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LOYAL STRAIT FLASH ♪

第五話

21 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:30:14.52 ID:tepVhUWG0
第五話

午前、私は駅の近くにある図書館へ向かった。
事件のことを調べるためである。
ここに来た翌日、コンビニでなぜ事件の詳細を読まなかったのか。
そんな後悔の念に包まれる。

昨日、私はしょぼんさんの家にもう少し滞在すると宣言してしまった。
それも無意味に。
やはり、自分の娘が被害者になっている可能性を見いだしたからだろうか。
しかし娘の顔を見る、或いは触れた回数は、片手で数えるほどでしかないような気がする。

なめらかな肌や純粋な瞳は、私とは別種の生物であるような恐怖を感じたことを覚えている。

中にはいると、古された木製の壁や床が独特の匂いを漂わせていた。
二十年間改築もされなかったらしい。
何か、公園では感じなかった懐古的な気分に一瞬浸る。

古新聞を漁る。
現在進行中の事件であるため、その記事を見つけるのは容易だった。
一面に飾られた記事を食い入るように見る。
彼が言ったように、昨年十一月二十八日・金曜日に……娘と思われる女性は殺されていた。
その発生場所がバーボンハウスから近しい場所であることに驚く。

死亡推定時刻まで記されている記事もあった。
それによると彼女が殺されたのは午後十時から十一時半の間。

……だとすれば、しょぼんさんが犯人でありえない。
その頃、バーボンハウスは営業中だったはずだ。

22 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:30:49.61 ID:tepVhUWG0
そこで自分の思考回路の異常に気づく。
しょぼんが犯人である可能性など最初から皆無なのだ。
それなのに、私はほぼ無意識に彼を疑っていた。

やはり、気になる。
彼がなぜ、恋人の存在を否定するのか。
聞くに聞けない問題だ。そして、あまり理由を知りたくない問題でもある。

探索を続けているうち、一つの記事が目にとまった。
見出しの隣に、被害者の顔写真が掲載されていたのだ。

線の細い輪郭、大きな瞳。
頬がやや染まっているのが、モノクロ写真でもわかった。
長い黒髪は背中まで伸びているようで、カメラに向かって歯を見せている。

写真の下に、彼女の名前と年齢が記載されている。
それは、あまりにもしぃに似ていた。
まるで私の記憶に在るしぃがそのまま映し出されたかのように。
しぃもよく、このような無邪気な笑顔を私に見せていた。
だが、彼女の笑顔は今、どこにもない。
この子がこの先、純粋な喜びを得ることは永遠にないのだ。

23 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:31:25.00 ID:tepVhUWG0
気づけば涙が流れていた。
脆くなったと自嘲しつつ、それは止まらない。

彼女とはほとんど接点がない。
例えるなら、中学時代一度だけ同じクラスになり、言葉すら交わさなかった異性……程度である。
それなのに、なぜ。

血の繋がりなどという運命論は信じたくもない。
しぃに似ているから、というのも理由になり得ない気がする。
彼女に対しても何も思い残しはない……そう、自己暗示をかけて未来に来たのだから。

肩を振るわせている私を、通りすがる人は不思議に見ていることだろう。
私は新聞を片付けて、図書館を出た。

陽光が、私の顔に涙の線を象っているような気がした。

24 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:31:58.00 ID:tepVhUWG0
そして、結局私は決心していた。
事件を追う、ということを。

未来にやってきて転がり込んだ先の男は、自分の娘と交際していた。
そして、娘は殺された。その連続殺人犯は、未だ捕まっていない。

この、筋立てられたような展開は偶然なのだろうか。
いや、偶然なのだ。そうとしか考えられない。

だが犯人はこの手で捕まえなければいけないような気がする。
それが義務であり、私のできる最低の贖罪である。

今頃、しぃはどうしているのだろうか。
まだこの近くに住んでいるのだろうか。
そういえば、私は彼女が家を出た後のことについて少しも考慮しなかった。
多分、実家に帰ったのだろう……そんな漠然とした想像だけで彼女の問題を片付けていたのだ。

屑人間であるとは自覚している。
それでも私は逃げたかった。
あの時代から……そしてそれも、身勝手な理由なのだ。

25 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:32:51.22 ID:tepVhUWG0
しぃと最後に会話したのは、時間跳躍する前日のことだった。
その少し前から、私は旅行カバンに荷物を詰めたりして着実に準備を整えていた。
旅行気分ではなかった。夜逃げ気分の方が正しい。

その日、私が自室に入るとなぜか彼女がそこにいた。
何か挙動不審だったので一応声をかけてみる。
すると「いやあ、逃げ込んだネズミを探していたんだよ」という答えが返ってきた。

(*゚ー゚)「ところで、モララーくん」

彼女は結婚してからも私のことを君付けで呼んだ。
それは、他人の目から見れば珍妙なことらしい。
私は、それが別におかしいとも思わなかった。
一般的な感覚が欠如していたのだろう。私も、彼女も。

(*゚ー゚)「明日ぐらい、どこかにご飯を食べに行かないかい?」

( ・∀・)「娘、どうするつもりだ?」

(*゚ー゚)「最近は預かってくれるところもあるんだよー」

しぃはそして、イノセントな笑みを浮かべた。
私は、しかし、それに賛同しなかった。理由は言わずもがな。

26 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:33:52.96 ID:tepVhUWG0
そういうやりとりは日常茶飯事だった。
常にしぃは私を、例えば遊園地やレストランなどに誘い、そのたびに私は断りを入れる。
すると彼女は頬をふくらませ、「なんだい」とふて腐れたように自室に閉じこもる。

とはいえそれを憂いだことはない。
そういうとき、彼女は大抵テレビを見てバカのように笑っているからだ。
その声が廊下にまで響き渡ることは、私にとって安堵の材料となっていた。

その時もしぃはいつもと変わらず頬をふくらませて部屋を出て行こうとした。
しかしその背中を呼び止める。
しぃは訝って私を見ていた。

しばし躊躇い、私は心のなかで練っていた台詞を吐いた。

( ・∀・)「そろそろ、別れようと思う」

立つ鳥跡を濁さず。
私はそれを、愚かな方法で実践しようとしていた。

27 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:34:48.80 ID:tepVhUWG0
(*゚ー゚)「ん?」

彼女は全く理解していなかった。

( ・∀・)「私と結婚してくれたことには感謝している。
     しかしこれ以上自堕落な生活を進めることはきみのためにならないな。
     本当に申し訳ないと思う。きみはまだ若いんだ。」

私は遠回しに離婚を要求していた。
いや、そういう事実は作れなくてもいい。
ただ、私は彼女の見限るという心理状態を欲していた。

それをなぜ、切羽詰まった状況で言ったのか。
それまで踏ん切りが付かなかったからに他ならない。
あまりにも怠慢で、利己的な理由だ。

しかししぃはなおも首を傾げた。
未だ理解していないようだった。

(*゚ー゚)「んん、んんん? よくわかんないことをいうね。
     私みたいな人間を受け入れてくれる人間がキミ以外にいるだろうか?」

28 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:36:52.81 ID:tepVhUWG0
迷わず私は肯定した。
妻であるという事実を除いても、彼女は十分美人だった。
特に長い黒髪は純和風という言葉を彷彿とさせ、大きな瞳はまるで水晶のように透き通っていた。

わかってないねえ。
そう、しぃは溜息をついた。

(*゚ー゚)「そういえば、モララーくん。
     キミは私の血液型を知ってるかな?」

私は、不覚にも考え込んでしまった。
何かの書類で見たような気がする。そして彼女からも幾度か聞かされたはずだ。
しかし思い出せない。
それとは関係ない、とお茶を濁すと、しぃは笑って部屋を出て行った。

結局、彼女がなぜ血液型の話を持ち出したのかは不明のままであった。

翌日、私はしぃや娘が寝静まっている頃に家を出た。
彼女の説得に失敗したが、だからといって予定を狂わせる気は無かった。

そして今に至る。
私は、絶望と悲哀以外に何か手に入れることができただろうか。

29 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:37:39.59 ID:tepVhUWG0
線路を渡ってコンビニの前に通りかかった頃には、もうすっかり涙は乾いていた。
顔の紅潮も少しはましになっただろう。

またコンビニで立ち読みしようかと思案していたとき、店から出てきた男と鉢合わせた。

どこかで見たことのある顔だ。
そう思い凝視すると相手は少々たじろいだ。
そこで気づく。あの日、私を拾ったジョルジュだ。

( ゚∀゚)「おう、元気か?」

仕事は……と問おうとして、今日が日曜日であることを悟った。
彼は片手にビニール袋をぶら下げていた。
ビールや各種つまみやらが隙間からのぞいている。

( ゚∀゚)「どうよ最近。記憶は戻ったか?」

( ・∀・)「いえ、まだ……」

( ゚∀゚)「そうか。まぁそのうちなんとかなるって。
     アルツハイマーとかじゃねえんだから、な!」

私の背中を強く叩く。
不器用というか、無粋な男だと思った。

30 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:38:28.33 ID:tepVhUWG0
( ゚∀゚)「ま、俺たちの夫婦関係じゃねえんだしな」

( ・∀・)「はい?」

そういえば、奥さんに逃げられた、というようなことを言っていたな。

( ゚∀゚)「ああ、そうだ。どっかで話しないか?
     マスターにしてもいいんだが、たまには別の人間とも腹割って話がしたい」

奥さんにすればよかったのに。
そう考えて、すぐに心の中で苦笑した。
そんなことをいう資格が、自分のどこにあるというのだろう。

私が承諾すると、ジョルジュは近くのスーパーに歩を進めた。

そのスーパーの隅に、狭い休憩室があった。
自販機と血圧測定器、そしていくつかのテーブルと椅子が設置されているだけの簡素なものだ。
その中の一つに腰を下ろすと、ジョルジュは袋をテーブルに無造作に置いた。
はずみで、中に入っているものがテーブルに広がる。

31 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:39:20.62 ID:tepVhUWG0
( ゚∀゚)「お前、嫁さんはいたのか?」

( ・∀・)「いや、いませんよ」

反射的にそう答えると、ジョルジュは若干不機嫌な顔になった。

( ゚∀゚)「そんなことわからねえだろう。
     もしかしたら今も、どこかで帰りを待っている嫁さんがいるかもしれねえよ」

何か、ざらりとした感触が身体の中で蠢いたような気がした。
この男が私のことを知ったうえで口にしていないことはわかっている。
ただ、愚痴を吐露したいだけのことだろう。
それでも、心の闇が落ちたようだ。

( ゚∀゚)「いいか、若者。結婚ってのは難しいんだ」

ジョルジュは散らばったつまみの中からサラミソーセージを取り上げた。
袋を破って裸にすると、それを二つに割った。

32 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:39:51.13 ID:tepVhUWG0
当然ながら裂けた部分には凹凸ができている。

( ゚∀゚)「仮に右手のサラミを夫、左のサラミを嫁としようか。
     結婚ってのはこういうふうにピッタリ、何もかもを互いが受け入れられるようじゃないとしちゃいけないんだ
     独身時代とは違う。この二つの間には甘酸っぱい思い出もクソも挟まっちゃいねえ
     補正が効かないんだ」

当然ながら、二つの部品は凹凸までもが合致している。

( ゚∀゚)「そうでもない二人が無理矢理結婚生活を続けようとすると……」

ジョルジュは両の手に力を込めた。
サラミの接着部分が潰れ、破片がテーブルに落ちた。

( ゚∀゚)「こういう風に破綻しちまうんだよなあ。
     ま、失敗した俺が言うのもなんだが
     だがこれは結構大切だと思うぜ」

感慨深げにそう呟いたあと、おもむろに囓り始めるジョルジュ。
私は、こういう人生哲学を持っているからこの男は妻に嫌われたんだな、と思った。

33 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:40:23.02 ID:tepVhUWG0
( ゚∀゚)「はあ。できることなら過去に戻ってやり直してみたいもんだ」

私はある考えを巡らせていた。
この男はバーボンハウスの常連だと聞く。
ならば、事件当時の状況やしょぼんの恋人について知っているかもしれない。

( ・∀・)「少し聞きたいことがあるのです」

若干陶酔に浸っていたジョルジュを現実に戻し、尋ねる。

( ・∀・)「連続殺人の被害者について、何か知っていますか?」

ジョルジュは眉を潜めて黙する。
やがて、ああ、と軽く呟いて頷いた。

( ゚∀゚)「あの子のことか。
     マスターの彼女だった」

私は、不安と好奇心の混ぜながらジョルジュを追及する。
彼は逡巡した後、ぽつりぽつりと語り始めた。

34 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:41:03.12 ID:tepVhUWG0
あの子を初めて見たのは、一年ぐらい前だったかなあ。
その頃はまだしょぼんと深い付き合いをしていたって感じじゃなかった。
ただお仲間数人と飲みに来てたみたいだな。

……いや、別に観察していたわけじゃねえんだ。
可愛かったから目に付いただけだよ、多分な。

それから一ヶ月ぐらい経った頃に、また俺はあの子と鉢合わせたよ。
驚いたね。あの子は一人で、しょぼんに向かってしきりに話しかけているんだ。
それに、しょぼんは言葉を発することはなかったが、反応を見せていた。
頷いたり、微笑んだりな。

マスター失格じゃねえかと思ったよ。
他の客も、不審そうな目つきで二人を見ていたのを覚えている。

それからも何度か彼女を見たよ。
そのうち気づいた。ああ、こいつら恋人同士かよ、ってな。

35 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:41:35.25 ID:tepVhUWG0
一息ついたジョルジュが立ち上がり、自販機でコーヒーを二本購入した。
私の前に一本置かれたので、ひとまず礼を述べておく。

( ゚∀゚)「それにしても、なんであの子のことが知りたいんだ?
     別に知っている奴ってわけでもないんだろう?」

問われて私は惑った。

( ・∀・)「少し気になったんですよ。彼は恋人について一言も口にしませんから。
     それに、この前連続殺人を調べているという刑事が訪れたのですが、
     その時はその存在すらも否定していたので」

私は素直に真実を吐いた。
ただ、核心に触れることなく。

そいつはおかしいなあ、とジョルジュは缶コーヒーを傾けながら器用に首を傾げる。

( ゚∀゚)「一言も口にしないのはいいとして、存在を否定か……。
     嫌がっている風には見えなかったがな。
     むしろ、ああ、今時のカップルだなあと感じたよ」

この時代における今時とはどこまで進んでいるのだろう。
ともかく、私は続きを催促した。

36 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:42:16.53 ID:tepVhUWG0
しょぼんはよく頑張っていたと思うよ。
できるだけ店内の空気を壊さないように、な。
だから彼らが言葉を交わすことはなかったと思う。

それで……十二月の初めかな、俺はいつも通りバーボンハウスに入った。
俺の推測じゃあその日は彼女が来る日だった。
いや、別に計算していたわけじゃねえのよ、なんつーか、パターン?
ともかく、二人を見て和もうとか親父なことを考えていたわけじゃない。

でも、その日結局あの子は来なかった。

俺はあまり新聞とか読まないタチなんだよ。
それで、彼女が死んだのを知ったのは少し後のことだった。

でも、しょぼんは全く普通に振る舞っていたな。
まるで恋人が死んだ、なんて事実は無いみたいにさ。
だから俺も、その話を掘り起こすのはやめておいたんだよ。
あいつは忘れようと気丈に努めている……それぐらいに思っていたな。

37 名前: ◆A4U6gCcMs2 [sage] 投稿日:2007/02/25(日) 18:43:04.14 ID:tepVhUWG0
スーパーを出たところで、私はジョルジュと別れた。

正直なところ、途方に暮れていた。
記憶喪失の身元不明者という身分である以上、あまり大胆な行動を取ることはできない。
だからといってしょぼんが何かを話してくれるわけでもなさそうだ。

一歩でも先に進みたい。
なぜかそう思っていた。おかしな話だ、自分は娘や、妻を捨てた男だというのに。

私の中で何か変化が生じているようだった。
過去と向き合う……といえば高尚過ぎる言いぐさかもしれない。
しかしそれに準ずる何か……。

いつしか、私の足の方向はバーボンハウスとは別の場所を向いていた。
これまでその存在すらも忘れようとしていた場所……。
住宅街を抜け、見慣れた郵便ポストの角を曲がる。

もうすぐ、長年住んでいた自宅が見えるはずだ。


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