二十二章下棍を握る腕に力を込める。 そして、モララーは叫んだ。 (#・∀・)「僕は、まだ死ねない!!」 棍を握る右腕を振りかぶる。 それから一瞬の後に、棍はビコーズ目掛けて飛び行っていた。 ( ∵) 「何を……?」 飛び来る棍を、軽く避ける。 石畳を更に蹴り、前傾姿勢で肉薄した。 雄叫びをあげるモララー。 空虚な双眸を爛々と輝かせて槍を突き出すビコーズ。 攻防は、一瞬だった。 突き出される槍に、モララーは開いた左腕を突き出した。 槍は左手を貫き、更に突き進もうとする。 だがそこでモララーは、左腕を更に左へと無理矢理に伸ばす。 身体を貫くはずだった槍の穂先は、モララーの左脇腹を掠って後ろへと抜ける。 それと、ほぼ同時。 ビコーズの背中から、細い両刃の剣が生えた。 紅く濡れたその切っ先は、静かにそこにあるだけ。 剣は、モララーの右手に握られている。 モララーは自分の左腕を犠牲に、残る右腕で剣を呼び出し―――そして、終わらせたのだ。 ( ∵) 「お終い、だね」 苦しさの欠片もないその言葉を聞けば、まだ彼が健在だと思いかねない。 だが、彼の身体からはふっと力が抜けた。 まるで、糸が切れた人形のように。 無言のまま、モララーはビコーズの身体から剣を引き抜く。 支えをなくした身体は、石畳に力なく倒れ込んだ。 彼の身体から、ほとんど血液は出て来なかった。 彼の中に、流れ出すほどの血は残っていなかったのだろう。 (;・∀・)「ぅ、ぐっ……!」 苦痛に顔をしかめながら、左手に突き刺さった槍を引き抜く。 そのままその槍を支えにして、モララーは深く息をついた。 その表情は、苦痛。 戦闘が終わった後の安堵感や、敵を殺した事への快楽は欠片もない。 そうしたくてしてるわけでは、ないのだ。 そして、俯き気味だったその瞳は、モナーの視線と交差する。 悲哀、憤怒、悔しさ―――そして何よりも混乱に塗れたモナーの瞳。 悲哀、憤怒、悔しさ―――そして妙な使命感に燃えるモララーの瞳。 モナーは、ハサミを支えにして立ち上がり、歩き出した。 立ち上がれるような状態ではなかったが―――そのままへたり込んでいる事など、出来なかった。 モララーも、槍を杖のようにして、モナーに歩み寄る。 そこにあるのは使命感。そうしなければならないとされているかのような、そんな想い。 二人の歩みは、唐突に止まる。 二人の間にあるのは、およそニ歩で攻撃範囲に入るような、微妙な距離。 ( ∀ )「……何で、彼等を殺したもな?」 (,,・∀・)「殺さなきゃ、歩みを止められていたから」 ( ∀ )「それだけの理由で―――それだけの理由で!!」 (,,・∀・)「……それだけの、理由?」 モララーが、叫ぶ。 まるで、自分の中の黒い靄を吐き出すかのように。 (#・∀・)「それだけの理由!? 僕がやっている事が!?」 (#´∀`)「それだけの理由だもな!! お前が反異能者組織を潰して、何になるもな!? 母さんも、父さんも帰って来ない! 死んでしまった異能者達も帰って来ない!! ロマネスクも、ビコーズさんも帰って来ないんだもな!!」 (#・∀・)「だったら、反異能者組織を放っておけっていうの!? そうすれば、被害者は更に増えるばかりだ! 母さんや父さんの想いを、殺された異能者の想いを無視しろっていうの!?」 (#´∀`)「反異能者組織の駆逐はVIPに任せろって言ってるもな!?」 (#・∀・)「それじゃダメなんだよ!!」 (#´∀`)「何でだもな!? VIPは既に、反異能者組織の粛清を図ろうと動き始めているもな!!」 (#・∀・)「そんなんじゃないんだよ!! そんなんじゃなくて……!!」 そこでモララーは、ギリリッと槍を握り締めた。 手の血管が浮き出るほどに力が込められた腕は、震えている。 (#・∀・)「……頭の中で、声にならない声が叫んでるんだよ」 (#´∀`)「もな? 反異能者組織を滅ぼせ、と?」 (#・∀・)「違う! そんなんじゃ……ないんだ」 モララーは、穴の開いた左手で、己の顔を覆い隠す。 「お前の生き方は、それで良いのか。その“力”は何の為にある。お前の器は何の為にある。 多くの人間が歩いて、潰れていったルートを歩んでいるだけで良いのか。それで後悔はしないのか。 想うまま行動しろ。“力”を無駄にするな。常識とモラルの中で縮こまるな。お前はそこで、ただ止まって観ていたいのか」 棒読みの、まるで唱えるかのように吐き出された言葉。 その中には、凄まじい苦悩が含まれていた。 (#・∀・)「この言葉が、頭の中で止まないんだ」 そこで、モララーは正面からモナーを見据える。 モナーは驚愕に震えながらも、それに応じてモララーを見据える。 (,,・∀・)「ねぇ、兄ちゃん。“力”があるのに何もしなければ、絶対に後悔すると思うんだ。 異能者が組織に殺される話を聞くたびに、『あの時、どうして動かなかったのか』って。 それは、例え正しい道を歩いていったとしても変わらないと思う。 ……後悔だけはしたくないんだ。お願い、兄ちゃん。好きなように、やらせて」 モナーは、何かを言おうとして口を開く。 しかしその口から言葉が吐き出される事はなかった。 何も、言えなかった。 『自分』という存在を殺してでも常識としての道を歩かせるのは、本当に正しいのか。 それが、分からなかった。 モナーは俯いて、下唇を噛む。 止める事も背中を押してやる事も出来ない自分が、ただ悔しかった。 そんなモナーを、抱き締める腕があった。 眼を開けて見れば―――それは、弟だった。 ( ´∀`)「……モララー?」 弟は、呼びかけに反応しない。 ただ自分の胸に顔を埋めて、じっとしているだけだ。 だがまもなく、その身体が震えだす。 モナーは、弟が何故震えているのか分からなかったが、まもなく聞こえ始めた嗚咽の音でそれを察した。 弟の頭に、軽く触れる。 長い間触れる事が出来なかった間に、いつのまにか大きくなっていた頭は、こんなにも弱々しく震えていた。 ( ´∀`)「……寂しかったもなね。悲しかったもなね。辛かったもなね。痛かったもなね。苦しかったもなね。 お前は、よく頑張ったもな。必死で生きてくれたもな。ありがとうもな」 気付けば、自分の頬も雫が伝っていた。 何の涙かは、分からない。自然に溢れ出してきていた。 ( ゚´∀`)「ずっと会いに来れなくて、ごめんもな。でもこれからは、兄ちゃんが傍にいてやれるもな。 だから―――モララー、一緒に、家に帰ろうもな?」 言葉を紡ぎながら、弟の身体を抱き締める。 暖かな温度と共に訪れた静寂。 やがてそれは、弟の静かな呟きによって断たれた。 「ごめんね―――兄ちゃん」 言葉と、同時。 腕の中の質感が、まるで幻だったかのように消え去った。 後に残されたのは、自分の腕に付着した、弟の身体から溢れ出ていた血液。 そして、ゆっくりと消えつつある、微かに残った温度だけだった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 血と肉片に塗れた石畳が敷き詰められた、暗い路地裏。 そこでとある兄弟が再開と別れの抱擁を交わしていた。 その兄弟の背後に倒れていた、数多くの死体の内の一つ。 それが、むくりと音もなく立ち上がった。 どこまでも虚ろしかない、空虚な瞳を持った死体だった者。 腹から背中までを貫通していた傷も、今はない。 血に塗れてボロボロになった衣服を気にもせず、彼はどこか人形のような動作で、自分の傷があったところを確認する。 そして傷が消えている事を確認すると、彼は一人、ゆっくりと霞のように消え行く。 まるでそこにあったのが嘘だったかのように。幻だったかのように。 音も臭いも形も影も、痕跡すら残さずに彼はそこから消えていった。 消えた死体。消えた彼。『彼』は、その場からまとめて消えた。 何故ならば―――そう、名前の通り何故ならば――― 人形の操り主の所へ、帰る為。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ (;´∀`)「僕は一体、何を……!!」 VIP本社の、自室。 そのベッドの上で、モナーは頭を抱えて低くうめいた。 モララーが消えた後、モナーはその場の処理を済ませて、VIPに戻った。 そこですぐにVIPのリーダー・フォックスに報告をしたところ、一日余分に休みをもらった。 「そこで起こった事と、それに対して自分のした事。 そして、これから自分はどうすべきなのかを、よく考える事だな」 フォックスは、そんな言葉をモナーに残す。 モナーは最初、その言葉の意味がよく分からなかった。 というよりも、考えるだけの余裕が皆無だったのだ。 しかし、一日死んだように休むと、回復した頭はすぐにその答えを導き出す。 そしてモナーは、耐えきれぬほどの自噴に襲われた。 自分は、一体何をしていたんだ? 弟を―――反異能者組織への復讐を遂げつつある異能者を止める為ではないのか? それなのに、何故甘い感情を抱いた? 弟の考えていた事は、VIPPERとしても兄としても許せる事じゃなかったはずだ。 弟のしたいようにさせたい、だと? 兄だったら、弟を正しい道へと導くのが正解だろう! それを、自分はどうした? 弟を護って、勝手に動けなくなって。 駆け付けた仲間を見殺しにして。 挙句の果てには、仲間を殺した弟を捕まえもせずに逃がした。 それも、涙を流して抱き締めて、だ。 あの時に、どうとでも捕まえられたのに。 自分の甘さに。弱さに。薄情さに。頭の悪さに。くだらなさに―――。 自分の全てに、嫌気が差した。 (;´∀`)「僕は……僕は……!!」 眼を強く瞑り、手を強く握り締め、歯を強く食いしばる。 悔しと自噴で、どうにかなってしまいそうだった。 「私の言った言葉を、思い出してみろ」 不意に、部屋の中に凛と響く声。 ドアを隔てていても響く中性的なその声は―――フォックスの声だった。 (;´∀`)「フォックスさん……!?」 声をかけてみても、反応は返って来ない。 耳を済ませば、去っていく足音だけが聞こえた。 溜め息を一つ。 フォックスはいつもどこか捉え所の無い人だった。 しかしそれでも組織員の事は気にかけてくれるらしく、こうやって声をかけてくれる。 ( ´∀`)「フォックスさんの言っていた事……」 呟いて、再度頭を働かせてみる。 起こった事象と、それに対しての自分の行動。 そして結果として何が残り、自分は何をすべきか―――。 起こった事は簡単だ。 弟が異能者であるという事が何らかの方法で反異能者組織に知られ、そして組織が弟を殺そうと家に押しかけた。 両親は組織に反抗。そして、殺された。 弟はそれに対し、組織員を殺すという方法……仇討ちをする事を選んだ。 自分は偶然にも、ロマネスクに現場……つまり実家の処理の仕事を任された。 そして実家について、愕然。 この時に、下手すれば自分も仇討ちの道に走るところだった。 そこで、テレポートの“力”を使用してビコーズ・ロマネスク・セントジョーンズの三人が現われた。 三人は自分に弟の情報を掴ませ、弟を止める道に導いた。 そして自分はビコーズの“力”でヴァンクへと向かい、そこでバイクを借りて弟を追った。 弟を発見したその時には、既に反異能者組織と弟の戦闘は始まっていた。 自分は弟を説得しようとするが、失敗。ひとまず、弟を護る為に戦闘に参加し、そして負傷する。 そして絶対絶命のその場にまたもビコーズとロマネスクが現われ、参戦する。 二人のおかげで反異能者組織との戦闘は終了。 二人は弟を説得しようとするが、やはり無理。戦闘が始まる。 二人とも善戦するが、結果としては弟に殺される。 自分は再度弟を説得しようとするが、やはり無理だった。 弟は寂しかったのか、自分を抱き締める。自分は弟を捕まえる事もなく、抱き締めて、逃がしただけ。 その後、自分はその場の処理を済ませ、VIPに戻ってきた。 自分が何をしたか。 それも、簡単。 混乱したまま動いて、何も為す事なく、弟を逃がしただけだ。 その代償として、最高の同僚と不思議な上司を失って。 結果としては何も残らず、むしろ失ったのみ。 大切なのは、これから。 そう。これから、自分がどう動くかだ。 自分は、器用な真似なんて出来ない。 せいぜい、武器を造って扱うぐらいだ。 そんな不器用な自分がやるべき事。 それは同僚や上司の事を悲しんで動かないでいる事ではなく、行動で示す事。 つまり、弟を止める事だ。 説得や、弟の意思を尊重する必要なぞない。 両親を失った今、弟の保護者は自分だ。 どんな手を使ってでも保護し、安全な道を歩かせねばならない。 そう。例え、弟を傷付ける事になろうとも。 それが、VIPPERの。保護者の。そして、兄としての役割だ。 ( ´∀`)「……もな」 ごとり、と重々しい音を経てて、立て掛けていたハサミを握る。 それからまもなく、彼はベッドから立ち上がった。 座ってなんて、いられない。 弟を、一刻も早く止めなければ。 荒々しくドアを開く。 そしてそこで、踏み出そうとした一歩目を何者かに止められた。 さっき去ったはずでは。 いつのまに、ここに。 そんな想いを抱く前に、モナーの口からは声が出ていた。 (;´∀`)「フォックスさん……!?」 「覚悟は、出来たか」 静かな問いかけ。 それに対してモナーは、力強く頷いた。 「ならば、良し。行け。止めて来い」 先の道を指差して、フォックスはシニカルな笑みを浮かべる。 頬と手の甲に彫られた狐の刺青が、モナーを鋭い瞳で見詰めていた。 ( ´∀`)「……もなっ!!」 返事をして、駆ける。 後ろから、「頑張れ、青年」と、フォックスの声が聞こえた。 弟を、止めてみせる。 例え、自分がどうなろうと。 その覚悟を胸に、モナーはVIP本社のドアを出た。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ( ´∀`)「……もな?」 “削除人”が使用しているホテル。 その中の一室に置いてある椅子の上で、モナーは寝惚けた声を出した。 ( ´∀`)「……居眠りしちゃったもな、ね」 一人呟いて、軽く頭を振る。 それにしても、あんなにも昔の事をここまで鮮明に思い出すとは。 懐かしさと自噴、そして悔しさに似た妙な感情が湧きあがっていた。 あの後、モナーは何度もモララーと接触した。 何度も追い、何度も戦い、何度も逃げられた。 途中ではもう少しで捕まえられる、という所でハイン等の“管理人”に邪魔される事もあった。 おかげで、愛用していた武器の一部を“管理人”に持って行かれてしまった。 モララーは、勢いを衰えさせなかった。 むしろどんどんと強めていったくらいだ。 反異能者組織を潰し、そしていちいち邪魔となるVIPを潰し。 自分の邪魔となる数多の組織を潰していった。 VIPをなくしたモナーは“削除人”に入り、未だモララーを追っている。 モララーには、着実に近付きつつある。 それは“管理人”と“削除人”の激突が近いのもあるが――― ハインと同じ。またはそれ以上の戦闘能力を持つ“管理人”メンバーが一人、“管理人”から抜けたのだ。 その“管理人”が消えた分だけモララーには近付きやすくなる。 その上、抜けた“管理人”は身体能力も“力”も厄介だったのだ。 ( ´∀`)「……あれ?」 そこでモナーは、首を傾げる。 抜けた“管理人”の名前が、どうも思い出せないのだ。 ( ´∀`)「ど忘れもな? ……まぁ、仕方ないもな」 呟いて、彼は椅子の横に立て掛けておいた槍を握る。 自作した槍は吸い付く様に手に馴染み、自分に落ち着きを与えた。 ( ´∀`)「……さ、鍛錬にでも行くもな。今日こそはフサ君と鍛錬するもな」 独り言を呟きつつ、彼は部屋を出る。 主をなくした部屋に残されたのは、床の上に投げ出されたアルバム。 乱雑に置かれたのか、それからは何枚かの写真がはみ出ていた。 一つは、昔のモナーとモララーのツーショット。 もう一つは、家族で撮った写真。 そしてもう一つは、モナーとロマネスクとセントジョーンズ。そしてフォックスが写り――― 空虚な瞳を持ち、どこか人形を彷彿とさせるイメージを持った、消えた死体。ビコーズが写っていた。 戻る 目次 次へ ジャンル別一覧
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