコーヒー好きだから、かな。
     最近はめっきり飲まなくなっちゃったけどな」

( ゚д゚ )「紅茶は?」

( ^Д^)「ハインさんだ」

(;゚д゚ )「あぁ……なるほど。分かった。もう言わなくて良いぞ」

( ^Д^)「……察してくれるか」


53 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:19:22.65 ID:1QNzQ3On0

(;゚д゚ )「あぁ。『私にも』だろ?」

( ^Д^)「その通り。おかげで、良いレモンティを作れるようになったよ、畜生。
     最近はペットボトルの方を飲んでくれて、助かるよ」

( ゚д゚ )「何でわざわざペットボトルのものを飲んでいるんだ、あの人は」

( ^Д^)「多く飲みたい時にお手軽なんだとよ。
     相当な量を作るとなると時間がかかるが、ペットボトルならそれがないからな」

( ゚д゚ )「……味より量か」

( ^Д^)「そうなんだろ。あの人らしいじゃないか」

( ゚д゚ )「確かに、そうだ」

言って、カップを口に運ぶ。
そして豊かな香気と良質な苦みに、眼を細めた。

一口分のコーヒーを嚥下して、吐息を漏らす。
プギャーはそれを見ると、僅かに口元を綻ばせた。

( ^Д^)「美味そうに飲んでくれて、こちらとしても嬉しい限りだよ。
     ……それで? 今回は、何の話だ?」

( ゚д゚ )「何、身構えなくとも、大した事じゃないさ」


54 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:22:25.13 ID:1QNzQ3On0

カップを置いて、彼はプギャーを見据える。
射抜くようなその視線に、プギャーは苦笑した。

( ^Д^)「いつのまにか、その視線にも慣れちまったなぁ。
     で、何だ?」

( ゚д゚ )「お前の今の心境を、聞いてみたくてな。
     決戦を控えた今、お前はどんな想いを抱いているのか、と」

( ^Д^)「……つまるところ、それは」

( ゚д゚ )「あぁ。『ちょっと話しに来ただけ』だ。いつも通り、だな」

(;^Д^)「なら最初からそう言えよ」

( ゚д゚ )「格好付けてみたかったのさ。
    で、お前は今、何を想っている?」

( ^Д^)「うーん……そうだな。
     特に何も思ってないかもしれない」

( ゚д゚ )「むぅ。……やはり、か」

( ^Д^)「お前もだろ?」

( ゚д゚ )「……まぁ、概ねそうだが」


56 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:25:26.18 ID:1QNzQ3On0

( ^Д^)「そんなもんだろ。今までの戦いと、同じだ。
     俺はモララーさんの為に命を賭けて戦うだけだ」

( ^Д^)「……つっても、ま、今回ばかりはちーっと気合い入ってるけどよ」

言って、プギャーは左腕に眼を落とした。
その視線は、自信と気概に満ちている。

( ^Д^)「今までと違って、今の俺には“力”がある。
     モララーさんを護れるだけの―――少なくとも、奴らに軽くあしらわれる事はない“力”が」

( ゚д゚ )「なるほど。確かに、その想いは私にもあるかもしれない。
    望む“力”を手に入れた今、『今度こそ仕留める』と言った類の思考がある」

( ^Д^)「へぇ、お前もそんな熱い事を想うもんなんだな」

( ゚д゚ )「……らしくないか?」

( ^Д^)「んー……」

プギャーは眼を閉じると、顎に手を当てた。
その体勢は、彼が考える時の癖だ。

数秒後にその眼が開かれるとの同時、彼の口も開く。


58 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:28:28.84 ID:1QNzQ3On0

( ^Д^)「一瞬らしくないかとも思ったが……。
     そうでもないかもしれねぇ」

( ゚д゚ )「そうか。何故だ?」

( ^Д^)「お前、時々熱い顔を見せるし。
     案外、熱い“素”ってもんを隠してるんじゃないかとなw」

その言葉に、ミンナの瞳に影が射した。
影は一瞬のもので、それが何に対してのものだったのかは計れない。

( ゚д゚ )「……そうか。面白い考察だな」

( ^Д^)「お? そうか?」

( ゚д゚ )「あぁ」

応えて、彼はコーヒーを口に運んだ。
そして残るコーヒーを流し込むと、静かに息をつく。

( ゚д゚ )「さて」

立ち上がる。
それを見て、プギャーは首を傾げた。

( ^Д^)「お? もう行くのか?」


60 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:31:24.96 ID:1QNzQ3On0

( ゚д゚ )「あぁ。少しばかり、準備があってな。
    美味いコーヒーをありがとう。また、飲ませてくれ」

( ^Д^)「おう、じゃあな」

笑顔で軽く手を振るプギャーに小さな頷きで返して、ミンナは足早に部屋を出て行く。

プギャーはそれを眼で追いつつ、自分の分のコーヒーに口を付けた。
そして、眉根を寄せる。

それはコーヒーの苦さからではない。

( ^Д^)「あいつ、何か重い事考えてんな」

『美味い』と称賛されたコーヒーを、味わう事もなく一気に流し込んで、プギャーは呟いた。

( ^Д^)「大丈夫なのかね……?
     まぁ、今はそこまで考え込んでるようじゃあなかったが」

( ^Д^)「……あとで、もっかい話しに行ってみるか。
     少し、休んだ後にでも」

言葉を終えるのと同時、プギャーはベッドに倒れ込む。
そして「ふぅ」と息を吐くと、どこか茫とした眼で天井を見詰めた。

心の中は、妙にすっきりしていた。
真の“力”を得たからかもしれない。
以前にはない、満たされたような感覚があった。


63 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:34:21.11 ID:1QNzQ3On0

( ^Д^)「よっ……」

左腕を掲げた。
数日前までは、“力”はそこにしか存在していなかったのだと、今更想う。
そしてその“力”も、今では考えられないほど脆弱なものだったのだ、と。

( ^Д^)「ようやく……役に立てる」

自信を持てるだけの“力”は得た。
この“力”があれば、誰にも―――“削除人”や“管理人”の誰と戦ったとしても敗ける気がしない。
例え、クーやフサ、ハインと戦ったとしてもだ。

( ^Д^)「みんなの役に―――モララーさんの役に立てる。
     もう、足手まといじゃない」

今まで、ずっと迷惑ばかりかけてきた。
自分が無力であったばかりに。


64 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:34:42.37 ID:1QNzQ3On0

もう、無力じゃない。
戦える。今までの恩を、返す事が出来る。
それは純粋に嬉しい事だった。

特に、モララーに関しては。

幼い頃から護ってくれていた存在を、今度は護る事が出来る。
モララーの願いを達成する為に、役立てるだけの“力”がある。

( ^Д^)「……ぶっ潰してやるよ、“削除人”。
     モララーさんの為に、俺のこの手で」

自信満々に、言った。


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65 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:37:31.84 ID:1QNzQ3On0

( ゚д゚ )「…………………」

自室。
ミンナはただ、椅子に腰掛けていた。
虚ろとも言える眼は眼の前を凝視している。

が、それだけだった。
特に何をしているでもなく、また、何をしようとしているわけでもない。
ただ椅子に座って、ただぼんやりと壁を見詰めているだけ。

( ゚д゚ )「明日、か……」

不意に漏らした声は、虚ろで不安定だった。
その響きに、彼は自分自身で驚いてしまう。

( ゚д゚ )「……何故私は、こんなにも揺らいでいる?」

モララーに『明日だ』と聞いてから、彼の胸中には深い靄が立ち込めていた。

すっきりしない。何か不安な感覚がある。
だがその理由が分からない。
だから余計にすっきりしなくなって、ついぼーっとなってしまう。


68 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:40:23.47 ID:1QNzQ3On0

( ゚д゚ )「何が私をこうしている?
    明日の戦闘が何だと言うんだ?
    何の不安も、問題もないじゃないか」

( ゚д゚ )「それどころか、期待に胸を膨らませても良い筈じゃないか。
    目障りな“削除人”どもを消す事が出来るんだ。
    それだけじゃあない。明日の戦闘が終われば、人間を蹂躙出来ると言うのn―――」

そこで、言葉が詰まった。

ミンナの眉根が、寄せられる。
瞳は不安定に揺れ、光を失っていった。

( ゚д゚ )「何故だ。何故私は……」

胸を抑える。
心が締め付けられるような感覚が、そこにはあった。

( ゚д゚ )「こんな感覚は覚えない筈だ。何故だ。
    私は人間をこんなにも憎んでいるじゃないか。
    それなのに、何故喜べない? 何故、奮い立たない?」

( ゚д゚ )「ずっと、人間を憎んできたじゃないか。
    全ての人間を同じ目に合わせてやろうと決めたじゃないか。
    人間という生物に絶望した、あの時。あの場所で……」

言葉は少しずつ小さくなって、消えて行った。


74 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:42:22.39 ID:1QNzQ3On0

そしてその代わりのように、ミンナの瞳は大きく見開かれる。
どこか驚いたような、しかしその内容を認めたくないような、そんな表情だ。

( ゚д゚ )「……ありえない」

首を横に振った。
最初は軽く、しかし段々と強く。

( ゚д゚ )「ありえない……!!」

立ち上がった。
しかし立ち眩みか、すぐにその場に膝を着く。

肘も床に着け、手で頭を抑えつけた。
そして床を睨みつけるように―――床に僅かに映り込んだ自分を睨みつけるように、眼を剥く。

( ゚д゚ )「憎んでいないなんて、ありえない!
    私が人間を憎んでいないなんて、私が―――アイツを憎んでいないなんて!!
    憎んでいた筈だ! 人間を、アイツを!!」


78 : ◆tAdHw/rYVY :2008/02/21(木) 23:44:23.70 ID:1QNzQ3On0

( ゚д゚ )「アイツが私の人生を台無しにした!
    アイツが私をこちらの世界へ迫害した!!
    私が助けたというのに、アイツは―――!!」

そこで声を詰まらせ、ミンナは低く呻いた。
そして、突然倒れ込む。

興奮のしすぎで、酸欠でも起こしたのだろうか。
その瞳は暗く虚ろで―――しかし憤怒と悲愴、そして寂寥に満ちていた。

( д )「ありえない!!
    私は、憎んでいるんだ!!
    人間を、そしてアイツを!!」

倒れつつ、叫んだ。
その響きはあまりにも虚ろで、惨めだった。


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