七章35 名前:1[] 投稿日:2007/01/24(水) 23:33:02.10 ID:wrJkfzdB0七章 標敵 帰り道。 三人と別れた彼は、足を進められずにいた。 嫌な予感がしたのだ。足を進めたくても、動いてくれないのだ。 恐怖と緊張と馬鹿馬鹿しさが入り混じった、複雑な気持ち。 昨日の同じ時間にも感じた、おかしな気持ち。 それが彼―――ブーンの足を止めていた。 (;^ω^)(いや、でもさすがに二日連続でっていうのはないお) そう思っても消えない、嫌な予感。 足を踏み出そうとする度に感じる、ぞくりとするような感覚。 (;^ω^)「いや、さすがにないお。あるわけがないお。ないお ないお ないお……!」 自分に言い聞かせるようにそう口に出してみるが、嫌な予感が足を進ませまいとする。 昨日の件がトラウマになったのかもしれない。 36 名前:1[] 投稿日:2007/01/24(水) 23:34:54.68 ID:wrJkfzdB0 勇気を出して踏み出そうとして、やめる。 一歩踏み出して、一歩後ろに戻る。 こんな事をブーンは五分ほど繰り返した。 その五分の間に、ブーンの脳内では様々な事が思考されていた。 しかし、最終的な答えは“臆病者な自分に喝を入れろ!”という馬鹿なものだった。 (;^ω^)「えぇい!僕のチキン!気合入れろお!」 そう叫んで、彼は自分の愚息に例のビッグサンダードラムスの構えを取った。 そして。 その太鼓は、打ち鳴らされた。 ばちん、と。 昨日の朝の教室でも鳴り響いた音が、響く。 (;゚ω゚)「ぐあおおーーーっ!!」 そう叫んで、彼はその場にうずくまった。 はぁあぁ、僕の馬鹿……! アレは自分にやってはならない、禁断の技だと言うのに!! そんな事を考えながら、彼は悶え続けた。 これまでにない後悔だった。 37 名前:1[] 投稿日:2007/01/24(水) 23:37:42.55 ID:wrJkfzdB0 はたから見たらただの変態だろう。 いきなり立ち止まって、ぶつぶつ何かを言って、挙句の果てには金玉にでこピンして叫んで悶えてる。 実際は自分と戦っているのだとしても、その行為はどう取った所で変態そのものです、本当にありがとうございました。 数分後。 ようやく下腹部の痛みが消え、彼は立ち上がった。 もう、大丈夫。 痛みで少しは不安が消えた。 ……大丈夫。 自分にそう言い聞かせて、深呼吸する。 こんな事の為だけに僕は悩んでいたのか、馬鹿馬鹿しい、と思いながら、彼は一歩を踏み出した。 そしてそのまま、二歩、三歩。 38 名前:1[] 投稿日:2007/01/24(水) 23:41:07.26 ID:wrJkfzdB0 ほら、大丈夫じゃないか。 大丈夫だ、ほら。 僕は、痺れも何もなく歩けているじゃないか。 何もない、何もない。 あーあ。 何もなければ、良かったのに。 「やっぱりかお」と呟きながら、彼は痺れきった足を解放させる。 忌々しい音を響かせながら、その足は変化を始めた。 残念だ。 僕の嫌な予感はことごとく当たってしまうらしい。 音が、終わる。痺れが、消える。 変化が終わったと確認する事もなく、彼は後ろを振り向いた。 39 名前:1[] 投稿日:2007/01/24(水) 23:43:02.19 ID:wrJkfzdB0 いつからついて来ていたのか、後ろを向いたブーンの視線の先には小柄な女性が立っていた。 髪の毛は綺麗な金髪でカールしており、目元が少しキツい女の子。 歳は大体ブーンと同じくらいか、ブーンよりも少し年下か。 西洋人形のような整った顔立ちをしている、可愛らしい少女だった。 ブーンは一瞬、彼女の美しさに眼を奪われる。 それはそうだ。彼女の美しさは、ブーンの周りの者では足元にも及ばないほどの物であったから。 そして、ブーンは少し悲しくなった。 彼女は“敵”の異能者だ、と、そう悟っていたから。 ξ゚△゚)ξ「こんにちは」 少女はあまりにも自然に挨拶してくる。自然過ぎて不自然だった。 「こんにちは」この挨拶が知り合いに向けてなら、自然だろう。だが、彼女とブーンは知り合いでも何でもないのだ。 彼女の顔は無表情その物で、何を考えているのか掴み取れない。 40 名前:1[] 投稿日:2007/01/24(水) 23:45:04.51 ID:wrJkfzdB0 ブーンは反応に一瞬困る。だが、普通に接する事にした。 もしかしたら戦う必要はないのかもしれないし、彼にはわざわざ怒らせて戦うようにする気もない。 ( ^ω^)「……こんにちは、ですお」 ξ゚△゚)ξ「えぇ」 そう返事して、彼女は彼の足をちらりと見る。 その表情は、無表情なままから変化を見せなかった。 僕の足を見ても驚かない。 それに、さっきの共振。やっぱり、間違いなく異能者だ。 彼の憶測は、確信に変わる。 41 名前:1[] 投稿日:2007/01/24(水) 23:47:02.90 ID:wrJkfzdB0 少しの間の沈黙。 それを破ったのは、少女の方だった。 ξ゚△゚)ξ「私は、ツン。あなたは?」 ( ^ω^)「ブーンですお」 ξ゚△゚)ξ「そう」 このくだらない応答に、何の意味があるのだろうか。 ふっとそう思って、すぐにその疑問を意識の外に置く。 もしかしたら集中力が薄れた所を攻撃してくるのかと、そう思って。 そして、また沈黙が訪れる。 西洋人形のような彼女の眼はブーンを見ている。その視線は真っ直ぐに、突き刺すように。 そこには怒りも憎しみも恐怖もない。 ただ無感情な眼。まさに人形の眼。 ただ時折、ちょっとだけ寂しそうにする眼。 42 名前:1[] 投稿日:2007/01/24(水) 23:48:51.31 ID:wrJkfzdB0 やがてブーンは沈黙に耐えられなくなって、口を開いた。 昔から我慢するのは苦手だった。 (;^ω^)「何の用ですかお?」 その言葉に、西洋人形は目を伏せる。 そして、顔を上げながら呟いた。 ξ゚△゚)ξ「……ごめんね」 その言葉が終わるのと、同時。 彼女に変化が起きた。 43 名前:1[] 投稿日:2007/01/24(水) 23:51:35.43 ID:wrJkfzdB0 音が、響く。 それは決して美しい旋律などではない。 骨を折った時のような、湿った太い木の枝を折った時のような、忌々しい音。 耳を抑えたくなるような、そんな不快な音。 そして、ブーンの足やドクオ達の腕からも響いた音と、同じ音。 だが、それはブーンの足から響いた音ではない。 もちろん、どこかにいるかもしれない彼と彼女以外の第三者のものでもない。 それは、ブーンの目の前。彼女の背中から発せられている音だった。 ふわりと、白くて軽い羽根が大量に舞う。 それは彼女の背中より生え出た、神々しい翼から抜け出た物だった。 その翼は彼女の身体ではアンバランスほどのな大きさを持ち、その翼を構成している羽根一つ一つに“力”がこもり、光輝いていた。 白く輝く翼を背中に持ち、顔が美しい彼女は、ブーンにはまるで天使に見えた。 だが、ブーンがそれに見とれている暇はなかった。 44 名前:1[] 投稿日:2007/01/24(水) 23:53:20.75 ID:wrJkfzdB0 天使が翼を一度、大きくはためかせる。 瞬間。驚くほど強い一陣の風が彼を襲った。 だが、天使の翼から発せられたのは風だけじゃなかった。 (;^ω^)「っとおぉっ!?」 ブーンはそう叫びながら、左に飛び退く。 飛び退いた理由は本人にも分からない。強いて言うなら、それこそ“嫌な予感”だ。 その一瞬の後、彼のすぐ横で連続して響く鋭い音。 彼は反射的に音の方向を見る。 そこには、彼女の翼より発された“何か”が、一瞬前まで彼のいた地面に深々と刺さっていた。 それは、普通の物と比較するとあまりにも大きな羽根。 キラキラと夕陽に光る、白銀の羽根。 それが二十本ほど、ブーンの数センチ横のアスファルトに刺さっていた。 45 名前:1[] 投稿日:2007/01/24(水) 23:55:11.97 ID:wrJkfzdB0 (;゚ω゚)「お……お?」 ブーンの口からはおかしな声が漏れ出す。 恐怖の声なのか、困惑の声なのか。それは本人にも分からなかった。 彼は彼女を見る。 彼女はやっぱり無感情な顔だった。 人形のような。西洋の絵に描かれる天使のような。 彼女は一度翼の動きを停止させると、無感情な声で、彼に言葉を投げかける。 ξ゚△゚)ξ「……あなたが悪いのよ、異能者なんだから」 (;^ω^)「い、異能者だからって何で殺されなくちゃいけないんだお!?」 ξ゚△゚)ξ「何で?……理由なんて、そんなものいらないわ。 あえて理由を付けるなら、その理由は「異能者だから」 あなたが異能者で、私と出会ってしまった。だから、あなたは、死ぬ」 彼女はそう言うと、翼を大きく広げる。 やっぱり綺麗だ、と、ブーンは想った。 47 名前:1[] 投稿日:2007/01/24(水) 23:56:53.37 ID:wrJkfzdB0 ξ゚△゚)ξ「もう一度言うわ。 私はツン。相手の“力”を映して放てる翼を持つ異能者」 そして、彼女は。 ξ゚△゚)ξ「異能者を削除させてもらっているわ」 そう言って、翼を大きくはためかせた。 台風の時以上の風がブーンを打ちつけ、雨のような量の羽根が舞う。 彼女の羽根から発射された羽根は、矢のように一直線に飛ぶ。羽根の数は最初の攻撃よりもはるかに多い。 ブーンは咄嗟に右に跳ぶ。 強化された足のおかげで、彼の身体は大きく移動。無数に飛ばされた羽根を難なく避けた。 ツンと名乗った少女は舌打ちを一つ打つ。 ξ゚△゚)ξ「早く死んでよ。めんどくさいな」 それからまもなく、二度三度と連続で、広範囲に羽根をはばたかせた。 さきほどとは比べ物にならない量の羽根が、ブーンを襲う。 翼を大きくはためかせなかったので、羽根の速度はあまり速くはない。 だが、広く幾重にも展開されたそれはまるで迫る壁のようだった。 49 名前:1[] 投稿日:2007/01/24(水) 23:58:56.50 ID:wrJkfzdB0 右にも左にも行けない。ブーンは慌てて後ろに跳ぶ。 しかし、羽根のほとんどはそれなりの勢いを保ったまま一直線に彼を貫かんとした。 右にも左にも、後ろにも行けない。前に行くなんて持っての外だ。 ならば……。 (;゚ω゚)「おぉおぉっ!!」 ブーンはそう叫ぶと、上に向かって全力で跳び上がった。 彼の身体は電柱よりも高く跳び上がる。 眼下では無数の羽根が壁に突き刺さっているのが見えた。 あと一瞬判断が遅ければ、死んでいた。 混乱している頭がそれを認識して、背筋が寒くなるのを感じた。 50 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:00:49.38 ID:vFXpSEnd0 僕はもう、生き死にの世界に入ってしまったのか? 何故? 何故僕が? ……いや、そう考えても仕方ない。 どうせ僕の頭では、ろくな答えは出ない。 今考えるべきなのは、どうやって生き残るか、だけだ。 それからでも、考え事は出来る。 彼女は、おそらくショボンの言っていた「異能者を狩る組織」。 どうやって逃げれば良いのだろうか。 いや、逃げられるのか? 見た所、あの羽根はかなり遠くまで飛ばす事が出来そうだ。 逃げようとしたところで、背中を見せればもうヤマアラシだ。 イコール……逃げられない。 ならば、どうする? 反撃しかない。 51 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:02:58.85 ID:vFXpSEnd0 上空にいる時間だけでそこまで思考して、彼は上空で電柱の先っちょを蹴る。 そこに留まっていた状態から、急激に加速。彼の体はツンに向かって一直線に跳んだ。 流星の如く飛ぶ彼のターゲットは、ツンの足。 まず、足を怪我させて動けない様にする。 僕はそれからゆっくりと逃げれば良い。 足を怪我させるくらいであれば、死にもしない。 それに倒れた状態であれば、あの翼も恐れる事はない。 決して良くはない頭で考えた結果が、それだった。 ツンがブーンの思惑に気付いたのは、彼女の身体がブーンの攻撃の射程距離に入る瞬間。 (;゚ω゚)「おぉおおぉおおぉおぉっ!!」 ξ;゚△゚)ξ「くっ……!」 ブーンの足の射程内に、ツンが入る。 そして――― (;゚ω゚)「喰らえおっ!!」 ブーンはそう叫んで、足を思いきり振り抜いた。 戦闘が終わるのを確信して。 52 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:05:07.01 ID:vFXpSEnd0 だがそこで聞こえたのは、骨の折れる音ではなく、金属音だった。 ブーンは驚愕に眼を見開く。 彼の足は、彼女の翼によって止められていた。 彼女は一瞬の内に体を翼で包み込むようにして、彼の攻撃を防御したのだ。 (;^ω^)「おっ……!?」 ξ;゚△゚)ξ「危なかった……」 ブーンはすぐに、その翼を蹴って離れる。 今の攻撃を止められた事はショックだったが、それよりもまずは逃げる事を優先した。 彼女と少し距離を取ったところで、足を止め、溜め息を吐く。 生命の危機という状況下にいて、ブーンは少し疲れていた。 そして、緊張と恐怖で足が震えている事に自分自身で気付いた。 (;^ω^)「……逃げて良いかお?」 ξ゚△゚)ξ「良いわけないでしょ。馬鹿じゃないの」 53 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:07:07.36 ID:vFXpSEnd0 ツンはそう言うと、防御の為に使っていた翼を広げる。 何本かの白銀の羽根が、ふわりと宙に舞った。 ブーンはブーンで、いつでもどこにでも跳べるように腰を落とし、足の指で地面を掴む。 爪の方も強化されていたので、その爪はアスファルトに深く食い込んだ。 一瞬の静寂が訪れ、二人の間の空気が停止する。 そして、その空気は急激に加速する。 白銀の翼が大きくはためき、幾本もの羽根が舞う。もはや矢よりも高速で飛び来る羽根を、ブーンは跳んで避けた。 ( ゚ω゚)「おぉ―――おっ!!」 着地と同時に、また地面を蹴る。 彼の体は一瞬でツンの懐に入る。すぐさま彼はその場で足払いをかけた。 僕の足の威力なら、足払い程度でも折る事くらいは出来るはず。そう思って。 だが、あるべき場所に、ツンの足はなかった。 彼の足はすかりと空を切る。 彼は驚いて顔を上げた。 54 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:08:53.40 ID:vFXpSEnd0 ツンはその翼を使って、宙に浮いていた。 ξ゚△゚)ξ「何驚いてんの。当たり前の事じゃない。翼は何の為にあると思ってんの?」 ( ^ω^)「あ、ですよねー」 それから、彼女は更に上へと昇る。 彼女の体はかなりの高さまで昇った時、ようやく上昇を止めた。 彼女の運が良かったのか、彼女が何となく選んだその高さは丁度ブーンが届かない高度だった。 ξ゚△゚)ξ「いいかげんに死になさいよ。しつっこいな」 翼を空中で荒々しくはばたかせ、彼女は上空から羽根を降り落とす。 羽根は元々の早さに加えて、重力によってどんどんと加速。鉄板でさえ貫ける凶悪な矢と化した。 ブーンは思考する。 恐怖から思考を止めようとする脳を必死に回転させて。恐怖から動こうとしない身体を必死に揺すって。 55 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:10:49.75 ID:vFXpSEnd0 彼女の羽根は鋭い。 金属製のものだから、ダーツや杭を投げているのと変わりないほどに負傷するはず。 それが、彼女の翼から勢いよく発射され、相当な高度から重力を味方に落下していく。 異能者とは言え、それをまともに食らえば僕は人の形を残さなくなるだろう。 しかも、おそらく逃げられない。 何故なら、羽根は広範囲に振り落とされている。 右、左、前、後ろ。どこに跳ぼうが、負傷は免れない。まるで雨だ。 例え全力で回避したとしても、この足が疲労するだけだ。 彼女は疲れた僕にも容赦なく羽根を放つだろう。 疲労して逃げられなくなったところで、僕は雨に打たれるだろう。走り回っても疲れるだけで、結末は変わらない。 ならば。 意を決して、ブーンは眼を見開いた。 現実を見詰め、立ち向かう事を決意した。 (#゚ω゚)「おぉおぉぉっ!!」 そう叫びながら、ブーンは上に思いきり跳び上がる。 すぐ目の前に羽根の壁が迫った。 迫る壁には潰されるのを待つのではなく、集中的な力で壁を破壊すべき。 彼はその壁に向かって、思いきり足を振り抜いた。 軽い金属音が連続して響き、羽根の壁の一部が吹き飛ぶ。 56 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:12:59.16 ID:vFXpSEnd0 (;゚ω゚)「痛っ!!」 肩に鋭い痛みが走る。その肩には羽根が二本直立していた。 だが、ブーンは血の滲む肩を見る事もしない。元々これくらいは覚悟だった。 肩に残る熱感を無理矢理に無視。ブーンは足をもう一度、さっき以上に強く振り上げる。 鋭い金属音。蹴った物は、五本ほどの羽根。 羽根は夕焼けで紅く染まった空に向かって、勢い良く飛び行く。 そして、その先には、ツンがいた。 (;゚ω゚)「当たれお!!」 彼はそう叫びながら落下していく。 すぐに空を蹴って体勢を変更。無事に着地した。 すぐにブーンは自分の反撃がどうなったのかと、空を見上げる。 予測通り、その羽根はツンに向かって一直線に飛んでいっていた。少なくとも攻撃と呼べるくらいの勢いを保ったまま。 彼にとって予測していないのは、ツンの方だった。 ツンの眼は飛び来る羽根を見ていない。かと言ってブーンを見てるわけでもない。 ( ^ω^)「お?油断しているのかお……?」 そう思って、ブーンはツンを見る。 57 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:14:58.21 ID:vFXpSEnd0 ツンは空で俯いて、悲愴の表情を浮かべていた。 それを見たブーンの表情も、それに似たようなものになる。 何故、そんな顔をしているのだろう。そんな悲しい顔を、何でするの? 分からないな。 まったく分からない。 分からないけど。……だけど。 そんな顔は見たくないなぁ、と、思ってしまった。 (;^ω^)「あ、危ないおっ!!」 気付けば、彼の口からはそんな言葉が出て来ていた。 言おうと思ったわけではなかった。 あぁ、僕の馬鹿! 何故、そんな事を言った!? 彼女は僕を殺そうとしている人間じゃないか! 自分をそうやって責める。 実際、何故そうしてしまったのか自分自身分からないのだから。 いや……でも。 そうして良かったのだと思う彼も、確かに彼の中には存在した。 59 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:17:19.62 ID:vFXpSEnd0 やっぱり、人が傷付くのは嫌だ。 自分の痛みは我慢出来るけど、人の痛みは我慢出来ない。 そして、人の苦痛の顔は、僕は見てられない。 そう思う彼が、ツンへ警告の言葉を発したのかもしれない。 ツンは彼の声に、ハッと顔を上げた。 それからすぐに向かってくる羽根の存在に気付き、表情を一変させる。 ξ;゚△゚)ξ「くっ……!!」 ツンはとっさに翼を盾にして羽根を防ぐ。羽根は翼に弾かれて落下した。 だが、それでバランスが崩れたのか、ツンの身体はふわりと落下し始めた。 でもきっと大丈夫。 彼女には翼があるから、すぐにまた浮き上がるだろう。 そう思って、ブーンはいつでも逃げられる様に腰を落とした。 だが、いつまで経ってもツンの身体は落下を続けた。 翼を動かそうとする気配はあるが、それでも浮き上がる事はない。 60 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:19:41.39 ID:vFXpSEnd0 (;^ω^)「ど……どうしたんだお?」 その答えを、ブーンはすぐに見付ける。 ツンの背中、翼の付け根。 そこに、一本の羽根が深く刺さり込んでいた。 どうする?助けるべきか? いや、助ける必要なんかないじゃないか。彼女は僕を殺そうとしたんだぞ。 いや、でもあの高さから落ちたら、ただじゃ済まないんじゃないか? だが、助けた所で、彼女はまた僕の命を狙うかもしれないんだぞ? あれは演技かもしれないんだぞ? どうするんだ!? 彼が葛藤を続ける内も、時間は止まらない。ツンは落下を続ける。 ξ;゚△゚)ξ「いや……いや……!!」 ブーンの眼に、彼女の口はそう呟いている様に見えた。 そして。 「助けて……」 ブーンの眼に、彼女の口が、力なくそう動いた様に見えた。 61 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:21:59.25 ID:vFXpSEnd0 単なる思い過ごしかも知れない。 見間違いかもしれない。 余計なお世話かもしれない。 自己満足に過ぎないかもしれない。 罠かも、嘘かも、裏切られるかもしれない。 それが分かっていても、彼の足は勝手に動き出していた。 彼女に向かって走り出し、彼女の身体を受け取らんと跳ぼうとしていた。 “敵”である、彼女に向かって。 何故、彼女を助けようとする? 彼女は、自分を殺そうとした人間じゃないか! 未だ答えを弾き出せない葛藤が、未だに彼の中でくすぶる。 62 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:24:04.19 ID:vFXpSEnd0 ドクオにも、言われた事がある。 僕がいじめられた時、ドクオがいじめっ子を殴り飛ばして。 いじめっ子の鼻から鼻血が出た。 僕はその子にハンカチを渡した。 その時に、僕はドクオに言われたんだ。 「何故、そいつに優しくする?そいつはお前をいじめた奴じゃないか」 僕は、その答えに困って、最終的にその質問にこう返したんだ。 「そうしたかったから」 今も、そうだ。 殺されそうになったから、何だ。 これから殺されそうになるかもしれないからって、何だ! 僕は助けたいと少しでも思った。 それだけで十分だろう! それで殺されたら、それが本望だとでも思い込めば良い! 彼の中の葛藤が、弾け飛んで、消滅した。 もう、彼の中に迷いはなかった。 63 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:26:14.46 ID:vFXpSEnd0 地面から三メートルとちょっとの高さ。 跳び上がった彼は、その辺りでツンの身体を抱き抱えた。 彼女の身体は震えていた。 彼女を抱える事によって、傷付いた肩にひどく熱い痛みが走る。 でも、それよりも、彼の体の中のどこかで。 その痛みよりも熱く燃える何かがあった。 だが、そこで彼は体勢を崩した。 すぐ目の前には壁。 (;゚ω゚)「…………ッ!!」 とっさに彼女を軽く放す。 彼女はちゃんと足から軽く地面に落ちて、数度転がっただけ。 それに対して、彼は壁に右半身を強くぶつけ、ぼてっと地面に落ちた。 自分の格好悪さが嫌になった。 幸い、羽根の刺さっている方はぶつけずに済んだ。 それでも右半身はひどく痛いが。 そりゃそうだ。勢いが付いたまんま、何の防御もせずに壁に激突したのだから。 いや……それよりも! 64 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:28:20.09 ID:vFXpSEnd0 そう思って、彼は身体を起こす。 左肩から無理矢理に羽根を引き抜いて、痛みに顔をしかめる。 立ち上がると、やっぱり右半身には軋むような痛みがあった。 彼の視線の先には、ツン。 彼女は身体を起こさなかった。 身体が震わすだけ。 ブーンは何となく、かける言葉に悩んでしまった。 だが、言葉は考えるよりも先に、口から出ていた。 (;^ω^)「……大丈夫かお?」 「……何で、助けたのよ」 震える彼女の口から、震えた言葉が出された。 ツンはブーンを向かないままに、言葉を発する。 表情は伺えなかった。 65 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:30:19.06 ID:vFXpSEnd0 「何で逃げなかったのよ。何で殺さなかったのよ!」 ブーンは痛みをこらえて、彼女に歩み寄ろうとする。 だが、「来ないで。質問に答えてよ」と言われてしまった。 ( ^ω^)「……助けたかったからだお。 そりゃあ逃げたかったお。でも、君が死ぬのは嫌だお。 僕はこうやって怪我で済んだけど、あのままだったら……君は死んでいたかもしれないんだお」 「何、格好付けてんの……馬鹿じゃないの」 ( ^ω^)「……大丈夫かお?」 そこで、やっと彼女はブーンの方を向いた。 その眼からは雫が溢れていた。 66 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:31:07.83 ID:vFXpSEnd0 ξ;-;)ξ「何それ……結局あんたの方が重傷のくせに。何、他人の心配してんのよ……馬鹿じゃないの」 (;^ω^)「お、お、お?なななな、何で泣いてるんだお?」 ξぅ△;)ξ「泣いてなんかないわよ馬鹿っ!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!死んじゃえ!」 (;^ω^)「……ひどいお……」 ξぅ△;)ξ「うるさいっ!もうどっか行ってよ!」 (;^ω^)「……ぉーん」 そう呟いて、彼はその場を離れた。 泣いてる女の子と同じ空間にいるのは辛い物があった。 ブーンの後ろで、泣きじゃくる声が聞こえていた。 何だかすっきりしない気分だった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 67 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:33:05.57 ID:vFXpSEnd0 あれから、十五分。 やっと涙が止まり、私は電柱に寄りかかった。何故かその電柱の頂点は崩れていた。 彼は、一体何なのだろう。 姉さんからは「何も心配はいらない。戦闘経験なんてないだろうし、甘々な思考回路なようだ」としか聞いていない。 その人物に情が移ってはいけない、と、それ以上の事を聞かなかった私がいけなかったのだろうか。 いや、でも彼は情報通り、まったく戦闘の素人だったし、「君が死ぬのはいやだ」なんて言う甘さだ。 それでは、何故私は彼を殺せなかったのだろうか。 殺せるタイミングはたくさんあったはずだし、殺すだけの“力”くらいは私は持っている。 ……私は“殺せなかった”のではなく、“殺さなかった”のか? 69 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:35:08.57 ID:vFXpSEnd0 では、私は何故彼を殺さなかったのだろう。 分からない。 最初、彼が“力”を解放していない時、殺せたのに。 戦闘が開始した時も、どんどん“力”を行使すれば、殺せたのに。 最後の瞬間、彼が私に寄ってきた時、殺せたのに。 殺さなくちゃいけないのに。 みんなと、そう約束したのに。 涙だけが溢れて……止まらなくなってしまった。 考えてみれば、私は最初から時間を稼いでいた。 挨拶や名乗りなんてして、時間を稼いでいた。 やっぱり、私はまだ、人を殺すのをためらっている。 70 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:36:49.01 ID:vFXpSEnd0 私は、今まで何人もの異能者を殺した。 でも、それは相手が抵抗したからだ。 私を憎み、怒り、恐れ、“敵”として見てくれたから、私は今まで異能者を殺せてきた。 でも、彼は違った。 私は放っておけば落下死していたはず。それなのに、彼は私を助けた。 自分も怪我していたのに。その後、自分の方がまた怪我するのに。 それでも、私を憎む事もしなかった。 呪いを吐く事も、罵倒する事もなかった。 何故。 何故……!? 憎んでくれれば良かった。 殺そうとしてくれれば、私を敵として見てくれていれば、私は鬼となれた。 何故、憎んでくれなかったの……!? 71 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:38:55.26 ID:vFXpSEnd0 涙は、何故流れた? 私の弱さに、悲しくなったのか? いや、違う。 私は、彼の優しさが嬉しかったのだ。 まだ自分を生かしてくれた、まだ自分を生きていて良いとした、あの優しさが。 自分の存在を護ろうとしてくれた、あの気持ちが。 彼の腕の中は、暖かかった。 姉さん達に慰めてもらった時の暖かさと、同じ暖かさがあった。 ……私は、どうすれば良いのだろう。 これからも、異能者を殺せるのか? こんな精神状態で、“削除”し続ける事が、出来るのか? 正直、もうそんな事はしたくない。 でも、しないわけにはいかない。 何だか悲しくなって、また泣きそうになる。 その時、私の肩に手が置かれた。 びくっと身体が反応したのが、自分でも分かった。 72 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:41:03.26 ID:vFXpSEnd0 「私だ、ツン」 その声に、安心した。鋭く響く、低めの声。 姉さんだ。 「……大丈夫か?」 ξ゚△゚)ξ「……うん、もう、大丈夫」 「そうか」 姉さんはそう言うと、私の頭に手を置いた。 それから優しく、私の頭を撫でてくれる。 暖かかった。 私は、姉さんが大好きだ。 姉さんが私達の為に苦労してくれている事も知ってるし、極力私達に異能者を狩らせないようにしてくれている。 何より、この“狩り”は私達の為なのだ。 だから、私は続ける。 姉さんが私達の為を想ってやってくれている事なら、私は姉さんをサポートする。 殺す事が嫌でも、私は姉さんについていこう。 思い出した。 迷う事なんてないんだ。 73 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:43:07.78 ID:vFXpSEnd0 私は姉さんを信じてついていけば良い。 「今、しぃとフサがギコという少年を狩っているはずだ。それが終わったら、今日は休もう」 ξ゚△゚)ξ「……ねぇ、姉さん」 「何だ?」 何で私達は、異能者を狩るの? そんな今までに何度もした質問を、つい口に出そうとしてしまう。 ξ゚△゚)ξ「……ううん。何でもない」 「……そうか」 それから私は電柱から離れる。 私の後ろでは、安全靴が擦れる音。 74 名前:1[] 投稿日:2007/01/25(木) 00:43:43.12 ID:vFXpSEnd0 ξ゚△゚)ξ「ちょっと……待ってよ」 そう呟きながら、私はその足音についていく。 これからも、私は姉さんについて行こう。 頼りになる姉さんに。頑張ってるけど、実はちょっと無理してる姉さんに。少し脆い所がある姉さんに。 私の大好きな姉さんに、ついて行こう。 空はもう綺麗な紅だった。 戻る 目次 次へ |