前編二96 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:55:08.05 ID:I+3pGr3T0('、`*川「ほえー、あんたが出歩くなんて珍しいね」 学校に持ってきた本を、有里が捲っていた。 ('、`*川「いいんじゃないの。そーゆー頑張り、私は好きよ」 (;゚ー゚)「ど、どうも……」 ('、`*川「そんで、どれにするの?」 (*゚ー゚)「どれにしようかなーって……。 手の込んだものを作りたいけど、その分失敗の可能性も大きいし……」 ('、`*川「何度でも挑戦してみればいいじゃん。中には上手くできるのもあると思うよ。 そしたらきっと分かってくれるよ。 何度も作ってれば気持ちが込もる。そーゆー苦労は伝わるよ」 微笑んで、頷いた。 練習が終わってから、板チョコを十数枚買って、とりあえず家で試作品を作ってみた。 見た目はシンプルだが、二つ重ねで兼ね合いの難しいチョコだ。 仮にギコ君との付き合いが今も続いていたとしたら、これを作ろうという考えは微塵も浮かばなかっただろう。 というより、手作りという発想すら、練習という言い訳の元に存在させなかったはずだった。 フラれたのは、辛い。 辛いのに、それからが何故か充実している。 ギコ君のことを想う。その充実感なのか。 99 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 22:57:56.35 ID:I+3pGr3T0 暫くの後に出来たものは、見たこともないような物体だった。 苦笑すら漏れようとしない。 これでも、フィギュアの練習一時間に相当するほどの疲労を身体が感じている。 川 ゚ -゚)「これは、食べ物?」 後ろから呟きのような声を出したのは、お母さんだった。 川 ゚ -゚)「台所にいるということは、食べ物か?」 (*゚ -゚)「むー……私の料理の腕は知ってるくせにー……」 川 ゚ -゚)「しかし珍しいな。というか、初めてじゃないか? 手作りなんて」 (*゚ -゚)「初めて……」 川 ゚ -゚)「美咲なら市販で済ませそうなものだが……世界選手権前なのに、何故だ?」 (*゚ -゚)「……なんで……って……」 ギコ君と付き合っていたことは、知っている。ただ、フラれたことは知らせていなかった。 (;゚ -゚)「な、なんとなくだよ」 余計な心配はかけたくない。 恋愛云々のことを話したら、もっとスケートに集中しろだとか、そんなことで世界選手権を戦えるのか、などと言われることは眼に見えている。 世界選手権は、確かに自分にとっても大事なことだった。 しかし、ギコ君との関係がこのままだと、碌に集中できないし、それこそ世界選手権を戦えるのかも分からない。 ギコ君を愛し、そして愛される。自分のためにもギコ君のためにも、今はそれしか考えられなかった。 103 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:00:48.60 ID:I+3pGr3T0 川 ゚ -゚)「そうか。じゃあ、頑張ることだな。あまりに遅くならないようにな」 (*゚ー゚)「うん。おやすみ」 お母さんは、最近体調があまり良くなく、仕事も一週間ほど休んでいる。廊下を歩く音と、咳をする音が同時に響いてきていた。 フィギュアは、お金がかかる。 チョコレートを溶かしながら、色んなことを思い出していた。 お父さんが事故で他界したのは、11歳のときだった。 悲しみに明け暮れ、フィギュアを続けることなんか考えられなかった。 練習や試合、コーチにも見てもらうので、お金も年間で100万以上かかる。 お父さんが居ない状況で続けられるはずもなかったし、なにより、スケートが上手になることを喜んでくれたお父さんが居ないのは、考えられなかった。 フィギュアから2年離れていたが、時々遊びでリンクに会いに行くことがあった。 リンクに身を委ねていると、不思議と心が温かくなる。 忘れていたようなその感触が心地よくて、次第に滑りに行く間隔が短くなっていった。 それを、お母さんには知らせていなかった。 また、フィギュアをやりたい。そんなことを言ったら、家計が相当苦しくなることは分かっている。 ただでさえ女一人手で辛いのに、またフィギュアなど、言えるはずがなかった。 それに、もうお父さんがいない。 喜んでくれる人がいないのに、フィギュアで上を目指す気力が続くのかも分からなかった。 結局言い出せないまま、遊びで滑り続けた。人が少ないときにはステップやスピンの練習もした。 そんなもどかしさの中だった。ギコ君に出会ったのは。 ( ,,゚Д゚)「知り合いが運営してるスケートリンク、7時に終わって、そのあと誰も使わないから練習に使えるんだけど、どうかな?」 105 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:03:59.02 ID:I+3pGr3T0 初対面の、第一声だった。 あとで聞いたところ、ひどく緊張して噛みそうになりながらの一言だったらしい。 ただ、その時は、わけの分からない気持ちと、少しの嬉しさがあって全く気がつかなかった。 それから毎日練習させてもらった。また、そこを運営していた人がフィギュアでは著名な人で、暫しタダでコーチとして見てもらっていた。 そのリンクが使えたのは一年半前までで、そのコーチは外人選手指導の依頼を受けて海外に飛び立った。 リンクも別の人に委託され、その人の許ではタダで滑り続けられなくなった。 ( ,,゚Д゚)「リンクで滑ってる姿見て、狭いところなのに、凄く大きな翼が見えた。 それを畳んでるのが凄く勿体無いって。でも、キレイだなって」 会話をしたのは、二度。それから、リンクで練習していても、ギコ君が現れることはなかった。 ( ,,゚Д゚)「好き、です」 会ったのは、二度目。 練習をずっと見て、終わって、軽くお話をして、告白された。 何が何だか、また、分からなくなった。 (*,,゚Д゚)「言えたぁぁ!」 背を向けて、突然大きな声で叫んだ。 混乱は、ひたすら増長し続ける。 ( ,,゚Д゚)「滑っている姿を見るたびに言いたいと思ってた。 言っただけなのに、なんかスゲー嬉しいっていうか、充実感がある。あーすっきりした」 振り向いたときの、その、笑顔。 瞬間、全ての感情が消え去り、一つの感情が顔を出した。 少し、赤らんだ感情が。 110 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:06:43.43 ID:I+3pGr3T0 ( ,,゚Д゚)「でも別に、付き合って欲しいとか、そういうんじゃなくて」 (;゚ー゚)「え?」 そんなありがちな言葉に、ひどく狼狽した。 ( ,,゚Д゚)「ただ、気持ちを伝えておきたくて。 そーゆー気持ちで近付いたっていう事実は、もう、早めに知っておいて欲しかった。 ただそれだけの話で、別に付き合ってもらえるとかは考えてな」 (*゚ー゚)「わ、私も!」 誰が、言ったのか、一瞬分からなかった。 自分の口が動いたという感覚が、全くなかった。 (*゚ー゚)「す、好きです。つ、付き合って、くれないの?」 その時のギコ君の顔は、今でも鮮明に覚えている。 笑みと照れが混同している表情。困惑しているようで、でも凄く嬉しそうな顔。 たまらないほど、胸が熱くなった。 最後にあの顔を見てから、もう、どれほどの時が経ったのだろうか。 名前すら、知らなかったのだ。それなのに、何故付き合おうという気になったのか。 理屈では、今でも分からない。ただあの時はもうそれしか考えられなかった。 今でも、判断を間違えたとは微塵も思っていない。 いつでも自分の前にある水道から、蛇口を捻るだけで水が流れ出てきた。 喉を潤そうと思ったら、両手で掬って飲めばよかった。 小さい頃からそうしてきたように、至極当然のように。 112 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:09:51.07 ID:I+3pGr3T0 枯渇してしまったのは、本当に最近なのか。 ずっと前から、気付いていなかっただけかも知れない。 水だと思って、飲み込んでいたものは、本当に喉を潤していたのか。 (*゚ー゚)(さっきよりは……) 若干、出来が良くなった。味はさほど変わらない。 とはいえ、この見た目では中身は大した問題ではない。 味を気にするのは、まずこの大問題を片付けてからだ。 チョコレートとは、違う。チョコによって解決を図る問題は、チョコとは真逆だった。 スケートをまた始めたが、お金は当然かかった。 スケートリンク料やコーチ代は一切かからずとも、靴や筋トレなどにかかるお金がかなりある。 貯金を崩しても、元々の額が知れている。お母さんにも話して、生活水準を若干下げてまでお金を回してもらって何とかなっていたが、一年半でリンク料やコーチ代もかかるようになった。 それからお金を貸してくれたのは、ギコ君だった。 ギコ君がバイトをしているのは、自分の生活費のためだった。 ギコ君も親を事故でなくしていて、しかも父母両方だった。 中学までは祖父母の家で暮らしていたが、高校に入ってからはずっと一人暮らしだという。 今は保険金とバイトで得たお金で生活している、と前に話してくれた。 つまり、ギコ君もぎりぎりだった。 なのに、どうしても足りない時は、なんでもないようにあっさり貸してくれる。 大丈夫? と訊いても、大丈夫じゃなかったら貸さない、としか答えなかった。 それもそうか、と納得していた自分を、今は張り倒したかった。 116 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:12:51.04 ID:I+3pGr3T0 このチョコを見ていると、懐かしい気分になる。 未練がましい左手薬指を眺める。付き合ってから、一年強の、誕生日に貰ったものだった。 模様がついているものの、シンプルな作りの、銀の指輪。 冷たいような、温かみのあるあの感覚は、今も指から離れない。 ( ,,゚Д゚)「手、出して」 震えた声だったと、記憶している。 表情を見ても、はっきり緊張に似た感情が浮かび上がっていた。 左手を出すと、少し爪に引っかかりながら、指を通っていった。 (#゚ー゚)「なんで!?」 怒って、指輪を突き返した。 (#゚ー゚)「彼女なの! ギコ君の!」 (;,,゚Д゚)「し、知ってる」 (#゚ー゚)「じゃあなんで中指なの!?」 薬指を、鼻先に突きつけた。 ギコ君が思わず体を少し引く。しかし、喜びを隠せない表情。 思わず、笑みが零れた。 ゆっくり、けれどスムーズに、指の深みへ到達した。 (*゚ー゚)「嬉しい……」 薬指を頬に当てた。冷たさのような、温かみ。快かった。 123 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:16:21.82 ID:I+3pGr3T0 彼氏から、初めてもらったもの。 そういった感慨も少なからずあったのだろう。 告白されたことが、何度かあった。 中には、周りからかなりの人気を得ている人が、満を持して、という感じで自分に告白してきたこともある。 その俯瞰的な態度抜きにしても、付き合う気にはなれないとはっきり感じたのを覚えている。 ギコ君と付き合いたいと思った理屈は、やっぱり分からない。その時の感情に、名前をつけることもできない。 ただ、それが快かったのだろうか。 逃したく、ないと思ったのだろうか。 (*゚ー゚)(あ……けっこういい感じ……) 六度目にして、ようやく形になってきた。 いつの間にか、時計の短針が3を睨んでいる。 眠気もあった。体調を考えると、もう睡眠を取ったほうがいい。 けれど、今はこの感覚を失いたくなかった。 (*゚ー゚)(あとちょっと、続けよう……) またチョコを溶かし始めた。 続ける。 フィギュアを続ける気力を維持できたのは、ギコ君のおかげだった。 お父さんが他界してしまってから、フィギュアの上達を喜ぶ人がいなくなった。 自分で自分を鼓舞して、それで本当に上に到達できるのか。 そういった不安も、足枷の一つだった。 125 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:19:12.99 ID:I+3pGr3T0 付き合い始めてから、大会などで入賞することをギコ君は誰よりも喜んでくれた。 試合もほとんど見に来てくれたし、誰も興味を持たないような技術的なことまで親身になって聞いてくれた。 救われたことが、多すぎた。多すぎるが故に、気づかぬうちに依存しすぎていた。 そして、愛がそこになくなった。 水を、飲みたいときに飲むことができた。 しかし、ギコ君の前にある蛇口は、いつしか枯渇し、蛇口自体が錆びかけていた。 たとえ水が流れても、錆の混じった赤が流れるのみだ。 もう、そんなことはさせない。 蛇口を、捻ることすらないように、してみせる。 七つ目は、今までの中では最上の出来だった。 味も悪くない。あと、二段階。 二つ上に行けば、渡して恥ずかしくないものにできる。 結局就寝は四時前だった。 疲れはあるが、それを嫌悪する気持ちはない。不思議なものだった。 ('、`*川「うん、悪くないんじゃない?」 学校に持って行って、昼休みに有里に見せてみた。 学校に来てからほとんど寝ていて、有里の顔を見るのも今日は初めてという気がする。 (*゚ー゚)「今日で、何とか完璧にしてみせる」 ('、`*川「練習終わってからはキツイでしょうに。いい感じじゃない。愛が込もりまくりね。 まぁそれでめでたく復縁となるかは分かんないけどさ」 128 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:21:45.25 ID:I+3pGr3T0 (*゚ー゚)「気持ちが、伝われば、今はいいよ。 ギコ君だって確か大事な試験近かったはずだし……変にかき乱したくないもん……」 ('、`*川「できるんじゃない、思いやり。 やり方が分からない、とかじゃないのね。やらなかっただけか」 (*゚ -゚)「違う……ギコ君が、させようとしなかったんだと思う……ギコ君、優しすぎるから……」 ('、`*川「随分、もったいない彼氏ね」 (*゚ -゚)「ホントだね……」 ('、`*川「それで、土曜は何時に会えるって? 次の日は休みなんだし、遅いんならホテル泊まるとか、彼氏君の家に泊めてもらって、攻勢かけるとか……。 まぁ、色々手はあると思うけど」 (*゚ -゚)「土曜……何時、だろ……」 ('、`*川「はい? え、なに? あんたが随分張り切ってるから、もうばっちり予定とってあるんだと思ってたのに…… まだ連絡とってないの?」 忘れていた、といえばいいのだろうか。 チョコに夢中になりすぎていた。 (;゚ー゚)「家に帰ってから、うん……」 ('、`*川「それはそうとアンタ、眼、充血してるよ? そんな眼で彼氏君に会ったら引かれるだろうから、やめときなさいよ?」 134 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:24:13.39 ID:I+3pGr3T0 (*゚ー゚)「前日はちゃんと寝るよ……眠い……」 ('、`*川「彼氏君は、困りながらも、喜ぶと思うけどね。 睡眠時間を削ってまで、ということが分かったら」 (*゚ー゚)「でも、なんかヤダよね……それをわざわざ示すみたいで……」 ('、`*川「空気で分かる彼氏君だと思うけどね。だから、クマをわざわざ残すようなことは厳禁だよねぇ」 (*゚ー゚)「小さい女だと思われちゃうよね……」 ('、`*川「大きいのは胸だけとかってね。 もっとも、とっくに美咲のことなんか知り尽くしてるかも知れないけど。体以外は」 (;゚ー゚)「うー……」 家に帰ってすぐ、電話をかけた。 練習に向かう準備も整える。この時間なら、ちょうどギコ君は学校が終わって家に帰っているはずだ。 高揚は、あまりなかった。気持ちは、落ち着いている。 以前電話した時に、あっさりと出てくれたことが多分関係しているのだろう。 ( ,,゚Д゚)『もしもし』 (*゚ー゚)『あ、ギコ君』 ( ,,゚Д゚)『こんにちは、椎名さん』 以前に、聞いた言葉。 なのにやはり、何度聞いても慣れられそうにない。 それは、付き合い始めた頃の気持ちと似ていた。 141 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:27:01.54 ID:I+3pGr3T0 ( ,,゚Д゚)『今から、練習?』 (*゚ー゚)『え……あ、う、うん。そうだよ。ギコ君は、バイト?』 ( ,,゚Д゚)『ん。今から家出るところ』 (*゚ー゚)『そうなんだ、頑張ってね』 ( ,,゚Д゚)『椎名さんも』 極々自然な会話に、少しながらも充実を覚える。 ずっと渇いていた喉は、僅かな水でも機嫌が直るかのように潤っていく。 ただ、潤いで満たすために、もっと多量の水を欲してしまっているのも事実だった。 (*゚ー゚)『あ、あのね、ギコ君。ひとつ、聞きたいんだけど……』 ( ,,゚Д゚)『何?』 (*゚ー゚)『明後日……って、時間ある?』 バレンタインという言い方も、2月14日という言い方も、土曜という言い方も避けた。 驚かせたい気持ちが、あった。 浅はか、だった。 146 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:30:03.44 ID:I+3pGr3T0 ( ,,゚Д゚)『ゴメン、朝から夜までバイトあるんだ』 気づかなかった。瞬間、膝が折れたことに。 携帯も、手から逃げ出そうとしているかのようで、しっかり握っていないと溢してしまいそうだった。 (;゚ -゚)『そう……なんだ……』 震えている、情けの無い声。 追いかけさせたツケを、払わされているのか。 諦めることを、まず、やめたかった。 (;゚ -゚)『5分でいいの! 会いたい……勿論、私がそっちに行くから……。 こっちに戻ってこれる終電が10時2分……それまでに……駅に、来られないかな……?』 この感情は、なんなのだろう。 切なさとはどこか違う。苦しみと大別できそうなのに、それも恐らく居場所を間違えている。 ギコ君の、あの時の顔が思い浮かんでくる。 ( ,,゚Д゚)『…………うん……多分、無理……ゴメン……』 どうしても、会いたいのに。なのに、会えない。 自分の足元に、目の前にあれば、泣きたくなるほど気持ちがよく分かった。 (*゚ -゚)『私、待つから……ぎりぎりまで、待つから……』 ( ,,゚Д゚)『時間を、無駄にさせられない……10時2分は、無理……。 ゴメン、ホント……椎名さんは絶対時間を無駄に費やすだけだから、来ないほうがいい……』 (*゚ -゚)『それでも、待つから……』 152 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:32:51.22 ID:I+3pGr3T0 別れの一言を告げて、すぐに電話を切った。 この感情が、喉を塞いで、会話どころか息すらできそうになかった。 もう、彼氏ではない。それを、示しだされた。 いや、わざと示したのかも知れない。もう、椎名美咲の、都合のいい道具ではない。 それを、心に植えつけたかったのかも知れなかった。 被害妄想だと自分を納得させても、練習に身は入らず、何度もコーチの鋭い言葉が襲い掛かる。 追い続ける。 いつも、ギコ君の横顔だと思っていたものは、一体なんだったのだろう。 追いかけさせて、そして今は追いかけている。 ギコ君の横顔を最後に見たのは、一体いつだ。 何故、思い出せないのだ。 この苦しさを、チョコに込めたくはなかった。 だから、チョコを作るときはひたすらギコ君のことだけを考えた。 喜ぶ姿だけを思い浮かべた。 それは、チョコを上手く作るより、難しいことだった。 出来そのものはかなり良くなってきた。雑念は振り払う。一心不乱だった。 (*゚ー゚)(……あれ?) ひたすら作り続けていたら、いつの間にか板チョコが冷蔵庫から姿を消している。 今日も10枚程買ってきたのに、それを使い切ったという感覚がまるでなかった。 もう日付が変わっている。しかし、今の感覚は失いたくない。 少しだけ身振りを整えて、コートを着て家を出た。 コンビニまでは、歩いて5分程。人気は一切ないが、そう暗くはない通りだった。 155 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:35:17.91 ID:I+3pGr3T0 風が、今日も冷たかった。 身を切られる。髪が攫われる。思い出さざるを得ない、あの公園での出来事を。 思い返すたびに、眼を伏せたくなる。 しかし、伏せても視界はそう変わりなかった。 追いかけさせ続けていたことに、何故気づかなかったのか。 後ろからの、足音に、息遣いに。 (;゚ー゚)(!?) 振り向けなかった。コンビニでチョコを買い終えて、家までは、あと1分。 遠い、遠すぎる。 脚も、竦んでいる。若干の遅速に、対応してくる。 付かず、離れず。 油断、していた。少し前なら、こんな道は絶対通らなかったのに。 思い切って、走った。 互いの足音が、大きくなる。影が、自分の後ろにある。 どれだけ急いでも、どうしようも、ない。 駆け込んだ。家の玄関の鍵をかけずに来たのは正解だった。 すぐに鍵をかける。瞬間、膝が折れた。 ギコ君の顔が、浮かぶ。守って、お願い、守ってください。 声に出していたか、自分でも分からなかった。 空知らぬ雨が、玄関に潤いを与えている。 不本意な涙は、一粒で消してしまいたかった。 160 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:37:58.97 ID:I+3pGr3T0 結局、夜遅くまで粘っても、納得のいくものには仕上がらなかった。 精神不安定も、関係はしているだろう。 言い訳にしたくはないが、あんなことがあった後ではやはり無理だ。 ただの記者か。それとも、度を超えたファンか。 記者の可能性は充分有り得た。最近の過熱気味報道。それを考えれば、こんな夜遅くまで家の近くで張り込んでいる可能性はある。 ただ、追いかけまでしてくるのかどうかは分からなかった。 そう考えると、やはりストーカー紛いのファンか。気持ちとしては、記者でいてほしかった。 (;゚ -゚)「昨日は、厄日でした……」 ('、`;川「チョコがようやっとまともになってきただけか」 金曜。 有里の顔も、少し焦り気味だった。 ('、`*川「そのストーカーらしき男はさ、けっこう前からいたんでしょ?」 (;゚ -゚)「うん……それらしき気配は、前から感じてた……。 最初は、ただの記者だろうな、って思ってたんだけど……ちょっと、違うかなぁ……って……」 ('、`*川「彼氏君に相談したことは?」 (;゚ -゚)「あるよ、勿論……どっちも有り得ると思う、って言ってたけど……」 ('、`*川「そりゃまぁ、傍らに居なきゃ分かるわけないわよね」 165 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:40:38.94 ID:I+3pGr3T0 (;゚ -゚)「皮肉、多くなったね……」 ('、`*川「言われるようなことやってきたんじゃない」 返す言葉は、やはりない。 ('、`*川「で、チョコは? 会ってくれなくても行くっていうその気概はいいけど、チョコの出来は?」 (;゚ー゚)「あんまり、変わってない……」 ('、`*川「今日次第か」 (*゚ -゚)「うん……頑張る、けど……」 ('、`*川「けど何?」 (*゚ -゚)「不安は、正直大きいよ……知らなかったんだもん……。 背中って、凄く冷たい……凄く、怖いんだって……」 ('、`*川「誰が見続けてきたと思ってんのよ。振り向きもしない背中を」 (*゚ -゚)「しかも、凄く小さな背中だよね……私なんかまだ、いいほうだ……。 手を伸ばせば、届かないこともないもん……」 ('、`*川「最近はもう、背中すら見えなかったかもね。足跡だけを辿って」 (*゚ -゚)「それでいて、私が呼べば何故か隣にいたんだ……何も、悟らせないような笑顔で……」 ('、`*川「なんとも楽に道を歩いてきたのね」 167 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:43:54.85 ID:I+3pGr3T0 (*゚ -゚)「石があればどけてくれて……坂があれば抱えてくれた……。 それを私、極当然だと思って、私の足だと思って歩いてきた……」 ('、`*川「過ちは犯してしまうものよ。人間である以上仕方ない。だから猛省して、活かすしかないわね」 (*゚ー゚)「今度は、支えあいたいな……」 ('、`*川「そうでなければ、意味がないものね」 支えるだけでは、意味がない。 本音を言えば、ギコ君に尽くすだけ尽くしたい。しかし、それは意味がないという過ちはもう経験している。 支えて、欲しい。だから、支える。 もう何度も頭の中を往来している思いだった。 しかし、本業ともいえるフィギュアは苛立つようなことが多かった。 自分の不甲斐なさも当然そうだが、自分の為を思って言ってくれている津川コーチの注意すら癇に障る。 ξ゚△゚)ξ「今日は終わりにしましょう。何をやっても無駄だわ」 (*゚ -゚)「……すみません」 ξ゚△゚)ξ「謝って改善されるなら苦労はないわね」 なら、どうしろと言うのか。そう反論することに、意味もない。 真剣に打ち込んでないのは、事実だった。 ただ、ギコ君に支えてもらわなければ、何だか融けつつあるリンクで滑っているような感覚に襲われる。 ギコ君が居なくなって初めて気づいたことだった。 練習が辛くても、ギコ君に相談すれば忘れられる。上手く滑れれば、喜んでくれる。 今更ながら、その支柱に寄りかかる有り難味を痛感した。 174 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:47:24.62 ID:I+3pGr3T0 だから今度は、ギコ君にも寄りかかってもらう。 また同じことを考えてしまって、そのことに少し笑った。 ギコ君の声を、思い出しながら、制服に着替えていた。学校からリンクへは直で来ている。 ξ゚△゚)ξ「椎名さん」 いつもは、美咲ちゃんと呼ぶのに。 津川コーチが、こんな余所余所しい呼び方をするのは、ひどく不機嫌なのを隠せないときだ。 ξ゚△゚)ξ「世界選手権は、いつ?」 (*゚ -゚)「……来月です」 ξ゚△゚)ξ「そう、知ってたのね」 もう最近はずっと、詰られてばかりだ。 これも、階段なのだろうか。息は切れ続けている。平坦な道すら背負ってもらっていたツケが、回ってきているのか。 ξ゚△゚)ξ「そして、金メダルを狙ってる。表彰台の、頂点を」 (*゚ -゚)「……はい」 ξ゚△゚)ξ「どうして肯定するの?」 回りくどい言い方は、好きではない。 今の精神状況なら、尚更だった。 180 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:50:20.63 ID:I+3pGr3T0 早く家に帰って、チョコを完璧にしなければ。 この段は、まだ踏むときじゃないのに。もう少し、待ってくれてもいいのに。 ξ゚△゚)ξ「狙う滑りを分かってるの? メダルのために、何年滑ってきたの? 去年の世界選手権4位は私も嬉しかった。来年はもう、メダルは確実、金も狙えると。 実際、成長してきた」 何も、知らないくせに。 呟こうと思ったが、上唇と下唇は一つになったままだった。 ξ゚△゚)ξ「なのにもう、全部台無し。 "ボレロ"を踊れるだけの表現力もついてきたのに、今日の滑りはもう、遊びも同然。 地区大会のメダルでも欲しいの? なら私は褒めてあげるけど」 (*゚ -゚)「……違います」 ξ゚△゚)ξ「そうね、当たり前よね。そんな子を教えた覚えはないもの」 論駁したいことは、多くあった。 ただもう、それで長引かせたくない。早く、帰らせて欲しい。 ξ゚△゚)ξ「金メダル、獲りたくないの? みんなの期待は、どうするの?」 (*゚ -゚)「……獲ります。応えます」 ξ゚△゚)ξ「なら、明日からは、分かってるわね?」 (*゚ -゚)「はい」 ξ゚△゚)ξ「じゃあ、お疲れ様」 184 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:53:32.29 ID:I+3pGr3T0 頭を下げて、すぐに飛び出した。 心の中で、蠢く雑念。フィギュアは、確かに大切だった。 メダルを獲れば、堂々とお父さんの墓参りにも行ける。 ずっと支えてきてくれたお父さん。もし生きていたときに、金メダルを獲っていたら、どんなに喜んだだろう。 そう思うと、尚更金メダルを首にかけて報告に行きたい。 けれど、あの優しかったお父さんならきっと、今一緒に居られる人との関係を優先しろ、と。 一番大切な人のことだけを考えろ、と。そう言ってくれるはずだった。 しかし、どうしてもフィギュアのことは頭の端々で飛び交う。 これを、雑念と捉えていいのか、分からない。 だが、チョコ作りが捗らないという事実は存在していた。 頭の中で想いが対立しているのに、揚棄には至りそうにもない。 そして、手の中で作り上げる宝物は襤褸のような姿しか見せない。 何もかもが、噛み合わない。 全てを欲しているのに、何も手に入りそうにない。 なら何のために今、眠気をこらえてまで必死になっているのか。 分からなくなり、全てを投げ出したくなる。 それでもまた太陽に出会えた頃、一応それなりのものが出来上がった。 作り上げること三十余個。これだ、と思えるものには仕上がらなかった。 それでも、精一杯だ。できる限りを尽くした。 ここはもう、妥協しておくしかない。 188 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:56:43.34 ID:I+3pGr3T0 土曜の、朝。 少し休んで、練習に行く準備をする。 2時間程度しか寝ていないが、充足に似た感情があった。 どこから沸いてくるのか、自分でも分からないような自信。 今日ギコ君が来てくれるかも分からないのに、昂揚を抑えられなかった。 ξ#゚△゚)ξ「そのジャンプ降りられなかったら終わりよ! 分かっててやってるの!?」 思ったとおり、というべきではないのだろうが、練習は上手くいかなかった。 もう四回転を最後に決めてからどれほどの時が経ったか。練習ですらまともに決められない。 ギコ君と別れてからの練習では、着氷したあとそのまますぐ倒れてしまうことが多かった。 寸暇すら与えられぬ午前の練習で、昼食を胃袋がつき返したがるようにして受け入れない。 気分は否が応にも盛り下がってくる。 あとの6時間のことは、想像するだけで無理やり詰め込んだものが飛び出しそうになる。 ξ゚△゚)ξ「何があったのか知らないけど、今の意味の滑りを続けて、一体どうするつもりなの?」 陽も色を変える頃、10分の休憩を与えられて、リンク外で休んでいたら、相も変わらず不機嫌な津川コーチの声が耳に入る。 ξ゚△゚)ξ「椎名さんがスケートを続ける意味、自分で分かってるの? 頂上のためじゃないの? 自分を高めて、その姿を見るためじゃないの?」 半分、流し聞きだった津川コーチの言葉。 それが、鋭く耳を刺す。 はっとした。 194 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/18(土) 23:59:58.80 ID:I+3pGr3T0 錯乱した。何のためか。 誰かのため。自分のため。 ξ゚△゚)ξ「何か悩みを抱えてるなら、今は捨て置きなさい。いつでも解決できるでしょう。 でも世界選手権は年に一度なのよ。トップの機会もそう訪れるものじゃない。 狙えるときに獲らなくてどうするの。もっとよく考えて滑りなさい」 全ては、フィギュアでトップを取ることに繋がっている。 それなのに、何をやっているのか。 何もかも、スケートのためではなかったのか。 それから7時前まで、久々に満足のいく練習ができた。 雑念を、全て振り払えていた。 これを求めていたのではないのか。そのために全てを繋げたがっていたのではないのか。 ξ゚△゚)ξ「大丈夫、きっと金が獲れるわ。今のままでいけば、大丈夫。頑張りましょう」 (*゚ー゚)「はい!」 そうだ、金メダル。 それを取るために、これまでどれほどの労苦を重ねてきたのか。 些事でその搭を全て崩してしまっていいのか。 外に出たときの時刻は、6時54分。 今から駅に行けば、予定通りだ。 しかし、今はその意味を考えてしまう。 196 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/19(日) 00:02:45.91 ID:zWgRdSp40 今日の練習を続けられるなら、わざわざギコ君と復縁する必要は、ないのではないか。 10時2分は、どうやっても無理だと本人も言っていた。なのに行く意味はあるのか。 今日の疲れきった体に鞭打って、時間を空費させる意味は。 時間を見るためだけに開いた携帯を閉じた。 自由な時間が生まれた。そう考えると気分が昂ぶり、久々に自由に買い物をした。 髪を下ろしていると、不思議と気づかれにくい。 時を忘れていた。 店を出たら、10時ちょっと前。 そして、震える携帯。 ('、`*川『どうだった!? 上手くいった!?』 興奮気味の有里の甲高い声が脳まで刺激する。 それを少し気だるく感じる自分がいる。 (*゚ -゚)『……こんばんは、有里』 ('、`;川『……な、なに……ダ、ダメだったの……?』 (*゚ー゚)『行ってないんだ』 なんでもないように言ってみせた。 今の自分の考えを話せば、有里も理解してくれるだろう。 そう、気軽に考えていた。 201 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/19(日) 00:05:43.40 ID:zWgRdSp40 ('、`;川『……は……? ……発言の意味がよくわかんないんだけど……?』 (*゚ー゚)『なんか、違うなって。 意味がないっていうかね。私、なんか間違えてた。 ちょっと錯乱してたんだと思う。フィギュアが基本なのに、それを疎かにして、私』 ('、`#川『バカじゃないの!?』 全身を揺るがされるような声に驚いて、横の電柱にぶつかりそうになった。 体の震えは、何が原因だろうか。 ('、`#川『アンタ本気で言ってんの!? 今までなにやってきたの!? そんなバカげた考えしかできなかったの!?』 (;゚ー゚)『わ、私だって』 ('、`#川『なんにも分かってない! 最低! アンタさっき自分で何言ったか分かってんの!? またループしてんだよ!?』 (;゚ー゚)『ループ……?』 寒空が、自分を睥睨している。 今感じるこの恐怖は、それだけではない、と分かっていた。 ('、`#川『なんのためにチョコ作ってたの!? 答えなさい!』 錯乱する頭で、必死に考えても、言葉の一片すら浮かんでこない。 205 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/19(日) 00:08:37.32 ID:zWgRdSp40 ('、`#川『今のアンタの考えだと、チョコを作ってたのは、彼氏君とよりを戻してまた練習に集中するため。 そうだよね?』 (;゚ -゚)『……うん……』 ('、`#川『ほら繰り返してる!』 近くの公園の時計が、視界に入った。 秒針が、足早に進んでいく。元の位置に、戻りたがるようかのに。 ('、`#川『彼氏君はアンタの都合のいい道具じゃないんだよ!? なんのためによりを戻すの!? 愛し愛されるためじゃなかったの!? アンタ、フィギュアに繋げることしか考えてないの!?』 体が震えるのは、きっと寒さのせいだ。 頭の中で、きっとそうだと考え、そんなわけはないとも考えていた。 ('、`#川『ほんっと最低。最近はやっと彼氏君のこと思いやれるようになったんだなって感心してたのに。 なんだ、口だけだったんだ。アンタってその程度だったんだ』 (;゚ -゚)『わ……私は……』 ('、`#川『ほら、また自己弁護しようとしてる。 バカじゃないの? なんで意味がないって気づかないの? アンタ、本当に彼氏君のこと、愛してたの?』 即答、できるはずがない。 答えられるだけの行動は、何一つしていない。 209 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/19(日) 00:11:31.43 ID:zWgRdSp40 この寂寥感に、偽りはない。なのに、それを埋めてくれるギコ君を、自ら掘り出して顧みなかった。 そして、違う場所にギコ君を埋めなおそうとしていた。 ('、`#川『何黙ってんの? ぼーっとするくらいなら彼氏君に連絡しなさいよ! アンタどーせ何も言ってないんでしょ!? 待ってたらどーすんの!?』 また、はっとした。 そういえば、何の連絡も入れていない。 いや、待っているはずはないのだ。 待つ理由が全くない。あるとすれば、あるとすれば――――。 有里との電話を切ってすぐ、ギコ君にかけた。 大丈夫だ、出るはずもない。まだバイトをしているはずの時間なのだ。 なのに電話に出るなど、有り得るはずがない。 そうだ、ない。 ( ,,゚Д゚)『もしもし……』 驚きで、転げそうになった。 色んな可能性を、頭の中で探った。 どれも、自分に都合のいい解釈ばかりだった。 (;゚ー゚)『バイト……終わったの……?』 何故、そんな言葉しか出せない。 自分で自分がひたすら恨めしい。 211 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/19(日) 00:14:18.54 ID:zWgRdSp40 ( ,,゚Д゚)『……や……』 (;゚ー゚)『お、終わってないの? え……あ……あ、えっと、ゴメンね……。 その……今日、実はそっち行けなくなっちゃって……』 最悪の一言だ。 また、無意識に自分を擁護した。行けなくなったのではなく、行かなかっただけなのに。 まだ諦めがつかず、わずかな希望にしがみつこうとして、無様さだけを際立たせている。 ( ,,゚Д゚)『そっか……良かった……』 あまりに、意外すぎる一言による動揺で、視界すら安定しない。 それは、体の震えも関係しているのか。 ( ,,゚Д゚)『最近、列車事故とか多かったからさ……なんか、有り得ないとは思いつつも、心配してた……』 (;゚ー゚)『……え……?』 ( ,,゚Д゚)『だ』 声が聞こえなくなったのは、耳を塞いでしまいたかったせいも、あるのだろう。 しかし、判然と耳に残った、電車が通り過ぎる音。 何も見たくない、聞きたくない。 そう願う自分の愚かさは、一体何なのだ。 膝の震えが、止まらない。 216 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/19(日) 00:16:58.01 ID:zWgRdSp40 (((((;゚ -゚)))『ギコ……君……』 ( ,, Д )『……バカだよなぁ……俺……。 自分で来ないほうが良いって言っといて……ホント……何やってんだろ……』 (;゚ -゚)『ギコ君! ちょっと待って!』 ( ,, Д )『何もないよ、待つことなんて…… 椎名さんは、世界選手権近いんだから、それにひたすら集中しなきゃ……。 じゃあ、頑張ってね』 一筋、ローファーに当たる涙。 そんな資格も、どこにもないのに。 自分が引き起こしたことに、何故、涙を流せるのだ。 例え今が昼であったとしても、同じ空を見ているだろう。 そんなことをぼんやり考えながら、どこにも行く気になれず、ふらふらしていた。 ('、`*川「美咲」 声がなかったら、肩を叩かれただけなら、逃げ出していただろう。 まったく警戒心がなかった。ついこないだ、追いかけられたばかりなのに。 (;゚ -゚)「有里……」 ('、`*川「すぐ近くに公園あったよね。ちょっと行こ」 有里の顔は、いつもと変わらなかったが、慰める気があるような顔ではなかった。 もっとも、そんなことを期待できる心境でも状況でもない。 219 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/19(日) 00:19:43.15 ID:zWgRdSp40 ( ゚ -゚)「死んじゃおうかな……とか……考えてた……」 ('、`*川「いいんじゃない?」 近くの自販機で買ってきてくれたコーヒーを握り締めていた。 有里はもうフタを開けて飲み始めている。 ('、`*川「来世で彼氏君に尽くすのも、いいかもね。 今ならまだ彼氏君が若いうちに輪廻転生できるかも知れないし」 いつもの痛烈さに、磨きがかかっている。 それも、当然のことだった。 ('、`*川「根本的なことから聞きたいんだけど、チョコはどんな出来だったの?」 (*゚ -゚)「……満足とは、いかなかったよ……」 ('、`*川「でも一生懸命作ったんでしょ? 何度も」 (*゚ -゚)「……うん……でも、私は……」 ('、`*川「私が思うに、アンタがさっき私に言った変な考えは、今日変わったものじゃない? 昨日までのアンタなら絶対言わなかっただろうし、大体チョコも作らなかったはずだよね」 (*゚ -゚)「……コーチにね、言われたの……。 何のために今まで頑張ってきたの? フィギュアでトップを獲るためじゃないの? 抱えてる悩みがあるなら、今は捨て置きなさい……って……」 ('、`*川「そんで、それに同意しちゃったの? あぁそうだなって?」 228 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/19(日) 00:22:50.51 ID:zWgRdSp40 (*゚ -゚)「フィギュアの練習が、全然上手くいってなくてね……。 私の中で、色んな思いが混同して、分かんなくなってた……。 何を、優先すべきなのか……私にとっての一番は、何なのか……」 ('、`*川「人間は強欲だから、自分を一番に考えるのは仕方ない。 でもアンタは、その一番を考えたときに、彼氏君が必要って結論だったんじゃないの?」 (*; -;)「だったのに……なんでなのか、私も分かんないよ…… 自分を擁護するつもりはないけど……でも……」 ('、`*川「アンタは立場的にも難しいのは私だって分かってる。 でも、だからこそ私はもっとシンプルに考えてるんだと思ってた。 彼氏君のためになることが、即ち自分のためにもなる、って。そんな考えを持ってるって」 (*; -;)「思ってたよ、私も……。 でも……世界選手権が、年一回ってことを考えたら……。 それを疎かにしてまで、って言葉にね……凄く納得しちゃったの……。 私、フィギュアを切り捨ててまで何やってんだろって……」 ('、`*川「……ねぇ、一回訊いとく」 有里に肩を掴まれた。 真剣味に、拍車がかかっていた。 ('、`*川「アンタ、今一番大事なのは、何だと思ってる? フィギュア? 彼氏? 思い出? 義理? ねぇ、もう一回よく考えてみて。彼氏君には今までいろんなことをしてもらった恩もあると思う。 けど、一回それを無しにしてみて。 難しいとは思うけど、そうじゃなきゃ、彼氏君に失礼だし、何も上手くいかない」 230 名前:前編 ◆azwd/t2EpE [] 投稿日:2006/11/19(日) 00:25:42.97 ID:zWgRdSp40 考え込んでも、答えは出そうにない。 どう答えても、真実と虚偽の両面を都合よく覗かせるだろう。 ('、`*川「凄く難しいって分かってて私は言った。 多分、アンタも今まではっきりした結論は出してこなかったんだと思う。 でもアンタは出さなきゃいけなくなってる」 こんな自分のことを、思って言ってくれている。 それを強く感じた。 (*゚ -゚)「ありがとね、有里……」 軽く笑ってそう言うと、照れを隠すように顔を伏せた。互いに。 真面目にありがとうと言うとどこか気恥ずかしかった。 家に帰っても、ひどく疲れているのに眠れなかった。 今日のことは、反省し尽くせないほど自分でも呆れる最低の行動ばかりだった。 それが、眠れない理由としては半分くらいだろう。あとの半分はやはり、先ほどの有里の問いかけ。 考えれば考えるほどに分からなくなっている気がしていた。 ギコ君の顔を思い浮かべたかった。けれど、何故か全く浮かんでこない。 この切なさは、恐らく辞書を引いても適切な言葉を探せないだろう。 しかし、それも全ては自分のせいだった。 恐らく、笑顔だけはこのままでは永久に思い出せないだろう。 最初のあの笑顔だけは、絶対に忘れないと思っていたのに。 翳った笑顔は、もはや顔であるかすら分からなくなっている。 (*゚ -゚)(ギコ君には……返さなきゃいけないもの、いっぱいあるのに……。 もう、会ってくれないかな……電話……しても、無駄だよね……) ジャンル別一覧
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