三十五章二果たしてぃょぅは、無言だった。 無言で、悲しそうな眼で、ドクオを見つめていた。 そして開かれた口から漏れた音は――― (=゚ω゚)「だから、何だょぅ?」 ('A`)「……は?」 (=゚ω゚)「ドクオは異能者。そこは分かったょぅ。 だから、何だょぅ?」 (;'A`)「驚くとか、逃げるとか……」 (=゚ω゚)「お前、いつから馬鹿になったんだょぅ?」 (;'A`)「なっ……」 (=゚ω゚)「異能者だったからって、それでお前の存在は変わるのかょぅ? 異能者だったって悪魔だったって何だったって、お前はお前じゃないかょぅ。 僕は。ドクオ、お前の親友なんだょぅ。ドクオという存在の、親友なんだょぅ」 ('A`)「…………………」 (=゚ω゚)「僕は、悲しいょぅ」 ('A`)「……何でだ?」 (=゚ω゚)「お前に、信じられていなかったからだょぅ」 (;'A`)「そんな事は……!」 (=゚ω゚)「僕に話してくれなかった事が。 僕を頼ってくれなかった事が、その証拠だょぅ」 ('A`)「……話していれば、お前を巻き込む事になっていた。 お前をこの戦いに巻き込むわけには、いかなかった。 死ぬのは、俺だけで十分だ。お前が死ぬことは―――」 (#=゚ω゚)「ふざけんなょぅ」 突然、胸倉を掴み上げられた。 予想外の行動に、ドクオは反応が取れない。 (#=゚ω゚)「残された方の気持ちを考えろょぅ! お前がいなくなって、僕はどうすりゃ良いんだょぅ!? 大切な人を失うのは、もう嫌なんだょぅ!」 (#=゚ω゚)「勝手に死んでいく奴はズルいょぅ! 生きてる奴に色んなものを押しつけて……! 何もかも黙って、誰にも頼らずに死んでいこうとするお前はもっとズルいょぅ!」 (#=゚ω゚)「頼られなかった奴の気持ちを考えろょぅ! 頼りにもされず、何も知らされずに、いつのまにか親友を失くしている!! この辛さが分かるかょぅ!?」 ('A`)「……だったら、どうすりゃ良かったってんだよ」 逆に胸倉を掴み返して、ドクオはぃょぅの瞳を睨みつける。 虚ろだったドクオの瞳は、いつしか鈍い光を放っていた。 それは、とても哀しい光だった。 (#'A`)「てめぇを巻き込みゃ良かったってのか? これ以上、大切なものを危険な目に合わせろってのか? 異常な力を持ったキチガイ共の中に、お前をぶち込めば良かったってのか!?」 (#=゚ω゚)「そうだっつってんだょぅ! 傷付いてほしくないと思われてるこっちは、溜まったもんじゃねぇんだょぅ!」 (#=゚ω゚)「こっちだって、お前と同じ事を考えてるんだょぅ! 僕だって、お前には傷付いてほしくない! 死んでほしくない!! お前だけ傷付いて死ぬなんてズルいょぅ! 何なら、次の戦闘とやらについて行くょぅ!?」 (#'A`)「そんなん許容出来るわけがねぇだろうが!! 大切な物を護る為に死にに行くっつってんのに、お前が死んでどうすんだ!? 納得してくれよ! 俺だって……俺だって、死にたいわけじゃねぇんだよ!!」 (#=゚ω゚)「だったら!!」 一際強く叫んで、ぃょぅはドクオを押し飛ばした。 そして―――彼の左腕を、握り締める。 何の躊躇もなく。そこに、悪魔の腕などないかのように。 冷たく硬いその腕を、しかしぃょぅは力強く握り締める。 まるで、ドクオ自身の腕を握っているかのように。 そうすれば、想いがドクオに伝わると信じているかのように。 異能者であろうが人間であろうが、そんな些細な事は何の関係もないと、証明するかのように。 (#=゚ω゚)「『安心しろ。生きて帰る』『それまで待ってろ』って! それくらいの事を言って、僕を納得させてみろょぅ!」 ('A`)「――――――ッ」 言葉を、失った。 思わず胸倉を掴んでいた手から力が抜け、ぶらりと垂れ下がる。 (=゚ω゚)「……お前が言ってる事は、分かる。分かるょぅ。 その命に代えても仲間を護る―――お前の言いそうな事だょぅ。 でも、『死ぬ、敗ける』だなんて言葉は、お前から聞きたくないょぅ」 (=゚ω゚)「何の為に、ネロとズィルヴァをお前に預けてやったと思ってるんだょぅ? お前が無事で帰れるように、お前が敵に勝てるように預けたんだょぅ。 僕の代わりにお前を護ってくれって、そう願って」 ('A`)「……ぃょぅ」 (=゚ω゚)「行くというのなら、行けょぅ。 行って、戦って、存分に仲間を護ってこいょぅ。 ただし、生きて帰れょぅ。死ぬ事は、絶対に許さないょぅ」 更に強く悪魔の腕を握り締めて、ぃょぅは続けた。 ドクオはその言葉一つ一つに、僅かに身体を揺らす。 (=゚ω゚)「お前がしてきた事、する事。もう、それには口を出さないょぅ。 お前の選んできた判断は、きっとお前の最善だったんだから。 でも、死ぬという判断だけは改めてもらわないと困るょぅ」 (=゚ω゚)「誓えょぅ。『生きて帰る』と。 そうしないと、僕はお前をここから帰さないょぅ。 または、お前の戦いに首を突っ込ませてもらうょぅ」 ('A`)「…………………」 (=゚ω゚)「さぁ」 ('A`)「……誓う。俺は、生きて帰る。 ブーン達を護って、そんで、俺も生きて帰る。 絶対に、死なない」 途切れ途切れに紡ぎ出された言葉は、自分に言い聞かせるような響きがあった。 ぃょぅはそれを聞いて、嬉しそうに微笑む。 (=゚ω゚)「それで、良いょぅ。 約束破って死んだらぶち殺すょぅ」 ('A`)「……どうやってだよ」 (=゚ω゚)「さぁ? お前が約束を破らなければ良い話だょぅ」 ('A`)「……確かに、な」 そこで、ドクオも笑った。 諦めや寂しさを一切含まない、呆れたような乾いた笑み。 それを見て、ぃょぅは安心したように笑みを深くした。 そこで響くは、異音。 ドクオの左腕が、普通の左腕へと戻って行く。 変化は始まりと同じく、数秒。 間もなく彼の腕は普通の腕へと戻り、人の温度を取り戻した。 (=゚ω゚)「―――そう。この温度が、お前の温度だょぅ。 でも、さっきの腕の冷たさも、お前の温度だょぅ。 お前はお前らしく、頑張れば良いょぅ」 ('A`)「俺……らしく?」 (=゚ω゚)「全てを見下して、冷徹に対処していけば良いって事だょぅ。 自分の判断に絶対の自信を持って、その判断を阻害するものは徹底的に排除。 非道な判断でも関係ナシに、とにかく最善と判断した道だけを歩む」 (;'A`)「俺らしいってのはそういう事なのかよ」 (=゚ω゚)「あながち間違ってないと思うょぅ?」 (;'A`)「ぐっ……」 (=゚ω゚)「でも、君はそれで良いんだょぅ。 素直なのが一番。無理に、捻じ曲げる必要なんかないょぅ」 ('A`)「素直なのが、一番……」 ―――安い缶コーヒーに教えてもらった、その言葉。 よもや、親友も同じ事を言うとは思わなかった。 じっくりと話せば、きっとあの三人の仲間も、同じ事を言うのだろう。 ふとそう思って、おかしくなってしまった。 分かっていないのは、自分だけだったのかもしれない。 ('A`)「ぃょぅ」 (=゚ω゚)「ぃょぅ?」 ('A`)「ありがとうな。……どうやら俺は、色々と間違えてたみてぇだ。 お前と話して、その間違いに少しは気付けた気がする」 ('A`)「もう一度言ってやる。生きて帰る。全てを終わらせて、帰ってきてやるよ。 誰も死なせねぇ。俺も死なねぇ。安心して、待っててくれ。 キッチリ敵の命だけをぶちまけて、戻ってきてやるからよ」 (;=゚ω゚)「お前が『ありがとう』って言うと気味が悪いょぅ。 でも……」 言葉を止めて、ぃょぅは嬉しそうに笑った。 暖かな、まるで春の日差しのような笑み。 これを、天使のような笑みというのだろうか。 (=^ω^)「分かってくれて、嬉しいょぅ」 ('A`)「あぁ」 ドクオの口角が釣り上がる。 それは決して柔らかくはなく―――しかしこれもどこか暖かな笑みだ。 心優しい悪魔が、笑っているかのような。 ('∀`)「じゃあ。また出会える、その日まで」 軽く手を上げた。 それに応じて、ぃょぅの手も上がる。 そしてそれは打ち合い、パチンと高い音を響かせた。 (=^ω^)「お前に、幸福も不幸もあらん事を。ドク」 ('∀`)「お前に、光も闇も降り注がん事を。ぃょぅ」 笑い合って、拳をぶつけた。 その鈍い痛みが、ドクオの『帰ってこよう』という想いを強くさせる。 それ以上、言葉は交わさない。 二人は同時に背を向けて、己の居るべき場所へと帰って行く。 ぃょぅは、日常へ。 ドクオは、戦場へ。 しかし、ドクオは死にに行くのではない。 全てを終わらせ、帰って来る為に戦場へ向かうのだ。 その眼にはいつしか、力強い光が満ちていた。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 夕日色に染まった道を、ゆったりとした足取りで歩く影があった。 良い具合に色落ちしたブラックジーンズに、ワインレッドのライダースジャケット。 茶色のメッシュを入れた短髪がやけに夕日に映えるその人影は、ギコだ。 (,,゚Д゚)「奪う覚悟―――相手の信念を打ち砕く、覚悟か」 彼の声に、元気や活気などはない。 低い呟きはアスファルトに落ちて、跳ねずに呑み込まれた。 (,,゚Д゚)「それはつまり……相手が折れてくれなかった時に、殺す覚悟。 相手が誰であろうと、どんな過去と理由と信念を持っていようと」 音を伴った声は、そこまでだった。 「辛ぇなぁ」という言葉は、僅かに唇を動かしたのみ。 敵とは言え―――悪とは言え、相手は人だ。 殺して良い筈がない。 だが、自分が殺さねば……自分が止めねば、更に人が死ぬ。 人の命など、背負える筈もない。 命というのは、背負う事が出来るほど軽いものではない。 果たして自分は、どうだろうか。 止められるのか? 殺せるのか? 奪った命を背負って、人生という道を歩んでいけるのか? 己の正義を貫き通すだけの覚悟は、あるのか? 自分の中にある黒い靄を重く感じて、ギコは夕日を仰ぎ見た。 眩しい橙の光を眼に感じて、眼を細める。 同時に大きく息を吸い込んで、己の中に冷たい空気を吹き込ませた。 夕日は、美しかった。 吸い込んだ冷たい空気は澄んでいて、体内の靄を少しだけ吹き飛ばしてくれた。 こんなにも自然が―――日常が愛おしいと思ったのは、初めてだった。 少しだけすっきりとした頭で、ふと、思い出す。 大殺戮。 人々の叫び声、怒声……泣き声。 兄者の下卑た笑い声。 無数に転がる、人の死体。 原型を留めぬ死体に寄り添って涙を流す、幼い少女。 炎を吹き上げる車、その炎に焼かれる人々。 夕陽の赤に、血の紅を重ねてしまったのだろうか。 脳裏に浮かんだ光景は、涼しくなった身体を急激に熱くした。 握り締めた拳が軋む。 眼の奥が粘る熱を持ち、自然と眼つきが剣呑なものになってしまっていた。 (,,゚Д゚)「……止められるのか、じゃないな。 止めるんだ。止めなきゃいけないんだ」 言葉から、揺らぎは消えていた。 あの惨状を、繰り返してはならない。 あの泣き声を、響かせてはならない。 憎しみと悲しみの連鎖は、途切れさせなければならない。 その為だったら、自分は修羅にでもなれる。 いや、なってやる。 それで、あの惨劇が起きなくなるというのならば。 ゆったりとしていた足の進みが、格段に速まった。 固まった意志が、足を速めたのかもしれない。 十分もすると、彼はある施設に辿り着いた。 大規模なホームセンターだ。 ここに来た理由は一つ。 悪を失くす為の手段を得に来たのだ。 己の“力”を強化する為の道具を。 その内一つは、油。 炎の勢いを補助してくれるもの。 そして、もう一つは――― ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ( ゚∀゚)「ふぅ……」 ドクオとの会話後、ジョルジュは部屋に戻った。 表情は暗欝としたもので、いつもの軽やかな笑みなど微塵も見られない。 ベッドに身体を投げ出し、もう一度、溜息。 溜め息の理由は、ドクオの言葉だ。 『―――いつまで逃げているつもりだ?』 頭の中で響いた言葉に、舌打ちした。 眼を瞑って、頭を両手で押さえる。 ( ∀ )「……分かってんだよ、そんな事は」 呟いてみたが、効果などありはしなかった。 当然の事だ。 『分かっていない』と誰よりも思っているのは、ジョルジュ自身なのだから。 逃げている。 そう、逃げている。 あらゆる事から逃げて、今もまだ、逃げ続けている。 最初に逃げたのがいつであったかなど、もはや覚えていない。 覚えている事は、自分はとてつもなく弱い存在であったと気付かされた事。 そして、その自分を隠そうと『仮面』を被ったという事。 一度被った仮面は、外れなかった。 常に本気にならない―――本気になれない、道化の仮面。 笑みを崩す事は許されず、常に何かを演じてきた。 一度逃げ出した足は、止まってはくれなかった。 どんなに息が苦しくなっても、どんなに心が泣き叫んでも。 だが結局は、自分に勇気がなかっただけなのだ。 自分が底無しに弱かった。ただ、それだけなのだ。 仮面を外して素顔を晒す事に怯え。 ありとあらゆる全ての事に向かい合う事に怯え。 ―――そして今。自分は、そのまま決戦へと向かおうとしている。 ( ∀ )「どうすりゃ良いってんだよ……」 思わず、言葉が口から漏れた。 その時だった。 『分かっているのだろう?』 自分の中で何かが呟いた。 それはどこか遠い―――しかし間違いもなく、自分の声。 殺しきれなかった、素顔の自分の声。 びくりと震えた身体が、その証拠だった。 『お前が今、何から眼を背けているのか』 『お前は今、何を考えるべきなのか』 『お前は今、何の答えを出すべきなのか』 『お前が今、考えている事は違う事だ』 『お前は今、たった一つの答えを出すだけで良い』 『分かっているのだろう?』 『ショボンだ』 その言葉はやけに長く響いて―――そして、言葉は止んだ。 後に残るのは、眉根を寄せた自分だけ。 ( ∀ )「……あぁ。分かってるよ」 そう。分かっているのだ。 それを認めたくなかっただけで。 まだ逃げ続けていたかっただけで。 だがそれはどうやら、もう許されないらしい。 ショボン。 数日前に疑惑を持った。 その疑惑は、結局疑惑のままでしかなかった。 その日は、それよりも先に進む事は、出来なかった。 結果を出すのが、何か怖かった。 だから、また逃げてしまったのだ。 ―――結果を、出さなければならない。 そして、戦う覚悟を決めなければならない。 ( ゚∀゚)「ショボンは……」 続く言葉は、しかし口の中から出て来てくれない。 もう分かりきってる答えだというのに、自分はまだ逃げようとしているというのか。 ダメだ。 今ここで答えを出さねば、もう立ち向かえなくなる。 答えを出さねば。 覚悟を決めねば。 逃げる事を、辞めなければ。 ( ゚∀゚)「ショボンは……敵だ」 ―――言った。 答えを、出してしまった。 もう、逃げられない。 逃げる事は、許されない。 自分が自分を、許してはくれない 逃げていた足は、止まってしまった。 迫る追っ手から生き延びるには―――戦うしかない。 ( ゚∀゚)「敵だ。……間違いない」 確認するかのように、呟いた。 何故か、という思考は数日前のあの夜に完結している。 最後の答えだけが、出せずにいたのだ。 ( ゚∀゚)「となると、奴は決戦の時に現れるな。 遠くから見ているだけで満足出来るような奴じゃ、ない筈だ」 一瞬、ブーン達に伝えるべきかと考えて、すぐにそれを打ち消した。 自分の答えに不安があるわけではない。 むしろ、自分の答えには自信と確信がある。 今ここで彼らにそれを伝えてしまえば、彼らもまた、苦悩するだろうからだ。 戦いの直前に、苦悩の種を植え付ける必要はないだろう。 いざとなれば、彼らは戦える。 彼らは、自分のように弱くはない筈だから。 ( ゚∀゚)「……ショボン」 彼の名前を、呟いてみた。 全身が仄かに熱くなったのは、怒りからだろうか。 ( ゚∀゚)「あんたの思い通りには、ならないよ。 俺達は、あんたの思い通りにはならない」 呟くも、「自分のこの思考も、奴の思い通りなのではないか」と思ってしまう。 だが、彼は笑みを浮かべた。 軽い―――しかし鋭い刃のような、研ぎ澄まされた笑み。 ( ゚∀゚)「どこまでがあんたの思い通りでも良いさ。 俺達は絶対に、あんたなんかにゃ敗けない」 そして、ジョルジュは視た。 “内側”、足を止めた自分が、仮面に手をかけているのを。 そして―――その仮面が、外されたのを。 仮面の下にあったのは、笑み。 今自分が浮かべている、鋭い笑み。 ジョルジュは驚き―――それから、笑い声を洩らした。 ( ゚∀゚)「怖がる事なんて、なかったわけだ。 仮面の俺もこの俺も……『俺』だもんな」 笑い声を洩らしながら、しかし彼の瞳からは涙がこぼれた。 それは、自分自身で巻き付けた鎖から解放された、その喜びからだろうか。 彼は涙を拭う事もせずに、言葉を紡いだ。 「これで、戦える。 俺として、戦える」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ( ^ω^)「…………………」 僕はラウンジで、携帯の液晶画面を見詰めていた。 画面に表示された文字は「カーチャン」 僕は今、友達の家で過ごしている事にしている。 カーチャンには「しばらくしたら戻る」と伝えておいた。 カーチャンを、心配させない為に。 でも、戻れなくなってしまったら? カーチャンは何も知らないまま、独りになってしまう。 せめて何か、一言だけでも伝えておきたい。 そう思って、電話を手にした。 でも。 ( ´ω`)「何て言や良いってんだお……」 言うべき言葉が見付からず、携帯を閉じてしまった。 そして数秒して、また携帯を開く。 さっきからずっと、この動作の繰り返しだった。 「何してるの?」 可愛らしい声が背後から聞こえて、僕は振り返った。 眼に入ったのは、照明にきらきらと輝く金髪。 そしてその金髪が異常に似合う、まるで西洋の人形のような美しい面。 彼女は首を傾げ、ゆっくりと僕に歩み寄ってくる。 そして少しだけキツイ印象を与える大きな瞳が、僕の手元をちらりと見やった。 ξ゚△゚)ξ「あら、誰かに電話しようとしてたの? 邪魔だったみたい?」 ( ^ω^)「いや、そんな事ないお」 言いながら、ツンに椅子を勧める。 彼女は短く礼を言って、腰を降ろした。 ξ゚△゚)ξ「じゃあ、携帯で何を? 彼女にメール?」 _, ,_ (;^ω^)「彼女なんていないお」 眉根を寄せてそう言うと、彼女は少しだけ意外そうに、口に手を当てる。 そしてまもなく、その口が柔らかいカーブを描いた。 ξ゚ー゚)ξ「へぇ、いないんだ?」 _, ,_ (;^ω^)「何だお、その楽しそうな表情は」 ξ゚ー゚)ξ「別に?w で、何しようとしてたの?」 ( ^ω^)「カーチャンに電話しようと思ってたんだお」 ξ゚ー゚)ξ「あら、良い事じゃない。すぐにしてあげれば良いわ」 ( ´ω`)「それが……何て言えば良いか分からないんだお」 ξ゚△゚)ξ「え?」 ( ´ω`)「異能者だとは言えないし……だから戦いに行く、なんて事も言えないし……。 何て今の状況を伝えたら良いのか……」 ξ゚△゚)ξ「待って。あなたは、お母さんに何を伝えたいの?」 ( ^ω^)「何を……って?」 ξ゚△゚)ξ「あなたが異能者だったって事を伝えたいの? 戦いに行くって事を伝えたいの? あなたが一番伝えたい事は、何?」 ( ^ω^)「危ない事をするけど、安心して待っていてほしいって事と……。 ……万が一帰ってこれなくても、悲しまないでほしいって事を。 それと、礼を言いたいんだお ξ゚△゚)ξ「言いたい事はもう決まってるのね。 だったら、それだけを伝えれば良いじゃない」 短く答えた彼女は、続けて言葉を紡いでいく。 透き通った綺麗な声は、僕の耳を優しく刺激した。 ξ゚△゚)ξ「それ以外の事は、伝えなければ良いじゃない。 丁寧な説明なんて、必要ないわ」 ( ´ω`)「……お。確かに、そうだお。でも」 ξ#゚△゚)ξ「ぐちぐちとくだらない事言ったら殴るわよ」 (;^ω^)「おっ?」 ξ゚△゚)ξ「……はぁ。あのね、あなたは、考え過ぎなのよ。 それも、いらない事でね。考えすぎて、動けなくなっちゃってる。 もっと単純に考えても良いんじゃない?」 ( ^ω^)「……そうかお?」 ξ゚△゚)ξ「そうよ。……まぁ、それがあなたの良いところなのかもしれないけどね。 優しすぎるのよ、あなたは」 ( ^ω^)「お? 今、何て言ったんだお? 聞こえなかったお」 ξ*゚△゚)ξ「っ……一度で聞きなさいよ! 鈍くさいわね!」 (;^ω^)「おっお、ごめんお。で、何て?」 ξ*゚△゚)ξ「うるさいわよ! 良いからさっさと、あんたは電話かけなさいよ!」 (;^ω^)「おー」 ツンの言葉に、僕は携帯を見つめた。 カーチャンの電話番号は既に表示されている。 あとは、通話ボタンを押すだけだ。 それが、出来ない。 どうしても、親指が動いてくれない。 その時。 僕の横顔を、柔らかな感触がくすぐった。 驚いて横を向けば、眼の前にツンの顔があった。 僕の顔をくすぐっていたのは、彼女の金髪だったのだ。 驚くのと同時、ふわり、と爽やかな甘い香りが鼻を抜ける。 こうして近くで見ると、本当に可愛いと思う。 だがそれに見惚れている暇はなかった。 ξ゚△゚)ξ「えい」 声と、同時。 伸ばされた手は、携帯電話の通話ボタンを押している。 (;^ω^)「ちょっ! ツン、何を!」 ξ゚△゚)ξ「良いから良いから。ほら、チャンスチャンス!」 僕を応援するように、ツンはガッツポーズをした。 生真面目な瞳が、焦った僕の顔を映す。 そして、まもなく――― 『はい、もしもし。カーチャンですよ』 携帯電話から、聞き慣れた声が響いた。 僕は頭の中で話す事を考えながら、携帯を耳に近付ける。 (;^ω^)「……カ、カーチャン? 久しぶりだお」 『あらあらブーン、どうしたの? 何かとんでもない事しでかしちゃった?』 ころころと笑うカーチャンの声が、心を締め付けた。 冗談で言っている言葉があながち間違いでないというのが、カーチャンの恐ろしいところだ。 昔からそうだった。 僕が何か隠そうとしても、カーチャンは全て、それを見破ってしまう。 でも、これだけは隠さないといけない。 ( ^ω^)「……ちょっと、聞いてほしい話があるんだお」 『あら、改まっちゃって。どうしたの?』 ( ^ω^)「カーチャン。僕はちょっと、危険な所に行って、危険な事をしなきゃいけないお。 でも、安心して待っていてほしいんだお」 『……ブーン? 何を』 ( ^ω^)「それで、もし、帰ってこれなくても……悲しまないでほしいんだお。 カーチャンが悲しむと、僕も悲しいから」 『ブーン? 何を言ってるの? カーチャン、何も分からないよ。 説明してちょうだい』 心配したその口調に、眼の奥が熱くなった。 思えば、僕は何度、カーチャンに救われたか分からない。 弱い僕はいつも悩んで、いつも傷付いていて―――何度もカーチャンに、救われていた。 でももう、カーチャンにばかり頼ってはいられない。 ( ^ω^)「無事に帰ってこれたら、しっかりとした説明をするお。 でも、今は説明出来ないお。分かってほしいお」 『分かるはずないでしょ? 我が子が危険な事をするって言ってて、それを聞き流せって言うの? ブーン、説明してちょうだい。しっかりと、段取り立てて説明を―――』 ( ^ω^)「カーチャン」 言葉を、無理矢理に遮った。 これ以上カーチャンの言葉を聞いてると、涙が溢れ出してしまいそうだったから。 眼の奥が熱い。 心が、痛い。 絞り出した声は、果たして僅かに震えていた。 ( ^ω^)「僕は危険な所で、危険な事をするお。 でも、心配しないでほしいお。きっと、帰るから」 ( ^ω^)「だけど、帰ってこれなくても、悲しまないでほしいお。 僕はカーチャンが悲しむ事が悲しいから。 酷い事を言うようかもしれないけど、その時は僕の事を忘れてくれお」 ( ^ω^)「カーチャン。僕はカーチャンに、感謝してるお。 出来の悪い僕をここまで育ててくれて、ありがとうだお。 いつも僕の事を優しく見守っていてくれて、ありがとうだお」 ( ^ω^)「いつもおいしいご飯を、ありがとうだお。迷惑ばかりかけて、ごめんお。 何度も悲しませて、何度も怒らせて、何度も呆れさせて、ごめんお。 何度も悲しんでくれて、何度も怒ってくれて、何度も呆れてくれて、ありがとうだお」 ( ^ω^)「無事に帰れたら、もっともっと言いたい事があるお。 その時を、カーチャンは待っててくれお。 カーチャン、大好きだお。いっぱい、ごめんだお。いっぱい、ありがとうだお」 浴びせるように言葉を吐いて、そして、電話を切った。 それと同時。 頬を、一筋の涙が流れて行った。 そして、涙と共に、低い嗚咽が地面を叩く。 ξ゚△゚)ξ「……どうしたの? 何で―――」 何で僕は、泣いているのだろう。 何が悲しいのだろう。 もうカーチャンに会えない、と決まったわけではないのに。 ( ;ω;)「分からないお。何かがとても哀しくて、怖くて……」 何故だろう。 日常が、こんなにも遠い。 クラスメイトみんなで笑っていた日々が、夢のようだ。 カーチャンのおふざけに眉根を寄せていた日々が、幻のようだ。 何とも思っていなかった日常は、今となっては甘く愛しい夢幻でしかなくなっていた。 カーチャンに想いを伝えたことで―――日常は、更にずっと遠いもののように感じた。 涙は止まらない。 何が悲しいのだろう。 遠くなってしまった日常か、帰れないかもしれないという悲しさからか。 何が怖いのだろう。 訪れるかもしれない、死か? それとも、ともすれば失いかねない、日常の全てか? 分からない。 ただただ涙は静かに流れ、嗚咽はラウンジの空気を震わせる。 そんな僕を、ツンは真正面から見つめ――― ξ゚△゚)ξ「……言えたじゃない」 短く、呟いた。 ξ゚△゚)ξ「ありがとうって、ごめんねって、言えたじゃない。 いざという時の、その分の最低限の想いも伝えたじゃない。 あとは、勝って、生き残るだけよ」 ξ゚△゚)ξ「あなたはお母さんに、もっともっとありがとうとごめんねを言わなきゃいけない。 死んじゃいけない。敗けちゃいけない。勝たなきゃいけないのよ。 帰りたいんでしょ? だったら、勝たなきゃ」 言いながら、ツンは僕の頬に触れてくる。 そして濡れる指先も気にせず、僕の瞳を真っ直ぐと見詰めた。 揺れる瞳は、どこまでも優しい色だった。 ξ゚△゚)ξ「あなたは、本当に優しいのね。 でもその優しさが、自分を苦しめてしまってる。 ……でもそれで良いの。苦しみなさい。その苦しみが、あなたの良さだから」 そしてツンは、頬に触れていた手を僕の背に回した。 まもなく、もう片方の手も。 僕を抱きしめてくれるツンは、暖かかった。 そして軽く、僕の肩に顎を載せる。 眩い金髪が僕の首と頬をくすぐった。 ふわりと、先ほども嗅いだあの爽やかで甘い香りが、僕の鼻孔を優しく愛撫する。 その香りが、僕の心を妙に落ち着けてくれた。 ξ゚△゚)ξ「だから、ほら。もう、泣かないで。 まだ哀しくも、怖くもないでしょ? 悲しくて怖いものを、これからやっつけに行くんでしょ?」 ( ;ω;)「……お、そうだお」 ξ゚△゚)ξ「だったら、泣かないの。 あなたが泣いてると、私まで悲しくなっちゃうでしょ?」 ( ;ω;)「……お」 涙を、拭った。 続けて溢れ出そうになる涙を、気力で止める。 それから深呼吸して、嗚咽を抑えた。 落ち着いてみると、僕は何て格好悪い事をしているのだろうと思う。 電話一つで泣いて、女の子に慰めてもらって――― ξ゚ー゚)ξ「よし、泣きやんだわね」 そんな格好悪い僕を、しかしツンはまっすぐな瞳で見つめてくれた。 そして僕から離れて、柔らかく笑いかけてくれる。 ( ^ω^)「……ツン、ごめんだお。それと、ありがとうだお。 くだらない事でめそめそしてる僕に、こんな……」 ξ゚ー゚)ξ「良いのよ。あなたは何も悪くないわ。 つい最近まで一般人だったんだから、仕方ないわよ。 むしろ、今まで崩れずに頑張ってこれたって事がすごいと思うくらいだわ」 その言葉に、ただの人だった時の僕が脳裏に浮かぶ。 無駄にはしゃいでいた、騒がしくも楽しい学校生活。 一癖も二癖もある、しかし素晴らしい友人達。 そして、カーチャン。 少しだけ寂しいような感覚を覚えて―――それを、振り払った。 “管理人”との戦いに勝てば、あの生活に戻れるんだ。 それだけではない。勝てば、“管理人”のせいで悲しむ人もいなくなる。 勝てば、望む結果が得られる。 敗ければ、全てを失う。命すらも。 ―――敗けるわけにはいかない。勝つしかない。 ……ショボンの為にも。 僕の中で、何かが固まったような気がした。 それは『決意』というのかもしれない。 少なくとも、もう僕の中に迷いはなくなっていた。 ( ^ω^)「ツン。ありがとうだお。 君のおかげで、覚悟が出来たお」 言って、ツンに微笑みかける。 ツンは嬉しそうにはにかみ、少しだけ頬を紅潮させた。 そして、ふと思う。 彼女は何を想って戦うのだろうかと。 こんなにも明るく笑う子が、どんな想いを胸に抱いて戦うのだろうかと。 しかしそれを尋ねるのもどうかと思う。 だから……そうだ。全てが終わった後に、訪ねてみよう。 そんな考えを浮かべたまま、僕はしばし、彼女の笑顔を見詰めていた。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 戻る 目次 次へ ジャンル別一覧
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