876284 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【お気に入りブログ登録】 【ログイン】

LOYAL STRAIT FLASH ♪

四十章七

70 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 01:16:13.26 ID:epRM+H9B0

 
つーが着地し、体勢を崩した。
ほぼ同時、モナーが彼女に辿り着く。薙刀を振り上げ、全力で振り下ろした。

飛び込んで行くハインは、思考しなかった。
焦燥の感情だけが自身の中で爆発し、身体は勝手に動いていた。
全ての音が止み、しかし一つの声が聞こえる。音にはならない、自分の声だ。

殺させない―――約束したんだ。


気付けば、ハインは二人の間に身を滑り込ませていた。
モナーに正対し、両手を大きく広げた体勢で。
息を止め、眼を見開き、全身に力を込める。

(;´∀`)「!?」

モナーは、直前まで彼女の接近に気付かなかった。
慌てて薙刀を止めようとするが、振るってしまった刃の軌道は簡単には変えられない。
銀の刃は若干の減速はしたものの、無情にも流れる。

音。彼女の肩から下腹部横まで、長く紅い線が走り。
次の一瞬、堰を切ったように血が噴いた。
漏れる呻きを、彼女は歯を食い縛って耐える。声を上げたのは、他の三人だった。

(;´∀`)「ハイン……!」

(;゚∀゚)「何を!?」


73 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 01:21:09.79 ID:epRM+H9B0

 
二人の声に、ハインは下唇を噛み締めつつ、くぐもった声で応える。
呼吸が荒い。

从; ∀从「……すま、ねぇな」

(* ∀ )「―――アら、あら、あラァ?」

ハインの背後、つーは首を傾げる。
唐突にがくん、と傾いた為に、酷く不気味だった。

(* ∀ )「何こレ、庇ッちャッたの? 私、を?」

目の前で激しく上下する彼女の肩を、暗い瞳で見詰める。
そして俯くと、彼女もまた、その小さな肩を震わせた。

堪え切れない、忍び笑いで。

(* ∀ )「―――本ッ当に、救イよウのねェ馬鹿だヨなァ!!
    せッカくのチャンスをブッ潰して、『敵』に背中マで向けルなんテさァ!?」

そう叫ぶと、つーはナイフを引き抜き、目の前のハインの背に向けて振るった。
切っ先はハインの背に浅く牙を突き立て、そして紅い線を生みながら肌を走る。
ナイフが振り抜かれてから一瞬遅れて、線が血を吐き出し、斑点を床に散らした。

ハインはそれすらも堪えた。歯を噛み縛り、呻きを漏らす。


75 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 01:26:15.57 ID:epRM+H9B0

 
(* ∀ )「ヤッぱリ殺セないンだネェ、オ・ネ・エ・チャ・ン!? 
     手を下サなイどころカ、庇ッちャウンだカらさ!!」

腕に付いた返り血を舐め取ると、ハインの背を蹴りつけて後退する。

その動きと同時に、ジョルジュとモナーが飛び出した。

ジョルジュは右腕を長槍に変化させ、踏み込みながら突き出す。
つーはそれを横に回避し、しかしその方向にモナーが上手く回った。

(#´∀`)「どちらにせよ―――これで終わりだもな!!」

(* ∀ )「マだまだ終わラせナいよォ!!」

モナーが振り下ろした薙刀に、つーがナイフをぶつける。
しかし、均衡は一瞬だった。
全力を込められた薙刀に、彼女のナイフは耐えられず、砕けたのだ。

(* ∀ )「ッ!!」

つーは驚愕に眼を見開き、しかし上より迫る銀の刃に即座に横へと跳ぶ。

そこでモナーはすかさず、薙刀の軌道を変更。回転させて横薙ぎにした。
そのまま振り下ろされるものだと決めつけて横に跳んだつーは、自らそれに飛び込む形になる。
薙刀の柄は脚を打ち、彼女は痛みと痺れで一瞬、動きを止めた。

その一瞬の隙を、跳びかかったジョルジュのショートブレードが襲う。
そして振り下ろされた橙の刃もまた、飛び込んだハインの腹に吸い込まれた。


76 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 01:31:12.83 ID:epRM+H9B0

 
从; ∀从「ぐっ……ぅぅぅ!!」

(;゚∀゚)「……ハイン……!!」

表情を歪め、ブレードを引き抜くと、目の前のハインの顔を見詰める。
彼女は弱々しい吐息と共に、小さく「ごめん」と漏らした。
悲痛なその表情は、肉体の痛みの為だけではないだろう。

(* ∀ )「はッ! ひャはハハはハッ!! ハハはハはは!!」

目の前で腹部を抑えるハインに、つーはとうとう嗤いだした。

そしてやはり彼女の背を切り刻んで、蹴り飛ばす。
自分達の方に蹴り飛ばされたハインを、ジョルジュ達は受け止めた。
触れた手が水音と共に赤く染まる。全身、血塗れだった。

(* ∀ )「帰ッてコない妹ノ為に死のウッての!? 妹が死ぬクらいなラ自分ガッて!?
    反吐ガ出そウなくらいに綺麗ナお姉ちャんだ事! 殺しガいがアるね!!
    自己満足モ甚だしいンだよ、馬ァ鹿! まァ、そのおカげで? あなたノ嫌いな私は生キてるんダけどサ!!」

甲高い、不気味に音を外した声で、嗤う。

从; ∀从「うる……っせんだよ、クソが」

(;゚∀゚)「喋んな、ハイン! ここで休んでろ。後は……俺達がやるから」

荒い息を吐くハインを床に横たえて、ジョルジュは言葉を落とした。


78 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 01:36:06.74 ID:epRM+H9B0

 
ジョルジュには、彼女の意図がようやく分かってきていた。
彼女はつーを殺さずに、何とか元に戻そうとしているのだろう、と。
だからこそ、彼女を殺せなかった。そして、庇った。

考えてみれば、すぐに分かった筈だったのだ。
あれだけつーを愛していたハインが、つーを殺せるわけがないのだ。
つーがこの部屋に訪れる前の戦闘だって、つーの為に戦っていたのではないか。

彼女に、つーは殺せない。それは確実で、強要するのは酷だ。

ジョルジュは、つーは自分が止めてやろうと思った。
自分も、つーを手に掛けるのは辛い。かつての彼女の表情を思い出す度に、心が痛む。
だがハインはこれ以上に苦しいのだ。ならば自分達がやってやるべきだ、と思った。

元に戻そうとは、思わなかった。
元に戻せるとは、考え付きもしなかったのだ。


立ち上がろうとするジョルジュの右腕を、ハインの手が掴んだ。
橙色の腕は、震えていた。
顎も噛み合わないようで、がちがちと歯が鳴っている。

血が抜けた為に、寒いのだろうか。或いは、怖いのか。

从; ∀从「ダメ……だ。つーは、私が……!
      言ったんだよ、止めて、やるって。それに……」

( ゚∀゚)「………………」


82 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 01:41:04.13 ID:epRM+H9B0

 
彼女の懇願に、ジョルジュは首を横に振る。
そして一本ずつ彼女の指を剥がしていくと、立ち上がり、振り向いた。

視線の先、つーが顔の半分を手で覆って、嗤い続けている。
手の間から覗く眼はかっと見開かれ、口は血の混じった涎を垂らしていた。
後退した際に拾ったのか、腰のホルスターには鉈ナイフがある。

横に眼をやる。薙刀を構えたモナーと眼が合った。
小さく頷きかけてくる。
頷き返すと、ジョルジュは床を蹴った。

ブレードで床を削り、火花を飛ばしながら駆ける。
つーは嗤いを止めぬまま、両手にナイフを握った。
叩き付けられるブレードに、ナイフをクロスさせるようにして応じる。火花が眩しく散った。

(#゚∀゚)「調子に乗るのもいい加減にしておけよ、テメェ!! 
    誰かを護りたいって気持ちも分からないくせに、その気持ちを嗤うんじゃねぇ!!」

(* ∀ )「分カッてるカら楽しいンじャないカ!!」

(#゚∀゚)「黙りやがれ!!」

受け止められたブレードを、横に力任せに振るう。
受けていたナイフは弾け、そこでつーは即座に脚を跳ね上げた。
頭蓋を狙った速い蹴撃は、しかしジョルジュの反射神経の前に呆気なく回避される。

ジョルジュは左腕を突き出した。途中から砕けた『尖鋭』の爪が、つーの顔面へと伸びる。
彼女はそれを、身を旋回させて流した。
僅かに掠ったのか、頬から新たな朱が噴く。


86 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 01:46:05.73 ID:epRM+H9B0

 
朱を周囲に散らしながら、彼女はナイフを引き抜いた。振り上げる。
ジョルジュは左腕を全力で振るった直後だった為、補い切れない隙があった。
回避は出来ない。右腕も間に合わない。

だが彼の表情は揺るがなかった。
ただただ、純粋な怒りに染まっている。

(* ∀ )「気に入ラない顔だ―――アンタの悲鳴ガ聞キたイね!!」

叫び、ナイフを振り下ろそうと力を込める。が

(#´∀`)「自分の悲鳴でも聞いてろもな!!」

横から駆け寄ってきたモナーの回し蹴りが彼女の手を打ち、
その衝撃でナイフは飛ばされて宙を舞った。

彼はそのままもう一度身を回転させ、更に威力を高めた回し蹴りを放つ。
頭蓋に迫ったその蹴りに、つーは咄嗟に身を引いた。
それでも彼の靴先が彼女の顎を掠る。彼女の身が、一瞬だがぐらりと揺らいだ。

(#゚∀゚)「これで……!」

(#´∀`)「終わりだもな!!」

モナーとジョルジュは一斉に得物を振り上げた。
橙のブレードと銀の薙刀が、輝きを軌跡として振り下ろされ―――


88 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 01:51:02.16 ID:epRM+H9B0

 
しかし、高く響き渡ったのは金属音だ。
振り下ろした刃は、止められていた。
勿論つーがそれらを受け止められるわけもなく、彼らの攻撃を止めたのは、やはり橙色だった。

从; ∀从「…………!!」

ハインが、分離させた歪剣を構えていた。
血液を背や腹から止め処なく噴き出させ、苦痛に表情を歪めながらも、そこに脚を突き立てる。
そこを動かない、と、その力強い足取りが叫んでいた。

二人に熱く、彼女の荒い息がかかる。呻きを伴っていた。
動く事が、相当な苦痛の筈だ。

(#´∀`)「ハイン……!」

モナーの顔が怒りに引き歪む。
その怒りも当然だろう。彼は、早く終わらせねばならないのだ。余裕はない。
だと言うのに、ハインは戦闘を終わらせるチャンスを幾度も奪っているのだから。

彼女がつーの命を延ばす度に、彼の命が縮まっていく。

从; ∀从「……すまねぇ。だけど」

(#´∀`)「邪魔をするなら離れていろ! どいてくれもな!!」

(;゚∀゚)「ハイン! 俺達がやるから、あんたはどいていてくれ!!」

彼らの声は、懇願にも聞こえた。
彼も、そしてモナーも、無駄に彼女を傷付けたくはないのだ。


91 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 01:56:01.42 ID:epRM+H9B0

 
だが、彼女は首を僅かに横に振った。

从; ∀从「これだけは、ダメ……なんだ。約束、したんだ。つーは、つーは……」

一度、眼を瞑り、下唇を噛み締める。
苦しげな表情は、苦痛の為だけではない。自責や困惑も含んでいた。

瞼が上がり、強い意志の光を宿した瞳が現れると、同時に言葉が震えた。

从;゚∀从「私が護るって、言ったんだよ……!!」

ハインの背後から、く、と音が漏れた。
その短い音は徐々に高くなり、断続的に響く。
やがて、膨れ上がった風船が割れるように、甲高い笑い声が響いた。

(* ∀ )「ヒャッはハハは!! 最高、最高だよアンタ!! 最ッ高ニ馬鹿げてる! 私よリ狂ッてンじャないの!?
    クッだラない、しかモもウ意味を失クした約束の為に傷付いテ、何のツもリさ! 自分の慰めのつもリ!?
    アンタガ護る相手は死ンだンダよ! さッさと絶望シて、泣キ喚いてみてヨ! ほラ! ほらホラ!!」

両手にナイフを握り、わざと浅くハインの背を切り刻んでいく。
銀の輝きが彼女の背を撫でる度、彼女は苦しげに喉から音を漏らした。

しかし眼の輝きは翳らない。諦めては、いない。


93 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 02:00:47.24 ID:epRM+H9B0

 
(* ∀ )「苦しいカい? 苦しイよねェ。じャあ、もウそロそろ楽にしテあげよウ。
    消えた妹ノ幻想に抱カれたマま、妹ノ身体に殺サれると良イ! 本望でしョ!?
    サァ、血を頂戴! アンタの血を浴ビて、私は笑ッてアげるカラさァァァアア!? ヒャッハハハハ!!」

腰のホルスターから鉈ナイフを抜き、振り上げる。

だがそこでハインは、ジョルジュとモナーの得物を弾きながら、前に飛び込んでナイフを回避した。
床に手を着いて身を回転させ、立ち上がる。が、すぐにぐらりと体勢を崩した。
血が足りない。失血と痛みで、意識と視界が朦朧としていた。

(* ∀ )「おヤ、まダ動けたノ? ゴキブリも真ッ青ノしぶとさだネ」

首を傾げる彼女は、言葉に反して楽しげだ。
床に突き立った鉈ナイフを引き抜くと、がくがくと不気味に動きながら声を上げる。

(* ∀ )「逃げテごラんよウサギちゃん、ホーラ、捕まえちャウぞ!
    ハンターさんノ脚は速いゾ、ドコまで逃げラれるカナァァァア!?
    ヒャハ、アハハ!! ギャッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

手の中でくるくるとナイフを回しながら、駆け寄ってくる。
出遅れたジョルジュとモナーは、彼女に追い付けない。
ハインは混濁する意識の中、それでもつーの名を呼び続けていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


95 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 02:06:05.81 ID:epRM+H9B0

 
つーはあれから、ずっと内側の“殻”を殴り続けていた。
『内側』だからか、眠気は感じなかった。
だからずっと、休む事も無く、殻を叩き続けていた。

痛みはあった。殴り続けても殻には傷一つ付かなかった。でも止めなかった。
拳の骨にヒビが入り、内出血によって肌の色が青黒く変わり、痛々しく腫れ上がっても、彼女は殻を壊そうとしていた。
眼には涙を浮かべ、痛みによって額に汗を浮かべ、殴りつける度に苦痛の呻きを漏らしつつも。

彼女には全てが見えていた。全てが聞こえていた。
ハインの姿を見るたびに、拳から伝わってくるそれの何倍も痛い苦痛が来て、だから彼女は諦めない。
彼女を助けなきゃ、頑張らなきゃと拳を振るう。

ハインがつーを庇い始めた時、そしてそれを『つー』が攻撃し始めた時に、彼女は涙を溢して絶叫した。
もう辞めて。ハインに言ったのか、自分に言ったのか。両方に言ったのか、誰にでもなく口を突いて出ただけの言葉なのか。
分からないが、彼女は殻を殴りつける力を強めた。拳からは厭な音が響き、蹴りつけ、頭突きすら叩き込む。

拳が、硬質な音の中に粘着質な音を伴い始めた。
血を噴き、殻に拳の形の紅い跡を付けていく。
殻を蹴り付けていた脚に血液が垂れ、赤く染まった。頭突きを繰り返した為に、酷い頭痛までする。

それでもびくともしない殻に、やがて彼女は額を預け、力なく殴りつけつつ涙を零す。
自分は何と無力だと。自分は何と、有害な存在なのだと。
大切な人を、一人として護れずに、殺してしまう。

こんな辛い思いをするのだったら、ハインに逢わなければ良かった。
自分があそこで死んでいれば、自分も彼女も、こんな辛い思いをしなかったのに。
出逢わなければ、こんな気持ちなんて知らなかったのに。知らなければ、ここまで辛くもなかったろうに。


96 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 02:12:16.67 ID:epRM+H9B0

 
(* ∀ )「ハイン……」

だが、その時。
額の辺りで音がした。
硬質の何かが割れる音。見上げる。涙で歪む世界の中、そこには細く、ヒビが入っていた。

茫然とした中、殴りつける。ヒビが広がる。
無心になって、殴りつけた。ヒビがどんどんと広がり、ほんの少しずつ、殻が崩れ落ちていく。

何故ヒビが入ったのか。そんな事はどうでも良かった。
ただただ無心で、力の限り、殻を殴りつけていく。

そこで一発、自身の頬を殴りつけた。
砕け始めてる拳と頬、一度で二度痛かった。それくらいでちょうど良い。


98 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 02:13:12.00 ID:epRM+H9B0

 
自分は馬鹿だ。とんでもない、馬鹿だ。
ハインに逢わなければ良かっただと? そんなこと、絶望していても、冗談でも考えちゃいけない。
お前はハインからどれだけの物を貰ったのか忘れたのか。絶望の世界から救い上げてくれた存在を忘れたのか。

命をくれたのはハインだ。人生をくれたのも、暖かさをくれたのも、そしてこんな気持ちをくれたのも、全部ハインなんだ。

逢わなければ、確かに辛い思いをしなかったかもしれない。でも、こんな気持ちも知れなかった。
無力でも良い。護りたい。無力だと分かっていても、諦めたくない。諦められない。生きていたい。そんな感情をくれたのは彼女じゃないか。
有害な存在だと自覚していても、傍にいたい。そんな気持ちをくれたのは、ハインじゃないか。

諦め続けた人生。もう、諦める事は良いだろう。十分、諦めてきた。
だから、今度こそ。これだけは、護るんだ。大切な人を、この手で護るんだ。
どうにか出来るのは私だけなんだ。私以外は誰にも出来ない。

誰にも頼れない―――構わない。私は、私を、止めてみせる。

殴りつける。びりびりと脳に響く痛みが、なくなっていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


100 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 02:18:05.13 ID:epRM+H9B0

 
(* ∀ )「―――ホラ、捕マえた」

膝立ちの体勢のまま立ち上がれないハインの前に立つと、つーは口角を吊り上げた。
鉈ナイフを逆手に持ち、彼女の喉に重厚な刃を押し当てる。

ジョルジュとモナーは、一定の位置から、動けずにいた。
どうすれば良いのか、分からないのだ。

つーは止めなければならない。ハインを助けねばならない。
だがつーを止めようと攻撃を仕掛けても、ハインが止めてしまうだろう。
それに彼女が止めなかったとしても、喉に押し当てられたナイフは、つーの微々たる動きで喉を裂く。

(;´∀`)「……どうする、もなか」

この状況、ハインを救おうと動けば、不利になる。
どれほど上手く事が運んだとしても、彼女の命は絶望的だ。先手もつーに奪われる。

そして奇跡的に彼女を救ったところで、状況は何も変わらない。
どころか、悪化しかしないだろう。
彼女がいる限り、恐らくはつーを止められない。彼女がつーの盾となる。

この場で彼女が生きれば、
やがて自分達の手で彼女を手に掛けねばならない。
ならば人格がどうであれ、“妹”として愛する者の手に掛けられた方が、彼女にとって幸せなのではないか―――


104 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 02:23:08.84 ID:epRM+H9B0

 
(;゚∀゚)「出来るかよ……ッ!」

しかし彼女を見殺しにする事も出来ない。二人はじりじりと動き始めた。
モナーは投げナイフを握り、ジョルジュは右腕を伸ばす。
が、例え助けたところで、それからどうするべきかは考え付いていなかった。

(* ∀ )「サァ、調理ノ時間だ……待ち侘びタヨ」

从; ∀从「つー……」

(* ∀ )「ン? 何? 命請イ? 良いンじャナイ、聞いてアげルよ。聞クだけで、助ケてはアげなイけどネ」

目の前で床に膝を着いたまま、血を滴らせるハインに、つーは楽しそうに言葉を落とした。
実際、楽しいのだろう。彼女にとって、今のハインの状態は最高の物だ。
苦しげに息をし、苦痛に呻きを漏らし、血を流して満足に立つ事も出来ない。風前の灯だ。

壊れた笑みを浮かべる彼女に、しかしハインは予想外の言葉を呟いた。

从; ∀从「助けられなくて、護れなくて……悪い」

その言葉に、つーが不快を露わにする。
彼女が待っていた言葉は命請いであり、苦し紛れの罵りだ。
それが実際に吐かれたのは、ここまで来て他人を、それも敵を案じる言葉だというのが、彼女を怒らせた。


106 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 02:28:03.05 ID:epRM+H9B0

 
(* ∀ )「気ニ入らない。気持ちガ悪イ! 虫唾ガ走る!! 反吐ガ出そウだ!!
     とンでもナく生温クて臭ェ! ゲロの海で泳イでるみタいに気色ガ悪いンダヨ!!
     もう良イ! 死ネ、死ンでしマえ!! 詰まラナイ玩具に用ハ無いンだよ!!」

そう言って間もなく、鉈ナイフを振り上げる。
ハインが力なく大鋏を持ち上げ、モナー達が行為を止める為に床を蹴った。


音がした。
波にならない、頭にだけ響く音。
何か硬い物が落ちて砕ける、乾いた音。


そして一瞬。
突如、つーの全ての動きが停止した。
鉈ナイフを振り上げたその体勢のまま、口を笑みの形に裂いて、固まっていた。

三人が怪訝な表情を浮かべると、その手から鉈ナイフが落ちる。
ナイフを失った手は、そのまま頭を押さえる。身体がぐらりと揺れた。
口から苦しげな呻きが漏れ、眼は白眼を剥き、身体に大きく痙攣が走る。

何事かと三人が動きを止め、やがてつーの動きも止まる。
三人が身構えるが、しかし開いたつーの口は思わぬ言葉を発した。

(* ∀ )「―――今よ。私を止めて」

その声は、狂気を含んではいなかった。


108 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 02:33:03.18 ID:epRM+H9B0

 
从 ゚∀从「……へ?」

(*゚∀゚)「私が、この子の動きを抑えてる。今の内に、終わらせて」

強い意志を持った、しかし優しい声。
それはハインが何よりも待ち望んでいた声だ。

从;゚∀从「お前、何を」

彼女は、眼を困惑に揺らがせた。呟く声も、震える。

从;゚∀从「……つー、なのか?」

(;* ∀ )「そう。今は、私。早くこの子を……私を止めて!」

从;゚∀从「止めろって、つー……お前は何を言ってるんだ?
      一対、何をすれば、良いって……」

返ってくる答えは、分かっている。
しかし聞かずにはいられなかった。

抱いた僅かな希望は、しかし悲痛な叫び声によって打ち砕かれる。

(;* ∀ )「私を、殺して!!」

頭を抑え、あらん限りの声で叫ぶ。
悲痛な響きの奥底には、不気味なノイズが混じっていた。

从;゚∀从「つー……!」


111 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 02:38:06.88 ID:epRM+H9B0

 
(;* ∀ )「もう、持たないの! 早く! 私が止められる内に―――!!」

そして彼女は絶叫を上げつつ、身を痙攣させた。
内側で、『もう一人』との激しい拮抗があるのだろう。

从;゚∀从「つー!!」

拘束する。ロープを―――いや、間に合わない。
この様子じゃ今すぐにでも、奴はつーをまた乗っ取るだろう。
拘束具なんて物はない。誰かがその身を以て、拘束しなければならない。

( ゚∀゚)「……どうすんだ、ハイン」

从; ‐从「……私、は」

どうするんだ。この身体で拘束なんて、絶対に身が持たないだろう。
それとも―――つーの言う通り、楽にしてやるのが、姉として果たすべき最後の役目なのだろうか?
つーもそれを望んでいる。やるなら、この手で終わらせてやるのが、彼女にとっての最良なのだろうか?

首を振る。……出来る筈がない。殺せるわけがない。
それに―――違う。彼女だって、死にたい筈はないのだ。
それを選ぶ以外に、道がなかっただけだ。生きたい筈だ。

拘束出来れば! 悔しさに歯を噛む。
―――あの二人なら、或いは拘束出来るかもしれない。
しかし……


113 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 02:43:10.69 ID:epRM+H9B0

 
( ´∀`)「君が動けないなら、仕方ないもな。
      彼女の意識が戻る直前に、僕が首を獲るもな。そうするしかないもな。
      どうするんだもな、ハイン。君が決めるもな。君が殺すか、僕が殺すか」

やはり、モナーとジョルジュはダメだ。殺してしまう。
なら私しかいないじゃないか。私が拘束して、その間に二人にショボンをぶち殺してもらう。
……だが立ち上がる事すら困難なこの身体で、それが出来るとは思えない。そんな時間、持ちはしない。

ならば、どうする。

从; Д从「私はッ……!」

どうするんだ、ハイン。
何もしないのが最悪だ。このチャンスを逃してしまったら、もう打つ手なんかない。
殺す事は出来ない。例えつーがそれを望んでいても、彼女を失っては、私は生きられない。

(;* ∀ )「もう……ダメ……! 早く……!!
     もう、殺したクないノ。失イたくナいの!!
     私を殺シて……姉さん!!」

音を外し、ノイズを混じらせ始めた妹の声に、ハインは唇を噛み締めた。

私、私は―――!!


114 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 02:48:04.36 ID:epRM+H9B0

 
彼女と過ごした日々が蘇る。

木漏れ日の射す深い森の中で、彼女と出会った。
血に―――返り血に塗れた彼女は涙を浮かべ、自身の中の存在と追手に怯えていた。
その儚げな表情が、失われた妹と重なった。

連れ帰り、“管理人”で保護した。今度こそ護ってやろうと思った。

“力”という物を教え、訓練し、戦わせた。
自分で自分を護れるように、そしてその“力”を従わせ、強くなれるようにと。
傍には常に自分が居た。

彼女も、自分で変わろうとしているのがよく分かった。
優しさ故、だろう。もう誰も傷付けたくないのだ。
本当の孤独と恐怖、悲しみを知っているからこそ、彼女は二度と過ちを繰り返さないと決心していた。

つーは何度も葛藤し、挫折し、また立ち上がり、迷った。それを繰り返し、何度も泣いた。
その度に彼女は自分に抱き付いてきた。自分は彼女の頭を撫で、慰め、時には叱った。
時間がかかる時もあったが、やがて彼女は笑った。そしてまた頑張った。

色々なところに連れて行った。楽しいものや美しい物を教えた。
桜の舞う公園、夏の光に輝くひまわり畑に海。紅葉の山に、雪とクリスマスに煌びやかに彩られた街並み。
その全てに彼女は感動し、それらに負けないくらいに明るい笑顔を見せた。

最初は『妹の代わり』だった彼女が、いつの間にかもっと大きな存在になっていた。
代わりではなく、妹。血の繋がりはなく、しかしもっと強い絆で結ばれた妹だった。
彼女もまた、自分の事を姉として扱ってくれているのが分かった。



117 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 02:53:29.03 ID:epRM+H9B0

 
そして、私は約束したんだ。

護ってやる、救ってやるって。
そして―――私は言ったんだ。


从; д从「つーの傍に、居てやるって……」

言いかけて、息を呑んだ。
ようやく気付いた。

思わず口を吐いて出た言葉こそ、答えだ。

あぁ、そうだ。傍に居てやる、護ってやるって、そう言った。
何だ、悩む事なんて、なかったんだ。

自分がどうするか、どうすべきか。自然と頭に浮かんだ。

ハインは大鋏をしっかりと握ると、袈裟掛けに空を切った。
視界が揺らぐが、思考は明瞭としていた。やる事は分かっていた。
やってやろう。そう約束したのだから。

静かに、つーに歩み寄る。
一歩ごとに倒れそうになるが、根性で耐えた。
どうせ、これで最後だ。終わらせるまでは、耐えてやる。

(* ∀ )「ハイン……」


120 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 02:58:27.24 ID:epRM+H9B0

 
从 ゚∀从「あぁ、分かってる。思い出したから」

目の前に立つ。
見上げてくる彼女の瞳は、涙で輝いていた。

まるで、出会った時のようだ。
あの時の彼女の瞳は、助けてくれと、そう訴えていた。
だが今となっては、訴えは間逆だ。早く、やってくれ。そう、声無く叫んでいた。

ハインは頷くと、大鋏を振り上げ―――

(* ∀ )「ありがとう……」

从 ゚∀从「約束したからな」

そしてハインは、そのまま大鋏を放り投げる。
黒と銀の輝きは空中で数度回転して、背後の床に突き立った。

つーの瞳が大きく見開かれ、そしてハインの腕が、彼女を強く抱き締めた。

(*゚∀゚)「姉さ……何を……」

从 ゚∀从「なんてな……殺せるわけねぇだろ、馬鹿。馬鹿つー。
     私を独りにしないでくれよ。私はいつまでも、お前と一緒にいるつもりなんだぜ?
     約束したろ? 護るし、救うし、一緒に居るってさ」


121 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 03:03:32.04 ID:epRM+H9B0

 
(;* ∀ )「……ありがとう。でも……! ダメ、止めて―――!!」

一度は落ち着いていたつーの身が、再度激しい痙攣を起こし始めた。
ハインは慌てる事もなく、腕に力を込める。

从 ゚∀从「止めるさ。それも、約束したからね。安心しなよ」

暴れるつーの耳元で、囁く。
凄まじい。全力で抱き締めているというのに、それでも抑えきれない。腕が離れそうになる。
だがハインは放さなかった。むしろ、腕に力を込める。抱き締める。

从 ゚∀从「……もう、絶対に放さないよ」

その眼は、腕は、力に満ちていた。
まるで、つーの声を聞いて元気が出たとでも言うように。
―――その瞳に輝くのは、そして彼女の身体を支えている物は、ある覚悟だ。

やがて、つーの痙攣がぴたりと止んだ。
表情が一変する。喉の奥で、獣が鳴くような唸り声が低く鳴った。
牙を剥き、叫んだ。声は嗄れて音を外し、ノイズを混じらせている。怒りに染まった声だ。

(#* ∀ )「放セ! 放しヤガれ、クソッタレガ!!」

从 ゚∀从「ダメだね、放さないよ。もう、離さない。
      何があったって放すもんか。もう、あんたを独りにはしない」

彼女の腕の中で、つーは激しく暴れまわった。
身をうねらせ、よじり、床を蹴り、ハインを蹴りつける。
しかしハインは動じなかった。堅くつーを抱き締めて、放さない。


122 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 03:10:36.25 ID:epRM+H9B0

 
(#* ∀ )「ア゛ァ!? 何言ッてンだアンタ! 勝手に妹ト重ねチャッてサ!? 馬鹿ジャねェノ!? 迷惑なンだよ!!
     私はアンタの妹なンカジャないンだ!! アンタの妹ハ死ンでるンダよ!! 分カッてンだろ!? 諦めガ悪イね!!
     そレとモ、酔ッてヤガンのかネェ!? 『妹を失クした私ハ可哀想だ』『今度コそ助けてヤる』とカ言ッてる自分に―――」

从 ゚∀从「違う」

つーの怒声に、ハインは不自然なほどに冷静に応える。

从 ゚∀从「妹は、死んでなんかいない。
     あたしの中にいて―――目の前にいる」

(#* ∀ )「戯言を―――!!」

彼女は更に罵声を浴びせようとするが、ハインに更にきつく抱き締められて止められた。
口を胸に押しつけられてしまって声が出せない。
その耳元に口を寄せて、ハインは小さく囁く。

从 ゚∀从「あんたは、私の、妹だよ―――つー」

そうして、耳に小さくキスをした。
腕の中のつーが暴れるが、虚しい程に動かない。

数秒間、その体勢のまま彼女は固まって―――
顔を上げると同時に、口を開いた。

从 ゚∀从「殺せ」

( ´∀`)「……良いのかもな? さっきまで、あんなに止めていたのに?」


124 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 03:13:38.98 ID:epRM+H9B0

 
从 ゚∀从「あぁ。だが、つーだけを殺すんじゃダメだ」

その言葉に、ジョルジュは眉根をぎゅっと寄せる。

(;゚∀゚)「……おい。あんた、何を言ってるんだ? まさか」

ハインの言葉の意味が、イマイチ分からなかった。
分かっている事は一つ。猛烈に騒いでいる厭な予感が、外れではないだろうということだ。

从 ゚∀从「こいつは私が抑えてる。私ごと、殺してくれ」

そして見事、ジョルジュの予感は的中するのであった。
息を吸い込む彼の喉が、情けない音を出す。

从 ゚∀从「これしかないんだ。ほら、早く殺れ」

(;゚∀゚)「お前……! 自分で何を言ってんのか分かってるのか!? そんな事―――」

彼の困惑の悲鳴は、しかし途中で怒声によって遮られる。

从#゚∀从「るっせぇ!! 私が殺れって言ってんだ、さっさと殺しやがれ!!
      私達は敵だぞ! 舐めてんのか馬鹿野郎! 殺されたくなきゃ、黙って殺しやがれ!!」

ジョルジュは身体をよろめかせた。
何が何だか分からない。彼女の言い分も、今の状況も。

(;゚∀゚)「……はは。笑えねぇよ。狂ってら」


125 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 03:18:14.80 ID:epRM+H9B0

 
从 ゚∀从「はん。そんなもん、会った瞬間から承知だろうが。
     良いから、殺せ。殺してくれ。もう、それしかないんだ。
     私が放したら、もうこいつは止められないぞ? 狂いきってるからな。みんな、死ぬ」

すぐ言い返そうとして、しかしジョルジュは言い淀んだ。
良い返しが見付からない。ハインを説得出来る、満足な材料が一つたりとも存在しない。

(;゚∀゚)「……つーだけを攻撃すれば良いじゃないか!!
    何もあんたまで死ぬ必要はないだろ!!」

从 ゚∀从「ジョルジュ、テメェは甘過ぎんだよ。
     勘違いしてんな、私達は敵だ。わざわざ私を生かしてどうする。
     この状況、あんた達にとっちゃ最高だろ? 敵を二人一緒に殺れるんだ。効率的じゃないか」

(;゚∀゚)「そういう問題じゃ―――」

从 ゚∀从「それに……独りで逝かせちゃ、つーが可哀想だろ? 今、あんたも想っただろうけどさ。
      こいつはさ、ずっと孤独だったんだぜ? ここまで来て、独りにさせるわけにゃいかねぇだろ」

苦笑する。

从 ゚∀从「そんで私は、つーがいないと生きる意味を失くす。つまりここで死のうが生き延びようが、変わらないんだよ。
     だから、良いんだ。私とつーは一緒に逝く。つーは独りじゃない。私はつーと一緒に居る。
     それで良いんだよ。それが全てだ。だから、殺せ」

静かな物言いに、ジョルジュは俯いて下唇を噛み締めた。


127 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 03:23:04.15 ID:epRM+H9B0

 
その時。つーがハインの胸から無理矢理に顔を上げた。
苦しげに一つ息を吸い込み、それから叫ぶ。

(#* ∀ )「冗談ジャなイ! 放セ、放しヤガれ!! アンタは独リで死ンで行ケ!! 私を連レて行くンジャないよ!!
     コこマで来て! 誰モ殺セずに死ンで行クなンて御免なンだよ!! ふザけるな!! 蟲ノ分際で調子に乗りヤガッて!!
     何ガ姉だ、何ガ約束だ、何ガ生キる意味ダ!? クだラないンだよ!! クソ、放セ!! 放セェエェエェェッ!!」

从 ゚∀从「うるさい」

短い一言で、ハインはまた抱き締めるようにして、彼女の顔を胸に押し付けた。
それでも叫び続けようとする彼女の声はくぐもり、形にならずに散っていく。

从 ゚∀从「……あんたとっちゃ糞以下のくだらないもんでもね、
     人によっちゃ、それだけで生きる理由にだって為り得るんだよ。
     命を投げ捨てるに足るだけの理由にも、ね」

小さく呟いて、彼女は一つ、溜息を吐いた。
かなり苦しげだ。顔は青白くなり、眼には濃い疲労のような物が見える。
もう、余り余裕はなさそうだ。

从 ゚∀从「ジョルジュ。さぁ」

真っ直ぐジョルジュを見やる。
彼は視線を逸らし、俯いて弱々しく呟いた。

(;゚∀゚)「う……そんな、事」


130 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 03:28:08.37 ID:epRM+H9B0

 
从 ゚∀从「そうか。なら、モナー。頼む」

視線をモナーに変更する。
彼は眼を逸らしはしなかったものの、ゆるりと首を振った。

( ´∀`)「……共に死ぬ覚悟があるくらいなら、自分でケリを付けてあげるべきだもな。
      つーの心境じゃ、愛する人である君に止められるのが、一番の終わり方ってもんだもな。
      姉として、その心境は分かる筈だもな。僕が手を下すべきじゃない」

从 ゚∀从「私はつーを殺せないんだって。だからこうして、頼んでいるんじゃないか」

( ´∀`)「死ぬ覚悟があるなら、出来る筈だもな。彼女を思うなら、君が―――」

モナーの言葉は、ハインの大きな溜め息で掻き消される。

从 ゚∀从「もう良いよ、分かった。やってくれないって言うんだね、あんた達は」

彼女の言葉に、二人は小さく頷いた。

ハインは息を吐いた分、大きく吸い込んで―――

从#゚∀从「こんッの―――クソ野郎共が!!」

全力で、怒鳴りつけた。
二人の身体が硬直する。

(;゚∀゚)「……な!?」


133 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 03:33:07.72 ID:epRM+H9B0

 
从#゚∀从「さっきまで殺し合ってた癖に、こんな状況になったら殺せないだと!?
      こんな血生臭いところでおセンチちゃんか、コラ! 安い同情してくれちゃってんじゃねぇぞ、ふざけやがって!!
      脚の間にぶら下げてるもんは飾りか!? テメェら男ならな、覚悟決めてきっちり終わらせていけ!!」

鋭く睨みつける瞳がジョルジュを向く。

从#゚∀从「『そういう問題じゃない』? 『やれない』だ? 甘えた事抜かしてんじゃねぇぞ。
      ここをどこだと思ってやがる! 戦場だぞ!! そういう決意と覚悟を固めてきたんじゃねぇのか!? あぁ!?
      これは『そういう問題』」だ! 『やれるかどうか』なんて聞いてねぇ!! やれっつってんだよ!!」

ジョルジュの喉が細く音を漏らす。
もう限界が近い筈の彼女の声は、
しかし今までのどの時よりも力強く暴力的で、容赦なくジョルジュを殴りつけた。

从#゚∀从「おい、ジョルジュ!! いつだったか、言ったよな、テメェ!!
      『引き際が良い男はモテる』、ってよ!? なら素直に諦めて、さっさと私を殺しやがれ!!
      今がその引き際だ! 今しかねぇんだぞ!! 吐いた言葉には責任持ちやがれ!!」

ジョルジュの拳が握り締められ、音が鳴った。
噛み締められた歯が軋む。歯の間からは呻きが漏れた。

从#゚∀从「モナー、テメェもだ!!」

鋭い視線が、ジョルジュからモナーへと動く。

( ´∀`)「……何だもな」


135 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 03:38:08.27 ID:epRM+H9B0

 
从#゚∀从「『つーの心境じゃ、愛する人に止められるのが一番』だ!? 私の心境じゃあな、愛する者を殺すのは最低最悪なんだよ!!
      兄として、その心境は分かるだろうが!! お前は弟を殺せても、私は妹を殺せない!! 殺せるわけねェだろバカタレ!!
      イカれた弟を止める覚悟があるんなら、ついでにここで私達も止めて行け!! 出来る筈だろう! 殺れ!!」

そこでハインは激しく咳き込んだ。
苦しげに喘ぐ。もはや、大声を出す事すら辛いのだろう。

だが彼女は更に、そして今までよりも一段と力強く、叫ぶ。

从#゚∀从「テメェらの覚悟とやら、ここで示してみやがれ!!」

彼女の叫びは残響となり、沈黙した部屋の中に長く続いて伸びて―――

その響きの中に、靴が一歩を踏み出した音が混ざった。

( ゚∀゚)「……俺が、やる」

小さく呟いて、更に脚を進めようとする彼の肩に、静かに手が置かれた。

( ´∀`)「僕がやるもな。君が手を汚す必要は―――」

( ゚∀゚)「良いんだ。俺がやるんだ。俺がやらなきゃ、いけないんだよ」

( ´∀`)「……どうしてだもな?」

彼の問いに、ジョルジュは自分の手を見下ろした。


137 名前: ◆tAdHw/rYVY :2009/01/18(日) 03:43:02.27 ID:epRM+H9B0

 
( ゚∀゚)「思い出しちまったんだ。俺も、つーと約束したことを。
    “管理人”を止めてやるって言ったんだ、俺は。心配すんな、任せとけって。
     つーも“管理人”だ。なら、俺が止めなきゃ。……吐いた言葉には、責任持たないとさ」

( ´∀`)「……そうか、もな。大丈夫もな? やれる、もな?」

( ゚∀゚)「大丈夫じゃない。心臓が痛い。逃げ出したい。
    でも、やれるやれないの問題じゃない。やるしかないんだ。
     つーは、俺を信じてくれた。応えなきゃ」

頷くと、ジョルジュはモナーの手を優しく肩からどける。
そして彼と一瞬、視線を交差させると、前を向いて歩き出した。

ハインの背後に立つ。こうして見る彼女の背中は、小さかった。
普通の女の子と大して変わりのない、細くて小さな背中だった。
何だか、無性に悔しくなった。何でこんな背中で、ハインはこんなにも重い物を背負わねばならないのだと思った。

降ろしてやらねばならない、と思った。

从 ゚∀从「ありがとう、ジョルジュ」

(  ∀ )「……馬鹿野郎」

从 ゚∀从「私もそう思うよ」

思わず俯いてしまった顔を上げる。眼を逸らすわけにはいかない。
決心したんだ。自分も、彼女も。
自身の決意に正対し、その眼で、彼女の決意を見届けなければならない。







戻る 目次 次へ


Copyright (c) 1997-2017 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.