第一話3 :第1話 ◆azwd/t2EpE :2006/08/03(木) 21:08:38.50 ID:UOc87glX0【First Color : Red】 俺の策略は完璧だった。 「内藤、津出さんって確か2組だったよな?」 太陽の光がいつもより眩しく感じた朝。 俺は内藤に話し掛け、頼み事を試みた。 計画の第一歩であり、肝要でもあった。ここで躓けば、それは即計画の頓挫を意味する。 「いきなりどうしたんだお、毒尾?」 「ちょっとお願いがあるんだけどさ」 確信の中の、不安。 大丈夫だ、と思う一方で、もしかしたら、を拭いきれない。 「同じ2組の椎野さんに、ちょっと用があってさ、津出さんを通じて呼び出してほしいんだ」 「呼び出す?」 「あぁ、屋上に」 内藤は鈍くない。この発言か何を意味するのかは、すぐに分かっただろう。 内藤の顔がにやけていた。 「分かったお! 任せてくれお!」 「あぁ、頼むよ」 「頑張ってだお!」 言葉を返すかわりに、軽く笑ってみせた。内藤は喜々として2組の教室に駆けていった。 内藤の彼女を通じて“奴”を呼び出す。恐らく、内藤は上手くやってくれるだろう。あとはほとんど苦もなく進むはずだ。 策略は、成功したも同然だった。 4 :第1話 ◆azwd/t2EpE :2006/08/03(木) 21:10:56.40 ID:UOc87glX0 午後の授業が、いつもより早く感じた3時過ぎ。 陽気な初夏の昼下がりは、それだけで心が満たされる。 これから起きる出来事も、些事に過ぎないのだと思えた。 放課後。 まずトイレに行って、ゆっくり用を足す。 携帯でVIPのお気に入りのスレをじっくり閲覧しながら歩き、少しずつ、屋上に向かった。 薄汚れた「立ち入り禁止」の看板を無視して、階段を昇る。 屋上への扉を開けると、床のコンクリートが夕陽色に染まっていた。 フェンス際に立って、グラウンドを見下ろした。 切ないほど、人が小さく見える。 何もかもが、小さく感じた。 眼を閉じて、1ヶ月前のことを思い出した。 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~ 最後尾車両の、一番後ろの、窓際。 空気が朱に染まった夕方。 いつものように電車に揺られながら下校していたが、いつもと違うことがあった。 女が、隣に座ってきた。 俺のような陰気な男の隣りに座ってくるのは老人かサラリーマンくらいのもので、若い女が来るなど、珍事そのものだった。 しかもその女は、同じ学校の制服を着ており、とてもじゃないが、自分には縁のなさそうな雰囲気を持っていた。 5 :第1話 ◆azwd/t2EpE :2006/08/03(木) 21:12:32.63 ID:UOc87glX0 整った顔立ち、白雪のように汚れなき肌。 力を込めたら壊れてしまいそうな華奢な体、馥郁する甘い香り。 自分の高揚が、周りの人間すべてに伝わったかも知れない、という馬鹿な考えが浮かんだ。 その女は眠そうに眼をこすっていたが、10分ほどすると眼を閉じていた。 そして、薄茶色の髪が俺の肩に触れる。 頭が、左肩に乗っかっていた。 「あ……ゴメンね……」 そう言って、その女は俺が降りる一つ前の駅で電車から去って行った。 それ以後、その女をよく見るようになった。 朝も帰りも同じ電車、車両まで一緒。 恐らく以前からそうだったのだろうが、存在に気付いたのは隣りに座ってきた日からだった。 その女は、大抵2,3人の男と一緒に帰っていた。 特に、背が高くて足の長い、いかにも女子に人気がありそうな男は、必ず一緒で、彼氏であろうということは容易に想像できた。 特段衝撃を受けるでもなかったが、軽い嫉妬はあった。恋人という存在を傍らに置いている人間に対しては、当然のように抱く感情だった。 それを毎日見るうちに、妬みはやがて恨みに変わった。 幸せそうな笑顔、充足された空間。 壊してみたくなった。 6 :第1話 ◆azwd/t2EpE :2006/08/03(木) 21:14:30.56 ID:UOc87glX0 たかだか顔が人並み以上というだけで、幸福を掴める。それが、許しがたかった。 俺は毎日冴えない男友達と面白くもない話をして、周りからの視線や嘲笑に堪えているのに、何故あいつは満ち足りているのか。 あいつには味わい得ない、この苦しみ。 一生、付き纏わせてやりたくなった。 作戦は、すぐに思い付いた。 簡単で、効果絶大。 自分に降りかかるダメージも果てしなく大きいが、惜しくはない。 どうせ、全ては些事に過ぎないのだから。 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~ その作戦を思い付いたのは、まだ昨日のこと。 昨晩は興奮でなかなか寝付けなかったが、体調に問題はない。 どうせ、今日果てる命だ。 「あの……」 扉が、開いていた。 取っ手を掴む白い手が、夕陽に映える。短いスカートが、微風に揺れる。 椎野と、眼を合わせた。 7 :第1話 ◆azwd/t2EpE :2006/08/03(木) 21:16:32.28 ID:UOc87glX0 「こんにちは」 「こんにちは……えっと……毒尾くん……だよね……?」 「知ってるんだ、俺のこと」 「いつも電車一緒だから……」 存在を覚えられていたことより、名前を知っていることのほうが意外だった。内藤が教えたのだろうか。思わず、動揺する。 しかし、二度呼吸するだけで気持ちは落ち着いていった。 「いきなり呼び出したりしてゴメン」 「ううん……気にしないで……」 椎野に言葉を送りながら、周りを見回した。 椎野が他に誰か連れて来てくれていれば、好都合だった。目撃者は多ければ多いほど良いし、それが椎野と親しければ尚良かった。 「それで……えっと……」 聞き取りづらい声を椎野が発した。 微風にすら、かき消されそうだった。 「私を……呼び出した理由は……?」 分かっているくせに、白々しい。 思わずそう言いかけたが、言葉を飲み込んだ。 一時の感情に身を任せて、全てを台無しにすることはできない。 「うん……まぁ、大体分かるでしょ?」 椎野からの反応はなかった。言葉だけではなく、表情さえ。 苛立ちを抑えるのが辛かったが、努めて平静を保ち、そして、言った。 8 :第1話 ◆azwd/t2EpE :2006/08/03(木) 21:17:17.50 ID:UOc87glX0 「好きです」 成功した。 この一言さえ発してしまえば、もう何も不安はない。未来が、鮮明に見える。 この後、俺はフラれる。 そして、失意により、屋上から飛び下り自殺する。 椎野の目の前で。 フラれたことにより、自殺。 フってしまったことにより、相手を、殺してしまった。 椎野の心に、間違いなくその意識が根付く。 罪の意識が。 実際何かの罪に問えるわけでは当然ない。 しかし、椎野は重い十字架を一生背負うことになる。 顔が良いが故に俺に目を付けられ、そして苛みを得る。 愉快極まりなかった。 「だから、良ければ付き合ってほしい」 この一言で、策略の全てが終わった。決定的な一言になるという確信があった。 もう一度辺りを見回す。残念ながら傍観者の気配を感じることは出来なかった。 しかし、充分だ。充分、椎野の心に痛打を与えられる。生涯拭えぬ傷を心に縫い付けられる。 9 :第1話 ◆azwd/t2EpE :2006/08/03(木) 21:18:08.62 ID:UOc87glX0 完璧だ。俺の策略は、完璧だった。 ―――――だった。 「私も」 時が、静止した。 世界の流れが、間違いなく止まった。 有り得ないことだった。 「私も、毒尾くんのこと、好き。付き合ってほしいな」 ―――――何故だ? 何故、どうして? 「……え?」 情けない声が、無意識のうちに出てしまっていた。 何の隙もない。破綻する要素など、どこにもない。 俺の策略は、完璧だった。 ―――――有り得ない例外を除けば。 10 :第1話 ◆azwd/t2EpE :2006/08/03(木) 21:18:54.52 ID:UOc87glX0 この時、実はアザラシのような口を持ち、常に笑ったような目をした男が見ていたこと。 そして、この策略がとんでもない方向に向かうこと。 俺は、分かっていなかった。 第1話 終わり ~to be continued ジャンル別一覧
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