四十章六冷静さを取り戻したハイン達は、つーに攻撃を与え続けた。 しかしそれでも、勝負としてはほぼ互角だったと言って良い。 何故勝負が成り立ってしまうのかと言えば、それにはつーが苦痛に怯まないという事が第一に挙げられる。 戦闘に最適の人格を持つ彼女が、限界以上の身体能力を以てして、 しかも苦痛に怯えることなく、敵を排する事だけに本気になっているのだ。だからこの現状は妥当とも言えた。 第二に、ハイン達にもダメージと疲労が溜まっていること。 つーほどではないにしても、彼女達にもそれは十分過ぎるほどに蓄積していた。 特にモナーは人間だ。既に、限界は遠くない。 そして彼女達は、つーと違ってそれを無視出来ない。 動きは鈍くなりつつあるし、苦痛には怯んでしまう。 それらの理由が、三対一という戦闘を互角にしていた。 (#´∀`)「もなっ!!」 モナーが振り下ろす薙刀を、つーは右脚を踏み出し、身体を半身にして回避する。 同時に旋回を加えた跳躍。一回転の遠心力を纏った飛び回し蹴りが、モナーの頭蓋へと迫った。 モナーは咄嗟に構えた左の前腕で受ける。重い衝撃に、僅かな隙が生まれた。 つーはすかさず、鉈ナイフを叩き込もうと振るう。 が、その時には既にジョルジュが駆け寄り、腕をロープのように伸ばして飛ばしていた。 橙の縄は彼女の腕に絡みつき、鉈ナイフを振るおうとした形のまま固定する。 (#゚∀゚)「捕まえたッ!!」 声と共に、ジョルジュは彼女を引っ張り、そのまま投げ飛ばした。 その方向で待ち受けるはハインだ。 从#゚∀从「喰らいやがれっ!!」 大鋏を二本の歪剣に変えつつ踏み込み。 そしてつーが飛ばされてきたタイミングに合わせ、右手の歪剣を振るう。 (* ∀ )「……ッ!!」 つーはそれに対し、左手で引き抜いたナイフを空中で叩き付けた。 閃光が弾け、黒の歪剣は軌道を逸らされる。 だが間髪置かず、ハインは左手に握る銀の歪剣を跳ね上げた。 つーの右手はジョルジュに封じられ、左手はナイフを振るったばかりだ。 彼女は間に合わない。防ぎようがない。ハインの瞳は、確実に致命傷となる点を捉えきっている。 勝負は終わりだ。跳ね上げられた銀の輝きはつーの首を捉え、それを跳ね飛ばす。 ―――筈、であった。 筈、というのは、つまり勝負は決着していないということで。 それはつーがハインの攻撃を受けたり避けたり、そういう事をしたという事でも、勿論なく。 ハインは、狙い澄ました歪剣を、振りきれなかったのだ。 从; ∀从「ッ――――――」 鮮血が雨のように飛び散り、床とハインに赤の斑点を落とす。 直後、床に鈍い音。つーが落下した音だ。 彼女は一瞬、唖然としたように眼を見開いて動きを止め、即座に立ち上がった。 腕に絡み付くジョルジュの腕を振り解き、数歩を後退する。 それから三人に視線を飛ばした。 ハインは歪剣を振るった体勢で固まり、 ジョルジュとモナーはそれを見て、悔しそうに表情を歪めていた。 恐らくあの二人には、ハインの振りが浅くて捉えきれなかったように見えたのだろう。 (;´∀`)「くそ……惜しかったもな」 从; ∀从「…………………」 低く呟くモナーと、動かないハイン。 つーはそれを見て、哄笑を上げた。 喉が壊れそうなくらいに大きく、甲高い笑い声だ。 その声にモナーは眉を顰め、 ジョルジュは胸に手を当てて表情を歪め、ハインは顔を落とす。 (* ∀ )「今、殺れたよね? 確実に、私を殺せた筈だよね? 殺せなかッた、いや殺さなかったよねェ!? トドメ、刺せないんだねェ!? ねェ、『お姉ちゃん』!? こいつァ滑稽だ!! 大切な妹の身体だから!? それとも、まだ救えるとか思っちゃってるのかね!?」 ( ´∀`)「何を、言ってるもな?」 視線をモナーにやる。鋭い眼光は、しかし果てしなく暗い。 (* ∀ )「言ッた通りさァ。この馬鹿女、私にトドメを刺せなかったんだ。 刃が届かなかったわけじゃ、殺せなかったわけじゃない。殺さなかッたんだよ。 まだ『お姉ちゃん』のつもりみたいだね。どうしようもないグズだ」 ( ゚∀゚)「……ハイン?」 声に、ハインは数拍置いて顔を上げた。 慙愧の表情が浮かんでいる。「すまない」と、小さく口にした。 从 ゚∀从「気の迷いが、一瞬出てきた。それが剣筋を鈍らせた。 悪かった、次こそは決める。戦闘を続けよう。配置に着いて、構えてくれ」 (* ∀ )「気の迷い? ハッ! 何を言ッてるのさ!! 殺せないんだろ!? 正直に言ッてみなよ!! 大好きな妹の幻影にしがみ付いたまま離れられませんッてよ!?」 ハインは口を開かなかった。つーの言う事が、間違いでなかったからだ。 そもそも、殺す気なんて最初からない。そんな戦闘は行っていない。 これは奴を拘束し、つーを取り戻す為の戦いなのだから。 ( ´∀`)「……例え彼女がトドメを刺せなくても、問題はないもな」 (* ∀ )「あ?」 ( ´∀`)「僕とジョルジュ君なら、殺せる。彼女がトドメを刺さねばならない理由はないもな」 その言葉につーは俯き、左手に顔を埋める。唐突に静寂が訪れた。 モナーは、つーが何も言い返せないのかと、その表情を窺う。 そして思わず、一歩を引いた。喉が、細く情けない音を出す。 気持ちが悪い。 彼女は左手で顔を覆いながら、親指と薬指で眼を押さえていた。 数秒の後にその指が動くと、指の間から大きく見開かれた眼が現れる。 虚ろを捉え、焦点の合っていない眼。そこからは細く、血の筋が流れていた。まるで、血の涙のように。 恐らくは自分で傷付けたのだろう。何をしているのかさっぱり分からなかった。 ただただ、不気味だった。 彼女はやはり、完全に狂気に侵されているのだろうか。 彼女の瞳が、モナーの戦慄の視線と交差する。 彼女は手で顔を覆ったまま、笑った。 にたぁ、と。楽しそうで、おかしそうな、凄惨な笑み。 モナーは先ほどの仮定が的外れだったことを自覚する。 狂気に侵されたのではない。彼女は“元々”ああいうものなのだ。 完全で、純粋な狂気。言ってしまえば、狂気という概念の権化だ。 その蓋を、自分達が開けてしまっただけなのだ。 (* ∀ )「ああ、殺せるだろうね。トドメを刺せるダろうね。良いじャん、そういうの。 ぐッちャぐちャに、跡形もなくなるくらいにさ。殺し合おうよ。 ほら、早く。早くおいでよ。早く。早く早く早く早く早く早く!!」 声は不鮮明で、恐怖を感じさせる音階を持っていた。 (;´∀`)「……マズイもな?」 徐々に、彼女の勝負への執着が薄まっている。 死に、血に、戦いに、魅せられきってしまっている。 戦えれば良い、殺し合えれば良いと言った具合に。 どうにも、よろしくない。 (;´∀`)「ハイン! ジョルジュ君! 構えるもな! 良い予感がしない! 早く終わらせるもな!!」 叫びつつ、二人に視線を配る。 ハインはつーの異常を察知していたのか、既に臨戦態勢だ。 ジョルジュも彼女を囲むような立ち位置を取り、右腕を構えてはいる。 しかし彼はやはり胸に手を当て、苦悶の表情を浮かべていた。 从 ゚∀从「……痛いのか?」 (; ∀ )「あぁ、痛ぇ。っつーか、苦しい。何なんだよ、マジでさ」 从 ゚∀从「動けるか?」 ジョルジュは頷き、一つ深呼吸をする。 その時だった。 つーが唐突に、笑い声を上げつつ床を蹴った。 彼女の身は一直線に、ジョルジュへと向かう。 モナーとハインは一瞬遅れて、焦燥と共に動きだした。 それから更に遅れてジョルジュが気付き、舌打ちと共に右腕を構える。 振り下ろされた鉈ナイフを、一歩を後退りながらも正面から受けた。 ナイフの刃を横へと弾き、翻したブレードを跳ね上げる。 つーは迫るそれを、横から素手で殴りつけた。橙の刃の軌跡は曲がり、上方へ抜ける。 (;゚∀゚)「なッ!?」 この速度の斬撃を、殴ってズラしただと。 驚愕に、ジョルジュは僅かに隙を作った。 その隙を、つーの背後に動いたハインが埋める。 从#゚∀从「背中が空いてんぜ!!」 大鋏を突き出した。 つーは振り向きざまに、鉈ナイフを横薙ぎにする。 しかしハインは開いた大鋏で巧みに鉈ナイフを挟み捉え、捻る。 次の瞬間には、ナイフはつーの手からもぎ取られていた。 重厚な刃が宙で高く弧を描き、床で鈍く跳ねる。 更に彼女はそこで大鋏を分離。 二本の歪剣をクロスするように振るった。 鈍い音が二つ。朱が爆ぜて滴り落ちる。 歪剣は止められていた。 突き出されたつーの両手によって。 受け止められたのだ。 ハインはぞくりという感覚に身を震わせる。 同時、つーも身を震わせた。 しかしそれは、ハインのような悪寒や戦慄などではないだろう。 彼女の表情が物語るのは、歓喜や快感だ。 (* ∀ )「もッと。もッとだよ。まだ足りない。まだまだ足りない。 もッと血を。肉を。苦痛を。絶叫を。絶望を。狂気を! 死を!」 一歩踏み込み、彼女はハインの肩に両手を置いて膝を突き出した。 腹部を抉られ、ハインは苦痛の呻きを漏らす。 更につーは右腕を引き絞り、彼女の顔面に拳を叩き込んだ。 ハインを殴り飛ばすと、つーは間髪置かず振り向く。 視線の先に映ったのは、胸を押さえて後退するジョルジュだ。 彼の表情は見る見る戦慄に染まり、対するようにつーは笑顔を浮かべる。 彼女はベルトから二本のナイフを引き抜き、即座に投擲した。 高速で迫る二本の銀流に、ジョルジュは必死に身を捩る。 一本目のナイフが頬を撫で、二本目のナイフは辛うじて避けた。 頬を触れ、手に付いた血に眉を寄せる。 それから視線を前に向けて、そして大きく眼を見開いた。 目の前に、つーの顔があった。 (* ∀ )「アアアァアァァアアアァアアァアアァァァアアァアァッ!!」 歓喜の絶叫を上げ、いつのまに拾ったのであろうか、鉈ナイフを腰高に引いた。 そしてジョルジュの首目掛けて、斜めに跳ね上げる。 その速度は、彼の反射神経を以てしても避けきれない程だ。 ジョルジュの表情が絶望に染まり、しかし次の瞬間、それが横へ流れた。 大きな血華が咲き、散ってつーと床をべっとりと染め上げる。 だがジョルジュに傷はない―――その血はジョルジュの物ではない。 横から彼にタックルした、モナーの脇腹から飛沫いたものだ。 鈍い音と共に、二人の身が床に倒れる。 一瞬の硬直の後、ジョルジュが現状を把握して、上擦った声を上げた。 (;゚∀゚)「!? おい、何やってんだよ!!」 ジョルジュは立ち上がると、右腕を巨大な手に変形させる。 その手でモナーの身を引き寄せ、後退した。 一瞬、つーが追う姿勢を見せる。 が、横から斬りかかったハインがその追跡を止めた。 彼女に感謝の言葉を呟くと、ジョルジュはモナーを床に寝かせる。 そのちょっとした衝撃が傷に響いたのか、彼は苦しげな呻き声を上げた。 (;´∀`)「ぐっ……!!」 (;゚∀゚)「おっちゃん! おい、おっちゃん!?」 傷は脇腹から下腹部にかけて。広く、若干ではあるが深い。出血が多い。 モナーは生身の人間だ。異能者ではない。傷が塞がるまでには時間がかかる。 詳しい事は分からないが、このまま何もしなくては命に関わるだろう。 ジョルジュは右腕をモナーの傷口に当て、その形にぴったり合わせて変形させた。 これで、今だけは出血は止まる。 (;゚∀゚)「おっちゃん!? おい、大丈夫か!? 意識は……」 (;´∀`)「大丈夫、もな。意識もしっかりしてる」 その言葉に、ジョルジュは短く安堵の溜息を吐いた。 それから僅かに眉を詰めて、荒い口調で尋ねる。 (;゚∀゚)「何で俺を助けたんだよ! あんたは人間で、異能者と違って再生能力もないんだぞ!? 分かってるのかよ!」 (;´∀`)「分かってる。良いんだもな」 (;゚∀゚)「何言ってんだ、良いわけあるかよ!! 全然分かってねぇじゃねぇか!! もしかしたらあそこで死んでたかもしれないし、この傷が致命傷かもしれないんだぞ! あんたはこんなところで死んで良い人間じゃないだろうが!!」 感謝の言葉を告げるべきだ、というのは分かっていた。 が、一度口から出た言葉は収まってはくれない。 そんな彼に対して、モナーは口元に薄く笑みを作った。 (;´∀`)「それは、君だってそうだもな? 君も死んでたかもしれないし、君も死んで良い人間じゃないもな」 (;゚∀゚)「……俺は、違うんだ! あんたとは違うんだよ! あんたみたいに確として戦う理由もなけりゃ、待っている人が居る訳でもないんだ!!」 (;´∀`)「待っている人? そんな人、いないもな」 首を傾げる。 (;゚∀゚)「あんた、言ってたろ!? この馬鹿げた戦いが終わったら、古くからの友人に会いに行くってさ!! 死んじまったら会いにいけないんだぞ!?」 (;´∀`)「……あぁ、そう言えば。確かにそう言ったもなね。 でもそれに対しては、今の僕の行動は全く問題がないもな。 言ったもな? 高い所に居る、って。意味が分からないわけじゃない筈だもな」 ジョルジュは怪訝な表情を浮かべ、それから浮かべた一つの仮定に、息を呑んだ。 (;゚∀゚)「!? おい、あんた、まさか……!?」 厭な想像を巡らせて、ジョルジュは顔を引き攣らせる。 馬鹿げた想像だった。どうか、否定してほしかった。 だがそれに対してモナーは、穏やかな表情で頷くのみ。 (;´∀`)「そういうことだもな」 (;゚∀゚)「……!! ふざけんな! 何、さらりと死亡宣言してくれてんだよ! モララーをどうにかするんだろうが! こんなところで死ぬわけにはいかないんだろ!? 何で死のうとか思うんだよ! あんたは何の為に戦ってきたんだよ!?」 (;´∀`)「もな。モララーは、止める。でもそれを終えてしまえば、僕には生きる理由がないんだもな。 普通に生きるには、僕は余りにもたくさんの命を失い過ぎたし、奪い過ぎた。もう、疲れたんだもな。 初めからこういうつもりだったもな。弟を止めれば、僕がこの世界にしがみ付く理由も、なくなるから」 一息を置いて、あくまでも穏やかに告げる。 (;´∀`)「僕は、弟の為に。弟がやらかした事にケリを付ける為だけに、戦ってきたんだもな」 (;゚∀゚)「そんな……」 言葉を詰まらせた。 その時、前方で靴が床を叩く硬い音。 小さなブーツから伸びる白く細い脚は、つーの物だ。 (;゚∀゚)「……つー」 彼女の顔を見上げる。笑っていた。 遠くで呻き声が聞こえる。 音の方向に眼をやると、つーの姿の向こう側で、ハインが床に転がっているのが見えた。 (* ∀ )「はーいはいはい。くッだらない三流芝居もお開きだよ。 簡単な話だ。悲しむ必要も何もないんだよ。 どうせここでみんな死ぬんだ。私が殺すんだからね」 (;´∀`)「そんな事は、させないもな」 (* ∀ )「そんな状態で言われても説得感ないなァ。 ま、安心してよ。モララーとかいうのも、すぐに送りつけてあげるからさ。 あんたの生きる理由も戦う理由も何もかも、全部私がぶッ壊してあげるよ」 噛み締められたジョルジュの歯が軋む。 それは胸に走った痛みの為でもあったし、頭が熱くなるほどの怒りの為でもあった。 (#゚∀゚)「……相も変わらず、クソみてぇなこと言いやがって。 いい加減にしやがれ!! テメェ、何様のつもりだ!? 使役されるべき“力”ごときが調子に乗ってんじゃねぇぞ!! つーを起こせ!!」 (* ∀ )「『つー』の眼なら覚めてるよ。ギンギンのビンビンにね。 『もう一人』の方は、まァ、起きたくても起きれないだろうけど。一生ね。 何てッたッて、私がその気ゼロだもん」 にたり、という笑みを浮かべて (* ∀ )「―――あ。敢えて、アンタ達の死体を彼女の眼で見せるッてのは良いかもしんないけど」 (#゚∀゚)「……テメェ」 (* ∀ )「あら、何? 怒ッたの? それとも、『振り』?」 笑みを含んだ彼女の言葉に、ジョルジュは衝撃を受けたように眼を剥いた。 それから牙を剥き、立ち上がる。 モナーの傷口に当てた右腕を見下ろした。 その腕に、モナーの手が置かれる。 彼はジョルジュを見上げて、「大丈夫。離しても良いもな」と呟いた。 頷くと、ジョルジュは右腕を引き戻してブレードに変化させる。 そして改めて、つーと対峙した。 (#゚∀゚)「もう一度、言ってみろよ。何だって?」 明らかな怒りと、そして動揺の表情。 彼女はそれを見て、しかし一瞬たりとも揺らがずに吐き捨てる。 (* ∀ )「アンタのその言動。 悲しみも怒りも何もかも、全部『振り』じャないのかッて訊いてンのさ」 (#゚∀゚)「あぁ!? 寝ぼけたことを―――言ってんじゃねぇぞ!」 叫びつつ、床を蹴った。 从;゚∀从「待て、ジョルジュ! 一人で……戦うな!!」 ハインのくぐもった声が聞こえたが、彼は止まらない。 大きな一歩から、袈裟掛けに刃を斬りつけた。 迫る橙に、つーは鉈ナイフを真正面からぶつける。 閃光が弾け、二本の刃も弾けた。 ジョルジュは間髪置かず、二撃目のブレードを振るう。 真正面からの唐竹割りだ。 速く重いその斬撃は、受けるという選択肢を彼女の細腕から奪う。 後方、或いは横に跳んで躱すだろう、とジョルジュは予測していた。 だから次の一手も既に考えている。 そして、その一手で、この戦闘を終えるつもりだった。 しかしつーはそこで踏み込んできた。 振り下ろされた刃は、横にほんの僅かに動くだけで躱す。 彼女の茶髪の数本が空に散り、ジョルジュの瞳が見開かれる。 次の一瞬には、彼女の手がジョルジュの首にかかっていた。 首を押されつつ、更に脚を払われ、彼の身は床に倒される。 从;゚∀从「ジョルジュ!!」 (;゚∀゚)「―――くっ!!」 彼は床に手を着き、すぐさま立ち上がろうとする。 が、上半身を起こしたところでその眼前に鉈ナイフが突き付けられ、彼の身は硬直した。 その様子を見て、つーが嗤う。 (* ∀ )「寝ぼけたことを言ッてるのはアンタじャないの? 『振り』じャないッて、胸を張ッて主張出来るわけ?」 (;゚∀゚)「何……を」 (* ∀ )「最初にアンタと話した時から思ッてたんだよ。アンタからは感情がどうも読み取れない。 それはつまり、アンタが感情を荒げていないッて事なんだよ。口調とは裏腹にね。 作ッた感情ッて事だ。嘘。振り。本当の感情じャない!!」 淡々と告げる。しかし彼女の声は、確とした狂気を孕んでいた。 楽しんでいる。こうして追い詰める事を。苦しめる事を。 そして壊れたところで踏み潰してやるつもりなのだ。 从;゚∀从「聞くな、ジョルジュ! 戯言だ!!」 (* ∀ )「前と比べて、今は随分と感情が読めるようになッた。けどまだまだ読み辛い。色が薄い。 だからね……思うんだよ。アンタは、本気になっている振りで、自分を騙してるだけなんだろうッて。 本当はどうでも良いんだろうなッてさ! この戦いも、ショボンの事も、自分の命すら! 違う!?」 つーの言葉に、ずきり、と心が痛む。 ハインの助言もありながら、咄嗟に無視が出来なかった。 俺は……そうなのか? どうでも良いと、そう考えているのか? それを否定出来る、確たるものはあるか? 自分の中で組み上げた存在が揺らぎ、霧散していく。 (;゚∀゚)「……うるせぇ……」 (* ∀ )「そう言えば以前、ほざいてたよねェ。『引き際が良い男はモテるんだ』とか何とかさ! 何でも引いて諦めちャう、本気になれない自分を慰める為の言葉のつもりか何だか知らないけどさァ!?」 ……違う。俺はそんなんじゃ、ない。 今の俺は、変わったんだ。 そうだ。決心したんだ。逃げない、戦うって。 薄れて揺らぐ意志が、頼りなげに渦巻き始める。 葛藤。果たして俺は、変われたのだろうか。 (; ∀ )「―――うるせぇ」 (* ∀ )「良いんじャない、諦めちャえば!? 今までと同じようにさ!! 全然格好良くはないけど、確かに無駄に足掻くよりかはマシかもね! どうせ今まで、ずッとそうやッて来たンでしョ!? 今回も諦めて、楽になッちャえばァ!?」 ―――違う!! 自身の中で、何かが叫んだ。 渦巻いていた想いが、一つの形を取る。 それはかつての―――いや、自分自身。そして決意だ。 変われたのか、じゃない。 変わるんだ、この戦いで。俺は、俺自身になるんだ。 視界が赤く染まる。眼の奥が熱い。 気付けば牙を剥き、叫びつつ、動きだしていた。 (#゚∀゚)「うるせぇっつってんだ、この脳内花畑が!!」 (* ∀ )「!!」 振るった右腕が、突き付けられた鉈ナイフを弾き飛ばす。 即座に立ち上がった。そこで顔面目掛けて蹴りが来たが、左腕のプロテクターで受ける。 間を置かず右腕を振るうが、一歩のバックステップで躱された。 ジョルジュは追わず、また、つーもそれ以上退かなかった。 二人ともその立ち位置で、対峙する。 (#゚∀゚)「あぁ、俺はそうだったよ! 何もかもが怖くて、何もかもがどうでも良かった!! 他人とぶつかるのが怖くて、どんなことも諦めてきた! そんな自分を納得させる為に嘘を繕った!! 周囲と調和する為に、自分ですら偽って欺いた!! あぁ、自分の命すらどうでも良くなっていたかもな!!」 (* ∀ )「それがどうした! いきなり何を言ッてるのさ!? とうとうアンタも狂ッちまッたかい!? 歓迎だねェ!!」 つーの軽口に、ジョルジュは応じない。 独白を、ただ叫ぶ。 (#゚∀゚)「でも今は違うんだ! 以前の俺とは変わった! 決めたんだよ! 生きるって、諦めないって!! 足掻いて、格好悪い姿でも、自分として在ろうってさ!! ようやく変われるんだ! こんなところで、お前みたいな『偽物』に殺される訳にはいかない!!」 嗤っていたつーの表情が、『偽物』というワードによって、一瞬曇った。 そんな彼女にブレードを向けて、ジョルジュは言い放つ。 (#゚∀゚)「俺はもう諦めない、眼を背けない! 戦い抜いてやるし、ショボンとも決着を付けてやるし、生きてやるさ!! 俺は『俺』として、あの大嫌いだった日常の中で生きてやるんだ!!」 (* ∀ )「……は! 何を言ッているのかと思えば、そンな事かい! くだらないねェ!! 良いさね! アンタがそう言うなら、私はそれを叩き潰すのみさ!!」 ジョルジュに応じるように、彼女も鉈ナイフをジョルジュに向けた。 (* ∀ )「日常!? 異能者のアンタが!? 笑わせるなよ!! 化け物は化け物らしく生きるしかないンだ!! 『偽物』だ!? そりャあんただ! 私は『本物』の、異能者として生きてンだからね!!」 (#゚∀゚)「その言い草! それがあんたを『偽物』だって言ってんだよ!! 本物のつーはな、戦いたがってなんてなかったんだよ! 普通の少女として、生きていたかったんだ!!」 脳裏に、幾つかの記憶の断片が浮かぶ。 初めて会った時、彼女は本当に悲しそうな顔で、異能者としての運命を見詰めていた。 兄者達による大虐殺の時、彼女は自身の所属も考えず、困窮しきった顔で、彼らを止めてくれと俺に頼んだ。 “力”を授かってしまったが故に望まぬ人生を強いられ、 それでも何かを憎む事すらせず、極力殺人を避け、人々を救った。 耐え難い悲しみと苦しみを知っているからこそ、彼女は優しかった。 そんな彼女が、どうしてこんな目に合わなくてはならない。 (#゚∀゚)「ところがあんたはどうだ!? 異能者として!? 化け物らしく!? それのどこが『本物』だ!? その気持ちのどこにつーが居るんだよ!? あんたは異能者としては『本物』かもしれんがな、つーとしては、お前はとんでもない『偽物』だ!!」 (* ∀ )「『つーとして』!? は! つーは私だ! 内で無様に足掻いてる、あの女じャない! この身体は私の物だ!!」 从#゚∀从「「 違う!! 」」(゚∀゚#) ジョルジュとハインが、同時に叫んだ。 表情を歪めるつーの背後で、床を這っていたハインが立ち上がる。 腹に手を当て、苦痛に顔を強張らせながらも、叫んだ。 从#゚∀从「その身体は、苦しみ、傷付いてきたつーの物だ!!」 (#゚∀゚)「その通りだ! 苦しませ、傷付けてきたお前のもんじゃない!!」 彼らの言葉に、つーは余裕の表情を崩し始める。 激怒。そして時折浮かべる困惑に、暗く淀みきった狂気。 从#゚∀从「楽しむだけ楽しんで、苦しめるだけ苦しめて、辛い想いを何一つしていないあんたに、その身体は渡さねぇよ!! 絶対に取り返してやるさ、覚悟しろよ、このクソ野郎が!!」 枯れた声で叫ぶ彼女も、大鋏をつーに向ける。 つーを挟んだ二人は、それぞれ得物を彼女に向け、そして同時に口を開いた。 从#゚∀从「「 良いか、狂人。よく聞きやがれ 」」(゚∀゚#) 一拍を置いて、言葉を、そして想いを叫ぶ。 从#゚∀从「「 お前はつーにはなれない!! 」」(゚∀゚#) 挟まれた彼女の中で、余裕がとうとう瓦解した。 (* ∀ )「……! あァ、そうかい! イラつくねェ。本当に、突き抜けてイライラさせてくれる! 良いさ、やッてやるよ。殺ッてやるよ! アンタらに何が出来るのか、見せてみろよ! 出来るだけ早く頼むよー? じャないと、君達の大好きなつーちャんの身体で、つーちャんの大好きな君達を殺す事になッちャうからさァ!!」 (#゚∀゚)「言われずともッ……!!」 姿勢を落として右腕を構える。 ふと、胸の痛みが消えている事に、彼は気付いた。 その理由、そして戦闘の初めからある妙なイラつきの理由を、同時に理解する。 自分を見ているような気がする―――それもあるけど、それだけじゃない。 つーが、可哀想だからだ。 自らが“管理人”にも関わらず、俺達に“管理人”を止めろと、そんな馬鹿げた優しさを持っている彼女が、 血も涙もない、馬鹿げた回路を持った殺人狂に変わってしまった事が。 否。最も望んでいない事を彼女の身体で行われるのが、余りにも可哀想だったからだ。 俺は、そんな彼女と戦うのが―――向き合うのが辛かったのかもしれない。 それが胸の痛みだったのだろう。 だから、向き合う事を決心した今。彼女を止めると決めた今、胸の痛みが消えた。 そう、止めなければならない。 こいつは、止めなければならない! 意識せずに口から溢れた咆哮と共に、彼は床を蹴った。 (;´∀`)「始まっちゃったかもな」 戦闘を開始した三人を見て、モナーはそう漏らす。 腹部にはきつく何重にも包帯が巻かれていた。 彼が自身で行った応急処置だ。 視認は出来ないが、包帯の下にも幾つもの処置が施されている。 迅速な処置によって、彼の傷に対して出血は随分と控えめになっていた。 それでも傷がある箇所の包帯には薄らと朱が滲みつつある。 (;´∀`)「いっ、ててて……」 呻きながら上半身を起こし、膝立ちになる。 そして傍らの薙刀を握り締めた。 ( ´∀`)「―――もな」 息を長く静かに吐き出して、眼を細める。 戦闘を行う三人の動きを一瞬たりとも見逃さんと、集中した。 闇雲に戦闘に参加する気はなかった。というよりも、出来ないのだ。 今ここであの中に飛び込んでも何も出来ない。無様に散るだけだ。 ジョルジュの言う通り、ここで死ぬわけにはいかない。生きて勝たねばならない。 ならば、真正面から戦闘を行うこと、そして長時間の激しい運動は避けたい。 傷からの出血は抑えられているとは言え、所詮応急処置だ。 これ以上傷を増やすわけにも、出血を増やすわけにもいかないのだ。 彼が狙う事は一つ。 最小限の動きで最大の結果。一撃必殺だ。 いくらつーでも、冷静さを失い、更に肉体の限界を超えている中で、 ハインとジョルジュの二人を相手にすれば隙が出来るだろう。 そこに最大威力の一撃を叩き込む。 その一撃が決まっても外れても、終わりだ。 勝負はそこで決する。 外すわけにはいかない。 薙刀を握り直す。手に付いた血糊が僅かに滑った。 深く息を吸い、緊張に強く脈打つ鼓動と、それに合わせて強まる苦痛とを落ち着ける。 そして、二人が出来る限り大きな隙を作ってくれることを祈った。 (#゚∀゚)「うらァアアァァァアアァアァアァァッ!!」 从#゚∀从「おらおらおらおらおらおらッ!!」 (* ∀ )「ッ! ハッ、ははハハはッ!! ヒャはハハはハはッ!!」 二人の猛攻に、つーは押されつつあった。 狂気の笑い声をあげ、両手に握るナイフで二人に応じながらも、彼女の脚は自然と後退を選択する。 息は切れ、肉体に刻まれる傷も増えつつあった。 一度は回復した彼女の運動能力が、落ちつつあった。 既に本来の肉体の限界は超え、狂気によって動かしていたようなもの。 その力もやがては朽ちる。そして今、彼女にはその時期が来ていた。 それでも彼女は止まらない。そんな素振りすら見せない。 命を護ろうという動きを取ろうとしないのだ。 全ては殺す為に。血を見る為に、戦う。 互いに退かない戦闘は混沌とし、停滞する。 それを防ぐ為に、一度ジョルジュ達は退いて間を取った。 それに対してつーは一度は動きを緩めるが、すぐにまた戦闘の意志を見せて駆ける。 自身の不利は確定しており、休むべき状況でも、彼女は喜々として戦闘に喰いつく。 不自然に傾き、固くなった動きは、壊れかけの糸繰り人形を思わせた。 (#゚∀゚)「しぶてぇな、畜生……!!」 从 ゚∀从「…………………」 彼女を睨みつけ、構えるジョルジュ。 そんな彼を見て、ハインは眉を寄せた。 彼がつーと迷いなく戦ってくれる事は有難かった。 どういうものなのかは分からないが、何か決心をして、彼女を止める事を決めたらしい。 だが、その『止める』は恐らく、殺すということなのだろう。 彼には、つーを元に戻すという選択肢がそもそも頭の中に入っていない。 更に怒りという感情が、彼から思考を奪っていた。 本物のつーを悲しませない為に、彼女ごと『つー』を『止める』……。 確かにそれも、一つの方法、結果かもしれない。 だが違うのだ。彼女を殺させるわけにはいかないのだ。 彼女を、取り戻さねばならない。狂気のつーから、そしてショボンから。 しかしそれをジョルジュに伝え、更に納得させるような時間はない。 ―――そろそろ、時間なのかもしれない。 三人を相手取る時間だ。 ジョルジュとモナーの攻撃から狂気のつーを護り、更に彼女の攻撃を抑えつつ、拘束する。 いや。正確にはショボンも相手にしなければならないから、四人を相手にする事になるのかもしれない。 知った事か。何人を相手にしようが、やってやる。 自身のダメージは決して無視出来る様なものではなかったが、恐らくやれない事はないだろう。 モナーは負傷し、つーだってもう本当の限界が近い。ジョルジュもダメージは小さくない筈だ。 ショボンに関しては未知だが、所詮テレパシーの“力”だ。どうにかなるだろう。 顔を上げる。つーが、もう数歩で射程距離に入るところだった。 まだだ、と心の内で呟く。まだ、時間じゃない。 この次だ。ジョルジュと二人でダメージを与え、隙が出来たところで拘束する。 つーの運動能力はもう随分と落ちている。膂力もだ。 生まれる隙も大きくなりつつある。やれる。やるしかない。 从#゚∀从「行くぞ、ジョルジュ!」 (#゚∀゚)「おうよ!!」 返ってきた力強い声に、僅かに良心の呵責を感じた。 方法は違えど、本気でつーと向き合い、止めようとしてくれている心を利用しているのだから。 だからこそ、失敗してはいけないと思う。利用したのだから、満足の行く結果を出さなくてはならない。 (* ∀ )「ヒャハははハ!! 良いよ良いよ、モッと殺シ合おう!! マダまだ足りなイんだ!! 全然、満ち足リなイよ!!」 不気味にトーンを外した声で叫びながら、ナイフを叩きつけてきた。 ジョルジュが前に出て、盾にした右腕で受ける。 ナイフは弾け、だがつーは即座にその盾を蹴りつけた。 ジョルジュは体勢を崩して数歩を後退し、つーは蹴りから生まれた反動を一歩で相殺。 隙の出来たジョルジュに向かって一直線に駆け抜ける。 だが攻撃範囲に入る直前、ジョルジュの脇腹を潜り抜けたハインが彼女の目の前に立った。 (* ∀ )「邪魔ナンだよォ!!」 身を大きく反らし、鉈ナイフを振り下ろす。 それに対しハインは深く踏み込み、全身を捻りながら大鋏を跳ね上げた。 大鋏の刃はナイフを真正面から捉え、それを大きく弾いて吹き飛ばす。 つーはそれに怯まず、隙の生まれた彼女の脇腹に、すかさず左手で抜いたナイフを叩き付けた。 ハインは振り抜いた大鋏を、頭の上で二本の刃に分離。 振り下ろした黒の歪剣で、そのナイフもまた、弾き飛ばす。 そこに、橙の線が伸びた。 二人の間に割り込んだそれは、つーの左手に巻き付いていく。 そして直後、投げ飛ばした。 つーに向けられる三人の視線が一斉に鋭くなり、同時に三つの足音が床を叩く。 ジョルジュは追撃の為に、右腕を引き戻しつつ床を蹴った。 ハインは拘束する為に、吹き飛んだ彼女に向かって疾駆する。 モナーはその隙に最後の一撃を叩き込む為、彼女に向かって飛び出した。 始まりは同時、しかし結果は大きく変わる。 その一瞬の為に身体も精神も用意していたモナーは誰よりも速く彼女に向かい、 それに気付いたハインは息を呑んで、頭を真っ白にして飛び込んで行く。 目の前で起こっている事象に、ジョルジュは眼を見開き、思わず踏鞴を踏んだ。 彼の視線の先で、事態は急速に展開していく。 戻る 目次 次へ ジャンル別一覧
人気のクチコミテーマ
|