三十八章二自分が扱えるのは、強化された視覚と聴覚、左腕。 二挺の銃と、それらの新しい機能のみ。 それらをどう扱えば、この窮地から逃れられる。 答えは出ない。焦燥よりも苛立ちに、拳が軋んだ。 早く、答えを出さねば。自分は、ここで死ぬわけにはいかないのだ。 あいつらを、護らねば―――! 爆発しそうになる焦燥を抑えつけながら思考を練り上げる―――だが、その時。 ミンナの身体が、一際大きく、揺らいだ。 ( д )「私は……憎んでいるんだ」 (# д )「私は……憎んでいるんだ!! 人間を! ビロードを!! くだらないこの世界を!!」 (# д )「憎んでいない筈がない!! 憎んでいるから私は戦ってきたんだ!! 憎んできたから、あの苦しい時期を乗り越えられたんだ!! 憎んできたから、“管理人”に入ったんだ!! 私はこの戦いに勝って、奴らを殺さねばならないんだ! 邪魔者は殺す! 何者でも!!」 (;'A`)「!!」 空気が揺れる。 とうとう、時が来てしまった。 答えは未だ、出ていない。 しかし時は、答えが出るまで待ってはくれない。 与えられた時間は過ぎた――― ドクオを囲む無数の得物が、動き出した。 (;'A`)「ク、ソッ……!!」 一瞬ごとに、世界が変わって行く。 一瞬ごとに、死が近付いてくる。 やけに遅く感じる空間の中、“死”だけが確実に近寄って来る。 (; A )「俺は……こんなところで……!!」 思考は茫として、どこか遅々としたまま揺れる。 その中―――己の中の熱い何かだけが、急激に加速していった。 (# A )「終わるわけには―――いかないんだよ!!」 その熱さは、一瞬で最高点まで達した。 その瞬間。 どくん、と鼓動が強く打った。 そして、左腕に鋭い痛みが走ったかと思うと―――そこで“力”と異音が弾ける。 左腕が、更なる異形へと変化を始めていた。 感覚は冴え渡り、全身に力が満ちる。痛みさえ緩和され、力に変わった。 襲い来る死の半球。それを構成する得物の一つ一つさえ、捉えられる。 両手は自然に持ち上がり、二挺をそれぞれ、得物にポイント。 そしてその二挺は、喜々として銃弾を吐き出した。 (# д )「があああぁああぁあぁっ!!」 “力”を全力で操って、一気に半球を凝縮させる。 逃れられるはずもない、まさに必殺の決め手だった。 その筈だった。 連続で鳴り響く、壮絶な銃声と金属音。 何事かと眼を剥けば―――凝縮させた筈の半球が崩壊していくのが見えた。 (#゚д゚ )「!? 何っ!?」 崩壊していく半球の中、銃弾と紅をばら撒きながら踊るのは、ドクオ。 ミンナはその光景に驚愕し―――そして、それが笑みに変わった。 彼の眼に映ったのは、ドクオの左腕。 変化部位が肩まで広がり、禍々しいまでの異形となったそれは、まさに悪魔のそれだった。 (#゚∀゚ )「更に“解放”したか!! ドクオ!!」 その頃には半球はほぼ崩壊し―――そしてそこから、ドクオが飛び出した。 ミンナは得物を、走り来るドクオに撃ち放つ。 しかしそれらは悉く二挺の吐き出した銃弾に喰われ、ドクオを捉える事はなかった。 (#゚A゚)「おぉおぉおぉぉおぉおぉ!!」 (#゚д゚ )「あぁあぁあああぁああぁ!!」 ドクオの右腕が跳ね上がり、振るわれるミンナの右手が風を切る。 そして、次の瞬間。 ぴたりと、その空間の全てが停止した。 (#゚A゚)「はぁー……・! はっ! はっ……! っはぁー……!」 (#゚д゚ )「…………………」 二人の得物がそれぞれ、眼の前の相手の動きを止めていた。 ドクオの右手に握られるクロは、その銃口をミンナの額にポイントしている。 ミンナの右手に持たれる、恐ろしく鋭い金属製のカードは、ドクオの首を捉える寸前で停止していた。 「「 動けば殺す 」」 二人の声が重なり、そして押し殺した笑い声が重なった。 二人は、死を目の前にして、笑っていた。 (#゚д゚ )「その左腕……更なる解放をしたか、ドクオ」 言って、ドクオの左腕に眼をやった。 近くで見ると、分かる。その悪魔の腕の、余りの禍々しさが。 色は闇色、形状は悪魔。 全体がやけに骨張り、そしてそれを補佐するかのように筋肉が隆起している。 しかし肩と肘からは、巨大化・尖鋭化した骨が皮膚を突き破り、角のように飛び出していた。 腕全体をミッドナイトブルーの血管が網の目のように這い、不気味に脈動している。 指は奇妙なほど長く伸び、爪もまた長く、そして鋭く伸びていた。 そして何より―――手の甲に存在する黄色の瞳が、爛と輝いていた。 見れば見るほど不気味で、禍々しい腕である。 (#゚A゚)「知らねぇな。何だそれは」 (#゚д゚ )「知らないなら知らないでも良いが―――。 言うなれば、お前のその腕。そして、感覚だ」 (#゚A゚)「あぁ、何やらやけに冴えてるが、それがどうした?」 (#゚д゚ )「考えれば分かるだろう。 異能者の力を、可能な限りまで解放する事。それが更なる解放だ」 (#゚A゚)「俺が今、それをしてると? なるほどな。どうでも良い」 (#゚д゚ )「どうでも良い?」 (#゚A゚)「てめぇを潰せて仲間を護れりゃそれで良いんだよ、俺は。 更なる解放? んなもん、知ったこっちゃねぇな」 (#゚A゚)「腕がやたら気持ち悪くなろうが、感覚が鋭くなろうが、そこに意味はない。 てめぇを潰せて初めて、意味を持つ。だから、まだまだ。もっとだ。 もっと強く、もっともっともっと強く―――てめぇを潰せるだけの力を。仲間を護れるだけの力を!!」 (#゚д゚ )「ッ!!」 躊躇はなかった。 眉間に押しつけられていたクロは、当然であるかの如く、火を噴いた。 ミンナは寸前で、頭を横にズラす。 放たれた銃弾はミンナの右耳を吹き飛ばし、血飛沫を巻き上げて背後へと抜けた。 同時、バックステップしたドクオの首から血が踊る。 ミンナはドクオが銃を撃ったその瞬間に、手からカードを飛ばしていたのだ。 しかしカードはドクオの首を掠り、薄く皮を裂いていくのみ。 二人は同時に大きく離れ、走りながらお互いに得物をぶつけ合う。 停滞はない。そこにあるのは、先の見えぬ加速のみ。 加速。 ドクオの銃弾とミンナの得物は、互いに互いを潰し合う。 加速。 いくつかの銃弾や得物が抜け、互いの身体の各所が血を噴いた。 遅滞はない。加速していく。銃弾も、得物も、空間も、思考さえも。 加速。 “力”の使い過ぎで、ミンナのこめかみの血管が爆ぜて血煙が舞った。 しかしドクオにも、鋭い頭痛が走る。―――遅滞は、ない。 加速。 足音。銃声。金属音。咆哮。全てが重なって、途切れぬ一つの音となった。 音はどんどんと大きくなって――― (#゚A゚)「!!」 (#゚д゚ )「!?」 同時。二人の足首が鈍く叫び、二人は床に肩から突っ込んだ。 ミンナの足首には銃弾が食い込み、ドクオの足首にはサイコロが食い込んでいる。 しかし、未だ止まらない。 床に倒れ込んだ状態から、ドクオはミンナに銃を向け、ミンナはドクオに得物を向ける。 そしてようやく、停滞した。 しかし、荒い呼吸、強く打つ鼓動、滴る血液―――音だけが停止せずに、戦闘の続行を告げていた。 (#゚д゚ )「はぁーっ……随分と、強くなっているじゃないか。 面白い……はぁっ……やはりお前は面白いぞ、ドクオ。 私の邪魔者として、最高の敵だ! 殺すのがこんなにも楽しい人間は、これまでにお前だけだ!」 (#゚A゚)「息を切らしながら……っはぁー……言う事じゃねぇな。 てめぇはやっぱり気にいらねぇ……俺の最期の敵にはなれねぇな、お前は。 俺はやっぱりここで死ぬわけにはいかねぇよ。てめぇを殺して、俺は生きる。生きて、護る」 (#゚д゚ )「私の台詞だ、それは。お前を殺して、私は生きる。生きて、殺す。 自分の存在を証明する為に。自分の生きている意味を、無理矢理にでも確立する為に。 ……お前には分からないだろうな、この気持ちが」 (#゚A゚)「あぁ、分からねぇな。分かりたくもねぇよ、そんな気持ちなんざ。 俺は生きる意味の為に、戦ってんだ。生きる意味を探す為に戦ってるクズとは違う」 (#゚д゚ )「生きる意味の為に戦う? お前は何を言っている」 (#゚A゚)「そのまんまだよ馬鹿。生きる意味―――大切なモノと一緒に在る為に、俺は戦うってんだ。 そういうもんがてめぇになければ、まぁ、分かる筈もない言葉だがな」 (#゚д゚ )「……大切なモノ……か。 ふん。私にも、あったさ。なくなってしまったがな。 大切だったモノは私から逃げ出して、そして全てを奪ってしまったよ」 (#゚A゚)「てめぇがそれだけの存在だったって事だろ。 その『大切なモノ』から命を奪われなかっただけ、ありがたいと思ってろよ」 (#゚д゚ )「あぁ、感謝しているよ。命があるおかげで、お前と殺し合えるのだからな。 そうだ、お前を殺したらそいつを殺せるんだ。楽しい事が続いてしまうな」 (#゚A゚)「てめぇは死んで、何も果たせずに逝くんだ。哀しい事続きだろ」 (#゚д゚ )「それは殺し合いの末、死神が決めてくれるさ。 さぁ、ドクオ! 殺し合おうじゃないか!!」 (#゚A゚)「あぁ、喜んで」 立ち上がろうと、足に力を込めようとして――― しかし、ふいに力を抜いた。 (#゚A゚)「そうだ。おい、ミンナ。言い忘れたことがあった。 どうせこの後は、ゆっくりと喋る事なんざ出来ないから、今の内に言っておく」 (#゚д゚ )「何だ?」 (#゚A゚)「伝言。てめぇに伝えてほしいって言われてる事がある」 (#゚д゚ )「伝言? 誰からだ? 何と?」 (#゚A゚)「ビロードからだよ。知ってんだろ? てめぇが異能者として糾弾される切欠を作った、あの男だ」 (#゚д゚ )「!?」 ミンナの瞳が見開かれ、そして揺れる。 笑みの形に歪んでいた唇は力なく開き、荒かった呼吸は細くなって、今にも止まりそうだ。 ( ゚д゚ )「ビロード……だと?」 (#゚A゚)「あぁ。『助けてくれたのに、ゴメン』だとさ」 ( ゚д゚ )「…………………」 (#゚A゚)「あいつは今、異能者への考え方を改めて、警察をやってる。 異能者の起こす事件に当たって、出来るだけ異能者を救おうとしていた」 ( ゚д゚ )「……そうか……」 (#゚A゚)「お前の事を、後悔していた。心の底から、申し訳ないと思っていたぜ。アイツは。 だから将来は、社会の異能者への見方を変えたいんだとよ。お前みたいな奴を出さない為に。 ……はン。殊勝だよな、馬鹿みてぇに」 ( ゚д゚ )「……そうか」 頷いて、ミンナは一つ、溜息を吐いた。 そして、口元が歪む。笑みの形に。 細かった呼吸は荒くなり、瞳はドクオを捉える。 ただし―――瞳は揺れず、不安定な雰囲気も彼から消えた。 (#゚A゚)「―――それだけだ」 (#゚д゚ )「そうか。ならば」 (#゚A゚)「あぁ。始めよう」 同時。二人は足首の傷に、指を捩じ込んだ。 燃え上がるような痛みを無視し、指を更に深くまで潜り込ませていく。 (#゚A゚)「ぐっ……うあぁ!!」 (#゚д゚ )「がああああああっ!!」 咆哮。それと同時に、傷口から互いの得物が取り出された。 血に濡れたサイコロと銃弾が床を跳ね、軽い金属音が二つ。 音が響く頃には、二人は既に立ち上がっている。 そして、ひびが入っているであろう足を酷使して、またも得物の撃ち合いを続けた。 しかしもう、互いに攻撃の精度が落ちている。 全身には新たな傷がどんどんと生まれ、また、攻撃の速度も時間に比例して落ちて行った。 (#゚A゚)「チッ……」 このままでは、どうしようもない。 何か、動かねば。決定打になる攻撃を、せねばならない。 ―――思考して、ドクオは (#゚A゚)「おおぉおおおおぉおおおおおぉおおっ!!」 咆哮。そして、地を蹴った。 接近していく。 より巨大になった左腕をやはり盾にして、四方八方からの攻撃を銃で撃ち落として。 (#゚д゚ )「させるか!!」 攻撃が、激化する。 しかし強化された視覚と聴覚は、襲い来る得物の全てを補足していた。 黒と銀の銃弾は鮮やかに得物を撃ち落とし、ドクオはミンナに到達する。 ミンナは咄嗟に壁を作り上げ―――ドクオは左腕で、その壁を薙ぎ払う。 壁は呆気なく破壊され―――そして (#゚A゚)「ゲームオーバー。終わりだな、ミンナ」 (#゚д゚ )「……・そうみたいだな」 ドクオの右手のクロが、ミンナの眉間に押し当てられた。 引き金は限界近くまで引き絞ってあり、撃つのに一瞬とかからない。 (#゚A゚)「お前には死んでもらう……が、一つ答えろ」 (#゚д゚ )「何だ?」 (#゚A゚)「最後。何故、力を抜いた?」 (#゚д゚ )「…………………」 (#゚A゚)「壁をブッ壊した、あの瞬間。俺に攻撃が届いた筈だ。 しかしお前はその攻撃をしなかった――― いや、壁を作り出したあの瞬間から、お前は戦いを放棄していた」 (#゚д゚ )「…………………」 (#゚A゚)「答えろ」 瞬間。 ミンナの身体から、ふっと力が抜けた。 まるで、縛られていた何かから解放されたかのように。 ( ゚д゚ )「……何だかもう、どうでも良くなってしまってな。 張ってた意地が、切れてしまったようだ」 ('A`)「あ?」 ( ゚д゚ )「私はな、ドクオ。どうやら、人間を憎んでいなかったようだよ。 ただただ、くだらない意地を張っていただけのようだ。 ……だから私は、ビロードの言葉を聞いて、どうでも良くなってしまったのさ」 ( ゚д゚ )「想えば私は、その言葉を待っていただけなのかもしれないな。 いや―――私は、ビロードを待っていたのかもしれない。 それとも、寂しかっただけなのかもしれないな」 ('A`)「……何なんだよ。お前は何を言っている」 ( ゚д゚ )「分からないさ。ただ言えるのは……私は今、良い気分だよ。 敗けたというのに、おかしなものだな。それとも、敗けたからこそ、なのだろうか。 解放されたような、清々しい気分だ。心なしか、身体すら軽い」 ( ゚д゚ )「礼を言う、ドクオ。お前のおかげで、私は楽になれた」 ('A`)「いらねぇよ。俺は、お前が邪魔だから倒しただけだ。 てめぇを楽にしてやろうだとか、そんな事を考えてたわけじゃない。 ……礼を言う相手は俺じゃねぇだろ、ミンナ」 ( ゚д゚ )「あぁ。……じゃあ、そうだな。ビロードに。 帰ったら、ビロードに伝えてくれ。『ありがとう』とな」 ('A`)「チッ……めんどくせぇな」 ( ゚д゚ )「良いじゃないか。一生の頼みだ」 ('A`)「……仕方ねぇな。あいよ。分かった。じゃあ―――」 クロを握る右手。 その親指が、銃把の上部にある小さな突起を押し込む。 何か空気が抜けるような、微細な音。 ( ゚д゚ )「あぁ、さよならだな」 ('A`)「そういう事だ。じゃあな。……良い夢、見ろよ」 そして引き金が、引き絞られた。 響く銃声は、先ほどまでとは比較にならない爆音。 銃口から飛び出した銃弾は――― ( д )「――――――ッ」 ミンナの眉間に黒点を穿ち、脳漿と大量の血液と共に、後頭部から抜けた。 ミンナは上半身を反らすようにして吹き飛び、床で跳ねる。 不明瞭な呻きが喉から溢れ出て、手足が死の痙攣に震えた。 しかしそれもやがて治まり……ひゅ、と静かな呼気が漏れる。 もう、動かなかった。 もう、動かない。 ドクオは動きを止めた彼を見下ろして、どこかバツが悪そうに言った。 ('A`)「……良い顔で死んでやがんな」 ミンナの表情は、どこまでも安らかなそれであった。 戻る 目次 次へ ジャンル別一覧
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