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LOYAL STRAIT FLASH ♪

前編一

6 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 21:23:35.40 ID:I+3pGr3T0
 銀の指輪で
 時計の針を戻してみる

 並び歩いたはずの道に残された足跡
 傷跡だったと気づくまで あと数秒

 萎れた翼は目を閉じて
 飛翔を待つけど 空しくて


 何も変わらない
 無情な過去

 何も失っていないはずなのに
 手を繋ぐことも叶わない手は 寂しくて


 迫り来る今と未来から目を背け
 だけど立ち向かわなきゃいけないって分かってる

 針を戻しても時は不変
 進み行くことの所以


 でも 分からないよ
 何もかもが 何もかもが

 教えてよ ねぇ 誰か

8 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 21:25:10.70 ID:I+3pGr3T0










     (*゚ー゚)しぃの時計の針は戻らないようです











11 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 21:28:12.07 ID:I+3pGr3T0
 寒気に埋められた、白を基調とした部屋。
 長年自分の部屋として使っているので、壁はところどころ黒ずみや傷がついている。

 その部屋に響き渡る、聴き慣れた着信音。
 もはや、当たり前だとすら、思わなくなった。

( ,,゚Д゚)『一日お疲れ様ー。フィギュアの練習、今日もキツかった?』

 もう慣れきった文章だった。
 夜10時過ぎ、ちょうどお風呂から上がる頃。
 2月の夜に冷やされた体が火照り、気持ちもどこか温かになる。

 そんなときにメールを見て、和む。
 もう当然のことになっていた。

(*゚ー゚)『きつかったぁー……』

( ,,゚Д゚)『頑張れ頑張れ。応援しかできなくてゴメン』

(*゚ー゚)『んーん。いつもありがとね』

( ,,゚Д゚)『来週の試合見に行くよー』

(*゚ー゚)『って、いつも来てくれてるのにー(笑) ありがとー』

( ,,゚Д゚)『久々に生で見る気がするなぁ』

(*゚ー゚)『日本での試合は、一ヶ月ぶりだっけ? 久々ってほどでもないと思うけど』

( ,,゚Д゚)『終わったあとは、会えそう?』

14 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 21:31:39.81 ID:I+3pGr3T0
 メールを返す右手が止まった。
 動き出しても、滑らかとは言えなかった。

(*゚ -゚)『試合終わって、すぐ取材あって……そしたらもう、終電行っちゃってると思うから……』

( ,,゚Д゚)『そっか。仕方ないな』

 息をついたかさえ分からないほど、すぐの返信だった。
 淡白さは、近頃感じていることでもあった。

(*゚ -゚)『でも試合終わったらまた、近いうちに時間取れると思う』

( ,,゚Д゚)『そん時は会えるといいなぁ。じゃあ、疲れてるだろうし、これで終わりにしまっす。おやすみー』

 見てすぐに、携帯を折り曲げた。
 ギコ君のメールから、ときどき冷たさを感じる。
 付き合って、もう三年。安定してきているせいだと自分を納得させていても、どこか寂しい。

 ギコ君に会おうと思えば、片道3時間を要する電車に乗らなければならない。
 気軽に会える距離ではなかった。当然、会う頻度は多くない。
 前に会ったのはもう半年前だ。最近感じる冷たさは、それも関係しているのだろうか。


('、`*川「強がってんじゃないの?」

 よく晴れた次の朝。学校へ向かう途中、有里に相談してみた。

18 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 21:34:45.56 ID:I+3pGr3T0
 伊藤有里といえば、この学校でその名を知らない学生はいない。
 背中の半分まであるロングの髪が優雅に靡き、すれ違い様に花の香りを残す。
 黙っていれば、高嶺の花。しかし、気さくで誰とでもよく喋る。
 無論、恋愛経験は豊富だった。

 正直な性格で、変な気遣いや遠慮もなく、思ったことを言ってくれる。
 相談相手としては、これ以上なかった。

('、`*川「あんたは今や日本中誰もが知るアイドルスケーター。
     そう簡単に会えないことが分かっていながら、それでも会いたい。
     でもそんな態度を知られたくなくて、強がってみせた、って感じかな」

(*゚ -゚)「んー……なんか、違う気がする……そういう人じゃない気が……」

('、`*川「人柄は知らないけどさぁ。
     そもそも告白してきたのが向こうからっていうんなら、淡白になるとか冷たくなるとかはそうないと思うけど。
     何しろ、あの椎名美咲と付き合ってんだから」

(;゚ -゚)「そういう言い方やめてよー……」

('、`*川「テレビやCM、雑誌など各メディアに引っ張りだこ、日本中の男が狙ってる子と付き合ってたら、普通逃がしたくないと思うだろうけど」

 若くて可愛い、そして実力もある女子高生フィギュアスケーターとして、椎名美咲の名は瞬く間に全国に広まった。
 ネット上には自分の写真が出回り、雑誌には細かい経歴なども掲載された。
 自分が出ているだけで、フィギュアの中継の視聴率が20%を超えることもしばしばだった。

 周りの加熱は、勝手にすればいい、と思っていた。
 しかし最近は、記者やファンの、異常とも思える熱狂ぶりに恐怖を覚えることもあった。

22 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 21:38:14.61 ID:I+3pGr3T0
(*゚ -゚)「絶対そんなんじゃないよー……だってそうだとしたら、尚更おかしいじゃん……」

('、`*川「だから強がりなんだって」

 得心とはいかなかった。
 結局、答えを知る方法は一つしかない。ただ、それを試そうという気は最初からなかった。

 フィギュアスケートの練習はいつも通りだった。
 楽しさや辛さも変わらない。心境の変化云々で変わるようなものでもなかった。
 ただ、何故か帰り道、いつも以上に足の痛みを感じた。
 少し前に痛めた怪我なのか、それとも別の理由なのかが、分からなかった。

 やがて、一週間が過ぎた。

(実・Д・)『期待の椎名選手、果たして四回転は出るか!』

 全日本選手権。世界選手権への挑戦権をかけた試合だった。
 あのあとのギコ君の様子は、特に変わりない。気配すらなかった。
 今日、会える時間を探してはみたが、やはりどうにもなりそうになかった。

 ギコ君の存在には救われてきたし、感謝の気持ちもあった。
 それなのに、長く会わなさ過ぎた、というのは分かっていた。
 しかし、それについてはギコ君も理解してくれているはずだった。

 試合が始まるぎりぎりまで、携帯を握り締めていたが、遂に震えることはなかった。
 ここ一年だろうか。いつも、試合が始まる直前、全く同じ文章のメールをくれていたのに、それがなくなった。
 いつもあれで心を落ち着かせていたのに、何故。
 しかし、何故と訊くこともできなかった。

25 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 21:41:34.14 ID:I+3pGr3T0
 名前がコールされていた。リンクへと脚が進んでいく。
 心とは、裏腹に。

 メールがなかったからといって、別段結果に影響が出るわけではなかった。
 あってもなくても同じ。ギコ君も、それを分かって、送らなくなったのかも知れない。
 しかし、落ち着きは随分違っていた。最近は納得のいく滑りもない。

 滑っている最中、無心になれることはほとんどなかった。
 滑りのことを考えているわけではない。いわゆる雑念が、いつも付き纏ってくる。
 恐らく、未熟さの一部だろう。今日、襲い来る雑念は、恋色沙汰だ。
 初めてかも知れない、と思った。


 最後にスピンを決め、滑り終えた。危険性の低い、無難な滑りだった。
 ただ、世界選手権の出場権獲得は間違いないだろう。

(実・Д・)『合計は、179.5。椎名、世界選手権決定! 四回転は温存しました』

(解´∀`)『最近は中々成功していませんからね。そんな危険を冒さなくても、世界選手権は間違いありませんし』

(実・Д・)『しかし、ファンや関係者からは期待されていますね』

(解´∀`)『もちろんそうでしょう。椎名選手の大きな武器ですから。
      ですが、リスクの大きなジャンプです……本人も色々悩んでいるでしょう』

 四回転サルコージャンプ。
 これを最も成功率高く飛べるのは、恐らく自分だろう。
 成功すれば一気に高得点を叩きだせる。試合で逆転を狙うときの、言わば切り札だった。
 だから、こんな試合で出す必要はなかった。

29 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 21:44:18.50 ID:I+3pGr3T0
 ショートプログラムの時点で、世界選手権の出場は半分決まっていたようなものだった。
 それを確定させるだけの滑り。雑念が入らないはずはなかった。
 はっきりした跡を、残した。それが、日本への決別、そして世界への道筋だった。


 結局、会場にギコ君の姿を見つけることはできなかった。
 いや、もしかしたら、来ていなかったかも知れない。今日も明日も平日だし、ギコ君も学校、バイトで忙しい。
 しかも、近頃の空気。何ら不思議はない状況だった。

 しかし、取材を受けている途中で、太股に振動を感じた。
 逸る気持ちを必死で抑えた。取材を終えてすぐ、携帯を開いた。

( ,,゚Д゚)『世界選手権確定おめでとー。久々に生で見れただけで嬉しかった。
    今度は話したいなぁ。それじゃ、おやすみー』

 何気の無い、普通の言葉。
 それでも、胸が詰まった。
 寒空の下でも、顔が熱を持っている。
 ついさっきまでの疑念が嘘のように晴れやかで、単純さに笑いが零れた。
 同時に、やはり好きということも再認した。

 帰りながらスケジュールを調べて、終わってすぐメールした。
 返信は、来なかった。代わりに、電話がかかってきた。

( ,,゚Д゚)『日曜? 空いてるんだ?』

(*゚ー゚)『うん。朝練習あるけど昼以降は大丈夫だよー』

33 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 21:48:09.82 ID:I+3pGr3T0
( ,,゚Д゚)『じゃー、何時? 1時でいい?』

(*゚ー゚)『うん。久々に会えるねー』

( ,,゚Д゚)『直に会って話したいことが、いっぱいあるなぁ』

(*゚ー゚)『私もー。楽しみにしてるね』

( ,,゚Д゚)『じゃあ、おやすみ』

(*゚ー゚)『うん、おやすみー』

 今まで本当に全く時間が取れなかったわけではなかった。
 会おうと思えば会える時間は、あるにはあったが、練習時間に充てたり、学校の友達と遊んだりしていた。
 そういった事情は彼も理解してくれているはずと気にしていなかったが、今にしてみればもう少し会うべきだった。
 半年は、長すぎた。

 相談することが、多かった。
 スケートのこと、対人関係など、恋愛ごと以外はほとんどギコ君に相談していた。それ故にか、あまり寂しさを覚えることはなかった。
 そしてそれは相手もそうだと勝手に思い込んでいた節があったが、そうではなかったのかも知れない。

 いずれにせよ、明日会える。
 楽しい時間が、待っている。話せることもたくさんあるだろう。


 日曜。
 思ったより、練習が長引いた。
 家ですぐ昼食を取って待ち合わせ場所に向かったが、1時はもう30分も過ぎている。
 結局、40分ほど遅れて待ち合わせ場所に着いた。
 ギコ君の姿はすぐに発見する。恐る恐る表情を伺ってみた。

35 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 21:51:24.82 ID:I+3pGr3T0
 いつもの柔和な感じが、どことなく翳っているように思えた。
 それは、判然とした恐怖を与えられるものだった。

(;゚ -゚)「ご、ごめんね……ちょっと練習、長引いちゃって……」

 とうに気づいていると思っていたのに、ギコ君がはっとした。
 完全に上の空だったようだ。

( ,,゚Д゚)「久しぶり! 実は俺、電車一本乗り遅れちゃってさ。
    椎名絶対怒ってるだろうなーって今めっちゃ不安だったんだ。
    良かった、って言ったら変だけど」

(*゚ -゚)「そうだったんだ……」

 安堵の息が漏れた。表情のわけも、そう説明されると納得がいく。

 急いで映画館に入る。
 最近、変な記者に付きまとわれることが多い。全く知らなかった写真などが雑誌に掲載されていたこともあった。
 ギコ君のことはまだ知られていないみたいだが、普通に歩き回っていたらすぐに発覚するだろう。

 それが困るわけではなかった。現に、ギコ君に二年前貰った指輪は左手の薬指に嵌め続けている。
 彼氏がいることはもうファンの間で知られているが、それによりギコ君に被害が及ぶのは嫌だった。
 記者の手がギコ君にまで伸びたら、迷惑どころではない。
 それを一度ギコ君には言って、ギコ君はそれくらいは我慢できると言ってくれたが、それでも恋仲である以上、気兼ねのない関係でありたかった。

 前から観たかった映画を一緒に観て、外に出たらすぐにカラオケに入った。
 顔を隠すような真似までする。世界選手権前である以上、下らない報道に心を動かされたくなかった。

 カラオケが終わったら、もう月と太陽が入れ替わっていた。
 これだけ暗くなると、帽子を深めにさえ被っていればそう心配は要らない。

38 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 21:55:07.78 ID:I+3pGr3T0
(*゚ー゚)「もう8時だー」

 それでも、人のいない公園に向かった。
 涼やかな風。音を奏でる木々。
 こんなに穏やかな気分になれたのはいつ以来だろう。
 それこそ、半年振りだろうか。

 この気持ちは、失いたくない。ぼんやりそんなことを考えていた。

( ,,゚Д゚)「楽しかった」

 ふと、現実に引き戻された。

( ,,゚Д゚)「久々に会えて、久々に話せて、俺凄い楽しかった」

 充実した表情。思わず、笑みが零れる。

(*゚ー゚)「私もだよー。これからはもっと頻繁に会えたらいいなぁ。
    私やっぱ、ギコ君と遊んでるときが一番幸せ……欠かせない時間って思」

( ,,゚Д゚)「別れよう」

 夜の光が、華奢な自分の体を貫き、そのまま消え去った。

41 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 21:58:17.20 ID:I+3pGr3T0
('、`;川「フラれちゃった……ときましたか……」

 皮肉なほど、綺麗な青が空を塗り潰していた。

('、`;川「随分、唐突に……それは、また……お気の毒に……」

( ; -;)「ふぇぇーん……」

 思い出すだけで、視界が滲んでくる。

 明くる日。
 今日は一、二限がLHRで、簡単なアンケートを答えただけで先生はどこかへ行ってしまっていた。

('、`*川「そんで? 理由は? まぁ大体想像つくけど」

 有里に全てを話したい気持ちはあった。
 ただ、思い切り詰られるのが少し怖い。

('、`*川「おーい。黙るんじゃ私は分かんないって」

 恐怖は、なくはないが、やはり喋らなければ、先へは進めない。
 時は、動いているのだ。

(;゚ -゚)「ちょっと、長くなるけど……」

('、`*川「まー話してみなさいってば」

 窓際で光を受けていた。
 窓の傍を、鳥が翔け抜ける。視界の端で捉えたのは陰影だけで、本当に鳥なのかは分からなかった。
 鳥に似た、何かだったかも知れない。

43 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:00:54.48 ID:I+3pGr3T0
( ,,゚Д゚)「別れよう」

 反復されなくても、ずっと頭の中で繰り返されている。
 意味も、分からぬまま。

( ,,゚Д゚)「俺と椎名の関係は、意味ないよ。
     もう、無理。ゴメン。終わりにしよう」

 何十回繰り返されただろう。
 ずっと、時は止まっているとさえ思えた。
 進んで欲しくもなかった。

(;゚ -゚)「なん……で……」

 震えながら搾り出した情けない声は、冷たい夜風が瞬く間に掠ってしまった。
 その風は虚空へと舞い上がり、声も、届いていないだろうと思った。

( ,,゚Д゚)「言った通りだよ。
    俺は相談をほぼ毎日受けて、他愛もない労いの言葉を送る。そんで、ときどき会う。
    人目もつかないようなところで、実に普通に遊ぶ。
    ね? 恋愛感情はここに一切必要ない」

 体のどこも、口さえも動かなかった。

 どうせなら、時も止まってしまえば。
 このまま進まなければと、浅はかな願いを二人の空間にぶつけていた。

46 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:03:50.28 ID:I+3pGr3T0
( ,,゚Д゚)「雑誌とかにもさ、恋愛沙汰は探られるし、そーゆーのないほうが椎名も楽でしょ?
    俺は、今まで通り相談も受けられるし、お疲れ様ってメールも送れる。
    恋人関係じゃなきゃ、無理にスケジュール空けて会うこともない。
    ほら、ね。こっちのほうが良さそうだ」

(;゚ -゚)「待って! 違う!
    私は好きだから! 好きだから一緒に居て嬉しかったし相談もできた!」

( ,,゚Д゚)「徐々に慣れるよ。愛がなくても結果に変わりはない」

(;゚ -゚)「変わる……絶対変わる……だか」

 また、時が止まった。
 雨。はっきりそう思える、涙だった。

( ,,;Д;)「ゴメン……迷惑ばっか、かけて……。
     全部、俺のせいなんだ……全部、俺が、弱いせいで……。
     世界選手権、近いのに……ゴメン……」

 錯乱し続ける脳は、役に立たないもいいところだった。

( ,,;Д;)「俺がもっと……耐えられたら……。
     そしたら、椎名に迷惑もかけずに済んだのに……。
     俺が、辛いからなんだ……ほんとに、それだけ……」

(;゚ -゚)「ま、待って!
    私もっと頑張るから!
    時間もいっぱい空けるし、もっと会えるようにするから!」

( ,,゚Д゚)「それも、心苦しいんだ……」

48 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:06:57.20 ID:I+3pGr3T0
 いつの間にか、ギコ君の瞳はいつものように澄んでいた。
 それが、疑問でもあった。

( ,,゚Д゚)「だから、ほら。全部俺のせいなんだ。
    俺が、会えなくてもいい、っていう強さを持ってれば、何も問題なかった……。
    なのに、俺は、我が侭にも毎日会いたいなんて思う気持ちがある。
    この状態でずっといるのは、苦しいんだ……」

(;゚ -゚)「で、でも……」

( ,,゚Д゚)「でも分かってるんだ。
    椎名が、少なからず俺を必要としてくれてるって。
    それは凄く嬉しいんだけど……やっぱ、愛があるとだめだ……。
    俺、彼氏っていう権利を使わずには居られなくなる……」

 風が、身を包む。それが、ひどく冷える。
 心身、底から。

( ,,゚Д゚)「もう最近はさ、俺より先にメディアが椎名のことを知ってる。
    ずっと、耐え難く思ってた。
    そんで……この一年じゃ、三回しか会ってない……もう、無理だ……」

(;゚ -゚)「待って……私、もっと彼女らしくなるから……だから……」

( ,,゚Д゚)「殺すって結論に行き着きそうなときもあった」

 風と、それから、今度はなんだ。
 心を冷やすのは、一体なんなのだろう。
 何も、分からない。
 壊れたほうがいっそ楽か、と思えた。

50 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:09:45.24 ID:I+3pGr3T0
( ,,゚Д゚)「椎名を、独り占めしたいって思ったとき、椎名を殺せばいい、なんて、考えちゃったことがあった。
    本当に、気分落ち込んでて、どん底で考えたことだし、今にしてみれば本当に馬鹿げたことなんだけど、でもその時は確かに考えてた」

 形容しにくい、あまりに言葉にはしにくい感情があった。
 本当に、どうやって表面に出せばいいのか分からない。

( ,,゚Д゚)「思えば、彼氏らしいことはなにもできなかった。
    椎名にばっか、彼女らしいことしてもらって、本当に幸せだった。
    ありがとう。ごめんなさい。
    俺は、楽しかった」

 引き止めろ。
 心の言うことを、体がきかない。
 声も出なければ、足も手も動かない。

( ,,゚Д゚)「じゃあね、椎名さん」

 止まっているのは、自分の周りの時だけだ、と思った。



('、`;川「あんたそーゆーことなんで言わないの?
     年三回? フラれるに決まってんじゃん……」

 全てを話し終えたら、また青空がはっきり見えなくなった。

('、`*川「あぁ、いや、でも……確か、そういうのは承知の上で、付き合ってたんだっけ?」

( ; -;)「……と、思う……けど……でも……私が、甘えすぎたのかな……」

52 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:12:39.25 ID:I+3pGr3T0
('、`*川「んー。美咲と付き合う以上は、我慢しなきゃいけないことだしねぇ。
    でも……年三回で昨日まで耐えてきたのに、いきなり別れ話っていうのも、唐突すぎる気がするけど」

( ; -;)「今にして、思えばね……。
    前に、直接会って話したいことがいっぱいあるって言われてたの……。
    このこと、だったんだろうなって……」

('、`*川「あー、ってことはもうけっこう前から決めてたんだろうね。
     まー、半年会ってなかったんだったら、それが普通だろうね」

( ; -;)「そう……だよね……」


('、`*川「あー、分かった。
     さては最近させてあげてなかったんでしょ?
     この一年で多分一回もしてないんじゃない?」

( ; -;)「え……? な、なにを……?」

('、`;川「……何をって、あんた……も、もしかして……
     したことない……とか、言わないよね……三年も付き合ってて……」

( ; -;)「だ、だから何を……?」

('、`;川「エッチに決まってんじゃん……」

 顔が熱くなった。
 反応を示さないわけにもいかず、誰にも気づかれないような小さな頷きを見せた。

54 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:15:56.20 ID:I+3pGr3T0
('、`;川「っはー。そりゃフラれるわ。
     三年付き合ってて一回もさせてないなんて、信じらんない。
     三年どころか三ヶ月でも充分な付き合いでしょ」

(;゚ -゚)「……ていうか……エッチ……どころか……キスも……」

 ストラップに指を通して、ふらふら揺らしていた携帯が、有里の驚きを表すかのようにぴたり止まった。

('、`;川「フラれて当然ね……」

(;゚ -゚)「で、でも、一回もそういう素振り見せなかったよ?
    三年も付き合ってたんなら、一度くらいキスする構えを見せてくれてもいいのに……。
    私は、黙って目を閉じるつもりだったのに……」

('、`*川「あーもー全然分かってない。
     そーゆーのは、男からしてもらうんじゃなくて、女がさせるもんでしょ。雰囲気作りが大事。
     あんたがいつも普段通りにしてたら、向こうだってタイミング分かんないじゃん」

(;゚ -゚)「……そーなんだ……」

('、`*川「大体さー、あんたスポーツやってて体引き締まってるし、そのくせ胸あんだから、しっかり体で繋いでおけば絶対問題なかったと思うよー。
     気持ちだけじゃどうにもならないことはあるって」

 今更言われても仕方のないことだが、確かにそうかも知れないとは思った。
 年頃の二人が三年付き合っていて、一度の性交もなかったのは確かに異常と言えるだろう。
 自分は、それを受け入れるつもりでいたが、確かにそういった雰囲気はなかった。

60 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:19:06.36 ID:I+3pGr3T0
(*゚ -゚)「夜何時にメール送ってもね……返してくれるんだ……。
    それから、何通送っても、私が寝るっていうまでずっと付き合ってくれるの……。
    試合も、日本の試合なら、遠くても来てくれるし……。
    今年はね、カナダの世界選手権も、応援行くって言ってくれてたんだ……」

 昨日、家に帰ってから一つ、気づいたことがあった。
 昨日のことだ。自分が待ち合わせ場所に着いたのは1時40分頃。彼も今来た、と言っていたが、何故気づかなかったのか。
 彼がそんなに遅れたことは一度もない。

 電車の時間の関係で、1時に一番近いのは12時51分。
 待ち合わせ場所には1時過ぎには着く。しかし次の電車は1時35分。
 1時40分ごろには、どう急いでも間に合わない。

 今更、心が痛む。

('、`*川「そんなにいい彼氏君に対して、してあげたことは?」

(;゚ -゚)「…………デ、デート……?」

('、`*川「そりゃしてあげることじゃないでしょ。与えるものだよ?
     もしかしてデートすることが与えることだとか考えてる?」

(;゚ -゚)「か、考えてないよ」

 言葉ではそう言ったが、考えていたと今気づいた。
 時間を空けること、デートをすること。
 その程度のことを、与えることだと考えていた。

 自分の傲慢さは、あまりに酷すぎて、とても口に出せそうになかった。


63 名前: ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:27:38.01 ID:I+3pGr3T0
('、`*川「で、彼氏君はあんたの相談も受けて、毎日メールも入れて、試合はほとんど見に来てくれて、っと……あんたに尽くしてくれたわけだ。
     でも見返りは一切なし。そりゃ苦しいでしょうに。ホント、よく三年も付き合ってくれたね。感謝しなきゃねぇ」

 本当に、三年耐えてもらったのが申し訳なかった。

(;゚ -゚)「そういえば……私は誕生日プレゼント、毎年貰ってるけど……
    ギコ君には一回しかあげたことない……」

('、`*川「あー、気持ちだけじゃなくて物もかぁ。聞けば聞くほど最悪を極めるねぇ。
     ホント恋愛感情は必要ないって言葉の意味が分かったよ。友達関係でいいじゃん。
     あんたなら近場の男は選り取りみどりなんだしさぁ、遠い彼氏だとあんたも辛いじゃん」

(;゚ -゚)「違う! 私はギコ君じゃなきゃヤダ!」

('、`*川「そうやってはっきり言えるのはまぁ凄いけど、態度で示さないことにはね。ただの自分勝手だよ」

(;゚ -゚)「どうすればいいのー……? 時間取るように頑張るって言っても心苦しいって言われちゃったし……」

('、`*川「大体、彼はできれば毎日会いたいんでしょ? それを年三回しかっていうのがやっぱね」

(;゚ -゚)「で、でも、それは彼もわかってた上でって……」

('、`*川「ちーがーうー。この一年で私とだって二、三回遊んだじゃん。
     それをなんで彼氏君との時間に回そうと思わなかったの?
     態度っていうのは、そーゆーのを言ってるの。彼氏君は確かバイトをほとんど毎日してるんでしょ?
     でも、あんたの試合のときとか、あんたが遊べるってときは絶対時間を空けてくれてたんじゃないの? 推測だけどさ」

 言われてみれば、そうだった。
 いつ試合があると言っても、いつ時間が空いてると言っても、ギコ君は嬉々としていた。
 時間が空いていて当然だと思っていたが、バイトだって簡単に日程を調整してもらえるものではないだろう。

67 名前: ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:31:16.38 ID:I+3pGr3T0
('、`*川「そういう態度の違いでしょ。残念だけど、恋人としては釣り合わなさ過ぎる。
     あんたは偶像性あってさぁ、彼女にできたら最高かも知れないけど、実際付き合ったら最悪だよ、ホント。
     私は今、心底彼氏君が可哀想で仕方ないよ」

 返す言葉が、あるはずもなかった。

('、`*川「都合のいい男を離したくないのは、理解できないでもないけどね」

(*゚ -゚)「……そんなんじゃないもん……」

('、`*川「否定材料がなきゃ肯定も同然よ。
     この推測は断言に変えてもいいけど、あんた彼に好きとか、そーゆー愛の言葉、かけてないでしょ。
     フラれた理由は彼氏君が愛を感じなくなったのにまず起因してる。
     そしたら向こうだって思うでしょうよ。都合よく扱われてるって」

 有里の言葉一つ一つに、心が痛む。
 何も顧みてこなかった。今更何故と思っても虚しい。

('、`*川「あんたの意図がどうであれ、現実はこう。本気で尽くすならスケートはやめるしかない。
     とは言え、それで相手が満足するとは思えない。難しいったらありゃしない」

(*゚ -゚)「……本当、もう、最悪……」

 さっき、窓辺を翔け抜けた鳥が、傍の木にいた。
 此方を見ているようで、どこかもっと遠くを見ているように思える。

(*゚ -゚)「私、世界選手権近いのに……こんな時期に、何考えてんだろ、ギコ君……ホント、最悪……」

('、`*川「……美咲」

70 名前: ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:33:50.61 ID:I+3pGr3T0
(*゚ -゚)「だから、絶対ギコ君に告白してまた付き合ってもらう。
    都合がいいとかじゃ、やっぱりない。
    愛が欲しい、愛を与えたい。
    そのためならどんな努力でもする」

 まだ、はっきり分かったわけではない。
 ただ、分かりかけている。愛は、与えることによって与えられるもの。
 今までは、与えられていただけだが、それが決して満ちたりていなかったということだろう。
 愛を欲するなら、愛を与える。そして、二人が満ち足りて、それによりまた高まるものもきっとあるのだ。
 今までは、考えようともしなかった。

 いや、そんなに難しく考える必要はないのかも知れない。
 ギコ君と、付き合い始めた理由。それを取り戻したい。
 それだけでも、充分過ぎるほどだった。

('、`*川「ま、頑張るっていうんなら、私も手伝うよ」

(*゚ー゚)「ありがと。でもやっぱ、私が頑張らないことには、ね」

('、`*川「んー、安心した。
     簡単に頼るんなら、上辺だけだろうなって思ったけど、そうでもないみたいだね。
     まぁ、アンタが何を思ってんのかは知らないけど、半端な相手じゃないんだから、頑張りなさいよ」

 頷く代わりに、笑ってみせた。

 練習が終わったあと、しばらく更衣室で黙考していた。
 ギコ君との復縁のために、まず、何をすればいいのか。メールは送りにくいし、電話は尚更だ。
 直接会うことも時間的にできない。しかも彼は十中八九バイトだろう。

(*゚ -゚)(……だめだ、そんな弱腰じゃ……)

74 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:36:35.23 ID:I+3pGr3T0
 携帯を取り出した。
 直接会うのはやはり無理だが、今度会う約束を取り付けることはできる。
 とにかく、コミュニケーションを取ること。前へ、進むこと。

 電話をかけた。何回目だろうか。
 指折り、数えられそうだった。

( ,,゚Д゚)『もしもし』

 出ないと、思った。
 あっさり出た。望んでいたはずなのに、何故不安と恐怖に包まれるのか。

(;゚ー゚)『あ……』

( ,,゚Д゚)『練習終わった?』

 出ない声が、尚更になった。
 ギコ君の声のトーンが、いつもと変わらない。

(;゚ー゚)『あ……う、うん。今終わった』

( ,,゚Д゚)『お疲れ様。世界選手権近いけど、調子はどう?』

(;゚ー゚)『う、うん、悪くないかな……』

( ,,゚Д゚)『そっか。怪我は大丈夫? また痛み出したら辛いだろうし』

(;゚ー゚)『最近は、大丈夫だよ……ずっと、治まってる……』

( ,,゚Д゚)『ん。安心した。じゃあ、頑張ってね』

75 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:39:19.11 ID:I+3pGr3T0
 最悪の形だった。
 恋愛感情は必要ない。それを、むざむざ示したようなものだ。

 終わりかけた時を、拾うのに必死だった。

(;゚ー゚)『あ、あの、ギコ君は、バイト休憩中?』

( ,,゚Д゚)『うん? そうだよ』

(*゚ー゚)『毎日、大変だね……』

( ,,゚Д゚)『スケートとは比ぶべくもないけどね。単調なもんだし』

(*゚ー゚)『もう、慣れた……?』

( ,,゚Д゚)『単純作業はすぐ覚えられるよ。まぁ、疲労があるだけかな』

 新鮮味が、恨めしかった。
 しかし、楽しさも同時にあった。
 幾つか、質問も重ねてみた。会話が数分続く。

 満たされる、心。
 この気持ちは、なくてはならないものだ、と思えた。

( ,,゚Д゚)『じゃあ、そろそろ時間だから』

(*゚ー゚)『あ、うん。頑張ってね』

( ,,゚Д゚)『おやすみー』

79 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:42:33.73 ID:I+3pGr3T0
 思い返してみれば、ギコ君のことは、ほとんど知らずにきた。
 話すときはいつもこちらのことばかりで、話し終えたら寝る。
 付き合い始めてから、それを繰り返してきた。
 都合の良い彼氏。自覚がなくても、事実は事実だった。

 だから今度は、自分が都合良くなる番だった。
 何かを話してもらい、そして力になる。
 窮境なのに、何故か今日の空が快かった。


('、`*川「それで、これからどうするつもり?」

 昨日より、少し空の表情は曇っていた。

(;゚ー゚)「どう、って……」

('、`*川「甘いんじゃないかなぁ」

 チョコレート菓子を口に放り込みながら、有里が言う。
 冷めた目線を外気に向けて。

('、`*川「なんかあんたが凄い嬉しそうにしてたから、復縁でもしたのかと思ったけど」

(*゚ー゚)「でも、ギコ君のこと、少し知れたから……」

('、`*川「呆れちゃったよ、私は。いくらなんでも、彼氏君のこと知らなさすぎだもん」

 本音を言ってくれるのは、ありがたいことだった。
 ただ、全てを肯定し、納得することはできない。

83 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:44:38.11 ID:I+3pGr3T0
(*゚ -゚)「それは、そうなんだけど……。
    だから、今後はもっと知っていこうって……知れて、私も嬉しいし……」

('、`*川「取ってつけたように、彼氏君のことを構うの?
     相手は、喜ぶかなぁ。
     結局また満ち足りてるのは美咲だけって気がするよ」

(*゚ -゚)「そんなこと言ったら……私、どうしようもないじゃん……。
    じゃあ有里だったらどうするの?」

('、`*川「それを訊いてどーすんの?
     それが正解だと言えるはずがないし、参考にする意味もないじゃん。
     大体、それで元鞘になったとしても、また繰り返しになるよ」

 それは、そうかも知れないが、しかしやる事為す事否定されるのでは、全てが分からなくなる。

('、`*川「例えば、彼氏君の性欲処理の道具になるとか。そーゆーやり方だってまた一緒にはなれるよ。
     でもそんなのは嫌なんでしょ? 私にはあんたが許容できるラインっていうのが分からない。
     そうである以上、私はあーすればとかこーすればとか、何にも言えないよ」

 言っていることは正論で、反する言葉はない。

('、`*川「でも本当、びっくりした。三年付き合ってて、本当に何もしてあげなかったんだね。
     ということは、勝負は土曜日か」

(*゚ -゚)「???
    なんで?」

('、`*川「はぁ?」

86 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:47:13.42 ID:I+3pGr3T0
 今日の天気を訊かれて、間違えたかのような反応だった。
 思わず慌てる。必死で考えても、分からない。
 土曜は、いつもどおり練習がある日だった。

('、`*川「2月14日だって、分かってる?」

(*゚ー゚)「ん……。
    あ、あぁー! そっか!」

('、`*川「……あのさぁ」

(;゚ー゚)「や、あ、あのね……
    私ね、なんかそういうイベントとか、忘れがちっていうか……無頓着っていうか……」

('、`*川「それで? 彼氏君の誕生日もキレイサッパリ忘れてたってわけだ」

(;゚ー゚)「…………去年…………チョコあげてない……」

('、`*川「っはー。誕生日どころかバレインタインまで。クリスマスは?」

(;゚ー゚)「クリスマスは、覚えてたけど……練習一日中あったから、会えないって断った……」

('、`*川「可哀想に。
     練習あろうが夜には家に帰るんでしょ?
     夜に来させて、家に泊めてあげれば良かったのに。
     彼氏君も期待したでしょうね。随分会ってなくて、寂しさもあっただろうし」

(;゚ー゚)「今にして思えばそうなんだけど……その時は、それが普通だったというか……」

('、`*川「アンタにとっては、でしょうけどね」

93 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:50:00.78 ID:I+3pGr3T0
 今更思い返したところで、仕方のないことではあった。
 ただ、過ちは次のために活かさなければならない。
 でなければ、何のための過ちか。

(;゚ー゚)「チョ、チョコかぁ……」

('、`*川「あんた、確か料理は」

(;゚ー゚)「全く……」

('、`*川「だったよねぇ。
     でも私が手伝っちゃ意味ないしなー。市販で済ますなんて持っての他だし。
     どーすんの?」

(;゚ -゚)「頑張る……頑張る、けど……」

('、`*川「時間がない、って?」

(*゚ -゚)「睡眠時間削るもん……」

('、`*川「ま、当然よね。
     ていうか、そもそも土曜日、アンタ時間あるの? 練習は?」

(*゚ -゚)「あるけど……夜7時まで、だったかな……
    終わってすぐ行って、渡して、すぐ電車に乗れば、何とか……」

('、`*川「何で今までそれをしなかったのやら」

95 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:52:29.90 ID:I+3pGr3T0
 呆れ返った溜息から、チョコの匂いが漂う。
 どうすればいいのか、分からない不安を、掻き立てられた。
 生徒代表で壇上に立たされているときのような気分だ。

(*゚ -゚)「今までダメだった部分は、嫌になるほど思い返した……
    だから今後は、絶対活かすもん。チョコも頑張る」

('、`*川「頑張るのはいいことだわね。それについては応援するわ。
     時計の針を戻せたら、苦労はないのだけれど」

 頭の中で過去を思い返しても、自分はその中に入れない。
 どうしようもないと分かっているのに、何故試してしまうのだろう。

 練習が終わって家に帰り、お菓子の本を引っ張り出す。
 チョコレートに特化した本ではなく、望みどおりの内容はない。

 近所にある本屋に赴く。
 人の視線が、どうしても気になる。地元だと、誰でも自分のことは知っている。
 節目がちに本を探していても、雰囲気で分かってしまう。
 望ましいことではなかった。サインを求められたりするのも、ひどく困ることだった。

 さすがにこの時期なら、本屋で簡単に見つかる。
 二冊ほど買って、家に帰った。色んな種類があるが、どれも嫌になるほど手が込んでいる。
 勿論簡単なものもあるが、それはやはり選ぼうという気になれない。
 結局、選びきれずに、視界が暗くなって、次に明るくなったときは朝だった。
 いつ眠ったのか、記憶になかった。


 今日はまた、快晴だった。
 春が足早に近付いてきたかのような陽気で、窓際で光を浴びていると、上瞼に重石をつけられたように眠かった。



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