三十六章一三十六章 交錯 研究所の風貌を持った、管理人の基地。 そのホールに、ハインの咆哮が響き渡った。 次いで地面を蹴る音。 それから甲高い金属音が響き渡るまでには、一瞬の時間も必要なかった。 音の出所は、彼ら自身―――その身に宿す異形同士がぶつかった音だ。 从#゚∀从「っちぃ……!」 凄まじい威力を乗せた拳を防御され、しかしハインは――― 从#゚∀从「っづぁああぁあぁっ!!」 停滞しない。 間を置かず、残像しか残らない異形の拳を連打。 それを両足で何とか受けているのは、兄者だ。 ( ´_ゝ`)(……速い……ッ!) 焦りを顔に浮かべる事こそしないが、兄者はギリギリだった。 足で捌ける攻撃には、限界があった。 その攻撃がハインのものであるから、その限界は尚更に近いものだった。 しかし手で受けようとするものなら、ただの一撃で手は破壊されてしまうだろう。 よって足でしか攻撃は受けられず、兄者はじわじわと追い詰められていた。 ( ´_ゝ`)「くっ!」 繰り出されたハインの拳を足場に、跳び上がる。 流石のハインでも、両足が異形である異能者・兄者の跳躍には追いつけない。 上空にて、兄者は地上のハインを見据える。 完全に優位に立ったとは言え、これも一時の間のみだ。 地に降りれば、再び彼女の猛攻に身を晒す事になる。 ( ´_ゝ`)「その前に―――決めるッ!!」 上空で、足を振るった。 その振りから一瞬遅れて、不可視の風の刃が地面に撃ち放たれる。 それも、一発ではない。 連続で、だ。 ( ´_ゝ`)「はぁぁぁっ!」 バランスの取れない中空で、兄者は足を振るい続けた。 だというのに、風の刃は寸分の乱れもなくハインに向かって空を奔る。 容赦ない、風の刃の雨。 不可視の、かつ無数であるそれは―――しかしハインを捉えられなかった。 从#゚∀从「――――――ッ!」 ハインは兄者を見据えながら、疾走していた。 時折 走る軌道・速度を変えたり、異形の腕を振るったりしている。 その奇妙な動きこそ、風の刃から身を護る為の動きだった。 よく聴けば、彼女が腕を振るう度、何か物が砕けるような軽い音が聴こえる。 それは風の刃の断末魔だ。 (;´_ゝ`)「何故―――」 从#゚∀从「刃そのものは見えずとも、殺気が丸見えなんだよ」 (;´_ゝ`)「くっ!」 より速く、出来得る限りの全開で足を振るった。 風の刃はより巨大になり、より疾く、より鋭く降り注ぐ。 しかしそれでも――― 从#゚∀从「もう終わりか?」 彼女の身に、大きな傷は付けられなかった。 見られるのはせいぜい、頬に浅く走る紅い一線のみ。 (;´_ゝ`)「何でこんな事が……!」 呟く兄者の身体は、高さ三メートルほどの位置にあった。 もはや高さの利は、ほぼない。 一瞬の後には、またもハインの猛攻の中に身を置かねばならない。 それも……今度は受けきれない。 そんな確信があった。 どうにかこちらのペースに引き込めないだろうか。 脳細胞をフルに活動しても、その答えは出ない。 攻撃を受ける瞬間に、カウンターとして足を振るえば? 無理だ。彼女の眼は、こちらを捉えきっている。 振るったところで意味はない。より大きな隙を晒すだけだ。 どうすれば。 ―――それ以上、兄者に考える時間は与えられなかった。 从#゚∀从「おかえり」 気付けば、そんな声が鼓膜を叩いていた。 足が地面と着こうか着かまいか、というところで、ハインは拳を引き絞っていた。 覚悟する。 全身に力を込め、少しでも衝撃を減少させられるように構えた。 そこにあったのは一瞬。 そしてハインの引き絞られた拳は―――しかし兄者を捉えなかった。 音が響く。 彼女は引き絞ったその拳を、背後に飛ばしていた。 从#゚∀从「よぅ、空気の弟者君。遅い奇襲だったな」 彼女の拳は、背後の弟者から放たれた拳を真正面から止めていた。 彼女は、そちらを見てもいない。 完全な死角からの攻撃を、彼女はいとも簡単に止めたのだ。 (´<_` )「なッ―――」 从#゚∀从「ゲームオーバーだ。……二人とも、な」 呟き。 そして彼女は弟者の拳を掴むと、彼を振り回した。 まるで、得物のように。 そして彼の体は、兄者に強烈に叩きつけられる。 吹き飛んだ二人は、呻きをあげるだけで立ち上がらなかった。 从 ゚∀从「……終わりだ」 溜め息と共に吐き出した言葉。 そこに以前のような、戦闘に対する楽しそうな響きはなかった。 強いて言うなら、そこにあるのは焦っているような響きのみ。 ( ・∀・)「お見事、だね」 言いつつ、瞳に剣呑な光を宿したハインに近付いて行く。 ハインは彼の事をちらりと睨むと、すぐに視線から外した。 モララーの身体から、未だに包帯やガーゼは消えていない。 少し数は減ったが、それだけだ。 从 ゚∀从「お世辞は良い。さっさと、次の相手を用意しろ」 ( ・∀・)「そうはいかない。今日の訓練はここまでだ」 从 ゚∀从「あ?」 ( ・∀・)「総員、集まれ」 その声に、すぐに“管理人”のメンバーは彼の元に集まる。 流石兄弟も、呻きをあげつつだが集合に従った。 ……その集合の中、つーの姿は、ない。 ( ^Д^)「何でしょうか」 ( ・∀・)「明日、ここに“削除人”が来るそうだ。 ブーン達四人を連れて、な」 (;゚д゚ )「なっ!?」 (;^Д^)「明日……!?」 ( ・∀・)「あぁ。明日、だ」 从 ゚∀从「……どこからの情報だ? それは」 ( ・∀・)「クソのような旧友からさ」 ( ´_ゝ`)「……また、その人ですか」 从 ゚∀从「意味が分からねぇな。誰なんだ、そいつは。 敵か? 味方か?」 ( ・∀・)「敵であり、味方でもあるだろうね。 意味が分からないのは、私も同じだよ」 从 ゚∀从「あ?」 ( ・∀・)「ともかくも、だ。決戦は明日だ。 各自、己のしたい事をしつつ身体を休めると良い」 ( ゚д゚ )「……その情報は信じられるのでしょうか?」 ( ・∀・)「奴の事だ、真実だろう。 それに、嘘だったとしても、構えておいて損はないだろう?」 ( ゚д゚ )「確かに、そうですが」 ( ・∀・)「そういう事だ。よって、解散。 明日の配置は、以前話した通りだ。では」 言葉を残して、モララーはふっと消えた。 それから何秒かを置いて、他の面々も解散していく。 一分後には、ホールから全ての人影が消えていた。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 从 ∀从「…………………」 ハインは暗く沈んだ面持ちで、とあるドアの前に立っていた。 ぶらりと力無く垂れ下った腕は、時折ドアノブを掴むような仕草を見せては、また力を失う。 从 ∀从「……つー」 溜め息混じりの言葉。 そこには明るさや力強さ―――以前の彼女の影はない。 それから数分。 彼女は諦めたかのように溜息を吐くと、ドアノブを掴んだ。 从 ゚∀从「待ってろよ」 呟いて、彼女はドアを開く。 最初に出迎えたのは、耳を塞ぎたくなる哄笑だった。 (*゚∀゚)「あっははははははは!! 今日も来たのォ!? 健気だねぇ! オ・ネ・エ・チャ・ン!? ひゃっははははははは!!」 部屋にきんきんと響く笑い声をあげているのは、つーだ。 その身体から、自由という自由は完全に奪われている。 両腕・両足は伸ばされた状態で壁に固定され、 全ての間接部はおろか、胴や首まで壁に固定されていた。 ほぼ完全なる拘束。 固定具はいかなる素材で出来ているのか、つーの力にビクともしない。 しかしハインは、まるで彼女に殴りつけられたような沈痛な表情を浮かべていた。 从 ∀从「ッ……るせぇ。その馬鹿みてぇな笑い声、辞めろ」 ハインは歯を食い縛ると、ドアを後ろ手に閉める。 そして鋭くつーを睨みつけて、両腕に力を込めた。 从 ゚∀从「……いい加減、つーの中に戻れよ。 何度言えば分かる」 (*゚∀゚)「じゃああなたは、何度言えば分かるの? 私は戻る気なんてさらさらないよ。ひゃははっ」 从#゚∀从「ッ……なら、つーはどうなる」 (*゚∀゚)「私が知るわけないでしょw 私の中で孤独に発狂するか、二度と外に出られないまま寿命で死ぬんじゃない?」 从#゚∀从「―――てめぇッ!!」 胸倉を掴み上げる。 つーは壁に固定されてる為に動かなかったが、それでもハインの怒気は十分に届いている筈だった。 肌がちりちりという痛みを起こし、そこに居るだけで圧迫感を感じるほどの凄まじい怒気。 しかし、それを目の前にしながら、つーは――― (*゚∀゚)「何? 怒って、それでどうするつもりなの?」 邪悪に笑いつつ、言った。 (*゚∀゚)「どうせ、何も出来ないんでしょ? 無力なくせに、強い振りをしないでくれない?」 从;゚∀从「ぐっ―――」 狼狽し、思わず手を離してしまうハイン。 その姿を見て、つーは悪意に満ちた笑い声をあげた。 満ちた悪意は溢れ出し、言葉となってハインを殴りつけて行く。 (*゚∀゚)「あははっ! ひゃはははははっ!! 強い強いお姉さんが、こんなにも無力だとはねぇ!! 本当に、何にも出来ないじゃん! 良いのぉ!? つーちゃんの前で、そんなんでさ!!」 (*゚∀゚)「せめて粋がってみればァ!? もしかしてそれすらも出来ないの!? ビビッちゃってさ、みっともないとか思わないわけ!? 姉としての誇りとか、ないの? だーっせぇな、おい!!」 从#゚∀从「……調子に乗んのも」 つーの言葉を遮るように、異音が鳴り響く。 それに応じて、彼女の両腕が変形を始めた。 从#゚∀从「いいかげんにしやがれッ!!」 咆哮。 それに応じるように、まもなくハインの両腕は橙の異形になった。 つーはそれを見て片眉を上げる。 (*゚∀゚)「へぇ、解放するんだ? 解放して、どうするつもり?」 (*゚∀゚)「抵抗出来ない私を殴るの? 殴っても意味がないのに? それとも、戦うの? 私の拘束を解いて? どうせ、勝てないのに?」 从#゚∀从「黙れ」 (*゚∀゚)「どうせ、脅しくらいしか出来ないんでしょ? “力”を解放したって、何も出来ない事には変わりないじゃん。 殺す事も、どうせ出来やしないんでしょ?」 从 ∀从「……黙りやがれ」 (*゚∀゚)「おやおやぁ? 何か元気なくなっちゃったじゃん。 どうしたの? いつも傍にいる妹代わりのつーちゃんがいなくて、寂しいの? それとも―――」 从# ∀从「黙れっつってんだーーーッ!!」 眼にも止まらぬ鋭い踏み込み。 そしてハインは、異形の拳を―――躊躇なく撃ち込んだ。 鈍い破砕音 巻き込まれた壁の残骸が床に落ちる軽い響き 液体が床を叩く音 数瞬の後、それらの音が止んで、沈黙が部屋を支配する。 ハインの乱れた呼吸の音だけが、部屋の空気を乱していた。 从# ∀从「…………………」 彼女は荒い息をついて、床を睨みつけている。 撃ち放たれた彼女の拳は、つーの頭蓋―――その数センチ横の壁を粉々に粉砕していた。 内側に陥没した壁を見れば、彼女の拳がいかに凄まじい威力を誇っているのかが分かる。 その衝撃からか、飾られていた花瓶が倒れて水が零れていた。 崩れた壁から落ちた破片は、水溜まりに落ちて水を跳ね上げる。 停止した世界、静寂。 その中でつーは、笑みを崩す事も無く、先ほどの言葉の続きを口にした。 (*゚∀゚)「―――怖いんじゃないの? 自分の無力さを認めちゃうのが」 从 ∀从「……黙れ。猿轡嵌めんぞ」 (*゚∀゚)「ほら、やっぱり何にも出来ない。 あなたは本当に無りょk―――」 そこで猿轡を噛まされ、つーは明瞭な言葉は発せなくなった。 しかし「ほれ見ろ」と言わんばかりのくぐもった笑い声は、高らかに響き渡る。 从 ∀从「……クソが」 呟き、もう一度壁を殴りつけた。 そして、つーに背を向ける。 从 ∀从「諦めねぇぞ。 すぐに、てめぇを打ち負かしてやる。 絶対に、だ。首洗って待ってやがれ」 言いながら、異形の腕を戻した。 そしてくぐもったつーの笑い声を背で受けつつ、ドアへと歩む。 从 ∀从「じゃあな。また来るぜ、つー。 ……待ってろよ。絶対に、救い出してやるから」 言い残して、部屋から出た。 後ろ手にドアを閉め、そして彼女は大きく舌打ちする。 強く握り締めた拳は軋みをあげ、血管を浮き立たせている。 掌には爪が深く食い込み、僅かに血が滲んでいた。 从 ∀从「ちくしょうッ……!!」 その声は、憤怒と悲嘆に満ちていた。 つーを乗っ取って返さない、殺人鬼への憤怒。 眼を覚まさず、表に出る事が出来ないつーへの悲嘆。 そして、何よりも。 殺人鬼を降伏させる事が出来ない、無力な自分への憤怒と悲嘆。 从 ∀从「何で私には……何も出来ねぇんだよッ!」 叫びは虚しく廊下を走り、そして響きを失う。 ハインは零れ落ちそうな涙を必死に堪え、顔を上げた。 そこには、モララーがいた。 否、忽然と現れていた。 ( ・∀・)「―――奴はどうだ? とは言ってもその様子を見る限り、結果は明らかだが」 从 ∀从「……あぁ、そうさ。全然ダメだよ。 戻る兆しすら見せない。やっぱあいつが戻る気にならねぇと、どうしようもねぇんだ。 そんで、その気を起こすのは相当に難しいと来た」 ( ・∀・)「そうか」 短く応えると、彼はつーの部屋のドアノブに手をかける。 从 ∀从「何を?」 ( ・∀・)「明日の話をする。彼女には“管理人”として動いてもらわねばならん」 从;゚∀从「なッ……何を言ってんだ、あんた。 あんな状態のつーに、そんな事を任せられるわけg」 ( ・∀・)「ハイン」 从 ゚∀从「……んだよ」 ( ・∀・)「私が“管理人”のリーダーだ。 そして彼女は中身が変わったとは言え、“管理人”のメンバーだ。 彼女の扱いは、私が決める」 その声に、ハインは下唇を噛み締めた。 モララーの声に、反抗を許さないような響きがあった為である。 ( ・∀・)「お前は、自身の事を考えていろ。決戦は明日だ。 頭が働きそうにないのなら、楽器でも弾いていろ。それか動き回る事だな。 ともかくも、つーの事ばかりを考えているのはよしておけ」 从 ∀从「あぁ」 ( ・∀・)「行け。お前はここに留まっていてはいけない」 从 ∀从「……あぁ」 足を引き摺るようにして、つーの部屋から離れようとするハイン。 その背に、モララーの声がかかった。 ( ・∀・)「安心しろ、悪いようにはしない。 私だってつーの仲間だ、想う事がないわけではない。 しかしこのままでは、お前が先に壊れてしまう。少しだけ、気を抜け」 その声にハインが返す前に、モララーは部屋に入って行ってしまう。 ハインは大きく溜め息を吐くと、己の部屋に向かった。 その足取りは重く、驚くほどに遅い。 それは混沌とした思考のせいであって、そしてその思考の全てはつーの事だった。 从 ∀从「私は……つーも救えないのか?」 その呟きと同時、鈍い痛みが額に走る。 顔を上げると、そこには壁。 从; ∀从「……壁にも気付けないとは……本当に、ダメだな。これじゃ」 頭をぶんぶんと振って、歩みを進めた。 しかし暗い考えは飛ぶ事無く、粘り気を持って全身に纏わりつく。 やがて部屋の前に着くと、彼女は溜め息を吐いた。 それから鋭く息を吸うと、死んでいた眼に力を込める。 从 ゚∀从「そうだ、こんなんじゃダメだ。 ―――強くならねぇと。もっと、もっと」 扉を開くと、様々な色が眼に飛び込んできた。 黒と銀の刃で構成される大鋏。 グランドピアノ。 多種、そして多色のギター。 彼女は自分の部屋が好きだった。 床も、壁も、天井も雪色のこの施設では、鮮やかな色を見る事は少ない。 だからこの部屋に来ると、何だか落ち着くような、それでいて晴れるような気持ちになるからだ。 从 ゚∀从「ん?」 部屋を眺めていたハインの視線が、一点で止まった。 そこにあるのは、オレンジ色のソファに、ミニテーブル。 視線が止まったのは、ミニテーブルの上に二本のペットボトルがあったからだ。 そしてそれは、ハインがいつも好んで飲んでいるレモンティだった。 从 ゚∀从「……レモンティ?」 ミニテーブルに歩み寄り、一本を手に取る。 それから首を傾げて、眉根を寄せた。 从 ゚∀从「誰が?」 彼女の飲み忘れ、という事はありえない。 レモンティが手元にあれば、それはすぐに彼女に飲み干される。 残してある、なんて事象はあり得ない。 从 ゚∀从「ん」 そこで。 テーブルに置いたままの一本の下に、紙が挟んであるのを発見した。 从 ゚∀从「何だ、こりゃ」 言いつつ、それを手に取った。 そこにあるのは、流れるような美しい字。 「これでも飲んで、元気を出すと良い。 お前が沈んでいては、救えるものも救えなくなってしまうぞ」 その字は、モララーのものだった。 ハインはそれを読んで、口元を僅かに歪ませる。 _, ,_ 从 ゚∀从「……あんにゃろう」 眉根を寄せて、しかし口元は笑みの形のまま、彼女は呟いた。 _, ,_ 从 ゚∀从「出来ない心遣いをしようとしてんじゃねぇよ。 本当に不器用だな、ったく」 言いつつ、ペットボトルを開ける。 そして言葉とは裏腹、嬉しそうに、透き通った黄色の液体に口を付けた。 爽やかなレモンの香りが鼻から抜けて、眼を細める。 舌を撫でる紅茶の風味は、これも爽やかに舌を撫でて喉を滑り降りて行った。 从 -∀从「…………………」 半分ほどを喉に一気に流し込むと、彼女は眼を閉じる。 そして眼が開くと――― 从 ゚∀从「ふぅっ……!」 そこには、ほんの少しだけ光と強さが戻っていた。 从 ゚∀从「なるほど、これには感謝しなきゃなんねぇな。 ほんーのちょびっととは言え、元気が出たぞ」 そこで、もう一度ペットボトルを口に運んだ。 そして数秒。 その中身は、すっかり空になった。 容器を勢い良くミニテーブルに叩きつけて、そして、彼女は不敵に笑う。 その笑みはやはりいつもの彼女よりは弱々しく、どこか耐えているようにも映る。 ―――だが先ほどまでの表情とは、まるで別人だ。 从 ゚∀从「ありがとよ、モララー」 口調だけは吐き捨てるように言って、彼女はソファに座り込んだ。 そして、思考する。 少しだけ明瞭になった今の頭なら、多少はマシな考えが浮かぶ気がしたからだ。 今はつーを戻す方法はない。 まだ勝てない上に、行動を起こす為の時間がなさすぎる。 となると、何かをどうにか出来るようになるのは、明日の決戦を終えてからだ。 それから自分は力を貯え、つーの皮を被った殺人狂を屈伏させる。 時間がかかっても、どんな方法を使ってでも。 それしか、つーを助け出せる方法はないのだから。 从 ゚∀从「なら一先ず、明日は勝たねぇといけねぇわけだ」 どうでも良い事のように、呟いた。 彼女にとって明日の戦闘は、つーの次でしかないようだ。 从 -∀从「……つー」 眼を閉じれば、彼女の顔が浮かぶ。 彼女との出会いや、妹の顔までも。 返り血に濡れた顔の中で、涙で輝いていた瞳。 その輝きはひどく不安定で、弱いものだった。 まるでそれは、自分に助けを求めてきた時の妹のように。 だから、護りたいと思った。 護れなかった妹の代わりに、今度こそ。 きっと彼女は今、殺人狂の中で泣いているのだろう。 出会った時のような、あんな顔をしているのだろう。 从 ゚∀从「護って、やるからな」 呟いて、拳を握り締めた。 この手で、救い出すんだ。 あの狂った悪魔の中から、つーを。 最愛の妹を。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 極端に調度品が少ない部屋。 ベッドとテーブルしかないその部屋は、丁度ハインの部屋と対になるように色が極端に少なかった。 部屋を見渡しても、ほとんど眼に入るのは白だ。 だから黒いスーツを着た彼は、その部屋ではどこか浮いているようだった。 ( ゚д゚ )「……お前が淹れるコーヒーは美味い」 ぼそりと呟かれた言葉。 それに応えるは、どこか自慢気な笑い声だ。 ( ^Д^)「まぁな。練習したし、それなりのものは淹れられるつもりだぜ? ちなみに、コーヒーだけでなく、紅茶もな」 ( ゚д゚ )「……何で練習なんぞを?」 ( ^Д^)「モララーさんがコーヒー好きだから、かな。 最近はめっきり飲まなくなっちゃったけどな」 ( ゚д゚ )「紅茶は?」 ( ^Д^)「ハインさんだ」 (;゚д゚ )「あぁ……なるほど。分かった。もう言わなくて良いぞ」 ( ^Д^)「……察してくれるか」 (;゚д゚ )「あぁ。『私にも』だろ?」 ( ^Д^)「その通り。おかげで、良いレモンティを作れるようになったよ、畜生。 最近はペットボトルの方を飲んでくれて、助かるよ」 ( ゚д゚ )「何でわざわざペットボトルのものを飲んでいるんだ、あの人は」 ( ^Д^)「多く飲みたい時にお手軽なんだとよ。 相当な量を作るとなると時間がかかるが、ペットボトルならそれがないからな」 ( ゚д゚ )「……味より量か」 ( ^Д^)「そうなんだろ。あの人らしいじゃないか」 ( ゚д゚ )「確かに、そうだ」 言って、カップを口に運ぶ。 そして豊かな香気と良質な苦みに、眼を細めた。 一口分のコーヒーを嚥下して、吐息を漏らす。 プギャーはそれを見ると、僅かに口元を綻ばせた。 ( ^Д^)「美味そうに飲んでくれて、こちらとしても嬉しい限りだよ。 ……それで? 今回は、何の話だ?」 ( ゚д゚ )「何、身構えなくとも、大した事じゃないさ」 カップを置いて、彼はプギャーを見据える。 射抜くようなその視線に、プギャーは苦笑した。 ( ^Д^)「いつのまにか、その視線にも慣れちまったなぁ。 で、何だ?」 ( ゚д゚ )「お前の今の心境を、聞いてみたくてな。 決戦を控えた今、お前はどんな想いを抱いているのか、と」 ( ^Д^)「……つまるところ、それは」 ( ゚д゚ )「あぁ。『ちょっと話しに来ただけ』だ。いつも通り、だな」 (;^Д^)「なら最初からそう言えよ」 ( ゚д゚ )「格好付けてみたかったのさ。 で、お前は今、何を想っている?」 ( ^Д^)「うーん……そうだな。 特に何も思ってないかもしれない」 ( ゚д゚ )「むぅ。……やはり、か」 ( ^Д^)「お前もだろ?」 ( ゚д゚ )「……まぁ、概ねそうだが」 ( ^Д^)「そんなもんだろ。今までの戦いと、同じだ。 俺はモララーさんの為に命を賭けて戦うだけだ」 ( ^Д^)「……つっても、ま、今回ばかりはちーっと気合い入ってるけどよ」 言って、プギャーは左腕に眼を落とした。 その視線は、自信と気概に満ちている。 ( ^Д^)「今までと違って、今の俺には“力”がある。 モララーさんを護れるだけの―――少なくとも、奴らに軽くあしらわれる事はない“力”が」 ( ゚д゚ )「なるほど。確かに、その想いは私にもあるかもしれない。 望む“力”を手に入れた今、『今度こそ仕留める』と言った類の思考がある」 ( ^Д^)「へぇ、お前もそんな熱い事を想うもんなんだな」 ( ゚д゚ )「……らしくないか?」 ( ^Д^)「んー……」 プギャーは眼を閉じると、顎に手を当てた。 その体勢は、彼が考える時の癖だ。 数秒後にその眼が開かれるとの同時、彼の口も開く。 ( ^Д^)「一瞬らしくないかとも思ったが……。 そうでもないかもしれねぇ」 ( ゚д゚ )「そうか。何故だ?」 ( ^Д^)「お前、時々熱い顔を見せるし。 案外、熱い“素”ってもんを隠してるんじゃないかとなw」 その言葉に、ミンナの瞳に影が射した。 影は一瞬のもので、それが何に対してのものだったのかは計れない。 ( ゚д゚ )「……そうか。面白い考察だな」 ( ^Д^)「お? そうか?」 ( ゚д゚ )「あぁ」 応えて、彼はコーヒーを口に運んだ。 そして残るコーヒーを流し込むと、静かに息をつく。 ( ゚д゚ )「さて」 立ち上がる。 それを見て、プギャーは首を傾げた。 ( ^Д^)「お? もう行くのか?」 ( ゚д゚ )「あぁ。少しばかり、準備があってな。 美味いコーヒーをありがとう。また、飲ませてくれ」 ( ^Д^)「おう、じゃあな」 笑顔で軽く手を振るプギャーに小さな頷きで返して、ミンナは足早に部屋を出て行く。 プギャーはそれを眼で追いつつ、自分の分のコーヒーに口を付けた。 そして、眉根を寄せる。 それはコーヒーの苦さからではない。 ( ^Д^)「あいつ、何か重い事考えてんな」 『美味い』と称賛されたコーヒーを、味わう事もなく一気に流し込んで、プギャーは呟いた。 ( ^Д^)「大丈夫なのかね……? まぁ、今はそこまで考え込んでるようじゃあなかったが」 ( ^Д^)「……あとで、もっかい話しに行ってみるか。 少し、休んだ後にでも」 言葉を終えるのと同時、プギャーはベッドに倒れ込む。 そして「ふぅ」と息を吐くと、どこか茫とした眼で天井を見詰めた。 心の中は、妙にすっきりしていた。 真の“力”を得たからかもしれない。 以前にはない、満たされたような感覚があった。 ( ^Д^)「よっ……」 左腕を掲げた。 数日前までは、“力”はそこにしか存在していなかったのだと、今更想う。 そしてその“力”も、今では考えられないほど脆弱なものだったのだ、と。 ( ^Д^)「ようやく……役に立てる」 自信を持てるだけの“力”は得た。 この“力”があれば、誰にも―――“削除人”や“管理人”の誰と戦ったとしても敗ける気がしない。 例え、クーやフサ、ハインと戦ったとしてもだ。 ( ^Д^)「みんなの役に―――モララーさんの役に立てる。 もう、足手まといじゃない」 今まで、ずっと迷惑ばかりかけてきた。 自分が無力であったばかりに。 もう、無力じゃない。 戦える。今までの恩を、返す事が出来る。 それは純粋に嬉しい事だった。 特に、モララーに関しては。 幼い頃から護ってくれていた存在を、今度は護る事が出来る。 モララーの願いを達成する為に、役立てるだけの“力”がある。 ( ^Д^)「……ぶっ潰してやるよ、“削除人”。 モララーさんの為に、俺のこの手で」 自信満々に、言った。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ( ゚д゚ )「…………………」 自室。 ミンナはただ、椅子に腰掛けていた。 虚ろとも言える眼は眼の前を凝視している。 が、それだけだった。 特に何をしているでもなく、また、何をしようとしているわけでもない。 ただ椅子に座って、ただぼんやりと壁を見詰めているだけ。 ( ゚д゚ )「明日、か……」 不意に漏らした声は、虚ろで不安定だった。 その響きに、彼は自分自身で驚いてしまう。 ( ゚д゚ )「……何故私は、こんなにも揺らいでいる?」 モララーに『明日だ』と聞いてから、彼の胸中には深い靄が立ち込めていた。 すっきりしない。何か不安な感覚がある。 だがその理由が分からない。 だから余計にすっきりしなくなって、ついぼーっとなってしまう。 ( ゚д゚ )「何が私をこうしている? 明日の戦闘が何だと言うんだ? 何の不安も、問題もないじゃないか」 ( ゚д゚ )「それどころか、期待に胸を膨らませても良い筈じゃないか。 目障りな“削除人”どもを消す事が出来るんだ。 それだけじゃあない。明日の戦闘が終われば、人間を蹂躙出来ると言うのn―――」 そこで、言葉が詰まった。 ミンナの眉根が、寄せられる。 瞳は不安定に揺れ、光を失っていった。 ( ゚д゚ )「何故だ。何故私は……」 胸を抑える。 心が締め付けられるような感覚が、そこにはあった。 ( ゚д゚ )「こんな感覚は覚えない筈だ。何故だ。 私は人間をこんなにも憎んでいるじゃないか。 それなのに、何故喜べない? 何故、奮い立たない?」 ( ゚д゚ )「ずっと、人間を憎んできたじゃないか。 全ての人間を同じ目に合わせてやろうと決めたじゃないか。 人間という生物に絶望した、あの時。あの場所で……」 言葉は少しずつ小さくなって、消えて行った。 そしてその代わりのように、ミンナの瞳は大きく見開かれる。 どこか驚いたような、しかしその内容を認めたくないような、そんな表情だ。 ( ゚д゚ )「……ありえない」 首を横に振った。 最初は軽く、しかし段々と強く。 ( ゚д゚ )「ありえない……!!」 立ち上がった。 しかし立ち眩みか、すぐにその場に膝を着く。 肘も床に着け、手で頭を抑えつけた。 そして床を睨みつけるように―――床に僅かに映り込んだ自分を睨みつけるように、眼を剥く。 ( ゚д゚ )「憎んでいないなんて、ありえない! 私が人間を憎んでいないなんて、私が―――アイツを憎んでいないなんて!! 憎んでいた筈だ! 人間を、アイツを!!」 ( ゚д゚ )「アイツが私の人生を台無しにした! アイツが私をこちらの世界へ迫害した!! 私が助けたというのに、アイツは―――!!」 そこで声を詰まらせ、ミンナは低く呻いた。 そして、突然倒れ込む。 興奮のしすぎで、酸欠でも起こしたのだろうか。 その瞳は暗く虚ろで―――しかし憤怒と悲愴、そして寂寥に満ちていた。 ( д )「ありえない!! 私は、憎んでいるんだ!! 人間を、そしてアイツを!!」 倒れつつ、叫んだ。 その響きはあまりにも虚ろで、惨めだった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 戻る 目次 次へ ジャンル別一覧
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