十三章4 名前: ◆darIyNTbjA [] 投稿日:2007/02/20(火) 22:11:08.68 ID:2sZZI1qb0十三章 鍵 “削除人”達が使うホテル。その屋上の庭園。 そこの一角にあるベンチに、彼―――フサは腰を降ろしていた。 もちろん手には煙草。コートと帽子は横に畳んで置いてある。 深く吸って、夕焼け空に向けて大きく煙を吐く。 煙は少しだけ形を残して、すぐに空気に薄れて色を消した。 意味のないその行動を、彼はもう既に何十と繰り返している。 ベンチの手すりに置いてある灰皿には、溢れんばかりの煙草の山。 彼の頭の中は思考で満ちていた。 その思考が彼の行動を単調な物とし、ただただ煙草を消費させる。 一際大きな紫煙が彼の口から吐き出され、また新たな煙草が灰皿に乗る。 彼はすぐさま新しい煙草を抜き取ろうと手を伸ばす。 だが、その手を止める者があった。 フサはいきなりの出来事で、そして思考中だった事もあって、彼には珍しく驚愕する。 ( ´∀`)「さすがに吸い過ぎもな」 フサの手を止めた者は、穏やかな笑顔を絶やさない男。 5 名前: ◆darIyNTbjA [] 投稿日:2007/02/20(火) 22:14:05.92 ID:2sZZI1qb0 ミ,,゚Д゚彡「……モナー」 ( ´∀`)「もな。とりあえず煙草を仕舞う事を優先するもな」 「あぁ」と軽く返事をして立ち上がり、フサはその煙草をコートの内ポケットにねじ込む。 それからようやっと、彼―――モナーの眼を真正面から見た。 ミ,,゚Д゚彡「どうした。お前から声をかけてくるなんて、珍しいじゃないか」 ( ´∀`)「どうした、はこっちのセリフだもな」 ミ,,゚Д゚彡「む?」 ( ´∀`)「フサ君、何を悩んでいるもな?」 ミ,,゚Д゚彡「…………………」 ( ´∀`)「弟さんの事、もな?」 ミ;゚Д゚彡「―――っ!?」 モナーのいきなりの発言に、フサは驚愕する。 7 名前: ◆darIyNTbjA [] 投稿日:2007/02/20(火) 22:17:20.94 ID:2sZZI1qb0 モナーはフサを気にせずに言葉を続ける。 ( ´∀`)「フサ君は生き別れの弟さんの話をする時はいつも、今みたいにどこか寂しそうな顔をするもな」 ミ,,゚Д゚彡「……はん」 ( ´∀`)「弟さんに、何かあったもな?」 ミ,,゚Д゚彡「……あの、四人」 ( ´∀`)「もな?」 ミ,,゚Д゚彡「……クーの言っていた、「あの四人の少年」。その内の一人が、俺の弟なんだ」 (:´∀`)「も、もな?」 ミ,,゚Д゚彡「確証はないが、十中八九間違いない」 (;´∀`)「で、でもフサ君の戦う理由は……」 ミ,,゚Д゚彡「あぁ。「異能者になるかもしれない弟を助ける為」だよ」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 8 名前: ◆darIyNTbjA [] 投稿日:2007/02/20(火) 22:21:13.87 ID:2sZZI1qb0 ―――十八年前。フサは十五歳の時に、自分の“力”に目覚めた。 そのきっかけは何て事はない。 ただ「強くなりたい」「この身体に力があれば」などと少年特有の望みを抱いていただけ。 それでも運が悪かったのか、彼は“力”に目覚めてしまう。 彼は、悩んだ。 “力”を出さずにいる事はすぐ出来るようになったが、自分が何か分からなくなった。 その時、彼に手を差し伸べたのが「内藤」と名乗る不思議な老人。 その内藤もまた、異能者だった。 内藤はフサに異能者として必要最低限の事だけ―――異能者の覚醒の連鎖や、そんな事を教える。 フサは必死にそれを吸収し、自分の物とした。 ある日、内藤がフサの前から姿を消す。 否―――消された。 彼とあまり歳が変わらないような……むしろ彼より幼いかもしれないような子供に、内藤は殺された。 内藤の死をフサが知ったのは、内藤が死んでから一週間後の事だった。 「老人異能者の死体発見 異能者への研究が大幅に進歩」そんな無情な事を一面に書いた新聞が、出回ったのだ。 内藤の死の発覚。その命と入れ替わりで生まれてきたかのようなタイミングでの、新たな命の誕生。 10 名前: ◆darIyNTbjA [] 投稿日:2007/02/20(火) 22:24:00.27 ID:2sZZI1qb0 内藤の死を知ったその日、フサの弟がこの世に生を受けた。 弟の名前は―――ギコ。 声の大きな、元気な弟だった。 これまでにない幸福を感じながら、そこで彼は内藤の言葉を思い出す。 「覚醒した異能者は、眠れる異能者を起こす。まるで連鎖するようにな」 「また、異能者の血族は異能者である可能性は高い」 思い出し、そして、彼は決意した。 弟を異能者にしかねない自分は弟から離れていよう。 弟を連鎖に巻き込む可能性のある異能者は全て消そう。 弟が異能者という十字架を持たないで生きられるようにしよう。 弟は異能者にはさせない。異能者は全て消す。 弟を、不幸にしてたまるものか。 まだ弟が異能者であると確定出来たわけじゃない。 けれど異能者である可能性があるならば、俺は、弟を護ろう。 わずか、十五歳。 その歳で、彼は一人で生きていく事を決めた。 己の為じゃない。それは全て……弟の為。 13 名前: ◆darIyNTbjA [] 投稿日:2007/02/20(火) 22:27:01.64 ID:2sZZI1qb0 それから、五年。 彼はボロボロの薄汚いローブとすりきれたジーパン、血の染みのあるシャツのみを身に付け、薄暗い路地裏を走っていた。 その後を追うように走る、何人もの影。 異能者を恐れる人間がこの五年間の内に生み出した「反異能者組織」 人間に害をなすかもしれない異能者は全て抹殺するという、捻じ曲がった邪悪な組織。 その組織に、彼は追われているのであった。 彼と組織の人間との間はどんどんと狭まっていく。 フサの身体は既に限界であった。 異能者だという事だけで、安眠出来た夜はない。満腹になるまで物を食えた試しがない。 生きるだけで精一杯という状況下で、彼はずっと逃げ続けていた。 それでも彼は“力”を使わない。それは今だけではなく、目覚めてからの五年間ずっと。 どんなに追われても、どんな窮地に立たされても、“力”は使わない。 彼は全て肉体技と武器とだけで戦って、勝って、逃げ続けていた。 それが「自分は人間である」と自分を信じる支えであるかのように。 彼の体は傷とあざだらけだ。それは心も同じ。そんな彼を支えているのは、弟への想いだけだった。 だが、彼はやがて「反異能者組織」の一人に掴まってしまう。 その時―――フサは、“力”を行使した。 「俺は死ぬわけにいかねぇんだっ!!」 生きる為に、生きて弟を護る為に。彼は自分の鍵を一つ、開け放った。 15 名前: ◆darIyNTbjA [] 投稿日:2007/02/20(火) 22:29:24.86 ID:2sZZI1qb0 そのわずか十分後。 フサは事が済んでも暴れようとする“力”を抑え込む。 彼の両手は血液と肉片で埋まっている。 そして、三十人以上いた「反異能者組織」の人間は、一人残らず細切れになっていた。 原型が残っているものは皆無。全てが全て、ミンチになっていた。 フサは自分の“力”に、恐れに似た何かを確かに抱いた。 そんな様子を影から覗く人物が一人。蒼混じりの黒い長髪を持つ、フサよりも幾分か若い少女。 彼女は足元に散らばる人間であったものを踏みつけながら、フサに歩み寄っていく。 そして、少女は血に染まるフサの手を握ると、歳の差を無視したように言い放った。 「私と共に戦え」 と。 何が何だか分からない。何を言っているのか分からない。 それでも、フサの口は言葉を吐き出す。何かに惹かれるように。 「あぁ」 ……と。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 16 名前: ◆darIyNTbjA [] 投稿日:2007/02/20(火) 22:32:25.84 ID:2sZZI1qb0 (;´∀`)「でも、弟さんは既に異能者……」 ミ,,゚Д゚彡「そう。だから、な。俺はどうすれば良いのかとな」 ( ´∀`)「もな?」 ミ,,゚Д゚彡「弟を異能者にさせない為に、俺は異能者を狩ってきた。それが今や、弟が異能者だ。 っは。神は俺に弟を狩れとでも言っているのか?……馬鹿げている」 そう吐き捨てるように言って、フサはベンチの足を蹴る。 (;´∀`)「ふ、フサ君?」 ミ,,゚Д゚彡「馬鹿げている!なぁ!俺はこれだけ努力してきたってーのに、それは全て無駄骨と来やがった! 努力は報われるだ!?だったら俺のしてきたものは何だ!?これが努力と言えないで、何を努力と呼ぶ!!」 モナーに過去を話した事で、彼の中で何かが爆発していた。 彼は溜めてきた物をぶちまけるように、怒号を飛ばす。 ベンチは既に変形して、彼の蹴りに合わせて形を変えた。 19 名前: ◆darIyNTbjA [] 投稿日:2007/02/20(火) 22:35:13.73 ID:2sZZI1qb0 ミ#゚Д゚彡「だったら俺はどうすれば良い!?努力してもどうにもならないこの世界で、俺は何を支えに生きれば良い!? 家族の元には帰れない!信頼出来る友なんているわけもない!俺はどこにも行けない!俺は独りだ! これから先!俺はどうすれば良いのか!誰か!誰か教えてくれよ!!なぁ!?神様でも誰でも良いからよ!!」 そう叫んで、一際強い蹴りをベンチにぶつける。 ベンチは屋上の地面と接合されていたにも関わらず大きく吹っ飛ぶ。 そのまま落下防止の柵に勢いよくぶつかって、大破した。 ミ#゚Д゚彡「はぁ……はぁ……!」 荒々しく息を乱したフサは、その場に力なくへたり込んだ。 顔は俯き、その肩は無力に垂れ下がっている。 フサはゆっくりと、消え入りそうな声で呟く。 ミ Д 彡「誰か……教えてくれよ。独りのこの俺は、どう生きれば……」 見た事のない彼の姿を見て、モナーは少し驚く。 フサは誰一人にも弱さを見せない人間だった。 ( ´∀`)「フサ君……」 そう呟いて、彼はフサの背中をぽんぽんと優しく叩く。 20 名前: ◆darIyNTbjA [] 投稿日:2007/02/20(火) 22:37:53.84 ID:2sZZI1qb0 ( ´∀`)「どこの家もどこの世も、兄ってのは大変な立場もな」 彼の言葉に、フサは反応しない。 それでも彼は言葉を続けた。 ( ´∀`)「クーさんとかしぃちゃん……というよりも興味を持たなかった君以外のみんなには言ったんだけど、僕にも弟がいるもな。 それはそれはとんでもなく糞馬鹿でどうしようもない異能者の弟なんだもな。どれだけどうしようもないかって言うと……」 そこですぅ、と彼は息を吸う。 ( ´∀`)「……四日後に僕達が潰しに行く組織、“管理人”のリーダー。それが、僕の弟、モララーだもな」 フサは、やはり反応しない。 それが分かっていたかのように、モナーは「もな」と一人頷く。 ( ´∀`)「あの馬鹿は人間を奴隷にするとか言い出したり、クーさんやしぃちゃん、ツンちゃんのかつての『ホーム』を潰したもな。 様々な悪事を犯して、あの馬鹿は未だ罪を作りつづけるもな。罪は罰さなければならないもな」 やはりフサは反応しない。やはりモナーは続ける。まるでそれが当たり前かのように。 21 名前: ◆darIyNTbjA [] 投稿日:2007/02/20(火) 22:40:24.46 ID:2sZZI1qb0 ( ´∀`)「僕は弟を始末する為に。弟の馬鹿を清算する為にこの組織に入ったもな。 クーさんは最大の仇である馬鹿の兄を、快く迎えてくれたもな。「同志であるならば、共に歩ける」って」 ミ Д 彡「さっきから、ぐちぐちと……」 急にそう呟いて、フサはモナーに思いきり顔を向ける。 鋭い八重歯を剥き出しにして、悪い目付きを更に悪くして、まるでモナーが敵であるかのように。 ミ#゚Д゚彡「お前の弟の話なんて俺は聞いていない!お前は何が言いたいんだ!?」 ( ´∀`)「君は生きれば良いもな。その内に答えは出るし、答えなんてあっちから飛び出てくるもな。 それに君は独りなんかじゃないもな。この組織―――“削除人”のみんなが、何よりこの僕が、君の仲間だもな。 仲間と一緒に歩んで、答えを見付けていけば良いもな。 やりたい事をやれば良いし、やりたくない事はやらなければ良いもな」 呆然とするフサに、モナーは手を差し伸べる。 そして、ゆっくりと、これ以上なく優しく言い放つ。 ( ´∀`)「同志であるならば、共に歩ける。僕は君と歩いていくもな。君と一緒に、君も一緒に生きていくもな。 僕達が君の支えになって、君も僕達の支えになるもな。支え合って、傷でも何でも癒し合って、一緒に歩んで行こうもな」 22 名前: ◆darIyNTbjA [] 投稿日:2007/02/20(火) 22:43:06.94 ID:2sZZI1qb0 ―――ぽたり、ぽたりぽたり、と地面に大粒の水滴が落ちる。 その水滴はフサの瞳から溢れ出た物。フサが今までに二度しか流した事のない涙。 内藤が死んだ時とギコが生まれた時にだけ流れた涙は、今、三回目をカウントした。 彼は、嬉しかった。 自分の存在を、仲間と、同志としてくれる者がいた事が。 倒れそうな自分を支えてくれる存在がいた事が。 フサは止まりそうもない涙を止めようともせずに、モナーの手を握る。 暖かなその温もりが、これ以上ないほどに優しかった。 ミ,, Д 彡「っは……。臭いセリフ吐いてんじゃねぇよ……」 ( ´∀`)「もなー」 何もしない。ただ手を握るだけで、十分。それはもう十分過ぎるほどに。 十分過ぎるほどにフサの心の傷を癒し、涙を流させた。 フサは独りでない事を知った。 生きる事を、決めた。 問題は何も解決していない。だが、彼の心にはどこか清々しい風が通り抜けていた。 彼は空を見上げる。 その夕焼け空には、煙草の煙は浮かんでいなかった。 戻る 目次 次へ ジャンル別一覧
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